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特開2023-132339酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒、水電解用電極膜及び触媒層付膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023132339
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒、水電解用電極膜及び触媒層付膜
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/04 20210101AFI20230914BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20230914BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20230914BHJP
   C25B 9/23 20210101ALI20230914BHJP
   B01J 23/46 20060101ALI20230914BHJP
   C01B 3/04 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
C25B11/04
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B9/23
B01J23/46 M
C01B3/04 R
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022037596
(22)【出願日】2022-03-10
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-06-26
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】有馬 一慶
(72)【発明者】
【氏名】胡中 彩貴
(72)【発明者】
【氏名】藤田 光晴
【テーマコード(参考)】
4G169
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4G169AA02
4G169BB04A
4G169BC74A
4G169CB81
4G169DA05
4G169EA01X
4G169EA01Y
4G169EB18X
4G169EC25
4G169EC26
4G169EC27
4K011AA32
4K011BA04
4K011BA07
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB43
4K021DB53
(57)【要約】
【課題】固体電解質型水電解装置に好適な水電解触媒及び該触媒を適用したアノード電極膜を提供する。
【解決手段】本発明は、水電解触媒に関し、その形態として粉末状の酸化イリジウムからなる水電解触媒である。この酸化イリジウム粉末は、非晶質の酸化イリジウム粉末を含み、粉末の平均粒径は0.01μm以上30μm以下である。本発明の酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒は、非晶質を含むことからTG-DTA分析において特異な特性を示し、TG-DTA分析の際に300℃~450℃の領域で発熱ピークを発現する。
【選択図】図2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒であって、
前記酸化イリジウム粉末は、非晶質の酸化イリジウム粉末を含んでなり、
前記酸化イリジウム粉末の平均粒径は0.01μm以上30μm以下である水電解触媒。
【請求項2】
酸化イリジウム粉末全体に対する非晶質の酸化イリジウム粉末の割合が、質量比で15質量%以上である請求項1記載の水電解触媒。
【請求項3】
熱質量示差熱分析(TG-DTA分析)を行ったとき、300℃~450℃の領域で発熱ピークを発現する請求項1又は請求項2記載の水電解触媒。
【請求項4】
Na含有量が100ppm以下であり、且つ、Cl含有量が100ppm以下である請求項1~請求項3のいずれかに記載の水電解触媒。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれかに記載の水電解用触媒とアイオノマーとを混合してなる水電解用電極膜。
【請求項6】
水電解用触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比が、イリジウムの質量(mg/cm)とアイオノマーの質量(mg/cm)との比で、イリジウム:アイオノマー=2:1以上5:1以下である請求項5記載の水電解用電極膜。
【請求項7】
水電解用電極膜の膜厚が2μm以上10μm以下である請求項5又は請求項6記載の水電解用電極膜。
【請求項8】
アノードとして請求項5~請求項7のいずれかに記載の水電解用電極膜を備えると共に、カソードとして水素生成用触媒を含む電極膜を備える、触媒層付膜であって、
前記アノードの前記水電解用電極膜は、イリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたりの電気容量が0.50C以上である触媒層付膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水を電気分解して水素を生成するための水電解触媒、該触媒を含む水電解用電極膜、触媒層付膜に関する。特に、酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の深刻化する環境問題やエネルギー問題から、再生可能な新しいエネルギーとして水素の活用が期待されている。例えば、水素を直接燃料として駆動する水素エンジンや水素を燃料として発電する燃料電池等の開発・実用化が進められている。
【0003】
水素をエネルギー源として有効に利用するには、その製造及び供給を安定的且つ安全に行うことが必要となる。水素の製造は、これまでは化石燃料の水蒸気改質等によりなされてきたが、環境問題や化石燃料枯渇問題の観点から、水電解による水素生成プロセスの重要性が増してきている。水電解による水素生成プロセスとしては、アルカリ水電解、固体高分子型水電解、水蒸気電解の3つに大きく分けられる。これらのうち、固体高分子型水電解は、アルカリ水電解等に対して高効率で水素を製造することができることから、今後の発展が期待されている。
【0004】
固体高分子型水電解では、電解質である固体高分子電解質膜(Polymer Electrolyte Membrane:PEM)をアノード・カソード電極及び給電体でサンドイッチした電解セル(単セル)を構成し、複数の電解セルをスタックしてなる水電解装置が使用される。固体高分子電解質膜は、プロトン導電性のフッ素樹脂系イオン交換膜(パーフルオロカーボンスルホン酸膜)が用いられることが多い。また、アノード及びカソード電極としては、水電解触媒からなる触媒層が用いられている。近年においては、水電解触媒粒子と固体電解質(アイオノマー)との混合体からなる電極膜を電解質膜上に形成した触媒層付膜(Catalyst Coated Membrane:CCM)が水電解装置の主要部材として使用されている。
【0005】
本願は、水電解装置におけるアノード電極膜に適した水電解用触媒に関する。ここで、これまでの水電解用触媒としては、無機酸化物に貴金属を担持させた貴金属触媒が知られている。例えば、無機酸化物として酸化スズ担体に酸化イリジウム又は酸化ルテニウムが担持された触媒が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5199575号明細書
【特許文献2】特表2020-500692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水電解装置による水素の製造効率は、当然に電極膜の性能に依るところが大きい。この点、アノード電極膜においては、高活性であって酸素過電圧が低く電圧効果が良好であることが要求される。また、アノード電極膜には耐久性も要求される。電解質である固体高分子電解質膜は、スルホン酸基等を有する強酸性の樹脂膜であり、水が供給されるアノードは過酷な腐食環境に晒されているからである。
【0008】
上記した従来の水電解触媒においても、酸素過電圧の低減及び耐食性の確保が考慮されている。もっとも、これらは上記の要求特性に対して十分に対応しているとは言い難く、改良の余地がある。また、電極膜の性能は、電極となった状態で評価されるべきであり、触媒の性能のみに基づくものではない。高活性な触媒も電極膜の構成によってはその能力を発揮し難い。即ち、固体電解質型水電解装置による水素製造の高効率化には、水電解触媒と電極構成の双方から総合的に検討するべきである。
【0009】
上述のとおり、水素は再生可能エネルギーとしての期待が高いエネルギーであり、燃料電池の他、合成天然ガス等の原料用途や製油・製鉄プラントでの産業用途での利用も期待される。水素は、貯蔵及び輸送に適し、水電解による水素製造は余剰電力を有効に活用できる。そのため、水電解技術は、大規模電力貯蔵技術の最有力技術の一つとなっている。かかる水電解技術の実用化のため、総合的な検討が必要である。本発明は、このような背景のもとになされたものであり、固体電解質型水電解装置におけるアノード電極膜に好適な水電解触媒と、これを有効に機能させることができる電極膜の構成を明らかにするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した従来技術(特許文献1、2)からもわかるように、酸化イリジウムは、水電解触媒としての活性を有することは公知である。酸化イリジウムは、導電性の貴金属酸化物であると共に物理的・化学的に安定性を有することから電極触媒として有用である。そして、上記した従来の水電解触媒は、無機酸化物担体に酸化イリジウム等の貴金属が担持された担持触媒の形態である。
【0011】
かかる従来技術に対し、本発明者等は、まず、水電解触媒の形態の最適化を図るべく、酸化イリジウムからなる粉末を水電解触媒とすることとした。本発明がこれらの担持触媒と異なり、酸化イリジウム粉末のみで触媒を構成したのは、水電解触媒に高い導電性を付与するためである。水電解触媒は、アイオノマーと共に電極(アノード)を構成する材料であることから、本来的に導電性が要求される。担持触媒である従来の水電解触媒は、担体である無機酸化物の導電性は乏しいので、触媒自体の導電性は低くなる。本発明等は、導電性維持のため、酸化イリジウム粉末のみで水電解触媒を構成することとした。
【0012】
また、本発明者等は、水電解触媒の使用環境を考慮すれば、酸化イリジウム粉末に他の金属・貴金属を混合・ドープするのは好ましくないと考察した。例えば、上記特許文献1の水電解触媒で酸化イリジウムに添加される酸化ルテニウムは、酸素過電圧は低いものの酸化イリジウムよりも耐久性に劣る。そして、電解中にイオン化して脱離することで、触媒全体の耐久性の低下の要因となり得る。酸化ルテニウムに限らず添加金属等は耐久性に影響を及ぼす。そのため本発明者等は、意図的な添加元素のない酸化イリジウム粉末のみで水電解触媒を構成すべきと考えた。
【0013】
ここで、酸化イリジウム粉末については、各種の製法により製造されたルチル構造の結晶質の酸化イリジウムが知られている。本発明者等による予備的な確認試験によっても結晶質の酸化イリジウム粉末には水電解に対する触媒活性を発揮することが確認されている。そして、本発明者等は製造方法等の調整により、更なる高活性を発揮し得る酸化イリジウム粉末を得ることができると考察し鋭意検討を行った。その結果、非晶質の酸化イリジウムからなる粉末において、更なる触媒活性を示すことを見出し本発明に想到した。
【0014】
即ち、本発明は、酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒であって、前記酸化イリジウム粉末は、非晶質の酸化イリジウム粉末を含んでなり、前記酸化イリジウム粉末の平均粒径は0.01μm以上30μm以下である水電解触媒である。以下、本発明に係る水電解触媒の構成及び製造方法と、この水電解触媒を好適に利用する水電解用の電極膜について説明する。
【0015】
(A)本発明に係る水電解触媒及びその製造方法
上記のとおり、本発明に係る水電解触媒は酸化イリジウムの粉末からなる。そして、この水電解触媒は、非晶質(アモルファス)の酸化イリジウムからなる粉末を少なくとも一部に含む。つまり、本発明に係る水電解触媒は、非晶質の酸化イリジウムのみからなるか、或いは非晶質の酸化イリジウムと結晶質の酸化イリジウム(ルチル型のIrO)とが混合されてなるものである。
【0016】
本発明者等の検討から、非晶質の酸化イリジウムは、結晶質の酸化イリジウムに対して酸素過電圧が低く高活性を示す。この要因は必ずしも明らかではないが、本発明者等は、非晶質の酸化イリジウム粉末に内包されると考えられる酸素欠損若しくは結晶構造の歪みによって電子状態が変化し、活性が向上していると考察している。
【0017】
本発明の水電解触媒は、全部が非晶質の酸化イリジウム粉末で構成されていても良いが、一部に結晶質の酸化イリジウムを含んでいても良い。結晶質の酸化イリジウム粉末も水電解反応における活性を有するからである。触媒中の非晶質の酸化イリジウムの割合としては、触媒全体の質量基準で15質量%以上とするのが好ましい。非晶質の酸化イリジウム粉末の割合が質量比で15質量%未満であると、結晶質酸化イリジウムのみの触媒と活性に差がなくなるからである。非晶質の酸化イリジウム粉末の割合は質量比で、20質量%とするのがより好ましく、30質量%以上が更に好ましい。そして、触媒全体を非晶質の酸化イリジウムとする(100質量%)が特に好ましい。
【0018】
本発明における酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒は、必須的に含まれる非晶質の酸化イリジウムに起因して、熱的解析手法又は結晶学的解析手法において特異な挙動を示す。熱的解析手法として、熱質量示差熱分析(TG-DTA分析)が挙げられる。TG-DTAは、サンプルと基準物質とを加熱しながら、サンプルの質量変化(TG)と、サンプルと基準物質との温度差(示唆熱)を測定する分析方法である。本発明に係る水電解触媒は、TG-DTA分析を行ったとき、300℃~450℃の領域で発熱ピークを発現する。この発熱ピークは、非晶質の酸化イリジウムが加熱により結晶質(ルチル)の酸化イリジウムに変化することで発現するものである。通常の結晶質の酸化イリジウム粉末においては、かかる発熱ピークを示すことはないことから、TG-DTAによる発熱ピークは、本発明に係る水電解触媒を特定する上で特に有用である。
【0019】
また、結晶学的解析手法としてよく知られているX線回折分析(XRD)によっても、本発明に係る水電解触媒の特定は可能である。本発明に係る水電解触媒のXRD回折パターンにおいて、非晶質の酸化イリジウムはブロードなピークを示す。非晶質の酸化イリジウムの回折ピーク位置は、結晶質の酸化イリジウムと相違し、2θ=22°、34°、58°の少なくともいずれかの角度で観察される。但し、本発明に係る水電解触媒は結晶質の酸化イリジウム粉末を含むことがあり、その場合、結晶質の酸化イリジウムの回折パターンも観察される。そのため、非晶質の酸化イリジウムの回折ピークは、結晶質の酸化イリジウムの回折ピークとの重畳により判別が困難な場合がある。この点、上記のTG-DTAにおける300℃~450℃の領域での発熱ピークは、結晶質の酸化イリジウム粉末を含む触媒であっても観察可能であることから、本発明に係る水電解触媒の特定に便宜である。
【0020】
本発明に係る水電解触媒は、非晶質の酸化イリジウムのみ又は非晶質及び結晶質の酸化イリジウムのみで構成され、酸化イリジウムは高純度であるものが好ましい。特に、所定の不純物元素は低減されていることが好ましい。ここで、特に規制されるべき不純物元素としては、Na、Cl、Feが挙げられる。
【0021】
本発明に係る水電解触媒は、Na含有量が100ppm以下であり、Cl含有量が100ppm以下であることが好ましい。水電解における水分解反応の促進においては、アノードで生成するプロトンが電極膜内を効率的に伝導することから、電極膜を構成する触媒にはプロトン伝導性が必要となる。そして、酸化イリジウム粉末中のNaは、電解時にカチオン化してプロトン伝導性を低下させる要因となり得る。また、Clは、装置機材やセルの部品、部材に対して劣化を促進させるなどの理由から規制するのが好ましい。これらから、本発明では、酸化イリジウム粉末中のNa及びClの含有量をそれぞれ前記範囲に制限するのが好ましい。
【0022】
また、Feは、水電解中にラジカルの生成を加速化する傾向がある不純物である。生成したラジカルは固体電解質膜のスルホン酸部分を攻撃してUnzipping反応を起こし固体電解質膜の耐久性に影響を及ぼす。そのため、本発明に係る水電解触媒では、Fe含有量を100ppm以下とすることが好ましい。
【0023】
以上の不純物の他、不可避不純物元素としては、に、Cu、Al、Mn、Zn等が挙げられる。これらは合計で100ppm以下とするのが好ましい。
【0024】
尚、本発明に係る水電解触媒において、その必須の構成である非晶質の酸化イリジウム粉末は、水(結晶水)を含むことがある。非晶質の酸化イリジウムは、分子間の結合が緩やかであり内部に結晶水が補足される。こうした結晶水は、水電解触媒の処理対象が水であることを考慮すれば、不純物とはならない。また、その含有量の規定は特に必要ではない。
【0025】
また、本発明の水電解触媒が非結晶質の酸化イリジウムを含むものである場合、その割合は、検量線法を併用したTG―DTA分析又はIr濃度分析により推定可能である。上述のとおり、本発明の水電解触媒に必須的に含まれる非晶質の酸化イリジウムは、TG-DTA分析を行ったときに300℃~450℃の領域で発熱ピークを発現する。このピーク強度は、水電解触媒中の非晶質の酸化イリジウムの割合に応じて増減する。そこで、予め、非晶質の酸化イリジウムのみからなる触媒と、非晶質の酸化イリジウムを含まない触媒(結晶質の酸化イリジウムのみからなる触媒)の双方についてTG-DTA分析を行い、非晶質の酸化イリジウムのみからなる触媒における前記発熱ピークのピーク強度を測定して検量線を作成することができる。また、この場合、非晶質の酸化イリジウムの割合が既知の水電解触媒を1種以上調製して、その発熱ピークの強度を測定することで検量線の精度を高めることができる。そして、測定対象となる水電解触媒のTG-DTA分析について、300℃~450℃の領域で発熱ピークの有無と強度から、非晶質の酸化イリジウムの割合を推定することができる。
【0026】
また、水電解触媒中の非晶質の酸化イリジウムの割合は、そのIr濃度からも推定可能である。上述のとおり、非晶質の酸化イリジウム粉末は、水(結晶水)を含む傾向にある。この包含された水に起因して、非晶質の酸化イリジウム粉末を含む水電解触媒は、結晶質の酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒に対して、Ir濃度が若干低くなる傾向がある。そこで、非晶質の酸化イリジウムのみからなる触媒と、非晶質の酸化イリジウムを含まない触媒の双方におけるIr濃度を測定し、それらから検量線を作成することができる。この場合も非晶質の酸化イリジウムの割合が既知の水電解触媒のIr濃度を測定して補完することで検量線の精度を高めることができる。このIr濃度に基づく検量線により、測定対象となる水電解触媒における非晶質の酸化イリジウムの割合を推定することができる。
【0027】
本発明に係る水電解触媒を構成する酸化イリジウム粉末は、平均粒径が0.01μm以上30μm以下である。0.01μm未満では、使用過程でIrの溶出が生じて触媒が劣化する可能性があり、100μmを超えると反応面積の減少に伴う活性の低下や、触媒層内でのプロトン導電性や導通影響が生じるおそれがある。この平均粒径は、水電解触媒を構成する酸化イリジウム粉末の粒子体積基準の平均値(体積平均粒径(M))である。また、非晶質の酸化イリジウム粉末と結晶質の酸化イリジウム粉末が混合されている場合でも、全ての酸化イリジウム粉末を対象として算出される。
【0028】
水電解触媒を構成する酸化イリジウム粉末の平均粒径の測定は、市販されている各種の粒子径・粒度分布測定装置を使用することができる。例えば、レーザ回折・散乱式粒子径分布測定装置では、乾式で酸化イリジウム粉末の粒径測定が可能である。また、電子顕微鏡(SEM、TEM)による観察像に基づいて複数の酸化イリジウム粉末の粒径を測定し、その平均値を求めても良い。
【0029】
また、酸化イリジウム粉末の比表面積は、5m/g以上200m/g以下のものが好ましい。酸化イリジウム粉末の比表面積に関しては、ガス吸着法等で測定可能である。
【0030】
次に、本発明に係る水電解触媒を構成する酸化イリジウム粉末の製造方法について説明する。本発明に係る水電解触媒は、全体又は一部が非晶質の酸化イリジウム粉末で構成されることから、非晶質の酸化イリジウム粉末を製造することが必要である。この点、結晶質のルチル型酸化イリジウム粉末の製造方法については、いくつかの方法が公知となっている。結晶質の酸化イリジウム粉末の製造方法としては、例えば、貴金属酸化物粒子の製造方法として古くから知られているADAMS法が挙げられる。ADAMS法による酸化イリジウム粉末の製造方法は、塩化イリジウム溶液に硝酸塩(NaNO等)を添加した溶液を蒸発乾固した後に吸熱しNOガスを発生・除去し、更に500℃以上で加熱することで酸化イリジウムを得ることができる。また、酸化イリジウム粉末の製造方法としては、イリジウムの水酸化物を経由する沈殿法がある。沈殿法では、イリジウム塩化物等のイリジウム化合物溶液を原料とし、溶液をアルカリで中和して水酸化物(Ir(OH)等)を沈殿させる。その後、イリジウム水酸化物を脱水及び焼成することで酸化イリジウム粉末を得ることができる。
【0031】
本発明者等は、上記の結晶質の酸化イリジウム粉末の製造方法を参照しつつ、非晶質の酸化イリジウム粉末の製造方法を見出している。この方法では、上記の沈殿法に準じてイリジウム水酸化物を生成しつつ、その後の温度管理により非晶質の酸化イリジウム粉末とする。以下、この非晶質の酸化イリジウム粉末の製造方法について説明する。
【0032】
原料となるイリジウム化合物としては、塩化イリジウム(IrCl)、塩化イリジウム酸塩(HIrCl)、硝酸イリジウム(Ir(NO)、硫酸イリジウム((Ir(SO)等が適用される。これらのイリジウム化合物の水溶液にアルカリを添加することでイリジウム水酸化物を生成する。このときに添加するアルカリについては特に制限はない。アルカリによる中和の際の反応系の温度としては、60℃以上95℃以下とするのが好ましい。60℃以下は中和反応の進行が遅くなるため、核生成が緩慢となって粒子が粗大なものとなる可能性がある。また、95℃を超えると溶液の沸騰により安定した核生成が生じ難くなり、更に蒸発により濃度が変化して安定な中和反応が進行し難くなる。
【0033】
中和反応により生成・沈殿したイリジウム水酸化物は、回収した後に脱水及び乾燥することで酸化イリジウム粉末を得ることができる。このとき、非晶質の酸化イリジウム粉末を得る上で乾燥温度を40℃以上300℃以下に調整することが好ましい。40℃未満では乾燥時間が膨大となる。そして、300℃を超える温度での乾燥は、部分的ではあるが非晶質の酸化イリジウムの結晶質化が生じるおそれがある。より好ましい乾燥温度は、50℃以上90℃以下とする。乾燥時間は、乾燥温度に応じて調整されるが1時間以上30時間以下とするのが好ましい。この乾燥処理により非晶質の酸化イリジウム粉末を得ることができ、その後により高温で加熱する焼成処理を行うことはない。焼成処理により結晶質となるからである。尚、乾燥前に回収された水酸化イリジウムは洗浄を行うことが好ましい。Na、Cl等の好ましくない不純物元素を除去するためである。洗浄は純水、酸(硝酸等)を適宜に組み合わせて行うことができる。
【0034】
上記製法により得られた非晶質の酸化イリジウム粉末を水電解触媒とすることができる。また、このようにして製造した非晶質の酸化イリジウム粉末に結晶質の酸化イリジウム粉末を混合して水電解触媒としても良い。この場合の結晶質の酸化イリジウム粉末は、上記したADAMS法等の製造方法で得られたものを混合しても良いし、市場の結晶質の酸化イリジウム粉末を入手しても良い。
【0035】
結晶質の酸化イリジウム粉末を含む水電解触媒は、上記の混合による手段の他、非晶質の酸化イリジウム粉末の熱処理でも製造できる。上記のとおり、非晶質の酸化イリジウム粉末は、加熱することで結晶質の酸化イリジウムとなる。そこで、非晶質の酸化イリジウム粉末を焼成し、部分的に結晶質にすることで混合状態の酸化イリジウム粉末を得ることができる。この焼成は300℃以上1040℃以下で行うことが好ましい。300℃未満では、非晶質から結晶質への構造変化が生じない。また、1040℃を超えると酸化イリジウム粉末がイリジウムメタルに変化するおそれがある。このような非晶質の酸化イリジウム粉末の焼成により、非晶質と結晶質の酸化イリジウム粉末で構成された水電解触媒を得る場合、それらの混合比は処理時間で調整できる。処理時間は、焼成温度による。
【0036】
(B)本発明に係る水電解用電極膜及び触媒層付膜(CCM)
次に、本発明に係る水電解用電極膜及びこれを備える触媒層付膜(CCM)について説明する。本発明に係る水電解用電極膜は、上述した水電解触媒とアイオノマーとの混合体である。
【0037】
水電解装置のアノードにおける電極膜には、水電解により生成したプロトン(H)を速やかに高分子電解質膜に受け渡すためプロトン伝導性が必要なる。また、電極膜には本来的に電気伝導性が要求される。水電解用電極膜のアイオノマーは、プロトン伝導体である一方で絶縁体(抵抗体)である。本発明の酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒は、導電体であるがプロトン伝導性はない。よって、アイオノマーの混合量が大きくなると、プロトン伝導性は向上する一方で電気伝導性は低下し、触媒の混合量はこれと反対の傾向となる。
【0038】
本発明者等は、触媒及びアイオノマーの混合量(混合比)における上記の相反する関係を考慮しつつ、本発明に係る水電解触媒(酸化イリジウム粉末)を適用する電極膜として好適な構成を見出している。即ち、水電解用触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比が、イリジウムの質量(mg/cm)とアイオノマーの質量(mg/cm)との比で、イリジウム:アイオノマー=2:1以上5:1以下とするのが好ましい。この混合比により、アノード電極膜の酸素過電圧を低減することができ、電圧効率に優れた電極膜とすることができる。
【0039】
本発明に係る水電解用電極膜を構成する水電解触媒は上記のとおりである。一方、触媒と混合するアイオノマーとしては、スルホン基、カルボキシル基、ホスホン基を有するフッ素樹脂系の陽イオン交換樹脂が挙げられる。これらはNafion(登録商標)の製品名で知られており、その中でも分散溶液タイプの物を好適に用いることができる。分散溶液の濃度は5質量%以上20質量%のものが一般的であり、市場からの入手が可能である。
【0040】
本発明に係る水電解用電極膜の膜厚は、2μm以上10μm以下であるものが好ましい。2μm以下の薄い電極膜は、製膜が困難であり、製膜可能であるとしても耐久性に乏しくなる。一方で、電極膜の膜厚が増大すると、水電解触媒の含有量の増加や空隙率の増加により活性点は増える一方でプロトン伝導性が低下する。活性点とプロトン伝導性とのバランスを考慮すると、電極膜の膜厚は前記範囲とするのが好ましい。
【0041】
本発明に係る水電解用電極膜は、水電解装置におけるCCMのアノード電極として有用である。後述のとおり、電極膜は高分子電解質膜上に上記水電解触媒を含む混合液の塗布により形成される。
【0042】
水電解装置におけるCCMは、上記アノード電極膜と共にカソード電極膜が形成される。カソード電極膜は、水素生成触媒とアイオノマーとの混合体である。水素生成触媒としては、白金担持カーボン触媒(Pt/C触媒)等が適用される。但し、本発明においては、カソード電極膜の構成や膜厚は特に制限されない。
【0043】
本発明に係るCCMでは、アノードとなる本発明の電極膜について、イリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたりの電気容量が0.50C以上であるものが好ましい。電気容量の増加はCCMによる水電解の電圧効率を向上させる。本発明の酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒は、高比表面積で好適な導電性及びプロトン伝導性を有し、これを適用することで電極膜の電気容量を前記範囲にまで向上させることができる。
【0044】
また、本発明に係るCCMの高分子電解質膜について、その材質は従来技術と同様であり特に制限はない。高分子電解質膜は、電極膜のアイオノマーと同様の組成であるスルホン基、カルボキシル基、ホスホン基を有するフッ素樹脂系の陽イオン交換膜が知られている。これらはNafion(登録商標)の製品名で知られており、その型番として112、115、117、450等を好適に用いることができる。高分子電解質膜の厚さは、膜の抵抗によって発生する過電圧の理由からは薄くすることが好ましく、その一方で、クロスリークを考えれば、高分子電解質膜の膜厚は厚くすることが好ましい。両者のバランスを考慮すると、高分子電解質膜の厚さは10μm以上200μm以下が好ましく、50μm以上150μm以下がより好ましい。
【0045】
そして、本発明に係るCCMは、給電体等の部材と共に一単位の電解セルを構成する。給電体には、導電性を有しつつ気液の流通が可能とする構造体が使用される。例としては、Ti、Ta、ステンレス等の金属の粉末焼結体、エキスパンドメタル、金属メッシュ、多孔質体(スポンジメタル)等が使用される。
【0046】
本発明に係る水電解用電極膜は、電解セルとなる高分子電解質膜を基材とし、ここに水電解触媒とアイオノマーとの混合液(インク、ペースト、スラリー等と称されることもある)を塗布することで製造可能である。混合液の分散媒としては、水、1-プロパノール等が適用される。また、溶液タイプのNafion液を使用する場合、その分散媒がそのまま混合液の分散媒となる。電極膜用のアイオノマーは、分散溶液状態で入手可能であり、ここに酸化イリジウム粉末を添加することでも混合液を作製することができる。分散媒の塗布方法は特に制限されない。基材を混合液に浸漬しても良いし、滴下法、スプレー法等に依っても良い。
【0047】
混合液を塗布した後は、加熱処理して電極膜を形成する。このときの加熱温度としては、100℃以上130℃以下とするのが好ましい。また、加熱と同時に加圧して電極膜の形成と基材への圧着を行っても良い。このときの加圧力としては、塗布面積を基準として100kgf/cm以下とすることが好ましい。過剰の加圧力の付与は、電極膜中の空孔を潰し、触媒の活性点を減らすこととなるからである。加圧力は、10kgf/cm以上75kgf/cmとするのがより好ましい。こうした加圧と加熱とを同時に行う工程として、ホットプレスが挙げられる。
【0048】
尚、上記の本発明の電極膜の製造は、CCMの製造段階において、カソード電極膜と同時に行うことができる。カソード電極膜の製造も水素生成触媒の混合液の塗布及び圧着により製造される。基材となる高分子電解質膜の各面にアノード電極膜及びカソード電極膜となる混合液を塗布し、同時にホットプレスすることでCCMが製造される。
【発明の効果】
【0049】
以上のとおり本発明は、固体電解質型水電解装置におけるアノード電極膜に好適な水電解触媒に関する。本発明の酸化イリジウム粉末は、水電解の活性を維持しつつ、プロトン伝導性にすぐれる。そして、この酸化イリジウム粉末による電極膜は、適切な触媒の混合比とすることで、水電解における酸素過電圧が低減され電圧効率に優れる。本発明は、固体電解質型水電解による水素生成装置の他、アルカリイオン整水器等において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
図1】第1実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒のXRD回折パターンを示す図。
図2】第1実施形態で製造した非晶質の水電解触媒(酸化イリジウム粉末)のTG-DTA曲線を示す図。
図3】第1実施形態で製造したCCMの水電解におけるI-V特性曲線を示すグラフ。
図4】第1実施形態で製造したCCMの水電解におけるCV曲線を示すグラフ。
図5】第2実施形態で製造した触媒混合比の異なるCCMの水電解におけるI-V特性曲線を示すグラフ。
図6】第3実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウムの含有率が異なる酸化イリジウム粉末からなる水電解触媒のDTA曲線を示す図。
図7】非晶質の酸化イリジウムの含有率と発熱ピーク強度におけるDTAとの関係を示すグラフ。
図8】非晶質の酸化イリジウムの含有率とIr濃度との関係を示すグラフ。
図9】第3実施形態で製造したCCMについての非晶質酸化イリジウム粉末の含有率とセル電圧との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0051】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、沈殿法により非晶質の酸化イリジウム粉末を製造し、これを水電解触媒としてCCMを製造した。そして、その電解特性を評価した。
【0052】
[非晶質酸化イリジウム粉末の製造]
原料となる塩化イリジウムを水溶液(濃度100g/L)とし、この水溶液を90℃に保持したNaOH溶液に添加して中和した。これによりイリジウム水酸化物の沈澱物が生成・沈降した。この沈澱物を真空瀘過により回収し、60℃の純水と硝酸で洗浄した。その後、水酸化物を60℃で22時間乾燥した。これにより非晶質の酸化イリジウム粉末を製造した。
【0053】
製造した酸化イリジウム粉末をICPで分析し、Na及びCl含有量はいずれも100ppm以下であることを確認した。また、Fe、Cu、Al、Mg、Cr、Mnの合計含有量も100ppm未満であることも確認した。また、酸化イリジウム粉末について、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(株式会社堀場製作所:LA950)で粒径を測定したところ、平均粒径が4.2μmであった。
【0054】
次に、製造した非晶質の酸化イリジウム粉末について、XRD及びTG-DTAを行った。XRDは、XRD分析装置(株式会社リガク:miniFlex)により、X線源をCu kα線として回折パターンを測定した。また、TG-DTAは、示差熱天秤分析装置(ネッチ・ジャパン株式会社:STA 2500 Regulus)を使用し、標準試料α-アルミナ、昇温速度5℃/minとして分析を行った。これらの分析においては、本実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウム粉末に加えて、対比のために、ルチル型の結晶質の酸化イリジウム粉末についても分析を行った。ルチル型酸化イリジウム粉末は、上記で製造した本実施形態に係る非晶質の酸化イリジウムを600℃で焼成して製造した。
【0055】
図1は、本実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウム粉末のXRD回折パターンを示す。結晶質の酸化イリジウム粉末の回折パターンと対比すると、非晶質の酸化イリジウム粉末はブロードのピークが観察される。これらのピークのピーク位置は、結晶質の酸化イリジウム粉末のピーク位置と異なることが確認される。
【0056】
図2は、TG-DTAの結果である。本実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウム粉末の測定結果についてみると、サンプル昇温から100℃近傍以降において質量減がみられる。この質量減は、非晶質の酸化イリジウム粉末に含まれる結晶水の蒸発によるものと考えられる。この結晶水の脱離による質量減は、結晶質の酸化イリジウム粉末のTG曲線には観られない。そして、本実施形態の非晶質の酸化イリジウム粉末のDTA曲線においては、350℃付近において明瞭な発熱ピークが観察される。この発熱ピークは、非晶質の酸化イリジウムから結晶質の酸化イリジウムへの構造変化に起因すると考えられる。このように、本発明の水電解触媒の必須構成である非晶質の酸化イリジウム粉末では、TG-DTA分析を行ったときに、結晶質の酸化イリジウム粉末とは明らかに相違する挙動を示すことが確認された。
【0057】
[CCMの製造]
次に、製造した非晶質の酸化イリジウム粉末を水電解触媒(アノード電極膜)としてCCMを製造した。酸化イリジウム粉末2gとアイオノマー10g(アルドリッチケミカル社製Nafion分散液(DE520))とを混合してインクを製造した。混合の際には、ビーズミル(粉砕媒体:2mm)で粉砕及び攪拌しながら触媒とアイオノマーとを混合した。このインクを厚さ127μmの高分子電解質膜(Nafion115、寸法:70mm×70mm)上に塗布した。インクの塗布はスプレーコーターで行い、Ir塗布量を1mg/cm、塗布面積3.3cm×3.3cmに設定した。また、高分子電解質膜の他方の面について、市販の白金触媒インクをスプレーコーターで塗布してカソード電極膜を形成した。
【0058】
高分子電解質膜の両面に各電極膜となる触媒インクを塗布した後、ホットプレス装置にて圧着した。このときの圧着の条件は、温度120℃で加圧力50kgf/cmとし30分の加圧・加熱を行った。これにより、電極の厚さ約7μm、電解面積約10cmのCCMを製造した。本実施形態では、アノード電極膜における水電解用触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比が、イリジウム:アイオノマー=3:1であった。また、カソード電極膜における水素生成触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比は、白金:アイオノマー=1:1であった
【0059】
[CCMの評価]
上記で製造したCCMの両面に給電体としてPtめっきしたTi繊維を組み込み評価用の電解セルとした。この電解セルにより水電解を行なった。水電解の条件は、電流密度0~3.5/cm
、電解温度50℃としてセル電圧の測定を行なった。尚、比較のため、上記と同じ結晶質の酸化イリジウム粉末を使用し、本実施形態と同様の構成・工程でCCMを製造して電解セルを作製してセル電圧を測定した。
【0060】
図3は、この電解試験の結果(I-V(セル電圧))を示す。図3からわかるように、非晶質の酸化イリジウム粉末は、結晶質の酸化イリジウム粉末に対して酸素過電圧が低減されることが分かる。
【0061】
より詳細に検討すると、水電解触媒の触媒過電圧(酸素過電圧と水素過電圧の合計)は、セル電圧から電解セルの理論電解電圧と抵抗成分の過電圧を差し引いて算出される。そして、本実施形態の各電解セルの電流密度値2.0A/cmにおける触媒過電圧の計算値は、非晶質の酸化イリジウム粉末(セル電圧1.86V)の触媒過電圧は0.39Vであり、結晶質の酸化イリジウム粉末(セル電圧1.93V)の触媒過電圧は0.45Vであった。つまり、非晶質の酸化イリジウム粉末は、結晶質の酸化イリジウム粉末に対して約13%の電圧低下が確認されたことになる。よって、非晶質の酸化イリジウム粉末による好適な水分解特性が確認された。この点、結晶質の酸化イリジウム粉末も水電解触媒として有用であるといえるが、非晶質の酸化イリジウム粉末の適用により、更に高活性の触媒を得ることができるといえる。尚、上記の触媒過電圧の計算では、電解セルの理論電解電圧を作動温度(50℃)における反応ギブスエネルギー等から計算により算出した。また、抵抗成分は、電解試験中に低抵抗計(鶴賀電機株式会社製、MODEL 356E:測定周波数10kHz)で電解中に抵抗値を測定した。
【0062】
次に、本実施形態で作製した2種の電解セルについてのCV曲線を測定して、それぞれのアノードの電荷量を評価した。セル電圧の範囲を+0.05V~+1.3Vとして掃引速度50mV/sec、セル温度50℃、RHE基準の条件でCV曲線を測定した。その結果を図4に示す。電荷量は、前記電位範囲における正の電流の面積となる。この結果、非晶質の酸化イリジウム粉末による電極の電荷量はイリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたり6.31Cであり、結晶質の酸化イリジウム粉末による電極の電荷量はイリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたり2.5Cと算出される。非晶質の酸化イリジウム粉末の電荷量は、結晶質の酸化イリジウム粉末に対して2.5倍以上となり、効果的な電解を可能とするといえる。尚、前記のように結晶質の酸化イリジウム粉末による電極の電荷量も、イリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたり2.0C以上であることから、結晶質の酸化イリジウム粉末も水電解触媒としての適性を有すると考えられる。そして、本発明の非晶質の酸化イリジウムを含む水電解触媒は、結晶質の酸化イリジウム粉末に対して優れた触媒となる。
【0063】
第2実施形態:本実施形態では、アノードの電極膜(CCM)の構成に関し、水電解触媒とアイオノマーとの混合比を調整して複数のCCMを製造した。ここで使用した水電解触媒は、第1実施形態の非晶質の酸化イリジウム粉末である。電極膜の混合比の調整は、触媒インクにおける触媒とアイオノマーとの混合比を調整した。
【0064】
ここでは、アノード電極膜における水電解用触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比として、イリジウム:アイオノマーが3:2、2:1、3:1、5:1となる4種類のCCMを製造した。尚、いずれにおいてもカソード電極膜の構成は第1実施形態と同じ(白金:アイオノマー=1:1)である。
【0065】
そして、第1実施形態と同様にして電解セルを構成して水電解試験を行った。この結果を図5に示す。図5において、電流密度値2.0A/cmにおける電圧値を対比すると、イリジウム:アイオノマーが2:1、3:1、5:1の電極(CCM)においては、電圧値が略同じであった。一方、イリジウム:アイオノマーが3:2となる電極は、前記3種の電極に対して比較的酸素過電圧が高く、これらの範囲内にすることが好ましいことが確認された。実際のアノード電極においては、プロトン伝導性や触媒コスト等を考慮すると、イリジウム:アイオノマーは2:1~3:1程度がより好ましいと推定される。
【0066】
第3実施形態:本実施形態では、水電解触媒の構成として非晶質の酸化イリジウム粉末と結晶質(ルチル型)の酸化イリジウム粉末との混合体を適用し、混合比における特性の相違を検討した。
【0067】
本実施形態では、第1実施形態で製造した非晶質の酸化イリジウム粉末及び結晶質の酸化イリジウム粉末と同じもの用い、これらを混合して水電解触媒とした。混合の際には、十分な混合のためボールミルを行った。このとき、非晶質の酸化イリジウム粉末の割合を100質量%(非晶質のみ)、80質量%、60質量%、40質量%、20質量%、0質量%(結晶質のみ)とした。
【0068】
そして、製造した各水分解触媒について、TG-DTA分析を行った。この結果について、測定温度300℃~500℃間におけるTG-DTA曲線を図6に示す。
【0069】
図6から、非晶質の酸化イリジウム粉末を20質量%以上含む水電解触媒のDTA曲線では389℃付近に発熱ピークが発現することが確認できる。そして、非晶質の酸化イリジウムの含有率の増大と共にこれらの発熱ピークの強度が上昇することが分かる。ここで、非晶質の酸化イリジウムの含有率が0質量%の触媒のDTA曲線の389℃におけるDTA値を基準点(0μV/mg)とし、各触媒の389℃におけるDTA値を測定してプロットすることで得た検量線(「非晶質%」vs.「DTA」)を図7に示す。図7からわかるように、水電解触媒における非晶質の酸化イリジウムの割合とDTAとの間の関係として直線近似を適用することが可能である。
【0070】
更に、本実施形態では、各水分解触媒についてのIr濃度の分析を行った。Ir濃度の分析は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)装置(AMETEK社製SPECTRO Arcos FHS12とThermo Fisher Scientific社製iCAP6500)で行った。そして、触媒中の非晶質の酸化イリジウム含有率とIr濃度との関係(「非晶質%」vs.「Ir濃度」)を検討した。図8は、その結果を示す。TG-DTA分析の結果(図7)と同様、非晶質の酸化イリジウムの割合とIr濃度との間に良好な相関関係が認められる。触媒におけるIr濃度の測定によっても非晶質の酸化イリジウムの含有率の検量線を得ることが可能と考えられる。
【0071】
そして、本実施形態で製造した各水電解触媒について、第1実施形態と同様にして、CCM作製と電解セル作製を行い、I-V特性を評価した。これらの製造条件と測定条件は第1実施形態と同じとした。各水電解触媒による電解セルのセル電圧測定結果を図9に示す。
【0072】
図9から、酸化イリジウム粉末に非晶質の酸化イリジウムが含まれると、結晶質の酸化イリジウム粉末単独よりもセル電圧が低下することがわかる。セル電圧の低下傾向を見ると、非晶質の酸化イリジウムの含有率が質量比で15質量%程度以上とすれば、好適な水分解特性が付与されると推定できる。最もセル電圧が低いのは、非晶質の酸化イリジウムのみ(100質量%)の触媒といえるが、含有率をそこまで高めなくとも水分解特性改善がみられるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、固体電解質型水電解装置におけるアノード電極膜に好適な水電解触媒である。本発明の酸化イリジウム粉末は、水電解の活性を維持しつつ、プロトン伝導性に優れ、アイオノマーと適切に混合することで、酸素過電圧が低減され電圧効率に優れた電極膜となる。本発明は、固体電解質型水電解による水素生成装置の他、アルカリイオン整水器等において有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【手続補正書】
【提出日】2023-04-10
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化イリジウム粉末のみからなる水電解触媒であって、
前記酸化イリジウム粉末の平均粒径は0.01μm以上30μm以下であり、
前記酸化イリジウム粉末は、酸化イリジウム粉末全体に対する質量比で20質量%以上の非晶質の酸化イリジウム粉末と残部の結晶質の酸化イリジウム粉末とからなり、
前記非晶質の酸化イリジウム粉末は、結晶水を包含する非晶質の酸化イリジウム粉末であり、
更に、前記酸化イリジウム粉末は、熱質量示差熱分析(TG-DTA分析)をされたとき、300℃~450℃の領域で発熱ピークを発現する水電解触媒。
【請求項2】
Na含有量が100ppm以下であり、且つ、Cl含有量が100ppm以下である請求項1記載の水電解触媒。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の水電解用触媒とアイオノマーとを混合してなる水電解用電極膜。
【請求項4】
水電解用触媒とアイオノマーとの単位面積当りの混合比が、イリジウムの質量(mg/cm)とアイオノマーの質量(mg/cm)との比で、イリジウム:アイオノマー=2:1以上5:1以下である請求項3記載の水電解用電極膜。
【請求項5】
水電解用電極膜の膜厚が2μm以上10μm以下である請求項3又は請求項4記載の水電解用電極膜。
【請求項6】
アノードとして請求項3~請求項5のいずれかに記載の水電解用電極膜を備えると共に、カソードとして水素生成用触媒を含む電極膜を備える、触媒層付膜であって、
前記アノードの前記水電解用電極膜は、イリジウムの単位塗布面積(Ir1mg・cm-2)あたりの電気容量が0.50C以上である触媒層付膜。