(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127697
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】導電性高分子カプセル及びこれを用いた液状混合物、並びに炭素繊維複合材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 13/04 20060101AFI20230907BHJP
C08J 3/12 20060101ALI20230907BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20230907BHJP
C08L 79/04 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
B01J13/04
C08J3/12 Z CEZ
C08J5/04 CER
C08L79/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031542
(22)【出願日】2022-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 辰宏
(72)【発明者】
【氏名】後藤 晃哉
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 康平
(72)【発明者】
【氏名】横関 智弘
(72)【発明者】
【氏名】岡田 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】宮木 博光
(72)【発明者】
【氏名】平野 義鎭
(72)【発明者】
【氏名】石田 雄一
【テーマコード(参考)】
4F070
4F072
4G005
4J002
【Fターム(参考)】
4F070AA32
4F070AA57
4F070AC50
4F070AC84
4F070AE06
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4G005AA01
4G005AB30
4G005BA15
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4G005EA06
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4J002CM011
4J002EV236
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4J002FD116
4J002GQ00
(57)【要約】
【課題】導電性高分子及び有機酸の混合方法を工夫して作製した複合体を用いた保存安定性の高い熱硬化性導電性樹脂、並びにそれを用いた成形加工性と導電性を両立する炭素繊維複合材料の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】芯物質と、前記芯物質を被覆する壁材とからなり、前記芯物質が、導電性高分子と、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸とからなり、前記壁材が樹脂で形成されていることを特徴とする導電性高分子カプセル。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯物質と、前記芯物質を被覆する壁材とを含み、
前記芯物質が、導電性高分子と、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸とを含み、
前記壁材が樹脂で形成されていることを特徴とする導電性高分子カプセル。
【請求項2】
前記芯物質が、さらに樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の導電性高分子カプセル。
【請求項3】
前記導電性高分子が、ポリアニリン又はポリアニリン誘導体であることを特徴とする請求項1又は2に記載の導電性高分子カプセル。
【請求項4】
前記導電性高分子と前記有機酸とのモル比が、1:0.3~2.0であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
【請求項5】
前記壁材を形成する樹脂が、熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
【請求項6】
前記壁材を形成する樹脂が、導電性高分子であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセルと、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを含有することを特徴とする液状混合物。
【請求項8】
前記導電性高分子カプセルと、前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとの重量比が1:99~60:40の範囲内であることを特徴とする請求項7に記載の液状混合物。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル、及びカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含有する液状混合物を調製する工程と、
前記液状混合物を炭素繊維に含浸させ、その後に加熱することにより、前記導電性高分子カプセルを前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマー中に分散させる工程と、
前記炭素繊維に含浸させた前記液状混合物を加熱し、前記導電性高分子カプセルに含まれる有機酸と前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを反応させて炭素繊維複合材料を得る工程と、
を含むことを特徴とする炭素繊維複合材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性高分子カプセル及びこれを用いた液状混合物、並びに炭素繊維複合材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
導電性高分子の中でも、ポリアニリンは、優れた導電性を有し、空気中で安定であり、また安価でもあることから、電子デバイスへの応用が期待されている。一方、ポリアニリンはその剛直な化学構造のために、不溶不融で加工し難いという欠点を有する。ポリアニリンの加工性については、長鎖アルキル等の立体障害の大きい部位を有するプロトン酸ドーパントと有機溶媒とを含む分散液を用いてフィルムを形成することで改善することができる。しかしながら、フィルムは耐スクラッチ性や耐溶剤性に乏しいため、応用分野が限られる。
【0003】
このような問題を解決すべく、例えば、特許文献1では、カチオン反応性基を有するモノマーとして、スチレン誘導体やビニルエーテル誘導体と、導電性高分子としてポリアニリンと、プロトン酸ドーパントとして有機スルホン酸又は有機リン酸とを反応させる、熱硬化した導電性高分子組成物の製造方法が開示されている。特許文献1の導電性高分子組成物は、プロトン酸ドーパントが導電性高分子組成物との相互作用により、室温では反応が抑制され、加熱により反応を進行させていくカチオン重合開始剤として働き、重合して硬化したものである。
【0004】
特許文献1の熱硬化性導電性高分子組成物は、加工性、硬化性、強度に優れる。また、熱硬化性導電性高分子の重合・硬化の際に、ドーパントとは別に、重合開始剤を添加する必要がないため、ポリアニリンとスチレン誘導体等との分散状態も良好となるため、熱硬化性導電性高分子組成物に高い導電性を付与することができる。
【0005】
しかしながら、スチレン誘導体やビニルエーテル誘導体は反応性が高いために、導電性高分子組成物を製造後、半日程度しか安定に存在することができないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、導電性高分子及び有機酸の混合方法を工夫して作製した複合体を用いた保存安定性の高い熱硬化性導電性樹脂、並びにそれを用いた、成形加工性と導電性とが両立した炭素繊維複合材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の事項からなる。
[1]芯物質と、前記芯物質を被覆する壁材とを含み、前記芯物質が、導電性高分子と、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸とを含み、前記壁材が樹脂で形成されていることを特徴とする導電性高分子カプセル。
[2]前記芯物質が、さらに樹脂を含むことを特徴とする[1]に記載の導電性高分子カプセル。
[3]前記導電性高分子が、ポリアニリン又はポリアニリン誘導体であることを特徴とする[1]又は[2]に記載の導電性高分子カプセル。
[4]前記導電性高分子と前記有機酸とのモル比が、1:0.3~2.0であることを特徴とする[1]~[3]のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
【0009】
[5]前記壁材を形成する樹脂が、熱可塑性樹脂であることを特徴とする[1]~[4]のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
[6]前記壁材を形成する樹脂が、導電性高分子であることを特徴とする[1]~[4]のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル。
[7][1]~[6]のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセルと、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを含有することを特徴とする液状混合物。
【0010】
[8]前記導電性高分子カプセルと、前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとの重量比が1~99:60~40の範囲内であることを特徴とする[7]に記載の液状混合物。
[9][1]~[6]のいずれか一項に記載の導電性高分子カプセル、及びカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含有する液状混合物を調製する工程と、
前記液状混合物を炭素繊維に含浸させ、その後に加熱することにより、前記導電性高分子カプセルを前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマー中に分散させる工程と、
前記炭素繊維に含浸させた前記液状混合物を加熱し、前記導電性高分子カプセルに含まれる有機酸と前記カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを反応させて炭素繊維複合材料を得る工程と、
を含むことを特徴とする炭素繊維複合材料の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、導電性高分子カプセルは高い導電性を保持し、かつ、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーと混合した際に保存安定性が向上した液状混合物を提供することができる。このような導電性高分子カプセルを用いた炭素繊維複合材料は軽量でかつ導電性を有するため、例えば、航空機等の機体に使用すれば、雷保護機能を付与することができ、耐久性に優れた機体構造用材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例7のポリアニリン/ドデシルベンゼンスルホン酸/エチレン-メタクリル酸共重合体を含む芯物質とポリアニリンの壁材から構成される導電性高分子カプセル(以下「PANI/DBSA/EMAA微粒子カプセル」ともいう。)のモデル図である。
【
図2】
図2は、実施例7のPANI/DBSA/EMAA微粒子カプセルの保存時、PANI/DBSA/EMAA微粒子カプセル及びカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含有する液状混合物を炭素繊維(CF)に含浸させた時、及び加熱後(硬化後)における導電性高分子カプセルの樹脂マトリックス中での作用を示すモデル図である。
【
図3】
図3は、実施例7のPANI/DBSA/EMAA微粒子カプセルを流動パラフィンで10倍に希釈した液の光学顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、実施例7のPANI/DBSA/EMAA微粒子カプセルとスチレン誘導体モノマーとを含有する液状混合物を8℃で保存し、0時間、2時間、6時間、24時間、48時間、72時間、240時間ごとに粘度を測定した結果を、比較例1のPANI/DBSA/スチレン誘導体モノマーの粘度の測定結果とともにプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について、図面を参照しながら、詳細に説明する。
[導電性高分子カプセル]
本発明の導電性高分子カプセルは、芯物質と、前記芯物質を被覆する壁材とからなり、前記芯物質が、導電性高分子と、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸とからなり、前記壁材が樹脂で形成されていることを特徴とする。
【0014】
芯物質を構成する導電性高分子には、ポリアニリン(PANI)、ポリアニリン誘導体、及びポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)等が適用可能である。なかでも、ポリアニリンが好ましい。ポリアニリンは、絶縁性の状態であるエメラルディンベース(EB)を、プロトン酸でドーピングし、導電性の状態であるエメラルディンソルト(ES)に変化させ、導電性材料として用いることが一般的である。
【0015】
スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸のうち、スルホン酸基を有する有機酸としては、ドデシルベンゼンスルホン酸(DBSA)、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、アルキルナフタレンスルホン酸、アントラキノンスルホン酸、アルキルスルホン酸、ドデシルスルホン酸、樟脳スルホン酸、ジオクチルスルホコハク酸、ポルフィリンテトラスルホン酸、及びポリビニルスルホン酸等の有機スルホン酸等が挙げられる。リン酸基を有する有機酸としては、プロピルリン酸、ブチルリン酸、ヘキシルリン酸、ポリエチレンオキシドドデシルエーテルリン酸、及びポリエチレンオキシドアルキルエーテルリン酸等が挙げられる。
【0016】
導電性高分子としてポリアニリンを用いた場合、前記スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸はポリアニリンをプロトン化する働きをする。前記スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸としては、ポリアニリン等の導電性高分子の分散性を向上させるため、立体障害の大きい部位、具体的には長鎖アルキル基を有する有機酸を用いることが好ましい。よって、前記した有機酸のうち、好適なのは、ドデシルベンゼンスルホン酸(DBSA)、ドデシルスルホン酸、アルキルスルホン酸、ブチルリン酸、及びヘキシルリン酸等である。
【0017】
なお、ポリアニリンの主鎖は剛直であるため、塩酸等の無機酸のドーパントがドープされても、ポリアニリンは不溶不融であり、加工性に劣る。これに対して、立体障害の大きい部位を有する有機酸をドーピングした場合、酸性基がドーパントとして機能し、立体障害部分がポリアニリン主鎖同士の相互作用を抑制し、運動性を向上させることで、有機溶媒や樹脂への良分散性、熱可塑性を付与し、加工性が向上する。
【0018】
前記スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸は、ポリアニリン等の導電性高分子の導電性を向上させる働きをする。
前記スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸の添加量は、導電性高分子と、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸とのモル比で1:0.3~2であることが好ましい。より正確に言えば、導電性高分子がポリアニリンである場合、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸の添加量は、ポリアニリンのアニリンユニットと有機酸とのモル比で1:0.3~2が好ましく、1:0.5~1.5がより好ましい。
【0019】
芯物質内には導電性高分子以外の樹脂が含まれていてもよい。ただし、その割合は芯物質中の30重量%以下とすることが好ましい。
【0020】
芯物質内に導電性高分子以外の樹脂を含む場合、その樹脂としては、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれも適用可能である。熱可塑性樹脂としては、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)、エチレン-メタクリル酸メチル共重合体、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリアニリン、ポリウレタン、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、テフロン(登録商標)、及びアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂等が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、スチレン誘導体、ポリイミド、及び不飽和ポリエステル等が挙げられる。これらのうち、ポリアニリン等の導電性高分子の分散性が良好である点で、前記樹脂としては、熱可塑性樹脂が好ましく、エチレン・メタクリル酸共重合体(EMAA)等がより好ましい。
【0021】
壁材を構成する樹脂は、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれでもよい。熱可塑性樹脂としては、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)、エチレン-メタクリル酸メチル共重合体、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリアニリン、ポリウレタン、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、テフロン、及びアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂等が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、スチレン誘導体、ポリイミド、及び不飽和ポリエステル等が挙げられる。これらのうち、ポリアニリン等の導電性高分子の分散性が良好である点で、前記樹脂としては、熱可塑性樹脂が好ましく、エチレン・メタクリル酸共重合体(EMAA)等がより好ましい。
【0022】
壁材を構成する樹脂には、導電性樹脂を用いてもよい。その場合、導電性樹脂としては、ポリアニリンベース(EB)又はポリアニリンソルト(ES)等が用いられる。
【0023】
次に、本発明の導電性高分子カプセルの製造方法の一例を挙げて説明する。有機酸であるドデシルベンゼンスルホン酸のエタノール溶液に、導電性高分子であるポリアニリンベース(EB)を添加後、攪拌する。得られた混合溶液を湿式ビーズミル処理し、乾燥させ、粉末状のポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸の複合体を得る。この複合体にエチレン-メタクリル酸共重合体及びドデシルベンゼンスルホン酸を混合し、溶融混合後、粉砕して芯物質であるポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体複合体粒子を得る。得られた芯物質に、壁材となるポリアニリンベース(EB)を混合して、ポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体を得る。さらに凍結ビーズミル処理して、導電性高分子カプセルを得る。なお、本発明の導電性高分子カプセルは、前記方法に限られることなく、種々の公知の方法により製造することができる。
【0024】
図1には、導電性高分子カプセルのモデル図として、スルホン酸基又はリン酸基を有する有機酸でプロトン化されたポリアニリン粒子がエチレン・メタクリル酸共重合体(EMAA)で包まれた芯物質と、該芯物質を壁材料であるポリアニリン(PANI)で包んだ形態が描かれている。
【0025】
前記導電性高分子カプセルの平均粒子径(D50)は0.5~10μmである。平均粒子径(D50)は、粒子径分布の存在率を小さい方から合計して50%の値である。粒子径分布は、多数個の測定結果を粒子径ごとの存在比率の分布として表したものであり、レーザー回折・散乱法で存在比率を体積基準で測定する。導電性高分子カプセルの平均粒子径(D50)が前記の範囲であると、導電性高分子カプセルを含む液状混合物を炭素繊維に容易に含浸することができる。一方、前記平均粒子径(D50)が10μm以上になると、導電性高分子カプセルを含む液状混合物を炭素繊維に含浸させる際、液状混合物から固体が分離する等、成形不良に繋がることがある。
【0026】
図3は、前記導電性高分子カプセルを流動パラフィンで10倍に希釈した液の光学顕微鏡写真である。前記導電性高分子カプセルでは、ポリアニリンが樹脂マトリックス中で均一に分散されているのがわかる。
【0027】
[液状混合物]
本発明の液状混合物は、前記導電性高分子カプセルと、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含有する。前記液状混合物は、これらの成分を通常の方法で室温下に混合することにより得られる。本発明におけるカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとしては、エポキシ樹脂のモノマーやスチレン誘導体モノマー等が用いられる。
【0028】
スチレン誘導体モノマーとしては、1,1’-(1―メチルエチルインデン)ビス[4-[(4-エチルフェニル)メトキシ]-3-(2-プロペン-1-イル)ベンゼン、4-[[2-(2-プロペン-1-イル)フェノキシ]メチル]スチレン、アリルフェノール、ジアリルビスフェノールAスチレン誘導体、アリルフェノールスチレン誘導体等が挙げられる。
【0029】
導電性高分子カプセルとカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとの重量比は、1:99~60:40であることが好ましく、30:70~40:60であることがより好ましい。
【0030】
液状混合物は、通常はペースト状であり、保存安定性に優れる。液状混合物の粘度は好ましくは1~50Pa・sであり、大気下、室温で10~14日経過後も、粘度に変化はなく、流動性を保つことができる。
【0031】
[炭素繊維複合材料の製造方法]
本発明の炭素繊維複合材料(CFRP)の製造方法は、上述の導電性高分子カプセル、及びカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含有する液状混合物を調製する工程と、得られた液状混合物を炭素繊維に含浸させ、その後に加熱することにより、導電性高分子カプセルをカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマー中に分散させる工程と、炭素繊維に含浸させた液状混合物を加熱し、導電性高分子カプセルに含まれる有機酸とカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを反応させ炭素繊維複合材料を得る工程とを有する。得られる炭素繊維複合材料(CFRP)においては、
図2に示すようにポリアニリン等の導電性高分子が均一に分散している。
【0032】
炭素繊維(CF)は、PAN系、ピッチ系及びレーヨン系があり、本発明ではいずれを用いてもよいが、汎用性の高いPAN系がよく用いられる。また、炭素繊維には、一方向材、平織、綾織、ランダム材、三軸織及び三次元織等、種々の織物があり、いずれを用いてもよい。
【0033】
導電性高分子カプセルが、PANI/DBSA/EMAA微粒子である場合を例にして、本発明に係る炭素繊維複合材料の製造方法をより具体的に説明する。
工程(1)
導電性高分子カプセルとカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーを含む液状混合物を調製する段階において、室温では、芯物質及び壁材であるEMAAとPANIが芯物質に含まれるDBSAとカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとの接触を防ぐ。この液状混合物では、有機酸のDBSAとカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとの反応による粘度増加がないため、室温での長期間の保存が可能である。
液状混合物を調製するにあたっては、乳鉢と自転公転ミキサー等を用い、室温で10~30分間攪拌する。
工程(2)
上記液状混合物を炭素繊維に含浸させ加熱すると、芯物質及び壁材であるEMAAが溶融・軟化し、芯物質に含まれるDBSAが流出する。このDBSAと壁材PANIが加熱ドープを起こし、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマー中にPANI/DBSAが分散していく。加熱は60~180℃程度の温度で、1~120分、特に好ましくは90~130℃程度の温度で、10分以上行うのが好ましい。
工程(3)
上記の加熱された液状混合物をさらに加熱することにより、前記有機酸とカチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーとを反応させ炭素繊維複合材料を得ることができる。ここで、カチオン重合系熱硬化性樹脂モノマーの種類に応じて、加熱条件を適宜選択することができる。
【0034】
本発明により製造される炭素繊維複合材料(CFRP)の表裏に電極を貼り付け、厚さ方向の導電率を測定すると、炭素繊維複合材料の導電率は0.04S/cm以上、好ましくは0.1S/cm以上となる。汎用のCFRPの導電率が通常、約0.02S/cmであることからすると、本発明により製造される炭素繊維複合材料は高い導電性を有している。
【実施例0035】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
【0036】
[実施例1]
(1)導電性高分子カプセルの作製
エタノール35gにドデシルベンゼンスルホン酸0.0196mol(6.4g)を加え、マグネチックスターラーで攪拌し溶解させた後、エメラルディンベース(EB)状態のポリアニリン0.0392mol(3.6g)を加えて10分間攪拌した。
得られた混合溶液を湿式ビーズミル処理した。湿式ビーズミル条件としては、使用分散機はイージーナノRMB型-01((株)アイメックス製)、回収・乾燥方法は目開き100μmふるい分離・真空乾燥、回転数は1000rpm、ビーズ種類/径/処理時間はジルコニア/φ0.5mm/60minで行い、ポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸の粉末状の複合体を得た。得られた粉末状の複合体4.3g、熱可塑性樹脂であるエチレン-メタクリル酸共重合体3.0g、ドデシルベンゼンスルホン酸2.7gを手混ぜ加熱混合し、ラボプラストミルμ(東洋精機工業(株)製)を用いて130℃で10分間加熱混合し、均一に混合された固体状のポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体からなる複合体を得た。
【0037】
得られた混合物を、ロータミル粉砕機(フリッチュ・ジャパン(株)製)と2.0mm目開きメッシュを用いて2.0mm以下に粉砕し、芯物質であるポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体からなる複合体粒子を得た。この芯物質において、ポリアニリンとドデシルベンゼンスルホン酸のモル比は1:1.7であり、またポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体の重量比は10:60:30であった。
【0038】
芯物質であるポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体からなる複合体粒子9.5gに、壁材となるEB状態のポリアニリン0.5gを加え、振とう混合(手動)し、ポリアニリンとドデシルベンゼンスルホン酸との重量比(wt%)が20:80(モル比は1:1.12)であるポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体を作製した。
【0039】
得られたポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体を凍結ビーズミル処理して、導電性高分子カプセルを作製した。凍結ビーズミルの条件としては、使用分散機はLNM-08((株)アイメックス製)、回収・乾燥方法は静置乾燥、回転数は2500rpm、粉体仕込み量は50g程度、ビーズ種類/径/処理時間はジルコニア/φ3.0mm/60min+φ0.5mm/360minの合計420minで行った。
【0040】
(2)粒子径の測定
前記ポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体粒子(導電性高分子カプセル)を希釈溶媒(エタノール)に分散させ、レーザー回折・散乱装置を用いて粒子径を計測した。D50は2.54μmを示した。
【0041】
(3)熱重量分析
得られた導電性高分子カプセルについて、室温から600℃、昇温速度10℃/min、窒素雰囲気下で熱重量分析(TGA)を行った。ポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体微粉末の組成比(wt%)は、15.5:57.7:26.8であった。
【0042】
(4)導電率の測定
得られた導電性高分子カプセルを1kNで加圧成形し、ロレスタ(ロレスタ-GP MCP-T600、(株)ダイアインスツルメンツ製)を用いて四探針法で表面抵抗を測定した。その後、厚さから導電率を求めた。導電率は1.3S/cmを示し、さらに加熱処理を施すと導電率は5.5S/cmを示した。
【0043】
[実施例2]
液状混合物の作製
実施例1で得られたポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体粒子3gに、スチレン誘導体モノマーであるジアリルビスフェノールAスチレン誘導体とアリルフェノールスチレン誘導体とを重量比(wt%)50:50で混合した液体7gを加え、自転公転ミキサー(ARE-310、(株)シンキー製)を用いて室温で5分間攪拌して、導電性高分子カプセルとスチレン誘導体モノマーとの重量比(wt%)が30:70となるペースト状の導電性高分子カプセル-スチレン誘導体モノマーからなる複合体(液状混合物)を得た。
【0044】
得られた液状混合物はペースト状であり、流動性を示した。粘度計(東機産業(株)製 TVE-25形粘度計)を用いて粘度を測定したところ、混合直後の室温下では30Pa・sを示し、室温下で10日間保管後も33Pa・sであり、ほとんど変化はなく、流動性を保っていた。
【0045】
[実施例3]
炭素繊維複合材料の作製
実施例1で得られたポリアニリン:ドデシルベンゼンスルホン酸:エチレン-メタクリル酸共重合体:EB状態ポリアニリン複合体粒子9gに、スチレン誘導体モノマーであるジアリルビスフェノールAスチレン誘導体とアリルフェノールスチレン誘導体を重量比(wt%)50:50で混合した液体21gを加え、自転公転ミキサー(ARE-310、(株)シンキー製)を用いて1分攪拌、1分脱泡を3セット行い、導電性高分子カプセルとスチレン誘導体モノマーの重量比(wt%)が30:70となるペースト状の複合体(液状混合物)を得た。このとき冷却カップを併用することで複合体温度が室温より高くならないように注意しながら実施した。
【0046】
前記で得られた導電性高分子カプセル/スチレン誘導体モノマーのペースト状の液状混合物を200mm正方の炭素繊維(平織)にヘラとローラーを用いて手動で含浸させた後、同じ操作で炭素繊維に複合体を含浸させたものを9層に重ね合わせた。
9層に重ね合わせた炭素繊維/液状混合物はホットプレス(東洋精機工業(株)製)を用いて120℃で2時間加熱することで炭素繊維複合材料を得た。
ホットプレスで成形された炭素繊維複合材料(CFRP)の厚さ方向の導電率は0.6[S/cm]を示した。
【0047】
[実施例4]
(1)導電性高分子カプセルの作製
エメラルディンベース(EB)状態のポリアニリン0.024mol(2.2g)に、ドデシルベンゼンスルホン酸0.024mol(7.8g)を加え、自転公転ミキサー(ARE-310、(株)シンキー製)を用いて室温で5分間攪拌した。得られたペースト状の混合物を、ラボプラストミルμ(東洋精機工業(株)製)を用いて150℃で3分間加熱混合し、均一に混合された芯物質であるポリアニリン-ドデシルベンゼンスルホン酸複合体を得た。この芯物質において、ポリアニリンとドデシルベンゼンスルホン酸のモル比は1:1であり、重量比は22:78であった。得られた固体状の混合物を、ロータミル粉砕機(製)と2.0mm目開きメッシュを用いて2.0mm以下に粉砕した。
【0048】
このポリアニリン-ドデシルベンゼンスルホン酸複合体9gに、EB状態のポリアニリン1gを加え、振とう混合(手動)し、ポリアニリンとドデシルベンゼンスルホン酸の重量比(wt%)が30:70(モル比は1:0.65)となるポリアニリン-ドデシルベンゼンスルホン酸-EB状態ポリアニリン複合体(導電性高分子カプセル)を作製した。
【0049】
得られた導電性高分子カプセルを凍結ビーズミル処理した。凍結ビーズミルの条件としては、使用分散機はLNM-08((株)アイメックス製)、回収・乾燥方法は静置乾燥、回転数は2500rpm、粉体仕込み量は50g程度、ビーズ種類/径/処理時間はジルコニア/φ3.0mm/60min+φ0.5mm/360minの合計420minで行った。
【0050】
(2)粒子径の測定
得られた導電性高分子カプセルを希釈溶液(エタノール)に分散させ、レーザー回折・散乱装置を用いて粒子径を計測した。D50は1.86μmを示した。
【0051】
(3)導電率の測定
得られた導電性高分子カプセルを1kNで加圧成形し、ロレスタ(ダイアインスツルメンツ(株)Loresta-GP MCP-T600)を用いて四探針法で表面抵抗を測定した。その後、厚さから導電率を求めた。導電率は7.7S/cmを示し、さらに加熱処理を施すと導電率は21S/cmを示した。
【0052】
[実施例5]
液状混合物の作製
実施例4で得られた導電性高分子カプセルであるポリアニリン-ドデシルベンゼンスルホン酸-EB状態ポリアニリン複合体粒子3gに、スチレン誘導体モノマーであるジアリルビスフェノールAとアリルフェノールを重量比(wt%)50:50で混合した液体7gを加え、自転公転ミキサー(ARE-310、(株)シンキー製)を用いて室温で5分間攪拌して、導電性高分子カプセルとスチレン誘導体モノマーの重量比(wt%)が30:70となるペースト状の複合体(液状混合物)を得た。
【0053】
得られた液状混合物は流動性があるペースト状であり、粘度計(東機産業(株)TVE-25形粘度計)を用いて粘度を測定した。混合直後の室温下では23Pa・sを示した。また室温下で10日間保管後も43Pa・sと少し粘度上昇したが、流動性を保つことが認められた。
【0054】
[実施例6]
炭素繊維複合材料の作製
実施例4で得られた導電性高分子カプセルであるポリアニリン-ドデシルベンゼンスルホン酸-EB状態ポリアニリン複合体粒子9gに、スチレン誘導体モノマーであるジアリルビスフェノールAとアリルフェノールを重量比(wt%)50:50で混合した液体21gを加え、自転公転ミキサー(ARE-310、(株)シンキー製)を用いて1分攪拌、1分脱泡を3セット行い、導電性高分子カプセルとスチレン誘導体モノマーの重量比(wt%)が30:70となるペースト状の複合体(液状混合物)を得た。このとき冷却カップを併用することで複合体温度が室温より高くならないように注意しながら実施した。
【0055】
得られたペースト状の液状混合物を200mm正方の炭素繊維(平織)にヘラとローラーを用いて手動で含浸させた後、同じ操作で炭素繊維に液状混合物を含浸させたものを9層に重ね合わせた。
9層に重ね合わせた炭素繊維/液状混合物をホットプレス(東洋精機工業(株)製)を用いて120℃で2時間加熱することで炭素繊維複合材料を得た。
ホットプレスで成形された炭素繊維複合材料の厚さ方向の導電率は0.04[S/cm]を示した。
【0056】
[実施例7]
液状混合物の作製
導電性高分子カプセルであるPANI/DBSA/EMAA微粉末とスチレン誘導体モノマーを任意の割合(PANI/DBSA/EMAA微粉末の最大添加量30%)で添加し、乳鉢によって混合することでPANI/DBSA/EMAA/スチレン誘導体モノマーからなる液状混合物を得た。
【0057】
得られた液状混合物を冷蔵庫(8℃)で保存し、0時間、2時間、6時間、24時間、48時間、72時間、240時間ごとに振動型粘度計を用いて粘度測定を行うことで、保存時の粘度安定性を評価した(
図4)。従来のPANI/DBSA添加品(1.5Pa・s)では6時間で5Pa・s以上になったが、PANI/DBSA/EMAA微粉末カプセル添加品(1.7Pa・s)では240時間経過で4.9Pa・sであり、炭素繊維複合材料(CFRP)作製に必要な低粘度を維持していた。
【0058】
前記液状混合物は、PANI/DBSA/EMAA/スチレン誘導体モノマーの重量比が4.3:17.1:8.6:70であり、室温で10日間は低粘度が維持され、安定に存在した。一方、特許文献1の導電性高分子組成物の保存安定性は、室温で12時間であった。
【0059】
[比較例1]
実施例7において、エチレン-メタクリル酸共重合体(EMAA)と壁材のPANIを使用しなかった以外は、実施例7と同様にして、液状混合物を作製した。
作製した液状混合物を、実施例7と同様に8℃で保存して、粘度を測定したところ、実施例7の液状混合物とは異なり、数分の間に粘度が急上昇することがわかった。