(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147304
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】餌料用藻類培養方法及び藻類用培地
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12N1/12 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054719
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000151449
【氏名又は名称】株式会社東京久栄
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100166073
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 秀治
(72)【発明者】
【氏名】矢代 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】水町 海斗
(72)【発明者】
【氏名】片野 俊也
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA83X
4B065BB02
4B065BB03
4B065BB15
4B065CA43
(57)【要約】
【課題】餌料用藻類を高密度で培養する際に、特別な光照射装置を不要とし、培地について創意工夫することで、培養コストの低減を図ることを可能とする、餌料用藻類培養方法及び藻類用培地を提供する。
【解決手段】 硝酸カリウムを用いた藻類用培地と、人工海水の素を水道水に溶かすことで作成した人工海水とを混合することで培養液を製造する、培養液製造工程(1)の実施後に、該培養液製造工程(1)で得られた培養液に、餌料用藻類を投入して混合する、餌料用藻類混合工程(2)を実施し、該餌料用藻類混合工程(2)によって得られた藻類混合培養液に、独立栄養として光を照射して光合成を行うことで餌料用藻類を高密度に増殖する光照射工程(3)を実施し、該光照射工程(3)において、餌料用藻類の増殖率が低下した際に、有機炭素源を投入する、有機炭素源投入工程(4)を実施する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸カリウムを用いた藻類用培地と人工海水とを混合して培養液を製造する、培養液製造工程の実施後に、
該培養液製造工程で得られた培養液に、餌料用藻類を投入して混合する、餌料用藻類混合工程を実施し、
該餌料用藻類混合工程によって得られた藻類混合培養液に、光を照射して光合成を行うことで餌料用藻類を高密度に増殖する、光照射工程を実施することを特徴とする、餌料用藻類培養方法。
【請求項2】
前記光照射工程において、餌料用藻類の増殖率が低下した際に、有機炭素源を投入する有機炭素源投入工程の実施によって増殖率を向上させることを特徴とする、請求項1に記載の餌料用藻類培養方法
【請求項3】
前記光照射工程で用いる有機炭素源が、グルコースであることを特徴とする、請求項2に記載の餌料用藻類培養方法。
【請求項4】
前記培養液製造工程で用いる人工海水が、人工海水の素を水道水に溶かして作成したものであることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
【請求項5】
前記餌料用藻類混合工程で用いる餌料用藻類が、キートセロス属の藻類であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
【請求項6】
前記餌料用藻類混合工程で用いる餌料用藻類が、キートセロス属の藻類であって、テヌイスシムス(tenuissimus)またはグラシリス(gracilis)であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
【請求項7】
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
硝酸カリウム成分を含有することを特徴とする、藻類用培地。
【請求項8】
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
硝酸カリウムによる硝酸を主成分とし、リン酸、ケイ素、マンガン、鉄、セレンの各成分を含有することを特徴とする、藻類用培地。
【請求項9】
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
水1リットルあたり、硝酸カリウムを100.000~990.000mg、リン酸水素二カリウムを3.000~30.000mg、Fe(III)-EDTAを3.000~30.000mg、チアミン塩酸塩を0.100~1.000mg、ビオチンを0.001~0.010mg、ビタミンB12を0.001~0.010mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.100~0.900mg、ケイ酸ナトリウムを0.050~8.000mg、亜セレン酸ナトリウム0.001~0.010mg含有することを特徴とする、藻類用培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、餌料用藻類培養方法及び藻類用培地に関し、詳細には二枚貝、魚類稚仔等の餌料として需要増大が見込まれている珪藻等の餌料用藻類培養方法及び藻類用培地に関する。
【背景技術】
【0002】
藻類の培養方法として、特許文献1に記載の技術が知られている。
該特許文献1には、光発光体または該光発光体を光源とした光導波路を有する光照射装置を内装または外装した密閉型の微細藻類連続培養装置を用いた藻類の連続培養方法が記載されている。
前記光照射装置は、培養液中の微細藻類の光合成に必要な光質と光量子を中心波長430~480nm、560~620nmおよび675~685nmで、かつ短波長基準の光量子量の比率がそれぞれ0.5~5および4~10からなる光を、側壁面、培養液の上面および下面の少なくとも一方より培養液に向かって照射する構造を有している。
そして、前記微細藻類の炭素源として水に可溶な炭水化物を含む前記培養液に加熱滅処理を施す加熱装置を内部または外部に保持し、かつ、前記培養液中に内容物を投入するための無菌供給装置またはろ過滅菌装置を備えている。
【0003】
該特許文献1に記載の技術は、光ダイオードチップと蛍光物質を一体化したチップを形成することによって、カロテノイドによる光合成を補強する波長を発生させることで、微細藻類の高速増殖を実現する従属栄養・独立栄養共存型のシステムを提供するものである。
その目的を達成するために、特許文献1に記載の技術では、(1)微細藻類の従属栄養条件で必要な酸素量とその濃度および微細藻類の呼吸によって発生する二酸化炭素濃度とをバランスよく制御すること、(2)光合成に有効な光質と必要な光量子量の配合を可能とする光発光体の改良、(3)この光を微細藻類培養装置内に均一に、効率よく供給可能な光照射システムを構築すること、あわせて(4)有機体の炭素源および栄養要素を含む培地の加熱滅菌時に、光照射システムおよび光発光体の性能を損ねることなく実施可能なシステムを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1に記載の技術は、高密度培養を実現するために、培養液中の微細藻類の光合成に必要な光質と光量子を中心波長430~480nm、560~620nmおよび675~685nmで、かつ短波長基準の光量子量の比率がそれぞれ0.5~5および4~10からなる光を照射する光照射装置が必要であり、培養コストが高くなる要因となっている。
なお、該特許文献1には、餌料用藻類の培養の際に、培養コストにおける割合が大きな培地の創意工夫について、記載されていない。
したがって、本発明が解決しようとする課題は、餌料用藻類を高密度で培養する際に、特別な光照射装置を不要とし、培地について創意工夫することで、培養コストの低減を図ることを可能とする、餌料用藻類培養方法及び藻類用培地を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の課題を解決するための手段は、下記のとおりである。
【0007】
第1に、
硝酸カリウムを用いた藻類用培地と人工海水とを混合して培養液を製造する、培養液製造工程の実施後に、
該培養液製造工程で得られた培養液に、餌料用藻類を投入して混合する、餌料用藻類混合工程を実施し、
該餌料用藻類混合工程によって得られた藻類混合培養液に、光を照射して光合成を行うことで餌料用藻類を高密度に増殖する、光照射工程を実施することを特徴とする、餌料用藻類培養方法。
ここで、培養液の製造は、人工海水の素と硝酸カリウムを用いた藻類用培地を同時に水に溶かす場合に限定されず、予め人工海水の素を水に溶かして作成しておいた人工海水に、後から硝酸カリウムを用いた藻類用培地を混合する場合も含まれる。
すなわち、培養液製造工程では、人工海水と硝酸カリウムを用いた藻類用培地とを混合することができれば、その順序は問わない。
第2に、
前記光照射工程において、餌料用藻類の増殖率が低下した際に、有機炭素源を投入する有機炭素源投入工程の実施によって増殖率を向上させることを特徴とする、前記第1に記載の餌料用藻類培養方法
第3に、
前記光照射工程で用いる有機炭素源が、グルコースであることを特徴とする、前記第2に記載の餌料用藻類培養方法。
第4に、
前記培養液製造工程で用いる人工海水が、人工海水の素を水道水に溶かして作成したものであることを特徴とする、前記第1から第3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
第5に、
前記餌料用藻類混合工程で用いる餌料用藻類が、キートセロス属の藻類であることを特徴とする、前記第1から第3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
第6に、
前記餌料用藻類混合工程で用いる餌料用藻類が、キートセロス属の藻類であって、テヌイスシムス(tenuissimus)またはグラシリス(gracilis)であることを特徴とする、前記第1から第3のいずれか一つに記載の餌料用藻類培養方法。
第7に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
硝酸カリウム成分を含有することを特徴とする、藻類用培地。
第8に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
硝酸カリウムによる硝酸を主成分とし、リン酸、ケイ素、マンガン、鉄、セレンの各成分を含有することを特徴とする、藻類用培地。
第9に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
水1リットルあたり、硝酸カリウムを100.000~990.000mg、リン酸水素二カリウムを3.000~30.000mg、Fe(III)-EDTAを3.000~30.000mg、チアミン塩酸塩を0.100~1.000mg、ビオチンを0.001~0.010mg、ビタミンB12を0.001~0.010mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.100~0.900mg、ケイ酸ナトリウムを0.050~8.000mg、亜セレン酸ナトリウム0.001~0.010mg含有することを特徴とする、藻類用培地。
第10に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
水1リットルあたり、硝酸カリウムを200.000~900.000mg、リン酸水素二カリウムを4.000~20.000mg、Fe(III)-EDTAを4.000~20.000mg、チアミン塩酸塩を0.150~0.800mg、ビオチンを0.001~0.008mg、ビタミンB12を0.001~0.008mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.150~0.700mg、ケイ酸ナトリウムを0.100~6.000mg、亜セレン酸ナトリウム0.001~0.008mg含有することを特徴とする、藻類用培地。
第11に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
水1リットルあたり、硝酸カリウムを220.000~600.000mg、リン酸水素二カリウムを4.500~10.000mg、Fe(III)-EDTAを4.500~10.000mg、チアミン塩酸塩を0.150~0.600mg、ビオチンを0.001~0.006mg、ビタミンB12を0.001~0.006mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.150~0.500mg、ケイ酸ナトリウムを0.120~4.000mg、亜セレン酸ナトリウム0.001~0.006mg含有することを特徴とする、藻類用培地。
第12に、
餌料用藻類培養の際に用いる培地であって、
水1リットルあたり、硝酸カリウムを230.000~250.000mg、リン酸水素二カリウムを4.700~5.500mg、Fe(III)-EDTAを4.500~6.000mg、チアミン塩酸塩を0.150~0.400mg、ビオチンを0.001~0.004mg、ビタミンB12を0.001~0.004mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.160~0.230mg、ケイ酸ナトリウムを0.120~1.000mg、亜セレン酸ナトリウム0.001~0.004mg含有することを特徴とする、藻類用培地。
【0008】
前記硝酸カリウムを用いた培地は、市販の培地を天然海水に溶かした場合の成分と、Aquarium Systems社製の人工海水(インスタントオーシャン:商品名)の素を水道水に溶かした場合の成分とを比較し、足りない成分を補う成分構成のものである。
すなわち、該硝酸カリウムを用いた培地は、硝酸カリウムによる硝酸を主成分とし、その他に、リン酸、ケイ素、マンガン、鉄、セレンの各成分を含むものである。
具体的には、次の組成が好ましい。
水1リットルあたり、硝酸カリウムを237.905mg、リン酸水素二カリウムを5.000mg、Fe(III)-EDTAを5.200mg、チアミン塩酸塩を0.200mg、ビオチンを0.002mg、ビタミンB12を0.002mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.180mg、ケイ酸ナトリウムを0.144mg、亜セレン酸ナトリウム0.002mgとすることが好ましい。
【0009】
前記有機炭素源としては、グルコースの他に、ビタミン類、好ましくはビタミンB12を用いることができる。
【0010】
前記餌料用藻類としては、増殖速度が早いことが知られているキートセロス属の藻類を用いることが好ましい。
前記キートセロス属の藻類としては、テヌイスシムス(tenuissimus)、グラシリス(gracilis)、カルシトランス(calcitrans)を単独で用いる他に、2種以上を混合して用いることもできる。
【0011】
前記光照射工程において、二酸化炭素を必要最小限の分量で注入することで、増殖速度を高めることもできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
【0013】
本発明に係る餌料用藻類培養方法は、低コストの硝酸カリウムを用いた培地を用いるので、培養コストの低減を図ることが可能である。
また、餌料用藻類の増殖率が低下した際に、有機炭素源を投入することで、特別な光照射装置を使用しなくても、バクテリア増殖の影響を抑えつつ、増殖率を向上させることで、高密度の培養が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る餌料用藻類培養方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態を、図面を参照しつつ具体的に説明する。
ここで、添付図面において同一の部材には同一符号を付しており、また重複した説明は省略されている。
なお、ここでの説明は本発明が実施される一形態であることから、本発明は当該形態に限定されるものではない。
【実施例0016】
本実施例に係る餌料用藻類培養方法は、
図1に示すとおり、(1)培養液製造工程、(2)餌料用藻類混合工程、(3)光照射工程[独立栄養培養工程]、(4)有機炭素源投入工程[従属栄養培養工程]を実施するものである。
以下、詳細に説明する。
【0017】
(1)培養液製造工程
該工程は、硝酸カリウムを用いた人工培地(以下、オリジナル培地という。)と、人工海水の素を水道水に溶かすことで作成した人工海水とを混合することで培養液を製造する工程であり、水道水をそのまま利用するので、作業を簡略化することが可能となる。
硝酸カリウムを用いたオリジナル培地は、市販の培地を天然海水に溶かした場合の成分と、Aquarium Systems社製の人工海水(インスタントオーシャン:商品名)の素を水道水に溶かした場合の成分とを比較し、足りない成分を補う成分構成のものである。
【0018】
すなわち、該硝酸カリウムを用いたオリジナル培地は、硝酸カリウムによる硝酸を主成分とし、その他に、リン酸、ケイ素、マンガン、鉄、セレンの各成分を含むものである。
このように、オリジナル培地は、人工海水に金属等のミネラル成分が、天然海水に比べて多く含まれていることを利用して、従来の人工培地では多量に含まれていた金属成分を必要最小限まで削減することで、低コスト化を実現することができる。
【0019】
天然海水、人工海水(インスタントオーシャン)、市販の培地、オリジナル培地の成分組成を、次表に示す。
なお、全ての培地に共通するビタミン類は記載していない。
【0020】
【0021】
人工海水として使用した「インスタントオーシャン」は、天然海水と比較して金属元素の含有量が極めて高いことがわかる。
中でもMo、Cu、Zn、Coは、必要十分量が人工培地に含まれていると考えられた。
また、市販の培地には含有成分の偏りがあり、例えばB(ホウ素)は培地Bには含まれるものの他の2種の培地には含まれておらず、不要である可能性が高いと考えられた。
これらを踏まえ、次のとおりの組成で、オリジナル培地を設定した。
水1リットルあたり、硝酸カリウムを237.905mg、リン酸水素二カリウムを5.000mg、Fe(III)-EDTAを5.200mg、チアミン塩酸塩を0.200mg、ビオチンを0.002mg、ビタミンB12を0.002mg、塩化マンガン(II)四水和物を0.180mg、ケイ酸ナトリウムを0.144mg、亜セレン酸ナトリウム0.002mg。
【0022】
また、一般的に知られている培地A(ダイゴIMK培地)、培地B(Modified SWM-3 (mSWM-3)培地)、培地C(f/2培地)と天然海水を組み合わせた場合と、オリジナル培地とインスタントオーシャンとを組み合わせた場合の組成を、次表に示す。
【0023】
【0024】
上記表によると、オリジナル培地とインスタントオーシャンの組み合わせは、市販培地と人工海水との組み合わせと比べて足りない原子はなく、バランスよく配合されていることが確認できた。
【0025】
前記モル濃度で示したオリジナル培地について、重量濃度(単位:mg/L)で、次表に示す。
ここで、窒素は、市販培地の全てで硝酸ナトリウム(NaNO3)が使われていたが、オリジナル培地では農業用に普及しており飛躍的に安価な硝酸カリウム(KNO3)を用いることとした。
【0026】
【0027】
(2)餌料用藻類混合工程
該工程は、培養液製造工程で得られた培養液に、餌料用藻類として増殖速度が早いキートセロス株を投入して混合する工程である。
本実施例、以下の各試験例では、キートセロス株として、テヌイスシムス(tenuissimus)またはグラシリス(gracilis)を用いた。
【0028】
(試験例1)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、窒素源として硝酸ナトリウムと硝酸カリウムを用いた培地の相違による増殖の比較について、培地以外は同条件で培養試験を行った。
その結果を、
図2に示す。
図2に示すとおり、硝酸カリウムを用いた培地であっても、硝酸ナトリウムを用いた培地とほぼ同等の効果を示すことが確認できた。
【0029】
(試験例2)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、前記重量濃度で示したオリジナル培地から、亜セレン酸ナトリウム(Na
2SeO
3)を抜いたオリジナル培地と、前記培地Cとを用い、水温25℃、LED照射、曝気ありの同条件で、培養を行い、増殖状況を確認した。
培養は、500ミリリットルビンを使用して、2条件×3本=6本で行い、3本の平均値で2条件の比較を行った。
その結果を、
図3に示す。
図3に示すとおり、増殖速度としては大きな差が出ていないものの、オリジナル培地の方が最終的な収量はやや劣っていたが、実用的に十分な細胞密度にまで増殖可能であることが確認できた。
【0030】
(試験例3)
キートセロス株として、テヌイスシムス(tenuissimus)を用い、前記重量濃度で示したオリジナル培地と、前記培地Aとを用い、水温25℃、LED照射、曝気ありの同条件で、培養を行い、増殖状況を確認した。
培養は、500ミリリットルビンを使用して、オリジナル培地については3本、培地Aについては1本で行い、3本の平均値と培地Aとを比較した。
その結果を、
図4に示す。
図4に示すとおり、初期の培地Aの密度が未計測であるが、2日目以降についてみると増殖速度は市販培地と遜色ないことが確認できた。
【0031】
本実施例による培養液製造工程で用いるオリジナル培地は、キートセロス株に最適化したものであり、知られている培地の組み合わせ(試薬ベース)の半額以下に低減できるものである。
すなわち、250リットルあたり、市販のダイゴIMK培地のコストは1330円であり、各成分を調合した場合であっても370円かかるのに対して、50円程度まで低減できる。
【0032】
(3)光照射工程
該工程は、餌料用藻類混合工程で餌料用藻類を混合した培養液に、独立栄養として光を照射して光合成を行うことで餌料用藻類を高密度に増殖する工程である。
【0033】
(4)有機炭素源投入工程
該工程は、光照射工程において実施される工程であり、光合成によって餌料用藻類の増殖が進み、高密度になって増殖率が低下した際に、従属栄養培養と同様に、有機炭素源としてグルコースを投入することで、光照射による光合成培養を補助する役割で、更なる増殖を促す工程である。
本工程を実施することにより、上記(1)~(3)工程のみを順次実施する場合と比較して、餌料用藻類の増殖効果をより高めることが可能となる。
ここで、グルコース等添加のタイミング制御のみでバクテリア増殖の影響を抑制するため、滅菌装置などが不要で、簡易に高い増殖速度を維持できる。
【0034】
(試験例4)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、光照射工程において、餌料用藻類の増殖が進み、高密度になって増殖率が低下した際に、有機炭素源としてグルコースを0.1g/リットル投入する場合と、投入しない場合について、同一条件下で培養試験を行い、増殖速度と最終収量を比較した。
共通の試験条件は、水温25℃、LED照射、曝気有りとした。
試験開始から4日間は、無機炭素源のみを利用し、通常の光合成で増殖した。
4日目以降に、グルコースを添加する処理と添加しない処理を行い、増殖速度を比較した。
【0035】
なお、試験は、500ミリリットルビンを使用して、2条件×3本=6本で行い、3本の平均値で2条件の比較を行った。
また、藻類の細胞密度は、トーマ血球計算盤を用いて顕微鏡下で計数することで求めた。
その結果を、次表に示す。
【0036】
【0037】
増殖速度のデータを、
図5に示す。
図5に示すとおり、グルコースを添加することで、増速速度が高まることが確認できた。
増殖速度と最終収量の平均データを、次表に示す。
【0038】
【0039】
増殖速度については、グルコース添加後の3点以上のデータから指数関数で回帰させて決定計数が最も高い速度と定義し、比較した。
その結果、各処理区3本の平均増殖速度は統計的有意(t検定:P<0.05)に異なっており、グルコース添加の効果が確認された。
最終収量については、増殖が止まり細胞数が横ばいとなった最後の2点の平均と定義し、比較した。
その結果、各処理区3本の平均最終収量は統計的有意(t検定:P<0.05)に異なっており、グルコース添加の効果が確認された。
【0040】
(試験例5~7)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、無機炭素源のみを利用する光合成培養によって高密度に至り、増殖速度が低下してきた後に、有機炭素源を追加で利用させることで、最終収量が顕著に増加する現象について、4.5リットルの小型試験機を使用し、水温27℃、LED照射、曝気有り、有機炭素源としてグルコース1g/リットルを添加する試験を、同一条件下で、試験日のみを変えて3回行った。
試験例5は、試験開始日が、令和3年5月10日のものである。
試験例6は、試験開始日が、令和3年5月30日のものである。
試験例7は、試験開始日が、令和3年7月5日のものである。
いずれの試験も、試験開始からしばらくは無機炭素源のみで増加させた。
培養後期の、増殖速度が頭打ちになったタイミングでグルコースを添加し、その後の増殖状況を確認した。
【0041】
試験例5の結果を、
図6に示す。
試験例6の結果を、
図7に示す。
試験例7の結果を、
図8に示す。
【0042】
無機炭素源のみの通常の光合成で増殖させると、培養後期に増殖速度が頭打ちになることが、3回の試験すべてで確認された。
つまり、無機炭素源のみによる光合成だけでは、培養後期に入ると増殖速度が落ち、収量が早い段階で頭打ちになるが、その後、有機炭素源であるグルコースを添加したところ、3回の試験すべてで、さらに増殖が行われたことが確認できた。
培養後期の、増殖速度が落ちるタイミングで、無機炭素源の利用を促すことにより、従属栄養的に増殖が行われて、最終収量を増加させることが可能となる。
なお、培養初期に増殖速度が低下しているのは、初期培養のときに培地の濃度を薄くしている(その方が増殖しやすい)ためで、ある程度増殖した後に培地の追加投入(追肥)を行って最終収量の密度まで増殖できるようにしていることによる。
【0043】
試験結果より、無機炭素源による通常の光合成に、異なるメカニズムである有機炭素源を利用する従属栄養的な増殖を加えることで、増殖速度が高まり、最終収量が増加することが統計的有意に確認できた。
また、無機炭素源による通常の光合成だけでは、培養後期に入ると増殖速度が落ちるが、そのタイミングで有機炭素源を利用することにより、さらなる増殖が行われて、最終収量を増加させることが可能であることが複数回で確認できた。
【0044】
なお、有機炭素源はバクテリアも利用可能であるため、添加後には藻類とバクテリアの競争が起きる。
このため、バクテリアの大量増殖を防ぐ培養条件とする工夫が必要である。
培養後期に有機炭素源を投入していることが、バクテリアが増殖する時間(有機炭素を添加してから収穫までの時間)を短くし、かつ、バクテリアの現存量が藻類の最終収量に影響しない程度に十分に低い状態を保つ、という条件をクリアすることにつながったと考えられた。
【0045】
(試験例8)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、バッチ培養方式を採用している4.5リットルの小型試験機を使用し、水温25℃、LED照射、曝気有りの条件下で、ダイゴIMK培地を用いた場合について、オートクレーブ滅菌を行い、序盤は有機炭素源を投入せずに培養し、増殖速度が低下してきたタイミングで有機炭素源(グルコース1g/リットル)を添加した。
各計測日で、藻類の細胞密度と、バクテリアの細胞密度を調べた。
その際、バクテリアの数についてDAPIを用いた核酸蛍光染色法で計数した。
なお、培養開始時点ではバクテリアの密度はかなり少ない。
そのまま有機炭素源を用いずに光合成培養を続け、藻類がある程度高密度になった時点で有機炭素源を投入し、その後は短時間で収穫を行うサイクルで培養を行った。
結果を、
図9に示す。
【0046】
試験例8の結果をみると、バクテリアは200×104細胞/mlより低い密度で推移し、有機炭素源の添加後に増加した。
藻類は有機炭素源の投入前まで順調に増殖し、有機炭素源の投入後もしばらくして更なる増殖がみられた。
このことから藻類の増殖に影響を与えない程度にバクテリアの細胞数が抑制されていたと考えられた。
【0047】
(試験例9)
キートセロス株として、グラシリス(gracilis)を用い、試験例8と同様に、バッチ培養方式を採用している4.5リットルの小型試験機を使用し、水温25℃、LED照射、曝気有りの条件下で、ダイゴIMK培地を用いた場合について、オートクレーブ滅菌を行わず、序盤は有機炭素源を投入せずに培養し、収穫予定日の前日に有機炭素源(グルコース0.5g/リットル)を添加した。
各計測日で、藻類の細胞密度と、バクテリアの細胞密度を調べた。
その際、バクテリアの数についてDAPIを用いた核酸蛍光染色法で計数した。
結果を、
図10に示す。
【0048】
試験例9の結果をみると、滅菌した場合と同様に序盤から有機炭素源の投入までの間は200×104細胞/mlより低い密度で推移し、有機炭素源の添加後に増加した。
藻類は塩分濃度の低下による細胞数減少がみられたものの有機炭素源の投入前までは概ね順調に増殖し、有機炭素源の投入後も更なる増殖がみられた。
このことから滅菌していない場合であっても、藻類の増殖に影響を与えない程度にバクテリアの細胞数が抑制されていたと考えられた。
【0049】
バクテリアの餌となる有機炭素源の投入を藻類培養の終盤にもってくることで、バクテリアの大増殖を抑えつつ、藻類の順調な増殖を引き出すことができる。
また、この効果は滅菌操作をしなくとも滅菌した場合と同様に発現していた。
このことからバッチ培養方式において有機炭素源の添加のタイミングを工夫することで、無菌操作をしなくても藻類の高密度培養が実現できることがわかった。
【0050】
(試験例10)
餌料藻類が最も高密度に増殖する培地の濃度を決定するために、異なる培地濃度下において、次の条件で試験を行った。
水温25℃でLED照射を行い、曝気ありの環境下、段落番号[0026]の表に記載のオリジナル培地から亜セレン酸ナトリウム(Na
2Se0
3)を抜いたものを培地として、キートセロス株としてグラシリス(gracilis)を用いて試験を行った。
試験は、160万細胞/mLの密度まで培養した藻類に、オリジナル培地を1倍(久栄1倍と表記)、3倍(久栄3倍と表記)、5倍(久栄5倍と表記)量追肥して増殖させることで行った。
この際、各濃度ともに500mLビンを3本ずつ用いて6日間培養し、細胞密度を測定することで培養状況の比較を行った。
その結果を、
図11に示す。
【0051】
試験例10の結果をみると、各濃度の培地を追肥した場合の細胞密度は、1倍量追肥では507万細胞/mL(6日目)、3倍量では561万細胞/mL(6日目)、5倍量では434万細胞/mL(4日目)が最大であった。
よって、5倍量の追肥では培地が濃過ぎて増殖能力が落ちていることが考えられるため、追肥する量は1倍から3倍量が適切であると判断した。
上記検討により、事前の培養に用いた培地量を含めて、人工海水に投入すべき培地の量は、基準のオリジナル培地の1倍から4倍が適切であると判断した。
【0052】
(試験例11)
餌料藻類が最も高密度に増殖する培地の濃度を決定するために、異なるケイ酸ナトリウム濃度下において、次の条件で試験を行った。
水温25℃でLED照射を行い、曝気ありの環境下、段落番号[0026]の表に記載のオリジナル培地を基準培地として用い、キートセロス株としてグラシリス(gracilis)を用いて試験を行った。
試験は、基準培地の組成のうち、ケイ酸ナトリウムのみを1/10倍量(0.072mg/L)、1倍量(0.72mg/L)、10倍量(7.2mg/L)の3段階に変えて藻類を培養した。
各濃度ともに500mLビンを3本ずつ用いて5日間培養し、細胞密度を測定することで培養状況の比較を行った。
その結果を、
図12に示す。
【0053】
試験例11の結果をみると、いずれの条件でも最大の細胞密度に達したのは培養4日目であり、その密度は、ケイ酸ナトリウム1/10倍量で581万細胞/mL、1倍量で756万細胞/mL、10倍量で716万細胞/mLであった。
ここで、1/10倍量では藻類の収量が低下したことから、オリジナル培地に添加すべきケイ酸ナトリウムの量は、基準の1倍から10倍(0.144~1.44mg/L)が適切であると判断した。
【0054】
上記試験例10及び試験例11の結果から、オリジナル培地の組成における好ましい添加量の範囲を、次表に示す。
【表6】