(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130876
(43)【公開日】2023-09-21
(54)【発明の名称】樹脂成形体の表面観察方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/046 20180101AFI20230913BHJP
G01N 23/04 20180101ALI20230913BHJP
【FI】
G01N23/046
G01N23/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035434
(22)【出願日】2022-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】川島 卓朗
(72)【発明者】
【氏名】江渡 進
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA11
2G001CA01
2G001HA13
2G001HA14
2G001LA05
2G001NA04
2G001RA01
2G001RA06
(57)【要約】
【課題】樹脂成形体の表面状態の観察を簡便に行うことができるようにする。
【解決手段】樹脂成形体の表面観察方法は、樹脂成形体の表面にハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を塗布し、塗布されたハロゲン化溶液に含まれるハロゲン化物イオンが樹脂成形体の表面状態に応じて浸透することで、有色の三ハロゲン化物イオン、五ハロゲン化物イオン及び/またはハロゲン元素による着色の濃淡の分布、及び造影剤とすることができるハロゲン元素によるX線画像における輝度の分布の観察結果に基づいて樹脂成形体の表面状態を判定する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂成形体の表面観察方法であって、
樹脂成形体の表面にハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を塗布する工程と、
前記塗布されたハロゲン化溶液に含まれるハロゲン元素の前記樹脂成形体の表面における分布について、可視光及び放射線領域における観察結果に基づいて前記樹脂成形体の表面状態を判定する工程と
を含む方法。
【請求項2】
前記樹脂成形体の表面状態を判定する工程は、前記樹脂成形体の表面の観察領域について、可視光領域において相対的に濃色となり、放射線領域において相対的に吸収が大きくなるようなハロゲン元素の分布が相対的に密な観察領域を延性破壊領域と判定し、可視光領域において相対的に淡色となり、放射線領域において相対的に吸収が小さくなるようなハロゲン元素の分布が相対的に疎な観察領域を脆性破壊領域と判定する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記樹脂成形体の表面状態を判定する工程は、前記樹脂成形体の破面において隣接する前記延性破壊領域及び前記脆性破壊領域について、前記延性破壊領域を前記破面の起点と判定する請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ハロゲン化溶液はハロゲン化アルカリ金属塩溶液である請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記アルカリ金属はナトリウムまたはカリウムであるハロゲン化合物塩である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記ハロゲン化溶液は、ヨウ素及びヨウ化カリウムを含む請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、樹脂成形体の表面観察方法に関し、詳しくは、樹脂成形体の表面状態や破面における破壊原因などの解析を行うものであり、樹脂成形体の表面観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂成形体により構成された樹脂部品が破損した場合、その原因を調査するため、破面観察が行われている。破面観察は金属分野を中心に破面模様の特徴から破壊機構あるいは破壊原因を推定するために広く用いられている方法であるが、樹脂材料においても金属材料と同様に破壊機構によってさまざまな破面模様が示されることから、同様の解析手法が取り入れられており、樹脂成形体の破面における破壊の起点の確認は、実体顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)を用いて行われることが一般的である。
【0003】
一方、X線CTによりヨウ素などが含まれる造影剤を用いて、造影剤の浸透挙動を観察し、密度や結晶化度、配向等に関する情報により可視化することができる樹脂成形体破面の観察手法が開示されている(特許文献1を参照)。また、表面欠陥の位置や大きさを検出する方法として浸透探傷法がある。これは毛細管現象を利用し液体を浸透させることでクラック等の欠陥部を検出する方法であり、樹脂にも適用することが開示されている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-233751号公報
【特許文献2】特公昭49-107587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
樹脂成形体の破面における破壊の起点を実体顕微鏡やSEMを用いて確認する場合、破面の面積が大きいサンプルでは観察量が膨大となり、ガラス繊維強化材など無機充填材を含む成形品は破壊の起点となる延性破壊領域が微小のため検出が難しく、観察に多くの時間を要してきた。また、浸透探傷法では樹脂部品のクラック等の成形品表面の開口した欠陥部を容易に特定できるものの、クラック深部の破壊の起点などを特定するには更にサンプルを切削し、SEMや実体顕微鏡による観察を行う必要があった。また、ヨウ素などが含まれる造影剤を用いてX線CTで観察するためには、サンプルの切り出しや画像処理のような準備を行う必要があり、簡便に調査することはできなかった。
【0006】
この発明は、上述の実情に鑑みて提案されるものであって、樹脂成形体の表面状態を観察するにあたって、観察や準備に多くの手間を要することなく、簡便に行うことができるような樹脂成形体の表面観察方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するために、この出願に係る樹脂成形体の表面観察方法は、樹脂成形体の表面にハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を塗布する工程と、塗布されたハロゲン化溶液に含まれるハロゲン元素の樹脂成形体の表面における分布について、可視光及び放射線領域における観察結果に基づいて樹脂成形体の表面状態を判定する工程とを含む。
【0008】
樹脂成形体の表面状態を判定する工程は、樹脂成形体の表面の観察領域について、可視光領域において相対的に濃色となり、放射線領域において相対的に吸収が大きくなるようなハロゲン元素の分布が相対的に密な観察領域を延性破壊領域と判定し、可視光領域において相対的に淡色となり、放射線領域において相対的に吸収が小さくなるようなハロゲン元素の分布が相対的に疎な観察領域を脆性破壊領域と判定してもよい。
【0009】
樹脂成形体の表面状態を判定する工程は、前記樹脂成形体の破面において隣接する前記延性破壊領域及び前記脆性破壊領域について、前記延性破壊領域を前記破面の起点と判定してもよい。
【0010】
ハロゲン化溶液はハロゲン化アルカリ金属塩溶液であってもよい。アルカリ金属はナトリウムまたはカリウムであるハロゲン化合物塩であってもよい。ハロゲン化溶液は、ヨウ素及びヨウ化カリウムを含んでもよい。
【発明の効果】
【0011】
この発明によると、樹脂成形体の表面状態、特に延性破壊領域を簡便に観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】試験片を3点曲げにしたがい折損する第1の態様を説明する斜視図である。
【
図2】試験片の破面に塗布された希ヨードチンキによる着色を説明する写真である。
【
図3】試験片を3点曲げにしたがい折損する第2の態様を説明する斜視図である。
【
図4】希ヨードチンキが塗布された試験片の破面の写真と延性破壊及び脆性破壊の顕微鏡写真との関係を説明する図である。
【
図5】希ヨードチンキが塗布された試験片の破面の写真とCT画像とを示す図である。
【
図7】ヨウ化カリウムが塗布された試験片の破面の写真である。
【
図8】ヨードトルエンが塗布された試験片の破面の写真である。
【
図9】ヨードトルエンが塗布された試験片のCT画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本願に係る樹脂成形体の表面観察方法について、図面を参照して詳細に説明する。本実施の形態の樹脂成形体の表面観察方法は、例えばポリアセタール(POM)のような樹脂から形成された樹脂成形体の表面を観察することを想定しているが、これに拘わらず樹脂成形体は他の種類の樹脂から形成されたものであってもよい。観察する樹脂成形体の表面の擦痕や摺動痕のほかに、成形時の発生したジェッティングやフローマーク、残留応力で発生したクラック、クレージングなどの延性破壊領域や、破面であれば破壊の起点付近の延性破壊領域を特定することができる。
【0014】
本実施の形態においては、ハロゲン元素としては臭素(Br2)、ヨウ素(I2)が好ましく、取扱いが容易なヨウ素(I2)が特に好ましい。ハロゲン化溶液としては前記臭素(Br2)やヨウ素(I2)を含み、溶液中で解離してBr-、I-イオンとなるハロゲン化物を含む。ハロゲン化溶液は、ハロゲンイオンが発色し、放射線による撮像の造影剤とすることができるものであればよく、ハロゲン化アルカリ金属塩溶液であってもよい。またアルカリ金属塩溶液のアルカリ金属はナトリウムまたはカリウムであってもよい。
【0015】
容易に入手できるハロゲン元素を含むハロゲン化溶液として医療用に用いる希ヨードチンキが挙げられる。希ヨードチンキはハロゲン元素としてヨウ素(I2)及びヨウ化カリウム(KI)を含む溶液であって、ヨウ素及びヨウ化カリウムをエタノール水溶液に溶解したものである。希ヨードチンキは、ヨウ化カリウムの介在によりヨウ素がエタノール水溶液に溶解し、I3
-やI5
-などのヨウ素系色素が発生することにより茶褐色に着色する。また、ヨウ素は原子量が大きく、X線による撮像の造影剤とすることができる。
【0016】
さらに、本実施の形態においては、放射線領域における観察として、X線による観察を想定している。X線による観察には、X線による単純撮像によるX線画像に限らず、コンピュータ断層撮影(computed tomography:CT)の技術を用いたX線CT画像を使用してもよい。なお、観察に使用する放射線は、X線のような電磁波に限らず、例えば電子線、イオン線のような荷電粒子であってもよい。
【0017】
本実施の形態の表面観察方法は、最初の工程において、観察する対象となる樹脂成形体の表面にハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を塗布する。例えば、綿棒にハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を含浸させて、樹脂成形体の表面の全体、または特定部位において観察したい領域に塗布する。樹脂成形体へのハロゲン元素を含むハロゲン化溶液の塗布は、綿棒などによる塗布に限らず、ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を噴霧することによってもよいし、あるいは樹脂成形体をハロゲン元素を含むハロゲン化溶液に含浸させてもよい。本明細書において、ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液の塗布には、樹脂成形体へのハロゲン元素を含むハロゲン化溶液の噴霧や含浸などの態様も含めるものとする。
【0018】
樹脂成形体に塗布されたハロゲン元素を含むハロゲン化溶液は、塗布面の表面状態に応じて分布する。塗布面が破面の場合には、延性破壊領域に脆性破壊領域が隣接することが観察される。破壊による破面の形成は、破面の起点から発生した延性破壊が、破壊の進行にしたがって途中で脆性破壊に転換し、延性破壊領域に隣接して脆性破壊領域が形成されることが知られている。
【0019】
破面は表面状態によって単位面積当たりの表面積が異なり、延性破壊領域では樹脂が引き延ばされて破面に微小な伸びや微細なクラックやクレーズが発生して相対的に表面積が大きく、脆性破壊領域では微小な伸びが見られず、相対的に表面積が小さいことが知られている。このため、延性破壊領域では微細なクラックやクレーズなどに浸透するハロゲン化物イオン量が多く、溶液乾燥後、ハロゲン元素の分布量が相対的に多くなり、脆性破壊領域では微小な伸びが見られず、表面に浸透するハロゲン化物イオンが少なく、溶液乾燥後、ハロゲン元素の分布量は相対的に少なくなると考えられる。
【0020】
本実施の形態の表面観察方法は、次の工程において、樹脂成形体の塗布面におけるハロゲン元素の分布について、可視光領域及び放射線領域において観察する。ここで、可視光領域とは、波長が360~700nm程度の電磁波であり人間が視覚により観察できる領域である。放射線領域は、前述のようにX線による観察を想定している。
【0021】
可視光領域において、ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液に含まれるハロゲン元素は三ハロゲン化物イオンや五ハロゲン化物イオンとなり、塗布面に浸透する。塗布面に浸透したハロゲン化物イオンは有色のため濃く着色される。乾燥すると、三ハロゲン化物イオンや五ハロゲン化物イオンはハロゲン元素とハロゲン化合物に戻るが、ハロゲン元素も有色であるため、着色の濃淡の分布を目視することにより塗布面におけるハロゲン元素の分布の疎密を観察することができる。したがって、本手法ではハロゲン化溶液の乾燥有無によらず、表面観察をすることができる。
【0022】
例えば、塗布面のある観察領域における着色が他の領域と比べて相対的に濃い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対的に密であると判定することができる。逆に、ある観察領域の着色が他の領域と比べて相対的に淡い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対的に疎であると判定することができる。破面の観察においては、塗布面における濃色部が複数、もしくは点状、網目状、斑状、グラデーション状等の模様であった場合、最も濃色の部位を最初の破壊の起点の延性破壊領域と判定してもよい。樹脂成形体に無機充填材等が含まれない場合、クリープ破壊や疲労破壊等の破面では脆性破壊領域は確認されない場合がある。その場合には、延性破壊領域内で特に着色の濃い領域が破壊の起点と判定できる。
【0023】
前述のように、破面における延性破壊領域では三ハロゲン化物イオンや五ハロゲン化物イオンが浸透し、乾燥するとハロゲン元素に戻るが、何れの状態でもハロゲン元素の分布量は相対的に多くなる。脆性破壊領域ではハロゲン化物イオンの浸透が少ないため、ハロゲン元素の分布量は相対的に少なく、ハロゲン元素の分布量も少なくなる。ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液に含まれるハロゲン元素のうち、イオン化されなかったハロゲン元素は樹脂成形品内部に浸透しない。したがって塗布領域における着色の濃淡はハロゲン化物イオンの浸透量に影響される。
【0024】
放射線領域においては、ハロゲン元素は樹脂成形体を構成する他の元素より原子量が大きいため造影剤とすることができ、塗布面のX線画像における輝度の分布によってハロゲン元素の分布を観察することができる。例えば、塗布面におけるある観察領域の輝度が他の領域と比べて相対的に高い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対的に密であると判定することができる。逆に、ある観察領域における輝色が他の領域と比べて相対的に低い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対的に疎であると判定することができる。また、単純撮像によるX線画像に限らず、X線CT画像を利用することにより、破面の深さ方向や樹脂成形体の内部におけるハロゲン元素の分布も知ることができる。
【0025】
X線画像を観察する場合にも、塗布面のある観察領域の画素における吸収が他の領域の画素と比べて相対的に大きく、例えば当該画素の輝度が相対的に高い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対に密であるため延性破壊領域と判定することができる。また、塗布面が破面であり、観察領域の画素における吸収が他の領域と比べて相対的に小さく、例えば当該画素の輝度が相対的に低い場合には、この観察領域におけるハロゲン元素の分布が相対的に疎であるため脆性破壊領域と判定することができる。
【0026】
観察領域が破面の場合、可視光領域において観察する場合も、放射線領域において観察する場合も、延性破壊領域に脆性破壊領域が隣接することが観察される場合には、延性破壊領域を破壊の起点と判定することができる。このような破壊の起点の判定は、可視光領域及び放射線領域において個別に行うことができる。したがって、可視光領域及び放射線領域においてそれぞれ判定した結果を対照することにより、起点の判定の精度を向上させることができる。
【0027】
本実施の形態の表面観察方法によると、塗布面を可視光領域で観察する場合には、塗布面に分布した有色の三ハロゲン化イオン、五ハロゲン化物イオンまたはハロゲン元素の濃淡の分布を目視することにより観察することができ、機器および測定準備などが必要ないため、観察に要する時間が短縮できる。また、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope:SEM)やX線撮像装置では槽内に入れるサンプルの大きさに制限があるのに対し、ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を塗布した破面を目視で観察すればよく、サイズの大きさに制限がない。
【0028】
ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液の代わりに染料や顔料などのインクなどの有機系着色剤を樹脂成形体に塗布した場合、染料では染料の染み込み量、顔料では樹脂成形体表面の積層状態による着色剤量の違いにより、延性破壊領域と脆性破壊領域の違いが可視光領域で観察できる場合があるが、有機系着色剤は造影剤として作用しないため、目視では確認できない破面の深さ方向や樹脂成形体の内部の延性破壊領域がX線画像により判定することが出来ない。そのためハロゲン元素を含むハロゲン化溶液は樹脂成形体内部も延性破壊領域の判定において優れている。
【0029】
金属が複合されたサンプルをX線撮像装置で観察するとハレーションが発生する場合があるが、可視光領域の目視による観察は金属が複合されたサンプルにも適用することができる。さらに、破壊が複雑な破面の場合には、ハロゲン元素を含むハロゲン化溶液を破面に塗布してX線で観察した場合に延性破壊と脆性破壊の判別が難しいことがあるが、破面に塗布した三ハロゲン化イオン、五ハロゲン化物イオンまたはハロゲン元素の発色の濃淡の分布を目視で観察することにより、延性破壊と脆性破壊とを容易に判別することができる。
【0030】
また、本実施の形態の表面観察方法によると、破面をX線で観察する場合には、目視での判別が難しい例えば黒色のサンプルにおいても表面状態の観察を行うことができる。また、目視では観察しにくい破面の深さ方向やサンプル内部の破面を観察することができる。
【実施例0031】
本実施の形態の表面観察方法を適用した実施例について説明する。実施例では、評価材料として、充填材を含まないポリアセタール(POM)としてポリプラスチックス製のジュラコン(登録商標)POM・M90-44(以下、M90-44(無充填材)と称することもある。)と、ガラス繊維強化材を含むポリアセタールとしてポリプラスチックス製のジュラコン(登録商標)POM・GH-25(以下、GH-25(GF強化材)と称することもある。)を用意した。そして、M90-44(無充填材)及びGH-25(GF強化材)によって、寸法が80mm×10mm×4mmの試験片をそれぞれ作製した。ここで、POM・M90-44(無充填材)には、破壊の起点を分かりやすくするように、試験片の長手方向の略中央で長手方向に略直交する断面の矩形を形成する短辺の一つに沿ってノッチを形成した。ノッチは深さ2mm、45°の角度となるように切削した。
【0032】
(実験例1)
図1は、試験片を3点曲げ試験にしたがい、折損する第1の態様を説明する斜視図である。図に示すように、M90-44(無充填材)により形成された略直方体形状の試験片において、その長手方向に略中央にノッチが形成された短辺を含む面を底面とし、底面に対向する面を頂面とする。そして、底面の長手方向に両端近くを2台の支持台でそれぞれ支持し、頂面の長手方向に略中央のノッチに対向する位置を圧子で押下する。ここでは、ISO178にしたがい通常試験速度の2mm/minで圧子を押下し、試験片がノッチを起点として折損するまで押下を続けるものとする。折損により試験片にはノッチを起点として前記断面に沿って延びる破面が形成されて、試験片は2つに個片に分離される。なお、以下では、便宜上、試験片の個片も試験片と称することがある。
【0033】
折損により得られた試験片の1つの個片の破面に、希ヨードチンキを塗布した。希ヨードチンキは、ヨウ素I2(3g)、ヨウ化カリウムKI(2g)、エタノール(73.4ml)、精製水(適量)を含有している。この希ヨードチンキを綿棒に含浸し、試験片の破面に塗布した。
【0034】
図2は、試験片の破面に塗布された希ヨードチンキによる着色を説明する写真である。
図2(a)は希ヨードチンキを塗布する前の破面を示す写真である。破面において、ノッチが形成された側が引張側となり、圧子により押下された圧縮側となる。破面は引張側のノッチを起点として形成され、引張側のノッチに続いて白化した領域が観察される。ここで、破面が形成される起点は延性破壊が生じ、破面の形成が進展するにしたがい延性破壊は脆性破壊に転換すると考えられる。このため、ノッチに続く白化した領域には延性破壊が含まれると考えられる。
【0035】
図2(b)は希ヨードチンキを塗布後の破面を示す写真である。破面は有色のヨウ素イオンにより茶褐色に着色されるが、着色には濃淡があってノッチに続く一部の領域で相対的に濃く、この領域を除いた他の領域の着色は相対的に淡いことが観察される。したがって、前述のように、着色が相対的に濃い領域はヨウ素の分布が相対的に密である延性破壊領域と判定される。また、着色が相対的に淡い他の領域はヨウ素の分布が相対的に疎である脆性破壊領域と判定される。
【0036】
(実験例2)
図3は、試験片を3点曲げ試験にしたがい、折損する第2の態様を説明する斜視図である。図に示すように、GH-25(GF強化材)により形成された略直方体形状の試験片において、その長手方向に略中央において長手方向に略直交する断面の矩形において一方の長辺を含む面を第1側面とし、第1側面に対向する面を第2側面とする。そして、第1側面の長手方向に両端近くを2台の支持台でそれぞれ支持し、第2側面の長手方向に略中央の位置を圧子で押圧する。ここでは、ISO178にしたがい通常試験速度の2mm/minで押圧する圧子を進め、試験片が折損するまで進めるものとする。折損により試験片には前記断面に沿って延びる破面が形成され、試験片は2つに個片に分離する。折損により得られた試験片の1つの個片の破面に、希ヨードチンキを塗布した。希ヨードチンキには、実験例1と同様のものを使用した。
【0037】
図4は、希ヨードチンキが塗布された試験片の破面の写真と延性破壊及び脆性破壊の顕微鏡写真との関係を説明する図である。
図4(a)は、希ヨードチンキが塗布された破面を示す写真である。有色のヨウ素イオンにより茶褐色に着色された破面において、第1側面が形成する縁部の一端と略矩形状の破面の短辺を形成する縁部が交わって形成する頂点を含む領域は、他の領域よりも着色が相対的に濃いことが観察される。
【0038】
図4(b)は相対的に濃い着色が観察された領域のSEMによる顕微鏡写真である。この領域においては、樹脂の微小な伸びが発生していることが観察されるため、延性破壊領域であると判定される。顕微鏡写真には、樹脂に添加されたガラス繊維も観察される。
図4(c)は前記相対的に濃い着色が観察された領域と異なり、相対的に淡い着色が観察された領域のSEMによる顕微鏡写真である。この領域においては、破面に微小な伸びが確認できないため、脆性破壊領域であると判定される。顕微鏡写真には、樹脂に添加されたガラス繊維も観察される。
【0039】
図4(b)及び
図4(c)の顕微鏡写真の確認により、着色が相対的に濃い領域は延性破壊領域であり、着色が相対的に淡い他の領域は脆性破壊領域であることが確認された。したがって、破面において、支持台で支持された引張側の第1側面を起点として延性破壊が発生し、延性破壊が脆性破壊に転換して脆性破壊による破面の形成が圧縮側の第2側面まで進展したことが確認された。
【0040】
(実験例3)
実験例1と同様に、M90-44(無充填材)により形成した試験片を
図1に示したような第1の態様により3点試験にしたがい折損した。圧子をISO178にしたがい通常試験速度の2mm/minで押下し、折損により得られた試験片の1つの個片の破面に、希ヨードチンキを塗布した。希ヨードチンキには、実験例1と同じものを使用した。
【0041】
図5は、実験3により折損させた試験片の1つの個片の破面に、希ヨードチンキが塗布された試験片の破面の写真とCT画像とを示す図である。
図5(a)は、希ヨードチンキを塗布した破面を示す写真である。前述のように、破面において、引張側のノッチに続いて相対的に着色が濃い領域は、延性破壊領域と判定される。また、相対的に着色が淡い領域は、脆性破壊領域と判定される。
【0042】
図5(b)はX線CTによる3方向からの断面画像を示し、
図5(c)はX線CT画像から構成したボリュームレンダリング画像を示している。
図5(b)の断面画像及び
図5(c)のボリュームレンダリング画像においては、破面の最表面にのみ輝度が高い領域が観察される。
図5(a)及び
図5(b)のX線CTによる画像における輝度が高い部分は、
図5(a)のように可視光で観察した場合に希ヨードチンキによる着色が濃い部分とほぼ一致している。このため、輝度の高い領域は、吸収が大きいヨウ素が密に分布し、延性破壊領域と考えられる。
【0043】
(比較例1)
図6は、ヨウ化カリウム溶液の写真である。図中の左側には水を溶媒とするヨウ化カリウム溶液を示し、図中の右側にはエタノールを溶媒とするヨウ化カリウム溶液を示している。どちらも無色透明の溶液となる。
【0044】
図7は、ヨウ化カリウム溶液が塗布された試験片の破面の写真である。
図7(a)はヨウ化カリウム溶液が塗布されたM90-44(無充填材)の破面を示し、
図7(b)はヨウ化カリウム溶液が塗布されたGH-25(GF強化材)の破面を示している。M90-44(無充填材)及びGH-25(GF強化材)の破面が形成された試験片は、それぞれ実験例1及び実験例2と同様に作製した。また、ヨウ化カリウム溶液には、エタノールを溶媒とするものを使用した。
図6に示したように、ヨウ化カリウム溶液は無色である。
図7(a)及び
図7(b)のどちらおいても、破面には着色が見られなかった。したがって、可視光領域において破面の着色の濃淡の分布を目視することによる表面の観察は行うことができなかった。
【0045】
(比較例2)
図8は、ヨードトルエンが塗布された試験片の破面の写真である。
図8(a)にヨードトルエンが塗布された試験片の破面を示している。この試験片は、実験例3と同様にM90-44(無充填材)により形成した試験片を通常試験速度の2mm/minで押下して折損したものである。ヨードトルエンは無色であり、ヨードトルエンが塗布された破面には着色が見られなかった。したがって、可視光領域において破面の着色の濃淡の分布を目視することによる表面の観察は行うことができなかった。
【0046】
図8(b)には比較のために希ヨードチンキが塗布された試験片の破面を示している。
図8(b)の試験片には
図8(a)と同様に作製したものを使用し、希ヨードチンキには実験例1と同様のものを使用した。希ヨードチンキが塗布された破面には、茶褐色の着色が見られ、可視光領域で着色の濃淡の分布を目視で観察することができる。図中では、引張側のノッチに続く部分に着色が濃い延性破壊領域が観察される。
【0047】
図9は、ヨードトルエンが塗布された試験片のCT画像を示す図である。
図9(a)には、
図8(a)のヨードトルエンが塗布された試験片の写真を再掲する。ここでは、
図9のCT画像と対比できるように、破面の長手方向が紙面の横方向に延びるように
図8(a)の写真を回転して示している。
【0048】
図9(b)は3方向から撮像したX線CT画像であり、
図9(a)を破面の上面図とすると、
図9(b)の左上に上面図、左下に正面図、右下に右側面図に相当するCT画像が示されている。
図9(c)は、CT画像から構成したボリュームレンダリング画像である。
図9(b)、
図9(c)のX線CT画像においては、
図9(a)の写真で破面に微細なクラックやクレーズが観察された領域で輝度が高いことが観察される。
樹脂成形体の破面における破壊の起点を実体顕微鏡やSEMを用いて確認する場合、一度に観察できる範囲が狭いため、破面の面積が大きいサンプルでは複数回に分けて繰り返し観察する必要があった。特に、ガラス繊維強化材など無機充填材を含む成形品は、ガラス繊維配向の影響によって破壊様式が変則的に変わるため、破壊の起点を特定することが難しく、観察に多くの時間を要してきた。また、浸透探傷法では樹脂部品のクラック等の成形品表面の開口した欠陥部を容易に特定できるものの、クラック深部の破壊の起点などを特定するには更にサンプルを切削し、SEMや実体顕微鏡による観察を行う必要があった。また、ヨウ素などが含まれる造影剤を用いてX線CTで観察するためには、サンプルの切り出しや画像処理のような準備を行う必要があり、簡便に調査することはできなかった。