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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023138599
(43)【公開日】2023-10-02
(54)【発明の名称】溶射皮膜及び溶射部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/11 20160101AFI20230922BHJP
   H01L 21/3065 20060101ALN20230922BHJP
【FI】
C23C4/11
H01L21/302 101G
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023122917
(22)【出願日】2023-07-28
(62)【分割の表示】P 2020067359の分割
【原出願日】2020-04-03
(31)【優先権主張番号】P 2019076099
(32)【優先日】2019-04-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 凌
(72)【発明者】
【氏名】浜谷 典明
(72)【発明者】
【氏名】塚谷 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】谷口 友悟
(57)【要約】
【解決手段】希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相を含む溶射皮膜であり、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相が、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含む溶射皮膜。
【効果】ハロゲン系ガスプラズマとの反応によって発生するパーティクル量が少なく、耐プラズマエッチング性能に優れた高耐食性の溶射皮膜を形成することができ、このような溶射皮膜は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等に形成される溶射皮膜として優れている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相を含む溶射皮膜であって、
上記希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相が、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含み、ビッカース硬度HV0.3が600以上であることを特徴とする溶射皮膜。
【請求項2】
更に、希土類酸化物(R23)の結晶相を含むことを特徴とする請求項1に記載の溶射皮膜。
【請求項3】
更に、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相、希土類・アルミニウム・ペロブスカイト(RAlO3)の結晶相及び希土類・アルミニウム・ガーネット(R3Al512)の結晶相から選ばれる1種以上の結晶相を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の溶射皮膜。
【請求項4】
希土類(R)及びアルミニウムの含有量から算出される希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、希土類酸化物(R23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、希土類酸化物(R23)が75~99質量%、酸化アルミニウム(Al23)が1~25質量%であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の溶射皮膜。
【請求項5】
上記希土類(R)が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上の元素を含むことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の溶射皮膜。
【請求項6】
面粗度Raが8μm以下であることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の溶射皮膜。
【請求項7】
膜厚が10~500μmであることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の溶射皮膜。
【請求項8】
気孔率が5%以下であることを特徴とする請求項1~7のいずれか1項に記載の溶射皮膜。
【請求項9】
基材上に、直接又は下地皮膜を介して形成された、請求項1~8のいずれか1項に記載の溶射皮膜を備えることを特徴とする溶射部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等での使用に好適な溶射皮膜、及び溶射部材に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内では、被処理物であるウェハーが、高腐食性のフッ素系、塩素系のハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理される。このフッ素系ガスとしては、SF6、CF4、CHF3、ClF3、HF、NF3等が、また、塩素系ガスとしてはCl2、BCl3、HCl、CCl4、SiCl4等が用いられている。
【0003】
プラズマエッチング装置の、高腐食性のガスプラズマ雰囲気に晒される部品、部材の製造には、一般に、希土類化合物等の原料を粉末の形態で供給する大気プラズマ溶射(APS)法や、原料を分散媒に分散させたスラリーの形態で溶射するサスペンションプラズマ溶射(SPS)法等を用いて、基材の表面に耐食性の溶射皮膜を形成することが行われている。この希土類化合物としては、酸化イットリウム、フッ化イットリウム、オキシフッ化イットリウム、イットリウム・アルミニウム・ガーネット等が挙げられる。
【0004】
しかし、希土類化合物の溶射皮膜では、腐食性のハロゲン系ガスプラズマに対して耐食性に優れる酸化イットリウム溶射皮膜は、耐プラズマエッチング性能には優れるが、イットリウム系パーティクル量が多いという問題があり、フッ化イットリウム系溶射皮膜は、耐プラズマ性能に優れると考えられてはいるが、皮膜硬度が低い傾向にあり、耐プラズマエッチング性能が劣る。また、イットリウム・アルミニウム・ガーネット皮膜は、希土類パーティクル量は少なく、皮膜硬度は高いが、耐食性が不足しており、耐プラズマエッチング性能が劣る。
【0005】
一方、特開2003-63883号公報(特許文献1)には、希土類・アルミニウム・モノクリニックを主相とし、副相として希土類・アルミニウム・ペロブスカイト、希土類・アルミニウム・ガーネット、希土類酸化物のいずれか1種類以上の相との混合相を、基板上に積層した部材が提案されているが、特に、耐食性の観点では、更に改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-63883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
プラズマエッチング装置の部品、部材に用いられる耐食性溶射皮膜には、従来、耐プラズマ性を有する酸化イットリウム溶射皮膜やフッ化イットリウム溶射皮膜、イットリウム・アルミニウム・ガーネット溶射皮膜等が用いられてきたが、腐食性のハロゲン系ガスプラズマとの反応によるイットリウム系パーティクルの大量発生や、皮膜が低硬度であること又は低耐食性であるため、耐プラズマエッチング性能が不足していることが問題となっている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、プラズマエッチング装置内の部品・部材等に使用され、ハロゲン系ガスプラズマとの反応によって発生するパーティクル量が少なく、かつ耐プラズマエッチング性能に優れた高耐食性の溶射皮膜、及び溶射部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類(R)・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相及び希土類酸化物(R23)の結晶相を含む粉末状の溶射材料として、所定の構造、物性を有する溶射材料が、ハロゲン系ガスプラズマとの反応によって発生するパーティクル量が少なく、耐プラズマエッチング性能に優れた高耐食性の溶射皮膜を形成できること、このような溶射材料が、希土類塩水溶液に酸化アルミニウムを分散させてスラリーを形成し、スラリーに沈殿剤を添加して、希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質を沈殿として晶出させ、沈殿を固液分離して回収し、得られた希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質を、酸素ガス含有雰囲気下で焼成することにより好適に製造できることを見出した。
【0010】
更に、本発明者らは、このような溶射材料を用いれば、溶射、特にプラズマ溶射により、希土類及びアルミニウムを含む複合酸化物を含む溶射皮膜を形成できること、特に、このような溶射材料を用いて形成した溶射皮膜が、希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相が、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含み、ハロゲン系ガスプラズマとの反応によって発生するパーティクル量が少なく、耐プラズマエッチング性能に優れた高耐食性の溶射皮膜であること、また、基材上に、直接又は下地皮膜を介して溶射皮膜を形成した溶射部材が、プラズマエッチング装置内の部品・部材として優れていることを見出し、本発明をなすに至った。
【0011】
従って、本発明は、下記の溶射皮膜及び溶射部材を提供する。
1.希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相を含む溶射皮膜であって、
上記希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物の結晶相が、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含み、ビッカース硬度HV0.3が600以上であることを特徴とする溶射皮膜。
2.更に、希土類酸化物(R23)の結晶相を含むことを特徴とする1に記載の溶射皮膜。
3.更に、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相、希土類・アルミニウム・ペロブスカイト(RAlO3)の結晶相及び希土類・アルミニウム・ガーネット(R3Al512)の結晶相から選ばれる1種以上の結晶相を含むことを特徴とする1又は2に記載の溶射皮膜。
4.希土類(R)及びアルミニウムの含有量から算出される希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、希土類酸化物(R23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、希土類酸化物(R23)が75~99質量%、酸化アルミニウム(Al23)が1~25質量%であることを特徴とする1~3のいずれかに記載の溶射皮膜。
5.上記希土類(R)が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上の元素を含むことを特徴とする1~4のいずれかに記載の溶射皮膜。
6.面粗度Raが8μm以下であることを特徴とする1~5のいずれかに記載の溶射皮膜。
7.膜厚が10~500μmであることを特徴とする1~6のいずれかに記載の溶射皮膜。
8.気孔率が5%以下であることを特徴とする1~7のいずれかに記載の溶射皮膜。
9.基材上に、直接又は下地皮膜を介して形成された、1~8のいずれかに記載の溶射皮膜を備えることを特徴とする溶射部材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ハロゲン系ガスプラズマとの反応によって発生するパーティクル量が少なく、耐プラズマエッチング性能に優れた高耐食性の溶射皮膜を形成することができ、このような溶射皮膜は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等に形成される溶射皮膜として優れている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例2で得られた溶射材料のX線回折プロファイルである。
図2】実施例8で得られた溶射皮膜のX線回折プロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明の溶射材料は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等での使用に好適な溶射皮膜の形成、特に、プラズマ溶射による溶射皮膜の形成に好適に用いられる。本発明の溶射材料は、希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類(R)及びアルミニウムを含む複合酸化物の結晶相を含んでいることが好ましく、希土類(R)・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相と、希土類酸化物(R23)の結晶相とを含むことがより好ましい。また、本発明の溶射材料の形態は、通常、粉末状(粒子状)である。本発明の溶射材料は、腐食性のハロゲン系ガスプラズマに対して、希土類パーティクルの発生が少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)が優れた溶射皮膜を形成することができる。
【0015】
本発明の溶射材料は、X線回折法(特性X線:Cu-Kα)によって、回折角2θ=10~70°の範囲内に検出される結晶相の回折ピークのうち、希土類酸化物(R23)に帰属される回折ピークの最大ピークの積分強度値I(R)と、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの最大ピークの積分強度値I(RAL)との強度比I(R)/I(RAL)が1以上、特に1.1以上であることが好ましい。強度比I(R)/I(RAL)の上限は、通常45以下である。ピークの積分強度値は、得られるXRDプロファイル(回折強度プロファイル)からピーク強度を積算(ピーク面積を積分)することによって求めることができる。希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)が、例えば、イットリウム・アルミニウム・モノクリニック(Y4Al29)である場合、その最大ピークは、特に限定されるものではないが、一般的に、結晶格子の(-122)面に帰属される回折ピークとなる。この回折ピークは、通常2θ=29.6°前後に検出される。また、希土類酸化物(R23)が、例えば、立方晶の酸化イットリウム(Y23)である場合、その最大ピークは、特に限定されるものではないが、一般的に、結晶格子の(222)面に帰属される回折ピークとなる。この回折ピークは、通常2θ=29.2°前後に検出される。
【0016】
本発明の溶射材料は、比表面積S(m2/g)が1以上であることが好ましい。比表面積Sは、BET法によって測定された比表面積が適用できる。比表面積Sは1.1以上であることがより好ましい。比表面積が大きいほど、プラズマ溶射した際に、粒子の内部までフレームの熱が浸透しやすくなり、溶融粒子が、基材、又は基材上に形成された皮膜に衝突してスプラットを形成した際、皮膜が緻密になりやすく、スプラット間の結合も強固となる。比表面積Sの上限は、特に制限はないが、3.5以下であることが好ましく、3以下であることがより好ましい。比表面積が小さいほど、溶射フレームに入りきらずに形成された皮膜の表層部に付着してパーティクル汚染の原因となる微小粒子や、溶射フレームに入った場合に過剰な入熱によって蒸発してしまう微小粒子を減らすことができる。
【0017】
本発明の溶射材料は、嵩密度ρ(g/cm3)が2以下であることが好ましい。嵩密度ρは、通常、ゆるみ嵩密度が適用される。嵩密度ρは1.8以下であることがより好ましい。嵩密度が低いほど、プラズマ溶射した際に、単位粒子当たりのフレーム熱浸透性が向上し、高硬度な皮膜を形成することが可能である。嵩密度ρの下限は、特に制限はないが、0.4以上であることが好ましく、0.5以上であることがより好ましい。嵩密度が高いほど、プラズマ溶射した際にスプラットを形成しやすくなり、形成される溶射皮膜が緻密になりやすい。また、粒子中の空隙内に含まれるガス成分が少ないので、形成される溶射皮膜の特性悪化のリスクを減らすことができる。
【0018】
本発明の溶射材料は、比表面積S(m2/g)を、嵩密度ρ(g/cm3)で除したS/ρの値が1~4であることが好ましい。S/ρが4を超える場合、比表面積Sが過大で、嵩密度ρが過小であり、パーティクル汚染の原因となる粒子や、粗雑な皮膜を形成してしまうスプラットを形成し易い粒子が増加するおそれがある。一方、S/ρが1未満の場合、比表面積Sが過小で、嵩密度ρが過大であり、未溶融部位が増加して粗雑な皮膜を形成してしまう粒子や、熱浸透性が悪いために形成した皮膜の硬度を低くしてしまう粒子が増加するおそれがある。S/ρの値は、1.2以上、特に1.5以上であることがより好ましく、また、3.8以下、特に3.5以下であることがより好ましい。
【0019】
本発明の溶射材料は、希土類(R)及びアルミニウムの含有量から算出される希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、希土類酸化物(R23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、希土類酸化物(R23)が75~99質量%、酸化アルミニウム(Al23)が1~25質量%であることが好ましい。希土類酸化物(R23)相当量は、80質量%以上、特に85質量%以上であることがより好ましく、また、97質量%以下、特に95質量%以下であることがより好ましい。一方、酸化アルミニウム(Al23)相当量は、3質量%以上、特に5質量%以上であることがより好ましく、また、20質量%以下、特に15質量%以下であることがより好ましい。
【0020】
本発明の溶射材料においては、主成分酸化物(希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物及び希土類酸化物(2種)、更に酸化アルミニウムを含む場合は、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物、希土類酸化物及び酸化アルミニウム(3種))の質量の合計を、希土類酸化物及び酸化アルミニウム相当量の質量の合計とし、溶射材料中の希土類及びアルミニウムの含有量から、希土類酸化物の基本組成であるR23及び酸化アルミニウムの基本組成であるAl23に換算した量を、各々、希土類酸化物相当量及び酸化アルミニウム相当量とする。溶射材料は、特に制限されるものではないが、主成分酸化物以外の酸化物の総量は、3質量%以下、特に1質量%以下であることが好ましく、実質的に含まれていないこと(溶射材料が、実質的に主成分酸化物を構成する上記2種又は3種からなること)がより好ましい。溶射材料中の希土類及びアルミニウムの含有量の測定は、例えば、ICP発光分光分析法、蛍光X線分析法等により測定することができるが、蛍光X線分析法は、主成分酸化物を構成する希土類及びアルミニウムを特定して測定することができるため、より好ましい。
【0021】
本発明の溶射材料中の希土類(R)には、イットリウム(Y)及びランタン(La)からルテチウム(Lu)まで(原子番号57から71まで)のランタノイド元素から選ばれる1種以上の元素が含まれる。希土類(R)としては、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上の元素が好ましく、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ジスプロシウム(Dy)、エルビウム(Er)及びイッテルビウム(Yb)から選ばれる1種以上の元素がより好ましい。希土類(R)元素は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
本発明の溶射材料は、平均粒子径D50が50μm以下であることが好ましい。本発明において、平均粒子径D50は、体積基準の粒子径分布における累積50%径(メジアン径)である。溶射材料の粒子の粒子径が小さくなるほど、溶射した際、溶融粒子が、基材、又は基材上に形成された皮膜に衝突して形成されるスプラットの径が小さくなり、形成される溶射皮膜の気孔率を低くすることができ、スプラット中に生成するクラックを抑制することができる。平均粒子径D50は、より好ましくは45μm以下、更に好ましくは40μm以下である。一方、本発明の溶射材料の平均粒子径D50は、1μm以上であることが好ましい。溶射材料の粒子の粒子径が大きくなるほど、溶融粒子が大きな運動量を有することによって、基材、又は基材上に形成された皮膜に衝突してスプラットを形成しやすくなる。平均粒子径D50は、より好ましくは1.2μm以上、更に好ましくは1.5μm以上である。
【0023】
本発明の粒子状の溶射材料は、分散媒中に分散させて、スラリー状の溶射材料(溶射用スラリー)としてもよい。溶射材料の含有率(スラリー全体に対する含有率)は、70質量%以下であることが好ましい。溶射材料の含有率が70質量%を超えると、溶射時にスラリーが供給装置内で閉塞する場合があり、溶射皮膜を形成することができないおそれがある。溶射用スラリー中の溶射材料の含有率が低いほど、スラリー流の粒子の運動が活発になり、分散性が高まる。また、溶射用スラリー中の溶射材料の含有率が低いほど、スラリーの流動性が向上し、スラリー供給に好適である。溶射材料粒子の含有率は、より好ましくは65質量%以下、更に好ましくは60質量%以下、特に好ましくは52質量%以下である。より高い流動性が求められる場合には、溶射材料粒子の含有率を更に低くすることができ、45質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは40質量%以下、更に好ましくは35質量%以下である。一方、溶射用スラリーの溶射材料の含有率(スラリー全体に対する含有率)は、10質量%以上であることが好ましい。溶射用スラリー中の溶射材料粒子の含有率が高いほど、スラリーの溶射によって形成される溶射皮膜の付着効率が向上し、スラリー消費量を減らすこと(溶射歩留りを向上させること)ができる。また、溶射用スラリー中の溶射材料粒子の含有率が高いほど、溶射時間を短縮することができる。溶射材料粒子の含有率は、より好ましくは15質量%以上、更に好ましくは20質量%以上である。
【0024】
本発明の溶射用スラリーには、本発明の溶射材料以外の粒子(例えば、希土類及びアルミニウムを含む複合酸化物を含まない希土類化合物の粒子)を、本発明の効果を損なわない程度の少量であれば含んでいてもよい。本発明の溶射材料以外の粒子の量は、溶射用スラリー中の本発明の溶射材料粒子に対して、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、更に好ましくは3質量%以下であるが、溶射用スラリーが本発明の溶射材料粒子以外の粒子を、実質的に含んでいないことが最も好ましい。本発明の溶射材料以外の粒子を構成する希土類化合物としては、例えば、希土類酸化物、希土類フッ化物、希土類オキシフッ化物、希土類水酸化物、希土類炭酸塩等が挙げられる。
【0025】
本発明の溶射材料を分散媒に分散させて、溶射用スラリーとした際、分散媒としては、水系分散媒から選ばれる1種又は2種以上を用いることが好ましい。水系分散媒は、水を単独で用いても、水に有機溶媒を混合して用いてもよい。有機溶媒としては、特に制限はないが、例えば、アルコール、エーテル、エステル、ケトン等が挙げられる。より具体的には、炭素数が2~6の一価又は二価のアルコール、エチルセロソルブ等の炭素数が3~8のエーテル、ジメチルジグリコール(DMDG)等の炭素数が4~8のグリコールエーテル、エチルセロソルブアセテート、ブチルセロソルブアセテート等の炭素数が4~8のグリコールエステル、イソホロン等の炭素数が6~9の環状ケトン等が好ましい。有機溶媒は、水と混合できる水溶性有機溶媒がより好適であり、分散媒は、特に、水単独、又は水とアルコールとの混合物からなることが特に好ましい。水と有機溶媒を混合して使用する際の水と有機溶媒との混合比率は、分散媒の全体の質量に対して、水が50質量%以上、特に70質量%以上で、100質量%未満、特に99質量%以下であることが好ましく、有機溶媒が0質量%超、特に1質量%以上で、50質量%以下、特に30質量%以下であることが好ましい。
【0026】
溶射材料の粒子を分散媒に分散させて溶射用スラリーとする場合、粒子の凝集をより効果的に防ぐために、溶射用スラリーは、分散剤を含んでいることが好ましい。分散剤の含有率(スラリー全体に対する含有率)は、3質量%以下であることが好ましい。分散剤としては、特に制限されるものではないが、カチオン性分散剤、アニオン性分散剤、ノニオン性分散剤等を用いることができる。カチオン性分散剤としては、例えば、ポリアルキレンイミン系カチオン性分散剤、ポリアルキレンポリアミン系カチオン性分散剤、四級アンモニウム系カチオン性分散剤、アルキルアミン系カチオン性分散剤等が挙げられる。アニオン性分散剤としては、例えば、ポリカルボン酸系アニオン性分散剤、ポリアクリル酸系アニオン性分散剤、ポリスルホン酸系アニオン性分散剤等が挙げられる。ノニオン系分散剤としては、例えば、ポリビニルアルコール系ノニオン系分散剤、ポリアクリルアミド系ノニオン系分散剤等が挙げられる。溶射スラリー中の分散剤の含有率は、より好ましくは2質量%以下、更に好ましくは1質量%以下である。
【0027】
溶射用スラリーの粘度は、15mPa・s未満であることが好ましい。スラリー粘度が低いほど、スラリー中の粒子の運動が活発になり、スラリーの流動性が向上する。スラリーの粘度は、より好ましくは10mPa・s以下、更に好ましくは7mPa・s以下である。スラリーの粘度の下限は、特に制限されるものではないが、1mPa・s以上であることが好ましく、より好ましくは1.5mPa・s以上、更に好ましくは2mPa・s以上である。
【0028】
溶射用スラリーは、粒子の沈降速度が50μm/秒以上であることが好ましい。沈降速度が速いことは、粒子がスラリー中で周囲の抵抗を受けずに動きやすいことを意味し、沈降速度が速いほど、スラリーに含まれる粒子の流動性が向上する。スラリーの沈降速度は、より好ましくは55μm/秒以上、更に好ましくは60μm/秒以上である。
【0029】
本発明の溶射材料は、例えば、
(A)希土類塩水溶液に酸化アルミニウムを分散させてスラリーを形成する工程、
(B)スラリーに沈殿剤を添加して、希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質を沈殿として晶出させる工程、
(C)沈殿を固液分離して回収する工程、及び
(D)得られた希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質を、酸素ガス含有雰囲気下で焼成する工程
により製造することができる。
【0030】
この方法では、溶射材料を製造するために、予め前駆体物質を製造する。(A)工程においては、希土類塩水溶液に酸化アルミニウムを分散させてスラリーを形成するが、この際、希土類塩及び酸化アルミニウムについて、得られる溶射材料に含まれる希土類及びアルミニウムが、溶射材料の上述した希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量の範囲内の割合となるように、希土類塩及び酸化アルミニウムの割合を調整することが好ましい。希土類塩としては、硝酸塩、塩酸塩等が挙げられる。
【0031】
次に、(B)工程において、スラリーに沈殿剤を添加するが、希土類塩系水溶液中に酸化アルミニウムを均一に分散させた状態で、沈殿剤を添加する。沈殿剤としては、蓚酸、尿素、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム等が挙げられる。沈殿剤の添加量は、希土類(R)に対して、5~20倍モル量とすることが好ましい。スラリーに沈殿剤を添加すると、希土類塩と沈殿剤とが反応して、希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質が、沈殿として晶出する。この際の反応温度は、通常、70~100℃であり、反応時間は、通常、2~12時間である。
【0032】
次に、(C)工程において、希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質である沈殿を、ろ過等の方法で固液分離し、必要に応じて洗浄して、含水固形分として希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質が回収される。回収した沈殿は、必要に応じて、大気雰囲気等の酸素ガス含有雰囲気下で、予備焼成してもよい。予備焼成は、例えば、600~1,000℃の温度で、1~8時間実施すればよい。なお、予備焼成は、前駆体物質から本発明の溶射材料への反応が完結しない程度で実施される。予備焼成後は、必要に応じて、ハンマーミル等の解砕機を用いて解砕してもよい。
【0033】
次に、(D)工程において、希土類及びアルミニウムを含有する前駆体物質を、大気雰囲気等の酸素ガス含有雰囲気下で焼成する。ここで、前駆体物質を焼成する前に、前駆体物質の粒子から造粒(小粒径の粒子を集合させて大粒径の粒子を形成する方法であり、一般に、集合した小粒径の粒子間に空隙が形成された粒子が得られる。)して造粒粒子を形成してもよい。焼成温度は、900~1,700℃とすることが好ましい。焼成温度は、より好ましくは1,000℃以上、更に好ましくは1,100℃以上、特に好ましくは1,200℃以上である。また、焼成時間は、通常、2~6時間である。
【0034】
平均粒子径D50が1~10μmの溶射材料を製造する場合、焼成後に、粉末が強く凝集する傾向があるため、焼成後に得られた溶射材料は、必要に応じてボールミルやジェットミル等で粉砕してもよく、また、必要に応じて分級してもよい。
【0035】
平均粒子径D50が10~50μmの溶射材料を製造する場合は、造粒による製造が効果的である。この場合、例えば、得られた前駆体物質を900~1,700℃で焼成し、必要に応じてボールミルやジェットミル等で粉砕し、必要に応じて分級した後、得られた粉末をスラリー化して、スプレードライヤーを用いて造粒後、更に、1,100~1,700℃で焼成すればよい。この場合も、必要に応じて分級してもよい。
【0036】
本発明においては、例えば、本発明の溶射材料を用いることにより、基材上に、直接又は下地皮膜(下層皮膜)を介して、半導体製造装置用の部品、部材等に好ましく適用される、希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物を含む溶射皮膜(表層皮膜)を形成することができ、基材上に、直接又は下地皮膜(下層皮膜)を介して形成された溶射皮膜(表層皮膜)を備える溶射部材を製造することができる。
【0037】
基材の材質としては、特に制限はないが、ステンレススチール、アルミニウム、ニッケル、クロム、亜鉛、それらの合金等の金属、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素、石英ガラス等の無機化合物(セラミックス)、カーボン等が挙げられ、溶射部材の用途(例えば、半導体製造装置用等の用途)に応じて、好適な材質が選択される。例えば、アルミニウム金属又はアルミニウム合金の基材の場合は、耐酸性のあるアルマイト処理が施された基材が好ましい。基材の形状も、例えば、平板形状、円筒形状を有するもの等が挙げられ、特に制限はない。
【0038】
基材に溶射皮膜を形成する際、例えば、基材の溶射皮膜を形成する面を、アセトン脱脂し、例えばコランダム等の研磨材を用いて粗面化処理して、面粗度(表面粗さ)Raを高くしておくことが好ましい。基材を粗面化処理することにより、溶射施工後に、溶射皮膜と基材の熱膨張係数の差から生じる皮膜の剥離を効果的に抑制することができる。粗面化処理の程度は、基材の材質等に応じて適宜調整すればよい。
【0039】
溶射皮膜を形成する前に、基材上に、予め、下層皮膜を形成することにより、溶射皮膜を、下地皮膜を介して形成することができる。下地皮膜は、膜厚を、例えば50~300μmとすることができる。下層皮膜の上に、好ましくは下層皮膜と接して、溶射皮膜を形成すれば、下地皮膜を下層皮膜、溶射皮膜を表層皮膜として形成でき、基材上に形成される皮膜を、複層構造の皮膜とすることができる。
【0040】
下地皮膜の材料としては、例えば、希土類酸化物、希土類フッ化物、希土類オキシフッ化物等が挙げられる。下地皮膜の材料を構成する希土類としては、溶射材料中の希土類(R)として例示した元素と同様のものを挙げることができ、特に、イットリウム(Y)が好適である。下地皮膜は、例えば常圧での大気プラズマ溶射、サスペンションプラズマ溶射等の溶射により形成することができる。
【0041】
下地皮膜の気孔率は、5%以下であることが好ましく、より好ましくは4%以下、更に好ましくは3%以下である。なお、気孔率の下限は、特に限定されるものではないが、通常、0.1%以上である。また、下地皮膜の面粗度(表面粗さ)Raは10μm以下であることが好ましく、より好ましくは6μm以下である。面粗度(表面粗さ)Raの下限は、より低い方がよいが、通常、0.1μm以上である。面粗度(表面粗さ)Raが低い下地皮膜の上に、好ましくは下地皮膜と接して、溶射皮膜を表層皮膜として形成すれば、表層皮膜の面粗度(表面粗さ)Raも低くすることができるため好適である。
【0042】
このような低い気孔率や、低い面粗度(表面粗さ)Raを有する下地皮膜を形成する方法は、特に制限されるものではないが、例えば、原料として平均粒子径D50が0.5μm以上、好ましくは1μm以上で、50μm以下、好ましくは30μm以下の単一粒子粉又は造粒溶射粉を用い、プラズマ溶射、爆発溶射等により、粒子を十分に溶融させて溶射を行うことにより、気孔率や面粗度(表面粗さ)Raが低い、緻密な下地皮膜を形成することができる。ここで、単一粒子粉とは、球状粉、角状粉、粉砕粉等の形態で、中身が詰まった粒子の粉末を意味する。単一粒子粉を用いた場合、単一粒子粉が、造粒溶射粉よりも粒径が小さな細かい粒子でも中身が詰まった粒子で構成された粉末であるため、スプラット径が小さく、クラックの発生が抑制された下地皮膜を形成することができる。
【0043】
また、下地皮膜は、機械研磨(平面研削、内筒加工、鏡面加工等)や、微小ビーズ等を使用したブラスト処理、ダイヤモンドパッドを使用した手研磨等の表面加工によって、面粗度(表面粗さ)Raを低くすることができる。
【0044】
本発明において、溶射材料を用いて溶射皮膜(表層皮膜)を形成する際の溶射方法は、特に限定されるものではないが、プラズマ溶射が好適である。プラズマ溶射は、大気プラズマ溶射であっても、サスペンションプラズマ溶射であってもよい。
【0045】
大気プラズマ溶射においてプラズマを形成するために用いられるプラズマガスは、アルゴンガス単体、窒素ガス単体、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス及び窒素ガスから選ばれる2種以上の混合ガス等が挙げられるが、特に限定されるものではない。また、大気プラズマ溶射における溶射距離は、好ましくは150mm以下である。溶射距離が短くなるにつれて、溶射皮膜の付着効率が向上し、また、硬度が増し、気孔率が低くなる。溶射距離は、より好ましくは140mm以下、更に好ましくは130mm以下である。溶射距離の下限は、特に制限されるものではないが、50mm以上が好ましく、より好ましくは60mm以上、更に好ましくは70mm以上である。
【0046】
サスペンションプラズマ溶射においてプラズマを形成するために用いられるプラズマガスは、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス及び窒素ガスから選ばれる2種以上の混合ガス等が挙げられ、アルゴンガス、水素ガス及び窒素ガスの3種の混合ガス、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス及び窒素ガスの4種の混合ガスがより好ましいが、特に制限されるものではない。サスペンションプラズマ溶射における溶射距離は、好ましくは100mm以下である。溶射距離が短くなるにつれて溶射皮膜の付着効率が向上し、また、硬度が増し、気孔率が低くなる。溶射距離は、より好ましくは90mm以下、更に好ましくは80mm以下である。溶射距離の下限は、特に制限されるものではないが、50mm以上が好ましく、より好ましくは55mm以上、更に好ましくは60mm以上である。
【0047】
基材、又は基材上に形成された皮膜(下地皮膜)に溶射皮膜を形成する際、基材、基材上に形成された皮膜(下地皮膜)、更には、形成される溶射皮膜(表層皮膜)を冷却しながら溶射することが好ましい。冷却方法として、例えば、空冷や水冷等が挙げられる。
【0048】
特に、溶射時に、基材、又は基材及び基材上に形成された皮膜の温度を100℃以上とすることが好ましい。温度が高いほど、基材と、形成される溶射皮膜との間、又は基材上に形成された皮膜(下地皮膜)と、形成される溶射皮膜(表層皮膜)との間の結合が強くなり、溶射皮膜を緻密にすることができる。また、高温になるほど、急冷応力が発生し、形成される溶射皮膜の硬度が向上する。溶射時の基材、又は基材及び基材上に形成された皮膜の温度は、130℃以上がより好ましく、150℃以上が更に好ましい。
【0049】
一方、溶射時の基材、又は基材及び基材上に形成された皮膜の温度は、300℃以下とすることが好ましい。温度が低いほど、熱による基材、又は基材及び基材上に形成された皮膜の損傷や変形を防ぐことができる。また、低温になるほど熱応力の発生を抑えることができ、基材と、形成される溶射皮膜との間、又は基材上に形成された皮膜(下地皮膜)と、形成される溶射皮膜との間の剥離を防ぐことができる。溶射時の基材、又は基材及び基材上に形成された皮膜の温度は、270℃以下がより好ましく、250℃以下が更に好ましい。この温度は、冷却能力を制御することにより達成することができる。
【0050】
プラズマ溶射における溶射材料(溶射スラリー)の供給速度、ガス供給量、印加電力(電流値、電圧値)等の、他の溶射条件に、特に制限はなく、従来公知の条件を適用することができ、基材、溶射材料、得られる溶射部材の用途等に応じて、適宜設定すればよい。
【0051】
特に、基材に溶射皮膜を直接形成する際には、上述したように、基材の溶射皮膜を形成する面の面粗度(表面粗さ)Raを高くしておき、更に、基材の温度を上述した温度とすることで、より剥離し難く、より高硬度で緻密な溶射皮膜を形成することが可能である。このようにした場合、形成された溶射皮膜の面粗度(表面粗さ)Raが高くなる傾向にあるので、機械研磨(平面研削、内筒加工、鏡面加工等)や、微小ビーズ等を使用したブラスト処理、ダイヤモンドパッドを使用した手研磨等の表面加工によって、面粗度(表面粗さ)Raを低くすることで、より剥離し難く、より高硬度で緻密で、かつ面粗度(表面粗さ)Raが低い、潤滑な溶射皮膜を形成することができる。
【0052】
本発明の溶射皮膜は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等での使用に好適である。本発明の溶射皮膜は、希土類(R)、アルミニウム及び酸素を含有し、希土類及びアルミニウムを含む複合酸化物の結晶相を含むことが好ましい。本発明の溶射皮膜は、腐食性のハロゲン系ガスプラズマに対して、希土類パーティクルの発生が少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)が優れている。
【0053】
本発明の溶射皮膜は、希土類及びアルミニウムを含む複合酸化物の結晶相として、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含んでいることが好ましい。
【0054】
希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含有する溶射皮膜は、例えば、本発明の溶射材料を用いた溶射、特に、プラズマ溶射により形成することができる。また、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相の含有は、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属されるX線回折ピークの最大ピークの回折角、特に、溶射皮膜の形成に用いた溶射材料において希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属されるX線回折ピークの最大ピークの回折角から、差分で、例えば0.05~0.5°低角度側にピークが存在することにより、確認することができる。この差分は、0.1°以上であることが好ましく、また、0.3°以下であることが好ましい。
【0055】
希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)が、例えば、イットリウム・アルミニウム・モノクリニック(Y4Al29)である場合、その最大ピークは、特に限定されるものではないが、一般的に、結晶格子の(-122)面に帰属される回折ピークとなる。この回折ピークは、通常2θ=29.6°前後に検出される。また、通常、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属されるX線回折ピークのうち、最大ピーク以外の一部又は全部のX線回折ピークの低角度側にも、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相のピークが確認される。
【0056】
希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相は、R4Al29中のAl3+の一部が、R3+によって同型置換されて、格子面間隔dが広がっている。希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の回折ピークは、2dsinθ=nλ(式中、dは格子面間隔、θはX線の視射角、nは正の整数、λはX線の波長である。)で表されるブラッグ条件に従うので、X線の視射角θが減少することによって、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの回折角より低角度側に出現すると考えられる。例えば、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)が、例えば、イットリウム・アルミニウム・モノクリニック(Y4Al29)である場合、Y4Al29中のAl3+(6配位の場合のイオン半径:0.535Å)の一部が、イオン半径が大きいY3+(6配位の場合のイオン半径:0.900Å)によって同型置換されると、格子面間隔dが広がることになる。
【0057】
このような希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の回折ピークは、X線回折のデータベース(例えば、JCPDS等)中には存在しないが、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの回折角より低角度側にシフトした回折ピークの存在は、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相の存在を意味している。
【0058】
耐食性の観点からは、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)よりも、希土類酸化物(R23)の方が優れており、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物は、耐食性に優れていると言える。従来、含まれる結晶相が、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相と、希土類酸化物(R23)の結晶相との混合相である溶射皮膜は、プラズマ溶射では得られておらず、特に、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含む溶射皮膜は知られていない。希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物の結晶相を含む本発明の溶射皮膜は、腐食性のハロゲン系ガスプラズマに対して、希土類パーティクルの発生が特に少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)にも優れた溶射皮膜である。
【0059】
本発明の溶射皮膜は、希土類酸化物(R23)の結晶相を含んでいてもよい。希土類酸化物を含むことは、溶射皮膜の耐食性が向上する点で有利である。
【0060】
本発明の溶射皮膜は、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の結晶相、希土類・アルミニウム・ペロブスカイト(RAlO3)の結晶相及び希土類・アルミニウム・ガーネット(R3Al512)の結晶相から選ばれる1種以上の結晶相を含んでいてもよい。R4Al29、RAlO3又はR3Al512を含むことは、溶射皮膜からの希土類パーティクルの発生が抑制される点で有利である。
【0061】
本発明の溶射皮膜は、希土類(R)及びアルミニウムの含有量から算出される希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、希土類酸化物(R23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、希土類酸化物(R23)が75~99質量%、酸化アルミニウム(Al23)が1~25質量%であることが好ましい。希土類酸化物(R23)相当量は、80質量%以上、特に85質量%以上であることがより好ましく、また、97質量%以下、特に95質量%以下であることがより好ましい。一方、酸化アルミニウム(Al23)相当量は、3質量%以上、特に5質量%以上であることがより好ましく、また、20質量%以下、特に15質量%以下であることがより好ましい。
【0062】
本発明の溶射皮膜においては、主成分酸化物(希土類及びアルミニウムを含有する複合酸化物、希土類酸化物及び酸化アルミニウム)の質量の合計を、希土類酸化物及び酸化アルミニウム相当量の質量の合計とし、溶射皮膜中の希土類及びアルミニウムの含有量から、希土類酸化物の基本組成であるR23及び酸化アルミニウムの基本組成であるAl23に換算した量を、各々、希土類酸化物相当量及び酸化アルミニウム相当量とする。溶射皮膜には、特に制限されるものではないが、主成分酸化物以外の酸化物は、実質的に含まれていないこと(溶射皮膜が、実質的に主成分酸化物を構成する1種又は2種以上からなること)が好ましい。溶射皮膜中の希土類及びアルミニウムの含有量の測定は、例えば、ICP発光分光分析法、蛍光X線分析法等により測定することができるが、蛍光X線分析法は、主成分酸化物を構成する希土類及びアルミニウムを特定して測定することができるため、より好ましい。
【0063】
本発明の溶射皮膜中の希土類(R)には、イットリウム(Y)及びランタン(La)からルテチウム(Lu)まで(原子番号57から71まで)のランタノイド元素から選ばれる1種以上の元素が含まれる。希土類(R)としては、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上の元素が好ましく、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ジスプロシウム(Dy)、エルビウム(Er)及びイッテルビウム(Yb)から選ばれる1種以上の元素がより好ましい。希土類(R)元素は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0064】
本発明の溶射皮膜は、面粗度(表面粗さ)Raが8μm以下であることが好ましい。皮膜表面の面粗度(表面粗さ)Raが8μm以下であると、ハロゲン系ガスプラズマによるパーティクルの生成がより抑制できる点で有利である。面粗度(表面粗さ)Raはより好ましくは7μm以下、更に好ましくは6μm以下である。一方、本発明の溶射皮膜の面粗度(表面粗さ)Raの下限は、より低い方がよいが、通常、0.1μm以上である。0.1μm以上であれば、膜厚調整の際の過剰な機械加工により溶射皮膜にダメージを与え難く、脱粒を引き起こし難い。
【0065】
本発明の溶射皮膜は、膜厚が10μm以上であることが好ましい。膜厚が10μm以上であると、ハロゲン系ガスプラズマに対する耐食性がより発揮される。膜厚は、30μm以上であることがより好ましく、50μm以上であることが更に好ましい。一方、溶射皮膜の膜厚の上限は、500μm以下であることが好ましい。皮膜の厚さが500μm以下であれば、基材、又は基材上に形成された皮膜(下地皮膜)からより剥離し難くなる。膜厚の上限は、より好ましくは400μm以下、更に好ましくは300μm以下である。
【0066】
本発明の溶射皮膜は、ビッカース硬度HV0.3が600以上であることが好ましい。ビッカース硬度HV0.3が600以上であると、ハロゲン系ガスプラズマにより皮膜表面がプラズマエッチングされ難くなり、耐食性がより高くなる。ビッカース硬度HV0.3は、630以上であることがより好ましく、650以上であることが更に好ましい。一方、ビッカース硬度HV0.3の上限は、より高い方がよいが、通常、1,000以下である。ビッカース硬度HV0.3が1,000以下であれば、基材、又は基材上に形成された皮膜(下地皮膜)からより剥離し難くなる。
【0067】
本発明の溶射皮膜は、気孔率が5%以下であることが好ましい。気孔率が5%以下であれば、ハロゲン系ガスプラズマによるパーティクルの生成がより抑制できる点で有利であり、また、耐食性が向上しやすくなる点で有利である。気孔率は、4%以下であることがより好ましく、3%以下であることが更に好ましい。なお、気孔率の下限は、特に限定されるものではないが、通常、0.1%以上である。
【実施例0068】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0069】
[実施例1]
硝酸イットリウム(Y(NO33)と、酸化アルミニウム(Al23)とを、溶射材料としたとき、酸化イットリウム(Y23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、酸化イットリウム(Y23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、表1に示される割合となるように準備し、0.01mol/Lの硝酸イットリウム水溶液に、酸化アルミニウム(Al23)粉末(平均粒子径D50=0.5μm)を分散させてスラリーを調製した。次に、得られたスラリーに、尿素を、硝酸イットリウム1モルに対して10モルに相当する量添加し、撹拌して、沈殿を晶出させ、得られた希土類(イットリウム)及びアルミニウムを含有する前駆体物質の沈殿を固液分離して回収した。
【0070】
次に、得られた沈殿(前駆体物質)を水に分散させ、バインダーとしてカルボキシメチルセルロースを加えてスラリーを調製し、得られたスラリーからスプレードライヤーを用いて造粒し、得られた造粒粒子を、大気雰囲気下、1,600℃で2時間焼成して、溶射材料を得た。
【0071】
得られた溶射材料について、X線回折(XRD)により結晶相を同定して、結晶構成を分析し、最大ピークを特定して、希土類酸化物(R23)に帰属される回折ピークの最大ピークの積分強度値I(R)と、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの最大ピークの積分強度値I(RAL)との強度比I(R)/I(RAL)を算出した。なお、X線回折(XRD)は、Malvern Panalytical社製 X線回折測定装置 X’Pert PRO/MPDを用いて測定し、Malvern Panalytical社製 解析ソフトウェア HighScore Plusを用いて結晶相同定及び積分強度の算出を行った。
測定条件は、特性X線:Cu-Kα(管電圧45kV、管電流40mA)、走査範囲:2θ=5~70°、ステップサイズ:0.0167113°、タイムパーステップ:13.970秒、スキャンスピード:0.151921°/秒とした。
また、BET比表面積S、嵩密度ρを測定して、S/ρを算出した。また、蛍光X線分析法によるイットリウム及びアルミニウムの定量結果から、酸化イットリウム(Y23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量として、両者の合計に対する割合を求めた。更に、粒度分布(平均粒子径D50)を測定した。結果を表1に示す。なお、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの最大ピークの回折角(2θ(RAL))は、表3に示した。また、各々の測定、分析の詳細については後述する。
【0072】
[実施例2]
実施例1と同様の方法で前駆体物質を得、得られた前駆体物質を、大気雰囲気下、1,600℃で2時間焼成した後、ジェットミルで粉砕して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1、3に示す。また、XRDプロファイルを図1に示す。
【0073】
また、得られた溶射材料を、分散剤と共に、分散媒に混合し、分散させてスラリー状の溶射材料を得た。スラリー濃度、用いた分散媒、並びに用いた分散剤及びそのスラリー中の濃度を表2に示す。更に、得られたスラリーについて、粘度を測定した。結果を表2に示す。なお、粘度の測定の詳細については後述する。
【0074】
[実施例3]
前駆体物質の焼成温度を1,300℃、焼成時間を4時間とした以外は、実施例2と同様にして、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1、3に示す。また、実施例2と同様の方法でスラリー状の溶射材料を得、粘度を測定した。スラリー濃度、用いた分散媒、用いた分散剤及びそのスラリー中の濃度並びに粘度を表2に示す。
【0075】
[実施例4]
イットリウム(Y)をガドリニウム(Gd)に変更した(原料として、硝酸イットリウム(Y(NO33)の代わりに硝酸ガドリニウム(Gd(NO33)を用いた)以外は実施例1と同様の方法で前駆体物質を得、得られた前駆体物質を、大気雰囲気下、1,200℃で2時間焼成した後、ジェットミルで粉砕して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1、3に示す。また、実施例2と同様の方法でスラリー状の溶射材料を得、粘度を測定した。スラリー濃度、用いた分散媒、用いた分散剤及びそのスラリー中の濃度並びに粘度を表2に示す。
【0076】
[実施例5]
イットリウム(Y)をイッテルビウム(Yb)に変更した(原料として、硝酸イットリウム(Y(NO33)の代わりに硝酸イッテルビウム(Yb(NO33)を用いた)以外は実施例1と同様の方法で前駆体物質を得、得られた前駆体物質を、大気雰囲気下、1,500℃で2時間焼成した後、ジェットミルで粉砕して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1、3に示す。また、実施例2と同様の方法でスラリー状の溶射材料を得、粘度を測定した。スラリー濃度、用いた分散媒、用いた分散剤及びそのスラリー中の濃度並びに粘度を表2に示す。
【0077】
[実施例6]
実施例2と同様にして得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1、3に示す。また、実施例2と同様の方法でスラリー状の溶射材料を得、粘度を測定した。スラリー濃度、用いた分散媒及び粘度を表2に示す。
【0078】
[比較例1]
酸化イットリウム(Y23)粉末(平均粒子径D50=1.2μm)を水に分散させ、バインダーとしてカルボキシメチルセルロースを加えてスラリーを調製し、得られたスラリーからスプレードライヤーを用いて造粒し、得られた造粒粒子を、大気雰囲気下、1,600℃で2時間焼成して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1に示す。
【0079】
[比較例2]
酸化イットリウム(Y23)と、酸化アルミニウム(Al23)とを、溶射材料としたとき、酸化イットリウム(Y23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量が、酸化イットリウム(Y23)と酸化アルミニウム(Al23)との合計に対して、表1に示される割合となるように準備し、これらを水に分散させ、バインダーとしてカルボキシメチルセルロースを加えてスラリーを調製し、得られたスラリーを、酸化アルミニウム製のポット内で、酸化アルミニウム製ボールを用いたボールミルによって24時間混合・粉砕した。次に、得られた混合・粉砕後のスラリーからプレードライヤーを用いて造粒し、得られた造粒粒子を、大気雰囲気下、1,400℃で2時間焼成して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1に示す。
【0080】
[比較例3]
酸化イットリウム(Y23)を、大気雰囲気下、1,600℃で2時間焼成した後、ジェットミルで粉砕し、分級して、溶射材料を得た。得られた溶射材料について、実施例1と同様の測定、分析を実施した。結果を表1に示す。また、実施例2と同様の方法でスラリー状の溶射材料を得、粘度を測定した。スラリー濃度、用いた分散媒、用いた分散剤及びそのスラリー中の濃度並びに粘度を表2に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
【表2】
【0083】
[実施例7~12、比較例4~6]
実施例1~6及び比較例1~3で得られた溶射材料を用いて、表3に示される粒度のコランダムの研磨材を用いて表面をブラスト研磨して粗面化処理した表3に示される材質の基材上に、直接又は下地皮膜を介して、プラズマ溶射により溶射皮膜を形成して、溶射部材を得た。実施例7及び比較例4、5は、粉末状の溶射材料を用いて大気プラズマ溶射(APS)で、実施例8~12及び比較例6は、スラリー状の溶射材料を用いてサスペンションプラズマ溶射(SPS)で、基材に直接(実施例8以外)又は基材上に大気プラズマ溶射により形成した下地皮膜(下層皮膜)を介して(実施例8)、溶射皮膜を、表3に示される表層皮膜として形成した。実施例8で用いた下層皮膜については、X線回折(XRD)により結晶相を同定して、結晶構成を分析した。また、面粗度(表面粗さ)Ra、膜厚及び気孔率を測定した。結果を表3に示す。なお、各々の測定、分析の詳細については後述する。
【0084】
大気プラズマ溶射はプラクスエア社の溶射機SG-100を用い、サスペンションプラズマ溶射は、プログレッシブ社の溶射機100HEを用い、大気雰囲気下(大気サスペンションプラズマ溶射)で、常圧で実施した。溶射皮膜(表層皮膜)を形成した大気プラズマ溶射及びサスペンションプラズマ溶射の溶射条件を表4に示す。
【0085】
得られた溶射皮膜(表層皮膜)について、X線回折(XRD)により結晶相を同定して、結晶構成を分析し、用いた溶射材料において希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの最大ピークの回折角から、差分で0.05~0.5°低角度側に位置するピークの回折角(2θ(R+AL))を計測した。また、蛍光X線分析法による希土類及びアルミニウムの定量結果から、希土類酸化物(R23)相当量及び酸化アルミニウム(Al23)相当量として、両者の合計に対する割合を求めた。また、面粗度(表面粗さ)Ra、膜厚、ビッカース硬度HV0.3及び気孔率を測定した。更に、得られた溶射部材を用いて、溶射皮膜の耐食性及び希土類パーティクルの発生量を評価した。結果を表3に示す。また、実施例8のXRDプロファイルを図2に示す。なお、各々の測定、分析、評価の詳細については後述する。
【0086】
【表3】
【0087】
【表4】
【0088】
[X線回折(XRD)]
特性X線をCu-Kαとし、回折角2θ=10~70°の範囲で回折プロファイルを得た。
【0089】
[BET比表面積]
(株)マウンテック製、全自動比表面積測定装置Macsorb HM model-1208を用いて測定した。
【0090】
[嵩密度]
ホソカワミクロン(株)製、パウダテスタPT-Xを用いて測定した。
【0091】
[希土類酸化物及び酸化アルミニウムの割合]
蛍光X線分析法により希土類及びアルミニウムの含有量を測定し、これらに基づき、希土類酸化物相当量及び酸化アルミニウム相当量として、両者の割合を算出した。
【0092】
[粒度分布]
体積基準の粒子径分布をレーザー回折法により測定し、平均粒子径D50を評価した。
【0093】
[スラリー粘度]
東機産業(株)製、TVB-10型粘度計を用い、回転速度を60rpm、回転時間を1分間に設定して測定した。
【0094】
[面粗度(表面粗さ)Ra]
(株)東京精密製、表面粗さ測定器HANDYSURF E-35Aを用いて測定した。
【0095】
[膜厚]
(株)ケツト科学研究所製、渦電流膜厚計LH-300Jを用いて測定した。
【0096】
[ビッカース硬度HV0.3]
皮膜試験片の表面を加工して鏡面(面粗度Ra=0.1μm)とし、(株)島津製作所製、マイクロビッカース硬度計HMV-Gを用い、荷重を2.942N、保持時間を10秒間に設定して、試験片の鏡面加工した表面で測定し、5箇所の平均値として評価した。
【0097】
[気孔率]
皮膜試験片を樹脂に埋め込み、断面を切り出して、その表面を加工して鏡面(面粗度Ra=0.1μm)とした後、電子顕微鏡により断面の写真(倍率:1,000倍)を撮影した。5視野(1視野の撮影面積:0.01mm2)の撮影を行った後、画像解析ソフトウェア「ImageJ」(National Institutes of Healthによるパブリックソフトウェア)を使って気孔率の定量化を行い、画像全体の面積に対する気孔面積の百分率を気孔率として、5視野の平均値として評価した。気孔率の測定は、具体的には、以下の手順で実施した。
(1)9mm×9mm角、厚さ5mm(基材を含む)に切り出した皮膜試験片を樹脂に埋め込む。
(2)断面を鏡面研磨する(面粗度Ra=0.1μm)。
(3)SEMで倍率1,000倍の断面写真(反射電子像)を撮影する。
(4)画像解析ソフトウェア「ImageJ」を使用し、断面写真の画像処理する範囲を指定し、トリミング加工を行う。
(5)画像をグレースケールに変換する。
(6)画像の閾値の設定として、低レベル側閾値を0、高レベル側閾値を、空隙部分が全て赤色になる数値に設定する。
(7)画像を二値化する。
(8)空隙部分の総面積を計算する。
(9)長さ単位をピクセルに設定し、空隙部分の総面積(pixel)を求める。
(10)画像の閾値の設定を、低レベル側閾値を0、高レベル側閾値を255に設定して、画像の全面積(pixel)を求める。
(11)空隙部分の総面積(pixel)を、画像の全面積(pixel)で除して、気孔率を算出する。
【0098】
[耐食性の評価試験]
溶射部材試験片の溶射皮膜(表層皮膜)の表面を鏡面仕上げ(Ra=0.1μm)し、マスキングテープで被覆した部分と、皮膜露出部分とを形成した後に、試験片をリアクティブイオンプラズマ試験装置にセットし、プラズマ出力440W、ガス種CF4+O2(20vol%)、流量20sccm、ガス圧5Pa、8時間の条件でプラズマに曝した。プラズマに曝した後の試験片について、Bruker Nano社製、触針式表面形状測定器Dektak3030を用い、マスキングテープで被覆した部分と皮膜露出部分との間に、腐食によって生じた段差の高さを測定し、測定箇所4点の平均値を求めて、耐食性を評価した。この試験による評価では、段差の高さの平均値(平均段差)が、3.5μm以下であることが好ましい。平均段差が3.5μmを超えると、プラズマエッチング装置内で使用した際に、十分な耐プラズマエッチング性能を発揮できない場合がある。平均段差は、3.2μm以下がより好ましく、3μm以下が更に好ましい。
【0099】
[希土類パーティクル発生量の評価試験]
溶射部材試験片を20mlの超純水の中に浸漬して、更に5分間の超音波洗浄を行った。超音波洗浄後、試験片を取り出し、超音波洗浄後の超純水に、5.3規定の硝酸水溶液を2ml加えて、超純水中に含まれる希土類パーティクルを溶かした。回収された希土類パーティクル中の希土類量を、ICP発光分光分析法により測定し、試験片の溶射皮膜の表面積当たりの希土類量として評価した。この試験による評価では、希土類パーティクル量が、3μg/cm2以下であることが好ましい。希土類パーティクルが3μg/cm2を超えると、パーティクルの発生が多すぎて、プラズマエッチング装置内での使用に耐えられないおそれがある。希土類パーティクル量は、2.5μg/cm2以下がより好ましく、2μg/cm2以下が更に好ましい。
【0100】
実施例7~12で得られた溶射皮膜(表層皮膜)では、腐食性のハロゲン系ガスプラズマとの反応により発生する希土類パーティクルの量が少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)が優れている。希土類パーティクルの発生は、溶射皮膜の表面がハロゲン系ガスプラズマによってハロゲン化されたとき、アルミニウムハロゲン化物は蒸発してパーティクルとして残存しないが、発生する希土類ハロゲン化物は蒸発せずにパーティクルとして残存してしまうことに関係する。一方、耐プラズマエッチング性能の点では、希土類リッチの場合の方が、アルミニウムリッチの場合より優れており、また、希土類パーティクルの発生においても、希土類リッチの溶射材料の場合の方が、アルミニウムリッチの溶射材料の場合より、パーティクル汚染の原因となる粒子や、粗雑な皮膜を形成してしまう粒子が少ないことが関係する。
【0101】
実施例1~6で得られた溶射材料は、X線回折法による強度比I(R)/I(RAL)が1以上であり、このような溶射材料を用いることにより、希土類酸化物相当量と酸化アルミニウム(Al23)相当量として、希土類酸化物が75~99質量%、酸化アルミニウムが1~25質量%と希土類リッチな組成であり、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物(R+AL)を含む溶射皮膜を好適に形成できる。また、特に、表面積Sを嵩密度ρで除したS/ρの値が1~4の範囲内であるため、パーティクル汚染の原因となる粒子や、粗雑な皮膜を形成してしまう粒子が少ない。そのため、希土類パーティクルの発生が少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)が優れた溶射皮膜を形成するための溶射材料として優れていることがわかる。
【0102】
また、実施例7~12で得られた溶射皮膜(表層皮膜)においては、用いた溶射材料において希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)に帰属される回折ピークの最大ピークの回折角から、差分で0.05~0.5°低角度側にピークが存在し、このピークの存在により、溶射皮膜に、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)のAl原子のサイトの一部が希土類(R)原子で置換された、希土類・アルミニウム・モノクリニック(R4Al29)の化学量論組成より希土類リッチな組成を有する複合酸化物(R+AL)が含まれていることが確認されている。そして、実施例7~12で得られた溶射皮膜は、このような希土類リッチな組成を有する複合酸化物(R+AL)が含まれていることにより、希土類パーティクルの発生が少なく、耐プラズマエッチング性能(耐食性)が優れた溶射皮膜となっていることがわかる。
図1
図2