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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125308
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】高硬度高熱膨張鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230831BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022029320
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】細田 孝
(57)【要約】
【課題】 高硬度と高熱膨張率を兼備した鋼材を安価に提供すること
【解決手段】 質量%で、C:0.10超~0.60%、Si:0.05~0.80%、Mn:2.0~10.0%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:6.0~18.0%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.05~0.75%、Al:0.001~0.100%、V:0.50超~3.00%、N:0.01~0.10%、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式1、式2、式3を満足する高硬度高熱膨張鋼である。ただし、式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5、式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40、式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10超~0.60%、
Si:0.05~0.80%、
Mn:2.0~10.0%、
P:0.050%以下、
S:0.050%以下、
Ni:6.0~15.0%、
Cr:6.0~18.0%、
Mo:0.01~0.50%、
Cu:0.05~0.75%、
Al:0.001~0.100%、
V:0.50超~3.00%、
N:0.01~0.10%、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、式1、式2、式3を満足する高硬度高熱膨張鋼。
ただし、式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5、
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40、
式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0。
なお、各式の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。またTAは時効熱処理温度(℃)、taは時効保持時間(hr)を指す。
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分に加えて、質量%で、
B:0.010%以下、
Ca:0.050%以下、
Mg:0.050%以下のいずれか1種以上を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、式1、式2、式3を満足する高硬度高熱膨張鋼。
ただし、式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5、
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40、
式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0。
なお、各式の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。またTAは時効熱処理温度(℃)、taは時効保持時間(hr)を指す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼き嵌めによって切削工具を固定するツールホルダーに好適な、高硬度・高耐食・高熱膨張率を兼備した安価な鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
各種部品の製造においては、ドリルによる穴あけ加工やチップによる切削等の機械加工が多用されている。部品を目的形状へ精度良く、安定的に加工する術の一つに、焼き嵌めにて切削工具と保持具を接合した工具を使用する方法がある。
【0003】
これは金属の熱膨張を活かしており、例えば、ドリルとの焼き嵌めでは、ドリル径よりも少し小さい寸法に加工した金属製保持具の穴を、ドリル外径を上回るまで加熱膨張させ、ドリル挿入後、冷却収縮にて固着させている。
【0004】
こうした工具を使用する生産ラインでは、切削・穴あけ工具の交換スピードを早くすることが生産スピードの上昇に繋がる。そのため、焼き嵌め用保持具の金属材料には、保持具として必要な強度確保だけでなく、可能な限り低温で容易に工具の固定スペースを拡大することができる高熱膨張率が求められる。
【0005】
焼き嵌めの用途に適用しうる鋼を検討したところ、日本産業規格(JIS)の鋼としては、硬度と熱膨張性を両立しうる特性のSUH660の耐熱鋼を挙げられる。しかし耐熱棒鋼や耐熱線材であるSUH660を用途転用しようにも、合金成分にNiが24.0~27.0%と非常に多く含まれており、材料コストが高くつく鋼である。さらに、所望の特性を得るには、熱処理の時効時間に15hr以上要することから、製造コストも高くつく鋼である。SUH660はというコストのかかる鋼であるから、安易には転用しにくい材料である。
【0006】
また、C:0.01%以下、Si:1%以下、Mn:0.1%以上2%以下、sol.Al:0.01%以下、N:0.005%超え0.1%以下を含み、残部が実質的にFeからなり、焼きばめ後の状態で0.3 Oeの磁界における透磁率μと板厚t(mm)との積μ×tが380以上であることを特徴とするヒートシュリンクバンド用鋼板が提案されている(特許文献1参照。)。もっとも、カラー陰極管のパネル部周囲を緊締するバンドであるから、焼き嵌めができる材料というにすぎず、切削、穴あけ工具の保持に必要な強度確保がそもそも十分とはいえなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001-032040号公報
【特許文献2】特許第6504870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的なオーステナイト系ステンレス鋼は熱膨張も大きく、耐食性も良いが、硬さが低く、SUH660では高級すぎるなど、既に市場に出ている材料はそれぞれ課題・難点がある。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、切削・穴あけ加工を行う生産ラインにて使用する、焼き嵌め用保持具の素材として生産性の観点から好適な、高硬度と高熱膨張率を兼備した鋼材を安価に提供することである。
【0010】
また、切削油(水も含む)を浴びて長期間使用する工具に適するためには、これらの鋼材では、耐食性も兼ね備えることも必要である。
【0011】
本発明では、耐食性に加えて、特に、焼き嵌めを利用する部材や工具において、凹側用として好適な高硬度と高熱膨張率を両立する鋼材を安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、熱膨張係数の高いγ相を安定化させる元素としてMnを積極利用することで、高価なNi添加量を減らしてコストアップを抑制しつつ、金属間化合物よりも析出・成長速度の速いV(C,N)の析出物にて高硬度化させるとともに、必要な熱処理時間を短縮できることでさらなるコストダウンも図るべく、鋭意検討した。
【0013】
そして、安価で高硬さと高熱膨張係数を兼ね備えた材料を提供するために、以下3点を満足する鋼とすることに想到するに至った。
【0014】
まず、鋼の合金成分の範囲を規定したうえで、さらに式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5を満足するものに規定することで安価で高硬度、かつ高熱膨張係数を得ることとした。
【0015】
次いで、式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]が-40以下を満足するものと規定することで、熱膨張係数が高いγ相が室温でも安定となるものとした。
【0016】
さらに、式3:式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0を満足する範囲に規定することにより、高硬度を確保しつつ、より熱膨張係数が高くなる時効熱処理を施すことができるものとした。
【0017】
なお、本発明者は、これまでにも高強度で耐水素脆性に優れる非磁性耐食性鋼材を開発している(特許発明2参照。)。この特許発明は、水素との接触が不可能な環境での使用を目的とする全く用途が異なる鋼についてのものであるから、膨張という用語に一切言及も示唆もみあたらず、そもそも高熱膨張率といったものについては一切考慮されていない発明である。
全く異なる用途の鋼ではあるが、本発明者は、γ相が熱膨張係数が高いことに鑑みて、対水素脆性に優れるオーステナイト組織を含んでいる特許文献2の耐水素脆性用の鋼をさらに推し進めて考えていけば、本発明の効果が期待できる余地があるかもしれないことから、本発明における3点の着想の合理性が否定されないであろうとして、本発明の検討を進めることとした。
【0018】
そこで、本発明の課題を解決する第1の手段は、質量%で、C:0.10超~0.60%、Si:0.05~0.80%、Mn:2.0~10.0%、P:0.050%以下、S:0.050%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:6.0~18.0%、Mo:0.01~0.50%、Cu:0.05~0.75%、Al:0.001~0.100%、V:0.50超~3.00%、N:0.01~0.10%、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式1、式2、式3を満足する高硬度高熱膨張鋼である。
ただし、式1は、式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5であり、式2は、式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40であり、式3は、式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0である。なお、各式の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。またTAは時効熱処理温度(℃)、taは時効保持時間(hr)を指す。
【0019】
その第2の手段は、第1の手段に記載の化学成分に加えて、質量%で、B:0.010%以下、Ca:0.050%以下、Mg:0.050%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式1、式2、式3を満足する高硬度高熱膨張鋼である。
ただし、式1は、式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5であり、式2は、式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40であり、式3は、式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=17.0~22.0である。なお、各式の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。またTAは時効熱処理温度(℃)、taは時効保持時間(hr)を指す。
【発明の効果】
【0020】
本発明に規定する化学成分と式1~式3を満足する本発明の鋼は、安価な材料でありながら、時効硬さが31HRC以上と高硬度で、また、室温から200℃までの平均線熱膨張係数が17.0×10-6/℃以上で高熱膨張率である。そこで、高硬度でかつ高熱膨張率が両立した高硬度高熱膨張鋼として、本発明の鋼は焼き嵌め用保持具の素材として好適である。
【0021】
また、本発明の鋼は、割れなどが多発して加工が不可となることなく、鍛造等の熱間加工性が安定的に実行できる。さらに、塩水噴霧試験での点状錆の数が20個の以下となるなど、優れた耐食性も呈する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明を実施するための形態の説明に先立って、本発明の鋼の化学成分を規定する理由、式1,式2,式3を規定する理由について、述べる。なお、化学成分における%は質量%である。
【0023】
C:0.10超~0.60%、
Cは、V(C,N)の生成による析出強化と、固溶により熱膨張係数を高めるので必要な成分である。この観点から、Cは0.10%超とする。他方、Cが過多であると、粗大な炭窒化物が生成することによって耐食性が劣るものとなる。そこで、Cは0.60%以下とする。
【0024】
Si:0.05~0.80%、
Siは、製鋼段階での脱酸材となる成分である。そこで、Siは0.05%以上とする。他方、Siが過多であると、材料延性が低下したり、フェライト生成によって熱膨張率が低下する。これらの観点から、Siは0.80%以下とする。
【0025】
Mn:2.0~10.0%、
Mnは、比較的安価なγ(オーステナイト)安定化元素であり、高熱膨張率を確保するのに有用な成分である。この観点から、Mnは2.0%以上とする。もっとも、Mnが過剰に添加されると、熱膨張率が低下する。そこで、Mnは10.0%以下とする。
【0026】
P:0.050%以下、
Pは不可避的不純物である。Pが0.050%を超えると、延性、靭性、熱間加工性に劣るものとなる。そこで、Pは0.050%以下とする。
【0027】
S:0.050%以下、
Sは不可避的不純物である。Sが0.050%を超えると、延性、靭性、熱間加工性に劣るものとなる。そこで、Sは0.050%以下とする。
【0028】
Ni:6.0~15.0%、
Niは、γ安定化と、高熱膨張率を確保するのに有用な成分である。そこで、Niは6.0%以上とする。他方、Niが過多であると、効果が飽和し、高コスト化してしまう。そこで、Niは15.0%以下とする。
【0029】
Cr:6.0~18.0%、
Crは、耐食性を向上させるのに有用な成分である。この観点からCrは6.0%以上とする。他方、Crが過多となると、効果が飽和し、また、フェライトの生成によって熱膨張率が低下する。そこで、Crは18.0%以下とする。
【0030】
Mo:0.01~0.50%、
Moは、耐食性を向上させるのに有用な成分である。この観点からMoは0.01以上とする。他方、Moが過多となると、高コスト化してしまう。また、フェライトの生成によって熱膨張率が低下する。そこで、Moは0.50%以下とする。
【0031】
Cu:0.05~0.75%、
Cuはγ安定化元素であり、高熱膨張率を確保するのに有用な成分である。この観点から、Cuは0.05%以上とする。他方、Cuが過多であると、熱間加工性が劣るものとなる。そこで、Cuは0.75%以下とする。
【0032】
Al:0.001~0.100%、
Alは、脱酸に有用な成分である。そこで、Alは0.001%以上とする。好ましくはAlは0.015%以上である。他方、Alが過多になると、延性が低下し、フェライトの生成によって熱膨張率が低下する。これらの観点から、Alは0.100%以下とする。
【0033】
V:0.50超~3.00%、
Vは、V(C,N)の生成による析出強化に有用な成分である。この観点から、Vは0.50%超とする。他方、Vが過多であると、粗大な炭窒化物の生成によって耐食性が劣るものとなる。また、高コスト化してしまう。そこで、Vは3.00%以下とする。
【0034】
N:0.01~0.10%、
Nは、V(C,N)の生成による析出強化と、固溶によるマトリックスの強化、耐食性の向上に有用な成分である。これらの観点から、Nは0.01%以上とする。他方、Nが過多であると、粗大な炭窒化物の生成によって耐食性が劣るものとなる。また、窒化物の生成によって延性が低下する。また、製造コストが増大することとなる。そこでNは0.10%以下とする。
【0035】
本発明の鋼には、選択的付加的成分として、以下の範囲でB、Ca、Mgを1種以上含有させてもよい。
【0036】
B:0.010%以下、
Bは、熱間加工性を改善する成分であり、製造性が良好となる。もっとも、多すぎても、その効果は飽和してしまい、かえって熱間加工性が劣ることとなる。この観点から、Bは0.010%以下とする。
【0037】
Ca:0.050%以下、
Caは熱間加工性を改善する成分であり、製造性が良好となる。もっとも、多すぎても、その効果は飽和してしまい、かえって熱間加工性が劣ることとなる。この観点から、Caは0.050%以下とする。
【0038】
Mg:0.050%以下、
Mgは熱間加工性を改善する成分であり、製造性が良好となる。もっとも、多すぎても、その効果は飽和してしまい、かえって熱間加工性が劣ることとなる。この観点から、Mgは0.050%以下とする。
【0039】
次に、式1、式2、式3を満足するよう規定する理由について述べる。
【0040】
式1:V/{4([C]+[N])}=0.5~1.5、なお、式1の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。
式1のV/{4([C]+[N])}は、V、C、Nの成分を析出硬化に効果的に利用できることを示す指標である。V/{4([C]+[N])}が0.5未満だと、C,Nが過剰であることによって耐食性が悪化する。他方、V/{4([C]+[N])}が1.5を超えると、Vが過剰になることで高コスト化してくる。そこで、V/{4([C]+[N])}の値が0.5~1.5の範囲内を満足するものとする。
【0041】
式2:551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]≦-40、
なお、式1の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。
式2は、熱膨張係数が大きなγ相の安定度を表す指標である。551-462([C]+[N]-0.07[V])-9.2[Si]-8.1[Mn]-13.7[Cr]-29([Ni]+[Cu])-18.5[Mo]が、-40以下の値を示せば、その値が低いほどγ相は安定であるから、熱膨張係数が高いものとなる。
【0042】
式3:{(TA+273)×(20+log ta)}/1000=、
なお、式3の元素記号にはその成分の質量%の値を代入する。
またTAは時効熱処理温度(℃)、taは時効保持時間(hr)を指す。
式3は、時効熱処理の温度と保持時間に基づく指標で、この式3の17.0~22.0の値を満足することで、析出硬化によって高硬度を確保することができ、過剰析出(固溶合金元素の減少)による熱膨張係数の低下も回避することができる。すなわち、式3は、硬さと熱膨張係数の最大化を図るための指標である。{(TA+273)×(20+log ta)}/1000の値が17.0~22.0である場合を、式3を満足するものとする。
【0043】
<実施例>
本発明にかかる高硬度と高熱膨張率を両立する高硬度高熱膨張鋼の製造について、順次に実施例を通じて以下に説明する。
先ず、表1に示す本願の発明の実施例である発明例のNo.1~17と、表2に示す比較例であるNo.18~39の各化学成分を有する各鋼を、100Kg真空誘導溶解炉(VIM)を用いて、真空下で溶解精錬して鋼塊とした。
次いで、この鋼塊を1150℃に加熱し、直径15mmに鍛伸加工した。
さらに、これらを1250℃以下(1000~1250℃)で10分間以上加熱保持して水焼入れする固溶化熱処理を実施した後、表1と表2に記載の温度条件TAと保持時間taのとおり加熱保持してから空冷する時効処理を行った。
その後、得られた鋼を用いて、以下の各試験に用いる試験片を適宜作製した。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
<熱間加工性>
上記の工程における直径15mmへの鍛伸加工において問題なく鍛造が加工できていたものについては熱間加工性に優れるものとして、表3、表4のφ15鍛造の欄に○で示した。他方、熱間加工性が悪く、割れの多発で加工の続行が不可となったものについては×として示した。
【0047】
<時効硬さ(HRC硬さ)>
時効硬さは、ロックウェル硬さを測定し、34HRC以上を優として○と評価し、31~33HRCを可として△と評価し、31HRC未満を不良として×と評価した。結果を表3、表4に示した。
【0048】
<熱膨張係数>
室温から200℃までの平均線熱膨張係数を測定した。17.0×10-6/℃以上を熱膨張性に優れるとして○と、17.0×10-6/℃未満を熱膨張性に劣るものとして×とし、表3、表4に示した。
【0049】
<耐食性評価>
まずφ12×21mmLの棒状腐食試験片へ加工した後、それらの各試験片に対して50ppmの希薄塩水を35℃で16時間噴霧する塩水噴霧試験を実施し、塩水噴霧試験後の試験片表面を観察し、長径1mm以上の点状錆の発生数が20個の以下のものを耐食性に優れるものとして○で、21個を超えるものを耐食性に劣るものとして×とし、表3、表4に示した。
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
表3に示すように、発明例No.1~17は、いずれも熱間加工性に優れ、31HRC以上の時効硬さを備えており、熱膨張係性に優れ、さらに耐食性をも備える鋼であることが確認された。
【0053】
他方、表4に示すように、比較例は、熱間加工性、時効硬さ、熱膨張性、耐食性の順に特性を確認したが、いずれかの評価が悪かったものは以降の評価を省いている。
比較例No.18~39のうち、比較例No.22、23、27、32~34は、熱間加工性が悪く、鍛伸が適切にできなかったそこでこれらは、硬さや熱膨張性を確認する前提を欠いており、それらを評価するまでもなく、実用性が認められなかった。
比較例No.18はCが過多であり、耐食性に劣るものとなった。
比較例No.19はCが過少であり、時効硬さが得られなかった。
比較例No.20はSiが過多であり、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.21はMnが過多であり、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.24はNiが過少であり、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.25はCrが過少であり、耐食性に劣るものとなった。
比較例No.26はCrが過多であり、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.28はAlが過多であり、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.29はVが過少であり、硬さに劣るものとなった。
比較例No.30はVが過多であり、耐食性に劣るものとなった。
比較例No.31はNが過多であり、耐食性に劣るものとなった。
比較例No.35はC+Nが過剰となることから式1の値を満足しておらず、耐食性に劣るものとなった。
比較例No.36は式2を満足しておらず、熱膨張性に劣るものとなった。
比較例No.37は式3を満足しておらず、硬さに劣るものとなった。
比較例No.38は式3を満足しておらず、硬さに劣るものとなった。
【0054】
比較例No.39は、JIS SUH660鋼に相当する鋼であり、時効硬さと熱膨張性にいずれも優れている鋼である。この比較例は、本発明鋼が耐熱鋼のSUH660と同等に時効硬さと熱膨張性の点で良好であることを確認するための事例として示したものである。なお、SUH660はNiが過多であるから、材料自体が高コストとなっており、より代替性に優れた材料が求められており、本発明はコスト面で優れている。