(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151350
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】PR1遺伝子活性化用剤、植物の栽培方法、及びPR1遺伝子活性化方法
(51)【国際特許分類】
A01N 61/00 20060101AFI20231005BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20231005BHJP
A01G 31/00 20180101ALI20231005BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A01N61/00 D
A01G7/06 A
A01G31/00 601Z
A01P21/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022060925
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】宇野 祐子
(72)【発明者】
【氏名】北原 大輔
【テーマコード(参考)】
2B022
2B314
4H011
【Fターム(参考)】
2B022EA10
2B314MA15
4H011AB03
4H011BB19
4H011DA13
4H011DH10
(57)【要約】
【課題】有機農法等にも適用できる安全な成分を用いて植物病害抵抗性遺伝子を活性化する新たな技術を提供する。
【解決手段】植物のPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
キシログルカンを含む、植物のPR1遺伝子活性化用剤。
【請求項2】
前記キシログルカンは、タマリンドガムである、請求項1に記載の植物のPR1遺伝子活性化用剤。
【請求項3】
前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である、請求項1又は2に記載の植物のPR1遺伝子活性化用剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の植物のPR1遺伝子活性化用剤を含む植物用培養液であって、
前記植物用培養液中のキシログルカンの濃度が0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下である、植物用培養液。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載の植物のPR1遺伝子活性化用剤を含む植物用培養液、又は請求項4に記載の植物用培養液であり、
キシログルカンに対する硝酸の濃度比率が0.1以上、103以下である、植物用培養液。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載の植物のPR1遺伝子活性化用剤を含む、植物用肥料。
【請求項7】
キシログルカンを対象植物に投与することでPR1遺伝子を活性化させる遺伝子活性化工程を含む、植物の栽培方法。
【請求項8】
前記遺伝子活性化工程では、前記キシログルカンを0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させる、請求項7に記載の植物の栽培方法。
【請求項9】
前記遺伝子活性化工程では、12日間以上連続して対象植物にキシログルカンを接触させる、請求項7又は8に記載の植物の栽培方法。
【請求項10】
(i)発芽及び苗の生育の段階並びに(ii)苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階のうち、少なくとも一方の段階に適用する、請求項7から9のいずれか1項に記載の植物の栽培方法。
【請求項11】
前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である、請求項7から10のいずれか1項に記載の植物の栽培方法。
【請求項12】
キシログルカンを対象植物に投与する投与工程を含む、植物のPR1遺伝子活性化方法。
【請求項13】
前記投与工程では、前記キシログルカンを0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させる、請求項12に記載の植物のPR1遺伝子活性化方法。
【請求項14】
前記投与工程では、12日間以上連続してキシログルカンを投与する、請求項12又は13に記載の植物のPR1遺伝子活性化方法。
【請求項15】
(i)発芽及び苗の生育の段階並びに(ii)苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階のうち、少なくとも一方の段階に適用する、請求項12から14のいずれか1項に記載の植物のPR1遺伝子活性化方法。
【請求項16】
前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である、請求項12から15のいずれか1項に記載の植物のPR1遺伝子活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はPR1遺伝子活性化用剤、植物の栽培方法、及びPR1遺伝子活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、タマリンド種子多糖(大日本製薬株式会社製)から精製したキシログルカンオリゴ糖を、子葉に添加し、エリシター活性を測定したところ、キシログルカンオリゴ糖区で活性を示したことが記載されている。
【0003】
特許文献2には、低分子又は高分子キシログルカンを植物組織に組み入れて植物細胞の成長をコントロールする方法の中で、エンドウ種子由来の高分子キシログルカン(分子量50000)は植物細胞の成長を抑制することが記載されている。
【0004】
非特許文献1には、植物における病害抵抗性と生命維持や生育とは「トレードオフ」の関係にあることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5-331016号公報
【特許文献2】特開2003-230号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】高辻 博志,“イネの病害応答におけるトレードオフの分子機構”,日本植物病理學會報,日本植物病理學會,2016年11月,82巻4号,p.289-295
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
植物病害抵抗性誘導作用は、植物病害の原因となる病原体を死滅させる作用ではなく、植物が本来有する防御機構を活性化させる作用である。防御機構の活性化により植物自体が病原体を退けることができる。
【0008】
近年、農薬使用による被爆、環境負荷及び残留の懸念から、農薬の使用量の低減が求められている。このため、農薬ではなく、植物病害抵抗性誘導作用を有する成分を用いた新たな栽培方法が求められている。また、植物病害抵抗性誘導作用を有する成分は、有機農法等にも適用できる安全な成分であることが求められている。
【0009】
本発明の一態様は、有機農法等にも適用できる安全な成分を用いて植物病害抵抗性遺伝子を活性化する新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた。その結果、植物にタマリンドガムを投与することで、植物病害抵抗性遺伝子の一つであるPR1遺伝子の発現が誘導されることを見出し、本発明を完成させるに至った。さらに、驚くべきことに、タマリンドガムは、従来、植物病害抵抗性の向上とトレードオフの関係にあると考えられていた植物の生育を維持又は促進する作用も有していることを見出した。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンを含む。
【0012】
また、本発明の一態様に係る植物の栽培方法は、キシログルカンを対象植物に投与することでPR1遺伝子を活性化させる遺伝子活性化工程を含む。
【0013】
また、本発明の一態様に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、キシログルカンを対象植物に投与する投与工程を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、有機農法等にも適用できる安全な成分を用いて植物病害抵抗性遺伝子を活性化する新たな技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例の結果を示す図であり、試験例1における各濃度のタマリンドガムのPR-1a遺伝子発現誘導活性の経時変化を示す図である。
【
図2】実施例の結果を示す図であり、試験例2における各濃度のタマリンドガムのPR-1a遺伝子発現誘導活性の経時変化を示す図である。
【
図3】実施例の苗の生育試験の結果を示す図であり、地上部の生重量を測定した結果を示す図である。
【
図4】実施例の苗の生育試験の結果を示す図であり、根の総生重量を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<1.PR1遺伝子活性化用剤>
(特徴)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンを含む。本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤によれば、該剤を投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。尚、本明細書において、PR1遺伝子の活性化は、PR1遺伝子の発現が活性化することを意味している。
【0017】
本発明の一態様によれば、農薬の使用量を削減することができる。これにより、持続可能な開発目標(SDGs)の14「海の豊かさを守ろう」及び15「陸の豊かさを守ろう」の達成に貢献できる。
【0018】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、後述する実施例に示すように、PR1遺伝子を活性化させる作用(PR1遺伝子活性化作用)を有するので、PR1(Pathogenesis-related Protein 1)タンパク質等の発現を誘導又は促進することができる。ここで、PRタンパク質は、それ自体が抗菌活性を有するタンパク質、及び他の抗菌性物質を生成し得るタンパク質の総称である。一般に、植物が生成するPRタンパク質は非常に広い抗菌スペクトラムを有するので、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、病原性の微生物(例えば、糸状菌(例えば、Colletotrichum属等)、細菌(例えば、Pseudomonas属等)、ウイルス)等に対しても有効であると考えられる。
【0019】
PR1遺伝子は、種々の植物において同定されており、例えば、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ(Nicotiana benthamiana)、及びイネ(Oryza sativa)等において、PR-1a遺伝子やPR-1b遺伝子といった複数の種類が知られている。
【0020】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、植物病害抵抗性遺伝子の1種であるPR1遺伝子を人為的にONにすることで植物病害抵抗性誘導を起こす。これにより、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、植物が本来有している植物病害抵抗性を引き出すことができる。
【0021】
植物においてサリチル酸が誘導されると、サリチル酸(SA)シグナル伝達経路が活性化されてPR1遺伝子が発現し、全身獲得抵抗性が誘導される。全身獲得抵抗性とは、植物の病原菌に対する自己防御機構である誘導抵抗性の1つである。特定の病原菌に対する抵抗性を獲得した植物は、この病原菌が侵入した部位で過敏感細胞死を引き起こして病原菌を封じ込めて増殖を抑える。このようにして形成された壊死病斑ではさまざまな生理学的変化が生じている。また、サリチル酸がシグナルとなって病原体の情報が全身に伝えられ、感染部位から離れた組織においても次の感染に備えて抵抗性を発揮するようになる。
【0022】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、サリチル酸の刺激がなくともPR1遺伝子を発現させることができることから、あらかじめPR1遺伝子を強く発現誘導し、植物病害抵抗性を高めておくことができる。サリチル酸(SA)シグナル伝達経路の活性化は、サリチル酸の投与によっても引き起こすことができるが、サリチル酸は主に薬用に使用する物質である。これに対して、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、食品添加物としても食経験があるキシログルカンを含んでいるため、より安全性が高い方法で植物病害抵抗性を高めることができる。
【0023】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、上記のようにして植物における植物病害抵抗性をあらかじめ高めることができるので、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、病原体の感染又は病気の発症の予防用途としても使用できると考えられる。
【0024】
また、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤はPR1遺伝子活性化作用を有することから、用法用量(例えば、添加時期や添加濃度等)を適宜調整することによって、植物が病原体の感染を受けた場合でも迅速に応答できる準備状態を作り出すことも可能である。従って、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、病気発症後の治療用途としても使用できると考えられる。
【0025】
なお、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤によるPR1遺伝子活性化効果は、2週間程度は維持すると考えられる。そのため、途中で本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤の添加を止めてPR1遺伝子の発現が低下したとしても、感染等の刺激によって再度、効果的に発現すると考えられる。
【0026】
(有効成分)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンを有効成分として含む。キシログルカンは、グルコースがβ-1,4結合でつながった主鎖(β-1,4-グルカン)にキシロース側鎖がα-1,6結合している構造を基本とする中性多糖である。キシログルカンと呼ばれる主鎖はグルコース、側鎖はキシロースとガラクトースとで構成されている。本明細書において、「キシログルカン」は、光散乱法によって測定した平均分子量が50000以上のものをいう。キシログルカンは、「高分子キシログルカン」とも言われる。
【0027】
キシログルカンは、豆科植物タマリンド樹の種子胚乳部より得られるタマリンドガム(タマリンドシードガム)の主成分として含まれている。タマリンド種子由来のキシログルカンは、光散乱法によって測定した平均分子量が約80万であることが知られている。本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、タマリンドガムを有効成分として含んでいてもよい。なお、本明細書において、「主成分」とは、タマリンドガムに含まれる成分のうち最も量の多い成分を意味し、例えば、タマリンドガムの総質量に対する高分子キシログルカンの含有量は、90質量%以上、95質量%以上、96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、または100質量%である。
【0028】
タマリンドガムは、増粘剤、ゲル化剤、氷晶安定剤、澱粉改質剤などの用途で、食品工業で広く使用されている。タマリンドガムは、市販品を使用することができる。例えば、三菱ケミカル株式会社ライフソリューションセクター製「タマリンドシードガム」、東京化成工業株式会社製「タマリンドガム」等を使用することができる。本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカン以外の有効成分を含んでいてもよい。
【0029】
(キシログルカンの含有量)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度は、特に限定されず、PR1遺伝子活性化の効果が得られる範囲で適宜調整することができる。
【0030】
根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができることから、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度は、0.01mg/mL以上であることが好ましく、0.1mg/mL以上であることがより好ましい。また、植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となることから、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度は、2.0mg/mL以下であることが好ましく、1.5mg/mL以下であることがより好ましく、0.2mg/mL以下であることがさらに好ましい。上述した濃度でキシログルカンを含むPR1遺伝子活性化用剤は、希釈せずに植物に投与することができる。
【0031】
また、本PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度を上述した濃度よりも濃い濃度とすることもできる。例えば、本PR1遺伝子活性化用剤の第1の態様として、PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度を50mg/mL以上、10g/mL以下とすることができる。本PR1遺伝子活性化用剤の第1の態様は、水、植物用培養液又は植物用肥料などで5000倍に希釈して使用されるのに適している。
【0032】
また、本PR1遺伝子活性化用剤の第2の態様として、PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度を100mg/mL以上、20g/mL以下とすることができる。本PR1遺伝子活性化用剤の第2の態様は、水、植物用培養液又は植物用肥料などで10000倍に希釈して使用されるのに適している。
【0033】
また、本PR1遺伝子活性化用剤の第3の態様として、PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度を200mg/mL以上、40g/mL以下とすることができる。本PR1遺伝子活性化用剤の第3の態様は、水、植物用培養液又は植物用肥料などで20000倍に希釈して使用されるのに適している。
【0034】
また、本PR1遺伝子活性化用剤の第4の態様として、PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度を400mg/mL以上、80g/mL以下とすることができる。本PR1遺伝子活性化用剤の第4の態様は、水、植物用培養液又は植物用肥料などで40000倍に希釈して使用されるのに適している。
【0035】
尚、本PR1遺伝子活性化用剤の希釈に用いる水は、特に限定されず、水道水、イオン交換水、培養液、井戸水などの地下水;湧水、河川水、農業用水などの表流水;などが挙げられる。植物用培養液及び植物用肥料については、後述する。
【0036】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカン以外の成分の量は、特に限定されない。キシログルカン以外の成分の量は、本PR1遺伝子活性化用剤中のキシログルカンの濃度が例えば上述したような所望の濃度範囲となるように、添加量を適宜調整すればよい。
【0037】
(剤形)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤の剤形は、液体、ペースト、水和剤、粒剤、粉剤、錠剤、乳剤等、いずれの剤形でもよい。いずれの剤形においても、キシログルカンが安定であることが好ましい。
【0038】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンの安定性が確保される限りにおいて、上記の剤型に応じた、公知の担体成分や、製剤用補助剤等を適宜配合してもよい。また、本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、硝酸態窒素、リン酸およびカリウムを含有するものであってもよい。
【0039】
(担体成分)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤の担体成分としては、特に限定されないが、例えば、(i)タルク、クレー、バーミキュライト、珪藻土、カオリン、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、白土、シリカゲル等の無機質や、小麦粉、澱粉等の固体担体;(ii)水、キシレン等の芳香族炭化水素類、エタノール、エチレングリコール等のアルコール類、アセトン等のケトン類、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等の液体担体を用いることができる。また、pHを一定に保つための、種々の緩衝液を用いることもできる。
【0040】
(製剤用補助剤)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤の製剤用補助剤としては、特に限定されないが、例えば、アルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸等の陰イオン性界面活性剤;高級脂肪族アミンの塩類等の陽イオン性界面活性剤;ポリオキシエチレングリコールアルキルエーテル、ポリオキシエチレングリコールアシルエステル、ポリオキシエチレングリコール多価アルコールアシルエステル、セルロース誘導体等の非イオン性界面活性剤;ゼラチン、カゼイン、アラビアゴム等の増粘剤;増量剤;結合剤;等を適宜配合することができる。
【0041】
(投与対象)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は植物に適用される。本明細書において「植物」は、「植物」という文言自体から認識され得るもの、野菜、果実、果樹、穀物、種子、球根、草花、香草(ハーブ)、分類学上の植物等を表すものとする。
【0042】
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤の投与対象となる植物は、特に限定されないが、例えば、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物であることが好ましい。根に対する感受性が高い観点から、アカザ科、キク科、アブラナ科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物であることが好ましい。アカザ科の植物のなかでは、ホウレンソウが好ましい。キク科の植物のなかでは、レタスが好ましい。アブラナ科の植物のなかでは、コマツナが好ましい。ナス科の植物のなかでは、トマトが好ましい。バラ科の植物のなかでは、イチゴが好ましい。ウリ科の植物のなかでは、キュウリが好ましい。
【0043】
(製剤)
本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカン、及びその他の成分を原料として、公知の手法により製剤することができる。
【0044】
<2.植物用培養液>
本発明の一態様に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤を含み、キシログルカンの濃度が0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下である植物用培養液(以下、「植物用培養液」という。)もまた、本発明の範疇に含まれる。その効果等は本発明のPR1遺伝子活性化用剤について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0045】
「培養液」とは、植物を生育させるための液体である。例えば、培養液は、水を主成分とし、植物を生育させるための栄養分を含む。例えば、本発明の一態様を育苗に適用する場合、培養液は、発芽及び苗の生育のための培養液である。また、本発明の一態様を本圃栽培に適用する場合、培養液は苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させるための培養液である。
【0046】
本発明の一態様に係る植物用培養液は、後述する植物用肥料を培養液の成分として含んでいてもよい。
【0047】
本発明の一態様に係る植物用培養液は、濃厚液であってもよい。培養液中には、通常、肥料成分の1つとして硝酸が所定量含まれている。そこで、本発明の一態様に係る植物用培養液を濃厚液とする場合には、植物用培養液中のキシログルカン濃度を、キシログルカンに対する硝酸の濃度比率(硝酸(mg/mL)/キシログルカン(mg/mL))が0.1以上、103以下となる範囲で調整すればよい。このようにして作製した濃厚液は、希釈後の硝酸の濃度が通常の培養液中に含まれている濃度となるように、必要に応じて希釈されて使用される。
【0048】
<3.植物用肥料>
本発明の一態様に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤を含む植物用肥料(以下、「植物用肥料」という。)もまた、本発明の範疇に含まれる。その効果等は本発明のPR1遺伝子活性化用剤について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0049】
本発明の一態様に係る植物用肥料の形態は、液体、ペースト、水和剤、粒剤、粉剤、錠剤、乳剤等、いずれの剤形でもよい。いずれの剤形においても、キシログルカンが安定であることが好ましい。
【0050】
<4.植物の栽培方法>
本発明の一態様に係る植物の栽培方法(以下、「栽培方法」という。)は、キシログルカンを対象植物に投与することでPR1遺伝子を活性化させる遺伝子活性化工程を含む。本発明の一態様に係る栽培方法によれば、キシログルカンを投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0051】
(遺伝子活性化工程)
遺伝子活性化工程は、キシログルカンを対象植物に投与することでPR1遺伝子を活性化させる工程である。「キシログルカン」は、前述のPR1遺伝子活性化用剤の項で「有効成分」として説明したとおりであるので、その効果等の説明はここでは繰り返さない。遺伝子活性化工程では、キシログルカンを対象植物に投与することにより、栽培した植物においてPR1遺伝子を活性化させて、植物病害抵抗性を高めることができる。
【0052】
(キシログルカンの投与方法)
遺伝子活性化工程における、キシログルカンの植物への投与方法としては、各種の方法を用いることができる。例えば、粉剤や粒剤を散布したり、希釈された水溶液を葉面、茎、果実等直接植物に散布したり、土壌中に注入する方法が挙げられる。また、水耕栽培やロックウールを用いた水耕栽培の場合は、根に接触する養液や供給水にキシログルカンを希釈混合して供給する方法が挙げられる。作業性の観点から、供給水に混合して供給する方法が好ましい。
【0053】
(キシログルカンの投与量)
遺伝子活性化工程における、キシログルカンの植物への投与量は、特に限定されず、PR1遺伝子活性化の効果が得られる範囲で適宜調整することができる。根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができることから、キシログルカンを0.01mg/mL以上の濃度で対象植物に接触させることが好ましく、0.1mg/mL以上の濃度で対象植物に接触させることがより好ましい。植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となることから、キシログルカンを2.0mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させることが好ましく、1.5mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させることがより好ましく、0.2mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させることがさらに好ましい。
【0054】
例えば、粉剤や粒剤を散布したり、希釈された水溶液を葉面、茎、果実等直接植物に散布したり、土壌中に注入することでキシログルカンを植物に投与する場合は、植物に散布される粉剤、粉剤、粒剤又は水溶液中のキシログルカン濃度を前記範囲に調整すればよい。また、水耕栽培やロックウールを用いた水耕栽培の場合は、養液又は供給水中のキシログルカン濃度を前記範囲に調整すればよい。水溶液、養液又は供給水中のキシログルカンの濃度は、ゲルろ過クロマトグラフィーなどによって測定することができる。
【0055】
養液にキシログルカンを混合して投与する場合、キシログルカンを含有する養液の調製方法は、特に限定されない。栽培に使用している既存の養液(キシログルカンを含まない養液)に、規定量のキシログルカンを添加して、キシログルカンを含有する養液を調製してもよい。また、液肥原液にキシログルカンを添加し、撹拌し混合して、液肥原液とキシログルカンとの混合液を調製し、この混合液を、栽培に使用している既存の養液(キシログルカンを含まない養液)に添加して、キシログルカンを含有する養液を調製してもよい。
【0056】
また、粉末のキシログルカンを養液又は液肥原液に直接添加してもよく、キシログルカンを事前に栽培養液又は水で溶かしてキシログルカン水溶液を調製し、このキシログルカン水溶液を養液又は液肥原液に添加してもよい。養液中のキシログルカン分布をより均一化させる点では、後者の添加方法が好ましい。キシログルカンの濃度は、植物に供給される際に、上記のような最適な濃度で植物に接触するよう調整する。
【0057】
(キシログルカンの投与時期)
遺伝子活性化工程の実施時期(すなわち、キシログルカンの投与時期)は、発芽から1日以降であることが好ましく、2日以降であることがより好ましく、発芽前の種子または3日以降であることがさらに好ましい。苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階の開始日の0日後であることが好ましく、1日後であることがより好ましく、2日後であることがさらに好ましい。遺伝子活性化工程を実施する時期が上記範囲内であることで、作業効率が良く、また、苗に大きなダメージを与える可能性が低くなる。
【0058】
キシログルカンを養液に添加する場合、遺伝子活性化工程の実施期間中に、キシログルカンを養液に対し1回だけ添加してもよく、間隔をあけて複数回添加してもよい。キシログルカンを複数回添加する場合、各添加時におけるキシログルカンの添加量は、上記に示す範囲で同じ添加量としてもよく、初期の添加時の添加量を少なくし、栽培期間の後期ほど添加量を多くしてもよい。遺伝子活性化工程の実施期間中に、キシログルカンを養液に対し複数回添加する場合、添加の間隔は1日間以上、20日間以下、特に2日間以上、15日間以下の範囲が好ましい。なお、キシログルカンを養液に添加する効果を持続させる観点から、遺伝子活性化工程の実施期間中は、栽培装置内で養液を循環させることが好ましい。
【0059】
養液中のキシログルカンは植物に殆ど吸収されないので、養液が循環している苗の栽培装置において、キシログルカンを養液に添加した場合、添加されたキシログルカンの大部分はそのまま養液中に残留すると考えられる。
【0060】
(キシログルカンの投与期間)
遺伝子活性化工程の実施期間(すなわち、キシログルカンの投与期間)は、対象植物の状態を見ながら適宜調整すればよく、例えば、栽培期間中、常時、養液にキシログルカンを含有させてもよく、栽培期間のうち、所定の期間だけ養液にキシログルカンを含有させ、それ以外の期間はキシログルカンを含有しない養液で栽培してもよい。
【0061】
PR1遺伝子活性化効果を持続させる観点から、遺伝子活性化工程では、12日間以上連続して対象植物にキシログルカンを接触させることが好ましい。
【0062】
栽培期間中に遺伝子活性化工程を複数回行ってもよい。この場合、遺伝子活性化工程の実施期間同士の間にキシログルカンを含有しない養液を供給する期間を設けてもよい。この場合、キシログルカンを含有しない養液を供給する期間は2週間以下であることが好ましい。上述のとおり、キシログルカンの投与によるPR1遺伝子活性化効果は、キシログルカンの投与終了後も2週間程度は維持されると考えられるためである。
【0063】
(適用対象)
本発明の一態様に係る栽培方法の適用対象となる植物については、前述のPR1遺伝子活性化用剤の項で「投与対象」として説明したとおりであるのでここでは説明を繰り返さない。
【0064】
本発明の一態様に係る栽培方法の適用対象となる植物は、例えば、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物であることが好ましい。根に対する感受性が高い観点から、アカザ科、キク科、アブラナ科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物であることが好ましい。アカザ科の植物のなかでは、ホウレンソウが好ましい。キク科の植物のなかでは、レタスが好ましい。アブラナ科の植物のなかでは、コマツナが好ましい。ナス科の植物のなかでは、トマトが好ましい。バラ科の植物のなかでは、イチゴが好ましい。ウリ科の植物のなかでは、キュウリが好ましい。
【0065】
また、本発明の一態様に係る栽培方法の適用対象は、(i)発芽及び苗の生育の段階(「育苗段階」ともいう)、(ii)苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階が挙げられる。本発明の一態様に係る栽培方法は、(i)~(ii)の段階のいずれかに適用してもよく、両方に適用してもよい。(i)の段階で植物を生育する場所及び(ii)の段階で植物を生育する場所は、異なっていてもよく、同じでもよい。例えば、(ii)の段階のために、生長した苗を別の場所に定植してもよく、発芽から収穫まで同じ場所で生育させてもよい。「発芽から収穫まで同じ場所で生育させる」とは、発芽から収穫までの期間中に播種した場所から別の場所へと植物を植え替えることなく生育させることを意味する。
【0066】
本明細書において、「苗」とは、種子繁殖型の場合、発芽後にある程度成長させた、移植用の植物のことである。栄養繁殖型の場合は発根した植物のことである。通常栽培で育苗するとは、太陽光または人工光を用いて、適度な栄養成分以外の薬物を与えず、あるいは物理的なストレスや高温、低温、乾燥等の環境ストレスを与えずに苗を栽培することである。
【0067】
本発明の一態様に係る栽培方法によって栽培された植物におけるPR1遺伝子の発現量を測定し、キシログルカンを投与していない同品種の植物におけるPR1遺伝子の発現量と比較し、PR1遺伝子の発現量が増加していることを確認することで、キシログルカンの投与によって対象植物におけるPR1遺伝子が活性化されたことを確認することができる。PR1遺伝子の発現量は、ノーザンブロット解析、リアルタイムPCR(Real-time Polymerase Chain Reaction)等の公知の方法によって確認することができる。従って、本発明の一態様に係る栽培方法は、遺伝子活性化工程期間中の植物におけるPR1遺伝子の発現量を確認する工程をさらに含んでいてもよい。
【0068】
(養液成分)
本発明の一態様に係る栽培方法において、植物の栽培に使用する養液の組成は、特に限定されないが、少なくとも硝酸態窒素、リン酸およびカリウムを含有することが好ましい。養液中の硝酸態窒素の含有量は、2.0me/L以上であることが好ましく、8.0me/L以上であることがより好ましい。また、20.0me/L以下であることが好ましく、18.0me/L以下であることがより好ましい。リン酸の含有量は、1.0me/L以上であることが好ましく、3.0me/L以上であることがより好ましい。また、10.0me/L以下であることが好ましく、8.0me/L以下であることがより好ましい。カリウムの含有量は、1.0me/L以上であることが好ましく、5.0me/L以上であることがより好ましい。また、14.0me/L以下であることが好ましく、12.0me/L以下であることがより好ましい。養液中の硝酸態窒素、リン酸及びカリウム含有量を上記の範囲とすることで、キシログルカンによるPR1遺伝子活性化作用をより高めることができる。
【0069】
(栽培方式)
本発明の一態様に係る栽培方法において、遺伝子活性化工程を行うこと以外の栽培方法は特に限定されない。例えば、育苗段階において、閉鎖系の人工光型育苗方法を用いてもよく、ハウス等の太陽光利用型の育苗施設を用いてもよい。より均一な苗を栽培する観点で、閉鎖系の人工光型育苗方法が好ましい。また、培地を利用して苗を栽培する方式が好ましく、培地としては、特に限定されず、例えば、不織布、合成繊維培地、多孔質培地(セラミック、ゼオライト等)、合成樹脂発泡体(フェノール樹脂発泡体、ポリウレタン、エチレン系発泡体等)、ロックウール等が使用できる。なかでも、入手が容易である観点から、合成樹脂発泡体からなる発泡培地やロックウール培地が好ましい。また、本発明の一態様に係る栽培方法では、養液を循環させて栽培する栽培装置で葉菜類を栽培することが好ましい。
【0070】
<5.植物のPR1遺伝子活性化方法>
本発明の一態様に係る植物のPR1遺伝子活性化方法(以下、「PR1遺伝子活性化方法」という。)は、キシログルカンを対象植物に投与する投与工程を含む。本発明の一態様に係るPR1遺伝子活性化方法によれば、キシログルカンを投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0071】
(投与工程)
投与工程は、キシログルカンを対象植物に投与する工程である。「投与工程」は、前述の植物の栽培方法の項で「遺伝子活性化工程」として説明したとおりであるので、その効果等の説明はここでは繰り返さない。
【0072】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0073】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤は、キシログルカンを含む。これにより、PR1遺伝子活性化用剤を投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0074】
本発明の態様2に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤は、上記の態様1において、前記キシログルカンは、タマリンドガムである。
【0075】
本発明の態様3に係る植物のPR1遺伝子活性化用剤は、上記の態様1又は2において、前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である。
【0076】
本発明の態様4に係る植物用培養液は、上記の態様1から3のいずれかにおいて、PR1遺伝子活性化用剤を含み、キシログルカンの濃度が0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下である。これにより、根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができる。また、植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となる。
【0077】
本発明の態様5に係る植物用培養液は、上記の態様1から3のいずれかのPR1遺伝子活性化用剤を含む植物用培養液、又は上記の態様4の植物用培養液であり、キシログルカンに対する硝酸の濃度比率が0.1以上、103以下である、植物用培養液である。これにより、根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができる。また、植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となる。
【0078】
本発明の態様6に係る植物用肥料は、上記の態様1から3のいずれかのPR1遺伝子活性化用剤を含む。これにより、植物用肥料を適用された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0079】
本発明の態様7に係る植物の栽培方法は、キシログルカンを対象植物に投与することでPR1遺伝子を活性化させる遺伝子活性化工程を含む。これにより、キシログルカンを投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0080】
本発明の態様8に係る植物の栽培方法は、上記の態様7において、前記遺伝子活性化工程では、前記キシログルカンを0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させる。これにより、根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができる。また、植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となる。
【0081】
本発明の態様9に係る植物の栽培方法は、上記の態様7又は8において、前記遺伝子活性化工程では、12日間以上連続して対象植物にキシログルカンを接触させる。これにより、PR1遺伝子活性化効果を持続させることができる。
【0082】
本発明の態様10に係る植物の栽培方法は、上記の態様7から9のいずれかにおいて、(i)発芽及び苗の生育の段階並びに(ii)苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階のうち、少なくとも一方の段階に適用する。
【0083】
本発明の態様11に係る植物の栽培方法は、上記の態様7から10のいずれかにおいて、前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である。
【0084】
本発明の態様12に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、キシログルカンを対象植物に投与する投与工程を含む。これにより、キシログルカンを投与された植物体において、植物病害抵抗性遺伝子の一種である「PR1遺伝子」の活性化を誘導することができる。その結果、植物が有している防御機構の活性化により病原体に対する抵抗性を高めることができる。
【0085】
本発明の態様13に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、上記の態様12において、前記投与工程では、前記キシログルカンを0.01mg/mL以上、2.0mg/mL以下の濃度で対象植物に接触させる。これにより、根に対してキシログルカンを効果的に作用させることができ、十分なPR1遺伝子発現誘導活性を得ることができる。また、植物の正常な生育を維持又は促進することが可能となる。
【0086】
本発明の態様14に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、上記の態様12又は13において、前記投与工程では、12日間以上連続してキシログルカンを投与する。これにより、PR1遺伝子活性化効果を持続させることができる。
【0087】
本発明の態様15に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、上記の態様12から14のいずれかにおいて、(i)発芽及び苗の生育の段階並びに(ii)苗及び苗より生長した植物体を収穫までさらに生育させる段階のうち、少なくとも一方の段階に適用する。
【0088】
本発明の態様16に係る植物のPR1遺伝子活性化方法は、上記の態様12から15のいずれかにおいて、前記植物は、アカザ科、アブラナ科、オミナエシ科、ヒガンバナ科、セリ科、シソ科、ヒユ科、キク科、ナス科、バラ科、又はウリ科の植物である。
【実施例0089】
〔試験例1〕
<タマリンドガム溶液の調製>
(製造例1~5)
タマリンドガム(三菱ケミカル株式会社ライフソリューションセクター製「タマリンドシードガム」TG120;高分子キシログルカン)を0.1mg/mL、0.3mg/mL、1mg/mL、2mg/mL、又は5mg/mLの濃度となるように滅菌水にそれぞれ溶解して、製造例1~5のタマリンドガム溶液(PR1遺伝子活性化用剤)1~5を調製した。
【0090】
<PR-1a遺伝子発現誘導活性の測定>
PR-1a遺伝子プロモーターの下流にホタルルシフェラーゼ遺伝子を連結したプラスミドコンストラクト(PR-1a::Fluc)を導入したシロイヌナズナ種子を100μLの滅菌水とともに96Wellプレートに播種し、5日間の春化処理をした後に終濃度0.1mMのルシフェリンを添加し、バイオトロン(明条件12時間、暗条件12時間、相対湿度100%)に置いた。
【0091】
なお、本測定は、以下の参考文献1~3の記載を参照して行った。
参考文献1:特開2013-124241号公報
参考文献2:特開2017-197456号公報
参考文献3:Evaluation of the Use of the Tobacco PR-1α Promoter to Monitor Defense Gene Expression by the Luciferase BioluminescenceReporter System, Biosci. Biotechnol. Biochem., 75(9), 1796-1800 (2011)
参考文献3に示された内容に沿って、タバコ由来のPathogenesis-related Protein 1a(PR-1a)遺伝子プロモーターの下流に、ホタルルシフェラーゼ遺伝子(Firefly luciferase;F-luc)を連結させた融合遺伝子(PR-1a::F-luc)を有するプラスミドを作製した。該プラスミドをアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens LBA4404)を介してシロイヌナズナに導入し、PR-1a::F-lucを有する形質転換シロイヌナズナ種子(PR-1a::F-luc)を作製した。
【0092】
PR-1a遺伝子プロモーター発現誘導試験の試料として、製造例1~5で作製したタマリンドガム溶液1~5を用いた。なお、陰性対照として滅菌水を用いた。また、陽性対照として300μM アシベンゾラル-S-メチル(ASM)溶液を用いた。アシベンゾラル-S-メチルは、植物の防御機構を活性化する既存の抵抗性誘導剤であり、植物に対して強力な全身獲得抵抗性誘導作用を有する。
【0093】
種子が発芽した後に、各タマリンドガム溶液1~5、滅菌水及びASM溶液を、各Wellで1/10に希釈し、最終濃度とした。各試料の各処理区につき、6反復行い、PR-1aプロモーター発現誘導はFluc発光活性を指標として評価した。処理による植物体の発光量を遺伝子発現誘導活性として、その強度を経時的にモニタリングした。
【0094】
フォトカウンティング装置GaAsP IMAGE INTENSIFIER UNIT C8600(浜松フォトニクス株式会社)及び解析ソフトWasabiを使用して、各ウェル内の発光強度を測定してレポーターであるF-lucの発現量を測定することで、各試料のPR-1a遺伝子発現誘導活性についてそれぞれ評価した。
【0095】
経時的モニタリングの解析タイムポイントは、試料処理後、0時間、24時間、48時間、72時間、96時間、120時間、144時間、168時間、192時間、216時間、240時間、264時間、及び288時間まで24時間おきに設定した。試料処理前(-0.1時間)の発光量を1とした相対値を、相対発光量とし、各解析タイムポイントにおける相対発光量の結果を
図1に示した。
【0096】
〔試験例2〕
<タマリンドガム溶液の調製>
(製造例6~9)
タマリンドガム(三菱ケミカル株式会社ライフソリューションセクター製「タマリンドシードガム」TG120;高分子キシログルカン)を3mg/mL、10mg/mL、15mg/mL、又は20mg/mLの濃度となるように滅菌水にそれぞれ溶解して、製造例6~9のタマリンドガム溶液(PR1遺伝子活性化用剤)6~9を調製した。
【0097】
<PR-1a遺伝子発現誘導活性の測定>
試験例1で使用した種子とは異なるロットの種子を用いたこと、陽性対照として5mg/mL及び10mg/mLラミナリン溶液を用いたこと、試験例1の高濃度側のタマリンドガム溶液3~5及び試験例2で調製したタマリンドガム溶液6~9を用いたこと、タイムポイントを処理後0時間から24時間おきに336時間までとしたこと、繰り返し実験を行わなかったこと以外は、試験例1と同様の試験を行い、各解析タイムポイントにおける相対発光量の結果を
図2に示した。ラミナリンは、コンブの貯蔵性多糖で、エリシター活性を示すことが知られている。
【0098】
<結果>
種子ロットごとに、採種環境及びエピジェネティックな影響の違いにより、PR-1a遺伝子発現誘導活性の強度、該活性のタイミング等の反応性が異なっていた。
図1及び
図2に示すこれらの反応性の違いは、試験例2で用いた種子ロットが、試験例1で用いた種子ロットよりもタマリンドガムに対する感受性がより高い種子ロットが含まれていたためであると考えられた。
【0099】
しかし、試験例1及び試験例2のいずれのデータセットにおいても、滅菌水よりも最低でも1点以上活性が上回る点があり、活性の強度は異なるものの、タマリンドガムによるPR-1a遺伝子発現誘導活性が認められた。低濃度でも、高濃度でも0.1mg/mL以上において、顕著なPR-1a遺伝子発現誘導活性が認められた。種子ロットごとの個体差が大きいものの、試験毎に同様の傾向が得られたことから、キシログルカンはPR-1a遺伝子発現誘導活性を示すと考えられる。
【0100】
PR-1a遺伝子は、サリチル酸(SA)シグナル伝達経路を介して発現し、防御応答を活性化することが知られている。PR-1a遺伝子の発現モニタリング系を利用した解析結果から、キシログルカンは、植物体中のサリチル酸濃度を高め、次いで植物の病原体に対する防御機構であるサリチル酸シグナル伝達経路を介してPR-1a遺伝子等のPR1遺伝子の発現を活性化させることによって、病原体に対する抵抗性を植物体全体に獲得させることができると考えられる。従って、キシログルカンは、病害抵抗反応を誘導する活性である「エリシター活性」を有すると考えられる。
【0101】
〔試験例3〕
<タマリンドガム溶液の調製>
(製造例10~12)
タマリンドガム(三菱ケミカル株式会社ライフソリューションセクター製「タマリンドシードガム」)を0.2mg/mL、0.1mg/mL、又は0.05mg/mLの濃度となるように水道水にそれぞれ溶解して、製造例10~12のタマリンドガム溶液(PR1遺伝子活性化用剤)10~12を調製した。
【0102】
<生育条件>
植物として、ホウレンソウ(品種「三菱ケミカル アクア・ソリューションズ株式会社製NPL8号」)を用いた。育苗箱(寸法:奥行60cm、幅30cm)に、288個のセルを有する硬質ポリエチレン製セルトレイを載置し、各セルにロックウール細粒綿を詰め、ホウレンソウ種子を1個ずつ播種した。1000mLのタマリンドガム溶液10~12を、それぞれ、上からジョウロ潅水を行い、発芽室に3日間、置いた。発芽室の温度は12時間22℃、12時間19℃、湿度は90~100%程度とした。コントロールとして、タマリンドガム溶液の代わりに水道水を与えた。
【0103】
播種から3日目に、セルトレイごと、閉鎖型構造物(三菱ケミカル アクア・ソリューションズ株式会社製「苗テラス」(登録商標))に移動した。閉鎖型構造物は、内法寸法:奥行450cm、横幅315cm、高さ240cmとした。閉鎖型構造物の内部には、4段3棚の潅水トレイを有した多段棚式栽培装置を2基設置して、植物の苗を栽培した。この閉鎖型構造物内の明期の平均湿度は40~60%、暗期は70~90%とした。また、この閉鎖型多段棚式栽培装置は、空調装置、潅水装置を設けたものを使用した。照明の照射は一日あたり12時間(明期12時間、暗期12時間)として、明期は温度22℃、暗期は19℃で栽培を行った。各苗は、播種後10日目まで育成した。
【0104】
<生重量の測定>
胚軸を含まない地上部の生重量を測定した。コントロールのホウレンソウの生重量を1.00とした相対値を、相対生重量とし、各濃度のタマリンドガム溶液を与えたホウレンソウの地上部の相対生重量の結果を
図3に示した。
【0105】
<根の総生重量の測定>
胚軸を含まない根の総生重量を測定した。コントロールのホウレンソウの根の総生重量を1.00とした相対値を、相対生重量とし、各濃度のタマリンドガム溶液を与えたホウレンソウの根の相対生重量の結果を
図4に示した。
【0106】
<結果>
タマリンドガム溶液を与えたホウレンソウの全てにおいて、地上部の生育促進活性が認められた。中でも、0.1mg/mL、0.05mg/mL付近において地上部及び根の生育促進活性が認められ、0.1mg/mLで最も生育が良好になる傾向が見られた。この結果から、キシログルカンは、植物の正常な生育を維持又は促進しつつ、PR-1a遺伝子発現誘導活性を示すと考えられる。