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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125798
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】塞栓剤及び血管塞栓用キット
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/78 20060101AFI20230831BHJP
   C08F 220/10 20060101ALI20230831BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230831BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230831BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20230831BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20230831BHJP
   A61P 7/04 20060101ALI20230831BHJP
   A61L 33/06 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
A61K31/78
C08F220/10
A61P9/00
A61P35/00
A61L31/12 110
A61L31/14 300
A61P7/04
A61L33/06 200
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022030098
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】范 海竜
(72)【発明者】
【氏名】長内 俊也
(72)【発明者】
【氏名】金 芝萍
(72)【発明者】
【氏名】黒川 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】野々山 貴行
【テーマコード(参考)】
4C081
4C086
4J100
【Fターム(参考)】
4C081BA11
4C081CA081
4C081CB041
4C081CC02
4C081DA11
4C081DA12
4C081DA13
4C081DA15
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA03
4C086FA04
4C086GA20
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086MA05
4C086NA14
4C086ZA53
4J100AL08P
4J100AL08Q
4J100BA02Q
4J100BA03Q
4J100BA04Q
4J100BA08Q
4J100BA32P
4J100BA51Q
4J100BA63P
4J100BC43Q
4J100CA04
4J100JA51
(57)【要約】
【課題】従来の塞栓剤と同等の血管塞栓性を有しながら、注射器による注入性、並びに、生体内における安全性及び安定性に優れる塞栓剤を提供する。
【解決手段】塞栓剤は、カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとのコポリマーであって、一般式(I)で表される構造を少なくとも一部に有するコポリマーを有効成分として含有する。
[化1]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとのコポリマーであって、下記一般式(I)で表される構造を少なくとも一部に有するコポリマーを有効成分として含有する、塞栓剤。
【化1】
(一般式(I)中、R11及びR12は、水素原子、又は、置換基を有してもよい炭素数1以上20以下のアルキル基であり、且つ、関係式:R11=R12を満たす。Y11及びY12は、それぞれ独立に、単結合、又は、水酸基、エステル結合、エーテル結合、スルフィド基、カルボニル基、アミド結合、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar11は置換基を有してもよい炭素数6以上16以下の芳香族炭化水素基である。X11は、アンモニウム基又はアミノ基である。n11は10以上1000以下の整数である。)
【請求項2】
前記一般式(I)において、前記Ar11が置換基を有してもよいフェニル基である、請求項1に記載の塞栓剤。
【請求項3】
前記一般式(I)において、前記X11が第4級アンモニウム基である、請求項1又は2に記載の塞栓剤。
【請求項4】
前記一般式(I)において、前記Y11の炭素数に対する前記Y12の炭素数の差の絶対値が0以上3以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の塞栓剤。
【請求項5】
前記一般式(I)で表される構造が、下記一般式(I-1)で表される構造である、請求項1~4のいずれか一項に記載の塞栓剤。
【化2】
(一般式(I-1)中、R111及びR112は、水素原子又はメチル基であり、且つ、関係式:R111=R112を満たす。Y111及びY112は、それぞれ独立に、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar111は置換基を有してもよいフェニル基である。X111は第4級アンモニウム基である。n111は10以上1000以下の整数である。)
【請求項6】
前記コポリマーにおいて、前記カチオン性官能基含有モノマーに由来する単位と、前記芳香族基含有モノマーに由来する単位のモル比が1:4~4:1である、請求項1~5のいずれか一項に記載の塞栓剤。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の塞栓剤と、造影剤と、を備える、血管塞栓用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塞栓剤及び血管塞栓用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
塞栓形成は、血管の部分的又は完全な閉塞を伴い、血管を通る血液の流れを制限する。治療における塞栓形成は、脳及び末梢動脈瘤、動静脈奇形、子宮筋腫等、様々な病態を治療し、腫瘍への血流を減少、或いは遮断させるために使用される。ポリマーミクロスフェア、金属コイル、金属プラグ又はポリマープラグ、及び液状塞栓物質の使用等、様々な手段によって塞栓は形成される。これらの手段の内、閉塞されるべき血管の大きさ、所望する閉塞の持続時間、又は、治療すべき疾患若しくは病態の種類等に基づいて、適当な手段が選択される。
【0003】
従来から使用されている液状塞栓物質としては、N-ブチルシアノアクリレート(NBCA;Codman&Shurtleff社製の商品名「TRUFILL(登録商標)」等)やエチレンビニルアルコールコポリマー(EVOH;ev3 Endovascular社製の商品名「Onyx(登録商標)」等)(例えば、特許文献1等参照)等が挙げられる。主要な作用機序としては、NBCAは血液との重合反応、EVOHは血液内での析出、及び凝集作用によりそれぞれ血管を塞栓する。
【0004】
一方、発明者らは、隣接するカチオン性官能基-芳香族基の配列を有するカチオンπポリマー(poly(cation-adj-π))を開発している(例えば、非特許文献1等参照)。該カチオンπポリマーが、海水と同程度の塩を含む水溶液(0.7M NaCl水溶液)中で負に帯電した表面に、強力でありながら、可逆的な接着性を有することを報告している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2000-517298号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fan H et al., “Adjacent cationic-aromatic sequences yield strong electrostatic adhesion of hydrogels in seawater.”, NATURE COMMUNICATIONS, Vol. 10, No. 5127, 2019.
【非特許文献2】独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)発行、「承認審査報告書(新医療機器)」、一般名称:その他のチューブ及びカテーテルの周辺関連器具(血管塞栓セット 100420997)、平成20年8月1日。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の液状塞栓物質である、NBCA及びEVOHでは、カテーテル先端に塞栓物質が固着する場合があり、カテーテルの引き抜き等の際に血管内壁やカテーテル挿入部を傷つけ、出血を引き起こす虞がある。EVOHは、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を使用する必要があり、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)発行の承認審査報告書(新医療機器)(非特許文献2)によると、EVOHの市販品に関し、DMSOによる局所神経障害や血管壁への障害可能性について記載がある。このことから神経毒性を引き起こさない量のDMSOに溶解できる量のEVOHしか投与することができず、2回以上の複数回投与する必要がある場合がある。さらに、EVOHは、投与するためにDMSOを用いるに適した特別なカテーテル及びシリンジを使用する必要があり、コスト面で患者の負担が大きい。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、従来の塞栓剤と同等の血管塞栓性を有しながら、注射器による注入性、並びに、生体内における安全性及び安定性に優れる塞栓剤及び前記塞栓剤を備える血管塞栓用キットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、発明者らが開発した、カチオン性官能基含有モノマー単位と、芳香族基含有モノマー単位とが交互に配置された配列からなる構造を少なくとも一部に有するコポリマーが、注射器による注入性が良好であり、血管内でカテーテルを引き抜く際の抵抗もほとんどないこと、及び、該コポリマーを血管内に投与することで、血液構成成分との静電相互作用により、安全且つ安定的な血栓様ゲル塊を形成することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとのコポリマーであって、下記一般式(I)で表される構造を少なくとも一部に有するコポリマーを有効成分として含有する、塞栓剤。
【0011】
【化1】
【0012】
(一般式(I)中、R11及びR12は、水素原子、又は、置換基を有してもよい炭素数1以上20以下のアルキル基であり、且つ、関係式:R11=R12を満たす。Y11及びY12は、それぞれ独立に、単結合、又は、水酸基、エステル結合、エーテル結合、スルフィド基、カルボニル基、アミド結合、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar11は置換基を有してもよい炭素数6以上16以下の芳香族炭化水素基である。X11は、アンモニウム基又はアミノ基である。n11は10以上1000以下の整数である。)
【0013】
(2) 前記一般式(I)において、前記Ar11が置換基を有してもよいフェニル基である、(1)に記載の塞栓剤。
(3) 前記一般式(I)において、前記X11が第4級アンモニウム基である、(1)又は(2)に記載の塞栓剤。
(4) 前記一般式(I)において、前記Y11の炭素数に対する前記Y12の炭素数の差の絶対値が0以上3以下である、(1)~(3)のいずれか一つに記載の塞栓剤。
(5) 前記一般式(I)で表される構造が、下記一般式(I-1)で表される構造である、(1)~(4)のいずれか一つに記載の塞栓剤。
【0014】
【化2】
【0015】
(一般式(I-1)中、R111及びR112は、水素原子又はメチル基であり、且つ、関係式:R111=R112を満たす。Y111及びY112は、それぞれ独立に、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar111は置換基を有してもよいフェニル基である。X111は第4級アンモニウム基である。n111は10以上1000以下の整数である。)
【0016】
(6) 前記コポリマーにおいて、前記カチオン性官能基含有モノマーに由来する単位と、前記芳香族基含有モノマーに由来する単位のモル比が1:4~4:1である、(1)~(5)のいずれか一つに記載の塞栓剤。
(7) (1)~(6)のいずれか一つに記載の塞栓剤と、造影剤と、を備える、血管塞栓用キット。
【発明の効果】
【0017】
上記態様の塞栓剤によれば、従来の塞栓剤と同等の血管塞栓性を有しながら、注射器による注入性、並びに、生体内における安全性及び安定性に優れる塞栓剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A】実施例1におけるNMRスペクトラムを示すグラフである。
図1B】実施例1におけるNMRスペクトラムを示すグラフである。
図1C】実施例1におけるNMRスペクトラムを示すグラフである。
図1D】実施例1におけるNMRスペクトラムを示すグラフである。
図1E】実施例1におけるカチオン性官能基含有モノマー(ATAC)及び芳香族基含有モノマー(PEA)の共重合速度を示すグラフである。
図2A】実施例2における定性的血液凝集試験のプロトコールを示す図である。
図2B】実施例2における定性的血液凝集試験の結果を示す画像である。
図3】実施例2における定量的血液凝集試験の結果を示すグラフである。
図4】実施例2におけるレオロジー試験の結果を示すグラフである。
図5A】実施例3における注入力試験で使用したシリンジの概略構成図である。
図5B】実施例3におけるシリンジを使用した注入力試験の結果を示すグラフである。
図5C】実施例3におけるシリンジを使用した注入力試験の結果を示すグラフである。
図6A】実施例3における注入力試験で使用したシリンジ及びマイクロカテーテルの概略構成図である。
図6B】実施例3におけるシリンジ及びマイクロカテーテルを使用した注入力試験の結果を示すグラフである。
図7A】実施例4における牽引力試験で使用した装置の画像(左側)及び概略構成図(右側)である。
図7B】実施例4における牽引力試験の結果を示すグラフである。
図7C】実施例4における牽引力試験の結果を示すグラフである。
図8A】実施例5における生化学検査の結果を示すグラフである。
図8B】実施例5におけるポリマーハイドゲルの移植部位の組織切片のヘマトキシリン及びエオシン(H&E)染色像である。
図9】実施例6における後肢の目視観察像(上側)及びサーモグラフィ画像(下側)である。
図10】実施例6におけるポリマーを注入した後肢の大腿動脈周辺の組織切片の明視野像(左側)、H&E染色像(中側)、及びアシッドブルー染色像(右側)である。
図11】実施例7におけるコンピュータ断層撮影(CT)像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
≪塞栓剤≫
本実施形態の塞栓剤は、カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとのコポリマーであって、下記一般式(I)で表される構造(以下、「構造(I)」と称する場合がある)を少なくとも一部に有するコポリマーを有効成分として含有する。
【0020】
【化3】
【0021】
(一般式(I)中、R11及びR12は、水素原子、又は、置換基を有してもよい炭素数1以上20以下のアルキル基であり、且つ、関係式:R11=R12を満たす。Y11及びY12は、それぞれ独立に、単結合、又は、水酸基、エステル結合、エーテル結合、スルフィド基、カルボニル基、アミド結合、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar11は置換基を有してもよい炭素数6以上16以下の芳香族炭化水素基である。X11は、アンモニウム基又はアミノ基である。n11は10以上1000以下の整数である。なお、波線は結合手を表す。)
【0022】
本実施形態の塞栓剤は、上記構成を有することで、従来の塞栓剤と同等の血管塞栓性を有しながら、注射器による注入性、並びに、生体内における安全性及び安定性に優れる。
【0023】
なお、本明細書において、「有効成分として含有する」とは、治療的に有効量のコポリマーを含有することを意味する。なお、ここでいう「治療的に有効な量」とは、望ましい治療措置に従って投与したときに、医師、臨床医、獣医、研究者、又は他の適切な専門家が求める生物学的、医学的効果若しくは応答を誘発するコポリマーの量、又はコポリマー及び1種類以上の活性剤の組み合わせの量を意味する。好ましい治療的に有効な量は、血管内塞栓形成を必要とする疾患の症状を改善する量である。そのような疾患の具体例については後述する。
【0024】
<コポリマー>
コポリマーは、カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとを共重合してなり、上記構造(I)を少なくとも一部に有する。構造(I)は、カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーとが交互に配置された配列からなる。或いは、構造(I)は、カチオン性官能基含有モノマー1分子と、芳香族基含有モノマー1分子と、からなる単位が、連続した構造であるともいえる。
【0025】
コポリマーによる血液凝固のメカニズムとしては、負に帯電した血液成分(赤血球、白血球、血小板等)や血液中のタンパク質と、コポリマー中のカチオン性官能基とが静電相互作用を介して結合し、血液を内在した血栓様ゲル塊(以下、血液ゲルと称する)を形成することで、血管を塞栓する。血液ゲル中において、芳香族基が疎水場を形成することで、生体内で血液ゲルを安定化しているものと推察される。なお、本実施形態の塞栓剤において、上記メカニズムは一例に過ぎず、その効果を奏することができるメカニズムであれば、上記メカニズムに限定されない。
【0026】
[R11及びR12
11及びR12は、水素原子、又は、置換基を有してもよい炭素数1以上20以下のアルキル基である。また、関係式:R11=R12を満たす。前記関係式を満たすカチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーを用いることで、構造(I)を少なくとも一部に有するコポリマーを得ることができる。
【0027】
11及びR12における炭素数1以上20以下のアルキル基としては、鎖状であるものが好ましい。鎖状アルキル基としては、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよい。鎖状アルキル基は、炭素数1以上6以下のものが好ましく、具体的には、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。
【0028】
11及びR12における置換基としては、例えば、ハロゲン原子等が挙げられる。ハロゲン原子としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
【0029】
中でも、R11及びR12としては、水素原子又は炭素数1以上10以下のアルキル基が好ましく、水素原子、メチル基又はエチル基がより好ましく、水素原子又はエチル基がより好ましい。
【0030】
[Y11及びY12
11及びY12は、それぞれ独立に、単結合、又は、水酸基、エステル結合、エーテル結合、スルフィド基、カルボニル基、アミド結合、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。
【0031】
11及びY12における炭素数1以上20以下のアルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ノニレン基、デシレン基、ウンデシレン基、ドデシレン基、テトラデシレン基、ヘキサデシレン基、オクタデシレン基、ノナデシレン基、イコシレン基等が挙げられる。中でも、Y11及びY12におけるアルキレン基としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ノニレン基又はデシレン基が好ましく、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基又はオクチレン基がより好ましく、メチレン基、エチレン基、プロピレン基又はブチレン基がさらに好ましい。
【0032】
中でも、Y11及びY12としては、水酸基、エステル結合、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上10以下のアルキレン基であることが好ましい。
【0033】
また、カチオン性官能基と芳香族基との相互作用のしやすさから、それら官能基の距離が近くなるように、リンカーであるY11及びY12の長さは同程度の長さであることが好ましく、Y11の炭素数に対するY12の炭素数の差の絶対値が0以上3以下であることがより好ましい。
【0034】
好ましいY11及びY12としてより具体的には、例えば、下記一般式(Iy-1)~(Iy-7)で表される基(以下、「基(Iy-1)」等と称する場合がある)が挙げられる。なお、基(Iy-1)~(Iy-7)は、好ましいY11及びY12の一例に過ぎず、好ましいY11及びY12はこれらに限定されない。基(Iy-1)~(Iy-7)において、左側の波線は、R111又はR112が結合している炭素原子との結合部位であり、右側の波線は、X11又はAr11との結合部位である。
【0035】
【化4】
【0036】
[Ar11
Ar11は置換基を有してもよい炭素数6以上16以下の芳香族炭化水素基である。
Ar11における炭素数6以上16以下の芳香族炭化水素基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、アントラセニル基等が挙げられる。
Ar11における置換基としては、アルキル基、ハロゲン原子等が挙げられる。アルキル基及びハロゲン原子としては、上記R11及びR12において例示されたものと同様のものが挙げられる。
中でも、Ar11としては、置換基を有してもよいフェニル基が好ましい。
【0037】
[X11
11は、カチオン性官能基であり、アンモニウム基又はアミノ基である。中でも、X11は、アンモニウム基であることが好ましく、第4級アンモニウム基であることがより好ましい。
【0038】
好ましい第4級アンモニウム基としては、例えば、下記一般式(Ix-1)~(Ix-7)で表される基(以下、「基(Ix-1)」等と称する場合がある)等が挙げられる。なお、基(Ix-1)~(Ix-7)は、好ましい第4級アンモニウム基の一例に過ぎず、好ましい第4級アンモニウム基はこれらに限定されない。なお、波線は、Y11との結合部位を示す。
【0039】
【化5】
【0040】
第4級アンモニウム基は、通常、適当な陰イオンとイオン結合した状態で供給される。第4級アンモニウム基とイオン結合する陰イオンとしては、例えば塩素イオン、臭素イオン、フッ素イオン、ヨウ素イオン等のハロゲンイオン、水酸化物イオン、硫酸イオン、酢酸イオン等が挙げられ、中でも、塩素イオンが好ましい。
【0041】
[n11]
n11は10以上1000以下の整数であり、30以上1000以下の整数であることが好ましく、50以上1000以下の整数であることがより好ましく、70以上1000以下の整数であることがさらに好ましく、100以上1000以下の整数であることが特に好ましい。
【0042】
構造(I)において、カチオン性官能基含有モノマー単位側の波線部及び芳香族基含有モノマー単位側の波線部はそれぞれ独立に、以下に示すいずれかとの結合部位である。
1)水素原子;
2)重合開始剤に由来する単位;
3)カチオン性官能基含有モノマー単位側の波線部の場合には、1分子以上のカチオン性官能基含有モノマー単位;
4)芳香族基含有モノマー単位側の波線部の場合には、1分子以上の芳香族基含有モノマー単位。
【0043】
コポリマーは、1以上の構造(I)を有することができる。すなわち、カチオン性官能基含有モノマー単位をA、芳香族基含有モノマー単位をBとした場合に、コポリマーとしては、例えば、以下の配列を有するものが挙げられる。以下の配列は、コポリマーの配列の一例に過ぎず、コポリマーの配列は以下に限定されない。なお、以下の配列において、Hは水素原子、Mは重合開始剤に由来する単位を表し、n11は上記n11と同じものであり、n12及びn13はそれぞれ独立に1以上の整数である。
1)H-(AB)n11-H;
2)M-(AB)n11-H;
3)H-(AB)n11-M;
4)M-(AB)n11-M;
5)A-(AB)n11-B;
6)A-(AB)n11-(B)n12-(AB)n11-B;
7)A-(AB)n11-(B)n12-(A)n13-(AB)n11-B
【0044】
好ましい構造(I)としては、例えば、下記一般式(I-1)で表される構造(以下、「構造(I-1)」と称する場合がある)等が挙げられる。なお、構造(I-1)は、好ましい構造(I)の一例に過ぎず、好ましい構造(I)はこれに限定されない。
【0045】
【化6】
【0046】
(一般式(I-1)中、R111及びR112は、水素原子又はメチル基であり、且つ、関係式:R111=R112を満たす。Y111及びY112は、それぞれ独立に、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。Ar111は置換基を有してもよいフェニル基である。X111は第4級アンモニウム基である。n111は10以上1000以下の整数である。なお、波線は結合手を表す。)
【0047】
[R111及びR112
111及びR112は、水素原子又はメチル基であり、且つ、関係式:R111=R112を満たす。
【0048】
[Y111及びY112
111及びY112は、それぞれ独立に、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上20以下のアルキレン基である。
【0049】
111及びY112における炭素数1以上20以下のアルキレン基としては、上記Y11及びY12において例示されたものと同様のものが挙げられる。
中でも、Y111及びY112としては、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上10以下のアルキレン基であることが好ましく、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上6以下のアルキレン基であることがより好ましく、水酸基、エーテル結合、スルフィド基、及びホスホジエステル結合からなる群より選ばれる1種以上を含んでもよい、炭素数1以上4以下のアルキレン基であることがさらに好ましい。
【0050】
[Ar111
Ar111は置換基を有してもよいフェニル基である。置換基としては、上記Ar11において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0051】
[X111
111は、第4級アンモニウム基である。第4級アンモニウム基としては、上記X11において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0052】
[n111]
n111は10以上1000以下の整数であり、30以上1000以下の整数であることが好ましく、50以上1000以下の整数であることがより好ましく、70以上1000以下の整数であることがさらに好ましく、100以上1000以下の整数であることが特に好ましい。
【0053】
構造(I-1)において、カチオン性官能基含有モノマー単位側の波線部及び芳香族基含有モノマー単位側の波線部は、それぞれ上記構造(I)におけるカチオン性官能基含有モノマー単位側の波線部及び芳香族基含有モノマー単位側の波線部と同じである。
【0054】
好ましい構造(I-1)としては、例えば、下記一般式(I-1-1)~(I-1-6)で表される構造等が挙げられる。なお、構造(I-1-1)~(I-1-6)は、好ましい構造(I-1)の一例に過ぎず、好ましい構造(I-1)はこれらに限定されない。
【0055】
【化7】
【0056】
【化8】
【0057】
(上記一般式において、n112は、上記n111と同じである。)
【0058】
[カチオン性官能基含有モノマー]
カチオン性官能基含有モノマーは、カチオン性官能基及び重合性官能基を有するものであればよく、例えば、下記一般式(Ia)で表される化合物(以下、「化合物(Ia)」と称する場合がある)等が挙げられる。
【0059】
【化9】
【0060】
(一般式(Ia)中、Ra11、Ya11、及びXa11はそれぞれ上記R11、Y11、及びX11と同じである。)
【0061】
好ましい化合物(Ia)としては、例えば、下記一般式(Ia-1)で表される化合物(以下、「化合物(Ia-1)」と称する場合がある)等が挙げられる。化合物(Ia-1)は、(メタ)アクリル酸エステル骨格を有するモノマーである。なお、化合物(Ia-1)は、好ましい化合物(Ia)の一例に過ぎず、好ましい化合物(Ia)はこれに限定されない。
【0062】
【化10】
【0063】
(一般式(Ia-1)中、Ra111、Ya111、及びXa111はそれぞれ上記R111、Y111、及びX111と同じである。)
【0064】
好ましい化合物(Ia-1)としては、例えば、下記一般式(Ia-1-1)~(Ia-1-4)で表される化合物(以下、「化合物(Ia-1-1)等」と称する場合がある)等が挙げられる。化合物(Ia-1-1)~(Ia-1-4)は、(メタ)アクリル酸エステル骨格を有するモノマーである。なお、化合物(Ia-1-1)~(Ia-1-4)は、好ましい化合物(Ia-1)の一例に過ぎず、好ましい化合物(Ia-1)はこれらに限定されない。
【0065】
【化11】
【0066】
化合物(Ia-1-1)は、2-(acryloyloxy)ethyl trimethylammoniumである。
化合物(Ia-1-2)は、2-(acryloyloxy)ethyl 2-(trimethylammonio)ethyl phosphateである。
化合物(Ia-1-3)は、2-(metacryloyloxy)ethyl trimethylammoniumである。
化合物(Ia-1-4)は、2-(metacryloyloxy)ethyl 2-(trimethylammonio)ethyl phosphateである。
【0067】
[芳香族基含有モノマー]
芳香族基含有モノマーは、芳香族基及び重合性官能基を有するものであればよく、例えば、下記一般式(Ib)で表される化合物(以下、「化合物(Ib)」と称する場合がある)等が挙げられる。
【0068】
【化12】
【0069】
(一般式(Ib)中、Rb11、Yb11、及びArb11はそれぞれ上記R12、Y12、及びAr11と同じである。)
【0070】
好ましい化合物(Ib)としては、例えば、下記一般式(Ib-1)で表される化合物(以下、「化合物(Ib-1)」と称する場合がある)等が挙げられる。化合物(Ib-1)は、(メタ)アクリル酸エステル骨格を有するモノマーである。なお、化合物(Ib-1)は、好ましい化合物(Ib)の一例に過ぎず、好ましい化合物(Ib)はこれに限定されない。
【0071】
【化13】
【0072】
(一般式(Ib-1)中、Rb111、Yb111、及びArb111はそれぞれ上記R112、Y112、及びAr111と同じである。)
【0073】
好ましい化合物(Ib-1)としては、例えば、下記一般式(Ib-1-1)~(Ib-1-10)で表される化合物(以下、「化合物(Ib-1-1)等」と称する場合がある)等が挙げられる。化合物(Ib-1-1)~(Ib-1-10)は、(メタ)アクリル酸エステル骨格を有するモノマーである。なお、化合物(Ib-1-1)~(Ib-1-10)は、好ましい化合物(Ib-1)の一例に過ぎず、好ましい化合物(Ib-1)はこれらに限定されない。
【0074】
【化14】
【0075】
【化15】
【0076】
化合物(Ib-1-1)は、benzyl acrylateである。
化合物(Ib-1-2)は、2-phenoxyethyl acrylate(PEA)である。
化合物(Ib-1-3)は、2-(2-phenoxyethoxy)ethyl acrylateである。
化合物(Ib-1-4)は、2-(phenylsulfanyl)ethyl acrylateである。
化合物(Ib-1-5)は、2-hydroxy-3-phenoxypropyl acrylateである。
化合物(Ib-1-6)は、benzyl metacrylateである。
化合物(Ib-1-7)は、2-phenoxyethyl metacrylateである。
化合物(Ib-1-8)は、2-(2-phenoxyethoxy)ethyl metacrylateである。
化合物(Ib-1-9)は、2-(phenylsulfanyl)ethyl metacrylateである。
化合物(Ib-1-10)は、2-hydroxy-3-phenoxypropyl metacrylateである。
【0077】
[その他モノマー]
コポリマーは、上記カチオン性官能基含有モノマー及び上記芳香族基含有モノマーに由来する単位に加えて、その他モノマーに由来する単位を含んでもよい。
【0078】
その他モノマーとしては、カチオン性官能基及び芳香族基を有さず、上記カチオン性官能基含有モノマー及び上記芳香族基含有モノマーと重合し得る重合性官能基を有するものであればよい。そのようなその他モノマーとしては、例えば、以下に示すものが挙げられる。これらを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
(i)(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸-n-ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸-sec-ブチル、(メタ)アクリル酸-tert-ブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル、(メタ)アクリル酸イソペンチル、(メタ)アクリル酸へキシル、(メタ)アクリル酸-2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ヘプチル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸イソオクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸イソノニル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸イソデシル、(メタ)アクリル酸ウンデシル、(メタ)アクリル酸ドデシル((メタ)アクリル酸ラウリル)、(メタ)アクリル酸トリデシル、(メタ)アクリル酸テトラデシル、(メタ)アクリル酸ペンタデシル、(メタ)アクリル酸ヘキサデシル、(メタ)アクリル酸ヘプタデシル、(メタ)アクリル酸ステアリル、(メタ)アクリル酸イソステアリル、(メタ)アクリル酸ノナデシル、(メタ)アクリル酸エイコシル等の(メタ)アクリル酸エステル類。
(ii)(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸-4-ヒドロキシルブチル、(メタ)アクリル酸-6-ヒドロキシヘキシル、(メタ)アクリル酸-8-ヒドロキシオクチル等の水酸基を持つ(メタ)アクリル酸エステル類。
(iv)グリセリンの(メタ)アクリル酸モノエステル、トリメチロールプロパンの(メタ)アクリル酸モノエステル等の多価ヒドロキシ基を有する(メタ)アクリル酸エステル類。
(v)アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸等の不飽和カルボン酸。
(vi)N-メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド等の不飽和アミド。
(vii)(メタ)アクリル酸グリシジル等のエポキシ基を有する(メタ)アクリル酸エステル類。
(viii)(メタ)アクリル酸-2-カルボシキエチル等のカルボシキ基を有する(メタ)アクリル酸エステル類。
(ix)酢酸ビニル、(メタ)アクリロニトリル等。
【0079】
[コポリマーの構造]
コポリマーにおいて、カチオン性官能基含有モノマーに由来する単位と、芳香族基含有モノマーに由来する単位のモル比は、1:10~10:1とすることができ、1:8~8:1とすることができ、1:5~5:1とすることができ、1:4~4:1であることが好ましく、1:2~2:1であることがより好ましく、1.5:1~1:1.5であることがさらにより好ましく、1.2:1~1:1.2であることがさらに好ましく、1.1:1~1:1.1であることが特に好ましく、1:1であることが最も好ましい。
【0080】
[コポリマーの製造方法]
コポリマーは、上記カチオン性官能基含有モノマーと、上記芳香族基含有モノマーと、を、所定の溶媒中、重合開始剤存在下で混合し、溶液重合することで、得られる。カチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーは、上記一般式(Ia)中のR11a及び上記一般式(Ib)中のR11bが同じものを用いる。
【0081】
また、重合反応の前に、カチオン性官能基含有モノマーと、芳香族基含有モノマーと、を所定の溶媒中で混合することで、カチオン性官能基と芳香族基との間の相互作用により、カチオン性官能基含有モノマー単位と芳香族基含有モノマー単位とが交互に配置されやすく、コポリマー中の上記構造(I)の割合を向上させることができる。
【0082】
また、カチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーに加えて、その他モノマーを用いる場合には、上記カチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーの混合の前又は後に混合することができる。
【0083】
混合時の温度としては、例えば、19℃以上35℃以下とすることができる。
【0084】
カチオン性官能基含有モノマーと芳香族基含有モノマーの使用量比(モル比)は、1:10~10:1とすることができ、1:8~8:1とすることができ、1:5~5:1とすることができ、1:4~4:1であることが好ましく、1:2~2:1であることがより好ましく、1.5:1~1:1.5であることがさらにより好ましく、1.2:1~1:1.2であることがさらに好ましく、1.1:1~1:1.1であることが特に好ましく、1:1であることが最も好ましい。
【0085】
その他モノマーの使用量としては、カチオン性官能基含有モノマー単位と芳香族基含有モノマー単位とが交互に配置されることの妨げにならない範囲で決定されればよく、具体的には、カチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーの総モル量に対して、50モル%以下とすることができ、30モル%以下とすることができ、10モル%以下が好ましく、5モル%以下がより好ましく、1モル%以下がさらに好ましく、0モル%が特に好ましい。
【0086】
重合開始剤としては、熱又は光によって重合反応を開始する化合物であればよく、例えば、2-オキソグルタル酸、過酸化ベンゾイル、アゾビスイソブチロニトリル、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム等が挙げられる。
【0087】
重合開始剤の使用量は、重合反応に使用するモノマーの総モル量に対して、0.001モル%以上0.100モル%以下とすることができ、0.005モル%以上0.050モル%以下とすることができ、0.010モル%以上0.030モル%以下とすることができる。
【0088】
溶液重合に用いられる有機溶媒としては、ジメチルスルホキシド(DMSO)が好ましい。
【0089】
有機溶媒の使用量は、重合反応に使用するモノマーの総濃度が1mol/L以上となる量が好ましい。なお、反応溶液中のモノマーの総濃度の上限は、反応溶液の粘度が高くなりすぎない程度の濃度であればよく、例えば、2mol/Lとすることができる。
【0090】
反応溶液の温度が例えば50℃以上100℃以下程度となるように加熱する、或いは、UV等の光を照射することで、重合反応を開始する。
【0091】
重合反応温度は、使用するモノマーや重合開始剤の種類に応じて適宜設定することができるが、例えば、20℃以上100℃以下とすることができる。
【0092】
重合反応時間は、1時間以上12時間以下とすることができる。
【0093】
重合反応後に、コポリマーの精製を行ってもよい。
コポリマーの精製は、公知の手法によって、必要に応じて後処理を行い、コポリマーを取り出す。具体的には、適宜必要に応じて、ろ過、洗浄、抽出、pH調整、脱水、濃縮等の後処理操作をいずれか単独で、又は2種以上組み合わせて行い、濃縮、再沈殿、カラムクロマトグラフィー等により、コポリマーを精製する。
【0094】
コポリマーは、例えば、核磁気共鳴(NMR)分光法、赤外分光法(IR)等、公知の手法で構造を確認できる。
【0095】
また、得られたコポリマーは、生体への毒性を有する有機溶媒をできる限り取り除くために、透析等によって、溶媒を有機溶媒から水に溶媒を置換することが好ましい。
【0096】
上記コポリマーの精製又は溶媒置換の後に、乾燥を行ってもよい。乾燥方法としては、例えば通風乾燥、恒温槽中での乾燥、減圧乾燥、熱風循環式乾燥、凍結乾燥等が挙げられる。中でも、凍結乾燥が好ましい。凍結乾燥を行う場合に、コポリマーが形成する微粒子の粒径の増大をより効果的に抑制する観点から、凍結保護剤を更に含むことができる。
【0097】
凍結保護剤は、「凍結保護剤」又は「凍結乾燥保護剤」として知られているものであれば特に限定されず、例えば、二糖類、ソルビトール、デキストラン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、グリセロール、ポリビニルピロリドン、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0098】
二糖類としては特に限定されず、例えば、スクロース、ラクツロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、セロビオース、コージビオース、ニゲロース、イソマルトース、イソトレハロース、ネオトレハロース、ソホロース、ラミナリビオース、ゲンチオビオース、ツラノース、マルツロース、パラチノース、ゲンチオビウロース、マンノビオース、メリビオース、メリビウロース、ネオラクトース、ガラクトスクロース、シラビオース、ネオヘスペリドース、ルチノース、ルチヌロース、ビシアノース、キシロビオース、プリメベロース等が挙げられる。
【0099】
凍結保護剤の使用量は、特に限定されず、公知の方法に従い、当業者が適宜設定することができる。
【0100】
コポリマーは、固体、半固体又は液体の形態とすることができる。
固体の場合、粉末、顆粒、錠剤等の形態が挙げられる。中でも、固体としては、凍結乾燥粉末であることが好ましい。
半固体の場合、ゲル等の形態が挙げられる。
液体の場合、粉末を水等により溶解した水溶液又は懸濁した懸濁液等の形態が挙げられる。
【0101】
本実施形態の塞栓剤が液体である場合に、コポリマーの濃度が10mg/L以上100mg/L以下、好ましくは20mg/L以上70mg/L以下、より好ましくは30mg/L以上50mg/L以下となる水溶液であることが好ましい。コポリマーの濃度が上記下限値以上であることで、血液と相互作用して塞栓をより効率的に形成することができる。一方で、上記上限値以下であることで、1カ月程度の長期間保存した場合にも粘度の上昇がより抑制されて安定した状態で保存することができる。また、後述する実施例に示すように、生体内に投与した際に、注射器やマイクロカテーテルによる注入性により優れ、且つ、それらを血管から引き抜く際もほとんど抵抗なく、より安全に引き抜くことができる。
【0102】
本実施形態の塞栓剤を投与する対象としては、限定されるものではないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等が挙げられる。中でも、哺乳動物が好ましく、ヒトが特に好ましい。
【0103】
患者又は患畜への投与は、コポリマーが血液と相互作用してゲルを形成することから、塞栓を形成させたい部位への局所投与であることが好ましい。
【0104】
具体的な投与方法としては、例えば、動脈内注射、静脈内注射等、注射器やマイクロカテーテル等を用いた当業者に公知の方法により行うことができる。
【0105】
投与量は、患者の体重や年齢、患者の症状、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。本実施形態の塞栓剤は、注射剤の形で、コポリマーの濃度が好ましくは20mg/L以上60mg/L以下の濃度で、投与される。
【0106】
市販品であるOnyxは、投与量が、一般的に成人(体重60kgとして)においては、溶媒であるDMSOの毒性から、1日あたり約4.5mL以下に制限されている。しかしながら、本実施形態の塞栓剤は、水溶性であることから、DMSOを使用することなく投与できる。よって、本実施形態の塞栓剤は、Onyxよりも多い投与量、例えば、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約4.5mL超とすることもできる。或いは、投与箇所における必要量が少ない場合には、例えば、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約4.5mL以下の量とすることもできる。
【0107】
投与回数は、上述した投与量の単回投与であってもよく、上述した投与量を、1週間、2週間、3週間、4週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、又は半年毎に1回、或いは2回以上の複数回投与であってもよい。なお、本実施形態の塞栓剤は水溶性を有し、EVOH等の従来の塞栓剤と異なり、DMSO等の生体に有害な有機溶媒を含まない組成とすることができるため、局所に必要な投与量を単回投与することができる。
【0108】
≪医薬組成物≫
本実施形態の塞栓剤は、薬学的に許容される担体と組み合わせて、医薬組成物として用いることができる。
【0109】
薬学的に許容される担体としては、通常医薬組成物の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤等が挙げられる。
【0110】
医薬組成物は添加剤を更に含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0111】
医薬組成物は、上記塞栓剤と、上記薬学的に許容される担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0112】
医薬組成物の剤形としては、注射剤であることが好ましい。
【0113】
医薬組成物は、公知の塞栓剤が適用される疾患の治療に好ましく用いられる。そのような疾患としては、脳動静脈奇形;子宮筋腫、脳腫瘍、肝がん(本実施形態の塞栓剤は、これら疾患における動脈塞栓術に適用され得る);脳動脈瘤;硬膜動静脈瘻;冠動静脈瘻;外傷による血管損傷による出血;鼻出血;産科出血(弛緩出血、胎盤早期剥離)等が挙げられる。
【0114】
≪その他実施形態≫
一実施形態において、本発明は、治療的に有効量の上記塞栓剤を、治療を必要とする患者に投与することを含む、疾患の治療方法を提供する。
疾患としては、上記医薬組成物において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0115】
また、一実施形態において、本発明は、疾患の治療のための医薬組成物を製造するための上記塞栓剤の使用を提供する。
【0116】
一実施形態において、上記塞栓剤と、造影剤とは、これらを包含する、血管塞栓用キットとすることができる。
造影剤としては、例えば、ガドリニウム、Gd-DTPA、Gd-DTPA-BMA、Gd-HP-DO3A、ヨード、鉄、酸化鉄、クロム、マンガン、タンタル、並びに、その錯体及びそのキレート錯体等が挙げられる。
【実施例0117】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0118】
[実施例1]
(カチオンπポリマー(poly(cation-adj-π))の製造)
カチオンπポリマー(poly(cation-adj-π))は、カチオン性官能基含有モノマー(0.5M)、芳香族基含有モノマー(0.5M)、及び光重合開始剤として2-オキソグルタル酸(0.25mM)をDMSOに溶解し、得られた混合物に365nmのUV光(4mW/cm)を室温(25℃程度)下で11時間照射して、共重合させてカチオンπポリマーを得た。
使用したカチオン性官能基含有モノマー及び芳香族基含有モノマーの組み合わせは以下の表に示すとおりである。
【0119】
【表1】
【0120】
代表的な結果として、ATACとPEAを用いて製造したDMSOに溶解した状態のカチオンπポリマー(P(ATAC-adj-PEA))のNMRスペクトラムを図1Aに示す。図1Aにおいて、P(ATAC-co-PEA)は、ATACとPEAのランダムコポリマーであって、カチオン性官能基含有モノマー(0.5M)、芳香族基含有モノマー(0.5M)、及び光重合開始剤として2-オキソグルタル酸(0.25mM)をジメチルスルフィド(DMS)に溶解し、得られた混合物に365nmのUV光を室温(25℃程度)下で11時間照射して、ランダム共重合させて製造したものである。P(PEA)は、PEAを単独重合したホモポリマーである。丸で囲まれた+は、ATACを示し、六角形はPEAを示す。
【0121】
また、H-NMRの測定条件としては、各ポリマーを1~5mg/mLの濃度の重水素化DMSO(DMSO-d6)溶液に溶解し、H-NMR(Agilent 500MHz)を使用して分析した。
【0122】
図1Aに示すように、P(ATAC-adj-PEA)では、フェニルプロトンシグナルは、芳香族基含有モノマーのフェニルプロトンのピークの周辺で対称的な広がりを示し、カチオン性官能基及び芳香族基がポリマー鎖上において隣接して分散していることを示した。一方、P(ATAC-co-PEA)では、フェニルプロトンシグナルは、芳香族基含有モノマーのホモポリマーのシグナルと同様に、高磁場に新しい広いピークを持ち、芳香族基含有モノマーがポリマー差の長いセグメントに単独重合されていることを示した。
【0123】
また、P(ATAC-adj-BZA)、P(ATAC-adj-PDEA)、及びP(ATAC-adj-PSEA)のNMRスペクトラムをそれぞれ図1B図1Dに示す。
【0124】
図1B図1Dに示すように、P(ATAC-adj-BZA)、P(ATAC-adj-PDEA)、及びP(ATAC-adj-PSEA)では、フェニルプロトンシグナルが、芳香族基含有モノマーのホモポリマーのシグナルよりも高い化学シフトに位置していた。さらに、P(ATAC-adj-BZA)、P(ATAC-adj-PDEA)、及びP(ATAC-adj-PSEA)では、フェニルプロトンシグナルのピークは、芳香族基含有モノマーのホモポリマーのフェニルプロトンシグナルのピークよりも、広い形状を示した。これらの違いから、P(ATAC-adj-BZA)、P(ATAC-adj-PDEA)、及びP(ATAC-adj-PSEA)では、カチオン性官能基及び芳香族基がポリマー鎖上において隣接して分散していることを示した。
【0125】
さらに、総モノマー濃度を1.0M、重合開始剤として2-オキソグルタル酸0.25mM、溶媒としてDMSOを用いて、ATACとPEAのモル比をふって、上記と同様の方法でP(ATAC-adj-PEA)を製造した。異なる反応時間のポリマーをH-NMR(Agilent 500MHz)を使用して分析することで、カチオン性官能基含有モノマー(ATAC)及び芳香族基含有モノマー(PEA)の共重合速度を決定した。結果を図1Eに示す。図1Eにおいて、fはPEAのモル比を示す。例えば、f0.243では、0.757MのATAC、及び0.243MのPEAを用いた。
【0126】
図1Eに示すように、ATAC:PEA=0.757M:0.243M~0.346M:0.654Mの範囲において同程度の速度でポリマーが形成された。よって、上記モル比の範囲内においてP(ATAC-adj-PEA)を製造できることが確認された。
【0127】
次いで、得られた各カチオンπポリマーは、透析により溶媒をDMSOから蒸留水に変更し、凍結乾燥(量に応じて、数時間から数日間、真空(<30Pa)、-40℃で保持)させた後、水に溶解させて、30mg/mL、40mg/mL、及び50mg/mLの各ポリマー水溶液を調整した。
【0128】
[実施例2]
(定性的及び定量的血液凝集試験)
定性的血液凝集試験は、異なる濃度(30mg/mL、40mg/mL、又は50mg/mL)のポリマー溶液150μLをウェルプレートに添加し、底面全体をポリマーで覆った。次に、同量のクエン酸処理した血液を各ウェルに加えた。溶液が透明になるまで、生理食塩水でウェルを繰り返し洗浄し、凝集していないすべての血液成分を除去した(図2A参照)。0.1Mの塩化カルシウム(CaCl)を含む150μLのクエン酸血液をコントロールとして使用した。結果を図2Bに示す。
【0129】
図2Bに示すように、各カチオンπポリマーを用いて形成された血液ゲルは、生理食塩水で洗浄しても安定していた。一方、ATACのホモポリマーを用いて形成された血液ゲルは、生理食塩水による洗浄で崩壊し流れ出していた。
上記結果から、カチオンπポリマーは、生理的環境下において血液と安定したゲルを形成できることが明らかとなった。
【0130】
続いて、定量的血液凝集試験を以下のように実施した。まず、500μLのクエン酸血液を最初にマイクロ遠心チューブに加え、異なる濃度(30mg/mL、40mg/mL、又は50mg/mL)で異なる量(42μL以上320μL以下)のポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液をゆっくりと血液に加えた。注入後、すぐに凝集物を取り出し、表面の液体を取り除いた。その後、凝集体の重量を測定した。結果を図3に示す。
【0131】
図3に示すように、いずれの濃度においても、ポリマー水溶液100μL以上で、血液ゲルの質量がほぼ一定となった。すなわち、一定量の血液において、血液ゲルの飽和質量が存在することが明らかとなった。
【0132】
また、1mLのクエン酸血液に対して、40mg/mLのポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液600μLを加えて得られた凝集物について、レオロジー試験を、ARES-G2レオメーター(TA Instruments社製)を使用して実施した。500μLのクエン酸血液に対して、0.1Mの塩化カルシウム(CaCl)水溶液150μLを加えて、コントロールの凝固物を得た。結果を図4に示す。図4において、「as-prepared coagulation」はコントロールの凝固物を示し、「as-prepared agglomerate」はポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液を用いて形成された血液ゲルを示し、「60days agglomerate」は前記血液ゲルを60日間、37℃の生理食塩水中(毎日交換)で保存したものを示す。グラフ縦軸は、せん断応力(Pa)を示し、「G’」は貯蔵弾性率(バネ弾性)、「G’’」は損失弾性率(粘性部分)を示す。横軸は周波数(rad/s)を示す。
【0133】
図4に示すように、血液ゲルは、柔らかく、粘弾性を有し、且つ長期間安定していることが明らかとなった。
【0134】
[実施例3]
(注入試験)
1mLプラスチックシリンジを使用した注入力試験を行った(図5A参照)。試験中に注射器が動かないように、注射器(ニードルのサイズ:32ゲージ(G)、I.D.0.26mm)をテスターに固定し、それぞれ1mL/分及び1.5mL/分の速度で注入し、注入圧(N)を測定した。注射針注入試験では、異なる濃度(30mg/mL、40mg/mL、又は50mg/mL)のポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液1mLをシリンジに添加し、注入した。生理食塩水をコントロールとして同様の試験を行った。結果を図5B及び図5Cに示す。
【0135】
図5B及び図5Cに示すように、いずれの濃度のポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液においても、4N以上8N以下程度の比較的少ない力でスムーズに注入できることが確かめられた。
【0136】
次いで、1mLプラスチックシリンジ及びマイクロカテーテルを使用した注入試験も行った(図6A参照)。タンタル粉末(0.25mg/mL)を含むポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液(40mg/mL)をシリンジから、臨床に用いられている長さ150cmマイクロカテーテル(I.D.0.017インチ(0.43mm))から抗凝固処理された血液に向けて、1mL/分の速度で、7秒間の注入、3秒間の停止を4回繰り返して注入し、注入圧(N)を測定した。従来の塞栓物質EVOH(ev3 Endovascular社製の商品名「Onyx(登録商標)」)をコントロールとして同様の試験を行った。結果を図6Bに示す。
【0137】
図6Bに示すように、Onyxでは、注入/一時停止の回数が増すごとに注入圧が増加する傾向がみられた。一方で、ポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液では、11N以下程度の注入圧で、注入/一時停止を繰り返しても、注入圧が増すことなくマイクロカテーテルによってスムーズに注入できることが確かめられた。
【0138】
[実施例4]
(牽引力試験)
異なる濃度(30mg/mL、40mg/mL、又は50mg/mL)のポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液を満たしたポリエチレンチューブ(I.D.0.28mm、O.D.0.61mm)を、0.1mLのクエン酸血液を含む太いポリエチレンチューブ(I.D.1.4mm、O.D.1.9mm)に通し、同量の各ポリマー溶液を注入した。30分間放置した後、細いポリエチレン管を1.0mm/分の速度で引き抜いた際の力(N)を測定した(図7A参照)。従来の塞栓物質EVOH(ev3 Endovascular社製の商品名「Onyx(登録商標)」)及び生理食塩水をコントロールとして同様の試験を行った。結果を図7B及び図7Cに示す。
【0139】
図7B及び図7Cに示すように、Onyxでは、固着による固定化によって、引き抜くために、0.25N程度の力が必要であった。一方で、ポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液では、血液と反応後において、固着による固定化はなく、引き抜く力は、生理食塩水とほぼ同じレベルであった。
【0140】
[実施例5]
(生体内安全性試験)
麻酔下で8週齢の雄のSprague-Dawleyラットの右背側に1cmの長さの皮膚切開を行い、皮下ポケットを作製した。40mg/mLポリマー(P(ATAC-adj-PEA))、ポリマー(P(ATAC-adj-PEA))のハイドロゲルのディスク(直径5mm、厚さ1mm)を皮下ポケットに入れた。
【0141】
なお、ポリマー(P(ATAC-adj-PEA))のハイドロゲルは、以下の方法で作製した後、上記サイズに切り出した。まず、モノマー(ATAC 1.2M及びPEA 1.2M)、並びに、重合開始剤として2-オキソグルタル酸(6mM)をDMSOに溶解した。次に、混合物をガラス板のペアからなる反応セルに注いだ。グローブボックス内で1mm間隔で、365nmのUV光(4mW/cm)を室温(25℃程度)下で11時間照射して、重合させた。重合後、調製されたハイドロゲルを大量の生理食塩水に浸して、DMSOと残留モノマーを洗い流して、ハイドロゲルを得た。
【0142】
次に、切開を縫合した。外科的切開のみを行ったラットをコントロールとした。術後7日目、及び28日目に、血液の生化学検査を行う。検査のためにラットの静脈血を遠心し、血清を獲得した。血清中のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、クレアチニン(CREA)、及び尿素窒素(BUN)の濃度を専門機構(SRL,Icn.,Tokyo,Japan)で測定した。一般に、血液中のALT量及びAST量は肝機能の指標であり、血液中のCREA量及びBUN量は腎機能の指標である。結果を図8Aに示す。
【0143】
図8Aに示すように、術後28日目においても、血液中のALT量及びAST量、並びに、血液中のCREA量及びBUN量はコントロールと同程度であり、肝機能及び腎機能に異常は認められなかった。
【0144】
また、術後7日目、及び28日目にラットを安楽死させた後、40mg/mLポリマー(P(ATAC-adj-PEA))を注入した部分、ハイドロゲルを移植した部分、及び外科的切開した部分の組織切片を作製し、組織学的分析(ヘマトキシリン及びエオシン(H&E)染色)も行った。結果を図8Bに示す。図8Bにおいて、スケールバーは2mmである。
【0145】
図8Bに示すように、移植後に、移植部において重度の炎症反応は認められなかった。
【0146】
[実施例6]
(血管内投与試験)
麻酔下で8週齢の雄のSprague-Dawleyラットの右後肢の前腿に縦方向に1cmの切開を行い、大腿動脈を外科用顕微鏡下で露出させ、次に、32ゲージの針を使用して、40mg/mLのポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液0.1mLを動脈の遠位に注入した。その後、切開を閉じ、ラットを麻酔から回復させた。同量の生理食塩水を注入したラットをコントロールとした。手術の5分後に、後肢の皮膚の色が目視で観察した。また、サーモグラフィ(Optris社製、PI640i)により後肢の表面温度を測定した。結果を図9に示す。
【0147】
図9に示すように、手術の5分後には、後肢の皮膚の色が変化し、表面温度も低下していたことから、塞栓が認められた。
【0148】
手術の5分後にラットを安楽死させた後、右後肢を採取して、組織切片を作製し、組織学的分析(組織観察のためのH&E染色、及び、ポリマーを観察するためのアシッドブルー染色)も行った。結果を図10に示す。図10において、スケールバーは100μmである。染色像中の矢印はそれぞれヘマトキシリンで染色された白血球の核である。
【0149】
図10に示すように、塞栓物質が血液成分とポリマーによって形成されていることが確かめられた。
【0150】
[実施例7]
(コンピュータ断層撮影(CT)イメージング)
タンタル粉末(0.25g/mL)を含む40mg/mLのポリマー(P(ATAC-adj-PEA))水溶液を手術前に調製し、異なる注射用量(0.1mL又は2μL以上3μL以下)で試験を行った。最初の試験では、0.1mLのタンタル粉末含有ポリマー水溶液を、8週齢の雄のSprague-Dawleyラットの右大腿動脈に5秒以内で注入した。注入の45分後に、塞栓形成を確認するために右後肢のCTスキャンを撮影した。結果を図11の左側に示す。
次の試験では、タンタル粉末含有ポリマー水溶液をワンショット注射(2μL以上3μL以下)で、上記と同じ手順で8週齢の雄のSprague-Dawleyラットの右大腿動脈に注射した。注入の3時間後に、塞栓形成を確認するために右後肢のCTスキャンを撮影した。結果を図11の右側に示す。
【0151】
図11の左側のCT像から、塞栓が注入箇所から遠位にまで達していることが確認された。
図11の右側のCT像から、注入箇所における塞栓形成が確認された。
これらの結果から、注入量を適宜調整し、且つ、注入箇所を適宜選択することで、生体内の所望の箇所及び範囲で塞栓を形成できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0152】
本実施形態の塞栓剤によれば、従来の塞栓剤と同等の血管塞栓性を有しながら、注射器による注入性、並びに、生体内における安全性及び安定性に優れる塞栓剤を提供することができる。
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図9
図10
図11