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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023126707
(43)【公開日】2023-09-08
(54)【発明の名称】磁気素子
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20230831BHJP
   H10N 52/85 20230101ALI20230831BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20230831BHJP
   H01F 10/30 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H01L43/10
H01L27/105 447
H01F10/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022177723
(22)【出願日】2022-11-04
(31)【優先権主張番号】P 2022030135
(32)【優先日】2022-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202206801、令和4年11月4日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「電子材料系における非原子軌道の物質設計」委託研究、令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、創発的研究支援事業「新世代コンピューティング素子のためのスキルミオン物質基盤創成」委託研究、平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「トポロジカル絶縁体量子機能実証とスピントロニクス応用」委託研究、平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ナノスピン構造物質創製と磁気構造観察」委託研究、平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「トポロジカル機能界面の創出」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金澤 直也
(72)【発明者】
【氏名】大塚 悠介
(72)【発明者】
【氏名】堀 智洋
(72)【発明者】
【氏名】平山 元昭
(72)【発明者】
【氏名】十倉 好紀
(72)【発明者】
【氏名】▲塚崎▼ 敦
(72)【発明者】
【氏名】藤原 宏平
【テーマコード(参考)】
4M119
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA11
4M119AA20
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC10
4M119DD08
5E049BA06
5E049CB02
5E049DB02
5F092AA07
5F092AA12
5F092AB06
5F092AC26
5F092AD25
5F092BB53
5F092BD12
(57)【要約】
【課題】安価で低毒性の元素からなる化合物において、磁化状態の電気的制御を可能とする。
【解決手段】磁気素子100は、基板10と、基板10上に積層され、表面が物質内部のトポロジーの性質によって自発磁化を発現する強磁性金属状態を示す化合物(例えばFeSi)からなり、面内方向に電流を流すと、スピン蓄積が発生し、表面の磁化が反転可能である非磁性絶縁層20と、非磁性絶縁層20上に積層され、絶縁体(例えばMgO)からなるキャップ層30と、を備える。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に積層され、表面が物質内部のトポロジーの性質によって自発磁化を発現する強磁性金属状態を示す化合物からなり、面内方向に電流を流すと、スピン蓄積が発生し、前記表面の磁化が反転可能である非磁性絶縁層と、
を備える磁気素子。
【請求項2】
前記非磁性絶縁層は、第8族の第1元素と、第13族、第14族又は第15族の第2元素との共有結合性結晶からなる、請求項1に記載の磁気素子。
【請求項3】
前記第1元素は、Fe、Ru、又はOsであり、前記第2元素は、Si、Ge、Ga、又はSbである、請求項2に記載の磁気素子。
【請求項4】
前記非磁性絶縁層上に積層され、絶縁体からなるキャップ層を更に備える、請求項1~3の何れか1項に記載の磁気素子。
【請求項5】
前記キャップ層は、酸化物、イオン結晶又は分子性結晶からなる、請求項4に記載の磁気素子。
【請求項6】
前記キャップ層は、MgO、又はアルカリ土類金属と酸素との化合物からなる、請求項4に記載の磁気素子。
【請求項7】
前記キャップ層は、アルカリ金属とフッ素との化合物、又はアルカリ土類金属とフッ素との化合物からなる、請求項4に記載の磁気素子。
【請求項8】
前記キャップ層は、パリレンからなる、請求項4に記載の磁気素子。
【請求項9】
前記非磁性絶縁層の前記表面の強磁性転移温度は、室温より高い、請求項7に記載の磁気素子。
【請求項10】
前記非磁性絶縁層の前記表面の磁化は、室温で反転可能である、請求項9に記載の磁気素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気メモリ等の磁気装置に用いられる磁気素子に関する。
【背景技術】
【0002】
磁性体の磁化の向きで情報を記録する不揮発性メモリとして、ハードディスクドライブ(HDD)や磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)等の種々の磁気メモリが広く普及しており、これらのメモリに用いられる磁気素子に関する様々な技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
従来型のMRAMでは、電流が作る磁場によって磁気素子の磁化を反転させている。一方、磁気素子に面直方向に電流を流すことで磁化を反転させるスピン注入磁化反転を用いたMRAMが実用化されている。また、近年、スピン軌道相互作用の強い重元素からなるチャネル層に電流を流し、スピン軌道トルク(SOT)によって磁気素子の磁化を制御するMRAMに関する技術が提案されている。近年発見されたトポロジカル絶縁体も重元素を含有しており、表面状態を利用して、スピン軌道相互作用がバンド反転に寄与することがわかってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2018/179961号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、HDDは、磁化状態を読み取るために力学的駆動機構を必要とするため、動作速度が遅く、故障しやすいという問題がある。従来型MRAMでは、磁気素子のサイズを小さくすると、磁化反転に必要な電流密度が大きくなってしまうという問題がある。一方、スピン注入型MRAMでは、磁気素子のサイズを小さくすると、書き込み電流を小さくできるが、磁気素子に電流を直接流すため、破損を招く恐れがある。また、SOT-MRAMの磁気素子やトポロジカル絶縁体には、高価で毒性の強い重元素が含まれており、資源枯渇や環境負荷の点で難がある。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、安価で低毒性の元素からなる化合物において、磁化状態の電気的制御を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る磁気素子は、基板と、基板上に積層され、表面が物質内部のトポロジーの性質によって自発磁化を発現する強磁性金属状態を示す化合物からなり、面内方向に電流を流すと、スピン蓄積が発生し、表面の磁化が反転可能である非磁性絶縁層と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、重元素を用いることなく、表面に強磁性金属状態が発現する非磁性絶縁体において、電気的に磁化を制御することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態に係る磁気素子の断面図である。
図2A】FeSi薄膜の電気抵抗率の温度依存性を異なる膜厚について示すグラフである。
図2B】FeSi薄膜のT=2KでのFe原子あたりの磁化の磁場依存性を異なる膜厚について示すグラフである。
図2C】FeSi薄膜の単位面積あたりの伝導度の膜厚依存性を異なる温度について示すグラフである。
図2D】FeSi薄膜の単位面積あたりのホール伝導度の膜厚依存性を異なる温度について示すグラフである。
図3】偏極中性子反射率実験の模式図である。
図4A】FeSiの表面電子の波動関数の分布を示す図である。
図4B】運動量空間における常磁性状態のFeSiの表面バンド構造の等エネルギー線とスピン状態を示す図である。
図5】電流誘起磁化反転を説明するための模式図である。
図6A図5の実験で得られるT=120Kでの磁気素子のホール抵抗率の電流密度依存性を示すグラフである。
図6B】電流パルスの方向の切り替えによるホール抵抗率の変化を示すグラフである。
図7】キャップ層として様々な絶縁体材料を用いた場合の表面単位面積あたりの磁化の温度依存性を示すグラフである。
図8A】キャップ層がBaFからなる場合のT=300Kでの磁気素子のホール抵抗率の電流依存性を示すグラフである。
図8B】T=300Kにおいて電流パルスの方向の切り替えに伴うホール抵抗率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付の図面を参照して、本発明の例示の実施形態について説明する。図面全体を通して、同一又は同様の構成要素には同一の符号を付している。図面は模式的なものであり、平面寸法と厚さとの関係、及び各部材の厚さの比率は現実のものとは異なる。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0011】
まず、本実施形態に係る磁気素子100の構成を説明する。図1に示すように、磁気素子100は、Si等の半導体又は絶縁体からなる基板10と、基板10上に積層された非磁性絶縁層20と、非磁性絶縁層20上に積層されたキャップ層30とを備える。
【0012】
非磁性絶縁層20は、表面が物質内部のトポロジーの性質によって自発磁化を発現する強磁性金属状態を示す化合物からなる。そのような化合物として、第8族の第1元素Aと、第13族、第14族又は第15族の第2元素Eとの共有結合性結晶がある。例えば、第1元素Aとして、Fe、Ru、Osが挙げられ、第2元素Eとして、Si、Ge、Ga、Sbが挙げられる。特に、FeとSiは、地表付近に存在する割合が、それぞれ、4番目、2番目に多く、安価で無毒のありふれた元素である。
【0013】
キャップ層30は絶縁体からなり、非磁性絶縁層20の酸化又は汚染を防止するために設けられている。キャップ層30の絶縁体として、MgO、アルカリ土類金属Zと酸素との化合物(ZO)等の酸化物のほか、接合対象である非磁性絶縁層20の表面電子状態と混成を起こしにくいイオン結晶又は分子性結晶が挙げられる。そのようなイオン結晶又は分子性結晶として、アルカリ金属Xとフッ素(F)との化合物(XF)、アルカリ土類金属ZとFとの化合物(ZF)、パリレンが挙げられる。ここで、アルカリ金属Xとして、Li、Na、K、Rb、Csが挙げられ、アルカリ土類金属Zとして、Be、Mg、Ca、Sr、Baが挙げられる。
【0014】
磁気素子100は、例えば、Si(111)基板10上に、分子線エピタキシー(MBE)法を用いて、[111]方向に沿ってFeSi薄膜を堆積し、高周波マグネトロンスパッタリングによって、所定の厚さのMgOを堆積することで作製される。
【0015】
なお、キャップ層30は必ずしも設けなくてもよい。キャップ層30がない場合、非磁性絶縁層20の表面が酸化し、表面の数原子層が酸化膜となり、その酸化膜の下に非磁性絶縁層20の強磁性金属状態が現れる。
【0016】
以下では、非磁性絶縁層20がFeSi薄膜である例を挙げるが、本実施形態はこれに限定されるものではない。また、以下では、特に断りのない限り、キャップ層30は、MgOからなり、膜厚が10nmであるものとするが、本実施形態はこれに限定されるものではない。
【0017】
まず、図2A図2Dを参照し、FeSi薄膜の輸送特性及び磁化特性と膜厚との関係について説明する。
【0018】
図2Aに、膜厚t=5nm、10nm、20nm、40nm、60nmのそれぞれについて、ゼロ磁場でのFeSi薄膜の電気抵抗率ρxxの温度依存性を示す。図2Aより、FeSi薄膜の電気抵抗率ρxxは、温度Tが低くなるにつれて高くなり、絶縁的な振る舞いを示すが、膜厚tが薄くなるにつれて低くなり、伝導的な振る舞いを示すことがわかる。
【0019】
図2Bに、膜厚t=5nm、10nm、20nm、40nm、60nmのそれぞれについて、FeSi薄膜のT=2KでのFe原子あたりの磁化Mの磁場依存性を示す。図2Bより、磁化曲線は磁場Hに対して明らかなヒステリシスループを示しており、膜厚tが薄くなるほど、Fe原子あたりの磁化Mが大きくなることがわかる。
【0020】
図2Cに、T=2K、30K、50K、70Kのそれぞれについて、FeSi薄膜の単位面積あたりの伝導度σxx sheet(シート伝導度)の膜厚依存性を示す。図2Dに、T=2K、30K、50K、70Kのそれぞれについて、ゼロ磁場でのFeSi薄膜の単位面積あたりのホール伝導度σxy sheet(シートホール伝導度)の膜厚依存性を示す。
【0021】
図2Cより、シート伝導度σxx sheetが膜厚tに比例していることがわかる。FeSi薄膜のバルクと表面が同じ状態であれば、図2Cの一次関数の切片はゼロになるはずであるが、この一次関数は有限の切片を有している。これは、非磁性絶縁体であるにも関わらず、FeSi薄膜の表面に金属伝導が存在していることを示唆している。FeSi薄膜の表面の伝導度をσxx surface、バルクの伝導度をσxx bulkとすると、シート伝導度σxx sheetは、式(1)のように、膜厚tに依存するバルクの寄与と、膜厚tに依存しない表面の寄与に分離することができる。
【数1】
【0022】
また、図2Dより、ゼロ磁場でのシートホール伝導度σxy sheetは、膜厚tに対してほぼ一定であり、強磁性状態が表面に存在していることを示唆している。
【0023】
偏極中性子反射率実験によって、FeSi薄膜の表面強磁性を実証することができる。図3に示すように、偏極中性子反射率実験では、膜厚tが11nmのFeSi薄膜(非磁性絶縁層20)に対し、T=7Kで面内に平行(+x方向)に1Tの外部磁場Hを印加し、FeSi薄膜の表面の磁化を外部磁場Hに平行に揃え、スピンを外部磁場Hに反平行に揃える。この状態で、スピンの向きが外部磁場Hに対して平行又は反平行の中性子線40をFeSi薄膜に入射させると、深さ方向(z方向)の磁化分布に応じて中性子線40の反射率が変化する。中性子線40のスピンの向きと入射角度を変えて反射率測定を行い、反射中性子線42の信号を解析することによって、FeSi薄膜の磁化分布を観測することができる。
【0024】
大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)の偏極中性子反射率計(BL17、SHARAKU)を使用した偏極中性子反射率実験によって、FeSi薄膜の表面強磁性層は、0.35nm(+0.11nm又は-0.13nmの誤差あり)の厚みt2を有し、2.1μ/Feの平均磁化(+0.4μ/Fe又は-0.6μ/Feの誤差あり)を有することがわかった。すなわち、強磁性状態が表面の数原子層(約0.3nm)にのみ存在していることを実証することができた。
【0025】
表面の電子状態とスピン状態に対する第一原理計算により、表面の強磁性金属状態は、FeとSiの共有結合が表面で切断されたダングリングボンド(dangling bonds)により形成されていることがわかった。図4Aに、計算されたFeSiの表面状態の波動関数の分布を示し、図4Bに、運動量空間における常磁性状態のFeSiの表面バンド構造の等エネルギー線とスピン状態を示す。
【0026】
図4Aに示すように、表面電子の波動関数は、表面のFe原子から少し浮き上がるように分布しており、表面に分極が形成されていることを示している。図4Bにおける矢印はスピンの偏極方向(Sx、Sy、Sz)を表しており、スピンは運動量空間において渦状の配列をなしている。表面分極に由来して強いスピン軌道相互作用が引き起こされ、スピンの向きと電子の運動方向が固定される(スピン運動量ロッキング)。これらの電子状態及びスピン状態は、Zak位相で記述される結晶内部のトポロジーに由来している。
【0027】
強いスピン軌道相互作用を利用することにより、電流によって磁化の向きを制御することができる。図5に、電流誘起磁化反転の模式図を示す。図5に示すように、ホールバー構造の磁気素子100の非磁性絶縁層20に、長手方向(x方向)の電流Iを流すと、非磁性絶縁層20の表面では、ラシュバ・エーデルシュタイン効果によって、スピンが電流Iにほぼ直交する方向(y方向)に偏極したスピン偏極電流が流れ、表面にスピン蓄積が生じる。これにより、表面の磁化Mにスピン軌道トルク(SOT)が働くことで磁化Mが反転可能となる。その他のスピン蓄積の効果により、ゼロ磁場でも磁化Mを反転させることができる。
【0028】
磁化Mの向きは、異常ホール効果によって検出することができる。具体的には、図5に示すように、電流Iの方向と直交するy方向に配置された電極50と電極52との間のホール電圧Vyxを測定すれば、磁化Mに比例するホール抵抗率ρyxを求めることができる。ホール抵抗率ρyxは、非磁性絶縁層20の膜厚tと電流Iとホール電圧Vyxとにより、式(2)のように定義される。
【数2】
【0029】
非磁性絶縁層20では、電流Iを流している間、スピン蓄積が起こっているため、ゼロ磁場では磁化Mが回転し続ける。特定の方向に磁化Mを制御するためには、図5に示すように、アシスト磁場として、面内方向の小さな外部磁場Hを印加すればよい。以下では+x方向、-x方向の外部磁場Hの符号を、それぞれ、正(+)、負(-)とする。電流I(後述の電流密度パルスJpulse及び電流パルスIpulse)の符号についても同様である。
【0030】
図6Aに、+0.02Tの外部磁場Hを印加したときのT=120Kでの磁気素子100のホール抵抗率ρyxの電流密度依存性を示し、図6Bに、電流密度パルスJpulseの方向の切り替えによるホール抵抗率ρyxの変化を示す。図6A及び図6Bでは、FeSi薄膜(非磁性絶縁層20)の膜厚tを5nmとしている。
【0031】
図6Aに示すように、+0.02Tの外部磁場Hの下で、電流密度パルスJpulseの大きさを正の方向に増加させていくと、閾値(~1.6×1011A/m)でホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)が、+z方向から-z方向に切り替わる。電流密度パルスJpulseの向きを反対(負)にすると、閾値(~-1.6×1011A/m)でホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)が、-z方向から+z方向に切り替わる。一方、-0.02Tの外部磁場Hを印加したときのホール抵抗率ρyxは、図6Aとは逆符号となり、+z方向と-z方向との間で切り替わる。
【0032】
図6Bの上側のグラフでは、電流密度パルスJpulseの注入後、ホール抵抗率ρyx(磁化Mのz成分に比例した量)を測定したタイミングを三角印で示している。図6Bの下側のグラフでは、外部磁場Hが+0.02T、-0.02Tであるときのホール抵抗率ρyxの変化を、それぞれ、黒丸(実線)、白丸(点線)で示している。図6Bに示すように、電流密度パルスJpulseを正(+x)方向と負(-x)方向との間で切り替えると、それに伴ってホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)が切り替わることがわかる。外部磁場Hの向きを逆にすると、ホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)も逆になる。
【0033】
このように、電流密度パルスJpulseの方向を切り替えることにより、磁化Mの方向を2方向(正方向と負方向)間で切り替えることができる。磁化Mの2方向の状態を、データ“0”及び“1”に割り当てると、電流密度パルスJpulseによってデータの書き込みをすることができる。また、書き込み電流である電流密度パルスJpulseよりも低電流密度の読み出し電流を、図5のx方向に流し、磁化Mの方向に応じたホール電圧Vyxを測定することにより、書き込まれたデータを読み出すことができる。このように、磁気素子100を不揮発性メモリ素子として用いることができる。また、図5に示すホールバー構造の磁気素子100は、半導体微細加工技術を用いれば、容易に集積化が可能である。
【0034】
非磁性絶縁層20の表面の磁化の大きさは、キャップ層30の材料によって異なる。図7に、FeSi薄膜に接合するキャップ層30の材料として、CaF、BaF、MgO、Siを用いた場合の表面単位面積あたりの磁化Msheetの温度依存性を示す。Siの場合、FeSi薄膜のダングリングボンドがSiと共有結合することにより、表面の強磁性状態が失われ、磁化Msheetはほぼゼロとなる。これに対し、CaF、BaF、MgOの場合、強磁性転移温度Tが、それぞれ、400K以上、400K以上、220Kとなり、大きく上昇している。特に、フッ化物(CaF、BaF)の場合、Tが室温(~300K)を超えており、有限の磁化Msheetが発現する温度領域が高温まで広がっていることがわかる。これは、FeSi薄膜にフッ化物からなるキャップ層30を接合することにより、室温でもFeSiの磁化の向きが揃った強磁性状態が発現し、室温動作が可能な磁化状態の電気的制御技術の実現可能性を示唆している。
【0035】
図8A及び図8Bに、FeSi薄膜に接合するキャップ層30がBaFからなる場合の室温での異常ホール効果の実験結果を示す。具体的には、図8Aは、外部磁場Hが±10mT、0mT(ゼロ磁場)であるときのT=300Kでの磁気素子100のホール抵抗率ρyxの電流依存性を示し、図8Bは、T=300Kにおいて電流パルスIpulseの方向の切り替え(グラフa)に伴うホール抵抗率ρyxの変化(グラフb及びc)を示している。図8A及び図8Bでは、BaF膜の膜厚を10nm、FeSi薄膜の膜厚tを3nmとし、磁気素子100の幅(図5のy方向の長さ)を10μmとしている。
【0036】
図8Aに示すように、+10mTの外部磁場Hの下で、電流パルスIpulseを正の方向に増加させていくと、閾値(~5mA)でホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)が+z方向から-z方向に切り替わる。電流パルスIpulseの向きを反対にすると、閾値(~-5mA)でホール抵抗率ρyxの符号(磁化Mの向き)が、-z方向から+z方向に切り替わる(実線の矢印参照)。一方、-10mTの外部磁場Hの下でのホール抵抗率ρyxは、+10mTの印加時とは逆符号となって+z方向と-z方向との間で切り替わる(点線の矢印参照)。
【0037】
図8Aにおいて±3μΩcm付近にある水平の点線は、磁化Mが面直方向(±z方向)に完全に偏極した場合のホール抵抗率ρyxの値を表している。図8Aから、±10mTの外部磁場Hの下では、磁化反転率が約90%という高い値を示していることがわかる。また、図8Aから明らかなように、ゼロ磁場においても磁化反転が観測されており、約66%の磁化反転率を示している。
【0038】
図8Bのグラフaでは、電流パルスIpulseの注入後、ホール抵抗率ρyxを測定したタイミングを三角印で示している。図8Bのグラフbでは、外部磁場Hが+10mT、-10mTであるときのホール抵抗率ρyxの変化を、それぞれ、黒丸(実線)、白丸(点線)で示している。グラフbに示すように、電流パルスIpulseを正(+x)方向と負(-x)方向との間で切り替えると、それに伴ってホール抵抗率ρyxの符号が切り替わることがわかる。外部磁場Hの向きを逆にすると、ホール抵抗率ρyxの符号も逆になる。これらの実験結果は、BaF/FeSi膜において、室温で磁化を電気的に制御可能であることを意味している。
【0039】
また、図8Bのグラフcより、ゼロ磁場においても、電流パルスIpulseの方向の切り替えに伴って、ホール抵抗率ρyxの符号も切り替わっていることがわかる。これは、BaF/FeSi膜において、室温かつゼロ磁場でも磁化を電気的に制御可能であることを意味している。
【0040】
このように、安価で低毒性の元素からなる化合物において、室温で磁化状態の電気的制御を行うことができる。
【符号の説明】
【0041】
10 基板
20 非磁性絶縁層
30 キャップ層
40 中性子線
42 反射中性子線
50、52 電極
100 磁気素子
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4A
図4B
図5
図6A
図6B
図7
図8A
図8B