(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023140198
(43)【公開日】2023-10-04
(54)【発明の名称】インビトロ遺伝子疾患モデル細胞及びその作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/074 20100101AFI20230927BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230927BHJP
C12N 5/0793 20100101ALI20230927BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230927BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230927BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20230927BHJP
C12N 15/115 20100101ALN20230927BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20230927BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N5/10 ZNA
C12N5/0793
C12Q1/02
C12N15/12
C12N15/113 Z
C12N15/115 Z
C12N5/0735
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022046107
(22)【出願日】2022-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢本 梨恵
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR77
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BD35
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】遺伝子疾患の病態再現度が高く、かつ対照細胞との遺伝子バックグラウンドが同一のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を簡便に作製する方法を開発し、提供することである。
【解決手段】多能性幹細胞又は成体幹細胞由来の対象分化細胞において、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制する発現抑制工程を含む、インビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞又は成体幹細胞由来の対象分化細胞において、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制する発現抑制工程を含む、インビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法。
【請求項2】
多能性幹細胞又は成体幹細胞を前記対象分化細胞に分化誘導する分化誘導工程をさらに含む、請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
前記分化誘導工程を前記発現抑制工程と同時に行う、請求項2に記載の作製方法。
【請求項4】
前記原因遺伝子の発現抑制が遺伝子ノックダウン法を用いる、請求項1~3のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項5】
前記遺伝子ノックダウン法がRNAi法、アンチセンスオリゴヌクレオチド法、及び核酸アプタマー法からなる群から選択される一以上の方法である、請求項4に記載の作製方法。
【請求項6】
前記目的とする遺伝子疾患が中枢神経疾患であり、かつ前記対象分化細胞が神経細胞である、請求項1~5のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項7】
前記対象分化細胞がグリア細胞をさらに含む、請求項6に記載の作製方法。
【請求項8】
前記中枢神経疾患がレット症候群であり、かつ前記原因遺伝子がMECP2遺伝子である、請求項6又は7に記載の作製方法。
【請求項9】
前記MECP2遺伝子が以下の(a)~(c)に示すアミノ酸配列からなるMECP2タンパク質をコードする塩基配列からなる、請求項8に記載の作製方法。
(a)配列番号1で示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
【請求項10】
前記MECP2遺伝子が配列番号2で示す塩基配列からなる、請求項9に記載の作製方法。
【請求項11】
前記多能性幹細胞がiPS細胞又はES細胞である、請求項1~10のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか一項に記載のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法を用いて作製された遺伝子疾患モデル細胞。
【請求項13】
請求項8~11のいずれか一項に記載のインビトロレット症候群モデル細胞の作製方法を用いて作製されたレット症候群モデル細胞。
【請求項14】
請求項12に記載の遺伝子疾患モデル細胞又は請求項13に記載のレット症候群モデル細胞を一部に含む細胞群。
【請求項15】
遺伝子疾患治療薬の探索方法であって、
請求項12に記載の遺伝子疾患モデル細胞又は請求項13に記載のレット症候群モデル細胞に候補薬剤を投与する投与工程、及び
投与工程後の前記細胞における疾患表現型を確認し、その改善度に基づいて候補薬剤を候補治療薬として選出する選出工程
を含む前記探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はiPS細胞由来細胞を用いたインビトロ遺伝子疾患モデル細胞及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒトiPS細胞の由来細胞を用いたヒト遺伝子疾患モデルが創薬研究材料として注目されている。例えば、疾患原因遺伝子の変異が特定されている場合であれば、その遺伝子変異を有する患者由来の細胞からiPS細胞を樹立し、疾患対象となる組織の構成細胞に分化誘導する。そして、分化細胞に疾患特異的な表現型が見られた場合には、その遺伝子疾患のモデル細胞として利用することができる。しかし、対照となる細胞が健常者細胞から樹立したiPS細胞であるため、疾患原因遺伝子以外の遺伝子バックグラウンドが疾患由来iPS細胞とは異なる。その結果、例えば疾患特異的な表現型がその原因遺伝子の変異によるものか否か、表現型の評価を確定できないという問題があった。また、稀少疾患等のように、対象疾患によっては患者由来細胞の入手自体が非常に困難な場合があった。
【0003】
上記ように疾患細胞の入手が困難な場合、健常者細胞から樹立したiPS細胞に、疾患原因遺伝子の変異遺伝子を導入する、又は疾患原因遺伝子をノックダウン又はゲノム編集し、遺伝子疾患モデルiPS細胞を取得する方法がある。得られた遺伝子疾患モデルiPS細胞を疾患対象となる組織細胞に分化誘導することで目的となる遺伝子疾患モデルを作製できる。この方法であれば、樹立した元のiPSC細胞の入手が比較的容易であることから遺伝子バックグラウンドを統一することが可能となり、より厳密な疾患特異的表現型の評価ができる。しかし、遺伝子疾患モデルiPS細胞を疾患対象となる組織細胞に分化誘導するには、技術的な困難性を伴う他、目的の細胞に分化するまでに多大な労力と時間を必要とするという問題があった。
【0004】
レット症候群は、乳児期早期の女児に発症し、筋緊張の異常、姿勢運動の異常、情動異常、知的障害、てんかん等の諸症状が年齢依存的に出現する遺伝子疾患である。根治療法がなく、それ故に新薬の開発が強く望まれている。
【0005】
レット症候群の原因遺伝子はMECP2遺伝子変異であり、患者の80~90%がこの遺伝子に変異を有している。MECP2遺伝子がコードするMECP2タンパク質の機能については未知な点が多い。その詳細な機能解明のために神経細胞を用いたインビトロレット症候群モデルがこれまでに作製されている。また、MECP2遺伝子は、神経細胞だけでなく、アストロサイト等のグリア細胞でも発現していることが知られている。したがって、グリア細胞もレット症候群の発症メカニズムに関与していると考えられているが、従来のインビトロレット症候群モデルは神経細胞の単培養モデルであり、アストロサイトの機能まで検証することができていないという問題もあった。
【0006】
非特許文献1には、レット症候群におけるアストロサイトの関与を解析する目的で、MECP2遺伝子に変異が確認されているレット症候群患者由来及び健常者由来のiPS細胞から分化誘導させた神経細胞及びアストロサイトを用いて、それぞれMECP2野生型/変異型の4通りの組合せで共培養した時に、組合せによってレット症候群様表現型の程度が異なることを開示している。また、薬剤添加時の効果について、レット症候群由来iPSCから分化したアストロサイトと健常者由来iPSCから分化した神経細胞を共培養した際に予期せぬ結果を得ている。一般に、神経細胞及びアストロサイトにおけるMECP2遺伝子の機能やレット症候群発症メカニズムを解析する場合には、原因遺伝子に起因する現象について精査する必要があるが、患者由来iPSCと健常者由来iPSCを用いた系では遺伝子バックグラウンドの影響を排除できないという問題があった。さらにMECP2遺伝子のノックダウン又はゲノム編集を行なったiPS細胞株を樹立した後、神経細胞に分化誘導する必要があり、多大な労力と時間を要するという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、遺伝子疾患の病態再現度が高く、かつ対照細胞との遺伝子バックグラウンドが同一のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を簡便、かつ迅速に作製する方法を開発し、その細胞を提供することである。
【0008】
本発明の課題は、前記インビトロ遺伝子疾患モデル細胞を用いてその疾患に対する治療候補薬を探索し、選出することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、目的とする遺伝子疾患対象細胞に分化済みの多能性幹細胞又は成体幹細胞由来の分化細胞に対して、その遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制したときに、前記分化細胞が疾患患者由来の細胞と同様の表現型を示すことを見出した。この原因遺伝子の発現を抑制した多能性幹細胞又は成体幹細胞由来の分化細胞であれば、多能性幹細胞又は成体幹細胞から遺伝子疾患対象細胞への分化誘導工程を要さずに、その遺伝子疾患モデル細胞として簡便に作製できるだけでなく、作製に用いた多能性幹細胞又は成体幹細胞を対照細胞とすることで、遺伝的バックグラウンドを同一にすることが可能となる。本発明は、前記知見に基づくものであって、以下を提供する。
【0010】
(1)多能性幹細胞又は成体幹細胞由来の対象分化細胞において、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制する発現抑制工程を含むインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法。
(2)iPS細胞由来の神経細胞及び/又はグリア細胞において、MECP2遺伝子の発現を抑制する発現抑制工程を含む、インビトロレット症候群モデル細胞の作製方法。
(3)(1)に記載のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法を用いて作製された遺伝子疾患モデル細胞。
(4)(2)に記載のインビトロレット症候群モデル細胞の作製方法を用いて作製されたレット症候群モデル細胞。
(5)遺伝子疾患治療薬の探索方法であって、(3)に記載の遺伝子疾患モデル細胞又は(4)に記載のレット症候群モデル細胞に候補薬剤を投与する投与工程、及び投与工程後の前記細胞における疾患表現型を確認し、その改善度に基づいて候補薬剤を候補治療薬として選出する選出工程を含む前記探索方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法によれば、遺伝子疾患の病態再現度が高く、かつ対照細胞との遺伝子バックグラウンドが同一のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を簡便に作製する方法を提供することができる。
【0012】
本発明の課題は、前記インビトロ遺伝子疾患モデル細胞を用いてその疾患に対する治療候補薬を探索し、選出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】iPS細胞由来の分化済み神経細胞とヒト初代アストロサイトの共培養下におけるhMECP2-shRNAによるhMECP2のノックダウン効果を示す図である。図中、a~fは、hMECP2-shRNAレンチウイルス感染後の神経細胞における経時的な形態変化を示す図である。g~lは、レット症候群の治療薬であるBDNFを培地に添加したときの、hMECP2-shRNAレンチウイルス感染した神経細胞における経時的な形態変化を示す図である。
【
図2】iPS細胞由来の分化済み神経細胞とヒト初代アストロサイトの共培養下における対照用NC-shRNAによる効果を示す図である。図中、a~fは、NC-shRNAレンチウイルス感染後の神経細胞における経時的な形態変化を示す図である。g~lは、レット症候群の治療薬であるBDNFを培地に添加したときの、NC-shRNAレンチウイルス感染した神経細胞における経時的な形態変化を示す図である。
【
図3】iPS細胞由来の分化済み神経細胞のみの単培養下におけるhMECP2-shRNAによるhMECP2のノックダウン効果を示す図である。図中、a~fは、hMECP2-shRNAレンチウイルス感染後の神経細胞のみにおける経時的な形態変化を示す図である。g~lは、レット症候群の治療薬であるBDNFを培地に添加したときの、hMECP2-shRNAレンチウイルス感染した神経細胞のみにおける経時的な形態変化を示す図である。
【
図4】レンチウイルスベクターの感染量の低減によるiPS細胞由来の神経細胞におけるhMECP2のノックダウンした細胞を示す。図中、aは神経細胞の位相差顕微鏡図、bはaと同視野の蛍光顕微鏡図である。hMECP2-shRNAレンチウイルスが感染した神経細胞ではレンチウイルスのマーカーであるmCherryの蛍光が認められる。
【
図5】レンチウイルスベクターの感染量の増加によるiPS細胞由来の神経細胞におけるhMECP2のノックダウンした細胞を示す。図中、aは神経細胞の位相差顕微鏡図、bはaと同視野の蛍光顕微鏡図である。hMECP2-shRNAレンチウイルスが感染した神経細胞ではレンチウイルスのマーカーであるmCherryの蛍光が認められる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.インビトロ遺伝子疾患モデル細胞作製方法
1-1.概要
本発明の第1の態様はインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法(本明細書では、しばしば単に「作製方法」と略記する)である。本発明の作製方法は、多能性幹細胞又は成体幹細胞が対象細胞に分化した分化細胞に対して、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制することでインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を作製することを特徴とする。本発明の作製方法によれば、遺伝子疾患細胞と同様の表現型を示し、かつ対照細胞との遺伝子バックグラウンドが統一されたインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を簡便に、短期間で、かつ比較的安価に作製し、提供することが可能となる。
【0015】
1-2.用語の定義
本明細書で使用する以下能用語について定義する。
本明細書において「インビトロ遺伝子疾患モデル細胞」(本明細書では、しばしば単に「疾患モデル細胞」と略記する)とは、インビトロ(in vitro)で培養され、特定の遺伝子疾患細胞と同様の表現型を示す細胞をいう。特定の遺伝子疾患細胞と同じ性質及び特徴を反映する細胞であることから、その特定の遺伝子疾患細胞のモデル細胞となり得る。
【0016】
「幹細胞」とは、分裂によって自己と同じ細胞を生み出す自己複製能(Self-renewal)と、様々な細胞系列に分化可能な分化多能能、及び際限ない増殖能を有する細胞である。幹細胞の例として成体幹細胞(組織幹細胞、又は体性幹細胞ともいう)や多能性幹細胞が知られている。
【0017】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有し、多能性を維持したまま、適切な条件下のインビトロ培養において無限に増殖を可能な細胞をいう。例えば、iPS細胞、ES細胞、EG細胞、及びGS細胞(生殖系幹細胞:Germline stem cell)等が挙げられる。「iPS細胞」とは、分化済みの体細胞に少数の初期化因子をコードする遺伝子を導入することによって体細胞を未分化状態にするリプログラミングが可能となった多能性幹細胞である。「ES細胞」(胚性幹細胞:embryonic stem cell)とは、初期胚より調製された多能性幹細胞である。「EG細胞」(胚性生殖幹細胞:embryonic germ cell)とは、胎児の始原生殖細胞より調製された多能性幹細胞である。「GS細胞」(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cells)とは、細胞精巣より調製された多能性幹細胞である(Conrad S.,2008,Nature,456:344-349)。
【0018】
「成体幹細胞」(adult stem cell)とは、成体の各組織中に存在し、最終分化が未完了で、ある程度の多分化能を有する幹細胞である。体性幹細胞(somatic stem cell)又は組織性幹細胞(tissue stem cell)とも呼ばれる。成体幹細胞の具体例として、間葉系幹細胞、神経幹細胞、腸管上皮幹細胞、造血幹細胞、毛包幹細胞、色素幹細胞等が挙げられる。「間葉系幹細胞(MSCs;Mesenchymal Stem Cells)」とは、主に骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞等の間葉系に属する細胞への分化能を有する細胞である。「神経幹細胞」とは、主に神経細胞、及びグリア細胞への分化能を有する細胞である。「腸管上皮幹細胞」とは、主に小腸や大腸等の消化管内壁を構成する上皮細胞への分化能を有する細胞である。「造血幹細胞」とは、主に赤血球、白血球、血小板等の血液細胞への分化能を有する細胞である。「毛包幹細胞」とは、毛幹細胞及び毛根鞘細胞等の毛包上皮性細胞の他、脂腺細胞、基底細胞への分化能を有する細胞である。そして、「色素幹細胞」とは、主に色素細胞への分化能を有する細胞である。
【0019】
なお、本明細書では、「多能性幹細胞又は成体幹細胞」をしばしば「多能性幹細胞等」と表記する。
【0020】
本明細書において「分化細胞」とは、多能性幹細胞又は成体幹細胞等の幹細胞が分化誘導され、特定の細胞に運命決定された分化済みの細胞をいう。
【0021】
本明細書において「対象細胞」とは、本発明において遺伝子疾患モデル細胞の作製対象となる細胞であって、遺伝子疾患の症状が表現型として現れる組織又は器官を構成する細胞をいう。したがって、対象細胞の種類は、遺伝子疾患に応じて定まる。例えば、目的とする遺伝子疾患が神経疾患であれば、対象細胞は神経細胞、及び/又はグリア細胞となる。
【0022】
本明細書において「対象分化細胞」とは、多能性幹細胞等が対象細胞に分化した分化済みの細胞をいう。
【0023】
「遺伝子疾患」(遺伝性疾患、又は遺伝疾患とも呼ばれる)とは、染色体又は遺伝子の変異を原因として発症する疾患の総称をいう。次世代への遺伝性を有する家族性遺伝子疾患、及び散発的発症により遺伝性のみられない孤発性遺伝子疾患が知られるが、本明細書の遺伝子疾患はいずれであってもよい。
【0024】
「中枢神経疾患」とは、脳、脊髄等の神経系における構造病変又は機能病変によって引き起こされる疾患の総称をいう。運動障害、麻痺、てんかん、神経発達障害、筋力低下、意識障害、高次脳機能障害、精神疾患等の様々な症状を発症する。前記神経発達障害の具体例として、MECP2遺伝子の変異を原因とするレット症候群(Rett syndrome)が挙げられる。また、前記精神疾患の具体例として、統合失調症、うつ病、又は双極性障害が挙げられる。さらに、本明細書では、神経変性疾患も中枢神経疾患に包含する。神経変性疾患は、中枢神経系の特定の神経細胞(ニューロン)又はグリア細胞が徐々に減退及び消失することによって発症する進行性神経疾患の総称である。神経細胞内やグリア細胞内に異常なタンパク質性の封入体が形成、蓄積されて発症する疾患の他、原因が明らかでない疾患も多く、いずれも難治性であり、有効な治療法を欠く。中枢神経疾患の多くは遺伝性疾患であり、本明細書における神経変性疾患も遺伝性疾患に属する神経疾患を対象とする。神経変性疾患には、例えば、parkin遺伝子の変異を原因とするパーキンソン病(Parkinson’S disease)、ハンチンチン遺伝子の変異を原因とするハンチントン病(HD; Huntington disease)、PSEN1遺伝子、PSEN2遺伝子又はAPP遺伝子の変異を原因とするアルツハイマー病(AD; Alzheimer disease)、及びTDP―43遺伝子の変異を原因とする前頭側頭葉変性症(ピック病;FTLD;Frontotemporal lobar degeneration)が挙げられる。
【0025】
「神経細胞」とは、神経組織を構成する情報伝達に特化した細胞をいう。基本構成として1本の軸索、及び複数の樹状突起を有する。神経細胞には、感覚神経細胞、介在神経細胞、及び運動神経細胞等が知られるが、本明細書における神経細胞は、いずれの神経細胞であってもよい。
【0026】
「グリア細胞」とは、中枢神経系や脊髄等に存在し、神経細胞の維持に関与する細胞群をいう。グリア細胞には、アストロサイト(星状膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)、シュワン細胞(鞘細胞)、オリゴデンドロサイト、及びサテライト細胞等が知られるが、本明細書における神経細胞は、いずれのグリア細胞であってもよい。
【0027】
本明細書において「原因遺伝子」とは、前記遺伝子疾患、又は中枢神経疾患の直接的原因又は間接的原因となる遺伝子をいう。好ましくは直接的原因となる遺伝子である。例えば、レット症候群であれば、その原因遺伝子はMECP2遺伝子である。原則として、本明細書の遺伝子疾患、又は中枢神経疾患は、その原因遺伝子の発現抑制やその遺伝子のコードするタンパク質の機能阻害によって発症する。
【0028】
本明細書において「遺伝子発現ベクター」とは、遺伝子や機能性核酸を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位をいう。遺伝子発現ベクターは、導入する宿主細胞、すなわち多能性幹細胞等又は対象分化細胞内で複製かつ発現が可能な様々な発現ベクターを利用することができる。例えば、ウイルスベクターが挙げられる。ウイルスベクターには、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス等に由来する種々のベクターが含まれる。
【0029】
本明細書において「遺伝子の発現を抑制する」又は「遺伝子の発現抑制」とは、遺伝子ノックダウンともいい、その遺伝子がコードするタンパク質の発現、及び機能を抑制することをいう。具体的には、標的遺伝子の発現において、転写段階、転写後、翻訳段階、又は翻訳後の標的遺伝子の転写産物(mRNA)又は翻訳産物(タンパク質)の機能を抑制することが挙げられる。遺伝子を破壊し、その遺伝子がコードするタンパク質の機能を完全喪失させる遺伝子ノックアウトとは区別される。
【0030】
1-3.作製方法
本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法は、分化誘導工程及び発現抑制工程を含む。以下、各工程について、具体的に説明をする。
【0031】
1-3-1.分化誘導工程
「分化誘導工程」は、多能性幹細胞等を対象細胞に分化誘導する工程である。本工程は、本発明の作製方法における選択工程であって、必要に応じて実施することができる。本工程によって多能性幹細胞等が対象細胞に分化した対象分化細胞が得られる。
【0032】
本発明は、原則として次述の発現抑制工程に先立ち行われ、本工程で得られた対象分化細胞を発現抑制工程に用いる。ただし、本工程を発現抑制工程と同時に実施することもできる。この場合、direct differentiationによって対象細胞が分化誘導されると共に、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現抑制が行われる。
【0033】
本工程で使用する多能性幹細胞等の由来生物種については限定しない。例えば、哺乳動物又は鳥類等であればよい。哺乳動物も、霊長類(ヒト、サルを含む)、げっ歯類(マウス、ラット、ハムスター、モルモットを含む)、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、及びネコ等のいずれであってもよいが、好ましくはヒトである。また、多能性幹細胞等の由来個体の性別、年齢、及び健康状態についても限定はしない。健康状態は、健常状態であってもよいし、特定の疾患に罹患した状態であってもよい。
【0034】
また、本工程で使用する多能性幹細胞等の入手の方法についても限定しない。市販の細胞又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製した、好ましくは臨床グレードの細胞を用いてもよい。限定はしないが、本明細書の各発明に用いる場合、多能性幹細胞はiPS細胞又はES細胞が好ましく、また成体幹細胞は、間葉系幹細胞又は神経幹細胞が好ましい。
【0035】
多能性幹細胞等を新たに作製する場合、それぞれの幹細胞の公知の作製方法を用いればよい。例えば、iPS細胞であれば、OCT3/4遺伝子、KLF4遺伝子、SOX2遺伝子及びc-Myc遺伝子を組合わせて(Yu J,et al.2007,Science,318:1917-20.)、又はOCT3/4遺伝子、SOX2遺伝子、LIN28遺伝子及びNanog遺伝子の導入(Takahashi K,et al.2007,Cell,131:861‐72.)を組合わせて分化済み体細胞に導入することで作製することができる。
【0036】
市販のiPS細胞を使用する場合、例えば、253G1株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株、RPChiPS771-2株、1231A3株、1210B2株、1383D2株、及び1383D6株等を使用することができる。
【0037】
また、市販のES細胞を使用する場合、例えばKhES-1株、KhEs-2株、KhEs-3株、KhEs-4株、KhEs-5株、SEES1株、SEES2株、SEES3株、SEES-4株、SEEs-5株、SEEs-6株、SEEs-7株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、及びHS-181株等を使用することができる。
【0038】
多能性幹細胞等を対象細胞に分化誘導する方法は、当該分野で公知の方法で行えばよい。通常は、多能性幹細胞等に分化誘導因子を導入する方法、又は多能性幹細胞等を培養する液体培地中に分化誘導因子を添加して培養する方法等が挙げられる。
【0039】
本発明書において、分化誘導剤とは、分化誘導を促進する物質をいう。その種類は限定されず、例えば、特定の細胞への分化に必要な遺伝子群の発現を活性化する転写因子をコードする転写遺伝子若しくはそのmRNA、Activin/TGFβシグナル阻害剤、BMPシグナル活性化剤、BMPシグナル阻害剤、レチノイン酸シグナル活性化剤、ヘッジホッグシグナル活性化剤、ヘッジホッグシグナル阻害剤、Notchシグナル阻害剤、WNT/β-cateninシグナル活性化剤、JNKシグナル阻害剤、Srcシグナル阻害剤、AMPKシグナル阻害剤、EGFシグナル活性化剤、EGFシグナル阻害剤、HGFシグナル活性化剤、及びVEGFシグナル活性化剤等を例示することができる。いずれの転写誘導因子を使用するかは、多能性幹細胞等をいずれの対象細胞に分化させるかによって決定される。
【0040】
例えば、iPS細胞を骨格筋に分化誘導させる場合であれば、MyoD遺伝子、Pax7遺伝子/Pax3遺伝子、Mef2b遺伝子、及びPitx1遺伝子の転写遺伝子カクテルを発現ベクターに発現可能な状態で包含させてiPS細胞に導入すればよい。又は、それらのmRNAカクテルをiPS細胞に導入してもよい。転写遺伝子の多能性幹細胞等への導入方法は、導入に使用する発現ベクターの当該分野で公知の形質転換法又はトランスフェクション法に従えばよい。例えば、ウイルスベクターの場合、導入は、ウイルスベクターを多能性幹細胞等に感染させることで達成し得る。ウイルスベクターを用いたトランスフェクション法については、次述の発現抑制工程で詳述する。また、転写遺伝子の発現は発現ベクターのプロモーターに基づく。プロモーターが構成的活性型プロモーターであれば、発現ベクターの導入後、特段の誘導処理を行うことなく培養するのみで本工程は達成される。一方、発現誘導型プロモーターであれば、本工程での培養と共にそのプロモーター特有の誘導処理を行う必要がある。例えば、TREを含むプロモーターであれば、発現誘導剤であるテトラサイクリン(Tet)又はその誘導体であるドキシサイクリン(Dox)を培地に添加して細胞内の発現ベクターに含まれるプロモーターを活性化させればよい。
【0041】
一方、iPS細胞を神経細胞に分化誘導させる場合であれば、例えば、多能性幹細胞等を培養する培地中に神経細胞分化誘導因子としてFGF-2を添加して培養する方法が挙げられる。FGF-2(fibroblast growth factor-2:繊維芽細胞増殖因子2)は、様々な種類の細胞増殖を刺激し、神経の分化、生存、再生の誘導に関与するタンパク質因子である。
【0042】
本明細書において多能性幹細胞等又は対象分化細胞の培養は、特段の断りのない限り、次述の発現抑制工程を含め、通常の細胞培養条件で行えばよい。培養は接着培養又は浮遊培養のいずれであってもよい。「接着培養」とは、細胞を培養容器等の外部マトリクス等に接着させて、原則単層で増殖させる培養であり、また「浮遊培養」とは、培地中で細胞を外部マトリクスに対して非接着の状態で増殖する培養をいう。
【0043】
培養に用いる培地についても細胞の増殖及び/又は維持に不可欠の成分を必要最小限以上含有していれば特に限定はしないが、本明細書の培地は、特に断りがない限り、動物由来細胞の培養に使用する動物細胞用培地とする。
【0044】
本明細書において「動物細胞用培地」とは、動物細胞の培養において一般的に用いられる当該分野で公知の培地をいう。基本培地又は特殊培地のいずれを用いてもよい。ここでいう「基本培地」とは、主として哺乳動物由来の様々な種類の細胞の培養に用いられる汎用性の高い培地をいう。具体的には、例えば、イーグルMEM(Eagle Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco’S Modified Eagle Medium)、ハムF10(Ham’S Nutrient Mixture F10)培地、ハムF12(Ham’S Nutrient Mixture F12)培地、M199培地、高性能改良199培地(Hight Performance Medium 199)、RPMI-1640(Roswell Park Memorial Institute-1640)培地が挙げられる。また、「特殊培地」とは、前記基本培地に添加剤を添加することによって、特定の細胞の培養に最適となるように調製された培地、又は特定の細胞への分化誘導を促進するように調製された培地をいう。例えば、各ライフサイエンスメーカーで市販されている神経細胞培養用培地が挙げられる。具体的には、例えば、DMEM/F12(5:5)に、インシュリンとトランスフェリンを添加した基本培地に初代アストログリア細胞の培養上清と血清アルブミンを加えて調製された住友ベークライト(Sumitomo bakelite)の神経細胞培養用培地が挙げられる。
【0045】
培養条件は、多能性幹細胞等又は対象分化細胞を培地に播種した後、5%CO2で37℃にて培養すればよい。
【0046】
培養期間は、細胞の種類及び由来に応じて異なるが、本工程での培養の場合、多能性幹細胞等が対象細胞への分化を完了する時間となるため、例えば、iPS細胞から神経細胞への分化誘導であれば、5週間~12週間、好ましくは6週間~10週間であればよい。またiPS細胞からアストロサイトへの分化誘導であれば、12週間~30週間、好ましくは15週間~20週間であればよい。なお、例えば、direct differentiationによって、iPS細胞から神経細胞へ分化誘導する場合には1週間~2週間、またiPS細胞からアストロサイトへ分化誘導する場合には4週間~8週間であればよい。
【0047】
1-3-2.発現抑制工程
「発現抑制工程」は、多能性幹細胞等に由来する対象分化細胞において、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制する工程である。本工程は、本発明の作製方法において必須の工程である。本工程で用いる細胞は、原則として対象細胞への分化が完了した対象分化細胞である。ただし、前述のように、前記分化誘導工程を本工程と同時に実施する場合はこの限りではない。
【0048】
使用する対象分化細胞の種類は、目的とする遺伝子疾患に応じて決定すればよい。例えば、目的とする遺伝子疾患がレット症候群であれば、対象分化細胞は神経細胞及び/又はグリア細胞であればよい。
【0049】
本工程では、目的とする遺伝子疾患の原因遺伝子の発現を抑制する。
【0050】
なお、本明細書では、以下、レット症候群の原因遺伝子であるMECP2遺伝子を標的遺伝子として例示し、説明をする。
【0051】
MECP2遺伝子は、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるヒトMECP2タンパク質をコードするヒトMECP2遺伝子、あるいは配列番号1で示すアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1で示すアミノ酸配列に対して90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるMECP2タンパク質をコードする変異型MECP2遺伝子が挙げられる。より具体的には、例えば、配列番号1で示すアミノ酸配列からなるヒトMECP2タンパク質をコードする配列番号2で示す塩基配列からなるヒトMECP2遺伝子が挙げられる。なお、本明細書において「複数個」とは、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。さらに「アミノ酸同一性」とは、二つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じていずれか又は両方のアミノ酸配列にギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときの、一方のアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対する他方のアミノ酸配列における同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。
【0052】
本工程で、原因遺伝子の発現を抑制する方法は、当該分野で公知の方法を用いればよく、特に限定はしないが、技術的に確立され、簡便かつ高い効果が期待できる遺伝子ノックダウン法は好ましい。
【0053】
「遺伝子ノックダウン法」は、細胞内における標的遺伝子産物(例えば、mRNAやタンパク質)を、核酸分子(例えば、後述するRNAi剤、アンチセンスオリゴヌクレオチド、及び/又は核酸アプタマー)を介して低減又は枯渇させる方法である。標的遺伝子の転写後翻訳前における遺伝子産物、すなわちmRNA等の遺伝子転写産物を標的とする場合と、翻訳後の翻訳産物、すなわちタンパク質を標的とする場合がある。いずれの場合も原因遺伝子の発現抑制効果は、細胞に導入する核酸分子の量依存的であるため、導入する核酸分子の量を調整することによって原因遺伝子の発現抑制効率を調整することができる。例えば、対象分化細胞に導入する核酸分子の量を多くした場合、導入した対象分化細胞のほとんどで原因遺伝子の発現が抑制され得るが、導入量を少量にした場合、導入した対象分化細胞において、原因遺伝子の発現が一部細胞で抑制され、一部では抑制されていない状態となり得る。このような混在状態の遺伝子疾患モデル細胞は、実際の遺伝子疾患患者の病変組織等での原因遺伝子の発現状態に近似した状態を再現し得るため遺伝子疾患モデル細胞として非常に好ましい。
【0054】
遺伝子ノックダウン法の具体的な例として、(1)RNAi法、(2)アンチセンスオリゴヌクレオチド法、及び(3)核酸アプタマー法等が挙げられる。以下、各方法について説明をする。
【0055】
(1)RNAi法
「RNAi法(RNA干渉法)」とは、宿主となる細胞(宿主細胞)にRNAi剤を導入し、RNA干渉(RNA inteference:RNAi)を利用して標的遺伝子の発現を転写後翻訳前又は転写レベルで抑制する方法である。RNA干渉とは、標的とする遺伝子転写産物(mRNA)の分解等を介してその遺伝子の発現を抑制する配列特異的な遺伝子サイレンシングである。
【0056】
したがって、RNAi法により原因遺伝子の発現を抑制する場合、本明細書ではその原因遺伝子の転写産物に対して特異的な遺伝子サイレンシングを誘導するRNAi剤を用いる。具体的なRNAi剤の例として、原因遺伝子に合わせて設計され、人工的に合成されるsiRNA、又はshRNAが挙げられる。以下、各RNAi剤について説明をする。
【0057】
(i)siRNA
「siRNA」(短分子干渉RNA:small interference RNA)は、標的遺伝子のセンス鎖の一部に相当する塩基配列で構成されるRNAセンス鎖(パッセンジャー鎖)、及びそのアンチセンス鎖であるRNAアンチセンス鎖(ガイド鎖)からなる小分子二本鎖RNAである。siRNAは、宿主細胞へ導入することによってRNA干渉を誘導することができる(Fire A.et al.,1998,Nature,391,806-811)。
【0058】
siRNAは、標的遺伝子の塩基配列に基づいて公知の方法により設計すればよい。例えば、Ui-Teiらの方法(Nucleic Acids Res.RNAi2004,32:936-948)、Reynoldsらの方法(Nat.Biotechnol.,2004,22:326-330)、Amarzguiouiらの方法(Biochem.Biophys.Res.Commun.,2004,316:1050-1058)に基づいて、設計することができる。
【0059】
siRNAの設計は、MECP2遺伝子を標的遺伝子とする場合、例えば配列番号2に示す塩基配列からパッセンジャー鎖の塩基配列として、15塩基以上35塩基以下、好ましくは15塩基以上30塩基以下、又は18塩基以上25塩基以下の連続した塩基配列を選択領域として選択する。選択する領域の塩基配列は、標的遺伝子の塩基配列と完全に一致させるように留意する。そのため選択領域内には標的遺伝子の既知の変異(例えば、SNP等)を包含しないように設計することが好ましい。ガイド鎖の塩基配列は、選択した前記パッセンジャー鎖の塩基配列に相補的な塩基配列にすればよい。なお、siRNAの調製に際しては、パッセンジャー鎖及びガイド鎖共に選択領域内のT(チミン)塩基をU(ウラシル)塩基に変換しておく。
【0060】
前記パッセンジャー鎖の選択領域は、標的遺伝子に特異的な配列であれば特に限定はしない。好ましくは開始コドンから少なくとも50塩基、より好ましくは70塩基~100塩基よりも下流の領域である。さらに、パッセンジャー鎖の候補領域内においてAA(アデニン―アデニン)を5’側に有する塩基配列領域を選択することが好ましい。選択した領域内のGC(グアニン―シトシン)含有量は、20~80%が好ましく、30~70%又は40~60%はより好ましい。siRNAの設計は、ウェブサイト上でも公開されており、それらを利用して設計してもよい。標的遺伝子の塩基配列を入力することで有効かつ適切なsiRNAを設計することができる。代表的なsiRNA設計ウェブサイトとしてsiDirect(http://sidirect2.rnai.jp/)、及びsiDESIGN Center(https://horizondiscovery.com/en/ordering-and-calculation-tools/sidesign-center)等が挙げられる。
【0061】
siRNAの一方の末端又は両末端には、標的遺伝子の塩基配列又はそれに相補的な塩基配列とは関連しない一以上の塩基配列が存在していてもよい。このようなsiRNAの末端に存在する塩基数は、特に限定はしないが、1~20個の範囲内であることが好ましい。具体的には、例えば、それぞれの塩基鎖の3’末端側にTT(チミン‐チミン)又はUU(ウラシル‐ウラシル)等を付加する場合が挙げられる。
【0062】
(ii)shRNA
「shRNA」(short hairpin RNA)とは、前記siRNAを構成する2本のRNA鎖(パッセンジャー鎖とガイド鎖)が適当な塩基配列からなるスペーサ配列で連結された一本鎖RNAをいう。つまり、shRNAは、一分子内にパッセンジャー鎖としての領域とガイド鎖としての領域を含み、それらの領域が互いに塩基対合してステム構造を形成し、さらにスペーサ配列がループ構造をとることによって、分子全体としてヘアピン型のステム-ループ構造を有するように構成されている。
【0063】
shRNAが細胞内に導入されると、ループ構造部分が切断されてsiRNAが生成される。生じたsiRNAは、前項で述べたRNA干渉機構によって標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0064】
shRNAの設計は、例えば、前記siRNAにおけるセンス領域の3’末端と前記アンチセンス鎖の5’末端とをスペーサ配列で連結する。スペーサ配列は、通常3~24塩基、好ましくは、4~15塩基あればよい。スペーサ配列については、siRNAが塩基対合することができる配列であれば、特に制限はない。
【0065】
shRNAは、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このようなshRNA発現ベクターは標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりshRNAを発現する。発現後は宿主細胞内でのセルフフォールディング(自己折り畳み)やDicer等の活性を介してsiRNAにプロセシングされ、その効果を発揮する。したがって、本発明においてRNAi干渉法により原因遺伝子の発現を抑制する場合、shRNAは特に好ましい。
【0066】
宿主細胞にRNAi剤を導入する方法は、特に限定はしない。導入するRNAi剤の種類及び形態、宿主細胞の種類に応じて公知の導入技術を適宜選択すればよい。例えば、shRNAを含むウイルスベクターを用いた導入方法であれば、トランスフェクション法により宿主細胞内に導入することができる。レンチウイルスベクターやレトロウイルスベクター等を使用した場合、shRNAを宿主細胞のゲノム内に組み込むことができるため、導入した多能性幹細胞等又は対象分化細胞は、長期にわたって安定的にshRNAを発現し、原因遺伝子の発現を抑制し続けることができるため便利である。ウイルスベクターを使用しない場合であれば、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-Dextran法、マイクロインジェクション法等など物理化学的方法を用いた方法が挙げられる。これらはいずれも公知の技術であり、既存のプロトコルを参考に実施すればよい。例えば、Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning:A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された遺伝子導入方法を参考にすることができる。リポフェクタミンTM 3000(Thermo Fisher Scientific社)のような市販のトランスフェクション試薬を用いてもよい。
【0067】
(2)アンチセンスオリゴヌクレオチド法
「アンチセンスオリゴヌクレオチド(AntiSense Oligonucleotide:本明細書ではしばしば「ASO」と表記する)」とは、標的遺伝子の転写産物であるmRNAの塩基配列の全部又は一部に対して相補的な塩基配列で構成され、標的mRNAにハイブリダイズしてその翻訳を抑制する一本鎖核酸分子である。
【0068】
ASOには、DNA型とRNA型が知られている。DNA型は、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等のRNA分子にハイブリダイズして、ヘテロ二本鎖構造を形成した後、細胞内のRNase H活性により標的RNA分子を切断、分解することで標的遺伝子の発現を抑制するヌクレアーゼ介在型遺伝子抑制方法である。一方、RNA型は、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等のRNA分子にハイブリダイズして二本鎖RNAを構成した後、プロセスを経て、最終的にsiRNAなどと同様のRNAiによる遺伝子の発現抑制効果を奏し得る。限定はしないが、通常は細胞内の安定性や合成の容易性等からDNA型ASOが多用される。
【0069】
DNA型ASOは、主として天然型DNAで構成されるが、一部に天然型RNA、LNA/BNA(Locked Nucleic Acid/Bridged Nucleic Acid)やPMO(Phosphorodiamidate Morpholino Oligomers)等の核酸類似体、及び/又は2’-OMe-RNA、2’-F-RNA、2’-MOE-RNA及びホスホロチオエート等の修飾核酸も含み得る。また、核酸類似体や修飾核酸等からなるウィング領域を5’末端及び3’末端に有するRNA分解型ASOであるギャップマーや核酸類似体や修飾核酸等で構成されるスプライシング制御型ASOであるミックスマー等の特殊な構造を有するASOも包含する。
【0070】
さらに、DNA型ASO法を応用したヘテロ二本鎖核酸(HDO)法を用いることもできる。「ヘテロ二本鎖核酸(Hetero Duplex Oligonucleotido:本明細書ではしばしば「HDO」と表記する)とは、ASO機能を有する主鎖(DNA鎖)と主鎖に相補的な塩基配列を有するcRNA(complementally RNA)鎖で構成される二本鎖核酸である。cRNA鎖も核酸類似体や修飾核酸等を含み得るが、HDOの少なくとも中央部の全部又は一部は、DNA-RNAで構成されるヘテロ核酸のため細胞内のRNase Hにより相補鎖であるcRNA鎖が切断、分解され、単独となった主鎖がASOとして機能し得る。
【0071】
RNA型ASOは、標的遺伝子の転写産物であるmRNA等の一部にハイブリダイズ可能なアンチセンス鎖と同様の塩基配列からなり、原則として天然型RNAで構成される。それ故に本明細書では、DNA型ASOと区別するため、しばしば「アンチセンスRNA(asRNA:antisense RNA)と表記する。
【0072】
asRNAは、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このような「アンチセンスRNA発現ベクター(asRNA発現ベクター)」は、前述のshRNA発現ベクターと同様に、標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりasRNAを発現する。発現後は宿主細胞内で標的遺伝子の転写産物にハイブリダイズする等して、その効果を発揮する。
【0073】
ASOの塩基配列設計の具体例として、DNA型又はRNA型を問わず、例えばMECP2遺伝子を標的遺伝子とする場合であれば、例えば配列番号2に示すmRNA鎖の塩基配列から10塩基以上30塩基以下、好ましくは12塩基以上25塩基以下、又は13塩基以上20塩基以下の連続した塩基配列を選択領域として、それに相補的な塩基配列を選択すればよい。この際、例えば、開始コドンを包含する領域、又はmRNA鎖の予想される2次構造において一本鎖構造を構成し得る領域を標的領域として選択することができる。
【0074】
ASOの導入方法は前記siRNAの導入方法に準ずる。また、前述のようにasRNAは、shRNA発現ベクターと同様にasRNA発現ベクターとしてDNAの状態で導入し、宿主細胞内でasRNAを発現させることも可能である。asRNA発現ベクターの導入方法もshRNA発現ベクター導入方法に準じて良い。
【0075】
(3)アプタマー法
「アプタマー法」とは、宿主細胞に核酸アプタマーを投与して、その標的結合活性によって標的タンパク質を機能抑制することで、標的遺伝子の発現を翻訳後に抑制する方法である。本明細書における核酸アプタマーは、例えば、目的とする遺伝子疾患がレット症候群であれば、変異を有するMECP2タンパク質に結合して、その機能抑制をすることでMECP2遺伝子の発現を翻訳後に抑制する。
【0076】
「核酸アプタマー」とは、水素結合等を介した一本鎖核酸分子の二次構造、さらに三次構造に基づいて形成される立体構造によって、標的タンパク質と強固、かつ特異的に結合し、標的タンパク質の機能を抑制する、核酸で構成されたリガンド分子をいう。核酸アプタマーは、抗体と同様の作用効果を有するが、一般に標的タンパク質に対する特異性及び親和性が抗体よりも高く、また、結合に必要な標的アミノ酸残基数が抗体よりも少なくてよいことから、近縁の分子どうしを識別できる点で抗体よりも優れる。さらに、免疫原性や毒性が抗体よりも低い上に、3~4週間程度の短期間で作製できる他、化学合成により大量に製造することもできるという利点をもつ。
【0077】
核酸アプタマーは、一般にRNAで構成されるRNAアプタマーとDNAで構成されるDNAアプタマーが知られているが、本明細書における核酸アプタマーを構成する核酸は、特に限定はしない。例えば、DNAアプタマー、RNAアプタマー、DNA及びRNA混成アプタマー等が挙げられる。通常は天然型核酸(DNA又はRNA)でのみ構成されるが、非天然型の人工核酸や修飾核酸を一部に含んでいてもよい。本発明の核酸アプタマーの塩基長は、限定はしないが、10~100塩基の範囲内であることが好ましい。より好ましくは15~80塩基の範囲内である。アプタマーは公知の技術であり、詳細に関しては、例えば、Janasena,Clin.Chem.45:1628-1650(1999)を参照すればよい。
【0078】
核酸アプタマーは、公知の技術で調製できる。例えば、RNAアプタマーであれば、SELEX(systematic evolution of ligands by exponential enrichment)法(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,(1995)92:11509-11513)を用いて試験管内選別により作製することができる。
【0079】
核酸アプタマーの導入方法は前記siRNAの導入方法に準ずる。また、核酸アプタマーが天然型RNAで構成される場合、それをコードするDNAを発現ベクターのプロモーター制御下に作動可能なように挿入することもできる。このような「RNAアプタマー発現ベクター」は、前述のshRNA発現ベクターと同様に、標的生物内、又は標的細胞内に導入することで、プロモーターの活性によりRNAアプタマーを安定的に発現することができる。
【0080】
1-4.効果
本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法によれば、遺伝子疾患の病態再現度が高く、かつ対照細胞との遺伝子バックグラウンドが同一のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞を簡便、かつ迅速に作製することができる。
【0081】
本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法によれば、原因遺伝子の発現が、低下した細胞と通常レベルで発現した細胞が混在した細胞群として得ることができる。このような細胞群は、実際の遺伝子疾患患者の細胞群で見られる原因遺伝子の発現状態に近く、従来法のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞と比較して、遺伝子疾患の病態をより高度に再現したモデル細胞を提供することができる。
【0082】
本発明の作製方法で作製するインビトロ遺伝子疾患モデル細胞は、原因遺伝子の欠損や、低発現、又は変異による機能不全等を原因として発症する疾患に有効である。
【0083】
2.遺伝子疾患治療薬の探索方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、遺伝子疾患治療薬の探索方法である。本発明の探索方法は、第1の態様に記載の作製方法で得られた遺伝子疾患モデル細胞を用いて、候補薬剤を投与し、病態である疾患表現型を改善することのできる候補薬剤を選出することができる。
【0084】
2-2.方法
本発明の探索方法は投与工程と選出工程を必須の工程として含む。以下、各工程について説明をする。
【0085】
2-2-1.投与工程
「投与工程」は、第1態様に記載の遺伝子疾患モデル細胞に候補薬剤を投与する工程である。遺伝子疾患モデル細胞には、新薬開発が必要な遺伝子疾患の病態を示すモデル細胞を選択すればよい。例えば、根治療法のないレット症候群の治療薬を開発する場合、レット症候群モデル細胞を使用する。
【0086】
投与する候補薬剤の種類は限定しない。例えば、核酸、ペプチド(タンパク質を含む)、又は低分子化合物が挙げられる。投与方法は候補薬剤の種類に応じて、適宜定めればよい。例えば、核酸やペプチドであれば、第1態様に記載のウイルスベクター等を用いたトランスフェクション法の他、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAE-Dextran法、マイクロインジェクション法等など物理化学的方法を用いた方法を用いればよい。また、低分子化合物であれば、培地中に添加すればよい。
【0087】
候補薬剤の投与後は、遺伝子疾患モデル細胞を必要に応じてさらに培養することができる。使用する培地は遺伝子疾患モデル細胞の種類に応じて適宜定める。培地については第1態様で詳述しており、それに準じればよい。
【0088】
2-2-2.選出工程
「選出工程」は、投与工程後の前記細胞における疾患表現型を確認し、その改善度に基づいて候補薬剤を候補治療薬として選出する工程である。
【0089】
疾患表現型は、使用する遺伝子疾患モデル細胞が有するいずれかの表現型であればよい。例えば、レット症候群モデル細胞の場合、神経細胞における神経突起の数や長さが減少する表現型を示す。この表現型が候補薬剤の投与によって、レスキューされるか否かを本工程で確認する。このとき、必要であれば、遺伝子疾患モデル細胞の作製に使用された対象分化細胞と同一の遺伝的バックグラウンドを有するiPS細胞又はそれに由来する対象分化細胞を対照用として使用してもよい。改善が認められた場合、その改善の程度を改善度とし、例えば、疾患表現型の80%以上が野生型表現型に回復した場合は高改善度、60%以上80%未満であれば中改善度、そして60%未満であれば低改善度と判定し、中改善度以上の効果を示した候補薬剤を候補治療薬として選出する。選出された候補治療薬は、その後、その他の、より詳細なインビトロ評価系やインビボ評価系において、その薬効や安全性について非臨床試験として検証すればよい。
【実施例0090】
<実施例1:レット症候群モデル細胞の作製>
(目的)
本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法を用いて、レット症候群のモデル細胞を作製する。
【0091】
(方法)
(1)hMECP2-shRNA発現用レンチウイルスの作製
Lenti-X 293T細胞を5.0×106cells/10mL/dishで100mm細胞培養用ディッシュに播種し、5% CO2インキュベーター内で37℃にて一晩培養した。培地には10% FBSと1% ペニシリン-ストレプトマイシンを添加したDMEM(Thermo Fisher Scientific社,#11995065)を用いた。
【0092】
トランスフェクト用のレンチウイルスベクターとして、hMECP2-shRNAレンチウイルスベクタープラスミドを用いた。このプラスミドベクターは、hMECP2遺伝子の3’UTRに相補的なshRNAをコードする配列番号3で示す塩基配列(gggtagggctctgacaaagcttcccgattaactgaaataaa)をU6プロモーターの下流に含む。また、対照用レンチウイルスベクターとして、NC-shRNAレンチウイルスベクタープラスミドを用いた。このプラスミドベクターは、配列番号4で示す塩基配列(gaaacaccggcaacaagatgaagagcaccaactcgagttgg)からなるNon-Manmalian shRNAをU6プロモーターの下流に含む。
【0093】
播種翌日のLenti-X 293T細胞に、前記レンチウイルスベクタープラスミドとLentiviral High Titer Packaging Mixをトランスフェクトした。具体的には、DMEM 1.5mLにLentiviral High Titer Packaging Mix 7μL、0.5μg/μLのレンチウイルスベクター11μLを添加し、ピペッティングして完全に混合した後、TransIT-293 Transfection Reagent 45μLを添加し、穏やかにピペッティングして混合した。その後、20分間室温で静置して、前日に播種したLenti-X 293T細胞にレンチウイルス混合液の全てを滴下してトランスフェクトした。Lenti-X 293T細胞は、5% CO2インキュベーター内で37℃にて培養を続けた。トランスフェクションから24時間後に、新たな培地10mLに交換した。新たな培地には10% FBSと1%ペニシリン-ストレプトマイシンを添加したDMEMを用いた。
【0094】
トランスフェクションから48時間後に、レンチウイルスを含む培養上清を回収した。回収した培養上清を0.45μmフィルターでろ過した後、1/3量のLenti-X Concentratorを添加して、優しく混ぜ合わせ、4℃で6時間インキュベートした。その後、1500gで45分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを100μLのDMEMに懸濁し、これをウイルス液として、以後の実験に用いた。
【0095】
(2)ウイルス力価の測定
HEK293T細胞を3×103cells/wellで96ウェルプレートに播種した。播種翌日に、(1)で調製したウイルス液をDMEMで、×1,×10,×100,×1000,及び×10000に希釈し、それぞれ10μL/wellで添加した。感染から7日後に蛍光顕微鏡でHEK293T細胞を観察し、レンチウイルスベクタープラスミドのマーカー遺伝子であるmCherryを発現している細胞の割合を算出した。
【0096】
その結果、ほぼ100%の細胞でmCherryの発現が確認された、3×103cellsの細胞に対し、10倍希釈のウイルス液10μL添加する条件をMOI1とした。
【0097】
(3)神経細胞及びアストロサイトの培養
細胞培養用の384plate(Thermo Fisher Scientific,♯142761)を0.002%PLO/PBSを30μL/wellで添加し、 37℃、で1時間コーティングした。その後、100μL/wellの蒸留水で3回洗浄し、乾燥させて、さらに10μg/mL Lamininを30μL/wellで添加し、37℃で1時間コーティングした。
【0098】
市販のiPS細胞由来の神経細胞(Elixirgen Scientific社,♯EX-SeV-CW50065)及び市販のヒト初代アストロサイト(Thermo Fisher Scientific社,♯N7805-100)を起眠し、それぞれ1×104cells/well、及び2.5×103cells/wellとなるように培地で細胞懸濁液を調製した。Laminine溶液を除去した後、50μL/wellで播種し、共培養した。単培養用として、神経細胞1×104cells/wellを50μL/wellとなるよう播種した。5%CO2インキュベーター内で37℃にて、6週間培養を続けた。3~4日に1度半量の培地交換を行なった。培地は、播種後1週間まではElixirgen Scientific社指定の培地を使用し、その後は2%B-27plus、1%GlutaMAX、200μMアスコルビン酸、10%Neuron culture medium、1%ペニシリン-ストレプトマイシンを添加したNeurobasal plusを使用した。
【0099】
(4)ウイルス感染とレスキュー実験
細胞播種から4日後に、MOI0.1及びMOI1で各shRNAを発現するウイルス溶液を添加し、感染させた。MOIは神経細胞数のみに合わせて調製した。感染から7時間後、全量の培地交換を行った。レスキューするウェルには、レット症候群で治療効果が知られているBDNFを50ng/mLで培地中に添加した。
【0100】
(5)細胞観察
細胞の形態観察は、位相差顕微鏡にて、6週間にわたって、概ね週に1度(11日目、18日目、25日目、32日目、39日目、及び42日目)に行なった。
【0101】
(結果)
図1~3にiPS細胞由来の分化済み神経細胞におけるレンチウイルス感染後の神経細胞における経時的な形態変化を示す。また、
図4及び5にレンチウイルスの感染量を調節したときのhMECP2がノックダウンした細胞の割合を示す。
【0102】
図1は、iPS細胞由来の分化済み神経細胞とヒト初代アストロサイトの共培養下でhMECP2-shRNAレンチウイルスを感染させたときのhMECP2-shRNAによるhMECP2のノックダウン効果を示す。神経細胞の神経突起数や神経突起長によりhMECP2のノックダウン効果した結果、a~fの神経細胞ではhMECP2のノックダウンにより経時的に神経突起数の減少や神経突起長の委縮が確認できた。神経細胞におけるこのノックダウン効果は、g~lに示すようにレット症候群の治療薬であるBDNFを培地に添加することで改善された。一方、対照用のNC-shRNAレンチウイルスを感染させた
図2では、神経突起数の減少や神経突起長の委縮は認められなかった。以上の結果は、本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞の作製方法に基づくhMECP2のノックダウンによりレット症候群にみられる神経細胞の病態を再現できるだけでなく、そのモデル細胞に治療薬を添加することでレスキュー効果も得られることが明らかとなった。これは、本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞が遺伝子疾患の治療薬探索に利用できることを示唆している。
【0103】
図3は、iPS細胞由来の分化済み神経細胞を単培養下でhMECP2-shRNAレンチウイルスを感染させたときの神経細胞における経時的な形態変化である。面白いことに、神経細胞の単培養では神経突起数少や神経突起長に変化はみられず、hMECP2のノックダウン効果が認めらなかった。これは、レット症候群における神経細胞における神経突起数の減少や神経突起長の委縮等が、神経細胞のMECP2の異常とアストロサイトのMECP2の異常の協調的な影響によって発症することを示唆している。この結果は、以前に報告されたレット症候群における報告(非特許文献)とも一致する。
【0104】
図4及び
図5は、iPS細胞由来の分化済み神経細胞と初代アストロサイトの共培養下において、hMECP2-shRNAレンチウイルスの感染量とMECP2がノックダウンした神経細胞の割合との関係を示す図である。少量のレンチウイルスを感染させた
図4の場合、一部の神経細胞でのみMECP2のノックダウン効果が得られ、MECP2の発現に関して正常な細胞と異常な細胞が混在する状態が確認された。一方、多量のレンチウイルスを感染させた
図5の場合、高い感染効率によりほぼ全ての神経細胞でMECP2のノックダウン効果が得られた。これらの結果は、hMECP2-shRNAに依存するMECP2のノックダウン効率をウイルスの感染量で制御可能なことを示している。レット症候群患者の神経組織では、MECP2発現が正常細胞と異常な細胞が混在して存在するため、本発明のインビトロ遺伝子疾患モデル細胞によれば、実際のレット症候群患者の病態をより正確に再現することができる。