(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023136665
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】着床能の検出方法および着床障害の予測方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20230922BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
C12Q1/68
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022042463
(22)【出願日】2022-03-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業(ステップタイプFORCE)、研究課題名「ヒト子宮内膜を用いた着床障害の診断ツールの開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(74)【代理人】
【識別番号】100217294
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 尚和
(72)【発明者】
【氏名】廣田 泰
(72)【発明者】
【氏名】福井 大和
(72)【発明者】
【氏名】藍川 志津
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS24
4B063QS28
4B063QS39
4B063QX10
(57)【要約】
【課題】新規な着床能の検出方法および新規な着床障害の予測方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、着床能の検出方法または着床障害の予測方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、検出方法または予測方法が提供される。本発明によれば、被験対象の着床能の検出または着床障害の予測を簡便かつ的確に実施できる点で有利である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、着床能の検出方法または着床障害の予測方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、検出方法または予測方法。
【請求項2】
PRC2関連遺伝子が、(1)OSR1遺伝子、(2)SCUBE1遺伝子、(3)HOXA13遺伝子、(4)MEGF10遺伝子、(5)TRPM6遺伝子、(6)SPINK2遺伝子、(7)RSPO3遺伝子、(8)LGI2遺伝子および(9)MAL遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子である、請求項1に記載の検出方法または予測方法。
【請求項3】
EZH2関連遺伝子が(10)EZH2遺伝子および/または(11)CCND2遺伝子である、請求項1または2に記載の検出方法または予測方法。
【請求項4】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子(1)~(11)以外の遺伝子の発現レベルを測定する工程をさらに含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の検出方法または予測方法。
【請求項5】
遺伝子(1)~(11)以外の遺伝子が、(12)SLC46A2遺伝子、(13)AZGP1遺伝子、(14)BRINP2遺伝子、(15)RDH12遺伝子、(16)SST遺伝子、(17)PENK遺伝子および(18)CHI3L2遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子である、請求項4に記載の検出方法または予測方法。
【請求項6】
前記被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして、着床能の有無を判定する工程をさらに含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の検出方法または予測方法。
【請求項7】
遺伝子の発現レベルをRNA発現量で定量する、請求項1~6のいずれか一項に記載の検出方法または予測方法。
【請求項8】
被験対象が不妊症患者である、請求項1~7のいずれか一項に記載の検出方法または予測方法。
【請求項9】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、判定方法。
【請求項10】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、着床過程の異常を検出または予測するための着床過程の評価方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、評価方法。
【請求項11】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標とする着床能の診断マーカー、着床障害の予測マーカー、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定マーカーまたは着床過程の評価マーカーであって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、診断マーカー、予測マーカー、判定マーカーまたは評価マーカー。
【請求項12】
被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルの定量手段を含んでなる着床能の診断キット、着床障害の予測キット、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定キットまたは着床過程の評価キットであって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、診断キット、予測キット、判定キットまたは着床過程の評価キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、着床能の検出方法および着床障害の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
不妊症は世界的な問題であり、日本においても女性の社会進出が進むとともに晩婚化、出産年齢の高齢化が顕著となり不妊治療を受けるカップルが増加している。不妊症に対する治療として、一般不妊治療であるタイミング法や人工授精で妊娠しなかった場合や一般不妊治療では妊娠困難と考えられる場合には、生殖補助医療(ART)と呼ばれる体外受精・胚移植(IVF-ET)が行われる。ARTの治療周期数は年々増加し、2019年には45.8万周期、出生数は6万人に上り、出生児の約14人に1人はARTによる治療で妊娠し産まれている。このように、不妊治療におけるARTの重要性が益々高まっているなか、胚移植を繰り返しても妊娠に至らない反復着床不全(着床障害)が生殖医療において大きな問題となっている(非特許文献1および2)。
【0003】
一方で、着床障害は良好胚の子宮内への移植による反復不成功で定義されるように、受精卵を複数回移植しなければ診断することができない。しかしながら、胚移植前に子宮内膜の状態を診断する方法や着床障害を予測する方法はこれまでなかった。また、不妊患者に対して行われる子宮内膜組織による子宮内膜日付診や超音波断層法による子宮内膜厚の計測では着床能を機能的に評価することができず、現在まで有用とされる着床能を評価する指標はなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Pirtea P,, et al., Life (Basel). 2021 Dec 27;12(1):39.
【非特許文献2】Franasiak JM,, et al., Fertil Steril. 2021 Dec;116(6):1436-1448.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規な着床能の検出方法および新規な着床障害の予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは今般、不妊症患者のうち生殖補助医療を受けて妊娠した患者群(対照群)と生殖補助医療を受けても妊娠しなかった群(着床障害群)に分類し、各群の着床期の子宮内膜組織検体における遺伝子の発現レベルをRNA発現量で比較した結果、PRC2に関連する遺伝子群に差があることを確認した。本発明者らはまた、Ezh2のノックアウトマウスの解析から、子宮のEzh2によるヒストンH3の27番目のリジン残基のトリメチル化(H3K27me3)が着床過程に関与し、Ezh2を欠損すると着床障害をきたすことを見出した。本発明者らはさらに、Ezh2のノックアウトマウスと対照マウスの子宮の着床部位(妊娠6日目)における遺伝子の発現レベルをRNA発現量で比較した結果、Ezh2のノックアウトマウスにおいてRNA発現量が増加した遺伝子の5’側上流のH3K27me3が有意に低下しており、このうち特に発現量が増加していた細胞周期に関連するCcnd2の転写開始点付近の領域においてH3K27me3が低下していることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0007】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、着床能の検出方法または着床障害の予測方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、検出方法または予測方法。
[2]PRC2関連遺伝子が、(1)OSR1遺伝子、(2)SCUBE1遺伝子、(3)HOXA13遺伝子、(4)MEGF10遺伝子、(5)TRPM6遺伝子、(6)SPINK2遺伝子、(7)RSPO3遺伝子、(8)LGI2遺伝子および(9)MAL遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子である、上記[1]に記載の検出方法または予測方法。
[3]EZH2関連遺伝子が、(10)EZH2遺伝子および/または(11)CCND2遺伝子である、上記[1]または[2]に記載の検出方法または予測方法。
[4]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子(1)~(11)以外の遺伝子の発現レベルを測定する工程をさらに含む、上記[1]~[3]のいずれかに記載の検出方法または予測方法。
[5]遺伝子(1)~(11)以外の遺伝子が、(12)SLC46A2遺伝子、(13)AZGP1遺伝子、(14)BRINP2遺伝子、(15)RDH12遺伝子、(16)SST遺伝子、(17)PENK遺伝子および(18)CHI3L2遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子である、上記[4]に記載の検出方法または予測方法。
[6]前記被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして、着床能の有無を判定する工程をさらに含む、上記[1]~[5]のいずれかに記載の検出方法または予測方法。
[7]遺伝子の発現レベルをRNA発現量で定量する、上記[1]~[6]のいずれかに記載の検出方法または予測方法。
[8]被験対象が不妊症患者である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の検出方法または予測方法。
[9]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、判定方法。
[10]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを測定する工程を含んでなる、着床過程の異常を検出または予測するための着床過程の評価方法であって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、評価方法。
[11]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標とする着床能の診断マーカー、着床障害の予測マーカー、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定マーカーまたは着床過程の評価マーカーであって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、診断マーカー、予測マーカー、判定マーカーまたは評価マーカー。
[12]被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルの定量手段を含んでなる着床能の診断キット、着床障害の予測キット、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定キットまたは着床過程の評価キットであって、前記遺伝子がPRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子である、診断キット、予測キット、判定キットまたは着床過程の評価キット。
【0008】
本発明によれば、被験対象の着床能の検出または着床障害の予測を簡便かつ的確に実施できる点で有利である。本発明によればまた、不妊症患者のうち不妊治療を受けている患者において、不妊治療を継続するか否かの判断に活用することができる点でも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、PRC2によるヒストンH3の27番目のリジン残基のトリメチル化(H3K27me3)の模式図を示す。
【
図2】
図2は、不妊症患者のうち、検体採取後の胚移植により妊娠した患者群(対照群)と検体採取後の胚移植により妊娠しなかった患者群(着床障害群)における子宮内膜組織検体のRNA-Seqの結果を示す。縦軸のRPKM(Reads Per Kilobase of exon per Million mapped reads)は総リード数が100万だった場合の各遺伝子のリード数を示し、横軸の妊娠と非妊娠は対照群と着床障害群をそれぞれ示す。
【
図3】
図3は、不妊症患者のうち、検体採取後の胚移植により妊娠した患者群(対照群)と検体採取後の胚移植により妊娠しなかった患者群(着床障害群)における子宮内膜組織検体のRNA-Seqの結果を示す。縦軸のRPKM(Reads Per Kilobase of exon per Million mapped reads)は総リード数が100万だった場合の各遺伝子のリード数を示し、横軸の妊娠と非妊娠は対照群と着床障害群をそれぞれ示す。
【
図4】
図4AおよびBは、不妊症患者のうち、検体採取後の胚移植により妊娠した患者群(対照群)と検体採取後の胚移植により妊娠しなかった患者群(着床障害群)における子宮内膜組織検体のRNA-Seqの結果を示す。縦軸のRPKM(Reads Per Kilobase of exon per Million mapped reads)は総リード数が100万だった場合の各遺伝子のリード数を示し、横軸の妊娠と非妊娠は対照群と着床障害群をそれぞれ示す。
【
図5】
図5は、不妊症患者のうち、検体採取後の胚移植により妊娠した患者群(対照群)と検体採取後の胚移植により妊娠しなかった患者群(着床障害群)における子宮内膜組織検体のRNA-Seqの結果を示す。縦軸のRPKM(Reads Per Kilobase of exon per Million mapped reads)は総リード数が100万だった場合の各遺伝子のリード数を示し、横軸の妊娠と非妊娠は対照群と着床障害群をそれぞれ示す。
【
図6】
図6は、着床期ヒト子宮内膜組織のEZH2抗体による免疫染色の結果を示す。スケールバーは100μm、leは管腔上皮、geは腺上皮、sは間質をそれぞれ示す。
【
図7】
図7は、妊娠初期におけるヒトとマウスのホルモン動態の概要を示す。縦軸はエストロゲンおよびプロゲステロンの血中濃度を示し、横軸は排卵日からの日数を示す。「Implantation window(着床の窓)」は、「子宮が着床能を保持している期間」をいう。
【
図8】
図8は、胚盤胞の活性化から胎盤形成までのマウスの着床過程の概要を示す。横軸は妊娠からの日数を示す。
【
図9】
図9は、WTマウスの妊娠子宮における、1日目(A)、4日目(B)、6日目(C)、8日目(D)のEzh2遺伝子の発現パターンをそれぞれ示す。スケールバーは200μm、leは管腔上皮、geは腺上皮、sは間質、deは間質が分化、増殖した脱落膜、AMは血管反対側、Mは血管側をそれぞれ示す。
【
図10】
図10Aは、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの子宮(4日目)におけるEzh2の免疫染色の結果をそれぞれ示す。
図10Bは、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの子宮着床部位(5日目)のウエスタンブロットの結果をそれぞれ示す。
【
図11】
図11は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOにおける胎仔数(同腹仔数)(A)、帝王切開した胚の写真、(B)、産仔数(C)をそれぞれ示す。
【
図12】
図12AおよびBは、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(4日目)における胚盤胞の写真(スケールバーは100μm)および胚盤胞の数をそれぞれ示す。
図12Cは、zh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(4日目)のKi67の免疫染色を示す(スケールバーは50μm、leは管腔上皮、geは腺上皮、sは間質をそれぞれ示す)。
【
図13】
図13AおよびBは、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(5日目)における着床部位の写真(矢頭:着床部位、矢印:卵巣)および着床部位数をそれぞれ示す。
【
図14】
図14AおよびBは、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)における着床部位の写真(矢頭:着床部位、矢印:卵巣)および着床部位数をそれぞれ示す。
【
図15】
図15は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)におけるHE染色(A)、CK8免疫染色(B)および子宮内膜管腔上皮の状態(C)を示す(スケールバーは100μm、AMは血管反対側、Mは血管側、*は胚をそれぞれ示す)。
【
図16】
図16は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(8日目)におけるHE染色(A)および着床部位の状態(B)を示す(スケールバーは200μm、矢頭は胚をそれぞれ示す)。
【
図17】
図17は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)における3次元画像をそれぞれ示す。スケールバーは200μm、Lumenは内腔、Glandは腺、*は胚をそれぞれ示す。
【
図18】
図18は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)の着床部位においてH3K27me抗体を用いてクロマチン免疫沈降(Chip)し、抽出したDNAのChip-seqの結果をそれぞれ示す。
【
図19】
図19は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)におけるRT-qPCRの結果をそれぞれ示す。
【
図20】
図20は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(6日目)におけるブロモデオキシウリジン(BrdU)の取り込み能の解析(下)およびリン酸化ヒストンH3(pHH3)の免疫染色(上)をそれぞれ示す。破線で囲まれた領域はpHH3が発現していない領域を示し、スケールバーは200μm、AMは血管反対側、Mは血管側、*は胚、Nuは核をそれぞれ示す。
【
図21】
図21は、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの各子宮(8日目)におけるSA-β-gal(senescence-associated beta-galactosidase)染色をそれぞれ示す。
【発明の具体的説明】
【0010】
<<定義>>
「PRC2」とはポリコーム群タンパク質複合体2(polycomb repressive complex 2)を意味し、ポリコーム群タンパク質(PcG:Polycomb-group protein)の2つのクラスのうちの1つである。
図1の模式図に示されるように、PRC2は複数のタンパク質から構成され、EZH2(enhancer of zeste homolog 2)、EED(embryonic ectoderm development)、SUZ12(suppressor of zeste homolog 12)、RbAp46/48(retinoblastoma (Rb)-associated protein 46/48)が主な構成要素とされており(R. Margueron, et al., Nature 469, 343-349 (2011).)、クロマチンの構成単位であるヌクレオソームを構成するヒストン8量体のうちヒストンH3の27番目のリジン残基をトリメチル化し、標的遺伝子の発現を抑制する。本明細書において、ヒストンH3の27番目のリジン残基がメチル化された状態を「H3K27me3」ということがある。
【0011】
「EZH2」は、PRC2を構成するタンパク質の1つとして、PRC2のメチル化活性において中心的な役割を果たすメチルトランスフェラーゼであり、ヒストンH3の27番目のリジン残基にメチル基の付加を触媒する酵素である。
【0012】
「SUZ12」は、PRC2を構成するタンパク質の1つであり、EZH2とともにヒストンH3の27番目のリジン残基メチル化(H3K27me)に機能し、標的遺伝子の転写抑制に関与する。
【0013】
「OSR1」は「酸化ストレス応答性キナーゼ1(Oxidative Stress-Responsive 1)」であり、OSR1遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0014】
「SCUBE1」は「シグナルペプチド、CUBドメインおよびEGF様ドメイン含有タンパク質1(signal peptide, CUB domain and EGF like domain containing 1)」であり、SCUBE1遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0015】
「HOXA13」は「ホメオボックスタンパク質HOX-A13(Homeobox protein Hox-A13)」であり、HOXA13遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0016】
「MEGF10」は「複数のEGF様ドメインタンパク質10(Multiple EGF Like Domains 10)」であり、MEGF10遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0017】
「TRPM6」は「一過性受容体型電位カチオンチャネルサブファミリーMメンバー6(Transient Receptor Potential Cation Channel Subfamily M Member 6)」であり、TRPM6遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0018】
「SPINK2」は「セリンプロテアーゼ阻害剤カザル型2(Serine protease inhibitor Kazal-type 2)」であり、SPINK2遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0019】
「RSPO3」は「Rスポンジン3(R-spondin 3)」であり、RSPO3遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0020】
「LGI2」は「ロイシンリッチリピートLGIファミリーメンバー2(Leucine-rich repeat LGI family member 2)」であり、LGI2遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0021】
「MAL」は「ミエリンリンパ球タンパク(Myelin and lymphocyte protein)」であり、MAL遺伝子の発現がH3K27me3により調節される点でPRC2と関連する。
【0022】
「CCND2」は「サイクリンD2」ともいい、サイクリンファミリーに属し、CDK4またはCDK6の調節サブユニットとして複合体を形成し、それらの活性化は細胞周期G1/S移行に必要とされる。
【0023】
「SLC46A2」は「溶質キャリアファミリー46メンバー2(Solute Carrier Family 46 Member 2)」である。
【0024】
「AZGP1」は「亜鉛アルファ-2-糖タンパク質1(Alpha-2-Glycoprotein 1, Zinc protein」である。
【0025】
「BRINP2」は「BMP/レチノイン酸誘導性神経特異的タンパク質2(BMP/retinoic acid inducible neural specific protein 2)」である。
【0026】
「RDH12」とは「レチノールデヒドロゲナーゼ12(retinol dehydrogenase 12)」であり、着床期のヒト子宮内膜間質に発現している。
【0027】
「SST」とは「ソマトスタチン(somatostatin)」であり、妊娠後のヒト子宮内膜間質で発現している。
【0028】
「PENK」とは「プロエンケファリン(proenkephalin)」であり、ウシ、アカゲザル、マウスの着床期の子宮で発現している。
【0029】
「CHI3L2」とは「キチナーゼ3様タンパク質2(chitinase 3 like 2)」である。
【0030】
妊娠の起点となる「着床」とは、胚と子宮内膜との間の器質的な結合が成立した状態をいい、「着床過程」とは、受精卵が分割を繰り返し発育した胚盤胞が子宮内膜という粘膜組織の管腔上皮へ接着し(胚接着)、その後子宮内膜の間質へ浸潤し(胚浸潤)、絨毛構造を形成するまでの一連の現象をいう。そして、本発明において、「着床能を有する」とは着床に至る能力を有することをいい、「着床能を有しない」とは着床に至る能力を有しないことをいう。
【0031】
本発明において、「着床障害」とは形態が良好な胚を用いて子宮内への胚移植を複数回行っても妊娠に至らない状態(Repeated Implantation Failure)を意味する。着床障害の原因は大きく「胚性因子」と「子宮因子」に分けられる。胚性因子は、受精卵における染色体の数的異常(異数性)が原因となることが多く、近年、着床前診断の一つで、胚の染色体異数性の検出による着床率の向上と流産率の低下を目的として国内でも臨床研究が行われている異数性の着床前遺伝子検査(PGTA:Preimplantation genetic testing for aneuploidy)により、胚移植当たりの妊娠率の向上が得られる可能性が示唆されている(T. Sato et al., Hum Reprod 34, 2340-2348 (2019).)。一方、子宮因子は、慢性子宮内膜炎、子宮内細菌叢異常、免疫学的異常など様々な要因が示唆されている。
【0032】
「不妊症」は、生殖適齢期にある男女が一定期間(約1年)避妊をせずに性交しているにもかかわらず、妊娠に至らない状態のことをいう。なお、明らかな不妊原因が存在する場合は、不妊の期間にかかわらず不妊症としてよい。
【0033】
本発明において、「不妊治療」は、「一般不妊治療」および「生殖補助医療」を含む意味で用いられる。「一般不妊治療」としては、タイミング法や人工授精が挙げられる。「生殖補助医療(ART:assisted reproductive technology)」は、妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子、あるいは胚を取り扱うことを含むすべての治療あるいは方法をいい、生殖補助医療として体外受精・胚移植(IVF-ET:in vitro fertilization and embryo transfer)、卵細胞質内精子注入・胚移植(ICSI-ET:intracytoplasmic sperm injection and embryo transfer)および凍結・融解胚移植等の不妊症治療法が挙げられる。
【0034】
本発明において「子宮内膜組織検体」は、着床期に採取された検体であっても、着床期以外の時期に採取された検体であってもよいが、好ましくは着床期に採取された検体である。ここで、着床期は、排卵周期によるものであってもよく、ホルモン補充周期によるものであってもよい。また、本発明において、不妊治療を受ける対象(ヒト)において、排卵日の6~8日後(または黄体ホルモンの投与6~8日目)に採取された該対象の子宮内膜組織検体を使用することができる。
【0035】
本発明における「対象」は、ヒトを含む哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトである。本発明における「対象」は、正常な対象(健常者)も含まれるが、好ましくは不妊症患者である(不妊症と診断されている対象および不妊症と疑われる対象を含む)。
【0036】
<<マーカー遺伝子>>
本発明において着床能または着床障害の指標となる遺伝子(マーカー遺伝子)は、PRC2関連遺伝子、EZH2関連遺伝子および/またはSUZ12遺伝子を少なくとも含む。
【0037】
本発明において指標となるPRC2関連遺伝子は、OSR1遺伝子、SCUBE1遺伝子、HOXA13遺伝子、MEGF10遺伝子およびTRPM6遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子を少なくとも含む。本明細書において「OSR1遺伝子、SCUBE1遺伝子、HOXA13遺伝子、MEGF10遺伝子およびTRPM6遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子」を「本発明の遺伝子a」または「遺伝子a」ということがある。本発明の遺伝子aは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子aの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子aの発現レベルと比較して低いことを特徴とする。特に、本発明の遺伝子aは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子発現レベルが着床障害を有しない対象と比較して1/2以下であるものとすることができる。
【0038】
本発明において指標となるPRC2関連遺伝子は、本発明の遺伝子aに加えて、SPINK2遺伝子、RSPO3遺伝子、LGI2遺伝子およびMAL遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子を少なくとも含む。本明細書において「SPINK2遺伝子、RSPO3遺伝子、LGI2遺伝子およびMAL遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子」を「本発明の遺伝子b」または「遺伝子b」ということがある。本発明の遺伝子bは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子bの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子bの発現レベルと比較して高いことを特徴とする。特に、本発明の遺伝子bは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子発現レベルが着床障害を有しない対象と比較して2倍以上であるものとすることができる。
【0039】
本発明において指標となるEZH2関連遺伝子は、「EZH2遺伝子」および/または「CCND2遺伝子」を少なくとも含む。本明細書において「EZH2遺伝子」を「本発明の遺伝子c」または「遺伝子c」といい、「CCND2遺伝子」を「本発明の遺伝子d」または「遺伝子d」ということがある。本発明の遺伝子cは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子cの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子cの発現レベルと比較して低いことを特徴とする。本発明の遺伝子dは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子dの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子dの発現レベルと比較して高いことを特徴とする。
【0040】
本発明において指標となる「SUZ12遺伝子」は、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中のSUZ12遺伝子の発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中のSUZ12遺伝子の発現レベルと比較して低いことを特徴とする。本明細書において「SUZ2遺伝子」を「本発明の遺伝子e」または「遺伝子e」ということがある。
【0041】
本発明において指標となる遺伝子は、本発明の遺伝子a、b、c、dおよびeに加えて、SLC46A2遺伝子および/またはAZGP1遺伝子を少なくとも含む。本明細書において「SLC46A2遺伝子および/またはAZGP1遺伝子」を「本発明の遺伝子f」または「遺伝子f」ということがある。本発明の遺伝子fは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子fの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子fの発現レベルと比較して低いことを特徴とする。特に、本発明の遺伝子fは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子発現レベルが着床障害を有しない対象と比較して1/2以下であるものとすることができる。
【0042】
本発明において指標となる遺伝子は、本発明の遺伝子a、b、c、d、eおよびfに加えて、BRINP2遺伝子、RDH12遺伝子、SST遺伝子、PENK遺伝子およびCHI3L2遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子を少なくとも含む。本明細書において「BRINP2遺伝子、RDH12遺伝子、SST遺伝子、PENK遺伝子およびCHI3L2遺伝子からなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子」を「本発明の遺伝子g」または「遺伝子g」ということがある。本発明の遺伝子gは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子gの発現レベルが着床障害を有しない対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子gの発現レベルと比較して高いことを特徴とする。特に、本発明の遺伝子gは、着床障害を有する対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子発現レベルが着床障害を有しない対象と比較して2倍以上であるものとすることができる。本明細書において、本発明の遺伝子a、b、c、d、e、fおよびgのいずれかの遺伝子を「本発明の遺伝子」ということがある。
【0043】
<<着床能の検出方法>>
本発明の第一の側面によれば、着床能の検出方法が提供される。本発明の検出方法によれば、被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして着床能を検出することができる。すなわち、本発明の検出方法は、遺伝子の発現レベルを被験対象の着床能の有無と関連づけることを特徴とする。
【0044】
本発明の検出方法においては、まず、(A)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、b、c、d、e、fおよびgからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子(本発明の遺伝子)の発現レベルを測定する工程を実施することができる。遺伝子の発現レベルの測定は、公知の方法により実施することができ、例えば、RNA発現量やタンパク質発現量の測定方法を利用できる。
【0045】
RNA発現量の測定方法としては、次世代シーケンサーを利用したRNA-seq、定量的PCR(RT-qPCR)、デジタルPCR、マイクロアレイ、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法等が挙げられるが、迅速かつ簡便な検出の観点からRT-qPCRおよびデジタルPCRが好ましい。
【0046】
タンパク質発現量の測定方法としては、抗体やアプタマーを利用したイムノアッセイとして、エンザイムイムノアッセイ(EIAやELISA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、蛍光偏光イムノアッセイ(FPIA)、化学発光イムノアッセイ、質量分析法等が挙げられるが、迅速かつ簡便な検出の観点からEIAおよびELISAが好ましい。
【0047】
本発明の検出方法においては、(B)工程(A)で測定された本発明の遺伝子の発現レベルを指標にして、子宮内膜組織検体を採取した被験対象の着床能の有無を判定または評価する工程をさらに含むことができる。
【0048】
本発明の遺伝子が遺伝子a、c、eおよびfである場合、工程(B)は、(B-1―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(B-1-2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床能がないと判定する工程とにより実施することができる。なお、本発明において「着床能がない」とは、「着床能がない可能性がある、あるいは着床能がない可能性が低い」を含む意味で用いられるものとする。
【0049】
工程(B-1-2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床能があると判定することもできる。なお、本発明において「着床能がある」とは、「着床能がある可能性がある、あるいは着床能がある可能性が高い」を含む意味で用いられるものとする。
【0050】
本発明の遺伝子が遺伝子b、dおよびgである場合、工程(B)は、(B-2―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(B-2―2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床能がないと判定する工程とにより実施することができる。
【0051】
工程(B-2―2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床能があると判定することもできる。
【0052】
本発明において、「参照値」は、着床能を有する対象(正常対象)の子宮内膜組織検体における本発明の遺伝子の発現レベルの測定値から算出し、決定することができる。このような対象は、不妊症患者のうち不妊治療を受けて妊娠した対象が好ましいが、着床能を有する健常者であってもよい。本発明において参照値はまた、着床能を有しない対象、すなわち不妊症患者のうち不妊治療を受けても妊娠しなかった対象(着床障害対象)の子宮内膜組織検体における本発明の遺伝子の発現レベルの測定値から算出し、決定することができる。上記の参照値の決定方法においては、正常対象群または着床障害対象群の測定値の平均値、中央値、パーセンタイル値、最大値または最小値を使用することができる。パーセンタイル値は任意の値を選択することができ、例えば、5、10、15、20、25、30、40、50、60、70、75、80、85、90または95とすることができる。参照値を算出する際の正常対象および着床障害対象の例数は複数例が好ましく、例えば、2例以上、5例以上、10例以上、20例以上、50例以上または100例以上とすることができる。なお、参照値は本発明を実施する上で着床能の有無または着床障害の可能性の有無を区別する数値であり、この意味においてカットオフ値または境界値といい得る。
【0053】
本発明において参照値はまた、着床能を有する対象(正常対象)の子宮内膜組織検体における本発明の遺伝子の発現レベルの測定値と、着床能を有しない対象(着床障害対象)の子宮内膜組織検体における本発明の遺伝子の発現レベルの測定値に基づいて算出することもできる。例えば、着床障害対象群と、正常対象群について、子宮内膜組織検体における本発明の遺伝子の発現レベルを測定し、得られた測定値を用いてROC(受信者動作特性曲線(Receiver Operating Characteristic curve))解析等の統計解析を行うことにより参照値を設定することができる。ROC曲線の作成とROC曲線に基づく参照値の設定は周知であり、感度や特異度の観点から当業者が適宜設定することができる。
【0054】
本発明において本発明の遺伝子を複数種組み合わせて指標とする場合や、本発明の遺伝子を他の臨床変数と組み合わせて指標とする場合には、指標となる複数種の遺伝子の発現レベルの測定値に対して一つの参照値を設定することもできる。例えば、一種の遺伝子の発現レベルの測定値に代えて、複数種の遺伝子の発現レベルの測定値の合計値、平均値、比率等を用いて参照値を算出することができ、あるいは、複数種の遺伝子の発現レベルの測定値に重み付けをした上で合計値、平均値、比率等を算出し、該算出値を用いて参照値を算出することができる。このようにして算出された参照値を本発明に用いる場合には、参照値の算出方法と同じ方法で被験対象の子宮内膜組織検体中の複数種の遺伝子の発現レベルの測定値を処理し、得られた数値をあらかじめ定めた参照値とを比較することで判定を行うことができる。
【0055】
本発明の検出方法の工程(B)においては、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、遺伝子c、遺伝子eおよび遺伝子fからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが、正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも低いか、あるいは該平均値と比較して約0.9倍以下、約0.85倍以下、約0.8倍以下、約0.75倍以下、約0.7倍以下、約0.65倍以下、約0.6倍以下、約0.55倍以下、約0.5倍以下、約0.45倍以下、約0.4倍以下または約0.35倍以下である場合に、被験対象の着床能がないと判定することができる。
【0056】
本発明の検出方法の工程(B)においてはまた、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子b、遺伝子dおよび遺伝子gからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも高いか、あるいは該平均値と比較して約1.05倍以上、約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上である場合に、被験対象の着床能がないと判定することができる。
【0057】
本発明の検出方法は、本発明の遺伝子を2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、11種以上、12種以上、13種以上、14種以上、15種以上、または16種以上のように組み合わせて実施することができ、例えば、一定数以上の種類の本発明の遺伝子の発現レベルが対照と比較して異なっている(高いまたは低い)場合に、被験対象の着床能がない(あるいは着床能がある)と判定することができる。
【0058】
本発明の検出方法において、着床能の有無の検出は、被験対象の子宮内膜組織検体の遺伝子レベルの測定に、他の臨床変数の測定を組み合わせて実施することができる。組み合わせる臨床変数としては、例えば、子宮内膜の炎症状態の観点から、子宮内膜間質におけるCD138陽性細胞数が挙げられる。本発明の遺伝子をこのような臨床変数と組み合わせて使用することによりさらに検出精度を向上させることができる。ここで検出精度が向上するとは、ROC解析を利用した場合には、ROC曲線の曲線下面積(AUC)が向上することを意味する。
【0059】
本発明の検出方法によれば、被験対象の着床能を検出または評価することができる。したがって、本発明の検出方法は、着床能の診断に補助的に用いることができ、被験対象が着床能を有しているか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。例えば、本発明においては、着床能を有していない(あるいは有していない可能性がある)と判定された被験対象については、医師が他の所見を参照しつつ被験対象が着床能を有していない(あるいは着床能を有していない可能性がある)と判断することができる。すなわち、本発明の検出方法は着床能の診断を補助する方法あるいは着床能の診断を支援する方法と言い換えることができる。
【0060】
本発明の検出方法によれば、被験対象から採取された子宮内膜組織検体に基づいて定量的に着床能の検出または評価を行うことができる。すなわち、本発明の検出方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確に着床能を検出または評価できる点で有利である。このため本発明の検出方法は、着床能を検出または評価するための生体試料分析方法と言い換えることができる。本発明の検出方法によればまた、不妊症患者のうち不妊治療を受けている患者において、不妊治療を継続するか否かの判断に活用することができる点でも有利である。
【0061】
<<着床障害の予測方法>>
本発明の第二の側面によれば、着床障害の予測方法が提供される。本発明の予測方法によれば、被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして着床障害を予測することができる。すなわち、本発明の予測方法は、遺伝子の発現レベルを被験対象の着床障害の予測と関連づけることを特徴とする。
【0062】
本発明の予測方法においては、まず、(C)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、b、c、d、e、fおよびgからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子(本発明の遺伝子)の発現レベルを測定する工程を実施することができる。遺伝子の発現レベルの測定は、本発明の検出方法の記載に従って実施することができる。
【0063】
本発明の予測方法においては、(D)工程(C)で測定された本発明の遺伝子の発現レベルを指標にして、子宮内膜組織検体を採取した被験対象の着床障害の可能性を判定または評価する工程をさらに含むことができる。
【0064】
本発明の遺伝子が遺伝子a、c、eおよびfである場合、工程(D)は、(D-1―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(D-1-2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床障害の可能性があると判定する工程とにより実施することができる。なお、本発明において「着床障害の可能性がある」とは、「着床障害の可能性が高い」を含む意味で用いられるものとする。
【0065】
工程(D-1-2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床障害の可能性がないと判定することもできる。なお、本発明において「着床障害の可能性がない」とは、「着床障害の可能性が低い」を含む意味で用いられるものとする。
【0066】
本発明の遺伝子が遺伝子b、dおよびgである場合、工程(D)は、(D-2―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(D-2―2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床障害の可能性があると判定する工程とにより実施することができる。
【0067】
工程(D-2―2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床障害の可能性がないと判定することもできる。
【0068】
本発明の予測方法の工程(D)においては、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、遺伝子c、遺伝子eおよび遺伝子fからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも低いか、あるいは該平均値と比較して約0.9倍以下、約0.85倍以下、約0.8倍以下、約0.75倍以下、約0.7倍以下、約0.65倍以下、約0.6倍以下、約0.55倍以下、約0.5倍以下、約0.45倍以下、約0.4倍以下または約0.35倍以下である場合に、被験対象は着床障害の可能性があると判定することができる。
【0069】
本発明の予測方法の工程(D)においてはまた、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子b、遺伝子dおよび遺伝子gからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも高いか、あるいは該平均値と比較して約1.05倍以上、約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上である場合に、被験対象は着床障害の可能性があると判定することができる。
【0070】
本発明の予測方法は、本発明の遺伝子を2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、11種以上、12種以上、13種以上、14種以上、15種以上、または16種以上のように組み合わせて実施することができ、例えば、一定数以上の種類の本発明の遺伝子の発現レベルが対照と比較して異なっている(高いまたは低い)場合に、被験対象は着床障害の可能性がある(あるいは着床障害の可能性がない)と判定することができる。
【0071】
本発明の予測方法において、着床障害の予測は、被験対象の子宮内膜組織検体の遺伝子レベルの測定に、他の臨床変数の測定を組み合わせて実施することができる。組み合わせる臨床変数としては、例えば、子宮内膜の炎症状態の観点から、子宮内膜間質におけるCD138陽性細胞数が挙げられる。本発明の遺伝子をこのような臨床変数と組み合わせて使用することによりさらに予測精度を向上させることができる。ここで予測精度が向上するとは、ROC解析を利用した場合には、ROC曲線の曲線下面積(AUC)が向上することを意味する。
【0072】
本発明の予測方法によれば、被験対象の着床障害を予測または評価することができる。したがって、本発明の予測方法は、着床障害の診断に補助的に用いることができ、被験対象が着床障害の可能性があるか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。例えば、本発明においては、着床障害の可能性があると判定された被験対象については、医師が他の所見を参照しつつ被験対象が着床障害の可能性があると判断することができる。すなわち、本発明の予測方法は着床障害の診断を補助する方法あるいは着床障害の診断を支援する方法と言い換えることができる。
【0073】
本発明の予測方法によれば、被験対象から採取された子宮内膜組織検体に基づいて定量的に着床障害の可能性の予測または評価を行うことができる。すなわち、本発明の予測方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確に着床障害を予測または評価できる点で有利である。このため本発明の予測方法は、着床障害を検出または評価するための生体試料分析方法と言い換えることができる。本発明の予測方法によればまた、不妊治療による治療を受けている患者において、不妊治療を継続するか否かの判断に活用することができる点でも有利である。
【0074】
本発明の予測方法は、上記に加えて、本発明の検出方法の記載に従って実施することができる。
【0075】
<<不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定方法>>
本発明の第三の側面によれば、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定方法が提供される。本発明の判定方法によれば、被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして不妊治療による臨床的妊娠可能性を判定することができる。すなわち、本発明の判定方法は、遺伝子の発現レベルを被験対象の不妊治療による臨床的妊娠可能性と関連づけることを特徴とする。
【0076】
本発明の判定方法においては、まず、(E)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、b、c、d、e、fおよびgからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子(本発明の遺伝子)の発現レベルを測定する工程を実施することができる。遺伝子の発現レベルの測定は、本発明の検出方法の記載に従って実施することができる。
【0077】
本発明の判定方法においては、(F)工程(E)で測定された本発明の遺伝子の発現レベルを指標にして、子宮内膜組織検体を採取した被験対象の不妊治療による臨床的妊娠可能性を評価する工程をさらに含むことができる。
【0078】
本発明の遺伝子が遺伝子a、c、eおよびfである場合、工程(F)は、(F-1―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(F-1-2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の臨床的妊娠の可能性がないと評価する工程とにより実施することができる。なお、本発明において「臨床的妊娠の可能性がない」とは、「臨床的妊娠の可能性が低い」を含む意味で用いられる。
【0079】
工程(F-1-2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の臨床的妊娠の可能性があると評価することもできる。なお、本発明において「臨床的妊娠の可能性がある」とは、「臨床的妊娠の可能性が高い」を含む意味で用いられる。
【0080】
本発明の遺伝子が遺伝子b、dおよびgである場合、工程(F)は、(F-2―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(F-2―2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の臨床的妊娠の可能性がないと評価する工程とにより実施することができる。
【0081】
工程(F-2―2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の臨床的妊娠の可能性があると判定することもできる。
【0082】
本発明の判定方法の工程(F)においては、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、遺伝子c、遺伝子eおよび遺伝子fからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも低いか、あるいは該平均値と比較して約0.9倍以下、約0.85倍以下、約0.8倍以下、約0.75倍以下、約0.7倍以下、約0.65倍以下、約0.6倍以下、約0.55倍以下、約0.5倍以下、約0.45倍以下、約0.4倍以下または約0.35倍以下である場合に、被験対象は臨床的妊娠の可能性がないと評価することができる。
【0083】
本発明の判定方法の工程(F)においてはまた、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子b、遺伝子dおよび遺伝子gからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも高いか、あるいは該平均値と比較して約1.05倍以上、約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上である場合に、被験対象は臨床的妊娠の可能性がないと評価することができる。
【0084】
本発明の判定方法は、本発明の遺伝子を2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、11種以上、12種以上、13種以上、14種以上、15種以上、または16種以上のように組み合わせて実施することができ、例えば、一定数以上の種類の本発明の遺伝子の発現レベルが対照と比較して異なっている(高いまたは低い)場合に、被験対象の不妊治療による臨床的妊娠の可能性がない(あるいは可能性がある)と判定することができる。
【0085】
本発明の判定方法において、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定は、被験対象の子宮内膜組織検体の遺伝子レベルの測定に、他の臨床変数の測定を組み合わせて実施することができる。組み合わせる臨床変数としては、例えば、子宮内膜の炎症状態の観点から、子宮内膜間質におけるCD138陽性細胞数が挙げられる。本発明の遺伝子をこのような臨床変数と組み合わせて使用することによりさらに判定精度を向上させることができる。ここで判定精度が向上するとは、ROC解析を利用した場合には、ROC曲線の曲線下面積(AUC)が向上することを意味する。
【0086】
本発明の判定方法によれば、被験対象の不妊治療による臨床的妊娠可能性を判定することができる。したがって、本発明の判定方法は、不妊治療による臨床的妊娠可能性の診断に補助的に用いることができ、被験対象が不妊治療による臨床的妊娠の可能性があるか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。例えば、本発明においては、不妊治療による臨床的妊娠の可能性があると判定された被験対象については、医師が他の所見を参照しつつ被験対象が不妊治療による臨床的妊娠の可能性があると判断することができる。すなわち、本発明の判定方法は不妊治療による臨床的妊娠可能性の診断を補助する方法あるいは不妊治療による臨床的妊娠可能性の診断を支援する方法と言い換えることができる。
【0087】
本発明の判定方法によれば、被験対象から採取された子宮内膜組織検体に基づいて定量的に不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定を行うことができる。すなわち、本発明の判定方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確に不妊治療による臨床的妊娠可能性を判定できる点で有利である。このため本発明の判定方法は、不妊治療による臨床的妊娠可能性を判定するための生体試料分析方法と言い換えることができる。本発明の判定方法によればまた、不妊治療による治療を受けている患者において、不妊治療を継続するか否かの判断に活用することができる点でも有利である。
【0088】
本発明の判定方法は、上記に加えて、本発明の検出方法および予測方法の記載に従って実施することができる。
【0089】
<<着床過程の評価方法>>
本発明の第四の側面によれば、着床過程の異常を検出または予測するための、着床過程の評価方法が提供される。本発明の評価方法によれば、被験対象の子宮内膜組織検体中の遺伝子の発現レベルを指標にして、着床過程の異常を検出または予測するために、着床過程を評価することができる。すなわち、本発明の評価方法は、遺伝子の発現レベルを被験対象の着床過程の異常と関連づけることを特徴とする。本発明の評価方法によれば、「着床過程」における異常を検出または予測するために用いることができ、好ましくは「胚接着から胚浸潤に至る過程」における異常を検出または予測するために用いることができる。ここで、本発明において、「着床過程の異常」とは、妊娠に及ぼす悪影響をいい、典型的には胚接着が正常に行われないことや胚接着後の胚浸潤が正常に行われないことをいう。
【0090】
本発明の評価方法においては、まず、(G)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、b、c、d、e、fおよびgからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子(本発明の遺伝子)の発現レベルを測定する工程を実施することができる。遺伝子の発現レベルの測定は、本発明の検出方法の記載に従って実施することができる。
【0091】
本発明の評価方法においては、(H)工程(G)で測定された本発明の遺伝子の発現レベルを指標にして、子宮内膜組織検体を採取した被験対象の着床過程の異常の有無を判定する工程をさらに含むことができる。
【0092】
本発明の遺伝子が遺伝子a、c、eおよびfである場合、工程(H)は、(H-1―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(H-1-2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床過程に異常があると判定する工程とにより実施することができる。なお、本発明において「着床過程に異常がある」とは、「着床過程に異常がある可能性がある、あるいは着床過程に異常がある可能性が高い」を含む意味で用いられるものとする。
【0093】
工程(H-1-2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床過程に異常がないと判定することもできる。なお、本発明において「着床過程に異常がない」とは、「着床過程に異常がない可能性がある、あるいは着床過程に異常がない可能性が高い」を含む意味で用いられるものとする。
【0094】
本発明の遺伝子が遺伝子b、dおよびgである場合、工程(H)は、(H-2―1)被験対象の子宮内膜組織検体中の本発明の遺伝子の発現レベルとあらかじめ定めた参照値とを比較する工程と、(H-2―2)被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以上であるか、または参照値よりも高い場合に被験対象の着床過程に異常があると判定する工程とにより実施することができる。
【0095】
工程(H-2―2)では、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子の発現レベルが参照値以下であるか、または参照値よりも低い場合に被験対象の着床過程に異常がないと判定することもできる。
【0096】
本発明の評価方法の工程(H)においては、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子a、遺伝子c、遺伝子eおよび遺伝子fからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも低いか、あるいは該平均値と比較して約0.9倍以下、約0.85倍以下、約0.8倍以下、約0.75倍以下、約0.7倍以下、約0.65倍以下、約0.6倍以下、約0.55倍以下、約0.5倍以下、約0.45倍以下、約0.4倍以下または約0.35倍以下である場合に、被験対象の着床過程に異常があると判定することができる。
【0097】
本発明の評価方法の工程(H)においてはまた、例えば、被験対象の子宮内膜組織検体中における本発明の遺伝子b、遺伝子dおよび遺伝子gからなる群から選択される1種または2種以上の遺伝子の発現レベルが正常対象群の当該遺伝子の発現レベルの平均値よりも高いか、あるいは該平均値と比較して約1.05倍以上、約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上である場合に、被験対象の着床過程に異常があると判定することができる。
【0098】
本発明の評価方法は、本発明の遺伝子を2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、11種以上、12種以上、13種以上、14種以上、15種以上、または16種以上のように組み合わせて実施することができる、例えば、一定数以上の種類の本発明の遺伝子の発現レベルが対照と比較して異なっている(高いまたは低い)場合に、被験対象の着床過程に異常がある(あるいは異常がない)と判定することができる。
【0099】
本発明の評価方法において、着床過程の評価は、被験対象の子宮内膜組織検体の遺伝子レベルの測定に、他の臨床変数の測定を組み合わせて実施することができる。組み合わせる臨床変数としては、例えば、子宮内膜の炎症状態の観点から、子宮内膜間質におけるCD138陽性細胞数が挙げられる。本発明の遺伝子をこのような臨床変数と組み合わせて使用することによりさらに判定精度を向上させることができる。ここで判定精度が向上するとは、ROC解析を利用した場合には、ROC曲線の曲線下面積(AUC)が向上することを意味する。
【0100】
本発明の評価方法によれば、被験対象の着床過程における異常の検出または予測に用いることができる。したがって、本発明の判定方法は、着床過程の異常の診断に補助的に用いることができ、被験対象が着床過程に異常を有するか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。例えば、本発明においては、着床過程に異常があると評価された被験対象については、医師が他の所見を参照しつつ被験対象が着床過程に異常があると判断することができる。すなわち、本発明の評価方法は着床過程の異常の診断を補助する方法あるいは着床過程の異常の診断を支援する方法と言い換えることができる。
【0101】
本発明の評価方法によれば、被験対象から採取された子宮内膜組織検体に基づいて定量的に着床過程の評価を行うことができる。すなわち、本発明の評価方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確に着床過程における異常の検出または予測のために着床過程を評価できる点で有利である。このため本発明の評価方法は、着床過程の異常を検出または予測するための生体試料分析方法と言い換えることができる。本発明の評価方法によればまた、不妊治療による治療を受けている患者において、不妊治療を継続するか否かの判断に活用することができる点でも有利である。
【0102】
本発明の判定方法は、上記に加えて、本発明の検出方法、予測方法および判定方法の記載に従って実施することができる。
【0103】
<<着床能の診断マーカーおよび着床障害の予測マーカー>>
本発明の第五の側面によれば、本発明の遺伝子を含んでなる、着床能の診断または検出に用いるためのマーカー、着床障害の予測に用いるためのマーカー、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定に用いるためのマーカーおよび着床過程の評価に用いるためのマーカーと、着床能の診断または検出に用いるためのマーカー、着床障害の予測に用いるためのマーカー、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定に用いるためのマーカーおよび着床過程の評価に用いるためのマーカーとしての、本発明の遺伝子の使用が提供される。本発明において、診断マーカー、検出マーカー、予測マーカー、判定マーカーおよび評価マーカーは、その存在および量が着床能の有無の診断、着床障害の可能性の予測、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定および着床過程の評価の指標となる物質をそれぞれいい、着床能の診断や検出、着床障害の予測、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定および着床過程の評価等のためのマーカーとしてそれぞれ用いることができるものである。すなわち、本発明のマーカーによれば、本発明の遺伝子を着床能の診断もしくは検出用のマーカー、着床障害の予測用のマーカー、または不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定もしくは着床過程の評価用のマーカーとして使用することができる。
【0104】
本発明のマーカーは、上記に加えて、本発明の検出方法、予測方法、判定方法および評価方法の記載に従って実施することができる。
【0105】
<<着床能の診断キットおよび着床障害の予測キット>>
本発明の第六の側面によれば、子宮内膜組織における本発明の遺伝子の発現レベルの定量手段を含んでなる、着床能の診断または検出に用いるためのキット、着床障害の予測に用いるためのキット、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定に用いるためのキットおよび着床過程の評価に用いるためのキットが提供される。本発明のキットは、典型的には、本発明の検出方法、予測方法、判定方法または評価方法に従ってなされる、着床能の診断もしくは検出用のキット、着床障害の予測用のキット、不妊治療による臨床的妊娠可能性の判定用のキットまたは着床過程の評価用のキットである。本発明の遺伝子の発現レベルの定量は、本発明の検出方法に記載の遺伝子の発現レベルの測定方法に従って実施することができる。
【0106】
本発明のキットは、上記に加えて、本発明の検出方法、予測方法、判定方法および評価方法の記載に従って実施することができる。
【実施例0107】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0108】
例1:ヒトの子宮内膜組織を用いた検討(1)
例1では、不妊症患者の子宮内膜組織を採取し、採取後に生殖補助医療(胚移植)を受けて妊娠した不妊患者群(対照群)と採取後に生殖補助医療(胚移植)を受けたが妊娠しなかった不妊患者群(着床障害群)の子宮内膜組織検体におけるRNA発現レベルを比較検討した。
【0109】
(1)方法
ア 子宮内膜組織検体
東京大学医学部附属病院を受診している80名の不妊症患者から、インフォームドコンセントを行った上で、不妊原因精査のために採取した着床期子宮内膜検体の一部を子宮内膜組織検体として使用した。子宮内膜組織の採取に際しては、生殖補助医療として胚移植の際に行うホルモン投与を同様に行い、ホルモン補充周期による着床期(黄体ホルモン投与7日目)の子宮内膜を採取した。また、検体採取後の生殖補助医療として不妊治療周期に行った凍結融解胚移植による臨床的妊娠の有無を追跡調査した。なお、生殖補助医療として体外受精で初期胚移植の治療を受ける患者は着床期と推定される日の4日前に胚移植を行い、生殖補助医療として胚盤胞移植の治療を受ける患者は着床期と推定される日の2日前に胚移植を行った。
【0110】
イ RNA抽出およびRNA-Seq
子宮内膜組織検体からのRNA抽出は、RNeasy Plus Mini Kit (Qiagen)を用いて行った。検体採取後の胚移植により妊娠した不妊患者群(対照群)(43名)と検体採取後の胚移植により妊娠しなかった不妊患者群(着床障害群)(37名)の計80検体のRNA-seqをマクロジェン・ジャパンで行った。
【0111】
ウ RNA発現量の比較解析
RNA-Seqで得られたRawリードファイルはヒトゲノム配列(GRCh38/hg38)上にHisat2 version 2.1.0を用いてアライメントし、Subreadツール中のfeatureCount機能を用いて各遺伝子座上におけるリード数をカウントした。対照群と着床障害群との発現量を比較するため、リードカウントファイルをDESeq2 version 1.16.1に供試し、2倍以上の発現量の変化を認めた遺伝子をDifferential expressed genes(DEGs)として評価した。なお、EZH2関連遺伝子であるEZH2およびCCND2は、2倍以上の発現量の変化は認められなかったが解析対象とした。そして、これらの遺伝子を、Enrichrを用いて2種類のデータベース(Epigenetic Roadmap project (National Institutes of Health)、ChEA 2016)と比較した。
【0112】
(2)結果
結果は、
図2~5に示す通りであった。着床障害群において、対照群と比較して、PRC2関連遺伝子の発現については、OSR1、SCUBE1、HOXA13、MEGF10およびTRPM6の発現量の減少が確認されるとともに、PRC2関連遺伝子以外の遺伝子の発現については、SLC46A2およびAZGP1の発現量の減少が確認された(
図2)。一方で、着床障害群において、対照群と比較して、PRC2関連遺伝子の発現については、SPINK2、RSPO3、LGI2およびMALの発現量の増加が確認されるとともに、PRC2関連遺伝子以外の遺伝子の発現については、BRINP2、RDH12、SST、PENKおよびCHI3L2の発現量の増加が確認された(
図3)。また、着床障害群において、対照群と比較して、EZH2関連遺伝子の発現については、EZH2の発現量の減少およびCCND2の発現量の増加が確認された(
図4Aおよび
図5)。さらに、着床障害群において、対照群と比較して、SUZ2遺伝子の発現については、SUZ12の発現量の減少が確認された(
図4B)。これらの結果から、いずれの遺伝子も、対照群と着床障害群との間で発現量に差異が認められ(p<0.5)、着床障害の指標となることが示された。
【0113】
例2:ヒトの子宮内膜組織を用いた検討(2)
例2では、着床期のヒト子宮内膜組織において、PRC2の構成分子の一つであるEZH2の発現レベルについて検討した。
【0114】
着床期のヒト子宮内膜に対してEZH2抗体を用いて免疫染色した結果、主に子宮内膜腺上皮でEZH2の発現が確認され、子宮内膜管腔上皮や間質でも弱い発現が認められた(
図6)。
【0115】
例3:遺伝子改変マウスを用いた検討(1)
例3では、着床期の女性ホルモン動態がヒトと類似しているマウスを使用して、着床期子宮におけるEzh2の発現パターンを検討した。
【0116】
ヒトの子宮は単角であるのに対しマウスの子宮は双角であるという構造的な違いがあるものの、着床時期において重要な性ステロイドホルモンのエストラジオール-17β(E
2)、プロゲステロン(P
4)の動態はヒトとマウスで類似している(
図7)。また、ヒトとマウスでは、排卵から着床までの期間が近いことや、胎盤を構成する主たる細胞である栄養膜細胞(トロホブラスト)が子宮内膜に激しく浸潤することが両者で共通した特徴といえる。
【0117】
図8にマウスの着床過程の概要を示す。妊娠4日目に胚盤胞の活性化が起こり、深夜には子宮への胚接着反応が始まり、その刺激が子宮内膜管腔上皮から間質へと伝わり、子宮内膜間質では脱落膜化が始まる。同時期に、子宮内膜のくぼみ状の構造(クリプト(crypt))の形成が始まり、その底付近に胚が見られる。妊娠5日目以降に管腔上皮が消失し、栄養膜細胞(トロホブラスト)が間質内に浸潤する。その後、トロホブラストによる胎盤形成が進む段階で、子宮内膜間質細胞の脱落膜化が進む。妊娠8日目には脱落膜化が完成し、胎盤形成へとつながる。本明細書中のマウスを用いた実施例では、主に着床期(妊娠6日目)に着目し検討を進めた。
【0118】
野生型マウス(WT)としてC57BL/6マウスの雌(7~12週齢)を妊孕性のある雄(WT)と交配させて妊娠させた。ここで、腟栓を認めた日(妊娠した日)を「1日目」とした(本明細書の実施例において「X日目」と記載する場合は腟栓を認めた日以降のX日目を指す。また、「X日目」は「妊娠X日目」と同義である。)。そして、WTの「1日目」、「4日目」、「6日目」および「8日目」における着床部位の子宮のEzh2の発現解析を免疫染色により行った。
【0119】
「1日目」では子宮内膜上皮(
図9A)、「4日目」では子宮内膜上皮・間質いずれでも発現し(
図9B)、「6日目」では子宮内膜間質(脱落膜)および胚で発現し(
図9C)、「8日目」では血管側の子宮内膜間質(脱落膜)に発現していることがそれぞれ確認された(
図9D)。この結果から、Ezh2はマウス着床期子宮に発現するとともに、妊娠時期により発現部位が変化することが示された。
【0120】
例4:遺伝子改変マウスを用いた検討(2)
例4以降では、Ezh2を子宮選択的にノックアウトしたマウスを用いて、子宮で発現しているEzh2が妊娠に及ぼす影響を検討した。
【0121】
子宮のEzh2を選択的にノックアウトしたマウスをCre-loxPシステムを用いて次の手順で作製した。Ezh2-loxPマウス(C57BL/6)とPgr-Creマウス(C57BL/6/129SV)を交配させて、子宮のEzh2を選択的にノックアウトしたマウス(Ezh2 uKO)を作製した。Ezh2 uKOに対するCre陰性の同腹仔を対照マウス(Ezh2 uControl)として使用した。また、野生型マウス(WT)としてC57BL/6野生型マウスを使用した(交配用の雄マウスとEzh2発現解析用の雌マウス)。
【0122】
Ezh2 uKOでは、Ezh2 uControlと比較して、4日目の子宮では子宮内膜上皮および間質のいずれにおいても明らかにEzh2の発現が低下しており(
図10A)、5日目の子宮着床部位のウエスタンブロットにおいてもEzh2の発現が顕著に低下してることが確認された(
図10B)。また、Ezh2 uKOでは完全不妊とはならないものの、Ezh2 uControlと比較して、産仔数が減少することも確認された(
図11A)。さらに、「19日目」において帝王切開を行うと、妊娠後期においてEzh2 uKOの胚成長に異常は認められなかったが、「19日目」の胎仔数は産仔数と同様に減少したが(
図11B)、Ezh2 uKOにおける子宮内胎児死亡の増加は認められなかった(
図11C)。また、Ezh2 uKOの胚盤胞の形態、数にも異常は認められなかった(
図12AおよびB)。これらの結果から、Ezh2 uKOにおいて、排卵、着床前の胚発生は正常であることが示された。
【0123】
一方で、WTマウスの「4日目」の子宮内膜では、通常、管腔上皮の細胞増殖が止まり、間質の細胞増殖が亢進する増殖分化スイッチング(PDS:proliferation-differentiation switching)が起こる。しかしながら、細胞増殖のマーカーであるKi67の免疫染色の結果、Ezh2 uKOの子宮では子宮内膜管腔上皮の細胞増殖が抑制されず持続していることが確認された(
図12C)。
【0124】
例5:遺伝子改変マウスを用いた検討(3)
子宮と胚との接着反応が起こる「5日目」において、シカゴブルー色素を尾静脈注射すると着床部位が青く染まることを利用し、胚接着部位の数を調べた。青染部分の数はEzh2 uControlとEzh2 uKOとで差は確認されなかった(
図13)。
【0125】
次に胚の子宮内膜間質への浸潤や、子宮内膜間質の脱落膜化が認められる「6日目」において、「5日目」と同様にシカゴブルー色素を投与したが、Ezh2 uControlとEzh2 uKOでは着床部位数の差は確認されなかった(
図14)。
【0126】
一方で、通常、「6日目」では胚周囲の子宮内膜管腔上皮が消失し、トロホブラストの浸潤が認められるが、HE染色およびCK8免疫染色の結果から、Ezh2 uKOでは、胚周囲の子宮内膜管腔上皮が残存し、上皮の形態が鋸歯状を示し、トロホブラストの浸潤が認められない(あるいは乏しい)ことが確認された(
図15AおよびB)。また、Ezh2 uControlとEzh2 uKOの着床部位において胚周囲の子宮内膜管腔上皮が消失している割合を調べると、Ezh2 uKOでは約80%で子宮内膜管腔上皮が残存していた(
図15C)。Ezh2 uKOにおいて「6日目」における子宮内膜管腔上皮の残存の割合と分娩時の産仔数減少の割合がほぼ一致しており、「6日目」において子宮内膜管腔上皮が残存し胚浸潤障害が起こることが妊孕能低下の主な要因であることが示唆された。
【0127】
また、着床部位の凍結切片をHE染色し、着床後の胚の発育を評価したところ、Ezh2 uKOでは約80%の着床部位で胚発育が障害され着床障害が起こっており(
図16AおよびB)、その頻度は「6日目」における胚浸潤障害、産仔数減少の表現型と同等と考えられた。
【0128】
例6:遺伝子改変マウスを用いた検討(4)
「6日目」の着床部位について、組織透明化・3次元画像構築技術を用いて可視化した。通常、「6日目」の着床部位では、胚、子宮内膜管腔の陥凹(クリプト(crypt))、クリプトへ通じる子宮内膜腺から成る着床チャンバー(implantation chamber)が形成される。Ezh2 uControlではクリプトが深く形成され、クリプトの胚付近の領域へ向けて腺管構造が伸びており、正常な所見であった。一方、Ezh2 uKOではクリプトの形成やそれを取り囲む脱落膜化した子宮内膜間質、クリプトへ向かう腺管構造の形成が乏しく、着床チャンバーの形成が不十分であることが確認された(
図17)。
【0129】
例7:遺伝子改変マウスを用いた検討(5)
「6日目」において、Ezh2 uControlおよびEzh2 uKO子宮の着床部位を使用し、抗H3K27me3抗体を用いてクロマチン免疫沈降(ChIP)し、抽出したDNAに対し、ChIP-seqを行った。そして、「6日目」の子宮着床部位のRNA-seqでEzh2 uKOにおいて発現量が増加している遺伝子におけるH3K27me3の状態をEzh2 uControlとEzh2 uKOとで比較した。
【0130】
RNA-seqにおいて発現量が増加した遺伝子群についてH3K27me3の状態を比較すると、Ezh2 uKOではEzh2 uControlと比較して、各遺伝子の5’側上流におけるH3K27me3修飾が有意に低下していることが確認された(
図18A:Tag density plot、
図18B:Heatmap)。また、RNA-seqにおいてEzh2 uKOで細胞周期に関与するCcnd2、Cdkn2bの発現が増加していたことから、特にCcnd2、Cdkn2bの遺伝子領域におけるH3K27me3の状態を解析すると、各遺伝子の転写開始点付近の領域においてH3K27me3の低下が確認された(
図18C)。これらの結果から、Ezh2がH3K27me3を制御し、細胞周期に関わる遺伝子発現を調節していることが示された。
【0131】
また、「6日目」の子宮におけるCcnd2およびCdkn2bのmRNAの発現レベルをRT-qPCRにより比較検討すると、RNA-Seqの結果と一致し、Ezh2 uKOでは、Ezh2 uControlと比較して、細胞周期に関連するCcnd2およびCdkn2bのmRNA発現量が増加していることが確認された(
図19A)。一方、これらの遺伝子との関連が強いCdk4、Cdk6およびCdkn1aのmRNA発現量はCdk4がやや増加するのみであった(
図19B)。
【0132】
これらの結果および例1の結果(
図5)から、子宮内膜組織におけるCcnd2の発現量の増加が着床能の検出や着床障害の予測指標となり得ることが示された。
【0133】
例8:遺伝子改変マウスを用いた検討(6)
Ezh2 uKO子宮における細胞周期の状態について、S期を検出するためのブロモデオキシウリジン(BrdU)の取り込み能の解析、および、G2からM期のマーカーであるリン酸化ヒストンH3(pHH3)の免疫染色を行った。
【0134】
Ezh2 uControlでは脱落膜化した子宮内膜間質に一致する範囲においてpHH3の発現が認められず、Ezh2 uKOではpHH3が発現していない領域が明らかに小さいことが確認された一方で(
図20上)、BrdUの発現領域は両者で差は認められなかった(
図20下)。これらの結果から、脱落膜化した子宮内膜間質では、通常はG2からM期の移行が停止することにより、細胞分裂せず分化へと向かうが、これらの結果からEzh2 uKOでは細胞分裂が止まらず、細胞分化が起こりにくい状態にあると推察された。
【0135】
子宮内膜間質細胞が妊娠によって分化してできた脱落膜細胞ではサイズの大きい倍数体の細胞が多くみられ、細胞増殖が停止して生理的な機能は低下しながらも維持されている終末分化の状態(細胞老化という状態)となることが知られている。そこで、「8日目」において細胞老化のマーカーであるSA-β-gal(senescence-associated beta-galactosidase)染色を行ったところ、Ezh2 uKOでは脱落膜化した子宮内膜間質における細胞老化が減弱していることが確認された(
図21)。これらの結果から、Ezh2 uKOでは子宮内膜間質の細胞周期の異常により終末分化が進まず、最終的に脱落膜化不全による機能不全が起こっていると推察された。