(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142116
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】繊維シートおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D04H 1/4318 20120101AFI20230928BHJP
D04H 1/728 20120101ALI20230928BHJP
【FI】
D04H1/4318
D04H1/728
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022048816
(22)【出願日】2022-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】399120660
【氏名又は名称】JNCファイバーズ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田辺 真裕美
【テーマコード(参考)】
4L047
【Fターム(参考)】
4L047AA13
4L047AA21
4L047AB08
4L047CA02
4L047CA05
4L047CC12
(57)【要約】
【課題】 ナノ繊維本来の特性を損なうことなく、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性に優れた繊維シートを、高い生産性と良好な操業性で提供することを課題とする。
【解決手段】 平均繊維径が20~1000nmであるナノ繊維を含む繊維シートであって、前記ナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体との混合物を含む、繊維シートによる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維径が20~1000nmであるナノ繊維を含む繊維シートであって、前記ナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体との混合物を含む、繊維シート。
【請求項2】
前記フッ化ビニリデン重合体と前記フッ化ビニリデン系共重合体との混合割合(重量比)が50:50~95:5である、請求項1に記載の繊維シート。
【請求項3】
前記繊維シートが2層以上の積層体である、請求項1または2に記載の繊維シート。
【請求項4】
フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体とを含む紡糸溶液を静電紡糸する、請求項1~3のいずれか1項に記載の繊維シートの製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法で得られた繊維シートを、さらに循環熱風または輻射熱で熱処理する、繊維シートの製造方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の繊維シートと多孔層とが積層された、繊維シート複合体。
【請求項7】
請求項6に記載の繊維シート複合体を含むフィルター用濾材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ繊維を含む繊維シートおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数~数百ナノメートル(nm)の直径を有する極細繊維、いわゆるナノ繊維が注目されている。ナノ繊維は、それ自体の比表面積が大きいこと、ナノ繊維を含む繊維シートにおいて繊維間空隙が小さく、空隙径分布が均一であり、空隙率が大きいなどの特徴を有することから、フィルター用濾材や吸音材、マスク、防水透湿膜、二次電池用セパレータ、センサー材、細胞培養基材などへの応用が期待されている。中でも、ポリフッ化ビニリデン系重合体からなるナノ繊維は、機械的強度、耐熱性、耐薬品性、ナノ繊維への加工性などの各種特性に優れることから、広範な分野への応用が可能である。
【0003】
ナノ繊維を製造する方法として、静電紡糸法が知られている。一般的な静電紡糸法では、ポリマーを溶解させた紡糸溶液を金属製の紡糸ノズルとともに高電圧で帯電させ、接地した捕集電極表面に向けて、紡糸ノズルの先端から溶液を吐出させて、液滴を形成させる。液滴は、紡糸ノズルの先端での強力な静電力によって捕集電極表面に引き寄せられ、紡糸溶液がジェットとして飛翔し、溶媒の揮発を伴いながら細化し、直径が数~数百nmのナノ繊維が捕集されて、不織布状の繊維シートを形成する。静電紡糸法によれば、広範な材料をナノ繊維化可能であり、かつ繊維の極細化および均一化が可能となる。しかしながら、得られるナノ繊維の直径が小さく、繊維1本あたりの力学強度が低いために、ナノ繊維を含む繊維シートの表面は製品への加工装置と接触した際の摩擦力により、単糸切れや不織布の破れを生じる他、ナノ繊維シートの剛性が低いために加工性を低下させてしまうという問題がある。
【0004】
これらの問題に対して、ナノ繊維シートを、強度や剛性に優れる多孔層と積層一体化する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。特許文献1には、「静電紡糸法により製造された不織布と通気性シートとが接着剤により接着一体化した積層体であり、前記不織布の厚さ方向における、前記接着剤の不織布片表面からのしみ込み深さが不織布の厚さの40%以下である積層体」が開示されている。しかしながら、このような積層体は、層間の接着力は向上するものの、接着剤が繊維間空隙に染み込み細孔を閉塞させてしまうため、ナノ繊維本来の特性を十分に発揮させるには至らなかった。また、接着剤の成分が繊維素材に影響を及ぼす他、液中や大気中に溶出して環境を汚染してしまうという問題がある。さらに、静電紡糸法により製造された不織布と通気性シートとを接着剤で一体化する工程を含むため、安定した操業性が得られない他、十分な生産性が得られないという問題がある。
【0005】
また、本出願人は先に、「フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を、電界紡糸法で紡糸し、紡糸された繊維を捕集して得られる繊維シートであって、該繊維シートを構成する繊維の平均繊維径が20nm以上、1000nm未満であり、該繊維シートのDSC測定における融解温度が155℃以上であり、融解熱量が45J/g以下である、繊維シート」を提案した(特許文献2)。この方法によれば、経時変化や製品へ成形する際の加温によって著しく収縮することなく良好に他素材と一体化することができるが、製品への加工時に、繊維シートがロールなどと接触した際に少なからず毛羽立ちが生じ、特性が低下しやすいものであった。また、静電紡糸法の量産化では、紡糸ノズルを製造ラインの流れ方向に多列化することで生産性を向上させる試みがあるが(例えば、特許文献3)、このように製造された繊維シートは紡糸ノズルの列数に応じて多層化して層間剥離が生じやすくなり、製品への加工時に特性が低下しやすくなる。このように、特許文献2および3の方法では、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離の問題に対しては改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-30175号公報
【特許文献2】特開2015-45114号公報
【特許文献3】特開2007-224458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような問題を解決し、ナノ繊維本来の特性を損なうことなく、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性に優れた繊維シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、ナノ繊維を含む繊維シートにおいて、該ナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体と、特定のフッ化ビニリデン系共重合体の混合物を含むことによって、上記課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
[1]平均繊維径が20~1000nmであるナノ繊維を含む繊維シートであって、前記ナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体との混合物を含む、繊維シート。
[2]前記フッ化ビニリデン重合体と前記フッ化ビニリデン系共重合体との混合割合(重量比)が50:50~95:5である、[1]に記載の繊維シート。
[3]前記繊維シートが2層以上の積層体である、[1]または[2]に記載の繊維シート。
[4]フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体とを含む紡糸溶液を静電紡糸する、[1]~[3]のいずれかに記載の繊維シートの製造方法。
[5][4]に記載の方法で得られた繊維シートを、さらに循環熱風または輻射熱で熱処理する、繊維シートの製造方法。
[6][1]~[3]のいずれかに記載の繊維シートと多孔層とが積層された、繊維シート複合体。
[7][6]に記載の繊維シート複合体を含むフィルター用濾材。
【発明の効果】
【0010】
本発明の繊維シートはナノ繊維本来の特性を損なうことなく、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が生じにくく、耐加工性に優れる。また、該繊維シートと他素材の密着性に優れるため、多孔層と積層して繊維シート複合体とする際に、接着加工やカレンダー加工などの一体化工程を経ることなく高い生産性と良好な操業性で繊維シート複合体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明の繊維シートは、平均繊維径が20~1000nmであるナノ繊維を含む繊維シートであって、前記ナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体との混合物を含むことを特徴としている。このような構成とすることによって、ナノ繊維本来の特性を損なうことなく、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性に優れた繊維シートを、高い生産性と良好な操業性で得ることが可能となる。
【0013】
<ナノ繊維>
本発明の繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は、20~1000nmであり、30~600nmであることが好ましく、50~300nmであることがさらに好ましい。ナノ繊維の平均繊維径が1000nm以下であれば、比表面積が大きくなり、優れたフィルター性能を有するといったナノ繊維由来の特徴が発揮されやすくなり、20nm以上であれば満足できる単糸強力となり、製品への加工時にナノ繊維の破断や毛羽立ちなどを抑制できる。
【0014】
本発明の繊維シートを構成するナノ繊維は、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体の混合物を含んでいる。このような構成とすることによって、耐薬品性や耐熱性などの耐久性に優れ、細く均一な繊維を形成できるというフッ化ビニリデン重合体の特徴と、柔軟であり、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性に優れるというフッ化ビニリデン系共重合体の特徴を兼ね備えることが可能になると考えられる。ここで、フッ化ビニリデン重合体とは、実質的にフッ化ビニリデンモノマーのみから重合された単独重合体を意味する。また、フッ化ビニリデン系共重合体とは、フッ化ビニリデンと他のモノマーとの共重合体を意味し、フッ化ビニリデンと、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、またはヘキサフルオロプロピレンなどのフッ素系モノマーとの共重合体を例示できる。中でも、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性を向上させる観点から、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合体であることが好ましい。共重合体は、ランダム共重合体であってもブロック共重合体であってもよいが、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性を向上させる観点から、ランダム共重合体であることが好ましい。
【0015】
本発明におけるフッ化ビニリデン系共重合体の融点は150℃以下であり、135℃以下であることが好ましく、125℃以下であることがさらに好ましい。150℃以下の融点を有するフッ化ビニリデン系共重合体を用いることで、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑制し、他素材との密着性を向上させることが可能となる。150℃以下の融点を有するフッ化ビニリデン系共重合体は、熱や溶媒に対する軟化、溶解性が高いため、繊維シートの製造工程でナノ繊維を集積する際に、完全に固化していないやわらかい状態でナノ繊維間またはナノ繊維と他素材が接触して強固に密着することから、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離を抑え、他素材との密着性を向上させることが可能になると考えられる。また、フッ化ビニリデン系共重合体の融点の下限値は、特に限定されないが、60℃以上であることが好ましく、80℃以上であることがより好ましく、100℃以上であることがさらに好ましい。融点が60℃以上であれば、製品への加工の際に、高温条件で加工してもナノ繊維が溶融しにくくなり、ナノ繊維本来の特性を維持しやすくなる。
【0016】
本発明の繊維シートを構成するナノ繊維中のフッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体との混合割合(重量比)としては、特に限定されないが、50:50~95:5であることが好ましく、60:40~93:7であることがより好ましく、75:25~92.5:7.5であることがさらに好ましい。ナノ繊維中のフッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体との混合割合(重量比)が50:50以上であれば、耐薬品性や耐熱性などの耐久性に優れ、細く均一な繊維を得やすく、95:5以下であれば、毛羽立ちや層間剥離の抑制、他素材との密着性に優れる。
【0017】
ナノ繊維の構成成分であるフッ化ビニリデン重合体およびフッ化ビニリデン系共重合体の重量平均分子量は、特に限定されないが、100,000~1,000,000であることが好ましく、200,000~800,000であることがより好ましい。重量平均分子量が100,000以上であれば、ナノ繊維の形成性に優れ、1,000,000以下であれば、溶解性や熱可塑性に優れ、加工が容易になる。
【0018】
ナノ繊維の構成成分であるフッ化ビニリデン重合体の溶融粘度は、特に限定されないが、ASTM D3835に準拠して測定される、溶融温度232℃、せん断速度100sec-1において、2~60kpoiseであることが好ましく、10~50kpoiseであることがより好ましく、20~40kpoiseであることがさらに好ましい。また、フッ化ビニリデン系共重合体の溶融粘度は、特に限定されないが、ASTM D3835に準拠して測定される、溶融温度232℃、せん断速度100sec-1において、0.5~35kpoiseであることが好ましく、2~30kpoiseであることがより好ましく、5~20kpoiseであることがさらに好ましい。
【0019】
ナノ繊維は、特に限定されないが、導電付与剤を含んでもよい。ナノ繊維が導電付与剤を含むことで、ナノ繊維が極細化し、ビーズと呼ばれる数珠状物の発生を抑え均質なナノ繊維を得ることができ、ナノ繊維本来の特性は発揮しやすくなる。さらに、後述する静電紡糸過程での高電圧によってコレクター方向に強く引き付けられて緻密に捕集されるため、ナノ繊維同士またはナノ繊維と他素材との密着性が向上し、毛羽立ちや層間剥離を抑制することができる。導電付与剤は、例えば、ドデシル硫酸ナトリウムなどの陰イオン性界面活性剤、臭化テトラブチルアンモニウムなどの陽イオン界面活性剤、または有機もしくは無機の塩を挙げることが出来る。導電付与剤の濃度は、ナノ繊維の重量に対して、0.1~10重量%であれば、使用に見合う効果が得られる。
【0020】
ナノ繊維は、特に限定されないが、撥水剤が付与されていてもよい。撥水剤が付与されることで、ナノ繊維の撥水性が向上し、吸水や吸湿による特性低下を抑制し、長期間にわたってナノ繊維由来の特性を維持することができる。通常、ナノ繊維に撥水剤を付与すると、毛羽立ちや層間剥離が生じやすくなったり、他素材との密着性が低下したりするが、本発明に用いるナノ繊維は、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体の混合物を含んでいるため、撥水剤を付与しても、良好な耐毛羽立ち性や耐剥離性を備えることができる。撥水剤としては、ナノ繊維に撥水性を付与できるものであれば、特に限定されず、フッ素基含有オリゴマー、フッ素基含有ポリマー、パーフルオロアルキル基を有するフッ素系界面活性剤、パーフルオロアルケニル基を有するフッ素系界面活性剤、シリコーンオリゴマー、シリコーンポリマー、シリコン系シラン化合物、フッ素系シラン化合物、フッ素含有かご型シルセスキオキサン、フッ素変性ポリウレタン、またはシリコン変性ポリウレタンを例示できる。中でも、フッ素基含有ポリマー、フッ素含有かご型シルセスキオキサンまたはフッ素変性ポリウレタンなどのフッ素を含む撥水剤を用いることが、撥水性、作業性、価格の観点から好ましい。撥水剤の濃度は、特に限定されないが、ナノ繊維に対して、0.1~20重量%であることが好ましく、1~15重量%であることがより好ましい。撥水剤の濃度が0.1重量%以上であれば、ナノ繊維に撥水性を付与することができ、20重量%以下であれば、使用量に見合う効果の向上が得られる。撥水剤の付与状態としては、特に限定されず、ナノ繊維中に混合されていても、ナノ繊維表面にコーティングされていてもよい。また、撥水剤の付与方法としては、特に限定されず、紡糸溶液中に撥水剤を分散または溶解させて紡糸する方法であっても、ナノ繊維を得た後に、浸漬法やスプレーコーティング法などの公知の装置・方法を用いて付与してもよい。
【0021】
ナノ繊維は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、他の成分が含まれていてもよく、例えば、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、ポリエチレン、ポリプロピレン、環状ポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ナイロン6、ナイロン6,6、芳香族ポリアミド、ポリウレタン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、セルロース、酢酸セルロース、コラーゲン、グルコマンナン誘導体、キチン、キトサン、ポリリジン、ポリアミド酸、ポリイミド、またはポリビニルホルマールなどの高分子成分、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、イットリウム安定化ジルコニア、チタン酸バリウム、またはハイドロキシアパタイトなどの金属酸化物成分、親水材、耐候剤、安定剤などを含んでいてもよい。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。他の成分の濃度は、特に限定されず、ナノ繊維に対して、0.1~20重量%であってもよい。
【0022】
<繊維シート>
本発明の繊維シートは、上述したナノ繊維を含んでいることから、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が抑制され、他素材との密着性に優れたものとなる。
【0023】
繊維シートは、上述したナノ繊維を含んでいればよく、その目付は限定されるものではないが、ナノ繊維の特性を発揮しやすくするために、0.01~20g/m2であることが好ましく、0.1~5g/m2であることがより好ましく、0.2~3g/m2であることがさらに好ましい。また、ナノ繊維シートの厚みも特に限定されず、0.5~100μmであることが好ましく、1~50μmであることがより好ましく、2~30μmであることがさらに好ましい。
【0024】
繊維シートは、本発明の効果を損なわない範囲で、上述したナノ繊維以外の繊維が積層または混繊されていてもよい。例えば、フッ化ビニリデン重合体のみからなる平均繊維径が10nm~10μmの繊維と、フッ化ビニリデン重合体と融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体との混合物を含み、平均繊維径が20~1000nmのナノ繊維とが、重量比で1:10~10:1で積層または混繊されている繊維シートが挙げられる。
【0025】
本発明の繊維シートは、単層であっても、2層以上の繊維シートが積層されていてもよい。本発明の繊維シートは、繊維シート間が層間剥離しにくいという効果を奏するため、2層以上に積層されていても、製品への加工時に層間剥離が生じにくく特性が低下しにくくなる。2層以上の繊維シートが積層されている場合、各層が上述したナノ繊維を含んでいれば特に限定されず、各層で同一のナノ繊維を含んでもよく、平均繊維径や構成成分(例えば、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体との混合割合や各種添加剤の種類や含有量など)が異なるナノ繊維を含んでもよい。
【0026】
本発明の繊維シートは、多孔層と積層することで、繊維シート複合体とすることができる。繊維シート複合体は、多孔層によって、力学強度、耐摩耗性、加工性、プリーツ特性などの各種特性を繊維シートに付与することができる。また、本発明の繊維シートは他素材との密着性に優れているため、接着加工やカレンダー加工などの一体化工程を経なくても多孔層と一体化することができ、製造工程を簡略化することができる。
【0027】
<多孔層>
本発明の繊維シート複合体に用いる多孔層は、上述したナノ繊維を含んでいないものであれば特に限定されず、織物、編み物、不織布、抄紙、フェルト、ネットまたは微多孔フィルムを例示できるが、加工性や入手しやすさの点から、不織布であることが好ましい。不織布としては、特に限定されず、サーマルボンド不織布、熱カレンダー不織布、スルーエアー不織布、エアレイド不織布、スパンレース不織布、ニードルパンチ不織布、湿式不織布、スパンボンド不織布、メルトブローン不織布、ケミカルボンド不織布、フラッシュ紡糸不織布、または静電紡糸不織布を例示できる。一般に、ナノ繊維は、繊維径が小さいために単糸あたりの強力が小さく、また、小さい目付で十分な機能を発現するために、製品加工に供される繊維シートの目付は低く、シート強力が小さいという特徴があり、これは製品に加工する際の加工性低下に繋がっていた。係る観点から、繊維シートの力学強度の低さを、多孔層の力学強度で補うことが好ましく、多孔層を構成する繊維の平均繊維径は1~100μmであり、3~50μmであることが好ましく、5~40μmであることがより好ましい。平均繊維径が1μm以上であれば、繊維シートの強度や剛性不足を補い、製品への加工性に優れる積層体が得られ、100μm以下であれば、多孔層と繊維シートとの接触面積が増加することによって、耐剥離性が向上する。
【0028】
多孔層を構成する成分としては、特に限定されず、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン系樹脂、ポリエチレンテレフタレートやポリ乳酸などのポリエステル系樹脂、ナイロン6やナイロン6,6などのポリアミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリフッ化ビニリデンやポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、セルロールや酢酸セルロースなどのセルロース系素材を例示できる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。この中でも、繊維シート複合体に機械的特性や剛性を付与し、製品への加工性を向上させる観点から、多孔層を構成する成分としては、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂またはセルロース系素材を30重量%以上含むことが好ましく、50重量%以上含むことがより好ましい。また、加工性や入手しやすさから、ポリオレフィン系樹脂としてはポリエチレンまたはポリプロピレンであることが好ましく、ポリエステル系樹脂としてはポリエチレンテレフタレートであることが好ましく、セルロース系素材としてはセルロースであることが好ましい。
【0029】
多孔層が不織布である場合、不織布を構成する繊維としては、単成分繊維であっても複合繊維であってもよいが、複合繊維を用いると、熱処理などの後加工によって繊維シートとの密着性を向上させることができるため好ましい。複合繊維としては、複数成分のブレンド、または、同心鞘芯型、偏心鞘芯型、並列型、海島型、もしくは放射状型などの複合形態を有していてもよい。また、融点差がある2種類以上の素材からなる複合繊維としてもよく、高融点成分としては、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ナイロン6、ナイロン6,6、ポリ-L-乳酸を例示でき、低融点成分としては、低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート共重合体、ポリ-DL-乳酸、ポリプロピレン共重合体、ポリプロピレンを例示できる。複合繊維の高融点成分と低融点成分の融点差は、特に限定されないが、熱処理の加工温度幅を広くするためには、15℃以上であることが好ましく、30℃以上であることがより好ましい。
【0030】
不織布を構成する繊維の断面形状としては、特に限定されず、円形、楕円形、扁平形、半円形、星形、三角形、四角形、五角形、多葉形、アレイ形、T字形、または馬蹄形を例示できるが、繊維シートとの密着性を向上させるという観点から、楕円形、扁平形、または半円形であることが好ましい。楕円形、扁平形、または半円形の断面形状を有する繊維を含む不織布は、例えば、断面形状が楕円形、扁平形、または半円形の繊維をウェブ状にした後、熱や接着剤により接着する方法や、断面形状が円形の繊維から構成される不織布を熱カレンダー加工する方法によって得ることができる。また、本発明の効果を妨げない範囲で、繊維の表面が繊維仕上げ剤で処理されていてもよく、これによって親水性や撥水性、制電性、表面平滑性、耐摩耗性などの機能を付与することができる。また、本発明の効果を損なわない範囲で、繊維径や性状などが異なる複数の繊維が積層されていても、混繊されていてもよい。
【0031】
多孔層は、本発明の効果を妨げない範囲で、抗菌剤や消臭剤、帯電防止剤、導電材料、蛍光材料、平滑剤、親水剤、撥水剤、酸化防止剤、耐候剤、界面活性剤、電荷安定剤などの添加剤を適宜必要に応じて含有してもよい。
【0032】
多孔層は、特に限定されないが、エンボス点や賦形といった凹凸形状を有していてもよい。一般的には、エンボス点や賦形といった凹凸形状を有している多孔層は、繊維シートとの接触面積が小さいため、剥離しやすいものであったが、本発明の繊維シートは他素材との密着性に優れることから、エンボス点や賦形といった凹凸形状を有していても一体化しやすくなる。
【0033】
多孔層の目付は、特に限定されないが、5~150g/m2であることが好ましく、10~105g/m2であることがより好ましく、15~85g/m2であることがさらに好ましい。多孔層の目付が5g/m2以上であれば、繊維シート複合体の剛性を高め、製品への加工性を向上させることができ、150g/m2以下であれば、ナノ繊維由来の特性を妨げにくくなる。
【0034】
多孔層の厚みは、特に限定されないが、0.01~1mmであることが好ましく、0.05~0.8mmであることがより好ましい。上記範囲であれば、繊維シート複合体の剛性を高め、製品への加工性を向上させることができる。
【0035】
多孔層の比容積は、特に限定されないが、1~10cm3/gであることが好ましく、2~8cm3/gであることが好ましく、3~6cm3/gであることがより好ましい。多孔層の比容積が10cm3/g以下であれば満足できる耐剥離性が得られ、1cm3/g以上であればナノ繊維由来の特性を妨げにくくなる。
【0036】
<繊維シート複合体>
本発明の繊維シート複合体は、上述した繊維シートと多孔層とが積層されていることから、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が抑制され、また力学強度や剛性に優れるため、製品への加工性が良好なものである。また、接着加工やカレンダー加工などの一体化工程を経なくても、繊維シートと多孔層との密着性に優れているため、高い生産性と良好な操業性で繊維シート複合体を製造することが可能となる。
【0037】
繊維シート複合体の目付は、特に限定されないが、5~200g/m2であることが好ましく、10~150g/m2であることがより好ましく、15~120g/m2であることがさらに好ましい。繊維シート複合体の目付が5g/m2以上であれば、繊維シート複合体の剛性が高まり、製品への加工性を向上させることができ、200g/m2以下であれば、例えば、フィルター濾材やマスク、吸音材などとして用いる場合、軽量化することができる。また、繊維シート複合体の厚みは、特に限定されないが、0.01~2mmであることが好ましく、0.05~1.5mmであることがより好ましく、0.06~1mmであることがさらに好ましい。繊維シート複合体の厚みが0.01mm以上であれば、繊維シート複合体の剛性が高まり、製品への加工性を向上させることができ、2mm以下であれば、例えば、フィルター濾材やマスク、吸音材などとして用いる場合、省スペース化することができる。
【0038】
繊維シート複合体は、本発明の効果を著しく損なわない範囲であれば、制電加工、撥水加工、親水加工、抗菌加工、紫外線吸収加工、近赤外線吸収加工、またはエレクトレット加工などを目的に応じて施されていてもよい。本発明の繊維シート複合体は、十分な力学強度と適度な剛性を有しており、静電加工、撥水加工、親水加工、制菌加工、紫外線吸収加工、近赤外線吸収加工、またはエレクトレット加工などの二次加工性に優れるという効果も奏する。
【0039】
本発明の繊維シート複合体は、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が抑制され、繊維シートと多孔層との密着性や力学強度に優れ、接着剤などの成分が少ないため、特に限定されないが、高性能のフィルター用濾材として好適に用いることができる。濾過の対象物は特に限定されるものではなく、エアコンやクリーンルームなどで使用されるエアフィルター用濾材であってもよく、排水や塗料、研磨粒子などの濾過に使用される液体フィルター用濾材であってもよい。フィルターの種類も特に限定されるものではなく、平膜型フィルターであってもよく、プリーツ加工したプリーツフィルターであってもよく、円筒状に巻き上げたデプスフィルターであっても何ら問題ない。
【0040】
繊維シート複合体をエアフィルター用濾材として用いる場合、空気を流速5.3cm/秒で通過させたときの圧力損失が10~1500Paであることが好ましく、20~300Paであることがより好ましく、50~200Paであることがさらに好ましい。圧力損失が10Pa以上であれば十分な捕集効率が得られ、1500Pa以下であれば気体フィルターの通気性が高まり、消費電力の低減やファンへの負荷低減などの効果を奏する。また、粒子径0.1~0.3μm程度の粒子を含む空気を5.3cm/秒で通過させたときの該粒子の捕集効率は、80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。さらに、QF値(=log(1-捕集効率/100)/圧力損失×1000)は、12以上であることが好ましく、15以上であることがより好ましい。QF値はエアフィルターの捕集性能の大小を示す指標として使用されている値であり、QF値が大きいほど高性能であることを意味する。
【0041】
<繊維シートの製造方法>
本発明の繊維シートの製造方法は、特に限定されず、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体とを含む紡糸溶液から、エアー、遠心力、または静電力などを用いた紡糸方法を例示できるが、中でも静電力を用いた静電紡糸法を用いることが、ナノ繊維の直径を小さくかつ均一にできるため好ましい。
【0042】
静電紡糸法とは、紡糸溶液を吐出させるとともに、電界を作用させて、吐出された紡糸溶液を繊維化し、コレクター上に繊維径が非常に小さい繊維を得る方法である。例えば、紡糸溶液をノズルから押し出すとともに電界を作用させて紡糸する方法、紡糸溶液を泡立たせるとともに電界を作用させて紡糸する方法、円筒状電極の表面に紡糸溶液を導くとともに電界を作用させて紡糸する方法を挙げることができる。
【0043】
紡糸溶液としては、曳糸性を有するものであれば、特に限定されないが、例えば、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体とを溶媒に分散または溶解させたもの、またはフッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体とを熱やレーザー照射などによって溶融混練させたものを用いることができるが、本発明の繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径を小さくかつ均一にする観点から、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体とを溶媒に溶解させた紡糸溶液を用いることが好ましい。
【0044】
フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体を分散または溶解させる溶媒としては、特に限定されず、水、メタノール、エタノール、プロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、シクロヘキサノン、γ-ブチロラクトン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルプロピオンアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、トリエチルホスフェート、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルメチルエーテル、トルエン、キシレン、ピリジン、蟻酸、酢酸、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、クロロホルム、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロパノールを例示できるが、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体の溶解性の観点から、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルプロピオンアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、トリエチルホスフェート、アセトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、シクロヘキサノン、またはγ-ブチロラクトンを含むことが好ましい。これら溶媒は、1種類で使用してもよく、2種類以上を任意の割合で混合して使用してもよい。
【0045】
上述した導電付与剤や撥水剤などの添加剤は、特に限定されないが、紡糸溶液に含有させることが好ましい。紡糸溶液に含有させることで、ナノ繊維中に添加剤を均一に付与することができ、また、添加剤付与工程を経ることなく各種機能を付与できるため好ましい。添加剤の含有量は、種類や目的とする効果によって適宜選択すればよく、紡糸溶液に対して0.001~5重量%であれば、使用に見合う効果が得られるため好ましい。
【0046】
紡糸溶液の調製方法としては、特に限定されず、撹拌や超音波処理などの方法を挙げることができる。また、混合の順序も特に限定されず、各成分を同時に混合しても、逐次に混合してもよい。撹拌により紡糸溶液を調製する場合の撹拌温度や撹拌時間は、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体とを十分に混合することが出来れば特に限定させず、例えば、40~120℃にて、1~24時間程度撹拌してもよい。
【0047】
紡糸溶液の粘度としては、特に限定されないが、10~10000cPであることが好ましく、50~8000cPであることがより好ましく、200~5000cPであることがさらに好ましい。紡糸溶液の粘度が10cP以上であれば、良好な曳糸性と紡糸安定性が得られ、10000cP以下であれば、紡糸溶液の調製や静電紡糸時の吐出が容易となる。紡糸溶液の粘度は、フッ化ビニリデン重合体やフッ化ビニリデン系共重合体の分子量や濃度、溶媒の種類や混合率を適宜変更することで調整することができる。
【0048】
紡糸溶液の温度は、常温で紡糸してもよく、加熱や冷却をしながら、例えば、0~200℃にして紡糸してもよい。紡糸溶液を吐出させる方法としては、例えば、ポンプを用いてシリンジやタンクに充填した紡糸溶液をノズルから吐出させる方法を挙げることができる。ノズルの内径は、特に限定されず、0.1~1.5mmを例示できる。また、紡糸溶液の単孔送液量としては、特に限定されず、0.1~20mL/hrを例示できる。
【0049】
電界を作用させる方法としては、安定に静電紡糸できる方法であれば特に限定されず、例えば、ノズルまたは紡糸溶液に高電圧を印加させてコレクターを接地してもよい。印加させる電圧は、繊維が形成でき、かつ安定に紡糸できる範囲であれば特に限定されず、5~100kVを例示できる。また、ノズルとコレクターとの距離(紡糸距離)は、溶媒が十分に揮発する範囲であれば特に限定されず、50~1000mmを例示できる。また、電界強度としては、特に限定されないが、1~10kV/cmであることが好ましく、2~5kV/cmであることがより好ましい。電界強度が1kV/cm以上であれば、繊維シート間や繊維シートと多孔層との耐剥離性を向上させることができ、10kV/cm以下であれば、繊維シートの空隙率を高くすることができ、高い比表面積と高い通気度を両立しやすくなる。コレクターの素材は、静電紡糸されたナノ繊維を捕集できるものであれば、特に限定されないが、金属などの導電性材料を好適に用いることができる。コレクターの形状としては、特に限定されないが、コンベア状のコレクターを用いて、繊維シートを連続的に製造することが好ましい。
【0050】
静電紡糸する際の雰囲気温湿度は管理されていることが好ましく、その範囲としては特に限定されず、20~30℃、 25~45RH%を例示できる。この温湿度範囲であれば年間を通して比較的容易に管理することが可能で、雰囲気温湿度の変化による紡糸挙動の変化や、得られる繊維シートの物性変化を生じ難くなる。
【0051】
繊維シートが2層以上の積層体の場合、コンベア状のコレクターを用い、コンベアの進行方向にノズルを2列以上配置し、静電紡糸する方法を例示できる。この際、繊維シートの均一性の観点から、ノズルをコンベア進行方向に対して垂直方向(繊維シートの幅方向)にトラバースさせながら静電紡糸することが好ましい。また、各列から吐出される紡糸溶液は同一であっても異なっていてもよい。紡糸溶液が同一の場合、同じ物性の繊維シートの積層体が得られ、紡糸溶液が異なっている場合、異なる物性の繊維シートの積層体が得られる。例えば、導電付与剤や撥水剤などの添加剤の含有量、フッ化ビニリデン重合体やフッ化ビニリデン系共重合体の濃度、溶媒の種類などを目的とする物性に合わせて適宜変更することができる。
【0052】
<繊維シート複合体の製造方法>
本発明の繊維シート複合体の製造方法は、特に限定されず、多孔層上に繊維シートを静電紡糸する方法、繊維シートと多孔層をそれぞれ準備し、加熱したフラットロールやエンボスロールによる熱圧着処理やホットメルト剤や化学接着剤により接着処理する方法を例示できるが、製造工程の簡略化の観点から、多孔層上に繊維シートを静電紡糸する方法が好ましい。本発明の繊維シートが他素材との密着性に優れるという特徴を有するところ、熱圧着処理や接着処理を施すことなく、繊維シートと多孔層とが十分に密着した繊維シート複合体を得ることが可能である。
【0053】
本発明の繊維シート複合体は、繊維シート間や繊維シートと多孔層との耐剥離性をさらに高める目的で、循環熱風または輻射熱による熱処理を施してもよい。フラットロールやエンボスロールによる熱圧着処理の場合、繊維シートが溶融し、フィルム化したり、エンボス点周辺部分に破れが発生したりするなど、少なからずダメージを受けてしまう。例えば、ダメージがあると、繊維シート複合体を気体フィルター濾材として使用する場合には、溶融フィルム化によって通気度が低下したり、破れによって捕集特性が低下したりするなどの性能低下を生じやすい。また、ホットメルト剤や化学接着剤による接着の場合には、該成分によって繊維シートの繊維間空隙が埋められ、やはり性能低下を生じやすい。一方で、循環熱風または輻射熱による熱処理を施した場合には、繊維シートへのダメージがほとんどなく、かつ十分な耐剥離性を付与できるため好ましい。
【0054】
循環熱風または輻射熱による熱処理を行う場合には、特に限定されないが、多孔層を構成する繊維が熱接着性複合繊維を含むことが好ましい。熱接着性複合繊維の低融点成分の融点は、特に限定されないが、熱処理加工条件幅を広げるという観点から、本発明に用いるフッ化ビニリデン重合体の融点よりも20℃以上低いことが好ましく、30℃以上低いことがより好ましい。また、循環熱風または輻射熱による熱処理温度も特に限定されないが、本発明に用いるフッ化ビニリデン重合体の融点未満の範囲で、耐剥離性と目的とする特性のバランスを見ながら、設定することができる。
【実施例0055】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はそれらによって限定されるものではない。尚、実施例中に示した物性値の測定方法または定義を以下に示す。
【0056】
<フッ化ビニリデン重合体およびフッ化ビニリデン系共重合体の融点>
PerkinElmer社製のDSC測定装置(DSC8500)を使用して、室温から230℃の温度範囲で、昇降温速度10℃/min、窒素雰囲気下の条件で測定し、その2nd runにおける融解ピークトップの温度を融点(℃)とした。
<ナノ繊維および多孔層を構成する繊維の平均繊維径>
日立株式会社の走査型電子顕微鏡(SU-8000)を使用して、繊維シートおよび多孔層を500~30000倍で観察し、画像解析ソフトを用いて繊維50本以上の繊維径を測定し、その平均値を平均繊維径とした。
<フィルター性能>
TSI社製のフィルター効率自動検出装置(Model8130)を使用して、塩化ナトリウム(粒子径:0.07μm(個数中央径)、粒子濃度:20mg/m3)を測定流速5.3cm/秒でサンプルを通過させたときの圧力損失および捕集効率を測定した。
<加工性>
繊維シート複合体を加工ラインへ通過させたときの毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離度合、および繊維シートと多孔層との密着度合を目視で判断し、以下のように、◎、○、×の3段階で加工性を評価した。
◎:加工ラインを通過させたときに、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できるレベルである。
○:加工ラインを通過させたときに、毛羽立ちはわずかに発生するが、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層との剥離は見られず、許容できるレベルである。
×:加工ラインを通過させたときに、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離または繊維シートと多孔層の剥離などにより特性が低下し、製品へ加工することができない。
【0057】
[実施例1]
ソルベイスペシャルティポリマーズ社製のフッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010;融点:170℃)19重量部、アルケマ社製のフッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500;フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのランダム共重合体、融点:125℃)1重量部、N,N-ジメチルアセトアミド80重量部、導電付与剤としてドデシル硫酸ナトリウム0.05重量部、撥水剤としてフルオロオクチルシルセスキオキサン(エヌビーディナノテクノロジーズ社製)1重量部を混合し、紡糸溶液を調製した。
捕集部として、コンベア状コレクターを用い、コレクター表面にポリエチレンテレフタレート共重合体とポリエチレンテレフタレートを含む熱接着性複合繊維(平均繊維径:約40μm)からなる不織布(厚み:約0.3mm、目付:約80g/m2)を多孔層として取り付けた。次いで、内径0.3mm、孔数12のノズルを、コンベアの進行方向にそれぞれの間隔が380mmとなるように3基設置し、コンベアの進行方向に対して垂直方向にノズルをトラバースさせながら、多孔層上に静電紡糸を行い、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。本実施例の紡糸条件は、ポンプを用いた各ノズルへの単孔送液量は2.4mL/hr、印加電圧は45kV、紡糸距離は100mm、ノズルのトラバース幅は170mm、トラバース速度は150mm/秒、紡糸空間は気温25℃および湿度30RH%とし、繊維シートの目付が1.7g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して静電紡糸を行った。
繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は110nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が140.0Pa、捕集効率が99.99%であった。また、加工ラインへ通過させた際には毛羽立ちがわずかに発生したが、繊維シート間の層間剥離や繊維シートと多孔層の剥離は見られず、許容できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が142.5Pa、捕集効率が99.94%であった。
【0058】
[実施例2]
フッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)を18.5重量部、フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)を1.5重量部に変えたこと以外は実施例1と同様に、紡糸溶液を調製した。次いで、ポンプを用いた各ノズルへの単孔送液量を0.8mL/hrに変えた以外は実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.8g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は110nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が114.6Pa、捕集効率が99.98%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が117.2Pa、捕集効率が99.96%であった。
【0059】
[実施例3]
フッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)を16.5重量部、フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)を3.5重量部に変えたこと以外は実施例1と同様に、紡糸溶液を調製した。次いで、ノズルのトラバース速度を220mm/秒に変えた以外は実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.7g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は110nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が44.3Pa、捕集効率が98.0%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が42.1Pa、捕集効率が96.0%であった。
【0060】
[実施例4]
フッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)を15重量部、フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)を5重量部に変えたこと以外は実施例1と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例3と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.4g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は130nmであり、、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が46.5Pa、捕集効率が98.3%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が42.1Pa、捕集効率が95.2%であった。
【0061】
[実施例5]
フッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)を10重量部、フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)を10重量部に変えたこと以外は実施例1と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、ポンプを用いた各ノズルへの単孔送液量を3.2mL/hrに変えた以外は実施例3と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.3g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は120nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が38.3Pa、捕集効率が96.7%であった。また、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体の割合が増えたため、ナノ繊維の耐久性がやや低くなり、加工ラインへ通過させた際にはわずかに毛羽立ちが見られたが、層間剥離は見られず許容できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が35.0Pa、捕集効率が93.7%であった。
【0062】
[実施例6]
フッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)を18重量部、フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)を2重量部に変えたこと以外は実施例1と同様にして、紡糸溶液を調製した。
捕集部として、コンベア状コレクターを用い、コレクター表面にポリエチレンテレフタレート共重合体とポリエチレンテレフタレートを含む熱接着性複合繊維(平均繊維径:約40μm)からなる不織布(厚み:約0.3μm、目付:約80g/m2)を多孔層として取り付けた。次いで、内径0.3mm、孔数12のノズルを1基設置し、コンベアの進行方向に対して垂直方向にノズルをトラバースさせながら、多孔層上に静電紡糸を行い、単層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。本実施例の紡糸条件は、ポンプを用いた各ノズルへの単孔送液量は1.6mL/hr、印加電圧は45kV、紡糸距離は100mm、ノズルのトラバース幅は110mm、トラバース速度は150mm/秒、紡糸空間は気温25℃および湿度30RH%とし、繊維シートの目付が0.6g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して静電紡糸を行った。
繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は100nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が102.0Pa、捕集効率が99.93%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ちおよび繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が101.4Pa、捕集効率が99.87%であった。
【0063】
[実施例7]
フッ化ビニリデン系共重合体をアルケマ社製の商品名:KynarADS2(フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのランダム共重合体、融点:115℃)に変えたこと以外は実施例6と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例6と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.5g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、単層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が100nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が105.0Pa、捕集効率が99.92%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ちおよび繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であった。
【0064】
[実施例8]
フッ化ビニリデン系共重合体をアルケマ社製の商品名:KynarUltraFlexB(フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのランダム共重合体、融点:105℃)に変えたこと以外は実施例6と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例6と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.6g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、単層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が100nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が103.0Pa、捕集効率が99.92%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ちおよび繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であった。
【0065】
[実施例9]
フッ化ビニリデン系共重合体をアルケマ社製の商品名:Kynar2800(フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのランダム共重合体、融点:145℃)に変えたこと以外は実施例6と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例6と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.6g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、単層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が100nmであり、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が98.0Pa、捕集効率が99.89%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ちがわずかに発生したが、繊維シートと多孔層の剥離は見られず、許容できる加工性であった。
【0066】
[実施例10]
実施例1で作製した繊維シート複合体を、さらに、100℃の循環熱風で熱処理した。熱処理後の繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が160.0Pa、捕集効率が99.99%であった。また、加工ラインへ通過させた際には、毛羽立ち、繊維シート間の層間剥離および繊維シートと多孔層の剥離が全く発生せず、満足できる加工性であり、加工後のフィルター性能は、圧力損失が160.0Pa、捕集効率が99.91%であった。
【0067】
[比較例1]
ソルベイスペシャルティポリマーズ社製のフッ化ビニリデン重合体(商品名:Solef6010)20重量部、N,N-ジメチルアセトアミド80重量部、導電付与剤としてドデシル硫酸ナトリウム0.05重量部、撥水剤としてフルオロオクチルシルセスキオキサン1重量部を混合し、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.8g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が110nmであった。また、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が123.4Pa、捕集効率が99.97%であったが、加工ラインへ通過させた際に繊維シート最上層の剥離が確認され、製品への加工ができなかった。
【0068】
[比較例2]
比較例1と同様に、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例6と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.5g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、単層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径は120nmであった。また、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が96.0Pa、捕集効率が99.82%であったが、加工ラインへ通過させた際には、圧力損失が93.2Pa、捕集効率が95.3%となり、フィルター性能が著しく低下してしまった。
【0069】
[比較例3]
フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2800)20重量部、N,N-ジメチルアセトアミド80重量部、導電付与剤としてドデシル硫酸ナトリウム0.05重量部、撥水剤としてフルオロオクチルシルセスキオキサン1重量部を混合し、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.9g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が120nmであり、繊維シート複合体の圧力損失が160.0Pa、捕集効率が99.99%であった。しかしながら、ナノ繊維が融点150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体からなるために耐久性に乏しく、加工ラインへ通過させた際には、圧力損失が134.9Pa、捕集効率が99.77%となり、フィルター性能が大きく低下してしまった。
【0070】
[比較例4]
フッ化ビニリデン系共重合体(商品名:Kynar2500)20重量部、N,N-ジメチルアセトアミド56重量部、テトラヒドロフラン24重量部を混合し、紡糸溶液を調製した。次いで、紡糸距離を180mmに変えた以外は実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が2.4g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が260nmであり、繊維シート複合体の圧力損失が140.0Pa、捕集効率が99.63%であった。しかしながら、ナノ繊維が融点150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体からなるために耐久性に乏しく、加工ラインへ通過させた際には、圧力損失が104.9Pa、捕集効率が96.3%となり、フィルター性能が著しく低下してしまった。
【0071】
[比較例5]
アルケマ社製のフッ化ビニリデン共重合体(商品名:Kynar3120;フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのブロック共重合体、融点:165℃)16重量部、N,N-ジメチルホルムアミド58.8重量部、アセトン25.2重量部、導電付与剤としてドデシル硫酸ナトリウム0.02重量部を混合し、紡糸溶液を調製した。次いで、ポンプを用いた各ノズルへの単孔送液量を3.0mL/hr、紡糸距離を125mmに変えた以外は実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が1.0g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。繊維シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が120nmであった。また、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が125.0Pa、捕集効率が99.85%であったが、加工ラインへ通過させた際に繊維シート最上層の剥離が確認され、製品への加工ができなかった。
【0072】
[比較例6]
フッ化ビニリデン系共重合体をアルケマ社製の商品名:Kynar2850(フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとのランダム共重合体、融点:155℃)に変えたこと以外は実施例6と同様にして、紡糸溶液を調製した。次いで、実施例1と同様の紡糸条件とし、繊維シートの目付が0.6g/m2になるようにコンベア状コレクターによる多孔層の送り速度を調節して、3層の繊維シートと多孔層とが積層された繊維シート複合体を作製した。シートを構成するナノ繊維の平均繊維径が100nmであった。また、繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が110.0Pa、捕集効率が99.92%であったが、加工ラインへ通過させた際に繊維シート最上層の剥離が確認され、製品への加工ができなかった。
【0073】
[比較例7]
比較例6で作製した繊維シート複合体を、さらに、100℃の循環熱風で熱処理した。熱処理後の3層の繊維シート複合体のフィルター性能は、圧力損失が120.0Pa、捕集効率が99.5%であったが、加工ラインへ通過させた際に繊維シート最上層の剥離が確認され、製品への加工ができなかった。
【0074】
以上の実施例および比較例の結果について、表1~3にまとめる。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
表1~3の結果から分かる通り、繊維シートを構成するナノ繊維が、フッ化ビニリデン重合体からなる場合(比較例1および2)、フッ化ビニリデン系共重合体からなる場合(比較例3~5)、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃を超えるフッ化ビニリデン系共重合体の混合物の場合(比較例6および7)では、製品加工時において、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離、耐久性の問題から性能低下を伴うものであるが、フッ化ビニリデン重合体と、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体の混合物を含む実施例1~10は、良好な加工性を有し、製品加工時における性能低下が小さいものである。また、実施例6~9の比較において、融点が低いフッ化ビニリデン系共重合体を用いる方が、加工性が改善される傾向であることが分かる。また、実施例1~5の比較において、フッ化ビニリデン重合体とフッ化ビニリデン系共重合体との混合割合(重量比)が、75:25~92.5:7.5の場合に、加工性が改善される傾向であることが分かる。また、実施例1に対して、さらに循環熱風で熱処理した実施例10は、加工性が改善される傾向であることが分かる。一方、比較例7では、融点が150℃以下のフッ化ビニリデン系共重合体を含んでいないため、さらに循環熱風で熱処理しても、加工性は改善されないことが分かる。
本発明の繊維シートは、ナノ繊維本来の特性を損なうことなく、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が生じにくく、他素材との密着性に優れている。また、本発明の繊維シート複合体は、毛羽立ちや繊維シート間の層間剥離が生じにくく、接着加工やカレンダー加工などの一体化工程を経ることなく繊維シートと多孔層との密着性に優れるため、高い生産性と良好な操業性で繊維シート複合体を提供することができることから、フィルター用濾材や吸音材、マスク、防水透湿膜、二次電池用セパレータ、センサー材、細胞培養基材などとして好適に使用することができる。