(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151568
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】複合タングステン酸化物粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 41/00 20060101AFI20231005BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C01G41/00 A
C09K3/00 105
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022061247
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】中倉 修平
(72)【発明者】
【氏名】若林 正男
(72)【発明者】
【氏名】田山 真由
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AC08
4G048AD04
4G048AD06
4G048AE05
4G048AE08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】目的とする組成を備えた複合タングステン酸化物粒子を製造できる、複合タングステン酸化物粒子の製造方法を提供すること。
【解決手段】複合タングステン酸化物粒子の製造方法であって、前記複合タングステン酸化物粒子は、一般式M
xW
yO
zで表わされ、粒子径が300nm以下であり、前記M元素と、タングステン元素と、を含む原料を調製する原料調製工程と、前記原料を500℃以上の温度で熱処理する熱処理工程と、を有し、前記原料調製工程では、前記原料に含まれる前記M元素の物質量aと、前記タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが、前記複合タングステン酸化物粒子の目標組成における前記M元素の物質量xと、前記タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう前記原料を調製する複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複合タングステン酸化物粒子の製造方法であって、
前記複合タングステン酸化物粒子は、
一般式MxWyOz(但し、M元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素、0.20≦x/y≦0.37、2.2≦z/y≦3.3)で表わされ、
粒子径が300nm以下であり、
前記M元素と、タングステン元素と、を含む原料を調製する原料調製工程と、
前記原料を500℃以上の温度で熱処理する熱処理工程と、を有し、
前記原料調製工程では、前記原料に含まれる前記M元素の物質量aと、前記タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが、前記複合タングステン酸化物粒子の目標組成における前記M元素の物質量xと、前記タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう前記原料を調製する複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理工程において、前記原料を、火炎を用いて熱処理する請求項1に記載の複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【請求項3】
前記火炎は、酸素と炭化水素とを含む混合気体を用いて形成されている請求項2に記載の複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理工程の後に還元性ガスを含む雰囲気下で、400℃より高く700℃未満の範囲の温度で還元処理する還元処理工程を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【請求項5】
前記M元素が、Rb、Csから選択された1種類以上の元素を含む請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合タングステン酸化物粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
良好な可視光透過率を有し透明性を保ちながら日射透過率を低下させる近赤外線遮蔽技術として、これまでさまざまな技術が提案されてきた。なかでも、無機物である導電性微粒子を用いた近赤外線遮蔽技術は、その他の技術と比較して近赤外線遮蔽特性に優れ、低コストである上、電波透過性が有り、さらに耐候性が高い等のメリットがある。
【0003】
例えば特許文献1において、一般式MxWyOz(但し、Mは、H、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表記される複合タングステン酸化物微粒子を赤外線遮蔽微粒子として、樹脂等の媒体中に分散させた赤外線遮蔽材料微粒子分散体や、該赤外線遮蔽粒子の製造方法等に関する技術が開示されている。特許文献1には、薄膜状の赤外線遮蔽材料微粒子分散体である赤外線遮蔽膜を製造した例等も開示されている。
【0004】
特許文献1によれば、太陽光線、特に近赤外線領域の光をより効率良く遮蔽し、同時に可視光領域の透過率を保持する等、優れた光学特性を有する赤外線遮蔽材料微粒子分散体を作製することが可能になるとされている。このため、特許文献1に開示された赤外線遮蔽粒子分散体を窓ガラス等の各種用途に適用することが検討されている。
【0005】
ところで、非特許文献2によると、フォトクロミック材(Photochromic materials)の一つとして知られるCs0.32WO3粒子は、強いUV(紫外線)照射によって、青みがかった色合いが強くなる性質(以下、UV着色現象)を有している。なお、非特許文献2によると、UV着色現象の後、暗い場所に保管すると徐々に元の薄い青色に戻ることも報告されている。上記UV着色現象は、複合タングステン酸化物粒子の普及に向けた課題として顕在化している。このような状況からUV着色現象を低減する研究が行われてきた。
【0006】
非特許文献3には、複合タングステン酸化物粒子のCs0.32WO3粒子にオルトケイ酸テトラエチルおよびUV吸収剤(紫外線吸収剤UV-absorbing agent;UVA)を添加することでSiO2,UVA,CWOのコンポジット材料を合成したことが開示されている。
【0007】
また、非特許文献4には、Melt blending processを用い、Cs0.32WO3粒子を不活性なポリマー中に練り込み、Cs0.32WO3粒子表面近傍に存在するプロトンの生成を抑制することが開示されている。
【0008】
上記非特許文献3、4等に開示された方法は、複合タングステン酸化物粒子をUV吸収剤等と複合化することでUV着色現象を低減することを意図しており、Cs0.32WO3粒子そのものについては、特性が改善していない。
【0009】
一方、近赤外線遮蔽材料として有用な複合タングステン酸化物粒子の製造方法について、各種検討がなされている。
【0010】
例えば、特許文献1の発明者は、非特許文献1において、固相法よるCs0.32WO3ナノ粒子の合成方法を提案している。しかしながら、非特許文献1に開示された合成方法では粒子径が大きく、ナノ粒子化するには粉砕プロセスが必要であった。このため、プロセスの工程数が増える可能性があった。
【0011】
特許文献2では、還元雰囲気下でプラズマトーチを用いてカリウムセシウムタングステンブロンズ固溶体粒子を合成することを提案されている。
【0012】
非特許文献5には水熱合成法によるCsxWO3の合成方法が開示されている。しかしながら、水熱合成法では数十時間以上の合成時間を必要とする。また、水熱合成法は、後処理工程などの工程数が多い問題もある。
【0013】
非特許文献6には、誘導結合熱プラズマ技術に基づく合成方法が開示されている。しかしながら、係る合成方法は誘導結合熱プラズマの装置を導入する必要があり、コストが高くなっていた。
【0014】
非特許文献7には、水溶媒火炎噴霧熱分解法による複合タングステン酸化物の合成方法が開示されている。しかしながら、Cs量が少ないことから赤外線吸収特性が低かった。
【0015】
非特許文献8には、水溶媒噴霧熱分解法による複合タングステン酸化物の合成方法が開示され、粒子表面のCs脱離の少ない複合タングステン酸化物の合成方法と耐光着色性が改善することが開示されている。しかしながら、赤外線吸収特性が低かった。
【0016】
特許文献3と特許文献4には、火炎噴霧法による複合タングステン微粒子の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特許第4096205号公報
【特許文献2】特表2012-532822号公報
【特許文献3】国際公開第2017/129516号
【特許文献4】米国特許出願公開第2010/0102700号明細書
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Takeda Hiromitsu, and Kenji Adachi, "Near infrared absorption of tungsten oxide nanoparticle dispersions." Journal of the American Ceramic Society,2007 , Vol.90, Issue 12, P.4059-4061
【非特許文献2】Adachi, K., Ota, Y., Tanaka, H., Okada, M., Oshimura, N., & Tofuku, A. (2013). Chromatic instabilities in cesium-doped tungsten bronze nanoparticles. Journal of Applied Physics, 114(19), 194304.
【非特許文献3】Zeng, Xianzhe, et al. "The preparation of a high performancenear-infrared shielding CsxWO3/SiO2 composite resin coating and research on itsoptical stability under ultraviolet illumination." Journal of Materials Chemistry C 3.31 (2015): 8050-8060.
【非特許文献4】Zhou, Yijie, et al. "CsxWO3 nanoparticle-based organic polymer transparent foils: low haze, high near infrared-shielding ability and excellent photochromic stability." Journal of Materials Chemistry C 5.25 (2017): 6251-6258.
【非特許文献5】Guo Chongshen, et al., "Novel synthesis of homogenous CsxWO3 nanorods with excellent NIR shielding properties by a water controlled-release solvothermal process." Journal of Materials Chemistry,2010, Vol.20, Issue38, P.8227-8229.
【非特許文献6】Mamak Marc, et al., "Thermal plasma synthesis of tungsten bronze nanoparticles for near infra-red absorption applications." Journal of Materials Chemistry, 2010, Vol.20, Issue44, P.9855-9857.
【非特許文献7】Hirano, Tomoyuki, et al. "Synthesis of highly crystalline hexagonal cesium tungsten bronze nanoparticles by flame-assisted spray pyrolysis." Advanced Powder Technology 29.10 (2018): 2512-2520.
【非特許文献8】Nakakura, Shuhei, et al. "Improved photochromic stability in less deficient cesium tungsten bronze nanoparticles." Advanced Powder Technology 31.2 (2020): 702-707.
【非特許文献9】Machida, K.; Okada, M; Adachi, K. Excitations of free and localized electrons at nearby energies in reduced cesium tungsten bronze nanocrystals. J. Appl. Phys, 2019, 125(10), 103103.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
既述の様に複合タングステン酸化物粒子は、近赤外線遮蔽材料として有用である。このため、低コストで、かつ少ない工程で製造することができる複合タングステン酸化物粒子が求められている。
【0020】
従来開示された複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、上述のように特殊な高コストの装置の導入を要したり、多くの工程を要したりする等の問題があった。
【0021】
一方、複合タングステン酸化物粒子を直接合成できる、火炎熱分解法のように原料を噴霧して合成する製法は、粉砕コストを低減できる可能性がある。
【0022】
しかしながら、本発明の発明者の検討によれば、火炎熱分解法等を用いた従来の複合タングステン酸化物粒子の製造方法では、生成した複合タングステン酸化物粒子において、目的とする組成となっていない場合があった。そして、複合タングステン酸化物粒子は、目的とする組成からずれると、目的とする光学特性を発揮できない恐れがある。
【0023】
そこで、本発明の一側面では、目的とする組成を備えた複合タングステン酸化物粒子を製造できる、複合タングステン酸化物粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明の一側面では、複合タングステン酸化物粒子の製造方法であって、
前記複合タングステン酸化物粒子は、
一般式MxWyOz(但し、M元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素、0.20≦x/y≦0.37、2.2≦z/y≦3.3)で表わされ、
粒子径が300nm以下であり、
前記M元素と、タングステン元素と、を含む原料を調製する原料調製工程と、
前記原料を500℃以上の温度で熱処理する熱処理工程と、を有し、
前記原料調製工程では、前記原料に含まれる前記M元素の物質量aと、前記タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが、前記複合タングステン酸化物粒子の目標組成における前記M元素の物質量xと、前記タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう前記原料を調製する複合タングステン酸化物粒子の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明の一側面では、目的とする組成を備えた複合タングステン酸化物粒子を製造できる、複合タングステン酸化物粒子の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】
図1は、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる複合材料製造装置の模式図である。
【
図2】
図2は、還元処理工程で用いた還元処理装置の説明図である。
【
図3】
図3は、実施例1~実施例6で得られた粉末のXRD回折図形である。
【
図4】
図4は、実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図5】
図5は、実施例2で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図6】
図6は、実施例3で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図7】
図7は、実施例4で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図8】
図8は、実施例5で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図9】
図9は、実施例6で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像、およびHAADF-STEM像である。
【
図10】
図10は、実施例1~実施例6で得られた複合タングステン酸化物粒子のICP等によるCs/W比の評価結果である。
【
図11】
図11は、実施例7~実施例9で得られたインクの透過プロファイルおよびモル吸収係数である。
【
図12】
図12は、実施例8で得られたインクにおける粉砕、分散処理時間による透過プロファイルの変化、およびインクに含まれる複合タングステン酸化物粒子の粒度分布の評価結果である。
【
図13】
図13は、比較例2で得られたインクにおける粉砕、分散処理時間による透過プロファイルの変化、およびインクに含まれる複合タングステン酸化物粒子の粒度分布の評価結果である。
【
図14】
図14は、実施例8、比較例2で得られたインク中の複合タングステン酸化物粒子のモル吸収係数の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係る複合タングステン酸化物粒子の製造方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[複合タングステン酸化物粒子の製造方法]
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法において製造する複合タングステン酸化物粒子は、一般式MxWyOzで表わされる。
【0028】
上記一般式中のM元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素とすることができる。また、Wはタングステン、Oは酸素を表し、x、y、zはそれぞれ、0.20≦x/y≦0.37、2.2≦z/y≦3.3を満たすことが好ましい。
【0029】
そして、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、以下の原料調製工程と、熱処理工程とを有する。
【0030】
原料調製工程では、M元素と、タングステン元素とを含む原料を調製できる。
【0031】
熱処理工程では、原料調製工程で調製した原料を、500℃以上の温度で熱処理できる。
【0032】
原料調製工程では、原料に含まれるM元素の物質量aと、タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう原料を調製できる。
(1)製造する複合タングステン酸化物粒子について
ここでまず、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法で製造する複合タングステン酸化物粒子について説明する。
(1-1)組成について
複合タングステン酸化物粒子に含まれる複合タングステン酸化物は、上述のように一般式MxWyOzで表記される。式中のM元素、W、O、およびx、y、zについては既述のため、ここでは説明を省略する。
【0033】
複合タングステン酸化物は、例えば正方晶、立方晶、および六方晶から選択された1種類以上の、タングステンブロンズ型の結晶構造をとることができる。
【0034】
複合タングステン酸化物粒子が六方晶の結晶構造を有する場合、当該粒子の可視光線領域の透過が向上し、近赤外線領域の光の吸収が向上する。ただし、正方晶、立方晶のタングステンブロンズの構造をとるときも赤外線遮蔽材料として優れた機能を有する。当該複合タングステン酸化物粒子がとる結晶構造によって、近赤外線領域の光の吸収位置が変化する傾向があり、この近赤外線領域の吸収位置は、立方晶よりも正方晶のときが長波長側に移動し、さらに六方晶のときは正方晶のときよりも長波長側に移動する傾向がある。また、当該吸収位置の変動に付随して、可視光線領域の光の吸収は六方晶が最も少なく、次に正方晶が少なく、立方晶はこれらの中では可視光線領域の光の吸収が最も大きい。よって、複合タングステン酸化物の結晶構造は用途等に応じて選択でき、例えばより可視光線領域の光を透過して、より赤外線領域の光を遮蔽することが求められる用途には、六方晶のタングステンブロンズを用いることが好ましい。
【0035】
上述のように、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合、複合タングステン酸化物粒子の可視光線領域の光の透過率、および近赤外線領域の光の吸収が特に向上する。このため、近赤外線領域の光の吸収が特に求められる用途等においては、複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物を含むことが好ましい。そして、M元素にCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を用いると六方晶を形成し易くなる。このため、M元素はCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を含むことが好ましく、M元素はRb、Csから選択された1種類以上の元素を含むことがより好ましい。
【0036】
ここで、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合のM元素の配置を説明する。
【0037】
W(タングステン)原子と、6つのO(酸素)原子と、を単位として形成される8面体、すなわち頂点にO原子を配し、中央部にW原子を配した8面体が、6個集合することでO原子より構成される六角形の空隙(トンネル)が形成される。そして、当該空隙中に、M元素が配置されて1箇の単位を構成し、この1箇の単位が多数集合して六方晶の結晶構造を構成する。
【0038】
六方晶の結晶構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有するとき、Wに対するM元素の物質量比は、0.20≦x/y≦0.37であり、0.30≦x/y≦0.36が好ましい。理論上、z/y=3の時、x/yの値が0.33となることで、M元素が六角形の空隙の全てに配置されると考えられる。なお、上記x、y、zは、既述の一般式MxWyOzにおけるx、y、zを意味しており、以下同様である。
【0039】
同様に、z/y=3の時、立方晶、正方晶のそれぞれの複合タングステン酸化物にも構造に由来したM元素の物質量の上限があり、1モルのタングステンに対するM元素原子の最大の物質量は、立方晶の場合は1モルであり、正方晶の場合は0.5モル程度である。なお、正方晶の場合の1モルのタングステンに対するM元素原子の最大の物質量は、M元素の種類により変化するが、工業的に製造が容易なのは、上述のように0.5モル程度である。
【0040】
複合タングステン酸化物は、三酸化タングステン(WO3)にM元素を添加した組成を有している。三酸化タングステンでは有効な自由電子を含まないため、1モルのタングステンに対する酸素の割合を3未満としないと赤外線吸収効果を発揮することはできない。しかしながら、複合タングステン酸化物では、M元素を添加することで自由電子を生じ、赤外線吸収効果を得ることができる。このため、1モルのタングステンに対する酸素の割合は3以下とすることができる。また、1モルのタングステンに対する酸素の割合は3を超えても良い。ただし、WO2の結晶相は可視光線領域の光について吸収や散乱を生じさせ、近赤外線領域の光の吸収を低下させる恐れがある。このため、WO2の生成を抑制する観点から、1モルのタングステンに対する酸素の割合は2より大きくすることが好ましい。
【0041】
従って、1モルのタングステンに対する酸素の割合であるz/yは、上述のように2.2≦z/y≦3.3を満たすことが好ましい。
(1-2)粒子径について
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子を例えば透明性を保持することが要求される用途に使用する場合、該複合タングステン酸化物粒子は、800nm以下の粒子径を有していることが必要である。そして、実用的な透明性を確保するために粒子径は300nm以下であることが好ましい。これは、粒子径が300nm以下の粒子は、散乱により光を完全に遮蔽することが無く、可視光線領域の視認性を高く保持し、同時に効率良く透明性を保持することができるからである。特に可視光線領域の透明性を重視する場合は、さらに粒子による散乱を考慮することが好ましい。
【0042】
係る粒子による散乱の低減を重視するとき、粒子径は200nm以下であることがより好ましく、100nm以下であることがさらに好ましい。
【0043】
これは、粒子径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm~780nmの可視光線領域の光の散乱が低減される結果、赤外線遮蔽膜が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなるのを回避できるからである。そして、粒子径が200nm以下になると、上記幾何学散乱もしくはミー散乱が低減し、レイリー散乱領域になる。レイリー散乱領域では、散乱光は粒子径の6乗に比例して低減するため、粒子径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。さらに粒子径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。光の散乱を回避する観点からは、粒子径が小さい方が好ましい。
【0044】
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子は、例えば上述のように可視光線領域の視認性を高く保持することが求められる場合には、粒子径が300nm以下であることが好ましく、200nm以下であることがより好ましく、100nm以下であることがさらに好ましい。本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子の粒子径の下限値は特に限定されないが、例えば1nm以上とすることができる。
【0045】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径は、該粒子を例えばSEMやTEMで観察し、該粒子に外接する最小の外接円を描いた場合の直径とすることができる。
(2)複合タングステン酸化物粒子の製造方法について
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法の概要を説明する。
【0046】
既述のように、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、原料調製工程と、熱処理工程とを有することができる。以下、各工程について説明する。
(2-1)原料調製工程
原料調製工程では、M元素と、タングステン元素(以下、「W元素」とも記載する)と、を含む原料を調製できる。
【0047】
本発明の発明者らが検討したところ、従来の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られた複合タングステン酸化物粒子は、組成が目標組成からずれている場合があった。具体的には、原料におけるM元素とW元素の物質量比と、得られる複合タングステン酸化物粒子のM元素とW元素の物質量比とがずれており、M元素が減っていることが確認された。このように得られる複合タングステン酸化物粒子でM元素が減少するのは、熱処理等を行った際に、M元素の昇華や揮発が生じたためと考えられる。
【0048】
そこで、原料調製工程では、原料に含まれるM元素の物質量aと、W元素の物質量bとの比であるa/bが、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、W元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう原料を調製できる。すなわち、原料調製工程では、得ようとする複合タングステン酸化物粒子のM元素の物質量よりも、M元素の物質量が多く含まれるように原料を調製できる。
【0049】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法では、後述するように熱処理工程において、粒子径が300nm以下の複合タングステン酸化物粒子が得られるように、原料を500℃以上の温度で熱処理できる。
【0050】
しかし、熱処理工程において、例えば原料を熱処理する際に形成される熱処理の反応場で分散された、原料の微粒子等のエアロゾルから、M元素は、W元素よりも揮発し易くなっている。そこで、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法の原料調製工程では、このM元素の揮発による減少を補うため、目的とする複合タングステン酸化物粒子におけるM元素の物質量よりも、M元素の物質量が過剰となるように原料を調製できる。
【0051】
原料調製工程では、原料における上記a/bが、複合タングステン酸化物粒子の目標組成における上記x/yよりも2.5%以上15%以下大きくなるよう原料を調製できる。これは、2.5%以上とすることで、得られる複合タングステン酸化物粒子について、M元素が目標組成に対して不十分になることを防止できるからである。また、15%以下とすることで、M元素が目標組成に対して過度に過剰になることを防止できるからである。
【0052】
ここで、上記x/yに対して、上記a/bが、2.5%以上15%以下多くなるとは、上記a/bから上記x/yを引いて求めた差を、x/yで割った百分率が、2.5%以上15%以下になるということである。
【0053】
原料調製工程で調製する原料の状態は特に限定されず、液体でも粉末でも良く、噴霧等によりエアロゾルを形成できることが好ましい。なお、エアロゾルとは、気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体を意味する。
【0054】
原料が液体の場合は、例えばM元素源とW元素源とを含む溶液を調製することで、原料を調製できる。
【0055】
また、予めM元素源を含む溶液と、W元素源を含む溶液とをそれぞれ用意しておき、原料調製工程で両溶液を混合し、原料である原料混合溶液とすることもできる。
【0056】
後述する熱処理工程へは、例えば原料を液滴の状態にして供給することもできる。この場合、該液滴を形成する液滴形成部(液滴形成手段)に供給する直前、もしくは液滴形成部内でM元素源を含む溶液と、W元素源を含む溶液とを混合し、原料調製工程を実施できる。そして、液滴形成部では、後述するエアロゾル形成工程を実施できる。
【0057】
例えば、M元素源を含む溶液とW元素源を含む溶液とを予め混合すると、ゲル化する等の問題がある場合には、上述のように両溶液を予め用意し、エアロゾル形成工程の直前で混合することが好ましい。エアロゾル形成工程の直前に原料調製工程を実施する場合、両溶液の濃度と両溶液の液滴形成部への送液速度を調整することで、原料中のM元素と、W元素の物質量比を既述の範囲に調整できる。
【0058】
上述のように、エアロゾル形成工程の直前に原料調製工程を実施する場合、エアロゾル形成工程と、原料調製工程とが明確に区別されている必要は無く、両工程は連続的に実施できる。
【0059】
上述のように原料調製工程において、M元素源を含む溶液と、W元素源を含む溶液とを混合する場合、混合する具体的な方法は特に限定されず、任意の方法を用いることができる。
【0060】
W元素源としては特に限定されず、タングステンの塩等を用いることができ、例えばヘキサカルボニルタングステンを好ましく用いることができる。ヘキサカルボニルタングステンは、例えばW(CO)6と表すことができる。また、W元素源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、W元素源を含む有機溶液を好適に用いることができる。
【0061】
M元素源を含む溶液としては、例えばM元素を含む塩の溶液を用いることができる。M元素源であるM元素の塩の種類は特に限定されないが、例えばM元素の炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0062】
M元素源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、M元素源を含むエタノール溶液を好適に用いることができる。
【0063】
例えば、M元素がセシウムの場合においても、M元素源の塩としては、炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができるが、酢酸塩を特に好適に用いることができる。これは、酢酸セシウムがエタノールへの溶解が特に容易であるからである。
【0064】
なお、得られる複合タングステン酸化物中の1モルのタングステンに対する、M元素の割合、すなわちドープ量は、原料混合溶液を形成する際のW元素源と、M元素源との割合により決まる。このため、例えばW元素源を含む溶液の濃度や、M元素源を含む溶液の濃度等により制御できる。
【0065】
W元素源を含む溶液に含まれるW元素源の濃度、すなわちW元素の塩等の濃度は特に限定されない。例えば、W元素源を含む溶液のタングステン濃度が0.001mol/L以上10mol/L以下であることが好ましく、タングステン濃度が0.01mol/L以上10mol/L以下であることがより好ましく、タングステン濃度が0.01mol/L以上1mol/L以下であることがさらに好ましい。これは、W元素源を含む溶液のタングステン濃度を0.001mol/L以上とすることで、単位時間当たりの複合タングステン酸化物粒子の生産量を十分に確保でき、例えばフィルター等で十分な量を回収することができ、生産性を高めることができるからである。また、W元素源を含む溶液のタングステン濃度を10mol/L以下とすることで、溶解したW元素源の再析出を防止でき、生成した粒子が凝集することを抑制し、例えば1μm以上の粗大な複合タングステン酸化物粒子が混入することを抑制できるからである。さらに、W元素源を含む溶液には、pH調整のための薬剤や、界面活性剤などの添加剤を添加することもできる。
【0066】
また、M元素源を含む溶液に含まれるM元素源の濃度についても特に限定されるものではなく、製造する複合タングステン酸化物粒子における所望の組成や、W元素源を含む溶液に含まれるW元素源の濃度等に応じて選択することができる。
【0067】
原料混合溶液には、タングステン源を含む溶液や、M元素源を含む溶液以外にも任意の成分を添加できる。
【0068】
ここまで、原料が液体の場合を例に説明したが、原料は固体であっても良く、例えば粉末とすることもできる。原料が粉末の場合は、例えばM元素化合物の粉末とタングステン化合物の粉末を混合することで調製できる。また、例えば、M元素源を含む溶液にタングステン化合物粉末を加え撹拌し、乾燥などにより溶媒を除去した前駆体粉末を原料とすることもできる。
【0069】
原料が固体の場合、W元素源としては特に限定されず、タングステンの塩等を用いることができ、例えばH2WO4や、パラタングステン酸アンモニウムを好ましく用いることができる。
【0070】
H2WO4は、タングステン以外の元素が、H(水素)、O(酸素)であり、タングステン以外の元素は後述する熱処理工程において系外に排出される。このため、W元素源としてH2WO4を用いることで、不純物の混入を抑制した複合タングステン酸化物粒子を得ることができるため好ましく用いることができる。
【0071】
M元素源としては、例えばM元素を含む塩の粉末を用いることができる。M元素を含む塩の種類は特に限定されないが、例えばM元素の炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0072】
例えば、M元素がセシウムの場合についても、炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができるが、炭酸塩を特に好適に用いることができる。
(2-2)熱処理工程
熱処理工程では、原料を熱処理して、原料から複合タングステン酸化物粒子に加工できる。熱処理は、原料を500℃以上の温度で熱処理できれば良く、熱源の構成は特に限定されない。このため、熱処理工程は、キャリアガスを用いて原料を、火炎中に導く方法や、管状の電気炉内に導く方法により実施できる。火炎を用いる場合も、電気炉を用いる場合も、熱処理温度は500℃以上とすることができる。500℃以上で熱処理を行うことで、原料に含まれる化合物が分解し、タングステンとM元素とが反応して複合タングステン酸化物が形成される。
【0073】
熱処理温度は、上記タングステンとM元素との反応を進行できればいいため、500℃以上であればよいが、550℃以上であることが好ましく、1000℃以上であることがより好ましい。熱処理温度の上限値は特に限定されないが、エネルギー消費量を抑制する観点からは、1500℃以下であることが好ましい。
【0074】
熱処理工程では、上述のように火炎を用いることができ、原料を、火炎を用いて熱処理できる。熱処理工程で火炎を用いることで、火炎の反応場の温度を調整することで、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径を選択できる。
【0075】
熱処理工程で火炎を用いる場合、火炎の形成条件等は特に限定されないが、火炎は例えば酸素と炭化水素とを含む混合気体を用いて形成できる。酸素と炭化水素とを含む混合気体により火炎を形成することで、安定した温度の火炎を形成し、粒径等のばらつきを抑制した複合タングステン酸化物粒子を生成できる。
【0076】
火炎のサイズや、火炎の温度を調整する方法は特に限定されないが、例えば火炎に供給する混合気体中の酸素と、炭化水素等の可燃性気体との流量比を、可燃性気体の燃焼が可能な流量比としつつ、両気体の流量を調整することで行うことが好ましい。これは可燃性気体が、燃焼するために必要な酸素量を確保しつつ火力を調整することができるからである。
【0077】
例えば火炎を、酸素とプロパンとを含む混合気体を用いて形成している場合、混合気体中のプロパンと酸素(バーナ)の流量の比は、プロパン1に対し酸素を5以上8以下とし、プロパンの流量を0.5L/min以上2L/min以上の範囲とすることが好ましい。これはプロパンの流量を1とした場合に、酸素の流量を5以上とすることで、可燃性気体であるプロパンの燃焼を十分に促進できるからである。ただし、酸素の供給が過剰とならないように、メタン1に対して、酸素を8以下供給することが好ましい。
【0078】
火炎の反応場等の熱処理温度は、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径にも影響する。
【0079】
これは、生成した複合タングステン酸化物粒子の昇華に、火炎等の反応場における熱エネルギーが使われ、昇華により粒子が弾けて微細な粒子径の粒子が得られるためと推認される。
【0080】
熱処理させて得られた複合タングステン酸化物粒子は、例えばフィルターを用いて回収できる。
(2-3)エアロゾル形成工程
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法では、原料調製工程で調製した原料をエアロゾルの状態として、熱処理工程に供給することが好ましい。具体的にはエアロゾルを酸素等のキャリアガスにより搬送し、熱処理工程に供することが好ましい。
【0081】
そこで、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、原料について、原料の液滴または粒子を含むエアロゾルとするエアロゾル形成工程を有することもできる。
【0082】
エアロゾル形成工程においてエアロゾルを形成する手段、方法は特に限定されず、原料の状態等に応じて選択できる。
【0083】
原料が液体の場合は、遠心アトマイザ等の各種アトマイザや二流体ノズルを用いてキャリアガスに向けて、原料である液体を噴霧することでエアロゾルを形成できる。また、液体に対して超音波照射を行うことで液滴を形成することもできる。
【0084】
原料が粉末の場合は、原料である粉末の分散状態を形成し、該粉末を気流中に供給する装置によりエアロゾルを形成できる。例えば回転するブラシや撹拌翼等の撹拌部と、撹拌部に混合粉末原料を送りだすピストンやスクリューフィーダ等を含む粉末供給部とを含むエアロゾル形成装置によりエアロゾルを形成できる。粉末供給部から供給された原料の粉末は、撹拌部で粉末を構成する粒子に分散され、各粒子をキャリアガスに送り出すことで原料である粉末からエアロゾルを生成できる。撹拌部は、原料である粉末を粒子に分散できるように、ブラシや、撹拌翼の回転速度を選択でき、高速で回転させることが好ましい。
【0085】
エアロゾル形成工程で気体中に分散した液滴を形成する場合、形成する液滴のサイズは特に限定されないが、液滴の直径は100μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましい。液滴の直径を100μm以下とすることで、得られる複合タングステン酸化物粒子が粗粒化することを防ぎ、ナノメートルオーダーの複合タングステン酸化物粒子を得ることが可能になる。なお、エアロゾル形成工程で形成する液滴のサイズの下限値は特に限定されない。ただし、過度に小さい液滴を形成することは困難であり、生産性が低下する恐れがあることから、例えば1μm以上であることが好ましい。
【0086】
エアロゾル形成工程で気体中に分散した固体の粒子を形成する場合、粒子のサイズは特に限定されないが、粒子の直径は100μm以下であることが好ましく、10μm以下がより好ましく、3μm以下がさらに好ましい。粒子の直径を100μm以下とすることで、粒子の内部までより確実に熱処理を行うことが可能となる。粒子の直径は、既述の複合タングステン酸化物粒子の粒子径と同様に測定できる。
(2-4)還元処理工程
熱処理工程を経て得られた粒子、具体的には複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現しない場合がある。そこで、本発明の発明者らが検討を行ったところ、熱処理工程を経て得られた複合タングステン酸化物粒子について還元処理を行う還元処理工程をさらに実施することで、複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現できることを見出した。
【0087】
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、熱処理工程で得られた粒子を、還元性ガスを含む雰囲気下で還元処理する還元処理工程を有することもできる。具体的には例えば、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、熱処理工程の後に還元性ガスを含む雰囲気下で、400℃より高く700℃未満の範囲の温度で還元処理する還元処理工程を有することができる。
【0088】
還元処理の条件は特に限定されないが、還元処理後の複合タングステン酸化物粒子をX線回折パターンにより解析した場合に、還元処理工程の前後で結晶構造が変化せず、かつ金属のタングステン等が析出しないように還元処理の条件を選択することが好ましい。
【0089】
還元処理工程では、熱処理工程で得られた複合タングステン酸化物を、還元性ガスを含む還元雰囲気下で昇温と降温を行うことで、すなわち熱処理を行うことで還元処理できる。
【0090】
還元処理工程の間、複合タングステン酸化物粒子は撹拌しても静置してもよく、還元処理工程での複合タングステン酸化物粒子の取り扱いは適宜選択できるが、金属のタングステンが析出しないように取扱い条件を選択することが好ましい。
【0091】
還元処理の温度(還元処理温度)は、400℃より高いことが好ましく、500℃以上とすることがより好ましく、550℃以上であることがさらに好ましい。
【0092】
還元処理の温度の上限値についても特に限定されないが、例えば700℃未満であることが好ましく、650℃以下であることがより好ましく、650℃未満であることがさらに好ましい。
【0093】
なお、原料が液体の場合、エアロゾル形成工程において、原料濃度を低下させると得られる粒子サイズは小径化する。小径化した粒子はより還元しやすくなるため、還元処理工程における温度を従来よりも低下させることができる。還元処理工程では、室温から、還元処理の温度まで昇温後、再び室温まで降温することができる。
【0094】
還元条件は、得られる複合タングステン酸化物粒子の光学特性から、定めることができる。
【0095】
還元処理の温度を400℃より高くすることで複合タングステン酸化物粒子について還元処理を進め、赤外線吸収特性をより確実に発揮できる。また、700℃未満とすることで、複合タングステン酸化物粒子が金属タングステンに還元されることを抑制できる。
【0096】
還元雰囲気は、アルゴンなどの不活性ガスと、H2ガス(水素ガス)等の還元性ガスとの混合ガスによる雰囲気とすることが好ましく、還元性ガスはH2ガスが望ましい。
【0097】
還元性ガスとしてH2ガスを用いる場合、還元雰囲気中のH2ガスの含有量は、適宜選択できるが、H2ガスの含有量は、体積割合で0.1%以上10%以下の範囲が好ましく、2%以上10%以下の範囲がより好ましい。還元性ガスのみの雰囲気で還元すると、還元反応が過剰に進み金属のタングステンが析出することがあるので注意が必要である。
【0098】
還元処理工程の時間は、昇温から、降温までの全時間で30分以上とすることが望ましい。還元処理工程の時間の上限は特に限定されず、例えば過度に還元が進行しないように予備試験等を行い、選択することが好ましい。なお、ここでいう昇温から降温までの全時間とは、室温から昇温を開始し、還元処理温度に達した後、室温に冷却するまでの時間を意味する。なお、係る時間、複合タングステン酸化物粒子は、既述の還元雰囲気下に置かれていることが好ましい。
【0099】
このように還元処理工程を実施することで、熱処理工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子について、目的としない異相を、目的とする複合タングステン酸化物相に変換させることができる。
[複合材料製造装置]
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる複合材料製造装置の構成の一例について以下に説明する。
【0100】
図1は、本実施形態の複合材料製造装置10を模式的に表した図である。
【0101】
複合材料製造装置10は、原料となる溶液である、M元素とタングステン元素とを含む溶液を入れた第1格納部11と、原料の液滴を形成し、併せて火炎を形成する二流体ノズル12と、形成した複合タングステン酸化物粒子を回収するフィルター14に接続された反応管13とを有する。
【0102】
二流体ノズル12に原料の溶液とキャリアガスを供給してエアロゾルを形成できる(エアロゾル形成工程)。二流体ノズル12には例えば酸素と炭化水素とを供給し、あわせて火炎の反応場を形成しており、形成したエアロゾルは火炎内に供給し、熱処理を行うことができる(熱処理工程)。反応管13の周囲には冷却水の配管131が配置され、冷却水が循環している。反応管13に導入された複合タングステン酸化物粒子は、バグフィルターなどのフィルター14で回収される。
【0103】
また、キャリアガスの供給量の調整に最下流側にエジェクタ15を設けても良い。
【0104】
ここでは、原料の液滴を形成し、火炎を用いて熱処理を行い、複合タングステン酸化物粒子を形成する複合材料装置の構成例を示したが、係る形態に限定されず、原料は粉末等であっても良く、熱処理に用いる熱源は電気炉等であっても良い。
[還元処理装置]
還元処理装置では、既述の還元処理工程を実施することができる。
【0105】
還元処理装置は、既述の還元処理工程を実施できるように構成されていればよく、特に限定されない。例えば、既述の複合材料製造装置で得られた粒子である複合タングステン酸化物粒子を格納する容器と、該容器内に還元雰囲気とする混合ガスを供給するガス配管と、該容器を加熱する熱源を備えればよい。
【0106】
なお、容器内に還元雰囲気とする混合ガスを導入、排気し、被処理物である複合タングステン酸化物粒子を該混合ガスの気流下に置くこともできる。この場合には、係る気流を形成できるように、ガス配管として混合ガスの供給配管、および排気配管を設けておくことができる。
【0107】
また、容器内の複合タングステン酸化物粒子を撹拌する撹拌羽なども併用してもよい。
【0108】
図2は還元処理装置の一構成例を模式的に示した図であり、還元処理装置20の反応管21の中心軸を通る面での断面図を示している。
【0109】
還元処理装置20は、横型の管状炉であり、反応管21の一方の口21Aに図示しないガス導入管を、該管状炉の他方の口21Bに図示しないガス排気管を取り付けて用いることができる。そして、一方の口21A側から還元雰囲気とする混合ガスを供給することで、反応管21内を還元雰囲気とすることができる。
【0110】
反応管21の周囲にはヒーター22を設けておくことができ、複合タングステン酸化物粒子は、ボート等のセラミック製の容器23に入れ、管状炉の反応管21内のヒーター22に対応した位置に配置できる。
【0111】
係る還元処理装置20を用い、反応管21内を還元雰囲気とし、ヒーター22により所望の温度に加熱することで、容器23に入れられた複合タングステン酸化物粒子24の還元処理を行うことができる。
【0112】
以上に説明した本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法によれば、所定の割合でM元素と、W元素とを含有する原料を用いることで、所望の組成比の複合タングステン酸化物粒子を製造できる。
【実施例0113】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(1)評価方法
(1-1)粉末X線回折
複合タングステン酸化物粒子について、粉末X線回折装置(X'Pert PRO MPD(Malvern Panalytical))を用い、粉末X線回折パターン(XRDパターン)の測定を行った。なお、線源としてはCuKα線を用い、管電圧45kV、管電流40mAとして粉末X線回折パターンの測定を行った。
(1-2)TEM像、HAADF像観察
得られた複合タングステン酸化物粒子について、透過型電子顕微鏡を用いて観察を行った。日本電子製STEM(型式:JEM-ARM200F)を用いてhigh-angle angular dark-field images(HAADF)像も観察した。HAADF像での粒子コントラストは粒子の原子数と原子の個数に比例する。重い原子が複数個積層するほど明るいコントラストを示すため、最も明るいコントラスト、および2番目に明るいコントラストがW、3番目に明るいコントラストがCsであり、Oは確認できないと考えられる。
(1-3)組成分析
複合タングステン酸化物粒子が含有する各成分の割合は、以下の方法により評価した。
【0114】
Csの質量割合は偏向ゼーマン原子吸光光度計Polarized Zeeman atomic absorption spectroscopy(AAS、型式:ZA3300、株式会社日立ハイテック製)により1試料毎に3回測定した平均値とした。
【0115】
Wの質量割合はinductively-coupled plasma optical emission spectroscopy(ICP-OES、型式:ICPE-9800、株式会社島津製作所製)により1試料毎に3回分析した平均値とした。
【0116】
Oの質量割合は、酸素・窒素・水素分析装置(ON-836, LECO Japan Corp.,)により酸素検出用の赤外線検出器(infrared absorption spectroscopy(IRS))を用い、1試料毎に3回分析した平均値とした。
[実施例1]
図1に示した複合材料製造装置10を用いて、複合タングステン酸化物粒子の製造を行い、評価を行った。以下、具体的な条件について説明する。
【0117】
複合材料製造装置10は、原料となる溶液であるW元素源とM元素源を含む溶液を入れた第1格納部11と、原料の液滴を形成し、併せて火炎を形成する二流体ノズル12と、形成した複合タングステン酸化物粒子を回収するフィルター14に接続された反応管13とを有する。
【0118】
二流体ノズル12への原料溶液の供給量は3g/minとした。また、キャリアガスである酸素の流量は、エジェクタ15により制御し、9L/minとした。エジェクタ15における空気流量が160L/min~180L/minの範囲内となるように制御した。
【0119】
二流体ノズル12による火炎の形成には、プロパンガスと、酸素ガスとを用い、プロパンガス流量を1.0L/min、酸素ガス流量を5.0L/minとした。
【0120】
原料としては、W元素源であるW(CO)6をTHF(テトラヒドロフロン)に溶解した溶液(W元素源を含む溶液)と、M元素源である酢酸セシウムをエタノールに溶解した溶液(M元素源を含む溶液)との混合溶液を用い、第1格納部11に収容した。
【0121】
原料である混合溶液は、含まれるM元素であるCsの物質量aと、タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが0.33となるように調製した。なお、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも6.5%大きくなるように調製した。なお、後述する実施例4での目標組成との関係では、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも10%大きくなるように調製している。
【0122】
第1格納部11から、二流体ノズル12に上記原料溶液とキャリアガスである酸素を供給してエアロゾルを形成した(エアロゾル形成工程)。
【0123】
二流体ノズル12には上述のように、プロパンガスと、酸素ガスとを供給し、火炎の反応場を形成しており、形成したエアロゾルは火炎内に供給し、熱処理を行った(熱処理工程)。
【0124】
熱処理工程で得られた複合タングステン酸化物粒子は、反応管13内に導入した。反応管13の周囲には冷却水の配管131が配置され、冷却水が循環している。反応管13に導入された複合タングステン酸化物粒子は、バグフィルターであるフィルター14で回収した。
【0125】
得られた複合タングステン酸化物粒子について、既述の評価を行った。
【0126】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(A)に示す。得られたXRDパターンは、Cs
0.33WO
3の回折ピークのみを含むことを確認した。
【0127】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図4(A)~
図4(C)に示す。
図4(A)に示したTEM像より、粒子径は50nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。
図4(B)、
図4(C)に示したHAADF-STEM像より、W/Cs列に生じたW欠損列を至る箇所に確認されたため、本粒子はセシウムポリタングステートに分類される。
【0128】
本粒子のCs/W比をICP等により分析したところ、Cs/W比は仕込み組成である0.33から0.31まで減少し、O/W比は理論組成3.00に対して3.06とほぼ同等であることを確認できた。実施例1~実施例6でのCs/W比の変化を
図10にまとめて示す。3000K程度の高温場を経由したときにCsとWは原子スケールまで分解されるが、Wは酸素と結合してWO
6八面体を形成しやすく、Wより昇華しやすいCsは酸素と結合しなかったためと推察される。
[実施例2]
原料である混合溶液について、含まれるM元素であるCsの物質量aと、タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが0.38となるように調製した。なお、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも2.7%大きくなるように調製した。なお、後述する実施例5での目標組成との関係では、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも11.8%大きくなるように調製している。
【0129】
以上の点以外は、実施例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子を調製した。
【0130】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(A)に示す。得られたXRDパターンにおいて、Cs
0.33WO
3の回折ピークと、(Cs
2O)
0.44W
2O
6 ICDD:00-047-0566の回折ピークを一部、確認した。
【0131】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図5(A)~
図5(C)に示す。
図5(A)に示したTEM像より、粒子径は50nm~200nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。また、ファセット(平坦面)を有する粒子であることが確認できた。
図5(B)、
図5(C)に示したHAADF-STEM像より、W/Cs列に生じたW欠損列を至る箇所に確認されたため、本粒子はセシウムポリタングステートに分類される。
【0132】
本粒子のCs/W比をICPにより分析したところ、Cs/W比は仕込み組成である0.38から0.37まで減少していることが確認できた。O/W比は3.13であった。
[実施例3]
原料である混合溶液について、含まれるM元素であるCsの物質量aと、タングステン元素の物質量bとの比であるa/bが0.42となるように調製した。なお、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも7.7%大きくなるように調製した。なお、後述する実施例6での目標組成との関係でも、上記a/bは、複合タングステン酸化物粒子の目標組成におけるM元素の物質量xと、タングステン元素の物質量yとの比であるx/yよりも7.7%大きくなるように調製している。
【0133】
以上の点以外は、実施例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子を調製した。
【0134】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(A)に示す。得られたXRDパターンにおいて、Cs
0.33WO
3の回折ピークと、(Cs
2O)
0.44W
2O
6 ICDD:00-047-0566の回折ピークを一部、確認した。
【0135】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図6(A)~
図6(C)に示す。
図6(A)に示したTEM像より、粒子サイズは50nm~200nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。
図6(B)、
図6(C)に示したHAADF-STEM像より、粒子の端部に丸みを帯びており、界面はコントラストの薄いアモルファス領域が形成した。
【0136】
本粒子のCs/W比をICP等により分析したところ、Cs/W比は仕込み組成である0.42から0.39まで減少した。O/W比は2.99であった。
[実施例4]
実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子について、
図2に示した還元処理装置20を用いて還元処理を行った。
【0137】
図2に示すように、3体積%H
2/97体積%Arの気流下、反応管21の周囲にはヒーター22を設けておき、室温から500℃まで昇温し、容器23を置いた部分が還元処理温度に到達後、2時間保持し、その後室温まで冷却することで還元処理を行った(還元処理工程)。
【0138】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(B)に示す。得られたXRDパターンは、Cs
0.33WO
3の回折ピークのみを含むことを確認した。
【0139】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図7(A)~
図7(C)に示す。
図7(A)に示したTEM像より、粒子サイズは50nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。
図7(B)、
図7(C)に示したHAADF-STEM像より、W/Cs列が全体的1列欠損し、W/W列が接合した領域を部分的に確認した。
【0140】
本粒子のCs/W比をICP等により分析したところ、Cs/W比は実施例1と比較して、0.31から0.30までさらに減少した。O/W比は2.71であった。
【0141】
図3(C)に示した格子定数を確認すると、Cs
0.33WO
3よりも0.015Åほど右下に位置しており、Csが脱離した六方晶構造であると考えられる。
【0142】
つまり、還元処理を行うことでW欠損はほぼ消失したが、Cs/W比は理想的な0.33に対して、0.30と0.03程度乖離しており、粒子内部にCs欠損列として残留したと考えられる。
[実施例5]
実施例2で得られた複合タングステン酸化物粒子について、
図2に示した還元処理装置20を用いて還元処理を行った。
【0143】
図2に示すように、3体積%H
2/97体積%Arの気流下、反応管21の周囲にはヒーター22を設けておき、室温から500℃まで昇温し、容器23を置いた部分が還元処理温度に到達後、2時間保持し、その後室温まで冷却することで還元処理を行った(還元処理工程)。
【0144】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(B)に示す。得られたXRDパターンは、Cs
0.33WO
3のみを含むことを確認した。
【0145】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図8(A)~
図8(C)に示す。
図8(A)に示したTEM像より、粒子サイズは50nm~200nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。また、ファセットを有する粒子であった。
図8(B)、
図8(C)に示したHAADF-STEM像より、WおよびCs欠損は完全に消失していることが確認された。
【0146】
本粒子のCs/W比をICP等により分析したところ、Cs/W比は実施例2と比較して、0.37から0.34までさらに減少したが、0.34という値は理論組成比0.33よりも0.01多く、上記XRDパターン上は単相であるため、Cs欠損もほぼ存在しないと考えられる。O/W比は2.83であった。
【0147】
図3(C)に示した格子定数を確認すると、Cs
0.33WO
3よりもa軸長、c軸長について0.003Åほど左上に位置しており、Csが理論比0.33までドープされた複合タングステン酸化物をナノ粒子の状態で合成できたと考えられる。
【0148】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXPS測定による半定量結果を表1に示す。XPSとしては、アルバックファイ社製のVersaProbe IIを用いた。また、X線源は単色化されたAl-Kα線を用い、ビーム径を100μmφ、X線出力を25W、到達真空度を5.7×10-7Pa以下として実施した。
【0149】
六方晶構造中にアルカリ元素はタングステンに対して、物質量の比で最大1/3までドープされることが知られるが、本実施例では0.372と0.33よりも大きくなることが確認できた。これは、アルカリ元素が粒子の表面に多く存在している可能性を示唆する。
【0150】
【表1】
[実施例6]
実施例3で得られた複合タングステン酸化物粒子について、
図2に示した還元処理装置20を用いて還元処理を行った。
【0151】
図2に示すように、3体積%H
2/97体積%Arの気流下、反応管21の周囲にはヒーター22を設けておき、室温から500℃まで昇温し、容器23を置いた部分が還元処理温度に到達後、2時間保持し、その後室温まで冷却することで還元処理を行った(還元処理工程)。
【0152】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図3(B)に示す。得られたXRDパターンにおいて、Cs
0.33WO
3の回折ピークと、(Cs
2O)
0.44W
2O
6 ICDD:00-047-0566の回折ピークを一部、確認した。
【0153】
また、得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像およびHAADF像を
図9(A)~
図9(C)に示す。
図9(A)に示したTEM像より、粒子サイズは50nm~200nm程度であり、300nm以下であることが確認できた。
図9(B)、
図9(C)に示したHAADF-STEM像より、ファセット状の粒子が多く存在することが確認できた。また、ほぼW欠損列は消失したが、一部、Cs/W列にCs欠損が確認された。
【0154】
さらに還元処理を行ったが、本実施例で得られた粉末のCs/W比は0.39のままであった。O/W比は2.77であった。
【0155】
図3(C)に示した格子定数を確認すると、Cs
0.33WO
3の格子定数の値と比較してa軸長、c軸長について0.006Åほど左上に位置することが確認できた。このため、ナノサイズでありながらCsが理論比0.33までドープされた複合タングステン酸化物をナノ粒子の状態で合成できたと考えられる。
[実施例7]
実施例4で得られた複合タングステン酸化物粒子1質量%と、アミン系アクリル共重合高分子分散剤1質量%と、残部を分散媒であるメチルイソブチルケトン(以下、MIBKとも記載する)として分散液であるインクを作製した。インクは0.3mmφZrO
2ビーズを用いて、上記複合タングステン酸化物粒子と、分散媒とについて、5時間ペイントシェーカで分散、粉砕処理を行い作製した。
【0156】
得られた分散液であるインクについて、複合タングステン酸化物粒子の濃度が0.02質量%となるようにMIBKで希釈して、石英セルを用いて、UV-Vis-NIR spectrophotometer(型式:U-4100、株式会社日立ハイテック製)によりモル吸収係数、および透過プロファイルを測定した。以下の実施例、比較例において分散液であるインクの分光特性は同じ手順により測定している。
【0157】
得られたインクの透過プロファイル、およびモル吸収係数を
図11(A)、
図11(B)にそれぞれに示す。
【0158】
図11(A)に示したVLT=80%とした透過プロファイルによると1355nmでの透過率は13.35%であった。また、
図11(B)に示したモル吸収係数によると、
0.93eV付近において最大2300L/mol・cm程度の吸収を示した。
【0159】
図11(A)の結果から明らかなように、後述する実施例8のインクと比較して、赤外線吸収特性が低くなることを確認できた。係る要因は、本実施例のインクが含有する複合タングステン酸化物粒子は、W欠損はほぼ消失したものの、Cs/W比は理想的な0.33に対して0.30と0.03程度乖離しており、粒子内部にCs欠損列として残留したことに起因すると考えられる。
[実施例8]
実施例5で得られた複合タングステン酸化物粒子1質量%とアミン系アクリル共重合高分子分散剤1質量%と残部を分散媒であるメチルイソブチルケトンとして分散液であるインクを作製した。インクは0.3mmφZrO
2ビーズを用いて、上記複合タングステン酸化物粒子と、分散媒とについて、ペイントシェーカで分散、粉砕処理を行い作製した。
【0160】
実施例8では、分散・粉砕時間を0.5時間、1時間、2時間、4時間、5時間と変えて分散液の光学特性を測定した。すなわち、実施例5の複合タングステン酸化物粒子が分散・粉砕処理されて行く過程の変化を知ることができる。
【0161】
実施例8として5時間分散・粉砕処理して得られたインクの透過プロファイル、およびモル吸収係数を
図11(A)、
図11(B)にそれぞれに示す。
【0162】
図11(A)に示したVLT=80%とした透過プロファイルによると1355nmでの透過率は8.47%であった。また、
図11(B)に示したモル吸収係数によると、
0.93eV付近において最大2500L/mol・cm程度の吸収を示した。
【0163】
複合タングステン酸化物粒子の粉砕時間を変えて調製したインクについて、測定した透過プロファイルの変化を
図12(A)に示す。粉砕時間が2時間程度であっても赤外線領域の吸収特性は変化せず、粉砕2時間以降は可視光線領域の光の散乱が減少することを確認できた。
【0164】
5時間の分散・粉砕処理後に得られたインク中の複合タングステン酸化物粉末のTEM像から測長した粒度分布の測定結果、およびTEM像を
図12(B)、
図12(C)にそれぞれ示す。平均粒子サイズは14.3nmであり、標準偏差は2.7nmであった。また、70nm以上の粗大粒子は確認されなかった。
【0165】
5時間の分散・粉砕処理後に得られたインク中の複合タングステン酸化物粉末のXPS測定による半定量結果を表1に示す。粉砕処理を行うことで実施例5と比較してCs/W=0.307まで低下したが、比較例2で示したCs/W比より多いことを確認できた。
[実施例9]
実施例6で得られた複合タングステン酸化物粒子を用いた以外は、実施例7と同様に実施例9に係る分散液であるインクを得た。
【0166】
得られたインクの透過プロファイル、およびモル吸収係数を
図11(A)、
図11(B)にそれぞれに示す。
【0167】
図11(A)に示したVLT=80%とした透過プロファイルによると1355nmでの透過率は8.2%であった。また、
図11(B)に示したモル吸収係数によると、
0.93eV付近において最大2500L/mol・cm程度の吸収を示した。
[比較例1]
比較例1として固相法によりCs
0.33WO
3粉末を合成した。
【0168】
炭酸セシウム水溶液にタングステン酸を加え、撹拌した後、100℃に12時間保持して水を乾燥除去して前駆体を調整した。
【0169】
前駆体はセシウム原子(Cs)とタングステン原子(W)の物質量比がCs/W=0.33となっている。
【0170】
得られた前駆体について、焼成容器に充填し、体積比でH2/N2=3/97となる還元雰囲気で1時間、800℃での焼成を行った。得られたCs0.32WO3は、細かい粒子でも100μm以上ある粗粒であった。得られた粗粒のCs0.33WO3粉末のXRD結果は、Cs0.33WO3の回折ピークのみであることが確認された。また、ICP等を用いた分析によるCs/W比は、0.33であった。
【0171】
すなわち、固相法による合成では、粒子径を300nm以下とすることはできなかった。
【0172】
得られた複合タングステン酸化物粉末のXPS測定による半定量結果を表1に示す。Cs/W=0.400であった。
[比較例2]
比較例1で得られた複合タングステン酸化物粒子1質量%とアミン系アクリル共重合高分子分散剤1質量%と残部を分散媒であるメチルイソブチルケトンとして分散液であるインクを作製した。インクは0.3mmφZrO2ビーズを用いて、上記複合タングステン酸化物粒子と、分散剤と、分散媒とについて、ペイントシェーカで分散、粉砕処理を行い作製した。
【0173】
比較例2では、分散・粉砕時間を0.5時間、1時間、2時間、4時間、5時間、7時間と変えて分散液の光学特性を測定した。すなわち、比較例1の複合タングステン酸化物粒子が分散・粉砕処理されて行く過程の変化を知ることができる。
【0174】
複合タングステン酸化物粒子の粉砕時間を変えて調製したインクについて、測定した透過プロファイルの変化を
図13(A)に示す。粉砕時間が0.5時間では、赤外線領域における透過率は20%程度と低いが、粉砕時間を2時間以上とすることで赤外線領域の透過率は5%程度まで低下した。さらに粉砕時間を延長するとレイリー散乱の影響が低下して可視透明性が向上した。そして、7時間の粉砕で実用的な分散液を得ることができた。
【0175】
7時間の分散・粉砕処理後に得られたインク中の複合タングステン酸化物粉末のTEM像から測長した粒度分布の測定結果、およびTEM像を
図13(B)、
図13(C)にそれぞれ示す。平均粒子径は24.6nmであり、標準偏差は30nmであった。
【0176】
7時間の分散・粉砕処理後に得られたインク中の複合タングステン酸化物粉末のXPS測定による半定量結果を表1に示す。Cs/W=0.283と、実施例8よりも少なく、長時間の粉砕処理により表面のCsが脱離した影響と推察される。
【0177】
比較例2として得られたインクである分散液中の複合タングステン酸化物粒子のモル吸収係数の測定結果を
図14に示す。分散後のモル吸収係数を
図14(A)において、実施例8とのインクと比較したところ、比較例2では、0.8eV、1.4eVに吸収ピークがある一方で、実施例8は、0.95eVに吸収のピークが現れた。
【0178】
非特許文献9におけるMachidaらによるDrude-Lorentz解析によると、固相法で調製したCs0.32WO3-y粉末では、Cs自由電子由来の吸収は、0.8eVの自由電子プラズモン⊥および1.0eVの自由電子プラズモン//に寄与する。一方、酸素欠損はxy方向の自由電子⊥(0.8eV)と1.4eV付近のポーラロンに寄与する。このため、実施例8で調製した複合タングステン酸化物粒子は、Cs由来の0.8eVおよび1.0eVでの吸収が多く、酸素欠損由来の吸収が少なくなったためと考えられる。