(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023145145
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】食品の加熱状態の推定方法および推定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/02 20060101AFI20231003BHJP
G01N 25/20 20060101ALI20231003BHJP
A23L 13/00 20160101ALN20231003BHJP
A23L 5/10 20160101ALN20231003BHJP
【FI】
G01N27/02 Z
G01N25/20 Z
A23L13/00 Z
A23L5/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022052462
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】羽倉 義雄
(72)【発明者】
【氏名】久本 高央
(72)【発明者】
【氏名】三谷 礼
【テーマコード(参考)】
2G040
2G060
4B035
4B042
【Fターム(参考)】
2G040AB08
2G040BA01
2G040BA22
2G040CA02
2G040CA13
2G040CA22
2G040CB09
2G040DA16
2G040DA22
2G040EA04
2G040EC09
2G040HA01
2G040HA05
2G040HA16
2G040ZA08
2G060AA08
2G060AE33
2G060AF03
2G060AF06
2G060AF10
2G060AG08
2G060AG11
2G060HC02
2G060HC13
4B035LC16
4B035LE05
4B035LG42
4B035LP01
4B035LP59
4B035LT20
4B042AC10
4B042AE03
4B042AG03
4B042AH01
4B042AP02
(57)【要約】
【課題】測定温度依存性の影響を受けにくい、インピーダンスを用いた食品の加熱状態の推定方法等を実現する。
【解決手段】食品の加熱状態の推定方法であって、非金属製容器に密封された対象食品の、所定の測定温度の対象インピーダンスを測定する第1測定工程と、対象食品とは被加熱条件が異なる参照食品の、前記測定温度における参照インピーダンスを測定する第2測定工程と、対象インピーダンスと参照インピーダンスとの差分値から、対象食品の加熱状態を推定する推定工程とを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非金属製容器に密封された対象食品の、所定の測定温度におけるインピーダンスである対象インピーダンスを測定する第1測定工程と、
前記非金属製容器に密封された、前記対象食品と同種の食品であり、前記対象食品とは被加熱条件が異なる参照食品の、前記測定温度におけるインピーダンスである参照インピーダンスを測定する第2測定工程と、
前記対象インピーダンスと前記参照インピーダンスとの差分値から、前記対象食品の加熱状態を推定する推定工程とを含む、食品の加熱状態の推定方法。
【請求項2】
前記対象食品は、前記参照食品を加熱したものである、請求項1に記載の推定方法。
【請求項3】
前記参照食品の被加熱条件は、前記対象食品よりも前記参照食品の方が、熱変性が進行した状態となるように、前記対象食品の被加熱条件よりも高い温度で加熱される条件である、請求項1または2に記載の推定方法。
【請求項4】
前記第1測定工程では、前記対象食品の加熱中に、複数の前記測定温度で前記対象インピーダンスをそれぞれ測定し、
前記第2測定工程では、複数の前記測定温度ごとに前記参照インピーダンスを測定し、
前記推定工程では、前記測定温度ごとに前記差分値をそれぞれ取得し、複数の当該差分値から前記対象食品の加熱状態を推定する、請求項1から3の何れか1項に記載の推定方法。
【請求項5】
前記対象食品は、肉類、芋類および穀物類からなる群より選択される少なくとも1種を含む食品である、請求項1から4の何れか1項に記載の推定方法。
【請求項6】
電極と、制御装置とを備えている食品の加熱状態の推定装置であって、
前記制御装置は、
前記電極により測定される、非金属製容器に密封された対象食品の、所定の測定温度におけるインピーダンスである対象インピーダンスの測定値を取得する第1測定部と、
前記電極により測定される、前記非金属製容器に密封された、前記対象食品と同種の食品であり、前記対象食品とは被加熱条件が異なる参照食品の、前記測定温度におけるインピーダンスである参照インピーダンスの測定値を取得する第2測定部と、
前記対象インピーダンスと前記参照インピーダンスとの差分値から、前記対象食品の加熱状態を推定する推定部と、を含む推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の加熱状態の推定方法および推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レトルトパウチ封入食品または低温調理食品等の、容器に密封して提供される食品は、製造時において密封後に、加工および殺菌等を目的として加熱される。当該加熱による食品の加工状態の変化について、密封状態のまま評価する方法が求められている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、レトルト殺菌中の肉試料のインピーダンスの値と、当該肉試料の破断に必要なエネルギー(すなわち当該肉試料の硬さ)とが高い相関を示すことが開示されている。また、特許文献1には、インピーダンススペクトルから算出されるCPE指数を用いて、食品の加工状態を推定する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】岡本拓海、川合清司、羽倉義雄「レトルトパウチ封入食品の硬さの未開封・非破壊計測に関する研究」『日本食品工学会第16回(2015年度)年次大会講演要旨集』、日本食品工学会、2015年7月27日発行、45頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、物質の電気物性には測定温度依存性があることが知られており、インピーダンスの測定値も当該測定温度依存性の影響を受ける。特許文献1または非特許文献1に開示の方法は、このような測定温度依存性の影響を考慮していない点で、改善の余地があるといえる。
【0007】
本発明の一態様は、測定温度依存性の影響を受けにくい、インピーダンスを用いた食品の加熱状態の推定方法等を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定方法は、非金属製容器に密封された対象食品の、所定の測定温度におけるインピーダンスである対象インピーダンスを測定する第1測定工程と、前記非金属製容器に密封された、前記対象食品と同種の食品であり、前記対象食品とは被加熱条件が異なる参照食品の、前記測定温度におけるインピーダンスである参照インピーダンスを測定する第2測定工程と、前記対象インピーダンスと前記参照インピーダンスとの差分値から、前記対象食品の加熱状態を推定する推定工程とを含む。
【0009】
本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定方法は、前記対象食品は、前記参照食品を加熱したものであってもよい。
【0010】
本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定方法は、前記参照食品の被加熱条件は、前記対象食品よりも前記参照食品の方が、熱変性が進行した状態となるように、前記対象食品の被加熱条件よりも高い温度で加熱される条件であってもよい。
【0011】
本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定方法は、前記第1測定工程では、前記対象食品の加熱中に、複数の前記測定温度で前記対象インピーダンスをそれぞれ測定し、前記第2測定工程では、複数の前記測定温度ごとに前記参照インピーダンスを測定し、前記推定工程では、前記測定温度ごとに前記差分値をそれぞれ取得し、複数の当該差分値から前記対象食品の加熱状態を推定してもよい。
【0012】
本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定方法は、前記対象食品は、肉類、芋類および穀物類からなる群より選択される少なくとも1種を含む食品であってもよい。
【0013】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る食品の加熱状態の推定装置は、電極と、制御装置とを備えている食品の加熱状態の推定装置であって、前記制御装置は、前記電極により測定される、非金属製容器に密封された対象食品の、所定の測定温度におけるインピーダンスである対象インピーダンスの測定値を取得する第1測定部と、前記電極により測定される、前記非金属製容器に密封された、前記対象食品と同種の食品であり、前記対象食品とは被加熱条件が異なる参照食品の、前記測定温度におけるインピーダンスである参照インピーダンスの測定値を取得する第2測定部と、前記対象インピーダンスと前記参照インピーダンスとの差分値から、前記対象食品の加熱状態を推定する推定部と、を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、測定温度依存性の影響を受けにくい、インピーダンスを用いた食品の加熱状態の推定方法等を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】一実施形態に係る推定装置の構成を模式的に示すブロック図である。
【
図2】一実施形態に係る推定方法の一例を示すフロー図である。
【
図3】一実施形態に係る推定方法の他の例を示すフロー図である。
【
図4】一実施例に係る推定方法において、左図は試料の加熱における温度変化とインピーダンスとの関係を示し、右図は、加熱前後の試料のインピーダンスの差分値を示す。
【
図5】一実施例に係る推定方法に用いた試料について、左図はDSC測定結果を示し、右図は規格化エンタルピーを示す。
【
図6】一実施例に係る推定方法に用いた試料について、左図は荷重-変位曲線を示し、右図は弾性ひずみエネルギーを示す。
【
図7】一実施例に係る推定方法に用いた試料について加熱前後のインピーダンスの差分値と、弾性ひずみエネルギーとの関係を示す図である。
【
図8】生の豚肉に対して75℃に加熱し冷却する操作を続けて2回行い、その過程での経時的なインピーダンスの変化を示す図である。
【
図9】馬鈴薯デンプンに対して75℃、60℃または50℃に加熱して冷却する操作をそれぞれ続けて2回行い、その過程での経時的なレジスタンスの変化を示す図である。
【
図10】4種類のデンプンに対してそれぞれ、75℃に加熱して冷却する操作を続けて2回行い、その過程での経時的なキャパシタンスの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態について、図面を参照して以下に説明する。なお、本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態または実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0017】
〔1.本発明の概要〕
本発明の一実施形態に係る食品の加熱状態の推定方法(以下、「本推定方法」)は、インピーダンスの測定値を用いた食品の加熱状態の推定方法である。
【0018】
インピーダンスの測定値は、測定温度依存性の影響を受けることが知られている。例えば、異なる2つの温度で測定したインピーダンスを比較する場合、それぞれの測定値における測定温度依存性の影響を加味して比較することが好ましいが、測定温度依存性の影響を正確に把握することは困難である。そのため、従来法ではインピーダンスの測定温度依存性を考慮できていなかったことから、食品の加熱状態の推定結果について、その正確性には改善の余地があったといえる。
【0019】
本推定方法では、加熱状態の推定対象である対象食品のインピーダンスと、比較に用いる参照食品のインピーダンスとを、同じ測定温度によりそれぞれ測定する。同じ測定温度により測定した場合、それぞれのインピーダンス測定値における測定温度依存性の影響は、ほぼ同一と考えられる。したがって、これらの2つのインピーダンスの差分値を取得すれば、インピーダンスの測定温度依存性の影響を含まず、純粋に対象食品と参照食品との間の加熱状態の違いを示す指標が得られる。
【0020】
このような本推定方法は、食品の廃棄数を効果的に低減できることから、持続可能な開発目標(SDGs)の、例えば目標2「飢餓をゼロに」および目標12「つくる責任つかう責任」等の達成に貢献するものである。例えば、密封された食品である、低温加熱食品またはレトルト食品等の製造工程では、検品用のサンプルは開封して検品され、その後廃棄されてしまう。本推定方法によれば、サンプルを開封することなく、加熱状態の推定による検品を正確に実施できるため、サンプルの廃棄が生じない。また、このような食品の開発過程においても、最適な加熱状態となる加熱条件を見出すために、加熱中のサンプルを多数開封する必要がない。
【0021】
以下に、本推定方法を実現可能な推定装置および本推定方法について、それぞれ具体的に例示して説明する。
【0022】
〔2.推定装置〕
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る食品の加熱状態の推定装置1は、食品のインピーダンスを測定するための電極11と、制御装置31とを少なくとも備えるものである。なお、「食品の加熱状態を推定する」とは、食品がどの程度熱変性しているかを推定することを意図するが、食品の加熱状態とは、食品が熱変性していない状態も含むものである。
【0023】
(2-1.推定装置の装置構成)
電極11は、インピーダンスの測定対象である食品12を挟み込むように、少なくとも2つ設けられている。電極11は、例えば平板状の電極であってもよく、平板状かつ網状の電極であってもよい。電極11が平板状であれば、食品12を挟み込める面積が広がるため、食品12全体のインピーダンスを測定できる。また、電極11を網状とすることで、平板状の電極11を、食品12の加熱を妨げない形状に構成できる。
【0024】
食品12は、非金属製容器に密封された食品である。本明細書において食品12と称する場合、本推定方法において加熱状態の推定対象となる対象食品12aと、インピーダンスの差分値の取得に用いられる参照食品12bとの総称を意図する。
【0025】
食品12は、熱変性によりインピーダンスが変化するものであれば特に限定されず、例えば、タンパク質またはデンプンを含む食品であることが好ましい。タンパク質は、加熱による熱変性により凝集等が生じることで、インピーダンスが変化する。また、デンプンは、加熱による熱変性により糊化等が生じることで、インピーダンスが変化する。
【0026】
このような食品12としては、例えば、肉類、芋類および穀物類からなる群より選択される少なくとも1種を含む食品であってよい。肉類の食品としては、例えば、家畜の肉であって、牛肉、豚肉および鳥肉等の食肉が挙げられる。芋類および穀物類の食品としては、例えば、馬鈴薯、サツマイモ、小麦およびトウモロコシ、並びにこれらから得られたデンプンを含む食品が挙げられる。
【0027】
食品12を密封する非金属製容器としては、推定装置1による食品12のインピーダンス測定を妨げない容器であればよい。非金属製容器としては、例えば、低温調理パックまたはレトルトパウチ等の合成樹脂製の耐熱容器、またはガラス製の容器等が挙げられる。また、非金属製容器は、容器本体がガラス製で蓋が金属製等の、一部に金属を含む容器であってもよい。このような金属を含む容器を用いる場合、電極11の間に当該金属部分が配置されないように、食品12を電極11の間に配置することで、推定装置1は、食品12のインピーダンスを測定可能である。
【0028】
電極11および食品12は、恒温器13内に配置される。恒温器13は、食品12の温度を調整する部材である。恒温器13は、インピーダンス測定における食品12の測定温度を調整できるものであればよいが、食品12の加熱調理も可能であることが好ましい。恒温器13により食品12の加熱調理が可能であれば、推定装置1により、食品12の加熱調理を行いながら、インピーダンス測定により食品12の加熱状態を確認できる。
【0029】
恒温器13は、内部の空気を加熱する機器であってもよく、恒温槽のように、内部の液体を加熱する機器であってもよい。インピーダンスの測定温度を正確に調整する観点からは、恒温器13は、恒温循環槽であることが好ましい。また、恒温器13により食品12の加熱調理を行う場合、恒温器13は、低温調理機またはレトルト殺菌装置等であってもよい。また、恒温器13は、自律的に加熱等の温度調整を行ってもよいが、制御装置31を有するコンピュータ30によって温度調整可能に構成されていてもよい。コンピュータ30については後述する。
【0030】
電極11は、LCRメータ20に接続されている。LCRメータ20は、食品12のインピーダンスを測定する装置である。LCRメータ20は、食品12を挟み込んだ2つの電極11の間に所定の周波数の交流信号を印加し応答信号を取得することで、食品12のインピーダンスを測定する。
【0031】
LCRメータ20により測定されるインピーダンスの測定値は、インピーダンスの大きさ|Z|(単位:Ω)により表されてもよく、インピーダンスに含まれる各種指標により表されてもよい。当該各種指標としては、例えば、レジスタンスR(単位:Ω)、リアクタンスX(単位:Ω)およびキャパシタンスC(単位:F)が挙げられるが、これに限られない。推定装置1は、いずれの指標をインピーダンスの測定値として用いても、対象食品12aの加熱状態について推定可能である。
【0032】
推定装置1は、制御装置31を有するコンピュータ30を備えている。コンピュータ30は、LCRメータ20を介して食品12のインピーダンスを測定し、得られたインピーダンスの測定値を用いて処理を実行する。なお、LCRメータ20の機能は、コンピュータ30が兼ね備えていてもよい。コンピュータ30は、PC(Personal Computer)またはサーバ等の汎用コンピュータであってもよく、本推定方法の実行に用いられる専用の論理回路等を有する専用コンピュータであってもよい。
【0033】
コンピュータ30は、制御装置31と、記憶装置35とを備えている。記憶装置35は、コンピュータ30が取得または生成した各種データを記憶する部材である。記憶装置35としては、例えば、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)またはROM(Read Only Memory)等が挙げられる。
【0034】
(2-2.制御装置)
制御装置31は、コンピュータ30の各部を統括的に制御する部材である。制御装置31は、第1測定部32と、第2測定部33と、推定部34とを含む。
【0035】
第1測定部32は、電極11によりLCRメータ20を介して測定される対象インピーダンスの測定値を取得する。「対象インピーダンス」とは、非金属製容器に密封された対象食品12aの、所定の測定温度におけるインピーダンスである。「所定の測定温度」は特に限定されないが、対象食品12aに対して行われる加熱調理の温度範囲内の温度であることが好ましい。
【0036】
第2測定部33は、電極11によりLCRメータ20を介して測定される参照インピーダンスの測定値を取得する。「参照インピーダンス」とは、非金属製容器に密封された参照食品12bの、対象インピーダンスの測定温度と同じ測定温度におけるインピーダンスである。
【0037】
参照食品12bは、対象食品12aと同種の食品である。また、参照食品12bは、インピーダンスの測定時までに受けた加熱の条件である被加熱条件が、対象食品12aとは異なる食品である。「被加熱条件が異なる」とは、対象食品12aと参照食品12bとで、加熱温度、加熱時の昇温速度および加熱中の各温度での保持時間等の条件の、少なくとも1つ以上が異なることを示す。参照食品12bは、被加熱条件が既知であればよく、熱変性の程度(加熱状態)が既知であることが好ましい。
【0038】
対象食品12aと参照食品12bとが「同種の食品」であるとは、例えば、対象食品12aと参照食品12bとが、同一の食品(同一個体)であってもよいし、同一個体ではないが同一原料の食品であってもよい。ここで、「同一の食品」とは、対象食品12aと参照食品12bとは同一物であるが被加熱条件のみが異なる場合を意図するものである。具体的には、例えば、対象食品12aの加熱前の状態を参照食品12bと定義してよく、言い換えれば、対象食品12aは、参照食品12bを加熱したものであってもよい。
【0039】
また、対象食品12aと参照食品12bとが同一原料の食品である場合の例としては、例えば、対象食品12aおよび参照食品12bの原料の種類と、被加熱条件以外の加工条件とが同じ場合が挙げられる。
【0040】
推定部34は、対象インピーダンスと参照インピーダンスとの差分値を取得し、当該差分値から対象食品12aの加熱状態を推定する。ここで得られる差分値は、対象食品12aと参照食品12bとの間の加熱状態の違いを、インピーダンス測定値の測定温度依存性の影響を受けない形で示す指標である。推定部34による具体的な処理例については、本推定方法の各工程と合わせて以下に説明する。
【0041】
〔3.推定方法〕
(3-1.加熱前後の食品のインピーダンスを取得)
本推定方法の一例について、
図2を参照して以下に説明する。
図2には、食品12について加熱前の状態を参照食品12bとみなし、加熱後の状態を対象食品12aとみなして、対象インピーダンスおよび参照インピーダンスをそれぞれ取得する例を示す。ここでは、推定装置1を用いて本推定方法を実施する場合を例に挙げて説明しているが、本推定方法の実施に推定装置1を用いることは必須ではない。
【0042】
まず、推定装置1のユーザは、電極11の間に食品12を配置する(S1)。このときの食品12は未加熱であり、熱変性前の生の状態である。次に、第2測定部33は、電極11により加熱前の食品12(参照食品12b)のインピーダンスを測定し、測定値を参照インピーダンスとして取得する(S2、第2測定工程)。参照インピーダンスの取得後、推定装置1のユーザは、恒温器13による食品12の加熱を開始する(S3)。なお、食品12の加熱は、参照インピーダンスの取得より前に開始してもよい。この場合、第2測定部33は、最初に取得した食品12のインピーダンスを参照インピーダンスとして用いてもよい。
【0043】
食品12の加熱後、恒温器13による加熱を停止して、加熱後の食品12(対象食品12a)を降温させる(冷却する)(S4)。このとき、食品12の温度が、S2での参照インピーダンスの測定温度と同じ温度となった時点で、第1測定部32は、電極11により加熱後の食品12(対象食品12a)のインピーダンスを測定し、測定値を対象インピーダンスとして取得する(S5、第1測定工程)。このように、本推定方法では、第1測定工程の前に第2測定工程が行われてもよい。
【0044】
また、ここでいう「同じ温度」とは、厳密に温度が同一であることを要求せず、インピーダンスの測定温度依存性の影響を実用上無視できる程度に近い温度であればよい。すなわち、対象インピーダンスの測定温度と参照インピーダンスの測定温度とが「同じ」とは、例えば、これらの測定温度の差が2℃以内であればよく、1℃以内であることが好ましく、0.5℃以内であることがより好ましい。
【0045】
次に、推定部34は、参照インピーダンスと対象インピーダンスとの差分値を取得し、加熱後の食品12の加熱状態を推定する(S6、推定工程)。このとき、取得した差分値は、参照インピーダンスの取得後に行われた加熱による、食品12の熱変性の進行度を示す指標となる。参照インピーダンスおよび対象インピーダンスの測定温度は同じであるため、これらの差分値は、インピーダンスの測定温度依存性の影響を受けず、加熱後の食品12の加熱状態を正確に示すものである。
【0046】
推定部34による加熱後の食品12の加熱状態の推定は、例えば、得られた差分値の大きさが大きいほど、強く熱変性している状態であると推定してもよい。また、今回取得した差分値について、熱変性の程度が既知の食品において予め本推定方法により得ていた、記憶装置35が記憶する差分値と比較して、加熱後の食品12の加熱状態を推定してもよい。
【0047】
本例では、対象食品12aと参照食品12bとが、同一の食品である。そのため、予め参照食品12bを準備してインピーダンスを取得する必要なく、食品12の加熱と合わせてインピーダンスを測定することで、加熱後の食品12の加熱状態を示す正確な指標を得ることができる。
【0048】
(3-2.参照インピーダンスを予め取得)
本推定方法の別の例について、
図3を参照して以下に説明する。
図3には、予め加熱により熱変性した参照食品12bの参照インピーダンスを取得し、その後に、別途加熱調理する対象である対象食品12aの対象インピーダンスを取得する例を示す。
【0049】
まず、S11からS13により参照インピーダンスを取得する。推定装置1のユーザは、参照食品12bを電極11の間に配置し(S11)、恒温器13により参照食品12bを加熱する(S12)。このとき、参照食品12bの被加熱条件は少なくとも、予定されている加熱が行われた後の対象食品12aよりも参照食品12bの方が、熱変性が進行した状態となる条件であることが好ましい。
【0050】
例えば、参照食品12bの被加熱条件は、予定する対象食品12aの被加熱条件よりも高い温度で加熱される条件であることが好ましい。また、参照食品12bの被加熱条件は、対象食品12aの被加熱条件と同じ温度またはそれ以上の温度で、対象食品12aの被加熱条件よりも長い時間加熱される条件であってもよい。
【0051】
次に、第2測定部33は、加熱後の参照食品12bの冷却中に、複数の測定温度において、電極11により参照食品12bのインピーダンスを測定し、測定温度ごとの測定値をそれぞれ参照インピーダンスとして取得する(S13、第2測定工程)。このとき、第2測定部33は、例えば、温度が所定の値(例えば1℃)変化するごとに参照インピーダンスを取得してもよいし、温度変化を問わず、所定の時間(例えば30秒)ごとに参照インピーダンスを取得してもよい。
【0052】
次に、推定装置1のユーザは、電極11の間に、参照食品12bと入れ替えで対象食品12aを配置し(S14)、恒温器13により対象食品12aを加熱する(S15)。第1測定部32は、対象食品12aの加熱中に少なくとも1回以上、電極11により対象食品12aのインピーダンスを測定し、対象インピーダンスとして取得する(S16、第1測定工程)。
【0053】
推定部34は、S16にて取得した対象インピーダンスの測定温度と同じ温度で測定した参照インピーダンスが存在するか否かを判定する(S17)。なお、第1測定部32は、対象食品12aのインピーダンスの測定について、その時点の温度と同じ測定温度で測定した参照インピーダンスが存在する場合にのみ行ってもよい。この場合、推定部34は、S17の処理をスキップしてもよい。
【0054】
対象インピーダンスの測定温度と同じ温度で測定した参照インピーダンスが存在すると判定した場合(S17でYes)、推定部34は、同じ測定温度における対象インピーダンスと参照インピーダンスとの差分値を取得する。そして推定部34は、取得した差分値から、当該測定温度時の対象食品12aの加熱状態を推定する(S18、推定工程)。なお、対象インピーダンスの測定温度と同じ温度で測定した参照インピーダンスが存在しないと判定した場合(S17でNo)、推定部34はS18の処理をスキップしてよい。
【0055】
そして、制御装置31は、対象食品12aの加熱が終了したか否かを判定する(S19)。対象食品12aがさらに加熱される場合(S19でNo)、制御装置31は処理をS15に戻し、前回の測定時とは異なる測定温度により測定された対象インピーダンスを取得してもよい。この場合、第1測定部32は、対象食品12aの加熱中に、複数の測定温度で対象インピーダンスをそれぞれ測定する。対象食品12aの加熱が終了したと判定した場合(S19でYes)、制御装置31は、本推定方法の処理を終了する。
【0056】
本例において、推定部34は、複数の測定温度ごとに対象インピーダンスと参照インピーダンスとの差分値をそれぞれ取得する。推定部34は、取得した差分値を個別に評価して、それぞれの測定温度において対象食品12aの加熱状態を推定してもよい。
【0057】
また、推定部34は、複数の当該差分値から対象食品12aの加熱状態を推定してもよい。すなわち、推定部34は、複数の差分値の変化に基づいて、対象食品12aの加熱状態を推定してもよい。本例において、加熱の進行により、対象食品12aの熱変性の程度が参照食品12bの熱変性の程度に近づくにつれて、前記差分値は小さくなると考えられる。そのため、推定部34は例えば、ある時点までの複数の差分値の変化を評価することで、当該時点からさらに加熱した場合の対象食品12aの加熱状態を推定してもよい。
【0058】
本例のように、本推定方法では、予め加熱して熱変性した参照食品12bを用いて、参照食品12bの加熱後の冷却中または再加熱中に、複数の測定温度ごとに参照インピーダンスを測定してもよい。参照食品12bは熱変性後であるため、測定温度ごとに得られる参照インピーダンスの変化は、熱変性による変化ではなく、測定温度依存性の影響による変化を主に反映するものとなる。したがって、このような参照インピーダンスと対象インピーダンスとの差分値を取得することで、対象食品12aの加熱による加熱状態の変化について、測定温度依存性の影響を効果的に排除して評価できる。
【0059】
なお、S11~S13により参照食品12bから取得した参照インピーダンスは、対象食品12aが同種の食品である限りにおいて、繰り返し使用されてもよい。すなわち、例えば記憶装置35に参照インピーダンスのデータが既に記憶されている場合、推定装置1のユーザは、S11~S13の処理を省略して、S14から本推定方法を実行してもよい。
【0060】
また、S11~S13の処理を、S14~S16の処理の後に実行してもよい。すなわち、第1測定部32により対象インピーダンスを取得した後に、第2測定部33により参照インピーダンスを取得してもよい。
【0061】
〔4.ソフトウェアによる実現例〕
推定装置1(以下、「装置」と呼ぶ)の機能は、当該装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、当該装置の各制御ブロック(特に制御装置31に含まれる各部)としてコンピュータを機能させるためのプログラムにより実現することができる。
【0062】
この場合、前記装置は、前記プログラムを実行するためのハードウェアとして、少なくとも1つの制御装置(例えばプロセッサ)と少なくとも1つの記憶装置(例えばメモリ)を有するコンピュータを備えている。この制御装置と記憶装置により前記プログラムを実行することにより、前記各実施形態で説明した各機能が実現される。
【0063】
前記プログラムは、一時的ではなく、コンピュータ読み取り可能な、1または複数の記録媒体に記録されていてもよい。この記録媒体は、前記装置が備えていてもよいし、備えていなくてもよい。後者の場合、前記プログラムは、有線または無線の任意の伝送媒体を介して前記装置に供給されてもよい。
【0064】
また、前記各制御ブロックの機能の一部または全部は、論理回路により実現することも可能である。例えば、前記各制御ブロックとして機能する論理回路が形成された集積回路も本発明の範疇に含まれる。この他にも、例えば量子コンピュータにより前記各制御ブロックの機能を実現することも可能である。
【0065】
また、前記各実施形態で説明した各処理は、AI(Artificial Intelligence:人工知能)に実行させてもよい。この場合、AIは前記制御装置で動作するものであってもよいし、他の装置(例えばエッジコンピュータまたはクラウドサーバ等)で動作するものであってもよい。
【実施例0066】
〔実験例1.豚肉の加熱状態の評価〕
対象食品として豚肉を用いて本推定方法を行った場合の加熱状態の推定結果を、従来法による評価結果と比較した。
【0067】
(1-1.本推定方法の材料および方法)
食品12として、市販の未加熱の豚肉(国産、ヒレ肉)を用いた。当該豚肉から筋および脂身の部分をトリミングして赤身の部分のみ残し、切断面が筋繊維と垂直となるように約5mmにスライスして試料とした。約50gの試料を、面積が約100mm×100mmとなるようにレトルトパウチ(NCF2-6、3方シール袋、ナイロン15μm/ポリプロピレン60μm、120mm×200mm、カウパック株式会社)内に平面的に敷き詰めた。当該レトルトパウチは、開放部を切り取って120mm×150mmの袋状にして使用した。レトルトパウチの外側中央部には、温度測定用の熱電対を貼り付けた。本実験では、試料の側面の温度と中心の温度とは、同一とみなした。
【0068】
推定装置は、
図1に示す推定装置1を用いた。具体的には、2つの電極11としては平行平板電極(150mm×120mm×2mm、ステンレス製φ6mmパンチング板、開孔率40.2%)を用いた。恒温器13としては、電熱器に接続され、シリコンオイル(KF-96-50CS、信越化学工業株式会社)が充填されたステンレス鍋を用いた。LCRメータ20としては、LCRメータ(3532-80、日置電機株式会社)を用いた。ステンレス鍋、電熱器およびLCRメータにはアース線を接続し、外部からのノイズを除去した。
【0069】
試料が入ったレトルトパウチを平行平板電極の間に挟み込み、試料のインピーダンスの大きさ|Z|(単位Ω)を測定した。本実験例1においては以降、特記しない限り「インピーダンス」はインピーダンスの大きさ|Z|を意図する。インピーダンスの測定は、間隔30秒で経時的に行った。測定周波数は24370Hzとした。試料が目標温度(65℃、75℃、85℃、95℃)に達するまで電熱器により加熱した後、温度を6時間維持し、その後、電熱器による加熱を停止して降温させた。本測定は、約25℃の実験室内で行った。各温度条件について、それぞれ3回の測定を行った。
【0070】
(1-2.従来法の材料および方法)
従来法としては、(a)示差走査熱量計(DSC)を用いた試料のエンタルピー変化の評価法と、(b)弾性ひずみエネルギーを指標とした試料の硬さ評価法の2種類を実施した。これらの従来法はいずれも、食品を直接測定する必要があり、食品を容器内に密封した状態で状態を評価できる方法ではない。
【0071】
(a)試料のエンタルピー変化の評価法については、次に示す通り実施した。上述のインピーダンス測定に用いた各条件の試料約20mgをレトルトパウチから取り出して、アルミ製耐圧パンに封入し、DSC(DSC-60Plus、株式会社島津製作所)にセットした。また、未加熱の豚肉の試料(Raw)も準備した。DSCの温度校正には蒸留水およびインジウムを、熱量校正にはインジウムをそれぞれ用いた。基準物質にはα-アルミナを用いた。DSCによる測定温度範囲は20~100℃とし、昇温速度を5℃/minに設定した。試料の熱履歴がDSC昇温曲線に及ぼす影響を調べるため、一定の温度まで昇温測定(1stスキャン)後、5℃まで冷却し、再び同じ温度まで昇温測定(2ndスキャン)した。各条件についてそれぞれ3回の測定を行い、得られた結果をDSC付属のソフトウェア(LabSolutions TA、株式会社島津製作所)により解析した。
【0072】
(b)試料の硬さ評価法については、次に示す通り実施した。上述のインピーダンス測定に用いた各条件の試料をレトルトパウチから取り出して、試料の硬さをプランジャー貫入試験により測定した。プランジャー貫入試験では、小型の材料試験機(EZ-SX、株式会社島津製作所)を用いた。材料試験機のロードセル(感圧部)に直径5mmの円柱形のプランジャーを取り付け、10mm/minで試料のスライス面(試料の筋繊維方向)にプランジャーを貫入させた。各試料についてそれぞれ10回の測定を行った。測定により得られた荷重-変位曲線から、降伏点に達するまでの面積を弾性ひずみエネルギーとして算出し、試料の硬さの評価を行った。得られた結果は、材料試験機付属のソフトウェア(TRAPEZIUM X、株式会社島津製作所)によって解析した。
【0073】
(1-3.本推定方法の結果)
図4に、本推定方法の結果を示す。
図4の符号401に示す図は、試料の加熱開始(40℃)から各目標温度(65℃、75℃、85℃、95℃)に達し、その後40℃に降温するまでのインピーダンスの測定値を示す。
図4の符号402に示す図は、試料の加熱開始時点のインピーダンス測定値を参照インピーダンスとし、加熱および降温後に40℃となった時点のインピーダンス測定値を対象インピーダンスとした場合の、これらの差分値Δ|Z|(単位:Ω)を示す。
【0074】
符号401に示す図の通り、加熱に伴って試料のインピーダンスは上昇した。一般に、食肉のインピーダンスは、構成する細胞の劣化または破壊等により低下する傾向があるが、今回の測定結果ではその逆の傾向を示した。試料を加熱すると、細胞の劣化等よりも、試料の熱変性に伴ってタンパク質が凝集したことが主に影響して、インピーダンスが上昇傾向を示したと考えられる。
【0075】
また、符号402に示す図の通り、差分値Δ|Z|は、加熱の最高到達温度が高いほど大きな値となった。このように、加熱の程度と差分値Δ|Z|の大きさとの間に比例関係が見られていることから、当該差分値は、試料の加熱状態を示すことが示唆された。なお、インピーダンスの測定温度依存性は、同じ測定温度で取得したインピーダンスの差分値Δ|Z|を取得することにより除去されている。そのため、得られた差分値Δ|Z|は試料の熱変性の程度を正確に示す指標となっていると考えられる。
【0076】
(1-4.従来法の結果)
図5に、(a)試料のエンタルピー変化の評価の結果を示す。
図5の符号501に示す図は各試料のDSC測定結果を示し、符号502に示す図は規格化エンタルピーの評価結果を示す。規格化エンタルピーとは、各試料について40~100℃における吸熱反応のエンタルピーを算出し、そこから未加熱試料(Raw)のエンタルピーを除した値である。
【0077】
符号501に示す図の通り、未加熱試料では約50℃からタンパク質の熱変性を示す吸熱反応のピークが見られた。また、各目標温度で加熱後の試料は、当該目標温度以下の温度では吸熱反応のピークが見られなかった。また、符号502に示す図の通り、強く加熱された試料ほど規格化エンタルピーは小さな値となった。このように、規格化エンタルピーは、試料の熱変性の程度と相関することから、試料の加熱状態の指標となるものである。
【0078】
また、
図6に、(b)試料の硬さ評価の結果を示す。
図6の符号601は、各試料の荷重-変位曲線を示す。
図6の符号601に示す図において、×印はピークトップである破断点を示し、黒塗り矢印は降伏点を示し、白抜き矢印は明確な降伏点ではないがわずかな降伏を示した点を示している。また、
図6の符号602に示す図は弾性ひずみエネルギーを示す。
【0079】
符号601に示す図の通り、約65℃加熱後の試料では、破断エネルギー(荷重-変位曲線の破断点までの面積)と弾性ひずみエネルギーとがほぼ同じである。一方、75℃以上に加熱した各試料では破断エネルギーに占める弾性ひずみエネルギーの割合が小さい。当該割合は、小さいほど弾性に乏しい性質であることを示すものである。
【0080】
また、符号602に示す図の通り、試料の物性の指標として弾性ひずみエネルギーを比較したところ、試料の加熱温度が低いほど弾性ひずみエネルギーが大きかった。このように、弾性ひずみエネルギーは、加熱による、試料中の弾性繊維およびアクチン等の熱変性の進行度と負の相関を示しており、試料の加熱状態の指標となるものである。
【0081】
(1-5.本推定方法の結果と従来法の結果との相関)
本推定方法により得られたインピーダンスの差分値Δ|Z|と、従来法による評価指標との結果の相関について検討した。
図7は、本推定方法により得られた各試料の差分値Δ|Z|(
図4の符号402に示す図参照)と、同試料を用いて取得した弾性ひずみエネルギー(
図6の符号602に示す図参照)との比較結果を示している。
【0082】
図7に示すように、加熱処理温度が高い試料ほど、差分値Δ|Z|は大きくなり弾性ひずみエネルギーは小さくなる傾向を示した。すなわち、試料の加熱状態に対する、差分値Δ|Z|と弾性ひずみエネルギーとの間には、負の相関があることが明らかとなった。
【0083】
また、
図4の符号402に示す図と、
図5の符号502に示す図とを比較すると、試料の加熱状態に対する、差分値Δ|Z|と規格化エンタルピーとの間にも同様に、負の相関が見られた。
【0084】
以上のように、本推定方法により得られる差分値Δ|Z|は、従来から食品の加工状態を評価するために用いられている弾性ひずみエネルギーおよび規格化エンタルピーと同様に、食品の加熱状態を評価する指標となることが示された。本推定方法は、食品が密封されている非金属製容器の開封を要さず、従来法と同等の精度により非破壊的に食品の加熱状態を評価できる点で、極めて有用である。
【0085】
〔実験例2.豚肉を2回加熱したときの経時的なインピーダンス測定値〕
前記の実験例1では、未加熱の試料から参照インピーダンスを取得して、加熱後の試料の加熱状態の評価を行った。本実験例2では、実験例1と同様に豚肉を試料として、熱変性後の試料のインピーダンスについて検討する。
【0086】
(2-1.材料および方法)
試料およびインピーダンス測定方法は、実験例1と同様に実施した。本実験例2では、試料の加熱冷却を2回繰り返して行った。具体的には、試料を約75℃まで加熱して加熱を停止し、約30℃まで降温させた(1回目の加熱冷却)。その後、同試料をもう一度約75℃まで加熱して加熱を停止し、約37℃まで降温させた(2回目の加熱冷却)。1回目の加熱開始から2回目の冷却終了までの間、間隔30秒で経時的にインピーダンスの大きさ|Z|を取得した。なお、本実験例2は実験例1と同様、特記しない限り「インピーダンス」はインピーダンスの大きさ|Z|を意図する。
【0087】
(2-2.結果)
図8に示すように、試料のインピーダンスは、1回目の加熱開始時には約9100Ωであったが、65℃前後まで徐々に低下した後急速に約10500Ωまで上昇した。そこから、1回目の加熱停止後の降温時には約11000Ωまで緩やかな上昇が見られた。続いて2回目の加熱を行ったところ、試料のインピーダンスは、加熱に伴って1回目の加熱停止時と同様の10500Ωまで徐々に低下し、加熱停止後の2回目の降温時はまた、約11000Ωまで緩やかな上昇が見られた。
【0088】
本結果について、1回目の加熱時の急速なインピーダンスの上昇は、試料の熱変性に伴う上昇と考えられる。一方、1回目の加熱停止後、少なくとも最高到達温度の約75℃以下の温度範囲においては、試料の加熱状態について、加熱または冷却に伴う変化はほぼ起こらなかったと考えられる。そうすると、1回目の降温時、2回目の加熱時および降温時にそれぞれ見られた若干のインピーダンス変化は、インピーダンスの測定温度依存性のみによる変化を表していることが示唆される。これは、1回目の加熱停止後の試料が、インピーダンスの測定温度依存性を補正するための参照食品として有用であることを示す結果である。
【0089】
例えば、1回目の加熱停止後の試料を参照食品として用いて、その降温時または再加熱時に複数の測定温度で参照インピーダンスを取得し、得られた複数の参照インピーダンスを用いて対象食品のインピーダンス測定値との差分値を取得してよい。このようにして得られた複数の差分値は、インピーダンスの測定温度依存性の影響を除去した状態での、対象食品の加熱状態の変化を正確に示す指標として有用であると考えられる。
【0090】
〔実験例3.各種デンプンを2回加熱したときの経時的なインピーダンス測定値〕
実験例2と同様の2回の加熱冷却処理、およびその間のインピーダンスの変化について、デンプンを試料として検討した。
【0091】
(3-1.材料および方法)
インピーダンスの測定方法は、実験例1と同様に実施した。本実験例3で用いた推定装置1について、実験例1と異なる点として、電極11にはヒートシンク構造となった2枚の電極板(150mm×120mm×6mm)を用い、当該電極板の内部にシリコンオイルを循環させた。恒温器13の機能は、当該電極板の内部を流れるシリコンオイルを、恒温循環層(ECOLINE RE104、ラウダ社)により加熱する構成により実現した。また、2枚の電極板は、アルミ箔を貼り付けた発泡スチロール製のシールド箱(310mm×380mm×142mm)の内部に設置した。シールド箱のアルミ箔とLCRメータのアース部分とを接続して、外部からのノイズを遮断した。
【0092】
試料としては、馬鈴薯デンプン、トウモロコシデンプン、小麦デンプンおよびサツマイモデンプンの4種類のデンプンを用いた。各デンプンについて、沈殿を防ぐために0.15質量%キサンタンガム水溶液を用いて30質量%デンプン-キサンタンガム懸濁液とし、これをレトルトパウチ(15cm×12cm)に約15g充填して試料とした。
【0093】
インピーダンスの測定は、1000Hz~1MHzの間を対数間隔で80点とり、一例として周波数269400HzにおけるレジスタンスRpまたはキャパシタンスCpの変化を確認した。レジスタンスRpおよびキャパシタンスCpはそれぞれ、インピーダンスに含まれる物理量の一種である。インピーダンスおよび試料の温度は、3.5分ごとに繰り返し測定を行った。
【0094】
インピーダンスの測定中、試料の加熱冷却を2回繰り返して行った。具体的には、馬鈴薯デンプンの試料について、試料を約80℃、約65℃または約50℃までそれぞれ加熱して加熱を停止し、約30℃まで降温させた(1回目の加熱冷却)。その後、同試料をもう一度同じまで加熱して加熱を停止し、約30℃まで降温させた(2回目の加熱冷却)。1回目の加熱冷却開始から2回目の加熱冷却終了までの間、経時的にレジスタンスRpを取得した。
【0095】
また、4種類のデンプンの試料についてそれぞれ、試料を約80℃まで加熱して加熱を停止し、約30℃まで降温させた(1回目の加熱冷却)。その後、各試料をもう一度約80℃まで加熱して加熱を停止し、約30℃まで降温させた(2回目の加熱冷却)。1回目の加熱冷却開始から2回目の加熱冷却終了までの間、経時的にキャパシタンスCpを取得した。
【0096】
(3-2.結果)
図9は、馬鈴薯デンプンを試料として2回の加熱冷却を行い、レジスタンスRpを測定した結果を示す。
図9の符号901に示す図は約80℃まで加熱した条件、符号902に示す図は約65℃まで加熱した条件、符号903に示す図は約50℃まで加熱した条件について、それぞれ結果を示す。
【0097】
図9に示すように、実験例2で豚肉を試料とした場合と同様、馬鈴薯デンプンを試料としても、1回目の加熱時に試料の加熱状態の変化によりレジスタンスRpが大きく変化した。これは、加熱の最高到達温度が高いほどレジスタンスRpの変化量が大きかったことからも明らかである。1回目の加熱停止後のレジスタンスRpの緩やかな変化は、測定温度依存性のみの影響によるものと考えられる。
【0098】
このように、馬鈴薯デンプンであっても豚肉の場合と同様に、1回目の加熱停止後の試料を参照食品として、インピーダンスの差分値を用いた加熱状態の推定が可能であることが示された。また、加熱状態の推定に用いるインピーダンスの測定値は、インピーダンスの大きさ|Z|に限られず、インピーダンスに含まれるレジスタンスRpであっても問題ないことが示された。
【0099】
図10は、4種類のデンプンを試料として2回の加熱冷却を行い、それぞれキャパシタンスCpを測定した結果を示す。
図10の符号1001に示す図はトウモロコシデンプン、符号1002に示す図は小麦デンプン、符号1003に示す図はサツマイモデンプン、符号1004に示す図は馬鈴薯デンプンを試料とした場合の結果をそれぞれ示す。
【0100】
図10に示すように、馬鈴薯デンプン以外のデンプンであっても、1回目の加熱時には試料の加熱状態の変化によりキャパシタンスCpが大きく変化し、1回目の加熱停止後は、測定温度依存性のみの影響によりキャパシタンスCpが変化することが示された。したがって、馬鈴薯デンプン以外の各種デンプンについても、馬鈴薯デンプンと同様に、1回目の加熱停止後の試料を参照食品として、インピーダンスの差分値を用いた加熱状態の推定が可能であることが示された。また、加熱状態の推定に用いるインピーダンスの測定値は、インピーダンスに含まれるキャパシタンスCpであっても問題ないことが示された。