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特開2023-155281複合タングステン酸化物膜及び該膜を有する膜形成基材、並びに物品
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  • 特開-複合タングステン酸化物膜及び該膜を有する膜形成基材、並びに物品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155281
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】複合タングステン酸化物膜及び該膜を有する膜形成基材、並びに物品
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20231013BHJP
   C03C 17/245 20060101ALI20231013BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20231013BHJP
   C04B 35/495 20060101ALN20231013BHJP
【FI】
C23C14/08 K
C03C17/245 A
B32B9/00 A
C04B35/495
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023131500
(22)【出願日】2023-08-10
(62)【分割の表示】P 2019024926の分割
【原出願日】2019-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2018117340
(32)【優先日】2018-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100200001
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 啓一
(72)【発明者】
【氏名】安東 勲雄
(57)【要約】
【課題】可視光域における透明性を保持しつつ、赤外光を反射して遮蔽する機能、すなわち断熱による熱線遮蔽機能に加え、膜の平滑性が高い複合タングステン膜を提供し、更にはこれら機能を利用した膜形成基材又は物品を提供する。
【解決手段】一般式M(ただし、Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする層のみからなる複合タングステン酸化物膜であって、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、有機物成分を実質的に含まず、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける反射率が35%以上であるスパッタ膜かつ熱処理膜である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式M(ただし、Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする層のみからなる複合タングステン酸化物膜であって、
0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、
有機物成分を実質的に含まず、
波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける反射率が35%以上であるスパッタ膜かつ熱処理膜であることを特徴とする複合タングステン酸化物膜。
【請求項2】
表面粗さSaが20nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項3】
シート抵抗が10Ω/□未満であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項4】
前記Mは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項5】
六方晶の結晶構造を含む請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項6】
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、I(002)/I(200)は0.30以上0.50以下であり、
CuKα線を使用したX線回折による六方晶のa軸とc軸との比c/aが1.018~1.029である請求項5に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されていることを特徴とする膜形成基材。
【請求項8】
前記被成膜基材は、400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有することを特徴とする請求項7に記載の膜形成基材。
【請求項9】
前記被成膜基材がガラスであることを特徴とする請求項7又は請求項8に記載の膜形成基材。
【請求項10】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜及び/又は請求項7乃至請求項9のいずれか1項に記載の膜形成基材を1又は複数有することを特徴とする物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合タングステン酸化物膜に関し、更には当該複合タングステン酸化物膜を有する膜形成基材や当該複合タングステン酸化物膜が有する機能を利用した物品に関する。
【背景技術】
【0002】
窓材等に使用される遮光部材として各種材料が提案されている。例えば、特許文献1には、窓材などの遮光部材として、アルミニウムなどの金属を蒸着法により形成した鏡面状態を有する膜の遮光部材が記載されている。また、銀等をスパッタリング法により形成した膜の遮光部材もある。しかしながら、これらの遮光部材を用いた場合、外観がハーフミラー状となることから、屋外で使用するには反射がまぶしく、景観上の問題がある。一方で、反射を用いた遮光部材は一般的には遠赤外線も反射し断熱性も併せ持つという特長を有する。遠赤外線を含む当該遮光部材の光の反射は自由電子の作用によりもたらされる。
【0003】
これに対し本出願人は特許文献2に記載の複合タングステン酸化物微粒子を有する赤外線遮蔽微粒子分散体を提案した。複合タングステン酸化物微粒子は、太陽光線、特に近赤外線領域の光を効率よく吸収し、加えて可視光に対して高い透明性を有する。特許文献2に係る発明では、複合タングステン酸化物微粒子を、適宜な溶媒中に分散させて分散液とし、得られた分散液に媒体樹脂を添加した後、基材表面にコーティングして薄膜を形成し、非常に高い遮熱性を持つ。当該赤外線遮蔽微粒子分散体は優れた光の吸収特性を有する効果で高い遮熱性を示すが、反射特性を殆ど有さないため、断熱性はあまり期待できない。
【0004】
特許文献3には、複合タングステン酸化物の原料化合物を含む溶液を基板に塗布後、熱処理して製造する複合タングステン酸化物膜が開示されている。ここで開示されている膜の一部は同文献の図2および図3の破線に示されるように波長1400nmにおいて30%程度の反射率を有しており、ある程度断熱性も期待される。
【0005】
また、特許文献4には、複合タングステン酸化物の原料化合物を含む溶液を回転する基板に滴下し遠心力で成膜したのち、還元雰囲気で焼成したNaWO膜が開示されている。当該文献のFig.1によれば、当該膜は赤外域の光をほとんど反射しており遮蔽性と断熱性を併せ持つと思われる。
【0006】
一方で、このような複合タングステン酸化物膜は色調の調整、反射防止などを目的に、光学設計がなされることがあるが、このとき積層される膜の膜厚は数nm~数100nmときわめて薄い。そのため、複合タングステン酸化物膜の膜厚を100nm未満で制御する必要があるが、塗布法で膜厚100nm未満の領域を制御するのは難しい。また、積層される複合タングステン酸化物膜の表面粗さは平滑性が求められ、成膜面の表面粗さが大きいと所望の光学設計の効果が得られない。特許文献3や特許文献4に記載の塗布焼成法では溶液から結晶が析出し、粒成長するというプロセス上、表面粗さが大きくなりやすい。特許文献3の記載の方法を再現し、レーザー顕微鏡で表面粗さを測定したところ算術平均高さSaで60nmを超えるものであった。
【0007】
複合タングステン酸化物薄膜を得る別の手段として、特許文献1の例に見られる蒸着法やスパッタリング法などの物理的な方法がある。物理的な成膜法の薄膜は、目的とする組成物以外の元素を除外した膜にすることができる。また、高温の処理に適さない分散剤や媒体樹脂を使用する必要がないため、例えば高温熱処理する強化ガラスの製造工程に供することができる。さらに、物理的な成膜法の薄膜は100nm未満の膜厚でも膜厚をコントロールすることが容易であり、また、算術平均粗さで数nm以下の非常に平滑な表面を作成できるため、積層構造も容易に可能である。
【0008】
特許文献5には車両用窓ガラスとその製造方法が提案され、車両用窓等の大面積の基板への処理が可能な大型インライン方式のスパッタリング装置が用いられている。このような製造設備が使用可能であれば、容易に膜厚が均一で高品質で安定した膜を得られ、かつ、生産性も高い。また、物理的な成膜法の成膜源(例えば、スパッタリング法ではターゲット材料)は単一の化合物でなくても、例えば単体元素の組成物組合せや複数の化合物等から成る混合物でも構わず、組成選択の自由度が極めて広い。
【0009】
特許文献6には、スパッタリング法により作製した複合タングステン酸化物膜が提案されている。ガラス基板上に、タングステンと周期律表のIVa族、IIIa族、VIIb族、VIb族及びVb族から成る群から選ばれた少なくとも1種の元素からなる複合タングステン酸化物膜を形成している。しかしながら、この組成の酸化物膜は赤外線透過率が40%以上と熱線遮蔽性能は十分でなく、他の透明誘電体膜との多層膜にしなければ機能を発揮できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5-113085号公報
【特許文献2】特許第4096205号公報
【特許文献3】特開2006-096656号公報
【特許文献4】米国特許第3505108号明細書
【特許文献5】特開2002-020142号公報
【特許文献6】特開平8-12378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述の通り、物理的な成膜法による複合タングステン酸化物膜の熱線遮蔽性能は、まだ十分であるとは言えない状況である。一方で、塗布法により形成された膜は光を吸収して熱線を遮蔽する機能は高いが、断熱性はあまり期待できない。加えて膜の平滑性が劣る問題がある。
【0012】
そこで、本発明は、このような状況を解決するためになされたものであり、可視光域における透明性を保持しつつ、赤外光を反射して遮蔽する機能、すなわち断熱による熱線遮蔽機能に加え、膜の平滑性が高い複合タングステン膜を提供し、更にはこれら機能を利用した膜形成基材又は物品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述した課題に対して、複合タングステン酸化物膜について鋭意研究し、物理的な成膜法によれば、成膜時の条件を最適化することで優れた可視光透過性を保持しつつ、赤外線を反射して断熱する機能を発揮し、加えて極めて平滑な膜を有する複合タングステン膜を得るに至った。
【0014】
すなわち、本発明の一態様は、一般式M(ただし、Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする層のみからなる複合タングステン酸化物膜であって、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、有機物成分を実質的に含まず、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける反射率が35%以上であるスパッタ膜かつ熱処理膜である。
【0015】
本発明の一態様によれば、可視光域における透明性を保持しつつ、赤外光を反射して遮蔽する機能、すなわち断熱による熱線遮蔽機能を有する複合タングステン酸化物膜となる。また、スパッタリング成膜由来とすることで、組成選択の自由度が極めて広く、安定に成膜できる複合タングステン酸化物膜とすることができる。また、スパッタリング成膜により、極めて平滑な膜が得られるため、光学設計された積層構造の効果を高めることができる。
【0016】
このとき、本発明の一態様では、表面粗さSaが20nm以下であるとしてもよい。
【0017】
上記条件を満たすことで、膜の平滑性が高い複合タングステン膜となる。
【0018】
また、本発明の一態様では、シート抵抗が10Ω/□未満であるとしてもよい。
【0019】
シート抵抗を上記範囲とすることで、より好ましい断熱性を得ることができる。
【0020】
また、本発明の一態様では、Mは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素であるとしてもよい。
【0021】
Mを上記元素から選択することで、より高い赤外線を反射して遮蔽する機能に加え膜の平滑性が高い複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0022】
また、本発明の一態様では、複合タングステン酸化物膜は、六方晶の結晶構造を含むものとしてもよい。
【0023】
六方晶相は赤外域の反射がより大きいため、効率良く反射することができる。
【0024】
このとき、本発明の一態様は、CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、I(002)/I(200)は0.30以上0.50以下であり、CuKα線を使用したX線回折による六方晶のa軸とc軸との比c/aが1.018~1.029であるとしてもよい。
【0025】
X線回折分析による上記要件を満たす複合タングステン酸化物膜は、優れた可視光透過性を保持しつつ、赤外線を反射して断熱する機能を発揮する複合タングステン酸化物膜となる。
【0026】
本発明の他の態様は、上述した複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されている膜形成基材である。
【0027】
上述した複合タングステン酸化物膜が形成された膜形成基材とすることで、機械特性や加工性等の実用に供する形態とすることができる。
【0028】
このとき、本発明の他の態様では、被成膜基材が400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有するようにしてもよい。
【0029】
このような特性とすることで、成膜後の熱処理で、より優れた機能を付与した膜形成基材とすることができる。
【0030】
また、本発明の他の態様では、被成膜基材をガラスとすることができる。
【0031】
被成膜基材をガラスとすることで、車両用窓や建築用窓のガラス窓、ガラス繊維、太陽光発電用ガラス、ディスプレイ用ガラス、レンズや鏡用ガラス、半導体やMEMS等で用いられているガラス基板等、幅広い分野で使用されるガラスを用いた機材に赤外線遮蔽機能を付与することができる。
【0032】
また、本発明の他の態様は、上述した複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材を1又は複数有することを特徴とする物品である。
【0033】
本発明の他の態様によれば、エネルギー削減や製造時の環境負荷の小さい物品を大量に安価で様々な用途で提供することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、可視光域における透明性を有し、赤外光域における反射性を併せ持った赤外線反射膜としての複合タングステン酸化物膜を得ることができる。また、本発明によれば、このような複合タングステン酸化物膜を工業的に広く利用され、成膜時に比較的無害な方法で、さらに使用原料が長期保存に優れ、危険物保管や輸送時の制限を受けない、物理的な製造方法で提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の複合タングステン酸化物膜と、特許文献2に記載の赤外線遮蔽材料微粒子分散体との光学特性(透過率)の違いを示す図である。
図2】本発明の複合タングステン酸化物膜と、特許文献2に記載の赤外線遮蔽材料微粒子分散体との光学特性(反射率)の違いを示す図である。
図3】本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法におけるプロセスの概略を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明に係る複合タングステン酸化物膜とその製造方法について以下の順序で説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能である。
1.複合タングステン酸化物膜
2.複合タングステン酸化物膜の製造方法
2-1.成膜工程
2-2.熱処理工程
3.膜形成基材
4.物品
【0037】
<1.複合タングステン酸化物膜>
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜について説明する。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、一般式M(ただし、Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする膜であり、xとyの比が0.001≦x/y≦1、zとyの比が2.2≦z/y≦3.0の範囲の構成である。
【0038】
組成範囲の詳細については、本出願人による特許文献2に詳細が示されており、この組成範囲の複合タングステン酸化物を主成分とすることが、高い透明性と赤外光吸収性を有する膜とするためには必要である。複合タングステン酸化物膜が有する基本的な光学特性は、理論的に算出された、元素Mと、タングステンWおよび酸素Oの原子配置に由来する。一方で、本発明の一実施形態は、特許文献2に記載の赤外線遮蔽体とは異なる特性を有する複合タングステン酸化物膜であり、以下、特許文献2に係る発明と適宜対比しながら詳細に説明する。
【0039】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の元素Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素であり、より好ましくは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素である。これは、特許文献2に記載の構成元素よりも狭い範囲としているが、これは実施例に依り効果が確認できた元素を示すに過ぎず、本発明に含まれない特許文献2に記載の元素でも少なからず同様の機能を有する可能性はある。
【0040】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の元素Mは、Cs、Rb、K、Tl、Baから選択される1種類以上の元素であることがさらに好ましい。元素Mを上記に選定することで複合タングステン膜は、後述するような六方晶を含む結晶構造となり得る。なお、上記元素Mは、x/yの比率によっては六方晶以外の結晶構造となることもある。例えば、Kはx/yの比率が0.5以上で正方晶となる。六方晶相を含む構造は赤外域の反射がより大きいため、効率良く反射することができる。
【0041】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、一般式Mにおいて、元素MとW(タングステン)の原子数比x/yが0.001≦x/y≦1であり、O(酸素)とW(タングステン)の原子数比z/yが2.2≦z/y≦3.0である。x/yが0.001未満であると十分な量の自由電子が生成されず赤外線遮蔽効果を得ることができない。また、x/yが1を超えると複合タングステン酸化物膜中に不純物相が形成されてしまう。z/yが2.2未満であると、複合タングステン酸化物膜中に目的以外であるWOの結晶相が現れてしまう。また、z/yが3.0を超えると赤外線遮蔽効果を得るための自由電子が生成されなくなってしまう。
【0042】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、有機物成分を実質的に含まない。後述するように、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、物理的な成膜法により形成されるため、特許文献2や特許文献3に係る発明のように分散剤や媒体樹脂、あるいは界面活性剤や溶媒を使用する必要がない。ここで、有機物成分を実質的に含まないとは、膜の製造過程において、例えば高分子分散剤等、意図的に添加される有機物成分を含んでいないことを指す。
【0043】
特許文献3には段落0060に複合タングステン酸化物を用いた透明導電膜の製造方法が記されている。これによれば、特許文献3の透明導電膜は複合タングステン化合物を含む溶液を出発タングステン原料溶液として基材に塗布後に不活性ガス、不活性ガスと還元性ガス、還元性ガスのいずれかの雰囲気中で熱処理して得られることが示されている。この方法によれば、メタタングステン酸アンモニウム水溶液とM元素の塩化物水溶液に有機成分を含有するポリシロキサン骨格を有する界面活性剤を添加して溶液としている。
【0044】
特許文献3の記載の方法を再現し、レーザー顕微鏡で表面粗さを測定したところ算術平均高さSaで60nmを超えるものであった。一方で、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は後述するように、スパッタリング法などの物理的な成膜法により形成されるため、表面粗さSaを20nm以下とすることができる。このように、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、特許文献3の透明導電膜とは平滑性が異なる。
【0045】
また、特許文献2の複合タングステン酸化物微粒子を含有する微粒子分散体から成る膜(微粒子分散膜)は、特許文献2の段落0050や段落0053に記載のように、光を吸収、特に近赤外線領域における吸収が優れた熱線遮蔽膜として機能することが示されている。
【0046】
図1図2は、本発明の複合タングステン酸化物膜と、特許文献2に記載の赤外線遮蔽材料微粒子分散体との光学特性の違いを示す図であり、図1は透過率について、図2は反射率について示した図である。図1図2に示すように、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、特許文献2に係る微粒子分散体から成る膜(微粒子分散膜)とは異なる光学特性を示す。特に、本発明に係る複合タングステン酸化物膜は図2に示すように、1400nm以降の赤外領域の光を大きく反射する。この理由についても後述のように微粒子分散膜と連続膜の違いであると推測されるがその詳細は未だ判っていない。
【0047】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、波長550nmにおける透過率が50%以上かつ波長1400nmにおける透過率が30%以下、波長1400nmにおける反射率が35%以上の膜である。
【0048】
透明性の指標とした、波長550nmにおける透過率が50%より低くても用途によっては使用することができる。例えば、車用のウィンドフィルムでは、後席ウィンドはプライバシー保護の観点から黒色やダークグレーが好まれ、熱線遮蔽材料と同時に顔料などを意図的に使用することがある。
【0049】
本発明の透明性の指標は、前記のような意図的な顔料などを含まない状態での膜特性を指すものである。透明性の指標が前記値より低いと採光が悪くなり、例えば屋内が暗くなる、外部の景色が見づらくなるなどに繋がる。
【0050】
同様に、光の遮蔽性能と反射性能の指標とした、波長1400nmにおける透過率および、波長1400nmにおける反射率が前記値を満たさない構成とすることもできるが、これらの場合は、赤外光の透過が高くなり、遮熱では皮膚のジリジリ感や室温の上昇、光熱変換では発生する熱量の低下などに繋がる。
【0051】
また、本発明の反射は自由電子による反射であるため、プラズマ周波数以下の光を反射する。言い換えればプラズマ周波数に相当する波長以上の波長の光を反射する。つまり、波長1400nmの反射率が低いと、より波長の長い遠赤外線の反射率も低く、断熱性が低くなり、室内の暖房などの熱を閉じ込める効果が低い。有効な断熱性を得るには波長1400nmの反射率が35%以上あることが必要である。
【0052】
本発明の一実施形態に係る複合酸化タングステン膜の表面粗さSaは20nm以下である。光学薄膜設計(膜を積層する場合)では、干渉を利用して特定の波長の反射を強めたり弱めたりすることで急峻な透過プロファイルにしたり(膜の色味の調整)、可視光域の反射防止に利用できる。表面粗さによる影響は、上記光学薄膜設計(膜を積層する場合)で、表面粗さが小さいので光路長の乱れが少なく安定した積層膜を可能とする。本発明の一実施形態に係る複合酸化タングステン膜は、後述するように、スパッタリング法等による成膜で得られる物理的な方法による膜であるため、膜の表面粗さSaを20nm以下とすることができる。20nm以下であれば、光学薄膜設計上の問題が生じる可能性が低い。表面粗さが20nmを超えてくると、均一な積層状態にならず、光学薄膜設計(積層)の効果が得られ難い。
【0053】
また、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、20nmを超える膜厚で形成されることが好ましい。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、後述するように、スパッタリング法等による成膜で得られる物理的な方法による膜で、例えば、特許文献3に記載の溶液を塗布後に熱処理して成膜した膜では、成膜に不可欠と成る溶媒や樹脂等の成分を揮発させて形成されるため、膜にはこれに伴う残留応力が生じる。加えて、揮発成分の残留やボイド等の欠陥が内在することがある。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は揮発成分を含むことなく成膜されるため、成膜に伴う膜の残留応力を小さくすることができるとともに、揮発成分の残留やボイド等の欠陥が生じない。このため、クラックや剥離のない膜を形成することができる。
【0054】
しかしながら、膜厚が20nm以下の場合は、赤外域での十分な反射性能が得られず、1400nmにおける赤外線透過率が30%を超えてしまう。本発明は前記膜厚を超える厚さであれば特に制限はない。しかし、膜厚が厚くなると、波長550nmにおける可視光域の透過率が50%を下回り、可視光透過性が悪くなることや、成膜時の残留応力の影響で膜の剥離が生じることがある。膜の透過率は分光光度計を用いて測定することができる。
【0055】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、シート抵抗が1.0×10Ω/□(オーム・パー・スクエアと読む)未満、より好ましくは1.0×103Ω/□未満である。膜のシート抵抗が前記値よりも高いと、自由電子による反射が弱まり、より長波長域の遠赤外線を反射できなくなるため断熱性を得られない。シート抵抗は後述の成膜条件や熱処理条件で調整することができる。シート抵抗は、例えば、抵抗率計を用いて測定することができる。
【0056】
また、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、通常は連続膜として形成されるが、パターンニングを行って反射の制御を付与した形態、凹凸を設けてレンズ機能を付与した形態など膜の形状や凹凸などの形態であっても、本発明の特長を有するものであればいかなる形態でも構わない。
【0057】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物は、六方晶の結晶構造を含むことが好ましい。六方晶の結晶構造を含むことは膜をX線回折分析することで知ることができる。複合タングステン酸化物は六方晶、立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造が知られているが、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は六方晶の結晶構造を有し、六方晶以外の立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造を含んでいても構わない。複合タングステン酸化物膜に六方晶の結晶構造を含むことで、六方晶相は赤外域の反射がより大きいため、効率良く反射することができる。
【0058】
また、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜では、CuKα線を使用したX線回折による六方晶のa軸長さとc軸長さの比c/aは1.018~1.029となることが好ましい。結晶構造データベースのICDDリファレンスコード01-081-1244によるとc/aは1.028である。標準の六方晶構造よりも原子が過剰または不足になると、a軸長さやc軸長さが変化すると考えられる。
【0059】
また、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜では、CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、I(002)/I(200)は0.30以上0.50以下となることが好ましい。前述のICDDリファレンスコード01-081-1244には、(200)面に対する(002)面の相対強度は26.2%と記載されているから、標準の強度比I(002)/I(200)は0.26である。塗布焼成法で作製した複合タングステン酸化物膜の強度比はこの標準値であるが、本発明の強度比は0.30以上0.50以下である。標準の強度比よりも大きいので、六方晶のa、b面の成長が抑制されc面配向の傾向があると考えられる。前述のc/aが1.018~1.029を外れ、強度比I(002)/I(200)が0.30以上0.50以下を外れると熱線反射機能が低下する。
【0060】
なお、元素MがSnの場合、結晶構造は三方晶であり、上記X線回折では、六方晶のa軸長さとc軸長さの比c/aは三方晶のa軸長さとc軸長さの比2c/aで算出する。
【0061】
このような標準と異なる結晶状態と熱線反射機能の関係は、スパッタリング法や真空蒸着法に特有と考えられる。非平衡な非晶質膜が形成された後に、熱処理により結晶構造を形成す過程に起因すると考えられるが、そのメカニズムの詳細は不明である。
【0062】
以上より、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜によれば、特許文献2や特許文献3に記載の複合タングステン酸化物膜とは異なる特性を有し、可視光域における透明性を有し、赤外光域における反射性を併せ持った赤外線反射膜としての複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0063】
<2.複合タングステン酸化物膜の製造方法>
次に、複合タングステン酸化物膜の製造方法について説明する。図3は、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法の概略を示す工程図である。本発明の一実施形態は、元素MとタングステンWと酸素Oを主成分とする複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、物理的な成膜法を用いて膜を形成する成膜工程S1と、膜を熱処理する熱処理工程S2とを有する。以下、各工程について詳細に説明する。
【0064】
<2-1.成膜工程>
成膜工程S1では、物理的な成膜法を用いて膜を形成する。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の物理的な成膜方法としては、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、イオンビーム法などがある。この中でも、スパッタリング法は、成膜粒子のエネルギーが大きく付着力が強い、成膜が緻密で膜質が強い、成膜プロセスが安定していて膜質、膜厚の制御が高い精度で可能である。さらに、スパッタリング法は、高融点金属・合金・化合物の成膜が可能、反応性ガスの導入で酸化物や窒化物などの成膜が可能であり、組成の調整が比較的容易などの特長を持ち、液晶表示素子やハードディスク等の電子機器、ウィンドフィルムやミラー等の汎用品など幅広い分野で多く利用され、製造装置も多いことから好ましい。
【0065】
一般式Mで表した複合タングステン酸化物膜を形成するためのスパッタリングターゲットは、例えば、元素Mと、元素Wからなるスパッタリングターゲット、元素Mと、元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲット、元素Mと元素Oの化合物と、元素Wから成るスパッタリングターゲットおよび元素Mと元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲット等、種々の構成から選択することができる。好ましくは、予め化合物相として形成したスパッタリングターゲットを用いることが良い。スパッタリングターゲットを予め化合物相として構成すると各元素の蒸気圧の差による膜組成の依存を軽減することができ、安定した成膜が可能となる。
【0066】
スパッタリングターゲットは、例えば前記スパッタリングターゲット組成物の粒子からなる粉を圧粉して形成した圧粉体や、前記スパッタリングターゲット組成物を焼結させて形成した焼結体の形態で用いれば良い。
【0067】
また、スパッタリングターゲットは、前記の通り圧粉体や焼結体で形成されるため、有機物成分を実質的に含まず、当該ターゲットを用いて形成された膜も有機物成分を実質的に含んでいない。ここで、実質的に含まないとは、例えば高分子分散剤等、意図的に添加される成分を含んでいないことを指す。
【0068】
スパッタリングターゲットが、例えば比抵抗1Ω・cm以下の導電体であると生産性が高いDCスパッタリング装置を使用することができる。また、スパッタリングターゲットが、例えば相対密度70%以上の焼結体であると輸送時の振動による割れが少なくなり、装置への取付け時等のハンドリングで極端な注意をする必要がなくなるなど、より工業的な製造に適した形態となる。
【0069】
成膜工程の雰囲気は、種々選択されるが、不活性ガス雰囲気中が良い。不活性ガスとしては、例えば、ヘリウムガスやアルゴンガスなどの希ガス、窒素ガスなどを用いれば良いが、窒素ガスの場合は、選択元素Mによっては窒化物を形成することがあり、一般的に使用され入手が容易なアルゴンガスがより好ましい。用いるガスの純度は99%以上が好ましく、酸素など酸化性ガスの混合は1%未満であることが好ましい。詳細は不明な点もあるが、不活性雰囲気中で成膜し、のちに述べる条件で熱処理すると、反射率の高い複合タングステン酸化物膜が得られる。一方で酸化性ガスの割合が1%を超えると熱処理後の複合タングステン酸化物膜の反射率が低下する。
【0070】
成膜後の膜は、通常は非晶質であるが、X線回折分析した際に結晶に基づく回折ピークが出現していても構わない。
【0071】
<2-2.熱処理工程>
次に、熱処理工程S2では、成膜工程S1で得られた膜を熱処理する。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の膜特性を得るには熱処理工程S2を不活性または還元雰囲気中で行う。
【0072】
熱処理工程S2では、熱処理温度は400~700℃が良い。熱処理温度が400℃よりも低いと膜は非晶質のままで結晶化しないか、または結晶化してもX線回折における六方晶の回折ピークが極めて微弱となり、赤外域の遮熱特性が低い。また、熱処理温度が700℃よりも高いとしても本発明の膜の特徴を得ることができるが、膜と基材が反応する、膜が基材から剥離する、表面粗さが増大するなど実用上の不具合が生じる。
【0073】
前記いずれの熱処理温度においても、熱処理時間は、複合タングステン酸化物の結晶化が完了する程度の時間を確保すればよく基材の熱伝導と生産性との兼ね合いにも依るが、5分~60分程度で適宜調整するとよい。
【0074】
前記の通り熱処理雰囲気は不活性雰囲気または還元雰囲気中で行う。不活性雰囲気としてはたとえば窒素やアルゴン、還元雰囲気としては窒素と水素の混合ガス、アルゴンと水素の混合ガスがあげられる。
【0075】
以上より、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法によれば、上述した特性を有する複合タングステン酸化物膜を、工業的に広く利用され、成膜時に比較的無害な方法で、更に使用原料の長期保存に優れ、輸送時の制限がない、物理的な製造方法で提供することができる。
【0076】
<3.膜形成基材>
本発明の一実施形態に係る膜形成基材は、上述した複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されたものである。被成膜基材は、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の形成が可能であれば特に限定されるものではない。
【0077】
成膜後の膜の熱処理温度が400℃以上であるため、被成膜基材は400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有する基材が好ましい。軟化点もしくは熱変形温度が400℃未満の基材を用いた場合、前記熱処理の際に膜が被成膜基材から剥離する、膜にクラックが発生するなどの問題が生じる。好ましくは、被成膜基材の熱膨張係数が膜の熱膨張係数に近いほうが良い。しかしながら、基材から膜を剥離して使用する場合は必ずしも前記条件である必要はなく、例えば、400℃以下で溶解する基材でも良い。
【0078】
400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有する被成膜基材には、ガラス、セラミックス、単結晶等がある。被成膜基材は、必ずしも透明である必要はないが、本発明の複合タングステン酸化物膜を基材と共に用いる場合には透明な基材が求められる。透明基材には、例えば、ガラス、YAGやYなどの透明セラミックス、サファイヤなどの単結晶がある。なかでも、入手しやすく、安価で、耐候性、耐薬品性などの観点から、400℃以上の軟化点のガラスを被成膜基材に用いるのが好ましい。
【0079】
基材は、平面でなく曲面や凹凸面を有するものでも本発明の特長を損なうものでなく、種々選択すれば良い。
【0080】
以上より、本発明の一実施形態に係る膜形成基材によれば、可視光域における透明性を有し、赤外光域における反射性を併せ持った赤外線反射膜を有する膜形成基材とすることができる。
【0081】
<4.物品>
本発明の一実施形態に係る物品は、上述した複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材を1又は複数有する。本発明の一実施形態に係る物品は、複合タングステン酸化物膜が光を反射する機能を有する物品であればどのような物品でも構わない。
【0082】
加えて、本発明の複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材が、例えば他の機能を有する膜や粒子等と共に使用されていても、本発明に記載の機能を利用した物品に含まれる。
【0083】
本発明の複合タングステン酸化物膜は、赤外光域における反射性を有する赤外線反射膜であるが、光を反射して遮蔽する機能を有する物品には、例えば遮熱断熱ガラスがある。
遮熱断熱ガラスは、透明でありながら熱を遮蔽断熱する特長があり、夏場の太陽光による室内温度の上昇や車内温度の上昇などを軽減する。また、冬場の暖房の熱を反射し室内にとどめることもできる。
【0084】
以上より、本発明の一実施形態に係る膜形成基材によれば、可視光域における透明性を有し、赤外光域における反射性を併せ持った複合タングステン酸化物膜やそのような膜形成基材を備える物品とすることができる。
【実施例0085】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0086】
(実施例1)
実施例1では、Cs/W原子比が0.33のセシウムタングステン酸化物粉末(住友金属鉱山株式会社製YM-01)をホットプレス装置に投入し、真空雰囲気、温度950℃、押し圧250kgf/cmの条件で焼結し、セシウムタングステン酸化物焼結体を作製した。焼結体組成を化学分析した結果、Cs/Wは0.33であった。この酸化物焼結体を直径153mm、厚み5mmに機械加工で研削し、ステンレス製バッキングプレートに金属インジウム蝋材を用いて接合して、セシウムタングステン酸化物スパッタリングターゲットを作製した。
【0087】
次に、このスパッタリングターゲットをDCスパッタリング装置(アルバック社製SBH2306)に取り付け、到達真空度5×10-3Pa以下、成膜時の雰囲気は、アルゴンガス雰囲気とし、ガス圧は0.6Pa、投入電力は直流600Wの条件で、ガラス基板(コーニング社製EXG、厚み0.7mm)の上にセシウムタングステン酸化物膜を成膜した。成膜後の膜厚は100nmであった(成膜工程S1)。成膜後の膜の構造をX線回折装置(X’Pert-PRO(PANalytical社製))を用いて調べた。成膜後膜は、結晶構造に由来する回折ピークは認められない非晶質の構造であった。
【0088】
成膜後の膜を、ランプ加熱炉(株式会社米倉製作所製HP-2-9)に投入し、窒素雰囲気中、500℃の温度で30分間熱処理した(熱処理工程S2)。この熱処理後の膜を化学分析した結果、Cs/W原子比x/yは0.33であった。
【0089】
熱処理後の膜の構造をX線回折装置(X’Pert-PRO(PANalytical社製))を用いて結晶構造、X線回折強度比、a軸とc軸の比c/aを調べた。また、分光光度計(日立製、型番V-670)を用いて、透過率と反射率を測定した。
【0090】
熱処理後の膜の、結晶構造は六方晶を含む構造であった。X線回折強度比は0.401、a軸とc軸の比c/aは1.028であった。また、波長550nmの透過率は71.3%、波長1400nmの透過率は11.3%、波長1400nmの反射率は44.5%であった。
【0091】
熱処理後の膜のシート抵抗は、抵抗率計(三菱化学社製、ロレスタ)を用いた測定の結果、3.0×10Ω/□であり、熱処理後の膜は導電性が高い低抵抗の膜であった(抵抗の測定は抵抗率に応じて三菱化学製ロレスタまたはハイレスタを使用した)。
【0092】
また、熱処理後の膜の表面粗さを、レーザー顕微鏡(オリンパス製、OLS4100)を用いて測定したところ算術平均高さ(表面粗さ)Saは8nmであった。
【0093】
(実施例2~17および比較例1~13)
実施例1と同様に同じ装置を用い、表1及び表2に記載されているように元素M、組成比、膜厚、成膜雰囲気、熱処理雰囲気、温度および時間を変えて複合タングステン酸化物膜の作成を行い、膜の特性を調べた。表1及び表2に実施例の結果を、比較例の結果と併せて示す。
【0094】
【表1】
【0095】
【表2】
【0096】
表1及び表2より、本発明に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法に含まれる実施例1~17では、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下かつ波長1400nmにおける反射率が35%以上という特性を有する膜となることが確認できた。また、このような、本発明に含まれる実施例1~17は、シート抵抗が1.0×10Ω/□未満であり、表面粗さSaが20nm以下であった。一方で、本発明に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法に含まれない比較例1~13では、光学特性が前記要件を満たしておらず、またシート抵抗が1.0×10Ω/□以上となった。
【0097】
なお、上記のように本発明の一実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0098】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また、複合タングステン酸化物膜とその製造方法の構成も本発明の一実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明に係る複合タングステン酸化物膜は、可視光域の高い透明性と赤外域の優れた光反射性と高い膜平滑性を備えているため、光を反射する機能を利用した幅広い用途に利用できる可能性を有している。
図1
図2
図3