(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148004
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】乳児血管腫の治療用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20231005BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231005BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20231005BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231005BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20231005BHJP
A61K 31/138 20060101ALI20231005BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P35/00
A61P9/00
A61P43/00 111
A61K9/10
A61K31/138
A61K47/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055824
(22)【出願日】2022-03-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和4年3月4日 ウェブサイト https://confit.atlas.jp/guide/event-img/pharm142/28G-pm-01/public/pdf?type=inにて公開 (2)令和4年3月28日 日本薬学会第142年会(名古屋)オンライン開催 令和4年3月25日~28日「乳児血管腫に対する新規プロプラノロール外用剤の安全性及び有効性予測」について発表
(71)【出願人】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】門馬 壮一
(72)【発明者】
【氏名】石井 伊都子
(72)【発明者】
【氏名】内田 雅士
(72)【発明者】
【氏名】高塚 博一
(72)【発明者】
【氏名】山崎 伸吾
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 貴明
(72)【発明者】
【氏名】三川 信之
(72)【発明者】
【氏名】力久 直昭
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
4C076AA17
4C084AA19
4C084MA22
4C084MA28
4C084MA63
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA362
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC431
4C084ZC432
4C084ZC511
4C084ZC512
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA19
4C206KA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206NA05
4C206NA14
4C206ZA36
4C206ZB26
4C206ZC51
(57)【要約】
【課題】βブロッカーの安定性(特に光分解性)のリスクが低く、経皮吸収性及び皮膚滞留性のバランスに優れた、βブロッカーを含む組成物を提供すること。
【解決手段】生体適合性材料であるレシチンが、βブロッカー(プロプラノロール)を効果的に保護し、そしてこれらが油中に安定分散し、乳児血管腫の治療を目的とした外用医薬品に適用できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳児血管腫を治療又は予防するための外用医薬組成物であり、水溶性のβブロッカー及びレシチンを含む、医薬組成物。
【請求項2】
水溶性のβブロッカーが、プロプラノロール又はその塩である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
レシチンが、大豆レシチンである、請求項1または請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
レシチンが、ホスファチジルコリンを90重量%以上含む、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
さらに油性基剤を含む、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項6】
W/O型のクリーム剤である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
レシチンを加熱溶解させた油性基剤に水溶性のβブロッカー水溶液を加え、得られた混合物を減圧脱水することを含むことを特徴とする、請求項5に記載の医薬組成物の製造方法。
【請求項8】
減圧脱水前の混合物における、レシチン/油性基剤/水/βブロッカーの重量比が2/10/4/1である、請求項7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性のβブロッカー及びレシチンを含む乳児血管腫の治療用組成物、該組成物を製造する方法、特に乳児血管腫治療用の外用医薬組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
乳児血管腫は、血管腫・血管奇形診療ガイドラインによると異常な血管内皮細胞の腫瘍性増殖が本態の病変であると定義される。乳児血管腫は、乳幼児に発生する腫瘍の中で最も頻度が高く、全乳幼児の発生率が0.8%であり、女児の発生率が男児の約3倍高いことが知られている。患者の40%では、生下時に血管腫が存在せず、生後数週間以内に細胞増殖が開始され急速に増大する。その後、生後6~20ヶ月まで増大隆起した後、1歳6ヶ月~5歳にかけてゆっくりと退縮する。発生部位は頭頸部60%、体幹25%、四肢15%とされる。時間をかけて自然消退することも多いが、増大した後に皮膚萎縮性瘢痕、皺状瘢痕、血管拡張、皮膚色素脱失、色素沈着、残存皮下腫瘍による変形等整容的に問題となる。
【0003】
これまでに経過観察で自然退縮を待つ方法、外科療法、レーザー治療、ステロイド局所注射や内服による治療が主に行われてきたが、近年ではβブロッカー(例えば、プロプラノロール)の内服による著明な腫瘍の縮小効果が報告されており、本邦ではヘマンジオル(登録商標)シロップが乳児血管腫に対して適応承認となっている。
【0004】
しかしながら、βブロッカーの内服は、全身投与による副作用として血圧低下、低血糖、徐脈等があり、安全上の問題が課題として残る(非特許文献1)。
【0005】
そこで、プロプラノロールやチモロール等のβブロッカーを外用医薬組成物とし、局所投与することによる治療が試みられ、効果を認めた報告がなされている(非特許文献2、3)。
【0006】
また、本発明者らは、院内製剤として調製したプロプラノロール1%ゲル(外用ゲル剤)を乳児血管腫に使用した自主臨床試験で、有効性を示唆する結果を得ている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ヘマンジオル(登録商標)シロップ小児用0.375%医薬品インタビューフォーム、マルホ株式会社、2016年9月(第3版)
【非特許文献2】Drug Delivery System Vol.1(1), pp.26-31 (1986)
【非特許文献3】Journal of Bioscience and Medicine 7, 2 (2017)
【非特許文献4】Biological and Pharmaceutical Bulletin Vol.45(1), pp.42-50 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明において、主に使用されるβブロッカーであるプロプラノロールは、光分解に関する報告がなされており(Photochem, Photobiol. Sci., 1, pp.136-140 (2002))、水溶液中では特に分解が進行することが知られている。このように、βブロッカーは、安定性(特に光分解性)にリスクを有するものがある。そのため、経口剤と比較して自然光等への曝露のリスクが高い、βブロッカーを含む外用医薬組成物の調製には、注意が必要である。
【0009】
また、βブロッカーを含む外用医薬組成物としては、水系ゲル剤、クリーム剤、軟膏剤等が報告されているが(国際公開第2009/050567号、同2010/122442号)、これらは経皮吸収性及び皮膚滞留性の両方を満足するものではない。特に、βブロッカーを含有する外用医薬組成物を乳児血管腫等の血管腫に適用する場合、経皮吸収性及び皮膚滞留性のバランスを考慮する必要がある。また、プロプラノロールに代表されるような水溶性の有効成分の場合は、水分を多く含む製剤となるため、水の蒸散に伴う製剤の乾燥が痒みを誘発することが懸念される。
【0010】
したがって、本発明は、βブロッカーの光分解性リスクが低く、経皮吸収性及び皮膚滞留性のバランスに優れた、βブロッカーを含む組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、βブロッカー(プロプラノロール)を何らかと混合することで、安定に保護された状態で、常時油中に存在させることができれば、たとえ自然光に曝露したとしても溶存酸素や水との接触がほぼ無いため、光分解のリスクが抑えられる可能性があり、さらには、水の蒸散に伴う製剤の乾燥を防ぐことによって、外用剤として使用した際の痒みを防ぐことができるとの着想を得た。
そして、かかる着想をもとに鋭意研究の結果、生体適合性材料であるレシチンが、βブロッカー(プロプラノロール)を効果的に保護することを見出し、そしてこれらが油中に安定分散し、乳児血管腫の治療を目的とした外用医薬品に適用できることを見出した。
これら混合物を用いて作製したクリーム製剤等の外用剤は光分解を抑え、水分の蒸散に伴う乾燥を抑制し、かつ経皮吸収性及び皮膚滞留性のバランスに優れていることから本発明を完成するに至った。
【0012】
したがって、本発明は、要旨、以下のものを提供する。
〔1〕乳児血管腫を治療又は予防するための外用医薬組成物であり、水溶性のβブロッカー及びレシチンを含む、医薬組成物。
〔2〕水溶性のβブロッカーが、プロプラノロール又はその塩である、〔1〕に記載の医薬組成物。
〔3〕レシチンが、大豆レシチンである、〔1〕または〔2〕に記載の医薬組成物。
〔4〕レシチンが、ホスファチジルコリンを90重量%以上含む、〔3〕に記載の医薬組成物。
〔5〕さらに油性基剤を含む、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の医薬組成物。
〔6〕W/O型のクリーム剤である、〔5〕に記載の医薬組成物
〔7〕レシチンを加熱溶解させた油性基剤に水溶性のβブロッカー水溶液を加え、得られた混合物を減圧脱水することを含むことを特徴とする、〔5〕に記載の医薬組成物の製造方法。
〔8〕 減圧脱水前の混合物における、レシチン/油性基剤/水/βブロッカーの重量比が、2/10/4/1である、〔7〕に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
βブロッカー(プロプラノロール)とレシチンの混合物を利用して作製した製剤は、βブロッカーの光分解リスクが低く、経皮吸収性及び皮膚滞留性のバランスに優れることから、外用の乳児血管腫治療薬として期待できるものと考える。
特に、βブロッカー(プロプラノロール)とレシチンの混合物は、油性基剤中で均一に分散するため、再現性良く製造することができる。これらは水溶性のβブロッカーとレシチンの高い親和性を利用したものであり、既存の製造設備を用いて簡便に製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】試験例2において、比較例1Aの製剤と実施例5~7の製剤の経皮吸収性を評価した結果を示す。
【
図2】試験例2において、比較例1Aの製剤と実施例8~10の製剤の経皮吸収性を評価した結果を示す。
【
図3】試験例2において、比較例1A、3及び4の製剤と実施例9の製剤の経皮吸収性を評価した結果を示す。
【
図4】試験例3において、比較例1A、2及び4の製剤と実施例5、6、7及び9の各製剤の光暴露による着色比較を示す。(a)は試験前の各製剤の外観写真であり、(b)は試験後の各製剤の外観写真である。
【
図5】試験例3において、光暴露後の比較例1A及び2の製剤と実施例6の製剤のHPLCチャートの比較を示す。
【
図6】(a)及び(b)は、試験例4においてそれぞれ、比較例1B及び実施例6のヘアレスマウス皮膚を用いた皮膚透過性試験結果を示す。
【
図7】(a)及び(b)は、試験例4においてそれぞれ、比較例1B及び実施例6のStrat-Mを用いた皮膚透過性試験結果を示す。
【
図8】試験例5において、比較例1Bと実施例6の添加重量毎の皮膚内残存薬物量を示す。
【
図9】(a)及び(b)は、試験例5においてそれぞれ、比較例1B及び実施例6の皮膚内残存薬物量の経時的変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<βブロッカー及びレシチンを含む外用医薬組成物>
本発明は、水溶性のβブロッカー及びレシチンを含む乳児血管腫治療用の外用医薬組成物を提供する。本発明はまた、水溶性のβブロッカー、レシチン及び油性基剤を含む乳児血管腫治療用の外用医薬組成物を提供する。
【0016】
本発明の組成物とは、水溶性のβブロッカーとレシチンが共存している混合物であり、一様態としては、水溶性のβブロッカーとレシチンが非共有結合により相互作用し、それらが自己組織化して粒子状となったいわゆる逆ミセル、水溶性のβブロッカーがレシチンによって一部若しくは全体が被覆された粒子状のS/O型複合体、又は逆ミセルとS/O型複合体の混合物である。本発明の水溶性のβブロッカー及びレシチンを含む複合体を油性基剤中に分散させた際の平均粒子径は、例えば、約1~約50nm、好ましくは、約2~約30nm、より好ましくは、約3~約20nmである。
【0017】
本発明において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0018】
本発明で用いられる「水溶性のβブロッカー」とは、水に溶解するβブロッカーであれば特段限定されるものではない。「水に溶解する」とは、例えば、20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、30分以内に溶ける度合で、水溶性有効成分1gまたは1mLを溶かすのに要する水の量が100mL未満であることを意味する。そのような水溶性のβブロッカーとしては、例えば、日本薬局方に規定される「やや溶けにくい」、「やや溶けやすい」、「溶けやすい」又は「極めて溶けやすい」ものが挙げられる。
【0019】
水溶性のβブロッカーとしては、これらに限定されるものではないが、例えば、プロプラノロール、チモロール、アルプレノロール、ブプラノロール、ブフェトロール、オクスプレノロール、アテノロール、ビソプロロール、ベタキソロール、ベバントロール、メトプロロール、アセブトロール、セリプロロール、ニプラジロール、チリソロール、ナドロール、インデノロール、カルテオロール、ピンドロール、ブニトロロール、ランジオロール、エスモロール、アロチノロール、カルベジロール、ラベタロール、アモスラロール、又はそれらの塩が挙げられ、これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
本発明の一実施態様では、水溶性のβブロッカーは、プロプラノロール、チモロール、アセブトロール、アテノロール、カルテオロール、ナドロール、メトプロロール、及びそれらの塩から選ばれる少なくとも1種を含む。
【0021】
本発明の一実施態様では、水溶性のβブロッカーは、プロプラノロール又はその塩である。
【0022】
本発明の一実施態様では、水溶性のβブロッカーは、プロプラノロール塩酸塩である。
【0023】
水溶性のβブロッカーの含有量は、本発明の目的を達成することができる限り特段限定されるものではないが、例えば、本発明の組成物の総重量に対して、約0.01~約20重量%であり、好ましくは約0.1~約10重量%であり、より好ましくは約0.5~約5重量%である。
【0024】
本発明で用いられる「レシチン」は、レシチンであれば特段限定されるものではなく、天然由来のもの(例えば、大豆レシチン、卵黄レシチン等)であってもよいし、合成由来のものであってもよい。レシチンとしては、例えば、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、スフィンゴミエリン等を含むものが挙げられる。
【0025】
本発明の一実施態様では、レシチンが、ホスファチジルコリンを含む。
【0026】
本発明の一実施態様では、レシチンが、式I:
【化1】
[式中、
R
1C(=O)-及びR
2C(=O)-基は、互いに独立して、炭素原子数2~22の飽和又は不飽和脂肪酸の残基(アシル基)であり、好ましくは、炭素原子数12~20の飽和又は不飽和脂肪酸の残基であり、より好ましくは炭素原子数16~18の飽和又は不飽和脂肪酸の残基であり、特に好ましくは、互いに独立して、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、オレオイル基又はリノレオイル基である]
で表される少なくとも1種のホスファチジルコリンを含む。
【0027】
本発明の一実施態様では、レシチンは、ホスファチジルコリン(好ましくは式Iで表されるホスファチジルコリン)を約80重量%以上、好ましくは約90重量%以上、より好ましくは94重量%以上含む。
【0028】
本発明の一実施態様では、レシチンは、大豆レシチンである。大豆レシチンとしては、例えば、LIPOID AG及び日油株式会社等の試薬供給会社より適宜入手可能なものであってもよい。
【0029】
レシチンの含有量は、本発明の目的を達成することができる限り特段限定されるものではないが、例えば、本発明の組成物の総重量に対して、約0.01~約30重量%であり、好ましくは約0.1~約20重量%であり、より好ましくは約0.5~約10重量%である。
【0030】
或いは、本発明の複合体に含まれる、水溶性のβブロッカーとレシチンの重量比は、本発明の目的を達成することができる限り特段限定されるものではないが、例えば、約1:1~約1:10であり、好ましくは約1:1~約1:3である。
【0031】
本発明で用いられる「油性基剤」は、例えば、医薬品、医薬部外品、化粧品、栄養補助食品又は農薬の基剤として公知の物質であって、レシチンを溶解するものであれば特段限定されるものではない。
【0032】
油性基剤としては、これらに限定されるものではないが、例えば、2-エチルヘキサン酸セチル、ミリスチン酸イソプロピル(IPM)、パルミチン酸イソプロピル(IPP)等の炭素原子数8~20の脂肪酸エステル類(例えば、C8-20脂肪酸とC3-20アルキルアルコールとのエステル類)、ラウリルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、オレイルアルコール等の炭素原子数6~20の高級アルコール類、スクワラン、スクワレン等のテルペン類、ダイズ油、ホホバオイル、アーモンドオイル、オリーブオイル等の植物性油脂、馬油等の動物性油脂、シリコーンオイル等の合成油、及び流動パラフィン、白色ワセリン等の鉱物油が挙げられ、これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
本発明の一実施態様では、油性基剤は、炭素原子数10~16の脂肪酸エステル類、炭素原子数6~20の高級アルコール類、植物性油脂、鉱物油であり、好ましくは、ミリスチン酸イソプロピル(IPM)、ダイズ油、白色ワセリン、ステアリルアルコールである。
【0034】
油性基剤の含有量は、本発明の目的を達成することができる限り特段限定されるものではなく、また外用医薬組成物の形態によって適宜設定されうるものであるが、例えば、本発明の組成物の総重量に対して、0~約90重量%であり、好ましくは約10~約90重量%であり、より好ましくは約20~約80重量%であり、より好ましくは約30~約70重量%である。
【0035】
本発明の外用医薬組成物は、水溶性のβブロッカー、レシチン及び場合により油性基剤より、或いはそれらと薬理上許容しうる添加剤等とを混合して製造される、軟膏、クリーム剤(例えば、W/O型のクリーム剤、O/W型のクリーム剤等)、外用液剤、ゲル剤(例えば、オイルゲル剤等)、乳剤、懸濁剤、坐剤、貼付剤(例えば、テープ剤、パップ剤等)等の皮膚や粘膜に適用される外用製剤の形態であってよい。
【0036】
薬理上許容しうる添加剤の例としては、乳化剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤(例えば、水、エタノール等)、ゲル化剤、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、可溶化剤、増粘剤、分散剤、保存剤(防腐剤)等の医薬品分野で許容されうる添加剤が挙げられる。また前述の油性基剤に加えて、所望の外用医薬組成物とするための適切な、医薬品分野で許容されうる基剤、例えば、親水ワセリン、精製ラノリン、加水ラノリン、吸水軟膏、親水軟膏等の乳剤性基剤、マクロゴール等の水溶性基剤を含んでいてもよい。
【0037】
例えば、W/O型のクリーム剤とする場合は、白色ワセリン等の鉱物油及びステアリルアルコール等の乳化安定補助剤を加熱溶解し油相とする。次に油相に親油性の非イオン界面活性剤及び、加熱した水相を滴下し十分乳化する。乳化が終了したら本発明のβブロッカー-レシチン複合体を含む分散液を加え、加熱状態で均一になるまで攪拌し、放冷することで、W/O型のクリーム剤を得てもよい。
【0038】
尚、親油性の非イオン界面活性剤の例としては、例えばモノオレイン酸ソルビタン、セスキオレイン酸ソルビタン、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンオレイルエーテルなどが挙げられる。
【0039】
O/W型のクリーム剤の場合、例えば、HLB値の高い界面活性剤や各種添加剤(例えば、パラオキシ安息香酸エチルやパラオキシ安息香酸プロピル等の防腐剤、プロピレングリコール等の溶解補助剤等)を含む精製水を加熱し、そこに同様に加熱した上述の油相を滴下し、加熱状態で均一になるまで攪拌し、放冷することで、O/W型のクリーム剤を得てもよい。
【0040】
オイルゲル剤の場合、例えば、流動パラフィン等の鉱物油に、オイルの増粘・ゲル化剤であるパルミチン酸デキストリンを加え、加熱溶解後、本発明のβブロッカーとレシチンを含む組成物を徐々に加えて撹拌し、均一になった時点で撹拌を止め、その後室温まで放冷することで、オイルゲル剤を得てもよい。
【0041】
本発明の一実施態様では、W/O型のクリーム剤である、本発明の外用医薬組成物を提供する。
【0042】
W/O型のクリーム剤とすることで、高い経皮吸収性と滞留性を維持した状態で、光安定性を付与することが可能である。また、これらの剤型では塗布後の薬剤の乾燥が抑えられるため、水系のゲル剤を塗布した際に問題となる、ゲル化剤の析出がない。よってゲル化剤析出に伴う患部の掻痒感が低減され、患部を引っ掻いてしまうリスクが軽減される。
【0043】
本発明のβブロッカー、レシチン及び場合により油性基剤を含む外用医薬組成物は、βブロッカーにより治療又は予防されうる疾患、障害、症状等に使用されうる。βブロッカーにより治療又は予防されうる疾患、障害、症状としては、これらに限定されるものではないが、例えば、本態性高血圧症を含む高血圧症、狭心症、不整脈、片頭痛、乳児血管腫を含む血管腫等が挙げられる。
【0044】
本発明の一実施態様では、本態性高血圧症を含む高血圧症、狭心症、不整脈、片頭痛、又は乳児血管腫を含む血管腫の治療又は予防において使用するための、本発明のβブロッカーとレシチンを含む組成物を提供する。
【0045】
本発明の一実施態様では、乳児血管腫の治療又は予防において使用するための、本発明のβブロッカーとレシチンを含む組成物を提供する。
【0046】
<組成物の製造方法>
本発明の乳児血管腫外用の外用医薬組成物は、典型的には、水溶性のβブロッカーとレシチンを含む中間体(例えば、前述の逆ミセル、S/O型複合体又はその混合物、あるいはその油中分散液等)を形成し、次いで得られた混合物を所望の外用医薬組成物とするための適切な基剤と混合することにより製造することができる。水溶性のβブロッカーとレシチンを含む中間体もまた、いくつかの方法により製造することができる。これは水溶性のβブロッカーとレシチンの高い親和性により、形成される中間体の安定性が高いことが寄与しているものと考える。中間体の製造方法を大別すると、βブロッカーとレシチンを含む分散液を系中で一挙に製造する液中乾燥法と、一旦ゲル状物質を経由し脱水する方法に分けられる。
【0047】
液中乾燥法
本法は油性基剤にレシチンを加熱溶解し、そこに水溶性のβブロッカー水溶液を加え攪拌後、減圧脱水することで、複合体を含む透明な油中分散液を一挙に製造する方法である。
【0048】
本法の特徴は特殊な剪断装置を使用せず、前述のとおり油性基剤中に溶解したレシチンに水溶性のβブロッカー水溶液を加え攪拌後、脱水するのみで、粒子径の制御された分散液を製造できる点である。また、複合体を形成する際、レシチンと水溶性のβブロッカーの割合を適切に設定すれば、そのスケールによらず、一度の操作で再現性良く分散液を製造することが可能である。
【0049】
油性基剤の量は、特段限定されるものではなく、最終製品中における含量に応じて適宜設定される。例えば、使用するレシチンの重量に対して、約3~約30倍量、好ましくは約5~約10倍量の油性基剤を用いる。3倍量、好ましくは5倍量以上の油性基剤を用いることにより、粗大粒子の形成が抑制され、透明な分散液が得られる。
【0050】
βブロッカー水溶液とは、水溶性のβブロッカーが溶解している水溶液を意味する。βブロッカー水溶液は、本発明の目的を達成することができる限り、pH調整剤等を更に含んでいてもよい。βブロッカー水溶液は、公知の方法により調製することができる。βブロッカー水溶液中の水溶性のβブロッカーの濃度は、特段限定されるものではなく、使用するβブロッカーの溶解度や所望の濃度・含有量等に応じて適宜調整されうる。
【0051】
典型的には、レシチン/油性基材基剤/水/βブロッカーの重量比は、1~5/5~30/2~10/1であり、好ましくは2/10/4/1である。
【0052】
レシチンを溶解した油性基剤にβブロッカー水溶液を加える際は、油性基剤を一旦室温付近に戻してもいいし、急激な水分の蒸発が抑えられる範囲内であれば加熱条件のまま加えることもできる。
【0053】
脱水工程は、油性基剤の沸点以下の温度で加熱減圧することで実施される。加熱温度は特段限定されるものではなく、使用する油性基剤によって異なるが、例えば50℃~80℃、好ましくは60℃~75℃で実施される。実施形態としては例えば、加熱攪拌しながらアスピレーターや真空ポンプのような減圧機器を使用する方法やエバポレーターを使用する方法などがある。
【0054】
ゲル状物質を経由し脱水する製造方法
一方、ゲル状物質を経由して複合体、若しくは複合体を含む油中分散液を製造することができる。尚、本発明で用いられるゲル状物質とは、βブロッカー水溶液とレシチンのみから構成されるものであり、レシチン中にβブロッカー水溶液が内包されたゲル~半固体状態のものである。
【0055】
さらにゲル状物質を経由する方法はその乾燥様式により2つに分類される。1つ目がゲル状物質又はその水分散液を乾燥しβブロッカーとレシチンの複合体とする方法、2つ目がゲル状物質に油性基剤を加え液中乾燥することで複合体分散液とする方法である。
【0056】
ゲル状物質は水溶性のβブロッカーと水とレシチン(好ましくは、βブロッカー水溶液とレシチン)を混練することで得ることができる。混練する工程は、公知の方法により実施することができ、均一なゲル状物質を形成するまで行われうる。混練に用いられる器具・機器は、当業者が通常使用しうるものであれば、特段限定されるものでない。例えば、混練に用いられる器具・機械として、スパーテル、乳鉢、スターラー、メカニカルスターラー、ミキサー、自転公転方式ミキサー、マルチビーズショッカー等が挙げられる。混練は、例えば、水溶性のβブロッカーと水とレシチンと混合後に(好ましくは、βブロッカー水溶液とレシチンとを混合後に)、外観上均一なゲル状物質が得られるまで、室温にて実施されうる。また、混練前にレシチンをβブロッカー水溶液に十分浸すことで、混練の操作性を上げてもよい。
【0057】
水とレシチンの重量比は、特段限定されるものではないが、例えば、約5:1~約1:1であり、好ましくは約3:1~約2:1であり、より好ましくは約2:1である。
【0058】
次に、このようにして得たゲル状物質を乾燥工程に付すことで複合体、若しくは複合体分散液を製造することができる。
【0059】
(i)ゲル状物質を直接凍結乾燥する方法
ゲル状物質の凍結は、例えば、当業者が通常実施する方法であってもよい。例えば、液体窒素、又はアセトンやメタノール等の溶媒にドライアイスを加えて調製したドライバスを用いることができる。凍結させたゲル状物質を約12時間~約24時間凍結乾燥し、複合体を製造することができ、また得られた複合体に油性基剤を加えて透明分散するまで十分攪拌することで複合体分散液を製造することができる。
【0060】
(ii)ゲル状物質の水分散液を乾燥する方法
ゲル状物質の水分散液を得る方法は、例えば、当業者が通常実施する方法であればよく、例えばゲル状物質に水を加え、スターラーやメカニカルスターラーなどを用いて均一になるまで攪拌する方法が挙げられる。ゲル状物質と水の重量比は、特段限定されるものではないが、例えば、約1:1~約1:20であり、好ましくは約1:5~約1:10であり、より好ましくは約1:9である。
得られた水分散液を(i)と同様の方法で凍結乾燥することにより、あるいは噴霧乾燥機(又は噴霧凍結乾燥機)を用いて乾燥することにより、複合体を製造することができる。また得られた複合体に油性基剤を加え、透明分散するまで十分攪拌することで複合体分散液を製造することができる。水分散液とすることでゲル状物質の操作性が向上し、各工程間の移動が容易になるだけではなく、使用可能な乾燥方法の幅も広がる場合がある。
【0061】
(iii)ゲル状物質に油性基剤を加え液中乾燥する方法
ゲル状物質に油性基剤を加え、加熱条件下、減圧脱水することで複合体分散液を製造することも可能である。使用する油性基剤や脱水方法などは上述の「液中乾燥法」と同様である。
【0062】
得られたβブロッカーとレシチンを含む油中分散液は透明であり、高い分散安定性を有しうる。さらに、複合体を脂肪酸エステル類に分散した際、一定量のダイズ油を添加することで、特に光安定性や分散安定性が向上することがある。
【0063】
このように得られた複合体又はその油中分散液を適宜、所望の外用医薬組成物とするための適切な基剤や添加剤と混合することにより、外用医薬組成物を製造することができる。
【実施例0064】
以下の実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0065】
試薬は、以下のものを使用した。
・プロプラノロール塩酸塩:東京化成工業株式会社製
・大豆レシチン(ホスファチジルコリン94%以上含有):商品名「ホスフォリポン90G(Phospholipon(登録商標) 90G)」、Lipoid AG製
・ミリスチン酸イソプロピル:商品名「エキセパール IPM(EXCEPARL IPM)」、花王株式会社製
・日本薬局方 白色ワセリン:小堺製薬株式会社
・日本薬局方 ステアリルアルコール:花王株式会社製
・ポリオキシエチレン(2)オレイルエーテル:商品名「NIKKOL BO―2V」、日光ケミカルズ株式会社製
・日本薬局方 ダイズ油:カネダ株式会社製
・ラウリル硫酸ナトリウム:商品名「エマール0S(EMAL 0S)」、花王株式会社製
・日本薬局方 プロピレングリコール:丸石製薬株式会社製
・精製流動パラフィン:商品名「モレスコバイオレス(U-6)」、株式会社MORESCO製
・パルミチン酸デキストリン:商品名「レオパール KL-2(Rheopearl KL-2)」、千葉製粉株式会社製
・ショ糖ラウリン酸エステル:商品名「L―195」、三菱ケミカルフーズ株式会社製
・ショ糖エルカ酸エステル:商品名「ER290」、三菱ケミカルフーズ株式会社製
【0066】
乳化工程において使用する乳化機は、エム・テクニック社製のクレアミックスを使用した。
【0067】
プロプラノロール塩酸塩―大豆レシチン複合体を含有する分散液の調製
[実施例1:液中乾燥法]
プロプラノロール塩酸塩(0.5g)に精製水(2.0g)を加え、50℃の湯浴で完全に溶解し、プロプラノロール塩酸塩水溶液を調製した。別途、ナスフラスコに大豆レシチン(1.0g)及びミリスチン酸イソプロピル(5.0g)を加え、75℃の湯浴で完全に溶解後、調製したプロプラノロール塩酸塩水溶液を滴下し約10分間攪拌した。
得られた懸濁液を75℃で1時間減圧乾燥、その後放冷することで目的の分散液を得た。
【0068】
[実施例2:ゲル状物質を凍結乾燥する方法]
プロプラノロール塩酸塩(0.4g)に精製水(2.0g)を加え、50℃の湯浴で完全に溶解し、プロプラノロール塩酸塩水溶液を調製した。大豆レシチン(1.0g)に、調製したプロプラノロール塩酸塩水溶液を加え、密閉し、室温で約3時間浸した。混合物をスパーテルで均一になるまで混練し、ゲル状物質を得た。得られたゲル状物質をドライアイス―アセトンで凍結させ、凍結乾燥機で約19時間乾燥した。得られた乾燥物にミリスチン酸イソプロピル(10g)を加え、均一に分散するまで攪拌し、目的の分散液を得た。
【0069】
[実施例3:ゲル状物質を水分散液として乾燥する方法]
実施例2と同様の方法で作製したゲル状物質に精製水(30.6g)を加え、均一に分散するまで攪拌し、ゲル状物質の水分散液を得た。続いて、得られた水分散液(17.0g)をドライアイス-アセトンで凍結させ、凍結乾燥機で約19時間乾燥した。このようにして得られた乾燥物にミリスチン酸イソプロピル(5.0g)を加え、均一に分散するまで攪拌し、目的の分散液を得た。
【0070】
[実施例4:ゲル状物質を経由する液中乾燥]
実施例2と同様に作製したゲル状物質にミリスチン酸イソプロピル(10g)を加え、
75℃の温浴で30分間減圧乾燥、その後放冷することで目的の分散液を得た。
【0071】
実施例1~4で作製した複合体分散液はいずれも透明であり、その粒子径も同等であった(試験例1参照)。
【0072】
プロプラノロール塩酸塩―大豆レシチン複合体分散液を含有する外用医薬組成物の調整
[実施例5~10:W/O型クリーム剤の調製]
容器に、日本薬局方 白色ワセリン、日本薬局方 ステアリルアルコール、ポリオキシエチレン(2)オレイルエーテルをそれぞれ秤量し、75℃の湯浴で均一になるまで攪拌した。混合物を乳化機に取り付け、75℃、4500rpmで攪拌しながら精製水を滴下した。約10分後、全体が均一になったところで、実施例1と同様の方法で作製した複合体分散液及び日本薬局方ダイズ油を加え、更に10分間加熱攪拌した。容器を湯浴から引き上げ、放冷しながら室温になるまで攪拌し、目的のW/O型クリーム剤を得た。
表1に実施例5~7の、表2に実施例8~10のクリーム剤の調製に用いた各試薬量(重量比)を示す。
【0073】
【0074】
【0075】
[実施例11:O/W型クリーム剤の調製]
容器に精製水[20.1g(40.2wt%)]、ラウリル硫酸ナトリウム[0.9g(1.8wt%)]、日本薬局方 プロピレングリコール[2.5g(5.0wt%)]をそれぞれ必要量秤量し、75℃の湯浴で均一になるまで攪拌し水相とした。一方、別の容器に、日本薬局方 白色ワセリン[10g(20wt%)]、日本薬局方 ステアリルアルコール[5.0g(10wt%)]及び、実施例2と同様の方法で作製した複合体分散液[11.5g(23.0wt%)]を加え、75℃の湯浴で均一になるまで攪拌し油相とした。水相を75℃の湯浴で加熱攪拌した状態で油相を滴下し、均一になるまで攪拌した。湯浴から引き上げ、一晩かけて放冷し、目的のO/W型クリーム剤を得た。
【0076】
[実施例12:オイルゲル剤の調製]
容器に精製流動パラフィン[27.5g(55.0wt%)]を秤量し、パルミチン酸デキストリン[2.5g(5.0wt%)]を少量ずつ加えた。室温で十分に攪拌後、75℃の温浴で完全に溶解した。得られた混合液に実施例2と同様の方法で調製した複合体分散液[20.0g(40.0wt%)]を加え、75℃で均一になるまで攪拌した。75℃のまま攪拌を停止し、混合物を容器にあけ、約12時間かけて室温まで冷却し、目的のオイルゲル剤を得た。
【0077】
[比較例1:プロプラノロールを含有するゲル剤の調製]
容器にプロプラノロール塩酸塩(0.2g)を秤量し、リン酸緩衝生理食塩液(20mL)を加え、攪拌しながら70℃まで加温した。そこへヒドロキシプロピルメチルセルロース[0.9g、(4.5%(w/v)又は0.2g、(1.0%(w/v))]を加え懸濁後、冷却して透明になるまで攪拌し、それぞれ、比較例1A又は比較例1Bのゲル剤を得た。
【0078】
[比較例2:プロプラノロールを含有するW/O型クリーム剤の調製-1]
容器に日本薬局方 白色ワセリン[40g、(40wt%)]、日本薬局方 ステアリルアルコール[20g、(20wt%)]、ポリオキシエチレン(2)オレイルエーテル[5.0g、(5wt%)]をそれぞれ秤量し、75℃の湯浴で均一になるまで攪拌し油相とした。一方、別の容器にプロプラノロール塩酸塩[1.0g(1.0wt%)]、精製水[34.0g(34wt%)]をそれぞれ必要量秤量し、75℃の湯浴で完全に溶解し水相とした。油相を乳化機に取り付け、75℃、4500rpmで攪拌しながら水相を滴下し、約10分間乳化した。容器を湯浴から引き上げ、放冷しながら室温になるまで攪拌し、目的のW/O型クリーム剤を得た。
【0079】
[比較例3~4:プロプラノロールを含有するW/O型クリーム剤の調製-2]
容器に、日本薬局方 白色ワセリン、日本薬局方 ステアリルアルコール、ポリオキシエチレン(2)オレイルエーテルをそれぞれ秤量し、75℃の湯浴で均一になるまで攪拌した。混合物を乳化機に取り付け、75℃、4500rpmで攪拌しながらプロプラノロール塩酸塩水溶液を滴下した。約10分後、全体が均一になったところで、予め大豆レシチンを加熱溶解したミリスチン酸イソプロピル及び日本薬局方ダイズ油を加え、更に10分間加熱攪拌した。容器を湯浴から引き上げ、放冷しながら室温になるまで攪拌し、目的のW/O型クリーム剤を得た。
表3に比較例3~4のクリーム剤の調製に用いた各試薬量(重量比)を示す。
【0080】
【0081】
[比較例5:大豆レシチン以外の界面活性剤を用いた液中乾燥法]
大豆レシチンを使用する代わりにHLB値の低い界面活性剤であるショ糖ラウリン酸エステルやショ糖エルカ酸エステルを使用し、実施例1と同様の方法で液中乾燥を実施したが、懸濁液となり、透明な分散液を得ることはできなかった。
【0082】
[試験例1:粒子径の評価]
実施例1~4で得られた複合体分散液の粒子径測定は、動的光散乱法(DLS)を用いて測定するゼータサイザーナノZS(Malvern Panalytical社製)を使用した。測定にはガラス製セルを用い、エキセパールIPMの物性値[粘度6.6mPa・s(20℃)、屈折率1.434]を使用した。また、平均粒子径は散乱強度別粒度分布の平均値(nm)を示した。
【0083】
結果
実施例1で作製した複合体分散液中の平均粒子径は、4.701nm(PDI:0.126)であった。
表4にプロプラノロール塩酸塩の量を変化させた際の分散液の平均粒子径を示す。
【0084】
【0085】
実施例2で作製した複合体分散液中の平均粒子径は、4.443nm(PDI:0.105)であった。
【0086】
実施例3で得られたゲル状物質の水分散液の平均粒子径は、494.4nm(PDI:0.363)であった。なお、約2週間後も粒子径変化を起こさず安定に分散することを確認した。また、最終的に得られた複合体分散液の平均粒子径は、4.481nm(PDI:0.137)であった。
【0087】
実施例4で得られた複合体分散液の平均粒子径は、4.478nm(PDI:0.106)であった。
【0088】
[試験例2:経皮吸収試験]
株式会社 旭製作所製の縦型フランツセル(直系10mm)に、へアレスマウスの皮膚[商品名「ラボスキン(Laboskin)」、株式会社 星野試験動物飼育所製]を取り付けた。セルのレシーバー液にはリン酸緩衝液(富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いた。
実施例5~10並びに比較例1A、3及び4で得られた各製剤をヘアレスマウスの皮膚に塗布(50mg)し、37℃で24時間試験を行った。試験開始から3時間後と6時間後、試験終了3時間前、及び試験終了時にレシーバー液中のプロプラノロール濃度をHPLCにより測定した。結果を
図1~
図3に示す。
尚、HPLCの測定条件は以下のとおりである。
・使用カラム:Waters社製 Xbridge BEH C18(2.5μm、4.6mmΦ X7.5cm)
・カラム温度:40℃
・溶離液:Water+0.1%TFA/CH
3CN+0.1%TFA=80/20→5/95(gradient)
・流速:0.5mL/min
・測定波長:290nm
【0089】
結果
図1、2から明らかなとおり、プロプラノロール-大豆レシチン複合体分散液をW/O型クリームに適用することで、水系ゲル(比較例1A)と同等の経皮吸収性を示した。
また
図3から明らかなとおり、複合体分散クリーム(実施例9)と通常のW/O型クリームに大豆レシチンを添加したサンプル(比較例4)は全く同じ組成にも関わらず、複合体分散クリームの方が高い経皮吸収性を示した。
【0090】
[試験例3:光安定性の評価(光安定性試験装置)]
実施例5、6、7及び9と比較例1A、2及び4で得られた各製剤をガラス瓶に適量入れ、光安定性試験装置[型式:LTL-200A-14WCD(ナガノサイエンス株式会社製)]で光暴露の蓄積による色調変化を評価した。また実施例6と比較例1A及び2の各製剤については、光暴露後にHPLCによる純度を測定した。
試験条件を以下に示す。
光源:D65ランプ、温度:25℃、相対湿度:60%RH
照度:4.00klx、積算照度:1200klx・h
尚、HPLCの測定条件は測定波長が254nmである以外は、試験例2と同じ条件で測定した。光暴露の前後の各製剤の外観写真を
図4に、HPLC測定の結果、得られたHPLCチャートを
図5に示す。
【0091】
結果
図4から明らかなとおり、比較例1A及び2の製剤は試験後に激しい着色が認められたが、比較例4、並びに実施例5、6、7及び9の製剤は、着色が抑えられた。
比較例2の主分解物は
図5のHPLCチャート上、約3.3分に現れるピークであり、LC/MSの分子量と文献情報からプロプラノロールのナフタレン環が酸化開裂したものと推定できる。さらに着色の強い比較例1Aでは、小さな分解物ピークが多数できており、酸化開裂体からさらに分解が進行したものと考えられる。
【0092】
[試験例4:皮膚透過性試験]
実施例6及び比較例1Bで得られた製剤を用いて、さらに皮膚透過性試験を実施した。皮膚透過性試験には静置型フランツ拡散セル(キーストンサイエンティフィック株式会社、レセプターセル容量8mL、オリフィス面積1cm2)を用いた。皮膚モデルはStrat-M(HAWP02500、メルク株式会社、直径25mm)及びHos:HR-1ヘアレスマウス(7週齢オス)の皮膚(ラボスキン、星野試験動物飼育所)を用いた。薬剤はプロプラノロール塩酸塩(東京化成工業株式会社)を使用した。定量に使用したメタノールと酢酸(富士フイルム和光純薬株式会社)はHPLCグレードを用いた。トリエチルアミン(富士フイルム和光純薬株式会社)は特級グレードを用いた。抽出液に使用したメタノールとアセトニトリル(富士フイルム和光純薬株式会社)はHPLCグレードを用いた。比較例1Bの基剤には疎水化ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)としてサンジェロース(大同化成工業株式会社)を用いた。
静置型フランツセルを電動スターラー(CHPS170DF、アズワン株式会社)上に固定し、レセプターセルを乳酸リンゲル液(pH7.3)で満たした。メンブレンにはStrat-Mもしくはヘアレスマウス皮膚(2cm×3cm、面積6cm2)のいずれかを用い、実施例6及び比較例1Bのいずれかをメンブレンに塗布した後、フランツセルに固定した時間を0時間とした。実験ごとに設定したTime pointに従ってサンプリングポートよりサンプル285μLを採取後、乳酸リンゲル液を同量補充した。実験中はスターラーによる攪拌(回転数550ppm、温度は未設定)を行い、セル内壁と外壁の間に37℃の水を還流させた。サンプル中のプロプラノロール濃度を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定し、絶対検量線法により濃度を算出した。
【0093】
<ヘアレスマウス皮膚を用いた皮膚透過性試験条件>
製剤添加重量:5、15、25mg
Time point:0.5、1、2、4、6、12時間
実験環境:開放系
【0094】
<Strat-Mを用いた皮膚透過性試験条件>
製剤添加重量:5、15、25mg
Time point:0.5、1、2、4、6、12、24時間
実験環境:開放系
【0095】
<HPLC測定条件>
プロプラノロール濃度はHPLC(株式会社島津製作所)により測定した。使用機器はポンプ(LC-20AD)、カラムオーブン(CTO-20A)、オートサンプラー(SIL-20AC)、UV検出器(SPD-20A)を用いた。分離カラムはInertsustain(登録商標)phenyl(250mm×4.6mm(5μm)、GLサイエンス株式会社)を用いた。移動相は、メタノール:水:酢酸:トリエチルアミン=500:500:3.5:1の組成とした。流速は0.8mL/min、UV検出波長は295nm、カラムオーブンの設定温度は35℃とした。
【0096】
<統計学的解析>
皮膚透過性試験により得られた各製剤の添加重量5、15、25mgの皮膚透過量について、統計解析を行った。統計学的解析はMicrosoft ExcelのVBAアドインソフトStatcel4(登録商標)を用いて行った。パラメトリック検定には一元配置分散分析及びTukey-Kramer検定を用いた。ノンパラメトリック検定にはクラスカル・ウォリス検定及びSteel-Dwass検定を用いた。p<0.05を統計学的に有意とした。
【0097】
<ヘアレスマウス皮膚を用いた皮膚透過性試験結果>
臨床における塗布条件を想定した製剤添加重量として5、15、25mgを設定し、開放系で皮膚透過性試験を行った。各製剤の皮膚透過性試験結果を
図6に示した。皮膚透過量について、比較例1Bでは時間経過に伴う皮膚透過速度の減少がみられた。各製剤の添加重量毎の皮膚透過量12時間値は、比較例1Bは5mg:27.9±4.4μg/mL、15mg:46.8±9.1μg/mL、25mg:55.9±5.8μg/mL、実施例6は、5mg:31.9±4.6μg/mL、15mg:56.0±5.6μg/mL、25mg:60.3±8.0μg/mLだった。
【0098】
<Strat-Mを用いた皮膚透過性試験結果>
臨床における塗布条件を想定した製剤添加重量として5、15、25mgを設定し、開放系で皮膚透過性試験を行った。各製剤の皮膚透過性試験結果を
図7に示した。皮膚透過量について、実施例6では直線性がみられたが、比較例1Bでは時間経過に伴う皮膚透過速度の減少がみられた。各製剤の添加重量毎の皮膚透過量12時間値は、比較例1Bは5mg:1.4±0.2μg/mL、15mg:37.7±27.6μg/mL、25mg:87.9±31.8μg/mL、実施例6は5mg:9.0±1.3μg/mL、15mg:20.2±3.6μg/mL、25mg:16.7±1.3μg/mLだった。各製剤の添加重量毎の皮膚透過量について統計解析を行った結果、実施例6では主に製剤添加重量5mgに対し、15、25mgで皮膚透過量が有意に高かった。
【0099】
[試験例5:皮膚に残存した薬物量]
試験例4と同様に試験したヘアレスマウス皮膚を用いて、抽出試験を行った。各実験にそれぞれTime pointを設定し、各実験条件に定めたタイミングでメンブレン上の製剤をふき取り、次に示す抽出操作を行った。製剤塗布面積に合わせてメンブレンを切り取った後、細かく刻んで抽出液(水:メタノール:アセトニトリル=2:1:1)500μLに入れ2時間ボルテックスを行うことで、メンブレン内に残存するプロプラノロールを抽出した。
【0100】
<各製剤の皮膚内残存薬物量>
製剤添加重量:5、15、25mg
Time point:12時間
実験環境:開放系
その結果、各製剤の添加重量毎の皮膚内残存薬物量を
図8に示すが、皮膚内残存量について、比較例1Bは5mg:4.74±1.13μg、15mg:8.84±1.11μg、25mg:10.13±2.14μg、実施例6は5mg:3.26±0.72μg、15mg:5.85±0.84μg、25mg:6.43±0.45μgであった。
【0101】
<皮膚内残存薬物量の経時的変化>
製剤添加重量:25mg
Time point:2、4、6、12、24時間(各Time point直後に抽出操作を行った。)
実験環境:開放系
その結果、各製剤の皮膚内残存薬物量の経時的変化を
図9に示すが、比較例1Bでは、製剤を添加してから4~6時間後に皮膚内残存薬物量がピークを迎えた後、12時間後にかけて減少する傾向がみられた。対して実施例6では持続的な皮膚内残存薬物量の増加がみられた。また、各製剤の皮膚内残存薬物量12時間値は、比較例1B:14.4±5.4μg、実施例6:10.6±1.5μgだった。
【0102】
実施例6は、皮膚内残存薬物量が持続的に増加していることから、安定した有効性を示す可能性がある。