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特開2023-147872細胞又は微生物を培養するための方法及び組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147872
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】細胞又は微生物を培養するための方法及び組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
C12N1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055621
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(72)【発明者】
【氏名】高木 悠友子
(72)【発明者】
【氏名】野田 尚宏
(72)【発明者】
【氏名】大田 悠里
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA86X
4B065AA87X
4B065BB40
4B065BC01
4B065BC41
4B065BD06
(57)【要約】
【課題】本発明は、油中水滴型エマルションを利用した新たな培養方法を提供することを目的とする。
【解決手段】油中水滴型エマルション中のドロップレット内で細胞又は微生物を培養する工程を含み、前記細胞又は微生物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物であり、前記ドロップレット内には前記足場となる基材が封入されている、細胞又は微生物を培養する方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
油中水滴型エマルション中のドロップレット内で細胞又は微生物を培養する工程を含み、
前記細胞又は微生物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物であり、
前記ドロップレット内には前記足場となる基材が封入されている、細胞又は微生物を培養する方法。
【請求項2】
細胞又は微生物を培養する前記工程が、接着細胞を培養する工程である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基材が細胞接着性の基材であるか、又は
前記油中水滴型エマルションの水相が細胞接着分子を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記基材がビーズである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
油中水滴型エマルションと、
該油中水滴型エマルション中のドロップレット内に封入された基材と、を含み、
前記基材は、細胞又は微生物の生存、増殖、又は分化のための足場となる基材である、細胞又は微生物培養用組成物。
【請求項6】
前記基材が細胞接着性の基材である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記油中水滴型エマルションの水相が細胞接着分子を含む、請求項5又は6に記載の組成物。
【請求項8】
前記基材がビーズである、請求項5~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物の培養用である、請求項5~8のいずれか一項に記載の細胞又は微生物培養用組成物。
【請求項10】
接着細胞培養用である、請求項9に記載の細胞又は微生物培養用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は微生物を培養するための方法及び組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を分離及び培養する手法のひとつとして、油中水滴型エマルション(W/Oエマルション)を用いた手法がある(非特許文献1)。この手法では、油相液中に培地からなる微細な水滴(ドロップレット)を分散させ、各ドロップレットをひとつの培養場として用いる。ドロップレットは短時間で数十万から数百万個作製できるため、かかる手法は、特にハイスループットスクリーニングの手段として注目されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Kaminski T. S. et al., "Dropletmicrofluidics for microbiology: techniques, applications and challenges"Lab on a Chip, 2016, 16, 2168-2187
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
W/Oエマルションを利用した非特許文献1の手法は発展途上であり、用途が限られていた。本発明は、W/Oエマルションを利用した新たな培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
W/Oエマルションを利用した非特許文献1の手法は、フラスコ、ウェルプレート等を用いた他の培養手法と比較して、培養場に固形面を全く有さないことが特徴でありかつ利点でもあるため、必然的に、生存、増殖等に足場を必要としない細胞又は微生物への利用しか想定されていなかった。本発明者らはこのような従来の発想の逆を行き、生存、増殖等に足場を必要とする細胞又は微生物の培養にW/Oエマルションを利用することを検討した。そして本発明者らは、細胞又は微生物とともに足場となる基材をドロプレット内に封入することを考案し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
本発明の一側面に係る細胞又は微生物を培養する方法は、油中水滴型エマルション中のドロップレット内で細胞又は微生物を培養する工程を含み、細胞又は微生物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物であり、ドロップレット内には足場となる基材が封入されている。
【0007】
細胞又は微生物を培養する工程は、接着細胞を培養する工程であってよい。基材は細胞接着性の基材であってもよく、或いは、油中水滴型エマルションの水相が細胞接着分子を含んでもよい。基材はビーズであってよい。
【0008】
本発明の一側面に係る細胞又は微生物培養用組成物は、油中水滴型エマルションと、該油中水滴型エマルション中のドロップレット内に封入された基材と、を含み、基材は、細胞又は微生物の生存、増殖、又は分化のための足場となる基材である。
【0009】
基材は細胞接着性の基材であってよい。油中水滴型エマルションの水相は細胞接着分子を含んでよい。基材はビーズであってよい。細胞又は微生物培養用組成物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物の培養用であってよく、より具体的には、接着細胞培養用であってよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、W/Oエマルションを利用した新たな培養方法が提供される。具体的には、本発明によれば、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物を培養するための方法及び組成物が提供される。かかる方法及び組成物は、がん細胞、バイオフィルム等、表面接着が鍵となる細胞又は微生物の活動における、形態変化又は遺伝子発現変化の計測、接着に起因するシグナル分子の計測等への利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】W/Oエマルション中のドロップレットを示す模式図である。
図2】実施例1における培養前後のW/Oエマルションの顕微鏡画像である。
図3】実施例2における培養前後のW/Oエマルションの顕微鏡画像である。
図4】実施例3における培養後のW/Oエマルションの顕微鏡画像である。上から下に、ビーズの量が0粒子/mL、5×10粒子/mL、及び3×10粒子/mLの水相溶液を用いて作製したドロップレットを示す。
図5】実施例4におけるW/Oエマルションの顕微鏡画像である。上から下に、0細胞/mL、1×10細胞/mL、及び5×10細胞/mLの細胞溶液を用いて作製したドロップレットを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一側面に係る細胞又は微生物を培養する方法は、油中水滴型エマルション(W/Oエマルション)中のドロップレット内で細胞又は微生物を培養する工程を含む。培養する細胞又は微生物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物であり、ドロップレット内には、細胞又は微生物の足場となる基材が封入されている。
【0013】
W/Oエマルションとは、連続相が油相であり、分散相が水相であるエマルションを意味する。W/Oエマルションにおいては、油相中に微粒子状の水相(水滴)が分散されており、この水滴、すなわち、区画化された空間を、本明細書において「ドロップレット」という。
【0014】
図1にW/Oエマルション中のドロップレットの模式図を示す。図1において、ドロップレット2は油相1中に存在し、基材3と細胞(又は微生物)Cを内包する。
【0015】
W/Oエマルションを構成する水相は、油相と混和しない親水性の液体であれば特に限定されず、例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ロズウェルパーク記念研究所培地(RPMI培地)、LB培地、R2A培地等の公知の細胞又は微生物培養用培地であってよい。あるいは、湖沼水、海水等の環境水を水相として用いることもできる。培地には、動物血清等、細胞又は微生物の培養に有用な公知の成分を添加することができる。培養する細胞が接着細胞である場合、水相には好ましくは細胞接着分子が含まれている。例えば、ウシ胎児血清(FBS)等の動物血清中には細胞接着分子が含まれている。
【0016】
W/Oエマルションを構成する油相は、水相と混和しない疎水性の液体であれば特に限定されず、例えば、油性のフッ素系溶媒、ミネラルオイル等の公知の油性溶媒、又はこれらの混合溶媒であってよい。油性のフッ素系溶媒としては、例えば、パーフルオロトリブチルアミンとパーフルオロジブチルメチルアミンとの混合溶媒(例えば、3M社製の3M(登録商標) フロリナート(登録商標) FC-40)等のフッ素系不活性液体、2-(トリフルオロメチル)-3-エトキシドデカフルオロヘキサン(例えば、3M社製の3M(登録商標) Novec(登録商標) 7500 Engineered Fluid)等のフッ素系オイルが挙げられる。
【0017】
水相及び油相の少なくともいずれか一方には、エマルションを安定化させるための界面活性剤が添加されていることが好ましい。水相用の界面活性剤としては、例えば、ソルビタンモノオレアート(Span(登録商標) 80)、及びポリソルベート20(Tween(登録商標) 20)が挙げられる。油相用の界面活性剤としては、例えば、008-FluoroSurfactant(RAN Biotechnologies社製)、Pico-Surf(登録商標) 1、及びクライトックス(登録商標)が挙げられる。
【0018】
油相と水相の割合は、所望のドロップレットの大きさ等に応じて適宜調整することができる。界面活性剤の濃度は、界面活性剤の種類、所望のドロップレットの大きさ等の条件に応じて、適宜調整することができる。
【0019】
ドロップレットの大きさは、培養する細胞又は微生物の種類及び基材の大きさに応じて適宜決定できるが、通常、直径5~500μmであり、例えば、直径50~200μm又は110~130μmであってよい。
【0020】
培養する細胞又は微生物は、生存、増殖、又は分化に足場を必要とする細胞又は微生物であれば特に限定されない。本明細書において、「分化」とは、細胞若しくは微生物の形状若しくは行動の変化、又はマーカーとなる遺伝子発現の変化を意味し、例えば、生活環における型の変化及び微生物によるバイオフィルム形成も、「分化」に該当する。細胞は、例えば接着細胞であってよい。接着細胞としては、例えば、接着性哺乳類細胞及び接着性昆虫細胞が挙げられる。接着性哺乳類細胞としては、例えば、3T3細胞等の線維芽細胞、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞等の上皮細胞、ヒト骨格筋細胞(SkMC)等の筋細胞、Neuro 2A細胞等の神経細胞、HeLa細胞等のがん細胞、ES細胞、iPS細胞等の幹細胞、及び初代培養細胞が挙げられる。本明細書において、「微生物」とは、大きさが500μm程度以下の微少な生物を意味し、単細胞生物のみならず、微少な動物等の多細胞生物及びウイルスも含む。生存、増殖、又は分化に足場を必要とする微生物としては、例えば、トリパノソーマ原虫等の原虫、枯草菌や緑膿菌等の細菌、カンジダ、アスペルギルス等の真菌、固着性のプランクトン及び節足動物等が挙げられる。
【0021】
細胞又は微生物の大きさは、ドロプレット内に封入できる大きさであれば限定されず、例えば、20nm以上、1μm以上、2μm以上、5μm以上、又は10μm以上であってよく、40μm以下、30μm以下、又は20μm以下であってよい。本明細書において、細胞又は微生物の大きさは、顕微鏡で観察した場合の細胞又は微生物の輪郭上の任意の2点を結ぶ線分のうち最も長い線分の長さである。
【0022】
ドロップレット内に封入する細胞又は微生物の数は、培養の目的に応じて適宜決定でき、1又は複数であってよい。細胞又は微生物を観察する観点からは、ドロップレット内に封入する細胞又は微生物の数は、好ましくは一つである。
【0023】
基材は、固形面を有し、培養する細胞又は微生物の生存、増殖、又は分化のための足場となる基材であれば特に限定されず、細胞又は微生物の種類及び培養の目的に応じて適切な材料、形状、及び大きさを選択できる。基材の材料としては、例えば、ポリスチレン、ガラス、セラミック、シリコン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ナイロン、アガロース、ゼラチン、及び組織片が挙げられる。基材は細胞接着性であってもよい。細胞接着性の基材としては、例えば、細胞接着分子で表面をコーティングした基材、及びコロナ放電処理、プラズマ処理、紫外線処表面処理等の表面処理が施された基材が挙げられる。細胞接着分子は、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等の細胞外マトリックスであってよい。細胞が接着細胞である場合、基材は、好ましくは細胞接着性の基材である。基材の形は特に限定されず、例えば、ビーズ(球状)、板状、棒状、楕円状、又は糸状であってよい。
【0024】
基材がビーズである場合、ビーズの直径(粒子径)は、細胞又は微生物の大きさとの比率の観点から、好ましくは2μm以上、より好ましくは5μm以上、さらに好ましくは10μm以上であり、ドロップレット内へ封入しやすくする観点から、好ましくは40μm以下、より好ましくは30μm以下、さらに好ましくは20μm以下である。細胞又は微生物を観察しやすくする観点から、細胞又は微生物の大きさとビーズの直径との比は、3:1~1:3が好ましい。
【0025】
ドロップレット内に封入する基材の数は、一つであっても、複数であってもよい。基材の数は、細胞又は微生物及びドロップレットの大きさにもよるが、ドロップレット内での細胞又は微生物との衝突確立と足場として必要な表面積の観点から、好ましくは1個以上であり、細胞又は微生物を観察しやすくする観点から、好ましくは30個以下、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下である。
【0026】
培養の温度、時間等の条件は、従来の培養方法と同様であってよく、細胞又は微生物の種類及び培養の目的に応じて、適宜決定できる。培養温度は通常4~95℃であり、培養は最大85日間行うことができる。
【0027】
本側面に係る細胞又は微生物を培養する方法は、ドロップレット内で細胞又は微生物を培養する上記工程の前に、基材と細胞又は微生物とが封入されたドロップレットを含むW/Oエマルションを作製する工程をさらに含んでもよい。基材と細胞又は微生物は、ドロップレット作製時に(いいかえればエマルション作製時に)ドロップレット内に封入することが操作性の観点から好ましいが、W/Oエマルションを作製した後に、個々のドロップレットに基材と細胞又は微生物を注入することもできる。ドロップレット作製時に基材と細胞又は微生物をドロップレット内に封入する方法は、ドロップレット作製時にドロップレット内に細胞又は微生物を封入する従来公知の方法に準ずる。すなわち、QX100 Droplet Generator(バイオ・ラッド社製)等の市販の装置を用いて、細胞又は微生物と基材とが懸濁された水相液の液滴を油相液中に形成及び分散させることで、基材と細胞又は微生物とが封入されたドロップレットを含むW/Oエマルションを作製することができる。この際、水相液中の細胞又は微生物と基材の数(濃度)を調整することにより、ドロップレット内に封入される細胞又は微生物と基材の数を制御することができる。
【0028】
本側面に係る細胞又は微生物を培養する方法によれば、基材の数又は種類、細胞又は微生物の数等の条件を変化させることで、細胞又は微生物の接着状態を制御することができる。そして、接着状態の異なるドロップレットを回収及び分析することで、個々の接着状態に特有の生体分子を明らかにすることができる。また、フラスコ、ウェルプレート等を用いた従来の培養手法では、足場となる固形面(壁面)が全く存在しない状態を作り出すことが難しいため、足場の有無以外の条件を一定にした培養環境での比較を行うことはできなかった。これに対し、W/Oエマルションを利用すれば、基材の有無以外の条件を一定にしたドロップレットを容易に作製することができるため、本側面に係る細胞又は微生物を培養する方法によれば、足場の有無による細胞又は微生物への影響を容易に調べることができ、また、足場がある場合に特有の生体分子の産生を明らかにすることができる。
【0029】
本発明は、上記側面に係る細胞又は微生物を培養する方法において使用することのできる、細胞又は微生物培養用組成物も提供する。すなわち、本発明の一側面に係る細胞又は微生物培養用組成物は、W/Oエマルションと、該W/Oエマルション中のドロップレット内に封入された基材と、を含む。W/Oエマルションの詳細、ドロップレットの大きさ、及び基材の詳細は、上述のとおりである。細胞又は微生物培養用組成物は、上述の細胞又は微生物を培養するために用いることができる。
【0030】
上記細胞又は微生物培養用組成物は、細胞又は微生物が封入されたドロップレットを含むW/Oエマルションを作製する従来の公知の方法において、細胞又は微生物のかわりに基材を封入することで作製することができる。すなわち、QX100 Droplet Generator(バイオ・ラッド社製)等の市販の装置を用いて、基材が懸濁された水相液の液滴を油相液中に形成及び分散させることで、基材が封入されたドロップレットを含むW/Oエマルションを作製することができる。この際、水相液中の基材の数(濃度)を調整することにより、ドロップレット内に封入される基材の数を制御することができる。
【実施例0031】
<実施例1>トリパノソーマ原虫の培養
(a)ドロップレットの作製
2% 008-FluoroSurfactant(RAN Biotechnologies社製)が溶解している3M(登録商標) Novec(登録商標) 7500 Engineered Fluid(3M社製)を油相溶液として利用した。
【0032】
水相溶液は次のように調製した。まず、エピマスチゴートステージにあるトリパノソーマ原虫(クルーズトリパノソーマ、大きさ:約15μm)を1×10原虫/mLの量で市販のRPMI培地に加えて均一に拡散させることにより、原虫溶液を調製した。RPMI培地で洗浄したポリスチレン製ビーズ(直径10μm)を1×10粒子/mLの量でRPMI培地に加え、均一に拡散されたビーズ溶液を調製した。原虫溶液とビーズ溶液を4:1の割合で混合し、ビーズを含む水相溶液を調製した。原虫溶液とRPMI培地を4:1の割合で混合し、ビーズを含まない対照実験用の水相溶液も調製した。
【0033】
市販のドロップレット・ジェネレータ(QX100 Droplet Generator、バイオ・ラッド社製)を使用して、油相溶液及び水相溶液からWater-in-Oilドロップレットを作製した。作製したドロップレットはエマルションとして回収した。
【0034】
(b)培養及び評価
作製したドロップレットが含まれるエマルションを1.5mLのマイクロチューブに回収し、27℃のインキュベータ中に4日間静置して培養を行った。培養開始前(ドロップレット作製直後)及び培養後に、ドロップレットを光学顕微鏡で観察した。
【0035】
(c)結果
ドロップレットは、平均直径が110~130μmであり、平均体積が1nL程度の球状であった。ビーズを含む水相溶液を用いて作製したエマルションには、1個以上のビーズを含むドロップレットが含まれていた。
【0036】
図2にW/Oエマルションの顕微鏡画像を示す。培養開始前のドロップレット内では、ビーズの有無によらず、活発に遊泳しているエピマスチゴートステージのトリパノソーマ原虫が観察された。培養後、ビーズを含むドロップレット内では、活発に遊泳しているトリポマスチゴートステージのトリパノソーマ原虫が観察された。これはすなわち、ビーズを含むドロップレット内での培養の結果、トリパノソーマ原虫が分化誘導されたことを示す。一方、ビーズを含まないドロップレットでは、遊泳しないトリパノソーマ原虫及び奇形のトリパノソーマ原虫が多く観察された。これはすなわち、ビーズを含まないドロップレット内では、トリパノソーマ原虫が分化誘導されず、細胞死を迎えたことを意味する。以上より、ビーズを含むドロップレット内においてのみ、トリパノソーマ原虫が分化誘導されることが示された。
【0037】
<実施例2>マウス3T3細胞の培養
(a)ドロップレットの作製
RPMI培地のかわりにFBSを10%添加した市販のDMEM培地を用いたこと、トリパノソーマ原虫のかわりにマウス3T3細胞(接着性哺乳類細胞、大きさ:約20μm)を用いたこと、及びビーズの直径を20μmに変更したこと以外は実施例1と同様にして、ドロップレットを作製した。
【0038】
(b)培養及び評価
作製したドロップレットが含まれるエマルションを1.5mLのマイクロチューブに回収し、37℃のCOインキュベータ中に3日間静置して培養を行った。培養開始前(ドロップレット作製直後)及び培養後に、ドロップレットを光学顕微鏡で観察した。
【0039】
(c)結果
ドロップレットは、平均直径が110~130μmであり、平均体積が1nL程度の球状であった。ビーズを含む水相溶液を用いて作製したエマルションには、1個以上のビーズを含むドロップレットが含まれていた。
【0040】
図3にW/Oエマルションの顕微鏡画像を示す。ビーズを含むドロップレットとビーズを含まないドロップレットで、培養前後のドロップレット内の平均細胞数(サンプル数:各15)を比較したところ、ビーズを含むドロップレット内の平均細胞数は、培養により1個から1.6個に変化したのに対し、ビーズを含まないドロップレット内の平均細胞数は、培養により1個から1.1個に変化した。クラスカル・ウォリス検定による統計解析の結果、ビーズを含むドロップレットでは細胞数が有意に増加(P値0.0022)したのに対し、ビーズを含まないドロップレットでは細胞数に有意差がない(P値>0.9999)ということが分かった。これらの結果から、ビーズを含むドロップレット内においては、3T3細胞の増殖が促進されることが示された。
【0041】
<実施例3>ビーズ量の検討
(a)ドロップレットの作製
ビーズの直径を10μmに変更し、水相溶液中のビーズの量を変化させた(0粒子/mL~3×10粒子/mL)こと以外は実施例2と同様にして、ドロップレットを作製した。
【0042】
(b)培養及び評価
作製したドロップレットが含まれるエマルションを1.5mLのマイクロチューブに回収し、37℃のCOインキュベータ中に3日間静置して培養を行った。培養開始前(ドロップレット作製直後)及び培養後にドロップレットを光学顕微鏡で観察した。
【0043】
(c)結果
ドロップレットは、平均直径が110~130μmであり、平均体積が1nL程度の球状であった。ビーズを含む水相溶液を用いて作製したエマルションには、1個以上のビーズを含むドロップレットが含まれていた。水相溶液中のビーズの量が1×10粒子/mL以下の場合、ビーズの封入量はドロップレット10個につき1個程度以下であった。水相溶液中のビーズの量が1×10粒子/mL以上の場合、各ドロップレットに平均1個以上のビーズが封入された。水相溶液中のビーズの量が1×10粒子/mL又は5×10粒子/mLの場合は、各ドロップレットに平均約5個のビーズが封入された。水相溶液中のビーズの量が3×10粒子/mLの場合は、各ドロップレットに平均約30個のビーズが封入された。
【0044】
培養開始前のドロップレット内では、ビーズの量によらず、浮遊している3T3細胞が観察された。図4に培養後のW/Oエマルションの顕微鏡画像を示す。図4は、上から下に、ビーズの量が0粒子/mL、5×10粒子/mL、及び3×10粒子/mLの水相溶液を用いて作製したドロップレットを示す。培養後、ビーズを含むドロップレット内では、ビーズに近接又は接着した3T3細胞が増殖していた(図4の中央及び下)。一方、ビーズを含まないドロップレットでは、3T3細胞の増殖はほとんどみられなかった(図4の上)。ビーズの量が多いドロップレット(図4の下)では、多数のビーズが細胞を取り囲んで接着していたため、ビーズの量が少ないドロップレット(図4の中央)の方が、細胞の観察が容易であった。
【0045】
<実施例4>細胞数の検討
(a)ドロップレットの作製
ビーズの直径を20μmに変更し、ビーズ溶液中のビーズの量を2×10粒子/mLに変更したこと、及び細胞溶液中の細胞数を変化させた(細胞なし、1×10細胞/mL、又は5×10細胞/mL)こと以外は実施例2と同様にして、ドロップレットを作製した。
【0046】
(b)培養及び評価
作製したドロップレットが含まれるエマルションを1.5mLのマイクロチューブに回収し、37℃のCOインキュベータ中に6時間静置した。6時間経過後に、ドロップレットを光学顕微鏡で観察した。
【0047】
(c)結果
ドロップレットは、平均直径が110~130μmであり、平均体積が1nL程度の球状であった。ドロップレット内には1個以上のビーズが含まれていた。
【0048】
図5に6時間後のW/Oエマルションの顕微鏡画像を示す。図5は、上から下に、0細胞/mL、1×10細胞/mL、及び5×10細胞/mLの細胞溶液を用いて作製したドロップレットを示す。1×10細胞/mLの細胞溶液を用いて作製したドロップレット(図5の中央)には、3T3細胞がおおよそ一つ含まれていた。5×10細胞/mLの細胞溶液を用いて作製したドロップレット(図5の下)の多くには、3T3細胞が二つ以上含まれていた。ドロップレット内に複数の細胞がある場合と比べて、ドロップレット内に細胞が一つだけある方が、細胞の観察が容易であった。
【0049】
<実施例5>ビーズ直径の検討
(a)ドロップレットの作製
異なる直径のビーズ(10μm、20μm、又は40μm)を用いたこと以外は実施例1又は2と同様にして、ドロップレットを作製した。
【0050】
(b)培養及び評価
作製したドロップレットが含まれるエマルションを1.5mLのマイクロチューブに回収し、37℃のCOインキュベータ中に3日間静置して培養を行った。培養開始前(ドロップレット作製直後)及び培養後にドロップレットを光学顕微鏡で観察し、ビーズの封入の容易さ、細胞の観察性、及び細胞への効果を評価した。ただし、40μmのビーズを含む水相溶液を用いて作製したエマルションについては、ビーズの封入の容易さのみを評価した。
【0051】
(c)結果
結果を表1に示す。
【表1】
【0052】
表1において、ビーズの封入の容易さは、A:95%以上のドロップレット内にビーズが封入されていた、B:30~50%のドロップレット内にビーズが封入されていた、又はC:ビーズが封入されていないドロップレットが95%以上あった、と評価した。細胞の観察性は、A:観察性が良好、又はB:ビーズが細胞にまとわりつくように接着していた、と評価した。細胞への効果については、トリパノソーマ原虫の分化又は3T3細胞の増殖が観察されたか否かを評価した。
【0053】
直径20μmのビーズを用いた場合、ドロップレット・ジェネレータの流路にビーズが詰まった結果、得られたドロプレットのなかには、ビーズが封入されていないドロップレット及び110~130μmよりも小さなドロップレットが含まれていた。
【0054】
直径10μmのビーズを用いた場合、ビーズが3T3細胞にまとわりつくように接着していたため、ビーズの封入数が増えると細胞の観察が難しくなると考えられる。直径20μmのビーズを用いた場合、ビーズと3T3細胞がほぼ同等の大きさであるため、ビーズの3T3細胞へのまとわりつきが少なく、観察性は良好だった。一方、トリパノソーマ原虫はビーズとの接着面が小さいため、直径10μmのビーズを用いても、観察性は良好だった。
【符号の説明】
【0055】
1・・・油相、2・・・ドロップレット、3・・・基材、C・・・細胞。
図1
図2
図3
図4
図5