(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128354
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】クラウンエーテルの供給及び回収方法並びにイオン伝導性結晶
(51)【国際特許分類】
C07D 323/00 20060101AFI20230907BHJP
C07F 15/04 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
C07D323/00
C07F15/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032649
(22)【出願日】2022-03-03
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ペタビット時代を支える革新的分子ストレージング技術の確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西原 禎文
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 みづき
(72)【発明者】
【氏名】眞邉 潤
(72)【発明者】
【氏名】藤林 将
【テーマコード(参考)】
4H050
【Fターム(参考)】
4H050AA01
4H050AA03
4H050AB99
4H050AC90
(57)【要約】
【課題】クラウンエーテルを定量的にイオン伝導性結晶内から溶液中へ放出し、溶液中からイオン伝導性結晶内へ回収する。
【解決手段】
3つのクラウンエーテルがイオンチャネルを形成し、イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン以外の金属イオン又は有機カチオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち1つ以上の任意のクラウンエーテルをイオン伝導性結晶内から水溶液中へ放出して第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル供給工程と、第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、1つ以上のクラウンエーテルを水溶液中から第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むクラウンエーテル回収工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、前記リチウムイオン以外の金属イオン又は有機カチオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶における前記リチウムイオンを前記金属イオン又は前記有機カチオンと交換するとともに、前記イオンチャネルを形成する3つの前記クラウンエーテルのうち1つ以上の任意の数の前記クラウンエーテルを、前記イオン伝導性結晶内から前記水溶液中へ放出して、第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル供給工程と、
前記第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第2形態のイオン伝導性結晶における前記金属イオン又は前記有機カチオンを前記リチウムイオンと交換するとともに、1つ以上の任意の数の前記クラウンエーテルを前記水溶液中から前記第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル回収工程と、を含むクラウンエーテルの供給及び回収方法。
【請求項2】
前記クラウンエーテルが18-クラウン-6-エーテルであるとともに、前記第1形態のイオン伝導性結晶が下記式(1)で表され、且つ、前記金属イオン又は前記有機カチオンがカルシウムイオン、メチルアンモニウムイオン、エチルアンモニウムイオン、エチレンジアンモニウムイオン、プロピレンジアンモニウムイオンから選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載のクラウンエーテルの供給及び回収方法。
【化1】
(式中、18-crown-6は、18-クラウン-6-エーテルを示し、dmitは、1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレートを示し、MはNi、Pd、Au及びPtのいずれかの金属を示す。)
【請求項3】
3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、カルシウムイオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶における前記リチウムイオンを前記カルシウムイオンと交換するとともに、前記イオンチャネルを形成する3つの前記クラウンエーテルのうち2つを前記イオン伝導性結晶内から前記水溶液中へ放出して、第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテルの供給方法。
【請求項4】
1つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、前記クラウンエーテル内にカルシウムイオンが包接された第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第2形態のイオン伝導性結晶における前記カルシウムイオンを前記リチウムイオンと交換するとともに、2つの前記クラウンエーテルを前記水溶液中から前記第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテルの回収方法。
【請求項5】
3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、メチルアンモニウムイオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶における前記リチウムイオンを前記メチルアンモニウムイオンと交換するとともに、前記イオンチャネルを形成する3つの前記クラウンエーテルのうち1つを前記イオン伝導性結晶内から前記水溶液中へ放出して、第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテルの供給方法。
【請求項6】
2つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、2つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にメチルアンモニウムイオンが包接された第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第2形態のイオン伝導性結晶における前記メチルアンモニウムイオンを前記リチウムイオンと交換するとともに、1つの前記クラウンエーテルを前記水溶液中から前記第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテルの回収方法。
【請求項7】
3つの18-クラウン-6-エーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記18-クラウン-6-エーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、ナトリウムイオン及び15-クラウン-5-エーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶における前記リチウムイオンを前記ナトリウムイオンと交換するとともに、前記イオンチャネルを形成する3つの前記18-クラウン-6-エーテルを3つの前記15-クラウン-5-エーテルと交換し、前記イオン伝導性結晶内から前記水溶液中へ18-クラウン-6-エーテルを放出して第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテルの供給方法。
【請求項8】
下記式(2)で表され、1つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、前記クラウンエーテル内にカルシウムイオンが包接されたイオン伝導性結晶。
【化2】
(式中、18-crown-6は、18-クラウン-6-エーテルを示し、dmitは、1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレートを示し、MはNi、Pd、Au及びPtのいずれかの金属を示す。)
【請求項9】
下記式(3)で表され、2つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、前記クラウンエーテル内にメチルアンモニウムイオンが包接されたイオン伝導性結晶。
【化3】
(式中、18-crown-6は、18-クラウン-6-エーテルを示し、dmitは、1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレートを示し、MはNi、Pd、Au及びPtのいずれかの金属を示す。)
【請求項10】
下記式(4)で表され、3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、前記クラウンエーテル内にナトリウムイオンが包接されたイオン伝導性結晶。
【化4】
(式中、15-crown-5は、15-クラウン-5-エーテルを示し、dmitは、1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレートを示し、MはNi、Pd、Au及びPtのいずれかの金属を示す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラウンエーテルの供給及び回収方法並びにイオン伝導性結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、分子レベルの細孔を有するゼオライトやMOFと呼ばれる金属有機構造体において、分子を吸収する現象が観測されている。また、分子の放出は、結晶水の脱離等で知られている。
【0003】
イオン交換体中のイオンを電解質溶液中に放出するとともに、電解質溶液中のイオンを取り込むイオン交換法については様々なものが知られている。例えば、特許文献1には、クラウンエーテルによりイオンチャネルが形成されたイオン伝導性結晶をイオン交換体として用いたイオン交換方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、イオン伝導性結晶が結晶性を保ったままイオンチャネル内のリチウムイオンをカリウムイオンやナトリウムイオンへ交換することが記載されているが、分子の吸収や放出については開示されていない。化学的に逆反応である分子の吸収や放出を、定量的に繰り返し行える系の構築は極めて困難である。
【0006】
本願発明者らは、このようなイオン伝導性結晶の双安定性に着目して、分子の放出と吸収を行う系の構築を検討したところ、大型の分子であるクラウンエーテルを水溶液中へ放出すること及び水溶液中から回収することが可能であることを初めて知見した。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、クラウンエーテルの定量的な供給及回収を可能にすることを目的とする。
【0008】
これにより、例えば、水溶液中に含まれる難溶性物質の溶解性をクラウンエーテルによって高めることが可能となる。また、不要となったクラウンエーテルを、水溶液中から回収することも可能となり、ドラッグデリバリーシステムに対して二次的に作用させることも期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本開示のクラウンエーテルの供給及び回収方法は、
3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、前記リチウムイオン以外の金属イオン又は有機カチオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶における前記リチウムイオンを前記金属イオン又は前記有機カチオンと交換するとともに、前記イオンチャネルを形成する3つの前記クラウンエーテルのうち1つ以上の任意の数の前記クラウンエーテルを、前記イオン伝導性結晶内から前記水溶液中へ放出して、第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル供給工程と、
前記第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、前記第2形態のイオン伝導性結晶における前記金属イオン又は前記有機カチオンを前記リチウムイオンと交換するとともに、1つ以上の前記クラウンエーテルを前記水溶液中から前記第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、前記第1形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル回収工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、大型の分子であるクラウンエーテルを、定量的に結晶内から水溶液中へ放出し、水溶液中から再び結晶内へ回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係るイオン伝導性結晶の結合状態を示す図である。
【
図2】式(2)で示される第1形態のイオン伝導性結晶の構造解析結果を示す図である。
【
図3】式(5)で示される第2形態のイオン伝導性結晶の構造解析結果を示す図である。
【
図4】式(6)で示される第2形態のイオン伝導性結晶の構造解析結果を示す図である。
【
図5】式(7)で示される第2形態のイオン伝導性結晶の構造解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示の方法は、3つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、3つの前記クラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、前記イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン以外の金属イオン(以下、単に「金属イオン」ともいう。)又は有機カチオンが溶解した溶液に浸漬させることにより、第1形態のイオン伝導性結晶におけるリチウムイオンを金属イオン又は有機カチオンと交換するとともに、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち1つ以上の任意の数のクラウンエーテルを、イオン伝導性結晶内から水溶液中へ放出して、第2形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル供給工程と、第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、第2形態のイオン伝導性結晶における金属イオン又は有機カチオンを前記リチウムイオンと交換するとともに、1つ以上のクラウンエーテルを水溶液中から第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、第1形態のイオン伝導性結晶を得るクラウンエーテル回収工程と、を含むクラウンエーテルの供給及び回収方法である。
【0013】
このような方法により、大型分子であるクラウンエーテルを定量的に溶液中へ供給することが可能となる。また、溶液中のクラウンエーテルを結晶内に回収することが可能となる。
【0014】
イオン伝導性結晶は、リチウムイオンを包接したクラウンエーテル(18-クラウン-6-エーテル)とジチオレートニッケル錯体(Ni(dmit)2)を含むユニットから構成される。具体的に、本発明に用いられるイオン伝導性結晶は、下記式(1)で表される。
【0015】
【0016】
式(1)中、18-crown-6は、18-クラウン-6-エーテルを示し、dmitは1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレートを示す。以下の式においても同じである。
【0017】
図1に式(1)で表されるイオン伝導性結晶の構造図を示す。
図1に示すように、イオン伝導性結晶1は、2つのリチウムイオン2に対し、3つのクラウンエーテル3と、2つのジチオレートニッケル錯体4と、4つの水分子5により構成され、以下の化学式により表される。
【0018】
【0019】
そして、
図1に示すように、3つのクラウンエーテル3が一次元的に積層し、空孔が連続するように並ぶことにより、結晶内にイオンチャネル6が形成される。リチウムイオン2は、3つのクラウンエーテル3の連続する空孔を貫通するように、イオンチャネル6内を移動することができる。従って、式(2)で表される結晶は、イオン伝導性を有することになる。なお、
図1及び式(2)に示すイオン伝導性結晶を、本実施形態において第1形態のイオン伝導性結晶という。
【0020】
次に、本実施形態におけるイオン伝導性結晶の製造方法の概略を以下の合成スキームに示す。
【0021】
【0022】
<イオン伝導性結晶の合成スキーム>
式(4)で表される、全体として1価のカチオンであるリチウムイオンを包接したクラウンエーテル(Li+(18-クラウン-6-エーテル))と、1価のアニオンであるジチオレートニッケル錯体とからなるイオン伝導性結晶を得るには、まず、式(3)の18-クラウン-6と過塩素酸リチウム(LiClO4)とをアセトニトリルに溶解した溶液を準備する。
【0023】
また、TBA・Ni(dmit)2(ビス(1,3-ジチオール-2-チオン-4,5-ジチオレート)ニッケル(III)酸テトラブチルアンモニウム)を合成し、このTBA・Ni(dmit)2をアセトニトリルに溶解して、ジチオレートニッケル錯体を含有する溶液を準備する。なお、TBA・Ni(dmit)2は、公知の方法(例えば、Steimecke, G. Sieler, H.-J. Kirmse, R. Hoyer, E. 1.3-Dithiol-2-Thion-4.5-Dithiolat Schwefelkohlenstoff und Alkalimetall. Phosphorus Sulfur Relat. Elem. 1979, 7, 49-55を参照)により合成することができる。
【0024】
次いで、過塩素酸リチウムとクラウンエーテル(18-クラウン-6-エーテル)が溶解したアセトニトリル溶液(以下、「溶液A」という。)をビーカーに流し込み、続いてジチオレートニッケル錯体が溶解したアセトニトリル溶液(以下、「溶液B」という。)を、溶液Aと溶液Bとが急激に混合しないように、ビーカーに流し込む。
【0025】
次いで、ビーカーに蓋をせず、室温で3~4日、暗所にて静置することにより、上述の式(1)に示すように、式(4)に示すリチウムイオンを包接したリチウム-クラウンエーテル(Li+(18-クラウン-6-エーテル))とジチオレートニッケル錯体とが電気的引き合い、式(2)で表されるイオン伝導性結晶を得ることができる。
【0026】
<クラウンエーテルの供給と回収>
式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶は、リチウム以外の金属イオン又は有機カチオンが溶解した水溶液に浸漬させることにより、第1形態のイオン伝導性結晶におけるリチウムイオンをその金属イオン又は有機カチオンと交換するとともに、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち1つ以上の任意の数のクラウンエーテルを水溶液中に放出する。
【0027】
さらに、クラウンエーテルが放出された第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムとクラウンエーテルを含む水溶液に浸漬させることにより、水溶液中のクラウンエーテルがイオン伝導性結晶中に回収され、再び第1形態のイオン伝導性結晶が得られる。
【0028】
リチウムイオン以外の金属イオン又は有機カチオンとして、様々なイオン種が適用可能と考えられるが、例えば、カルシウムイオン(Ca2+)、メチルアンモニウムイオン(CH3NH3
+)、エチルアンモニウムイオン(CH3CH2NH3
+)、エチレンジアンモニウムイオン(NH3
+CH2CH2NH3
+)、プロピレンジアンモニウムイオン(NH3
+CH2CH2CH2NH3
+)である。
【0029】
なお、上記実施形態のイオン伝導性結晶は、以下のように変更しても良い。
【0030】
上記実施形態においては、ジチオレート金属錯体としてジチオレートニッケル錯体(Ni(dmit)2)を使用したが、ジチオレート金属錯体はこれに限定されず、電荷を中性に保つためのアニオンであってもよい。例えば、ジチオレートパラジウム錯体(Pd(dmit)2)やジチオレート白金錯体(Pt(dmit)2)、ジチオレート金錯体(Au(dmit)2)を使用する構成としてもよい。
【0031】
また、イオン伝導性結晶には、様々なクラウンエーテルを用いることが可能であると考えられる。クラウンエーテルは、その環サイズに応じて、金属イオンや有機カチオンを包接することが知られており、クラウンエーテルの種類を変えることにより、レアメタルや薬剤など産業的に有用なカチオンを回収できる可能性もある。
【0032】
本実施形態で使用した18クラウン-6-エーテルだけでなく、12クラウン-4-エーテル、15クラウン-5-エーテル、21クラウン-7-エーテル、24クラウン-8-エーテル、1-アザ-15クラウン-5-エーテル、1-アザ-18クラウン-6-エーテル、4,13-ジアザ-18クラウン-6-エーテル等も同様に使用可能と考えられる。
【実施例0033】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。
【0034】
(イオン伝導性結晶の合成)
式(3)の18-クラウン-6-エーテル(東京化成工業(株)製、商品名18-crown-6-Ether)1600mg(2.27mmol)と過塩素酸リチウム(無水)(関東化学(株)製、商品名Lithium perchlorate,anhydrous)60mg(2.27mmol)とをアセトニトリル(ナカライテスク(株)製)60mlに溶解し、溶液Aを得た。
【0035】
また、公知の方法により、TBA・Ni(dmit)2を合成し、次いで、このTBA・Ni(dmit)2 50mg(0.072mmol)をアセトニトリル(ナカライテスク(株)製)60mlに溶解して、ジチオレートニッケル錯体を含有する溶液Bを得た。
【0036】
次に、下層として溶液Aをビーカーに流し込んだ後、上層として溶液Bを、溶液Aと溶液Bとが急激に混合しないように(溶液Aの界面を乱さないように)、ビーカーへゆっくりと流し込んだ。
【0037】
次に、溶液Aと溶液Bが流し込まれたビーカーに蓋をせず、室温で1週間静置した。そうすると、ビーカーの底に黒色の板状結晶が沈殿し、式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶を得た。
図2は、X線結晶構造解析による第1形態のイオン伝導性結晶の結晶構造を示す。3つのクラウンエーテルが一次元的に積層することにより、結晶内にイオンチャネルが形成されており、イオンチャネル内に2つのリチウムイオンが存在することが確認できた。
【0038】
次に、得られた第1形態のイオン伝導性結晶を、カルシウムイオンが溶解した溶液に浸漬させることにより、クラウンエーテルを、イオン伝導性結晶内から水溶液中へ放出するクラウンエーテル供給工程について説明する。この工程は下記式により表される。
【0039】
【0040】
(Ca
2+によるクラウンエーテルの供給工程)
式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶を、1Mの塩化カルシウム水溶液に浸漬させ、30℃の恒温槽内で24時間静置した後、吸引濾過した。得られたイオン伝導性結晶のX線結晶構造解析による結晶構造を
図3に示す。
【0041】
図3から、得られたイオン伝導性結晶は、1つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、クラウンエーテル内にカルシウムイオンが包接された式(5)で表される第2形態のイオン伝導性結晶であることを確認した。すなわち、第1形態のイオン伝導性結晶におけるリチウムイオンが、水溶液中のカルシウムイオンへ交換されるとともに、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち2つのクラウンエーテルが第1形態のイオン伝導性結晶内から放出され、水溶液中にクラウンエーテルが供給された。
【0042】
(Na+によるクラウンエーテルの供給工程)
第1形態のイオン伝導性結晶は、リチウムイオンをナトリウムイオンへ交換するとともに、クラウンエーテルを骨格の異なる他のクラウンエーテルへ交換することも可能である。例えば、下記式で表される反応を以下に説明する。なお、下記式中、15-crown-5は、15-クラウン-5-エーテルを示す。
【0043】
【0044】
式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶を、1Mの15-クラウン-5-エーテル水溶液及び塩化ナトリウム水溶液に浸漬させ、30℃の恒温槽内で24時間静置した後、吸引濾過した。得られたイオン伝導性結晶のX線結晶構造解析による結晶構造を
図4に示す。
【0045】
図4から、得られたイオン伝導性結晶は、3つの15-クラウン-5-エーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、15-クラウン-5-エーテル内にナトリウムイオンが包接された式(6)で表される第2形態のイオン伝導性結晶であることを確認した。すなわち、第1形態のイオン伝導性結晶におけるリチウムイオンが、水溶液中のナトリウムイオンへ交換されるとともに、イオンチャネルを形成する3つの18-クラウン-6-エーテルが全て15-クラウン-5エーテルに交換された。18-クラウン-6-エーテルは、第1形態のイオン伝導性結晶内から放出され、水溶液中に供給された。
【0046】
次に、得られた第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオンが溶解した溶液に浸漬させることにより、クラウンエーテルを水溶液中からイオン伝導性結晶内へ回収するクラウンエーテル回収工程について説明する。
【0047】
(クラウンエーテルの回収工程)
上記において得られた第2形態のイオン伝導性結晶を1Mの18-クラウン-6-エーテル水溶液及び過塩素酸リチウム混合水溶液に浸漬させ、30℃の恒温槽内で24時間静置した後、吸引濾過した。得られたイオン伝導性結晶は、3つのクラウンエーテルが一次元的に積層することにより、結晶内にイオンチャネルが形成されており、イオンチャネル内に2つのリチウムイオンが存在する第1形態のイオン伝導性結晶であることをX線結晶構造解析によって確認した。すなわち、水溶液中のクラウンエーテルがイオン伝導性結晶に回収された。
【0048】
以上の結果から、下記式に示すクラウンエーテルの供給と回収の反応を可逆的に行うことが可能であることを確認した。
【0049】
【0050】
次に、第1形態のイオン伝導性結晶を、メチルアンモニウムイオンが溶解した溶液に浸漬させることにより、クラウンエーテルを、イオン伝導性結晶内から水溶液中へ放出するクラウンエーテル供給工程について説明する。この工程は下記式で表される。
【0051】
【0052】
(CH3NH3
+によるクラウンエーテルの供給工程)
まず、テトラフルオロホウ酸メチルアンモニウムを公知の方法(例えば、Satyawan Nagane, Satishchandra Ogale, et al, Chem. Commun., 2014, 50, 9741を参照)で合成した。500mlのナスフラスコにエタノール100mL、メチルアミン43mL(0.50mol)を加えた。ナスフラスコを氷浴しながら撹拌し、テトラフルオロホウ酸115g(0.55mol)を滴下した。その後、氷浴のまま2時間撹拌した。反応溶液をロータリーエバポレーターにより減圧濃縮し、粗生成物を得た。粗生成物をアセトンで再結晶を行い、白色透明粉末のテトラフルオロホウ酸メチルアンモニウムを得た。
【0053】
そして、合成したテトラフルオロホウ酸メチルアンモニウムを1Mの水溶液となるよう調製した。その1Mのテトラフルオロホウ酸メチルアンモニウム水溶液に、式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶を浸漬させ、30℃の恒温槽内で3日間静置した後、吸引濾過した。得られたイオン伝導性結晶のX線結晶構造解析による結晶構造を
図5に示す。
【0054】
図5から、得られたイオン伝導性結晶は、2つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、クラウンエーテル内にメチルアンモニウムイオンが包接された式(7)で表される第2形態のイオン伝導性結晶であることを確認した。すなわち、第1形態のイオン伝導性結晶におけるリチウムイオンが、水溶液中のメチルアンモニウムイオンへ交換されるとともに、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち1つのクラウンエーテルが、第1形態のイオン伝導性結晶内から水溶液中に放出された。
【0055】
このように得られたクラウンエーテル内にメチルアンモニウムイオンが包接された式(7)で表される第2形態のイオン伝導性結晶は、式(5)で表される第2形態のイオン伝導性結晶と同様にして、再び式(2)で表される第1形態のイオン伝導性結晶を得ることができると考えられる。すなわち、2つのクラウンエーテルと2つのジチオレート金属錯体を含むユニットから構成され、2つのクラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、イオンチャネル内にメチルアンモニウムイオンが包接された第2形態のイオン伝導性結晶を、リチウムイオン及びクラウンエーテルが溶解した水溶液に浸漬させることにより、第2形態のイオン伝導性結晶におけるメチルアンモニウムイオンをリチウムイオンと交換するとともに、1つのクラウンエーテルを水溶液中から第2形態のイオン伝導性結晶内へ取り込むことにより、3つのクラウンエーテルが一次元的に積層してイオンチャネルを形成し、イオンチャネル内にリチウムイオンが包接された第1形態のイオン伝導性結晶を得ることが可能であると考えられる。
【0056】
以上のように、3つのクラウンエーテルが一次元的に積層することにより、結晶内にイオンチャネルが形成され、イオンチャネル内に2つのリチウムイオンを有する第1形態のイオン伝導性結晶を、カルシウムイオンを含む水溶液中へ浸漬させた場合、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち2つが放出され、メチルアンモニウムイオンを含む水溶液中へ浸漬させた場合、イオンチャネルを形成する3つのクラウンエーテルのうち1つが放出される。そして、そのようにクラウンエーテルが放出された第2形態のイオン伝導性結晶は、クラウンエーテルとリチウムイオンが含まれる水溶液中へ浸漬させると、水溶液中のクラウンエーテルが回収されて、再び第1形態のイオン伝導性結晶となる。
【0057】
すなわち、本実施形態のイオン伝導性結晶は、浸漬させる水溶液に含まれるイオン種によって、定量的にクラウンエーテルを水溶液中へ供給、または、水溶液中のクラウンエーテルを回収することができる。