(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140135
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】ミクログリアの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20230927BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20230927BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230927BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/077
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022046010
(22)【出願日】2022-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(71)【出願人】
【識別番号】519309658
【氏名又は名称】エリクサジェン サイエンティフィック,インク
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湯本 真之
(72)【発明者】
【氏名】川島 優大
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 日佳流
(72)【発明者】
【氏名】細谷 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】洪 実
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA01
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】多能性幹細胞から短時間でミクログリアを製造する技術を提供する。
【解決手段】ミクログリアの製造方法であって、Complement C3(C3)遺伝子の発現を増加させる転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入する工程を含む、製造方法;前記転写因子が、SPI1、CEBPA、PTAFR、FLI1、MEF2C、EGR2、RUNX1、TNF、CEBPB、IKZF1、KLF6、NFIC、ELF4、PAX8、PRDM1、MEF2A及びNR4A3からなる群より選択される、上記製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミクログリアの製造方法であって、Complement C3(C3)遺伝子の発現を増加させる転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入する工程を含む、製造方法。
【請求項2】
前記転写因子が、SPI1、CEBPA、PTAFR、FLI1、MEF2C、EGR2、RUNX1、TNF、CEBPB、IKZF1、KLF6、NFIC、ELF4、PAX8、PRDM1、MEF2A及びNR4A3からなる群より選択される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記転写因子が、少なくともCEBPAを含む、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記転写因子が、少なくともCEBPAを含む2種以上である、請求項2又は3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミクログリアの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経系の細胞は入手が困難である。これに対し、人工多能性幹細胞(iPSC)等の多能性幹細胞から目的の細胞に分化させることにより、中枢神経系の細胞を含む様々な細胞が入手可能になってきている。また、患者由来の多能性幹細胞を目的の細胞に分化させることにより、疾患モデル細胞を作製することもできる。
【0003】
ところで、ミクログリアは、中枢神経系グリア細胞の1種である。グリア細胞とは、神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称である。ミクログリアは、中枢の免疫担当細胞として知られる。またミクログリアは中枢神経系細胞とは異なり、中胚葉由来であると考えられており、脳内の免疫細胞としての役割を持つ。ミクログリアは、病態時には、細胞体の肥大化や細胞増殖を伴い活性化状態となる。活性化したミクログリアは、細胞膜受容体を含む様々な分子の発現を変化させ、病巣部への移動、ダメージを受けた細胞やアミロイドβタンパク質等の細胞外タンパク質の貪食、液性因子(炎症性因子、細胞障害性因子、栄養因子等)の産生等を行うことが知られている。ミクログリアは、中枢神経系疾患のメカニズムに大きな役割を有しており、アルツハイマーに関連することが示唆され注目されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、多能性幹細胞からミクログリアを作製する従来の方法では、ミクログリアを得るために30日以上の培養日数を要する。そこで、本発明は、多能性幹細胞から短時間でミクログリアを製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係るミクログリアの製造方法は、Complement C3(C3)遺伝子の発現を増加させる転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入する工程を含む。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、多能性幹細胞から短時間でミクログリアを製造する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実験例3における、ミクログリアのマーカー遺伝子の発現状態を示すヒートマップである。
【
図2】
図2は、実験例3において、iPS細胞に導入した転写因子の組み合わせを、ミクログリアのマーカー遺伝子の発現量が多い順に左から並べたヒートマップである。
【
図3】
図3(a)は、実験例3における、Smart-seq2法で取得したトランスクリプトームデータの主成分分析の結果である。
図3(b)は、実験例3における、Smart-seq2法で取得したトランスクリプトームデータの因子分析の結果である。
【
図4】
図4は、実験例4におけるRNA-seq解析の結果をまとめた図である。
【
図5】
図5は、実験例4において、UMAPによるクラスタリングを行った結果を示す図である。
【
図6】
図6は、実験例4において、UMAPによるクラスタリングを行った結果を示す図である。
【
図7】
図7は、実験例5において、ミクログリアの各マーカー遺伝子の発現量を示す図である。
【
図8】
図8は、実験例5において、ミクログリアの代表的な貪食シーンを撮影したタイムラプス動画の一部を示す顕微鏡画像である。
【
図9】
図9は、実験例5において、ミクログリアの代表的な貪食シーンを撮影したタイムラプス動画の一部を示す顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[ミクログリアの製造方法]
一実施形態において、本発明は、Complement C3(C3)遺伝子の発現を増加させる転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入する工程を含む、ミクログリアの製造方法を提供する。
【0009】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の製造方法により、従来30日間以上かかっていたミクログリアの製造を14日間以内で行うことができることを明らかにした。また、実施例において後述するように、本実施形態の製造方法で製造したミクログリアは貪食能を有しており、ミクログリアの機能を有している。
【0010】
ミクログリアは、ミクログリアのマーカー遺伝子を発現し、貪食能等のミクログリアの機能を示す。ミクログリアのマーカー遺伝子としては、実施例において後述する、Purinergic Receptor P2Y12(P2RY12)、Complement C3(C3)、C-X3-C Motif Chemokine Receptor 1(CX3CR1)、Colony Stimulating Factor 1 Receptor(CSF1R)、Alpha-2-Macroglobulin(A2M)、ADAM Metallopeptidase Domain 28(ADAM28)、Plexin Domain Containing 2(PLXDC2)、Lysosomal Protein Transmembrane 5(LAPTM5)、Solute Carrier Organic Anion Transporter Family Member 2B1(SLCO2B1)、Lymphocyte Antigen 86(LY86)等が挙げられる。
【0011】
ヒトP2RY12遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_022788.5、NM_176876.3等である。ヒトC3遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号はNM_000064.4である。ヒトCX3CR1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001171171.2、NM_001171172.2、NM_001171174.1等である。ヒトCSF1R遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001288705.3、NM_001349736.2、NM_001375320.1等である。ヒトA2M遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_000014.6、NM_001347423.2、NM_001347424.2等である。ヒトADAM28遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001304351.2、NM_014265.6、NM_021777.5等である。ヒトPLXDC2遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001282736.2、NM_032812.9等である。ヒトLAPTM5遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号はNM_006762.3である。ヒトSLCO2B1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001145211.3、NM_001145212.3、NM_007256.5等である。ヒトLY86遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号はNM_004271.4である。
【0012】
本実施形態の製造方法において、多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。多能性幹細胞はヒトの細胞であることが好ましい。
【0013】
C3遺伝子の発現を増加させる転写因子としては、Spi-1 Proto-Oncogene(SPI1)、CCAAT Enhancer Binding Protein Alpha(CEBPA)、Platelet Activating Factor Receptor(PTAFR)、Fli-1 Proto-Oncogene, ETS Transcription Factor(FLI1)、Myocyte Enhancer Factor 2C(MEF2C)、Early Growth Response 2(EGR2)、RUNX Family Transcription Factor 1(RUNX1)、Tumor Necrosis Factor(TNF)、CCAAT Enhancer Binding Protein Beta(CEBPB)、IKAROS Family Zinc Finger 1(IKZF1)、Kruppel Like Factor 6(KLF6)、Nuclear Factor I C(NFIC)、E74 Like ETS Transcription Factor 4(ELF4)、Paired Box 8(PAX8)、PR/SET Domain 1(PRDM1)、Myocyte Enhancer Factor 2A(MEF2A)、Nuclear Receptor Subfamily 4 Group A Member 3(NR4A3)等が挙げられる。
【0014】
ヒトSPI1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001080547.2、NM_003120.3等である。ヒトCEBPA遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001285829.1、NM_001287424.2、NM_001287435.1等である。ヒトPTAFR遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_000952.5、NM_001164721.2、NM_001164722.3等である。ヒトFLI1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001167681.3、NM_001271010.2、NM_001271012.2等である。ヒトMEF2C遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001131005.2、NM_001193347.1、NM_001193348.1等である。ヒトEGR2遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_000399.5、NM_001136177.3、NM_001136178.2等である。ヒトRUNX1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001001890.3、NM_001122607.2、NM_001754.5等である。ヒトTNF遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号はNM_000594.4である。ヒトCEBPB遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001285878.1、NM_001285879.1、NM_005194.4等である。ヒトIKZF1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001220765.3、NM_001220767.2、NM_001220768.2等である。ヒトKLF6遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001160124.2、NM_001160125.2、NM_001300.6等である。ヒトNFIC遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001245002.2、NM_001245004.2、NM_001245005.2等である。ヒトELF4遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001127197.2、NM_001421.4等である。ヒトPAX8遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_003466.4、NM_013951.3、NM_013952.4等である。ヒトPRDM1遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001198.4、NM_182907.3等である。ヒトMEF2A遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_001130926.5、NM_001130927.5、NM_001130928.4等である。ヒトNR4A3遺伝子のcDNAの塩基配列のNCBIアクセッション番号は、NM_006981.4、NM_173199.4等である。
【0015】
実施例において後述するように、これらの転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入することにより、ミクログリアに分化誘導することができる。なお、多能性幹細胞に転写因子をトランスフェクションして分化誘導する手法はフォワードプログラミングとも呼ばれる。これらの転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
これらの転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸は、mRNAであってもよいし、発現ベクターであってもよい。また、発現ベクターは、ウイルスベクターであってもよいし、プラスミドベクターであってもよい。
【0017】
本実施形態の製造方法において、C3遺伝子の発現を増加させる転写因子は、少なくともCEBPAを含むことが好ましく、少なくともCEBPAを含む2種以上であることが好ましい。
【0018】
C3遺伝子の発現を増加させる転写因子のより具体的な組み合わせとしては、SPI1、CEBPA、PTAFR、FLI1、MEF2C、EGR2、RUNX1、TNF、CEBPB、IKZF1、KLF6、NFIC、ELF4、PAX8、PRDM1、MEF2A、NR4A3のうち、CEBPA、CEBPB、KLF6、NFIC又はPAX8を含む、2種~5種の転写因子の組み合わせが挙げられる。
【0019】
C3遺伝子の発現を増加させる転写因子の更に具体的な組み合わせとしては、CEBPA、MEF2C、PAX8の組み合わせ、CEBPA、CEBPB、PAX8の組み合わせ、CEBPA、NFIC、PAX8の組み合わせ、CEBPA、PAX8の組み合わせ、CEBPB、KLF6、PAX8の組み合わせ、KLF6、NFIC、PAX8の組み合わせ、PTAFR、CEBPB、PAX8の組み合わせ、CEBPA、KLF6、PAX8の組み合わせ等が挙げられる。
【0020】
実施例において後述するように、本実施形態の製造方法において、転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を導入した多能性幹細胞を培養する培地は特に限定されない。
【0021】
[ミクログリア]
一実施形態において、本発明は、上述した製造方法により製造されたミクログリアを提供する。本実施形態のミクログリアは、製造方法が特徴的であるため、他の方法で分化誘導されたミクログリア、又は、生体内のミクログリアと比較して、遺伝子発現プロファイル等に相違があるものと考えられる。しかしながら、そのような相違を特定し、遺伝子発現プロファイルの相違等により、本実施形態のミクログリアであるか否かを特定することは非常に困難であり、実際的ではない。このため、製造方法により特定することが現実的である。
【実施例0022】
[実験例1]
(ミクログリアのマーカー遺伝子の選択)
公開された論文を参照し、独自の重み付けを行って、ミクログリアのマーカーとなり得る遺伝子セットを選択した。表1に、発明者らが選択したミクログリアのマーカー遺伝子のセットを示す。
【0023】
【0024】
[実験例2]
(ミクログリア分化用転写因子の選択)
公開された論文を参照し、ミクログリアを分化誘導するために適していると考えられる、ミクログリア分化用転写因子を選択した。より具体的には、多能性幹細胞に導入することにより、上記表1に示すミクログリアのマーカー遺伝子の発現を促進すると考えられる転写因子を選択した。下記表2に、発明者らが選択したミクログリア分化用転写因子のリストを示す。以下、簡略化のため、それぞれの遺伝子を「A」~「Q」のアルファベット一文字で示す。
【0025】
【0026】
[実験例3]
(分化誘導1次評価)
表2に示す17種類の転写因子を用いて、iPS細胞に転写因子をトランスフェクションするフォワードプログラミングによって、iPS細胞をミクログリアに分化誘導できるか否かを確認した。まず、1次評価として、上記表2に示す転写因子を、下記表3に示す、384通りの組み合わせでiPS細胞にトランスフェクションし、遺伝子発現解析を行った。
【0027】
【0028】
《iPS細胞培養》
iPS細胞としては、HPS1005 1383D2(RIKEN BRC)を用いた。StemFit AK02N(味の素、AJ100、以下、「StemiFit」という場合がある。)をメーカーの指示にしたがって調製した。CultureSure Y-27632(富士フイルム和光純薬、036-24023)をジメチルスルホキシド(DMSO)で10mMに調製した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)(-)でiMatrix-511 silk(タカラバイオ、892021)を0.5μg/cm2に希釈したコーティング溶液を調製し、150mmのディッシュ4枚に20mLずつ添加して37℃で1時間プレコートした。
【0029】
1時間後にコーティング溶液をアスピレートし、StemFitに10mMのCultureSure Y-27632を1/1,000量添加した培養液(以下、「Medium SY」という場合がある。)を用いて1ディッシュあたり5.0×105個の細胞を播種し、適切な細胞数に増殖するまで37℃、5%CO2下で培養した。播種翌日からはStemFitを用いて培地交換を行った。
【0030】
《iPS細胞の播種》
iPS細胞の培養には96ウェルプレートを用いた。12枚の96ウェルプレートの全ウェルにiMatrix-511 silk(タカラバイオ、892021)を0.5μg/cm2の濃度でプレコートし、iPS細胞を播種する直前にアスピレートした。
【0031】
150mmディッシュで培養したiPS細胞をPBS(-)で洗浄し、TrypLE Select(1X)(サーモフィッシャーサイエンティフィック、12563-029)と0.5mmol/L-EDTA/PBS溶液(ナカライテスク、13567-84)を等量混合した溶液を添加して37℃で5分インキュベートした後、1,000μLのマイクロピペットで注意深く撹拌して細胞をディッシュから剥離し、遠沈管に回収した。
【0032】
細胞懸濁液を回収した遠沈管に、Medium SYを細胞懸濁液と等量だけ添加してTrypLE Selectの反応を停止させた。200×gで3分間遠心した後、上清をアスピレートしてソフトペレットを作製し、タッピングでペレットをほぐした後にMedium SYを添加して細胞を再懸濁した。
【0033】
生存率と細胞数をCountess(サーモフィッシャーサイエンティフィック)で計測し、トランスフェクションに適切なコンフルエンシーの条件を用意するため、1.79×105、3.04×105、4.30×105個/mLの3濃度水準の細胞懸濁液をMedium SYで調製した。
【0034】
それぞれの濃度の細胞懸濁液を、コーティングした4枚ずつの96ウェルプレートに100μLずつ分注して、3濃度水準で1濃度水準あたり4枚の96ウェルプレートを作製し、37℃、5%CO2環境下で培養した。
【0035】
《トランスフェクション》
転写因子はmRNAの形態でトランスフェクションした。mRNAは、氷上で融解し、0.1μg/μLの濃度に調製し、上記表3に示す組み合わせに0.5μLずつ混合して1.5μLにしたmRNAミックスのストックを4セット調製し、トランスフェクションで使用するまで-80℃で冷凍保存した。
【0036】
iPS細胞播種の1日後(Day1)、70~90%のコンフルエンシーとなっている濃度水準の4プレートを選択し、StemFitに培地交換してトランスフェクションを実施するまで37℃、5%CO2環境下で培養した。
【0037】
Opti-MEM I Reduced Serum Medium(サーモフィッシャーサイエンティフィック、31985062、以下、「Opti-MEM」という場合がある。)を常温に戻し、mRNAミックスのストックを氷上で30分かけて解凍した。
【0038】
96ウェルプレートの1ウェルあたり、36.7μLのOpti-MEMに1.5μLのLipofectamine MessengerMAX(サーモフィッシャーサイエンティフィック、LMRNA001)を混合してMix1溶液を調製し、10分間室温でインキュベートした。次に、36.7μLのOpti-MEMに1.5μLのmRNAミックスを添加してタッピングによって混合したMix2溶液を調製した。
【0039】
続いて、12μLのMix2溶液を、インキュベートしたMix1溶液12μLとピペッティングにより混合してトランスフェクション溶液を調製し、5分間室温でインキュベートした。続いて、iPS細胞が播種された4枚の96ウェルプレートの全ウェルに、上記表3のmRNAの組み合わせで調製したトランスフェクション溶液を20.8μLずつ滴下し、37℃、5%CO2環境下で3時間インキュベートした。3時間後、StemFitを全量交換し、37℃、5%CO2環境下で2時間インキュベートした。
【0040】
2時間後、同様のトランスフェクション操作をもう一度実施し、37℃、5%CO2環境下で一晩インキュベートし、Day2も2回、合計4回のトランスフェクションを実施した。
【0041】
《1次評価のRNA-seq解析》
Day3で、分化誘導した4枚の96ウェルプレートの全384ウェルに対してRNA-seqを実施した。RNA-seqは、Smart-seq2法(Picelli S., et al., Full-length RNA-seq from single cells using Smart-seq2, Nat Protoc., 9 (1), 171-181, 2014.)及びQuartz-seq2法(Sasagawa Y., et al., Quartz-Seq2: a high-throughput single-cell RNA-sequencing method that effectively uses limited sequence reads, Genome Biol., 19 (1), 29, 2018.)により行った。
【0042】
384サンプルのうち、Smart-seq2法では354サンプル、Quartz-seq2法では297サンプル、両者のデータを合わせると379サンプルについて解析に値するトランスクリプトームデータが得られた。
【0043】
得られたトランスクリプトームデータから、上記表1に示すミクログリアのマーカー遺伝子のセットのうち、SLCO2B1、ADAM28、A2M、CSF1R、CX3CR1、C3、P2RY12の7つの遺伝子の発現量を、Smart-seq2ではTPM(Transcripts per million)、Quartz-seq2ではCPM(Counts per million、UMIカウント数を100万で正規化した値)をlog2でヒートマップ化して確認した。
【0044】
図1は、ミクログリアのマーカー遺伝子の発現状態を示すヒートマップである。
図1中、横軸がiPS細胞に導入した転写因子の組み合わせを表し、縦軸が7つのミクログリアのマーカー遺伝子を示す。また、上段にQuartz-seq2法で取得した遺伝子発現量のlog
2(CPM+1)のヒートマップを示し、下段にSmart-seq2法で取得した遺伝子発現量のlog
2(TPM+1)のヒートマップを表す。カラースケールの上限は6である。
【0045】
その結果、Quartz-seq2法の結果では、ほぼ全サンプルに渡ってC3が発現し、それに次いでADAM28が多くのサンプルで発現している様子が確認された。また、Smart-seq2法の結果では、Quartz-seq2法よりも観測されたTPM値が小さいものの、C3を発現しているサンプルが多く確認された。以上の結果から、上記表3に示すほぼ全ての転写因子の組み合わせにおいて、iPS細胞がミクログリア様の細胞へと分化したことが示唆された。
【0046】
図2は、iPS細胞に導入した転写因子の組み合わせを、上記の7遺伝子の発現量が多い順に左から並べたヒートマップである。
図2中、横軸が転写因子の組み合わせを表し、縦軸が7つのミクログリアマーカー遺伝子を示す。また、上段にQuartz-seq2法で取得した遺伝子発現量のlog
2(CPM+1)のヒートマップ(カラースケールの上限6)を示し、下段にSmart-seq2法で取得した遺伝子発現量のlog
2(TPM+1)のヒートマップ(カラースケールの上限2)を表す。
【0047】
その結果、384種の組み合わせの中でも、シンボルがB、E、I、L、N等の転写因子を含む組み合わせにおいてミクログリアマーカー遺伝子の発現量が高いことが確認された。
【0048】
続いて、Smart-seq2法、Quartz-seq2法で取得したトランスクリプトームデータについて、それぞれ主成分分析と因子分析を行った。
図3(a)は、Smart-seq2法で取得したトランスクリプトームデータの主成分分析の結果である。横軸がPC1を表し、縦軸がPC2を表す。
図3(b)は、Smart-seq2法で取得したトランスクリプトームデータの因子分析の結果である。横軸がFactor 1を表し、縦軸がFactor 2を表す。Factor 2の正方向にミクログリアマーカー遺伝子の発現量が寄与している。
【0049】
その結果、主成分分析では、PC1の正側、因子分析ではFactor 2の正側に、ミクログリアマーカー遺伝子が高発現している転写因子の組み合わせが分布していることが確認された。
【0050】
Smart-seq2法、Quartz-seq2法それぞれの主成分分析及び因子分析の結果、及び、
図2におけるマーカー遺伝子の発現量に基づいて、ミクログリアへの分化誘導により適している転写因子の組み合わせを選択した。表4に、選択したミクログリアへの分化誘導能が高い転写因子の組み合わせを示す。
【0051】
【0052】
[実験例4]
(分化誘導2次評価)
転写因子の組み合わせ条件について、更に分化培養条件を検討した。表4に示すミクログリアへの分化誘導能が高いと判断された転写因子の組み合わせについて、転写因子のトランスフェクションによるフォワードプログラミングに加え、分化培地による分化誘導を行って、iPS細胞をミクログリアへと分化させ、RNA-seqによるトランスクリプトーム解析を実施した。
【0053】
《分化培地》
iPS細胞に転写因子の組み合わせをトランスフェクションした後、分化培地で4日間分化誘導してミクログリアへと分化させた。分化培地には、基礎培地として、Neurobasal Media、DMEM/F-12、Advanced DMEM/F-12の3種類を用いた。それぞれの基礎培地に、IL-34、M-CSF、GlutaMAX、Component Pを加えた培地をM1、M2、M3とした。また、M1、M2、M3に、更にCD200、CX3CL1、TGF-betaを加えた培地を、それぞれM4、M5、M6とした。下記表5に、M1~M6の6種類の培地の組成を示す。
【0054】
【0055】
《分化培養》
トランスフェクションまでは、上記表4の31種類の転写因子の組み合わせと、分化培地のみの分化誘導を確認するためにmRNAミックスの代わりにNuclease-free Waterを用いたntfc(no transcription factor control)を加えた32条件について、分化培地6種類に対し、トリプリケートで分化培養した。
【0056】
トランスフェクションは、実験例3と同様のプロトコールにより行った。2種類の転写因子の組み合わせによるmRNAミックスは、0.1μg/μLの濃度で0.75μLずつ混合して1.5μLとした。また、1種類のみの転写因子をトランスフェクションした場合について調査するため、上記表2のmRNAを0.1μg/μLの濃度で1.5μLとしてトランスフェクションした。全ての1回目のトランスフェクション溶液作製時に、siPOU5F1(サーモフィッシャーサイエンティフィック、s10873)を20nMで添加した。
【0057】
Day2の4回目のトランスフェクション後の培地交換時に、培地をStemFitから上記表5に示す分化培地に変更した。分化培地の交換は1日置きに実施し、Day7で全てのサンプルに対しRNA抽出を行った。
【0058】
1種類のみの転写因子をトランスフェクションしたサンプルは、StemFitに培地交換し、Day3にRNA抽出を行った。
【0059】
続いて、Quartz-seq2法でRNA-seqを実施した。また、RNA-seqの際に、コントロールとして、Human Microglia Primary Cell Culture Total RNA:50μg(Celprogen、37089RNA)、Total RNA Human Monocytes、1μg(3Hバイオメディカル、3H100-30-10)、Total RNA Human Dendritic Cells(MoDCs)、1μg(3Hバイオメディカル、3H100-70-10)と、Human Macrophage Primary Cell Culture-Frozen Vial(Celprogen、36070-01)を培養後に抽出したTotal RNA、播種する際に採取したiPS細胞から抽出したTotal RNAを用いた。Total RNAの抽出はRNeasy mini kit(キアゲン、74004)を用いた。
【0060】
《2次評価のRNA-seq解析》
Quartz-seq2法により得られたUMIカウント数について、C3及びP2RY12の発現量を確認した。
図4は、RNA-seq解析の結果をまとめた図である。
図4中、セル内の数字がUMIカウント数を表し、サンプル間のUMIカウント数ばらつきを100万で正規化し、C3とP2RY12の発現量が多い順に上から並べた上位50サンプルを示している。また、ミクログリアコントロールは13番目に位置している。ミクログリアコントロールでは、P2RY12の発現は確認されなかった。
【0061】
また、BLN、KLN、IKN等の、B、I、K、L、Nが含まれる転写因子の組み合わせを導入したiPS細胞において、C3が高発現しており、BLNについては分化培地の種類によらず上位50サンプルに含まれていた。
【0062】
図5は、UMAPによるクラスタリングを行った結果を示す図である。その結果、13のクラスタが確認された。
図6は、1種類のみの転写因子を導入し、Day3においてRNA抽出したサンプルであるM0、分化培地M1からM6、各種コントロールであるMzについて、UMAPクラスタリングを分類した結果を示す図である。
【0063】
その結果、
図5におけるクラスタ9及び12は、1種類のみの転写因子を導入し、Day3でRNA抽出したサンプルであることが明らかとなった。コントロールについては、ミクログリアはクラスタ1に分布しており、単球、樹状細胞、マクロファージはクラスタ10に分布することが明らかとなった。
【0064】
分化培地について比較すると、NeurobasalベースのM1、M4ではクラスタ7及び10は存在しなかった。このことから、Neurobasalベースで分化誘導したサンプルは、単球、樹状細胞、マクロファージに近似したトランスクリプトーム状態ではないであろうことが示唆された。
【0065】
ミクログリアのコントロールに近い位置に分布しているサンプルを確認すると、BIN、CIN、BN、BKNが多く分布していた。
【0066】
また、単球、樹状細胞、マクロファージに近い位置に分布しているサンプルはABD、AEI、BDF、DIJ、DIPであった。
【0067】
以上の結果から、分化培地を用いた2次評価により、上記表2の転写因子候補からBLN、KLN、IKN等の、B、I、K、L、Nが含まれる組み合わせを選択することがミクログリアへの分化方法として適していることが明らかとなった。
【0068】
[実験例5]
(機能評価)
2次評価でミクログリア分化能が高いと示唆された転写因子の組み合わせについて、ミクログリアの機能である貪食能が表現されているかを確認した。
【0069】
《分化誘導条件》
1次評価、2次評価の結果に基づいて、BN、BEN、BIN、BLN、IKN、KLNの転写因子の組み合わせによる、iPS細胞のミクログリアへの分化誘導を評価した。また、比較のために、コントロールにした血球系細胞に近しいトランスクリプトーム状態であった転写因子の組み合わせである、AB、ABD、AEI、DIJ、DIPについても分化誘導を行った。
【0070】
分化誘導では、実験例4の分化誘導条件を24ウェルプレートにスケールアップし、各転写因子の組み合わせについてN4で実施した。分化培地にはM6を用いた。実験例4と同様、4回のトランスフェクション後に分化培地M6で分化誘導した。続いて、Day7でN3サンプル分についてRNeasy mini kitでRNAを抽出し、Smart-seq2法によりRNA-seqを実施した。
【0071】
また、コントロールには、播種時のiPS細胞、ntfc、実験例4で用いたものと同様のミクログリア、単球、樹状細胞に加え、iCellミクログリア(富士フイルム和光純薬、C1110)を培養してRNeasy mini kitでRNA抽出したtotal RNAを用いた。残りのN1は、Day7から引き続き分化培地M6で培養を続け、Day11で継代し、Component Pを添加しないM6培地で培養した。続いて、Day14にオーバーナイトで13時間のタイムラプス動画を撮影し、分化させた細胞の貪食能を確認した。
【0072】
《Smart-seq2法によるRNA-seq》
Day7におけるRNA抽出時において、AB、ABD、AEI、DIJ、DIP、ntfcでは接着細胞が少なかった。そこで、浮遊している細胞については遠心して細胞を沈降させて接着している細胞とともにRNA抽出を行った。
【0073】
Smart-seq2法におけるcDNAのクオリティチェックにおいて、前述した転写因子の組み合わせ及びミクログリアのコントロール(Celprogen)についてはcDNAの鎖長が短く、RNAのクオリティが良好ではないことが確認された。
【0074】
上記表1に示すミクログリアのマーカーのうち、重要マーカーと考えられる、C3、P2RY12に加え、ミクログリア特異的に発現している遺伝子と確認されている、APOE、BHLHE41、CABLES1、OLFML3、PROS1、SLC7A8、SLCO2B1、TMEM119、TREM2について発現量を確認した。
【0075】
図7は、ミクログリアの各マーカー遺伝子の発現量を示す図である。
図7中、横軸は発現量を示す。その結果、icellミクログリアではほぼ全てのマーカー遺伝子の発現が確認された。重要マーカーと考えられるP2RY12については、iCellミクログリアにおいても発現はわずかであり、分化誘導したサンプルでもAB、AEI、DIJ、DIP、KLNでN1ずつ確認されたのみであった。
【0076】
C3については、ミクログリア(Celprogen)、iCellミクログリアで高発現していた。また、実験例3、実験例4でミクログリアへの分化誘導能が高いことが示唆された、BN、BEN、BIN、BLN、IKN、KLNの組み合わせで発現量が高いことが再現された。
【0077】
また、
図7に示すミクログリアマーカーにおいては、BN、BEN、BIN、BLN、IKN、KLN、DIPの組み合わせで発現量の総量が多いことが確認された。
【0078】
《機能評価》
Day11の継代時において、AB、ABD、AEI、DIJ、DIP、ntfcにおいては接着細胞が少なかったため、BEN、BIN、BLN、BN、IKN、KLNのみ継代を実施した。Day14において、CQ1(横河電気)を用いてオーバーナイトで13時間のタイムラプス撮影を実施した。
【0079】
図8にBNのタイムラプス動画の代表的な貪食シーンを、
図9にBLNの代表的な貪食シーンを示す。
図8、
図9中、左から右へ時間が経過している。また、矢印は貪食能を有する細胞を示す。その結果、貪食能を有する細胞は活発に遊走し、細胞のサイズが30μm~100μm程度と比較的大きく、次々に細胞を貪食していた。継代を実施できた、BEN、BIN、BLN、BN、IKN、KLNにおいて、タイムラプス動画で貪食能を有していることが確認された。
【0080】
以上の結果から、C3及びその他ミクログリア特異的なマーカー遺伝子の発現が高くなる転写因子の組み合わせをトランスフェクションすることにより、14日間でiPS細胞からミクログリアへと分化誘導できることが確認された。
【0081】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]ミクログリアの製造方法であって、Complement C3(C3)遺伝子の発現を増加させる転写因子のオープンリーディングフレームを含む核酸を、多能性幹細胞に導入する工程を含む、製造方法。
[2]前記転写因子が、SPI1、CEBPA、PTAFR、FLI1、MEF2C、EGR2、RUNX1、TNF、CEBPB、IKZF1、KLF6、NFIC、ELF4、PAX8、PRDM1、MEF2A及びNR4A3からなる群より選択される、[1]に記載の製造方法。
[3]前記転写因子が、少なくともCEBPAを含む、[2]に記載の製造方法。
[4]前記転写因子が、少なくともCEBPAを含む2種以上である、[2]又は[3]に記載の製造方法。