IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の特許一覧

特開2023-147069排水不良原因の推定方法、推定装置、推定システム、及びデータベース
<>
  • 特開-排水不良原因の推定方法、推定装置、推定システム、及びデータベース 図1
  • 特開-排水不良原因の推定方法、推定装置、推定システム、及びデータベース 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147069
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】排水不良原因の推定方法、推定装置、推定システム、及びデータベース
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/24 20060101AFI20231004BHJP
【FI】
G01N33/24 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054614
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】清水 裕太
(57)【要約】
【課題】土地の排水不良の原因を推定する技術を提供する。
【解決手段】土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、土地の排水不良の原因を推定する工程と、を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、当該土地の排水不良の原因を推定する工程を含む、排水不良原因の推定方法。
【請求項2】
前記滞水サンプル中の成分の濃度は、溶存ケイ酸濃度である、請求項1に記載の排水不良原因の推定方法。
【請求項3】
前記滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比は、酸素安定同位体比である、請求項1に記載の排水不良原因の推定方法。
【請求項4】
前記推定する工程において、排水不良の原因が既知である土地における前記滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けた参照データベースを参照して、当該土地の排水不良の原因を推定する、請求項1から3のいずれか1項に記載の排水不良原因の推定方法。
【請求項5】
前記推定する工程において推定した土地の排水不良の原因と、当該土地における前記滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方とを対応付けたデータを、前記参照データベースに追加する工程を含む、請求項4に記載の排水不良原因の推定方法。
【請求項6】
前記推定する工程において、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の両方に基づき、当該土地の排水不良の原因を推定する、請求項1から5のいずれか1項に記載の排水不良原因の推定方法。
【請求項7】
土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、当該土地の排水不良の原因を推定する推定部を備えた、推定装置。
【請求項8】
請求項7に記載の推定装置と、
土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方を測定する測定装置と、
を備えた、推定システム。
【請求項9】
土地の排水不良の原因を推定するために参照するデータベースであって、
土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けたデータが格納された、データベース。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水不良原因の推定方法、推定装置、推定システム、及びデータベースに関する。
【背景技術】
【0002】
農業現場での排水不良への対処法に関して、排水不良の圃場は、その根本的な原因が何であるのかは各農家の経験則からはわからないことも多く、条件によっては逆効果となる対処法を採ってしまうこともある。圃場の排水不良の原因を調査する従来の技術として、土壌水分センサーや地下水位センサー等を設置して水分量を観測することにより、直接的に排水不良の原因を調査する技術が知られている(非特許文献1)。また、排水不良を引き起こす土壌の物理特性、及び排水を促す暗渠等の構造物の透水性等を計測することにより、間接的に排水不良の原因を調査する技術も知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】体積含水率のモニタリングに基づく水田転換畑の圃場排水性の定量的評価法、望月秀俊、2021、農業農村工学会論文集 89、279-290.
【非特許文献2】疎水材暗渠の排水機能簡易診断と機能回復手法、塚本康貴他、2016、日本土壌肥料学雑誌 87、368-372.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1及び2に記載された技術のように、従来の技術は、土壌の採取及び測定を必要とするため、大穴を多数掘削する大規模な土壌調査、土壌水分センサー等の理化学的観測機材の準備及び比較的長期間の設置する必要があり、コストがかかる。また、測定結果の解釈のために高度な専門知識が必要となる場合がある。
【0005】
本発明の一態様は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、土地の排水不良の原因を推定する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、当該土地の排水不良の原因を推定する工程を含む。
【0007】
本発明の一態様に係る推定装置は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、当該土地の排水不良の原因を推定する推定部を備えている。
【0008】
本発明の一態様に係る推定システムは、本発明の一態様に係る推定装置と、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方を測定する測定装置と、を備えている。
【0009】
本発明の一態様に係るデータベースは、土地の排水不良の原因を推定するために参照するデータベースであって、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けたデータが格納されている。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、土地の排水不良の原因を推定する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一態様に係る推定システムの要部構成の一例を示すブロック図である。
図2】滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度及び水の酸素安定同位体比と、排水不良の原因との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0013】
〔推定システム〕
本発明の一態様に係る推定システムについて、図1を参照して説明する。図1は、本発明の一態様に係る推定システム100の要部構成の一例を示すブロック図である。図1に示すように、推定システム100は、測定装置10及び推定装置11を備えている。また、推定システム100は、表示装置20、入力装置30、及び参照データベース40を備えていてもよい。推定システム100は、測定装置10及び推定装置11、さらに他の装置をそれぞれ独立した装置として備えていてもよいし、一の装置内に一体として備えていてもよい。推定システム100は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプルを測定し、その測定結果に基づき、土地の排水不良の原因を推定するシステムである。
【0014】
表示装置20は、推定装置11により推定した推定結果を表示する。また、表示装置20は、測定装置10により測定した測定結果を表示してもよい。表示装置20は、これらの情報を画像として表示してもよい。また、表示装置20は、これらの情報を表示する、スマートフォンのようなモバイルデバイスのディスプレイであってもよい。
【0015】
入力装置30は、ユーザによる測定装置10及び推定装置11に対する入力操作を受け付ける。入力装置30は、一例として、推定装置11において推定処理を開始する旨の入力を受け付ける。
【0016】
(測定装置10)
測定装置10は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方を測定する。測定装置10による測定対象となる滞水サンプルは、直前の降雨から数日以上経過した排水不良箇所の地表面に溜まった地表水、及び、排水不良箇所に浅い穴を掘って溜った水であり得る。ただし、滞水サンプル中の成分の濃度に影響を及ぼし得るため、採取しようとする水に稲わらやもみ殻等のイネ科植物遺体のような未分解有機物が含まれないことが好ましい。なお、土壌に稲わらなどの未分解有機物が含まれる場合に最も多く生じる有機酸は酢酸であるため、酢酸濃度を測定することで、滞水サンプル中の成分濃度に対する当該未分解有機物の影響を排除してもよい。
【0017】
滞水サンプルの採取方法は、一例として、注射器を水面又は地面に直接刺して滞水サンプルを吸い取った後に、注射器に濾過用のフィルターを装着し、保存容器へ前記フィルターで濾過された滞水サンプルを移す方法であり得る。ここで、濾過用のフィルターは、滞水サンプル中に土粒子や珪藻類等のような測定対象となる成分の濃度に影響を及ぼす物質が侵入することを防ぐ目的で使用する。また、濾過用のフィルターは、ケイ酸を含むガラス製のフィルター以外のものであればよい。さらに、採取箇所の水が少ない場合は、上述した注射器の先端に多孔質素焼管を装着して、滞水サンプルを採取してもよい。採取後の滞水サンプルは、測定までエッペンドルフチューブ等の密閉容器に保存し得る。保存する容器の材質は、容器から滞水サンプル中に測定対象となる成分が溶出する可能性を考慮すると、ポリエチレン等が好ましい。滞水サンプルの採取量は、一例として、0.6mL程度であり得るが、採取箇所に局所的な特徴がある場合やコンタミネーションの可能性も考慮して、採取量を増やしてもよい。
【0018】
<滞水サンプル中の成分の濃度>
測定装置10による測定対象となる滞水サンプル中の成分の濃度は、滞水サンプル中の溶質の濃度であり得る。測定装置10による測定対象となる滞水サンプル中の成分は、一例として、滞水サンプル内に溶存しているケイ酸である。また、測定装置10による測定対象となる滞水サンプル中の成分は、溶存イオン(水素イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭素イオン、硫酸イオン、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、重炭酸イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、アンモニウム)、溶存ガス(酸素、二酸化炭素、アルゴン、クリプトン、ラドン(222Rn)、フロン類(CFCs)、6フッ化硫黄等)、金属成分(鉄、マンガン、アルミニウム)、有機物(農薬成分、腐食物質、有機酸)、微生物叢、環境DNA、水の水素の放射性同位体等であってもよい。
【0019】
降水直後の雨水にはケイ酸が含まれておらず、鉱質土層との接触によって次第に溶存ケイ酸濃度が高まることが知られている(佐久間・佐藤、北海道大學農學部演習林研究報告、1987、44巻、553-565頁)。これは雨水による岩石の風化作用によるものであり、雨水が地下へ浸透し地下水として岩石の間隙を流動する時間が長いほど風化作用が進行し、岩石に多く含まれる成分であるケイ酸塩が、ケイ酸として水中に溶け出る量が多くなるためと考えられる。
【0020】
したがって、測定装置10により滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度を測定することによって、滞水サンプル採取箇所の水の由来が地表滞水であるか地下水であるかを推定することができる。すなわち、滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度が低ければ、その滞水サンプルは、岩石との接触時間が比較的少ない地表滞水である可能性が高いと言える。また、滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度が高ければ、その滞水サンプルは、岩石との接触時間が多い地下水である可能性が高いと言える。
【0021】
測定装置10による、滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度の測定方法は、従来公知の方法でよく、例えば、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)や、モリブデン酸塩との反応により定量的に黄色のβ-モリブドケイ酸とした後、その吸光度を390nm付近で測定するモリブデン黄法、それらをさらに還元剤でβ-モリブドケイ酸を処理してヘテロポリ青の錯体として815nm付近で測定するモリブデン青法等の吸光光度法が挙げられる。
【0022】
<滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比>
測定装置10による測定対象となる滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比は、一例として、滞水サンプル中の水の酸素安定同位体比である。また、測定装置10による測定対象となる滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比は、水素安定同位体比であってもよい。
【0023】
地表に存在する水は、気温上昇等によって蒸発作用を受け、液体の水からつながりの切れた水分子が飛び出すことが知られているが、この際、酸素の安定同位体のうち質量の小さい酸素16を含む水分子から先に蒸発し、質量の大きい酸素18を含む水分子が液体に残る。すなわち、蒸発作用を受けるほど、水中の酸素18の割合は増大する(濱田他、日本水文科学会誌、2004、34巻、209-216頁)。ここで、酸素安定同位体δ18Oの比率とは、ウィーン標準平均海水(VSMOW)を基準に対象の水に含まれる酸素18の偏差を千分率で示したものをいう。
【0024】
したがって、測定装置10により、滞水サンプル中の水の酸素安定同位体比を測定することによって、滞水サンプル採取箇所の水が蒸発作用を強く受けているか否かを推定することができる。すなわち、滞水サンプル中の水の酸素安定同位体δ18Oの比率が低ければ、その滞水サンプルは、蒸発作用をあまり受けていない地下水である可能性が高いと言える。また、滞水サンプル中の水の酸素安定同位体δ18Oの比率が高ければ、その滞水サンプルは、蒸発作用を強く受けている地表滞水である可能性が高いと言える。
【0025】
測定装置10による、滞水サンプル中の水の酸素安定同位体比の測定方法は、従来公知の方法でよく、例えば、炭酸ガス平衡法の前処理の後、安定同位体比質量分析計による方法、波長スキャン・キャビティリングダウン分光方式による方法等が挙げられる。
【0026】
(推定装置11)
推定装置11は、取得部12及び推定部13を備えている。推定装置11は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、土地の排水不良の原因を推定する。
【0027】
取得部12は、測定装置10において測定された滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方を取得する。取得部12は、測定結果を常時取得するようになっていてもよいし、所定の期間毎に又は入力装置30を介してユーザからの測定結果の取得を開始する旨の入力を受け付けた場合に、測定結果を取得するようになっていてもよい。取得部12は、取得した測定結果を推定部13へ出力する。
【0028】
推定部13は、取得部12において取得した測定結果に基づき、土地の排水不良の原因を推定する。推定部13は、測定結果と、後述する参照データベース40内に格納されている既存データを比較することで、前記測定結果が得られた土地の排水不良の原因を推定し得る。推定部13は、排水不良の原因の推定結果を、表示装置30へ出力する。また、推定部13は、排水不良の原因の推定結果を、滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方の測定結果と対応付けたデータを参照データベース40に格納し、参照データベース40を更新してもよい。
【0029】
(参照データベース40)
参照データベース40は、土地の排水不良の原因を推定するために参照するデータベースである。参照データベース40は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けたデータが格納されている。参照データベース40は、クラウド又はサーバ上にあってもよい。
【0030】
〔排水不良原因の推定方法〕
本発明の一態様に係る推定方法は、一例として、推定装置11を用いた排水不良原因の推定方法である。本発明の一態様に係る推定方法は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、土地の排水不良の原因を推定する工程を含む。
【0031】
排水不良原因の推定方法においては、一例として、排水不良の原因が既知の土地から採取した滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度及び水の酸素安定同位体比と、排水不良の原因との関係に基づき、対象土地の排水不良の原因を推定する。このような排水不良原因の推定方法について、図2を参照して説明する。図2は、排水不良の原因が既知である土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度及び水の酸素安定同位体比と、排水不良の原因との関係を示すグラフである。
【0032】
図2中、X軸は雨水と比較した滞水サンプルの中の水の酸素安定同位体δ18Oの比率(以下、要素δ18Oとも称する)を、Y軸は湧水と比較した上記滞水サンプルの溶存ケイ酸濃度(以下、要素Siとも称する)を示す。なお、後述するように、溶存ケイ酸濃度は地質の影響を受けるため、Y軸における滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度(Sisample)は、バッククラウンドのケイ酸濃度(Sibg)で補正した値である。Sibgは、滞水サンプルの採取箇所の地質により変化し得る。図2中のOで示したプロットのグループは、対照グループとして雨水を表しており、要素δ18O及び要素Siがともに0に近い。
【0033】
図2中のAで示したプロットのグループは、地表滞水型排水不良の箇所の滞水サンプルを示しており、要素Siが0に近く、要素δ18OがグループOに比して高い。すなわち、雨水に比べて蒸発作用を強く受けているが、岩石との接触時間は雨水とあまり変わらない滞水サンプルである。
【0034】
図2中のBで示したプロットのグループは、地表-地下中間型排水不良の箇所の滞水サンプルを示しており、要素Si及び要素δ18Oの両方がグループOに比してやや高い。すなわち、雨水に比べて蒸発作用を強く受け、岩石との接触時間も長い滞水サンプルである。
【0035】
図2中のCで示したプロットのグループは、停滞地下水型排水不良の箇所の滞水サンプルを示しており、要素Si及び要素δ18Oの両方がグループOに比して高く、要素SiはグループBよりもさらに高い。すなわち、雨水に比べて蒸発作用を強く受け、岩石との接触時間は地表-地下中間型排水不良の箇所よりもさらに長い滞水サンプルである。
【0036】
図2中のDで示したプロットのグループは、湧出地下水型排水不良の箇所の滞水サンプルを示しており、要素Si及び要素δ18Oの両方がグループOに比して高く、要素SiはグループCと同程度であるが、要素δ18OがグループCに比してやや少ない。すなわち、停滞地下水型排水不良の箇所に比べて、岩石との接触時間は同程度であるが、蒸発作用を受けた度合いは弱い滞水サンプルである。
【0037】
このように、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比に基づけば、当該箇所の滞水サンプルのプロットがどのグループに近いかを参照することで、排水の不良原因を推定することが可能である。その結果、排水不良の原因に応じた適切な対処法を選択することが可能である。
【0038】
すなわち、図2のグラフを参照することにより、土地で排水不良が発生する原因を、以下のように分類することができる:
(1)土地に降った雨水が、地表の透水性の低さにより地下に染み込まずに水たまりとして滞水することで発生するもの(以下、地表滞水型排水不良とも称する);
(2)土地地表付近の透水性の低さ等により、水たまりが染み込んだ雨水及び土地付近から流れてきた水が、土地の浅い場所に留まることで発生するもの(以下、地表-地下中間型排水不良とも称する);
(3)土地地下の透水性の低さ等により、地中に染み込んだ雨水が土地の深い場所で滞水することで発生するもの(以下、停滞地下水型排水不良とも称する);
(4)土地の深い場所を流れる地下水が、地表へ湧出して発生するもの(以下、湧出地下水型排水不良とも称する)。
【0039】
例えば、作物を栽培する圃場において排水不良が発生した場合、取り得る適切な対処法は、上述した排水不良の原因の分類に応じて異なる。すなわち、(1)地表滞水型排水不良の場合、水たまりを除去するため、圃場均平化、うね立て、額縁明渠施工、及び圃場耕起等が適切な対処法として挙げられる。(2)地表-地下中間型排水不良の場合、地表滞水時と同様の改善の他、弾丸暗渠及びもみ殻暗渠等の地下水対処法もあわせて採用し得る。(3)停滞地下水型排水不良の場合、本暗渠施工による抜本的な改善をとるか、作物の根域まで水位を下げるために弾丸暗渠及びもみ殻暗渠等の対処法も取り得る。(4)湧出地下水型排水不良の場合、本暗渠施工等、土木工事を伴う抜本的な改善が必要となる。
【0040】
地表滞水型排水不良が発生している圃場に対して本暗渠を施工することは、過大なコストの浪費となるほか、重機による圃場内の攪乱により、副次的にさらに悪影響が出る可能性がある。また湧出地下水型排水不良が発生している圃場に対して、額縁明渠施工を行っても、排水の改善効果はほとんど期待できない。ここで、額縁明渠とは、圃場淵の畦畔に沿って20~30cmの深さで掘り、圃場の落水口とつなげた排水溝をいう。弾丸暗渠とは、弾丸の形をしたドレーナーをトラクタに付け引っ張ることによって土中30~60cmの深さに作られた、水が流れる孔をいう。もみ殻暗渠とは、圃場へ深さ40cm程度に切った溝にもみ殻を詰めることで、既存の本暗渠への水道を確保したものをいう。本暗渠とは、圃場へ深さ50cm程度に切った溝に吸水管を埋設し、その上部を透水性の良好な疎水材で充填したものをいう。
【0041】
排水不良原因の推定方法は、滞水サンプル中の溶存ケイ酸濃度及び水の酸素安定同位体比の少なくとも一方に基づいて、上述したように排水不良の原因を分類することで、排水不良の原因に応じた適切な対処法を選択することができる。
【0042】
また、排水不良原因の推定方法は、排水不良の原因が既知である土地における滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けた参照データベース40を参照して、土地の排水不良の原因を推定してもよい。これにより、排水不良が発生している原因をより精確に推定することができる。
【0043】
さらに、排水不良原因の推定方法は、推定した土地の排水不良の原因と、当該土地における前記滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方とを対応付けたデータを、参照データベース40に追加してもよい。これにより、参照データベース40を用いた排水不良の原因の推定精度を向上させることができる。
【0044】
なお、溶存ケイ酸濃度及び水の酸素安定同位体比は、各地域の地質及び標高、海からの距離(緯度)等の条件によって差が生じ得る。一例として、ケイ酸は岩石から溶出するため、溶存ケイ酸濃度は地質の影響を強く受ける。また、水の酸素安定同位体比は、地球上の多くの雨水の発生源である海水が蒸発して雲となり陸地に雨をもたらす。この時、蒸発して間もない雲にも質量の大きい酸素18が含まれており、雲の水蒸気から雨となる際には質量の大きい水分子から地上に落ちる。このため、雲の水蒸気中には質量の小さい酸素16の割合が相対的に増える。その後、雲が風に流されて内陸で再び雨となる時は、最初の雨と比べて雨水中の酸素安定同位体比が変化する。したがって、水の酸素安定同位体比は、海からの距離の影響を受ける。さらに、標高が低い場所と高い場所では、降雨中の酸素安定同位体比が異なるため、水の酸素安定同位体比がその影響を受け得る。また、季節によって気団が異なり、水の酸素安定同位体比に影響を及ぼす可能性もある。そのため、参照される上記参照データについては、可能な限り同じ地域及び同じ季節に収集されたデータであることが好ましく、又は上記参照データと、排水不良の原因を推定しようとする箇所のデータの間で、適宜補正を行う必要が生じ得る。
【0045】
推定システム100によれば、滞水サンプル中の成分濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方の測定結果から、排水不良が発生している原因を簡便に推定することができる。その結果、観測機材の設置及び専門的な知識がなくとも、簡便に土地の排水不良の原因を調査可能であり、その対処法を適切に選択することができる。
【0046】
〔まとめ〕
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、土地の排水不良の原因を推定する工程と、を含む。
【0047】
これにより、滞水サンプル中の成分濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方の測定結果から、排水不良が発生している原因を簡便に推定することができる。その結果、観測機材の設置及び専門的な知識がなくとも、簡便に土地の排水不良の原因を調査可能であり、その対処法を適切に選択することができる。
【0048】
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法において、滞水サンプル中の成分の濃度は、溶存ケイ酸濃度であってもよい。これにより、滞水サンプルの岩石との接触時間を溶存ケイ酸濃度から推定し、排水不良が発生している原因を推定することができる。
【0049】
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法において、滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比は、酸素安定同位体比であってもよい。これにより、滞水サンプルが受けた蒸発作用の度合いを酸素安定同位体比から推定し、排水不良が発生している原因を推定することができる。
【0050】
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法は、前記推定する工程において、排水不良の原因が既知である土地における前記滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けた参照データベースを参照して、土地の排水不良の原因を推定する工程をさらに含んでいてもよい。これにより、排水不良が発生している原因をより精確に推定することができる。
【0051】
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法は、前記推定する工程において推定した土地の排水不良の原因と、当該土地における前記滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方とを対応付けたデータを、前記参照データベースに追加する工程を含んでいてもよい。これにより、データベースを用いた排水不良の原因の推定精度を向上させることができる。
【0052】
本発明の一態様に係る排水不良原因の推定方法は、前記推定する工程において、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の両方に基づき、土地の排水不良の原因を推定してもよい。これにより、排水不良が発生している原因をより精確に推定することができる。
【0053】
本発明の一態様に係る推定装置11は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方に基づき、土地の排水不良の原因を推定する推定部13を備えている。
【0054】
これにより、滞水サンプル中の成分濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方の測定結果から、排水不良が発生している原因を簡便に推定することができる。その結果、観測機材の設置及び専門的な知識がなくとも、簡便に土地の排水不良の原因を調査可能であり、その対処法を適切に選択することができる。
【0055】
本発明の一態様に係る推定システム100は、上記推定装置11と、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度、及び、当該滞水サンプル中の水の構成元素の安定同位体比、の少なくとも一方を測定する測定装置10と、を備える。これにより、滞水サンプル中の成分濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方の測定結果から、排水不良が発生している原因を簡便に推定することができる。
【0056】
本発明の一態様に係る参照データベース40は、土地の排水不良箇所から採取した滞水サンプル中の成分の濃度及び水の構成元素の安定同位体比の少なくとも一方と、当該土地の排水不良の原因とを対応付けたデータが格納されている。これにより、参照データベース40は、排水不良の原因を推定するために用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、農業分野及び土木建築分野の他、土地の排水対策を必要とする領域で利用することができる。
【符号の説明】
【0058】
10 測定装置
11 推定装置
12 取得部
13 推定部
40 参照データベース
100 推定システム
図1
図2