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特開2023-154234アルミニウム合金材の水素脆化防止方法および水素脆化防止剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023154234
(43)【公開日】2023-10-19
(54)【発明の名称】アルミニウム合金材の水素脆化防止方法および水素脆化防止剤
(51)【国際特許分類】
   C22F 1/04 20060101AFI20231012BHJP
   C22C 21/10 20060101ALI20231012BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231012BHJP
【FI】
C22F1/04 A
C22C21/10
C22F1/00 694A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 692A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 640E
C22F1/00 611
C22F1/00 612
C22F1/00 621
C22F1/00 623
C22F1/00 624
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022063424
(22)【出願日】2022-04-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 「ナノ~マクロを繋ぐトモグラフィー:界面の半自発的剥離」委託研究 産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】清水 一行
(72)【発明者】
【氏名】戸田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】山口 正剛
(57)【要約】
【課題】AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できるアルミニウム合金材の水素脆化防止方法の提供。
【解決手段】アルミニウム合金材にT相を形成させる工程を含む、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金材にT相を形成させる工程を含む、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項2】
アルミニウム合金材がZnおよびMgを少なくとも含む、請求項1に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項3】
アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物が、前記金属添加剤としてZnおよびMgをZn/Mgの原子比が1.5以下で含む低Zn/Mg組成物であり、
前記T相を形成させる工程が、前記低Zn/Mg組成物を時効処理する工程である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項4】
アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物を時効処理する工程を含み、
前記T相を形成させる工程が前記時効処理を120℃より高い温度で行う工程である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項5】
前記T相がMg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項6】
前記T相の平均粒子径が1~50nmである、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
【請求項7】
アルミニウム合金材の水素脆化を防止でき、アルミニウム合金材の内部に粒子として形成させる用途であるアルミニウム合金材の水素脆化防止剤であって、
前記粒子がT相である、アルミニウム合金材の水素脆化防止剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法およびアルミニウム合金材の水素脆化防止剤に関する。
【背景技術】
【0002】
広範な用途を有するアルミニウム合金材は、水素脆化割れが生じる問題があり、この問題を解消することが提案されてきている(特許文献1~3、非特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1には、Zn5.0~7.0%、Mg1.0~3.0%、Cu1.0~3.0%を含有し、かつCr0.05~0.3%、Zr0.05~0.25%、Mn0.05~0.40%、Sc0.05~0.35%のうちから選ばれた1種もしくは2種以上を合計量が0.05~0.5%の範囲内で含有し、さらに不純物としてSiを0.25%以下、Feを0.25%以下に規制し、残部がAlおよびその他の不可避的不純物としたAl-Zn-Mg-Cu系アルミニウム合金を用い、その鋳塊に、450~520℃の範囲内の温度で1時間以上保持する均質化処理を行なった後、鋳塊を冷却する過程において、少なくとも400℃までの平均冷却速度を100℃/hr以上に規制し、その後300~440℃の範囲内の温度で50mm以上の板厚まで熱間圧延を行なった後、溶体化処理・焼入れおよび人工時効処理を施し、円相当径で5μmを越える金属間化合物の総面積率を2%以下とした厚板を得る、強度および延性に優れたアルミニウム合金厚板の製造方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、Zn4.5~8.5wt%、Mg1.5~3.5wt%、Cu0.8~2.6wt%を含有し、さらに、Mn、Cr、Zr、V、Tiを少なくとも1種類含有し、残部Alおよび不純物からなるアルミニウム合金を鍛造によりHセクションを有する鍛造材に成型するに際し、合金中のFe含有量を0.15wt%以下に規制するなどする、対応力腐食割れ性に優れた高強度Al-Zn-Mg系アルミニウム合金鍛造材の製造方法が記載されている。
【0005】
特許文献3には、Zn5~8重量%、Mg1.2~4.0重量%、Cu1.5重量%を越え4.0重量%以下、Ag0.03~1.0重量%、Fe0.01~1.0重量%、Ti0.005~0.2重量%、V0.01~0.2重量%を含有し、かつ、Mn0.01~1.5重量%、Cr0.01~0.6重量%、Zr0.01~0.25重量%、B0.0001~0.08重量%、Mo0.03~0.5重量%のうちの少なくとも1種または2種以上を含み、残りアルミニウム及び不可避不純物からなる耐応力腐食割れ性に優れた溶接構造材用高力アルミニウム合金が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-058047号公報
【特許文献2】特公平1-025386号公報
【特許文献3】特許第2915487号
【特許文献4】特開2021-1881027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように近年まで、水素脆化を十分に効果的に防止ないし抑制できるアルミニウム合金材の水素脆化防止方法は知られていなかった。
一方、近年、特許文献4には、アルミニウム合金材の水素脆化を防止でき、AlCuFe粒子からなる、アルミニウム合金材の水素脆化防止剤が記載されている。特許文献4では、アルミニウム合金材の中の局所的な水素の分配挙動と集積挙動が水素脆化割れを支配することに注目し、半整合析出物界面よりも高い水素トラップエネルギーを有する第二相粒子(AlCuFe粒子)を添加することで、析出物界面にトラップされた水素に起因する水素脆化を防止していた。しかし、水素脆化防止のためにAlCuFe粒子等の粒子形成のための特殊な金属添加物の添加が必要であり、またそれらがアルミニウムの機械的性質を劣化させる可能性もある点でさらなる改善が求められるものであった。
本発明が解決しようとする課題は、AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できる、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、アルミニウム合金材に分散相の一種であるT相を形成させることにより、AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できることを見出し、上記課題を解決した。
上記課題を解決するための具体的な手段である本発明の構成と、本発明の好ましい構成を以下に記載する。
【0009】
[1] アルミニウム合金材にT相を形成させる工程を含む、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[2] アルミニウム合金材がZnおよびMgを少なくとも含む、[1]に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[3] アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物が、金属添加剤としてZnおよびMgをZn/Mgの原子比が1.5以下で含む低Zn/Mg組成物であり、
T相を形成させる工程が、低Zn/Mg組成物を時効処理する工程である、[1]または[2]に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[4] アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物を時効処理する工程を含み、
T相を形成させる工程が時効処理を120℃より高い温度で行う工程である、[1]または[2]に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[5] T相がMg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49である、[1]または[2]に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[6] T相の平均粒子径が1~50nmである、[1]または[2]に記載のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法。
[7] アルミニウム合金材の水素脆化を防止でき、アルミニウム合金材の内部に粒子として形成させる用途であるアルミニウム合金材の水素脆化防止剤であって、
粒子がT相である、アルミニウム合金材の水素脆化防止剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できるアルミニウム合金材の水素脆化防止方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、T相が形成されたアルミニウム合金材における水素の濃化の模式図である。
図2図2は、η相が形成されたアルミニウム合金材における水素の濃化の模式図である。
図3図3は、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法の一例を、水素脆化試験の方法および引張試験の方法とあわせて記載したフローチャートである。
図4図4は、Mg32(Al,Zn)49粒子(T相の一例)の結晶構造の一例とその水素トラップサイトの模式図である。
図5図5は、Mg32(Al,Zn)49粒子の一例における水素原子の数と、水素トラップエネルギーとの関係を計算したグラフである。
図6図6(A)は比較例1のLT材のモルフォロジー解析によるTEM画像である。図6(B)は比較例1のLT材のη相(η’相)の回折パターンのTEM画像である。図6(C)は実施例1のHT材のモルフォロジー解析によるTEM画像である。図6(D)は実施例1のHT材のη相(η’相)およびT相の回折パターンのTEM画像である。
図7図7は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみと応力との関係を示したグラフである。
図8図8は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材の破断面における粒界亀裂破壊(Intergranular crack)の面積を示したグラフである。
図9図9(A)は実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみと破壊面積率との関係を示したグラフである。図9(B)は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみとクラック長さ(単位:μm)との関係を示したグラフである。
図9-2】図9-2(C)~(E)は、それぞれ、ひずみが8.9%、14.0%、17.8%の比較例1(LT)のアルミニウム合金材の粒界亀裂破壊の3Dレンダリングである。図9-2(F)は、比較例1(LT)のアルミニウム合金材の破断面におけるモルフォロジー解析によるSEM画像である。
図9-3】図9-3(G)~(I)は、それぞれ、ひずみが8.9%、14.0%、17.8%の実施例1(HT)のアルミニウム合金材の粒界亀裂破壊の3Dレンダリングである。図9-3(J)は、実施例1(HT)のアルミニウム合金材の破断面におけるモルフォロジー解析によるSEM画像である。
図10図10(A)は、引張試験前(underfomed)と引張試験後の亀裂先端(Crack tip)の実施例1(HT)のアルミニウム合金材において、各トラップサイトでのトラップされた水素濃度C(atom/m)を示したグラフである。図10(B)は、引張試験前(underfomed)と引張試験後の亀裂先端(Crack tip)の実施例1(HT)のアルミニウム合金材において、各トラップサイトでトラップされた水素分配割合Occupancyを示したグラフである。
図11図11(A)~(D)は、実施例1(HT)と比較例1(LT)のアルミニウム合金材について、それぞれ転位(Dislocation)、粒界(GB)、空孔(Vacancy)、η相(η’相)でトラップされた水素分配割合Occupancyを示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0013】
[アルミニウム合金材の水素脆化防止方法]
本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法は、アルミニウム合金材にT相を形成させる工程を含む。
この構成により、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法はAlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できる。T相は、既存のアルミニウム合金材にも含まれていることがあるが、アルミニウム合金材の水素脆化防止剤として機能することは知られていなかった。
なお、「AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制できる」とは、本発明ではAlCuFe粒子等を用いる方法とは異なるメカニズム(T相が水素脆化防止剤として機能すること)により水素脆化を効果的に防止ないし抑制できることを意味する。そのため、本発明ではAlCuFe粒子等を用いるか否かは任意に選択できる。したがって、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法を使用して得られるアルミニウム合金材にAlCuFe粒子等が含まれていてもよい。原料組成物の組成によっては、アルミニウム合金材にAlCuFe粒子等が不可避に生成して含まれることがある。
図1にT相が形成されたアルミニウム合金材における水素の濃化の模式図を示す。図1では、アルミニウム基地(アルミニウム母材)に、T相(またはT’相。本明細書中、T相と言う場合はT相とT’相を区別せずに両方を含む)が分散しており、T相の内部に水素が濃化している。
【0014】
従来、金属組織と水素脆化との関係について、さまざまな議論があった。水素脆化を防止する手法として、(i)粒界上析出物の分布を低密および粗大とする、(ii)粒界傾角(ねじれ角)を小さくする(非再結晶組織とする)、(iii)結晶粒を微細化する、の3通りの組織制御法が提案されていた(例えば、伊藤吾郎、江藤武比古、宮木美光、菅野幹宏、「Al-Zn-Mg系合金」、軽金属、38(1988)、p818~839参照)。しかし、これらの手法の有効性は不明であり、具体的な機構も不明であった。有効性は不十分であるが、水素脆化の防止法として実際に行われているジルコニウムやクロムなどの合金元素の添加は、上記(ii)または(iii)に基づくものであった。これに対し、本発明では、アルミニウム合金材の中の局所的な水素の分配挙動と集積挙動が、水素脆化割れを支配することに注目した。特に、水素脆化をもたらしている支配因子は、析出物にトラップされた水素であることに注目した(Engineering Fracture Mechanics 216 (2019) 106503参照)。そして、アルミニウムの各ミクロ組織と水素との間の結合エネルギーを求め、アルミニウム合金材の中の水素分配を計算することにより、水素脆化をもたらす水素トラップサイトの水素量を定量的に把握した。
【0015】
アルミニウム合金で水素脆化をもたらすナノ粒子は、η相(またはη’相。本明細書中、η相と言う場合は、η相とη’相を区別せずにこれらの両方を含む)と呼ばれ、数~数十nmオーダーで合金中に分散している。図2にη相が形成されたアルミニウム合金材における水素の濃化の模式図を示す。図2では、アルミニウム基地(アルミニウム母材)に、η相が分散しており、η相の整合界面または半整合界面に水素が濃化している。例えば、Al-Zn-Mg系(7000系)合金では、η相はMgZnの粒子組成をもち、この粒子界面は0.35eV/atom(整合界面)~0.56eV/atom(半整合界面)の水素トラップエネルギーを持つ。η相に水素が濃化することが原因となり、アルミニウム合金材の水素脆化は発現する。
本発明では、界面水素が水素脆化の起源となるη相を材料から除去し、内部に水素吸蔵可能なT相を形成させることで、高い強度を維持したまま、アルミニウム合金材(特にAl-Zn-Mg合金)の水素脆化を根本的に解決できる。
なお、特開2021-1881027号公報では、η相の存在を許容したまま、水素を粗大粒子(第二相粒子)内部に優先的に分配させることで、水素脆化防止をすることが記載されている。本発明では、水素脆化をもたらすη相とは別の化学組成および結晶構造をもつT相を形成させることで、(場合によってはη相を減少または除去した上で、)T相に水素吸着させることができる。
水素脆化割れには、粒界割れおよび擬へき開割れがある。本発明では粒界亀裂破壊を効果的に防止ないし抑制できることが好ましく、粒界亀裂破壊および擬へき開割れを効果的に防止ないし抑制できることがより好ましい。
以下、本発明の好ましい態様を説明する。
【0016】
<アルミニウム合金材の製造工程の概要>
まず、アルミニウム合金材の製造工程の概要を説明する。
原料組成物(アルミニウムと金属添加物の原料混合物であってもよい)を、熱処理、圧延、鍛造および/または鋳造、ならびに時効処理するなど公知の工程により、アルミニウム合金材を製造することができる。本発明では、原料のアルミニウム合金材を、時効処理して、アルミニウム合金材を製造することが、析出物への水素トラップの抑制、すなわち擬へき開破壊の抑制の観点から好ましい。
図3は、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法の一例を、水素脆化試験の方法および引張試験の方法とあわせて記載したフローチャートである。
図3では、溶融または溶解させた原料組成物を、所望の形状の型に入れて鋳造(casting)する。所望の形状となった原料組成物は、均質化(homogenization)される。均質化された原料組成物は、熱圧延(hot rolling;熱間圧延ともいう)される。熱圧延された組成物は、熱サイクル(thermal cycling;TC)にかけられ、その後に放電加工(EDM)される。放電加工された組成物は、研磨(polish)され、その後に溶体化処理(solution treatment;ST)される。溶体化処理された後、所望の温度で時効処理をされ、アルミニウム合金材を得る。
【0017】
<アルミニウム合金材にT相を形成させる工程>
アルミニウム合金材にT相を形成させる工程は、特に制限はなく、公知の方法でT相を形成させることができる。公知の方法としては、例えば、J. JILM, 67, (2017)5, 162-167やJ. of Materials Sci. & Tech. 85(2021)106-117に記載の方法などを挙げることができる。
【0018】
本発明の好ましい一態様として、アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物が、金属添加剤としてZnおよびMgをZn/Mgの原子比が1.5以下(好ましくは1.2以下、より好ましくは1以下)で含む低Zn/Mg組成物であり、T相を形成させる工程が、低Zn/Mg組成物を圧延および時効処理する工程であることが好ましい。低Zn/Mg組成物を用いる場合、時効処理の温度および時間は特に制限はない。
【0019】
低Zn/Mg組成物を用いない場合、T相を形成させる工程としては、アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物を時効処理する工程を含み、T相を形成させる工程が時効処理を120℃より高い温度で行う工程が好ましい。時効処理の温度が130℃以上であることがより好ましく、150℃以上であることが特に好ましい。
120℃より高い温度で行う時効処理の時間は、T相を形成しやすくする観点から、1時間以上であることが好ましく、5時間以上であることがより好ましく、10時間以上であることが特に好ましい。120℃より高い温度で行う時効処理の時間の上限は特に制限はないが、例えば30時間以下とすることができる。
なお、低Zn/Mg組成物を用いる場合も、よりT相を形成しやすくする観点から、時効処理の温度および時間をこれらの好ましい範囲としてもよい。
【0020】
120℃より高い温度で行う時効処理を行うタイミングは、特に制限はないが、圧延後、かつ溶体化処理の後に行うことが好ましい。
【0021】
(低Zn/Mg組成物を時効処理する工程)
T相を形成させる工程が、低Zn/Mg組成物を時効処理する工程である場合の好ましい態様を説明する。
この場合、アルミニウムおよびその他の金属添加剤を含む原料組成物(低Zn/Mg組成物)が、金属添加剤としてZnおよびMgを含み、Zn/Mgの原子比が0.2~0.8であることが特に好ましく、0.4~0.6であることがより特に好ましい。
【0022】
その他の製造方法については、特開2009-221556号公報の[0034]~[0042]、J. JILM, 67, (2017)5, 162-167およびYan Zou etal, J. of Materials Sci. & Tech. 85(2021)106-117に記載の方法を流用することができ、これらの文献の内容は参照して本明細書に組み込まれる。
【0023】
<T相>
T相とは、アルミニウム合金中の分散相の1種であり、Mg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49、あるいは、これらのT相の構成元素の比率が化学量論組成から30%以内でずれた組成のもののことを言う。上記の組成の分散相は、ZnおよびMgを少なくとも含むアルミニウム合金材(Al-Mg-Zn系合金材)ではT相と言われるが、母相がその他の組成のアルミニウム合金材ではT相以外の名称で言われてもよく、上記の組成の分散相(好ましくは析出相だが、粗大粒子などその他の相であってもよい)であれば本明細書のT相に含まれる。
T相は、成分組成に幅を有するアルミニウム中の分散相であり、Mg22.4~41.6(Al,Zn,Cu)34.3~63.7またはMg22.4~41.6(Al,Zn)34.3~63.7であることが好ましく、Mg27.2~36.8(Al,Zn,Cu)41.7~56.4またはMg27.2~36.8(Al,Zn)41.7~56.4であることがより好ましく、Mg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49であることが特に好ましい。
T相は、整合析出物界面よりも高い水素トラップエネルギーを有することが必要である。すなわち、T相の水素トラップエネルギーは、少なくとも整合析出物界面の0.35eV/atomより高いことが必要である。
第一原理計算とは、シュレディンガー方程式を(実験データや経験パラメータを用いずに)数学的に解くことによって、理論的に電子状態を表すことをいう。結晶粒界や析出物、格子間など、その他の水素トラップサイトの密度や水素との結合エネルギーから、各トラップサイトにある水素の分布を計算することができる。なお、放射光トモグラフィーでアルミニウム合金材の変形過程の観察を行い、3Dまたは4D画像処理をすることにより、アルミニウム合金材の中に多数分散する第二相粒子を追跡して内部の塑性歪み分布を3Dマッピングできる。3D歪み分布から幾何学的に必要な転位および統計的に必要な転位、原子空孔の濃度分布を計算できる。
T相の水素トラップエネルギーは、0.40eV/atom以上であることが好ましく、0.45eV/atom以上であることがより好ましく、0.50eV/atom以上であることが特に好ましく、半整合析出物界面の0.55eV/atomよりも高いことがより特に好ましく、0.55~0.56eV/atomであることが最も好ましい。T相の水素トラップエネルギーが高くなるほど、T相の内部に水素をよりトラップすることができ、アルミニウム合金材の水素脆化をより防止ないし抑制しやすくなる。
【0024】
得られたアルミニウム合金材におけるT相のトラップサイト密度は、1.0site/nm以上であることが好ましく、5.0site/nm以上であることがより好ましく、7.0site/nm以上であることが特に好ましい。得られたアルミニウム合金材におけるT相のトラップサイト密度は高いほど好ましく、上限値に制限はないが、上限値は例えば20site/nm以下、15site/nm以下、10site/nm以下であってもよい。
【0025】
さらに、本発明では、T相の構成元素の比率が化学量論組成から30%以内でずれ、かつ、T相の構成元素として知られている元素以外に微量元素が固溶した粒子でも同様な効果が期待できる。T相の構成元素の比率が化学量論組成から30%以内でずれ、かつ、T相の構成元素として知られている元素以外に微量元素が固溶した粒子も、本発明におけるT相に含まれる。
【0026】
T相をアルミニウム合金中に分散させることにより、水素脆化を防止ないし抑制することができる。分散相(析出相)にはT相が含まれていればよいが、T相単独でアルミニウム合金中に分散させる方が、アルミニウム合金材の水素脆化を制御しやすい観点からは好ましい。ただし、複数種類の分散相(析出相(析出物))をアルミニウム合金中に分散させることを妨げるものではない。
【0027】
T相の形状は、球状、楕円体状、角筒状、円筒状、立方体、直方体、鱗片状などの種々の形状が挙げられ、好ましくは球状または楕円体状である。
【0028】
T相の平均粒子径は0.1~50nmであることが好ましい。T相の平均粒子径の上限値は20nm以下であることがより好ましく、10nm以下であることがより好ましく、5.0nm以下であることが特に好ましい。T相の平均粒子径の下限値は0.5nm以上であることがより好ましい。T相の平均粒子径は、例えば透過電子顕微鏡を用いた組織観察により算術平均として算出することができる。
【0029】
<合金組成>
原料のアルミニウム合金材に対して、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法を適用して得られるアルミニウム合金材の合金組成は、アルミニウムを主成分とするものであり、アルミニウムを50質量%以上含むことが好ましい。
【0030】
アルミニウム合金材は、新規合金のアルミニウム合金材であっても、既存のアルミニウム合金材であってもよい。本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止剤は、JIS規格(例えば、圧延板であればJIS H 4000:2014など。鋳造材、押し出し材、鍛造材などはそれぞれのJIS規格を参照)内の既存合金および/またはJIS規格外の新規合金のアルミニウム合金材の水素脆化を防止できることが好ましい。
アルミニウム合金材は、アルミニウムを主成分とするものであり、アルミニウムを50質量%以上含むことが好ましい。
アルミニウム合金材の好ましい一態様は、純度99.0%以上の純アルミニウム合金である。純アルミニウム合金としては、A1050、A1100、A1200などの1000系合金などを挙げることができる。
アルミニウム合金材の別の好ましい一態様では、Cuを少なくとも含むことが好ましい。Al-Cu系合金としては、例えばA2017、A2024などの2000系合金を挙げることができる。
アルミニウム合金材の別の好ましい一態様では、Mnを少なくとも含むことが好ましい。Al-Mn系合金としては、例えばA3003、A3004、A3005などの3000系合金を挙げることができる。
アルミニウム合金材の別の好ましい一態様では、Siを少なくとも含むことが好ましい。Al-Si系合金としては、例えばA4042、A4043、A4343などの4000系合金を挙げることができる。
アルミニウム合金材の別の好ましい一態様では、Mgを少なくとも含むことが好ましい。Al-Mg系合金としては、例えばA5005、A5052、A5083、A5182などの5000系合金を挙げることができる。
アルミニウム合金材の別の好ましい一態様では、MgおよびSiを少なくとも含むことが好ましい。Al-MgーSi系合金としては、例えばA6061、A6063などの6000系合金を挙げることができる。
アルミニウム合金材の好ましい一態様では、ZnおよびMgを少なくとも含むことが好ましい。Al-Zn-Mg系合金としては、例えば、A7075やA7050合金などの7000系合金を挙げることができる。
【0031】
これらの中でも、本発明ではアルミニウム合金材が、ZnおよびMgを少なくとも含む(Al-Zn-Mg系合金である)ことが好ましい。Al-Zn-Mg系合金は、実用アルミニウム合金展伸材で最も高強度な合金系であり、新幹線や航空機といった輸送機器等に実用されている。そして、この合金系の強度は、水素脆化により律速されているという現状があるためである。
Al-Zn-Mg系合金の中でも、より好ましい一態様は、圧延板であればJIS H 4000:2014に規定される7000系合金である。
Al-Zn-Mg系合金の中における別のより好ましい一態様は、アルミニウム合金材がZnおよびMgをZn/Mgの原子比が1.5以下で含む態様である。この場合、Zn/Mgの原子比が1.2以下であることがより好ましく、1以下であることが特に好ましく、0.2~0.8であることがより特に好ましく、0.4~0.6であることがさらにより特に好ましい。
ただし、アルミニウム合金材はZnおよびMgをZn/Mgの原子比が1を超えて(または1.2を超えて、または1.5を超えて)含む態様であってもよい。
【0032】
[アルミニウム合金材の水素脆化防止剤]
本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止剤は、アルミニウム合金材の水素脆化を防止でき、アルミニウム合金材の内部に粒子として形成させる用途であるアルミニウム合金材の水素脆化防止剤であって、粒子がT相である。
なお、アルミニウム合金材に含まれる分散相(例えば析出相(析出物))の粒子は、T相の他に、その他の粒子(η相など)を含んでいてもよい。
その他のアルミニウム合金材の水素脆化防止剤の好ましい態様は、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法の好ましい態様と同様である。
【0033】
[アルミニウム合金材]
本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法を使用して得られるアルミニウム合金材は、内部にT相が形成している。
【0034】
<合金材の特性>
アルミニウム合金材の破断伸びおよび破断応力などの引張試験特性は、JIS Z 2241に基づいてJIS H 4000:2014に規定される試験片について、測定される。
【0035】
<合金材の形状>
アルミニウム合金材の形状は、特に限定されない。アルミニウム合金材は、塊状であっても粒子状であってもよく、塊状であることが好ましい。アルミニウム合金材が塊状である場合、アルミニウム合金材を圧延板、鋳造材、押し出し材、鍛造材など公知の様々な形状とすることができる。
【0036】
<アルミニウム合金材の製造方法>
アルミニウム合金材の製造方法は、特に制限はない。上述した本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法により、製造することができる。アルミニウム合金材の製造方法の好ましい態様は、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法の好ましい態様と同様である。
【実施例0037】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0038】
[実施例1]
<水素の分配状態の解析>
報告されているMg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49粒子(T相)の結晶構造(Bergman et al., Acta Cryst., 10 (1957), 254参照)に基づいて計算モデルを構築し、第一原理計算によりT相内部で水素をトラップできるサイトを総当たりで探索した。
その結果、0.555eV/atomの水素トラップサイトがあることが発見された。Mg32(Al,Zn,Cu)49またはMg32(Al,Zn)49粒子(T相の一例)の結晶構造(BCC構造,空間群Im-3m (229))の一例とその水素トラップサイトの模式図を図4に示す。
さらに、第一原理計算により、アルミニウム合金材中のT相(Mg32(Al,Zn)49)のトラップサイト密度を計算した。
一方、η相の内部には水素トラップサイトはないことを別に確認した。
参考として、AlMn粒子、AlCuFe粒子、Al11MnZn粒子などの第2相粒子の水素トラップエネルギーおよびトラップサイト密度を計算した。得られた結果を表1に示した。また、Mg32(Al,Zn)49粒子の一例における水素原子の数と、水素トラップエネルギーとの関係を計算したグラフを図5に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
上記表1より、T相は高密度な強いトラップサイトであることがわかった。また、図4および図5より、T相(Mg32(Al,Zn)49)の内部には、0.555eV/atomの水素トラップサイトがあることが確認できる。
以上より、T相が粗大粒子(AlMn粒子、AlCuFe粒子、Al11MnZn粒子などの第2相粒子)より効率的に水素原子をトラップする効果があることがわかった。
【0041】
[実施例1および比較例1]
Al-5.6Zn-2.5Mg-1.6Cu(質量%)の化学組成を満たすアルミニウム合金材を、以下の2通りの時効処理の温度とする方法で準備した。このアルミニウム合金材は、Alを主成分として50質量%以上含む、Al-Zn-Mg合金でもある。
Al-5.6Zn-2.5Mg-1.6Cu(質量%)のアルミニウム合金材を鋳造するための材料に対し、図3の方法でアルミニウム合金材の水素脆化防止方法を実施した。具体的には、460℃で6時間、その後に温度を上げて465℃で24時間の均質化(Homogenization)、400℃での熱圧延(Hot rolling。87.5%の厚み減少。18mmから2.25mm)、500℃、30分間の加熱の後に空冷を8サイクルの熱サイクル(thermal cycling)、放電加工(EDM)、研磨(polish)、470℃で1時間のsalt bathでの溶体化処理(Solution treatment)を行った。
その後、実施例1のHT材では、アルミニウム合金材にT相を形成させる工程として、油中で150℃、16時間の高温での時効処理を行った。一方、比較例1のLT材では、η相を形成させる工程として、油中で120℃、4時間の低温での時効処理を行った。
得られたアルミニウム合金材に対して、水蒸気中での120℃、1時間の湿潤環境時効を行い、水素濃度を増加させた試験片を作製し、それぞれ実施例1および比較例1のアルミニウム合金材とした。
【0042】
[評価]
<TEM観察>
各実施例、各比較例1のアルミニウム合金材をTEM(透過型電子顕微鏡)観察を行った。得られた結果を図6(A)、図6(B)、図6(C)、図6(D)に示した。
図6(A)は比較例1のLT材のモルフォロジー解析によるTEM画像であり、図6(B)は比較例1のLT材のη相(η’相)の回折パターンのTEM画像である。図6(C)は実施例1のHT材のモルフォロジー解析によるTEM画像であり、図6(D)は実施例1のHT材のη相(η’相)およびT相の回折パターンのTEM画像である。図6(D)の回折パターンは、矢印でマークされたT相の高分解能TEM画像の高速フーリエ変換(FFT)によって得られた。なお、すべての画像は[110]Al晶帯軸(zone axis)に沿って撮影された。
図6(C)および図6(D)より、実施例1では内部にT相が形成されたアルミニウム合金材を得られたことがわかった。なお、実施例1のHT材は、T相に加えて、η相も観察された。
一方、図6(A)および図6(B)より、低温での時効処理を行った場合、すなわちアルミニウム合金材にT相を形成させる工程を行わなかった場合、内部にT相が形成されず、η相のみが形成されたことがわかった。
【0043】
<引張試験>
Engineering Fracture Mechanics 216 (2019) 106503に準じた方法により、評点間距離0.7mm、断面積0.6x0.6mmのトモグラフィー観察用微小試験片を用いて、実施例1および比較例1のアルミニウム合金材の試験片の引張試験を行った。図7は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみと応力との関係を示したグラフである。
【0044】
<引張試験後の破断面上の水素脆化破面率>
引張試験後の実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材の破断面上における水素脆性破壊粒界亀裂破壊(Intergranular crack)の面積率を画像計測して求めた。得られた結果を図8に記載した。図8は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材の破断面における粒界亀裂破壊(Intergranular crack)(水素脆化)の面積を示したグラフである。なお、水素脆化破面率は少ないほど好ましい。図9(A)は実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみと破壊面積率との関係を示したグラフである。図9(B)は、実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材のひずみとクラック長さ(単位:μm)との関係を示したグラフである。
【0045】
<引張試験後のトモグラフィー断層像>
引張試験後の実施例1(HT)および比較例1(LT)のアルミニウム合金材の試験片について、放射光ナノトモグラフィー断層像を撮影した。図9-2(C)~(E)は、それぞれ、ひずみが8.9%、14.0%、17.8%の比較例1(LT)のアルミニウム合金材の粒界亀裂破壊の3Dレンダリングである。図9-2(F)は、比較例1(LT)のアルミニウム合金材の破断面におけるモルフォロジー解析によるSEM画像である。
図9-3(G)~(I)は、それぞれ、ひずみが8.9%、14.0%、17.8%の実施例1(HT)のアルミニウム合金材の粒界亀裂破壊の3Dレンダリングである。図9-3(J)は、実施例1(HT)のアルミニウム合金材の破断面におけるモルフォロジー解析によるSEM画像である。
【0046】
図7図9-3より、実施例1(HT)では、低温での時効処理を行った比較例1(LT)と同程度の強度であり、比較例1(LT)よりも伸びている(破断伸び(破断時のひずみ)が大きい)ことがわかった。これは、実施例1(HT)では、T相により粒界亀裂破壊(Intergranular crack)(水素脆化)の発生と親展を抑えられていることに起因する。
すなわち、本発明のアルミニウム合金材の水素脆化防止方法は、アルミニウム合金材にT相を形成させることにより、AlCuFe粒子等を用いる以外の方法で水素脆化を効果的に防止ないし抑制でき、アルミニウム合金材の水素脆化防止方法として極めて有効であることがわかった。
【0047】
<水素の分配状態の解析>
実施例1(HT)のアルミニウム合金材について、ミクロ組織、特に転位(Dislocation;Dis.)、粒界(GB)、空孔(Vacancy;Vac.)、S相(S)、η相(η’相)、T相、ポア(Pore)の水素量などを、計算プロセスにより求めた。
下記の関係の式1~式3に基づき、第一原理計算で求めた水素トラップエネルギーを用いて、熱平衡状態下の水素の分配状態を計算した。具体的な計算は、Engineering Fracture Mechanics 216 (2019) 106503に準じた方法で行った。
【0048】
【数1】
【0049】
【数2】
【0050】
【数3】
【0051】
得られた結果を図10(A)および(B)に示した。図10(A)は、引張試験前(underfomed)と引張試験後の亀裂先端(Crack tip)の実施例1(HT)のアルミニウム合金材において、各トラップサイトでのトラップされた水素濃度C(atom/m)を示したグラフである。図10(B)は、引張試験前(underfomed)と引張試験後の亀裂先端(Crack tip)の実施例1(HT)のアルミニウム合金材において、各トラップサイトでトラップされた水素分配割合Occupancyを示したグラフである。図10(A)およおび(B)より、実施例1(HT)のアルミニウム合金材では、T相に優先的に水素分配されることがわかった。この結果は、引張試験前(変形前)であっても、引張試験後の亀裂先端(変形後)であっても同様であった。
さらに、比較例1(LT)のアルミニウム合金材についても、同様に水素の分配状態の解析を行い、実施例1(HT)と比較した。得られた結果を図11(A)~(D)に示した。図11(A)~(D)は、実施例1(HT)と比較例1(LT)のアルミニウム合金材について、それぞれ転位(Dislocation)、粒界(GB)、空孔(Vacancy)、η相(η’相)でトラップされた水素分配割合Occupancyを示したグラフである。図11(A)~(D)、特に図11(D)より、実施例1(HT)では、比較例1(LT)よりもη相(η’相)でトラップされた水素が少ないことがわかった。
【符号の説明】
【0052】
HT 実施例1のアルミニウム合金材
LT 比較例1のアルミニウム合金材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図9-2】
図9-3】
図10
図11