(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146617
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】MPC様構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/09 20100101AFI20231004BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20231004BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231004BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C12N5/09
C12Q1/04
A61P35/00
A61K45/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053883
(22)【出願日】2022-03-29
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅田 大介
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C084
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QX01
4B065AA90X
4B065BC06
4B065BC46
4B065CA46
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB261
4C084ZB262
(57)【要約】
【課題】 MPC様構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】 肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することにより、微小乳頭癌(micropapillary carcinoma:MPC)様構造体を得る工程を含む、MPC様構造体の製造方法。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することにより、微小乳頭癌(micropapillary carcinoma:MPC)様構造体を得る工程を含む、MPC様構造体の製造方法。
【請求項2】
前記三次元培養が、細胞外基質タンパク質の存在下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞外基質タンパク質が、ラミニン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、及びエンタクチン/ナイドジェンからなる群より選択される一種以上のタンパク質を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記肺腺癌由来細胞が、A549細胞を含む、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体。
【請求項6】
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体を低酸素条件下で培養することにより、MPC様構造体を維持する工程を含む、MPC様構造体の維持培養方法。
【請求項7】
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体を用いる、MPCを治療又は予防する効果を有する物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
Mucin1(MUC1)、HIF-1、及びRhoA/ROCKシグナル伝達経路関連分子からなる群より選択される一種以上を標的とする物質を有効成分とする、MPC治療用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MPC様構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微小乳頭癌(micropapillary carcinoma:MPC)は、間質裂隙内の小癌細胞集塊という特徴的な形態を呈する癌の総称で、肺、乳腺、膀胱、大腸、胃、膵臓、及び唾液腺原発等種々の腺癌において高悪性度を示すことが報告されている(非特許文献1、及び非特許文献2)。MPCでは上記の形態的特徴に加え、Mucin1(MUC1)と呼ばれる糖タンパク質が細胞集塊外周に発現する特徴がある。MUC1は上皮頂底極性の頂部(管腔側)マーカーであることから、MPCでは本来細胞集塊内側に向くはずの頂部(管腔側)が細胞集塊外側(間質と接する側)に位置する反転極性を呈していると考えられている。(
図1)。しかし、MPCの発生及び高悪性度を呈する分子機構はほとんどが未解明であり、有効な抗がん剤も存在しない。
【0003】
MPCの分子機構解明が進まなかった最大の原因は、MPCの確立されたin vitro培養モデルがないことである。これまでに報告されているMPCのin vitro培養モデルとして、(1)ヒト乳癌細胞株MCF7を三次元スフェロイド培養したもの(非特許文献3)、(2)ヒト肺腺癌(MPC含有)手術検体から樹立された細胞株(非特許文献4)、(3)ヒト大腸癌(MPC含有)手術検体をcancer tissue-originated spheroid(CTOS)法により調整したもの(非特許文献5、及び非特許文献6)があるが、MPC培養モデルとしてはそれぞれ以下のような問題がある。(1)については、一般的に周囲に間質が存在しないスフェロイドではMPCでなくとも細胞集塊外側に頂部が位置しやすく、MPC構造を再現しているとは言い難い。(2)についてはそもそも三次元培養がなされておらず、反転極性を示すとは言い難い。(3)については細胞外基質タンパク質としてマトリゲル(登録商標)(Corning社)(EHSマウス肉腫を原料とする可溶性基底膜成分で、ラミニン(主要構成成分)、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン/ナイドジェンなどを含んでいる)を使用し、周囲にマトリゲルが存在する条件下でも反転極性を呈している点で(1)や(2)よりも優れているが、非可逆的な反転極性であり、MPC発生の分子機構解明には供せない。さらに、細胞集塊外周におけるMUC1の発現も確認されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nassar, Hind. "Carcinomas with micropapillary morphology: clinical significance and current concepts." Adv Anat Pathol. 11.6 (2004): 297-303.
【非特許文献2】Yang, Yi-Ling, et al. "Invasive micropapillary carcinoma of the breast: an update." Archives of pathology & laboratory medicine 140.8 (2016): 799-805.
【非特許文献3】Doublier, Sophie, et al. "HIF-1 activation induces doxorubicin resistance in MCF7 3-D spheroids via P-glycoprotein expression: a potential model of the chemo-resistance of invasive micropapillary carcinoma of the breast." BMC cancer 12.1 (2012): 1-15.
【非特許文献4】Matsuo, Yukiko, et al. "Molecular alterations in a new cell line (KU-Lu-MPPt3) established from a human lung adenocarcinoma with a micropapillary pattern." Journal of cancer research and clinical oncology 144.1 (2018): 75-87.
【非特許文献5】Okuyama, Hiroaki, et al. "Dynamic change of polarity in primary cultured spheroids of human colorectal adenocarcinoma and its role in metastasis." The American journal of pathology 186.4 (2016): 899-911.
【非特許文献6】Onuma K, et al. "Aberrant activation of Rho/ROCK signaling in impaired polarity switching of colorectal micropapillary carcinoma." J Pathol. 2021 Sep;255(1): 84-94.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、MPC様構造体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討を行ったところ、肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することで、可逆性を有したMPC様構造体を高確率に製造できることを見出した。また、上記製造方法により得られたMPC様構造体は反転極性及び細胞集塊外周におけるMUC1局在を示すことが確認された。
【0007】
本発明は、かかる知見に基づいてさらに検討を加えることにより完成したものであり、以下の態様を含む。
項1.
肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することにより、微小乳頭癌(micropapillary carcinoma:MPC)様構造体を得る工程を含む、MPC様構造体の製造方法。
項2.
前記三次元培養が、細胞外基質タンパク質の存在下で行われる、項1に記載の方法。
項3.
前記細胞外基質タンパク質が、ラミニン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、及びエンタクチン/ナイドジェンからなる群より選択される一種以上のタンパク質を含む、項1又は2に記載の方法。
項4.
前記肺腺癌由来細胞が、A549細胞を含む、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5.
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体。
項6.
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体を低酸素条件下で培養することにより、MPC様構造体を維持する工程を含む、MPC様構造体の維持培養方法。
項7.
可逆的な反転極性を有し、前記可逆的な反転極性が低酸素条件下で維持され、通常酸素条件下で失われることを特徴とする、MPC様構造体を用いる、MPCを治療又は予防する効果を有する物質のスクリーニング方法。
項8.
Mucin1(MUC1)、HIF-1、及びRhoA/ROCKシグナル伝達経路関連分子からなる群より選択される一種以上を標的とする物質を有効成分とする、MPC治療用医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、MPC様構造体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】高い浸潤・転移能を示す肺微小乳癌(MPC)におけるMUC1発現及び上皮頂底極性の反転を示す図である。(a)ヒト肺腺癌手術検体におけるMPCのHE染色像及びMUC1免疫染色像。(b)MPCの模式図。MUC1は頂部マーカーであるが、MPCでは細胞集塊外周にMUC1が局在することから本来細胞集塊内側に向くはずの頂部(管腔側)が細胞集塊外側(間質と接する側)に位置する反転極性を呈していると考えられている。
【
図2】マトリゲルを用いた三次元培養システム及び共焦点レーザー顕微鏡による観察方法を示す図である。
【
図3】10種類のヒト肺腺癌由来細胞株をマトリゲル三次元培養システムに供した結果を示す図である。マトリゲル三次元培養システムで5日間培養した10種類のヒト肺腺癌由来細胞株(A549、H1792、H441、H1573、PC9、H3255、H1975、H1650、RERF-LC-KJ、及びRERF-LC-MS)の蛍光免疫染色結果を示す。
【
図4】マトリゲル三次元培養システムに供したヒト肺腺癌由来細胞株A549では反転極性を示すものと示さないものが混在することを示す図である。(a)マトリゲル三次元培養システムで5日間培養したA549細胞の蛍光染色結果。(b)A549細胞をマトリゲル三次元培養システムで培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。
【
図5】低酸素化によりMPC様構造体の形成及びMUC1の発現が誘導されることを示す図である。(a)各酸素濃度下でA549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(b)反転極性を示したA549細胞集塊の抗リン酸化ERM抗体、抗MUC1抗体、抗ZO-1抗体、抗インテグリンβ1抗体、抗β-カテニン抗体を用いた蛍光免疫染色結果。(c)通常酸素濃度又は1%酸素濃度でA549細胞をマトリゲル三次元培養システムで各時間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(d)A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、通常酸素濃度又は1%酸素濃度でさらに7日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(
***P < 0.001、
**P < 0.01 and
*P < 0.05)
【
図6】MPC様構造体はコラーゲンIでは誘導されないが、形成されたMPC様構造体はコラーゲンI上で維持されることを示す図である。(a)A549細胞を、コラーゲンI、マトリゲル+コラーゲンI(1:1)又はマトリゲル三次元培養システムを用いて通常酸素濃度又は1%酸素濃度下で5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(b)A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、コラーゲンI上に播種しなおし、1%酸素濃度下でさらに7日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(
***P < 0.001、
**P < 0.01 and
*P < 0.05)
【
図7】A549細胞をマトリゲル内に包埋しても低酸素化によりMPC様構造体が誘導されることを示す図である。マトリゲル内に包埋したA549細胞を1%酸素濃度下で5日間培養した後、4%パラホルムアルデヒド固定して作成したパラフィンブロック薄片を用いたHE染色、並びに抗リン酸化ERM抗体、抗MUC1抗体、及び抗HIF-1α抗体を用いた免疫染色像。
【
図8】低酸素によるMPC様構造誘導にはHIF-1αが重要であることを示す図である。(a,b)A549細胞をマトリゲル上に播種し、各酸素濃度で4時間培養した後(a)又は1%酸素濃度で各時間培養した後(b)の、HIF-1α発現量。(c)各濃度のYC-1(HIFα阻害薬)を添加し、A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(d)通常酸素濃度(N)又は1%酸素濃度(H)で4時間培養した後の野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)におけるHIF-1α又はHIF-2α発現量。(e)野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)をマトリゲル三次元培養システムを用いて各酸素濃度下で5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合、並びに、HIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)をマトリゲル三次元培養システムを用いて2.5%酸素濃度下で5日間培養して形成された細胞集塊の蛍光染色結果。N.D.:検出不可。(
***P < 0.001、
**P < 0.01 and
*P < 0.05)
【
図9】低酸素によるMUC1発現誘導にはHIF-1αが重要であることを示す図である。(a,b)A549細胞をマトリゲル上に播種し、各酸素濃度で5日間培養した後(a)又は1%酸素濃度で各時間培養した後(b)の、MUC1発現量。(c)A549細胞をマトリゲル上に播種し、1%酸素濃度で5日間培養後、通常酸素濃度(N)又は1%酸素濃度(H)でさらに5日間又は7日間培養した後の、MUC1発現量。(d)野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)をマトリゲル上に播種し、通常酸素濃度(N)又は1%酸素濃度(H)で5日間培養した後の、MUC1発現量。
【
図10】上皮頂底極性に重要なアクチン線維の束形成にはRhoA/ROCKシグナル経路が関与することを示す図である。
【
図11】低酸素によるMPC様構造誘導にはRhoA/ROCKシグナル経路が重要であることを示す図である。(a)反転極性を示したA549細胞集塊の抗リン酸化MLC抗体を用いた蛍光免疫染色結果。(b)各種阻害薬を添加し、A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(c)各種阻害薬を添加し、A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で2日間培養した後の、リン酸化MLC発現量。(d)A549細胞をマトリゲル三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、各濃度のFasudilを添加し、各時間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(e)コントロールA549細胞1とHAタグを付加したRhoAドミナントネガティブ変異体を安定発現させたA549細胞(HA-RhoA T19N(DN)6及びHA-RhoA T19N(DN)22)におけるHA発現。(f)コントロールA549細胞1又はHAタグを付加したRhoAドミナントネガティブ変異体を安定発現させたA549細胞(HA-RhoA T19N (DN) 6及びHA-RhoA T19N (DN) 22)をマトリゲル三次元培養システムを用いて通常酸素濃度又は1%酸素濃度下で5日間培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(
***P < 0.001、
**P < 0.01 and
*P < 0.05)
【
図12】A549細胞を用いたMPC様構造体の形成メカニズムを示す図である。
【
図13】MUC1ノックダウンによりMPC様構造体のNatural Killer(NK)細胞に対する感受性が亢進することを示す図である。(a)各比率でヒトNK細胞株KHYG-1又はヒトNK細胞株NK-92 MIを添加し、それぞれ24時間(KHYG-1細胞)又は6時間(NK-92 MI細胞)共培養した非MPC様構造体及びMPC様構造体における、NK細胞を介した細胞傷害活性。(b)A549細胞をマトリゲル三次元培養システムで培養を開始し、1日後に25 nMのコントロール-siRNA又は各MUC1-siRNA(#1,2)をそれぞれ添加して培養開始5日後に回収した細胞におけるMUC1発現量。通常酸素濃度下(N)又は1%酸素濃度下(H)。(c)A549細胞を
図13bと同じ条件で培養して形成される全細胞集塊のうち反転極性を示す細胞集塊の割合。(d)A549細胞を
図13bの1%酸素濃度下と同様の方法で培養後に1:20(標的細胞:エフェクター細胞)の比率でKHYG-1細胞又はNK-92 MI細胞を添加して、それぞれ24時間(KHYG-1細胞)又は6時間(NK-92 MI細胞)共培養した後の、NK細胞を介した細胞傷害活性。(
***P < 0.001、
**P < 0.01 and
*P < 0.05)
【
図14】NK細胞はMPC様構造体表面のMUC1によりその細胞障害活性が抑制されていることを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
【0011】
1. 本発明のMPC様構造体の製造方法
本発明のMPC様構造体の製造方法は、肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することにより、MPC様構造体を得る工程を含む。
【0012】
本発明の製造方法において、三次元培養は、細胞外基質タンパク質の存在下で肺腺癌由来細胞を培養することを含む。
【0013】
細胞外基質タンパク質は、ラミニン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、及びエンタクチン/ナイドジェンからなる群より選択される一種以上の成分を含む。
【0014】
ラミニンとしては、特に制限されないが、例えば、ラミニン-111、ラミニン-211、ラミニン-121、ラミニン-221、ラミニン-332、ラミニン-3A11、ラミニン-3A21、ラミニン-411、ラミニン-421、ラミニン-511、ラミニン-521、ラミニン-213、ラミニン-423、ラミニン-523、ラミニン-212/222、及びラミニン-522等が挙げられる。本発明において、ラミニンはラミニン断片及びラミニン受容体を含む。ラミニン断片としてはラミニン-511E8等が挙げられる。ラミニン受容体はインテグリンと非インテグリンに大別され、インテグリンとしてはα1β1、α2β1、α2β2、α3β1、α6β1、α6β4、α7β1、α9β1、αvβ3、αvβ5、及びαvβ8等が、非インテグリンとしては37/67kDaラミニンレセプター(LPR/LR)(LamR)、及びクレイニン(αジストログリカン)等が挙げられる。
【0015】
コラーゲンとしては、特に制限されないが、例えば、コラーゲンIを除く、コラーゲンII、コラーゲンIII、コラーゲンIV、コラーゲンV、コラーゲンVI、コラーゲンVII、コラーゲンVIII、コラーゲンIX、コラーゲンX、コラーゲンXI、コラーゲンXV、コラーゲンXVII、及びコラーゲンXVIII等が挙げられる。中でもコラーゲンIVが好ましい。
【0016】
マトリゲルは、細胞外基質タンパク質を豊富に含むEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫を原料とする可溶性基底膜成分で、ラミニン(主要構成成分)、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、及びエンタクチン/ナイドジェン等を含む。このため、本発明の三次元培養には、マトリゲルを好ましく用いることができる。
【0017】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞は、細胞外基質タンパク質上で培養してもよいし、細胞外基質タンパク質内に包埋した状態で培養してもよい。
【0018】
本発明に用いる肺腺癌由来細胞は、哺乳動物の肺腺癌由来細胞であり、好ましくは霊長類の肺腺癌由来細胞であり、より好ましくはヒトの肺腺癌由来細胞である。
【0019】
本発明の肺腺癌由来細胞としては、特に制限されないが、例えば、A549細胞、H1792細胞、H441細胞、H1573細胞、PC9細胞、H3255細胞、H1975細胞、H1650細胞、RERF-LC-KJ細胞、及びRERF-LC-MS細胞が挙げられる。中でもA549細胞が好ましい。
【0020】
本発明の製造方法において、低酸素条件下とは、酸素濃度が10%未満であることをいう。本発明の三次元培養における酸素濃度は、10%未満であることが好ましく、8%以下であることがより好ましく、6%以下であることがさらに好ましく、5%以下であることが特に好ましい。
【0021】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として用いることができる。基礎培地としては、例えば、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、BME培地(Basal Medium Eagle)、RPMI 1640培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、α MEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等が挙げられる。中でも、high glucose添加DMEM培地が好ましい。
【0022】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞の培養に用いられる培地は、サプリメント、抗生物質、及びアミノ酸等の成分をさらに含むことができる。
【0023】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞の培養期間は、少なくとも72時間以上である。
【0024】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞の培養温度等の培養条件は、適宜設定できる。培養温度は、例えば約35.0℃~39.0℃、より好ましくは、約36.0℃~38.0℃、さらに好ましくは約36.5℃~37.5℃である。
【0025】
本発明の製造方法において、肺腺癌由来細胞の濃度は、MPC様構造体が効率的に製造できればよく、特に限定されないが、例えば2×10e4~8×10e4 cells/ml、好ましくは3.5×10e4 cells/ml~6.5×10e4 cells/ml、より好ましくは4×10e4 cells/ml~6×10e4 cells/ml、さらに好ましくは4.5×10e4 cells/ml~5.5×10e4 cells/mlである。
【0026】
本発明の製造方法によれば、形成された全細胞集塊のうち約70%以上の細胞集塊が反転極性を示す。
【0027】
2. 本発明のMPC様構造体
本発明のMPC様構造体は、肺腺癌由来細胞を低酸素条件下で三次元培養することにより、MPC様構造体を得る工程を含む方法で製造される。
【0028】
本発明のMPC様構造体は、細胞集塊外側に頂部が位置する反転極性を示す。
【0029】
本発明において、「頂部」とは上皮細胞極性における2つの特徴的なコンパートメント(頂部と基底外側部)の1つである頂部を意味する。本発明において、「頂部」は、例えばリン酸化Ezrin/Radixin/Moesin(pERM)、F-アクチン、MUC1等の頂部マーカーが局在することにより識別することができる。
【0030】
本発明のMPC様構造体において、反転極性を示すことは、頂部マーカーであるpERM又はMUC1の細胞集塊外周における局在化した発現により確認することができる。細胞集塊におけるpERM又はMUC1の発現を確認する方法としては、特に限定されないが、蛍光免疫染色等が挙げられる。
【0031】
本発明のMPC様構造体は、本発明の培養方法で形成された全細胞集塊に対して、70%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上を構成し得る。
【0032】
本発明において、MPC様構造体が製造されたことは、細胞集塊外周におけるMUC1の局在化した発現により確認することができる。すなわち、本発明のMPC様構造体は、細胞集塊外周にMUC1を局所的に発現することを特徴とする。細胞集塊におけるMUC1の発現を確認する方法としては、特に限定されないが、蛍光免疫染色等が挙げられる。
【0033】
本発明のMPC様構造体は、低酸素条件下では反転極性が維持され、酸素正常条件下では反転極性が可逆的に失われる。すなわち、本発明のMPC様構造体は、その反転極性が酸素濃度に応じて可逆的に得喪されることを特徴とする。
【0034】
本発明において、低酸素条件下とは酸素濃度が10%未満であることをいい、酸素正常条件下とは酸素濃度が10%以上であることをいう。
【0035】
本発明のMPC様構造体は、凍結保存され得る。
【0036】
3. 本発明のMPC様構造体の維持培養方法
本発明の方法により製造されたMPC様構造体の維持培養方法は、MPC様構造体を低酸素条件下で培養することにより、MPC様構造体を維持する工程を含む。
【0037】
本発明において、「MPC様構造体を維持する」とは、pERM又はMUC1の細胞集塊外周における局在化した発現、特にMUC1の細胞集塊外周における局在化した発現が維持されることをいう。
【0038】
本発明のMPC様構造体の維持培養方法において、MPC様構造体は細胞外基質タンパク質の存在下で培養される。本発明のMPC様構造体の維持培養方法に用いられ得る細胞外基質タンパク質は、MPC様構造体が維持される限り特に制限されず、例えば、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニン、エンタクチン/ナイドジェン等からなる群より選択される一種以上の成分であってもよい。
【0039】
コラーゲンとしては、特に制限されないが、例えば、コラーゲンI、コラーゲンII、コラーゲンIII、コラーゲンIV、コラーゲンV、コラーゲンVI、コラーゲンVII、コラーゲンVIII、コラーゲンIX、コラーゲンX、コラーゲンXI、コラーゲンXV、コラーゲンXVII、及びコラーゲンXVIII等が挙げられる。
【0040】
プロテオグリカンとしては、特に制限されないが、例えば、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヒアルロン酸プロテオグリカン等が挙げられる。
【0041】
フィブロネクチンとしては、特に制限されないが、例えば、血漿フィブロネクチン、細胞性フィブロネクチン等が挙げられる。
【0042】
ラミニンとしては、特に制限されないが、例えば、ラミニン-111、ラミニン-211、ラミニン-121、ラミニン-221、ラミニン-332、ラミニン-3A11、ラミニン-3A21、ラミニン-411、ラミニン-421、ラミニン-511、ラミニン-521、ラミニン-213、ラミニン-423、ラミニン-523、ラミニン-212/222、及びラミニン-522等が挙げられる。本発明において、ラミニンはラミニン断片及びラミニン受容体を含む。ラミニン断片としてはラミニン-511E8等が挙げられる。ラミニン受容体はインテグリンと非インテグリンに大別され、インテグリンとしてはα1β1、α2β1、α2β2、α3β1、α6β1、α6β4、α7β1、α9β1、αvβ3、αvβ5、及びαvβ8等が、非インテグリンとしては37/67kDaラミニンレセプター(LPR/LR)(LamR)、及びクレイニン(αジストログリカン)等が挙げられる。
【0043】
本発明のMPC様構造体の維持培養方法に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として用いることができる。基礎培地としては、例えば、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、BME培地(Basal Medium Eagle)、RPMI 1640培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、α MEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等が挙げられる。中でも、high glucose添加DMEM培地が好ましい。
【0044】
本発明において、低酸素条件下とは、酸素濃度が10%未満であることをいう。本発明のMPC様構造体の維持培養方法における酸素濃度は、10%未満であることが好ましく、8%以下であることがより好ましく、6%以下であることがさらに好ましく、5%以下であることが特に好ましい。
【0045】
4. 本発明のスクリーニング方法
本発明のスクリーニング方法は、本発明のMPC様構造体を用いる、MPCを治療又は予防する効果を有する物質のスクリーニング方法である。例えば、本発明のMPC様構造体を、MPCに対して治療又は予防する効果を有する候補物質と接触させ、MPC様構造体が死滅するか否かを調べることで、MPCを治療又は予防する効果を有する物質として有用か否かを評価することができる。
【0046】
本発明において、MPCを治療又は予防する効果を有する候補物質としては、特に制限されないが、例えば、MUC1、Hipoxia Inducible Factor alpha(HIF-1α)、及びRhoA/ROCKシグナル伝達経路関連分子等を標的とする物質が挙げられる。
【0047】
5. 本発明のMPC治療用医薬組成物
本発明のMPC治療用医薬組成物は、MUC1、HIF-1、及びRhoA/ROCKシグナル伝達経路関連分子からなる群より選択される一種以上を標的とする物質を有効成分とする。
【0048】
本発明において、HIF-1にはHIF-1α及びHIF-1βが含まれる。中でも、HIF-1αが好ましい。
【0049】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。
【実施例0050】
1.MPC様構造体の製造
最初に、10種類のヒト肺腺癌由来細胞株(A549、H1792、H441、H1573、PC9、H3255、H1975、H1650、RERF-LC-KJ、及びRERF-LC-MS)をそれぞれ5×10e4 cells/mlで播種し、
図2で示したマトリゲルを用いた三次元培養システムで5日間培養後に、4%パラホルムアルデヒドで固定後、リン酸化ERM(頂部マーカー)を抗リン酸化ERM抗体(一次抗体)及び蛍光標識した二次抗体、F-アクチン(頂部マーカー)を蛍光標識したファロイジン、核をDAPIで蛍光染色した。その結果、A549細胞において周囲に間質(マトリゲル)が存在する条件下でも細胞集塊外側に頂部が位置する反転極性が認められた(
図3)。
【0051】
次に、A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムで5日間培養後に、4%パラホルムアルデヒドで固定後、リン酸化ERM(頂部マーカー)を抗リン酸化ERM抗体(一次抗体)及び蛍光標識した二次抗体、F-アクチン(頂部マーカー)を蛍光標識したファロイジン、核をDAPIで蛍光染色した(
図4a)。その後、細胞集塊外周の半周以上にリン酸化ERMが局在するものを反転極性あり、それ以外を反転極性なし(非反転極性)としてその割合を計測した(
図4b)。その結果、反転極性を示すA549細胞集塊の割合は全体の20%強であり(
図4)、MUC1の発現も認められなかった。このことから、マトリゲルを用いた三次元培養システムに供したヒト肺腺癌由来細胞株A549では反転極性を示すものと示さないものが混在することが示された。
【0052】
MPCはその構造上、血管を含む間質を含まないことから、常に低酸素・低栄養状態にさらされていると推測される。これまでに肺、乳腺、消化器系のMPCにおいて、低酸素で発現が誘導されるタンパク質であるGlucose transporter 1(GLUT1)の発現上昇が報告されており、低酸素状態がMPCの病態に関与することが示唆されている(Lung Cancer. 2010 Mar;67(3):282-9., Histol Histopathol. 2019 Sep;34(9):1009-1014.)。しかし、MPCの発生や転移機構における低酸素の関与についての具体的な報告はない。
【0053】
以上のことから、本発明では上記三次元培養を低酸素条件下で行うことを着想し、次の実験を行った。A549細胞を5×10e4 cells/mlで播種し、マトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて各酸素濃度下で5日間培養後に、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、酸素濃度に反比例して反転極性を示す細胞集塊の割合が増加し、その効果は酸素濃度5%以下から認められた(
図5a)。この反転極性を示したA549細胞集塊を抗リン酸化ERM抗体、抗MUC1抗体、抗ZO-1抗体、抗インテグリンb1抗体、抗b-カテニン抗体を用いた蛍光免疫染色に供した結果、低酸素下で作製した反転極性を示す細胞集塊では、細胞集塊外周にMUC1が局在することが分かった(
図5b)。また、A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて通常酸素濃度(約20%)又は1%酸素濃度で各時間培養後に、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した結果、低酸素処理時間の増加に比例して反転極性を示す細胞集塊の割合が増加した(
図5c)。さらに、A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、通常酸素濃度(約20%)又は1%酸素濃度でさらに7日間培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した結果、反転極性を示した細胞集塊は通常酸素濃度に戻すと少なくとも7日後には極性が消失した(
図5d)。
【0054】
A549細胞を、コラーゲンI、マトリゲル+コラーゲンI(1:1)又はマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて通常酸素濃度又は1%酸素濃度下で5日間培養後に、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、基質をマトリゲルではなくコラーゲンIまたはマトリゲル+コラーゲンI(1:1)に変えると極性の反転は起きないことが分かった(
図6a)。一方、A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、コラーゲンI上に播種しなおし、1%酸素濃度下でさらに7日間培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測したところ、マトリゲルはMPC様構造体の維持には必須でないことが明らかとなった(
図6b)。
【0055】
A549細胞 3×10e4 cellsを30 mLのマトリゲルで懸濁、播種し、1%酸素濃度下で5日間培養した。その後、4%パラホルムアルデヒドで固定、パラフィンブロックを作成し、薄切後にHE染色及び抗リン酸化ERM抗体、抗MUC1抗体、抗HIF-1α抗体を用いた免疫染色を行った。その結果、A549細胞をマトリゲル内に包埋しても低酸素化によりMPC様構造体が誘導されることが分かった(
図7)。
【0056】
2.低酸素によるMPC様構造誘導にはHIF-1αが重要である
さらに、低酸素によるA549細胞集塊の反転極性化及びMUC1の発現亢進にはHypoxia inducible factor 1 alpha(HIF-1α)と呼ばれる転写因子が重要であることを証明するため、CRISPR/Cas9を用いたHIF-1αノックアウト細胞を作製し、以下の実験を行った(
図8及び
図9)。A549細胞をマトリゲル上に播種し、各酸素濃度で4時間培養後(
図8a)又は1%酸素濃度で各時間培養後(
図8b)、ウエスタンブロット法によりHIF-1α発現量を比較した。その結果、低酸素化によりHIF-1αの発現は増加し(
図8a)、低酸素化後96時間までHIF-1αの発現が維持された(
図8b)。また、A549細胞を5×10e4 cells/mlで播種し、各濃度のYC-1(HIFα阻害薬)を添加し、マトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で5日間培養後に、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、YC-1添加濃度の増加に比例して反転極性を示すA459細胞集塊の割合が減少した(
図8c)。次に、野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)を通常のdish上に播種し、通常酸素濃度(
図8d中の「N」)又は1%酸素濃度(
図8d中の「H」)で4時間培養後、ウエスタンブロット法によりHIF-1α又はHIF-2α発現量を比較した。これにより、HIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)では野生型細胞と異なり低酸素化によりHIF-1α発現が誘導されないことを確認した(
図8d)。続いて、これら野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて各酸素濃度下で5日間培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、HIF-1αノックアウト細胞では野生型細胞と異なり低酸素条件下でも極性反転が起こらないことが示された(
図8e)。
【0057】
A549細胞をマトリゲル上に播種し、各濃度の酸素濃度で5日間培養後(a)又は1%酸素濃度で各時間培養後(b)ウエスタンブロット法によりMUC1発現量を比較した。その結果、低酸素条件下でMUC1発現が誘導されること(
図9a)、及び低酸素処理時間の増加に比例してMUC1発現が増加することが分かった(
図9b)。A549細胞をマトリゲル上に播種し、1%酸素濃度で5日間培養後、通常酸素濃度(
図9c中の「N」)又は1%酸素濃度(
図9c中の「H」)でさらに5日間又は7日間培養後、ウエスタンブロット法によりMUC1発現量を比較したところ、1%酸素濃度条件下ではMUC1発現が維持されたのに対して、通常酸素濃度ではMUC1の発現が低下した(
図9c)。次に、野生型のA549細胞又はHIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)をマトリゲル上に播種し、通常酸素濃度(
図9d中の「N」)又は1%酸素濃度(
図9d中の「H」)で5日間培養後、ウエスタンブロット法によりMUC1発現量を比較した。その結果、HIF-1αノックアウトA549細胞(HIF-1α-KO AC1 17及びHIF-1α-KO AC1 19)では野生型細胞と異なり低酸素化によりMUC1発現が誘導されないことが分かった(
図9d)。
【0058】
3.低酸素によるMPC様構造誘導にはRhoA/ROCKシグナル経路が重要である
RhoファミリーGタンパク質であるRhoAは上皮頂底極性に重要なFアクチン線維の束形成に関与することが報告されているが(
図10)、本発明においては、以下に示す実験により、RhoAのエフェクター分子であるRho-kinase(ROCK)の阻害薬(Y27632及びFasudil)又はRhoAのdominant negative変異体によりA549細胞集塊の反転極性化が阻害されることを明らかにし(
図11)、RhoA/ROCKシグナル経路の重要性も見出した。反転極性を示したA549細胞集塊を抗リン酸化ミオシン軽鎖(MLC)抗体を用いた蛍光免疫染色に供した結果、細胞集塊外周にリン酸化MLCが局在することが分かった(
図11a)。A549細胞を播種後、各種阻害薬(Y27632、Fasudil、Blebbistatin、及びSB202190)を添加し、マトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で5日間培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、ROCK阻害薬(Y27632及びFasudil)、並びに、ミオシン阻害薬(Blebbistatin)により、反転極性を示すA459細胞集塊の割合が有意に減少した(
図11b)。A549細胞を播種後、各種阻害薬を添加し、マトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で2日間培養後に、ウエスタンブロット法によりリン酸化MLC発現量を比較した。その結果、ROCK阻害薬(Y27632及びFasudil)を添加した場合にリン酸化MLCの発現量が減少した(
図11c)。A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて1%酸素濃度下で4日間培養後に、各濃度のFasudilを添加し、各時間培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した。その結果、反転極性を示す細胞集塊の割合は、Fasudil添加濃度依存的に減少した(
図11d)。コントロールA549細胞1とHAタグを付加したRhoAドミナントネガティブ変異体を安定発現させたA549細胞(HA-RhoA T19N(DN)6及びHA-RhoA T19N(DN)22)におけるHA発現をウエスタンブロット法により比較して、RhoAドミナントネガティブ変異体におけるHA発現を確認した(
図11e)。コントロールA549細胞1又はHAタグを付加したRhoAドミナントネガティブ変異体を安定発現させたA549細胞(HA-RhoA T19N (DN) 6及びHA-RhoA T19N (DN) 22)をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて通常酸素濃度又は1%酸素濃度下で5日間培養後に、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測した(
図11f)。その結果、RhoAドミナントネガティブ変異体(HA-RhoA T19N (DN) 6及びHA-RhoA T19N (DN) 22)では、低酸素状態において反転極性を示す細胞集塊の割合がコントロールに比べて優位に減少した(
図11f)。
【0059】
以上の実験により明らかとなった本発明のMPC様構造体の形成メカニズムを
図12に示す。
【0060】
4.MUC1ノックダウンによりMPC様構造体のNatural Killer(NK)細胞に対する感受性が亢進する
MUC1は様々な癌において高発現することが知られており、MUC1の糖鎖修飾は正常細胞と癌細胞において大きく異なり、癌特異的抗原として注目されている(Clin Cancer Res. 2009 Sep 1;15(17):5323-37)。実際に、癌特異的MUC1に対する抗体であるGatipotuzumabの転移固形癌に対する臨床試験が行われている。また、癌特異的MUC1はNK細胞の細胞傷害活性を不活性化する(Cancer Metastasis Rev. 2019 June ; 38(1-2):223-236)。このため、MPC高悪性度化へのMUC1の関与が示唆される。そこで、本発明では、MPCを治療する方法として、siRNAによりMUC1をノックダウンすることでNK細胞の不活性化を抑制することを着想し、以下の実験を行った(
図13及び
図14)。
【0061】
A549細胞をマトリゲルを用いた三次元培養システムを用いて通常酸素濃度又は1%酸素濃度下で5日間培養後、各比率でヒトNK細胞株KHYG-1又はヒトNK細胞株NK-92 MIを添加し、それぞれ24時間(KHYG-1細胞)又は6時間(NK-92 MI細胞)共培養した。細胞傷害活性の指標となる培地中に流出した乳酸脱水素酵素(LDH)活性は以下の方法で測定した。LDHはニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)を補酵素として乳酸の脱水素化を触媒し、ピルビン酸とNADHを生成するが、生じたNADHは、電子メディエーターを介してテトラゾリウム塩(無色)をホルマザン(橙色)に還元する。生成したホルマザンの量を吸光度で測定することで、培地中のLDH活性を測定した。細胞傷害活性は、次式により算出した。細胞傷害活性(%)=(各サンプルの吸光度ー自然遊離の吸光度)/(Triton X-100処理によりLDHを最大放出させた吸光度ー自然遊離の吸光度)。その結果、通常酸素濃度で培養したA549細胞(非MPC様構造体)に対して、低酸素濃度で培養したA549細胞(MPC様構造体)ではNK細胞を介した細胞傷害活性が有意に減弱した(
図13a)。また、A549細胞を通常酸素濃度下(N)又は1%酸素濃度下(H)でマトリゲルを用いた三次元培養システムに供し、1日後に25 nMのコントロール-siRNA又は各MUC1-siRNA(#1,2)をそれぞれ添加して培養を継続して、培養開始5日後に細胞を回収し、ウエスタンブロット法によりMUC1発現量を比較した。その結果、MUC1ノックダウン細胞(MUC1-siRNA #1及びMUC1-siRNA #2)では、低酸素状態におけるMUC1発現がコントロール-siRNAに比べて減少した(
図13b)。A549細胞を
図13bと同じ条件で培養後、反転極性を示す細胞集塊の割合を計測したところ、MUC1ノックダウン細胞とコントロール細胞で有意な差は見られなかった(
図13c)。A549細胞を
図13bの1%酸素濃度下条件と同様の方法で培養後に1:20(標的細胞:エフェクター細胞)の比率でKHYG-1細胞又はNK-92 MI細胞を添加して、それぞれ24時間(KHYG-1細胞)又は6時間(NK-92 MI細胞)共培養した。その後、
図13aと同様の方法で細胞傷害活性を測定した。その結果、MUC1ノックダウン細胞ではコントロール-siRNAと比べてNK細胞による細胞傷害活性が有意に増加した(
図13c)。
【0062】
以上の実験より、NK細胞はMPC様構造体表面のMUC1によりその細胞傷害活性が抑制されていることが示された(
図14)。