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特開2023-152759有機半導体材料の製造方法、半導体デバイスの製造方法、水溶液、pH測定方法、pH測定装置、及び、センサ素子
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023152759
(43)【公開日】2023-10-17
(54)【発明の名称】有機半導体材料の製造方法、半導体デバイスの製造方法、水溶液、pH測定方法、pH測定装置、及び、センサ素子
(51)【国際特許分類】
   H10K 85/60 20230101AFI20231005BHJP
   G01N 27/414 20060101ALI20231005BHJP
   H10K 10/46 20230101ALI20231005BHJP
   H10K 10/20 20230101ALI20231005BHJP
   H01L 29/786 20060101ALI20231005BHJP
   H10K 85/10 20230101ALI20231005BHJP
【FI】
H10K85/60
G01N27/414 301Z
H10K10/46
H10K10/20
H01L29/78 625
H10K85/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023029804
(22)【出願日】2023-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2022057792
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1) ウェブサイトでの公開 令和4年7月6日にhttps://confit.atlas.jp/guide/print/jsap2022a/subject/20p-C105-1/detailで2022年第83回応用物理学会秋季学術講演会プログラムを公開 (2)刊行物への発表による公開 令和4年8月26日に公益社団法人応用物理学会発行,2022年第83回応用物理学会秋季学術講演会予稿集(講演番号20p-C105-1)にて掲載 (3) ウェブサイトでの公開 令和4年9月6日にhttps://doi.org/10.21203/rs.3.rs-2011544/v1(Research Square)で論文(プレプリント)を公開 (4)集会での発表による公開 令和4年9月20日に国立大学法人東北大学における2022年第83回応用物理学会秋季学術講演会で発表
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003535
【氏名又は名称】スプリング弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】山下 侑
(72)【発明者】
【氏名】石井 政輝
(72)【発明者】
【氏名】有賀 克彦
(72)【発明者】
【氏名】竹谷 純一
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 峻一郎
【テーマコード(参考)】
3K107
5F110
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB02
3K107CC03
3K107DD73
3K107GG28
5F110BB09
5F110DD02
5F110DD12
5F110GG05
5F110GG25
5F110GG28
(57)【要約】
【課題】 水分、及び、酸素の存在下であっても、有機半導体化合物のキャリア密度を増減させ、かつ、有機半導体化合物にイオンを導入し、有機半導体材料を製造できる、有機半導体材料の製造方法の提供。
【解決手段】 プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液に、上記有機半導体化合物を、接触させ、上記有機半導体化合物に、上記キャリア、及び、上記塩に由来するイオンが導入された有機半導体材料を製造する、有機半導体材料の製造方法。
【選択図】 図2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液に、
前記有機半導体化合物を、接触させ、
前記有機半導体化合物に、前記キャリア、及び、前記塩に由来するイオンが導入された有機半導体材料を製造する、有機半導体材料の製造方法。
【請求項2】
前記酸化還元剤は、2プロトン、及び、2電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、請求項1に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項3】
前記酸化還元剤は、1プロトン、及び、1電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、請求項1に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項4】
前記水溶液のpHを調整して、前記酸化還元剤のレドックスポテンシャルを、前記有機半導体化合物と前記酸化還元剤との間で電子移動が起こるレベルに調整することを含む、請求項1に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項5】
電圧の印加により、前記水溶液中に含まれる前記酸化還元剤の酸化体と還元体の比率を調整し、ドーピング強度を調整することを含む、請求項4に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項6】
前記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、請求項2に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項7】
前記酸化還元剤が、以下のグループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び/又は、その還元体を含む、請求項2に記載の有機半導体材料の製造方法。
グループA:
以下の一般式Q1~Q4で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種
【化1】
(一般式Q1~Q4中、RQ1~RQ6はそれぞれ独立に1価の置換基を表し、m1は0~4の整数を表し、m2は0~2の整数をし、m3は0~4の整数を表し、m4は0~4の整数を表し、m5は0~4の整数を表し、m6は0~4の整数を表す)
グループB:
以下の一般式Q5で表される化合物
【化2】
(一般式Q5中、RQ7、及び、RQ8は、それぞれ独立に、水素原子、又は、1価の置換基を表す)
【請求項8】
前記酸化還元剤が、以下のグループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び、その還元体を含む、請求項1に記載の有機半導体材料の製造方法。
グループA:
以下の一般式Q1~Q4で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種
【化3】
(一般式Q1~Q4中、RQ1~RQ6はそれぞれ独立に、水素原子、又は、1価の置換基を表し、m1は0~4の整数を表し、m2は0~2の整数をし、m3は0~4の整数を表し、m4は0~4の整数を表し、m5は0~4の整数を表し、m6は0~4の整数を表す)
グループB:
以下の一般式Q5で表される化合物
【化4】
(一般式Q5中、RQ7、及び、RQ8は、それぞれ独立に、水素原子、又は、1価の置換基を表す)
【請求項9】
前記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、請求項1に記載の有機半導体材料の製造方法。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の有機半導体材料の製造方法を含む、半導体デバイスの製造方法。
【請求項11】
プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液であって、
前記有機半導体化合物に接触させて、前記有機半導体化合物の前記キャリア密度が増減し、かつ、前記塩に由来するイオンが導入された有機半導体材料を製造するために用いられる、水溶液。
【請求項12】
前記酸化還元剤は、2プロトン、及び、2電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、請求項11に記載の水溶液。
【請求項13】
前記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、請求項11に記載の水溶液。
【請求項14】
前記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、請求項11に記載の水溶液。
【請求項15】
プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液、及び、有機半導体化合物を含むセンサ素子に、検体を接触させ、
前記検体のpHに応じて変化する前記有機半導体化合物の電気伝導度を測定することと、
前記電気伝導度とpHとの関係を規定する予め定められた関数に基づき、前記検体のpHを求める、pH測定方法。
【請求項16】
前記酸化還元剤が、2プロトン、及び、2電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む請求項15に記載のpH測定方法。
【請求項17】
前記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、請求項16に記載のpH測定方法。
【請求項18】
前記酸化還元剤が、1プロトン、及び、1電子移動により前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む請求項15に記載のpH測定方法。
【請求項19】
前記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、請求項15に記載のpH測定方法。
【請求項20】
前記検体が、液絡を介して前記水溶液と接触する、請求項15に記載のpH測定方法。
【請求項21】
センサ素子と、制御装置と、を有し、
前記センサ素子は、
基材と、前記基材上に形成された有機半導体化合物と、前記有機半導体化合物と接するように形成された電解質と、を有し、
前記電解質は、プロトン共役電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減する酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液を含み、
前記制御装置は、検体と前記電解質との接触により変化する前記有機半導体化合物の電気伝導度を測定する測定部と、前記電気伝導度とpHとの関係を規定する予め記憶された関数に基づき、前記測定部の測定値から、前記検体のpHを計算する計算部と、を有する、pH測定装置。
【請求項22】
基材と、前記基材上に形成された有機半導体化合物と、前記有機半導体化合物と接するように形成された電解質と、を有し、
前記電解質は、プロトン共役電子移動により、前記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減する酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液を含み、
検体と前記電解質との接触により変化する前記有機半導体化合物の電気伝導度を測定し、前記電気伝導度とpHとの関係を規定する関数に基づき、前記検体のpHを計算するのに用いられる、センサ素子。
【請求項23】
更に、前記電解質と前記検体とを隔てる液絡部を有する、請求項22に記載のセンサ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体材料の製造方法、半導体デバイスの製造方法、水溶液、pH測定方法、pH測定装置、及び、センサ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化剤、及び/又は、還元剤を含む有機溶媒等を用いて、有機半導体材料をドーピングする技術が知られている。特許文献1には、「配向された高分子半導体からなる高分子膜を準備する準備ステップと、ドーピングにより前記高分子半導体に注入されるキャリアと逆の極性を持つ第1のイオンをカチオンまたはアニオンの一方として構成されるイオン液体または塩を溶解した有機溶媒に前記第1のイオンと同じ極性を有し前記高分子半導体を酸化または還元するドーパントを溶解した処理液を前記高分子膜の表面に接触させ、酸化還元反応により前記ドーパントがイオン化した第2のイオンと前記高分子半導体との中間体を形成するとともに、前記中間体の前記第2のイオンを前記第1のイオンで置換させ、前記高分子膜内に前記第1のイオンを導入するドープステップとを有することを特徴とする導電性ポリマー材料の製造方法。」が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2020/085342号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の方法によれば、優れた効率で、高分子半導体をドーピングできた。しかし、系中に水が混入したり、大気下(酸素存在下)で反応を行ったりすると、ドーパントの劣化が起こる場合があり、改善の余地があった。
【0005】
そこで、本発明は、水分、及び、酸素の存在下であっても、有機半導体化合物のキャリア密度を増減させ(典型的には、注入し)、かつ、有機半導体化合物にイオンを導入し、有機半導体材料を製造できる、有機半導体材料の製造方法を提供することを課題とする。
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を解決することができることを見出した。
【0007】
[1] プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液に、上記有機半導体化合物を、接触させ、上記有機半導体化合物に、上記キャリア、及び、上記塩に由来するイオンが導入された有機半導体材料を製造する、有機半導体材料の製造方法。
[2] 上記酸化還元剤は、2プロトン、及び、2電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、[1]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[3] 上記酸化還元剤は、1プロトン、及び、1電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、[1]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[4] 上記水溶液のpHを調整して、上記酸化還元剤のレドックスポテンシャルを、上記有機半導体化合物と上記酸化還元剤との間で電子移動が起こるレベルに調整することを含む、[1]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[5] 電圧の印加により、上記水溶液中に含まれる上記酸化還元剤の酸化体と還元体の比率を調整し、ドーピング強度を調整することを含む、[4]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[6] 上記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、[2]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[7] 上記酸化還元剤が、後述するグループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び/又は、その還元体を含む、[2]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[8] 上記酸化還元剤が、後述するグループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び、その還元体を含む、[1]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[9] 上記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、[1]に記載の有機半導体材料の製造方法。
[10] [1]~[9]のいずれかに記載の有機半導体材料の製造方法を含む、半導体デバイスの製造方法。
[11] プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液であって、上記有機半導体化合物に接触させて、上記有機半導体化合物の上記キャリア密度が増減し、かつ、上記塩に由来するイオンが導入された有機半導体材料を製造するために用いられる、水溶液。
[12] 上記酸化還元剤は、2プロトン、及び、2電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む、[11]に記載の水溶液。
[13] 上記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、[11]に記載の水溶液。
[14] 上記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、[11]に記載の水溶液。
[15] プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液、及び、有機半導体化合物を含むセンサ素子に、検体を接触させ、上記検体のpHに応じて変化する上記有機半導体化合物の電気伝導度を測定することと、上記電気伝導度とpHとの関係を規定する予め定められた関数に基づき、上記検体のpHを求める、pH測定方法。
[16] 上記酸化還元剤が、2プロトン、及び、2電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む[15]に記載のpH測定方法。
[17] 上記酸化還元剤が、キノン骨格を有する化合物を含む、[16]に記載のpH測定方法。
[18] 上記酸化還元剤が、1プロトン、及び、1電子移動により上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる化合物を含む[15]に記載のpH測定方法。
[19] 上記酸化還元剤が、酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物を含む、[15]に記載のpH測定方法。
[20] 上記検体が、液絡を介して上記水溶液と接触する、[15]に記載のpH測定方法。
[21] センサ素子と、制御装置と、を有し、上記センサ素子は、基材と、上記基材上に形成された有機半導体化合物と、上記有機半導体化合物と接するように形成された電解質と、を有し、上記電解質は、プロトン共役電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減する酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液を含み、上記制御装置は、検体と上記電解質との接触により変化する上記有機半導体化合物の電気伝導度を測定する測定部と、上記電気伝導度とpHとの関係を規定する予め記憶された関数に基づき、上記測定部の測定値から、上記検体のpHを計算する計算部と、を有する、pH測定装置。
[22] 基材と、上記基材上に形成された有機半導体化合物と、上記有機半導体化合物と接するように形成された電解質と、を有し、上記電解質は、プロトン共役電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減する酸化還元剤と、塩と、を溶解した水溶液を含み、検体と上記電解質との接触により変化する上記有機半導体化合物の電気伝導度を測定し、上記電気伝導度とpHとの関係を規定する関数に基づき、上記検体のpHを計算するのに用いられる、センサ素子。
[23] 更に、上記電解質と上記検体とを隔てる液絡部を有する、[22]に記載のセンサ素子。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、水分、及び、酸素の存在下であっても、有機半導体化合物のキャリア密度を増減させ(典型的には、注入し)、かつ、有機半導体化合物にイオンを導入し、有機半導体材料を製造できる、有機半導体材料の製造方法が提供できる。
また、本発明によれば、半導体デバイスの製造方法、水溶液、pH測定方法、pH測定装置、及び、センサ素子も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(A)は、PBTTTと、BQ/HQのエネルギーダイアグラムである。(B)は、PBTTTの構造、及び、(C)は、BQ/HQの構造をそれぞれ表す図である。
図2】本方法のドーピングの推定メカニズムの説明図である。
図3】本方法のドーピングの推定メカニズムの説明図である。
図4】水溶液中におけるドーピングの実証結果である。
図5】水溶液中におけるドーピングの実証結果である。
図6】水溶液中におけるドーピングの実証結果である。
図7】PBTTT薄膜の電気伝導度の測定結果である。
図8】BQの10mM、HQの10mM、及び、LiTFSIの100mMを含む水溶液にPBTTTスピンコート薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
図9】BQの10mM、HQの10mM、及び、LiTFSIの100mMを含む水溶液にPBTTTスピンコート薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
図10】PBTTTスピンコート薄膜(ドーピング前;pristine)の吸収スペクトルを表す図である。
図11】PBTTT薄膜の電極電位を表す図である。
図12】BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含む水溶液(pH=1、2、3、4)に20分浸漬したPBTTT薄膜、及び、PBTTT薄膜(pristine)のXRDスペクトルを表す図である。
図13】面内方向のスペクトルを表す図である。
図14】XRDスペクトルから算出された面間隔を表す図である。
図15】BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)に20分浸漬したPBTTT薄膜のXPSスペクトルを表す図である。
図16】BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)に20分浸漬したPBTTT薄膜のXPSスペクトルを表す図である。
図17】BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含む水溶液(pH=1、2、3、4)に20分浸漬したPBTTT薄膜のXPSナロースペクトルを表す図である(C1sのピーク)。
図18】BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含む水溶液(pH=1、2、3、4)に20分浸漬したPBTTT薄膜のXPSナロースペクトルを表す図である(F1sのピーク)。
図19】XPSスペクトルから算出された炭素原子に対するフッ素原子の割合を表す図である。
図20】(A)は、DDQの2mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。(B)は、DDQの2mM(塩なし)を含む水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
図21】(A)は、PBTTTスピンコート薄膜(ドーピングなし)の吸収スペクトルを表す図である。DDQの2mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの光電子収量法測定結果を表す図である。
図22】BQの10mM、HQの1mM、LiNFSIの1mMを含有する水溶液に20分間浸漬したP3HT薄膜の吸収スペクトルを表す図である。
図23】BQの10mM、HQの1mM、LiNFSIの1mMを含有する水溶液に20分間浸漬したP3HT薄膜の吸収スペクトルを表す図である。
図24】BQの10mM、HQの1mM、LiNFSIの1mMを含有する水溶液に20分間浸漬したP3HT薄膜の吸収スペクトルを表す図である。
図25】(A)P3HT薄膜(ドーピング前;pristine)の吸収スペクトルを表す図である。(B)BQの10mM、HQの1mM、LiNFSIの1mMを含有する水溶液に20分間浸漬したP3HT薄膜の電気伝導度と水溶液pHとの関係を表す図である。
図26】BQの50mM、及び、LiNFSIの4mMを溶解した水溶液(pH=2)にC8-DNBDTの単結晶薄膜を浸漬した後に得られた電流電圧特性(A)と測定素子の模式図(B)を示す図である。
図27】本発明の実施形態に係る有機半導体材料の製造方法のフロー図である。
図28】本センサ素子の断面模式図である。
図29】本発明の実施形態に係るpH測定装置の説明図であり、(A)は本測定装置のハードウェア構成図であり、(B)は、本測定装置の機能ブロック図である。
図30】水の電位-pHの平衡図に、BQ/HQのレドックスポテンシャルのpHによる変化をプロットした図である。
図31】(A)は、TEMPOL/HydroxyTEMPOHの構造を表す図である。(B)は、10mMのTEMPOL水溶液に20分間浸漬したPBTTT薄膜(pH=2)の吸収スペクトルである。
図32】10mMのTEMPOL、及び、100mMのLiTFSIを含む水溶液に20分間浸漬したPBTTT薄膜(pH=2)の吸収スペクトルである。
図33】(A)は、実験に用いた電極セルのセットアップを表す模式図である。(B)は、実験に使用した(未ドープの)PBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図34】(A)は、作用極の電位を1V(vs Ag/AgCl)としたときのドープ済みのPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。(B)は、作用極の電位を1.5V(vs Ag/AgCl)としたときのドープ済みのPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図35】AmphiNDIの構造を表す図である。(B)は、電位制御を介した水中ドーピングのための電極セルの変形例の模式図である。
図36】pHの測定結果を表す図である。
図37】本方法の変形例のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化した一例であって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、及び、配置等を下記の実施形態に特定するものではない。また、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率等は現実のものとは異なる場合があり、また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なることがある。
【0012】
[有機半導体材料の製造方法]
本発明の実施形態に係る有機半導体材料の製造方法(以下「本方法」ともいう。)は、プロトン共役電子移動(例えば、1プロトン、及び、1電子移動、並びに、2プロトン、及び、2電子移動等)により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる酸化還元剤と、塩(共存塩)と、を溶解した水溶液に、上記有機半導体化合物を接触させ、上記有機半導体化合物に、上記キャリア、及び、上記塩に由来するイオン(ドーパントイオン)が導入された有機半導体材料を製造する、有機半導体材料の製造方法である。
【0013】
従来、有機半導体化合物の化学ドーピング(酸化還元剤を用いた化学処理であるドーピング;chemical doping)は、不活性ガス(例えば窒素ガス)雰囲気下、かつ、有機溶媒系で実施されてきた。特許文献1に記載の方法は、イオン交換を用いた化学ドーピングによって、優れたドーピング効率を得ることができ、しかも得られる導電性ポリマーが優れた特性を有するという画期的な手法であったものの、反応は有機溶媒系、及び、窒素雰囲気下で行われたものであった。
【0014】
有機半導体化合物の化学ドーピングが上記のような条件で行われてきた背景には、有機半導体化合物を酸化/還元するために必要な酸化還元剤(酸化/還元剤)が大気環境下(特に酸素の存在下)、及び、水の存在下では不安定な場合が多く、ドーピング反応が進行しにくいことがあった。一方で、大気環境下、及び、水の存在下でも使用できる酸化還元剤では、一般的な有機半導体化合物のとの関係では、電子を移動(酸化/還元)するのに十分な酸化力、または、還元力を有さないと考えられてきた。
上記のような要因で、有機半導体化合物の化学ドーピングを、大気環境下、水の存在下で実施しようとする試みは行われてこなかった。
【0015】
本発明者らは、化学ドーピングされた有機半導体化合物により構成される有機半導体材料は、塗布技術等によって形成できて、大面積化が容易であったり、高いフレキシブル性を付与できたりと、優れた性能を有する半面、不活性ガス雰囲気下、かつ、脱水された有機溶媒系で、不安定な酸化還元剤を使用して製造しなければならないことが、実用化の妨げになっていると考えてきた。
【0016】
そこで、本発明者らは、上記技術常識にとらわれず、大気環境下、かつ、水の存在下でも、有機半導体化合物を化学ドーピングし、有機半導体材料を製造する方法について、鋭意検討してきた。その結果、酸化還元剤として、プロトン共役電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減し得る化合物(化学種)を酸化還元剤として用い、上記酸化還元剤と、有機半導体化合物に導入されるイオン(ドーピングイオン)を含む塩と、を溶解した水溶液を用いることで、従来困難と考えられてきた大気環境下(酸素存在下)、水の存在下での有機半導体化合物の化学ドーピングが実現できることを知見し、本発明を完成させた。
【0017】
本発明の方法では、有機半導体化合物の酸化/還元反応を担う酸化還元剤と、塩とを溶解させた水溶液(以下、「特定水溶液」ともいう。)を用いる。有機半導体化合物の化学ドーピング処理において、水は、いわば「禁忌」であったにもかかわらず、本発明者らは、水溶液中で化学ドーピングを行うという、逆転の発想により、課題を解決した。
【0018】
従来、大気環境下、水の存在下で安定な酸化還元剤(酸化/還元剤)では、有機半導体化合物との間で電子移動を起こさせ、有機半導体化合物にキャリア(正孔/電子)を注入することは困難と考えられてきた。この点については、酸化還元剤として、プロトン共役電子移動により、上記有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減し得る化合物を用い、更に、上記キャリアと逆の極性を有するドーピングイオンを含む塩(水溶性の塩)を共存させ、これらの相乗的な効果によって、優れた効率でのドーピングが初めて実現された。
【0019】
次に、本方法について、図面を参照しながら説明する。図1~3は、本方法によるドーピングの推定メカニズムの説明図であり、図27は、本方法のフロー図である。なお、図1~3では、酸化還元剤として、2プロトン、及び、2電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元してキャリア密度を増減(変化)させる化合物を用いる例が説明される。
しかし、本方法に使用できる酸化還元剤は、上記に限定されず、プロトン共役電子移動により酸化/還元する化合物(プロトン共役電子移動性)であれば、1プロトン、及び、1電子移動性の化合物を用いてもよいし、4プロトン、及び、4電子移動性の化合物を用いてもよいし、それ以上のプロトン/電子移動性の化合物であってもよい。また、これらを混合して用いてもよい。2プロトン、及び、2電子移動性以外の酸化還元剤についても、推定メカニズムは同様である。
【0020】
本方法は、ステップS1(図27)として、酸化還元剤、及び、塩を含む水溶液を調製する工程を有する。次いでステップS2として、上記水溶液のpHを調整する工程を有する。なお、図27では、ステップS1とステップS2とは別工程として記載しているが、水溶液の調製とそのpHの調整とは、1つの工程として行われてもよい。次いで、ステップS3として、有機半導体化合物を上記水溶液に接触させ、有機半導体化合物に、キャリア(正孔/電子)、キャリアと逆の極性を有するドーパントイオンを導入し、有機半導体材料を得る。なお、上記各工程は、大気環境下で(酸素の存在下で)実施可能である。
【0021】
なお、本発明の実施形態に係る有機半導体材料の製造方法は、ステップS1とステップS2とを有していなくてもよい。ステップS1に代えて、予め調製された特定水溶液を用いてステップS3を実施してもよい。また、ステップS2のpHの調整は必須ではない。本方法が、ステップS2を有していると、後述するとおり、得られる有機半導体材料のフェルミ準位を精緻に調整できる等の観点でより優れている。
【0022】
本方法は上記のとおり、従来は全く検討されてこなかった水溶液中で、しかも、有機半導体化合物と水溶液とを接触させるだけで有機半導体化合物が化学ドーピングされ、有機半導体材料を得ることができる、全く新しい有機半導体材料の製造方法である。
【0023】
また、水溶液中で有機半導体化合物を化学ドーピングする本方法は、従来の方法と比較して、更に優れた点を有する。
従来の有機溶媒系、及び、不活性ガス雰囲気等における化学ドーピングでは、酸化還元剤、及び/又は、ドーピングされた有機半導体化合物が、微量に共存する酸素や水と酸化還元反応すること等が問題であった。
【0024】
酸素、及び、水のプロトン移動を伴う酸化還元反応のレドックスポテンシャルはpHに依存する。しかし、pHが定義されない有機溶媒系では酸素、及び、水のレドックスポテンシャルを推定することは困難である。
これが、化学ドーピングに与える、酸素や水の影響を評価、及び、制御することを困難にする一因となっていた。
【0025】
一方で、本方法においては、水溶液中において化学ドーピングを実施するため、pHを定義、及び、観測できる。そのため、酸素や水のレドックスポテンシャルを制御できる。
上記の結果として、本方法によれば、酸化還元剤、及び/又は、ドーピングされた有機半導体への、酸素や水の影響を適切に評価、及び、制御可能となった。
【0026】
以下では、まず、本方法の化学ドーピングの推定メカニズムについて、具体例を用いて説明する。
まず、有機半導体化合物として、[ポリ[2,5-ビス(3-テトラデシルチオフェン-2-イル)チエノ[3,2-b]チオフェン]](PBTTT-C14、単に「PBTTT」ともいう。)を用い、酸化還元剤として、ベンゾキノンを用いる場合について説明する。なお、以下の例では、酸化還元剤は、ベンゾキノン(BQ)に加えて、レドックス対(酸化体・還元体の対)としてのヒドロキノン(HQ)を更に含む。
【0027】
図1(A)は、PBTTTと、BQ/HQのエネルギーダイアグラムである。縦軸は、真空準位を基準としたエネルギーを表している。酸化還元剤であるBQ/HQのレドックスポテンシャルは、水溶液のpHを調整することで、容易に調整することができ、PBTTTとの関係では、プロトン移動を伴う電子移動(ET)を起こし得る関係となる。すなわち、BQ/HQがPBTTTに対して酸化剤として働き得る関係にある。
なお、図1(B)は、PBTTTの構造、及び、図1(C)は、BQ/HQの構造をそれぞれ表す図である。
【0028】
図2、及び、図3は、本方法におけるドーピングの推定メカニズムを表す図である。図2(A)は、上述のステップS3、すなわち、所定の成分を含有する特定水溶液と、有機半導体化合物とを接触させた状態を示している。
詳細には、図2(A)では、PBTTT薄膜が、酸化還元剤であるBQ/HQと、有機半導体化合物に導入されるアニオン(ドーパントイオン)である「Y」、及び、図示されていない対カチオン(スペクテータイオン)を含む塩と、が溶解された水溶液(aqueous solution)に接触された状態である。
【0029】
このとき、水溶液のpHはすでに調整済み(ステップS2に対応)であり、酸化還元剤のレドックスポテンシャルは、有機半導体化合物との間で電子移動が起こり得るレベルとなっている。具体的には、P型の有機半導体化合物であるPBTTTをBQ/HQが酸化できるように、pHが所定の範囲となるよう調整されている。
なお、この所定の範囲とは、有機半導体化合物の種類、酸化還元剤の種類、水溶液中における酸化還元剤の含有量、及び、反応温度等によって異なるが、後述する実施例にも(図8図10)記載されるように、分光学的な手法、電気化学的手法、及び、量子化学計算等によって、容易に決定することができる。以下では、所定の範囲の設定手順について、詳述する。
【0030】
まず、酸化還元剤のレドックスポテンシャルは、真空準位、又は、銀塩化銀等の参照電極の電極電位を基準とすることで表現できる。例えば、BQ/HQについて、この値は公知である。
【0031】
また、pHを1だけずらせば、59meVだけBQ/HQのレドックスポテンシャルがシフトし、BQ/HQの濃度比率([BQ]/[HQ])を2桁変化させた場合でも59meV分だけレドックスポテンシャルがシフトする。
酸化還元剤の種類を変えた場合、すなわち、BQ/HQ以外を用いた場合には、あるpHにおける酸化還元剤のレドックスポテンシャルがBQ/HQと定量的にどれだけ違うかを、サイクリックボルタンメトリーによって評価すればよい。この方法は公知であり、また、評価結果自体が文献等で公知になっている場合も多く、測定・調査に技術的困難はない。
【0032】
次に、PBTTT以外の有機半導体化合物を用いる場合について説明する。
例えば、P型有機半導体化合物のドーピングにおいて、所定の範囲を決定することは、酸化還元剤のレドックスポテンシャルとP型有機半導体化合物のイオン化ポテンシャルとの関係を調整することにより実施できる。
【0033】
P型有機半導体化合物のイオン化ポテンシャルは光電子収量分光測定法、及び、サイクリックボルタンメトリー等によって容易に測定できるほか、同様の方法で測定した値が文献等でも数多く報告されており、測定・調査に技術的困難はない。
【0034】
N型半導体のドーピングでは、酸化還元剤のレドックスポテンシャルとN型有機半導体化合物の電子親和力との関係を調整すればよい。
N型有機半導体化合物の電子親和力は、光電子収量分光測定法によるイオン化ポテンシャル測定にバンドギャップ測定(光吸収測定)を合わせた情報により推定することができるほか、サイクリックボルタンメトリー法により評価することもできる。この情報も文献等で数多く報告されており、測定・調査に技術的困難はない。
【0035】
後段の実施例では、イオン化ポテンシャルが真空準位基準で4.8eVであることが文献値として知られているPBTTTについて、BQ/HQとLi-TFSIとを用いた際にドーピング効果が得られるpH範囲が示されている。
【0036】
上述のとおり、所定の範囲を定めるための情報(レドックスポテンシャル、イオン化ポテンシャル、及び、電子親和力)は簡単に測定又は調査が可能であり、「所定の範囲」を定める手順が本願明細書により明らかとなったために、他の有機半導体化合物/酸化還元剤を使用した場合における、「所定の範囲」の設定は容易である。
【0037】
更に、上述のいずれの数値も、密度汎関数法計算により推定することもできる。上記によれば、有機半導体化合物、及び、酸化還元剤の種類によって「所定の範囲」をどのように設定すべきかは明らかであり、その設定に技術的困難はない。
【0038】
本発明の特徴点の一つは、酸化還元剤として、プロトン共役電子移動(例えば、2電子、2プロトン移動)によって、有機半導体化合物を酸化/還元し得る化合物を用いる点にある。このような化合物は、水溶液のpHを調整することで、レドックスポテンシャルを精密かつ容易に調整することができる。プロトンの移動を伴わない1電子酸化還元のみしか起こさない化合物では、上記のような調整が難しい。
【0039】
図30は、水のレドックスポテンシャル-pHの平衡図に、BQ/HQのレドックスポテンシャルのpHによる変化をプロットした図である。図30に記載のとおり、BQ/HQのレドックスポテンシャルは、プロトン共役電子移動(例えば、2電子、2プロトン移動)によって酸化/還元反応する化合物の特徴として、水との反応を伴わない範囲で調整できるため、有機半導体化合物の種類等によって、反応性を適宜調整できる。
【0040】
なお、酸化還元剤は、プロトン共役電子移動によって有機半導体を酸化、又は、還元し得るものであればよく、1プロトン、及び、1電子移動性の化合物であってもよいし、4プロトン、及び、4電子移動性の化合物であってもよいし、それ以上であってもよい。また、これらを混合して用いてもよい。混合して用いることで、精密にpHを制御しなくてもロバストに反応をより進めやすい。
なお、実際の水溶液中では、プロトン共役電子移動による酸化/還元だけでなく、1電子酸化還元が並行して起こっていてもよい。
【0041】
図2に戻り、有機半導体化合物が、特定水溶液に接触すると、BQの少なくとも一部は、水溶液中から2プロトン、有機半導体化合物から2電子の供与を受けて、HQに還元される。一方、PBTTTは酸化されて、キャリアである正孔が注入され、正に帯電する。
【0042】
次に、正に帯電した有機半導体化合物に対して、静電的相互作用によって、水溶液中から、ドーパントイオンである「Y」が導入される(図2(B))。その結果、PBTTTには、正孔とY-とが導入され、有機半導体材料が得られる(図3(A))。
【0043】
図3(B)は、上記のドーピングの各段階で生ずる反応のモデル的な反応式である。まず、図2(A)の段階では、(i)の反応が起こり、図2(B)、図3(A)の段階では、(ii)、(iii)の反応が起こって、有機半導体材料が得られる。
【0044】
上記は、有機半導体化合物がP型であり、酸化還元剤が、上記に対する酸化剤を少なくとも含み、有機半導体化合物に、ドーパントイオンとして、特定水溶液中のアニオンが導入される形態について説明した。しかし、本方法は有機半導体化合物がN型であり、酸化還元剤が、上記に対する還元剤を少なくとも含み、有機半導体化合物に、ドーパントイオンとして、特定水溶液中のカチオンが導入される形態についても原則として同様である。
【0045】
次に、図27に戻り、本方法の各工程における操作、及び、各工程において使用される成分等について説明する。
【0046】
まず、ステップS1として、酸化還元剤、及び、塩を含む水溶液(特定水溶液)を調製する。なお、特定水溶液には、酸化還元剤、及び、塩を含み、酸化還元剤、及び、塩のそれぞれの少なくとも一部が水に溶解している。
【0047】
(酸化還元剤)
酸化還元剤は、プロトン共役電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元し、キャリア密度を増減させる。すなわち、P型の有機半導体化合物をドーピングする場合、有機半導体化合物を酸化し、正孔を注入する。一方、N型の有機半導体化合物をドーピングする場合、有機半導体化合物を還元し、電子を注入する。なお、キャリア密度を増減させるとは、キャリアを注入する(増加させる)ことに加え、過剰にキャリアが注入されているところから、キャリア密度を減少させる形態も含まれる。
【0048】
酸化還元剤が「キャリアを注入する(増加させる)」とは、典型的には、キャリアを有さない真性半導体状態(中性状態)にキャリアを注入する形態が挙げられる。
一方、酸化還元剤が「キャリア密度を減少させる」とは、一形態として、有機半導体素子を作成する際に、有機半導体化合物が意図しない酸化を受けた場合(酸素によるホール注入)等に、還元することによってそのフェルミ準位を意図した位置に移動させる形態等が挙げられる。本方法は、上記操作にも適用できる。半導体は界面の状態等によって意図しないキャリア密度の増減が生じることがあるため、これを本方法によりポスト処理し、調整しなおすことができる。
【0049】
応用としては、電界効果トランジスタ等において、閾値電圧がずれる場合に、これを0V付近に戻すためにキャリア密度を精密に増減する等が挙げられる。
なお、以下では、酸化還元剤が有機半導体化合物にキャリアを注入させる(キャリア密度を増加させる)形態について説明するが、キャリア密度を減少させる形態についても同様である。
【0050】
本方法に使用できる酸化還元剤は、後述する有機半導体化合物との関係で、プロトン共役電子移動による酸化/還元反応を起こし得る、言い換えれば、プロトンが関与する酸化還元反応を起こし(ネルンストの式で記述される酸化還元電位がpHに比例し)、酸化還元電位が有機半導体化合物のHOMO準位にマッチングする(酸化剤として働く)、又は、LUMO準位にマッチングする(還元剤として働く)化学種であれば、特に制限されず、公知の化合物(化学種)が使用できる。
【0051】
酸化還元剤は、典型的には、水溶液中で、プロトン共役電子移動反応を起こし得る化合物であれば、特に制限なく使用できる。
プロトン共役電子移動反応は、生体内での分子又はエネルギーの変換過程に関与する化合物・タンパク質複合体(例えば、シトクロムcオキシダーゼ)等により起こることが広く知られ、多くの化合物において起こりうることが知られている。
【0052】
一形態として、酸化還元剤は、2プロトン共役電子移動反応(two proton-coupled-electron transfer reaction)を起こし得る化合物であってよく、具体的には、キノン骨格を有する化合物(及び/又は、その還元体)が好ましい。キノン骨格を有する化合物としては特に制限されないが、例えば、以下の一般式Q1~Q4で表される化合物(グループA)、及び/又は、その還元体が挙げられる。
【0053】
【化1】
【0054】
一般式Q1~Q4中、RQ1~RQ6はそれぞれ独立に1価の置換基を表し、m1は0~4の整数を表し、m2は0~2の整数をし、m3は0~4の整数を表し、m4は0~4の整数を表し、m5は0~4の整数を表し、m6は0~4の整数を表す。
【0055】
Q1~RQ6の1価の置換基としては特に制限されないが、アルキル基(炭素数1~12が好ましく、1~6がより好ましい)、アルケニル基(炭素数2~12が好ましく、2~6がより好ましい)、アリール基(炭素数6~22が好ましく、6~14がより好ましい)、アラルキル基(炭素数6~22が好ましく、6~14がより好ましい)、アルコキシ基(炭素数1~12が好ましく、1~6がより好ましい)、ヒドロキシ基、カルボキシ基、メルカプト基、アミノ基、ハロゲン原子(塩素、臭素等)、アルキルエーテル基、カルボン酸エステル基、スルホン酸基、ホルミル基、ニトロ基、シアノ基、シリル基、これらを組み合わせた基、及び、上記の各置換基が、-O-、-NR-、-S-、-C(=O)-、-C(=O)O-、及び、-C(=O)NH-等の2価の連結基を介して結合した基等が挙げられる。
【0056】
なお、RQ1~RQ6がアルキル基、及び/又は、アルケニル基等であるとき、直鎖状、分岐状、環状のいずれでもよい。また、隣接するRQ1~RQ6は互い結合して環を形成してもよい。形成される環は、5員環~7員環が好ましい。
なお、複数あるRQ1~RQ6はそれぞれ同一でも異なってもよい。
【0057】
m1は0~4の整数を表し、0~2の整数が好ましく、0または1が好ましい。m2は0~2の整数を表し、0または1が好ましい。m3は0~4の整数を表し、0~2の整数が好ましく、0または1が好ましい。m4は0~4の整数を表し、0~2の整数が好ましく、0または1が好ましい。m5は1~4の整数を表し、1~2の整数が好ましい。m6は0~4の整数を表し、0~2の整数が好ましく、0または1が好ましい。
【0058】
一形態として、より優れた本発明の効果が得られる点で、キノン骨格を有する化合物は、一般式Q1で表される化合物が好ましい。
Q1は、アルキル基、アルコキシ基、アルキルエーテル基、カルボン酸エステル基、ハロゲン原子、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシ基、スルホン酸基、アルデヒド基、ニトロ基、シアノ基、チオール基、及び、シリル基を含むことが好ましい。
【0059】
一般式Q1の1価の置換基RQ1として、アルコキシ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、スルホン酸基、及び、アミノ基等を導入して、酸化還元剤の親水性を調整できる。また、電子吸引性基、及び、電子供与性基を導入することで、酸化還元電位を調整できる。
電子吸引性基が導入された場合には酸化還元剤の酸化力が高まり、還元力は弱まる。逆に電子供与性基が導入された場合には酸化還元剤の酸化力が弱まり、還元力は高まる。
すなわち、使用する有機半導体化合物との関係で、HOMO、又は、LUMO準位にマッチングするように任意に置換基を選択し、酸化還元剤の活性を調整することができる。
【0060】
なお、一般式Q1で表される酸化還元剤は、2、3、5,及び、6位の炭素原子のすべてに1価の置換基を有していても(環を形成していても)よい、すなわち、四置換体(2,3,5,6-位)であってもよいが、一置換体(2-位)、二置換体(2,3-位、2,5-位、2,6-位)、及び、三置換体(2,5,6-位)等であってもよく、有機半導体化合物との関係で任意に選択すればよい。
【0061】
なお、酸化還元剤がキノン骨格を有する化合物を含む場合、更に、上記の化合物に加えて、上記の化合物のレドックス対となる化合物(還元体)を含んでもよい。
【0062】
上記キノン骨格を有する酸化還元剤の具体例としては、p-ベンゾキノン、2,5-ジヒドロキシ-p-ベンゾキノン、2-ヒドロキシ-p-ベンゾキノン、テトラヒドロキシ-p-ベンゾキノン、1,4-ナフトキノン、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン、2-メチル-p-ベンゾキノン、2-メチル-1,4-ナフトキノン、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ナフトキノン,及び、アントラキノン等が挙げられる。また、特表第2018-520455号公報に記載の化合物も利用できる。
【0063】
また、酸化還元剤としては、上記以外にも、2プロトン、及び、2電子移動により、有機半導体化合物を酸化、又は、還元する化合物が使用できる。
上記のような化合物としては、例えば、以下の一般式Q5で表される化合物(グループB)、及び/又は、その還元体が挙げられる。
【0064】
【化2】
【0065】
一般式Q5中、RQ7、及び、RQ8は、それぞれ独立に、水素原子、又は、1価の置換基を表し、1価の置換基としては、RQ1~RQ6の1価の置換基と同様の基が挙げられ、好適形態も同様である。
一般式Q5で表される化合物としては、例えば、アスコルビン酸(デヒドロアスコルビン酸)等が挙げられる。
【0066】
一形態として、酸化還元剤は、グループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び/又は、その還元体を含むことが好ましく、グループA及びBからなる群より選択される少なくとも1種の化合物、及び、その還元体を含むことがより好ましい。
【0067】
酸化還元剤が、一般式Q1~Q4、又は、一般式Q5で表される化合物(酸化体)と、その還元体とを含む場合、酸化還元剤のレドックスポテンシャルをより精密に制御でき、結果として、得られる有機半導体材料のフェルミ準位をより精密に制御できる。
【0068】
プロトン共役電子移動を起こし得る化合物としては、1プロトン、及び、1電子移動による酸化/還元反応する化合物であってもよく、これらは酸化体、又は、還元体にラジカル部分を含む化合物であってもよい。ラジカル部分を有する化合物としては、例えば、2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル(DPPH)、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチル-ピペリジン1-オキシル(TEMPOL)、2,2,6,6テトラメチル-ピペリジニルオキシル(TEMPO)2,6-ジ-tert-ブチル-α-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-オキソ-2,5-シクロヘキサジエン-1-イリデン)-p-トリルオキシル(ガルビノキシル)、及び、トリフェニルメチルラジカル等が挙げられる。
【0069】
ラジカル部分を含む化合物としては、水溶液中でより効率的に反応が進行しやすい点で、酸素原子上にラジカルを含む分子が好ましく、以下の式(F1)又は式(F2)で表される構造の化合物がより好ましい。
【0070】
【化3】
【0071】
式(F1)中、Rは、1価の基を表す。式(F2)中、RはO又はSを表し、Oが好ましい。
の1価の基としては特に限定されないが、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリルアミド基、炭素数1~20個のヘテロ原子を有していてもよい炭化水素基、及び、炭素数1~20個のアルコキシ基等が好ましい。
なかでも、水溶液へ溶解しやすい点で、Rの1価の基は、親水性基が好ましく、親水性基としては、例えば、ヒドロキシ基、カルボキシ基、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリルアミド基、及び、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基)等が好ましい。
【0072】
上記化合物を有する化合物としては、合成品を使用してもよいし、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(TEMPO)、4-メタクリロイルオキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(メタクリル酸TEMPO)、4-アセトアミド-TEMPO、4-ヒドロキシ-TEMPO(TEMPOL)、4-オキソ-TEMPO、4-ヒドロキシ-TEMPOベンゾアート、4-(2-ヨードアセトアミド)-TEMPO、4-アミノ-TEMPO、及び、4-カルボキシ-TEMPO等の市販品を使用してもよい。
【0073】
特定水溶液中の酸化還元剤の含有量は特に制限されないが、より優れた本発明の効果が得られる点で、0.01~1000mMが好ましい。なお、酸化還元剤は一種を単独で用いても、二種以上を併用してもよい。酸化還元剤を二種以上併用する場合には、その合計含有量が上記範囲内であることが好ましい。
また、酸化還元剤は、その少なくとも一部が、溶媒である水に溶解した状態で水溶液中に存在すればよく、一部が固体として存在していてもよい。
【0074】
(塩)
塩(共存塩)は、最終的に有機半導体化合物に導入される、ドーパントイオンと、その対イオンである(有機半導体化合物に導入されない)スペクテータイオンとの塩である。ドーパントイオンはドーピングによって有機半導体化合物に注入されるキャリアと逆の極性を持つ。すなわち、有機半導体化合物に正孔が注入される場合、ドーパントイオンはアニオンであり、有機半導体化合物に電子が注入される場合、ドーパントイオンはカチオンである。
【0075】
後述する有機半導体化合物が、P型である(P型の有機半導体化合物である)場合のドーパントイオンは、スペクテータイオンと塩を作ることができる閉殻構造を持ったアニオンが使用できる。
【0076】
このようなドーパントイオンとしては、特に制限されないが、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(TFSI)、テトラフルオロボレート(BF)、ヘキサフルオロフォスフェート(PF)、ヘキサフルオロアンチモネート(SbF)、炭酸イオン、スルホン酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、チオシアン酸イオン、シアン酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、3ヨウ化物イオン、フッ化物イオン、トリフルオロ[トリ(ペンタフルオロエチル)]ホスフェイト(FAP)、ビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミド(TFESI)、ビス(オキサラト)ホウ酸イオン(BOB)、ビス(マロネート)ホウ酸イオン(MOB)、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ホウ酸イオン(PFPB)、テトラキス(3,5-トリフルオロメチル)フェニルホウ酸(TtFPB)、テトラキスペンタフルオロフェニルホウ酸(TFPB)、及び、四塩化鉄イオン(FeCl)等のイオン、及び、これらの誘導体等が挙げられる。
【0077】
本方法によれば、ドーパントイオンの種類によらず、有機高分子化合物に導入することができるため、ドーパントイオンは、目的とする有機半導体材料の性質に応じて適宜使い分ければよい。
例えば、得られる有機半導体材料により優れた安定性を付与する観点では、負電荷がより非局在化したイオンであるTFSI、及び、FAP等を用いることが好ましい。
一方で、得られる有機半導体化合物に、特定の元素(例えばフッ素原子等)を含有させたくない等の目的があれば、スルホン酸イオン、及び、硫酸イオン等を用いることもできる。
【0078】
一方、有機半導体化合物が、P型である場合のスペクテータイオンとしては、ドーパントイオンと塩を作ることができる閉殻構造を持った陽イオンが使用できる。
【0079】
このようなスペクテータイオンとしては、Li、Na、Cs、Mg、Ca、Cu、Agの金属のイオン;これらの金属が環状エーテル等により修飾された金属イオン;イミダゾリウム(imidazolium)、モルホリニウム(morpholinium)、ピペリジニウム(piperidinium)、ピリジニウム(pyrridinium)、ピロリジニウム(ppyrolodinium)、アンモニウム(ammonium)、フォスフォニウム(phosphonium)等の有機分子イオン及びこれらの誘導体;等が挙げられる。
【0080】
一方、有機半導体化合物が、N型である場合のドーパントイオンは、スペクテータイオンと塩を作ることができる閉殻構造を持った陽イオンが用いられる。
例えば、このようなドーパントイオンとして、Li、Na、Cs、Mg、Ca、Cu、Agの金属のイオン、それら金属が環状エーテル等により修飾された金属イオン、イミダゾリウム、モルホリニウム、ピペリジニウム、ピリジニウム、ピロリジニウム、アンモニウム、フォスフォニウム等の有機分子イオン、及び、これらの誘導体が挙げられる。
【0081】
有機半導体化合物が、N型である場合のスペクテータイオンは、ドーパントイオンと塩を作ることができる閉殻構造を有するアニオンが使用できる。
スペクテータイオンとしては、BF、PF、SbF、炭酸イオン、スルホン酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、チオシアン酸イオン、シアン酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、3ヨウ化物イオン、フッ化物イオン、FAP、TFSI、TFESI、BOB、MOB、PFPB、TtFPB、TFPB、FeCl等のイオン、及び、これらの誘導体等が挙げられる。
【0082】
特定水溶液中における塩の含有量は特に制限されないが、より優れた本発明の効果が得られる点で、0.01~1000mMが好ましい。なお、塩は一種を単独で用いても、二種以上を併用してもよい。塩を二種以上併用する場合には、その合計含有量が上記範囲内であることが好ましい。
また、塩は、その少なくとも一部が、溶媒である水に溶解した状態で水溶液中に存在すればよく、一部が固体として存在していてもよい。
【0083】
酸化還元剤、及び、塩を含む水溶液を調製する方法としては特に制限されず、公知の方法が使用できる。例えば、酸化還元剤、及び、塩の含有量が上記数値範囲となるよう、大気環境下で(不活性ガス雰囲気下でもよい)、水に溶解させればよい。
【0084】
図27に戻り、次に、ステップS2として、特定水溶液のpHを調整する。特定水溶液のpHの調整方法としては特に制限されないが、酸、及び/又は、アルカリを添加したり、緩衝化材を添加したりする方法が挙げられる。pHを調整することで、酸化還元剤のレドックスポテンシャルを調整することができる。
【0085】
後述する実施例に示されるとおり、水溶液のpHに依存して、有機半導体化合物へのドーピング量が変化する。このため、本方法によれば、pHを制御することにより、得られる有機半導体材料のフェルミ準位を精密に制御することができる。
なお、ドーピング量は、系中の有機半導体化合物、及び/又は、酸化還元剤の量、温度等によっても制御することができるが、pHによる制御は、より精密な調整が可能であり、かつ、調整可能範囲もより広い。
【0086】
図27に戻り、次に、特定水溶液に有機半導体化合物を接触させ、有機半導体化合物にキャリア、及び、ドーパントイオンを導入し、有機半導体材料を得る(ステップS3)。接触の方法としては特に制限されないが、膜状の有機半導体化合物を、特定水溶液に浸漬する方法が挙げられる。なお、この接触は、大気環境下、室温で、行うことができる。
【0087】
接触の際の温度としては特に制限されず、一形態として、5~50℃が好ましい。また、接触時間としては特に制限されないが、1秒~10時間が好ましい。なお、本方法は、ステップS3の後に、更に、得られた有機半導体材料を洗浄する工程を有していてもよい。
【0088】
なお、本工程において、キャリア、及び、ドーパントイオンを「導入する」とは、有機半導体化合物中にキャリア、及び、ドーパントイオンを導入することに加えて、有機半導体化合物の表面にキャリア、及び、ドーパントイオンを含む層を形成することも含まれる。
【0089】
例えば、有機半導体化合物中におけるキャリア、及び、ドーパントイオンの分布を問わない。特に、有機半導体化合物が、後述する高分子有機半導体化合物である場合、一形態として、前者が好ましく、有機半導体化合物が低分子化合物である場合、一形態として、後者が好ましい。
なお、上記は一形態であり、目的とする有機半導体材料の性質(それが適用される電子デバイスの種類)によって、薄膜の全体にドーピングすべきか、又は、薄膜の表面にのみドーピングすべきかは選択されてよい。
【0090】
(有機半導体化合物)
本明細書において、有機半導体化合物とは、キャリア、及び、ドーパントイオンの導入により有機半導体材料を構成する化合物を意味し、半導体性を示す高分子化合物、及び、低分子化合物が挙げられる。本明細書において、低分子化合物とは、高分子化合物以外の化合物を意味し、より具体的には、分子内に繰り返し単位を有さない化合物を低分子化合物とする。
【0091】
低分子化合物は繰り返し単位を有さない化合物であれば、分子量は特に制限されないが、一般に、100~2000が好ましく、一形態として、100~1000がより好ましい。
【0092】
P型の低分子化合物としては、縮合多環化合物、トリアリールアミン化合物、ヘテロ5員環化合物、フタロシアニン化合物、ポルフィリン化合物、カーボンナノチューブ、及び、グラフェン等が挙げられる。
【0093】
縮合多環化合物としては、例えば、置換又は無置換のアントラセン、テトラセン、ペンタセン、アントラジチオフェン、及び、ヘキサベンゾコロネン等が挙げられる。
トリアリールアミン化合物としては、例えば、m-MTDATA(4,4′,4″-Tris[(3-methylphenyl)phenylamino]triphenylamine)、2-TNATA(4,4′,4″-Tris[2-naphthyl(phenyl)amino]triphenylamine)、NPD(N,N′-Di(1-naphthyl)-N,N′-diphenyl-(1,1′-biphenyl)-4,4′-diamine)、TPD(N,N′-Diphenyl-N,N′-di(m-tolyl)benzidine)、mCP(1,3-bis(9-carbazolyl)benzene)、CBP(4,4′-bis(9-carbazolyl)-2,2′-biphenyl)等が挙げられる。
【0094】
ヘテロ5員環化合物としては、例えば、置換又は無置換のオリゴチオフェン、TTF(Tetrathiafulvalene)等が挙げられる。
【0095】
フタロシアニン化合物は、各種中心金属を有する置換又は無置換のフタロシアニン、ナフタロシアニン、アントラシアニン、及び、テトラピラジノポルフィラジン等が挙げられる。
ポルフィリン化合物は、各種中心金属を有する置換又は無置換のポルフィリンが挙げられる。
【0096】
また、P型の低分子化合物としては、3,11‐ジオクチルジナフ卜[2,3-d:2′,3′‐d′]ベンゾ[1,2-b:4,5-b′]ジチオフェン(C8-DNBDT)、3,11‐ジデシルジナフ卜[2,3-d:2′,3′‐d′]ベンゾ[1,2-b:4,5-b′]ジチオフェン(C10-DNBDT)、3,9-ジヘキシルジナフト[2,3-b;2′,3-d]チオフェン(C6-DNT)、2,9-ジナフト[2,3‐b:2′,3′‐f]チエノ[3,2‐b]チオフェン(C10-DNTT)、2,7-ジオクチルベンゾチエノ[3,2-b][1]ベンゾチオフェン(C8-BTBT)、及び、6,13-ビス(トリイソプロピルシリルエチニル)ペンタセン等が好ましい。
【0097】
また、N型の低分子化合物としては、フラーレン化合物、電子欠乏性フタロシアニン化合物、縮環多環化合物(ナフタレンテトラカルボニル化合物、ペリレンテトラカルボニル化合物等)、TCNQ化合物(テトラシアノキノジメタン化合物)、及び、グラフェン等が挙げられる。
【0098】
フラーレン化合物は、置換、又は、無置換のフラーレンを意味し、フラーレンとしてはC60、C70、C76、C78、C80、C82、C84、C86、C88、C90、C96、C116、C180、C240、及び、C540等が挙げられる。などで表されるフラーレンのいずれでもよい。
より具体的には、置換、又は、無置換のC60、C70、及び、C86フラーレンが好ましく、PCBM([6,6]-フェニル-C61-酪酸メチルエステル)及びその類縁体が好ましい。
【0099】
電子欠乏性フタロシアニン化合物とは、電子求引性基が4つ以上結合し、かつ各種中心金属を有する置換又は無置換のフタロシアニン、ナフタロシアニン、アントラシアニン、及び、テトラピラジノポルフィラジン等が挙げられる。
電子欠乏性フタロシアニン化合物は、例えば、フッ素化フタロシアニン(F16MPc)、及び、塩素化フタロシアニン(Cl16MPc)等が挙げられる。なお、Mは中心金属を、Pcはフタロシアニンを表す。
【0100】
ナフタレンテトラカルボニル化合物としては、ナフタレンテトラカルボン酸無水物(NTCDA)、ナフタレンビスイミド化合物(NTCDI)、ペリノン顔料(Pigment Orange 43、Pigment Red 194等)が挙げられる。
ペリレンテトラカルボニル化合物としては、ペリレンテトラカルボン酸無水物(PTCDA)、ペリレンビスイミド化合物(PTCDI)、及び、ベンゾイミダゾール縮環体(PV)等が挙げられる。具体的には、ジシアノペリレン-3,4:9,10-ビス(ジカルボキシイミド)等が挙げられる。
【0101】
TCNQ化合物としては、置換又は無置換のTCNQ、及び、TCNQのベンゼン環部分を別の芳香環やヘテロ環に置き換えたものが挙げられる。
TCNQ化合物としては、TCNQ、TCNAQ(テトラシアノアントラキノジメタン)、TCN3T(2,2′-((2E,2″E)-3′,4′-Alkyl substituted-5H,5″H-[2,2′:5′,2″-terthiophene]-5,5″-diylidene)dimalononitrile derivatives)等が挙げられる。
【0102】
高分子化合物としては、π共役高分子が挙げられる。
このような高分子化合物としては、例えば、置換、又は、無置換のポリチオフェン、ポリセレノフェン、ポリピロール、ポリパラフェニレン、ポリパラフェニレンビニレン、ポリチオフェンビニレン、及び、ポリアニリン等が挙げられる。
【0103】
P型の高分子化化合物としては、[ポリ[2,5-ビス(3-テトラデシルチオフェン-2-イル)チエノ[3,2-b]チオフェン]](PBTTT-C14)、ポリ[2,5-(2-オクチルドデシル)-3,6-ジケトピロロピロール-オルト-5,5-(2,5-ジ(チエ-2-イル)チエノ[3,2-b]チオフェン)](Poly[2,5-(2-octyldodecyl)-3,6-diketopyrrolopyrrole-alt-5,5-(2,5-di(thien-2-yl)thieno[3,2-b]thiophene)](PDPP2T-TT-OD))、及び、ポリ[2,5-(2-オクチルドデシル)-3,6-ジケトピロロピロール-オルト-(ジ(チエノチエ-2-イル)チオフェン)](PDPP2TT-T)等が挙げられる。
【0104】
N型の高分子化合物としては、ポリ{[N,N′-ビス(2-オクチルドデシル)ナフタレン-1,4,5,8-ビス(ジカルボキシイミド)-2,6-ヂイル]-オルト-5,5′-(2,2′-ビチオフェン)}(poly{[N,N′-bis(2-octyldodecyl)naphthalene-1,4,5,8-bis(dicarboximide)-2,6-diyl]-alt-5,5′-(2,2′-bithiophene)}(N2200又はP(NDI2OD-T2))等が挙げられる。
【0105】
有機半導体化合物の形状、及び、構造は特に制限されないが、結晶化していてもよく、特に、有機半導体化合物が低分子化合物である場合、一形態として、単結晶であることが好ましい。また、有機半導体化合物が高分子化合物である場合に、配向されていてもよい。
【0106】
本工程において使用される有機半導体化合物の形態は特に制限されず、目的とする有機半導体材料の形態に応じて適宜選択できる。例えば、有機半導体材料が薄膜である場合、有機半導体化合物の形態も薄膜であることが好ましい。
【0107】
有機半導体化合物が膜状である場合、その製造方法としては特に制限されず、公知の方法により作製することができる。一形態として、有機半導体化合物を適当な溶媒に溶解させて有機半導体化合物を含有する組成物を調製し、基材上に公知の塗布技術を用いて上記組成物を塗布して組成物層を形成し、組成物層から溶媒を除去して有機半導体化合物の膜を得る方法が挙げられる。
【0108】
使用する溶媒としては特に制限されず、有機半導体化合物の種類に応じて適宜選択されればよいが、一形態としては、ジクロロベンゼン等の芳香族系有機溶媒、アセトニトリル、酢酸ブチル、及び、フルオロアルコール等が使用できる。
組成物中における有機半導体化合物の含有量としては、目的とする有機半導体材料の厚みに応じた乾燥膜厚となるよう適宜調整でき、一形態としては0.1~99質量%が好ましい。
【0109】
なお、有機半導体化合物の膜の形成方法としては、国際公開第2020-085342号の0025-0033段落に記載された方法、特開2020-38133号公報の0026-0029段落に記載された方法も用いることができ、上記記載は本明細書に組み込まれる。
【0110】
有機半導体化合物の膜の厚みは、目的とする有機半導体材料の厚みに応じて調整されればよく、特に制限されないが、例えば、薄膜状のデバイスに適用する場合、一形態として、2~100nmが好ましい。また、導電体として配線材料等に用いる場合には、一形態として、100μm以下が好ましい。
【0111】
本方法により得られる有機半導体材料は、緻密に制御され所望の値とされたフェルミ準位を有し、種々の半導体デバイスの製造に好ましく使用できる。
半導体デバイスとしては特に制限されないが、電界効果トランジスタ、ダイオード、及び、光電変換素子等に使用することができる。また、これらの半導体デバイスが組み込まれた電子機器等にも使用できる。
【0112】
(有機半導体材料の製造方法の変形例)
図37は、本方法の変形例のフロー図である。本変形例は、ステップS1~S3に加えて、更に、電極の電位(電圧)を調整する工程(ステップS4)を有する点が異なる。電極の電位を調整することにより、特定水溶液中における酸化還元剤の酸化体、還元体の量比を調整することができ、結果として、より容易にドーピング強度を調整できる。
【0113】
本ステップでは、特定水溶液中に一対の電極を浸漬し、この電極の電位を調整することにより実施できる。具体的には、容器に特定水溶液を収容し、有機半導体化合物を接触させる(ステップS1~S3)。更に、特定水溶液に一対の電極を浸漬し、電極の電位を調整する。
このとき、容器は、半透膜により2つの室に区画され、それぞれの室に一対の電極の一方が配置されることが好ましい。
【0114】
半透膜により区画された2つの室のそれぞれには、pドープ用の特定水溶液、及び、nドープ用の特定水溶液を収容できる。有機半導体化合物をpドープする場合、pドープ用の特定水溶液が収容された室に有機半導体化合物を浸漬すればよく、nドープする場合、nドープ用の特定水溶液が収容された室に有機半導体化合物を浸漬すればよい。
【0115】
一対の電極間の電位を調整すると、特定水溶液中における酸化還元剤の酸化体/還元体の量比をより容易に調整でき、結果として、ドーピング強度の調整がより容易になる。本変形例は、順次、又は、連続して多数の有機半導体化合物のドーピングを行う場合等に特に有用である。
ドーピング反応の進行により、特定水溶液中における酸化体/還元体の量比が変化する場合であっても、それに応じて電位を印加して調整することで、より安定的にドーピング反応が進行する。
【0116】
[センサ素子]
本発明の実施形態に係るセンサ素子(以下、単に「本センサ素子」、又は、単に「センサ素子」ともいう。)は、基材と、上記基材上に形成された有機半導体化合物と、上記有機半導体化合物と接するように形成された電解質と、を有し、上記電解質は、特定水溶液を含み、上記電解質に検体を接触させて、上記有機半導体化合物の電気伝導度を測定し、上記電気伝導度とpHとの関係を規定する関数に基づき、上記検体のpHを計算するのに用いられる。
【0117】
図28は、本センサ素子の断面模式図である。センサ素子100は、基材10と、基材10上に、膜状に形成された有機半導体化合物11と、上記有機半導体化合物11上に形成された一対の電極12とを有する。有機半導体化合物11(及び、一対の電極12)は、絶縁材(Insulator)14、及び、液絡部13により区画された領域内に充填された、電解質15(内部電解質)と接触している。
【0118】
基材10の材質としては特に制限されず、目的に応じて適宜選択されればよいが、絶縁性材料が好ましく、ガラス、及び、樹脂等であってよい。なかでも、可撓性を有する樹脂を用いれば、液中における測定だけでなく、生体や構造体の表面におけるpHの測定にも適したフレキシブルセンサとすることもできる。
【0119】
基材10の厚み、及び、大きさは特に制限されず、目的とするセンサ素子100の大きさ等に合わせて適宜調整されればよい。一形態として、基材10は、厚み5μm~10mmであることが好ましく、大きさは、用途に応じて適宜選択されればよい。
【0120】
有機半導体化合物11は特に制限されず、すでに説明した有機半導体化合物を任意に選択して使用することができる。なかでも、本センサ素子を用いて、低pH領域(一形態として、7未満)の測定を行う場合、P型有機半導体化合物を使用してもよく、高pH領域(一形態として7以上)の測定を行う場合、N型有機半導体化合物を使用してもよい。
なお、膜状の有機半導体化合物11の厚みは特に制限されないが、一形態として2nm~100nmが好ましい。膜厚が上記範囲内であると、ドーピングが速やかに完了する点で、センサ素子の製造により適している。
【0121】
一対の電極12は、有機半導体化合物11の電気伝導度(導電率)、又は、電気抵抗率の変化を検出するために、有機半導体化合物11に接して(有機半導体化合物11上に)設けられていればよく、センサ素子100では、有機半導体化合物11の鉛直上側に、それぞれ離間して配置されているが、一対の電極12の配置としては上記以外であってもよい。
【0122】
一対の電極12の材料としては特に制限されず、一般的な電極に用いられる材料であれば特に制限なく使用可能である。例えば、白金、及び、金等の貴金属電極;アルミニウム等の卑金属;カーボン電極;ホウ素ドープダイヤモンド電極等を任意に選択して使用可能である。
【0123】
電解質15は、すでに説明した「特定水溶液」を含む。電解質15が特定水溶液を含むとは、電解質15が特定水溶液からなる形態(液体状)が挙げられる。また、電解質15が、特定水溶液を含む高分子マトリクスから形成されている形態(特定水溶液を含む高分子;固体電解質)であってもよい。このような高分子マトリクスとしては、例えば、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール等の水溶性ポリマーが使用できる。
【0124】
液絡部13は、電解質15と検体とを隔て、検体と電解質15との間のプロトン輸送の機能を担う部材である。液絡部13の材質は、検体、及び、電解質15に対して安定な(溶解しにくい)ものが好ましく、具体的には、「ナフィオン(商品名)」、ポリアニオン材料、ポリカチオン材料、及び、ポリエチレングリコールとポリウレタンを溶解した混合溶液による塗膜等が使用できる。
なお、液絡部13は、電解質15の一部又は全部が検体に溶解するのを抑制する機能も有している。
【0125】
なお、センサ素子100は、液絡部13を有しているため、検体と電解質15とが隔離されており、より優れた耐久性(より優れた繰り返し使用性)を有する。一方で、本発明の実施形態に係るセンサ素子100は、液絡部13を有していなくてもよい。その場合、電解質15に直接、検体が添加されてもよい。
【0126】
絶縁材14は、液絡部13と基材10とあわせて、電解質15が収容される領域を区画する部材である。絶縁材14の材質としては特に制限されないが、ガラス、及び、樹脂等が使用でき、樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、及び、アクリル樹脂等が使用できる。
【0127】
次に、センサ素子100の使用方法について詳述する。
まず、検体と電解質15とを、液絡部13を介して接触させる。なお、センサ素子が液絡部13を有していない場合、検体と電解質15とを直接接触させる。
【0128】
検体と電解質15とが、液絡部13を介して接触すると、プロトン輸送によって、電解質15に含まれる特定水溶液のpHが、検体のpHに応じて変化する。
すでに説明したとおり、特定水溶液には、所定の酸化還元剤、及び、塩が含まれており、pHに応じて、有機半導体化合物11(有機半導体材料)へのドープ量が変化する。
有機半導体化合物11へのドープ量が変化すると、有機半導体化合物11の電気伝導度(導電率)が変化する(電気抵抗率(値)が変化する)。これを一対の電極12で検出することができる。
【0129】
この電気伝導度を、予め定められた、有機半導体化合物11の電気伝導度と、特定水溶液のpHとの関係を規定する関数にあてはめ、検体のpHを定量的に評価することができる。
【0130】
本センサ素子は、従来のpHセンサが必要としていた参照電極(例えば、Ag/AgCl電極)等がなくても、検体のpHを定量的に測定することができる。
これは、酸化還元剤(例えば、BQ/HQ)の酸化還元電位が、pHに対して一意な値をとり、これをイオン化ポテンシャルが一定の値を示す有機半導体化合物と組み合わせているためである。
すなわち、分子性材料の酸化還元電位を内部基準とすることで他の参照電極を不要としているのである。
【0131】
従来のpHセンサは、例えば、ガラス薄膜により隔てられた2つの銀塩化銀電極の電位差を読み取ることでpHを測定している。このような方式における感度はネルンストの式に従うため、59mV/pH程度となる。
本センサ素子においては、酸化還元剤の酸化還元電位がネルンストの式に従い59mV/pH程度の応答を示すが、これによって有機半導体化合物(有機半導体材料)のフェルミ準位が制御される。このために、59mV/pH程度の応答は非常に大きな有機半導体化合物の電気伝導度変化へと増幅される。pHの値、及び、有機半導体化合物の種類によっては、上述のようにpHが1だけシフトすると抵抗値が1桁以上も変化する。
このために、非常に高感度なpH測定を実現できる。
なお、感度が高いpHのレンジ(図11(A)を参照)は有機半導体材料(有機半導体化合物)、酸化還元剤、及び、塩の選択によって制御可能である。
【0132】
[pH測定装置]
本発明の実施形態に係るpH測定装置(以下、「本測定装置」又は、単に、「測定装置」ともいう。)は、上述のセンサ素子と、制御装置と、を有し、上記制御装置は、検体と上記電解質との接触により変化する上記有機半導体化合物の電気伝導度を測定する測定部と、上記電気伝導度とpHとの関係を規定する予め記憶された関数に基づき、上記測定部の測定値から、上記検体のpHを計算する計算部と、を有する。
【0133】
本測定装置について、図面を参照して説明する。図29は、本発明の実施形態に係るpH測定装置の説明図であり、図29(A)は本測定装置のハードウェア構成図であり、図29(B)は、本測定装置の機能ブロック図である。
【0134】
まず、ハードウェア構成について説明する。測定装置300は、すでに説明したセンサ素子100と、制御装置200とによって構成される。
【0135】
制御装置200は、プロセッサ20と、メモリ21と、センサインタフェース(I/F)22と、通信インタフェース24と、入出力インタフェース25を有し、それぞれが相互に通信可能に構成された、典型的にはコンピュータであることが好ましい。
【0136】
プロセッサ20は、CPU(Central Processing Unit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、及び、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等を含んで構成され、後述するメモリ21に記憶されたプログラムを読みだして実行し、及び/又は、電気回路等により予め設計された処理を実行する。
【0137】
メモリ21は、例えば、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)、フラッシュメモリ、及び、SSD(Solid State Drive)等を含んで構成され、測定装置300の各部を制御するためのプログラム、及び、測定結果等を一時的、又は、非一時的に記憶する。
【0138】
センサインタフェース22には、センサ素子100が接続されている。具体的には、センサ素子100が有する一対の電極12に接続され、検体と電解質15との接触により変化する、有機半導体化合物11の電気伝導度を測定する。
【0139】
通信インタフェース24は、外部ネットワーク31と接続され、入力データの取得や測定結果の送信等を実現する、有線方式、又は、無線方式のインタフェースであり、例えば、NIC(Network Interface Card)、無線通信モジュール、USBモジュール等である。
なお、測定装置300は、通信インタフェース24を有しているが、本発明の実施形態に係る測定装置は、通信インタフェース24を有していなくてもよい。
【0140】
入出力インタフェース25には、入力デバイス32と出力デバイス33とが接続される。入力デバイス32は、ユーザによる各種設定の入力を受け付けるデバイスである。入力デバイス32は、例えば、キーボード、マウス、タッチパッド等であってよい。出力デバイス33は、例えばディスプレイであり、タッチ機能を有するディスプレイを、入力デバイス32と出力デバイス33とを兼ねて使用してよい。
【0141】
次に、測定装置300の各部の機能について説明する。
制御部40は、プロセッサ20を含んで構成され、後述する記憶部41に記憶されたプログラムをプロセッサ20が読み出して実行すること等によって、測定装置300の各部を制御し、その機能を実現させる。
また、記憶部41は、メモリ21を含んで構成され、制御プログラム、及び、測定結果を記憶し、読み出させる機能を有する。
【0142】
測定部42は、センサインタフェース22を含んで構成され、メモリ21に記憶されたプログラムをプロセッサ20が読み出して実行すること等によって実現される機能である。測定部42は、センサ素子100の有機半導体化合物11の電気伝導度を測定する機能を有する。測定部42により測定された電気伝導度は、記憶部41に記憶され、後述する計算部43によって利用される。
なお、測定部42は電気伝導度に代えて、有機半導体化合物11の電気抵抗率を測定してもよい。
【0143】
計算部43は、メモリ21に記憶されたプログラムを、プロセッサ20が読み出して実行すること等によって実現され、電気伝導度とpHとの関係を規定する予め記憶された関数に基づき、測定部の測定値(電気伝導度)から、検体のpHを計算する機能を有する。
【0144】
すでに説明したとおり、センサ素子100は、液絡部13を介して電解質15と接触した検体のpHに応じて、有機半導体化合物11の電気伝導度が変化する特性を有する。すなわち、検体に由来して変化する電解質15のpHの変化を、電気伝導度(電気伝導率)として出力する特性を有する。この関係を規定する関数(校正曲線;後述する実施例における図11(A)に例示する曲線)が、予め記憶部41に記憶されており、実測の電気伝導度を上記関数にあてはめることで、検体のpHを計算することができる。
【0145】
出力部44は、入出力インタフェース25、及び、通信インタフェース24を含んで構成され、メモリ21に記憶されたプログラムを、プロセッサ20が読み出して実行すること等によって実現され、計算部43によって計算された検体のpHを外部50へ出力する機能を有する。外部50への出力としては、特に制限されないが、典型的には、出力デバイス33であるディスプレイに表示させたり、外部ネットワーク31を介して、ホストコンピュータに送信したりする方法が挙げられる。
【0146】
次に、測定装置300の動作について説明する。
まず、センサ素子100(の電解質15)が、液絡部13を介して検体と接触する。すると、電解質15と検体との間で水素イオンの輸送が起こり、電解質15のpHが変化するため、有機半導体化合物11の電気伝導度が、そのpHに応じた値に変化する。
【0147】
この電気伝導度は、測定部42によって読み取られる。計算部43は、電気伝導度とpHとの関係を規定する関数(記憶部41に記憶されている)に基づき、実測の電気伝導度から、検体のpHを計算する。計算されたpHは、出力部44によって外部50へと出力される。
【0148】
本測定装置によれば、参照電極を用いなくても、検体のpHを定量的に測定することができる。また、センサ素子100が塗布技術により形成可能な薄膜であるため、小型化、フレキシブル化が容易で、様々な検体に適用可能である。
更に、上述(及び、実施例の図11(A)等)のとおり、pH変化に対する電気伝導度の変化が大きいため、高感度の測定が可能である。
【実施例0149】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0150】
[試薬]
P型有機半導体化合物であるPoly[2,5-bis(3-tetradecylthiophen-2-yl)thieno[3,2-b]thiophene] (PBTTT-C14)、Poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl) (regioregular) (P3HT)はSigma-Aldrich社から購入した。
有機半導体化合物を溶解する溶媒としては東京化成工業株式会社(TCI)の1,2-Dichlorobenzene (oDCB)を用いた。
酸化還元剤である1,4-Benzoquinone (BQ)、Hydroquinone (HQ)、2,3-Dichloro-5,6-dicyano-1,4-benzoquinone (DDQ)、共存塩であるLithium Bis(trifluoromethanesulfonyl)imide (LiTFSI)、Lithium Bis(nonafluorobutanesulfonyl)imide (LiNFSI)はTCIから購入した。
【0151】
pH、及び、緩衝液調製に用いた硫酸、リン酸、酢酸、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウムはナカライテスク株式会社から、酢酸カリウム、水酸化カリウムは富士フィルム和光純薬株式会社から購入した。
いずれの試薬も購入した状態で使用し、購入後の精製は行っていない。化学ドーピング時の溶媒としてはELGA LabWater社のPURELAB Option-R7およびflex UVを用いて処理した電気抵抗率18.2 MΩ・cmの純水を用いた。
【0152】
[実施例1]
(有機半導体薄膜の作製)
PBTTT-C14、及び、P3HTをoDCBに溶解させ(180℃、30min)、1mass%溶液を調製した。溶液、及び、「EAGLE XG」基板(登録商標、10mm×10mm×0.7mm、CORNING社)を120℃に安定させたのち、2000rpm、1minの条件でスピンコート膜を得た。ここで「EAGLE XG」基板は事前にUVオゾン処理で清浄化している。
【0153】
また、電気伝導度、及び、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)測定用の基板にはスピンコート前にCr/Au(クロム/金)電極を蒸着している。スピンコート処理後、真空オーブンを用いて180℃(PBTTT-C14)、又は、150℃(P3HT)、1hの条件でアニーリング処理を施した。作製された有機半導体薄膜の厚さは35±1nm(PBTTT-C14)であった。
【0154】
(化学ドーピング)
METTLER TOLEDO社のpHメーター「F20」を用いてpHを調整した各水溶液に酸化還元剤、及び、共存塩を所定の濃度で溶解させた。調製した水溶液中に有機半導体薄膜を20分浸漬することで、ドーピング処理を施した。なお、上記操作は、大気下、室温で実施した。
【0155】
(吸収スペクトル測定)
吸収スペクトルは日本分光株式会社(JASCO)の紫外可視近赤外分光光度計「V-670」を用いて測定した。
【0156】
(電気伝導度測定)
電気伝導度はKEITHLEY社の「2450型ソースメータ(SMU)」を用いて測定した。Cr/Au電極パターンのチャネル長(L)に対するチャネル幅(W)の比(W/L)は0.16、0.10、0.08、0.05である。
【0157】
(XRD測定)
面外X-ray diffraction(XRD)スペクトル、及び、二次元広角X線散乱像(2D-WAXS)は株式会社リガクの「SmartLab」を用いて測定した。光源はCu Kα線である。
【0158】
(XPS測定)
X線光電子分光(XPS)測定は島津製作所の「KRATOS ULTRA2」を用いて行った。
【0159】
(PYS測定)
光電子収量分光(PYS)測定は住友重機械工業株式会社のイオン化ポテンシャル測定装置「PYS-202」を用いて行った。
【0160】
(電位測定)
電位測定用の有機半導体薄膜は、Cr/Au電極を蒸着した「EAGLE XG」基板(50mm×10mm×0.7mm)上にブレードコーティング(100 μm/s)によって作製した。電位はKEITHLEY社の「DMM6500型」6.5桁グラフィカル・サンプリング・マルチメータを用いて読み取り、参照電極にはビー・エー・エス株式会社の飽和KCL銀塩化銀参照電極(RE-1CP)を用いた。
【0161】
[結果]
(ドーピングの実証結果)
図4~6は、水溶液中におけるドーピングの実証結果である。
図4(A)「pristine」は、PBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図4(B)は、ベンゾキノン(BQ)の50mM(mmol/L)、LiNFSIの4mMの水溶液(pH=2)「BQ-LiNFSI」に20分浸漬したPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
【0162】
図5(A)は、BQの50mM、LiTFSIの100mMの水溶液(pH=2)「BQ-LiTFSI」に20分浸漬したPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図5(B)は、BQの50mM(塩なし)の水溶液(pH=2)「BQ」に20分浸漬したBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
【0163】
図6(A)は、LiNFSIの4mM(酸化還元剤なし)の水溶液(pH=2)「LiNFSI」に20分浸漬したPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図6(B)は、LiTFSIの100mM(酸化還元剤なし)の水溶液(pH=2)「LiTFSI」に20分浸漬したPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
【0164】
図4(A)(B)、図5(B)、図6(A)によれば、BQとLiNFSIとが水溶液中に含まれる場合には、550nm付近に見られる未ドープPBTTT(図4(A))に由来するピーク強度が弱くなることが確認された。一方、BQのみ(図5(B))、LiNFSIのみ(図6(A))では、上記の変化は生じなかった。
【0165】
同様に、図5(A)、図6(B)によれば、BQとLiTFSIとが水溶液中に含まれる場合には、550nm付近に見られる未ドープPBTTT(図4(A))に由来するピーク強度が弱くなることが確認された。一方、LiTFSIのみ(図6(B))では、上記の変化は生じなかった。
【0166】
図7は、上記と同様の条件で調整したPBTTT薄膜の電気伝導度の測定結果である。横軸は、水溶液の種類、縦軸が電気伝導度(S/cm)を表している。
図7の結果から、「BQ-LiNFSI」、及び、「BQ-LiTFSI」では、電気伝導度が著しく向上しており、ドーピングが進行していることが確認された。
【0167】
(pH調整によるドーピング強度の調整)
図8~10は、BQの10mM、HQの10mM、及び、LiTFSIの100mMを含む水溶液にPBTTTスピンコート薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
図8(A)は、水溶液のpHが1のとき、図8(B)は、水溶液のpHが2のとき、図9(A)は、水溶液のpHが3のとき、図9(B)は、水溶液のpHが4のとき、図10は、PBTTTスピンコート薄膜(ドーピング無し)の、吸収スペクトルである。
【0168】
上記の結果から、PBTTT薄膜をBQ、HQ、LiTFSIが溶解した水溶液に浸漬する際に水溶液のpHを調整することでドープ量を調整できること(pHが低いほど高いドープ量となること、pH5以下が好ましく、pH4以下がより好ましく、pH3以下が更に好ましい。)が示された。
上記結果から、本発明の方法によれば、ドーピングの際の水溶液のpHを調整するだけで、得られる有機半導体材料のフェルミ準位を簡便に調整できることが実験的に確認された。
【0169】
図11(A)は、上記と同様の条件で調整したPBTTT薄膜の電気伝導度を表す図である。横軸が水溶液のpHで、縦軸が電気伝導度(S/cm)を表している。図11(A)のとおり、pHの変化量に対する電気伝導度の変化量は、10倍以上であり、pH1~2の範囲では、100倍程度であった。上記結果から、本方法をpH測定に応用すると、非常に高感度な(高分解能な)pH測定が(参照電極等がなくとも)実現可能であることが、実験的に確認された。
【0170】
図11(B)は、BQの20mM、LiTFSIの100mMの水溶液を用いて、pHを調整して、PBTTT薄膜を浸漬した場合の電位の変化(vs Ag/AgCl)を表す図である。
【0171】
図11(B)の結果から、電極間の電位差はpHに対してネルンスト応答を示すことが確認された。このことは、本発明の化学ドーピング手法におけるドーピング効率がpHの調整によってmeVの精度で精密に調整可能であることを示している。半導体材料のドーピング量の精密制御は様々な半導体デバイスの製造における基礎的な技術であり、本発明は今後の機能性薄膜を用いた半導体デバイスに広く活用されることが期待される。
【0172】
(PBTTT結晶構造の水溶液pH依存性)
図12は、BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含む水溶液(pH=1、2、3、4)に20分浸漬したPBTTT薄膜、及び、PBTTT薄膜(pristine)の面外方向におけるXRDスペクトルを表す図である。図13は、面内方向のスペクトルを表す図であり、二次元広角X線散乱像(2D-WAXS)を一次元に変換したものである。また、図14は、XRDスペクトルから算出された面間隔を表す図である。
【0173】
図12図14の結果から、化学ドーピングに用いた水溶液のpHが低いほどに面間隔が広がることが確認された。これは、PBTTT薄膜に導入されたアニオンが、面方向に配向したPBTTT分子の層間に挿入されており、その導入量、すなわちドープ量、がpHが低いほどに増大していることを表している。
【0174】
(ドープ量の溶液pH依存性)
図15、16は、BQの10mM、HQの10mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)に20分浸漬したPBTTT薄膜のXPSスペクトルを表す図である。図15(A)は、XPSスペクトルの全体を表し、図15(B)はその一部拡大図を表している。図15(B)は、図15(A)の破線部分の拡大図である。
また、図16(A)は、図15(A)と同じXPSスペクトルを表し、図16(B)は、図16(A)の破線部分の拡大図である。すなわち、図15(B)と図16(B)とを連結させると、図15(A)(図16(A))のXPSスペクトルとなる。
【0175】
図17、18は、上記と同様の条件で作製したPBTTT薄膜のXPSナロースペクトルを表す図である。それぞれ図17はC1sのピーク、図18はF1sのピークである。なお、強度はC1sのピーク値で規格化している。
また、図19は、XPSスペクトルから算出された炭素原子に対するフッ素原子の割合を表す図である。
【0176】
上記の結果から、pHが低い条件ほどフッ素原子に由来するピークが強く検出されることが分かる。これはすでに説明した機構によってTFSIアニオンがPBTTT薄膜に導入されることでドーピングが生じていること、及び、このドーピング量がpHによって精密に制御されていることを示している。
【0177】
(他の酸化還元剤の使用)
酸化還元剤としてBQに代えて、DDQを用いて、上記同様の試験を行った。
図20(A)は、DDQの2mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
図20(B)は、DDQの2mM(塩なし)を含む水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの吸収スペクトルを表す図である。
【0178】
図21(A)は、PBTTTスピンコート薄膜(ドーピングなし)の吸収スペクトルを表す図である。図21(B)は、DDQの2mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときの光電子収量分光法測定結果を表す図である。
【0179】
上記の各図からは、DDQを用いた場合でも、BQを用いた場合と同様にドーピングが可能であることが分かった。
また、図21(B)は、DDQの2mM、LiTFSIの100mMを含有する水溶液(pH=1)にPBTTT薄膜を20分浸漬したときのPBTTT薄膜のPYSスペクトルを表す図である。上記の結果から、PBTTT薄膜の仕事関数が、5.45eVという高い値であることがわかった。このような高い仕事関数と導電性を有する薄膜は太陽電池や発光ダイオード素子におけるホール輸送層として有望であり、大気下で大面積プロセスが可能であることから活用が期待される。
【0180】
(広範囲pHでのドーピング調整)
図22図25は、BQの10mM、HQの1mM、LiNFSIの1mMを含有する水溶液に20分間浸漬したP3HT薄膜の吸収スペクトルを表す図である。
図22(A)は、水溶液のpHが2のとき(HPO-KHPO緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。図22(B)は、水溶液のpHが3のとき(HPO-KHPO緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。
【0181】
図23(A)は、水溶液のpHが4のとき(CHCOOH-CHCOOK緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。図23(B)は、水溶液のpHが5のとき(CHCOOH-CHCOOK緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。
【0182】
図24(A)は、水溶液のpHが6のとき(KHPO-KHPO緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。図24(B)は、水溶液のpHが7のとき(KHPO-KHPO緩衝液を使用して調整したもの)の吸収スペクトルを表す図である。
【0183】
図25(A)は、P3HTスピンコート薄膜(ドーピングなし)の吸収スペクトルを表す図である。また、図25(B)は、上記と同様の条件で調整したP3HT薄膜における、水溶液のpH(横軸)と、電気伝導度(S/cm)縦軸の関係を表す図である。
上記の結果から、広いpH範囲(pH7以下が好ましく、pH6以下がより好ましく、pH1以上が好ましい)で、有機半導体材料の電気伝導度を調整できることが確認された。
【0184】
[実施例2]
本発明のドーピング方法は、有機半導体化合物が有機低分子化合物である場合にも同様に適用することができる。以下では、PBTTT薄膜に代えて、低分子の有機半導体化合物として3,11‐ジオクチルジナフ卜[2,3-d:2’,3’‐d’]ベンゾ[1,2-b:4,5-b’]ジチオフェン(C8-DNBDT)を用いて同様の試験を行った結果を示す。
【0185】
図26(A)は、BQの50mM、及び、LiNFSIの4mMを溶解した水溶液(pH=2)にC8-DNBDTの単結晶薄膜を浸漬した後に得られた電流電圧特性を示す図である。
なお、図26(B)は実験に用いた測定系セットアップを表す図である。図26(A)結果は、単結晶により形成されるチャネル幅4mm、チャネル長400μmにおける測定結果である。
図26(A)から理解されるとおり、電流電圧測定結果は直線的であり、低分子の半導体化合物に、本発明のドーピング方法によって、ホールが適切に注入されたことが示された。
【0186】
[実施例3]
(1プロトン1電子移動反動によるドーピング)
実施例1において使用されたBQ/HQに代えて1プロトン1電子移動(1プロトン1電子移動性)の酸化還元剤であるTEMPOL/HydroxyTEMPOH(図31(A))を用いて、ドーピングを行った。
実験は、実施例1におけるBQ/HQに代えて、TEMPOL/HydroxyTEMPOHを使用したこと以外は同様にして行われた。
【0187】
図31(B)は、10mMのTEMPOL水溶液に20分間浸漬したPBTTT薄膜(pH=2)の吸収スペクトルである。また、図32は、10mMのTEMPOL、及び、100mMのLiTFSIを含む水溶液に20分間浸漬したPBTTT薄膜(pH=2)の吸収スペクトルである。
【0188】
上記の結果からは、TEMPOLとLiNFSIとが水溶液中に含まれる場合には、550nm付近に見られる未ドープPBTTTに由来するピーク強度が弱くなることが確認された。一方、TEMPOLのみでは、上記の変化は生じなかった。つまり、1プロトン1電子移動性の酸化還元剤によるドーピングが進行したことが確認された。
【0189】
[実施例4]
(電位制御を介した水中ドーピングの実験例)
有機半導体膜(PBTTT)、及び、1電子1プロトン移動(プロトン共役電子移動)性の酸化還元剤(TEMPOL/HydroxyTEMPOH)を用いたドーピングを行った。
【0190】
図33(A)は、実験に用いた電極セルのセットアップを表す模式図である。電極セル400は、容器51と、容器51を2室に分ける半透膜52とを有する。一方側の室には、有機半導体化合物膜53と、作用極54とが配置され、pドープ用溶液55が満たされた。他方側の室には、対極56と参照極57とが配置され、nドープ溶液58が満たされた。作用極54、対極56、及び、参照極57は、ポテンショスタット59に接続され、電位制御が可能に構成された。
【0191】
pドープ溶液55は、TEMPOL(酸化還元剤)の1mMと、LiTFSIの10mMを含む水溶液である。一方、nドープ溶液58は、AmphiNDI(酸化還元剤、図35(A))の1mMと、LiTFSIの10mMを含む水溶液である。また、作用極54はガラス状炭素電極、対極56は、Pt電極、参照極57はAg/AgCl電極とされた。半透膜52はナイロンメッシュにEMIMTFSI含有フッ素系樹脂をコートしたものとされた。なお、EMIMは1-エチル-3-メチルイミダゾリウムの略であり、EMIMTFSIは、EMIMとTFSIとの塩である。
【0192】
AmphiNDIは、既報(J. Mater. Chem. A, 2020, 8, 11218-11223)を参照して合成された。具体的には、まず、1,4,5,8-naphthalenetetracarboxylic dianhydrideをグリシンを溶解した氷酢酸を用いて還流することにより、N,N′-bis(glycinyl)naphthalene diimideを得た。次に、この化合物とKCOを1:1のモル比で、水-エタノールを体積比1:4で混合した溶媒に溶解し、60℃で12時間攪拌した。これにより得られる沈殿物をろ過することでAmphiNDIを得た。
【0193】
実験手順は以下のとおりである。まず、実施例1と同様の方法で有機半導体膜(PBTTT)を作製した。作製した有機半導体化合物膜53を作用極54側の室のpドープ溶液55に浸漬し、所定の電圧(参照極に対する電圧)を印加しながら、20分間浸漬して、ドーピング処理を実施した。なお、操作は大気下、室温で実施した。
【0194】
図33(B)は、「pristine」は、実験に使用した(未ドープの)PBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
図34(A)は、作用極54の電位を1V(vs Ag/AgCl)としたときのドープ済みのPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。図34(B)は、作用極54の電位を1.5V(vs Ag/AgCl)としたときのドープ済みのPBTTTスピンコート薄膜の吸収スペクトルである。
【0195】
図33(B)、図34(A)、(B)によれば、550nm付近に見られる未ドープPBTTTに由来するピーク強度が、図33(B)、図34(A)、図34(B)の順に小さくなり、ドーピングが進行していること、更に、印加電圧に依存してドーピングの進行度合いが異なることが確認された。
【0196】
実施例1、及び、実施例2では、pH制御によりドーピング強度を制御可能であることが示された。一方、この実施例4では、電位の印加により、同様にドーピング強度が制御可能であることが確認された。
ドーピング対象が大量に存在する工業スケール等では、ドーピング溶液中の酸化体・還元体の比率が変化すること等によってドーピング強度が徐々に変化してしまう可能性がある。電圧の印加を併用するドーピング方法によれば、ドーパントの酸化体・還元体の比率をより容易に制御できる。
【0197】
[実施例5]
(センサ素子)
図28に記載されたセンサ素子を作製してpH測定を行った。
センサ素子の構成は、まず、基材10をガラスとし、基材10上に、有機半導体膜11として、PBTTT薄膜を配置した。一対の電極12は、チャネル長400μm、チャネル幅4mmとし、絶縁材14はエポキシ樹脂とした。液絡部13は、PETフィルムに穴を開け、穴にポリエチレングリコールとポリウレタンとの混合物を充填したものを用いた。電解液15は、10mMのBQ/HQ、及び、0.1M LiTFSIを含む、50質量%ポリビニルピロリドン水溶液とした。
【0198】
上記pH素子を種々のpHの水溶液に浸漬し、抵抗値を測定した。図36は、pHの測定結果を表す図である。pH4、5、6、7、及び、8の水溶液にそれぞれ、約20~60分間浸漬したところ、浸漬させる水溶液のpHの変化に対応した抵抗値変化が確認された。
【0199】
[実施例6]
(電極セルの変形例)
図35(B)は、電位制御を介した水中ドーピングのための電極セルの変形例の模式図である。
電極セル500は、容器51と、容器51を2室に分ける半透膜52とを有する点は、実施例3の電極セル400と同様である。一方側の室には、有機半導体化合物膜53と、作用極54とが配置され、pドープ用溶液55が満たされる。更に、参照極57と、電位計測電極62とが、電圧計61を介して接続される。
他方側の室には、対極56が配置され、nドープ溶液58が満たされる。作用極54と対極56とは、電源60を介して接続される。
【0200】
電極セル500における電圧は、作用極54と対極56との間に印加される。これにより、pドープ用溶液中では酸化還元剤の酸化体が生じ、nドープ溶液中では酸化還元剤の還元体を生じる。電圧を制御することで、酸化還元剤の酸化体/還元体の生成を制御し、ドーピング能力を制御できる。なお、電圧は、図35(b)の電源60の記載に関わらず、任意の方向に印加され得る。例えば、逆方向に印加すれば、pドープ用溶液中で還元体が生じ、nドープ溶液中で酸化体が生ずる。これによりドーピング能力を低下させる方向にも調整ができる。
すなわち、電圧の印加方向、及び、程度等を調整することにより、ドーピング能力を制御できる。
【0201】
電位計測電極62をpドープ用溶液55に挿入することにより、pドープ用溶液中に存在する酸化還元剤と酸化還元反応を生じ、その電極電位は酸化還元ポテンシャルと一致する。
この電極電位を参照極(Ag/AgCl)に対して計測することにより、酸化還元ポテンシャルを計測することができ、この値は半導体のフェルミ準位の制御値の指標として用いることができる。
【0202】
実施例4のセットアップと比較すると、ドーピング能力の指標を明瞭に得ることができる点において、本実施例のセットアップはより優れている。
なお、このような参照電極、及び、電位計測電極を用いたドーピング能力の確認方法は、電圧を印加せずにpHのみによってドーピング能力を制御する場合においても使用できる。
【符号の説明】
【0203】
10 基材、11 有機半導体化合物、12 一対の電極、13 液絡部、14絶縁材、15 電解質、20 プロセッサ、21 メモリ、22 センサインタフェース、24 通信インタフェース、25 入出力インタフェース、31 外部ネットワーク、32 入力デバイス、33 出力デバイス、40 制御部、41 記憶部、42 測定部、43 計算部、44 出力部、100 センサ素子、200 制御装置、300 測定装置 、400 電極セル、51 容器、52 半透膜、53 有機半導体化合物膜、54 作用極、55 pドープ用溶液、56 対極、57 参照極、58 nドープ溶液、59 ポテンショスタット、60 電源、61 電圧計、62 電位計測電極、500 電極セル
図1
図2
図3
図4
図5
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図7
図8
図9
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図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37