(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023126091
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】電気伝導性に優れたCu基合金粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20230831BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20230831BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20230831BHJP
B22F 10/34 20210101ALI20230831BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20230831BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20230831BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20230831BHJP
【FI】
B22F1/00 L
C22C9/00
B22F10/28
B22F10/34
B22F10/64
B33Y70/00
B33Y80/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022144415
(22)【出願日】2022-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2022029290
(32)【優先日】2022-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】坂田 将啓
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA04
4K018BA02
4K018BB04
4K018FA08
4K018KA23
4K018KA63
(57)【要約】
【課題】 急速溶融急冷凝固を伴うプロセスによる造形に適し、造形時に相対密度、電気伝導率、強度に優れるCu基合金粉末の提供。
【解決手段】 質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金粉末。ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の1種以上の元素からなる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金粉末。
ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は1種または2種以上の元素であってかつ合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる。
【請求項2】
M2成分がAg,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上からなることを特徴とする、請求項1に記載のCu基合金粉末。
【請求項3】
質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金からなり、該Cu基合金中にCuとM1成分とからなる第1の析出物に加えて、M2成分が含有された第2の析出物が析出されていることを特徴とするCu基合金からなる造形物。
ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は1種または2種以上の元素であってかつ合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる。
【請求項4】
請求項3に記載のCu基合金からなる造形物におけるM2成分がAg,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上からなり、第2の析出物がM1成分とM2成分とからなる析出物であることを特徴とするCu基合金からなる造形物。
【請求項5】
第2の析出物が円相当径で1000nm以下であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載のCu基合金からなる造形物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元積層造形法、溶射法、レーザーコーティング法、肉盛法等の、急速溶融急冷凝固を伴うプロセスに適した電気伝導性に優れたCu基合金粉末に関する。とりわけ、パウダーベッド方式(粉末床溶融結合方式)による積層造形法に好適な電気伝導性に優れるCu基合金粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
金属からなる造形物の製作に、3Dプリンターが使用されはじめている。この3Dプリンターとは、積層造形法によって造形物を製作するものであり、金属積層造形法の代表的な方式にはパウダーベッド方式(粉末床溶融結合方式)やメタルデポジション方式(指向性エネルギー堆積方式)などがある。パウダーベッド方式では、レーザービームまたは電子ビームの照射によって、敷き詰められた粉末のうち照射された部位が溶融し凝固する。この溶融と凝固により、粉末粒子同士が結合する。照射は、金属粉末の一部に選択的になされ、照射がなされなかった部分は、溶融せず、照射がなされた部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0003】
形成された結合層の上に、さらに新しい金属粉末が敷き詰められ、それらの金属粉末にレーザービームまたは電子ビームの照射が行われる。すると、照射により、金属粒子が溶融、凝固し、新たな結合層が形成される。また、新たな結合層は、既存の結合層とも結合される。
【0004】
照射による溶融・凝固が順次繰り返されていくことにより、結合層の集合体が徐々に成長する。この成長により、三次元形状を有する造形物が得られる。こうした積層造形法を用いると、複雑な形状の造形物が、容易に得られる。
【0005】
パウダーベッド方式の積層造形法としては、「鉄系粉末」と、「ニッケル、ニッケル系合金、銅、銅系合金、及び黒鉛から成る群から選ばれる1種類以上の粉末」が混合されたものを金属光造形用金属粉末として用い、これらの金属粉末を敷く粉末層形成ステップと、粉末層にビームを照射して焼結層を形成する焼結層形成ステップと、造形物の表面を切削する除去ステップを繰り返して焼結層を形成して、三次元形状造形物を製造するといった手順が開示されている(特許文献1参照。)。
【0006】
高周波誘導加熱装置やモーター冷却用ヒートシンク等の合金には、高伝導度が要求される。このような用途には、Cu基合金が適している。これらの用途に用いられる部品は複雑形状であることから、積層造形法による手法が注目されており、積層造形法のメリットを活かすことができる。
【0007】
しかし、銅は、汎用的なレーザー積層造形に用いられるレーザー波長1064nmにお
ける光吸収率が低いことから、溶融凝固に必要なエネルギーが十分に得られず、造形物の作製が困難である。そのため光吸収率を向上し、造形性に優れる銅合金の開発が行われている。
例えば、主成分が銅であり、銅に対する固溶量が0.2at%未満の添加元素を含有する銅合金が提案されている(特許文献2参照。)。この提案は、銅に対する固溶量の低い添加元素を用いることで銅への固溶による導電率の低下を低減させつつ、機械強度を得ることを意図したものであって、二元状態図などで銅に固溶しにくい元素を非固溶に添加するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008-81840号公報
【特許文献2】国際公開第2019/039058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
積層造形法では、金属材料が急速に溶融され、かつ急冷されて凝固する。従来の粉末は、このような急速溶融急冷凝固を伴うプロセスに用いるには不向きで、従来の粉末を流用しても、直ちに一般的に高密度な造形物が得られるものではない。
【0010】
たとえばCu粉末は純Cuの光の吸収率が低いため、積層造形するために照射するレーザー光が他の金属粉末の場合より多くを反射するため(以下、係るレーザー光を反射をする比率を「レーザー反射率」という。)、エネルギー効率が悪いので、積層造形には不向きである。Fe基合金、Ni基合金、Co基合金等のレーザー反射率と比較すると、純Cuのレーザー反射率は高い。急速溶融急冷凝固を伴うプロセスに純Cuの粉末が用いられると、高いレーザー反射率に起因して、多くの熱が大気へ放出される。すると、粉末が溶融するための十分な熱が、この粉末に与えられないこととなる。熱の不足は、粒子同士の結合の不良を招来する。熱の不足に起因して、この粉末から得られた造形物の内部に、未溶融の粒子が残存することとなる。そこでこうした粉末を用いた造形物は相対密度は低いものとなる。
【0011】
添加元素を加えることでCu基合金のレーザー反射率を低減させることも試みられている。もっとも、添加元素を加える場合、熱処理を行っても添加元素が十分に析出されず、Cu基合金の母相に固溶することがあり、その結果、電気伝導率の低下が生じる問題がある。
【0012】
一方、エネルギー密度が高いレーザーを純Cu粉末に照射することとなれば、未溶融の粒子の残存は抑制されるかのようであるが、エネルギー密度が高いレーザーは、溶融金属の突沸を招来しやすい。この突沸は、造形物の内部の空隙の原因である。空隙を有する造形物の相対密度は低いものとなる。また、エネルギー密度が高いレーザーは、溶融金属の突沸以外に、スパッタやヒュームの発生量を多くさせるという問題がある。
【0013】
本発明の目的は、急速溶融急冷凝固を伴うプロセスによる造形に適しており、造形時に相対密度、電気伝導率、強度に優れたCu基合金粉末の提供と、相対密度、電気伝導率、強度に優れたCu基合金の造形体の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
Cuは電気伝導率に極めて優れる元素であるから、Cuのレーザー反射率を低減するために添加元素M1の成分を加えていくと、反射率が抑えられるものの、それらの添加量が多くなることで電気伝導率が低下してしまう。Cu基合金にM1成分のみを添加した粉末を用いた場合でも、造形後の熱処理を工夫して固溶する添加元素を母相から析出させることで、電気伝導率を回復させることもできるが、それだけでは十分とはいえない。たとえCuへの固溶限が小さい添加元素であったとしても、熱処理によって添加元素を十分に析出させることは困難であって、純Cuに近い電気伝導率を得ることは依然として容易ではないからである。
【0015】
たとえば、特許文献2では、導電率を確保するべく固溶限0.2at%未満である添加元素を含有する銅合金が提案されている。もっとも、添加元素M1が、固溶限が0.2at%未満と小さい場合においても、熱処理によって固溶元素M1を十分に析出させることは困難であり、容易ではなかった。
【0016】
そこで、発明者らは鋭意検討の結果、反射率の低減に有効な添加元素群M1の添加に加えて、添加されたM1成分との析出物を形成しやすい第三元素M2の成分をさらに加えることとした。第三元素M2は、母相中の添加元素M1の成分と容易に析出物を形成し母相から析出されるため、純Cuに近い電気伝導率が得られる。また、M2の成分は必ずしも固溶限が0.2at%未満に限定される必要はなく、0.2at%以上であっても、M1の析出性が高まることで電気伝導率に優れるものとなることを見出した。さらに、これらの析出物が微細に形成されることとなれば、強度の向上にも寄与することを見出した。
【0017】
すなわち、本発明の課題を解決するための第1の手段は、質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金粉末である。
ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は1種または2種以上の元素であってかつ合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる。
【0018】
その第2の手段は、M2成分がAg,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上からなることを特徴とする、第1の手段に記載のCu基合金粉末である。
【0019】
その第3の手段は、質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金からなり、該Cu基合金中にCuとM1成分とからなる第1の析出物に加えて、第1の析出物とは異なるM2成分が含有された第2の析出物が析出されていることを特徴とするCu基合金からなる造形物である。
ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は1種または2種以上の元素であってかつ合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる。
【0020】
また、その他の手段は、質量%で、添加元素M1成分を0.05~10.0%と、第三元素M2成分を0.01~1.00%含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなるCu基合金からなり、該Cu基合金中にCuとM1成分とからなる第1の析出物に加えて、M2成分が含有された第2の析出物が析出されていることを特徴とするCu基合金からなる造形物である。
ただし、M1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなり、M2成分は合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の1種以上の元素からなる。
【0021】
その第4の手段は、第3の手段に記載のCu基合金からなる造形物におけるM2成分がAg,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上からなり、第2の析出物がM1成分とM2成分とからなる析出物であることを特徴とするCu基合金からなる造形物である。
【0022】
その第5の手段は、第2の析出物が円相当径で1000nm以下であることを特徴とする第3又は第4の手段に記載のCu基合金からなる造形物である。
【発明の効果】
【0023】
本発明のCu基合金粉末は、M1成分との析出物を形成しやすいM2成分をさらに添加させたことで、この粉末を用いたCu基合金からなる造形物は、母相のCuに固溶するM1成分を母相から十分に析出させることができるので、電気伝導率が優れたものとなる。
【0024】
また、特許文献2では、銅に対する固溶限0.2at%以上の元素を添加すると、電気伝導率が低下するといった比較例が示されているが、本発明では、固溶限0.2at%以上のM2成分を加えた場合であっても、M1成分を母相から析出しやすくさせる効果が得られる。そこで、本発明のCu基合金からなる造形物では、特許文献2の記載とは異なり、固溶限が0.2at%以上の元素をCuに添加した場合であっても、電気伝導率の低下は生じることがなく、むしろ電気伝導率を向上させることができる。
【0025】
そこで、本発明のCu基合金粉末を急速溶融急速凝固法による造形物の作製に用いると、99.0%以上の極めて高い相対密度であって、電気伝導率は70.0%IACS以上の造形物が得られる。また、微細な析出物は造形物の強度を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明のCu基合金粉末の実施の形態の説明に先立って、各粉末の成分(以下の「%」は質量%である。)を規定した理由について以下に説明する。なお、本願明細書において、特に記載がない限り、「平均粒子径」は、レーザー回折散乱法により得られる体積基準の累積カーブにおいて、累積体積が50%である点の粒子径D50(メジアン径)である。範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。
【0027】
添加元素M1成分:0.05~10.0%
(ただしM1成分はNd,Zr,Mo,Crのいずれか1種もしくは2種以上からなる。)
Cu基合金の添加元素M1成分として、Nd,Zr,Mo,Crからなる群から1種又は2種以上が添加される。M1成分のNd,Zr,Mo,Crは、いずれも平衡状態図上におけるCuへの固溶限は小さい成分である。
もっとも、Cu基合金粉末がアトマイズ法のような急冷凝固を伴う方法で得られると、元素M1の成分はCuに過飽和に固溶されることとなる。すると、この過飽和固溶体においては、レーザー反射率が抑制される。
そこで、M1成分を含む場合は、効率的に熱が吸収されうる。すると、これらのCu基合金粉末を用いて急速溶融急冷凝固を伴うプロセスで造形する際には、エネルギー密度のより低いレーザーの使用が可能になる。そして溶融金属の突沸が抑制される。そこで、このプロセスにより、相対密度が大きく、内部の空隙が少ない造形物が得られうることとなる。
【0028】
そして、M1成分の含有率は、10.0%以下が好ましい。Cu基合金粉末が、Nd,Zr,Mo,Crから選択される2種以上のM1成分を含む場合は、その合計含有率が、10.0%以下であることが好ましい。
本発明では、M1成分の含有率が、10.0%以下であるCu基合金粉末であれば、電気伝導率に優れた造形物が得られうる。この観点から、M1成分の含有率は5.0質量%以下がより好ましく、3.0質量%が特に好ましい。M1成分の含有率は、より低いエネルギー密度のレーザーで、相対密度が大きい造形物が得られるとの観点から、M1成分の含有率は0.05質量%以上がより好ましく、0.2質量%以上がさらに好ましく、0.5質量%以上が特に好ましい。
【0029】
第三元素M2成分:0.01~1.00%含有
(ただし、M2成分は、1種または2種以上の元素であって、かつ、合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる。たとえば、M2成分は、Ag,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上とする。)
M2成分は、合金粉末に添加されたM1成分に対しての固溶限が1.0質量%以下の元素からなる、1種または2種以上の元素であって、M2成分はM1成分との析出物を形成する。M1成分のみであると、熱処理のみによるだけでは十分に析出させることは困難であるが、M2成分を添加すると、Cu母相に固溶するM1成分がM2成分との析出物として析出することから、M1成分のみを添加する場合よりも電気伝導率を向上させることができる。
【0030】
M2成分を質量%で0.01%以上の添加すると、M1成分とM2成分の析出物を形成しやすくなる。そこで、M2成分は0.01%以上とし、0.05%以上がより好ましい。
もっとも、M2成分は添加量が多くなると、電気伝導率が低下してしまうため、M2成分は質量%で1.00%以下とし、0.50%以下がより好ましい。
【0031】
たとえば、M2成分は、Ag,Ni,Snのいずれか1種もしくは2種以上とする。
Ag,Ni,Snは、いずれも平衡状態図上におけるM1成分のいずれかに対しての固溶限が1.0質量%以下の元素であるから、M2成分として添加すると、M1成分との間に析出物を形成しやすく、これにより電気伝導率を向上させることができる。すなわち、ここでいうM2成分の固溶限とは、平衡状態図における、M1成分に対して室温で最大の固溶量のことである。なお、平行状態図は公知の技術的事項であるから、これらに基づいてM1とM2との固溶限を確認することができる。Nd-Ag、Zr-Ag、Cr-Ag 、Mo-Ag、Zr-Ni、Mo-Ni、Nd-Snは、いずれも状態図上、固溶限が1質量%以下である。
【0032】
なお、本発明においては、M1成分及びM2成分以外に、不可避不純物としてSi、P、Sを含んでもよいが、その場合、Si:0.10%以下、P:0.10%以下、S:0.10%以下であることが好ましい。不可避的不純物の中でも、Si、P、Sは、銅合金の電気伝導及び熱伝導を阻害する。さらには、造形時の割れ発生に敏感な元素であることから、多く含有しないようにする必要がある。
【0033】
[Si(ケイ素)]
SiはCuに固溶し、銅合金の電気伝導及び熱伝導を阻害する。この観点から、Siの含有率は0.10%以下が好ましく、0.05%以下がより好ましい。
【0034】
[P(リン)]
PはCuに固溶し、銅合金の電気伝導及び熱伝導を阻害する。この観点から、Pの含有率は0.10%以下が好ましく、0.05%以下がより好ましい。
【0035】
[S(硫黄)]
SはCuに固溶し、銅合金の電気伝導及び熱伝導を阻害する。この観点から、Sの含有率は0.10%以下が好ましく、0.05%以下がより好ましい。
【0036】
粉末の球形度:好ましくは0.80~0.95
本発明のCu基合金粉末の球形度は、0.80~0.95とすることが好ましい。球形度が0.80以上である被覆粉末は、流動性に優れる。この観点から、球形度は0.83以上が好ましく、0.85以上がより好ましい。球形度が0.95以下である被覆粉末では、レーザーの反射が抑制されうる。この観点から、球形度は0.93以下が好ましく、0.90以下がより好ましい。
【0037】
球形度の測定では、粉末が樹脂に埋め込まれた試験片を準備し、鏡面研磨に供した後、研磨面を光学顕微鏡で観察する。顕微鏡の倍率は、100倍である。無作為に抽出された20個の粒子について画像解析がなされ、この粒子の球形度が測定される。粒子の球形度は、この粒子の輪郭内に画かれうる最長線分の長さに対する、この最長線分に対して垂直な方向における長さの比である。20個の測定値の平均が、粉末の球形度である。
【0038】
平均粒子径dA:好ましくは10~100μm
本発明において、Cu基合金粉末Aの平均粒子径dAは、10~100μm以下が好ましい。
平均粒子径dAが10μm以上であるCu基合金粉末Aを用いて得られる粉末は、流動性に優れる。この観点から、平均粒子径dAは20μm以上がより好ましく、30μm以上が特に好ましい。平均粒子径dAが100μm以下であるCu基合金粉末Aを用いると、相対密度が大きい造形物が得られうる。この観点から、平均粒子径dAは80μm以下がより好ましく、60μm以下が特に好ましい。
【0039】
平均粒子径dAの測定では、粉末の全体積が100%とされて、累積カーブが求められる。このカーブ上の、累積体積が50%である点の粒子径D50が、平均粒子径dAである。平均粒子径dAは、レーザー回折散乱法によって測定される。この測定に適した装置として、日機装社のレーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置「マイクロトラックMT3000」が挙げられる。この装置のセル内に、被覆粉末が純水と共に流し込まれ、粒子の光散乱情報に基づいて、粒子径が検出される。
【0040】
[Cu基合金粉末の製造方法]
Cu基合金粉末の製造方法は特に限定されず、水アトマイズ法、単ロール急冷法、双ロール急冷法、ガスアトマイズ法、ディスクアトマイズ法及び遠心アトマイズ法が例示される。好ましい製造方法は、単ロール冷却法、ガスアトマイズ法及びディスクアトマイズ法である。炭素層形成前に、Cu基合金粉末Aにメカニカルミリング等が施されてもよい。ミリング方法として、ボールミル法、ビーズミル法、遊星ボールミル法、アトライタ法及び振動ボールミル法が例示される。
【0041】
[造形物の造形について]
本発明に係るCu基合金粉末から、急速溶融急速冷却によって、種々の造形物が製造されうる。この造形物の製造方法は、(1)粉末を準備する工程、及び(2)この粉末を溶融及び凝固し、未熱処理の造形物を得る工程を含む。
粉末を溶融及び凝固する工程として、急速溶融急冷凝固プロセスが挙げられる。このプロセスの具体例としては、三次元積層造形法、溶射法、レーザーコーティング法及び肉盛法が挙げられる。本発明のCu基合金粉末は、レーザー光を吸収して低エネルギー密度で溶融凝固させることに好適であることから、パウダーベッド方式(粉末床溶融結合方式)の三次元積層造形法で造形物を積層しながら作製していくことに適している。
【0042】
三次元積層造形法には、3Dプリンターが使用されうる。この積層造形法では、敷き詰められた被覆粉末に、レーザービーム又は電子ビームが照射される。照射により、被覆粒子が急速に加熱され、急速に溶融する。被覆粒子はその後、急速に凝固する。この溶融と凝固とにより、被覆粒子同士が結合する。照射は、被覆粉末の一部に、選択的になされる。被覆粉末の、照射がなされなかった部分は、溶融しない。照射がなされた部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0043】
パウダーベッド方式では、レーザービームまたは電子ビームの照射によって、敷き詰められた粉末のうち照射された部位が溶融し凝固する。この溶融と凝固により、粉末粒子同士が結合する。照射は、Cu基合金粉末の一部に選択的になされ、照射がなされなかった部分は、溶融せず、照射がなされた部分のみにおいて、結合層が形成される。
【0044】
形成された結合層の上に、さらに新しいCu基合金粉末が敷き詰められ、それらのCu基合金粉末にレーザービームまたは電子ビームの照射が行われる。すると、照射により、金属粒子が溶融、凝固し、新たな結合層が形成される。また、新たな結合層は、既存の結合層とも結合される。
【0045】
照射による溶融・凝固が順次繰り返されていくことにより、結合層の集合体が徐々に成長する。この成長により、三次元形状を有する造形物が得られる。こうした積層造形法を用いると、複雑な形状の銅合金造形物が、容易に得られる。
【0046】
[造形の条件]
従来、Cu基合金粉末を用いて、急速溶融急冷凝固プロセスで焼結をおこなう場合、結合層の形成に際して、120J/mm3以上のエネルギー密度E.D.である場合には、十分な熱が粉末に与えられ、造形物内部における未溶融粉末の残存が抑制され、造形物の相対密度は、大きくなる。この観点から、エネルギー密度E.D.は120J/mm3以上とする。もっとも、エネルギー密度E.D.が180J/mm3を超えるようであると、過剰な熱が粉末に与えられることとなりやすい。そこで、溶融金属の突沸を抑制し、造形物の内部における空孔が抑制するためには、エネルギー密度E.D.は170J/mm3以下がより好ましく、160J/mm3以下が特に好ましい。
【0047】
[熱処理]
好ましくは、造形物の製造方法は、(3)上記工程(2)で得られた未熱処理造形物に熱処理を施して造形物を得る工程をさらに含む。
好ましい熱処理は、時効処理である。時効処理により、M1成分の単相ないしCuとM1成分との化合物が、粒界に析出する。この析出により、マトリクス相におけるCuの純度が高められる。このマトリクス相は、造形物の電気伝導率の向上に寄与しうる。
【0048】
レーザー反射率を高めるために添加したM1成分を析出させることができれば電気伝導率の低下を避けることができる。もっとも、時効処理だけで析出させることは容易ではないので、本発明では、M1成分に加えてM2成分を添加することで、M1成分とM2成分の析出物を形成させることとしている。
【0049】
[熱処理の条件]
時効では、未処理造形物が、所定温度下に所定時間保持される。時効温度は、350℃以上1000℃以下が好ましい。温度が350℃以上である時効により、M1成分の単相もしくはCuとM1成分との化合物が十分に析出した組織が得られる。この観点から、時効温度は400℃以上がより好ましく、450℃以上が特に好ましい。温度が1000℃以下である時効では、M1成分のマトリクス相への固溶が抑制される。この観点から、時効温度は950℃以下がより好ましく、900℃以下が特に好ましい。元素Mが0.0質量%であるときは、析出させる組織がないため熱処理は不要である。
【0050】
時効時間は、1時間以上10時間以下が好ましい。時間が1時間以上である時効により、元素Mの単相もしくはCuとM1成分との化合物が十分に析出した組織が得られる。この観点から、時効時間は1.3時間以上がより好ましく、1.5時間以上が特に好ましい。
もっとも、時効時間が長くなると結晶粒が粗大化して、強度が低下するので、時効時間は10時間以下とすることが好ましい。また、時効時間が10時間以下である時効では、エネルギーコストが抑制される。これらの観点から、時効時間は9.7時間以下がより好ましく、9.5時間以下が特に好ましい。
【0051】
[造形物の相対密度]
急速溶融急冷凝固プロセスで得られた銅合金造形物の相対密度は、97%以上であることが好ましい。積層造形による銅合金造形物の相対密度が97%以上であれば、造形物内部の欠陥が少なく電気伝導率に優れる銅合金造形物が得られる。相対密度はより好ましくは98%以上である。
【0052】
相対密度は、積層造形法等で作製した10mm角試験片の密度と、原料である粉末のかさ密度との比に基づいて算出される。
まず、10mm角試験片の密度は、アルキメデス法によって測定することができる。
粉末のかさ密度は、乾式密度測定器によって測定できる。たとえばHeガス置換を利用した定容積膨張法によってかさ密度を測定することができる。この測定に適した装置として、島津製作所の乾式自動密度計「AccuPyc1330」が挙げられる。この装置のセル内に、粉末を充填させて密度を測定する。
【0053】
[析出物]
M1を含む析出物は、銅合金造形物内部に存在する。M1成分が析出することは、Cu母相に固溶していたM1が排出されることを意味し、電気伝導率の向上に寄与する。析出物の大きさが1000nmを上回ると、導電パスの妨げや強度の低下をもたらす。この観点から、M1成分とM2成分の化合物のサイズは、1000nm以下であることが好ましい。
【0054】
[銅合金造形物の電気伝導度]
熱処理後の銅合金造形物の電気伝導度は、70%IACS以上が好ましい。電気伝導度が70%IACS以上である造形物は、導電性に優れる。より好ましくは、電気伝導度は80%IACS以上である。
【0055】
[電気伝導度の測定]
試験片(3×2×60mm)を作製し、「JIS C 2525」に準拠した4端子法で、電気抵抗値(Ω)を測定した。測定には、アルバック理工社の装置「TER-2000RH型」を用いた。測定条件は、以下の通りである。
温度:25℃
電流:4A
電圧降下間距離:40mm
下記数式に基づき、電気抵抗率ρ(Ωm)を算出した。
ρ=R/I×S
この数式において、Rは試験片の電気抵抗値(Ω)であり、Iは電流(A)であり、Sは試験片の料断面積(m2)である。電気伝導度(S/m)は、電気抵抗率ρの逆数から算出した。また、5.9×107(S/m)を100%IACSとして、各試験片の電気伝導度(%IACS)を算出した。
【0056】
以下、Cu基合金粉末を用いて積層造形法で造形体を作製する実施例によって本発明の効果を明らかにする。なお、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではないことを付言する。
【0057】
[実施例1]
真空中にて、アルミナ製坩堝で、表1記載のM1成分、M2成分と、残部Cuからなる原料粉末(実施例1~24)を高周波誘導加熱で加熱し、溶解した。また、比較例として、表2記載の成分と残部Cuからなる原料粉末(比較例1~9)を高周波誘導加熱で加熱し、溶解した。溶解させた後、坩堝の底に形成されておりその直径が5mmであるノズルから溶湯を落下させ、この溶湯にアルゴンガスを噴霧し、多数の粒子を得た。これらの粒子に分級を施して、直径が63μmを超える粒子を除去することにより、実施例1~24および比較例1~9の各材料を原料とするCu基合金粉末を得た。
【0058】
[レーザー光吸収率の測定]
得られたCu基粉末について、分光光度計を用いて、レーザー波長1064nmにおけるレーザー光反射率を測定した。レーザー光吸収率は、100-「レーザー光反射率(%)」%として算出した。なお、Cu単体に比して造形が容易で、造形体の相対密度も優れていることからも、本発明のCu基合金粉末はレーザー光吸収率が高く、急速溶融急冷凝固による造形体の作製に好適といえる。表1に示す。
【0059】
[成形]
実施例1~24及び比較例1-9の材料からなるCu基合金粉末を原料として、それぞれ、3次元積層造形装置(EOS-M280)による積層造形法を実施し、造形物(未熱処理造形物)を得た。
【0060】
[熱処理]
その後、各Cu基合金粉末を原料として得られた造形物に、350~1000℃、1~10時間の範囲内で熱処理(時効処理)を施した。これらの熱処理条件は各組成に応じて、適切と考えられる熱処理を施している。
【0061】
[相対密度測定]
熱処理後の造形物について、それぞれ、試験片(10×10×10mm)を作製し、相対密度(%)を測定した。結果を表3、4に示す。
【0062】
[電気伝導率測定]
熱処理後の銅合金造形物について、それぞれ、試験片(3×2×60mm)を作製し、「JIS C 2525」に準拠した4端子法で、電気伝導率(%IACS)を測定した。結果を表3、4に示す。
【0063】
[析出物の大きさ測定]
実施例のCu基粉末を原料として得た銅合金造形物から、それぞれ、FIB(集束イオンビーム)加工にて、薄膜状の試験片を作製した。各試験片を透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、析出物及び炭素単体の大きさ(最大径)を確認した。析出物や炭素単体の粒径はTEMで100μm2を観察し、認められる介在物の粒子のうちの最大径を求めた。結果を表5、6に示す。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
表1、3、5に示されるように、実施例1~24のCu基合金粉末は、表4に示す比較例の粉末を用いた場合に比べて相対密度に優れており、相対密度、電気伝導率のいずれの評価も高いものとなった。実施例のCu基合金粉末がレーザー光を反射しにくいので、突沸が生じにくく空隙の原因が抑制されたため、相対密度が高まったものである。また、介在物の大きさも1000nm以下であることから、析出により電気伝導率が向上するも、導電パスの妨げや強度の低下による支障は確認されなかった。
【0071】
比較例1、2は、M1成分が微量であるため、レーザー光を反射しづらく、造形に過度なエネルギーを必要としたため、積層造形法による造形体の相対密度が低下した。
比較例3、4は、M1成分が過剰である一方で、M2成分が過少であるため、M1成分が母相中に固溶したまま時効処理のみではコントロールしきれておらず、析出が十分ではないため、電気伝導率が低いものとなった。
比較例5、6、8は、M2成分が過剰であるため、電気伝導率が低いものとなった。また比較例8は、析出物の大きさが1000nmを超えており、強度が低下したものとなった。
比較例7は、M2成分が過少であるため、M1成分がM2成分と析出物を形成することが十分にできず、時効処理ではM1の析出をコントロールしきれず、電気伝導率が低いものとなった。
比較例9では、M2成分のAgに代えてMnを用いた。Cr-Mn2元系状態図によると、Mnが60質量%以下の場合には、MnはCrと析出物を形成しない。そこで、M1成分との析出物は形成されにくく、比較例9では熱処理後もM1成分は母相に固溶しており、その結果、電気伝導率が低い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明に係るCu基合金粉末は、急速溶融急冷凝固を伴う種々のプロセスによる造形物の製造に適用される。例えば、この粉末は、ノズルから粉末が噴射されるタイプの3Dプリンター、ノズルから粉末が噴射されるタイプのレーザーコーティング法等にも適している。