(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131134
(43)【公開日】2023-09-21
(54)【発明の名称】希土類錯体、発光材料、光増感剤、及び酸素センサー
(51)【国際特許分類】
C07F 19/00 20060101AFI20230913BHJP
C07F 5/00 20060101ALI20230913BHJP
C07F 9/53 20060101ALI20230913BHJP
C09K 11/06 20060101ALI20230913BHJP
【FI】
C07F19/00
C07F5/00 D
C07F9/53
C09K11/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033548
(22)【出願日】2023-03-06
(31)【優先権主張番号】P 2022035633
(32)【優先日】2022-03-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【弁理士】
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100218855
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 政輝
(72)【発明者】
【氏名】庄司 淳
(72)【発明者】
【氏名】細谷 祥太
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖哉
(72)【発明者】
【氏名】北川 裕一
(72)【発明者】
【氏名】伏見 公志
【テーマコード(参考)】
4H048
4H050
【Fターム(参考)】
4H048AA01
4H048AB92
4H048VA20
4H048VA32
4H048VB10
4H050AA01
4H050AB92
(57)【要約】 (修正有)
【課題】バイオイメージング等に有用な希土類錯体を提供する。
【解決手段】例えば、式(2b)で表される希土類錯体である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類イオン、及び前記希土類イオンに配位し、下記式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子を含む、希土類錯体。
【化1】
【化2】
[式(1a)及び式(1b)中、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つは、配位結合性を有する官能基を有する置換基を示し、
Mは、2価の金属原子を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、互いに結合して環状基を形成していてもよい。]
【請求項2】
前記希土類イオンが、Yb(III)、Nd(III)、及びEr(III)からなる群より選ばれる少なくとも一種を含む、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項3】
Z1、Z2、Z3及びZ4の少なくとも1つが、配位結合性を有する官能基としてホスフィンオキシド基を有する置換基である、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項4】
前記配位子が2~4個の前記希土類イオンに配位するリンカー配位子であり、
当該希土類錯体が2~4個の前記希土類イオンを含む、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項5】
1個の前記希土類イオンに配位する非リンカー配位子を更に含み、前記非リンカー配位子が前記式(1a)又は前記式(1b)で表される構造を有する配位子とは異なる配位子である、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項6】
前記非リンカー配位子が、下記式(10)で表されるジケトナト配位子、及び下記式(20)で表されるカルボキシラト配位子のうちの少なくとも一方を含む、請求項5に記載の希土類錯体。
【化3】
[式(10)中、
R
11及びR
12は、それぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基、
R
13は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
13がR
11又はR
12と結合して環状基を形成していてもよい。]
【化4】
[式(20)中、
R
21、R
22、R
23、R
24、及びR
25は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示す。]
【請求項7】
400~900nmの範囲の波長を有する励起光によって発光する、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項8】
前記希土類イオンと、前記式(1a)又は前記式(1b)で表される構造を有する配位子と、に囲まれた空隙に包接されたゲスト分子を含む、請求項1に記載の希土類錯体。
【請求項9】
前記ゲスト分子が、芳香族化合物又は複素芳香族化合物である、請求項8に記載の希土類錯体。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の希土類錯体を含む、発光材料。
【請求項11】
請求項10に記載の発光材料を含む、光増感剤。
【請求項12】
請求項10に記載の発光材料を含む、酸素センサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、希土類錯体、発光材料、光増感剤、及び酸素センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
希土類イオンの4f-4f遷移は禁制であるため、希土類錯体は、有機分子と比べて103倍以上の発光寿命を有する。そのため、希土類錯体に由来する発光は、時間分解蛍光測定により生体組織等に由来するバックグラウンド発光と明確に区別することができる。また、希土類イオンの4f軌道は、5s、5p、6s軌道よりも内側にあるため、周辺環境に影響を受けず、発光波長が変化しづらいため生体内であっても検出が容易である。これらの理由から、希土類錯体をバイオイメージングの分野で活用することが検討されている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Spectrochimica Acta PartA:Molecular and Biomolecular Spectroscopy Volume 256, 15 July 2021,119709,S.Dasari et al.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の一側面は、バイオイメージング等に有用な希土類錯体に関する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一側面は、希土類イオン、及び希土類イオンに配位し、下記式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子を含む、希土類錯体に関する。
【化1】
【化2】
[式(1a)及び式(1b)中、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つは、配位結合性を有する官能基を有する置換基を示し、
Mは、2価の金属原子を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、互いに結合して環状基を形成していてもよい。]
【0006】
本開示の別の一側面は、上記の希土類錯体を含む、発光材料に関する。
【0007】
本開示の別の一側面は、上記の発光材料を含む、光増感剤に関する。
【0008】
本開示の別の一側面は、上記の発光材料を含む、酸素センサーに関する。
【発明の効果】
【0009】
本開示の一側面によれば、バイオイメージング等に有用な希土類錯体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】希土類錯体のエネルギーダイアグラムを示す図である。
【
図2】PorTPPOの3次元構造を示す模式図である。
【
図3】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の3次元構造を示す模式図である。
【
図4】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の単結晶の構造式である。
【
図5】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の単結晶のパッキング構造を示す模式図である。
【
図6】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のESI-MSスペクトルである。
【
図7】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のESI-MSスペクトルである。
【
図8】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のESI-MSスペクトルである。
【
図9】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOのPXRDパターンである。
【
図10】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOのFT-IRスペクトルである。
【
図11】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のTG測定の結果を示すグラフである。
【
図12】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の拡散反射スペクトルである。
【
図13】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトルである。
【
図14】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の励起スペクトルである。
【
図15】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のλ
ex=510nmにおける発光減衰曲線である。
【
図16】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のλ
ex=356nmにおける発光減衰曲線である。
【
図17】[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトルである。
【
図19】ヘキサフルオロベンゼンを包接した単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す模式図である。
【
図20】オクタフルオロナフタレンを包接した単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す模式図である。
【
図21】ゲスト分子としてヘキサフルオロベンゼン又はオクタフルオロナフタレンを包接した[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示は以下に説明される例に限定されるものではない。
【0012】
本開示の希土類錯体の一例は、希土類イオン、及び希土類イオンと配位し、下記式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子(以下、この配位子を「ポルフィリン配位子」ともいう)を含む。
【化3】
【化4】
式(1a)及び式(1b)中、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つは、配位結合性を有する官能基を有する置換基を示し、
Mは、2価の金属原子を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、互いに結合して環状基を形成していてもよい。金属原子としては、例えば、Zn、Ni、Mg、Pd、Pt、Cu、Cd、及びFeが挙げられる。
【0013】
上記の希土類錯体は、光励起させることにより強発光することができる。このため、上記希土類錯体は、細胞の位置等の情報を迅速且つ精度よく得ることを可能にし、バイオイメージングや光線力学診断において有用且つ新規な希土類錯体である。すなわち、本開示の一側面によれば、光励起により強発光し、バイオイメージング等に有用且つ新規な希土類錯体が提供される。
【0014】
図1は、上記の希土類錯体のエネルギーダイアグラムを示す図である。
図1に示されるように、希土類錯体のポルフィリン配位子のポルフィリン部は、光を受けることによりS
0準位からS
1準位に励起し、項間交差によってS
1準位から励起三重項状態であるT
1準位に移行する。そして、T
1準位から希土類イオンへのエネルギー移動することにより近赤外発光を示す。このような希土類錯体は、生体内であっても検出が容易であることからバイオイメージングとして有用である。特に、式(1a)又は式(1b)で表される構造(ポルフィリン部)を有する化合物は、がん組織への集積性があるため、上記の希土類錯体をバイオイメージングとして用いることにより、がん細胞を選択的に検出することができる。また、希土類錯体と共に酸素が存在すると、ポルフィリン配位子のポルフィリン部は、T
1準位から希土類イオンへのエネルギー移動よりも優先的に酸素分子へエネルギー移動させるため、一重項酸素を効率的に生成することができる。一重項酸素は、強い細胞破壊効果を有しているため、ポルフィリン部を有する化合物をバイオイメージングとして用いた場合、ポルフィリン部を有する化合物をがん組織に集積させつつ、生成した一重項酸素によりがん細胞を選択的に破壊することができる。そのため、上記の希土類錯体は、がんの診断と治療とを同時に行うことができることからセラノスティクスとしても有用である。
【0015】
希土類元素イオンは、Yb(III)、Nd(III)、Sm(III)、Eu(III)、Tb(III)、Dy(III)、Ce(III)、Pr(III)、Ho(III)、Er(III)、Y(III)、La(III)、Gd(III)、Lu(III)、及びTm(III)からなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素イオンを含む。希土類錯体がこれらの希土類イオンを含むことにより、発光性の錯体を形成することができる。希土類イオンは、Yb(III)、Nd(III)、及びEr(III)からなる群より選ばれる少なくとも一種を含んでもよい。希土類錯体は、上記の希土類イオン以外の希土類イオンを含んでもよい。
【0016】
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つは、配位結合性を有する官能基としてホスフィンオキシド基を有してもよい。この場合、ポルフィリン配位子は、下記式(2a)又は式(2b)で表されるホスフィンオキシド化合物であってもよい。式(2a)及び式(2b)中のAr
1及びAr
2は、それぞれ独立に置換又は無置換の芳香族基を示し、Xは、有機基を示し、Z
2、Z
3、Z
4、M、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、上記と同義である。
【化5】
【化6】
【0017】
ポルフィリン配位子は、2~4個の希土類イオンに配位するリンカー配位子であってもよく、希土類錯体は、2~4個の希土類イオンを含んでもよい。Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4が、配位結合性を有する官能基としてホスフィンオキシド基を含み、希土類錯体が4個の希土類イオンを含む場合、希土類錯体は、例えば、下記式(3a)又は式(3b)で表される希土類錯体であってもよい。式(3a)及び式(3b)中のLnは希土類イオンを示し、Ar
1、Ar
2、X、M、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、上記と同義である。
【化7】
【化8】
【0018】
希土類錯体は、1個の希土類元素イオンと配位結合を形成する非リンカー配位子を更に含み、当該非リンカー配位子は上記式(1a)又は上記式(1b)で表される構造を有する配位子とは異なる配位子であってもよい。非リンカー配位子の例は、下記式(10)で表されるジケトナト配位子、及び下記式(20)で表されるカルボキシラト配位子を含む。希土類錯体がこれらの配位子のうちの少なくとも一方を含んでもよい。
【化9】
式(10)中、R
11及びR
12はそれぞれ独立に置換若しくは無置換のアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基、R
13は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、R
13がR
11又はR
12と結合して環状基を形成していてもよい。
【化10】
式(20)中、R
21、R
22、R
23、R
24、及びR
25は、それぞれ独立に、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示す。
【0019】
ジケトナト配位子を形成するジケトン化合物の具体例としては、2,2,6,6-テトラメチルヘプタン-3,5-ジオン(tmh)、アセチルアセトン(acac)、1,1,1-トリフルオロアセチルアセトン(TFA)、及び1,1,1,5,5,5-ヘキサフルオロアセチルアセトン(HFA)が挙げられる。発光輝度等の観点から、ジケトナト配位子を形成するジケトン化合物が2,2,6,6-テトラメチルヘプタン-3,5-ジオン(tmh)であってもよい。
【0020】
ポルフィリン配位子がホスフィンオキシド基を有し、非リンカー配位子がジケトナト配位子である場合、希土類錯体は、例えば、以下の式(30a)又は式(30b)で表されるように、ホスフィンオキシド基を有する1個のポルフィリン配位子が希土類元素イオンLnに配位し、3個のジケトナト配位子が希土類元素イオンLnに配位していてもよい。式(30a)及び式(30b)中のZ
2、Z
3、Z
4、M、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7、R
8、R
11、R
12、R
13、Ar
1、Ar
2、及びXは、上記と同義である。
【化11】
【化12】
【0021】
ポルフィリン配位子がホスフィンオキシド基を有し、非リンカー配位子がジケトナト配位子である場合、希土類錯体は、例えば、以下の式(40a)又は式(40b)で表されるように、ホスフィンオキシド基を有するホスフィンオキシド配位子と、3個のジケトナト配位子とが希土類元素イオンLnに配位し、希土類元素イオンLnを介して連結している配位高分子を形成していてもよい。式(40a)及び式(40b)中のZ
2、Z
3、Z
4、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7、R
8、R
11、R
12、R
13、Ar
1、Ar
2、及びXは、上記と同義である。
【化13】
【化14】
【0022】
希土類錯体は、希土類イオンと、式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子とに囲まれた空隙を有していてもよい。空隙の大きさは、例えば、100~5000Å3であってもよく、150~1000Å3であってもよく、200~500Å3であってもよい。
【0023】
希土類錯体は、空隙にゲスト分子を包接していてもよい。すなわち、希土類錯体は、空隙に包接されたゲスト分子を含んでもよい。希土類錯体が、空隙にゲスト分子を包接することにより、希土類錯体の溶解性を向上させることや、酸素雰囲気下における発光強度を高めることができる。
【0024】
ゲスト分子としては、特に限定されないが、希土類イオンと、式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子と、に囲まれた空隙に入る大きさの分子が挙げられる。ゲスト分子としては、特に平面性の高い分子が好ましく、例えば、芳香族化合物又は複素芳香族化合物が挙げられる。芳香族化合物としては、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、及びフェナントレンが挙げられる。複素芳香族化合物としては、例えば、含窒素化合物としてピロール、ピリジン、ピリミジン、カルバゾール、及びチアゾール等が挙げられ、含硫黄化合物としてチオフェン、ベンゾチアゾール、及びジベンゾチアゾール等が挙げられ、含酸素化合物としてフラン、ベンゾフラン、ジベンゾフラン、及びキノリン等が挙げられ、含リン化合物としてホスホール、及びホスホリン等が挙げられる。芳香族化合物は、ベンゾチアジアゾール等の2種以上のヘテロ原子(例えば、窒素と硫黄)を含む族化合物であってもよい。
【0025】
ゲスト分子は置換基を有してもよい。ゲスト分子は、例えば、アルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アルキレンオキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アリールオキシ基、アリールチオ基、ヘテロアリール基(ヘテロ原子は、酸素、窒素及び硫黄からなる群より選ばれる少なくとも1つ以上である。ヘテロ原子が分子内に複数存在する場合、ヘテロ原子は互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。)、アシル基、アミノ基、ハロゲン基、シアノ基、ニトロ基、ヒドロキシル基、メルカプト基、及びカルボキシル基からなる群より選ばれる少なくとも一つを有していてもよい。ゲスト分子は、置換基としてアルキレンオキシ基等の親水性官能基を有することにより、このようなゲスト分子を包接している希土類錯体の水溶性が向上する。
【0026】
希土類錯体は、例えば、原料としての希土類化合物と、式(10)のジケトナト配位子を誘導するジケトン化合物、又は式(20)のカルボキシラト配位子を誘導するカルボキシ化合物との反応によって、希土類元素イオンを有する中間体錯体を生成させる工程と、中間体錯体と式(1a)又は式(1b)のポルフィリン配位子との反応によって目的とする希土類錯体を生成させる工程とを含む方法によって、合成することができる。これらの反応は、必要に応じて触媒の存在下で、適切な溶媒中にて攪拌する方法によって行うことができる。溶媒としては、例えば、メタノール、ジクロロメタン、及びこれらの混合溶媒等を用いることができる。
【0027】
希土類錯体は、400~900nmの範囲の波長を有する励起光によって発光するものであってもよい。好ましくは650~900nmの範囲の波長を有する励起光によって発光するものであって、この場合、希土類錯体は、生体透過性の高い赤色光で励起することができ、体内のみならず体外からのイメージングも可能にする。
【0028】
本開示の別の一側面は、上記希土類錯体を含む発光材料である。発光材料は、例えば、上記希土類錯体を含む結晶であってもよい。上記の希土類錯体を用いた発光材料は、例えば、可視光励起により近赤外で強発光させることにより、バイオイメージングの用途において有用である。
【0029】
本開示の別の一側面は、上記の発光材料を含む光増感剤である。光増感剤は、がんの診断及び治療のためのセラノスティクス用材料であってもよい。上記の希土類錯体が有する配位子は、光増感性を有するため、上記の発光材料は、光増感剤として用いることができる。また、上記の希土類錯体に含まれる配位子は、がん細胞への集積性があり、光照射により一重項酸素を生成するため、一重項酸素によりがん細胞を選択的に破壊することができるため、上記の光増感剤は光線力学療法に有用である。
【0030】
本開示の別の一側面は、上記の発光材料を含む酸素センサーである。希土類錯体が有する希土類イオン及び配位子の発光強度は、酸素濃度に応じて変化するため、両者の発光強度の比率により酸素濃度を定量化することができる。このため、上記の希土類錯体を含む発光材料は、酸素センサーとして用いることができる。
【0031】
本開示は、以下の[1]~[12]を含む。
[1]希土類イオン、及び前記希土類イオンに配位し、下記式(1a)又は式(1b)で表される構造を有する配位子を含む、希土類錯体。
【化15】
【化16】
[式(1a)及び式(1b)中、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つは、配位結合性を有する官能基を有する置換基を示し、
Mは、2価の金属原子を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、互いに結合して環状基を形成していてもよい。]
[2]前記希土類イオンが、Yb(III)、Nd(III)、及びEr(III)からなる群より選ばれる少なくとも一種を含む、[1]に記載の希土類錯体。
[3]Z
1、Z
2、Z
3及びZ
4の少なくとも1つが、配位結合性を有する官能基としてホスフィンオキシド基を有する置換基である、[1]又は[2]に記載の希土類錯体。
[4]前記配位子が2~4個の前記希土類イオンに配位するリンカー配位子であり、
当該希土類錯体が2~4個の前記希土類イオンを含む、[1]~[3]のいずれか一つに記載の希土類錯体。
[5]1個の前記希土類イオンに配位する非リンカー配位子を更に含み、前記非リンカー配位子が前記式(1a)又は前記式(1b)で表される構造を有する配位子とは異なる配位子である、[1]~[4]のいずれか一つに記載の希土類錯体。
[6]前記非リンカー配位子が、下記式(10)で表されるジケトナト配位子、及び下記式(20)で表されるカルボキシラト配位子のうちの少なくとも一方を含む、[5]に記載の希土類錯体。
【化17】
[式(10)中、
R
11及びR
12は、それぞれ独立に、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基、
R
13は、水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示し、
R
13がR
11又はR
12と結合して環状基を形成していてもよい。]
【化18】
[式(20)中、
R
21、R
22、R
23、R
24、及びR
25は、それぞれ独立に水素原子、重水素原子、ハロゲン原子、置換若しくは無置換のアルキル基、又は置換若しくは無置換の芳香族基を示す。]
[7]400~900nmの範囲の波長を有する励起光によって発光する、[1]~[6]のいずれか一つに記載の希土類錯体。
[8]前記希土類イオンと、前記式(1a)又は前記式(1b)で表される構造を有する配位子と、に囲まれた空隙に包接されたゲスト分子を含む、[1]~[7]のいずれか一つに記載の希土類錯体。
[9]前記ゲスト分子が、芳香族化合物又は複素芳香族化合物である、[8]に記載の希土類錯体。
[10][1]~[9]のいずれか一つに記載の希土類錯体を含む、発光材料。
[11][10]に記載の発光材料を含む、光増感剤。
[12][10]に記載の発光材料を含む、酸素センサー。
【実施例0032】
本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
1.Yb-ポルフィリン多核錯体の合成
【化19】
1-1.Scheme(i)2-(4-ブロモフェニル)-1,3-ジオキソランの合成
4-ブロモベンズアルデヒド(10.0g、54.1mmol)、p-トルエンスルホン酸一水和物(1.00g、5.26mmol)、及びエチレングリコール(10.0mL、179mmol)をトルエン(250mL)に溶解させ、Dean-Stark管を用いて12時間、溶液を加熱還流した。溶液を放冷した後、溶媒を減圧留去した。反応生成物をジクロロメタン(50mL)に溶かし、溶液を5%炭酸水素ナトリウム水溶液及び蒸留水で洗浄し、有機層に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水した。溶液を濾過し、溶媒を減圧留去した。粗精製物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(10%ジエチルエーテル-ヘキサン)で精製し、白色固体の化合物1(11.2g、48.9mmol、収率90%)を得た。NMR、赤外分光分析、質量分析の結果から化合物1が2-(4-ブロモフェニル)-1,3-ジオキソランであることが確認された。
1HNMR(400 MHz, CDCl
3) δ7.52 (d,J= 8.4 Hz,2H,3-,5-H of Ph), 7.37 (d, J= 8.4 Hz, 2H, 2-,6-H of Ph), 5.78 (s, 1H,2-H),4.14-4.02 (m, 4H, 4-,5-H);
13C NMR (100 MHz, CDCl
3) δ65.4, 103.1, 123.4, 128.3, 131.6, 137.1;IR(KBr) ν= 2945~2781 (m, C-H), 1079 cm
-1(st,C-O);MS(EI) found: m/z226.99. Calcd. for C
9H
8BrO
2:[M-H]
+,226.97.
【0034】
1-2.Scheme(ii) 2-(4-(ジフェニルホスホリル)フェニル)-1,3-ジオキソランの合成
化合物1(1.51g、6.59mmol)を脱水テトラヒドロフラン(20mL)に溶解させた。溶液に、Ar雰囲気下、-78℃で1.6Mのn-ブチルリチウムのヘキサン溶液(4.5mL、7.2mmol)をゆっくりと滴下し、溶液を1時間攪拌した。次いで、溶液にクロロジフェニルホスフィン(1.3mL、7.07mmol)を加え、12時間攪拌した。溶液を室温に戻した後、蒸留水と混合し、ジクロロメタンを加えて反応生成物を抽出した。有機層を蒸留水でさらに洗浄した。有機層に30%過酸化水素水(4mL)を0℃で加え、1時間攪拌した。有機層を蒸留水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムを加えて脱水した。溶液を濾過し、溶媒を減圧留去した。粗精製物をシリカゲルクロマトグラフィー(1%メタノール-ジクロロメタン)で精製し、無色オイル状の化合物2(1.59g、4.54mmol、収率69%)を得た。NMR、赤外分光分析、質量分析の結果から化合物2が2-(4-(ジフェニルホスホリル)フェニル)-1,3-ジオキソランであることが確認された。
1HNMR(400 MHz, CDCl3) δ7.73-7.44 (m, 14H,Ph),5.85 (s, 1H,2-H), 4.15-4.04 (m, 4H, 4-,5-H); 13C NMR (100 MHz,CDCl3)δ65.5, 103.0, 126.6, 126.7, 128.6,128.7, 132.1, 132.2,132.4, 133.0, 142.0; 31P NMR (162 MHz, CDCl3)δ29.5; IR(KBr) ν= 2886~3055 (m, C-H),1190 cm-1(st, P=O);MS(ESI) found:m/z373.10.Calcd. for C21H19O3PNa: [M+Na]+,373.09.MS (ESI) found: m/z351.11. Calcd. for C21H20O3P:[M+H]+,351.11.
【0035】
1-3.Scheme(iii) 4-(ジフェニルホスホリル)フェニルベンズアルデヒドの合成
化合物2(0.503g、1.44mmol)をアセトン(10mL)に溶かし、5%HCl水溶液(5mL)を加え、室温で3時間攪拌した。溶液にジクロロメタンを加え、5%炭酸水素ナトリウム水溶液及び蒸留水を加えて洗浄し、無水硫酸ナトリウムを加えて脱水した。溶液を濾過し、溶媒を減圧留去した。粗精製物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(10%アセトン-ジクロロメタン)で精製し、白色固体の化合物3(0.410g、1.34mmol、収率93%)を得た。NMR、赤外分光分析、質量分析の結果から化合物3が4-(ジフェニルホスホリル)フェニルベンズアルデヒドであることが確認された。
1HNMR(400 MHz, CDCl3) δ10.1 (s, 1H,CHO),7.73-7.44 (m, 14H, Ph); 13C NMR (100 MHz, CDCl3) δ128.8, 128.9, 129.5, 132.1, 132.5, 132.9, 138.5, 139.9, 191.7; 31PNMR(162 MHz, CDCl3) δ29.2; IR(KBr)ν= 2959~3055 (m, C-H), 1709 (st, CHO), 1207cm-1(st,P=O);MS(ESI) found: m/z329.07. Calcd. for C19H15O2PNa:[M+Na]+,329.07.
【0036】
1-4.Scheme(iv) 5,10,15,20-テトラキス[4-(ジフェニルホスホリル)フェニル]ポルフィリン(PorTPPO)の合成
化合物3(0.464g、1.51mmol)をプロピオン酸(5mL)に溶解させ、ピロール(0.1mL、1.44mmol)を滴下し、溶液を激しく攪拌しながら1時間加熱還流した。溶液を放冷した後、蒸留水と混合し、ジクロロメタンを加えて反応生成物を抽出した。有機層に5%炭酸水素ナトリウム水溶液及び蒸留水を加えて洗浄し、無水硫酸ナトリウムを加えて脱水した。溶液を濾過し、溶媒を減圧留去した。粗精製物をシリカゲルクロマトグラフィー(5%メタノール-ジクロロメタン)で精製し、紫色固体の化合物4(0.138g、97.5μmol、収率26%)を得た。NMR、赤外分光分析、質量分析の結果から化合物4が5,10,15,20-テトラキス[4-(ジフェニルホスホリル)フェニル]ポルフィリン(PorTPPO)であることが確認された。
1HNMR(400 MHz, CDCl3) δ8.83 (s,8H,2-,3-,7-,8-,12-,13-,17-,18-H), 8.32-7.60 (m, 56H, Ph), -2.88 (s, 2H, NH); 13CNMR(100 MHz, CDCl3) δ119.4, 129.0, 130.7,132.0,132.4, 133.0, 134.8, 145.7; 31P NMR (162 MHz, CDCl3)δ30.2; UV-Vis (CH2Cl2) λmax 421 (relative intensity, 1.0),515(0.05), 551 (0.22), 589 (0.02), 646 nm (0.01); IR(KBr):ν= 1182 (st, P=O), 3056 (st, C-H), 3319 cm-1(st,N-H);MS(ESI) found: m/z1437.39. Calcd. for C92H66N4O4P4Na:[M+Na]+,1437.39. MS (ESI) found: m/z1414.40. Calcd. for C92H66N4O4P4:[M]-,1414.40.
【0037】
1-5.Scheme(v) [(Yb(hfa)3)4(PorTPPO)2]の合成
まず、[Yb(hfa)3(H2O)2]の合成を行った。酢酸イッテルビウム四水和物(1.00g、2.37mmol)、及びヘキサフルオロアセチルアセトン(1.79g、8.60mmol)を蒸留水(20mL)に溶解させた。溶液にアンモニア水溶液を滴下し、pHを6に調整した後、12時間攪拌した。析出した沈殿物を濾過した後、蒸留水で洗浄し、真空中で乾燥させ、白色粉末の化合物(0.925g、1.11mmol、収率47%)を得た。赤外分光分析から当該化合物が[Yb(hfa)3(H2O)2]であることが確認された。
IR(KBr): ν= 1255~1100 (st, C-F), 1650 cm-1(st, C=O).
【0038】
次いで、PorTPPO(15.0mg、10.6μmol)をクロロホルム(2mL)に溶解させ、その液面に合成した[Yb(hfa)3(H2O)2](18.0mg、21.7μmol)を溶解させたメタノール溶液(2mL)を静かに注ぎ入れた。2日後、析出した沈殿物を吸引濾過し、クロロホルム及びメタノールを加えて洗浄し、赤茶色固体の化合物5(14.7mg、2.4μmol、収率45%)を得た。赤外分光分析、元素分析の結果からの結果から、化合物5が[(Yb(hfa)3)4(PorTPPO)2]であることが確認された。
IR(KBr): ν=1144(st, P=O), 1255~1100 (st, C-F), 1655 (st, C=O),3060(st, C-H), 3319 cm-1 (st,N-H) ; Anal.Calcd.for C244H144N8O32F72P8Yb4:C,48.78; H, 2.42; N, 1.87. found: C, 48.54; H, 2.26; N, 2.33.
【0039】
2.構造評価
2-1.単結晶構造解析
合成した配位子PorTPPO及び希土類錯体[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の単結晶の3次元構造の解析を行った。X線回折測定は、パラフィンオイルを用いて単結晶をマウントし、-150℃でRigakuXtaLABSynergy-R/DWを用いて行った。3次元構造の解析には、構造解析プログラムパッケージRigakuOlex2を用いた。
図2は、PorTPPOの単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す模式図であり、
図3は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す模式図である。
図4は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2] の単結晶の構造式である。
図5は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の単結晶のパッキング構造を示す模式図である。表1は、PorTPPOと[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の結晶構造解析データである。
図2から、PorTPPOが有する4つのホスフィンオキシド基のうち、2つがポルフィリン平面に対して上向きに、残りの2つが下向きに配置されていることが確認できた。
図3(a)から、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]は、PorTPPOを2つ有する4核錯体であることが確認でき、PorTPPOのみの単結晶構造とは異なり、4つのホスフィンオキシド基がポルフィリン平面に対してすべて同じ方向を向いていることが確認できた。また、
図3(b)、
図5から、錯体は2つのポルフィリン配位子と4つの希土類イオンで囲まれた閉環構造を有しており、錯体内の2つのポルフィリン間の距離は7.5Åであり、312Å
3の空隙を持つことが確認できた。
図5に示すとおり、希土類錯体間でのポルフィリン間の距離は4.2Åであることから、π-πスタッキングは生じていないことが確認された。表2に示されるように、Shape measureの計算から、Yb(III)の配位幾何学構造は、SAPR-8(スクエアアンチプリズム構造)であることが確認できた。
【0040】
【0041】
【0042】
2-2.MSスペクトル解析
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のESI-MSスペクトルを測定した。
図6~8は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のESI-MSスペクトルである。
図6及び
図7から、[Yb(hfa)
2(PorTPPO)
2]
+、[Yb
2(hfa)
5(PorTPPO)
2]
+それぞれに対応するピークが、m/z=3417及び4212付近に観測された。また、m/z=5627付近には[Yb
2(hfa)
5(PorTPPO)
3]
+に由来するピークが確認できた。
図8から、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の断片の一部に、錯体から外れたPorTPPOがスタックしていることが示唆された。
【0043】
2-3.PXRD解析
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOの粉末X線回折(PXRD)測定を行った。PXRD測定は、全自動多目的X線回折装置RigakuSmartLab、及び基盤としてSi無反射板を用いて行い、簡易広角(集中法)、スピード1deg./min、2θ=3~60deg.の範囲で行った。
図9は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOのPXRDパターンである。
図9(a)及び(c)から、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]及び[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]のPXRDパターンでは、全体的に鋭いピークが観測され、いずれも高い結晶性を有していることが確認できた。一方、
図9(d)から、PorTPPOのPXRDパターンでは、回折強度が弱く、形状がブロードであるため、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]及び[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]に比べて結晶性が低いことが確認できた。また、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のPXRDパターンの2θ=3.49°(25.3Å)及び6.92°(12.8Å)において、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]及びPorTPPOのPXRDパターンでは観測されなかったピークが観測された。これらのピークは[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]に特有なものであり、多核錯体内のYb(III)イオンに由来することが示唆されている。
図9(a)で示される[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のPXRDパターンと、
図9(b)で示される単結晶X線構造解析の結果からシミュレーションにより算出した[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のPXRDパターンとを比較すると、ピーク位置が重なり、4核錯体であることが確認できた。
【0044】
2-4.IRスペクトル解析
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOをそれぞれKBrで10
3倍に希釈し、錠剤法でFT-IR測定を行った。測定は、JACSO FT/IR-4600 spectrometerを用いて行い、分解能2cm
-1、スキャンスピードAuto(2mm/s)、測定範囲400~4000cm
-1の条件で行った。
図10は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]、及びPorTPPOのFT-IRスペクトルである。
図10(a)の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のFT-IRスペクトルから、C=O伸縮振動は1655nm
-1に観測され、
図10(b)の[Yb(hfa)
3 (H
2O)
2]のFT-IRスペクトルから、C=O伸縮振動は1650cm
-1に観測され、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]よりも高波数側にシフトしていることが確認できた。これは、PorTPPOがYb(III)に配位することにより、hfaの配位環境がわずかに変化したことを示唆している。
図10(a)の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のFT-IRスペクトルにおける1144cm
-1のピーク、及び
図10(c)のPorTPPOのFT-IRスペクトルにおける1182cm
-1のピークは、それぞれP=Oの伸縮振動に由来し、錯体の形成によって低波数側に38cm
-1シフトしていることが確認できた。これは、ホスフィンオキシド基がYb(III)に配位していることが示唆されている。
図10(a)の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のFT-IRスペクトル、及び
図10(c)のPorTPPOのFT-IRスペクトルにおいて観測された3318cm
-1のピークは、ポルフィリン構造におけるN-H伸縮振動に由来し、多核錯体を形成した後もポルフィリン構造が消滅していないことが確認でき、Yb(III)が、ポルフィリン構造の中心サイトには配位していないことが確認できた。
図10(a)の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のFT-IRスペクトル、及び
図10(c)のPorTPPOのFT-IRスペクトルでは、3060cm
-1付近にピロール環のβ位のC-H伸縮振動に由来するピークが観測された。
図10(a)の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のFT-IRスペクトル、及び
図10(b)の[Yb(hfa)
3(H
2O)
2]のFT-IRスペクトルでは、1000cm
-1から1300cm
-1付近にC-F伸縮振動に由来する複数のピークが観測された。
【0045】
2-5.熱重量(TG)測定
昇温速度5℃/minで[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のTG測定を行った。TG測定は、Seiko Instruments Inc. TG/DTA6300を用いて行い、リファレンスとしてAlパンに入れた約8mgのAl
2O
3を用いた。測定条件は、N
2ガスをフローし、昇温速度5℃/minで25℃から550℃まで昇温させ、サンプリング間隔を0.5sとした。
図11は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のTG測定の結果を示すグラフである。
図11から、30℃から300℃にかけて、なだらかで直線的な質量減少が確認された。これは吸着されていたガスが脱着したことに由来するものであると考えられ、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]が多孔質性を有することを示唆している。また、
図11から、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の分解温度は約320℃であることが示唆され、高い熱安定性を有することが確認できた。
【0046】
3.光特性評価
3-1.光吸収特性
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の粉末をKBrで10
4倍に希釈して拡散反射スペクトルを測定した。
図12は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の拡散反射スペクトルである。測定には、JASCO V-670 spectrophotometer、JASCO ISN-723 integrating―sphereを用いた。
図12から、hfaのπ-π*遷移に由来する吸収として、312nmに吸収極大値が確認できた。また、ポルフィリン部のSoret帯として、415nmに吸収極大が確認でき、Q帯として、517、551、592、及び650nmに複数のピークが確認できた。ポルフィリン部のSoret帯と、hfaのπ-π*遷移とのピーク強度比(A
Soret/A
π-π*(hfa))を算出すると約7倍であった。
【0047】
3-2.[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトル
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をKBrで10
3倍に希釈し、ポルフィリン部のSoret帯(415nm)で励起した発光スペクトルを測定した。測定には、HORIBAFluorolog-3spectrofluorometer、440nm及び325nmの短波長カットフィルターを用いた。測定条件は、励起光スリット幅5nm、発光スリット幅5nm、Integrationtime0.5sとした。
図13は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトルである。
図13(a)の大気下での発光スペクトルから、660nm及び720nmにおいてポルフィリン部の蛍光が確認でき、974nmにおいてYb(III)の発光が確認できた。
図13(b)の減圧下(酸素非存在下)での発光スペクトルにおいても同様に、ポルフィリン部の蛍光とYb(III)の発光が確認でき、それぞれの極大波長は同じであった。Yb(III)とポルフィリン部の発光強度比(I
Yb(III)/I
Por)を算出すると、大気下では0.41であり、減圧下では1.6であり、減圧下ではYb(III)の発光が強くなっていた。
【0048】
3-3.[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の励起スペクトル
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をKBrで10
4倍に希釈し、Yb(III)の発光極大波長(974nm)における励起スペクトル測定した。測定は、HORIBAFluorolog-3spectrofluorometer、及び850nmの短波長カットフィルターを用いて行った。測定条件は、励起光スリット幅10nm、発光スリット幅5nm、Integrationtime0.5sとした。
図14は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の励起スペクトルである。
図14(a)の大気下での励起スペクトルから、hfa部のπ-π*遷移(301nm)、ポルフィリン部のSoret帯(418nm)、及びQ帯(518、553、594、650nm)のピークが観測された。
図14(b)の減圧下(酸素非存在下)での励起スペクトルから、hfa部のπ-π*遷移(293nm)、ポルフィリン部のSoret帯(412nm)、及びQ帯(510、543、584、644nm)のピークが観測され、大気下の励起スペクトルと比べてそれぞれ短波長側に約5nmシフトしていることが確認できた。これは、多核錯体内の吸着水等の影響であると考えられる。大気下と減圧下の励起スペクトルを比較すると、減圧下ではポルフィリン部のSoret帯のピークがhfa由来のピークよりも大きいことが確認できた。Soret帯とhfaの強度比(I
Soret/I
π-π*(hfa))を算出すると、大気下では0.89であり、減圧下では1.8であり、減圧下ではポルフィリン部に由来する発光が強くなっていた。
【0049】
図13の発光スペクトル、及び
図14の励起スペクトルから、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]は、ポルフィリン部からYb(III)への励起エネルギー移動を起こすことが確認できた。このエネルギー移動において、光励起されたポルフィリン部は、酸素分子によって消光されることから、酸素非存在下でポルフィリン部からYb(III)へのエネルギー移動が効率的に起きることが示唆された。
【0050】
3-4.[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光寿命
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をKBrで10
3倍に希釈し、Yb(III)の発光波長974nmにおける発光減衰曲線を測定した。測定には、HORIBA Fluorolog-3spectrofluorometer、HORIBA spectraLED(356nm又は510nm)、Thermal Block Company Cryostat SA-SB245Tを用いた。
図15は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のλ
ex=510nmにおける発光減衰曲線であり、
図16は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のλ
ex=356nmにおける発光減衰曲線である。表3に示すように、356nmで励起したYb(III)の発光寿命は、大気下では18.2μsであり、減圧下では21.0μsであった。また、ポルフィリン部のQ帯(510nm)で選択的に励起したYb(III)の発光寿命は、2成分の発光寿命が確認でき、大気下では17.7μs(95%)及び38.4μs(5%)であり、減圧下では20.5μs(98%)及び73.0μs(2%)であった。
【0051】
【0052】
4.一重項酸素の生成評価
4-1.溶液中の発光スペクトル
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をCH
2Cl
2に分散させて、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]溶液を調製し、酸素又はアルゴンでバブリングすることにより、ポルフィリン部のSoret帯(415nm)で励起した発光スペクトルを測定した。測定は、HORIBA Fluorolog-3spectrofluorometer、並びに440nm及び720nmの短波長カットフィルターを用いて行った。測定条件は、励起光スリット幅14nm、発光スリット幅15nm、Integrationtime0.5sとした。
図17は、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光スペクトルである。ポルフィリン部の発光強度は、酸素又はアルゴンでバブリングしてもほとんど変化が確認できなかった。一方で、Yb(III)の発光強度は、酸素又はアルゴンでバブリングすると変化が確認できた。Yb(III)とポルフィリンの発光強度比(I
Yb(III))/I
Por)を算出すると、酸素でバブリングした場合では0.053であり、アルゴンでバブリングした場合では0.29であり、酸素でバブリングした場合の発光強度比は、アルゴンでバブリングした場合の発光強度比の約1/5であった。この結果は、固体状態の[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光挙動と一致している。
【0053】
4-2.溶液中の一重項酸素の発光
[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]溶液と同様の条件で、CH
2Cl
2中の一重項酸素の発光スペクトルを測定した。
図18は、一重項酸素の発光スペクトルである。
図18から、CH
2Cl
2溶液を酸素でバブリングした場合、1273nmにおいて強い発光が確認できた。また、
図18から、CH
2Cl
2溶液をアルゴンでバブリングした場合、1273nmにおける発光強度が小さくなることが確認できた。この結果から、酸素存在下でポルフィリン部を光励起することにより、一重項酸素を生成することが確認できた。
【0054】
光物性評価、及び一重項酸素の生成評価の結果から、[(Yb(hfa)3)4(PorTPPO)2]は、近赤外発光と一重項酸素の生成を同時に行うことができることが確認できた。
【0055】
(実施例2)
Scheme(v)まで実施例1と同様の操作を行った。[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2](1.76mg)をクロロホルム/ヘキサフルオロベンゼン(HFB)混合溶媒(0.5mL、vol/vol=3/2)中で再結晶させた。得られた結晶に対して単結晶構造解析を行ったところ、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のケージ内に1分子のHFBが包接されることが確認できた。
図19にHFBを包接した単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す。
【0056】
(実施例3)
Scheme(v)まで実施例1と同様の操作を行った。[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2](6.3mg)を1.0Mのオクタフルオロナフタレン(OFN)のクロロホルム溶液中(1mL)で再結晶させた。得られた結晶に対して単結晶構造解析を行ったところ、[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]のケージ内に1分子のOFNが包接されることが確認できた。
図20にOFNを包接した単結晶のXRDパターンに基づいて求められた3次元構造を示す。
【0057】
ゲスト分子としてHFB又はOFNを含有した希土類錯体[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]、及び比較としてゲスト分子を含まない希土類錯体[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をそれぞれ2.5μMになるようにクロロホルムに溶解させ、溶液を調製した。次いで、得られた溶液を大気下で、ポルフィリン部のSoret帯(415nm)で励起した発光スペクトルを測定した。測定は、HORIBA Fluorolog-3spectrofluorometer、並びに440nm及び720nmの短波長カットフィルターを用いて行った。測定条件は、励起光スリット幅14nm、発光スリット幅15nm、Integrationtime 0.5sとした。表4及び
図21は、それぞれゲスト分子としてHFB又はOFNを包接した[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]の発光量子収率及び発光スペクトルである。ポルフィリン部の発光強度及び発光量子収率は、ゲスト分子を包接してもほとんど変化なかった。一方、Yb(III)の発光強度は、ゲスト分子を包接すると変化が確認できた。Yb(III)とポルフィリンの発光量子収率比(QY
Yb(III))/QY
Por)を算出すると、ゲスト分子を含まない希土類錯体では0.032であり、ゲスト分子としてHFBを包接した希土類錯体では0.050であり、ゲスト分子としてHFBを包接した希土類錯体では0.072であった。そのため、ゲスト分子を含む希土類錯体は、ゲスト分子を含まない希土類錯体と比べて、発光量子収率比がそれぞれ約2倍、約3倍であり、発光強度の挙動も一致して強度向上が確認できた。この結果によって、光増感機能の改善に有効であることが示された。
【0058】
【0059】
<溶解性>
0.1mMの濃度になるように希土類錯体[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]をクロロホルムに分散させ、赤褐色の懸濁液を調製した。この状態では、希土類錯体は完全には溶解していなかったが、その溶液にゲスト分子としてHFB又はOFNを100mMの濃度になるように添加した結果、それぞれ[(Yb(hfa)
3)
4(PorTPPO)
2]にゲスト分子が取り込まれ、透明な赤褐色の溶液となり、完全に溶解したことを確認できた。比較として、以下の化合物を上記と同様にそれぞれ添加したところ、希土類錯体の空隙にゲスト分子として取り込まれることはなく、透明な赤褐色の溶液とはならず懸濁した状態のままであった。
【化20】