(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023153064
(43)【公開日】2023-10-17
(54)【発明の名称】繊維状チーズおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 19/068 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
A23C19/068
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056924
(22)【出願日】2023-03-31
(31)【優先権主張番号】P 2022057984
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100136319
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 宏修
(74)【代理人】
【識別番号】100143498
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 健
(72)【発明者】
【氏名】今澤 武司
(72)【発明者】
【氏名】植野 敦子
【テーマコード(参考)】
4B001
【Fターム(参考)】
4B001AC05
4B001AC26
4B001AC31
4B001AC43
4B001BC01
4B001BC08
4B001BC12
4B001BC14
4B001BC99
4B001DC01
4B001EC01
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、チーズ熟成香を楽しむことができる繊維状チーズおよびその製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明に係る繊維状チーズは、(A)(a1)全量に対して5ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれる酪酸、および、(a2)全量に対して5ppm以上200ppm以下の範囲内で含まれるカプロン酸の少なくとも一方と、(B)全量に対して30ppm以上250ppm以下の範囲内で含まれるジアセチルとを含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全量に対して5ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれる酪酸、および、全量に対して5ppm以上200ppm以下の範囲内で含まれるカプロン酸の少なくとも一方と、
全量に対して30ppm以上250ppm以下の範囲内で含まれるジアセチルと
を含有する、繊維状チーズ。
【請求項2】
一部を繊維配列方向に沿って10mm/秒で引き上げて引き裂いたとき、引き上げ開始から1.5秒から3.5秒までの間における時間に対する力の傾きが50mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内である
請求項1に記載の繊維状チーズ。
【請求項3】
前記ジアセチルはグリーンチーズ由来である
請求項1または2に記載の繊維状チーズ。
【請求項4】
前記酪酸および前記カプロン酸は乳成分の発酵物由来または酵素処理物由来である
請求項1または2に記載の繊維状チーズ。
【請求項5】
ナチュラルチーズまたはプロセスチーズ類である
請求項1または2に記載の繊維状チーズ。
【請求項6】
チーズ熟成香物質、および/または、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物を含むグリーンチーズの混合物を加熱混練した後、延伸する延伸工程を備える、繊維状チーズの製造方法。
【請求項7】
前記チーズ熟成香物質は、酪酸、カプロン酸およびジアセチルより成る群から選択される少なくとも一つの化合物であり、
前記乳成分の発酵物もしくは酵素処理物には、前記酪酸、前記カプロン酸および前記ジアセチルの少なくとも一つの化合物が含まれている
請求項6に記載の繊維状チーズの製造方法。
【請求項8】
少なくともジアセチル産生乳酸菌を含む乳酸菌スターターにより生乳を発酵させることにより前記グリーンチーズを製造するグリーンチーズ製造工程と、
前記グリーンチーズに対してチーズ熟成香物質が添加される添加工程と
をさらに備える、請求項6に記載の繊維状チーズの製造方法。
【請求項9】
前記チーズ熟成香物質は、酪酸およびカプロン酸の少なくともいずれかの化合物であり、
前記乳成分の発酵物もしくは酵素処理物には、前記酪酸および前記カプロン酸の少なくともいずれかの化合物が含まれている
請求項8に記載の繊維状チーズの製造方法。
【請求項10】
前記グリーンチーズは、(a)生乳から製造され凍結されていないものであるか、(b)前記生乳から製造され凍結されていないものと、前記生乳から製造され凍結されていたものとを混合したものであるか、(c)前記生乳から製造され凍結されていたものであるかである
請求項6から9のいずれか1項に記載の繊維状チーズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維状チーズおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従前から繊維状チーズやその製造方法について種々提案されている(例えば、特開2017-086025号公報、特開2005-261434号公報、特開昭57-206334号公報等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-086025号公報
【特許文献2】特開2005-261434号公報
【特許文献3】特開昭57-206334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、繊維状チーズは、引き裂くことを楽しみながら喫食することができる。このようにチーズに引裂性を付与するためには、未熟成のレンネットカードすなわちグリーンチーズをその原料とする必要がある。
【0005】
例えば、一般的なセミハードチーズのように、数カ月熟成させたチーズを原料とした場合、たんぱく質の分解等によりカゼインのネットワークが弱まっているため、十分な引裂性は発現しない。また、未熟成のレンネットカードを原料とした繊維状チーズであっても、長期熟成された場合、同様に十分な引裂性は得られない。したがって、従前から、繊維状チーズを喫食する際、自然で芳醇なチーズ熟成香を楽しめなかった。
【0006】
本発明の課題は、チーズ熟成香を楽しむことができる繊維状チーズおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが鋭意検討した結果、繊維状チーズ製造の際にグリーンチーズに対して特定量の酪酸および特定量のカプロン酸の少なくとも一方と、特定量のジアセチルとを含有させることにより課題が解決されることを見出して本発明を完成させた。なお、本発明において、繊維状チーズとは、チーズカードを、加温等の工程を経て一定の延伸をかけて棒状又は板状に成形し、冷却・固化することにより得られるチーズであり、手で裂くと一定方向に糸状に細く裂けるチーズである。なお、このような繊維状チーズは、市場においてストリングチーズ等と称されている。
【0008】
すなわち、本発明は、次の通りとなる。
(1)
(A)(a1)全量に対して5ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれる酪酸、および、(a2)全量に対して5ppm以上200ppm以下の範囲内で含まれるカプロン酸の少なくとも一方と、(B)全量に対して30ppm以上250ppm以下の範囲内で含まれるジアセチルとを含有する、繊維状チーズ。
【0009】
(2)
一部を繊維配列方向に沿って10mm/秒で引き上げて引き裂いたとき、引き上げ開始から1.5秒から3.5秒までの間における時間に対する力の傾きが50mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内である、(1)に記載の繊維状チーズ。なお、ここにいう繊維配列方向とは、製造の際においてチーズカードが引き伸ばされる方向をさす。
【0010】
(3)
ジアセチルはグリーンチーズ由来である、(1)または(2)に記載の繊維状チーズ。
【0011】
(4)
酪酸、および、カプロン酸は乳成分の発酵物由来または酵素処理物由来である、(1)から(3)のいずれか1つに記載の繊維状チーズ。
【0012】
(5)
ナチュラルチーズまたはプロセスチーズ類である
(1)から(4)のいずれか1つに記載の繊維状チーズ。
【0013】
(6)
チーズ熟成香物質、および/または、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物を含むグリーンチーズの混合物を加熱混練した後、延伸する延伸工程を備える、繊維状チーズの製造方法。
【0014】
(7)
チーズ熟成香物質は、酪酸、カプロン酸、および、ジアセチルより成る群から選択される少なくとも一つの化合物であり、
乳成分の発酵物もしくは酵素処理物には、酪酸、カプロン酸、および、ジアセチルの少なくとも一つの化合物が含まれている
(6)に記載の繊維状チーズの製造方法。
【0015】
(8)
少なくともジアセチル産生乳酸菌を含む乳酸菌スターターにより生乳を発酵させることによりグリーンチーズを製造するグリーンチーズ製造工程と、
グリーンチーズに対してチーズ熟成香物質が添加される添加工程と
をさらに備える、
(6)に記載の繊維状チーズの製造方法。
【0016】
(9)
チーズ熟成香物質は、酪酸、および、カプロン酸の少なくともいずれかの化合物であり、
乳成分の発酵物もしくは酵素処理物には、酪酸およびカプロン酸の少なくともいずれかの化合物が含まれている
(8)に記載の繊維状チーズの製造方法。
【0017】
(10)
グリーンチーズは、(a)生乳から製造され凍結されていないものであるか、(b)生乳から製造され凍結されていないものと、生乳から製造され凍結されていたものとを混合したものであるか、(c)生乳から製造され凍結されていたものであるかである
(6)から(9)のいずれか1つに記載の繊維状チーズの製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<繊維状チーズの製造方法>
本発明の実施の形態に係る繊維状チーズは、例えば、混合工程、加熱混練工程および成型工程を経て製造される。以下、これらの工程について詳述する。また、これらの工程の説明後に他の製造方法についても説明する。
【0019】
(1)混合工程
この混合工程では、粉砕したグリーンチーズに対して、チーズ熟成香物質、および/または、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物が混合されて混合物が生成される。なお、グリーンチーズとしては、(a)生乳から製造され凍結されていないもののみが用いられてもよいし、(b)生乳から製造され凍結されていないものと、生乳から製造され凍結されていたものとを混合したものが用いられてもよいし、(c)生乳から製造され凍結されていたものが用いられてもよい。
【0020】
グリーンチーズとは、未熟成のチーズである。なお、このグリーンチーズとして、製造後未凍結のものが用いられてもよいし、製造後に凍結したものを解凍したものが用いられてもよい。
【0021】
チーズ熟成香物質としては、例えば、短鎖飽和脂肪酸や、中鎖飽和脂肪酸、ジアセチル等が挙げられる。以下、これらのチーズ熟成香物質について詳述する。
【0022】
短鎖飽和脂肪酸や中鎖飽和脂肪酸としては、例えば、酪酸やカプロン酸が挙げられる。なお、チーズ熟成香物質は、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物に含まれた状態でグリーンチーズに添加されてもよい(すなわち、グリーンチーズに対して、チーズ熟成香物質を含む乳成分の発酵物もしくは酵素処理物が添加されてもよい)。
【0023】
ジアセチルは、ジアセチルを含まないグリーンチーズに対して添加されてもよいし、予めグリーンチーズに含まれていてもよい。後者の場合、ジアセチル産生乳酸菌を含む乳酸菌スターターにより生乳を発酵させることによりグリーンチーズが調製されてもよい。ジアセチル産生乳酸菌としては、例えば、ラクトコッカス・ジアセチラクティス(Lactococcus diacetylactis)が挙げられる。かかる場合、グリーンチーズ製造時にグリーンチーズ内にジアセチルが産生されることになる。
【0024】
なお、この混合工程では、チーズ熟成香物質、乳成分の発酵物および酵素処理物以外の風味物質および/または成分が添加されてかまわない。そのような風味物質としては、香辛料、ハーブ、調味料(食塩を除く)、くん液などが挙げられる。また、そのような成分としては、例えば、水、食塩、炭水化物、脂質、ビタミン類、ミネラル類、有機酸(上述の飽和脂肪酸を除く)、有機塩基、果汁、フレーバー、機能性成分、食品添加物、チーズ酵素処理物等、通常の食品に含まれる成分等が挙げられる。ここで、炭水化物としては、デキストリンのほか、可溶性澱粉、酸化澱粉、澱粉エステル、澱粉エーテル、食物繊維(セルロース等)などが挙げられる。脂質としては、例えば、ラード、魚油等、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の動物性油脂;パーム油、サフラワー油、コーン油、ナタネ油、ヤシ油、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の植物性油脂、リン脂質などが挙げられる。ビタミン類としては、例えば、ビタミンA、カロテン類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD群、ビタミンE、ビタミンK群、ビタミンP、ビタミンQ、ナイアシン、ニコチン酸、パントテン酸、ビオチン、イノシトール、コリン、葉酸などが挙げられる。ミネラル類としては、例えば、カルシウム、カリウム、マグネシウム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、セレンなどが挙げられる。有機酸としては、例えば、リンゴ酸、クエン酸、乳酸、酒石酸などが挙げられる。機能性成分としては、例えばオリゴ糖、グルコサミン、コラーゲン、セラミド、ローヤルゼリー、ポリフェノール、脂肪酸アミド、乳酸菌、ビフィズス菌、ペプチド、ホエイ、ミルクたんぱく質濃縮物(MPC)、ホエイたんぱく濃縮物(WPC、WPI)、アミノ酸などが挙げられる。食品添加物として、例えば、乳化剤、溶融塩、安定剤、増粘剤、ゲル化剤、甘味料、酸味料、保存料、抗酸化剤、pH調整剤、着色剤、香料などが挙げられる。なお、これらの成分は、単体で用いられてもよいし、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。また、上述の成分は、天然物、天然物加工品、合成品および/またはこれらを多く含む食品のいずれであってもよい。
【0025】
(2)加熱混練工程
この混練工程では、混合工程で得られた混合物が加熱されながら混練されて加熱混練物が生成される。なお、この加熱混練工程では、チーズを熱水、水蒸気などの外部加熱、またはジュール加熱またはマイクロウエーブ加熱など内部加熱してからパスタフィラータ系チーズの製造に用いられる二軸スクリュー、ストレッチャーなどを用いることができる。水蒸気や内部加熱を用いることが本発明に関与する香気成分や乳成分の流出が抑えられて好ましい。例えば、スチームストレッチャーが利用されることが香気成分の含量が維持され均一に混合することができて好ましい。また、この工程における加熱温度は、チーズの温度が55℃~80℃となることが好ましく、60℃~80℃程度であるのがより好ましい。
【0026】
(3)成型工程
この成型工程では、加熱混練工程で得られた加熱混練物が管から押し出される、もしくは加熱混練物に延伸力が加えられることにより繊維状チーズが得られる。なお、この成型工程では、押出成形装置が利用されることが好ましい。加熱混練物を適度な力で伸ばすことで、引裂性の良い繊維状チーズを得られる。
【0027】
成型工程後チーズを40℃以下に速やかに冷却することで繊維状チーズの引裂性を高めることができる。かかる場合、冷却媒体として液化ガス、水、食塩水など用いることができる。この冷却媒体を用いてチーズを冷却する方法としては、冷却冷媒をチーズに噴霧する方法、チーズを冷却冷媒に浸漬する方法、冷却施設で冷却冷媒をチーズに送風する方法などが挙げられる。これらの方法は単独で実施されてもよいし、組み合わせて実施されてもよい。成型工程後チーズを冷却し、その冷却したチーズを切断して包装する。なお、このような冷却は成型工程後に行われてもかまわない。冷凍することによって繊維状チーズの引裂性を維持する効果が得られる。また、繊維状チーズを冷却後に切断して冷凍してもよい。また、冷却後の繊維状チーズを冷凍、解凍してから切断して包装してもよい。
【0028】
本発明の実施の形態に係る繊維状チーズを包装する方法としては、例えば、真空包装、ガス置換包装、脱酸素剤の封入、脱酸素包材による包装などが挙げられる。ガス置換包装では、繊維状チーズが入れられた包装材の内部を不活性ガスで置換すればよい。繊維状チーズを上述のいずれかの方法で個包装することで食する直前まで、カビなどの微生物の繁殖をより抑制することができる。
【0029】
本発明の実施の形態に係る繊維状チーズを製造する他の方法としては、例えば、(a)グリーンチーズの加熱混練時にチーズ熟成香物質、および/または、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物を添加する方法や、(b)チーズ熟成香物質、および/または、乳成分の発酵物もしくは酵素処理物を含む飽和食塩水(ブライン)に、グリーンチーズを浸漬した後にそのグリーンチーズを加熱混練する方法などが挙げられる。なお、いずれの方法において混合工程は不要となる。
【0030】
<繊維状チーズ>
上述の製造方法により得られる繊維状チーズのうち、(A)(a1)全量に対して5ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれる酪酸、および、(a2)全量に対して5ppm以上200ppm以下の範囲内で含まれるカプロン酸の少なくとも一方と、(B)全量に対して30ppm以上250ppm以下の範囲内で含まれるジアセチルとを含有する繊維状チーズが好ましい。
【0031】
上述の好ましい繊維状チーズにおいて、酪酸は、全量に対して10ppm以上120ppm以下の範囲内で含まれることが好ましく、全量に対して10ppm以上100ppm以下の範囲内で含まれることがより好ましい。また、この酪酸は、乳成分の発酵物由来または酵素処理物由来であることが好ましい。
【0032】
また、上述の好ましい繊維状チーズにおいて、カプロン酸は、全量に対して10ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれることが好ましく、全量に対して20ppm以上120ppm以下の範囲内で含まれることがより好ましく、全量に対して30ppm以上100ppm以下の範囲内で含まれることがさらに好ましい。また、このカプロン酸は、乳成分の発酵物由来または酵素処理物由来であることが好ましい。
【0033】
また、上述の好ましい繊維状チーズにおいて、ジアセチルは、全量に対して30ppm以上200ppm以下の範囲内で含まれることが好ましく、全量に対して35ppm以上150ppm以下の範囲内で含まれることがより好ましく、全量に対して40ppm以上100ppm以下の範囲内で含まれることがさらに好ましく、全量に対して45ppm以上80ppm以下の範囲内で含まれることが特に好ましい。
【0034】
また、本発明の実施の形態に係る繊維状チーズは、ナチュラルチーズまたはプロセスチーズ類であってもよい。
【0035】
本発明の実施の形態に係るプロセスチーズ類とは、プロセスチーズ、チーズフード、乳等を主原料とする食品を指す。プロセスチーズおよびチーズフードを製造する際、チーズカードに溶融塩などの乳化剤を添加して混合することが必要である。溶融塩としてはリン酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩など、通常のプロセスチーズ製造に用いられている溶融塩を使用することができる。溶融塩の化合物の種類としては、特に限定されないが、例えば、リン酸ナトリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、テトラメタリン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸二カリウム、リン酸三カリウム、クエン酸三ナトリウム、酒石酸ナトリウム、酒石酸カルシウム等が挙げられ、これらを1種あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。その添加量はチーズの合計量(100質量%)に対して、0.05~5質量%であることが好ましく、0.1~3質量%であることがより好ましい。過剰な溶融塩の添加は、繊維状チーズの糸ひき性などの性質を低下させる。
【0036】
また、本発明の実施の形態では、添加物として、乳化剤が添加されることが好ましい。乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリソルベートが挙げられる。ポリグリセリン脂肪酸エステル、酵素処理レシチン、ポリソルベートを用いた場合、加熱混練時にチーズカードからオイルや乳化物が分離することがないため好ましい。その添加量は繊維状チーズの質量(100質量%)に対して、0.1~3質量%であることが好ましい。溶融塩と乳化剤を併用してもよい。乳化剤は加熱混練以前また加熱混練中に添加されればよい。
【0037】
また、上述の繊維状チーズの一部を繊維配列方向に沿って10mm/秒で引き上げて引き裂いたとき、引き上げ開始から1.5秒から3.5秒までの間における時間に対する力の傾きが50mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内である。なお、この傾きは大きければ大きいほど好ましく、100mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることが好ましく、150mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがより好ましく、200mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがさらに好ましく、250mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがさらに好ましく、300mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがさらに好ましく、350mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがさらに好ましく、400mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることがさらに好ましく、450mN/秒以上500mN/秒以下の範囲内であることが特に好ましい。なお、このような時間に対する力の傾きの測定は、英弘精機株式会社製のテクスチャ―アナライザーTA-XTplusCを用いて行われる。
【0038】
繊維状チーズを繊維配列方向に60mmの長さでカットし、試験台に固定する面をつくるために略半円柱にカットする。次に、繊維状チーズの略半円柱の平らな底面を下にして試験台に置き(すなわち、繊維配列方向が水平となるように置き)、上端から5mmの位置にナイフを水平に入れてそのまま軸方向(すなわち繊維配列方向)に沿って10mmの切込みを入れる。次に、その姿勢を保ちつつその繊維状チーズを瞬間接着剤(コニシ株式会社製アロンアルファプロ)で略半円柱の平らな底面をテーブルに貼り付けて3分間固定した後、切込み部分の端から2mmの部分をテクスチャ―アナライザーTA-XTplusCの治具で挟み込む。切込みから上側の部位をテクスチャ―アナライザーTA-XTplusCの治具(すなわち把持具)でその厚みが2mmになるまで挟み込んだ後に、その治具を、繊維状チーズの切込み側の反対側に向かって10mm/秒で移動させながら繊維状チーズの上方向に10mm/秒で引きあげて繊維状チーズを引き裂き、その引き裂きにかかった力(引裂力)をロードセルによって計測する。すなわち、このテクスチャ―アナライザーでは、治具は繊維配列方向に対して斜め45°の上方向に沿って移動させられる。また、把持具がこのようにして引き上げられる際、引き上げ方向が繊維状チーズの繊維配列方向に対して常に垂直になるように繊維状チーズが引き上げられる。そして、引裂力が安定した領域である1.5秒から3.5秒までの測定結果を用いて最小自乗法により時間に対する引裂力の傾きを求める。
【0039】
以下、実施例および比較例に基づいて、本発明をより具体的に説明する。なお、この実施例は、本発明を限定するものではない。
【0040】
(参考例)
試薬(富士フィルム和光純薬株式会社製)の酪酸(炭素数4の飽和脂肪酸。ブタン酸またはn-ブタン酸ともいう。)、カプロン酸(炭素数6の飽和脂肪酸。ヘキサン酸ともいう。)、カプリル酸(炭素数8の飽和脂肪酸。オクタン酸ともいう。)、カプリン酸(炭素数10の飽和脂肪酸。デカン酸ともいう。)およびラウリン酸(炭素数12の飽和脂肪酸。ドデカン酸ともいう。)の香を5名のチーズ官能評価者(いずれの者も10年以上のチーズの官能評価歴を有する。)に評価させたところ、以下の表1に示される結果が得られた。すなわち、酪酸、および、カプロン酸には、熟成チーズを想起する香が感じられた。一方、カプリル酸、カプリン酸、および、ラウリン酸には、熟成チーズを想起する香が感じられず、その香自体も弱いものであった。したがって、カプリル酸、カプリン酸、および、ラウリン酸によって熟成チーズの香付けを行うことは期待することができないと結論付けた。
【0041】
【0042】
なお、同評価に際しては、上記飽和脂肪酸の原液を用いた(すなわち、希釈することなく購入時の状態のものを用いた)。また、酪酸、カプロン酸、および、カプリル酸は室温において液体であり、カプリン酸、および、ラウリン酸は室温において固体であった。
【実施例0043】
1.繊維状チーズの調製
グリーンチーズの調製は常法に従った。すなわち、生乳を72℃で15秒間殺菌した後にその生乳を33℃まで冷却し、その生乳に塩化カルシウム0.02%、乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis(ジアセチル産生能なし))スターター0.5%、さらに、レンネット0.005%を加え、凝固させた。その後、2cm四方の立方体にカッティングを行い、ドレイニング後、圧搾、飽和食塩水に浸け、グリーンチーズを調製した。次に、そのグリーンチーズをミートチョッパーで粉砕し、粉砕済みのグリーンチーズに、食塩、ローカストビーンガム、乳酸および水を加えて混合し、チーズミックスを調製した。次いで、そのチーズミックスを8つに分割し、その分割したチーズミックスそれぞれに対して、濃度が0ppm、0.5ppm、5ppm、50ppm、100ppm、150ppm、200ppm、500ppmとなるように酪酸を添加してよく混合し、酪酸含有チーズミックスを調製した。続いて、酪酸含有チーズミックスを電子レンジで70℃まで加熱した後に強く混練した。そして、混練後の酪酸含有チーズミックスを、直径約2cmになるように手で引き延ばした後に5℃の冷水中で冷却することで目的の繊維状チーズを得た。なお、この繊維状チーズ100g当たり、グリーンチーズが90gを占め、食塩が1.5gを占め、ローカストビーンガムが0.4gを占め、乳酸が0.5gを占め、水および酪酸が残りの7.6gを占めていた。また、得られた各種繊維状チーズの水分は50%であり、pH(直接法)は5.4であった(なお、水分含量は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)分析マニュアルの「第1章 一般成分及び関連成分」に記載の「常圧加熱乾燥法 乾燥助剤添加法」(P2-P3)に従って測定した。また、このpHは、回転数を10000rpmに設定したホモジナイザー(日本精機株式会社製エクセルオートホモジナイザー)で5分間、繊維状チーズを粉砕した後、その粉砕物にpH測定器(ニッコーハンセン株式会社製pH spear)のプローブを突き刺して測定した。)。
【0044】
2.繊維状チーズのチーズ熟成香の確認
上述の参考例における5名のチーズ官能評価者に対して、上述の通りにして得られた繊維状チーズのチーズ熟成香を確認してもらったところ、酪酸を5ppm添加した繊維状チーズからチーズ熟成香が感じられ、酪酸を150ppm添加した繊維状チーズまでは酪酸の添加量が多くなればなるほどそのチーズ熟成香が強くなったが、酪酸を200ppm添加した繊維状チーズからはチーズ熟成香とは異なる香が感じられるとのことであった。
酪酸をカプロン酸に代えた以外は、実施例1に示される方法と同様の方法で目的の繊維状チーズを得、実施例1に示される方法と同様の方法で繊維状チーズのチーズ熟成香を確認した。その結果、カプロン酸を5ppm添加した繊維状チーズからチーズ熟成香が感じられ、カプロン酸を200ppm添加した繊維状チーズまではカプロン酸の添加量が多くなればなるほどそのチーズ熟成香が強くなったが、カプロン酸を500ppm添加した繊維状チーズからはチーズ熟成香とは異なる香が感じられるとのことであった。