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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023142443
(43)【公開日】2023-10-05
(54)【発明の名称】電解質分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20230928BHJP
   G01N 27/26 20060101ALI20230928BHJP
   G01N 27/28 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
G01N27/416 351K
G01N27/26 371D
G01N27/26 371F
G01N27/28 321
G01N27/416 351B
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022049361
(22)【出願日】2022-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岸岡 淳史
(72)【発明者】
【氏名】松下 祐福
(72)【発明者】
【氏名】三宅 雅文
(57)【要約】
【課題】妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる電解質分析装置を提供する。
【解決手段】イオン選択性電極を有し、電位計測を用いる電解質分析装置において、妨害イオンに対する経時的な電位変化の関係を格納した記憶部を有しており、前記イオン選択性電極に検体が接液した後、前記検体の液静止中に前記イオン選択性電極から得られる経時的な電位変化に基づき、前記妨害イオンの影響を検知する妨害イオン解析部を有する。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン選択性電極を有し、電位計測を用いる電解質分析装置において、
妨害イオンに対する経時的な電位変化の関係を格納した記憶部を有しており、
前記イオン選択性電極に検体が接液した後、前記検体の液静止中に前記イオン選択性電極から得られる経時的な電位変化に基づき、前記妨害イオンの影響を検知する妨害イオン解析部を有する
ことを特徴とする、電解質分析装置。
【請求項2】
前記妨害イオン解析部は、電位波形の変化の方向に基づき、前記妨害イオンの種類を特定することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項3】
前記妨害イオン解析部は、電位波形の変化の傾きに基づき、前記妨害イオンの濃度を算出することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項4】
前記電解質分析装置は、測定対象イオンの濃度を算出する濃度算出部を有しており、
前記濃度算出部は、前記妨害イオン解析部によって検知された前記影響に基づき、前記影響を補正して測定対象イオンの濃度を算出する
ことを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項5】
測定対象イオンが陰イオンであることを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項6】
前記妨害イオン解析部は、
前記イオン選択性電極の電位波形と、
測定対象イオンとは異符号のイオンに応答する電極の電位波形と、
を比較することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項7】
前記イオン選択性電極がフロー型イオン選択性電極であることを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項8】
前記イオン選択性電極の感応膜に、高密度の固定電荷を有する膜が用いられることを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項9】
前記イオン選択性電極の感応膜がイオン交換膜を含むことを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項10】
前記イオン選択性電極は内部液を有しており、前記内部液には測定対象イオンが高濃度で含まれることを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項11】
測定対象イオンを含む液を定期的に測定することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項12】
前記妨害イオンの影響の検知結果を表示する出力部を有することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項13】
前記イオン選択性電極が有する特性を前記記憶部に入力するために用いられる入力部を有することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項14】
前記検体に関する情報を前記記憶部に入力するために用いられる入力部を有することを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【請求項15】
異なる特性を有するN個の前記イオン選択性電極を搭載しており、
各前記イオン選択性電極から得られる経時的な電位波形に基づき、N+1個以上のイオン種についてのイオン濃度を測定する
ことを特徴とする、請求項1に記載の電解質分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電解質分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電位計測(ポテンショメトリック)によって分析する電解質濃度分析装置では、イオン選択性電極(イオン電極)のイオン感応膜と試料液(検体)との固液界面に生じた電位を取得し、濃度に換算することで分析している。このイオン感応膜と試料液との固液界面に生じる電位は、試料液中の測定対象イオン活量によって変化する(ネルンスト応答)。その測定の簡便さから、イオン選択性電極は、食品や工場用水・排水、生体試料などの液体試料中の電解質濃度分析で利用されている。電位を取得する際は、電極のイオン感応膜に試料液を接触させ、電位が安定したタイミングで計測する。
【0003】
通常、イオン選択性電極の測定対象イオンは特定の1種類であり、複数種イオンを検出するには、同数の電極が必要となる。また、イオン選択性電極は、測定対象イオン以外のイオンの影響を受け難いよう、イオン選択性を高めた電極が好適とされる。しかし、陰イオン選択性電極は技術的にイオン選択性の向上が難しく、陽イオン選択性電極に比べ妨害イオンの影響を受けやすい。
【0004】
生化学自動分析装置に搭載される電解質濃度測定装置を例に説明する。そこで分析される検体は、血清などの生体試料であるため、検体中のイオン種やイオン濃度がある程度決まっており、イオン濃度の比較的小さな違いを高スループットで分析することが求められる。生化学分析における電解質項目で良く実施される項目はNa,K,Clイオンの3種類である。
【0005】
NaイオンやKイオンなどの陽イオンに関しては、高いイオン選択性を有するイオン感応膜が知られており、妨害イオンの影響を受け難い。一方で、Clイオンなどの陰イオン選択性電極は、親水性イオンと親油性イオンの両方に対して影響を受け難いイオン感応膜を作るのは技術的に難しい。そのため、測定方法を工夫することで、分析精度を向上させている。
【0006】
例えば、妨害イオンを含んだ検体の標準的な条件のマトリックスを使ってキャリブレーションする方法がある。しかし、この方法でも、通常とは異なる濃度や種類の妨害イオンを有する検体の場合は、妨害イオンの影響をキャンセルできずに、イオン濃度分析結果に影響する可能性がある。例えば、凍結乾燥させたコントロール血清(重炭酸イオン(HCO )濃度が低い)や、通常含まないイオンを含有した薬剤を投与中の患者検体などである。
【0007】
このような、妨害イオンの種類や濃度がイレギュラーな検体にも対応できる技術として特許文献1~3のような技術が開示されている。
【0008】
特許文献1では、「塩素イオン選択性電極であるベース電極の他に、ベース電極よりも親油性のイオンに対する選択係数の大きい第1の補助電極と、親水性のイオンに対する選択係数の大きい第2の補助電極を備え、補助電極による測定値が、ベース電極の測定値より大きな値で、差が設定値を越えるとアラームを発生する。」という技術が開示されている。
【0009】
また、特許文献2では、「液体を複数の電極と接触させることを含み、各電極は、液体中の選択されたイオンの感知に応答して信号を生成するように構成される。選択されたイオンと、電極の1つで検出された液体中の他のイオンとの間のイオン干渉および/または電極間の電極干渉をニューラルネットワークアルゴリズムを使用して計算する、既知のイオン濃度と既知のイオン濃度とを示すトレーニングデータの比較の結果に基づいて。前記イオン干渉および/または前記電極干渉を補償する。」という技術が開示されている。
【0010】
特許文献3では、「イオン選択電極の選択係数を算出した結果と、試料の中に含まれる共存イオン濃度を計測した結果とを用いて、試料の中に含まれる対象イオン濃度を算出する。」という技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2000-121595号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2013/0304395号明細書
【特許文献3】国際公開第WO2019/163281号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の技術において、妨害イオンの種類または濃度を決定することは困難であるという課題があった。たとえば、特許文献1および2の技術では、選択性の異なる複数の電極での測定値を必要とする。また、たとえば、特許文献3では別の分析手法で妨害イオン濃度を求める必要がある。
【0013】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる電解質分析装置を提供することを、1つの目的とする。
【0014】
また、1つの電極でそのような決定ができる電解質分析装置を提供することを、1つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る電解質分析装置の一例は、
イオン選択性電極を有し、電位計測を用いる電解質分析装置において、
妨害イオンに対する経時的な電位変化の関係を格納した記憶部を有しており、
前記イオン選択性電極に検体が接液した後、前記検体の液静止中に前記イオン選択性電極から得られる経時的な電位変化に基づき、前記妨害イオンの影響を検知する妨害イオン解析部を有する
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る電解質分析装置は、妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる。また、一例によれば、1つの電極でそのような決定ができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施例1に係るフロー型の電解質濃度測定装置の全体構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施例1に係る装置の立上げ時のフローチャートである。
図3】本発明の実施例1に係る電解質濃度分析時のフローチャートである。
図4】本発明の実施例1に係る代表的な電位波形を示す図である。
図5】本発明の実施例1に係る種々の液を測定した時の電位波形を示す図である。
図6】本発明で使用する現象メカニズムを示す模式図である。
図7】本発明の原理検証のための実験装置のブロック図である。
図8】本発明の原理検証のための実験装置での実験結果を示す図である。
図9】本発明で使用する現象メカニズムを示す模式図である。
図10】本発明の実施例2に係る電解質濃度分析時のフローチャートである。
図11】本発明の実施例3に係る電解質濃度分析時のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは電解質濃度測定装置において、より信頼性の高い分析を実現するために、妨害イオンの影響を検知および低減する方法について研究開発を行った。その結果、より容易に(たとえば追加の電極やセンサを設置することなく)、従来困難であった妨害イオンの検出が可能であることを見出した。また、この妨害イオンの情報を活用することでより安定した分析を実施する装置を実現した。
【0019】
以下に、図を用いて本発明の実施例を説明する。
[実施例1]
図1は、本発明の実施例1に関わるフロー型の電解質濃度測定装置の一例を示す概略図である。電解質濃度測定装置100は、イオン選択性電極を有し、電位計測を用いる電解質分析装置である。本実施例の特徴は、特に、電解質濃度測定装置100の測定対象イオンが陰イオンであるClイオン電極の測定結果にあり、陰イオンの妨害イオンの検知を可能としている。
【0020】
本実施例の装置は、Na,K,Clイオンの3種のイオン濃度を分析する装置であって、各イオン濃度の分析結果とともに、Clイオン濃度測定が妨害イオンの影響を受けたか否かを判別結果が出力される。
【0021】
なお、感応膜内の固定化された電荷に対するカウンターイオンのことを主イオン(Clイオン電極の場合はClイオン)と呼び、主イオンと同符号の電荷を有し、かつ主イオン以外のイオン種のことを妨害イオンと呼ぶ。
【0022】
電解質濃度測定装置100は、測定部170、電位測定部171、濃度算出部172、出力部174、装置制御部175、入力部176、妨害イオン解析部181、記憶部182を備えている。
【0023】
測定部170は、イオン選択性電極として、Clイオン電極101(塩素イオン電極)、Kイオン電極102(カリウムイオン電極)、Naイオン電極103(ナトリウムイオン電極)の3種類の電極を備える。また、比較電極104を備える。Clイオン電極101の感応膜には、高密度の固定電荷を有する陰イオン交換膜をベースとしたイオン感応膜を用いている。
【0024】
本実施例では、イオン選択性電極はフロー型イオン選択性電極である。フロー型イオン選択性電極を用いると、液体が静止した直後の電位変化を測定しやすいため好適である。
【0025】
希釈槽110内には、検体ノズル(図示せず)から分注された検体と希釈液供給ノズル108から分注された希釈液とが混ざり合った希釈された検体、もしくは、内部標準液供給ノズル109から分注された内部標準液が一時的に溜められる。シッパーノズル107が希釈槽110内に降下し、希釈槽110内の希釈された検体もしくは内部標準液をシッパーシリンジ133でイオン選択性電極(Clイオン電極101、Kイオン電極102およびNaイオン電極103。以下同様)の流路に導入する。また、シッパーシリンジを用いて、比較電極104の流路に比較電極液ボトル161から比較電極液が導入される。この間に、希釈槽110に残った希釈された検体もしくは内部標準液は、真空吸引ノズル106が降下し、吸引され、廃液タンク111に排出される。廃液タンク111には真空ポンプ112が接続されている。
【0026】
ここで、電極の流路内へ液を導入する際の機構部分の詳細動作について述べる。まず、イオン選択性電極の流路に希釈槽内の液を導入する際は、電磁弁121と電磁弁125を閉じ、ピンチ弁105と電磁弁122を開け、シッパーノズル107を希釈槽110の中に下ろし、シッパーシリンジ133を引く。続いて、比較電極104の流路に比較電極液を導入する際は、電磁弁121を開け、ピンチ弁105を閉じ、シッパーシリンジ133を引くことで、比較電極液ボトル161から比較電極液が比較電極104の流路に導入される。また、シッパーシリンジにたまった液を排出するために、電磁弁122を閉じ、電磁弁125を開け、シッパーシリンジ133を押す。
【0027】
また、電磁弁123、電磁弁124、電磁弁126、電磁弁127、内部標準液用シリンジポンプ131が設けられている。
【0028】
なお、比較電極104の流路に導入された比較電極液とイオン選択性電極に導入された液とは液絡部120で接触し、イオン選択性電極と比較電極104とが液を通じて電気的接続された状態となる。このときに、比較電極104と各イオン選択性電極との間の起電力(電位)はイオン選択性電極の流路に導入された液中の測定対象イオン濃度などによって変化する。
【0029】
これら一連の分析動作中の電位情報は電位測定部171で取得される。妨害イオン解析部181は、電位測定部171から、液をイオン選択性電極の流路に導入した後の液静止時の電位波形を受け取り、記憶部182に記憶された情報を用いて、妨害イオンの影響に関する解析を行う。
【0030】
濃度算出部172は、電位測定部171から、濃度算出に適した安定したタイミングでの測定電位を受け取り、測定対象イオンの濃度を算出する。
【0031】
出力部174は、装置制御部175から受け取った装置の動作状況や、濃度算出部172および妨害イオン解析部181での解析結果を表示する。入力部176からは、オペレーターが検体情報や各種パラメータ、装置動作命令などを入力することができる。算出方法の詳細は後述する。
【0032】
次に、図2を用いて、電解質濃度測定装置100の立上げ時のフローを説明する。まず、立上げ時の手順について説明する。電解質濃度測定装置100を立上げ(S201)、電極を設置し(S202)、試薬ボトルを設置する(S203)。試薬プライムを行いシリンジポンプや流路内を新しい試薬で置換し、充填する(S204)。内部標準液の連続測定を行い電極の電位が安定していることを確認する(S205)。各イオン選択性電極の検量線を求めるために、2種類の既知濃度の標準液を測定し、スロープを算出する(S206)。続いて、内部標準液濃度を算出する(S207)。
【0033】
ここで、S206とS207の具体的な操作について説明する。既知低濃度標準液を分注ノズル(図示せず)で希釈槽110に分注した後、希釈液用シリンジポンプ132を用いて希釈液ボトル151内の希釈液を希釈槽に分注し、設定した割合Dで既知低濃度標準液を希釈する。希釈槽110中の希釈した既知低濃度標準液をシッパーノズル107から吸引し、各イオン選択性電極の流路に導入する。
【0034】
その後、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する。液絡部では比較電極液と希釈した既知低濃度標準液が接触する。希釈した標準液を電極流路に導入した直後から液静止中における、各イオン選択性電極と比較電極104との間の各起電力を電位測定部171で測定する。
【0035】
その間に、希釈槽110内に残った液を真空吸引ノズル106で吸い上げた後、希釈槽110に内部標準液ボトル141内の内部標準液を分注する。シッパーノズル107から希釈槽110内の内部標準液を吸引し、各イオン選択性電極の流路を内部標準液で満たし、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する。
【0036】
内部標準液を電極流路に導入した直後から液静止中における、各電極の起電力を電位測定部171で測定する。また、その間に、希釈槽110内に残った液を真空吸引ノズルで吸い上げた後、既知高濃度標準液を分注ノズル(図示せず)で希釈槽110に分注後、希釈液用シリンジポンプ132を用いて希釈液ボトル151内の希釈液を希釈槽に分注し、設定した割合Dで既知高濃度標準液を希釈する。
【0037】
希釈槽中の希釈した既知高濃度標準液をシッパーノズルから吸引し、各イオン選択性電極の流路に導入する。その後、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する。液絡部では比較電極液と希釈した既知高濃度標準液が接触する。
【0038】
希釈した標準液を電極流路に導入した直後から液静止中における、各イオン選択性電極と比較電極104との間の各起電力を電位測定部171で測定する。その間に、希釈槽110内に残った液を真空吸引ノズルで吸い上げた後、希釈槽110に内部標準液ボトル141内の内部標準液を分注する。シッパーノズルから希釈槽内の内部標準液を吸引し、各イオン選択性電極の流路を内部標準液で満たし、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する。
【0039】
内部標準液を電極流路に導入した直後から液静止中における、各電極の起電力を電位測定部171で測定する。また、希釈槽110内に残った液を真空吸引ノズルで吸い上げる。
【0040】
上記のように電位測定部171では、低濃度標準液と高濃度標準液、内部標準液の3種の液について、導入直後から液静止中の電位波形が得られる。濃度算出部172は、電位測定部171で得られた電位波形のうち、最も電位が安定した時間領域の電位値(電位差)を受け取り、それを各液の測定起電力(EMF)とする。なお、上記のシーケンスによると内部標準液の波形は2度得られるが、同じ組成の液であり、原理的には同じ値が得られる。同じ値がいられない場合は、直前に測定した液の残りによる影響などが考えられる。その情報を用いてスロープ感度や内部標準液濃度算出時に補正を行っても良い。また、装置状態のアラームや装置メンテナンスの時期指標にすることもできる。
【0041】
濃度算出部172は、電位測定部171から受け取った起電力から下記の式(1)を用いて、検量線に相当するスロープ感度SLを算出する。
(A)スロープ感度
SL=(EMF-EMF)/(LogC-LogC) … 式(1)
【0042】
ただし
SL:スロープ感度
EMF:既知高濃度標準液の測定起電力
EMF:既知低濃度標準液の測定起電力
:高濃度標準液の既知濃度値
:低濃度標準液の既知濃度値
【0043】
以上の操作をキャリブレーションと呼ぶ。なお、スロープ感度SLは、以下のネルンスト式のうち、「2.303×(RT/zF)」の部分に相当する。
ネルンスト式:E=E0+2.303×(RT/zF)×log(f×C)
(ただしE0:測定系により定まる一定電位、z:測定対象イオンの価数、F:ファラデー定数、R:気体定数、T:絶対温度、f:活量係数、C:イオン濃度)
【0044】
スロープ感度SLは、温度と測定対象イオンの価数から計算で求めることができるが、より分析精度を高めるため、本実施例では上記のキャリブレーションによって電極固有のスロープ感度SLを求めている。
【0045】
続いて、スロープ感度と内部標準液の起電力から内部標準液濃度を算出する。
(B)内部標準液濃度
IS=C×10 … 式(2)
a=(EMFIS-EMF)/SL … 式(3)
【0046】
ただし
IS:内部標準液濃度
EMFIS:内部標準液の起電力
【0047】
以上、具体的なキャリブレーション方法の例を上記したが、この手順にかかわらず、イオン濃度の異なる2種類以上の液を流路にそれぞれ導入し、起電力を測定できれば、異なる手順でも良い。なお、上記の標準液に重炭酸イオンなどの妨害イオンを含んでいても良い。また、血清試料や尿試料に似た組成の標準試料を測定し、さらにキャリブレーションの補正を行っても良い。
【0048】
キャリブレーション後、血清や尿などを検体として分析を行う。次に、図3を用いて、本実施例における連続分析時のフローを説明する。
【0049】
具体的には、測定動作を開始する(S301)と、希釈槽に内部標準液ボトル141内の内部標準液を分注する。シッパーノズル107から希釈槽内の内部標準液を吸引し、各イオン選択性電極の流路を内部標準液で満たし、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する(S302)。
【0050】
内部標準液を電極流路に導入した直後から液静止中における、各電極の起電力を電位測定部171で測定する(S303)。その間に、希釈槽110内に残った液を真空吸引ノズルで吸い上げた後、検体を分注ノズル(図示せず)で希釈槽110に分注した後、希釈液用シリンジポンプ132を用いて希釈液ボトル151内の希釈液を希釈槽に分注し、設定した割合Dで検体を希釈する。
【0051】
希釈槽110中の希釈した検体(試料)をシッパーノズルから吸引し、各イオン選択性電極の流路に満たし、比較電極液ボトル161内から比較電極104の流路に比較電極液を導入する(S304)。
【0052】
試料を電極流路に導入した直後から液静止中における、各電極の起電力を電位測定部171で測定する(S305)。また、希釈槽に残った液を真空吸引ノズルで吸い上げる。
【0053】
次に、濃度算出部172にて、電位測定部171から濃度算出用の電位値を抜き出し(S306)、上記のスロープ感度と内部標準液濃度から、下記の式(4)(5)を用いて検体の濃度を算出する(S308)。
(C)検体の濃度
=CIS×10 … 式(4)
b=(EMFIS-EMF)/SL … 式(5)
【0054】
ただし
:検体濃度
EMF:検体の測定起電力
【0055】
本実施例装置は、検体測定前に測定する、濃度が一定の内部標準液の測定電位の値から、検体測定の算出補正を行っているため、膜表面の変化や温度変化などの緩やかな電位変動(電位ドリフト現象)が起こっても、正確な測定が実現できる。なお、検体測定前だけではなく、検体測定前後の内部標準液の測定電位を用いても良い。
【0056】
それとは別に、妨害イオン解析部181は、電位測定部171から妨害イオン解析用の電位波形を抜き出す(S321)。
【0057】
さらに、妨害イオン解析部181は、電位測定部171から温度解析用の電位波形を抜き出し(S331)、温度影響を算出した(S332)結果を用いて、S321で抜き出した妨害イオン解析用の電位波形における温度影響を補正し(S322)、妨害イオンの影響を算出(S323)する。このように、妨害イオン解析部181は、イオン選択性電極に検体が接液した後、検体の液静止中にイオン選択性電極から得られる経時的な電位変化に基づき、妨害イオンの影響を検知する。
【0058】
そして、妨害イオン解析部181は、妨害イオン影響検知結果を測定対象イオン濃度結果とともに出力部174に表示する(S309)。とくに、出力部174は、妨害イオンの影響の検知結果を表示する。これによって、使用者は妨害イオンの影響を知ることができる。
【0059】
次の検体の測定をする場合は再びS302に戻り、そうでなければ測定終了(S311)する(S310)。
【0060】
なお、本実施例装置では、S321とS331では、検体測定時だけでなく、内部標準液測定時の電位波形を抜き出しており、その波形から装置状態の変動などを確認するために用いている。
【0061】
ここで、妨害イオンの影響算出方法について述べる。図4に、本実施例における試料液測定時の1サイクルでの全時間領域の電位波形を示す。時間領域として、主に(a)試料液導入時、(b)液静止時、(c)比較電極液導入時、(d)液静止時に分けられる。
【0062】
(a)試料液導入時や、(c)比較電極液導入時は、電磁弁やピンチ弁、シリンジポンプなどの動作による振動や液流動、電気的ノイズが発生するため、電位波形が乱れる。本実施例の妨害イオン解析用の電位波形(S321)として、(b)および(d)の液静止時の時間領域を抜き出す。なお、電位波形は、連続した波形または多数の時刻における値を含む波形でなくともよく、液静止時におけるの時刻の異なる2点以上の電位値を含んでいればよい。
【0063】
S321で得られた電位波形は後述の温度影響補正が行われる。記憶部182には、この時間領域における電位波形と妨害イオンとの相関関係が記憶されており、記憶部の情報を用いて、温度補正された電位波形を解析することで、妨害イオンの影響を算出できる。
【0064】
記憶部182は、妨害イオンに対する経時的な電位変化の関係を格納している。たとえば、妨害イオン解析部181は、電位波形の変化の方向に基づき、妨害イオンの種類を特定する。具体例として、電位波形の時間的な傾きが正の場合、BrやSCNなど親油性の妨害イオンが含まれると判断する。時間的な傾きが負の場合、HCO など親水性の妨害イオンが含まれると判断する。このようにして、妨害イオンの種類を特定することができる。
【0065】
また、記憶部182に格納された情報と照合することで、傾きの大きさから妨害イオンの種類または濃度を推測できる。また、妨害イオンの種類がわかっている場合には、妨害イオン解析部181は、電位波形の変化の傾きに基づき、傾きの大きさに応じて妨害イオンの濃度を算出する。このようにして、妨害イオンの濃度を算出することができる。
【0066】
なお、記憶部182に保存されている情報は装置出荷までに入力されているものを用いても良いが、入力部176を使ってユーザーが使用する装置状態や電極の特性に合わせて入力することができる。
【0067】
たとえば、入力部176は、検体に関する情報を記憶部182に入力するために用いられてもよい。検体に関する情報は、たとえば検体に含まれる可能性のある薬剤の種類を表すものであってもよく、記憶部182は、薬剤の種類と、その薬剤の含まれる妨害イオンの種類とを関連付けて格納していてもよい。このようにすると、薬剤の種類を入力することにより、妨害イオンの種類が特定されるので、妨害イオンの濃度がより正確に推定できる。
【0068】
ここで、イオンの親水性と親油性について説明する。タンパク質を塩析するのに必要となる最小濃度がイオン種によって異なり、その順列はホフマイスターシリーズとして知られる。陰イオンに関しては、
SO >HCO >Cl>Br>NO >I>SCN
であり、左側が親水性イオン、右側が親油性イオンと呼ばれる。一般的に、Clイオン電極のイオン選択性はホフマイスターシリーズの逆順で大きくなる傾向にある。つまり、Clより親油性側のBrなどには応答しやすく、Clより親水性側のHCO などには応答しにくい傾向にある。
【0069】
ここで、本実施例における測定例を図5に示す。模擬的な検体として、いくつかの組成の異なる水溶液を作成し、測定した際の電位波形である。水溶液の組成はそれぞれ以下の通りである。
(a)Cl 100mM
(b)Cl 100mM + HCO 40mM
(c)Cl 100mM + HCO 140mM
(d)Cl 100mM + HCO 40mM + Br 20mM
(e)Cl 100mM + HCO 40mM + SCN 10mM
である。縦軸が電位で横軸は時間である。太い点線で囲った時間領域は、駆動機構の動作によって電位が安定していない領域であり、それ以外の領域が、それぞれの液が電極流路に導入され、かつ、液が静止している時間領域である。
【0070】
上述のように、ここで測定した検体はすべてClイオン濃度は同じである。電極の各イオンの選択性によって妨害イオンの影響は異なり、親水性イオンであるHCO に対しては比較的影響は少ないが、Brなどの親油性イオンに対しては低い濃度でも影響を大きく受けていることが分かる。
【0071】
従来装置のように、例えば、電位が比較的安定している6000ms時点で濃度算出用の電位を取得するとそれぞれ異なる値が得られる。この電位から濃度算出すると、妨害イオンが含まれている場合に、真値とは異なる濃度がClイオン濃度として出力されるものの、妨害イオンが含まれているか否かの判別はできなかった。そのため、従来装置では、投薬中などで血中の妨害イオンの状況が変わっている検体の分析は避けるようにしていた。それに対し、本実施例では、算出したClイオン濃度の値が妨害イオンの影響を受けたか否かも同時を出力し、ユーザーに知らせることができる。
【0072】
この方法について説明する。各検体の2000ms時点の電位値から水平に伸ばした一点鎖線を図5に示している。これらの一点鎖線からのずれが、時間経過による電位変化を表す。
【0073】
6000ms時点の電位を見ると、(a)は一点鎖線に対してほぼずれがないのに対し、(b)は一点鎖線に対して若干低い値であり、(c)は一点鎖線に対して大幅に低い値であった。一方、(d)(e)は、一点鎖線に対して高い値であった。
【0074】
この理由は次の通りである。(a)はClのみで妨害イオンが含まれていないため、液静止中に時間経過で電位が変化しないのに対し、(b)は親水性のイオンであるHCO が40mM含まれているため、若干負の傾きを持ち、(c)はHCO が140mM含まれるため、より大きな負の傾きを示した。一方、(d)(e)は、HCO 40mMだけでなく、親油性のイオンBrとSCNが含まれるため、正の傾きを示した。
【0075】
記憶部182には、このようなイオン種や濃度と電位の相関関係に関する情報が保管されており、妨害イオン解析部181では、得られた電位波形を解析した結果、このずれ量がある値を超えると、出力部にて妨害イオンの影響について出力する。
【0076】
例えば、通常、血清には30~40mM HCO が含まれているため、(b)の曲線程度の傾きを基準とすることができる。(b)を基準とすると、(b)のような傾きを有する検体は正常であり、(a)のフラットな波形の検体に対しては、HCO が通常より大幅に少ない可能性を出力し、(c)のような負の傾きの波形の検体に対しては、通常より親水性イオンが過剰に含まれている可能性を出力し、(b)(e)のような正の傾きの波形の検体に対しては、親油性のイオンが含まれている可能性を出力する。このような結果を見て、ユーザーは検体の素性を精査し、同時に出力されたClイオン濃度分析値の信頼性を判断できる。
【0077】
このように妨害イオンが含まれている検体を測定した際に、経時的に電位が変化する理由について図6の模式図を用いて説明する。
【0078】
611、621はイオン感応膜を示し、612、622は試料液を示す。610は試料液が導入された直後の状態を示し、620は液静止後の状態を示す。
【0079】
本実施例のClイオン感応膜はイオン交換膜をベースとしており、感応膜611中には固定化されたカチオンが高濃度で存在し、カウンターアニオンとしてClが高濃度に存在している。そのため、妨害イオンJを含む試料液と接触した場合、試料液中の妨害イオンJと膜中のClとのイオン交換が速やかに起こる。このように、イオン感応膜として高密度の固定電荷を有する膜を使用した場合に特徴的に起こる現象である。
【0080】
例えば、HCO を含む試料液を導入した場合、つまり、JがHCO の場合、導入直後から速やかに試料液中のHCO と膜中のClの交換が起こり、液静止中の場合、膜近傍の試料液中のJイオンがClイオンに置き換わる。
【0081】
Clイオン電極はHCO よりClに対する選択性のほうが高く、応答しやすいため、膜表面近傍に存在する試料液中のHCO がClに交換されると、Clイオン電極としては、試料液のイオン濃度が高くなったと感じる。スロープ感度がマイナスのため、試料液中のJがClへの交換反応が進むに従って電位は下がる方向に変化する。同じ試料液を再度導入すると、試料液がリフレッシュされ、同様の現象が再び起こる。
【0082】
膜側にもHCO が流入するが、膜中にはClが高密度に存在するため、膜側への影響は少ない。
【0083】
また、BrやSCNを含む試料液を導入した場合、つまりJがBrやSCNの場合は、同様に試料液と膜との間でイオン交換が行われるが、Clイオン電極はClよりBrやSCNに対する選択性のほうが高いため、膜表面近傍に存在する試料液中のBrやSCNがClに交換されると、Clイオン電極としては試料液中のイオン濃度が低くなったと感じる。スロープ感度がマイナスのため、電位としては上がる方向に変化する。
【0084】
この現象をより簡単に理解するために、シンプルな実験系にて原理検証を行った結果について述べる。その実験装置のブロック図を図7に示す。左の流路にはClイオン電極701があり、液落部を介して右の流路に比較電極702が設置されている。右からは、比較電極液が満たされたシリンジ712で比較電極流路に比較電極液を導入することができる。左からは、試料液用シリンジ711で試料液をClイオン電極流路に導入することができる。
【0085】
液を導入し、約3分間静止させ、その後、次の試料液を導入後、また3分間静止させるという操作を実施した。一連の測定中、Clイオン電極流路と比較電極間の電位を測定し続けた。
【0086】
この実験における電位測定結果を図8に示す。縦軸が電位、横軸が時間を示している。(1)~(3)の濃度の異なるNaCl水溶液に対しては、いずれも経時的に安定した電位を示すが、(4)10mM NaHCO水溶液に対しては、液静止直後から電位が急激に低下し徐々にその変化がなだらかになる傾向が見られた。(4’)もう一度同じ濃度のNaHCO水溶液を導入すると、(4)とほぼ同じ電位から始まり、同様のカーブを描いた。(5)100mM NaHCO水溶液を導入すると、同様に負の方向に電位変化した。一方、(6)10mM NaBr水溶液を導入した場合は、NaHCO水溶液とは逆に液静止直後から電位が急激に上昇し徐々にその変化がなだらかになる傾向が見られた。(7)10mM NaSCN水溶液は更に顕著な電位変化を示した。(7’)10mM NaSCN水溶液を再度導入すると現象が再現した。最後に(2’)、(2’’)10mM NaCl水溶液を導入すると(2)とほぼ同電位を示した。以上のように、図6を用いて説明した現象をサポートする結果が得られた。
【0087】
一般的に、イオン選択性電極においては測定濃度下限の悪化などにつながるため、イオン感応膜からのイオンフラックスは発生しないほうが良いとされている。しかし、本実施例はこの現象を逆に利用し、1つの電極で、測定対象イオン濃度だけでなく、妨害イオンの検出を可能とした。
【0088】
上記現象が起こる状況について、図9の模式図を用いて説明する。膜内と液中の拡散速度およびイオン交換反応速度の大小関係によって主に次の2つの異なる現象が生じると考えられる。それらを図9の910と920に示す。
【0089】
910と920はそれぞれ膜内拡散律速の場合と境界層内拡散律速の場合の各ドメイン内における妨害イオン濃度の変化を模式的に示したものである。イオン選択性電極は内部液(Inner Filling Solution;IFS)を有しており、内部液には測定対象イオンが高濃度で含まれる。ここでの高濃度とは、測定される試料液に含まれるイオン濃度以上のことを意味する。
【0090】
図9の910と920において、2本の太い縦実線で挟まれた領域はイオン感応膜(「膜」)を示し、膜の左側が試料液(「試料」)を示し、膜の右側が内部液(「IFS」)を示す。
【0091】
試料液および内部液のそれぞれ膜近傍の領域、すなわち縦の破線より膜に近い領域は、それぞれの境界層であり、つまり、液の流動が起こらず、拡散のみが支配的に起こる領域である。
【0092】
膜内のイオン拡散が液中の境界層のイオン拡散に比べて十分遅い場合に、妨害イオン濃度の分布は膜内拡散律速910となる。つまり、妨害イオンを含む試料液が膜に接した場合、膜中のイオンとイオン交換する。膜内の拡散が遅いため、まず膜表面のイオンが妨害イオンに置き換わる。その比率などは選択性などによって異なる。試料液中の拡散は、膜内にと比べて十分早いので、境界層内のイオン濃度の変化は少ない。軟質ポリ塩化ビニルに4級アンモニウム塩などを加えたいわゆる液膜型のイオン感応膜を含む電極においては、固定化された電荷密度が低く膜内のイオン拡散も遅いため、このモデルが適用できる。
【0093】
一方、膜中では徐々に拡散し、濃度勾配が矢印で示すように、x1、x2、x3、x4の順に変化する。妨害イオンが内部液に到達すると内部液と膜との間でイオン交換が起こる。内部液にはClイオンが十分にあり、また、膜内に比べて拡散も十分早いため、内部液の境界層のイオン組成はほとんど変化しない。一定時間たつと平衡状態となる。なお、平衡状態に達するまでには長い時間が必要となる。
【0094】
一方、イオン交換反応が境界層内のイオン拡散に比べて十分早い場合に境界膜内拡散律速920となる。妨害イオンを含む試料液が膜に接した場合、膜中のイオンとイオン交換する。膜のイオン交換容量が大きく、また膜表面に取り込まれた妨害イオンが膜中を拡散するため、膜表面の妨害イオン濃度はほとんど上がらない。
【0095】
一方、イオン交換反応に比べて試料液の境界層内のイオン拡散が遅いため、試料のバルク層からの妨害イオンの供給が追い付かず、膜近傍の試料液の境界層では妨害イオン濃度が、矢印で示すように、y1、y2、y3、y4の順に徐々に減少する。このように、平衡状態になるまで膜表面近傍の試料液のイオンの組成比が変化する。本実施例では、920に示す境界層内拡散律速で生じている現象をとらえていると考えている。なお、以上で説明した図9は、各ドメインでの濃度変化の方向を模式的に表したイメージ図であり、実際は直線的なプロファイルではないと考える。
【0096】
しかし、境界膜内拡散律速920であっても、試料液の妨害イオン濃度に対して、膜のイオン交換反応が早すぎると、瞬間的に試料液の境界層の妨害イオンが枯渇するため、装置によってはその経時的な変化をとらえることが難しい場合がある。また、逆に試料液の妨害イオン濃度に対して、膜のイオン交換反応が遅すぎる場合、その変化が小さく捉えにくい場合がある。そのため、検知したいイオン濃度領域と装置が計測する時間スケールによって、適切なイオン交換速度を有する感応膜を選ぶことで、本実施例を適用しやすくなる。
【0097】
本実施例の原理を利用するための好適な条件としては、(1)試料液導入直後から液静止中の電位を、適切な時間領域で取得するできる装置であること、(2)電極のイオン感応膜が高密度の固定電荷を有すること、(3)内部液に測定対象イオンが高濃度で含まれること、(4)定期的に膜内のイオンバランスを維持する操作を実施すること(例えば、主イオンを含む液を定期的に流す等の操作により、図3に示すように測定対象イオンを含む液を定期的に測定する)、などが挙げられる。
【0098】
本実施例では上記(1)~(4)すべてを満たしており、血清などの生体試料を高スループットで測定する必要のある自動分析装置においては、イオン交換膜ベースのイオン感応膜はより適切な選択である。
【0099】
なお(3)の「高濃度」の基準は当業者が適宜決定可能であるが、たとえば検体に通常含まれると想定される測定対象イオンの濃度範囲の上限またはこれより高い値としてもよく、電解質濃度測定装置100において測定可能とする測定対象イオンの濃度範囲の上限またはこれより高い値としてもよい。
【0100】
イオン交換膜は、高いイオン交換容量を有しているため、学術的にはhigh-capacity ion-exchangerと呼ばれることがある。この高い交換容量は、高密度の固定電荷を有する膜が用いられることから達成される性能である。これに対し、例えば、一般的な4級アンモニウム塩を含有した軟質ポリ塩化ビニル膜などの膜構造の異なるClイオン感応膜の場合、このような高密度の固定電荷は有していない。このように、当業者は、高密度の固定電荷を有する膜が感応膜に用いられているか否かを、膜の種類等に基づいて明確に判断することが可能である。
【0101】
ここで、電位波形の温度補正方法について述べる。イオン感応膜に対して、異なる温度の試料液が導入され、液が静止した際も、温度差の方向や程度によって電位波形に時間的な傾きが生じる。この温度差は、Clイオン電極だけでなく、Na,Kイオン電極の電位にも影響する。
【0102】
電位の時間的な変化の方向は、測定対象イオンの電荷の符号および温度差の方向によって逆転し、その影響度合いは感応膜の厚さなどに応じて変化する。本実施例では、電極の温度より試料液の温度のほうが低い場合、液静止時のClイオン電極の電位は経時的に正の傾きを持ち、Na,Kイオン電極の電位は負の傾きを持つ。電極温度より試料液温度のほうが高い場合、その逆の傾向を持つ。
【0103】
また、本実施例のNa,Kイオン電極の膜はClイオン電極の膜に比べて厚いので、電位の傾きはClイオン電極より一定割合だけ大きくなる。このような温度差の影響による電位の変化についてのNa,K,Clイオン電極の特性に関する相関関係の情報が記憶部182に保存されている。
【0104】
図3のS331では、妨害イオン解析部181が、電位測定部171で測定した液静止中のNa,Kイオン電極の電位波形を、温度解析用の電位波形として抜き出す。抜き出した電位波形から、その測定での温度差の影響を度合い(たとえば電位の経時的変化における傾き)を算出する(S332)。
【0105】
記憶部182に保存されている温度差に対する各電極の特性の相関関係を用いて、妨害イオン解析用の電位波形から温度影響を補正する(S322)。たとえば、イオン選択性電極ごとに異なる係数を記憶しておき、この係数を電位の経時的変化における傾きに乗算する。より具体的に例示すると、電位の変化は、膜が薄いと温度に鈍感であり、膜が厚いと温度に敏感であるので、膜の厚さに応じた係数を記憶しておくことができる。
【0106】
このように、妨害イオン解析部181は、測定対象イオンに応答するイオン選択性電極の電位波形と、測定対象イオンとは異符号のイオンに応答する電極の電位波形とを比較する。Na,Kイオン電極は陰イオンからの妨害を受けず、陽イオンの妨害も受けにくいため、Na,Kイオン電極の電位波形から温度影響を算出することにより、Clイオン電極の電位波形の温度影響を適切に補正することができる。
【0107】
本実施例のような、生体試料を分析するための電解質分析装置では、測定する検体の素性が事前にある程度分かっていることが多いので、その情報をあらかじめ入力しておくことで、妨害イオンの影響検知の精度向上が可能となる。
【0108】
例えば、血清にはHCO が30~40mM含まれることが一般的である。キャリブレーション時に血清分析用にHCO を含む状態でキャリブレーションした場合、従来装置では、HCO を含まないコントロール血清などを分析するとCl濃度が低値となる。しかし、本実施例では、予め血清という検体情報を入力しておくことで、電位波形が負の傾きを有していない場合に、管理血清の凍結乾燥サンプルなどのHCO を含まない検体が測定された可能性があると検知できる。
【0109】
なお、本実施例では、試料液導入後の液静止中の電位波形を取得しにくいシーケンスで行っているが、比較電極液を先に導入した後に、試料を導入するシーケンスであれば、試料液導入直後からの電位波形を外乱少なく取得できるため解析がより簡単となる。
【0110】
また、流路構成や比較電極の構造などを、本実施例とは異なる構造とすることも可能である。また、解析手法も、本実施例とは異なる方法であっても良く、液静止中の時刻の異なる2点以上の電位からその差の大きさや方向を求められればよい。
【0111】
また、必ずしも温度補正は必要なく、内部標準液の波形を基準とする必要もない。上述の条件を満たせばClイオン電極以外の陰イオン電極や陽イオン電極についても同様に妨害イオンの影響を検知することができる。なお、陽イオン電極について妨害イオンの影響を検知する際は、上述の温度補正の仕方を工夫すると好適である。一方で、上述の通り陰イオン電極のほうが選択性の高い感応膜を作製しにくいため、妨害イオンの影響を受けやすい陰イオン電極に適用するほうが利用価値が高い。
【0112】
以上説明するように、本実施例に係る電解質濃度測定装置は、妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる。また、1つの電極でそのような決定ができる。
【0113】
[実施例2]
実施例2に係る電解質濃度測定装置は、妨害イオンの影響を解析した結果をClイオン濃度計算に反映させ、妨害イオンの影響を補正したClイオン濃度を算出する点が実施例1とは異なる。装置構成やキャリブレーション方法は実施例1と同様である。
【0114】
ここで、本実施例装置における連続分析時のフローを図10に示す。実施例1のフローと異なるのは、記憶部182に格納された関数を、得られた電位波形にフィッティングすることで妨害イオンの影響を算出し(S324)、その結果を用いて濃度算出用電位を補正する(S307)点である。こうすることで、妨害イオンの影響を除いた形でClイオン濃度の算出を可能としている。
【0115】
本実施例における計算では、S324、S307、S308を同時に実行している。具体的には、記憶部182には、各妨害イオン(j)についての電位時間の変化モデルとして、濃度(C)と時間(t)を変数に持つ関数F(C,t)が格納されている。S306において得られた電位波形を、妨害イオン解析用の電位波形にフィッティングさせることで、Clイオン濃度(CCl)および各妨害イオン濃度(C)を求める。式で表すと以下の式(6)のようになる。
E(t)=G(CCl)+Σ[F(C,t)] … 式(6)
【0116】
E(t)は測定された電位波形を示し、G(CCl)は、あるClイオン濃度での電位の値を、濃度(CCl)を変数に持つ関数で表したものである。これは時間変化はしないので、時間tの変数は含まれていない。なお、これらの関数は、実際に使用する電極のスロープ感度や選択性、イオン交換速度などの情報を反映せさせることで解析精度が向上するため、これらの情報を記憶部182にユーザーが入力しても良く、予め測定によって求めておいても良い。イオン選択性電極が有する特性(たとえばG(CCl)および/または関数F(C,t))を記憶部182に入力するために、入力部176を用いてもよい。
【0117】
このように、濃度算出部172は、妨害イオン解析部181によって検知された影響に基づき、この影響を補正して測定対象イオンの濃度を算出する。
【0118】
なお、Clイオン電極は、試料液中の妨害イオン種および濃度に応じて、選択性、分配係数、イオン交換反応速度および拡散速度が異なるので、それぞれ別の電位波形を示すことを利用して解析している。一方で、特定のイオン種や濃度の組合せでは似たような波形になる場合もある。その際は、妨害イオンの種類や濃度まで算出するのは難しくなる。
【0119】
しかし、本実施例のような電解質分析装置は、測定する検体の素性が事前にある程度分かっていることが多いので、その情報をあらかじめ入力しておくことで、Clイオン濃度や妨害イオンの濃度算出の精度向上が可能となる。
【0120】
例えば、血清にはHCO が30~40mM含まれることが一般的であるため、本実施例では、予め検体が血清であるという検体情報を入力した場合に、通常は電位波形が負の傾きを有しているため、HCO の関数を優先してフィッティングするなどの解析が可能となる。
【0121】
さらに、薬剤の接種などにより、通常血中には含まれないBrなどの妨害イオンが検体に含まれる場合がある。このような場合も、検体に関する情報として、患者の投薬情報を予め装置に入力しておくことで、その薬剤に応じた妨害イオン種の関数のフィッティングを優先して波形解析することができ、分析精度を向上することができる。検体に関する情報は、たとえば検体に含まれる可能性のある薬剤の種類を表すものであってもよく、記憶部182は、薬剤の種類と、その薬剤の含まれる妨害イオンの種類とを関連付けて格納していてもよい。
【0122】
このようにすると、薬剤の種類を入力することにより、妨害イオンの種類が特定されるので、妨害イオンの濃度がより正確に推定できる。また、Clイオン濃度だけでなく、薬剤投与による妨害イオンの濃度を算出することができ、薬物動態の指標にできる可能性もある。
【0123】
なお、本実施例の入力部176や出力部174は、ユーザーが直接情報を入力し、または出力を直接閲覧するために使用することができるが、電子カルテや投薬情報、装置統合監視システムなど、他の情報システムと連携することもできる。
【0124】
以上説明するように、本実施例に係る電解質濃度測定装置は、実施例1と同様に、妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる。また、1つの電極でそのような決定ができる。
【0125】
[実施例3]
実施例3に係る電解質濃度測定装置の構成において、実施例1と異なる点は、Na,K,Clイオン電極に加えて、Clイオン電極とは特性の異なる陰イオン電極を搭載していることである。追加する陰イオン電極は、イオン選択性やイオン交換反応速度、感応膜内のイオン拡散係数、固定電荷密度、内部液の種類、主イオンの種類のうち、いくつかもしくはすべての特性が他の陰イオン電極と異なる。このように、本実施例に係る電解質濃度測定装置は、異なる特性を有するN個のイオン選択性電極を搭載している。
【0126】
追加搭載する電極の個数は分析したいイオン種数によって異なる。本実施例では、Clイオン電極を含む陰イオン電極の個数をN個とする。つまり、ある試料液を測定すると、試料液に含まれるイオン種および濃度と電極特性によって異なるN個の電位波形が得られる。
【0127】
ここで、本実施例における連続分析時のフローを図11に示す。実施例2のフローである図10と異なる点について主に述べる。
【0128】
Na,Kイオン濃度に関しては図10と同様に安定したタイミングの電位から濃度を算出するが、陰イオン濃度に関しては、N個の陰イオン電極から得られた液静止時のN個の電位波形を抜き出す(S341)。実施例2同様にそれらの波形の温度影響補正を行う(S342)。
【0129】
その後、記憶部に格納されている各電極の陰イオン種と濃度についての時間に関する関数を用いて、それぞれの電極の電位波形にフィッティングし、すべてのフィッティング結果を統合して解析することで、陰イオンの種類および濃度を算出する(S343)。
【0130】
この手法を用いることで、N個のイオン選択性電極による電位波形から、N種以上のイオン濃度を求めることも可能となる。さらには、N個のイオン選択性電極から得られる経時的な電位波形に基づき、N+1個以上のイオン種についてのイオン濃度を測定することも可能である。N個の波形に基づいてN+1個の値を算出する具体的手法は、当業者が公知技術に基づいて適宜設計することができる。なお、S343で用いる解析手法は特に問わず、機械学習やニューラルネットワークなどを用いても良い。
【0131】
以上説明するように、本実施例に係る電解質濃度測定装置は、実施例1および2と同様に、妨害イオンの種類または濃度をより容易に決定できる。
【0132】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0133】
100…電解質濃度測定装置(電解質分析装置)
101…Clイオン電極(イオン選択性電極)
102…Kイオン電極(イオン選択性電極)
103…Naイオン電極(イオン選択性電極)
104…比較電極
105…ピンチ弁
106…真空吸引ノズル
107…シッパーノズル
108…希釈液供給ノズル
109…内部標準液供給ノズル
110…希釈槽
111…廃液タンク
112…真空ポンプ
120…液絡部
121~127…電磁弁
131…内部標準液用シリンジポンプ
132…希釈液用シリンジポンプ
133…シッパーシリンジ
141…内部標準液ボトル
151…希釈液ボトル
161…比較電極液ボトル
170…測定部
171…電位測定部
172…濃度算出部
174…出力部
175…装置制御部
176…入力部
181…妨害イオン解析部
182…記憶部
611…感応膜
701…Clイオン電極(イオン選択性電極)
702…比較電極
711…試料液用シリンジ
712…シリンジ
910…膜内拡散律速
920…境界膜内拡散律速
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11