(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146212
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】転がり疲れ試験片の製造方法、及び、転がり疲れ試験方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/04 20190101AFI20231004BHJP
【FI】
G01M13/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053288
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(74)【代理人】
【識別番号】100180699
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 渓
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AC01
2G024BA12
(57)【要約】
【課題】鋼材中における母相と隙間を有する円盤状の介在物の有害性を検証可能な転がり疲れ試験片の製造方法、及び、転がり疲れ試験方法を提供する。
【解決手段】鋼製の試験片本体部を作製し、前記試験片本体部の表面に所定径、所定深さの穴を形成し、試験片に導入するために介在物の粒子を造粒することで形成した顆粒を前記穴に投入し、前記穴の寸法に対して相似形状で直径がわずかに小さい柱状鋼材を前記穴に組み込んで前記顆粒を破砕し、前記柱状鋼材が組み込まれた前記試験片本体部に対して熱間等方圧加圧加工を行って破砕された状態の介在物を前記試験片本体部に密着状態となるように導入し、前記熱間等方圧加圧加工を行った前記試験片本体部を所定の方向に引張加工して、導入された前記介在物の周囲の少なくとも一部に隙間を形成することを特徴とする転がり疲れ試験片の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の試験片本体部を作製し、
前記試験片本体部の表面に所定径、所定深さの穴を形成し、
試験片に導入するために介在物の粒子を造粒することで形成した顆粒を前記穴に投入し、
前記穴の寸法に対して相似形状で直径がわずかに小さい柱状鋼材を前記穴に組み込んで前記顆粒を破砕し、
前記柱状鋼材が組み込まれた前記試験片本体部に対して熱間等方圧加圧加工を行って破砕された状態の介在物を前記試験片本体部に密着状態となるように導入し、
前記熱間等方圧加圧加工を行った前記試験片本体部を所定の方向に引張加工して、導入された前記介在物の周囲の少なくとも一部に隙間を形成することを特徴とする転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項2】
前記熱間等方圧加圧加工によって、前記試験片本体部に組み込まれた前記柱状鋼材と前記穴との界面に、Si系酸化物群を形成することを特徴とする請求項1に記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項3】
前記引張加工は、前記試験片本体部の前記引張加工を行う際における引張強度を1とした場合に、0.85倍以上0.95倍以下の応力を前記試験片本体部に負荷することを特徴とする請求項1または2に記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項4】
前記引張加工後に、前記試験片本体部の硬さを55HRC以上にすることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項5】
前記介在物は、非金属介在物または非金属介在物に類似した組成を有する化合物であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項6】
破砕された状態の前記介在物は、前記穴の底部において円盤状に広がっていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項7】
前記穴は、前記試験片本体部の転がり疲れ試験の軌道相当位置に形成されることを特徴とする請求項1から6のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法によって製造した試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行うことを特徴とする転がり疲れ試験方法。
【請求項9】
前記熱間等方圧加圧加工によって、前記試験片本体部に組み込まれた前記柱状鋼材と前記穴との界面に形成されるSi系酸化物群の位置と、前記顆粒の破砕前の前記穴の底部における位置と、に基づいて前記試験片に導入された介在物の導入位置を特定し、
特定した前記導入位置に基づいて転がり疲れ試験の軌道の位置を設定することを特徴とする請求項8に記載の転がり疲れ試験方法。
【請求項10】
前記転がり疲れ試験後の前記試験片に対する断面観察を行うための断面を、前記転がり疲れ試験の軌道の接線方向に平行な断面として、前記断面観察を行うことを特徴とする請求項9に記載の転がり疲れ試験方法。
【請求項11】
特定した前記導入位置に基づいて断面を研磨して断面観察を行うことを特徴とする請求項10に記載の転がり疲れ試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり疲れ試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受などの鋼材部品は、適正な潤滑条件下で使用されているにも関わらず、想定よりも早期に破損する(以下、「短寿命はく離」ともいう)ことがある。短寿命はく離は、鋼に含まれる非金属介在物(以下、「介在物」ともいう)によって引き起こされる。介在物は、鋼の製造工程である精錬工程、鋳造工程及び凝固過程で不可避的に生成される。
【0003】
介在物を起点とした短寿命はく離は、通常、部品の表面よりもやや内部の位置から発生する。例えば、部品が軸受の場合、転動体(球、ころ等)と転がり接触する軌道輪のやや内部に高いせん断応力が生じ、それが繰り返し作用することによって疲労(転がり疲れ)が進行する。前記の高いせん断応力の作用領域に有害な介在物が含まれていると、介在物から生じたき裂を発端として短寿命ではく離に至る。
【0004】
このように疲労が部品内部で進行するという特徴から、転がり疲れの直接的な観察は困難となっている。また、はく離後にその起点となった介在物が破面上に見つかることも稀であった。そのために、介在物が軸受寿命を左右すること自体には疑いがないにも関わらず、介在物と寿命との直接的な関係において明らかになってない部分がある。なお、転がり疲れの寿命指標としてはL10寿命が重用されている。L10寿命とは、同じ条件で複数個のサンプルの寿命試験をした場合に、そのうちの90%の試験片がはく離しない寿命を指す。すなわち、軸受の寿命は確率論的に評価されることが通例となっている。それを打破し、介在物と寿命や転がり疲れとの関係を直接的に観察し検証することが、短寿命はく離を回避可能な鋼を実現するために必要とみられる。
【0005】
特許文献1には、鋼中に投入した球形の粒子に対して、転がり疲れ試験を行う方法が開示されている。この方法では、寿命に関与する単体粒子(介在物)の大きさ、形状、組成、母相との隙間の状況、鋼中の存在位置といった諸情報について予め判明した状態から試験を行うことにより、単体の介在物の有害性(寿命や転がり疲れへの影響)を精緻に検証することが可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、精錬工程、鋳造工程及び凝固過程において鋼中に生成された介在物は、これらの下工程である圧延工程、鍛造工程等において形状や分散状態が変化する場合があり、部品寿命への有害性(以下、介在物有害性ともいう)を変化させる可能性がある。また、その介在物の形状の変化は鋼の加工方向に依存すると考えられる。特に大型部品の製造の際には、鍛造や拡径加工によって鋼材はさまざまな方向に広がるように加工されることが多く、介在物が加工方向に拡がるように分布する可能性がある。また介在物と母相間には加工中に隙間が形成される可能性がある。特許文献1の方法では、このような形状が変化した介在物や隙間が存在する鋼における転がり疲れ挙動を検証することは困難である。
【0008】
本発明の目的は、鋼材中における母相と隙間を有する加工方向に拡がって分散した介在物の有害性を検証可能な転がり疲れ試験片の製造方法、及び、転がり疲れ試験方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その発明の要旨は以下の通りである。
【0010】
(1)鋼製の試験片本体部を作製し、前記試験片本体部の表面に所定径、所定深さの穴を形成し、試験片に導入するために介在物の粒子を造粒することで形成した顆粒を前記穴に投入し、前記穴の寸法に対して相似形状で直径がわずかに小さい柱状鋼材を前記穴に組み込んで前記顆粒を破砕し、前記柱状鋼材が組み込まれた前記試験片本体部に対して熱間等方圧加圧加工を行って破砕された状態の介在物を前記試験片本体部に密着状態となるように導入し、さらに前記熱間等方圧加圧加工を行った前記試験片本体部を所定の方向に引張加工して、導入された前記介在物の周囲の少なくとも一部に隙間を形成することを特徴とする転がり疲れ試験片の製造方法。
【0011】
(2)前記熱間等方圧加圧加工によって、前記試験片本体部に組み込まれた前記柱状鋼材と前記穴との界面に、Si系酸化物群を形成することを特徴とする上記(1)に記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0012】
(3)前記引張加工は、前記試験片本体部の前記引張加工を行う際における引張強度を1とした場合に、0.85倍以上0.95倍以下の応力を前記試験片本体部に負荷することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0013】
(4)前記引張加工後に、前記試験片本体部の硬さを55HRC以上にすることを特徴とする上記(1)から(3)のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0014】
(5)前記介在物は、非金属介在物または非金属介在物に類似した組成を有する化合物であることを特徴とする上記(1)から(4)のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0015】
(6)破砕された状態の前記介在物は、前記穴の底部において円盤状に広がっていることを特徴とする上記(1)から(5)のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0016】
(7)前記穴は、前記試験片本体部の転がり疲れ試験の軌道相当位置に形成されることを特徴とする上記(1)から(6)のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法。
【0017】
(8)上記(1)から(7)のいずれか1つに記載の転がり疲れ試験片の製造方法によって製造した試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行うことを特徴とする転がり疲れ試験方法。
【0018】
(9)前記熱間等方圧加圧加工によって、前記試験片本体部に組み込まれた前記柱状鋼材と前記穴との界面に形成されるSi系酸化物群の位置と、前記顆粒の破砕前の前記穴の底部における位置と、に基づいて前記試験片に導入された介在物の導入位置を特定し、特定した前記導入位置に基づいて転がり疲れ試験の軌道の位置を設定することを特徴とする上記(8)に記載の転がり疲れ試験方法。
【0019】
(10)前記転がり疲れ試験後の前記試験片に対する断面観察を行うための断面を、前記転がり疲れ試験の軌道の接線方向に平行な断面として、前記断面観察を行うことを特徴とする上記(9)に記載の転がり疲れ試験方法。
【0020】
(11)特定した前記導入位置に基づいて断面を研磨して断面観察を行うことを特徴とする上記(10)に記載の転がり疲れ試験方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、鋼材中における母相との間に隙間を有する円盤状の介在物からのき裂挙動や、転がり疲れ寿命に対する有害性を検証することが可能になる。さらに、その結果に基づき鋼材の寿命改善方法の検討を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施形態の転がり疲れ試験片の構成を示す図である。
【
図2】実施形態の転がり疲れ試験片の製造工程を示すフローチャートである。
【
図3】介在物の導入及び引張加工前の試験片1の構成を示す図である。
【
図4】顆粒が投入された平底穴の上方からの写真である。
【
図5】顆粒が投入された平底穴にピンを差し込む前後の様子を模式的に示す模式図である。
【
図6】平底穴とピンとの界面部にSi系酸化物群が生じた試験片表面の写真である。
【
図7】引張加工用の形状に加工した試験片の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態である転がり疲れ試験片の製造方法、及び、転がり疲れ試験方法について、図を参照にして詳細に説明をする。
図1は、本実施形態の製造方法によって製造される試験片1の構成を示す図(正面図)である。試験片1は、後述の中空円形の試験片に対する引張加工により、引張方向Aに平行な方向を長軸とする略楕円盤形状の部材である。また、試験片1は中心部に内径穴部2を有する中空の部材である。そして、試験片1には、
図1に示す研磨面下の転がり疲れ試験軌道相当位置に円盤状に広がった介在物(以下、円盤状介在物とも言う)が埋設されている。円盤状介在物は試験片内部に導入され外から視認できないので、
図1において破線で示している。また、本実施形態の円盤状介在物は、後述の方法によって周囲の鋼と隙間が形成された状態で試験片1内に導入されている。なお、試験片1の形状はこれに限られず、試験内容に応じて適当な形状(例えば、円盤形状)に加工してもよい。
【0024】
(転がり疲れ試験片の製造方法)
本実施形態の転がり疲れ試験片の製造方法を説明する。
図2は、本実施形態の試験片1の製造方法を示すフローチャートである。まず、中空円盤状の試験片1(試験片本体部)を作製する(S101)。
図3は、介在物の導入及び引張加工前の試験片1の構成を示す図であり、(a)は試験片1の正面図であり、(b)は試験片1の(a)に示すX-X位置での断面図である。試験片1は、中心部に内径穴部2を有する中空円盤状の部材である。
図3に示す試験片1は、円盤状介在物が形成される前の状態の試験片本体部であり、目的とする加工方向に拡がった介在物を模擬した欠陥を形成するための造粒した粒子である顆粒を投入する平底穴4を有する。なお、平底穴4は後述する円盤状介在物を形成させる過程における熱間等方圧加圧加工により消滅する。試験片1の素材としては、一例としてSUJ2鋼のφ65圧延材を使用する。この鋼材に、例えば865℃で1h保持後に空冷する焼ならし、および最高点加熱温度を800℃とし、その温度で保持後に徐冷を行う球状化焼なましを施す。そこから、所定の外径、内径(内径穴部2の径)、厚さ(例えば、外径60mm、内径20mm、厚さ8mm)に削り出し、片面をバフ研磨仕上げした試験片1(試験片本体部)を作製する。バフ研磨は、転がり疲れ試験の軌道が配置される面となる平底穴4を形成する面に対して行う。なお、試験片の上記外径、内径、及び厚さについては、試験条件に応じて、適宜変更される。
【0025】
次に、試験片1のバフ研磨面側の転がり疲れ試験の軌道相当位置下に所定の径、所定の深さ(例えば、直径1mmで深さ2mm)の平底穴4をドリル加工で形成する(S102)。なお、平底穴4の上記直径、及び、深さについては、試験条件および投入粒子の形状や大きさ、介在物を埋設する試験片1の厚み方向における位置に応じて、適宜変更されうる。
【0026】
なお、ここでは一例としてSUJ2鋼を用いた事例を説明したが、それ以外の鋼も利用することができる。その場合、焼ならしや球状化焼なましや後述の試験片再加工時の焼ならしや球状化焼なましは、選定した鋼種に合った条件を選定するか、鋼種によっては省略してもよい。
【0027】
次に、試験片1に導入する介在物の粒子を造粒して形成される顆粒を平底穴4に投入する(S103)。本実施形態において試験片1に人工的に導入する欠陥である介在物には、鋼中の介在物組成として代表的な非金属介在物であるアルミナ(Al2O3)を想定し、微小なAl2O3の粒子を造粒して形成した顆粒を用いる。顆粒の形状は球形であることが好ましい。顆粒としては、後の工程である柱状鋼材であるピン8の組み込み時に破砕が可能な程度の強度を有する顆粒を用いる。顆粒を製造する過程で有機物が付着している場合には、以降の熱間等方圧加圧加工時のアウトガスの原因となり得るため、顆粒を焼成して有機物を飛ばしておくと良い。また、顆粒を取り扱い可能な程度の強度にするために仮焼結を行っても良い。ただし、粒子の破砕が不可能となる完全焼結は避ける必要がある。なお、試験片1に導入する介在物は、アルミナ以外の非金属介在物でもよいし、非金属介在物に類似した組成を有する化合物であってもよく、所望の化学組成のものを用いればよい。
【0028】
顆粒の作製方法としては、例えば、フリーズグラニュレーション法(凍結造粒法)によってアルミナの微小粒子を顆粒状に造粒することができる。上記の方法で作製されたアルミナの顆粒には、有機物が付着しているので、その場合には有機物を除去するための熱処理を行う。熱処理温度としては、顆粒が自然には崩壊せずに、ピン8の組み込み時には破砕できる程度の強度となる不完全な焼結状態とするために目的として、1400℃で2時間保持する熱処理を行った。
【0029】
そのようにして作製した顆粒の中から、CCDカメラ付き実体顕微鏡と組み合わせた、粒子の精密走査を自在に行うための精密制御装置を使って、1粒の顆粒を選定し、平底穴4内に投入した。
【0030】
このときの顆粒のピックアップとリリースは精密制御装置に接続した先端部内径50μmのマイクロピペットを介して行った。このマイクロピペットの先端部内径はピックアップする粒子の大きさに応じて適宜サイズを変更してもよい。なお、顆粒を平底穴4に投入するにはピペット先端での吸着を解除することで行う。
図4に平底穴4に投入した顆粒の写真を示す。
図4の写真は、平底穴4を上方から撮影した写真であり、一点鎖線で示している部分が平底穴4の円形の平底の範囲である。
図4において、円形破線で囲った位置にあるのが投入した顆粒である。本実施形態において一例として投入した顆粒の直径は100μm程度であった。なお、顆粒の上記直径については試験条件に応じて適宜変更されうる。
【0031】
また、顆粒を平底穴4に投入した後、後述のピン8を差し込んで顆粒が破砕される直前の平底穴4の底部における位置を顕微鏡等で確認する。位置を確認後、平底穴4内の顆粒が移動しないようにピン8を差し込んで破砕することで、この破砕前に確認した位置を、破砕された介在物の平底穴4内における位置の目安とすることができる。
図4の写真の例では、投入した顆粒の平底穴4の底部における中心の位置は、平底穴4の中心からX方向(写真上方向)に130μm、Y方向(写真左方向)に250μmの位置であった。
【0032】
次に、平底穴4に柱状鋼材であるピン8を組み込む(S104)。
図5に、顆粒6を投入した平底穴4にピン8を組み込む操作前後の模式図を示す。
図5の(a)はピン8の組み込み前の状態を示し、(b)は組み込み後の状態を示す。なお、
図5においては分かりやすくするために顆粒6を大きく記載している。
【0033】
ピン8は平底穴4と相似形状で平底穴4の寸法に対してわずかに小さい直径を有する円柱状の鋼材である。本実施形態のピン8は、一例として直径が0.95mmで長さが2mmである。また、ピン8は、後述の熱間等方圧加圧処理によって試験片1の母材と密着するように、試験片1と同じ又は同等の鋼材とするのが好ましい。ピン8を平底穴4に
図5(b)に示すように差し込んで組み込むことで顆粒6を破砕する。その際、破砕された顆粒6は平底穴4の底部において円形の平板状に広がる。つまり、
図5(b)において破砕された顆粒は図示していないが、球状の顆粒6は、ピン8の底面によって押しつぶされることで、平底穴4の底部とピン8の底面の間に円盤状に広がった状態の円盤状介在物を形成する。なお、本実施形態においては破砕された介在物が円盤状の形状であるとして説明するが、形状は円形に限られず、ピン8によって顆粒が破砕されて平たく広がった状態で試験片1内に埋設されていればよい。
【0034】
次に、ピン8が組み込まれて円盤状介在物が平底穴4内にある試験片1に対して熱間等方圧加圧処理を行い、ピン8及び円盤状介在物を周囲の鋼と密着させることにより、円盤状介在物を試験片1に導入する(S105)。具体的には、別途用意した低炭素製のケースに試験片1を収め、試験片1の内径穴部2に芯金を入れてからケースを密閉する。ケース内部を真空脱気した後、圧力147MPa、温度1170℃で5h保持する熱間等方圧加圧加工を施し、ケースごと徐冷する。
【0035】
この熱間等方圧加圧の条件は、破砕した顆粒である円盤状介在物と周囲の母相である鋼とを密着させる手段として、1160℃以上の温度で110MPa以上の熱間等方圧加圧加工を加えればよい。より望ましい熱間等方圧加圧の圧力は140MPa以上である。熱間等方圧加圧を行う時間も上記時間に限られず、密着させることができる時間であればよい。以上の熱間等方圧加圧加工によって、破砕された状態の介在物が試験片1内に密着状態で導入される。
【0036】
本実施形態の方法で試験片1を作製したことにより、平底穴4とピン8(柱状鋼材)の界面に、数μm程度の大きさの微小なSi系酸化物群が不可避的に点在して形成される。
図6に、試験片1の表面における上記界面部分に現れたSi系酸化物の写真を示す。
図6に示すように、円形の点線枠内に沿って、平底穴4と同等の大きさの円形状にSi系酸化物群が点在している。これらは転がり疲れ試験において軌道配置する際の欠陥(円盤状介在物)導入箇所の目印として利用できる。なお、これらのSi系酸化物の個々の大きさは数μm以下とごく小さいため、はく離寿命に対して影響を及ぼすものではない。
【0037】
熱間等方圧加圧加工に続いて、後工程の引張加工に必要な硬さ調整のために、S105で熱間等方圧加圧処理を行った試験片1に焼ならしと球状化焼なましを施して硬さ調整を行う(S106)。
【0038】
次に、試験片1に埋設した円盤状介在物と周囲の鋼との界面の一部に隙間を形成するための引張加工を行う(S107)。まず、試験片1を、引張加工を付与するための形状に加工する。具体的には、S105における熱間等方圧加圧処理のためのケースから試験片を削り出して、再び試験片の形状(一例として、外径58mm×内径20mm×厚さ6.2mm)に加工する。そして、内径穴部2の形状を、引張加工を行うための形状に加工する。本実施形態では、試験片1の平底穴4内に埋設した円盤状介在物の近傍に、引張加工による応力が集中しやすいように、内径穴部2の形状を加工する。
【0039】
図7に引張加工用の形状に加工した試験片1の模式図を示す。試験片1は
図7に示すように、内径穴部2が研削などによって、引張加工用の特殊な形状に加工された穴部20を有する。具体的には、円盤状介在物が埋設されて組み込まれた平底穴4(ピン8)と内径穴部2の中心とを通る第1の径方向の両側に向けて、内径穴部2が研削等により加工される。また、上記径方向に垂直な方向と平行な第2の径方向の両側に向けて、内径穴部2が研削等により加工される。第2の径方向は、後述の引張加工を行う際の引張方向Aの方向とする。円盤状介在物は、試験片1の中心を通る中心線のうち、引張方向Aと直交する中心線上に配置する。
【0040】
引張加工用の穴部20を加工する際に円盤状介在物を上記の通り配置されるようにするため、試験片加工に先立って、平底穴とピンとの界面に形成されたSi系酸化物の位置と前述のように特定しておいた破砕前の顆粒の平底穴内の位置との関係を頼りとして埋設した円盤状介在物の位置(座標)を特定する。この座標をもとに穴部20の加工位置の調整を行う。なお、引張加工の後、周波数50MHzの超音波探傷試験を行って後述のスラスト型転がり疲れ試験における作用応力深さに適するように円盤状介在物の深さを調整する工程が入る。そこで、引張加工用の試験片1における円盤状介在物の試験片表面からの配置深さに関して、引張加工後の超音波探傷時において試験片表面近傍の不感帯領域を避けた探傷が可能となるように考慮して深さを調整しておくようにする。なお、円盤状介在物の超音波探傷試験による位置特定に関し、その位置が精密に特定できれば、探傷のための探触子周波数は50MHzには特定されず、それ以外の周波数帯を選択しても良い。
【0041】
そして、以上のようにして形成した試験片1に対して引張加工を行う。引張加工については、本実施形態では引張加工用の高硬度鋼製ピンを使って試験片1の穴部20を径方向(引張方向A)に引っ張る方式により行った。引張加工用のピンは、例えば直径12mmのSUJ2の丸棒の一部を長手方向に研削したのち、焼入焼戻しにより60HRC程度に調整したものを一組み作製すればよい。試験片1の穴部20の引張方向両側の凹部の位置にそれぞれ引張加工用のピンを通し、そのピンをサーボ試験機に取り付けた引張加工用の冷間ダイス鋼製治具(治具にはピンの断面形状に合わせた孔加工を付与)に固定する。そして、ダイスに固定した引張加工用のピンを介して試験片1に対して冷間で引張加工を加える。
【0042】
本実施形態のようにSUJ2の球状化焼なまし状態の試験片1に対して引張加工を加えて、介在物周囲の母相との間の一部に隙間を形成させようとする場合には、球状化焼なまし材である試験片1の引張強さを1とした場合に、円盤状介在物を埋設した箇所の近傍に少なくとも、その0.85倍程度以上の応力が負荷されるように引張加工を行うことが好ましい。なお、試験片1の引張強さを1とした場合に、その0.85倍程度以上の応力を加えることに関して、円盤状介在物の存在によってもたらされる応力集中作用は考慮していない。ただし、実際上は、円盤状介在物の周囲の応力集中作用のアシストによって、円盤状介在物の周囲には引張強さを超える応力が作用することを通じ、円盤状介在物の周囲にのみ隙間を形成させることが可能になる。
【0043】
引張加工によって円盤状介在物の近傍に負荷される応力は0.95倍以下とすることが好ましい。より望ましくは0.93倍以下である。引張加工で付与される応力に好ましい上限を設けるのは、埋設した円盤状介在物の周囲以外の箇所にもボイド等の欠陥が形成され、それらが転がり疲れ挙動や寿命に及ぼす影響を避けるためである。引張加工の後、後述のスラスト試験における位置調整を行い易くするため、引張加工後の試験片1の穴部20については再び研削等を行って
図1に示す円形状に加工することが好ましい。以上の引張加工によって、密着状態で導入された介在物の周囲の少なくとも一部に隙間を形成することができる。
【0044】
なお、引張加工前の試験片1の穴部20の形状は、
図7に例示した形状のみならず、円盤状介在物の周囲の隙間の形成に必要な応力付与が担保されるようであれば必要に応じて変更して良い。また、試験片1の厚みについても本実施形態の厚みに限定されるものでは無い。ただし、試験片1の形状や厚みに対し、引張加工時に引張加工用のピンが塑性変形しないようにする必要がある。
【0045】
次に、硬さ調整を行う(S108)。具体的には、焼入焼戻し(835℃-0.5h、油冷→180℃-1.5h、空冷)を行って試験片1の硬さを62HRC程度に調整する。このとき、人工的に導入した内部の円盤状介在物に対して転がり疲れを付与する本実施形態の目的のため、試験片の硬さは、55HRC以上とすることが好ましい。これより硬さが低い場合は、欠陥やその周辺のみならず、母相の転がり疲れが進行するため、欠陥自体の有害性を区別して検証することが難しい。より望ましい試験片の硬さは、58HRC以上である。
【0046】
続いて、円盤状介在物の試験片1表面からの深さ位置の調整を行う(S109)。具体的には、試験片1の表面に形成される熱処理時の酸化スケールを平面研削で除去してから、周波数50MHzの超音波探傷試験により試験片1中の円盤状に広がったアルミナ(円盤状介在物)の深さ(試験片1の厚み方向における位置)を特定し、この深さ情報をもとに試験片1のバフ研磨仕上げを行う。バフ研磨によって、後述のスラスト型転がり疲れ試験条件における高せん断応力深さ域に円盤状に広がったアルミナが配置されるように調整する。以上の本実施形態の試験片1の製造方法により、
図1に示す楕円盤形状の試験片が形成される。
【0047】
(転がり疲れ試験方法)
次に、以上の転がり疲れ試験片の製造方法によって製造した試験片1を用いて行う転がり疲れ試験方法を説明する。スラスト型転がり疲れ試験を行うにあたり、円盤状介在物の埋設位置を特定する。具体的には、まず、
図6に示した、円盤状介在物の埋設箇所の精密目印となる微小Si系酸化物粒子群の試験片1上での位置を特定する。上述の通り
図6の円形に点在するSi系酸化物粒子群が、平底穴4とピン8との界面の位置に相当する。そして、試験片製造方法のS103において
図4の写真から求めた平底穴4内における介在物の中心位置に基づき、介在物の導入位置である介在物の直上の位置を特定する。
【0048】
ここで、
図4の写真から求めた介在物の中心位置において試験片1を切断し、断面観察を行った写真を
図8に示す。
図8より、試験面(試験片表面)に対して平行に板状に広がった幅200μm程度の介在物が確認され、円盤状に広がっていると考えられる。また、
図8の拡大図に示すように、円盤状介在物と周囲の鋼との間に隙間が生じている。転がり疲れ試験後にも、同様にして断面観察を行うことで、介在物埋設箇所周辺の転がり疲れ挙動を確実に観察することができる。
【0049】
次に、転がり疲れ試験を行うために、転動体が円盤状介在物の直上を通るように軌道の位置を設定する。試験片1の配置に関しては、例えば、上板にSUJ2製単式スラスト軸受のレース(型番51305)を使用し、下板を円盤状介在物が埋設された試験片1とし、上板と下板の間に転動体として直径3/8インチのSUJ2製鋼球3球を120度ピッチで等分配置する。なお、軌道の配置に関しては、微小なSi系酸化物粒子群を活用することで埋設箇所直上の位置は特定されるのであるから、埋設箇所直上を軌道幅の中心が通るようにしてもよく、また、敢えて軌道幅の中心から適宜ずらすようにすることも目的に応じて選択してよい。
【0050】
続いて転動体と試験片1の接触部に4.5GPaの最大ヘルツ接触応力が加わるように荷重を付与する。このときの負荷サイクル速度は1800サイクル/min、潤滑はISO VG68油浴への浸漬方式とし、常温で試験を実施する。ここで示した試験条件は一例であり、調査の目的に応じて変更しても良い。
【0051】
次に、スラスト型転がり疲れ試験を行った後、円盤状に広がったアルミナ(円盤状介在物)周囲の疲労度合いを調査する目的で試験片1の断面観察を行う。観察断面は、スラスト型転がり疲れ試験の軌道の接線方向に平行な断面で行う。事前に判明しているアルミナ(円盤状介在物)の位置情報に基づき精密研磨と光学顕微鏡観察を繰り返し行うことで、正確な断面観察を行うことができる。
【0052】
以上の通り、本実施形態の人工的な欠陥導入による転がり疲れ試験方法を用いることにより、円盤状の介在物を人工的に導入し、それを対象として転がり疲れ試験を行い、事前に把握していた介在物導入位置の位置情報を元に試験後に介在物埋設箇所周辺の転がり疲れ挙動を確実に観察することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 試験片
2 内径穴部
4 平底穴
6 顆粒
8 ピン
20 穴部