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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127183
(43)【公開日】2023-09-13
(54)【発明の名称】歯車
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/32 20060101AFI20230906BHJP
   F16H 55/06 20060101ALI20230906BHJP
   F16H 55/17 20060101ALI20230906BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20230906BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230906BHJP
   C22C 38/54 20060101ALN20230906BHJP
【FI】
C21D9/32 A
F16H55/06
F16H55/17
C21D1/06 A
C22C38/00 301N
C22C38/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022030808
(22)【出願日】2022-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太
(72)【発明者】
【氏名】常陰 典正
【テーマコード(参考)】
3J030
4K042
【Fターム(参考)】
3J030AC10
3J030BC02
3J030BC03
4K042AA18
4K042BA02
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA06
4K042CA02
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA04
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】耐久性に優れた歯車の提供。
【解決手段】歯車は、その表面を形成する浸炭層10と、この浸炭層の内側に位置する芯部とを有する。この浸炭層10は、粒界酸化14、不完全焼き入れ組織16及び粒状酸化物18を有している。粒界酸化14の深さDpは、15μm以下である。粒界酸化14の平均ピッチAPは、20μm以下である。不完全焼入れ組織16の平均幅AWは、4.0μm以下である。表面12における不完全焼入れ組織16の被覆率PCは、80%以上である。この歯車の、300℃の温度でなされた焼戻し軟化試験における軟化量STは、115HV以下である。サイクル数が1.0×10であるローラーピッチング試験によって形成されるトライボフィルムの、面積率PSは12%以上であり、厚さTTは50nm以上である。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
その表面から内側に向かう複数の粒界酸化と、上記表面の近傍に位置する不完全焼入れ組織とを含んでおり、
上記粒界酸化の深さDpが15μm以下であり、
上記粒界酸化の平均ピッチAPが20μm以下であり、
上記不完全焼入れ組織の平均幅AWが4.0μm以下であり、
上記表面における上記不完全焼入れ組織の被覆率PCが80%以上であり、
300℃の温度でなされた焼戻し軟化試験における軟化量STが115HV以下であり、
サイクル数が1.0×10であるローラーピッチング試験によって形成されるトライボフィルムの面積率PSが12%以上であり、
上記トライボフィルムの厚さTTが50nm以上である、歯車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、歯車を開示する。詳細には、本明細書は、その表面に浸炭層を有する歯車を開示する。
【背景技術】
【0002】
車両のトランスミッションは、複数の歯車を有している。トラック(貨物自動車)のトランスミッションには、潤滑剤として、高粘度油が使用されている。この高粘度油は、歯車と他の歯車との間に、油膜を形成する。この高粘度油により、トランスミッションにおいて流体潤滑が達成されうる。高粘度油は、歯車の表面への負荷を抑制する。高粘度油は、歯車におけるピッチング剥離を抑制しうる。
【0003】
ピッチング剥離の抑制を目的とした、歯車の材質の改良が、提案されている。特開2016-222982公報には、浸炭処理が施された歯車が開示されている。この歯車では、粒界酸化の深さ及び不完全焼入れ層の深さが所定範囲に設定されている。
【0004】
特開2021-055121公報にも、ピッチング剥離の抑制を目的とした歯車の材質の改良が、提案されている。この歯車には、浸炭処理が施されている。この歯車では、表面近傍の硬度、炭素濃度及び残留オーステナイト量が所定範囲に設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-222982公報
【特許文献2】特開2021-055121公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の歯車の耐久性は、十分ではない。特に、車両の燃費向上が目的とされて潤滑剤として低粘度油が採用されたトランスミッション等では、歯車の耐久性の向上が急務である。なぜならば、低粘度油の採用によって生じる境界潤滑及び混合潤滑により、ピッチング剥離が誘発されるからである。境界潤滑では、金属同士が直接接触する。混合潤滑では、流体潤滑と境界潤滑とが混在する。
【0007】
本出願人の意図するところは、耐久性に優れた歯車の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本実施形態に係る歯車は、この歯車の表面から内側に向かう複数の粒界酸化と、この表面の近傍に位置する不完全焼入れ組織とを含む。この粒界酸化の深さDpは、15μm以下である。この粒界酸化の平均ピッチAPは、20μm以下である。この不完全焼入れ組織の平均幅AWは、4.0μm以下である。表面における不完全焼入れ組織の被覆率PCは、80%以上である。この歯車の、300℃の温度でなされた焼戻し軟化試験における軟化量は、115HV以下である。サイクル数が1.0×10であるローラーピッチング試験によって形成されるトライボフィルムの面積率PSは、12%以上である。このトライボフィルムの厚さTTは、50nm以上である。
【発明の効果】
【0009】
この歯車は、耐久性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、一実施形態に係る歯車が示された斜視図である。
図2図2は、図1の歯車の一部が模式的に示された拡大断面図である。
図3図3は、図2の歯車の一部がさらに拡大されて示された断面図である。
図4図4は、図2の歯車の一部がさらに拡大されて示された断面図である。
図5図5は、ローラーピッチング試験用の小ローラー試験片が示された斜視図である。
図6図6は、ローラーピッチング試験用の小ローラー試験片及び大ローラー試験片が示された斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が説明される。
【0012】
図1に示された歯車2は、ベース4と多数の歯6とを有している。ベース4は、円盤形状を有している。それぞれの歯6は、ベース4の外周面から突出している。この歯6は、ベース4と一体である。歯6と、これに隣接する他の歯6との間は、谷8である。
【0013】
この歯車2の材質は、後に詳説されるはだ焼き鋼である。この歯車2は、塑性加工で得られた歯車中間体に浸炭処理が施されることで、得られる。浸炭処理では、この中間体に、後に詳説される浸炭、焼入れ及び焼戻しが施される。
【0014】
浸炭では、歯車中間体が、高温かつ炭素リッチな雰囲気に保持される。雰囲気中の炭素原子がこの中間体に侵入し、内部に向けて徐々に拡散する。この侵入及び拡散により、中間体の表面に炭素の含有率が大きい層が形成される。この中間体が、焼入れに供される。焼入れでは、中間体が急冷される。急冷により、中間体の表面でマルテンサイト変態が生じる。この中間体に焼戻しが施される。
【0015】
これらの処理により、浸炭層が形成される。この浸炭層は、歯車2の表面を形成する。歯車2は、この浸炭層の内側に位置する芯部も有する。この芯部の組成は、中間体の組成と実質的に同じである。浸炭層の炭素含有率は、芯部の炭素含有率よりも大きい。浸炭層は高硬度であり、芯部は低硬度である。この歯車2では、浸炭層が耐摩耗性に寄与し、芯部が靱性に寄与しうる。
【0016】
潤滑剤として低粘度油が採用された環境でこの歯車2が使用されると、この歯車2の表面が摩滅して新生面が露出する。低粘度油に含まれている極圧添加剤がこの新生面と反応することで、歯車2の表面にトライボフィルムが形成される。このトライボフィルムは、歯車2と他の金属部品(例えば他の歯車)との間に介在しうる。換言すれば、金属同士がトライボフィルムを介して接触する。トライボフィルムは、金属同士の直接の接触を抑制する。このトライボフィルムは、歯車2のピッチング剥離を抑制しうる。
【0017】
図2は、図1の歯車2の一部が示された拡大断面図である。図2には、浸炭層10が模式的に示されている。図2において符号12は、歯車2の表面を表す。浸炭層10は、粒界酸化14、不完全焼き入れ組織16及び粒状酸化物18を有している。
【0018】
図3には、図2の歯車2の浸炭層10一部が、さらに拡大されて示されている。図3には、1つの粒界酸化14が示されている。粒界酸化14は、結晶粒界のうち酸化された箇所である。粒界酸化14には、金属酸化物が析出している。粒界酸化14は、結晶粒界に沿って存在している。粒界酸化14は、表面12から概ね内側(図3における下側)に向かって延在している。
【0019】
図3において矢印Lは、粒界酸化14の下端20までの、表面12からの距離である。距離Lは、表面12に垂直な方向に沿って測定される。距離Lの測定では、後述される小ローラー試験片が準備される。この試験片が切断されて得られる断面に、研磨及びナイタル腐食が施される。この断面が光学顕微鏡で撮影されて、倍率が400倍である画像が得られる。この画像において、距離Lが測定される。
【0020】
本明細書では、下記の数式に従って粒界酸化14の深さDpが算出される。
Dp = (L1 + L2 + L3) / 3
この数式において、L1は第一粒界酸化14の距離Lを表し、L2は第二粒界酸化14の距離Lを表し、L3は第三粒界酸化14の距離Lを表す。第一粒界酸化14は、前述の画像の中でその距離Lが1番目に大きい粒界酸化14である。第二粒界酸化14は、この画像の中でその距離Lが2番目に大きい粒界酸化14である。第三粒界酸化14は、この画像の中でその距離Lが3番目に大きい粒界酸化14である。算出された深さDpが、図2及び3に示されている。図3に示された粒界酸化14の距離Lは、深さDpよりも小さい。
【0021】
粒界酸化14の深さDpは、15μm以下が好ましい。深さDpが15μm以下である歯車2では、摩耗の初期段階において多くの粒界酸化14が消滅しうる。従って、粒界酸化14が起点であるピッチングが抑制され、初期亀裂が抑制されうる。さらにこの歯車2では、均一なトライボフィルムが生成する。このトライボフィルムは、ピッチング剥離を抑制する。これらの観点から、粒界酸化14の深さDpは14μm以下がより好ましく、13μm以下が特に好ましい。理想的な深さDpはゼロであるが、現実の歯車2には1μm以上の距離Lを有する粒界酸化14が存在する。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、粒界酸化14の深さDpが前述の範囲内である歯車2が得られうる。
【0022】
図2及び3において符号S1は、表面12からの距離が深さDpの半分である位置を表す線分である。この線分S1は、表面12と実質的に平行である。図3において符号22は、この線分S1と粒界酸化14との交点である。この交点22において、粒界酸化14は、線分S1と交差する。前述の画像において、長さが100μmである線分S1が、無作為に想定される。この線分S1と交差する粒界酸化14の数Nが、カウントされる。その下端20までの距離Lが(Dp/2)に満たない粒界酸化14は、数Nにカウントされない。本明細書では、下記数式によって粒界酸化14の平均ピッチAP(μm)が算出される。
AP = 100 / N
【0023】
平均ピッチAPは、20μm以下が好ましい。平均ピッチAPが20μm以下である歯車2の摩耗は均一である。この歯車2では、均一なトライボフィルムが生成する。このトライボフィルムは、ピッチング剥離を抑制する。この観点から、平均ピッチAPは18μm以下がより好ましく、17μm以下が特に好ましい。平均ピッチAPは、5μm以上が好ましい。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、平均ピッチAPが前述の範囲内である歯車2が得られうる。
【0024】
図3には、1つの不完全焼き入れ組織16が示されている。不完全焼き入れ組織16は、焼入れによってもマルテンサイト変態を起こしていない組織である。具体的には、不完全焼き入れ組織16は、ベイナイト若しくはパーライト又はこれらの混合組織である。不完全焼き入れ組織16は、歯車2の表面12の近傍に存在している。図3では、不完全焼き入れ組織16は、粒界酸化14に沿っており、表面12から概ね内側に向かって延在している。
【0025】
図4には、歯車2の浸炭層10の、他の断面が示されている。図4には、1つの粒状酸化物18が示されている。粒状酸化物18には、金属酸化物が析出している。粒状酸化物18は、析出欠陥である。粒状酸化物18は、表面12の近傍に位置している。図4には、不完全焼き入れ組織16も示されている。不完全焼き入れ組織16は、歯車2の表面12近傍に存在している。図4では、不完全焼き入れ組織16は、粒状酸化物18を囲んでいる。
【0026】
図3において矢印W1は、不完全焼き入れ組織16の幅である。幅W1は、線分S1に沿って測定される。前述の画像において測定されうる全ての幅W1が平均されて、不完全焼き入れ組織16の平均幅AWが算出される。表面12からの深さが(Dp/2)に満たず、従って線分S1と交差しない不完全焼き入れ組織16のサイズは、平均幅AWに反映されない。例えば、図4に示された不完全焼き入れ組織16のサイズは、平均幅AWに反映されない。
【0027】
平均幅AWは、4.0μm以下が好ましい。平均幅AWが4.0μm以下である歯車2の摩耗は均一である。この歯車2では、均一なトライボフィルムが生成する。このトライボフィルムは、ピッチング剥離を抑制する。この観点から、平均幅AWは3.7μm以下がより好ましく、3.5μm以下が特に好ましい。平均幅AWは、1.0μm以上が好ましい。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、平均幅AWが前述の範囲内である歯車2が得られうる。
【0028】
図3及び4において矢印W2は、不完全焼き入れ組織16の表面幅である。表面幅W2は、歯車2の表面12に沿って測定される。前述の画像において、長さが100μmである表面12のゾーンが、無作為に選択される。このゾーンにて測定されうる全ての表面幅W2の、合計TWが算出される。下記数式により、被覆率PCが算出される。
PC(%) = TW(μm) / 100(μm) * 100
【0029】
被覆率PCは、80%以上が好ましい。被覆率PCが80%以上である歯車2の摩耗は均一である。この歯車2では、均一なトライボフィルムが生成する。このトライボフィルムは、ピッチング剥離を抑制する。この観点から、被覆率PCは83%以上がより好ましく、85%以上が特に好ましい。理想的な被覆率PCは、100%である。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、被覆率PCが前述の範囲内である歯車2が得られうる。
【0030】
本明細書では、試験片に焼戻し軟化試験が施されて、軟化量STが測定される。前述の通り、歯車2は熱処理(焼入れ及び焼戻し)を経て得られている。この熱処理としての焼戻し温度よりも高い温度にて、焼戻し軟化試験がなされる。本明細書における焼戻し軟化試験では、300℃の温度下に歯車2が90分間保持される。その後に歯車2は、空冷される。軟化量STは、下記の数式によって算出される。
ST = H1 - H2
この数式において、H1は焼戻し軟化試験前の歯車2のビッカース硬さを表し、H2は焼戻し軟化試験後の歯車2のビッカース硬さを表す。軟化量STは、便宜的に、歯車2ではなく、後述される試験片で、測定されうる。硬さH1及びH2のそれぞれは、試験片の第一点から第六点までの硬さの平均値である。各点の、表面12からの距離は、下記の通りである。
第一点:0.05mm
第二点:0.10mm
第三点:0.15mm
第四点:0.20mm
第五点:0.25mm
第六点:0.30mm
【0031】
軟化量STは、115HV以下が好ましい。軟化量STが115HV以下である歯車2は、擦動によって昇温しても、クラックが生じにくい。この歯車2では、トライボフィルムを介して他の金属と接触する状態に達した後のピッチングが、抑制される。この歯車2は、耐久性に優れる。この観点から、軟化量STは105HV以下がより好ましく、100HV以下が特に好ましい。軟化量STは、ゼロに近いほど好ましい。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、軟化量STが前述の範囲内である歯車2が得られうる。
【0032】
本明細書では、ローラーピッチング試験を経て、トライボフィルムの面積率PS及び厚さTTが測定される。面積率PS及び厚さTTは、便宜的に、歯車2ではなく、ローラーピッチング試験の小ローラー試験片において測定される。この小ローラー試験片24が、図5に示されている。この試験片24は、主部26と一対のグリップ28とを有している。主部26は、円柱形状を有している。この主部26の、直径は26mmであり、長さは28mmである。それぞれのグリップ28は、円柱形状を有している。このグリップ28の、直径は24mmであり、長さは51mmである。試験片24の材質は、歯車2と同じである。この試験片24は、歯車2と同様の条件での焼ならし、浸炭、焼入れ及び焼戻しを経て得られる。
【0033】
図6に、ローラーピッチング試験の様子が示されている。図6には、小ローラー試験片24及び大ローラー30が示されている。図6において、矢印R1は小ローラー試験片24の回転方向を表し、矢印R2は大ローラー30の回転方向を表す。試験条件は、以下の通りである。
すべり率:-40%
面圧:2.0から4.0GPa
小ローラー回転速度:2000rpm
大ローラー30の材質:SUJ2
大ローラー30の処理:ズブ焼入れ後に研磨
大ローラー30のクラウニング量:R150mm
潤滑剤の材質:5W30
潤滑剤の温度:90℃
このローラーピッチング試験により、主部26の表面の一部が、トライボフィルムによって覆われる。サイクル数が1.0×10である時点の主部26の表面の、SEM反射電子像が、撮影される。この反射電子像が画像解析に供されて、トライボフィルムの面積率PSが測定される。トライボフィルムは、潤滑剤に由来する成分(O、P、S、Ca、Zn等)を多く含むので、画像解析において、下地と区別されうる。さらに、サイクル数が1.0×10である時点の主部26の表面が、トライボフィルムの厚さTTが判定できる方向からSEMで観察され、この厚さTTが測定される。トライボフィルムが形成されていない箇所では、その厚さは存在しない。トライボフィルムが形成されている箇所のみにおいて、厚さTTが測定される。
【0034】
トライボフィルムの面積率PSは、12%以上が好ましい。この面積率PSが12%以上である歯車2では、ピッチング剥離が抑制されうる。この観点から、面積率PSは15%以上がより好ましく、17%以上が特に好ましい。面積率PSは、大きいほど好ましい。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、所定条件で擦動されたときの面積率PSが前述の範囲内となる歯車2が、得られうる。
【0035】
トライボフィルムの厚さTTは、50nm以上が好ましい。この厚さTTが50nm以上である歯車2では、ピッチング剥離が抑制されうる。この観点から、厚さTTは70nm以上がより好ましく、80nm以上が特に好ましい。厚さTTは、200nm以下が好ましい。はだ焼き鋼の組成と、浸炭条件とが調整されることにより、所定条件で擦動されたときの厚さTTが前述の範囲内である歯車2が、得られうる。
【0036】
前述の通り、歯車2の材質は、はだ焼き鋼(合金鋼)である。この歯車2の芯部の、好ましい組成は、以下の通りである。
C:0.14質量%以上0.45質量%以下
Si:0.05質量%以上1.00質量%以下
Mn:0.10質量%以上0.90質量%以下
Cr:1.30質量%以上3.50質量%以下
Al:0.020質量%以上0.200質量%以下
N:0.0040質量%以上0.0300質量%以下
Mo:2.00質量%以下
Ni:2.00質量%以下
Nb:0.10質量%以下
Ti:0.20質量%以下
B:0.0050質量%以下
V:0.500質量%以下
残部:Fe及び不純物
好ましくは、残部は、Fe及び不可避的不純物である。以下、それぞれの元素に関し、詳説される。
【0037】
[炭素(C)]
Cは、芯部の硬度及び強度に寄与する。この観点から、Cの含有率は0.14質量%以上が好ましく、0.17質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のCは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Cの含有率は0.45質量%以下が好ましく、0.35質量%以下がより好ましく、0.26質量%以下が特に好ましい。
【0038】
[ケイ素(Si)]
Siは、歯車2の使用時の軟化を抑制する。Siはさらに、合金の溶製時の脱酸に寄与しうる。これらの観点から、Siの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.13質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。過剰のSiはさらに、浸炭時のCの拡散を阻害する。加工性の観点及び浸炭の容易性の観点から、Siの含有率は1.00質量%以下が好ましく、0.80質量%以下がより好ましく、0.74質量%以下が特に好ましい。
【0039】
[マンガン(Mn)]
Mnは、歯車2の焼き入れ性に寄与する。この観点から、Mnの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Mnの含有率は0.90質量%以下が好ましく、0.80質量%以下がより好ましく、0.75質量%以下が特に好ましい。
【0040】
[クロム(Cr)]
Crは、歯車2の使用時の軟化を抑制する。Crはさらに、歯車2の焼き入れ性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は1.30質量%以上が好ましく、1.40質量%以上がより好ましく、1.48質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。過剰のCrはさらに、浸炭時のCの拡散を阻害する。加工性の観点及び浸炭の容易性の観点から、Crの含有率は3.50質量%以下が好ましく、3.20質量%以下がより好ましく、2.80質量%以下が特に好ましい。
【0041】
[アルミニウム(Al)]
Alは、微細な窒化物及び微細な炭化物を析出させうる。この窒化物及び炭化物は、歯車2の靱性及び疲労特性に寄与しうる。これらの観点から、Alの含有率は0.020質量%以上が好ましく、0.025質量%以上がより好ましく、0.030質量%以上が特に好ましい。過剰のAlは、粗大な窒化物の析出を招来する。この窒化物は、中間体の加工性及び歯車2の疲労特性を阻害する。加工性及び疲労特性の観点から、Alの含有率は0.200質量%以下が好ましく、0.100質量%以下がより好ましく、0.040質量%以下が特に好ましい。
【0042】
[窒素(N)]
Nは、微細な窒化物及び微細な炭化物を析出させうる。この窒化物及び炭化物は、歯車2の靱性及び疲労特性に寄与しうる。これらの観点から、Nの含有率は0.0040質量%以上が好ましく、0.0060質量%以上がより好ましく、0.0075質量%以上が特に好ましい。過剰のNは、粗大な窒化物の析出を招来する。この窒化物は、中間体の加工性及び歯車2の疲労特性を阻害する。加工性及び疲労特性の観点から、Nの含有率は0.0300質量%以下が好ましく、0.0280質量%以下がより好ましく、0.0260質量%以下が特に好ましい。
【0043】
[モリブデン(Mo)]
Moは、歯車2の使用時の軟化を抑制する。Moはさらに、歯車2の焼き入れ性に寄与する。これらの観点から、Moの含有率は0.02質量%以上が好ましく、0.20質量%以上がより好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰のMoは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Moの含有率は2.00質量%以下が好ましく、1.00質量%以下がより好ましく、0.40質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてMoは、必須の元素ではない。従って、Moの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Moの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0044】
[ニッケル(Ni)]
Niは、歯車2の靱性及び焼き入れ性に寄与する。これらの観点から、Niの含有率は0.02質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰のNiは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Niの含有率は2.00質量%以下が好ましく、1.80質量%以下がより好ましく、1.60質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてNiは、必須の元素ではない。従って、Niの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Niの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0045】
[Mo及びNi]
はだ焼き鋼が、Mo及びNiのうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。Mo及びNiの合計含有率は、0.02質量%以上4.00質量%以下が好ましい。
【0046】
[ニオブ(Nb)]
Nbは、微細な窒化物及び微細な炭化物を析出させうる。この窒化物及び炭化物は、歯車2の靱性及び疲労特性に寄与しうる。これらの観点から、Nbの含有率は0.02質量%以上が好ましく、0.03質量%以上がより好ましく、0.04質量%以上が特に好ましい。過剰のNbは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Nbの含有率は0.10質量%以下が好ましく、0.09質量%以下がより好ましく、0.08質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてNbは、必須の元素ではない。従って、Nbの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Nbの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0047】
[チタン(Ti)]
Tiは、微細な窒化物及び微細な炭化物を析出させうる。この窒化物及び炭化物は、歯車2の靱性及び疲労特性に寄与しうる。Tiは、BNの形成を抑制し、歯車2の焼入れ性に寄与する。Tiはさらに、結晶粒の粗大化を抑制しうる。これらの観点から、Tiの含有率は0.020質量%以上が好ましく、0.030質量%以上がより好ましく、0.040質量%以上が特に好ましい。過剰のTiは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Tiの含有率は0.200質量%以下が好ましく、0.18質量%以下がより好ましく、0.16質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてTiは、必須の元素ではない。従って、Tiの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Tiの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0048】
[ホウ素(B)]
Bは、歯車2の焼入れ性に寄与する。この観点から、Bの含有率は0.0010質量%以上が好ましく、0.0013質量%以上がより好ましく、0.0015質量%以上が特に好ましい。過剰のBは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Bの含有率は0.0050質量%以下が好ましく、0.0030質量%以下がより好ましく、0.0020質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてBは、必須の元素ではない。従って、Bの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Bの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0049】
[バナジウム(V)]
Vは、微細な窒化物及び微細な炭化物を析出させうる。この窒化物及び炭化物は、歯車2の靱性及び疲労特性に寄与しうる。これらの観点から、Vの含有率は0.010質量%以上が好ましく、0.050質量%以上がより好ましく、0.100質量%以上が特に好ましい。過剰のVは、中間体の加工性(被削性及び冷間塑性加工性)を阻害する。加工性の観点から、Vの含有率は0.500質量%以下が好ましく、0.440質量%以下がより好ましく、0.380質量%以下が特に好ましい。本実施形態のはだ焼き鋼においてVは、必須の元素ではない。従って、Vの含有率が実質的にゼロであってもよい。換言すれば、Vの含有率が、検出限界値未満であってもよい。
【0050】
[Nb、Ti、B、V]
はだ焼き鋼が、Nb、Ti、B及びVからなる群から選択された1又は2以上を含むことが好ましい。Nb、Ti、B及びVの合計含有率は、0.0010質量%以上0.80質量%以下が好ましい。
【0051】
[鉄(Fe)]
このはだ焼き鋼の基材は、Feである。Feは、歯車2の強度及び靱性に寄与しうる。これらの観点から、Feの含有率は85.0質量%以上が好ましく、90.0質量%以上がより好ましく、92.0質量%以上が特に好ましい。
【0052】
[不純物]
このはだ焼き鋼は、不純物(又は不可避的不純物)を含みうる。不純物として、リン(P)及び硫黄(S)が例示される。Pは粒界に偏析し、歯車2の靱性を阻害する。靱性の観点から、Pの含有率は0.030質量%以下が好ましく、0.025質量%以下がより好ましく、0.020質量%以下が特に好ましい。Sは、MnSの析出を招来する。MnSは、歯車2の靱性及び疲労特性を阻害する。靱性及び疲労特性の観点から、Sの含有率は0.030質量%以下が好ましく、0.025質量%以下がより好ましく、0.020質量%以下が特に好ましい。
【0053】
[製造方法]
以下、この歯車2の製造方法の一例が説明される。この製造方法では、まず、前述の組成を有する母材が溶製によって得られる。この母材に鍛伸が施され、棒材が得られる。この棒材に熱間鍛造が施され、歯車中間体が形成される。この歯車中間体に、熱処理が施される。典型的な熱処理は、焼ならしである。この中間体の表面に切削が施され、寸法及び表面状態が整えられる。この中間体に、浸炭が施される。浸炭では、中間体が、高温かつ炭素リッチな雰囲気に保持される。雰囲気の温度は、A3変態点より高い。この浸炭により、雰囲気中の炭素原子がこの中間体に侵入し、内部に向けて徐々に拡散する。この侵入及び拡散により、中間体の表面に炭素の含有率が大きい層が形成される。浸炭には、固体浸炭法、液体浸炭法及びガス浸炭法が、採用されうる。この中間体が、焼入れに供される。焼入れでは、中間体が急冷される。急冷により、中間体の表面でマルテンサイト変態が生じる。この中間体に焼戻しが施され、歯車2が完成する。焼戻しの温度は、150℃以上250℃以下である。
【0054】
[歯車の用途]
この歯車2は、高負荷環境下で使用されるトランスミッション(トラック等のトランスミッション)に適している。特に、潤滑剤として低粘度油が採用されるトランスミッションに、この歯車2は適している。例えば、300℃における動粘度が1.50mm/S以下である潤滑剤が使用されるトランスミッションに、この歯車2は適している。
【0055】
[歯車の態様]
図1には、いわゆる平歯車が示されている。本発明に係る歯車2には、この平歯車以外に、内歯歯車、はすば歯車、ねじ歯車、山歯歯車、傘歯車、クラウン歯車、ウォームギア、ラックギア、スプロケット等が含まれる。
【実施例0056】
以下、実施例に係る歯車の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0057】
[実施例1]
真空溶解炉にて、表1に示された組成を有する母材を得た。この母材に鍛伸を施して、直径が32mmである棒材を得た。この棒材に熱間鍛造を施して、歯車中間体を得た。この中間体を925℃まで加熱して、焼ならし処理を施した。この中間体を、温度が930℃である浸炭ガス雰囲気に360分間保持し、炭素原子を中間体に進入させ、拡散させた。この中間体に、水冷による焼入れを施した。この中間体を180℃まで加熱し、空冷による焼戻しを施して、実施例1の歯車を得た。
【0058】
[実施例2-13及び比較例1-6]
組成を表1に示される通りとした他は実施例1と同様にして、実施例2-13及び比較例1-6の歯車を得た。
【0059】
[断面観察]
歯車と同じ材質から、ローラーピッチング試験用の小ローラー試験片を得た。この試験片は、この歯車と同様の条件での焼ならし、浸炭、焼入れ及び焼戻しを経て得られた。この小ローラー試験片の主部を切断し、断面を得た。この断面に、研磨及びナイタル腐食を施した。この断面を光学顕微鏡で撮影し、倍率が400倍である画像を得た。この画像にて、前述の方法により、粒界酸化の深さDp、粒界酸化の平均ピッチAP、不完全焼入れ組織の平均幅AW、及び不完全焼入れ組織の被覆率PCを測定した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0060】
[軟化量ST]
歯車と同じ材質の母材を準備した。この母材に鍛伸を施して、直径が32mmである棒材を得た。この棒材に、歯車と同様の条件での焼ならし、浸炭及び焼入れを施した。この棒材を180℃まで加熱し、空冷による焼戻しを施して、試験片を得た。この試験片の軟化量STを、前述の焼戻し軟化試験によって測定した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0061】
[ローラーピッチング試験]
断面観察に用いた試験片と同じ仕様の、小ローラー試験片を準備した。この試験片を用いて、ローラーピッチング試験を行った。試験の条件は、前述の通りである。この試験の後のトライボフィルムの面積率PS及び厚さTTを、測定した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0062】
[疲労限度]
前述のローラーピッチング試験において、サイクル数が1.0×10である時点の疲労限度を、「JIS Z2273 1978」の規定に準拠して測定した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0063】
[表面軟化量]
前述の疲労限度の試験の後の小ローラー試験片を、準備した。この試験片の主部26の、大ローラー30との擦動部において、表面からの深さが0.05mmである地点のビッカース硬さHmを測定した。さらに、この試験片の主部26の、大ローラー30とは非接触な箇所において、表面からの深さが0.05mmである地点のビッカース硬さHgを測定した。下記の数式により、表面軟化量SS(HV)を算出した。
SS = Hg - Hm
この結果が、下記の表2に示されている。
【0064】
【表1】
【0065】
表1に示されたそれぞれの合金の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示される通り、各実施例に係る歯車は、諸性能に優れている。これらの評価結果から、この歯車の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0068】
以上説明された歯車は、種々の機械の要素として使用されうる。
【符号の説明】
【0069】
2・・・歯車
4・・・ベース
6・・・歯
8・・・谷
10・・・浸炭層
12・・・表面
14・・・粒界酸化
16・・・不完全焼き入れ組織
18・・・粒状酸化物
24・・・小ローラー試験片
26・・・主部
28・・・グリップ
30・・・大ローラー
図1
図2
図3
図4
図5
図6