(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151573
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】近赤外線硬化型インク組成物、近赤外線硬化膜、近赤外線硬化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09D 11/101 20140101AFI20231005BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20231005BHJP
C01D 17/00 20060101ALI20231005BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C09D11/101
C09K3/00 105
C01D17/00
C01G41/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022061255
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】常松 裕史
【テーマコード(参考)】
4G048
4J039
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB01
4G048AC05
4G048AD03
4G048AE05
4J039AD09
4J039AE05
4J039BA36
4J039BA39
4J039BE01
4J039BE02
4J039BE12
4J039BE22
4J039EA07
4J039FA02
4J039FA04
4J039GA03
4J039GA10
(57)【要約】
【課題】複合タングステン酸化物を含有する近赤外線吸収粒子を含み、硬化させた場合によりニュートラルな色調とすることが可能な近赤外線硬化型インク組成物を提供すること。
【解決手段】熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂と、
近赤外線吸収粒子と、を含み、
前記近赤外線吸収粒子は、セシウムタングステン酸塩を含有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶の結晶構造を有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、一般式Cs
xW
yO
zで表わされ、Cs、W、Oを各頂点とする3元組成図中で、x=0.6y、z=2.5y、y=5x、およびCs
2O:WO
3=m:n(m、nは整数)の4本の直線に囲まれる領域内の組成を有する、近赤外線硬化型インク組成物。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂と、
近赤外線吸収粒子と、を含み、
前記近赤外線吸収粒子は、セシウムタングステン酸塩を含有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶の結晶構造を有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、一般式CsxWyOzで表わされ、Cs、W、Oを各頂点とする3元組成図中で、x=0.6y、z=2.5y、y=5x、およびCs2O:WO3=m:n(m、nは整数)の4本の直線に囲まれる領域内の組成を有する、近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項2】
前記セシウムタングステン酸塩が、O、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上の添加成分を含有する請求項1に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項3】
前記添加成分が、前記セシウムタングステン酸塩の結晶のWO6八面体が構成する六方ウィンドウ、六方キャビティ、および三方キャビティから選択された1種類以上の位置に存在する請求項2に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項4】
前記セシウムタングステン酸塩の結晶を構成するCs、Wから選択された1種類以上の元素の一部に欠損があり、
前記一般式CsxWyOzのxとyとが、0.2≦x/y≦0.6の関係を有する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項5】
前記セシウムタングステン酸塩の結晶を構成するWO6八面体のOの一部に欠損を有する請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項6】
前記セシウムタングステン酸塩のCsの一部が添加元素により置換されており、前記添加元素がNa、Tl、In、Li、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、Gaから選択された1種類以上である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項7】
前記近赤外線吸収粒子の平均粒径が0.1nm以上200nm以下である請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項8】
前記近赤外線吸収粒子は、表面が、Si、Ti、Zr、Al、Znから選択された1種類以上の原子を含む化合物で被覆されている請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項9】
有機顔料、無機顔料、染料から選択される1種類以上をさらに含む請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項10】
分散剤をさらに含む請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項11】
溶媒をさらに含む請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物。
【請求項12】
請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物の硬化物である近赤外線硬化膜。
【請求項13】
基体上に請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の近赤外線硬化型インク組成物を塗布し、塗布膜を形成する塗布工程と、
前記塗布膜に近赤外線を照射し、前記近赤外線硬化型インク組成物を硬化させる硬化工程と、を有する近赤外線硬化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外線硬化型インク組成物、近赤外線硬化膜、近赤外線硬化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、紫外線の光を利用して硬化させる紫外線硬化型塗料は、加熱することなく印刷が可能である為、例えば特許文献1~特許文献6に記載されているように環境対応型塗料として広く知られている。
【0003】
しかしながら、紫外線硬化型のインクや塗料として、紫外線照射によりラジカル重合が行われる組成物を用いた場合には酸素が存在すると重合(硬化)が阻害される。他方、紫外線の照射によりカチオン重合が行われる組成物を用いた場合には、その重合中に強酸が発生する、という問題があった。
【0004】
さらに、得られた印刷面や塗布面の耐光性を高める為に、一般的に、当該印刷面や塗布面へ紫外線吸収剤が添加される。しかし、紫外線硬化型のインクや塗料へ紫外線吸収剤を添加した場合には、紫外線照射による硬化が阻害されるという問題があった。
【0005】
これらの問題を解決するために、特許文献7、特許文献8には紫外線ではなく近赤外線の照射により硬化する近赤外線硬化型組成物が提案されている。
【0006】
また、本出願の出願人は特許文献9、特許文献10において、複合タングステン酸化物を含む近赤外線硬化型インク組成物を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-100433号公報
【特許文献2】特開2001-146559号公報
【特許文献3】特開2009-057548号公報
【特許文献4】特開2012-140516号公報
【特許文献5】特開2000-037943号公報
【特許文献6】特開2004-18716号公報
【特許文献7】特開2008-214576号公報
【特許文献8】特開2015-131928号公報
【特許文献9】国際公開第2017/047736号
【特許文献10】国際公開第2019/054478号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】K. Machida, M. Okada, and K. Adachi, "Excitations of free and localized electrons at nearby energies in reduced cesium tungsten bronze nanocrystals," Journal of Applied Physics, Vol. 125, 103103 (2019)
【非特許文献2】S. Yoshio and K. Adachi, "Polarons in reduced cesium tungsten bronzes studied using the DFT+U method," Materials Research Express, Vol. 6, 026548 (2019)
【非特許文献3】S. F. Solodovnikov, N.V. Ivannikova, Z.A. Solodovnikova, E.S. Zolotova, "Synthesis and X-ray diffraction study of potassium, rubidium, and cesium polytungstates with defect pyrochlore and hexagonal tungsten bronze structures," Inorganic Materials, Vol. 34, 845-853 (1998)
【非特許文献4】S. Nakakura, A. F. Arif, K. Machida, K. Adachi, T. Ogi, Cationic defect engineering for controlling the infrared absorption of hexagonal cesium tungsten bronze nanoparticles, Inorg. Chem., 58, 9101-9107 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし本発明者らの検討によると、上述した特許文献7、特許文献8に記載の近赤外線硬化型組成物は、いずれも近赤外線吸収特性が十分でないといった問題を有していた。
【0010】
これに対して、特許文献9、特許文献10に開示された近赤外線硬化型インク組成物が含有する複合タングステン酸化物微粒子は、可視光の透過率が高く、かつ吸収率が低いにも関わらず、近赤外領域の光の透過率が低く、かつ吸収率が高い材料である。このため、係る複合タングステン酸化物微粒子を含有する近赤外線硬化型インク組成物についても近赤外線吸収特性に優れている。
【0011】
しかしながら、複合タングステン酸化物微粒子は、可視光のうち長波長の光、すなわち赤色の光を優先的に吸収するため、青色の着色を伴い、青色の度合いは該微粒子の添加量が増加すると強くなった。このため、複合タングステン酸化物微粒子を近赤外線吸収成分として含有させて得られた硬化膜等は、青の着色を伴い、青の補色である黄系や青以外の淡色へ、他の顔料の添加により彩るのは困難であった。
【0012】
そこで、本発明の一側面では、複合タングステン酸化物を含有する近赤外線吸収粒子を含み、硬化させた場合によりニュートラルな色調とすることが可能な近赤外線硬化型インク組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一側面では、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂と、
近赤外線吸収粒子と、を含み、
前記近赤外線吸収粒子は、セシウムタングステン酸塩を含有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶の結晶構造を有し、
前記セシウムタングステン酸塩は、一般式CsxWyOzで表わされ、Cs、W、Oを各頂点とする3元組成図中で、x=0.6y、z=2.5y、y=5x、およびCs2O:WO3=m:n(m、nは整数)の4本の直線に囲まれる領域内の組成を有する、近赤外線硬化型インク組成物を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一側面では、複合タングステン酸化物を含有する近赤外線吸収粒子を含み、硬化させた場合によりニュートラルな色調とすることが可能な近赤外線硬化型インク組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】
図1Aは、Cs、W、Oを各頂点とするCs-W-O組成図である。
【
図1B】
図1Bは、Cs、W、Oを各頂点とするCs-W-O組成図の一部を拡大した図である。
【
図2】
図2は、実施例1~6、比較例1、2において作製した近赤外線吸収粒子の粉末XRD回折パターンである。
【
図3】
図3は、実施例9~14で作製した近赤外線吸収粒子の粉末XRD回折パターンである。
【
図4】
図4は、実施例1で作製した近赤外線吸収粒子の透過電子顕微鏡明視野像、制限視野電子回折像、高角度散乱暗視野(HAADF)像である。
【
図5】
図5は、被覆を有する近赤外線吸収粒子の説明図である。
【
図6】
図6は、近赤外線硬化型インク組成物の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[近赤外線硬化型インク組成物]
本実施形態に係る近赤外線硬化型インク組成物、近赤外線硬化膜、近赤外線硬化物の製造方法について、[1]近赤外線吸収粒子、[2]近赤外線吸収粒子の製造方法、[3]近赤外線吸収粒子分散液、[4]近赤外線硬化型インク組成物、[5]近赤外線硬化型インク組成物の製造方法、[6]近赤外線硬化膜、近赤外線硬化膜の製造方法、[7]近赤外線硬化物の製造方法の順に説明する。
[1]近赤外線吸収粒子
後述するように、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、近赤外線吸収粒子を含有する。そこで、近赤外線吸収粒子について最初に説明する。
【0017】
近赤外線吸収粒子は、複合タングステン酸化物であるセシウムタングステン酸塩を含有する。なお、本実施形態の近赤外線吸収粒子はセシウムタングステン酸塩から構成することもできる。ただし、この場合でも不可避不純物を含有することを排除するものではない。
(1)セシウムタングステン酸塩について
セシウムタングステン酸塩(セシウムポリタングステート)は、斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶の結晶構造を有することができる。係るセシウムタングステン酸塩は、具体的には六方晶アルカリタングステンブロンズ構造を一部変形した擬六方晶構造の修正した斜方晶、菱面体晶、立方晶から選択された1種類以上の結晶構造を有することができる。
【0018】
従来から、近赤外線吸収粒子として用いられているセシウム添加六方晶タングステンブロンズ粒子の透過色や光吸収は、その誘電関数虚部(ε2)およびバンド構造により規定される。
【0019】
可視光線のエネルギー領域(1.6eV~3.3eV)において、セシウム添加六方晶タングステンブロンズ(以下Cs-HTBとも記載する)はバンドギャップが十分に大きくなっており、可視光線領域における光の吸収は基本的に抑制される。加えてタングステンのd-d軌道間電子遷移や酸素のp-p軌道間電子遷移などがFermi黄金律により禁制となるため電子遷移の確率が小さくなる。この両者の作用により、可視光線領域の波長ではε2が小さい値を取る。ε2は電子による光子の吸収を表わすため、ε2が可視光線領域の波長で小さければ可視光透過性が生ずる。しかしながら可視光線領域で波長が最も短い青波長の近傍では、バンド端遷移による吸収が存在し、また波長が最も長い赤波長の近傍では、局在表面プラズモン共鳴(LSPR)吸収とポーラロニックな電子遷移吸収が存在することが最近明らかにされた(非特許文献1)。このため、それぞれ光透過性の制約を受ける。
【0020】
上述の様にCs-HTBではバンドギャップが十分大きいためにバンド端遷移が青波長の光のエネルギー以上となり、青の透過性が生ずる。逆に赤波長の側では、Cs-HTBは伝導電子が多いためLSPR吸収とポーラロニック吸収が強くなり、その吸収の裾野が赤波長に及ぶため、赤の透過性が低くなる。従ってCs-HTBナノ粒子分散膜の透過色は、両者のバランスにより青く見えるのである。
【0021】
すなわちCs-HTBの青系の透過色を中性化するためには、青側の吸収を強め、赤側の透過を強めればよい。
【0022】
Cs-HTBの青側の吸収を強めることは、例えばバンド端遷移の吸収位置を低エネルギー側にシフトさせることで実現できる。バンド端遷移の吸収位置を低エネルギー側にシフトさせることは、Cs-HTBのバンドギャップを狭くすることに対応する。従ってバンドギャップがやや小さい材料の選択により実現することができる。
【0023】
Cs-HTBの赤側の吸収を弱めることは、表面プラズモン共鳴電子の濃度やポーラロン束縛電子の濃度を低下させることにより、実現できる。
【0024】
本発明の発明者らは、以上の考察に基づき、セシウム(Cs)、およびタングステン(W)を含む酸化物であるセシウムタングステン酸化物を種々検討し、第一原理計算によるバンド構造計算を併用しながら材料改善を進めた。その結果、従来の六方晶の結晶構造が、微細構造の変化によって斜方晶、菱面体晶、あるいは立方晶へ変調した擬六方晶構造をもつときに、バンド構造が変化し、また自由電子や束縛電子の量が変化して、色の変化をもたらすことを見出した。
【0025】
ここで、斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶構造とは、六方晶のプリズム面または底面に、Csがリッチな面が規則的またはランダムに挿入されて変調を受けた擬六方晶を意味する。なお、Csがリッチな面とは、WやOが欠損した面と同義になる。また後述のようにO、OH、OH2、OH3イオンがCsサイトに置換可能であり、これらのイオンのプリズム面や底面への導入はCsと同様に擬六方晶構造への変調を促すことができる。
【0026】
斜方晶、菱面体晶、および立方晶の結晶構造は、例えば電子回折により同定することができる。例えば、c軸方向を電子線入射方向とする場合、すなわち(0001)方向から電子線を入射させて観察する場合の回折スポットの対称性に留意することにより、区別することができる。
【0027】
六方晶では(10-10)、(01-10)、(1-100)の3種類のプリズム面の回折スポットは入射スポットから逆格子面内で同一距離に現れる。すなわち、六方晶では同一の結晶面間隔を持つ。なお、上記同一距離には、電子回折スポット距離測定の誤差範囲において同一距離とみなせるものを含む。このため、六方晶では六方対称な、すなわち60°回転に対して不変な電子回折パターンとなる。
【0028】
斜方晶では1種類のプリズム面スポットが他の2種類のプリズム面スポットよりも入射スポットに近い位置に現れる。すなわち、斜方晶では1種類のプリズム面のみが長い結晶面間隔を持つ。
【0029】
菱面体晶では3種類のプリズム面スポットがそれぞれ異なる結晶面間隔を持つ。
【0030】
立方晶では六方晶と同じ六方対称なパターンとなるが、他の晶帯軸方向からの観察により容易に立方対称性を同定できる。
【0031】
擬六方晶は、XRD粉末パターンにおいては、斜方晶と六方晶の混合パターンや、菱面体晶と六方晶、立方晶と六方晶の混合パターンとみなされる場合が多いが、上記の面状格子欠陥が挿入されるために、回折ピークの位置や強度は僅かに変化する。
【0032】
既述の斜方晶、菱面体晶、立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶の結晶構造を得る方法の一つとして、O、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上の添加成分を添加する方法が挙げられる。このため、本実施形態の近赤外線吸収粒子は、セシウムタングステン酸塩が、O、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上の添加成分を含有することが好ましい。
【0033】
上記O、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上の添加成分は、セシウムタングステン酸塩の結晶の、六方晶アルカリタングステンブロンズ構造を構成するWO6八面体が6つ揃って形成される六角形のc軸方向に貫通する六方トンネルに存在する六方ウィンドウ(window)、および六方キャビティ、該WO6八面体が3つ揃って形成される三角形の三方キャビティ(cavity)から選択された1種類以上の位置に存在することが好ましい。
【0034】
六方トンネルには、サイズの大きい六方キャビティと六方ウィンドウの二つの空隙があるが、六方ウィンドウは、六方晶中で六方キャビティに次いで2番目に大きく、WO6八面体を構成する酸素6個に囲まれた空隙である。六方ウィンドウのc軸方向の上下は六方キャビティに配置したCsイオンに隣接する。三方キャビティは六方ウィンドウの次に大きい空隙であり、六方晶のc軸方向に貫通する。O、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上は、Csを代替して六方キャビティに入ることもできるが、十分な量のCsがある場合や侵入水分が多い場合には六方ウィンドウに侵入する。場合によっては、六方ウィンドウ空隙と並行して底面の三方キャビティやプリズム面のキャビティに侵入し、またCsを置換する。上記添加成分を含有することで、底面やプリズム面に欠損面を生成するが、その際、結晶構造は六方晶から斜方晶や菱面体晶、さらに立方晶へシフトし、バンドギャップの狭小化や伝導帯電子濃度の減少が起こる。このため、擬六方晶の結晶構造を有するセシウムタングステン酸塩は、Cs-HTBと比較して、青側の吸収を強め、赤側の透過を強めることができ、青系の透過色を中性化できる。
【0035】
この場合の斜方晶、菱面体晶、立方晶は、タングステンブロンズ六方晶に類似する原子配列をもつが六方晶とは対称性が異なる擬六方晶とみることも可能である。厳密性を避けて大雑把に描写すれば、六方晶の3種類あるプリズム面の一つの面にWとOが欠損した面を規則的またはランダムに挿入して六方対称性を崩したものがこの場合の斜方晶である。従って斜方晶では一つのプリズム面のみ面間隔が長い。これを利用して、斜方晶への変調は、例えば(0001)電子回折パターンにより容易に同定可能である。
【0036】
六方晶の底面に余剰Csを受け入れる面、すなわちWとOが欠損した面を挿入すると共に、底面のc軸方向の積層を規則的に変位させて六方対称性を崩したものがこの場合の菱面体晶である。この場合の余剰Cs面は面上の変位と共に面に垂直方向の膨張を含むため、プリズム面間隔の変化とc軸格子定数の変化を伴う。従って菱面体晶ではプリズム面3面ともが異なる面間隔を持つ。これを利用して、菱面体晶への変調は、例えば(0001)電子回折パターンにより容易に同定可能である。
【0037】
さらに菱面体の3軸が90度で交わる場合には立方晶となる。なお、係る立方晶はパイロクロア構造であり、典型組成としてはCsW2O6が挙げられる。
【0038】
従って、上記の六方ウィンドウや、六方キャビティ、三方キャビティに相当する空隙は、斜方晶や菱面体晶や立方晶にも引き継がれている。このため、本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩における六方ウィンドウや、六方キャビティ、三方キャビティとは、斜方晶や、菱面体晶、立方晶(パイロクロア相)中の対応する空隙も含めて指すものとする。
【0039】
以下、O、OH、OH2、OH3の置換または侵入できるサイトまたは空隙として、主に六方ウィンドウの場合を例に本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法の構成例を説明する。
【0040】
六方ウィンドウにO、OH、OH2、OH3から選択された1種類以上が存在する斜方晶、菱面体晶、立方晶を得る方法の一つとして、セシウムタングステン酸塩を合成する際の結晶化時に飽和水蒸気中で結晶化させる方法が挙げられる。一般にCs-HTB構造では、Csのイオン半径は六方キャビティよりも少しだけ大きいため、Csは移動しづらい。従って、一旦六方晶に結晶化してしまうと、その後の熱処理などで六方ウィンドウに酸素原子等を拡散挿入させることは困難となる。そこで、セシウムタングステン酸塩が結晶化する前に、雰囲気を飽和水蒸気で充満させて、セシウムタングステン酸塩が結晶化すると同時に、水分子や、水分子に由来するOやOH、OH3イオンを六方ウィンドウに挿入する方法を考案した。このため、後述するように、本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法は、セシウムタングステン酸塩の結晶化近傍の加熱温度において水蒸気を導入し、水蒸気を含む雰囲気中で結晶化させる工程を有することが好ましい。上記工程を経て合成された近赤外線吸収粒子、および必要に応じてさらに還元雰囲気中で熱処理した近赤外線吸収粒子を用いて近赤外線吸収繊維を作製すると、近赤外線吸収効果は十分に保持しながら、色調から青っぽさを減少させることができる。すなわちニュートラルな色調にすることができる。
【0041】
一方、一旦六方晶のセシウムタングステン酸塩の結晶を作製した後に、該セシウムタングステン酸塩を水蒸気雰囲気中で加熱しても、あるいは高温高湿環境で保持、加熱しても、上記透過色を中性化する効果は得られない。これは、Csのようなイオン半径が大きい元素は六方トンネルを介した酸素原子等の拡散を阻害するため、一旦六方晶に結晶化してしまうと、後の熱処理では空隙の六方ウィンドウになかなか酸素原子等を拡散できないからである。従って、上記水蒸気中の加熱処理は、合成時最初の結晶化時に行う必要がある。
【0042】
結晶化時に水蒸気を含む雰囲気で加熱する場合、同時に水素ガスなどの還元性気体を混在させて還元性気体の雰囲気中で結晶化させることも可能である。また、一旦水蒸気雰囲気で結晶化させた結晶であれば、これを更に500℃以上950℃以下の高温で、水素ガスなどを含む還元性気体を含む雰囲気や、不活性気体の雰囲気等で、加熱処理を行なうことも可能である。いずれの場合も、透過色が中性化しかつ大きい近赤外線吸収効果を備えた近赤外線吸収粒子を得ることができる。500℃以上とすることで欠陥を含む斜方晶構造等の平衡原子位置への配列化が十分に進行し、近赤外線吸収効果が高められる。また、950℃以下とすることで、結晶構造変化のスピードを適切に保ち、容易に適切な結晶状態と電子状態に制御することができる。なお、上記加熱温度を950℃よりも高くし、例えば還元が行き過ぎるとWメタルやWO2などの低級酸化物が生成される場合があり、係る観点からも好ましくない。
【0043】
最初の水蒸気加熱による結晶化時にO、OH、OH2、OH3が取り込まれることにより、六方晶から微視的に修正された斜方晶、菱面体晶、立方晶(パイロクロア相)から選択された1種類以上の結晶が形成される。これらを種々の還元度合いの異なる雰囲気で加熱処理することにより、格子欠陥の量や分布が異なる種々の斜方晶、菱面体晶、立方晶から選択された1種類以上の結晶構造が生成されるのである。
【0044】
本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩は、Csや、W、Oの格子欠陥を有することができる。セシウムタングステン酸塩に、Cs、W、Oの格子欠陥が導入される理由を以下に説明する。
【0045】
六方晶Cs0.33WO3付近の組成においては、結晶安定性は、結晶対称性の高さに由来する構造的な安定性と、各元素間の電荷授受が全体としての電荷中性性を生む電荷バランス上の安定性とが拮抗して決定される。例えば電荷中性の2Cs2O・11WO3=Cs4W11O35は熱力学的安定相と考えられるが、還元雰囲気で加熱すると容易に結晶対称性の高い六方晶Cs0.32WO3-yへ相変化する(非特許文献2)。Cs0.32WO3-yは結晶対称性の高い準安定構造であるが、他方Cs4W11O35は電荷バランス的に安定した組成である。しかしCs4W11O35は結晶内の原子配置においては対称性が悪く、例えばSolodovnikov(非特許文献3)のモデルにおいては、六方晶タングステンブロンズと同じWO6八面体の六方配列の中に、六方晶(1,1,-2,0)面(=斜方晶(010)面)に斜方晶単位胞のb/8ピッチでWとOが欠損した面が挿入されて、全体としては斜方晶になっている。すなわちCs、W、Oの欠陥は、結晶構造と電荷バランスとの両者を局所的に満足させるために必然的に導入されたものであり、実際に最近TEMやXRDで観察されている(非特許文献4)。
【0046】
本実施形態の近赤外線吸収粒子において、Oや、OH、OH2、OH3が、六方ウィンドウや、六方キャビティ、三方キャビティに取り込まれた斜方晶や菱面体晶、立方晶では、局所的な電荷バランスが乱れるため、更に結晶微細構造が修正を受ける。すなわち水分に由来する成分の導入の過程でH+やH3O+が結晶中に導入されるが、これらのイオンは結晶中でCs+やW6+と競合するため、CsやWが欠損することにより局所的電荷中性を実現しようとする。その結果、CsやWの欠損を含む格子欠陥が導入されるのである。O、OH、OH2、OH3は、六方ウィンドウだけではなく、三方キャビティに侵入しても良い。さらに、OH2、OH3は、六方キャビティのアルカリ元素(Cs)に置換しても良く、また電荷中性のOH2が置換する場合は元々存在したアルカリイオン(Cs+)が出す電子が無くなるので、結晶の伝導帯電子は減少する。
【0047】
上記のような斜方晶、菱面体晶、および立方晶から選択された1種類以上に変調した擬六方晶構造をもつセシウムタングステン酸塩の中で、優れた近赤外線吸収効果と可視光透過性を満足するものは、所定の組成を有する。
【0048】
ここで、
図1AにCs-W-Oを3頂点とする3元組成
図10を示す。
図1Bは、
図1Aの3元組成
図10のうち、CsWO
3と、W
2O
3と、WO
4を頂点とする領域11を拡大して示したものである。この図は熱力学的平衡相を示す状態図ではなく、この系の組成の広がりを示すための便宜的な組成図であることに注意が必要である。従ってCsWO
3、W
2O
3、WO
4などは便宜的に示した組成であり、これらが実際に得られる化合物であるかどうかに言及するものではない。
【0049】
本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩は、一般式Cs
xW
yO
zで表わされ、Cs、W、Oを各頂点とする3元組成図中で、x=0.6y、z=2.5y、y=5x、およびCs
2O:WO
3=m:n(m、nは整数)の4本の直線に囲まれる領域内の組成を有することが好ましい。具体的には、
図1A、
図1Bに示した3元組成図のうち、x=0.6yを充足する直線12と、z=2.5yを充足する直線13と、y=5xを充足する直線14と、Cs
2O:WO
3=m:n(m、nは整数)を充足する直線15で囲まれた領域16内の組成であることが好ましい。なお、領域16は、上記直線12~直線15上の点も含む。また、Cs
2O:WO
3=m:n(m、nは整数)を充足する直線15は、
図1Aに示すように、3元組成
図10のうち、Cs
2Oと、WO
3との間を結ぶ直線である。
【0050】
上記3元組成図のうち、x>0.6yの場合、セシウムタングステン酸塩は正方晶が主体の結晶構造となり、近赤外線吸収効果が消失する。また、z<2.5yの場合、セシウムタングステン酸塩は、六方晶をベースとした構造の中にWの低級酸化物が混じるようになり、近赤外線吸収効果と可視光透過性が著しく損なわれる。y>5xの場合、セシウムタングステン酸塩は、WO3が六方晶の下部組織に混合されたIntergrowthと呼ばれる結晶構造になり、近赤外線吸収効果は消失する。さらにCs2O:WO3が整数比となる直線15よりも右側のO-rich側へ入ると、近赤外線吸収効果は全く得られない。従って、セシウムタングステン酸塩は、既述の範囲を充足することが好ましい。
【0051】
本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩は、セシウム、タングステン、酸素の各元素について欠陥を有することができるが、タングステンに対するセシウムの原子比率(x/y)は0.2以上0.6以下の範囲のいずれかとすることができる。すなわち、本実施形態の近赤外線吸収粒子は、セシウムタングステン酸塩の結晶を構成するCs、Wから選択された1種類以上の元素の一部に欠損があり、一般式CsxWyOzのxとyとが、0.2≦x/y≦0.6の関係を有することが好ましい。
【0052】
セシウムとタングステンは結晶に電子を供給するので、x/yを0.2以上とすることで、近赤外線吸収機能を高めることができる。またx/yを0.2以上とすることで六方晶や、該六方晶が変調した結晶構造とすることができる。Csイオンは、x/yが0.33を超えて大きくなると六方キャビティには入りきらなくなって三方キャビティも占有しはじめ、プリズム面や底面に変調が起こるため、局所的には次第に斜方晶や菱面体晶、または立方晶パイロクロアの積層構造へと変化する。さらにx/yが0.6を超えると正方晶Cs2W3O10の結晶構造へ変化して、可視光透過性が著しく損なわれて有用性が低下する。
【0053】
本実施形態の近赤外線吸収粒子は、六方晶セシウムタングステンブロンズ構造Cs0.33WO3を基準として、結晶を構成するWO6八面体の少なくともWの一部に欠損を有することができる。このW欠損は主として六方晶プリズム面や底面に面状欠陥として導入されるが、欠損面を挟む両側の原子列のイオン反発により面間隔の増加を伴うので、結晶対称性は六方晶から斜方晶や菱面体晶や立方晶へと変化する。
【0054】
本実施形態の近赤外線吸収粒子は、六方晶アルカリタングステンブロンズ構造CsW3O9を基準として、セシウムタングステン酸塩の結晶を構成するWO6八面体のOの少なくとも一部に欠損を有することができる。このO欠損はランダムに導入され、欠損することにより局在電子を系に供給して近赤外線吸収機能を高めることができる。既知の六方晶タングステンブロンズCs0.32WO3-yにおいてはy=0.46または八面体を構成するOの全格子点の最大15%に及ぶことが知られている(非特許文献3)。欠損量が0.5を上回ると結晶が不安定となり、異相を生成して分解する。本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩CsxWyOzにおいては、最大z/y=2.5に相当する量のO欠損を含むことができる。ただし六方ウィンドウなどの空隙に余剰なO、OH、OH2、OH3が導入されるときには、化学分析で得られるOの同定値はこれらの余剰分を含むことに注意が必要である。
【0055】
本実施形態の近赤外線吸収粒子が含有するセシウムタングステン酸塩は、Csの一部を添加元素により置換されていても良い。この場合、添加元素がNa、Tl、In、Li、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、Gaから選択された1種類以上であることが好ましい。
【0056】
上記これらの添加元素は電子供与性があり、CsサイトにあってW-O八面体骨格の伝導帯への電子供与を補助する。
(2)近赤外線吸収粒子の耐湿熱特性について
本実施形態の近赤外線吸収粒子は、セシウム添加六方晶タングステンブロンズに比較して、改善された耐湿熱性を示す。この効果は、本実施形態の近赤外線吸収粒子の一部がO、OH、OH2、OH3の侵入置換によって変調された斜方晶、菱面体晶、立方晶(パイロクロア相)から選択された1種類以上を含むことを考えれば、合理的な結果である。すなわち、セシウム添加六方晶タングステンブロンズの湿度劣化や水分劣化は、本質的にCsと水分子との置換反応であるが、酸素拡散の主要拡散経路である六方トンネルのキャビティもウィンドウもCs、O、OH、OH2、OH3で埋められている場合には、この置換反応は大きく減速されることになる。従って本実施形態の近赤外線吸収粒子においては、高湿な環境における近赤外線吸収機能の喪失を抑制するだけではなく、通常湿度における高温耐熱試験においても、大気中の水分を介した劣化反応を減速させるため、耐湿熱性の改善をもたらす。
(3)近赤外線吸収粒子の平均粒径について
本実施形態の近赤外線吸収粒子の平均粒径は特に限定されないが、0.1nm以上200nm以下であることが好ましい。これは、近赤外線吸収粒子の平均粒径を200nm以下とすることで、局在表面プラズモン共鳴がより顕著に発現されるため、近赤外線吸収特性を特に高めることができる、すなわち日射透過率を特に抑制できるからである。また、近赤外線吸収粒子の平均粒径を0.1nm以上とすることで、工業的に容易に製造することができるからである。また粒径は近赤外線硬化型インク組成物や、近赤外線硬化膜の色と密接に関係しており、ミー散乱が支配的な粒径範囲では、粒径が小さいほど可視光線領域の短波長の散乱が減少する。従って粒径を大きくすれば青い色調を抑制する作用があるが、平均粒径が200nmを超えると表面プラズモンの発生が抑制されてLSPR吸収が小さくなる。このため、近赤外線吸収粒子の平均粒径を200nm以下とすることで、ある程度のLSPR吸収を保ちつつ、近赤外線硬化型インク組成物や、近赤外線硬化膜の色を、特にニュートラルな色調にできる。
【0057】
ここで、近赤外線吸収粒子の平均粒径は、透過電子顕微鏡像から測定された複数の近赤外線吸収粒子のメジアン径や、分散液の動的光散乱法に基づく粒径測定装置で測定される分散粒径から知ることができる。
【0058】
なお、特に可視光線領域の透明性を重視する用途に適用する場合には、さらに近赤外線吸収粒子による散乱低減を考慮することが好ましい。当該散乱低減を重視する場合には、近赤外線吸収粒子の平均粒径は30nm以下であることが特に好ましい。
【0059】
平均粒径とは粒度分布における積算値50%での粒径を意味しており、本明細書において他の部分でも平均粒径は同じ意味を有している。平均粒径を算出するための粒度分布の測定方法としては、例えば透過電子顕微鏡を用いて粒子ごとの粒径の直接測定を用いることができる。また、平均粒径は、上述のように分散液の動的光散乱法に基づく粒径測定装置により測定することもできる。
(4)近赤外線吸収粒子の任意の構成について
近赤外線吸収粒子は、表面保護や、耐久性向上、酸化防止、耐水性向上などの目的で、表面処理を施しておくこともできる。表面処理の具体的な内容は特に限定されないが、例えば、
図5に示すように、本実施形態の近赤外線吸収粒子は、近赤外線吸収粒子50の表面50Aに被覆51を有する形態とすることもできる。具体的には近赤外線吸収粒子50の表面を、Si、Ti、Zr、Al、Znから選択された1種類以上の原子を含む化合物の被覆51で被覆することができる。すなわち、近赤外線吸収粒子は、上記化合物による被覆を有することができる。この際Si、Ti、Zr、Al、Znから選択された1種類以上の原子を含む化合物としては、酸化物、窒化物、炭化物等から選択された1種類以上が挙げられる。
【0060】
なお、
図5は、近赤外線吸収粒子の形態を模式的に示したに過ぎず、係る形態に限定されない。例えば近赤外線吸収粒子50は、球形ではなく不定形等であっても良い。被覆51は、近赤外線吸収粒子50の表面50Aを完全に覆う必要は無く、一部のみを覆うように配置してもよい。また、被覆51は、近赤外線吸収粒子50の表面50Aの場所によって、厚さが異なっていても良い。
[2]近赤外線吸収粒子の製造方法
次に本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法の一構成例を説明する。本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法によれば既述の近赤外線吸収粒子を製造できるため、説明は一部省略する。
【0061】
近赤外線吸収粒子の製造方法は特に限定されず、既述の特性を充足する近赤外線吸収粒子を製造できる方法であれば特に限定されず用いることができる。ここでは、近赤外線吸収粒子の製造方法の一構成例について説明する。
(1)第1熱処理工程
本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
【0062】
CsおよびWを含む化合物原料を、水蒸気を含む雰囲気、または水蒸気と還元性気体を含む雰囲気中、400℃以上650℃以下で加熱する第1熱処理工程。
【0063】
第1熱処理工程では、400℃以上650℃以下で加熱することで、セシウムタングステン酸塩を結晶化することができる。
【0064】
ただし、セシウムタングステン酸塩を擬六方晶とするため、セシウムタングステン酸塩が結晶化する時、すなわちWO6ユニットがCsと共に六方晶結晶を形成する時に、雰囲気中に水蒸気を十分含有することが好ましい。この結晶化過程において、Csは主として六方キャビティに取り込まれ、水分子もしくはその分解物であるOH3
+、OH-およびO2-は、主として六方ウィンドウに取り込まれる。組成中にCsまたは水分子が相対的に多い場合には、Csまたは水分子等は三方キャビティにも取り込まれる。
【0065】
CsおよびWを含む化合物原料としては、Csを含む化合物原料とWを含む化合物原料との混合物を用いることができる。CsおよびWを含む化合物原料としては、Csと、Wとを含む材料であれば足り、例えばCs2CO3とWO3との混合物等を用いることができる。
【0066】
ただし、上記第1熱処理工程の結晶化過程においては、結晶化中に水分子や、OH、O等を結晶内に取り込むことが目的である。このため、CsおよびWを含む化合物原料としては、すでに六方晶構造を形成しているセシウムタングステン酸化物、例えばnCs2O・mWO3(n、mは整数、3.6≦m/n≦9.0)の結晶粉末などは用いないことが好ましい。CsおよびWを含む化合物原料としては、例えばゾルゲル法や錯体重合法等のその他の方法を用いたセシウムタングステン酸塩、気相合成などによって得られた非平衡セシウムタングステン酸塩、熱プラズマ法による粉体や電子ビーム溶解による粉体なども、原料として用いないことが好ましい。すでに六方晶骨格構造を形成している原料では、Csが酸素原子等の拡散を阻害するため、水分子などが結晶中に取り込まれづらくなるからである。すなわち、六方晶構造を有するセシウムタングステン酸塩は、CsおよびWを含む化合物原料からとしては用いないことが好ましい。
【0067】
第1熱処理工程の結晶化過程における水蒸気の供給は、例えば加熱炉中に過熱水蒸気を供給することで実現することが好ましい。過熱水蒸気とは、100℃で気化した飽和水蒸気に、さらに熱を加えて100℃以上の高温にした高エンタルピーの水蒸気のことであり、キャリアガスと共に供給しても良い。キャリアガスが不活性気体の場合は無酸素に近い状態の雰囲気を形成する。過熱水蒸気は結晶化が活発になる400℃以上で供給しても良いが、結晶化前の十分低温から供給することが好ましい。過熱水蒸気と不活性気体との混合ガス、あるいは過熱水蒸気と、不活性気体と、水素などの還元性気体との混合ガスで供給しても良い。還元性気体が混合される場合は、六方晶型結晶配列の速度が増加する傾向があり、同じ斜方晶や菱面体晶、立方晶でも微視的な欠陥構造が異なるものが得られる場合がある。
【0068】
第1熱処理工程では、セシウムタングステン酸塩の結晶化の前や、結晶化の後においては、水蒸気を含まない雰囲気、例えば不活性雰囲気等で加熱を行ってもよい。
【0069】
本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法は、さらに任意の工程を有することもできる。
(2)第2熱処理工程
本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法は、第1熱処理工程後、還元性気体を含む雰囲気中、500℃以上950℃以下の温度で加熱する第2熱処理工程を有することもできる。
【0070】
第2熱処理工程は、例えば上記第1熱処理工程を経た材料粉末を、500℃以上950℃以下の温度で加熱還元する工程である。欠陥構造をもつ斜方晶、菱面体晶、立方晶のアニール安定化と共に、高温還元によってWO6八面体の酸素を一部除去する意味がある。八面体酸素の還元除去により、隣接するW原子に束縛電子が発生し、近赤外線吸収特性を高める構造的処理がなされる。
【0071】
加熱還元処理を行う場合、還元性気体の気流下で行うことが好ましい。還元性気体としては、水素等の還元性気体と、窒素、アルゴン等から選択された1種類以上の不活性気体とを含む混合気体を用いることができる。また水蒸気雰囲気や真空雰囲気での加熱その他のマイルドな加熱、還元条件を併用しても良い。
【0072】
第2熱処理工程は複数工程から構成することもでき、上記還元性気体の雰囲気での加熱後、さらに不活性気体の雰囲気中での加熱を実施することもできる。
【0073】
また、第2熱処理工程において、WO6八面体の酸素の一部除去まで意図しない場合には、還元性気体を含む雰囲気に変えて、不活性気体の雰囲気中、上記温度範囲で加熱することもできる。すなわち、第2熱処理工程は、還元性気体を含む雰囲気または不活性気体の雰囲気中、500℃以上950℃以下の温度で加熱できる。
【0074】
既述のように、本実施形態の近赤外線吸収粒子の製造方法は特に限定されるものではない。近赤外線吸収粒子の製造方法としては、欠陥微細構造を含む所定の構造とすることが可能な種々の方法を用いることができる。
【0075】
近赤外線吸収粒子の製造方法は、水分子が共存する雰囲気中で、固相法、液相法、気相法でタングステン酸塩を合成する方法等を用いてもよい。
(3)粉砕工程
既述のように、近赤外線吸収粒子は微細化され、微粒子となっていることが好ましい。このため、近赤外線吸収粒子の製造方法においては、第1熱処理工程や、第2熱処理工程により得られた粉末を粉砕する粉砕工程を有することもできる。
【0076】
粉砕し、微細化する具体的な手段は特に限定されず、機械的に粉砕することができる各種手段を用いることができる。機械的な粉砕方法としては、ジェットミルなどを用いる乾式の粉砕方法を用いることができる。また、後述する近赤外線吸収粒子分散液を得る過程で、溶媒中で機械的に粉砕してもよい。
【0077】
必要に応じてさらに篩かけ等を行うこともできる。
(4)被覆工程
既述のように、近赤外線吸収粒子は、その表面をSi、Ti、Zr、Al、Znから選択された1種類以上の原子を含む化合物で被覆されていても良い。そこで、近赤外線吸収粒子の製造方法は、例えば近赤外線吸収粒子を、Si、Ti、Zr、Al、Znから選択された1種類以上の原子を含む化合物で被覆する被覆工程をさらに有することもできる。
【0078】
被覆工程において、近赤外線吸収粒子の表面を被覆する具体的な条件は特に限定されない。例えば、被覆する近赤外線吸収粒子に対して、上記金属群から選択された1種類以上の金属を含むアルコキシド等を添加し、近赤外線吸収粒子の表面に被膜する被覆工程を有することもできる。
[3]近赤外線吸収粒子分散液
次に、本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液の一構成例について説明する。
【0079】
本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液は、例えば後述する近赤外線硬化型インク組成物を製造する際に用いることもできる。
【0080】
本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液は、既述の近赤外線吸収粒子と、水、有機溶媒、油脂、液状樹脂、液状可塑剤から選択された1種類以上である液状媒体と、を含むことができる。近赤外線吸収粒子分散液は、液状媒体に、近赤外線吸収粒子が分散された構成を有することが好ましい。
【0081】
液状媒体としては、既述の様に、水、有機溶媒、油脂、液状樹脂、液状可塑剤から選択された1種類以上を用いることができる。
【0082】
有機溶媒としては、アルコール系、ケトン系、エステル系、炭化水素系、グリコール系など、種々のものを選択することが可能である。具体的には、イソプロピルアルコール、メタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ペンタノール、ベンジルアルコール、ジアセトンアルコール、1-メトキシ-2-プロパノールなどのアルコール系溶媒;ジメチルケトン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルブロピルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、イソホロンなどのケトン系溶媒;3-メチルーメトキシ-プロピオネ一卜、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールメチルエーテルアセテ一卜、プロピレングリコールエチルエーテルアセテ一卜などのグリコール誘導体;フォルムアミド、N-メチルフォルムアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセ卜アミド、N-メチル-2-ピロリドンなどのアミド類;トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類;エチレンクロライド、クロルベンゼンなどのハロゲン化炭化水素類等から選択された1種類以上を挙げることができる。
【0083】
もっとも、これらの中でも極性の低い有機溶媒が好ましく、特に、イソプロピルアルコール、エタノール、1-メトキシ-2-プロパノール、ジメチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、トルエン、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテー卜、酢酸n-ブチルなどがより好ましい。これらの有機溶媒は、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0084】
油脂としては例えば、アマニ油、ヒマワリ油、桐油等の乾性油、ゴマ油、綿実油、菜種油、大豆油、米糠油等の半乾性油、オリーブ油、ヤシ油、パーム油、脱水ヒマシ油等の不乾性油、植物油の脂肪酸とモノアルコールを直接エステル反応させた脂肪酸モノエステル、エーテル類、アイソパー(登録商標) E、エクソール(登録商標) Hexane、Heptane、E、D30、D40、D60、D80、D95、D110、D130(以上、エクソンモービル製)等の石油系溶剤から選択された1種類以上を用いることができる。
【0085】
液状樹脂としては、例えば液状アクリル樹脂、液状エポキシ樹脂、液状ポリエステル樹脂、液状ウレタン樹脂等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0086】
液状可塑剤としては、例えばプラスチック用の液状可塑剤等を用いることができる。
【0087】
近赤外線吸収粒子分散液が含有する成分は、上述の近赤外線吸収粒子、および液状媒体のみに限定されない。近赤外線吸収粒子分散液は、必要に応じてさらに任意の成分を添加、含有することもできる。
【0088】
例えば、近赤外線吸収粒子分散液に必要に応じて酸やアルカリを添加して、当該分散液のpHを調整してもよい。
【0089】
また、上述した近赤外線吸収粒子分散液中において、近赤外線吸収粒子の分散安定性を一層向上させ、再凝集による分散粒径の粗大化を回避するために、各種の界面活性剤、カップリング剤等を分散剤として近赤外線吸収粒子分散液に添加することもできる。
【0090】
当該界面活性剤、カップリング剤等の分散剤は用途に合わせて選定可能であるが、該分散剤は、アミンを含有する基、水酸基、カルボキシル基、およびエポキシ基から選択された1種類以上を官能基として有するものであることが好ましい。これらの官能基は、近赤外線吸収粒子の表面に吸着して凝集を防ぎ、例えば近赤外線吸収粒子を用いて成膜した赤外線遮蔽膜中においても近赤外線吸収粒子を均一に分散させる効果をもつ。該分散剤は、上記官能基(官能基群)から選択された1種類以上を分子中にもつ高分子系分散剤がさらに望ましい。
【0091】
好適に用いることができる市販の分散剤としては、ソルスパース(登録商標)9000、12000、17000、20000、21000、24000、26000、27000、28000、32000、35100、54000、250(日本ルーブリゾール株
式会社製)、EFKA(登録商標) 4008、4009、4010、4015、4046
、4047、4060、4080、7462、4020、4050、4055、4400、4401、4402、4403、4300、4320、4330、4340、6220、6225、6700、6780、6782、8503(エフカアディティブズ社製)、アジスパー(登録商標) PA111、PB821、PB822、PN411、フェイメックスL-12(味の素ファインテクノ株式会社製)、DisperBYK (登録商標) 101、102、106、108、111、116、130、140、142、145、161、162、163、164、166、167、168、170、171、174、180、182、192、193、2000、2001、2020、2025、2050、2070、2155、2164、220S、300、306、320、322、325、330、340、350、377、378、380N、410、425、430(ピックケミ一・ジャパン株式会社製)、ディスパロン(登録商標) 1751N、1831、1850、1860、1934、DA-400N、DA-703-50、DA-725、DA-705、DA-7301、DN-900、NS-5210、NVI-8514L(楠本化成株式会社製)、アルフォン(登録商標) UC-3000 、UF-5022、UG-4010、UG-4035、UG-4070(東亞合成株式会社製)等から選択された1種類以上が、挙げられる。
【0092】
近赤外線吸収粒子の液状媒体への分散処理方法は、近赤外線吸収粒子を液状媒体中へ分散できる方法であれば、特に限定されない。この際、近赤外線吸収粒子の平均粒径が200nm以下となるように分散できることが好ましく、0.1nm以上200nm以下となるように分散できることがより好ましい。
【0093】
近赤外線吸収粒子の液状媒体への分散処理方法としては、例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザーなどの装置を用いた分散処理方法が挙げられる。その中でも、媒体メディア(ビーズ、ポール、オタワサンド)を用いるビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー等の媒体撹拌ミルで粉砕、分散させることが所望とする平均粒径とするために要する時間を短縮する観点から好ましい。媒体撹拌ミルを用いた粉砕-分散処理によって、近赤外線吸収粒子の液状媒体中への分散と同時に、近赤外線吸収粒子同士の衝突や媒体メディアの近赤外線吸収粒子への衝突などによる微粒子化も進行し、近赤外線吸収粒子をより微粒子化して分散させることができる。すなわち、粉砕-分散処理される。
【0094】
近赤外線吸収粒子の平均粒径は、上述のように0.1nm以上200nm以下であることが好ましい。これは、平均粒径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm以上780nm以下の可視光線領域の光の散乱が低減されるからである。係る光の散乱が低減される結果、例えば本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液を用いて得られる、近赤外線吸収粒子が樹脂等に分散した近赤外線吸収粒子分散体が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなるのを回避できる。すなわち、平均粒径が200nm以下になると、光散乱は上記幾何学散乱もしくはミー散乱のモードが弱くなり、レイリー散乱モードになる。レイリー散乱領域では、散乱光は分散粒径の6乗に比例するため、分散粒径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。そして、平均粒径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。
【0095】
ところで、本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液を用いて得られる、近赤外線吸収粒子が樹脂等の固体媒体中に分散した近赤外線吸収粒子分散体内の近赤外線吸収粒子の分散状態は、固体媒体への分散液の公知の添加方法を行う限り該分散液の近赤外線吸収粒子の平均粒径よりも凝集することはない。
【0096】
また、近赤外線吸収粒子の平均粒径が0.1nm以上200nm以下であれば、製造される近赤外線吸収粒子分散体やその成形体(板、シートなど)が、単調に透過率の減少した灰色系のものになってしまうことを回避できる。
【0097】
本実施形態の近赤外線吸収粒子分散液中の近赤外線吸収粒子の含有量は特に限定されないが、例えば0.01質量%以上80質量%以下であることが好ましい。これは近赤外線吸収粒子の含有量を0.01質量%以上とすることで十分な日射吸収率を発揮できるからである。また、80質量%以下とすることで、近赤外線吸収粒子を分散媒内に均一に分散させることができるからである。
[4]近赤外線硬化型インク組成物
本実施形態に係る近赤外線硬化型インク組成物について説明する。
【0098】
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂と、近赤外線吸収粒子とを含むことができる。すなわち、例えば
図6に示した様に、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物60は、既述の近赤外線吸収粒子61と、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂である樹脂成分62とを含むことができる。近赤外線吸収粒子61は、上記樹脂成分62中に分散していることが好ましい。
【0099】
図6は模式的に示した図であり、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、係る形態に限定されるものではない。例えば
図6において近赤外線吸収粒子61を球状の粒子として記載しているが、近赤外線吸収粒子61の形状は係る形態に限定されるものではなく、任意の形状を有することができる。近赤外線硬化型インク組成物60は、近赤外線吸収粒子61、樹脂成分62以外に、必要に応じてその他添加剤を含むこともできる。
【0100】
なお、近赤外線吸収粒子としては既述の近赤外線吸収粒子を用いることができる。このため、近赤外線吸収粒子はセシウムタングステン酸塩を含有できる。セシウムタングステン酸塩は、所定の結晶構造を有し、例えば一般式CsxWyOzで表わされ、Cs、W、Oを各頂点とする3元組成図中で、x=0.6y、z=2.5y、y=5x、およびCs2O:WO3=m:n(m、nは整数)の4本の直線に囲まれる領域内の組成を有する。なお、熱硬化性樹脂については、未硬化の状態、具体的には流動性を有する状態とすることができる。
【0101】
以下、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物が含有する成分について説明する。
(1)樹脂成分
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、樹脂成分、具体的には熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を含有できる。
(1-1)熱硬化性樹脂について
熱硬化性樹脂としては特に限定されないが、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、フェノ-ル樹脂、エステル樹脂、ポリイミド樹脂、シリコ-ン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0102】
これらの熱硬化性樹脂は、近赤外線の照射を受けた近赤外線吸収粒子からの熱エネルギーを付与されて硬化するものであり、未硬化の樹脂である。そして、熱硬化性樹脂には、硬化反応によって熱硬化性樹脂を形成するモノマーやオリゴマー、および適宜添加される公知の硬化剤が含まれていても良い。さらに硬化剤へは公知の硬化促進剤を加えてもよい。
(1-2)熱可塑性樹脂について
熱可塑性樹脂としては、例えばポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、フッ素樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、熱可塑性ポリウレタン樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、アクリロニトリル・スチレン共重合体樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0103】
これらの熱可塑性樹脂は、近赤外線の照射を受けた近赤外線吸収粒子からの熱エネルギーを付与されて一旦溶解し、その後の冷却で所望の形状へと硬化することができる。
(2)近赤外線吸収粒子
近赤外線吸収粒子としては、既述の近赤外線吸収粒子を用いることができる。近赤外線吸収粒子については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
【0104】
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物における、近赤外線吸収粒子の含有量は特に限定されず、近赤外線硬化型インク組成物に要求される特性等に応じて選択することができる。
【0105】
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物に含まれる、近赤外線吸収粒子の量は、硬化反応の際に未硬化の熱硬化性樹脂が、硬化を行えるようにその量を選択し、添加すれば良い。また、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物に含まれる、近赤外線吸収粒子の量は、熱溶解反応の際に熱可塑性樹脂が溶解するようにその量を選択し、添加すれば良い。
【0106】
従って、近赤外線硬化型インク組成物を塗布する際の塗布厚みも考慮して、近赤外線硬化型インク組成物の塗布面積当たりの近赤外線吸収粒子量を選択し、定めることができる。
【0107】
近赤外線吸収粒子を近赤外線硬化型インク組成物中に分散させる方法については特に限定されないが、湿式媒体ミル等を用いることが好ましい。
(3)その他の成分
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、上記樹脂成分と近赤外線吸収粒子とのみから構成することもできるが、さらに任意の成分を含有することもでき、例えば目的に応じて以下に説明する顔料や、染料、分散剤、溶媒等を含有することもできる。なお、近赤外線硬化型インク組成物が、上述のように樹脂成分と近赤外線吸収粒子とのみから構成される場合でも、製造過程で混入する不可避成分等を含有することを排除するものではない。
(3-1)顔料および染料
既述のように、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、該インク組成物を着色するために有機顔料、無機顔料、染料から選択される1種類以上をさらに含むことができる。
(3-1-1)顔料
顔料としては、特に限定されず、公知の顔料を特に制限なく使用でき、不溶性顔料、レーキ顔料等の有機顔料、およびカーボンブラック等の無機顔料等から選択された1種類以上を好ましく用いることができる。
【0108】
これらの顔料は、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物中に分散された状態で存在させることが好ましい。これらの顔料の分散方法としては、公知の方法を特に限定なく使用することができる。
【0109】
なお、上記不溶性顔料は特に限定するものではないが、例えば、アゾ、アゾメチン、メチン、ジフェニルメタン、トリフェニルメタン、キナクリドン、アントラキノン、ペリレン、インジゴ、キノフタロン、イソインドリノン、イソインドリン、アジン、オキサジン、チアジン、ジオキサジン、チアゾール、フタロシアニン、ジケトピロロピロール等を用いることができる。
【0110】
有機顔料についても特に限定するものではないが、好ましく用いることができる具体的顔料名を以下に挙げる。
【0111】
マゼンタまたはレッド用の顔料としては、例えば、C.I.ピグメントレッド2、C.I.ピグメントレッド3、C.I.ピグメントレッド5、C.I.ピグメントレッド6、C.I.ピグメントレッド7、C.I.ピグメントレッド15、C.I.ピグメントレッド16、C.I.ピグメントレッド48:1、C.I.ピグメントレッド53:1、C.I.ピグメントレッド57:1、C.I.ピグメントレッド122、C.I.ピグメントレッド123、C.I.ピグメントレッド139、C.I.ピグメントレッド144、C.I.ピグメントレッド149、C.I.ピグメントレッド166、C.I.ピグメントレッド177、C.I.ピグメントレッド178、C.I.ピグメントレッド202、C.I.ピグメントレッド222、C.I.ピグメントバイオレット19等が挙げられる。
【0112】
オレンジまたはイエロー用の顔料としては、例えば、C.I.ピグメントオレンジ31、C.I.ピグメントオレンジ43、C.I.ピグメントイエロー12、C.I.ピグメントイエロー13、C.I.ピグメントイエロー14、C.I.ピグメントイエロー15、C.I.ピグメントイエロー15:3、C.I.ピグメントイエロー17、C.I.ピグメントイエロー74、C.I.ピグメントイエロー93、C.I.ピグメントイエロー128、C.I.ピグメントイエロー94、C.I.ピグメントイエロー138等が挙げられる。
【0113】
グリーンまたはシアン用の顔料としては、例えば、C.I.ピグメントブルー15、C.I.ピグメントブルー15:2、C.I.ピグメントブルー15:3、C.I.ピグメントブルー16、C.I.ピグメントブルー60、C.I.ピグメントグリーン7等が挙げられる。
【0114】
ブラック用の顔料としては、例えば、C.I.ピグメントブラック1、C.I.ピグメントブラック6、C.I.ピグメントブラック7等が挙げられる。
【0115】
無機顔料についても特に限定するものではないが、例えばカーボンブラック、二酸化チタン、硫化亜鉛、酸化亜鉛、リン酸亜鉛、混合酸化金属リン酸塩、酸化鉄、酸化マンガン鉄、酸化クロム、ウルトラマリン、ニッケルまたはクロムアンチモンチタン酸化物、酸化コバルト、アルミニウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、ケイ酸塩、酸化ジルコニウム、コバルトとアルミニウムの混合酸化物、硫化モリブデン、ルチル混合相顔料、希土類の硫化物、バナジン酸ビスマス、水酸化アルミニウムや硫酸バリウムからなる体質顔料等を好ましく用いることができる。
【0116】
本実施形態に係る近赤外線硬化型インク組成物中に含有される分散状態の顔料の平均分散粒子径は特に限定されないが、例えば1nm以上100nm以下であることが好ましい。顔料分散液の平均分散粒子径が1nm以上100nm以下であれば、近赤外線硬化型インク組成物中の保存安定性が特に良好だからである。平均分散粒子径は、例えば動的光散乱法に基づく粒径測定装置である大塚電子株式会社製 ELS-8000で測定できる。
(3-1-2)染料
染料についても特に限定されるものではなく、油溶性染料または水溶性染料のいずれでも用いることができ、イエロー染料、マゼンタ染料、シアン染料等を好ましく用いることができる。
【0117】
イエロー染料としては、例えばカップリング成分としてフェノール類、ナフトール類、アニリン類、ピラゾロン類、ピリドン類、開鎖型活性メチレン化合物類を有するアリールもしくはヘテリルアゾ染料;例えばカップリング成分として開鎖型活性メチレン化合物類を有するアゾメチン染料;例えばベンジリデン染料やモノメチンオキソノール染料等のようなメチン染料;例えばナフトキノン染料、アントラキノン染料等のようなキノン系染料などがあり、これ以外の染料種としてはキノフタロン染料、ニトロ・ニトロソ染料、アクリジン染料、アクリジノン染料等を挙げることができる。これらの染料は、クロモフォアの一部が解離して初めてイエローを呈するものであってもよく、その場合のカウンターカチオンはアルカリ金属や、アンモニウムのような無機のカチオンであっても良いし、ピリジニウム、4級アンモニウム塩のような有機のカチオンであってもよく、さらにはそれらを部分構造に有するポリマーカチオンであっても良い。
【0118】
マゼンタ染料としては、例えばカップリング成分としてフェノール類、ナフトール類、アニリン類を有するアリールもしくはヘテリルアゾ染料;例えばカップリング成分としてピラゾロン類、ピラゾロトリアゾール類を有するアゾメチン染料;例えばアリーリデン染料、スチリル染料、メロシアニン染料、オキソノール染料のようなメチン染料;ジフェニルメタン染料、トリフェニルメタン染料、キサンテン染料のようなカルボニウム染料、例えばナフトキノン、アントラキノン、アントラピリドンなどのようなキノン系染料、例えばジオキサジン染料等のような縮合多環系染料等を挙げることができる。これらの染料は、クロモフォアの一部が解離して初めてマゼンタを呈するものであってもよく、その場合のカウンターカチオンはアルカリ金属や、アンモニウムのような無機のカチオンであっても良いし、ピリジニウム、4級アンモニウム塩のような有機のカチオンであってもよく、さらにはそれらを部分構造に有するポリマーカチオンであっても良い。
【0119】
シアン染料としては、例えばインドアニリン染料、インドフェノール染料のようなアゾメチン染料;シアニン染料、オキソノール染料、メロシアニン染料のようなポリメチン染料;ジフェニルメタン染料、トリフェニルメタン染料、キサンテン染料のようなカルボニウム染料;フタロシアニン染料;アントラキノン染料;例えばカップリング成分としてフェノール類、ナフトール類、アニリン類を有するアリールもしくはヘテリルアゾ染料、インジゴ・チオインジゴ染料を挙げることができる。これらの染料は、クロモフォアの一部が解離して初めてシアンを呈するものであってもよく、その場合のカウンターカチオンはアルカリ金属や、アンモニウムのような無機のカチオンであっても良いし、ピリジニウム、4級アンモニウム塩のような有機のカチオンであってもよく、さらにはそれらを部分構造に有するポリマーカチオンであっても良い。また、ポリアゾ染料などのブラック染料も使用することができる。
【0120】
水溶性染料についても特に限定されるものではなく、直接染料、酸性染料、食用染料、塩基性染料、反応性染料、等を好ましく用いることができる。
【0121】
水溶性染料として、好ましく用いることができる具体的な染料名を以下に挙げる。
【0122】
C.I. ダイレクトレッド2、4、9、23、26、31、39、62、63、72、75、76、79、80、81、83、84、89、92、95、111、173、184、207、211、212、214、218、21、223、224、225、226、227、232、233、240、241、242、243、247、
C.I. ダイレクトバイオレット7、9、47、48、51、66、90、93、94、95、98、100、101、
C.I. ダイレクトイエロー8、9、11、12、27、28、29、33、35、39、41、44、50、53、58、59、68、86、87、93、95、96、98、100、106、108、109、110、130、132、142、144、161、163、
C.I. ダイレクトブルー1、10、15、22、25、55、67、68、71、76、77、78、80、84、86、87、90、98、106、108、109、151、156、158、159、160、168、189、192、193、194、199、200、201、202、203、207、211、213、214、218、225、229、236、237、244、248、249、251、252、264、270、280、288、289、291、
C.I. ダイレクトブラック9、17、19、22、32、51、56、62、69、77、80、91、94、97、108、112、113、114、117、118、121、122、125、132、146、154、166、168、173、199、
C.I. アシッドレッド35、42、52、57、62、80、82、111、114、118、119、127、128、131、143、151、154、158、249、254、257、261、263、266、289、299、301、305、336、337、361、396、397、
C.I. アシッドバイオレット5、34、43、47、48、90、103、126、
C.I. アシッドイエロー17、19、23、25、39、40、42、44、49、50、61、64、76、79、110、127、135、143、151、159、169、174、190、195、196、197、199、218、219、222、227、
C.I. アシッドブルー9、25、40、41、62、72、76、78、80、82、92、106、112、113、120、127:1、129、138、143、175、181、205、207、220、221、230、232、247、258、260、264、271、277、278、279、280、288、290、326、
C.I. アシッドブラック7、24、29、48、52:1、172、
C.I. リアクティブレッド3、13、17、19、21、22、23、24、29、35、37、40、41、43、45、49、55、
C.I. リアクティブバイオレット1、3、4、5、6、7、8、9、16、17、22、23、24、26、27、33、34、
C.I. リアクティブイエロー2、3、13、14、15、17、18、23、24、25、26、27、29、35、37、41、42、
C.I. リアクティブブルー2、3、5、8、10、13、14、15、17、18、19、21、25、26、27、28、29、38、
C.I. リアクティブブラック4、5、8、14、21、23、26、31、32、34、
C.I. ベーシックレッド12、13、14、15、18、22、23、24、25、27、29、35、36、38、39、45、46、
C.I. ベーシックバイオレット1、2、3、7、10、15、16、20、21、25、27、28、35、37、39、40、48、
C.I. ベーシックイエロー1、2、4、11、13、14、15、19、21、23、24、25、28、29、32、36、39、40、
C.I. ベーシックブルー1、3、5、7、9、22、26、41、45、46、47、54、57、60、62、65、66、69、71、
C.I. ベーシックブラック8、等が挙げられる。
【0123】
以上に説明した、着色材である顔料等の粒径は、近赤外線硬化型インク組成物の塗布装置の特性を考慮して定めることが好ましい。
【0124】
(3-2)分散剤
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、分散剤をさらに含むこともできる。すなわち、既述の近赤外線吸収粒子を分散剤と共に、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂や、後述する任意の成分である溶媒中へ分散させてもよい。分散剤の添加により、近赤外線吸収粒子を近赤外線硬化型インク組成物中に容易に分散することができる。また、近赤外線硬化型インク組成物の塗布膜を硬化させた場合に、硬化のバラつきを特に抑制できる。
【0125】
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物に用いる分散剤としては、特に限定されず、例えば市販の分散剤を任意に用いることができる。ただし、分散剤の分子構造として、ポリエステル系、ポリアクリル系、ポリウレタン系、ポリアミン系、ポリカプトラクトン系、ポリスチレン系の主鎖を有し、官能基に、アミノ基、エポキシ基、カルボキシル基、水酸基、スルホ基等を有するものが好ましい。このような分子構造を有する分散剤は、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物の塗布膜に近赤外線を数十秒間断続的に照射する際、変質し難い。従って、当該変質に起因する着色等の不具合が発生することを特に抑制できるからである。
【0126】
好適に用いることができる市販の分散剤の具体例としては、例えば日本ルーブリゾール(株)製SOLSPERSE3000、SOLSPERSE9000、SOLSPERSE11200、SOLSPERSE13000、SOLSPERSE13240、SOLSPERSE13650、SOLSPERSE13940、SOLSPERSE16000、SOLSPERSE17000、SOLSPERSE18000、SOLSPERSE20000、SOLSPERSE21000、SOLSPERSE24000SC、SOLSPERSE24000GR、SOLSPERSE26000、SOLSPERSE27000、SOLSPERSE28000、SOLSPERSE31845、SOLSPERSE32000、SOLSPERSE32500、SOLSPERSE32550、SOLSPERSE32600、SOLSPERSE33000、SOLSPERSE33500、SOLSPERSE34750、SOLSPERSE35100、SOLSPERSE35200、SOLSPERSE36600、SOLSPERSE37500、SOLSPERSE38500、SOLSPERSE39000、SOLSPERSE41000、SOLSPERSE41090、SOLSPERSE53095、SOLSPERSE55000、SOLSPERSE56000、SOLSPERSE76500等;
ビックケミー・ジャパン(株)製Disperbyk-101、Disperbyk-103、Disperbyk-107、Disperbyk-108、Disperbyk-109、Disperbyk-110、Disperbyk-111、Disperbyk-112、Disperbyk-116、Disperbyk-130、Disperbyk-140、Disperbyk-142、Disperbyk-145、Disperbyk-154、Disperbyk-161、Disperbyk-162、Disperbyk-163、Disperbyk-164、Disperbyk-165、Disperbyk-166、Disperbyk-167、Disperbyk-168、Disperbyk-170、Disperbyk-171、Disperbyk-174、Disperbyk-180、Disperbyk-181、Disperbyk-182、Disperbyk-183、Disperbyk-184、Disperbyk-185、Disperbyk-190、Disperbyk-2000、Disperbyk-2001、Disperbyk-2020、Disperbyk-2025、Disperbyk-2050、Disperbyk-2070、Disperbyk-2095、Disperbyk-2150、Disperbyk-2155、Anti-Terra-U、Anti-Terra-203、Anti-Terra-204、BYK-P104、BYK-P104S、BYK-220S、BYK-6919等;
BASFジャパン(株)社製 EFKA4008、EFKA4046、EFKA4047、EFKA4015、EFKA4020、EFKA4050、EFKA4055、EFKA4060、EFKA4080、EFKA4300、EFKA4330、EFKA4400、EFKA4401、EFKA4402、EFKA4403、EFKA4500、EFKA4510、EFKA4530、EFKA4550、EFKA4560、EFKA4585、EFKA4800、EFKA5220、EFKA6230、JONCRYL67、JONCRYL678、JONCRYL586、JONCRYL611、JONCRYL680、JONCRYL682、JONCRYL690、JONCRYL819、JONCRYL-JDX5050等;
味の素ファインテクノ(株)アジスパーPB-711、アジスパーPB-821、アジスパーPB-822等が挙げられる。
【0127】
なお、分散剤として、既述の近赤外線粒子分散液で説明した分散剤を用いることもできる。
【0128】
(3-3)溶媒
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂と共に溶媒を用いることもできる。すなわち、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、溶媒をさらに含むこともできる。
【0129】
この場合、近赤外線硬化型インク組成物の溶媒として、例えば熱硬化性樹脂の硬化反応時に未硬化の状態にある熱硬化性樹脂に含まれる熱硬化性樹脂のモノマーやオリゴマーと反応する、エポキシ基などの官能基を備えた反応性有機溶媒を用いることも好ましい。
【0130】
溶媒の添加により、近赤外線硬化型インク組成物の粘性を調整できる。近赤外線硬化型インク組成物の粘性を調整することで、近赤外線硬化型インク組成物の塗布性や、塗布膜の平滑性を容易に確保できるからである。
【0131】
溶媒についても特に限定されないが、例えば、水やメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコール、ジアセトンアルコールなどのアルコール類、メチルエーテル、エチルエーテル、プロピルエーテルなどのエーテル類、エステル類、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、シクロヘキサノン、インブチルケトンなどのケトン類、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールといった各種の有機溶媒が使用可能である。
【0132】
なお、溶媒としては既述の近赤外線吸収粒子分散液で説明した液状媒体を用いることもできる。
[5]近赤外線硬化型インク組成物の製造方法
上述したように、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、近赤外線吸収粒子を未硬化の熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂へ添加することで調製できる。また、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、近赤外線吸収粒子を適宜な溶媒中に分散した後、未硬化の熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂を添加することで調製してもよい。なお、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、既述の近赤外線吸収粒子分散液に、未硬化の熱硬化性樹脂や、熱可塑性樹脂を添加することで調製することもできる。
【0133】
本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、既述の近赤外線吸収粒子を含有しているため、例えば基体上に塗布し、近赤外線を照射して硬化膜とした場合に、よりニュートラルな色調とすることが可能である。また、上記近赤外線吸収粒子は近赤外線の吸収特性に優れるため、近赤外線等を照射した場合に十分な熱を供給し、得られた硬化膜について、基体との密着性を十分に高めることができる。
【0134】
なお、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物によれば、基体上に3次元物体を造形することもできる。すなわち3次元物体を造形する光造形法に最適な近赤外線硬化型インク組成物でもある。
【0135】
既述のように、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物が溶媒を含有することで、その粘性を調整できるため、基体等に塗布する際の取り扱い性を高めることができる。
【0136】
ただし、既述のように、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物は、溶媒を含有しなくても良い。本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物が溶媒を含有しないことで、溶媒を揮発等させる操作を省くことができるため、近赤外線硬化型インク組成物の塗布物を硬化する際の効率を高めることができる。
【0137】
なお、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物が溶媒を含む場合において、近赤外線硬化型インク組成物を塗布後に溶媒を除去する方法は特に限定されず、例えば減圧操作を加えた加熱蒸留法等を用いることができる。
[6]近赤外線硬化膜、近赤外線硬化膜の製造方法
本実施形態の近赤外線硬化膜は、既述の近赤外線硬化型インク組成物の硬化物とすることができる。
【0138】
本実施形態の近赤外線硬化膜は、例えば以下に説明する近赤外線硬化物の製造方法により製造することができる。
【0139】
具体的には、基体等の表面に既述の近赤外線硬化型インク組成物を塗布し(塗布工程)た後、必要に応じて溶媒等を除去し、近赤外線を照射することで、該近赤外線硬化型インク組成物を硬化させる(硬化工程)ことができる。
【0140】
上記塗布工程と、硬化工程とは繰り返し実施することもでき、所望の形状、サイズの近赤外線硬化膜とすることができる。また、基体上に3次元物体を造形することもでき、この場合、近赤外線硬化物ということもできる。
[7]近赤外線硬化物の製造方法
本実施形態の近赤外線硬化物の製造方法は、以下の塗布工程と、硬化工程とを有することができる。
【0141】
塗布工程では、基体上に、既述の近赤外線硬化型インク組成物を塗布し、塗布膜を形成できる。
【0142】
硬化工程では、塗布膜に近赤外線を照射し、近赤外線硬化型インク組成物を硬化させることができる。
【0143】
既述の近赤外線硬化型インク組成物は近赤外線吸収特性に優れるため、当該近赤外線硬化型インク組成物を塗布して塗布膜を得、該塗布膜に対して近赤外線を照射して硬化させることにより、所定の基板へ優れた密着性を発揮する、近赤外線硬化膜が得られる。
【0144】
また、当該近赤外線硬化型インク組成物に各種顔料や染料を少なくとも1種類以上添加しておくことで着色膜を得ることもできる。当該着色膜においては近赤外線吸収粒子による色味への影響もほとんどないため、当該着色膜は液晶ディスプレィなどのカラーフィルター等に用いることも可能である。
【0145】
本実施形態の近赤外線硬化膜において、上記優れた密着性を有する要因としては、近赤外線吸収粒子が、照射された近赤外線を吸収して発熱し、当該発熱の熱エネルギーが、未硬化の熱硬化性樹脂に含まれるモノマーやオリゴマー等による重合反応や、縮合反応、付加反応などの反応を促進して、熱硬化性樹脂の硬化反応を起こすためと考えられる。また、本実施形態の近赤外線硬化膜において、上記優れた密着性を有する要因としては、近赤外線の照射による近赤外線吸収粒子の発熱により、十分な熱が供給され、熱可塑性樹脂の溶解と冷却による硬化が起こるためとも考えられる。
【0146】
なお、既述の近赤外線硬化型インク組成物は溶媒を含有することもできるが、上記近赤外線吸収粒子の発熱により溶媒等の揮発を行うこともできる。
【0147】
既述の近赤外線吸収硬化型インク組成物が樹脂成分として熱硬化性樹脂を含有する場合、該近赤外線吸収硬化型インク組成物を用いて形成した近赤外線硬化膜へ、さらに近赤外線を照射しても当該硬化膜が再融解することはない。これは、係る近赤外線硬化膜が熱硬化性樹脂の硬化物を含むので、近赤外線の照射により近赤外線吸収粒子が発熱しても、再融解はしないためである。
【0148】
この特性は、本実施形態の近赤外線硬化型インク組成物の塗布と近赤外線照射を繰り返し行い、近赤外線硬化型インク組成物の硬化物を繰り返し積層することで、3次元物体を造形する光造形法へ適用する際に、上述した基体への優れた密着性と相俟って、特に有効である。
【0149】
以下、各工程について説明する。
(1)塗布工程
塗布工程では、基体上に、既述の近赤外線硬化型インク組成物を塗布し、塗布膜を形成できる。
【0150】
塗布工程で、近赤外線硬化型インク組成物を塗布する基体(基材)の材料は特に限定されない。
【0151】
基体としては、例えば、紙、樹脂、ガラス等から選択された1種類以上の基体を用いることができる。
【0152】
上記樹脂としては特に限定されないが、例えばPET(ポリエチレンテレフタレート)等のポリエステルや、アクリル、ウレタン、ポリカーボネート、ポリエチレン、エチレン酢酸ビニル共重合体、塩化ビニル、フッ素樹脂、ポリイミド、ポリアセタ-ル、ポリプロピレン、ナイロン等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0153】
基体の形状は特に限定されず、近赤外線硬化物に要求される形状に合わせた形状とすることができ、例えば板状形状とすることができる。
【0154】
基体表面に近赤外線硬化型インク組成物を塗布する方法は特に限定されないが、ディッピング法、フローコート法、スプレー法、バーコート法、スピンコート法、グラビヤコート法、ロールコート法、スクリーン印刷法、ブレードコート法などを用いることができる。
(2)硬化工程
硬化工程では、塗布膜に近赤外線を照射し、近赤外線硬化型インク組成物を硬化させることができる。
【0155】
近赤外線硬化型インク組成物の硬化方法としては、赤外線照射が好ましく、近赤外線照射がより好ましい。近赤外線はエネルギー密度が大きく、近赤外線硬化型インク組成物中の樹脂が硬化するのに必要なエネルギーを効率的に付与することができる。
【0156】
赤外線照射と、公知の方法から選ばれる任意の方法とを組み合わせて、近赤外線硬化型インク組成物の硬化を行なうことも好ましい。例えば、加熱や送風、電磁波の照射といった方法を、赤外線照射と組み合わせて使用しても良い。
【0157】
なお、本明細書において、赤外線とは0.1μm以上1mm以下の範囲の波長を有する電磁波を指し、近赤外線とは波長0.75μm以上4μm以下の赤外線を指し、遠赤外線は波長4μm以上1000μm以下の赤外線を指す。一般的に遠赤外線、近赤外線と呼ばれるどちらの赤外線を照射した場合であっても、近赤外線硬化型インク組成物を硬化させることができ、同様の効果を得ることができる。ただし、近赤外線を照射した場合には、より短時間で効率良く塗布膜を硬化できる。
【0158】
既述のように、近赤外線硬化型インク組成物を硬化する際に、電磁波を近赤外線と共に照射することもできる。係る電磁波としてはマイクロ波を好適に用いることができる。なお、マイクロ波とは1mm以上1m以下の範囲の波長を有する電磁波を指す。
【0159】
照射するマイクロ波は200W以上1000W以下のパワーを有することが好ましい。パワーが200W以上あれば、近赤外線硬化型インク組成物に残留する有機溶剤の気化が促進される、1000W以下であれば照射条件が穏和であり、基材や熱硬化性樹脂等の近赤外線硬化型インク組成物が含有する樹脂成分が変質する恐れが無い。
【0160】
近赤外線硬化型インク組成物への赤外線照射時間は、照射するエネルギーや波長、近赤外線硬化型インクの組成、近赤外線硬化型インク塗布量によって異なり特に限定されない。例えば上記赤外線照射時間は、一般的には0.1秒間以上が好ましい。照射時間を0.1秒間以上とすることで、近赤外線硬化型インク組成物を硬化させるために十分な赤外線の照射の実施が可能となる。照射時間を長くすることで、例えば近赤外線吸収硬化型インク組成物中の溶媒の十分な乾燥を行うことも可能であるが、高速での印刷や塗布を視野に入れると、照射時間は30秒間以内であることが好ましく、10秒間以内であることがより好ましい。
【0161】
赤外線の放射源としては特に限定されず、赤外線は熱源から直接得ても良いし、熱媒体を介在させてそこから有効な赤外線放射を得ても良い。例えば、水銀、キセノン、セシウム、ナトリウム等の放電灯や、炭酸ガスレーザー、さらに白金、タングステン、ニクロム、カンタル等の電気抵抗体の加熱等により赤外線を得ることができる。なお、好ましい放射源としてハロゲンランプが挙げられる。ハロゲンランプは熱効率も良く、立ち上がりが早い等の利点がある。
【0162】
塗布膜への赤外線の照射は、基体の近赤外線硬化型インク塗布面側から行っても、裏面側から行なっても良い。両面から同時に照射を行なうことも好ましく、昇温乾燥や送風乾燥と組み合わせることも好ましい。また、必要に応じて集光板を用いるのがより好ましい。これらの方法を組み合わせることで、短時間の赤外線照射で、近赤外線硬化型インク組成物を硬化させることが可能となる。
【0163】
なお、本実施形態の近赤外線硬化物の製造方法によれば、既述の近赤外線硬化膜を製造することができる。また、近赤外線硬化型インク組成物の硬化物を繰り返し積層することで、3次元物体を造形することもできる。すなわち、既述の塗布工程と照射工程とを繰り返し実施し、所望の3次元構造を有する近赤外線硬化物を製造することもできる。
【0164】
本実施形態の近赤外線硬化膜や、近赤外線硬化物は、硬化した熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂と、既述の近赤外線吸収粒子とを含むことができる。近赤外線吸収粒子は、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂内に含まれ、分散した状態であることが好ましい。本実施形態の近赤外線硬化膜や、近赤外線硬化物は、さらに既述の顔料や染料、分散剤等を含んでいても良い。本実施形態の近赤外線硬化膜や、近赤外線硬化物が含有する成分は、硬化工程における近赤外線等の照射、発熱等により一部または全部が変成等していても良い。
【0165】
本実施形態の近赤外線硬化物の製造方法によれば、光造形法を実施することができる。すなわち、ここまで説明した塗布工程と、硬化工程とを有する光造形法とすることもできる。
【実施例0166】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(評価方法)
ここでまず以下の実施例、比較例における評価方法について説明する。
(化学分析)
得られた近赤外線吸収粒子の化学分析は、Csについては原子吸光分析(AAS)により、W(タングステン)についてはICP発光分光分析(ICP-OES)により行った。OについてはLECO社の軽元素分析装置(ON-836)を用いた。
(X線回折測定)
X線回折測定はSpectris社のX'Pert-PRO/MPD装置でCu-Kα線を用いて粉末XRD測定することで実施した。
【0167】
(近赤外線硬化膜の光学特性)
近赤外線硬化膜のL*a*b*色指数は、JIS Z 8701(1999)に準拠して、D65標準光源、光源角度10°に対する三刺激値X、Y、Zを算出し、三刺激値からJIS Z 8729(2004)に準拠して求めた。
[実施例1]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=1:6の比率となるように、合計20gの量を秤量、混合、混練し、得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、110℃で12時間乾燥した。これにより、CsおよびWを含む化合物原料であるセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を得た。
【0168】
上記セシウムタングステン酸化物前駆体粉末をアルミナボートに載せて加熱マッフル炉内に配置し、体積比で過熱水蒸気:窒素ガス=50:50の混合ガスを流しながら、550℃まで昇温し、1時間保持した。なお、上記混合ガスを表1中では50%N2-50%過熱H2Oのように表記する。次に供給する気体を100体積%の窒素ガスに変えて、窒素ガスを流しながら、550℃で0.5時間保持後昇温し、800℃で1時間保持した。その後室温まで降温して、僅かに緑がかった白色の粉末を得た(第1熱処理工程)。
【0169】
この白色粉末のX線粉末回折パターンは、Cs4W11O35(ICDD 00-51-1891)と同定された。
【0170】
次に、この白色粉末をカーボンボートに入れて管状炉に配置し、1体積%H2-Ar気流中(表1中、1%H2-Arのように表記する)で昇温し、550℃で1h保持して還元した。次いで、供給する気体を100体積%のArガスに変えて、Arガスを流しながら550℃で30min保持した。続いて800℃まで昇温して1h加熱した後、室温まで降温して淡い水色の粉末Aを得た(第2熱処理工程)。
【0171】
ここで得られた粉末AのXRD粉末パターンは、
図2に示すように、主相が六方晶Cs
0.32WO
3で、第2相が斜方晶Cs
4W
11O
35となるブロードな2相混合パターンを示した。粉末Aの化学分析により、モル比でCs/W比は0.33と得られた。他の成分の組成比は表2に示す。この場合のXRD粉末パターンは、六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の両者の回折線が混在したものであったが、Cs
4W
11O
35の回折線は、僅かに理想的な位置や強度からのズレが観察された。ICDDデータベースには、この回折パターンと完全に符合するデータは見つけられなかった。
【0172】
この粉末を透過電子顕微鏡(日立ハイテク株式会社HF-2200)観察すると
図4(A)に示すような微粒子40が観察された。各微粒子の結晶は、
図4(B)の制限視野電子回折図形に示すように、六方晶と斜方晶の2相分離した混合組織ではなく、単相の組織として観察された。
図4(B)に示した電子回折像は六方晶の[0001]晶帯に相当する図形であり、回折スポットには六方晶と見做した時の面指数が示されている。3方向の最近接回折スポットから対応する面間隔を求めると、(01-10)面間隔のみが3.88Åと他の2方向の値、3.48Åと3.43Åよりも有意に大きくなっており、正確な六方対称性からズレていた。なお、結晶学上、負の指数は数字の上にバーをつけることになっているが、記載の都合上、本明細書では数字の前にマイナスをつけている。
【0173】
一方、
図4(C)は、STEM-HAADF法(走査電子モードでの高角度散乱暗視野観察)で撮影した原子像である。HAADF法では原子番号が大きいほど、また投影方向での原子存在密度が大きいほど、明るく強い原子スポットが得られるので、[0001]晶帯の投影面情報と合わせると、像上の原子種が特定される。
図4(C)で最も強いスポットはW原子であるが、(01-10)面に沿って並んでおり、六方晶では等価な(1-100)面や(10-10)面に沿っては同様な配列は見られない。
図4(C)の(01-10)スポット方向にストリークが見られることから、(01-10)面のみに多くの面状欠陥(W、O欠損)が挿入されたことが分かるが、そのために(01-10)面の面間隔が増加したと解釈される。本来六方晶であれば60°で交わる(01-10)面、(1-100)面、(10-10)面にはほとんど欠陥が導入されず、(01-10)面のみに多くの面状欠陥が挿入されたことにより、六方対称性を失って斜方晶へ変調していることが分かる。
図4(B)中の矢印41の規則スポットにより、このW欠損面はほぼ3.88Åの倍の周期で導入されている。以上のように、この近赤外線吸収粒子は斜方晶に変調した擬六方晶の結晶構造をもつセシウムタングステン酸塩の単結晶粒子であることが分かった。
【0174】
さらに得られた近赤外線吸収粒子の粉体を、X線光電子分光(アルバック・ファイ製XPS-Versa Probe II)により25WのAl-KαX線を照射して励起された光電子を観察すると、530.45eV付近のO1sピークは、高エネルギー側に肩をもつことが分かった。532.80eV付近の成分はH2Oに起因すると見做してピーク分離した結果、多くのOH2が含まれることが分かった。また熱脱離分光分析により、加熱時500℃以上700℃以下の温度領域において、結晶からOHおよびOH2が排出されることが確認できた。これらの観察結果により、OHおよびOH2が粉末Aのセシウムタングステン酸塩に含有されること、また一軸方向に伸長した擬六方晶結晶中の空隙を考慮すると、六方トンネルのウィンドウ空隙に侵入したと推測される。過熱水蒸気中で結晶化したことにより、水とその分解物が結晶内に導入されたと考えられるが、その時に生成するH+やH3O+イオンが陽性のWイオンと競合し、Wイオンの一部脱離につながったと考えられる。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
【0175】
作製した粉末Aを20質量%と、官能基としてアミンを含有する基を有するアクリル系高分子分散剤(以下「分散剤a」と略称する)20質量%と、溶媒としてメチルイソブチルケトン60質量%とを秤量した。秤量したこれらの材料を0.3mm径のシリカビーズと共にガラス容器に入れ、ペイントシェーカーを用いて、1時間、分散・粉砕し、分散液Aを得た。
【0176】
分散液A25質量部と、市販の一液タイプで未硬化の熱硬化性樹脂を含む熱硬化型インク(帝国インキ製造社製、MEG スクリーンインキ(メジウム))75質量部とを混合して、実施例1に係る近赤外線硬化型インク組成物(以下、インクAと記載する)を調製した。
【0177】
インクAを厚さ3mmの青板ガラス上にバーコーター(No.10)を用いて塗布し、塗布膜を形成した(塗布工程)。
【0178】
次いで、該塗布膜に対して、近赤外線を照射し、近赤外線硬化膜(以下、硬化膜Aと記載する)を得た(硬化工程)。
【0179】
なお、硬化工程においては、近赤外線の照射源として株式会社ハイベック社製ラインヒーター HYP-14N(出力980W)を用い、該ヒーターを塗布膜の塗布面から5cmの高さに設置し、10秒間、近赤外線を照射した。
【0180】
得られた硬化膜Aの膜厚は20μmであった。そして、目視にて透明であることが確認された。
【0181】
硬化膜A中に分散されたセシウムタングステン酸化物粒子の平均粒径を、透過電子顕微鏡像を用いた画像処理装置によって算出したところ、24nmであった。なお、各粒子の粒径は粒子の外接円の直径とし、100個の粒子について測定した各粒子の粒径の粒度分布におけるメジアン径として上記平均粒径を算出している。
【0182】
硬化膜Aの密着性は、以下に示す方法で評価した。
【0183】
硬化膜Aに、100個の升目状の切り傷を、隙間間隔1mmのカッターガイドを用いて付けた。そして、18mm幅のテープ(ニチバン株式会社製セロテープ(登録商標)CT-18)を升目上の切り傷面に貼り付け、2.0kgのローラーを20往復して完全に付着させた後、180度の剥離角度で急激に剥がし、剥がれた升目の数を数えた。剥がれた升目の数は0であった。
【0184】
硬化膜Aへ、上述した近赤外線硬化型インク硬化の際と同条件の近赤外線を20秒間照射しても、当該硬化膜が再融解することはなかった。
【0185】
また、作製された硬化膜Aの分光特性を、日立製作所製の分光光度計を用いて波長200nm以上2100nm以下の光の反射率により測定し、色指数を算出したところ、L*=88、a*=-1、b*=8となり、ブルー色が非常に弱くニュートラルな色調であることが確認できた。
【0186】
当該結果を表3に示す。また、表3には、後述する実施例2~実施例14、比較例1、比較例2で得られた結果についても併せて記載する。
[実施例2]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例1で作製したセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を、アルミナボートに載せて加熱マッフル炉内に配置し、100体積%の窒素ガスを流しながら150℃まで昇温した。ここで供給する気体を、過熱水蒸気と水素ガスと窒素ガスが体積比で50:1:49のガス(表1中、1%H2-49%N2-50%過熱H2Oのように表記する)に変えて、係る混合ガスを流しながら、550℃まで昇温し、1時間保持した。これをそのまま室温まで降温して、水色の粉末Bを得た(第1熱処理工程)。
【0187】
この粉末のX線粉末回折パターンは、
図2に示すように、ブロードな回折線を持ち、六方晶Cs
0.32WO
3が主相であるが、斜方晶Cs
4W
11O
35とパイロクロア相(Cs
2O)
0.44W
2O
6相の回折線が異相として混合したパターンを示した。このパイロクロア相の回折線はブロードであり、反射位置もややずれていた。水由来のOや、OH、OH
2、OH
3がパイロクロアキャビティに取り込まれたものと考えられる。立方晶パイロクロア相の(111)面は、六方晶の底面と類似な六方対称性をもつ面であり、パイロクロアキャビティは、六方晶における六方キャビティや三方キャビティの空隙に相当する。他の実施例においてもXRD粉末パターンにはしばしばパイロクロア相の反射が少量混在する場合も観察された。
【0188】
そして、この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶であることが分かった。
【0189】
粉末Bの化学分析は、Cs/W=0.32を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Bを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例3]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例2で得た水色の粉末Bを、カーボンボートに敷き詰め、1体積%H2-Arの気流中、550℃で2時間保持した。次に供給する気体を100体積%の窒素ガスに変えて、窒素ガスを流しながら550℃で0.5時間保持後、昇温し、800℃で1時間保持した。室温まで降温して、水色の粉末Cを得た(第2熱処理工程)。
【0190】
粉末Cの化学分析により、物質量の比でCs/W比は0.31と得られた。他の成分の組成比は表2に示す。
【0191】
粉末CのX線粉末回折パターンは、
図2に示すように、実施例1、2と比較するとブロードな回折線を持ち、六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が混合したパターンを示した。ただしCs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0192】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶であることが分かった。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Cを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例4]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例2で得た淡い水色の粉末Bを、カーボンボートに敷き詰め、100体積%Arの気流中で昇温し、800℃で1時間保持した。その後室温まで降温して、水色の粉末Dを得た。
【0193】
粉末DのX線粉末回折パターンは、
図2に示すようにブロードな回折線を持ち、六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が混合したパターンを示した。Cs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0194】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶であることが分かった。
【0195】
粉末Dの化学分析は、Cs/W=0.33を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Dを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例5]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例2で得た淡い水色の粉末Bを、カーボンボートに敷き詰め、100体積%Arの気流中で800℃まで昇温した。ここで、供給する気体を1体積%H2-Arに変え、係る気体の気流中、800℃で10分間保持した。その後室温まで降温して、水色の粉末Eを得た。
【0196】
粉末EのX線粉末回折パターンは、
図2に示すようにブロードな回折線を持ち、六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が混合したパターンを示した。Cs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0197】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶であることが分かった。
【0198】
粉末Eの化学分析は、Cs/W=0.32を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Eを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例6]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例2で得た淡い水色の粉末Bを、カーボンボートに敷き詰め、1体積%H2-Arの気流中、500℃で30分間保持した。次に、供給する気体を100体積%窒素ガスに変えて、窒素ガスを流しながら、550℃で30分間保持後、さらに昇温して800℃で1時間保持した。その後室温まで降温して、水色の粉末Fを得た。
【0199】
粉末FのX線粉末回折パターンは、
図2に示すようにブロードな回折線を持ち、六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が混合したパターンを示した。Cs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0200】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶であることが分かった。
【0201】
粉末Fの化学分析は、Cs/W=0.31を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Fを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例7]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=1:10の比率となるように、合計20gの量を秤量、混合、混練し、得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、110℃で12h乾燥した。これにより、CsおよびWを含む化合物原料であるセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を得た。
【0202】
そして、上記セシウムタングステン酸化物前駆体粉末を用いた以外は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程を行なった。
【0203】
第1熱処理工程で得られた粉末をカーボンボートに敷き詰め、100体積%のArの気流中で800℃まで昇温した。そして、供給する気体を1体積%H2-Ar気流に変えて、係る気体を流しながら800℃で10分間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Gを得た。
【0204】
粉末GのX線粉末回折パターンは、ブロードな回折線を持ち、六方晶Cs0.20WO3(ICDD0-083-1333)と斜方晶Cs4W11O35の回折線が混合したパターンを示した。Cs4W11O35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0205】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置が一つだけ短く、また弱いストリークを伴っていた。従って六方晶がプリズム面欠陥によって変調された斜方晶と同定された。
【0206】
粉末Gの化学分析は、Cs/W=0.20を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Gを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例8]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=3:10の比率となるように、合計20gの量を秤量、混合、混練し、得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、110℃で12h乾燥した。これにより、CsおよびWを含む化合物原料であるセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を得た。
【0207】
そして、上記セシウムタングステン酸化物前駆体粉末を用いた以外は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程を行なった。
【0208】
第1熱処理工程で得られた粉末をカーボンボートに敷き詰め、100体積%のArの気流中で800℃まで昇温した。そして、供給する気体を1体積%H2-Arに変えて、係る気体を流しながら800℃で10分間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Hを得た。
【0209】
粉末IのX線粉末回折パターンは、ブロードな回折線を持ち、菱面体晶Cs6W11O36やCs8.5W15O48が主相であり、これに六方晶Cs0.32WO3や正方晶Cs2W3O10の回折線が少し混合したパターンを示した。但しCs6W11O36、Cs8.5W15O48の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0210】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置は3つとも実験誤差範囲を超える相違が観察された。従って六方晶が底面欠陥によって変調された菱面体晶が主体となっていることが分かった。
【0211】
粉末Hの化学分析は、Cs/W=0.59を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Hを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例9]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=2:11の比率となるように、合計20gの量を秤量、混合、混練し、得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、110℃で12h乾燥した。これにより、CsおよびWを含む化合物原料であるセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を得た。
【0212】
そして、上記セシウムタングステン酸化物前駆体粉末を用いた以外は、実施例2と同様の条件で第1熱処理工程を行ない、薄緑色の粉末Iを得た。
【0213】
粉末IのX線粉末回折パターンは、
図3に示すようにブロードな回折線を持ち、パイロクロア相(Cs
2O)
0.44W
2O
6が主相であり、これに六方晶Cs
0.32WO
3や斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が少し混合したパターンを示した。但し(Cs
2O)
0.44W
2O
6とCs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0214】
この粉末の透過電子顕微鏡観察では、立方晶の電子回折パターンが得られた。
【0215】
粉末Iの化学分析は、Cs/W=0.36を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Iを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例10]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例9で作製した粉末Iを、カーボンボートに敷き詰め、100体積%のArガスを流しながら800℃まで昇温した。そして、供給する気体を1体積%H2-Arに変えて、係る気体を流しながら800℃で10分間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Jを得た。
【0216】
この粉末のX線粉末回折パターンは、
図3に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3、斜方晶Cs
4W
11O
35、菱面体晶Cs
6W
11O
36及びCs
8.5W
15O
48の回折線が混合したパターンを示した。但しCs
4W
11O
35、Cs
6W
11O
36、Cs
8.5W
15O
48の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0217】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置は3つとも実験誤差範囲を超える相違が観察された。従って六方晶が底面欠陥によって変調された菱面体晶が主体となっていることが分かった。
【0218】
粉末Jの化学分析は、Cs/W=0.36を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Jを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例11]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例9で作製した粉末Iを、カーボンボートに敷き詰め、1体積%H2-Arの気流中、500℃で30分間保持した。そして、供給する気体を100体積%窒素ガスに変えて、係る窒素ガスを流しながら800℃で1時間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Kを得た。
【0219】
この粉末のX線粉末回折パターンは、
図3に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3、斜方晶Cs
4W
11O
35、菱面体晶Cs
6W
11O
36及びCs
8.5W
15O
48の回折線が混合したパターンを示した。但しCs
4W
11O
35、Cs
6W
11O
36、Cs
8.5W
15O
48の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0220】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置は3つとも実験誤差範囲を超える相違が観察された。従って六方晶が底面欠陥によって変調された菱面体晶が主体となっていることが分かった。
【0221】
粉末Kの化学分析は、Cs/W=0.35を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Kを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例12]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
炭酸セシウム(Cs2CO3)と三酸化タングステン(WO3)をモル比でCs2CO3:WO3=1:5の比率となるように、合計20gの量を秤量、混合、混練し、得られた混練物をカーボンボートに入れ、大気中、110℃で12h乾燥した。これにより、CsおよびWを含む化合物原料であるセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を得た。
【0222】
そして、上記前駆体粉末をアルミナボートに載せて加熱マッフル炉内に配置し、100体積%の窒素ガスを流しながら150℃まで昇温した。ここで供給する気体を、過熱水蒸気と水素ガスと窒素ガスが体積比で50:1:49のガスに変えて、係る混合ガスを流しながら、550℃まで昇温し、1時間保持した。これをそのまま室温まで降温して、水色の粉末Lを得た(第1熱処理工程)。
【0223】
粉末LのX線粉末回折パターンは、
図3に示すようにブロードな回折線を持ち、パイロクロア相(Cs
2O)
0.44W
2O
6が主相であり、これに六方晶Cs
0.32WO
3や斜方晶Cs
4W
11O
35の回折線が少し混合したパターンを示した。但し(Cs
2O)
0.44W
2O
6とCs
4W
11O
35の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0224】
この粉末の透過電子顕微鏡観察では、立方晶の電子回折パターンが得られた。
【0225】
粉末Lの化学分析は、Cs/W=0.40を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Lを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例13]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例12で作製した粉末Lを、カーボンボートに敷き詰め、100体積%のArガスを流しながら800℃まで昇温した。そして、供給する気体を1体積%H2-Arに変えて、係る気体を流しながら800℃で10分間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Mを得た。
【0226】
この粉末のX線粉末回折パターンは、
図3に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3、斜方晶Cs
4W
11O
35、菱面体晶Cs
6W
11O
36及びCs
8.5W
15O
48の回折線が混合したパターンを示した。但しCs
4W
11O
35、Cs
6W
11O
36、Cs
8.5W
15O
48の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0227】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置は3つとも実験誤差範囲を超える相違が観察された。従って六方晶が底面欠陥によって変調された菱面体晶が主体となっていることが分かった。
【0228】
粉末Mの化学分析は、Cs/W=0.42を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Mを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[実施例14]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例12で作製した粉末Lを、カーボンボートに敷き詰め、1体積%H2-Arの気流中、500℃で30分間保持した。そして、供給する気体を100体積%Arに変えて、係る気体を流しながら550℃で30分間保持後、さらに昇温して800℃で1時間保持後、室温まで降温して、水色の粉末Nを得た。
【0229】
この粉末のX線粉末回折パターンは、
図3に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3、斜方晶Cs
4W
11O
35、菱面体晶Cs
6W
11O
36及びCs
8.5W
15O
48の回折線が混合したパターンを示した。但しCs
4W
11O
35、Cs
6W
11O
36、Cs
8.5W
15O
48の回折線位置と強度はICDDデータと完全には一致しなかった。
【0230】
この粉末のうちの1粒子を(0001)方向から透過電子顕微鏡で観察したところ、電子回折像に現れるプリズム面スポットの位置は3つとも実験誤差範囲を超える相違が観察された。従って六方晶が底面欠陥によって変調された菱面体晶が主体となっていることが分かった。
【0231】
粉末Nの化学分析は、Cs/W=0.42を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末Nを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[比較例1]
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
【0232】
実施例1で得たセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を、カーボンボートに入れ、大気中、管状炉で、850℃まで加熱して20時間保持し、一旦室温まで降温して擂潰機で粉砕混合した。その後再度大気中850℃に加熱して20時間保持し、室温へ降温して、ごく薄く緑がかった白色粉末iを得た。この粉末iのX線粉末回折パターンは、
図2に示すように、僅かにCs
6W
11O
36が混じったが、ほぼCs
4W
11O
35単相(ICDD 0-51-1891)と同定された。粉末iの化学分析は、Cs/W=0.36を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末iを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
[比較例2]
【0233】
(近赤外線吸収粒子の製造、評価)
実施例1で得たセシウムタングステン酸化物前駆体粉末を、カーボンボートに入れ、N
2ガスをキャリアーとした1体積%H
2ガス気流下、550℃で2時間保持し、その後100体積%N
2気流に変えて1時間保持後800℃に昇温して1時間保持し、室温へ徐冷して粉末iiを得た。粉末iiの色は濃青色であった。この粉末iiのX線粉末回折パターンは、
図2に示すように、Cs
0.32WO
3単相(ICDD 0-81-1244)と同定され、六方晶のセシウムタングステン酸化物である。粉末iiの化学分析は、Cs/W=0.34を示した。他の成分の組成比は表2に示す。
【0234】
(近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜の製造、評価)
粉末iiを用いた点以外は実施例1と同様にして、近赤外線硬化型インク組成物、硬化膜を得て評価した。当該評価結果を表3に示す。
【0235】
【0236】
【0237】
【表3】
実施例1~7で作製した粉末のXRD粉末パターンは、すべて六方晶Cs
0.32WO
3と斜方晶Cs
4W
11O
35の混相パターンを示したが、回折線の強度比や位置はICDDデータからのズレが観察され、不規則にプリズム面に面状欠陥が挿入された影響によると考えられる。(0001)電子回折パターンはプリズム面スポットのひとつが面間隔の増加を伴い、斜方晶への結晶構造の変調が確認された。また実施例8~14で作製した粉末のXRD粉末パターンには、すべて六方晶Cs
0.32WO
3と菱面体晶Cs
6W
11O
36、Cs
8.5W
15O
48またはパイロクロア相(Cs
2O)
0.44W
2O
6との混在が観察されたが、菱面体晶やパイロクロア相の回折線位置や強度分布はICDDデータからのズレが見られた。(0001)電子回折パターンはプリズム面スポット3種類とも面間隔の変化を伴い、菱面体晶への結晶構造の変調が確認された。またXRDでパイロクロア相のパターンを同定した粉末では、立方晶の電子回折パターンが確認された。すなわち実施例1~14で作製した粉末が含有するセシウムタングステン酸塩は、擬六方晶の結晶構造を有することが確認できた。
【0238】
そして、所定の組成を充足するセシウムタングステン酸塩を含有する近赤外線吸収粒子を含む実施例1~実施例14で作製した近赤外線硬化型インク組成物を用いた硬化膜は、いずれも色調b*がb*≧0の関係にあり、ブルー色が非常に弱くニュートラルな色調であることを確認できた。すなわち、これらの実施例の硬化膜は、複合タングステン酸化物を含有する近赤外線吸収粒子を含み、よりニュートラルな色調とすることが可能であることを確認できた。
【0239】
これに対して、比較例1、比較例2の硬化膜が含有する近赤外線吸収粒子は、所定の組成を充足するセシウムタングステン酸化物を含有していない。
【0240】
比較例1で作製した近赤外線硬化型インク組成物を用いた硬化膜は、ニュートラルな色調を示すものの、剥がれた升目の数が25と多く、密着性に劣ることを確認できた。これは、比較例1で用いた近赤外線硬化型インク組成物が含有する近赤外線吸収粒子の日射吸収率が低いためと考えられる。
【0241】
また、比較例2で作製した近近赤外線硬化型インク組成物を用いた硬化膜は、色調b*がb*<0であり、青味が明確に認識されることが分かる。すなわち、比較例2の硬化膜はニュートラルな色調とすることはできないことを確認できた。