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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023139329
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】椎間板性疼痛抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/734 20060101AFI20230927BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20230927BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20230927BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20230927BHJP
【FI】
A61K31/734
A61P29/00
A61L27/20
A61K9/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021184580
(22)【出願日】2021-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2022523292
(32)【優先日】2020-11-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.研究集会の開催日:令和1年12月7日 ・集会名、開催場所:第39回整形外科バイオマテリアル研究会 北海道大学医学部学友会館「フラテ」(北海道札幌市北区北15条西7丁目) ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政(代表発表者:浦勝郎) ・公開された発明の内容:ウサギ椎間板ヘルニアモデルにおける高純度硬化性ゲルの椎間板内炎症抑制効果についての検討
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2.予稿集の発行日:令和1年11月20日 ・刊行物:第39回整形外科バイオマテリアル研究会のプログラム・抄録集,第37頁 第39回整形外科バイオマテリアル研究会事務局 北海道大学 ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政 ・公開された発明の内容:ウサギ椎間板ヘルニアモデルにおける高純度硬化性ゲルの椎間板内炎症抑制効果についての検討
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 3.研究集会の開催日:令和2年2月1日 ・集会名、開催場所:第138回北海道整形災害外科学会 北海道大学学術交流会館(北海道札幌市北区北8条西5丁目) ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政(代表発表者:浦勝郎) ・公開された発明の内容:ウサギ椎間板ヘルニアモデルにおける高純度硬化性ゲルの椎間板内炎症抑制効果についての検討
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 4.予稿集(刊行物)の発行日:令和2年1月10日 ・刊行物:第138回北海道整形災害外科学会の抄録冊子 北海道整形災害外科学会 ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政 ・公開された発明の内容:ウサギ椎間板ヘルニアモデルにおける高純度硬化性ゲルの椎間板内炎症抑制効果についての検討
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 5.予稿集(ウェブサイト)の掲載日:令和2年2月25日 ・ウェブサイトのアドレス:https://mol.medicalonline.jp/archive/search?jo=dc4ortra&ye=2020&vo=62&issue=138th+suppl 第138回北海道整形災害外科学会の抄録冊子 北海道整形災害外科学会 ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政 ・公開された発明の内容:ウサギ椎間板ヘルニアモデルにおける高純度硬化性ゲルの椎間板内炎症抑制効果についての検討
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 6.研究集会の開催日:令和2年10月15日 ・集会名、開催場所:第35回日本整形外科学会基礎学術集会 オンライン学術集会(Live-Web開催) https://site2.convention.co.jp/joakiso2020/ ・公開者:浦勝郎、山田勝久、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政(代表発表者:浦勝郎) ・公開された発明の内容:ソフトバイオマテリアルによる椎間板性疼痛の抑制効果
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 7.刊行物の発行日:令和2年9月14日 ・刊行物:日本整形外科学会雑誌(2020)Vol.94,No.8,S1722 第35回日本整形外科学会基礎学術集会の抄録 公益財団法人 日本整形外科学会 ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政 ・公開された発明の内容:ソフトバイオマテリアルによる椎間板性疼痛の抑制効果
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 8.アプリによる公開日:令和2年10月7日 ・ウェブサイトのアドレス:https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.convention.joakiso2020&hl=ja&gl=US https://apps.apple.com/jp/app/id1533779592 第35回日本整形外科学会基礎学術集会の抄録 公益財団法人 日本整形外科学会 ・公開者:浦勝郎、須藤英毅、筌場大介、辻本武尊、岩崎倫政 ・公開された発明の内容:ソフトバイオマテリアルによる椎間板性疼痛の抑制効果
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100149010
【弁理士】
【氏名又は名称】星川 亮
(72)【発明者】
【氏名】須藤 英毅
(72)【発明者】
【氏名】浦 勝郎
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝久
【テーマコード(参考)】
4C076
4C081
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076BB32
4C076CC01
4C076CC04
4C076DD23
4C076FF68
4C081AB01
4C081CD041
4C081DA15
4C081EA05
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA25
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA06
4C086MA16
4C086MA67
4C086NA14
4C086ZA08
4C086ZB11
(57)【要約】      (修正有)
【課題】椎間板髄核摘出術に代表される椎間板に施される手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制する組成物を提供する。
【解決手段】髄核空隙部に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する疼痛抑制用組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
髄核空隙部に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する、疼痛抑制用組成物。
【請求項2】
前記空隙が、髄核摘出術後の摘出部位である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記疼痛が、髄核摘出術後の急性期から亜急性期に生じる術後疼痛である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記疼痛が、腰痛、背部痛、及び臀部痛からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
髄核空隙部に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の炎症を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する、炎症抑制用組成物。
【請求項6】
前記空隙が、髄核摘出術後の摘出部位である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記炎症が、髄核摘出術後の急性期から亜急性期に生じる術後炎症である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
髄核空隙部に適用し、適用後に組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように用いられ、髄核空隙部への適用時に流動性を有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記架橋剤が2価以上の金属イオン化合物である、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
手術の施術対象疾患が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の疾患である、請求項1~9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計(センサー:35/1)を用いた測定により、100mPa・s~30000mPa・sであり、ここで、前記測定の測定温度が20℃であり、回転数が0.5rpmであり、読み取り時間は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値を前記粘度とする、請求項8~10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
前記アルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量が8万以上である、請求項1~11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記組成物は、アルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/v%~5w/v%である、請求項1~12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記アルギン酸の1価金属塩が、低エンドトキシンのアルギン酸の1価金属塩である、請求項1~13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
前記組成物が、髄核空隙部への適用前に乾燥状態である、請求項1~14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
請求項1~15のいずれか1項に記載の組成物、および架橋剤を少なくとも含み、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、椎間板およびその周辺に起きる疼痛および/または炎症を抑制する組成物、例えば、髄核摘出術後の疼痛および/または炎症を抑制する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国において、腰痛を有する患者は非常に多く、厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、有訴者率、受診率ともに例年上位をしめる。腰痛は、有症期間によって、発症からの期間が4週間未満である急性腰痛、発症からの期間が4週間以上12週未満である亜急性腰痛、発症からの期間が12週以上である慢性腰痛の3つに大別される。(非特許文献1:腰痛診療ガイドライン2019改訂第2版)
【0003】
腰痛の原因として、椎間板由来、椎間関節由来、筋膜由来などの要素があることが報告されており、慢性腰痛患者の39%が椎間板由来の腰痛の可能性があったとの報告もある(非特許文献2:臨床整形外科 53巻11号pp945-950(2018))。
【0004】
椎間板性腰痛において、炎症は極めて重要な要素である。急性期腰痛の最も重要な要素の一つは椎間板内の炎症である。慢性期においては、椎間板内の炎症とneoinnervationと呼ばれる線維輪深部内層への感覚神経の浸潤が重要な要素である。代表的な椎間板疾患である、椎間板ヘルニアではTumour necrosis factor-α(TNF-α)を含むいくつかの炎症性サイトカインの発現が亢進している。痛みを伴う椎間板変性に関してはTNF-α、interleukin-6(IL-6)などの炎症性サイトカインが無症状者よりも高いレベルで存在することが確認されている。
【0005】
脊椎は、椎骨が連なる棒状の骨格であり、体幹および頭部を支える。椎骨と椎骨は、椎骨間にある椎間板によって連結されている。椎間板は、円板状の無血管組織であり、髄核を中心にして周りを線維輪が取り巻き、さらに上下に終板が配置された構造をしている。椎間板の髄核は、髄核細胞とその細胞外マトリクスから構成され、水分を多く含むゲル状の弾力に富む構造物であり、椎体間にかかる圧を吸収するクッションの役割を果たす。線維輪は、層状構造の線維軟骨とそれを取り巻くコラーゲンの層からできており、椎体間の回転運動を制限する。終板は、硝子軟骨組織であり、椎間板と椎体を強固に連結する。
【0006】
椎骨には、前方部分の椎体と後方部分の椎弓の間に、椎孔と呼ばれる孔が存在する。椎孔が上下に連なってできた管のことを脊柱管といい、その中に脊髄神経が通っている。脊髄神経からは左右に1対ずつ、全体で計31対の神経が分岐しており、その神経の基部を脊髄神経根と言う。神経根から延びるそれぞれの神経が支配する末梢の領域は決まっており、皮膚では帯状に分布する。これを皮膚分節という。
【0007】
椎間板は、加齢、外傷、疾病などにより変性、損傷が生じる。椎間板疾患は、具体的には、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、外傷などによる椎間板損傷などが含まれる。
【0008】
腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の髄核が後方の線維輪を部分的あるいは完全に穿破し、椎間板組織が脊柱管内に突出あるいは脱出して、馬尾や神経根を圧迫し、腰痛・下肢痛および下肢の神経症状などが出現したものである。腰椎椎間板ヘルニアは20~50歳代の若年層に多く、重度の疼痛のために社会活動に参加できず、経済的・精神的負担が大きい。
【0009】
腰椎椎間板ヘルニアの臨床症状は腰痛が先行してみられることが多いが、強い下肢痛を認めることが特徴である。先述したように神経根から延びるそれぞれの神経が支配する領域は決まっているため、神経根が圧迫を受けると圧迫された神経根が支配する末梢領域に障害があらわれる。すなわち、腰椎椎間板ヘルニアにおける下肢痛は、上位腰椎椎間板ヘルニアにおいては大腿神経痛として、下位腰椎では坐骨神経痛であることが多い。坐骨神経痛の発現においてはヘルニア塊が神経根を物理的に圧迫する作用のみならず、炎症による影響が考えられており、ヘルニア塊の組織から産生される炎症性サイトカインなどが関連因子として報告されている。(非特許文献3:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン(2011)第2版)
【0010】
腰椎椎間板ヘルニアに対する初期の標準治療としては、薬物療法や理学療法といった保存的治療が行われる。中期以降になると、ヘルニア摘出術といった侵襲的な治療が行われる。ヘルニア摘出術は、変性した椎間板組織を除去し、神経圧迫を緩和するという点で有効であるが、椎間板内に生じた組織欠損により、術後に徐々に椎間板変性が進行するといった問題が知られていた。
【0011】
椎間板ヘルニアにおける疼痛は、ヘルニア突出による神経根の圧迫による疼痛のほかに、神経癒着による疼痛や、炎症による疼痛などが知られ、複合的な要因で起こる。神経根の圧迫によっておこる疼痛は、先述したように主に下肢に起こり、炎症による疼痛は、ヘルニア突出部位である腰部周辺に起こることが多い。
【0012】
また感覚神経の椎間板内への浸潤も疼痛の発症において重要である。本来は椎間板内層には自由神経終末は存在しないが、変性の進んだ椎間板内には、neoinnervationと呼ばれる線維輪深部内層へ感覚神経が浸潤してくることが報告されている。(非特許文献2:臨床整形外科 53巻11号pp945-950(2018)、非特許文献4:Freemont et al., J Pathol (2002) 197, pp286-292)
【0013】
椎間板の変性と椎間板の疾患病態は関連している一方で、椎間板変性の重症度と疼痛の表れ方は相関しない。椎間板の変性が進行していても疼痛がない患者もおり、逆に変性の進行は少ないが疼痛が強い患者もいる。
【0014】
実際に、MRI画像上ヘルニアが確認されても疼痛などの症状を示さない無症候性のヘルニアが多く存在することが、MRIをはじめとした高度医療装置の普及とともに知られるようになってきており、腰椎椎間板ヘルニアの診断では、MRIの画像所見だけではなく、問診や理学所見等を総合的に判断することが推奨されている(非特許文献3:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン(2011)第2版)。
【0015】
腰椎椎間板ヘルニア患者における疼痛、特にヘルニア突出部である腰部に生じる腰痛には炎症が関与するため、これらに対する治療として、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)等の鎮痛剤による薬物療法や局所麻酔薬による神経ブロック注射が一般的に行われている。
【0016】
特許文献1(特許第6487110号)には、アルギン酸ナトリウムを含有する椎間板の髄核補填用組成物が開示されている。しかし、特許文献1には、疼痛抑制および/または炎症抑制に関する記載はなされていない。
【0017】
また、髄核摘出術後の空隙の補填の例として、ラット尾椎椎間板損傷モデルに対する椎間板内ヒアルロン酸充填によって椎間板性疼痛が軽減されることが示されていたが(非特許文献5:Mohd Isa et al., Sci. Adv. (2018) eaap0597)、これはヒアルロン酸自体の薬理作用によるものと示唆されている。
【0018】
さらに、非特許文献6(腰椎椎間板ヘルニア患者におけるdMD-001の安全性及び性能についての探索的臨床試験, UMIN試験番号UMIN000034227, 2018年9月21日, UMIN-CTR 臨床試験登録情報の閲覧 <URL: https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&recptno=R000039018&type=summary&language=J>)には、腰椎椎間板ヘルニア摘出後に生じた空隙にアルギン酸溶液を充填後、アルギン酸溶液の表面に塩化カルシウムを添加し、表面をゲル化させることで行う埋植の実施可能性および安全性を評価するための患者のリクルート基準として、腰椎椎間板ヘルニア摘出術を予定している患者であって、下肢痛があり、神経学的症状と合致した部位にMRI上椎間板ヘルニアを認める患者であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特許第6487110号明細書
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】腰痛診療ガイドライン2019改訂第2版
【非特許文献2】臨床整形外科 53巻11号pp945-950(2018)
【非特許文献3】腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン(2011)第2版
【非特許文献4】Freemont et al., J Pathol (2002) 197, pp286-292
【非特許文献5】Mohd Isa et al., Sci. Adv. (2018) eaap0597
【非特許文献6】腰椎椎間板ヘルニア患者におけるdMD-001の安全性及び性能についての探索的臨床試験, UMIN試験番号UMIN000034227, 2018年9月21日, UMIN-CTR 臨床試験登録情報の閲覧 <URL: https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&recptno=R000039018&type=summary&language=J>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、いくつかの態様において、椎間板髄核摘出術に代表される椎間板に施される手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制する組成物を提供するものであり、好ましい態様において、椎間板髄核摘出術後の術後疼痛を抑制する組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、椎間板髄核摘出術に代表される椎間板に施される手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症に対する治療方法として、アルギン酸ナトリウムの髄核補填の可能性を検討した。本発明者らは、椎間板髄核欠損動物モデルにおいて、アルギン酸ナトリウムの髄核補填により、TNF-α、IL-6といった炎症関連因子の発現が抑制されること、疼痛の発現に重要な役割を果たすneoinnervationの指標であるTrkAの発現が抑制されることを見出した。また、ラットの疼痛関連行動分析において、疼痛関連行動が抑制されることを見出した。
本発明者らは、このような知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0023】
[発明の態様]
ここでは、以下のものが提供される。
[1] 髄核空隙部に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する、疼痛抑制用組成物。
[2] 前記空隙が、髄核摘出術後の摘出部位である、上記[1]に記載の組成物。
[3] 前記疼痛が、髄核摘出術後の術後疼痛である、上記[1]または[2]に記載の組成物。
[3A] 前記疼痛が、腰痛、背部痛、及び臀部痛からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[3]のいずれか1項に記載の組成物。
[3B] 前記疼痛が、炎症を伴う疼痛である、上記[1]~[3A]のいずれか1項に記載の組成物。
[3C] 前記術後疼痛が、術後急性期、または亜急性期に生じる術後疼痛である、上記[3]~[3B]のいずれか1項に記載の組成物。
[3D] 前記術後疼痛が、腰痛、背部痛、及び臀部痛からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[3]~[3C]のいずれか1項に記載の組成物。
[3E] 前記術後疼痛が、炎症を伴う疼痛である、上記[3]~[3D]のいずれか1項に記載の組成物。
[4] 髄核空隙部に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の炎症を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する、炎症抑制用組成物。
[5] 前記空隙が、髄核摘出術後の摘出部位である、上記[4]に記載の組成物。
[6] 前記炎症が、髄核摘出術後の急性期から亜急性期に生じる術後炎症である、上記[4]または[5]に記載の組成物。
[7] 髄核空隙部に適用し、適用後に組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように用いられ、髄核空隙部への適用時に流動性を有する、上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の組成物。
[7A] 髄核空隙部に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核空隙部への適用時に流動性を有する、上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の組成物。
[7B] 前記組成物の髄核空隙部への適用を、椎間板表面の組成物の充填口を介して行い、前記硬化又は接触を、椎間板表面の組成物の充填口に架橋剤を接触させることで行う、上記[7]または[7A]に記載の組成物。
[7C] 前記組成物の髄核空隙部への適用を、髄核の少なくとも一部を除去することで形成した髄核欠損部に、前記組成物を適用することで行う、上記[7]~[7B]のいずれか1項に記載の組成物。
[8] 架橋剤が2価以上の金属イオン化合物である、上記[7]~[7C]のいずれか1項に記載の組成物。
[8A] 2価以上の金属イオン化合物がCa2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属イオン化合物である、上記[8]に記載の組成物。
[9] 手術の施術対象疾患が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の疾患である、上記[1]~[8A]のいずれか1項に記載の組成物。
[9A] 前記対象疾患が、椎間板ヘルニアである、上記[9]に記載の組成物。
[10] 前記流動性を有する組成物が、生理学的に許容される範囲の浸透圧となる量の浸透圧調整剤を含んでいてもよい、上記[7]~[9A]のいずれか1項に記載の組成物。
[11] 前記流動性を有する組成物の粘度が、100mPa・s~30000mPa・sである、上記[7]~[10]のいずれか1項に記載の組成物。
[11A] 前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計(センサー:35/1)を用いた測定により、100mPa・s~30000mPa・sであり、ここで、前記測定の測定温度が20℃であり、回転数が0.5rpmであり、読み取り時間は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値を前記粘度とする、上記[7]~[11]のいずれか1項に記載の組成物。
[12] 前記アルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量が8万以上である、上記[1]~[11A]のいずれか1項に記載の組成物。
[12A] 前記アルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が8万以上である、上記[1]~[11A]のいずれか1項に記載の組成物。
[13] 前記組成物は、アルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/v%~5w/v%である、上記[1]~[12A]のいずれか1項に記載の組成物。
[13A] 前記組成物は、アルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/w%~5w/w%である、上記[1]~[12A]のいずれか1項に記載の組成物。
[14] 前記アルギン酸の1価金属塩が、低エンドトキシンのアルギン酸の1価金属塩である、上記[1]~[13A]のいずれか1項に記載の組成物。
[14A] 前記アルギン酸の1価金属塩が、100EU/g以下のエンドトキシンを含む、上記[1]~[14]のいずれか1項に記載の組成物。
[15] 前記組成物は、前記対象の髄核部位または髄核空隙部に適用する前に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、上記[1]~[14A]のいずれか1項に記載の組成物。
[16] 前記組成物は、細胞を含有しない、上記[1]~[15]のいずれか1項に記載の組成物。
[17] 前記組成物は、細胞および細胞の成長を促進する因子からなる群から選択される少なくとも1種と組み合わせて適用される、上記[1]~[16]のいずれか1項に記載の組成物。
[17A] 前記細胞および細胞の成長を促進する因子が、髄核細胞、幹細胞、間質細胞、間葉系幹細胞、骨髄間質細胞、ES細胞、iPS細胞、BMP、FGF、VEGF、HGF、TGF-β、IGF-1,PDGF,CDMP(cartilage-derived-morphogenetic protein),CSF,EPO、IL、PRP(Platelet Rich Plasma)、SOXおよびIFからなる群から選択される少なくとも1種と組み合わせて適用される、上記[17]に記載の組成物。
[18] 前記組成物が、髄核部位または髄核空隙部への適用前に乾燥状態である、上記[1]~[17A]のいずれか1項に記載の組成物。
[18A] 前記組成物が、髄核部位または髄核空隙部への適用前に乾燥状態または溶液状態である、上記[1]~[17A]のいずれか1項に記載の組成物。
[18B]前記組成物が、貯蔵および流通段階では乾燥状態である、上記[1]~[17A]のいずれか1項に記載の組成物。
[19] 前記乾燥状態のアルギン酸の1価金属塩が、凍結乾燥体である、上記[18]~[18B]のいずれか1項に記載の組成物。
[20] 上記[1]~[19]のいずれか1項に記載の組成物、および架橋剤を少なくとも含み、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するためのキット。
[21] 手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための方法であって、
アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位または髄核空隙部に適用し、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行うことを含む、前記方法。
[21A] 手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための方法であって、
アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位または髄核空隙部に適用し、適用した前記組成物の一部分を硬化することを含む、前記方法。
[22] 前記疼痛が、髄核摘出術後の術後疼痛である、上記[21]または[21A]に記載の方法。
[22A] 前記疼痛が、腰痛、背部痛、及び臀部痛からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[22]に記載の方法。
[22B] 前記疼痛が、炎症を伴う疼痛である、上記[21]~[22A]のいずれか1項に記載の方法。
[22C] 前記術後疼痛が、術後急性期、または亜急性期に生じる術後疼痛である、前記[22]~[22B]のいずれか1項に記載の方法。
[22D] 前記術後疼痛が、腰痛、背部痛、及び臀部痛からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[22]~[22C]のいずれか1項に記載の方法。
[22E] 前記術後疼痛が、炎症を伴う疼痛である、上記[22]~[22D]のいずれか1項に記載の方法。
[23] 前記対象が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の患者である、上記[21]~[22E]のいずれか1項に記載の方法。
[24] 手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための組成物を製造するためのアルギン酸の1価金属塩の使用であって、
前記組成物が、対象の髄核部位または髄核空隙部に適用され、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行い、髄核部位または髄核空隙部への適用時に流動性を有する、前記使用。
[25] アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位または髄核空隙部に適用し、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行う、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のためのアルギン酸の1価の金属塩。
【発明の効果】
【0024】
本発明の組成物は、対象の髄核部位に適用することにより、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するために用いることができる。いくつかの態様の組成物は、椎間板の髄核摘出術後に生じる術後疼痛および/または炎症を抑制することができる。
一般的に、ヘルニア摘出手術により神経根への圧迫を取り除くことでヘルニアの疼痛は軽快するが、本発明の好ましい態様の組成物は、術後に生じる術後疼痛を抑制するために用いることができる。
【0025】
本発明の好ましい態様の組成物は、椎間板髄核摘出術後の空隙に補填することで、椎間板ヘルニア等の椎間板疾患の術後疼痛および/または炎症を抑制する材料として用いることができる。
【0026】
また、本発明のより好ましい態様の組成物は、流動性を有するゾル状態でシリンジ等を用いて髄核部位に注入することが可能であり、また、直視下のみならず、経皮的髄核摘出術(約5mmの切開)、顕微鏡下(約3~4cmの切開)および内視鏡下(約1~2cmの切開)での充填も可能となるため、患者の負担を軽減でき、手技も比較的簡便である。すなわち、本発明の好ましい態様の組成物は、充填操作が比較的簡便である。
【0027】
本発明のさらに好ましい態様の組成物は、表面のみをゲル化するため、万一脊柱管内に突出した場合に、脊髄神経を圧迫し障害する心配も少なく安全である。すなわち、本発明のさらに好ましい態様の組成物は、脊髄神経の圧迫などの合併症の恐れが少ない。
【0028】
本発明の特に好ましい態様の組成物は、椎間板髄核摘出後の術後疼痛および/または炎症を抑制することで、患者の術後早期社会復帰を可能にする。
【0029】
本発明の組成物は、上記のいずれか1以上の効果を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】ラット椎間板髄核欠損モデルにおけるTNF―α陽性細胞率を示すグラフ。髄核穿刺後、1、4、7、28日後における、sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群の結果。A)髄核におけるTNF―α陽性細胞率、B)線維輪におけるTNF―α陽性細胞率
図2】ラット椎間板髄核欠損モデルにおけるIL-6陽性細胞率を示すグラフ。髄核穿刺後、1、4、7、28日後における、sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群の結果。A)髄核におけるIL-6陽性細胞率、B)線維輪におけるIL-6陽性細胞率
図3】ラット椎間板髄核欠損モデルにおけるTrkA陽性細胞率を示すグラフ。髄核穿刺後、1、4、7、28日後における、sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群の結果。A)髄核におけるTrkA陽性細胞率、B)線維輪におけるTrkA陽性細胞率
図4】ウサギ椎間板髄核欠損モデルにおけるTNF―α陽性細胞率を示すグラフ。髄核吸引後、1、4、7、28日後における、control、髄核吸引群、アルギン酸治療群の結果。A)髄核におけるTNF―α陽性細胞率、B)線維輪におけるTNF―α陽性細胞率
図5】ウサギ椎間板髄核欠損モデルにおけるIL-6陽性細胞率を示すグラフ。髄核吸引後、1、4、7、28日後における、control、髄核吸引群、アルギン酸治療群の結果。A)髄核におけるIL-6陽性細胞率、B)線維輪におけるIL-6陽性細胞率
図6】ラット椎間板髄核欠損モデルにおける疼痛関連行動実験結果。A) Hargreaves分析の結果。術前2日目(Day-2)と術後2、7、14、27日目における熱刺激に対する逃避行動を示すまでの潜時。sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群。*P<0.05、B) von Frey分析の結果。術前2日目(Day-2)と術後2、7、14、27日目におけるフィラメントによる刺激に対する逃避行動を示すまでの潜時。sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群。*P<0.05、C) Tail flick分析の結果。術前1日目(Day-1)と術後3、8、15、28日目における熱刺激に対する尾振り払い反応までの潜時。sham、髄核穿刺群、アルギン酸治療群。*P<0.05
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明について詳細に説明する。

1.本発明の組成物
本発明の組成物は、疼痛および/または炎症抑制用組成物である。より具体的には、本発明の組成物は、椎間板の髄核空隙部に適用して用いる、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛(例えば、腰痛・背部痛・臀部痛)および/または炎症を抑制する、アルギン酸の1価金属塩を含有する、疼痛および/または炎症抑制用組成物である。
【0032】
「アルギン酸の1価金属塩」は、後述の通りである。
【0033】
「椎間板」は、脊椎に連なる椎骨と椎骨との間にある円柱状の組織である。椎間板は、円板状の無血管組織であり、髄核を中心にして周りを線維輪が取り巻き、さらに上下に終板が配置された構造をしている。
【0034】
「髄核」は、椎間板の中心に存在するゲル状の組織であり、髄核細胞と、主にプロテオグリカンとII型コラーゲンで構成される細胞外基質と、水を主として含有する。髄核には、自己修復能・再生能がほとんどないと考えられている。
【0035】
「髄核補填」とは、加齢、外傷、疾病、およびそれらに対する外科的手術(例えば、椎間板髄核摘出(切除)術)などにより、変性、縮小、または除去した髄核の変性分、縮小分、または除去分を補填することをいう。なお、本明細書において「髄核充填」の語は、「髄核補填」と同じ意味で用いられ、「髄核補填用組成物」は「髄核充填用組成物」と同義である。
【0036】
「髄核部位」とは、髄核が存在する部位、髄核の変性若しくは縮小が生じている部位、又は、髄核の少なくとも一部を除去することで形成された髄核の欠損部をいい、髄核が存在する部位の周辺部も含む。「髄核空隙部」には、髄核部位のうち、髄核の変性若しくは縮小が生じている部位、外傷により欠損が生じている部位、又は、髄核の少なくとも一部を除去することで形成された髄核の欠損部が含まれる。
【0037】
「椎間板疾患」または「手術の施術対象疾患」は、椎間板に変性および/または損傷を引き起こす疾患である。椎間板疾患または手術の施術対象疾患には、具体的には、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、外傷などによる椎間板損傷などが含まれる。いくつかの態様では、椎間板疾患または手術の施術対象疾患は、椎間板ヘルニアである。ある態様では、椎間板ヘルニアは、腰椎椎間板ヘルニアである。
【0038】
「手術」は、椎間板に対して行う外科手術であり、例えば、椎間板髄核摘出(切除)術)などが挙げられる。
【0039】
「手術部位および/またはその周辺部位の疼痛」は、術後の椎間板疾患に伴う疼痛、髄核摘出術後に軽減しない疼痛、炎症を伴う疼痛、神経浸潤による疼痛、術後に再度発生する椎間板の変性および/または損傷により椎間板組織が突出あるいは脱出して神経を物理的に圧迫することにより引き起こされる疼痛、術後の神経癒着による疼痛などであり得、あるいはこれらが複合的な要因となって引き起こされる疼痛であってもよい。また、一般的に、椎間板変性の重症度と疼痛の表れ方は相関しないことが知られている。椎間板の変性が進行していても疼痛がない患者もおり、逆に変性の進行は少ないが疼痛が強い患者もいる。
【0040】
より具体的には、「手術部位および/またはその周辺部位の疼痛」には、手術後の腰痛、背部痛、臀部痛、下肢痛などが含まれ、より好ましくは、腰痛、背部痛および/または臀部痛であり、特に好ましくは腰痛である。これらの疼痛は、炎症を伴う疼痛であってもよいし、あるいは炎症を伴う疼痛でなくてもよいが、好ましくは、炎症を伴う疼痛である。また、本発明における「手術部位および/またはその周辺部位の疼痛」とは、術後の椎間板由来の疼痛であって、椎間板に由来しない創部痛や、術前の椎間板疾患による疼痛は含まないが、時には椎間板疾患に伴う炎症が施術後の対象に残存していてもよい。
【0041】
「髄核摘出術後の術後疼痛」には、炎症を伴う疼痛、神経浸潤による疼痛、術後に再度発生する椎間板の変性および/または損傷により椎間板組織が突出あるいは脱出して神経を物理的に圧迫することにより引き起こされる疼痛などが含まれる。その時期により、術後急性期の疼痛、術後亜急性期の疼痛、および術後慢性期の疼痛に分けられる。本発明の好ましい態様の組成物は、急性期から亜急性期に生じる術後疼痛を抑制するために用いることができる。
【0042】
例えば、炎症を伴う疼痛は、特に術後急性期~術後慢性期の疼痛に影響を与える。炎症を伴う疼痛は、髄核摘出術の術後に手術部位およびその周辺部位に生じる炎症による疼痛を指し、時には椎間板疾患に伴う炎症や疼痛が施術後の対象に残存していてもよい。また、発症する部位については、例えば椎間板ヘルニアにおける炎症を伴う疼痛は、主にヘルニア突出部およびその周辺部位である腰部・背部・臀部に発症するが、下肢痛の発現においても炎症による影響があるとの報告がある。本明細書の実施例では、アルギン酸ナトリウムを含む組成物の髄核補填により炎症関連因子の発現が術後早期の段階から抑制されることが示されており、本発明の好ましい態様の組成物は、特に、炎症を伴う疼痛抑制・緩和・軽減のために用いることができることが示された。
【0043】
また、神経浸潤による疼痛は、髄核摘出術の施術により椎間板髄核に空隙が生じ神経浸潤が生じやすくなると考えられ、術後亜急性期~術後慢性期の疼痛に影響を与える。本明細書の実施例では、椎間板髄核に欠損を生じさせ、その後に処置を行わない群では、椎間板内への感覚神経の浸潤の指標となるTrkAの発現が術後4週の段階で亢進しているのに対し、アルギン酸治療群においてはTrkAの発現が抑制されていたことが見出された。すなわち、椎間板髄核の空隙部分への感覚神経の浸潤を、アルギン酸塩が防いでいる可能性が示唆された。このように、本発明の好ましい態様の組成物は、特に、神経浸潤による疼痛抑制・緩和・軽減のために用いることができることが示された。
【0044】
さらに、術後に再度発生する椎間板の変性および/または損傷により椎間板組織が突出あるいは脱出して神経を物理的に圧迫することにより引き起こされる疼痛は、術後亜急性期から始まり、主に慢性期の疼痛に影響を与える。いくつかの態様では、「髄核摘出術後の術後疼痛」は、術後急性期または亜急性期に発生する術後疼痛であり、術後慢性期に発生する術後疼痛を含まない。また、本発明における「髄核摘出術後の術後疼痛」とは、椎間板由来の術後疼痛であって、椎間板に由来しない創部痛や、画像診断で脊柱管の狭窄や神経根の圧迫が認められる腰痛は含まない。また本明細書中で、椎間板に由来する疼痛のことを椎間板性疼痛ともいう。
【0045】
ここで、「急性期」は、発症からの期間が4週間未満の期間であり、特に「術後急性期」は、手術から4週間未満の期間を示す。「亜急性期」は、発症からの期間が4週間以上12週未満の期間であり、特に「術後亜急性期」は、手術から4週間以上12週未満の期間を示す。「慢性期」は、発症からの期間が12週以上であり、特に「術後慢性期」は、手術から12週以上の期間をいう。
【0046】
より具体的には、「髄核摘出術後の術後疼痛」には、腰痛もしくは背部痛、臀部痛、下肢痛などが含まれる。いくつかの態様では、「髄核摘出術後の術後疼痛」は、腰痛、背部痛および/または臀部痛である。
【0047】
「手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の炎症」とは、椎間板に対する外科手術後に生じる椎間板内の炎症のことを意味する。ここで、椎間板内の炎症を有する患者では、無症状者よりも炎症性サイトカインが高いレベルで存在する。本発明における「手術部位および/またはその周辺部位の炎症」とは、術後の椎間板内の炎症であって、椎間板に由来しない炎症や、術前の椎間板疾患による炎症は含まないが、時には椎間板疾患に伴う炎症が施術後の対象に残存していてもよい。本明細書の実施例では、アルギン酸ナトリウムを含む組成物の髄核補填により炎症関連因子の発現が術後早期の段階から抑制されることが示されており、本発明の好ましい態様の組成物は、特に、手術後に生じる炎症の抑制・緩和・軽減のために用いることができることが示された。本発明の好ましい態様の組成物は、急性期から亜急性期に生じる術後炎症を抑制するために用いることができる。
【0048】
「対象」は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)である。
【0049】
「対象」は、好ましくは、ヒトであり、より好ましくは、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を有する患者であり、特に椎間板疾患に伴う疼痛および/または炎症を有する患者である。さらに好ましくは、髄核摘出術を適用される患者であり、特に好ましくは、髄核摘出術後の疼痛および/または炎症を有する患者である。
【0050】
「適用」とは、本発明の組成物を椎間板の髄核部位の変性分、縮小分、除去分、欠損部などを埋めるのに十分な量で髄核部位(例えば、髄核空隙部)に充填することを意味する。また、本明細書において「補填」は「適用」と同じ意味で用いられる。
【0051】
「一部分を硬化する」とは、後述の通りである。
【0052】
「アルギン酸の1価金属塩を含有する」とは、本発明の組成物が、適用された髄核部位において、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するのに十分な量のアルギン酸の1価金属塩を含有することを意味する。
【0053】
「流動性を有する」とは、後述の通りである。
【0054】
「手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制する」とは、後述の通りである。
【0055】
本発明の組成物は、溶媒を用いて溶液状態で提供されてもよいし、凍結乾燥体(特には、凍結乾燥粉体)などの乾燥状態で提供されてもよい。乾燥状態として提供される場合、本発明の組成物は、適用時には溶媒を用いて、溶液状などの流動性を有する状態で使用される。溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、注射用水、精製水、蒸留水、イオン交換水(または脱イオン化水)、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。好ましくは、ヒトおよび動物の治療に用いることが可能な注射用水、蒸留水、生理食塩水などである。
【0056】
2.アルギン酸の1価金属塩
「アルギン酸の1価金属塩」は、アルギン酸の6位のカルボン酸の水素原子を、NaやKなどの1価金属イオンとイオン交換することでつくられる水溶性の塩である。アルギン酸の1価金属塩としては、具体的には、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムなどを挙げることができるが、特には、市販品により入手可能なアルギン酸ナトリウムが好ましい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、架橋剤と混合したときにゲルを形成する。
【0057】
本発明に用いる「アルギン酸」は、生分解性の高分子多糖類であって、D-マンヌロン酸(M)とL-グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D-マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L-グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、およびD-マンヌロン酸とL-グルロン酸がランダムに配列した画分(MG画分)が任意に結合したブロック共重合体である。アルギン酸のD-マンヌロン酸とL-グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.4の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。
【0058】
アルギン酸の1価金属塩は高分子多糖類であり、分子量を正確に定めることは困難であるが、分子量が低すぎると粘度が低くなり、適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあり、また、分子量が高すぎるものは製造が困難であるとともに、溶解性が低下する、溶液状にした際に粘度が高すぎて取扱いが悪くなる、長期間の保存で物性を維持しにくい等の問題を生じるため、一般的に重量平均分子量で1万~1000万、好ましくは2万~800万、より好ましくは5万~500万の範囲である。本明細書において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
【0059】
一方、天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はゲルろ過クロマトグラフィー(これらを合わせてサイズ排除クロマトグラフィーともいう)により測定した重量平均分子量は、好ましくは10万以上、より好ましくは50万以上であり、また好ましくは、500万以下、より好ましくは300万以下である。その好ましい範囲は、10万~500万であり、より好ましくは50万~350万である。
【0060】
また、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と多角度光散乱検出器(Multi Angle Light Scattering:MALS)とを組み合わせたGPC-MALS法によれば、絶対重量平均分子量を測定することができる。GPC-MALS法により測定した重量平均分子量(絶対分子量)は、好ましくは1万以上、より好ましくは8万以上、さらに好ましくは9万以上であり、また好ましくは、100万以下、より好ましくは80万以下、さらに好ましくは70万以下、とりわけ好ましくは50万以下である。その好ましい範囲は、1万~100万であり、より好ましくは8万~80万であり、よりさらに好ましくは9万~70万、とりわけ好ましくは9万~50万である。
【0061】
通常、高分子多糖類の分子量を上記のような手法で算出する場合、10~20%以上の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32~48万、50万であれば40~60万、100万であれば80~120万程度の範囲で値の変動が生じうる。
【0062】
アルギン酸の1価金属塩の分子量の測定は、常法に従い測定することができる。
分子量測定にゲル浸透クロマトグラフィーを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。カラムは、例えば、GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm)を用いることができ、溶離液は、例えば、200mM硝酸ナトリウム水溶液とすることができ、分子量標準としてプルランを用いることができる。
【0063】
分子量測定にGPC-MALSを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。検出器として、例えば、RI検出器と光散乱検出器(MALS)を用いることができる。
【0064】
アルギン酸の1価金属塩は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。製造工程の温度等の条件管理、原料とする褐藻類の選択、製造工程における分子量の分画などの手法により分子量の異なるアルギン酸の1価の金属塩を製造することができる。さらに、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸の1価金属塩と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸の1価金属塩とすることも可能である。
【0065】
本発明に用いられるアルギン酸の1価金属塩は、好ましくは、アルギン酸の1価金属塩をMilliQ水に溶解して1w/w%濃度の溶液とし、コーンプレート型粘度計を用いて、20℃の条件で、粘度測定を行ったときの見掛け粘度が、40mPa・s~800mPa・sであることが好ましく、より好ましくは、50mPa・s~600mPa・sであることが望ましい。見掛け粘度の測定条件は、後述の条件に従うことが望ましい。なお、本明細書において「見掛け粘度」を単に「粘度」という場合がある。
【0066】
本発明に用いるアルギン酸は、天然由来でも合成物であってもよいが、天然由来であるのが好ましい。天然由来のアルギン酸としては、例えば、褐藻類から抽出されるものを挙げることができる。アルギン酸を含有する褐藻類は世界中の沿岸域に繁茂しているが、実際にアルギン酸原料として使用できる海藻は限られており、南米のレッソニア、北米のマクロシスティス、欧州のラミナリアやアスコフィラム、豪のダービリアなどが代表的なものである。アルギン酸の原料となる褐藻類としては、例えば、レッソニア(Lessonia)属、マクロシスティス(Macrocystis)属、ラミナリア(Laminaria)属(コンブ属)、アスコフィラム(Ascophyllum)属、ダービリア(Durvillea)属、アラメ(Eisenia)属、カジメ(Ecklonia)属などがあげられる。
【0067】
3.低エンドトキシン処理
いくつかの態様では、アルギン酸の1価金属塩は、低エンドトキシンのアルギン酸の1価金属塩である。低エンドトキシンとは、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルが低いことをいう。より好ましくは、低エンドトキシン処理されたアルギン酸の1価金属塩であることが望ましい。別のいくつかの態様では、アルギン酸の1価金属塩は、低エンドトキシン処理がされていない。
【0068】
低エンドトキシン処理は、公知の方法またはそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する、菅らの方法(例えば、特開平9-324001号公報など参照)、β1,3-グルカンを精製する、吉田らの方法(例えば、特開平8-269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の生体高分子塩を精製する、ウィリアムらの方法(例えば、特表2002-530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製する、ジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)、ルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製する、ハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol (1994)40:638-643など参照)等またはこれらに準じる方法によって実施することができる。低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂または活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005-036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸の種類などに合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0069】
エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES-24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。
【0070】
本発明の組成物に含有されるアルギン酸の1価金属塩のエンドトキシンの処理方法は特に限定されないが、その結果として、アルギン酸の1価金属塩のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、さらに好ましくは、100EU/g以下、とりわけ好ましくは50EU/g以下、特には30EU/g以下である。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(登録商標)(持田製薬株式会社)、PRONOVATMUP LVG(FMC BioPolymer)など市販品により入手可能である。
【0071】
4.アルギン酸の1価金属塩の溶液の調製
本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩の溶液を用いて調製してもよい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、公知の方法またはそれに準じる方法により調製することができる。すなわち、本発明で用いられるアルギン酸の1価金属塩は、前述の褐藻類を用いて、酸法、カルシウム法など公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、これらの褐藻類から、炭酸ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いて抽出した後、酸(例えば、塩酸、硫酸など)を添加することによってアルギン酸を得ることができ、アルギン酸のイオン交換によりアルギン酸の塩を得ることができる。好ましくは、前述のとおり、低エンドトキシン処理を行うようにしてもよい。アルギン酸の1価金属塩の溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。
【0072】
本発明の組成物が、凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合にも、上記の溶媒を用いて流動性のある溶液に調製することができる。
また、本発明の組成物を得るための操作は全てエンドトキシンレベル、および、細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
【0073】
5.本発明の組成物の見掛け粘度
本発明のいくつかの態様の組成物は、流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明の組成物は、髄核部位(例えば、髄核空隙部)への適用時に流動性を有する。本発明の態様の1つでは、好ましくは、本発明の組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する。この態様の本発明の組成物の見掛け粘度は、本発明の効果が得られれば、特に限定されないが、粘度が低すぎると適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあるため、好ましくは10mPa・s以上、より好ましくは100mPa・s以上、さらに好ましくは200mPa・s以上、とりわけ好ましくは500mPa・s以上である。見掛け粘度が高すぎると取扱性が悪くなる恐れがあるため、好ましくは50000mPa・s以下、より好ましくは20000mPa・s以下であり、さらに好ましくは10000mPa・s以下である。見掛け粘度が20000mPa・s以下のときシリンジ等での適用がより容易に行える。しかし、見掛け粘度が20000mPa・s以上であっても加圧型や電動型の充填器具やその他の手段を用いて適用可能である。本発明の組成物の好ましい範囲は、10mPa・s~50000mPa・s、より好ましくは、100mPa・s~30000mPa・s、さらに好ましくは200mPa・s~20000mPa・s、またさらに好ましくは500mPa・s~20000mPa・s、とりわけ好ましくは700mPa・s~20000mPa・sである。別の好ましい態様では、500mPa・s~10000mPa・s、あるいは2000mPa・s~10000mPa・sであってもよい。本発明のいくつかの態様の組成物は、シリンジ等で対象に適用することもできる粘度である。
【0074】
アルギン酸類の水溶液などアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の見掛け粘度の測定は、常法に従い測定することができる。例えば、回転粘度計法の、共軸二重円筒形回転粘度計、単一円筒形回転粘度計(ブルックフィールド型粘度計)、円すい-平板形回転粘度計(コーンプレート型粘度計)等を用いて測定することができる。好ましくは、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従うことが望ましい。本発明において粘度測定は20℃の条件で行うことが望ましい。後述のように本発明の組成物が細胞など溶媒に溶解しないものを含有する場合には、粘度測定を正確に行うため、組成物の見掛け粘度は、細胞などを含有しない状態の見掛け粘度とすることが好ましい。
【0075】
本発明においては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の見掛け粘度の測定は、特に、コーンプレート型粘度計を用いて測定することがより望ましい。例えば、以下のような測定条件で測定することが望ましい。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行う。測定温度は20℃とする。コーンプレート型粘度計の回転数は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定時は1rpm、2%溶液測定時は0.5rpmとし、これを目安にして決定する。読み取り時間は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定の場合は2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とする。2%溶液測定の場合は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とする。試験値は3回の測定の平均値とする。
【0076】
本発明の組成物の見掛け粘度は、例えば、アルギン酸の1価金属塩の濃度、分子量、又はM/G比等を制御することにより調整することができる。
【0077】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、溶液中のアルギン酸1価金属塩濃度が高い場合に粘度が高く、濃度が低い場合に粘度が低くなる。またアルギン酸1価金属塩の分子量が大きい場合に粘度が高く、分子量が小さい場合に粘度が低くなる。
【0078】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、M/G比によって影響を受けるため、例えば、溶液の粘度等により好ましいM/G比を有するアルギン酸を適宜選択することができる。本発明に用いるアルギン酸のM/G比は、約0.1~5.0であり、好ましくは約0.1~4.0、より好ましくは約0.2~3.5である。
【0079】
前述のように、M/G比が主に海藻の種類によって決まることなどから、原料として用いられる褐藻類の種類はアルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度に影響を及ぼす。本発明で用いられるアルギン酸としては、好ましくは、レッソニア属、マクロシスティス属、ラミナリア属、アスコフィラム属、ダービリア属の褐藻由来であり、より好ましくはレッソニア属の褐藻由来であり、特に好ましくはレッソニア・ニグレッセンズ(Lessonia nigrescens)由来である。
【0080】
6.本発明の組成物の調製
本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする。本発明者らは、アルギン酸1価金属塩を生体の髄核部位(例えば、髄核空隙部)に充填した場合に、アルギン酸の1価金属塩自体が手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制することを初めて見出した。有効成分として含有するとは、アルギン酸の1価金属塩が患部に適用された際に、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制できる量で含有されていればよく、少なくとも、組成物全体の0.1w/v%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5w/v%以上、さらに好ましくは、1w/v%である。本発明の組成物中の好ましいアルギン酸の1価金属塩濃度は、分子量の影響を受けるので、一概にはいえないが、好ましくは0.5w/v%~5w/v%、より好ましくは1w/v%~5w/v%であり、さらに好ましくは、1w/v%~3w/v%で、とりわけ好ましくは1.5w/v%~2.5w/v%である。また、別の態様では、本発明の組成物中のアルギン酸の1価金属塩濃度は、好ましくは、0.5w/w%~5w/w%、より好ましくは1w/w%~5w/w%であり、さらに好ましくは、1w/w%~3w/w%で、とりわけ好ましくは1.5w/w%~2.5w/w%であってもよい。
【0081】
好ましいエンドトキシンレベルを示すまで精製したアルギン酸の1価金属塩を用いて、上記のように組成物を作製した場合には、組成物のエンドトキシン含有量は、通常、500EU/g以下であり、より好ましくは300EU/g以下、さらに好ましくは150EU/g以下であり、とりわけ好ましくは100EU/g以下である。
【0082】
いくつかの態様では、本発明の組成物は、細胞および細胞の成長を促進する因子からなる群から選択される少なくとも1種と組み合わせて適用される。
別のいくつかの態様では、本発明の組成物は、細胞を含有しない。
本発明の組成物を細胞と組み合わせて適用する場合、細胞を用いる。用いる細胞としては、例えば、髄核細胞、幹細胞、間質細胞、間葉系幹細胞、骨髄間質細胞などが挙げられ、由来は特に限定されないが、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などを挙げることができる。また、細胞として、ES細胞およびiPS細胞を挙げることもできる。
【0083】
「細胞を用いる」とは、必要に応じて、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などから目的とする細胞を回収し濃縮する処理や、培養して量を増やす処理を行い、調製した細胞を本発明の組成物に添加することを言う。具体的には、例えば、1×10個/ml以上、または1×10個/ml以上、好ましくは、1×10個/ml~1×10個/mlの細胞を本発明の組成物に含有させることを言う。細胞は市場から入手して用いてもよい。
【0084】
本発明の組成物は、細胞の成長を促進する因子と組み合わせて適用するようにしてもよい。この場合、組成物に、細胞の成長を促進する因子を含ませることもできる。そのような因子としては、例えば、BMP、FGF、VEGF、HGF、TGF-β、IGF-1,PDGF,CDMP(cartilage-derived-morphogenetic protein),CSF,EPO、IL、PRP(Platelet Rich Plasma)、SOXおよびIF等が挙げられる。これらの因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの成長因子を含まない。成長因子を含まない場合、積極的に細胞の成長を促す場合と比較してより安全性も高い。
【0085】
本発明の組成物は、細胞死を抑制する因子を含ませることもできる。細胞死を引き起こす因子としては、例えば、Caspase、TNFα等が挙げられ、これらを抑制する因子としては、抗体やsiRNA等が挙げられる。これらの細胞死を抑制する因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの細胞死を抑制する因子を含まない。細胞死を抑制する因子を含まない場合、積極的に細胞死を抑制する場合と比較してより安全性も高い。
【0086】
尚、本発明の1つの態様では、本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩以外に、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症に対し薬理作用を発揮する成分を含まない。アルギン酸の1価金属塩のみを有効成分として含有する組成物においても、充分に手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制しうる。
【0087】
本発明のいくつかの態様では、必要に応じて、他の医薬活性成分や、慣用の安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤、着色剤等、通常医薬に用いられる成分を本発明の組成物に含有させることもできる。浸透圧調整剤は、医薬上許容されるものであれば特に制限されず、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム等の電解質や、グルコース、ソルビトール、マンニトール、トレハロース、マルトース、スクロース等が挙げられる。
【0088】
7.本発明の組成物の硬化
いくつかの態様では、本発明の組成物は、髄核部位(例えば、髄核空隙部)への適用後に組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように用いられる。あるいは、本発明の組成物は、髄核部位(例えば、髄核空隙部)への適用後に一部分を硬化するように用いられるようにしてもよい。
「一部分を硬化する」とは、流動性を有する本発明の組成物の一部分に架橋剤を接触させて、架橋剤と接触した組成物の全体ではなく一部分をゲル化し、固めることをいう。好ましくは、流動性を有する本発明の組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで本発明の組成物の一部分を硬化する。ある態様では、「組成物を髄核部位への適用後に一部分を硬化させる」とは、髄核部位への充填と同様の架橋剤の使用方法および使用比率を用いて、特許文献1の実施例4に準じて、in vitroで、直径6mmの試験管にアルギン酸ナトリウム500μLおよび架橋剤を充填して1時間静置後に、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割はゲル化しておらず、ゲル化していない部分は、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることで示されてもよい。組成物が髄核部位への充填後にもこのような性状を示すことにより、充填後に椎間板の頭尾側から圧縮力をかけた場合でも組成物が逸脱することがないと考えられる。「組成物の表面の少なくとも一部分」は、例えば、髄核へつながる椎間板の表面の開口部であり、好ましくは、髄核部位に組成物を適用するのに使用した椎間板の表面の開口部、すなわち組成物の充填口である。組成物の表面の少なくとも一部分をゲル化して固めることで、椎間板から組成物が漏れ出すのを効果的に防ぐことができる。椎間板表面の組成物の充填口は、例えば、椎間板の表面にシリンジの針やメスで作製した組成物の充填に用いられた開口部、あるいは、椎間板ヘルニア摘出時にメス等により作製された椎間板表面の開口部であることが好ましい。この態様における椎間板とは好ましくは線維輪である。
【0089】
本発明の組成物は、好ましくは、対象の髄核部位に適用する前に、組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない。このため、本発明の組成物には、一定時間経過後も組成物を硬化させない量の架橋剤が含まれていてもよい。ここでの一定時間とは、特に限定されないが、好ましくは30分~12時間程度である。「組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない」ことは、例えば、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針をつけたシリンジで注入できることで示されてもよい。本発明のいくつかの態様の組成物には、架橋剤が含まれていない。
【0090】
架橋剤としては、アルギン酸の1価金属塩の溶液を架橋することにより、その表面を固定化することができるものであれば、特に限定されない。架橋剤として、例えば、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物、分子内に2~4個のアミノ基を有する架橋性試薬などが挙げられる。より具体的には、2価以上の金属イオン化合物として、CaCl、MgCl、CaSO、BaCl等を、分子内に2~4個のアミノ基を有する架橋性試薬として、窒素原子上にリジル(lysyl)基(-COCH(NH)-(CH-NH)を有することもあるジアミノアルカン、すなわちジアミノアルカンおよびそのアミノ基がリジル基で置換されてリジルアミノ基を形成している誘導体が包含され、具体的にはジアミノエタン、ジアミノプロパン、N-(リジル)-ジアミノエタン等を挙げることができるが、入手しやすいこと、ゲルの強度等の理由から、特に、CaCl溶液とするのが好ましい。
【0091】
本発明のいくつかの態様の1つでは、本発明の組成物の表面に架橋剤を接触させるタイミングは、好ましくは、本発明の組成物を髄核部位へ適用した後である。本発明の組成物の一部分に架橋剤(例えば、2価以上の金属イオン)を接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば、シリンジ、噴射器(スプレー)などで、2価以上の金属イオンの溶液を組成物表面にかける方法などを挙げることができる。例えば、架橋剤は、ゆっくりと数秒~10数秒、椎間板に形成された組成物の充填口にかけ続けてもよい。その後は、必要に応じて、充填口付近に残存する架橋剤を除去する処理を加えてもよい。架橋剤の除去は、例えば、生理食塩水等による適用部位の洗浄であってもよい。
【0092】
架橋剤の使用量は、本発明の組成物の適用量、椎間板表面の組成物の充填口の大きさ、椎間板の髄核の適用部位サイズ、などを考慮して適宜調節するのが望ましい。組成物の充填口の周囲組織に架橋剤の影響を強く及ぼさないためには、架橋剤の使用量を過剰にならないよう調節する。2価以上の金属イオンの使用量としては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めることができる量であれば、特に限定されない。しかし、例えば、100mMのCaCl2溶液を用いる場合には、椎間板の表面の充填口が直径1mm程度の場合には、CaCl2溶液の使用量は0.3ml~5.0ml程度であることが好ましく、より好ましくは0.5ml~3.0ml程度である。椎間板表面の充填口が椎間板ヘルニア摘出時にメス等により作製され、辺縁が5mm×10mm程度の場合には、100mMのCaCl溶液の使用量は、0.3ml~10ml程度であることが好ましく、より好ましくは、0.5ml~6.0ml程度である。適用部位における本発明の組成物の状態を見ながら、適宜増減できる。
【0093】
架橋剤にカルシウムが含まれる場合、カルシウムの濃度が高い方が、ゲル化が早く、また、より硬いゲルを形成することができることが知られている。しかし、カルシウムには細胞毒性があるため、濃度が高すぎると、椎間板の髄核に悪影響を及ぼす恐れもある。そこで、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めるのに、例えばCaCl2溶液を用いる場合には、好ましくは、25mM~200mM、より好ましくは、50mM~150mMの濃度とするのが望ましい。
【0094】
本発明においては、好ましくは、組成物に架橋剤を添加後、一定時間静置した後に、添加した部位に残存する架橋剤を洗浄などにより除去することが望ましい。静置する一定時間は特に限定されないが、好ましくは、約1分間以上、より好ましくは約4分間以上静置して組成物の表面をゲル化させることが望ましい。あるいは、約1分~約10分間、より好ましくは約4分~約10分間、約4分間~約7分間、さらに好ましくは約5分間静置することが好ましい。この一定時間の間は、組成物と架橋剤とを接触させた状態にすることが望ましく、組成物の液面が乾かないように、架橋剤を適宜追加してもよい。
【0095】
例えば、アルギン酸ナトリウム溶液をCaCl2溶液中に滴下し、ゲル化して作成したものにアルギン酸ビーズがある。しかし、アルギン酸ビーズは、適用部位に押し付けて適用する必要があるが、適用部位の大きさにあったものを作成する必要があり、実際の臨床で使うには、技術的に困難である。また、CaCl2溶液を架橋剤として用いた場合、ビーズ表面のCaイオンが周囲組織に接触するため、カルシウムの細胞毒性の問題もある。これに対して、本発明の組成物は、溶液状であるから、いずれの形状の適用部位へも容易に適用することができるし、適用部位の全体を本組成物で覆うことができ、周囲組織への密着性も良い。本発明の組成物の周囲組織に接触する部分は、カルシウム濃度を低く保つことが可能であり、カルシウムの細胞毒性の問題も少ない。本発明の組成物の周囲組織に接触する部分は、架橋剤の影響が少ないから、本発明の組成物は、容易に適用部位の細胞や組織にコンタクトできる。好ましくは、本発明の組成物は、髄核部位に適用した後、約4週間も経過すれば、適用した部位において識別できなくなるほど生体の組織と融合し、生体への親和性も高い。
【0096】
本発明の組成物を髄核部位に適用する際に、架橋剤により一部分をゲル化させると、本発明の組成物は患部で一部分が硬化し、周囲組織に密着した状態で局在し、髄核部位からの漏出を防ぐことができる。加えて、本発明の組成物が周囲組織に密着することにより、本発明の組成物の手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症抑制効果がより強力に発揮される。
【0097】
特許文献1の実施例において、比較例として、髄核部位へ充填した補填材全体をゲル化させ硬化させた場合には、椎間板に頭尾側から圧縮力をかけると椎間板表面の組成物充填口から硬化ゲルが逸脱する現象がみられた。一方、溶液状の組成物を髄核部位に充填した場合には、頭尾側から圧縮力をかけた場合にも椎間板表面の充填口からの逸脱はなかった。すなわち、実際に本発明の組成物により髄核補填を行った場合、椎間板に対する上下からの圧力に対しても、補填した組成物が漏れ出る恐れが低いといえる。
【0098】
また、硬化したゲルを髄核部位へ充填する場合には、硬化したゲルが脊柱管内に突出し、重大な神経障害を引き起こす危険性がある。一方、本発明の溶液状の組成物は、そのような危険性は低く、合併症発症の危険が低い。
【0099】
8.本発明の組成物の適用
本発明の組成物は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)の椎間板の髄核部位(例えば、髄核空隙部)に適用し、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するために用いられる。
【0100】
本発明の組成物の形態は、好ましくは流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明において「流動性を有する」とは、その形態を不定形に変化させる性質を持つことを意味し、例えば溶液のように、常に流れ動く性質を持つことを必要としない。好ましくは、例えば、組成物をシリンジなどに封入し、椎間板の髄核部位へ注入することができるような流動性を有することが望ましい。また、本発明のいくつかの態様の1つでは、組成物を20℃で1時間静置した後に、14G~26Gの注射針をつけたシリンジで椎間板の髄核部位へ注入できるような流動性を有することが望ましく、さらに好ましくは21Gの注射針で注入できることが望ましい。本発明の組成物が凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合には、適用時に溶媒などを用いて上述のような流動性のある組成物とすることができる。
【0101】
溶液状である本発明の組成物は、シリンジ、ゲル用ピペット、専用注射器、専用注入器、充填器具などで椎間板の髄核部位に容易に適用することができる。
本発明の組成物の粘度が高い場合には、シリンジで適用するのが困難になるため、加圧型や電動型などのシリンジを用いてもよい。シリンジなどを使用しなくても、例えば、へら、棒などで髄核部位の欠損部へ適用してもよい。シリンジで注入する場合、例えば、14G~27Gまたは14G~26Gの針を使用するのが好ましい。
【0102】
本発明の組成物の髄核部位への適用方法は、特に限定されないが、好ましくは、公知の外科的手法により患部を直視下に露出した後に、あるいは、顕微鏡下又は内視鏡下で、シリンジ、充填器具等を用いて、本発明の組成物を髄核部位に適用することができる。好ましい態様の一つでは、例えば、線維輪表面から髄核部位へ向かって充填器具の針などを挿入し、本発明の組成物を適用してもよい。
【0103】
本発明の組成物は、溶液状である場合、髄核の縮小、髄核部位の空洞や欠損部など、いずれの形状の髄核部位にも適合することができ、髄核の縮小、空洞または欠損部の全体を充填することもできる。髄核の縮小、髄核部位の空洞や欠損部は、椎間板の変性または損傷により生じたものであり得るし、あるいは、外科的手術で髄核の少なくとも一部を除去または吸引することにより生じたものでもあり得る。好ましくは、髄核の少なくとも一部を除去することで形成した髄核欠損部に、本発明の組成物を適用することが望ましい。
【0104】
髄核の少なくとも一部の除去は、特に限定されず、例えば、直視下、経皮的、顕微鏡視下、又は内視鏡的に行われる椎間板髄核摘出術等であってもよい。また例えば、背中に2cm~10cmの切開を加え、筋肉を椎弓という脊椎の後方要素後面から剥離し、椎弓間の靭帯を切除し、神経と椎間板ヘルニアを確認し、神経を圧迫しているヘルニアを摘出する方法(ラブ法)であってもよい。また、髄核にレーザーを照射し、髄核の容量を減少させる方法であってもよい。
【0105】
本発明の組成物の髄核部位への適用後は、前術のとおり、架橋剤により組成物の一部を硬化させることができる。
【0106】
本発明の組成物の適用量は、適用する対象の髄核の適用部位の容積に応じて決めれば良く、特に限定されないが、例えば、0.01ml~10ml、より好ましくは、0.1ml~5mlであり、さらに好ましくは0.2ml~3mlである。本発明の組成物を髄核欠損部に適用する場合は、髄核部位の欠損部容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。
【0107】
本発明の組成物の適用回数・頻度は、症状と効果に応じて増減可能である。例えば、1回のみの適用であってもよいし、1月~1年に1回の適用を継続して行ってもよい。
アルギン酸は動物の体内に元来存在しない物質であるため、動物はアルギン酸を特異的に分解する酵素を保有していない。アルギン酸は動物体内においては、通常の加水分解により徐々に分解されるが、ヒアルロン酸等のポリマーに比べ体内の分解が緩やかであり、また髄核内には血管が存在しないため、髄核内に充填した場合、長期間の効果持続が期待できる。
【0108】
本発明の組成物が、前述のような細胞や成長因子とともに提供されない場合でも、本発明の組成物が髄核部位へ適用される際に、前述の細胞や成長因子、細胞死抑制因子、後述の他の薬剤などが併用して用いられてもよい。
【0109】
本発明の組成物は、髄核部位へ適用することにより、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制するために用いられる。そのため、本発明の組成物は、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症抑制用組成物として好ましく用いられる。本明細書において「手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症を抑制する」ことには、疼痛および/または炎症の予防、抑制、緩和、軽減、改善、除去、発症率の減少、発症時期の遅延、進行抑制、重症度の軽減、臨床症状の緩和等を含む。
【0110】
これらの本発明の組成物の好ましい態様、組成物の使用方法等は、前記の記載に従う。
【0111】
手術の施術対象疾患(椎間板疾患)は、例えば、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の疾患である。椎間板疾患は、好ましくは、椎間板ヘルニアであり、より好ましくは、腰椎椎間板ヘルニアである。
【0112】
9.治療方法
本発明は、いくつかの態様において、前記組成物と架橋剤とを用い、椎間板手術後に髄核に補填して用いる、椎間板性疼痛、好ましくは術後急性期から亜急性期の疼痛抑制のための方法を提供する。
【0113】
好ましくは、前記治療方法は、アルギン酸の1価金属塩を含有する水溶液で、粘性は高いが流動性のある状態で髄核の空隙部に補填し、補填材の注入口を架橋剤でゲル化させ、補填材が流出しないように処置することを含む方法である。また好ましくは、前記治療方法は、前記材料を用いて前記処置をすることにより、術後急性期から亜急性期の疼痛抑制方法である。さらにまた好ましくは、前記治療方法は、術後急性期から亜急性期の髄核内・線維輪の炎症抑制方法であり、および/または、髄核内・線維輪への神経浸潤の抑制方法である。前記治療方法は、術後急性期から亜急性期の髄核内・線維輪の炎症を抑制することによる、および/または、術後急性期から亜急性期の髄核内・線維輪への神経浸潤を抑制することによる術後疼痛抑制方法である。
【0114】
本発明は、別のいくつかの態様において、前記本発明の組成物を用いる、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための方法を提供する。好ましくは、前記治療方法は、手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための方法であって、アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行うことを含む。あるいは、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための方法であって、アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した前記組成物の一部分を硬化することを含む方法が提供される。
【0115】
治療方法は、本発明の組成物を髄核部位へ適用する前に、髄核の少なくとも一部を除去する工程を含んでもよい。
【0116】
前記椎間板疾患は、例えば、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である。本発明のいくつかの態様の治療方法では、前記椎間板変性および/または椎間板損傷は、椎間板ヘルニアであり、特には、腰椎椎間板ヘルニアである。
【0117】
本発明の組成物の好ましい態様、具体的な椎間板の髄核部位への適用方法、組成物の硬化方法、用語の意義等は、前述のとおりである。他の椎間板の治療方法や治療薬を適宜組み合せて本発明の治療方法を行ってもよい。
【0118】
また、髄核部位に本発明の組成物を適用する前に、あるいは同時に、あるいは後で、ストレプトマイシン、ペニシリン、トブラマイシン、アミカシン、ゲンタマイシン、ネオマイシン、およびアンホテリシンB等の抗生物質、アスピリン、非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)、アセトアミノフェン等の抗炎症薬、タンパク分解酵素、副腎皮質ステロイド薬、シンバスタチン、ロバスタチン等のHMG-CoA還元酵素阻害剤等の併用薬を充填するようにしても良い。これらの薬剤は本発明の組成物に混入して用いてもよい。または、経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。その他、筋弛緩薬、オピオイド鎮痛薬、神経性疼痛緩和薬等が必要に応じて経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。
【0119】
また、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の細胞を髄核部位に適用してもよい。あるいは、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の細胞の成長を促進する因子を髄核部位に適用してもよい。なお、本発明の別の態様では、本発明の組成物が前述の細胞を併用しない態様も望ましい。また、本発明の組成物が細胞の成長を促進する因子を併用しない態様も望ましい。
【0120】
本発明は、本発明の組成物を製造するためのアルギン酸の1価金属塩の使用にも関する。
【0121】
本発明の使用は、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための組成物を製造するためのアルギン酸の1価金属塩の使用であって、前記組成物が、対象の髄核部位に適用され、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行い、髄核部位への適用時に流動性を有する。あるいは、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のための組成物を製造するためのアルギン酸の1価金属塩の使用であって、前記組成物が、対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する使用が提供される。
【0122】
本発明は、さらに、アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用を、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させるように行う、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制のためのアルギン酸の1価の金属塩を提供する。あるいは、アルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した組成物の一部を硬化する、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制する方法において使用されるためのアルギン酸の1価の金属塩が提供される。
【0123】
10.凍結乾燥製剤、キット
本発明は、手術後に生じる手術部位および/またはその周辺部位の疼痛および/または炎症の抑制するためのキットを提供する。
本発明のキットには、本発明の組成物を含めることができる。本発明のキットに含める本発明の組成物は、溶液状態または乾燥状態であるが、好ましくは、乾燥状態であり、より好ましくは、凍結乾燥体であり、特に好ましくは、凍結乾燥粉体である。また、本発明の組成物が乾燥状態のときは溶解用の溶媒(例えば、注射用水)を含むことが望ましい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤を含んでいてよい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤、シリンジ、注射針、ゲル用ピペット、専用充填器、取り扱い説明書等を含めることができる。
【0124】
キットとして好適な具体例としては、(1)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの凍結乾燥体を封入したバイアル、(2)溶解液として注射用水などの溶媒を封入したアンプル、(3)架橋剤として塩化カルシウム溶液など2価以上の金属イオン化合物を封入したアンプル等を一つのパックに入れたキットとすることができる。また別の例としては、一体成型され、隔壁により仕切られた二つの部屋からなるシリンジの1室にアルギン酸の1価金属塩を封入し、他方の部屋に溶解液としての溶媒、または架橋剤を含む溶液を封入し、両部屋の隔壁を用時容易に開通できるよう構成し、用時両者を混合・溶解して用いることのできるキットとする。他の例としては、アルギン酸の1価金属塩溶液をプレフィルドシリンジに封入し、使用時に調製操作なくそのまま充填できるキットとする。他の例としては、アルギン酸溶液と架橋剤を別々のシリンジに封入し、一つのパックに同梱したキットとする。あるいは、アルギン酸の1価金属塩溶液を充填したバイアルと架橋剤を封入したアンプル等を含むキットとしてもよい。「本発明の組成物」、「架橋剤」、「シリンジ」、「髄核補填」などについては、前記で説明した通りである。
【0125】
本キットは、例えば、本発明の治療方法に用いることができる。
【0126】
なお、本明細書に記載した全ての文献および刊行物は、その目的にかかわらず参照によりその全体を本明細書に組み込むものとする。
【実施例0127】
以下の実施例により本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定して理解されるべきではない。
【0128】
実施例1 アルギン酸ナトリウム溶液の調製
アルギン酸ナトリウムは、次のものを用いた。エンドトキシン含量は、50EU/g未満の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムであった。各アルギン酸ナトリウムの見かけ粘度及び重量平均分子量は下記表のとおりである。アルギン酸ナトリウムの見かけ粘度測定は、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従い、回転粘度計法(コーンプレート型回転粘度計)を用いて測定した。具体的な測定条件は以下のとおりである。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行った。測定機器は、コーンプレート型回転粘度計(粘度粘弾性測定装置レオストレスRS600(Thermo Haake GmbH)センサー:35/1)を用いた。回転数は、1w/w%アルギン酸ナトリウム溶液測定時は1rpm、2w/w%アルギン酸ナトリウム溶液測定時は0.5rpmとした。読み取り時間は、1w/w%溶液測定時は、2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とし、2w/w%溶液測定時は、2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とした。3回の測定の平均値を測定値とした。測定温度は20℃とした。
また、各アルギン酸ナトリウムの重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と、GPC-MALSの2種類の測定法で測定した。測定条件は以下のとおりである。
【0129】
[前処理方法]
試料に溶離液を加え溶解後、0.45μmメンブランフィルターろ過したものを測定溶液とした。
【0130】
(1)ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定
[測定条件(相対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器
カラム温度:40℃
注入量:200μL
分子量標準:標準プルラン、グルコース
【0131】
(2)GPC-MALS測定
[屈折率増分(dn/dc)測定(測定条件)]
示唆屈折率計:Optilab T-rEX
測定波長:658nm
測定温度:40℃
溶媒:200mM硝酸ナトリウム水溶液
試料濃度:0.5~2.5mg/mL(5濃度)
【0132】
[測定条件(絶対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器、光散乱検出器(MALS)
カラム温度:40℃
注入量:200μL
【0133】
【表1】
【0134】
上記アルギン酸ナトリウムを生理食塩水で溶解して2w/v%アルギン酸ナトリウム溶液を調製し、以降の実施例にて用いた。
【0135】
実施例2:椎間板髄核欠損動物モデルにおけるアルギン酸ナトリウム補填による炎症・疼痛関連因子の変化
ラット椎間板髄核欠損モデルおよびウサギ椎間板髄核欠損モデルに対して、アルギン酸ナトリウム溶液をそれぞれ充填し、髄核(NP)および線維輪(AF)におけるTNF-α、IL-6、TrkA陽性細胞率を測定した。
【0136】
1-(1)ラット椎間板髄核欠損モデルの作製およびアルギン酸ナトリウムの補填
ラット髄核穿刺モデルは、免疫組織化学染色分析および、疼痛関連行動分析で使用した。12週齢雌SDラット(260-300 g)を、皮膚切開のみの群(sham群)、髄核穿刺のみの群(髄核穿刺群)、および、髄核穿刺後にアルギン酸ナトリウム溶液を注入後に表面を硬化させた群(アルギン酸治療群)に無作為に割り付けた(n=3、各時点・各群)。
ラットは、5 % isoflurane吸入による麻酔導入の後に、ketamineとmedetomidineの混合物(ketamine:medetomidine=75 mg/kg : 0.5 mg/kg)の腹腔内注射によって麻酔を維持された。鉗子を用いた尾部つまみ試験で麻酔深度を確認した後、Co4/5 -5/6椎間板の背側皮膚を切開した。結合組織を剥離してCo4/5 -5/6を露出し、19 G針を用いてCo4/5 -5/6椎間板の髄核を線維輪越しに穿刺して欠損部を作成した(径1 mm、深さ2 mm)。
実施例1に記載の方法で、生理食塩水に溶解した2%(w/v)アルギン酸ナトリウム溶液を調製し、4 μl のアルギン酸ナトリウム溶液を26 G針を取り付けたマイクロシリンジ(Hamilton)を用いて、髄核組織欠損部に直ちに注入した。次に、102 mM CaCl2(1 ml)をアルギン酸ナトリウム上に滴下して表面をゲル化した。5分後、手術部位を生理食塩水で洗浄し、ゲル化を確認した後、筋膜、結合組織、皮膚を縫合閉鎖した。
【0137】
1-(2)ウサギ椎間板髄核欠損モデルの作製およびアルギン酸ナトリウムの補填
ウサギ髄核吸引モデルは、免疫組織化学染色分析に使用した。4-5か月齢雄日本白色家兎 (3.2-3.5 kg)を、吸引のみの群(髄核吸引群)と髄核吸引後にアルギン酸ナトリウム溶液を注入後に、表面を硬化させた群(アルギン酸治療群)に無作為に割り付けた。
ラット髄核穿刺モデルと同様の方法で麻酔した後、後腹膜アプローチで椎間板のL2/3 -4/5を露出した。18 G針を用いて線維輪穿刺を行い、10 mlシリンジを用いてL2/3およびL4/5椎間板から内容物が吸引できなくなるまで髄核組織を吸引した。L3/4は、controlとして扱い、処置を施さなかった。アルギン酸治療群においては髄核組織の吸引後に、20 μlのアルギン酸ナトリウム溶液をラットの場合と同様に埋植・ゲル化した。5分後、手術部位を生理食塩水で洗浄し、ゲル化を確認した後、筋膜、結合組織、皮膚を縫合閉鎖した。
【0138】
1-(3)免疫組織学的評価
ラットおよびウサギ椎間板の免疫組織化学染色を実施し、術後1、4、7および28日後のTNF-α、IL-6陽性細胞率を検出した。さらに、ラット椎間板については、術後1、4、7および28日後のTrkA陽性細胞率を検出した。炎症性サイトカインであるTNF-α、IL-6は、炎症反応下で発現が亢進する。神経成長因子NGFの受容体であるTrkAは、疼痛関連の指標であるとともに、椎間板疼痛における重要な要素である線維輪深部内層への感覚神経の浸潤(neoinnervation)を示す指標でもある。
【0139】
ラット(各時点・各群n=3)をisoflurane吸入によって深く麻酔し、頸椎脱臼で安楽死させた。ウサギ(各時点・各群n=3)は、heparin (10,0000単位)を静脈内注射した後、pentobarbital sodiumを静脈内注射にて過量投与し、安楽死させた。
ラットモデルでは、尾全体(Co4/5-Co5/6)を外科的に摘出し、無菌条件下で軟部組織を除去して尾椎と椎間板のみを採取した。ウサギモデルでは、脊椎(L2/3-L4/5)全体を外科的に摘出し、無菌条件下で軟部組織と椎骨を除去して椎間板のみを採取した。
採取した椎間板(ラット、ウサギ)は、4 %(w/v)パラホルムアルデヒドで固定し(室温で48時間)、パラフィンに包埋した。椎間板中央で検体を横断し、冠状断中央の横断面切片(厚さ5 μm)を得た。切片をxyleneで脱パラフィン化した後、proteinase K(Dako, Agilent Technologies, Santa Clara, CA, USA)中で培養した(37℃、15分間)。続いて、1 %過酸化水素メタノール(w/v)でブロッキングし(37℃、30分間)、2 %(w/v)ウシ血清アルブミン中で培養(室温、30分間)した後、一次抗体と4 ℃で一晩培養した。ウサギ椎間板には、抗TNF-αマウスモノクローナル抗体(NBP2-34372、Novus Biologicals、Centennial、Colorado、USA)、および抗IL-6マウスモノクローナル抗体(MAA079Rb21、Cloud-Clone Corp.、Houston、Texas、USA)を用いた。ラットモデルには、抗TNF-αマウスモノクローナル抗体(ab220210、Abcam、Cambridge、UK)、抗IL-6マウスモノクローナル抗体(ab9324、Abcam)、抗TrkAウサギモノクローナル抗体(ab86474、Abcam)を用いた。発色には、TNF-α分析ではHistofine(登録商標) Fast Red II(Nichirei Bioscience)、IL-6分析ではHistoGreen Substrate kit for Peroxidase(Cosmo Bio Co., Ltd., Tokyo, Japan)、TrkA分析ではHistofine(登録商標) DAB(Nichirei Bioscience)を用いた。視認性を向上させる目的で細胞核の対比染色を行い、TNF-αまたはTrkA染色ではヘマトキシリンを、IL-6染色ではファストレッドをそれぞれ使用した。光顕微鏡(Olympus, Tokyo, Japan)を用いて、TNF-α、IL-6、またはTrkA陽性細胞を無作為に選択された5視野で個別に計数し、各染色における陽性NPまたはAF細胞数を、視野中の全NPまたはAF細胞数に対する百分率として計算した。全評価は、盲検化された2人の独立した観察者によって行われた。各観察者は、1検体について3回の評価を実施して検体ごとの平均値を算出し、各群間の比較を行った。
【0140】
その結果、図1、2、4および5に示すとおり、髄核と線維輪いずれにおいても、ウサギモデル、ラットモデル共に、アルギン酸治療群では、髄核吸引または髄核穿刺群に比べてTNF-α、IL-6陽性細胞率がどちらも有意に低値であった。また、図3に示すとおり、神経浸潤のマーカーとして用いられるTrkA陽性細胞率は、ラットモデルの髄核穿刺群において術後28日の段階で亢進しているのに対し、アルギン酸治療群では抑制されており、疼痛における重要な要素である椎間板内への神経浸潤(neoinnervation)が抑制されていることが示唆された。すなわち、アルギン酸の埋植によって、急性期及び亜急性期椎間板障害に起因する炎症性サイトカインや神経成長因子受容体の発現を抑制することが示唆され、術後疼痛および術後炎症の軽減にも有用である可能性が示唆された。
【0141】
実施例3:ラット椎間板髄核欠損モデルにおけるアルギン酸ナトリウム補填による疼痛抑制効果
ラット椎間板髄核欠損モデルに対して、アルギン酸ナトリウム溶液をそれぞれ充填し、行動実験を実施し、疼痛抑制効果を評価した。
実施例2に記載の方法で作成したラット椎間板髄核欠損モデルを疼痛関連行動分析に使用した。計18匹の全ラットにHargreaves、von Frey、tail flick試験を実施した。各試験の24時間前および試験直前に、20分間各ラットを個別に試験環境で過ごさせて、環境に慣れさせた(非特許文献5:Mohd Isa et al., Sci. Adv. (2018) eaap0597)。全ての試験は、盲検化された同一の検者によって行われた。各ラットで複数回の測定を行って平均値を算出し、得られた結果を群間で比較した。
【0142】
3-(1)Hargreaves試験
Hargreaves試験は、Hargreaves試験装置(Ugo Basile Biological Instruments、Gemonio、Italy)を使用して、術前2日目(Day-2)と術後2、7、14、27日目に実施した。ラットはガラス板(Ugo Basile Biological Instruments)上に四方および上方を囲われた個別の小部屋(上方に空気孔あり)に入れられた。熱刺激として赤外線ビームを皮膚切開部の腹側に照射した。熱刺激に対する逃避行動を示すまでの潜時を記録した。ビームの強度は最大出力の50 %に設定した。組織損傷を防ぐ目的で、カットオフ時間を20秒間に設定した。同一ラットにおいて各時点で4回の測定を実施したが、各測定間に少なくとも1分の休憩を挟んだ。
【0143】
3-(2)von Frey試験
von Frey試験は、dynamic plantar aesthesiometer (Ugo Basile Biological Instruments)を用いて、術前2日目(Day-2)と術後2、7、14、27日目に実施した。金網の上にHargreaves試験で用いたものと同じ小部屋を設置してラットを入れた。直径0.5 mmのフィラメントを皮膚切開部の腹側に当て、0 gから開始して5 gまで直線的に増加する力を10秒間かけて加えていき、その後は5 gの力を試験開始から30秒後まで一定の力で加えた。ラットが何らかの逃避行動を示すまでの潜時を記録した。同一ラットにおいて各時点で5回の測定を実施したが、各測定間に少なくとも10秒の休憩を挟んだ。
【0144】
3-(3)tail flick試験
tail flick試験はheat flux radiometer(Ugo Basile Biological Instruments社製)を用いて行われた。Hargreaves試験と同一日程で施行されたことによる過度の熱刺激による組織損傷を避けるために、術前1日目(Day-1)と術後3、8、15、28日目に実施した。各ラットをタオルにくるんだ状態で10分間落ち着かせた後、体部はタオルで覆ったまま尾だけを装置の上に置き、尾の遠位端から5cm近位部腹側に赤外線ビームを照射した。熱刺激に対する尾振り払い反応までの潜時を記録した。組織損傷を防ぐ目的で、カットオフ時間を20秒間に設定した。同一ラットにおいて各時点で4回の測定を実施したが、各測定間に少なくとも15秒の休憩を挟んだ。
【0145】
3-(4)統計処理
全てのデータは、平均±標準誤差(SE)として表記した。多群間比較にはone-way ANOVAを使用した。2群比較には対応のないStudent-t検定を用いた。すべてのANOVAの結果は、Tukey-Kramer post-hoc検定またはKruskal-Wallis検定を用いてさらに評価した。差については、5 %の有意水準で統計的に有意とみなした(P < 0.05)。
【0146】
3-(5)結果
その結果、図6に示すとおり、いずれの疼痛関連行動分析においても、髄核穿刺群と比較して、アルギン酸治療群では、疼痛関連行動が有意に減少していた。特に術後2日という早期の段階から、アルギン酸治療群では疼痛関連行動が抑制されていることが示された。
【0147】
実施例4 腰椎椎間板ヘルニア患者におけるアルギン酸ナトリウムを含む組成物の効果
4-(1) 概要
腰椎椎間板ヘルニア摘出術を予定している患者に対し、ヘルニア摘出術後に生じた空隙にアルギン酸ナトリウムを充填し、表面をゲル化する。術後1週、4週、12週、24週時点におけるVASスコアを測定し、性能を評価する。
【0148】
4-(2) 被験者の選択基準
対象とする被験者は、試験の参加に同意し、かつ、後述の登録基準を満たし、かつ、除外基準に該当しない被験者である。
次の基準を満たす被験者を登録する。
(1) 腰椎椎間板ヘルニア患者で腰椎椎間板ヘルニア摘出術を予定している患者
(2) 神経学的症状と合致した部位にMRI上椎間板ヘルニアを認める患者
(3) 6週間の保存治療にて下肢痛が改善しない患者、あるいは耐えられない下肢痛(VASで100 mm中80 mm以上)を急性発症した患者
(4) 1椎間高位の腰椎椎間板ヘルニア患者
(5) 同意取得後、登録前に実施するVASにおいて下肢痛が100 mm中40 mm以上の患者
(6) 同意取得時の年齢が20歳以上50歳未満の患者
(7) 本治験内容について十分な説明を受け、本人の文書による同意が得られている患者
【0149】
4-(3) 被験者の除外基準
以下の被験者は、試験の対象から除外とする。
(1) 腰椎椎間板ヘルニア摘出術予定部位に手術の既往がある患者
(2) 脊椎固定術の既往、あるいは予定している患者
(3) 腰椎単純X線画像の前屈、中間、後屈位のいずれかにおいて椎間板の後方開角を認める患者
(4) 罹患椎間にI度以上のすべり症を認める患者
(5) 馬尾症候群の患者
(6) 急性の局所あるいは全身性の感染症に罹患している患者
(7) 悪性疾患に罹患している患者
(8) 薬物依存患者、あるいはアルコール依存症の患者
(9) 精神疾患に罹患している患者
(10) X線画像において腰椎に骨折、腫瘍、変形を認める患者
(11) 現在本人が授乳中、妊娠中あるいは治験期間中に妊娠を希望している患者、パートナーが妊娠を希望している患者、または効果の高い避妊法を行うことができない患者
(12) 同意取得前4週間以内に当該治験に影響を与える恐れがあると判断される他の治験に参加した患者
(13) ペースメーカー等の体内金属や閉所恐怖症などによりMRI検査を行うことができない患者
(14) アレルギー検査(プリックテスト)により、アルギン酸ナトリウムに対するアレルギー反応が陽性であると診断された患者
(15) その他、治験責任医師または治験分担医師が本治験に対象として不適当と判断した患者
【0150】
4-(4) アルギン酸ナトリウム溶液の充填
腰椎椎間板ヘルニア摘出後に生じた空隙にアルギン酸ナトリウム溶液を充填する(最大2 mL)。充填後、表面に0.1 mol/L塩化カルシウム溶液10 mLを添加し、アルギン酸ナトリウム溶液がゲル化したことを確認後、0.1mol/L塩化カルシウム溶液を生理食塩液で洗い流す。
術後1週、4週、12週、24週の時点で、対象患者の腰痛および下肢痛のVASスコアを計測する。
【0151】
4-(5)
アルギン酸ナトリウムを含む組成物の充填により、術後1週、4週の比較的早期の時点から、腰痛および下肢痛のVASスコアが低下する。すなわち、アルギン酸ナトリウムを含む組成物の髄核欠損部位への充填は、急性期・亜急性期の術後疼痛を抑制し得る。腰椎椎間板ヘルニア摘出術のみ行う場合と比較しても、術後疼痛の減弱傾向がみられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6