(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023136629
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】磁壁移動型空間光変調器
(51)【国際特許分類】
G02F 1/09 20060101AFI20230922BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
G02F1/09 503
H01L29/82 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022042409
(22)【出願日】2022-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】船橋 信彦
(72)【発明者】
【氏名】川那 真弓
(72)【発明者】
【氏名】東田 諒
(72)【発明者】
【氏名】青島 賢一
(72)【発明者】
【氏名】町田 賢司
【テーマコード(参考)】
2K102
5F092
【Fターム(参考)】
2K102AA27
2K102BA05
2K102BB05
2K102BC04
2K102BC09
2K102BD08
2K102CA00
2K102DD08
5F092AA20
5F092AB10
5F092AD23
5F092AD26
5F092BD03
5F092BD04
5F092BD13
5F092BD14
5F092BD19
5F092BD23
5F092CA07
5F092CA08
5F092EA01
(57)【要約】
【課題】簡易なプロセスで磁壁移動型空間光変調素子の開口率を増大させることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供する。
【解決手段】磁壁移動型空間光変調器300は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調層31と、光変調層31の両端部に延びて配置されている第1磁化固定層32および第2磁化固定層33と、を有する磁壁移動型空間光変調素子30を備える。磁壁移動型空間光変調素子30は、第1磁化固定層32の保磁力が第2磁化固定層33の保磁力よりも小さく、第2磁化固定層33の少なくとも一部が、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直または斜めに延びている。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調層と、前記光変調層の両端部に延びて配置されている第1磁化固定層および第2磁化固定層と、を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、
前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記第1磁化固定層の保磁力が前記第2磁化固定層の保磁力よりも小さく、前記第2磁化固定層の少なくとも一部が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、垂直または斜めに延びている、磁壁移動型空間光変調器。
【請求項2】
前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記第2磁化固定層の少なくとも一部が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、平行に延びている、請求項1に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項3】
前記第2磁化固定層は、上面視L字形状または上面視逆L字形状である、請求項2に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項4】
前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記光変調層が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、垂直に延びている、請求項1から3のいずれか一項に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項5】
前記第1磁化固定層が延びている方向の長さは、前記第2磁化固定層が延びている方向の長さよりも長い、請求項1から4のいずれか一項に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁壁移動型空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
立体ホログラフィを実現するためには、実用上、30°以上の視域が求められる。そのため、表示装置である空間光変調器(SLM)の画素ピッチを1μm以下にする必要がある。液晶、デジタルマイクロミラーデバイス(DMD)等の既存のSLMは、画素ピッチが5μm程度であり、これ以上微細化するのは困難である。
【0003】
一方、画素の書き換えにスピン注入磁化反転や磁壁移動を用いた磁気光学式空間光変調器(MOSLM)は、光利用効率、動作電流等の観点から、性能を改善する必要があるものの、1μm程度の画素ピッチを容易に実現することができる(例えば、特許文献1参照)。MOSLMは、磁化の向きに応じた光の偏光面の回転を明暗に割り当てることにより、光の変調を実現するデバイスである。
【0004】
磁壁移動型空間光変調器は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調層と、光変調層の両端部に互いに平行に延びて配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定層および第2磁化固定層を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、光変調層に流す電流の向きにより、磁区の拡大および縮小を制御することができる(例えば、特許文献2参照)。磁壁移動型空間光変調器は、スピン注入磁化反転を用いたMOSLMに比べて、低消費電力を期待できるが、光変調層と2つの磁化固定層の3種類の強磁性層に十分な保磁力差を与えるとともに、複雑なデバイス構造を精密に作製するために、1μm以下の画素ピッチを前提とする高度なデバイス設計を実現する必要がある。
【0005】
特許文献3では、第1磁化固定層および第2磁化固定層の保磁力差を設計する際に、第1磁化固定層および第2磁化固定層を一度のプロセスで形成することで、高精度な位置合わせの回数を省略する方法が記載されている。これにより、簡易なプロセスで磁壁移動型空間光変調素子を形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-141402号公報
【特許文献2】特開2018-206900号公報
【特許文献3】特開2019-220544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、画素選択トランジスタのドレイン電極およびグランド電極上に、磁壁移動型空間光変調素子を形成するため、設計の際には、ドレイン電極およびグランド電極と、第1磁化固定層および第2磁化固定層との間に、位置合わせマージンが必要となる。このため、磁壁移動型空間光変調素子の開口率を増大させることが困難であった。
【0008】
本発明は、簡易なプロセスで磁壁移動型空間光変調素子の開口率を増大させることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、磁壁移動型空間光変調器において、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調層と、前記光変調層の両端部に延びて配置されている第1磁化固定層および第2磁化固定層と、を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記第1磁化固定層の保磁力が前記第2磁化固定層の保磁力よりも小さく、前記第2磁化固定層の少なくとも一部が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、垂直または斜めに延びている。
【0010】
前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記第2磁化固定層の少なくとも一部が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、平行に延びていてもよい。
【0011】
前記第2磁化固定層は、上面視L字形状または上面視逆L字形状であってもよい。
【0012】
前記磁壁移動型空間光変調素子は、前記光変調層が、前記第1磁化固定層が延びている方向に対して、垂直に延びていてもよい。
【0013】
前記第1磁化固定層が延びている方向の長さは、前記第2磁化固定層が延びている方向の長さよりも長くてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、簡易なプロセスで磁壁移動型空間光変調素子の開口率を増大させることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】従来の磁壁移動型空間光変調素子の構造を示す斜視図である。
【
図2】
図1の磁壁移動型空間光変調素子の動作を示す側面図である。
【
図3】
図1の磁壁移動型空間光変調素子の構造および動作を示す側面図である。
【
図4】従来の磁壁移動型空間光変調器の構造を示す上面図である。
【
図5】
図4の磁壁移動型空間光変調素子と画素選択トランジスタのドレイン電極およびグランド電極との位置関係を示す上面図である。
【
図6】本実施形態の磁壁移動型空間光変調器の一例の構造を示す上面図である。
【
図7】
図4および
図6の磁壁移動型空間光変調器の計算モデルを示す斜視図である。
【
図8】
図4および
図6の磁壁移動型空間光変調器の計算モデルの磁界強度の計算結果を示す図である。
【
図9】
図4の磁壁移動型空間光変調器の計算モデルの磁壁電流駆動の計算結果を示す図である。
【
図10】
図6の磁壁移動型空間光変調器の計算モデルの磁壁電流駆動の計算結果を示す図(その1)である。
【
図11】
図6の磁壁移動型空間光変調器の計算モデルの磁壁電流駆動の計算結果を示す図(その2)である。
【
図12】
図6の磁壁移動型空間光変調器の変形例の構造を示す上面図である。
【
図13】
図6の磁壁移動型空間光変調器の変形例の構造を示す上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明するが、本実施形態の磁壁移動型空間光変調器の基本的な構成(材料、構造、動作等)は、従来の磁壁移動型空間光変調器と同様であるため、まず、従来の磁壁移動型空間光変調器について説明する。
【0017】
[従来の磁壁移動型空間光変調器]
図1に、従来の磁壁移動型空間光変調素子の構造を示す。磁壁移動型空間光変調素子10は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調層11と、光変調層11の両端部に配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定層12および第2磁化固定層13と、を有し、Si等の基板上に形成される。
【0018】
第1磁化固定層12および第2磁化固定層13は、それぞれCu、Al、Au、Ag、Ru、Ta、Cr等の金属およびその合金等の一般的な金属電極材料で構成される下部電極を最下層に有し、下部電極にパルス電流源が接続されている。
【0019】
磁壁移動型空間光変調素子10は、所定方向に延びている上面視矩形状の光変調層11の両端部に、互いに平行に延びている第1磁化固定層12および第2磁化固定層13が配置されており、光変調層11は、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13が平行に延びている方向に対して、垂直に延びている。光変調層11の下面と、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13の上面は、同一平面で接しており、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13を介して、光変調層11にパルス電流を印加可能となっている。
【0020】
図2に、磁壁移動型空間光変調素子10の動作を示す。具体的には、第1磁化固定層12の保磁力(Hc1)および第2磁化固定層13の保磁力(Hc2)の間に、保磁力差(Hc2>Hc1)を設計し、外部磁界を印加することにより、光変調制御に必須となる光変調層11の両端の互いに反平行な初期磁化方向を実現する。まず、Hc2よりも大きい、下向きの外部磁界Hx1(Hx1>Hc2>Hc1)を印加すると、光変調層11、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13の磁化が下向きになる(
図2(a)参照)。次に、Hc1よりも大きく、Hc2よりも小さい、上向きの外部磁界Hx2(Hc2>Hx2>Hc1)を印加すると、光変調層11および第1磁化固定層12の磁化の向きが上向きに変化する(
図2(b)参照)。このとき、第1磁化固定層12からの漏れ磁界Hlによって光変調層11の第1磁化固定層12側の端部に初期磁区11aが形成され、これにより、磁壁移動型空間光変調素子10の開口率が決定される(
図2(c)参照)。
【0021】
図3に、磁壁移動型空間光変調素子10の構造および動作を示す。磁壁移動型空間光変調素子10Aは、光変調層11と、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13との間に、微細加工プロセスや磁気的な設計に応じて、中間層14として、非磁性金属層およびバッファ層が形成されている。
【0022】
第1磁化固定層12は、強磁性材料からなり、磁化方向が一方向に固定された層であり、保磁力が大きい。第1磁化固定層12は、光変調層11と同一方向の磁気異方性を有し、光変調層11に垂直磁気異方性を有する強磁性材料を用いる場合には、第1磁化固定層12も垂直磁気異方性を有する強磁性材料を用いる。光変調層11および第1磁化固定層12が、垂直磁気異方性を有する強磁性材料で構成されることが好ましい。
【0023】
第1磁化固定層12および第2磁化固定層13を構成する材料としては、磁化が垂直方向に固定された磁化固定層および磁化の方向が反転可能な磁化自由層で非磁性層が挟持されており、垂直磁気異方性を有するCPP-GMR(垂直通電型巨大磁気抵抗効果)素子、TMR素子等の磁化固定層を構成する公知の強磁性材料を用いることができる。具体的には、Fe、Co、Ni等の遷移金属およびそれらの遷移金属を含む合金を用いることができ、例えば、TbFe系合金、TbFeCo系合金、CoCr系合金、CoPt系合金、CoPd系合金、FePt系合金等が挙げられる。これにより、第1磁化固定層12の保磁力を大きくすることができ、第1磁化固定層12の磁化方向が外部磁場によって容易に変化しないように固定することが可能となる。
【0024】
また、第1磁化固定層12は、Fe層、Co層、Ni層等の遷移金属層と非磁性金属層とが交互に積層されている多層膜であってもよく、例えば、Co/Pt、Fe/Pt、Co/Pd等の多層膜であってもよい。これらの強磁性材料を用いることにより、垂直磁気異方性が高く、保磁力が大きい第1磁化固定層12が得られる。
【0025】
ここで、上述の多層膜は、熱処理することにより保磁力が増大する特性を有する。そのため、上述の多層膜を熱処理して第1磁化固定層12の保磁力を増大させると、光変調層11と結合した後の強磁性交換結合部の保磁力も増大し、光変調領域11bとの保磁力差が大きくなる。
【0026】
非磁性金属層およびバッファ層は、光変調層11および第1磁化固定層12の間に配置され、光変調層11および第1磁化固定層12の間の磁気的結合を保つことができる。
【0027】
非磁性金属層は、第1磁化固定層12上に積層される。非磁性金属層は、後述する製造工程において、第1磁化固定層12に、エッチングのダメージが及ばないようにするために設けられる。非磁性金属層としては、非磁性金属からなる薄膜を用いることができる。非磁性金属としては、例えば、Ta、Mo、Ru等が挙げられ、これらの中でも、Taが好ましい。
【0028】
バッファ層は、非磁性金属層上に積層される。バッファ層は、磁壁移動型空間光変調素子10であっても、TMR素子であっても、電流を流す必要があるため、薄膜化したときに、適度な導電性を有する材料で構成される。また、バッファ層は、後述する製造工程におけるエッチングのレートが遅く、且つSIMS(二次イオン質量分析)の検出感度が高い元素を含み、SIMS式エンドポイントモニターで見える材料で構成されることが望ましい。これにより、エッチングをバッファ層で確実に止めることが可能となり、第1磁化固定層12にダメージが及ぶのを回避できる。
【0029】
バッファ層を構成する材料としては、酸化物または窒化物を用いることができ、例えば、MgO、Al2O3、MgAl2O4、TiO2、ZnO、RuO2等が挙げられる。これら中でも、MgOが好ましい。MgO層は、適度な導電性を有し、エッチングのレートが遅い上、SIMS感度が高い。
【0030】
光変調層11は、第1磁化固定層12上またはバッファ層上に積層される。光変調層11を構成する材料としては、公知の強磁性材料を用いることができ、磁気光学効果(カー効果)の大きい材料を用いることが好ましい。磁気光学効果を大きくするためには、光変調層11は、垂直磁気異方性を有する磁性層であることが好ましい。光変調層11の具体例としては、Co/Pd多層膜等の遷移金属と、Pd、Pt、Cu等との多層膜、TbFeCo膜、GdFe膜等の希土類金属と遷移金属との合金(RE-TM合金)膜等が挙げられる。これらの中でも、GdFe膜が好ましい。
【0031】
第1磁化固定層12と直上に配置された光変調層11の一部は、非磁性金属層およびバッファ層を介して、強磁性交換結合されている。これにより、第1磁化固定層12の磁化方向と直上に配置された光変調層11の一部の磁化方向は同時反転する。
【0032】
第2磁化固定層13は、第1磁化固定層12で使用可能な材料の中から選択され、同様に、非磁性金属層およびバッファ層も、それぞれ第1磁化固定層12における非磁性金属層およびバッファ層で使用可能な材料の中から選択される。光変調層11に対しては、第1磁化固定層12の場合と同様に振る舞うように設計する。
【0033】
ここで、第1磁化固定層12および第2磁化固定層13は、光変調領域11bおよび磁壁11cを形成するために、互いの保磁力が異なるように設計される。このため、外部磁界を印加することにより、光変調制御に必須となる光変調層11の両端の互いに反平行な初期磁化方向を実現することが可能となっている。
【0034】
なお、光変調層11、第1磁化固定層12、第2磁化固定層13、各非磁性金属層および各バッファ層の各層間または下部電極との界面に、機能層を適宜形成してもよい。例えば、微細加工プロセス中に光変調層11が受けるダメージを防ぐために、光変調層11上に、Ta、RuまたはSiNを含むキャップ層を設けてもよい。キャップ層は、光変調層11の形成に用いられて酸化しやすいGdFeやTbFeCoが、磁壁移動型空間光変調素子10が完成した後に、大気中で酸化するのを防止する機能を有する。
【0035】
上述した通り、第1磁化固定層12と、直上の光変調層11の一部は、強磁性交換結合しており、第2磁化固定層13と直上の光変調層11の一部は、同じく強磁性交換結合しており、それぞれの磁化方向は、同時に反転する。そして、
図1および
図3に示すように、第1磁化固定層12の磁化方向が上向きになるように設計されている一方で、第2磁化固定層13の磁化方向が下向きになるように設計されている。
【0036】
光変調層11には、光変調層11の長手方向に対して直交する磁壁11cが形成されている。即ち、光変調層11の磁壁11cの両側に形成される磁区の磁化方向が互いに逆方向となっている。例えば、
図1および
図3に示すように、磁壁11cよりも第1磁化固定層12側の磁区の磁化方向が下向きとなっており、磁壁11cよりも第2磁化固定層13側の磁区の磁化方向が上向きとなっている。
【0037】
このように、磁壁11cを介して、磁化方向の向きが異なる磁区を光変調層11に形成することにより、磁壁移動型空間光変調素子10を空間光変調素子として機能させることができる。より詳しくは、例えば、磁壁移動型空間光変調素子10を反射型の空間光変調素子として構成した場合には、磁壁移動型空間光変調素子10の上方から光変調層11の上面に対して偏光の揃った光が入射すると、磁化方向の向きに応じて、反射光の偏光面の回転角度が異なったものとなる。そのため、これらの異なる偏光面の回転角度に応じた各反射光を、偏光フィルタを介して、それぞれ光の明暗に割り当てることにより、光を変調させることが可能となる。一方で、ガラス、サファイア等の透光性の材料で基板を構成することにより、磁壁移動型空間光変調素子10を透過型の空間光変調素子として機能させることも可能である。
【0038】
図4に、従来の磁壁移動型空間光変調器の構造を示す。磁壁移動型空間光変調器200は、複数の磁壁移動型空間光変調素子20を備える。また、磁壁移動型空間光変調素子20は、磁壁移動型空間光変調素子10と同様に、光変調層21と、第1磁化固定層22と、第2磁化固定層23と、を有する。このとき、第1磁化固定層22および第2磁化固定層23を構成する材料は同一であるが、第1磁化固定層22が延びている方向の長さは、第2磁化固定層23が延びている方向の長さよりも長い。このため、第1磁化固定層22の保磁力は、第2磁化固定層23の保磁力よりも小さい。ここで、第1磁化固定層22の両側に配置されている磁壁移動型空間光変調素子20は、第1磁化固定層22を共有している。また、第1磁化固定層22が延びている方向に配置されている磁壁移動型空間光変調素子20は、第1磁化固定層22を共有している。
【0039】
一方、
図5に示すように、第1磁化固定層22がグランド電極24と接し、第2磁化固定層23の一部が画素選択トランジスタのドレイン電極25と接する。このため、設計の際には、グランド電極24およびドレイン電極25と、第1磁化固定層22および第2磁化固定層23との間に、位置合わせマージンが必要となる。このため、磁壁移動型空間光変調素子20の開口率を増大させることが困難であった。
【0040】
なお、磁壁移動型空間光変調器200の製造方法としては、特に限定されないが、例えば、特許文献3に記載されている方法を用いることができる。具体的には、まず、Siバックプレーン上に形成された絶縁部材のSiO2層に対して、第1磁化固定層22および第2磁化固定層23の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。次に、Siバックプレーン上のエッチングされた領域に、第1磁化固定層22および第2磁化固定層23、中間層等を成膜する。次に、レジスト層を除去した後、光変調層21を構成する材料を成膜する。次に、光変調層21の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。最後に、レジスト層を除去し、光変調層21を形成する。
【0041】
[本実施形態の磁壁移動型空間光変調器]
図6に、本実施形態の磁壁移動型空間光変調器の一例の構造を示す。磁壁移動型空間光変調器300は、磁壁移動型空間光変調器200と同様に、複数の磁壁移動型空間光変調素子30を備える。また、磁壁移動型空間光変調素子30は、磁壁移動型空間光変調素子20と同様に、光変調層31と、第1磁化固定層32と、第2磁化固定層33と、を有する。このとき、第1磁化固定層32および第2磁化固定層33を構成する材料は同一であるが、第1磁化固定層32が延びている方向の長さは、第2磁化固定層33が延びている方向の長さよりも長い。このため、第1磁化固定層32の保磁力は、第2磁化固定層33の保磁力よりも小さい。ここで、第1磁化固定層32の両側に配置されている磁壁移動型空間光変調素子30は、第1磁化固定層32を共有している。また、第1磁化固定層32が延びている方向に配置されている磁壁移動型空間光変調素子30は、第1磁化固定層32を共有している。
【0042】
一方、第1磁化固定層32が矩形状のグランド電極34と接し、第2磁化固定層33の一部が画素選択トランジスタの矩形状のドレイン電極35と接するが、第2磁化固定層33が、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直に延びている領域および平行に延びている領域を有し、上面視L字形状または上面視逆L字形状となっている。このため、磁壁移動型空間光変調素子30は、磁壁移動型空間光変調素子20と比較して、位置合わせマージンが低減され、開口率が増大する。
【0043】
なお、第2磁化固定層33が、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直に延びている領域および平行に延びている領域の長さの比は、特に限定されない。
【0044】
ここで、磁壁移動型空間光変調素子20の光変調領域と比較して、磁壁移動型空間光変調素子30の開口率(光変調領域)が増大するかを、計算機シミュレーションにより検証した。具体的には、磁性体の磁化の動的過程を表すLLG(Landau-Lifsitz-Gilbert)方程式を用いて、磁壁電流駆動を計算した。このとき、メッシュサイズを10nmとした。ここで、LLG方程式は、式
【0045】
【数1】
で表される。ここで、Mは、磁化[T]、H
effは、有効磁界[A/m]、γは、磁気ジャイロ定数、αは、ダンピング定数、Pは、スピン分極率、gは、ランデのg因子、μ
Bは、ボーア磁子[J/T]、eは、電子の素電荷[C]、M
Sは、飽和磁化[T]、Jは、電流密度[A/m
2]である。また、H
effは、式
【0046】
【数2】
で表される。ここで、E
totは、全エネルギー、E
aniは、磁気異方性エネルギー、E
magは、静磁エネルギー、E
exは、交換エネルギー、E
extは、ゼーマンエネルギーである。
【0047】
図7に、磁壁移動型空間光変調器200および300の計算モデルを示す。ここで、光変調層、第1磁化固定層および第2磁化固定層の各方向のサイズは、以下の通りである。
光変調層21;x方向:1460nm、y方向:300nm、z方向:10nm
光変調層31;x方向:1700nm、y方向:300nm、z方向:10nm
第1磁化固定層22、32;x方向:120nm、y方向:2500nm、z方向:20nm
第2磁化固定層23;x方向:120nm、y方向:500nm、z方向:20nm
第2磁化固定層33のx軸方向に延びている領域;x方向:360nm、y方向:120nm、z方向:20nm
第2磁化固定層33のy軸方向に延びている領域;x方向:120nm、y方向:500nm、z方向:20nm
【0048】
また、光変調層21、31、第1磁化固定層22、32および第2磁化固定層23、33の磁気特性のパラメータや構造は、実測と近い以下の値で計算した。
光変調層21、31の飽和磁化M:0.092[T]
光変調層21、31の異方性磁界Hk:3[kOe]
光変調層21、31の交換結合定数A:4.0×10-12[J/m]
第1磁化固定層22、32および第2磁化固定層23、33の飽和磁化M:2[T]
第1磁化固定層22、32および第2磁化固定層23、33の交換結合定数A:1.0×10-11[J/m]
【0049】
図8(a)および(b)に、それぞれ磁壁移動型空間光変調器200および300の計算モデルの磁界強度の計算結果を示す。ここで、x方向距離は、
図7中、第2磁化固定層23、33の左端部からの距離であり、磁界強度は、第2磁化固定層23、33のみを考慮した、光変調層21、31のz方向の中心面(xy面)における平均値である。
【0050】
図8から、光変調層21、31のx方向距離が0~0.12μmである領域(第2磁化固定層23、33上に形成されている領域)では、第2磁化固定層23、33により、-z方向の磁界が印加されていることが確認された。また、光変調層21、31のx方向距離が0.12μmである位置の近傍では、+z方向の磁界が大きくなり、約800Oe程度の漏れ磁界が印加されていることが確認された。さらに、光変調層21のx方向距離が大きくなるにつれて、+z方向の磁界が小さくなり、漏れ磁界が0に近付くことが確認された。一方、光変調層31のx方向距離が0.3~0.6μm程度である領域では、+z方向の50~100Oeの磁界が印加されていることが確認され、
図8(a)に比べて、
図8(b)では、磁界強度がわずかに大きかった。
【0051】
図9に、磁壁移動型空間光変調器200の計算モデルの磁壁電流駆動の計算結果を示す。
【0052】
ここで、スピントランスファートルクによる磁壁電流駆動を実施した場合、-y方向へパルス電流を印加すると、電子が+y方向へ移動する。この現象を利用して、磁壁電流駆動の計算を実施した。この計算においては、磁化固定層の構造による磁壁への影響を調べることを目的とし、漏れ磁界による初期磁区の形成等を精密に考慮していない。
【0053】
図9から、磁壁移動型空間光変調素子20にパルス幅5nsのパルス電流を印加した場合、パルス電流を印加した時間と線形に磁壁が右方向へ移動することがわかる。
【0054】
図10および
図11に、磁壁移動型空間光変調器300の計算モデルの磁壁電流駆動の計算結果を示す。
【0055】
図10および
図11から、磁壁移動型空間光変調素子30は、パルス電流を印加した時間に応じて、光変調層31が延びている方向に磁壁が移動しており、磁壁移動型空間光変調素子20と比較して、光変調領域が1.2倍程度に増大することが確認された。これは、第2磁化固定層33を上面視L字形状または上面視逆L字形状にすることにより、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直に延びている領域の分だけ、光変調領域が増大するためであり、これに伴い、位置合わせマージンも低減される。
ここで、パルス電流を印加してから1ns後には、
図8(b)における+z方向の50~100Oeの磁界の影響と推測される磁化の揺らぎが見られるが、磁壁電流駆動に及ぼす影響は少なく、磁壁が乱れずに5ns後まで移動することが確認された。また、第2磁化固定層33が隣り合う光変調層31へ及ぼす影響も小さいことが確認された。さらに、磁壁移動型空間光変調器200および磁壁移動型空間光変調器300の計算モデルで、5ns後の磁壁の位置が略同一であることから、磁壁速度も略同一であると推測され、第2磁化固定層33が光変調層31に及ぼす影響が小さいことが確認された。
【0056】
なお、磁壁移動型空間光変調器300は、第1磁化固定層32および第2磁化固定層33の形状に対応したレジストをパターニングする以外は、磁壁移動型空間光変調器200と同様にして、製造することができる。
【0057】
図12に、磁壁移動型空間光変調器300の変形例の構造を示す。磁壁移動型空間光変調器300Aは、第2磁化固定層33Aが、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直に延びている領域および斜めに延びている領域を有する以外は、磁壁移動型空間光変調器300と同様の構成である。このため、磁壁移動型空間光変調素子30Aは、磁壁移動型空間光変調素子20と比較して、開口率が増大する。
【0058】
第2磁化固定層33Aが、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、垂直に延びている方向および第2磁化固定層33Aが、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、斜めに延びている方向がなす角度は、特に限定されないが、例えば、90°以上135°以下である。
【0059】
図13に、磁壁移動型空間光変調器300の変形例の構造を示す。磁壁移動型空間光変調器300Bは、第2磁化固定層33Bが、第1磁化固定層32が延びている方向に対して、斜めに延びている以外は、磁壁移動型空間光変調器300と同様の構成である。このため、磁壁移動型空間光変調素子30Bは、磁壁移動型空間光変調素子20と比較して、開口率が増大する。
【0060】
第1磁化固定層が延びている方向および第2磁化固定層33Bが延びている方向がなす角度は、特に限定されないが、例えば、30°以上60°以下である。
【0061】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨の範囲内で、上記の実施形態を適宜変更してもよい。例えば、第1磁化固定層の延びている方向の長さを長くする代わりに、第1磁化固定層の幅を広くして、第1磁化固定層の保磁力を小さくしてもよい。
【符号の説明】
【0062】
10、20、30、30A、30B 磁壁移動型空間光変調素子
11、21、31 光変調層
11a 初期磁区
11b 光変調領域
11c 磁壁
12、22、32 第1磁化固定層
13、23、33、33A、33B 第2磁化固定層
14 中間層
24、34 グランド電極
25、35 ドレイン電極
200、300、300A、300B 磁壁移動型空間光変調器