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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133715
(43)【公開日】2023-09-27
(54)【発明の名称】細胞培養方法及びその装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20230920BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20230920BHJP
   C12M 1/10 20060101ALI20230920BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20230920BHJP
【FI】
C12N1/00 B
C12N5/071
C12M1/10
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022038842
(22)【出願日】2022-03-14
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】396007188
【氏名又は名称】株式会社ジェイテックコーポレーション
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(72)【発明者】
【氏名】劉 莉
(72)【発明者】
【氏名】李 俊君
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】上村 葉
(72)【発明者】
【氏名】大石 浩之
(72)【発明者】
【氏名】小野 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】森田 健一
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC01
4B029CC02
4B029DF03
4B029DG06
4B065AA90X
4B065BC08
4B065BC16
4B065BC25
4B065BC41
4B065BD02
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】回転培養装置を利用して、その欠点を補い、効率よく細胞を培養することができ、革新的で有用なシート組織化培養も可能な細胞培養方法及びその装置を提供する。
【解決手段】細胞をベッセル内に定位置を維持するように保持し、前記ベッセルの回転に伴って、該ベッセル内に注入した培養液の循環流動を発生させ、細胞の周囲に生じる培養液の流動によって、新鮮な培養液の細胞への供給と、細胞から分泌される老廃物の除去を行いながら培養する、方法。水平な回転軸を備えた回転駆動機と、回転駆動機の回転軸に着脱可能に連結する合成樹脂製の円筒状ベッセルBと、ベッセル内の培養液中に配置し、ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持する支持体2と、支持体に細胞を保持した状態でベッセルを回転軸心周りに回転させて、ベッセル内に培養液の循環流動を発生させて培養する、装置。
【選択図】 図3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞をベッセル内に定位置を維持するように保持し、
前記ベッセルの回転に伴って、該ベッセル内に注入した培養液の循環流動を発生させ、
細胞の周囲に生じる培養液の流動によって、新鮮な培養液の細胞への供給と、細胞から分泌される老廃物の除去を行いながら培養する、
細胞培養方法。
【請求項2】
1軸回転可能な円筒状ベッセル内に、該ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持するように支持体を配置し、
前記支持体に細胞を保持するとともに、
前記ベッセル内に培養液を注入し、
ほぼ静止状態に置かれた細胞の周囲に、前記ベッセルの回転によって誘起される培養液の循環流動を発生させて培養する、
請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
前記支持体は、
培養液の流動方向に沿った平面を有する円板形状であり、
ベッセルの回転軸方向の一方の壁面近傍に配置する、
請求項2記載の細胞培養方法。
【請求項4】
前記支持体に、
細胞を播種したシート状細胞播種具を着脱可能に保持する、
請求項2又は3記載の細胞培養方法。
【請求項5】
水平な回転軸を備えた回転駆動機と、
前記回転駆動機の回転軸に着脱可能に連結する合成樹脂製の円筒状ベッセルと、
前記ベッセル内の培養液中に配置し、該ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持する支持体と、
前記支持体に細胞を保持した状態で前記ベッセルを回転軸心周りに回転させて、ベッセル内に培養液の循環流動を発生させて培養する、
細胞培養装置。
【請求項6】
前記ベッセルは、
円筒状本体の軸方向の一端に前記回転駆動機の回転軸に連結可能な連結軸を備え、
円筒状本体の内部に、前記連結軸と同心で軸方向に延びた支軸部を有し、
前記支持体は、
培養液の流動方向に沿った平面を有する円板形状であり、
前記ベッセルの支軸部に回転可能に挿通する支持孔を有するとともに、
細胞を保持する保持部を備え、
前記ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持するための回転規制手段を備えている、
請求項5記載の細胞培養装置。
【請求項7】
前記支持体は、
垂直を向いた一側面に細胞を播種したシート状細胞播種具を着脱可能に保持する保持部を備えている、
請求項6記載の細胞培養装置。
【請求項8】
前記回転規制手段は、
前記支持体の重心位置を、前記支軸部と支持孔による回転中心に対して偏心した位置に設定した重心偏心構造、
前記支持体の外周部と前記ベッセルの外部空間に配置した磁石と磁性体若しくは磁石と磁石のセットによる吸引力である磁気吸引構造、
の内の何れか一方又は双方による、
請求項6又は7記載の細胞培養装置。
【請求項9】
前記ベッセルは、
回転軸心方向に、本体部と、該本体部に密封状態で連結するカバー部とに、分割可能な構造であり、
前記本体部の回転軸心方向の端面外側には、前記連結軸を備えるとともに、該連結軸の周囲に多数の開口とその内側にガス透過膜を有し、
前記カバー部の回転軸心方向の端面外側には、少なくとも1つのキャップ付きポートを備えるとともに、端面内側には、前記支軸部を回転軸心方向へ向けて突設し、該支軸部の端部で前記本体部の端面近傍位置に、前記支持体を配置する、
請求項6~8何れか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項10】
前記支持体の保持部は、垂直を向いた一側面に形成した長尺の凹溝であり、該凹溝の一端部側に前記シート状細胞播種具の端部を嵌合するテーパー部を有する、
請求項7~9何れか1項に記載の細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を効率よく培養する細胞培養方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
3次元(3D)培養方法としての浮遊培養方法は、より自然に近い環境で細胞を培養できる利点がある。細胞を培養液中で浮遊させるには、培養液の上昇流動を作り、重力と浮力が釣り合う環境を作る必要がある。それには、回転培養方法と培養液循環方法の二種類が存在する。回転培養方法は、密閉した培養容器を常時回転させて、細胞にかかる重力と培養液の流れにより得られる浮力を釣り合わせることで、細胞の浮遊状態を維持する方法である(特許文献1、2)。一方、培養液循環方法は、下方から上方へ向けて断面積が増加した培養容器と培養液の循環装置とを備え、培養液を培養容器の下端から供給し、上部から排出して循環させ、培養容器内で流速分布のある培養液の上昇流を作り、重量と浮力が釣り合った位置に細胞を浮遊させる方法である(特許文献3)。尚、細胞は播種材料(「足場材料」ともいう)に播種した状態で浮遊させることもある。
【0003】
このように、細胞に対して培養液を流動させると、細胞への新鮮な培養液の供給と、細胞から分泌される老廃物の除去が行われ、更に適度なストレスを与えることで、2次元(2D)培養よりも細胞を効率よく培養できることが知られている。回転培養方法は、培養液循環方法に比べて装置構成が単純で安価に提供できることから有望な培養技術として注目されている。回転培養方法を用いた細胞培養技術は、単離されたiPS細胞の未分化性を保持した状態で増殖させ、iPS細胞のスフェロイドを形成及び成長させることに利用でき(特許文献4)、また生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種された心筋細胞を、擬微小重力環境下にて培養し、より重厚で移植に適した心筋組織を作製することにも利用できる(特許文献5)。
【0004】
しかし、これら浮遊培養方法には、細胞を浮遊させるために適した条件による制限があり、細胞に対する培養液の相対流動速度を高めて培養効率のより一層の向上を図ることができない。また、浮遊培養方法は、浮遊させる細胞若しくは細胞を播種した播種材料の形態によって、また培養につれて細胞塊が大きくなり浮遊条件が変化することによって、浮遊状態を安定に維持することが困難になる。つまり、回転培養方法では、培養容器の回転数を細胞の浮遊状態をモニターして最適に制御する必要があり、培養液循環方法では、循環装置による培養液の流量を最適に調節する必要があるが、特に細胞を播種した播種材料が球形である場合にはともかく、異形の場合には、浮遊状態を安定に維持することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許5055479号公報
【特許文献2】特許5257960号公報
【特許文献3】特許6492561号公報
【特許文献4】特許6421374号公報
【特許文献5】特開2020-054256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
世界各国で再生医療の研究が進むなか、心筋組織構築技術に関する研究報告の事例が多数上がっているが、従来の培養皿で重厚な組織を培養する場合、栄養供給の問題は未解決である。そこで、本発明は、回転培養装置を利用して、その欠点を補い、効率よく栄養供給して培養することができ、革新的で有用なシート組織化培養も可能な細胞培養方法及びその装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前述の課題解決のために、以下に構成する細胞培養方法及びその装置を提供する。
【0008】
(1)
細胞をベッセル内に定位置を維持するように保持し、
前記ベッセルの回転に伴って、該ベッセル内に注入した培養液の循環流動を発生させ、
細胞の周囲に生じる培養液の流動によって、新鮮な培養液の細胞への供給と、細胞から分泌される老廃物の除去を行いながら培養する、
細胞培養方法。
【0009】
(2)
1軸回転可能な円筒状ベッセル内に、該ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持するように支持体を配置し、
前記支持体に細胞を保持するとともに、
前記ベッセル内に培養液を注入し、
ほぼ静止状態に置かれた細胞の周囲に、前記ベッセルの回転によって誘起される培養液の循環流動を発生させて培養する、
(1)記載の細胞培養方法。
【0010】
(3)
前記支持体は、
培養液の流動方向に沿った平面を有する円板形状であり、
ベッセルの回転軸方向の一方の壁面近傍に配置する、
(2)記載の細胞培養方法。
【0011】
(4)
前記支持体に、
細胞を播種したシート状細胞播種具を着脱可能に保持する、
(2)又は(3)記載の細胞培養方法。
【0012】
(5)
水平な回転軸を備えた回転駆動機と、
前記回転駆動機の回転軸に着脱可能に連結する合成樹脂製の円筒状ベッセルと、
前記ベッセル内の培養液中に配置し、該ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持する支持体と、
前記支持体に細胞を保持した状態で前記ベッセルを回転軸心周りに回転させて、ベッセル内に培養液の循環流動を発生させて培養する、
細胞培養装置。
【0013】
(6)
前記ベッセルは、
円筒状本体の軸方向の一端に前記回転駆動機の回転軸に連結可能な連結軸を備え、
円筒状本体の内部に、前記連結軸と同心で軸方向に延びた支軸部を有し、
前記支持体は、
培養液の流動方向に沿った平面を有する円板形状であり、
前記ベッセルの支軸部に回転可能に挿通する支持孔を有するとともに、
細胞を保持する保持部を備え、
前記ベッセルの回転に対して非回転且つ定位置を維持するための回転規制手段を備えている、
(5)記載の細胞培養装置。
【0014】
(7)
前記支持体は、
垂直を向いた一側面に細胞を播種したシート状細胞播種具を着脱可能に保持する保持部を備えている、
(6)記載の細胞培養装置。
【0015】
(8)
前記回転規制手段は、
前記支持体の重心位置を、前記支軸部と支持孔による回転中心に対して偏心した位置に設定した重心偏心構造、
前記支持体の外周部と前記ベッセルの外部空間に配置した磁石と磁性体若しくは磁石と磁石のセットによる吸引力である磁気吸引構造、
の内の何れか一方又は双方による、
(6)又は(7)記載の細胞培養装置。
【0016】
(9)
前記ベッセルは、
回転軸心方向に、本体部と、該本体部に密封状態で連結するカバー部とに、分割可能な構造であり、
前記本体部の回転軸心方向の端面外側には、前記連結軸を備えるとともに、該連結軸の周囲に多数の開口とその内側にガス透過膜を有し、
前記カバー部の回転軸心方向の端面外側には、少なくとも1つのキャップ付きポートを備えるとともに、端面内側には、前記支軸部を回転軸心方向へ向けて突設し、該支軸部の端部で前記本体部の端面近傍位置に、前記支持体を配置する、
(6)~(8)何れか1に記載の細胞培養装置。
【0017】
(10)
前記支持体の保持部は、垂直を向いた一側面に形成した長尺の凹溝であり、該凹溝の一端部側に前記シート状細胞播種具の端部を嵌合するテーパー部を有する、
(7)~(9)何れか1に記載の細胞培養装置。
【発明の効果】
【0018】
以上にしてなる本発明の細胞培養方法及びその装置は、従来の浮遊培養方法に比べて細胞の培養速度が速く、また浮遊培養に適しない形態の細胞若しくは播種材料に播種した細胞を効率よく培養することができ、革新的で有用なシート組織化培養も可能となる。実際に、本発明により、骨髄由来間葉系幹細胞シートを用いた3D軟骨分化培養を従来法よりも効率よく行うことができ、またヒトiPS細胞由来心筋細胞(iPS-CM)・心臓由来線維芽細胞(CF)・心臓由来微小血管内皮細胞(EC)の共培養を行い、厚みが1mm程度、機能性が高い心筋組織を作製することができた。本発明は軟骨、心筋組織の構築以外、他の組織にも応用可能で、再生医療や創薬への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の細胞培養装置を示し、(a)は斜視図、(b)は側面図である。
図2】本発明のベッセルの透視図である。
図3】ベッセルの中央断面斜視図である。
図4】支持体と支軸部の関係及びシート状細胞播種具を支持体に保持した状態を示す正面側の斜視図である。
図5】支持体と支軸部の関係及びシート状細胞播種具を支持体に保持した状態を示す背面側の斜視図である。
図6】支持体と支軸部の関係及びシート状細胞播種具を支持体に保持した状態を示す中央断面斜視図である。
図7】支持体と支軸部の関係及びシート状細胞播種具を支持体に保持した状態を示し、(a)は中央縦断面、(b)は部分断面正面図である。
図8】支持体と支軸部の関係及びシート状細胞播種具を支持体に保持した状態を示す正面図である。
図9】支持体と支軸部の関係を示す背面図である。
図10】シート状細胞播種具を示し、(a)は斜視図、(b)は中央断面図である。
図11】実施例1として3次元軟骨分化培養実験の培養スケジュールを示す説明図である。
図12】同じく培養中の様子を示す図面代用写真である。
図13】同じく培養後の組織塊を示す図面代用写真である。
図14】同じくアルシアンブルー染色した軟骨組織染色画像である。
図15】実施例2として配向性を持つ多層化心筋組織の作製実験方法を示す説明図である。
図16】同じく組織学的評価(HE、免疫染色)の結果を示す組織画像である。
図17】同じく力学評価(細胞運動分析)の結果を示すグラフである。
図18】同じく低酸素後の動的評価/放出タンパク質量の測定結果を示す説明図である。
図19】同じく電気生理学的評価(MEA)のための測定結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、添付図面に示した実施形態に基づき、本発明を更に詳細に説明する。図1は、本発明の細胞培養装置を示し、図2図9はベッセルの詳細を示し、図10はシート状細胞播種具をそれぞれ示している。
【0021】
本発明の細胞培養装置は、図1図3に示すように、水平な回転軸1を備えた回転駆動機Aと、前記回転駆動機Aの回転軸1に着脱可能に連結する合成樹脂製の円筒状ベッセルBと、前記ベッセルB内の培養液中に配置し、該ベッセルBの回転に対して非回転且つ定位置を維持する支持体2と、前記支持体2に細胞を保持した状態で前記ベッセルBを回転軸心周りに回転させて、ベッセルB内に培養液の循環流動を発生させて培養する構造である。
【0022】
更に各部を図1図9に基づいて詳細に説明する。前記ベッセルBは、円筒状本体の軸方向の一端に前記回転駆動機Aの回転軸1に連結可能な連結軸3を備え、円筒状本体の内部に、前記連結軸3と同心で軸方向に延びた支軸部4を有している。また、前記支持体2は、培養液の流動方向に沿った平面を有する円板形状であり、前記ベッセルBの支軸部4に回転可能に挿通する支持孔5を有するとともに、細胞を保持する保持部8を備えている。そして、前記ベッセルBの回転に対して前記支持体2を非回転且つ定位置を維持するための回転規制手段6を備えている。また、前記支持体2は、垂直を向いた一側面に細胞を播種したシート状細胞播種具7を着脱可能に保持する保持部8を備えている。
【0023】
ここで、前記回転規制手段6は、前記支持体2の重心位置Gを、前記支軸部4と支持孔5による回転中心に対して偏心した位置に設定した重心偏心構造、前記支持体2の外周部と前記ベッセルBの外部空間に配置した磁石9と磁性体10若しくは磁石と磁石のセットによる吸引力である磁気吸引構造、の内の何れか一方又は双方による。本実施形態では、重心偏心構造と磁気吸引構造の双方を採用している。尚、前記支持体2の回転中心から重心位置Gを結ぶ延長線上の該支持体2の外周部に強磁性体10の板片若しくはブロックを固定し、図1(b)に示すように、前記ベッセルBの外部空間で該ベッセルBの直下に磁石9を適宜な手段で固定して、該ベッセルBが回転しても前記磁石9に前記強磁性体10が吸引されて支持体2が回転しないようにしている。尚、強磁性体10は、前記支持体2の重心を偏心させる作用も同時に担っている。勿論、前記支持体2の重心の偏心は、前記保持部8にシート状細胞播種具7を装着した状態で、全体として達成されなければならない。ここで、前記磁石9と強磁性体10は逆に配置しても良い。また、磁石と磁石のセットの場合には、互いに極性が逆になるように設定する。
【0024】
前記ベッセルBは、図3に示すように、回転軸心方向に、本体部11と、該本体部11に密封状態で連結するカバー部12とに、分割可能な構造である。前記本体部11の回転軸心方向の端面外側には、前記連結軸3を備えるとともに、該連結軸3の周囲に多数の開口13,…とその内側にガス透過膜14を有している。前記カバー部12の回転軸心方向の端面外側には、少なくとも1つのキャップ付きポート15を備えるとともに、端面内側には、前記支軸部4を回転軸心方向へ向けて突設し、該支軸部4の端部で前記本体部11の端面近傍位置に、前記支持体2を配置する。前記ガス透過膜14は、ベッセルB内の培養液に酸素を供給する機能を有している。また、前記キャップ付きポート15は、培養液の初期注入や交換のために使用する。少なくとも前記カバー部12は、透明合成樹脂で作製し、内部を観察できるようにすることが好ましい。
【0025】
前記本体部11とカバー部12とは、ネジ式で接合されており、両部材間にはOリング16を介在させて密封している。尚、前記本体部11は、更に円筒部17と端面部18とに分割成形されており、端面部16には前記連結軸3と開口13,…が形成されている。そして、前記円筒部17と端面部18の接合部分には、Oリング19と前記ガス透過膜14の周縁部を挟み込んで密封状態で連結している。
【0026】
前記支軸部4は、細胞を前記支持体2に保持したり、培養後の取り出し作業のため、該支軸部4に対して支持体2の着脱が容易にできる構造になっている。前記支軸部4は、前記カバー部12の端面部20の内面で、回転軸心部分に固定する円柱部材21と、該円柱部材21の先端部に螺着する取付部材22とで構成している。前記円柱部材21は、前記カバー部12の端面部20の内面側に形成した係合孔23に係合する突起24を一端に有し、他端には螺孔25を有している。そして、前記取付部材22は、中央部に前記支持体2の支持孔5に挿通する軸部26を有し、該軸部26の一端から前記円柱部材21の螺孔25に螺入する螺軸27を延設するとともに、前記軸部26の他端には円板状のストッパー28を一体形成している。また、前記取付部材22のストッパー28の外側面には、前記螺軸27を螺孔25にねじ込むためのドライバーを挿入するピット29が形成されている。
【0027】
そして、前記円柱部材21の突起24を前記カバー部12の端面部20に形成した係合孔23に強固に係合するか、挿入して接着する。尚、前記カバー部12に円柱部材21を一体成形しても良い。それから、前記取付部材22の軸部26に前記支持体2の支持孔5を通した状態で、螺軸27を前記円柱部材21の螺孔25にねじ込んで前記支持体2を回転可能に保持する。前記支持体2は、前記円柱部材21の先端面と前記取付部材22のストッパー28との間に保持される。ここで、前記支軸部4に対して前記支持体2のガタツキを防止するために、前記支持体2の支持孔5の周囲にリブ30を突設し、該リブ30がストッパー28の面に摺接するようにしている。また、前記軸部26と支持孔5との位置関係を精度良く一定に保つために、図7に示すように、前記支持孔5の形状を二等辺三角形の角を丸めた形状とし、前記軸部26の上部が支持孔5の二辺の2点でのみ接触するようにしている。尚、前記支持体2をベッセルBの内部に非回転状態で保持する構造は前述の構造に限定されず、前記本体部11の端面部18の内面に支軸部を設けても良い。
【0028】
前記支持体2の保持部8は、垂直を向いた一側面に形成した長尺の凹溝31であり、該凹溝31の一端部側に前記シート状細胞播種具7の端部を嵌合するテーパー部32を有する。本実施形態では、図8に示すように、前記保持部8は、前記支軸部4による回転軸心に対して水平線上とその下方位置に左右3つずつ設けている。
【0029】
前記シート状細胞播種具7は、図10に示すように、ファイバーシート33の周囲を合成樹脂製の枠体34で保持した構造である。ここで、ファイバーシート33が足場材料となる。具体的には、ファイバーシート33の周囲に3Dプリンターで枠体34を形成し、樹脂材料でファイバーシート33の周囲を固定した製造した。ここで、前記シート状細胞播種具7の枠体34は軟質合成樹脂で形成し、該枠体34の厚みを前記支持体2の保持部8の凹溝31の幅に略一致させる。そして、前記シート状細胞播種具7を前記支持体2の保持部8に装着するには、該シート状細胞播種具7の枠体34を凹溝31内に挿入した後、テーパー部32の方向へスライドさせて、該テーパー部32に枠体34の端部を圧入する。
【0030】
前記支持体2の保持部8に前記シート状細胞播種具7を装着した状態で、該支持体2を前記支軸部4に装着し、それから前記カバー部12を前記本体部11に合体させ、前記キャップ付きポート15から培養液を注入した後、当該ベッセルBを回転駆動機Aの回転軸1に装着する。この状態で、前記シート状細胞播種具7はベッセルB内の細胞液中で回転軸心方向の中央部に位置する。そして、回転駆動機Aを駆動してベッセルBを回転させると、前記支持体2は前記回転規制手段6によって非回転かつ定位置に維持され、ベッセル中でほぼ静止状態に保たれて、シート状細胞播種具7が培養液の循環流動の中に晒される。それにより、シート状細胞播種具7に播種された細胞に新鮮な培養液を供給すると同時に、細胞から分泌される老廃物を除去することができる。また、培養液の循環流動によって、ガス透過膜14を通して供給される細胞培養に有益なガスを効率よく供給したり、あるいは細胞から分泌される不要なガスを排出することができる。ここで、「ほぼ静止状態」とは、前記支持体2が完全に静止している状態以外に、培養液の流動によって前記支持体2が多少揺動する状態も含む概念である。
【0031】
前記シート状細胞播種具7を前記支持体2のどの位置に保持するかは自由であるが、前記ベッセルBの一方向の回転に対して同じ向きに培養液の循環流動は発生するので、シート状細胞播種具7の装着場所によって、該シート状細胞播種具7に対する細胞液の流動が下方からになるか、上方からになるかが決まるので、培養に最適な条件を選択すれば良い。前記シート状細胞播種具に細胞を播種し、本発明の細胞培養方法によって培養した後に、枠体からファイバーシートを切り離して使用する。
【0032】
次に、ファイバーシートの製造方法を以下に説明する。ここで「ファイバーシート」とは、ファイバーが集積されてなるシート状の構造体を意味する。本発明で用いられるファイバーシートは、ファイバーがランダムに集積されたもの(ランダムファイバーシート)であっても、ファイバーが一方向に配向するように集積されたものであってもよいが、心筋細胞を播種する場合には、生体内の心筋構造をよく模倣できることから、配向性を有するファイバーシートが好ましい。
【0033】
ファイバーシートのファイバーを構成する素材は、生体適合性ポリマーである。本明細書において「生体適合性ポリマー」とは、ある高分子材料を生体に装着あるいは移植した場合に、副作用等の有害事象を引き起こさず、また異物として認識され排除されることなく馴染む性質を有する高分子を意味する。生体適合性ポリマーは、使用目的に応じて、生体内で分解する(以下、「生分解性」という)ものであっても、生体内で分解されにくいものであってもよい。例えば、移植に用いる心筋組織の製造に用いる場合には、生分解性のものが好適に用いられる。一方、薬物の薬効及び/又は心毒性の評価系として用いる心筋組織の製造に用いる場合には、非生分解性のポリマーも好適に用いられ得る。
【0034】
生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)、ポリエチレンオキサイド(PE0)、ポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体(PLGA)が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくはPLGAである。PLG AはPLAとPGAの重合比によって、分解速度を調節することが可能である。
【0035】
非生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリスチレン(PS)、ポリ力ーポネー卜(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、PMGI及びPSが挙げられる。
【0036】
本発明で用いられる生体適合性ポリマーの分子量は、後述の直径を有するファイバーを形成し得る限り特に制限されず、例えば、PLGAやPMGIの場合、20~200kDa、好ましくは50~150kDa、また、PSの場合は、50~500kDa、好ましくは100~400kDaの範囲で適宜選択することができる。
【0037】
ファイバーの直径は、用いるポリマー素材、ポリマー溶液の濃度、製造手法等によって変動し得る。当業者であれば、用いるポリマー素材や使用目的に応じて適宜最適な直径を選択することができる。例えば、PLGAやPMGIを素材として用いる場合、ファイバーの直径として、1~1.5μm、PSを用いる場合は、2~2.5μmが例示される。ファイバーシートの厚みとしては、例えば1~20μm、好ましくは5~20μm、より好ましくは5~15μmが挙げられる。
【0038】
ファイバーシートのファイバー密度は、用いるファイバーの直径によって変動し得るが、例えば、ファイバー直径が1~1.5μmのPLGA又はPMGI配向性ファイバーシートの場合、例えば、幅1mmあたり150~15000本、好ましくは5000~15000本、より好ましくは8000~13000本の密度を有するものを用いることができる。また、ファイバー直径が2~2.5μmのPS配向性ファイバーシートの場合、例えば、幅1mmあたり30~1000本、好ましくは150~1000本、より好ましくは200~500本の密度を有するものを用いることができる。
【0039】
本発明で用いられるファイバーシートは、例えば、エレクトロスピニング法、ドライスピニング法、コンジュゲート溶融紡糸法、メルトブロー法等により製造することができる
が、簡便で応用性が広いエレクトロスピニング法が好ましく用いられる。
エレクトロスピニング法による場合、まず生体適合性ポリマーを適当な溶媒に溶解する。ここで用いられる溶媒としては、用いる生体適合性ポリマーを溶解し得る溶媒であれば、無機溶媒、有機溶媒を問わずいかなるものも使用可能であるが、例えば、アセトン、卜リアセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセ卜アミド、テ卜ラヒド口フラン等が用いられ得る。複数の溶媒を混合して用いてもよい。
ポリマー溶液の濃度は、使用するポリマーの種類や分子量、溶媒により異なるが、好ましいファイバー径及び均一性を得るためには、例えば、0.1~40wt%、好ましくは10~40wt%の範囲内で適宜選択することができる。
【0040】
エレクトロスピニング法は自体公知の手法に従って実施することができる。エレクトロスピニング法の原理は、電気の力で材料をスプレーし、ナノサイズのファイバーにすることである。ポリマー溶液をシリンジに充てんし、先端に注射針のようなノズルを設置したものに、シリンジポンプを接続して流速を与えるようにする。ノズルから適当な距離の位置にナノファイバーが収集するコレクタ(平板でもよいし、巻き取り式とすることもできる。平板なコレクタ上に後述の支持体を設置して、直接、支持体上にナノファイバーを形成させてファイバーシートとすることもできる)を設置し、ノズル側に電源の+極、コレクタ側に-極を接続する。シリンジポンプの電源を入れるとともに、電圧をかけることにより、コレクタ上にポリマーが噴射され、ファイバーが形成される。ここで、電圧、ノズルからコレクタまでの距離、ノズルの内径などにより、ファイバーの形態や直径が変動するが、当業者であれば、これらを適宜選択して所望のファイバー径を有し、かつ均一なファイバーを作製することができる。
配向性ファイバーシートを製造する場合、例えば、ファイバーのコレクタとなるシート、例えばアルミテープのような金属製シートを巻き付けた回転ドラムを用い、ドラムを回転させながらノズルから噴射されるファイバーを回転ドラム上へ巻き取ることで、ファイバーシートを得ることができるが、これに限定されるものではない。
【0041】
印加する電圧は、用いるポリマーの種類や物性により適宜設定すればよいが、例えば0.1~50kV、好ましくは、1~40kVとすることができる。ノズルとコレクタの距離は、用いるポリマーの種類や物性、印加電圧により適宜設定すればよいが、例えば10~1000mm、好ましくは30~50Ommとすることができる。
【0042】
ファイバーシートの大きさは特に制限はないが、例えば、3~30mm四方のものが挙げられる。
【実施例0043】
<3次元軟骨分化培養>
本発明の細胞培養方法及び細胞培養装置の有効性を示すために、以下に示すように骨髄由来間葉系幹細胞シートを用いた3D軟骨分化培養の実験を行った。
【0044】
軟骨組織分化誘導中の骨髄由来間葉系幹細胞(以下、「hMSCs細胞株」と称する)をシート状細胞播種具に播種し、該シート状細胞播種具を支持体2に保持し、ベッセルB内にセットして固定環流培養(以下、「治具固定3D分化培養」と称する)を行う。治具固定3D分化培養によってできた軟骨組織の成熟度が平面培養(以下、「2D分化培養」と称する)及びシート状細胞播種具を固定しないでベッセルBでの浮遊培養(以下、「治具固定なし3D分化培養」と称する)の3種類の培養方法と比べ、本発明の細胞培養方法、つまり治具固定3D分化培養の優位性を、組織切片のアルシアンブルー染色により軟骨染色画像で確認する。
【0045】
[実験材料]
・細胞:骨髄由来間葉系幹細胞・hMSCs (Lonza #PT-2501 LotNo.6F4085 )
・hMSCs細胞株維持培地:MSCGM Bullet Kit, Mesenchymal Stem Cell Growth Medium BulletKit(Lonza #PT-3001)
・軟骨分化用培地 : Meseuchymal Stem Cell Chondrogenic Differentiation Medium(PromoCell #C-28012)
・シート状細胞播種具(シート):Cell Culture Insert(for 24well)の底から高さ2mm幅に切ったもの (FALCON #353097)
・細胞培養容器(hMSCs細胞株維持培養):T-75フラスコ(FALCON #353136)
・細胞培養容器(2D分化培養):6well non-TC plate(FALCON #351146)
・シートを保持した支持体をセットしたベッセル((株)ジェイテックコーポレーション製CUBEベッセル100mL用)(3D軟骨分化培養)
・緩衝液:D-PBS(-) (Wako #045-29795)
・細胞剥離液:Trypsin-EDTA Solution (SIGMA #T4299-100mL)
・固定液:4%パラホルムアルデヒド溶液(Wako #163-20145)
・染色液:アルシアンブルー染色溶液 (Wako #015-13805)
・染色液:ケルンエヒトロート染色液 (武藤化学 #4087-2)
・脱水液:50%,70%,80%,100%エタノール
・培養環境 37℃、5%CO雰囲気下
・組織切片作製機 クライオスタット(Leica)
・顕微鏡 Axio Observer (Zeiss)
・細胞数計測 Countess (invitrogen)
【0046】
[実験方法]
(1)hMSCs細胞株、シートへの播種(図11の「hMSCs細胞株積層シートの作製期間」)
(1.1) 75フラスコで維持培養しているhMSCs細胞株の培養上清を破棄し、6mLのD-PBS(-)で2度洗浄した。
(1.2) D-PBS(-)を破棄した後、10%トリプシン溶液/D-PBS(-)希釈液を5mL添加した。培養面全体になじませ、37℃、5%COインキュベーター環境下で5分静置した。
(1.3) フラスコをタッピングし細胞を剥がした後、MSCBM培地を6mL添加し、トリプシン反応を停止させた。細胞を50mL遠沈管に回収した後、再度MSCBM培地6mLで培養面を洗浄し、残りの細胞も回収した。
(1.4) 遠心分離(1000rpm、3分、25℃)を行い、上清を破棄した。
(1.5) 10mLのMSCBM培地を加えよく懸濁した。
(1.6) Countessで細胞数計測を行い、計測結果をもとに1.5×10個のhMSCs細胞株を3D分化培養用としてシート2枚に、2D分化培養用として6well non-treat plateの1wellにそれぞれ播種した(図.1 )。シートは、6well non-treat plate 1wellあたり5mLのMSCBM培地の中に静かに沈め37℃、5%COインキュベーター環境下で4日間静置培養した。培地交換は2日後(「hMSCs細胞株積層シートの作製期間」のDay2)に1度行った。細胞を直接播種したwellも5mLのMSCBM培地で37℃、5%COインキュベーター環境下で4日間静置培養し、同じく培地交換は2日後(「hMSCs細胞株積層シートの作製期間」のDay2)に1度行った。
(1.7) 残ったhMSCs細胞株は次回シート作成用として4.5×10個をT-75フラスコに再播種し、10mLのMSCBM培地で37℃、5%COインキュベーター環境下で4日間静置培養、培地交換は毎日行った。
(1.8) 4日後、T-75フラスコで培養したhMSCs細胞株を(1.1)から(1.6)の手順通りに同じシートおよびwell上にそれぞれ積層再播種した後、シートは6well non-treat plate 1wellあたり5mLのMSCBM培地の中に静かに沈め37℃、5%COインキュベーター環境下で3日間静置培養、培地交換は2日後(「hMSCs細胞株積層シートの作製期間」のDay6)に1度行った。細胞を直接播種したwellも5mLのMSCBM培地で37℃、5%COインキュベーター環境下で3日間静置培養し、培地交換は2日後(「hMSCs細胞株積層シートの作製期間」のDay6)に1度行った。
【0047】
(2)軟骨組織分化培養の開始(図11の「軟骨分化培養期間」)
(2.1) (1.8)播種の3日後、hMSCs細胞株積層シートを静置培養しているwell の培養上清を破棄し、軟骨分化用培地4mLへ置換し37℃、5%COインキュベーター環境下で2日間静置培養した。細胞を直接播種したwell(2D分化培養)も4mLの軟骨分化用培地へ置換し37℃、5%COインキュベーター環境下で2日間静置培養した(図11参照)。
(2.2) 分化開始2日後、hMSCs細胞株積層シートをwellからベッセル(本発明のベッセルB)へ移行した。1つ目のシートはベッセル内部の治具(本発明の支持体2)に装着(治具固定3D分化培養)し、2つ目のシートはベッセル内に静かに入れた(治具固定なし3D分化培養)。軟骨分化用培地50mL、1分間に30回転の速さ、37℃、5%COインキュベーター環境下で3D分化培養を開始した。2D分化培養は1wellあたり3mLの培地量、37℃、5%COインキュベーター環境下で静置培養、培養終了まで2日に1度3mLの培地交換をした(図11参照)。
(2.3) 軟骨分化培養10日目。ベッセルの軟骨分化用培地50mLを破棄し、新しい軟骨分化用培地を50mL加えた。その間hMSCs細胞株積層シートは外さない。回転数はそのまま1分間に30回転の速さ、37℃、5%COインキュベーター環境下で3D分化培養を継続した(図11参照)。
(2.4) 軟骨分化培養21日目、培養の終了。培養上清を除き、ベッセルからシートを回収した。回収したシートはカメラ撮影の後、軟骨組織塊を切り離し固定液で4℃の環境下で1時間固定しOCTコンパウンドを用いて凍結包埋した。
【0048】
(3)軟骨組織塊の組織染色
(3.1) 凍結包埋した軟骨組織塊はクライオスタットを使用し8μmの薄層組織切片を作製した。
(3.2) 作製した組織切片をアルシアンブルー染色溶液で軟骨組織を、ケルンエヒトロート染色液で核を以下の1から10の手順で染色した。
1.脱OCTコンパウンドのため、水洗5分
2.前処理3%酢酸水溶液1分
3.染色pH2.5アルシアン青60分
4.洗浄3%酢酸水溶液(染色液の染まり具合を確認しながら)
5.水洗5分
6.後染色ケルンエヒトロート5分
7.水洗1分
8.脱水(50%エタノールから順に100%へ各4分ずつ)
9.透徹(レモゾール溶液に4分、3回)
10.封入
(3.3) 軟骨組織塊の組織染色画像をZEISS Axio Observer で取得した(図14参照)。
【0049】
[実験結果]
治具固定3D分化培養では1回の培地交換を含め21日間治具からシートを外すことなく、また回転培養中にシートが治具から外れることなく軟骨組織分化培養できることが確認できた。シートはめ込み部分をスリット形状にしたこともシート固定を長期間可能にした一因である。
【0050】
分化培養を終え、2D分化培養では、1~1.5mm程度の軟骨組織塊を数個得ることができた。治具固定なし3D分化培養ではシートが回転による流れで浮いておりその動態は不安定であった。得られた軟骨組織塊は1mm前後であった。一方、治具固定3D分化培養のシートでは、常時安定して同じ位置で培養することができた。また、得られた軟骨組織塊は3mm前後となり、前者2条件の結果とは明らかに異なっていた(図12図13参)。
【0051】
組織切片アルシアンブルー染色による結果においても、軟骨を示す青色が治具固定3D分化培養では強く広範囲に染まり、軟骨の成熟が進んでいることを示す結果となった。また、軟骨分化の指標でもある軟骨小腔も一部で確認できた(軟骨組織として成熟していることを意味している)。一方、2D分化培養、治具固定なし3D分化培養の2条件では、青色が強く広く染まることはなく、軟骨小腔も確認できなかった(図14参照)。
【0052】
[考察]
2D分化培養で数個の軟骨組織塊を得られたのは、plate底が培養表面未処理であることにより、細胞がそれぞれいくつかに凝集し、組織塊が数個できた結果と考えられる。治具固定なし3D分化培養では、シートに培地の流れが非定常的に負荷されたためか細胞塊が1つに凝集はしたものの、シート自体が固定されているわけではなく不安定な状態であったことから2条件とも細胞塊に強く培地の流れが当たらなかったことにより軟骨組織の成熟が進まなかったと推察される。治具固定3D分化培養では、シートに対し流れが定常的に負荷されたことにより細胞塊が凝集し軟骨の成熟度が上がり、同一期間での軟骨分化が一番進んだのではないかと考える。
【0053】
本実験では治具にシートを固定することにより3D培養条件下で定常的に流れによる力学的刺激を定常的に負荷することで、軟骨組織の早期成熟化において有用であることが示された。本法は他の組織培養においても適用できる可能性が示唆される。
【実施例0054】
<配向性を持つ多層化心筋組織の作製>
従来の心筋細胞培養法、また組織の作製方法は2次元またランダムの構造を有するため、厚みの限界があり、収縮力や電気生理学的機能が低いなどの課題は未解決である。酸素・栄養供給に優れた環境で、更なる厚みを持ち、配向性を有する高機能組織の構築が望まれる。
【0055】
そこで、我々は配向性足場材料(図10のシート状細胞播種具)、回転培養装置((株)ジェイテックコーポレーション製、CELL FLOAT SYSTEM、CUBEベッセル)を用い、ヒトiPS細胞由来心筋細胞(iPS-CM)・心臓由来線維芽細胞(CF)・心臓由来微小血管内皮細胞(EC)の共培養を行い、厚みが1mm程度、機能性が高い心筋組織を作製することを目的とした。
【0056】
iPS-CM/CF/ECの3種類の割合、各細胞層の配置、共培養の培地を検討し、最適な構築条件を見出した(MIX群)。さらに回転培養により、酸素・栄養供給の問題を解決した。Control群であるiPS-CMのみで構成された組織と比較して、MIX群では各層の細胞同士が密着し、組織が一体化して拍動しており、1mmの厚みを持つことが確認された。モーションアナライザーによる収縮能評価の結果、MIX群でContraction velocityとAccelerationで有意に高値を示した。多点電極解析ではMIX群で方向性を持った電気伝導性とより大きい信号振幅が確認された。さらに、低酸素環境下におけるVEGFの分泌量が高い傾向であった。配向性足場材料、回転培養法、及び細胞の共培養により、重層化と高機能心筋組織を構築することが可能であることが示唆された。
【0057】
(1)実験方法(図15参照)
使用するiPS細胞由来心筋細胞の陽性率は90%以上
・iPS細胞:253G1→分化誘導(PMID:34302644)
・心臓線維芽細胞:LONZA(CC-2904)、プロトコール通り培養 P3-5で使用
・心臓微小血管内皮細胞:LONZA(CC-7030)、プロトコール通り培養, P3-5で使用
1層目iPS-CM800万細胞+HMVEC70万細胞、2層目NHCF440万細胞+HMVEC80万細胞、3層目iPS-CM800万細胞+HMVEC70万細胞、で構成された組織である。細胞播種をナノファイバー1層ずつ行い、3日間の静置後、3層を重層化させた。ベッセル内の支持体に、3層を重層化したシート状細胞播種具を固定し、回転培養装置を用いて1週間回転培養(10%FBS、0.5%penisirin streptomycin含有DMEM、4日目に培地交換)することで、この期間中に3枚分の組織の接着を図った。
【0058】
(2)解析1:組織学的評価(HE,免疫染色)(図16参照)
(2.1)HE染色方法
切片をPBSにディップスし、15分間振盪した。3回PBSで洗浄し、マイヤーヘマトキシリン溶液(武藤化学、Tokyo、Japan)に10分間浸して核を染色した。60℃の湯にて色出しを行い、核が染色されたことを確認し、エオシンY溶液(武藤化学、Tokyo、Japan)で4分間細胞質を染色した。その後、100%エタノールで3回洗浄し、キシレン(nacalai tesque、Kyoto、Japan)にて透徹した後、マリノールで封入した。
(2.2)免疫染色方法
切片をPBSにdipsし、15分間振盪した。3回PBSで洗浄した後、組織の周囲をパップペンで囲んだ。Triton 0.5% in PBS (和光純薬、Osaka、Japan)を150μL程度添加し、15分間室温で透過処理を行った。スライドグラスをPBS内で揺らして洗浄し、0.5%Tween20/1 %BSA in PBSを150μL添加することでブロッキングした(15分間、37℃)。そして次の一次抗体で標識した:抗cTnT(1:200希釈、CBL271、sigma)、抗サルコメアα-アクチニン(1:400、A7811、sigma)、抗TE7(1:100、CLB271、sigma)、抗CD31(1:100、28364、sigma)で4℃で1晩反応させた。PBSによる洗浄を3回行い、続いて37℃にて2次抗体Alexa Fluor488(A11001 or A11008)またはAlexaFluor 555(A11006 or A21428)抗体及び、核をHoechst33342(dojindo)で対比染色した。PBSで洗浄し、Dako Fluorescence Mounting Medium(Dako, Denmark)にて封入した。ここで、2次抗体はinvitrogenである。
(2.3)結果
図16に示すように、回転培養後、3つの層の間に密着し、一体化した組織が確認されている。
【0059】
(3)解析2:力学評価(図17参照)
回転培養終了後の動的評価を行った。
細胞運動分析は、Cell Motion Imaging System(SI8000;Sony, Tokyo, Japan)を使用した。測定の際、PDMSフレームをトリミングした。毎秒150フレームの速度、2048×2048ピクセルの解像度、8ビットで記録した。Beating rate、Contraction velocity、Relaxation velocity、AccelerationはSI8000Cアナライザー(SONY)を使用して分析した。
回転培養後、図17に示すように、良好な動的を確認した。つまり、組織が一体化して拍動していた。それは同調性を示したグラフからも読み取れる。
【0060】
(4)解析3:低酸素後の動的評価/放出タンパク質量(図18参照)
低酸素培養終了後の動的評価:低酸素終了後培地交換をして組織の動きを観察した。
Human VEGF Quantikine ELISA Kit (R&D Systems、USA)を用いた。プレートにAssay Diluent RD1Wを50μL添加後、サンプルを200μL添加した。2時間室温で静置後、400μLのwash bufferで3回洗浄を行った。anti-Human VEGF conjugateを200μL添加し、再び2時間室温で静置した。400μLのwash bufferで3回洗浄後、color reagent Aとcolor reagent Bを等量配合して調整した溶液を200μL添加した。遮光し、室温20分間静置後、stop solutionを50μL添加して吸光度測定(DS PHARMA BIOMEDICAL、Osaka、Japan)を行った。
栄養状態のない過酷な環境下でも機能し続けることが示唆された。低酸素の刺激に対して、良好な動的を確認し、血管新生因子の分泌が上昇されていることが分かる。
【0061】
(5)解析4:電気生理学的評価(MEA)(図19参照)
フィールドポテンシャル(FP)は、多電極アレイ(MEA)システム(USB-ME64-System、Multi Channel Systems、ドイツ)を使用して記録した。解析にはMC_Rack(マルチチャネルシステム)を使用した。ヒートマップは、Matlab関数(Matlab、MathWorks、America)を使用して計算した。伝導速度は、波形を分析することによって計算した。
図19に示すように、良好な伝導速度とスムーズな伝播を示した。
【符号の説明】
【0062】
A 回転駆動機、
B ベッセル、
G 重心位置、
1 回転軸、
2 支持体、
3 連結軸、
4 支軸部、
5 支持孔、
6 回転規制手段、
7 シート状細胞播種具、
8 保持部、
9 磁石、
10 磁性体、
11 本体部、
12 カバー部、
13 開口、
14 ガス透過膜、
15 キャップ付きポート、
16 Oリング、
17 円筒部、
18 端面部、
19 Oリング、
20 端面部、
21 円柱部材、
22 取付部材、
23 係合孔、
24 突起、
25 螺孔、
26 軸部、
27 螺軸、
28 ストッパー、
29 ピット、
30 リブ、
31 凹溝、
32 テーパー部、
33 ファイバーシート、
34 枠体。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図19