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特開2023-137433遮熱コーティングの施工方法及び耐熱部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023137433
(43)【公開日】2023-09-29
(54)【発明の名称】遮熱コーティングの施工方法及び耐熱部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/134 20160101AFI20230922BHJP
   C23C 4/11 20160101ALI20230922BHJP
   F01D 25/00 20060101ALN20230922BHJP
   F02C 7/00 20060101ALN20230922BHJP
   F01D 5/28 20060101ALN20230922BHJP
【FI】
C23C4/134
C23C4/11
F01D25/00 L
F02C7/00 C
F02C7/00 D
F01D5/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022043646
(22)【出願日】2022-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】514275772
【氏名又は名称】三菱重工航空エンジン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】木内 新
(72)【発明者】
【氏名】益田 敬也
(72)【発明者】
【氏名】土生 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】高木 海人
(72)【発明者】
【氏名】野田 和男
【テーマコード(参考)】
3G202
4K031
【Fターム(参考)】
3G202EA05
3G202EA08
4K031AA02
4K031AA08
4K031AB03
4K031CB42
4K031DA04
4K031EA07
4K031EA12
(57)【要約】
【課題】耐熱部材における遮熱コーティングのコストを抑制する。
【解決手段】一実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法は、対象物の耐熱合金基材上に形成されたボンドコート層上にトップコート層を形成する工程を備える。トップコート層を形成する工程では、冷却流体として水を25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎の周囲に供給することでプラズマ炎の一部を冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することでトップコート層を形成する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の耐熱合金基材上に形成されたボンドコート層上にトップコート層を形成する工程を備え、
前記トップコート層を形成する工程では、冷却流体として水を25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎の周囲に供給することで前記プラズマ炎の一部を冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することで前記トップコート層を形成する
遮熱コーティングの施工方法。
【請求項2】
前記セラミックス粉末は、イットリア安定化ジルコニア、ジスプロシア安定化ジルコニア、エルビア安定化ジルコニア、GdZr、又は、GdHfの何れかを含む
請求項1に記載の遮熱コーティングの施工方法。
【請求項3】
前記耐熱合金基材は、ニッケル基合金の基材である
請求項1又は2に記載の遮熱コーティングの施工方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の遮熱コーティングの施工方法によって形成された前記トップコート層を有する耐熱部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、遮熱コーティングの施工方法及び耐熱部材に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機エンジンにおける燃焼器パネルやタービン翼、産業用ガスタービンにおけるタービン翼や分割環等のように、高温の燃焼ガスに曝される耐熱部材には、遮熱コーティング(Thermal Barrier Coating,TBC)を設けることが知られている。このような遮熱コーティングでは、耐熱合金基材上に形成されるボンドコート層と、ボンドコート層上に形成される遮熱層としてのトップコート層とを含んでいる。
ボンドコート層は、例えば溶射によって耐熱合金基材上に形成される(例えば特許文献1参照)。また、トップコート層は、例えば大気圧プラズマ溶射(APS)では所望の熱サイクル耐久性の確保が難しいことから、熱サイクル耐久性を確保するため、トップコート層の厚さ方向に延在する縦割れと称される亀裂を層内に含むようにするため、電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)によって形成されることがある(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2016/076305号
【特許文献2】特開2019-065384号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子ビーム物理蒸着を行うための装置は、装置のイニシャルコストが溶射装置等と比べて10倍以上高価である。また、電子ビーム物理蒸着による層の形成のためのランニングコストは、溶射等による層の形成のためのランニングコストの10倍程度と高価である。さらに、電子ビーム物理蒸着による層の形成速度は、溶射等による層の形成速度の数分の1程度と低い。そのため、遮熱コーティングのトップコート層としての遮熱性や熱サイクル耐久性等の性能を確保しつつ、より低コストでトップコート層を形成する方法が望まれている。
【0005】
本開示の少なくとも一実施形態は、上述の事情に鑑みて、耐熱部材における遮熱コーティングのコスト抑制を目的とする。コスト抑制のためには溶射等により形成された遮熱コーティングのトップコートにおいて遮熱性や熱サイクル耐久性を向上させる必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本開示の少なくとも一実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法は、
対象物の耐熱合金基材上に形成されたボンドコート層上にトップコート層を形成する工程を備え、
前記トップコート層を形成する工程では、冷却流体として水を25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎の周囲に供給することで前記プラズマ炎の一部を冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することで前記トップコート層を形成する。
【0007】
(2)本開示の少なくとも一実施形態に係る耐熱部材は、上記(1)の方法による遮熱コーティングの施工方法によって形成された前記トップコート層を有する。
【発明の効果】
【0008】
本開示の少なくとも一実施形態によれば、耐熱部材における遮熱コーティングのコストを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法によって施工された遮熱コーティングを備える耐熱部材の断面の模式図である。
図2】耐熱部材の一例としての航空機エンジン向けの燃焼器パネルの外観を表す図である。
図3】幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法の手順を示すフローチャートである。
図4】幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法に係る装置の概略を説明するための図である。
図5】実施例1から実施例3、及び、比較例において共通する施工条件を表した表である。
図6】耐熱合金基材として平板状の部材を用いた場合の試験結果を表す表である。
図7】円筒状の部材を用いた熱サイクル耐久試験の試験結果を表すグラフである。
図8A】実施例1と同じ施工条件でトップコート層を形成した試験片の断面のSEM画像である。
図8B図8Aにおいて破線で囲んだ領域について、画像処理により結晶方位ごとに色分けした画像をグレースケールで表した画像である。
図8C図8Aにおいて破線で囲んだ領域についての結晶の粒径分布を示すグラフである。
図9A】比較例と同じ施工条件でトップコート層を形成した試験片の断面のSEM画像である。
図9B図9Aにおいて破線で囲んだ領域について、画像処理により結晶方位ごとに色分けした画像をグレースケールで表した画像である。
図9C図9Aにおいて破線で囲んだ領域についての結晶の粒径分布を示すグラフである。
図10】冷却流体供給部からの水の供給量と、トップコート層の施工時の溶射1パスあたりの膜厚である成膜レートとの関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して本開示の幾つかの実施形態について説明する。ただし、実施形態として記載されている又は図面に示されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、本開示の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
例えば、「ある方向に」、「ある方向に沿って」、「平行」、「直交」、「中心」、「同心」或いは「同軸」等の相対的或いは絶対的な配置を表す表現は、厳密にそのような配置を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の角度や距離をもって相対的に変位している状態も表すものとする。
例えば、「同一」、「等しい」及び「均質」等の物事が等しい状態であることを表す表現は、厳密に等しい状態を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の差が存在している状態も表すものとする。
例えば、四角形状や円筒形状等の形状を表す表現は、幾何学的に厳密な意味での四角形状や円筒形状等の形状を表すのみならず、同じ効果が得られる範囲で、凹凸部や面取り部等を含む形状も表すものとする。
一方、一の構成要素を「備える」、「具える」、「具備する」、「含む」、又は、「有する」という表現は、他の構成要素の存在を除外する排他的な表現ではない。
【0011】
(遮熱コーティング3について)
図1は、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法によって施工された遮熱コーティング3を備える耐熱部材1の断面の模式図である。
図2は、耐熱部材1の一例としての航空機エンジン向けの燃焼器パネル1Aの外観を表す図である。
航空機エンジン向けの燃焼器パネル1Aやタービン翼、産業用ガスタービン向けのタービン翼や分割環等の耐熱部材1には、耐熱部材1の遮熱のための遮熱コーティング(Thermal Barrier Coating : TBC)3が形成されている。
幾つかの実施形態に係る耐熱部材1の耐熱合金基材(母材)5上には、金属結合層(ボンドコート層)7と、遮熱層としてのトップコート層9が順に形成される。即ち、幾つかの実施形態では、遮熱コーティング3は、ボンドコート層7と、トップコート層9を含んでいる。
【0012】
幾つかの実施形態に係る耐熱合金基材5は、例えばニッケル基合金によって構成される。これにより耐熱合金基材5の耐熱性が向上する。
幾つかの実施形態に係るボンドコート層7は、MCrAlY合金(Mは、Ni,Co,Fe等の金属元素またはこれらのうち2種類以上の組合せを示す)などで構成される。
【0013】
幾つかの実施形態に係るトップコート層9は、ZrO系の材料、例えば、Yで部分安定化または完全安定化したZrOであるYSZ(イットリア安定化ジルコニア)で構成されているとよい。また、幾つかの実施形態に係るトップコート層9は、DySZ(ジスプロシア安定化ジルコニア)、ErSZ(エルビア安定化ジルコニア)、GdZr、又は、GdHfの何れかで構成されていてもよい。
これにより、遮熱性に優れた遮熱コーティング3が得られる。
【0014】
(フローチャート)
図3は、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法の手順を示すフローチャートである。幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法は、ボンドコート層7を形成する工程S10と、トップコート層9を形成する工程S20とを含んでいる。
【0015】
幾つかの実施形態において、ボンドコート層7を形成する工程S10は、耐熱合金基材5上に溶射によってボンドコート層7を形成する工程である。幾つかの実施形態において、ボンドコート層7を形成する工程S10は、例えば、耐熱合金基材5上に大気圧プラズマ溶射によってボンドコート層を形成する工程であってもよい。
すなわち、幾つかの実施形態において、ボンドコート層7を形成する工程S10では、溶射材としてのMCrAlY合金等の粉末を大気圧プラズマ溶射によって耐熱合金基材5の表面に溶射してもよい。
【0016】
幾つかの実施形態において、トップコート層9を形成する工程S20は、溶射対象物である耐熱部材1の耐熱合金基材5上に形成されたボンドコート層7上にトップコート層9を形成する工程である。幾つかの実施形態において、トップコート層9を形成する工程S20では、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することでトップコート層を形成する。すなわち、幾つかの実施形態において、トップコート層9を形成する工程S20で実施する溶射は、懸濁液による大気圧プラズマ溶射(S-APS)である。幾つかの実施形態において、トップコート層9を形成する工程S20では、溶射材としてのセラミックス粉末を溶媒に分散した懸濁液を大気圧プラズマ溶射によってボンドコート層7の表面に溶射する。
【0017】
懸濁液による大気圧プラズマ溶射では、懸濁液Sとして供給された溶射材は、溶射ガンのノズルから吹き出されるプラズマ炎Pによって溶射対象物の表面に吹き付けられる(後述する図4参照)。
なお、幾つかの実施形態において、トップコート層9を形成する工程S20では、後で詳述するように、プラズマ炎の一部をプラズマ炎Pの周囲から冷却流体で冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液Sを大気圧プラズマ溶射によって溶射することでトップコート層9を形成する。
トップコート層9を形成する工程S20における溶射の条件については、後で説明する。
【0018】
(装置構成の概略)
図4は、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法に係る装置の概略を説明するための図である。
図4に示すように、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、大気圧プラズマ溶射を行うための溶射ガン30と、トップコート層9の溶射材の粉末を含む懸濁液Sを供給するための供給部35と、プラズマ炎Pの周囲から冷却流体としての水Wを供給するための冷却流体供給部(ウォーターシュラウド)40とを用いてトップコート層9を施工する。なお、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、図4に示したこれらの装置以外にも、図示はしていないが、溶射制御盤や、懸濁液の供給装置、冷却流体としての水Wの供給装置等も装置構成中に含まれる。なお、図4では、トップコート層9の形成に係る装置構成については図示を省略している。
【0019】
冷却流体供給部40は、例えば懸濁液Sの供給部35よりもプラズマ炎Pの噴射方向についての下流側に配置された複数のノズル41を含んでいる。例えば複数のノズル41は、プラズマ炎Pの周囲を囲むように、プラズマ炎Pの噴射方向に沿ったプラズマ炎Pの仮想的な中心軸線AXを中心とする周方向に沿って配置されている。冷却流体供給部40は、複数のノズル41からの水Wが中心軸線AXに向かって噴射されるように構成されている。なお、冷却流体供給部40は、水Wが中心軸線AXに向かって噴射されるように構成されているのであれば、上述した形態に限定されない。
【0020】
冷却流体供給部40から水Wをプラズマ炎Pに向かって噴射することで、プラズマ炎Pの内、中心軸線AXを中心とする径方向外側の領域(外側領域Ro)では、プラズマ炎Pの温度が低下する。そのため、外側領域Roに存在するセラミックス粉末、すなわちトップコート層9の原料粉末は、溶融しないまま溶射対象物の表面(ボンドコート層7の表面)に衝突するため、溶射対象物の表面には付着(溶着)しない。
しかし、プラズマ炎Pの内、中心軸線AXを中心とする径方向内側の領域(内側領域Ri)では、プラズマ炎Pが水Wの影響をほとんど受けず、内側領域Riの温度はほとんど低下しない。そのため、内側領域Riに存在するトップコート層9の原料粉末は、溶融した状態でボンドコート層7の表面に衝突するため、ボンドコート層7の表面に堆積する。
【0021】
冷却流体供給部40から水Wをプラズマ炎Pに向かって噴射していない場合であっても、プラズマ炎Pの内、中心軸線AXを中心とする径方向外側の領域では、中心軸線AXを中心とする径方向内側の領域と比べてプラズマ炎Pの温度は低い。そのため、径方向外側の領域に存在するセラミックス粉末、すなわちトップコート層9の原料粉末は、十分に加熱されないまま溶射対象物の表面(ボンドコート層7の表面)に衝突するため、トップコート層9の組織が粗雑化する。
【0022】
例えば図4に示すような装置構成のように、プラズマ炎Pの径方向外側からプラズマ炎Pに向かって懸濁液Sを供給する場合、懸濁液S中の比較的粒径が小さいセラミックス粉末は、プラズマ炎Pの内側領域Riに到達する前に外側領域Roにおけるプラズマ炎の流れに乗ってしまうこととなる。
また、懸濁液S中の比較的粒径が大きいセラミックス粉末は、中心軸線AXを中心とする径方向に沿って移動する慣性力が比較的大きいため、プラズマ炎Pの内側領域Riを貫通してその先に存在する外側領域Roにまで到達し、該外側領域Roおけるプラズマ炎の流れに乗ることとなる。
そのため、懸濁液S中の比較的粒径が小さいセラミックス粉末と、比較的粒径が大きいセラミックス粉末とは、ボンドコート層7には付着(溶着)しないこととなる。すなわち、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、懸濁液S中の比較的粒径が小さいセラミックス粉末と比較的粒径が大きいセラミックス粉末とを除いた残りのセラミックス粉末がボンドコート層7の表面に堆積することとなる。
また、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、上述したように水Wをプラズマ炎Pに向かって噴射していない場合にプラズマ炎Pの径方向外側の領域において加熱が不十分となってしまうセラミックス粉末がボンドコート層7には付着(溶着)することを抑制できる。
これらの結果、トップコート層9の組織が緻密化する。
【0023】
このように、プラズマ炎の一部をプラズマ炎の周囲から冷却流体で冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することで溶射層の組織を比較的緻密にすることができる。
しかし、遮熱コーティングにおいては、熱伝導率を低く抑えることで基材側への熱伝達を抑制することが求められているが、組織の緻密化は熱伝導率の上昇を招く。そのため、プラズマ炎の一部をプラズマ炎の周囲から冷却流体で冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することは、溶射層の組織の緻密化を抑制する観点から、これまで行われてこなかった。
【0024】
発明者らが鋭意検討した結果、プラズマ炎Pの一部をプラズマ炎Pの周囲から冷却流体で冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液を大気圧プラズマ溶射によって溶射することでトップコート層9を形成すると、トップコート層9の組織が比較的緻密になるものの、熱伝導率の上昇が比較的低く抑えられることが判明した。また、トップコート層9の組織が比較的緻密になることで、熱サイクル耐久性が大幅に向上することが判明した。
すなわち、これまでは遮熱コーティング3における遮熱層(トップコート層9)の形成に適していないと思われていた施工方法が、遮熱コーティング3における遮熱層(トップコート層9)の形成に適していることが判明した。
幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法によれば、電子ビーム物理蒸着を行うことなく、低コストでトップコート層9を形成することができるとともに、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を向上できる。
【0025】
幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、トップコート層9を形成する工程S20では、冷却流体として水Wをプラズマ炎Pの周囲に供給するとよい。
冷却流体として水Wを用いることで、冷却流体の入手が容易となる他、蒸発潜熱が比較的大きいことからプラズマ炎Pの周囲を効率的に冷却できる等、低コストで良好な冷却効果を得られる。
【0026】
また、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、後述するように、トップコート層9を形成する工程S20では、水Wを100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎Pの周囲に供給するとよい。
発明者らが鋭意検討した結果、トップコート層9を形成する工程S20では、水Wを100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎Pの周囲に供給すると、後述するように、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を大幅に向上することが判明した。
よって、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法によれば、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を大幅に向上できる。
【0027】
幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、上記セラミックス粉末、すなわちトップコート層9の原料粉末の材質は、イットリア安定化ジルコニア、ジスプロシア安定化ジルコニア、エルビア安定化ジルコニア、GdZr、又は、GdHfの何れかを含むとよい。
これにより、遮熱性に優れた遮熱コーティング3が得られる。
【0028】
幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法では、耐熱合金基材5は、ニッケル基合金の基材であるとよい。
これにより、耐熱合金基材5の耐熱性が向上する。
【0029】
幾つかの実施形態に係る耐熱部材1は、上述した遮熱コーティングの施工方法によって形成されたトップコート層9を有する。
これにより、耐熱部材1の製造コストを抑制しつつ、遮熱コーティング3の熱サイクル耐久性を向上できる。
【0030】
(実施例について)
以下、幾つかの実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法によってトップコート層9を形成した場合の実施例について説明する。
図5は、実施例1から実施例3、及び、比較例において共通する施工条件を表した表である。
図6は、耐熱合金基材5として平板状の部材を用いた場合の試験結果を表す表である。図6では、実施例1、実施例2、及び、比較例の試験結果について、比較例の試験結果を1とした場合の相対値として表している。図6は全て同じ熱サイクル試験条件で実施した結果である。
図7は、実施例3についての熱サイクル耐久試験の試験結果を表すグラフである。
【0031】
実施例1、実施例3、及び比較例における施工条件を施工条件Aとし、実施例2における施工条件を施工条件Bとする。
各実施例及び比較例における施工条件A及び施工条件Bでは、懸濁液Sの分散媒、及び、懸濁液Sの供給量(材料供給量)が異なるが、以下の各条件は同じである。
すなわち、懸濁液SにおけるYの濃度は8wt%であり、イットリア安定化ジルコニア粉末の濃度は25wt%である。
溶射距離は70mmとし、トラバース速度は1000mm/sとし、トラバースピッチは4mmとした。
ガス流量の比は、ArとNとHの比を85:57:57とした。
プラズマ出力、すなわち溶射ガン30における入力電力は、100kwとした。
懸濁液Sの分散媒は、無水エタノールとした。
懸濁液Sの供給量(材料供給量)は、施工条件Aでは45ml/minとし、施工条件Bでは63ml/minとした。
【0032】
実施例1から実施例3では、冷却流体供給部40からの水Wの供給量を100ml/minとし、比較例では、0ml/minとした。なお、図6では、冷却流体供給部40からの水Wの供給量のことを、ウォーターシュラウド流量を略したWS流量と表記している。
【0033】
実施例1では、トップコート層9の気孔率は、比較例を1とした場合の相対値として0.7となり、トップコート層9の熱伝導率は、比較例を1とした場合の相対値として0.9となった。また、熱サイクル耐久試験における熱サイクル数は、比較例を1とした場合の相対値として32となる熱サイクル数であっても未剥離であった。
なお、気孔率は、各実施例及び比較例における試験片の断面のSEM画像から、画像中のある範囲における気孔部分の合計面積を、その範囲の全体の面積で除し、その値について、比較例を1とした場合の相対値として表した。
また、熱サイクル耐久性試験では、1000度の温度差を繰り返し与えたときに、試験片において遮熱コーティングの剥離が生じるまでの繰り返し数を求め、その繰り返し数である熱サイクル数について、比較例を1とした場合の相対値として表した。
【0034】
実施例1の試験結果を比較例の試験結果と比較すると、気孔率は30%減少している。熱伝導率は、増加するのではなく、逆に10%低くなっている。熱サイクル耐久性は、上述したように比較例の32倍の熱サイクル数であっても未剥離であり、大幅に向上している。
【0035】
実施例2では、トップコート層9の気孔率は、比較例を1とした場合の相対値として0.1となり、トップコート層9の熱伝導率は、比較例を1とした場合の相対値として1.3となった。また、熱サイクル耐久試験における熱サイクル数は、比較例を1とした場合の相対値として32となる熱サイクル数であっても未剥離であった。
実施例2の試験結果を比較例の試験結果と比較すると、気孔率は90%減少している。熱伝導率は、30%の増加に留まっている。熱サイクル耐久性は、上述したように比較例の32倍の熱サイクル数であっても未剥離であり、大幅に向上している。
【0036】
なお、実施例3では、実施例1、実施例2及び比較例とは異なり、耐熱合金基材5として円筒状の部材を用いているため、溶射時に耐熱合金基材5を円筒の中心軸を中心として回転させながら溶射ガン30も動かして溶射している。実施例1、実施例2及び比較例では、溶射時に耐熱合金基材5は静止させたまま、溶射ガン30だけを動かして溶射している。
【0037】
図7に示すように、実施例1から実施例3では、1000度の温度差を与える熱サイクル耐久試験において、試験片において遮熱コーティングの剥離が生じるまでの繰り返し数が、電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)によってトップコート層9を形成した試験片での試験結果と同等以上の結果となった。なお、冷却流体供給部40からの水Wの供給を行わずに大気圧プラズマ溶射(APS)によってトップコート層9を形成した試験片での試験結果は、電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)によってトップコート層9を形成した試験片での試験結果と比べて良好とは言えない。
【0038】
図8Aは、実施例1と同じ施工条件でトップコート層9を形成した試験片の断面のSEM画像である。
図8Bは、図8Aにおいて破線で囲んだ領域について、画像処理により結晶方位ごとに色分けした画像をグレースケールで表した画像である。
なお、図8Bにおいて黒色で表された領域は、気孔であるか、結晶の粒径が小さいために結晶方位を特定できなかった結晶、もしくはアモルファス状になっていることを表している。
図8Cは、図8Aにおいて破線で囲んだ領域についての結晶の粒径分布を示すグラフである。
図9Aは、上述した比較例と同じ施工条件でトップコート層9を形成した試験片の断面のSEM画像である。
図9Bは、図9Aにおいて破線で囲んだ領域について、画像処理により結晶方位ごとに色分けした画像をグレースケールで表した画像である。
なお、図9Bにおいて黒色で表された領域は、気孔を表している。
図9Cは、図9Aにおいて破線で囲んだ領域についての結晶の粒径分布を示すグラフである。
【0039】
図8Aから図8Cで示した試験片におけるトップコート層9の結晶の平均粒径は、0.36μmであった。また、図9Aから図9Cで示した試験片におけるトップコート層9の結晶の平均粒径は、1.03μmであった。
図8Aから図8C及び図9Aから図9Cから分かるように、冷却流体供給部40からの水Wの供給を行いながら懸濁液による大気圧プラズマ溶射を行うことで、トップコート層9における亀裂を抑制できるとともに、結晶の平均粒径を小さくすることができる。
なお、トップコート層9の結晶の平均粒径は、好ましくは0.3μm以上0.8μm以下である。
【0040】
(冷却流体供給部40からの水Wの供給量について)
図10は、冷却流体供給部40からの水Wの供給量と、トップコート層9の施工時の溶射1パスあたりの膜厚である成膜レートとの関係を表すグラフである。
図10に示すように、水Wの供給量が50ml/分であったときに成膜レートは3.9又は4.0μm/path、水Wの供給量が75ml/分であったときに成膜レートは3.4又は3.5μm/path、水Wの供給量が100ml/分であったときに成膜レートは2.8又は3.1μm/path、水Wの供給量が200ml/分であったときに成膜レートは0.3μm/path、水Wの供給量が300ml/分であったときに成膜レートは0μm/path、水Wの供給量が400ml/分であったときに成膜レートは0μm/pathであった。
図10に示すように、冷却流体供給部40からの水Wの供給量が増加するにつれて、成膜レートは低下する。
また、上述した実施例1から実施例3における試験結果から、トップコート層9を形成する工程S20では、冷却流体として水Wを25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎Pの周囲に供給すると、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を大幅に向上することが判明した。
【0041】
本開示は上述した実施形態に限定されることはなく、上述した実施形態に変形を加えた形態や、これらの形態を適宜組み合わせた形態も含む。
【0042】
上記各実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
(1)本開示の少なくとも一実施形態に係る遮熱コーティングの施工方法は、対象物の耐熱合金基材5上に形成されたボンドコート層7上にトップコート層9を形成する工程S20を備える。トップコート層9を形成する工程S20では、冷却流体として水Wを25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎Pの周囲に供給することでプラズマ炎Pの一部を冷却しながら、セラミックス粉末を含む懸濁液Sを大気圧プラズマ溶射によって溶射することでトップコート層9を形成する。
【0043】
上記(1)の方法によれば、電子ビーム物理蒸着を行うことなく、低コストでトップコート層9を形成することができるとともに、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を向上できる。
【0044】
上記(1)の方法によれば、冷却流体として水Wを用いることで、冷却流体の入手が容易となる他、蒸発潜熱が比較的大きいことからプラズマ炎Pの周囲を効率的に冷却できる等、低コストで良好な冷却効果を得られる。
発明者らが鋭意検討した結果、トップコート層9を形成する工程では、冷却流体として水Wを25ml/分以上100ml/分以下の供給速度でプラズマ炎Pの周囲に供給すると、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を大幅に向上することが判明した。
上記(1)の方法によれば、遮熱コーティング3における熱サイクル耐久性を大幅に向上できる。
【0045】
(2)幾つかの実施形態では、上記(1)の方法において、セラミックス粉末は、イットリア安定化ジルコニア、ジスプロシア安定化ジルコニア、エルビア安定化ジルコニア、GdZr、又は、GdHfの何れかを含むとよい。
【0046】
上記(2)の方法によれば、遮熱性に優れた遮熱コーティング3が得られる。
【0047】
(3)幾つかの実施形態では、上記(1)又は(2)の方法において、耐熱合金基材5は、ニッケル基合金の基材であるとよい。
【0048】
上記(3)の方法によれば、耐熱合金基材5の耐熱性が向上する。
【0049】
(4)本開示の少なくとも一実施形態に係る耐熱部材1は、上記(1)乃至(3)の何れかの方法による遮熱コーティングの施工方法によって形成されたトップコート層9を有する。
【0050】
上記(4)の構成によれば、耐熱部材1の製造コストを抑制しつつ、遮熱コーティング3の熱サイクル耐久性を向上できる。
【符号の説明】
【0051】
1 耐熱部材
3 遮熱コーティング
5 耐熱合金基材(母材)
7 金属結合層(ボンドコート層)
9 トップコート層
30 溶射ガン
35 供給部
40 冷却流体供給部(ウォーターシュラウド)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図9C
図10