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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023015608
(43)【公開日】2023-02-01
(54)【発明の名称】高圧タンク
(51)【国際特許分類】
   F17C 1/06 20060101AFI20230125BHJP
   F17C 13/04 20060101ALI20230125BHJP
   F17C 13/12 20060101ALI20230125BHJP
   C08J 5/04 20060101ALI20230125BHJP
   H01M 8/04 20160101ALI20230125BHJP
【FI】
F17C1/06
F17C13/04 301D
F17C13/12 301Z
C08J5/04 CFC
H01M8/04 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021119497
(22)【出願日】2021-07-20
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(72)【発明者】
【氏名】宮永 俊明
【テーマコード(参考)】
3E172
4F072
5H127
【Fターム(参考)】
3E172AA02
3E172AA05
3E172AB01
3E172BA01
3E172BB12
3E172BB17
3E172BC01
3E172BC04
3E172BC07
3E172BC08
3E172BC10
3E172BD03
3E172CA11
3E172CA12
3E172CA14
3E172DA36
3E172DA38
3E172JA05
4F072AA04
4F072AB10
4F072AB22
4F072AD23
4F072AD38
4F072AG06
4F072AK06
4F072AK11
4F072AL07
5H127AB04
5H127BA02
5H127BA22
(57)【要約】
【課題】非常時に高圧タンクに収容された高圧ガスを外部に確実に、かつ信頼性良く放出することができて、特に、タンク長が大きい長尺タンクにおいてもこれが実現でき、しかも、特別な付帯設備を必要とせずに、簡便な構造であるためコストを抑えることができる高圧タンクを提供する。
【解決手段】高圧ガスが充填されるタンク本体と、非常時に外部にガスを放出するための熱作動型の安全弁とを備えた高圧タンクであって、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材を有して、該ピッチ系繊維強化複合材が前記安全弁と熱的に接続されていることを特徴とする高圧タンクである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高圧ガスが充填されるタンク本体と、非常時に外部にガスを放出するための熱作動型の安全弁とを備えた高圧タンクであって、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材を有して、該ピッチ系繊維強化複合材が前記安全弁と熱的に接続されていることを特徴とする高圧タンク。
【請求項2】
前記タンク本体のピッチ系繊維強化複合材以外の表面にPAN系炭素繊維で強化されたPAN系繊維強化複合材を有する請求項1に記載の高圧タンク。
【請求項3】
前記安全弁がタンク本体の長さ方向の両端に設置されて、いずれか一方の安全弁側のタンク端部の表面にピッチ系繊維強化複合材が位置して、該安全弁と熱的に接続されている請求項1又は2に記載の高圧タンク。
【請求項4】
前記ピッチ系繊維強化複合材が安全弁に熱を伝えるための短冊状の伝熱材を形成して、該伝熱材がタンク本体の表面に貼着されて安全弁と熱的に接続されている請求項1又は2に記載の高圧タンク。
【請求項5】
前記ピッチ系炭素繊維は、フィラメント数が6千本以上であり、かつ引張弾性率が500GPa以上である請求項1~4のいずれかに記載の高圧タンク。
【請求項6】
前記タンク本体が長さ165cm超の長尺タンクである請求項1~5のいずれかに記載の高圧タンク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧ガスが充填される高圧タンクに関して、非常時にタンク周りの温度上昇が発生した際、高圧タンクに収容された高圧ガスを外部に確実に、かつ信頼性良く放出することができて、特に、タンク長が大きい長尺タンクにおいてもこのような安全対策が簡便に実現できる高圧タンクに関する。
【背景技術】
【0002】
高圧ガス(圧縮ガス)が充填される高圧タンクでは、何らかの原因でタンクの温度が上昇した場合に、タンク内部のガスを逃がすために、温度の上昇に伴ってガスを放出する安全弁が設置される。
【0003】
非常時に外部にガスを放出する安全弁には、一般に、所定の温度で溶融して穴が開く可溶栓が使用されており、安全弁に良熱伝導手段を接続する(安全弁と熱的に接続する)ことで、安全弁から離れた部位で熱が発生した場合でも適切に動作させることができる。
【0004】
このように安全弁を動作させる良熱伝導手段として、例えば、高圧タンクの端部に付設された安全弁にその一方の端部が接続されて、タンクの長さ方向に沿って延設された金属製部材等が知られている(特許文献1参照)。
【0005】
すなわち、高圧タンク周辺の熱エネルギーを安全弁に移動させるために、高圧タンク表面の熱伝導率以上の熱伝導率を有するものが良熱伝導手段として採用される。その際、高圧タンクは、軽量化を図る目的などから、その表面が樹脂ライナー等で形成されるため、アルミ製やスティール製等の金属製部材が用いられる。
【0006】
また、上記のような良熱伝導手段としての金属製部材について、安全弁まで熱を伝える際に、空気と接触して熱の放出が起こり得ることから、安全弁に熱を伝える伝熱部材の少なくとも一部の表面を、断熱性を有する断熱部材で覆うようにする方法も提案されている(特許文献2参照)。
【0007】
一方で、燃料電池システムにおける燃料ガスを貯蔵するタンクにおいて、燃料電池から未消費の燃料ガスを大気放出する排気放出管を安全弁に対して熱伝搬可能に設置し、この排気放出管を可燃性が高くて火炎を管経路に沿って誘導可能にする性状の配管にすることで、安全弁の良熱伝導手段として兼用する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-315294号公報
【特許文献2】特許第6060926号
【特許文献3】特許第5949618号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、高圧ガスが充填される高圧タンクには、タンクの温度が何らかの理由で上昇したときに、タンク内のガスを外部に逃がすための安全弁が設けられている。そして、この安全弁には、金属製部材等のような良熱伝導手段が取り付けられて、タンクのどの位置で温度上昇が起きても、良熱伝導手段を通じた熱伝達により、安全弁を動作させることができるようにしている。
【0010】
しかしながら、従来の高圧タンクにおいて、各種の安全対策が提案されているものの、そのための作業コストや使用時における損傷のリスク等を考えれば、必ずしも好ましい方式とは言えない。
【0011】
つまり、良熱伝導手段として金属製部材のようなものを取り付ける従来の方法では、それ自体の損傷による安全弁の動作不良が問題になるおそれがある。加えて、金属製部材のような良熱伝導手段の取り付けや加工には追加のコストがかかるため、できるだけ安価な高圧タンクを実現するのが難しくなる。更には、燃料電池システムを搭載した燃料電池自動車では、走行距離を延ばす目的などから、タンク長の大きい高圧水素タンクの使用が検討されているところ、従来よりも長尺の高圧タンクにおいても、その端部に設けられた安全弁まで、より確実にかつ信頼性高く熱を伝えて、動作させることができる手段が求められている。
【0012】
本発明は、このような事情を鑑みてなされたものであり、非常時にタンク周りの温度上昇が発生した際、高圧タンクに収容された高圧ガスを外部に確実に、かつ信頼性良く放出することができて、特に、タンク長が大きい長尺タンクにおいてもこれが実現でき、しかも、特別な付帯設備を必要とせずに、簡便な構造であるためコストを抑えることができる高圧タンクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、炭素繊維強化複合材のなかでも比較的に熱伝導性が高いピッチ系炭素繊維を用いて、このピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材が高圧タンクを形成するタンク本体の少なくとも一部の表面に存在すると共に、それが安全弁と熱的に接続されるようにすることで、従来の良熱伝導手段である金属製部材等の設置が不要となり、簡便な構造でありながら、確実に安全弁を動作させることができて、しかも、それ自体の損傷による動作不良のおそれが可及的に排除されることから、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)高圧ガスが充填されるタンク本体と、非常時に外部にガスを放出するための熱作動型の安全弁とを備えた高圧タンクであって、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材を有して、該ピッチ系繊維強化複合材が前記安全弁と熱的に接続されていることを特徴とする高圧タンク。
(2)前記タンク本体のピッチ系繊維強化複合材以外の表面にPAN系炭素繊維で強化されたPAN系繊維強化複合材を有する(1)に記載の高圧タンク。
(3)前記安全弁がタンク本体の長さ方向の両端に設置されて、いずれか一方の安全弁側のタンク端部の表面にピッチ系繊維強化複合材が位置して、該安全弁と熱的に接続されている(1)又は(2)に記載の高圧タンク。
(4)前記ピッチ系繊維強化複合材が安全弁に熱を伝えるための短冊状の伝熱材を形成して、該伝熱材がタンク本体の表面に貼着されて安全弁と熱的に接続されている(1)又は(2)に記載の高圧タンク。
(5)前記ピッチ系炭素繊維は、フィラメント数が6千本以上であり、かつ引張弾性率が500GPa以上である(1)~(4)のいずれかに記載の高圧タンク。
(6)前記タンク本体が長さ165cm超の長尺タンクである(1)~(5)のいずれかに記載の高圧タンク。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高圧タンクを形成するタンク本体の少なくとも一部の表面に存在するピッチ系繊維強化複合材が安全弁と熱的に接続されることで、簡便な構造でありながら、確実に安全弁を動作させることができて、しかも、それ自体の損傷による動作不良のおそれもないことから、非常時の信頼性に優れた高圧タンクが実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、タンク本体の表面全体がピッチ系繊維強化複合材で覆われて、タンク本体の両端に設置された安全弁と熱的に接続された高圧タンクを説明するものである。
図2図2は、タンク本体の表面の一部にピッチ系繊維強化複合材を有し、残りの表面にPAN系繊維強化複合材を有して、ピッチ系繊維強化複合材がタンク本体の両端に設置された安全弁の一方と熱的に接続された高圧タンクを説明するものである。
図3図3は、ピッチ系繊維強化複合材が安全弁に熱を伝えるための短冊状伝熱材を形成して、タンク本体の両端に設置された安全弁の一方と熱的に接続された高圧タンクを説明するものであり、タンク本体に貼着された短冊状伝熱材を上から見た上面図である。
図4図4は、図3の高圧タンクについて、タンク本体に貼着された短冊状伝熱材を横から見た側面図である。
図5図5(a)は、実験例で用いた試験片を説明するための模式図であり、図5(b)は、実験例の様子を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳しく説明する
本発明は、高圧ガスが充填されるタンク本体と、非常時に外部にガスを放出するための熱作動型の安全弁とを備えた高圧タンクであって、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材を有して、該ピッチ系繊維強化複合材が安全弁と熱的に接続されたものである。
【0018】
本発明の高圧タンクにおけるタンク本体は、軽量でありながら強度を確保するために、例えば、アルミニウムやステンレス、樹脂製のライナーに対して、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂を含浸した強化繊維束(トゥプリプレグ)をフィラメントワインディング法により巻き付けて硬化させた繊維補強層を有するようにして形成することができる。
【0019】
この繊維補強層の形成に用いられる強化繊維について、好適には炭素繊維である。炭素繊維は、ポリアクリロニトリルを原料とするPAN系炭素繊維と、コールタールピッチや石油ピッチを原料とするピッチ系炭素繊維とに分類でき、いずれも使用可能であるが、一般には、PAN系炭素繊維はピッチ系炭素繊維よりも高強度性を発現し、且つPAN系炭素繊維からなるCFRPは耐衝撃性等にも優れることから、タンク本体の繊維補強層としてはPAN系炭素繊維が多用されている。
【0020】
一方で、ピッチ系炭素繊維は、コールタールピッチや石油ピッチを精製、改質し、熱処理して得られた紡糸ピッチを紡糸し、不融化した後、所定の温度で炭化、黒鉛化することにより製造される。そのため、一般には、PAN系炭素繊維に比べて高価であるが、ピッチ系炭素繊維は製造過程においてその繊維軸方向に黒鉛の結晶構造が高度に成長し、配向していることから繊維軸方向(結晶方向)に対する熱伝導性が非常に高く、それ故に高熱に晒されても燃焼し難くなり、しかも極低熱膨張であるといった特徴をもつ。そのため、本発明では、ピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材を良熱伝導手段として、安全弁と熱的に接続されるようにする。
【0021】
ここで、ピッチ系繊維強化複合材とは、ピッチ系炭素繊維と樹脂から構成された複合材である。上述したように、ピッチ系炭素繊維は石炭又は石油系重質油から製造された炭素繊維であり、易黒鉛化炭素材料の性質を有する炭素繊維である。より具体的には、繊維の引張弾性率が500GPa以上の高弾性のものが好ましく、より望ましくは繊維の引張弾性率が700GPa以上の高弾性のものが好ましい。一般に、ピッチ系炭素繊維は、引張弾性率が高くなると、易黒鉛化炭素材料の特徴に由来する繊維軸方向の結晶配向性が高まり、それによって熱伝導度も更に向上するため、高弾性のピッチ系炭素繊維を使用することで高温部から安全弁への熱伝達を効率よく行うことが可能となる。また、ピッチ系炭素繊維は、高剛性ゆえにフィラメント数が少ないと折れやすいことから、好ましくはフィラメント数が6千本以上であるのがよい。
【0022】
また、ピッチ系繊維強化複合材に用いられる樹脂としては、熱硬化性樹脂であっても熱可塑性樹脂であってもよく、これらの複合樹脂であってもよい。高温における安全面を考慮すれば、好ましくは熱硬化性樹脂である。このような熱硬化性樹脂として特に制限はないが、なかでも不飽和ポリエルテルやエポキシ樹脂等が好ましく、特に、エポキシ樹脂は炭素繊維との密着度が高まるためにより好ましい。
【0023】
本発明では、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系繊維強化複合材を有するようにして、このピッチ系繊維強化複合材が安全弁と熱的に接続されればよく、ピッチ系繊維強化複合材がタンク本体表面の全てを形成してもよく、タンク本体表面の一部がピッチ系繊維強化複合材であるようにしてもよい。
【0024】
例えば、前述の繊維補強層を形成する際に、強化繊維束としてピッチ系炭素繊維を使用して、ピッチ系炭素繊維を用いたトゥプリプレグをフィラメントワインディング法でタンク本体の全ての表面に巻き付けられるようにしてもよく、タンク本体の一部の表面に巻き付けられるようにしてもよい。そして、ピッチ系炭素繊維を用いたトゥプリプレグが巻き付けられた後には、加熱炉等で温度を付加して樹脂を硬化させることで、タンク本体の少なくとも一部の表面に熱伝導度が増したピッチ系繊維強化複合材が設けられる。なお、ピッチ系炭素繊維を用いたトゥプリプレグは巻き付けの最初から使用してもよく、或いは、巻き付けの途中までPAN系炭素繊維等の他の炭素繊維を用いたトゥプリプレグを使用して、その後にピッチ系炭素繊維を用いたトゥプリプレグに変えて、タンク本体表面にピッチ系繊維強化複合材が存在するようにしてもよい。
【0025】
ピッチ系炭素繊維で強化されたピッチ系繊維強化複合材やPAN系炭素繊維等の他の炭素繊維で強化された炭素繊維強化複合材からなる繊維補強層を有したタンク本体を得るにあたっては、上記のようなトゥプリプレグをフィラメントワインディングで巻き付ける方法のほか、例えば、プリプレグテープをライナーに積層して繊維補強層を形成したり、ピッチ系炭素繊維等にマトリックス樹脂を付着させたものを直接巻き付けて繊維補強層を形成してもよい。或いは、ピッチ系炭素繊維等を用いたプリプレグより切り出して積層して繊維補強層を形成するようにしてもよい。
【0026】
また、本発明における高圧タンクは、非常時に外部にガスを放出するための熱作動型の安全弁を備える。この安全弁は、高圧タンクの温度上昇により、内圧が上がってタンクが爆発することを防止するため、燃料タンクの温度が上昇して、所定の温度に達すると作動し(開放し)、燃料タンク内のガスを外側に放出する。この安全弁については熱作動型であれば特に制限されず、公知のものと同様にすることができるが、タンク周辺での温度上昇に敏速に反応できる可溶金属(例えばビスマスを用いた合金)等を使用した可溶栓を有するものであるのが好ましい。ここで、可溶栓が溶融する温度は160℃未満であるのがよく、また、その温度の下限は105℃以上であるのがよい。100℃以下の場合は熱湯や夏季の直射日光照射環境下等で可溶してしまうリスクが生じる。反対に、可溶栓の溶融する温度が160℃以上になると、ピッチ系繊維強化複合材による熱伝達の効果を十分に享受することができなくなるおそれがある。
【0027】
なお、本発明において、ピッチ系繊維強化複合材が安全弁と熱的に接続されるとは、上記のような安全弁を例にすれば、非常時にピッチ系繊維強化複合材により伝えられた熱で可溶栓を溶融し、安全弁を動作させて、高圧タンク内部のガスを外部に放出可能にする状態を意味する。
【0028】
本発明の高圧タンクは、非常時にタンク周辺の温度が上昇してタンク本体ガスを外部に放出する安全対策が求められる用途に適したものであり、その用途は特に制限されないが、例えば、燃料電池自動車における高圧水素タンクのほか、燃料電池船における高圧水素タンク、運搬用高圧水素タンクや定置用高圧水素タンク等において好適に用いられる。特に、燃料電池自動車では、走行距離を延ばす目的などから、タンク長の大きい高圧水素タンクの使用が検討されているが、そのような長尺の高圧タンクにおいて、具体的にはタンク長が150cm以上、より好適には165cm超の長尺タンクにおいても、その端部に設けられた安全弁までより確実にかつ信頼性高く熱を伝えて、安全弁を動作させることができる。
【0029】
本発明においては、タンク本体の少なくとも一部の表面にピッチ系繊維強化複合材を有して、このピッチ系繊維強化複合材が安全弁と熱的に接続されていればよく、タンク本体表面でのピッチ系繊維強化複合材の形状やその位置等については特に制限されない。以下、図面を用いながらいくつかの実施形態を示す。
【0030】
<第一実施形態>
図1は、タンク本体1の表面(最外層表面)全体がピッチ系繊維強化複合材1aで覆われた仕様の高圧タンク3の例である。この場合、高圧タンク3の一部が局所的に高温になっても効率的に熱を安全弁2に伝えることができる。
【0031】
本実施形態は、例えば、母体となるライナーに設けられたPAN系繊維強化複合材からなる繊維補強層の表面にピッチ系炭素繊維を用いたトゥプリプレグをフィラメントワインディング法で巻き付けた後、又はプリプレグから切り出したテープ状プリプレグを貼り付けた後に、加熱炉等で温度を付加して樹脂を硬化させて一体化したものであり、これにより、タンク本体1の表面(最外層表面)に熱伝導度が向上したピッチ系繊維強化複合材を安全弁に接続しながら簡便に設けることができる。
【0032】
本実施形態においては、ピッチ系炭素繊維の使用量は、安全弁に火災時などの熱を伝導させることが目的であるので、その使用量については伝熱性が確保されるのであれば特に制限されない。そのため、例えば、現状の燃料電池自動車で使用される高圧水素タンクのサイズで言えば、ピッチ系炭素繊維の使用量は50cm以下であることが適当である。
【0033】
<第二実施形態>
図2は、タンク本体1の表面(最外層表面)の一部にピッチ系繊維強化複合材1aを有して、残りの表面(最外層表面)にPAN系繊維強化複合材1bを有した仕様の高圧タンク3の例である。例えば、火災等においては高圧タンク3のごく一部のみが局所的に加熱される可能性は低いため、より火炎に晒される可能性が高い部分を熱伝導に優れたピッチ系繊維強化複合材1aで覆うようにしている。詳しくは、安全弁2がタンク本体1の長さ方向の両端に設置されて、その一方の安全弁側のタンク端部の表面にピッチ系繊維強化複合材1aが位置して、その安全弁と熱的に接続されている。
【0034】
本実施形態は、例えば、母体となるライナーに設けられたPAN系繊維強化複合材1bからなる繊維補強層に対して、一方の安全弁2側のタンク端部からタンク胴部の途中に至る一定範囲にピッチ系炭素繊維を用いたプリプレグで被覆した後、加熱炉等で温度を付加して樹脂を硬化させて一体化したものである。これにより、タンク本体1の表面(最外層表面)に熱伝導度が向上したピッチ系繊維強化複合材1aを安全弁に接続しながら簡便に設けることができる。
【0035】
ここで、ピッチ系炭素繊維の被覆方法は、トゥプリプレグをフィラメントワインディング法により巻き付ける方法のほか、例えば、一方向強化材料のプリプレグをシートワインディング法やハンドレイアップにより巻き付けて被覆するようにしてもよい。
【0036】
本実施形態においても、ピッチ系炭素繊維の使用量は、安全弁に火災時などの熱を伝導させることが目的であるので、その使用量については伝熱性が確保されるのであれば特に制限されない。そのため、例えば、現状の燃料電池自動車で使用される高圧水素タンクのサイズで言えば、ピッチ系炭素繊維の使用量は50cm以下であることが適当である。
【0037】
更に、本実施形態では、その変形例として、タンク本体の端部形状に合わせて成形した、ピッチ系炭素繊維を使用したブラケット状の成形体を取り付けて安全弁と熱的に接続するようにしてもよい。このとき、ブラケット状の成形体は、連続繊維基材を用いて成形されたものであることが好ましく、クロス材よりも一方向強化繊維基材を使用したものであることがより好ましい。
【0038】
その際、タンク本体とブラケット状成形体のマトリックス樹脂とは同種であってもよく、異なるものであってもよいが、好ましくはエポキシ樹脂系の熱硬化性樹脂であって、尚且つ樹脂の熱伝導率が高いものであることがより好ましい。
【0039】
また、ブラケット状成形体は樹脂系接着剤を用いてタンク本体に固定されていることが好ましい。本発明では、タンク表面が火炎などにより高温に晒されたときに安全弁に確実に熱を伝えられることが重要なため、熱伝導物質を含まない樹脂系接着剤は熱伝導性が低いためにタンク本体への熱伝導を抑制する効果がある。
【0040】
<第三実施形態>
図3は、図2に係る実施形態に比べて更に面積の小さい最小限のピッチ系繊維強化複合材1aを用いた仕様の高圧タンク3の例である。例えば、高圧水素タンクが搭載される燃料電池自動車等における非常時の火災では、火炎はかなり広い範囲で発生し、タンクの半分以上が火炎に晒される可能性が高いため、ピッチ系繊維強化複合材1aからなる短冊状の伝熱材をタンク本体1の表面に貼着して安全弁2と熱的に接続されている。図4は、図3の高圧タンクを別の角度で見たものである。
【0041】
なお、図3図4ではタンク本体1の表面の極一部分のみをピッチ系繊維強化複合材1aからなる短冊状伝熱材で被覆しているが、その伝熱材の長さをタンク本体の全長と同じ長さにしたり、伝熱材の数を複数にして貼り付けたり、更には、タンク本体1に対して伝熱材をらせん状に巻き付けるような状態で貼り付けるようにしてもよい。
【0042】
また、本実施形態において、ピッチ系繊維強化複合材1aからなる短冊状伝熱材は、プリプレグの状態でタンク本体1に貼り付けたり、CFRPの状態でタンク本体1に貼り付けるようにしてもよいが、いずれの場合においても連続繊維を用いたものであることが好ましく、一方向強化材であることがより好ましい。更に、ピッチ系繊維強化複合材1aからなる短冊状の伝熱材は、安全弁に対して火災時などの熱を伝導させることが目的であるので、その厚みは伝熱性が確保されるのであれば特に制限されないが、少なくとも0.2~3mm程度あれば十分である。
【0043】
ここで、短冊状伝熱材をCFRPの状態にしてタンク本体1に貼着する場合、熱伝導性の更なる向上を図るためにCFRPの層間に金属箔をインサートした金属/FRP複合体として使用することもできる。このとき、インサートする金属箔については銅やアルミを使用することが好ましい。
【0044】
また、短冊状伝熱材を貼り付ける対象のタンク本体1は、母体となるライナーにPAN系繊維強化複合材1bからなる繊維補強層を備えたものが好適に用いられるが、その繊維補強層の樹脂が硬化する前にプリプレグやCFRPの状態の短冊状伝熱材を固定して加熱炉等で温度を付加して一体化させてもよいし、樹脂が硬化した後のタンク本体に接着剤を用いてCFRPの状態の短冊状伝熱材を貼り付けるようにしてもよい。
【0045】
短冊状伝熱材を貼り付けるために接着剤を使用する場合、熱伝導性の低いエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂が好ましい。接着剤でCFRPを固定すると接着剤がタンク本体への熱の拡散を抑制するバリア層となるためにプリプレグを直接固定することよりも好ましい方法である。本実施形態は、第一実施形態や第二実施形態に比べて、より簡便に熱伝導度が向上したピッチ系繊維強化複合材をタンク本体に設けて高圧タンクを製造することができる。
【実施例0046】
以下、実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの内容に制限されるものではない。
【0047】
(実験例1)
ピッチ系繊維強化複合材からなる試験片AとPAN系繊維強化複合材からなる試験片Bとを用いて、火炎発生時の燃え方と熱伝達の違いを比較する実験を行った。
【0048】
試験片Aは、炭素繊維としてピッチ系炭素繊維(日本グラファイトファイバー社製XN-80)を用い、マトリックス樹脂としてエポキシ樹脂(日鉄ケミカル&マテリアル社製YD128を主成分とするエポキシ樹脂)を用いて得られたピッチ系繊維強化複合材であり、樹脂硬化後の炭素繊維の体積含有率は58%であり、サイズは、図5(a)に示したように、幅10mm、長さ100mm、厚さ2mmの短冊状のものである。一方、試験片Bは、炭素繊維としてPAN系繊維(三菱ケミカル社製TR-50S)を用い、マトリックス樹脂として試験片Aと同じエポキシ樹脂を用いて得られたPAN系繊維強化複合材であり、樹脂硬化後の炭素繊維体積含有率とサイズは、試験片Aと同じである。
【0049】
この実験では、図5(b)に示したように、上記それぞれの試験片(試験片A、B)4について、その長さ方向の一方の端部に縦10mm、横10mm、高さ6mm、重さ6.2gの可溶合金(日新レジン社製クラフトアロイ、融点150℃)7を載せて、他方の端部の下面側にバーナー5の火炎を当てて熱し、可溶合金7の溶融が始まる時間と完全に溶融するまでに要する時間を計測した。結果を表1に示す。なお、この実験においては、試験片4を2か所の支持台6で支えるようにし、その支持台6はテフロン(登録商標)製の角材からなり、その表面にフッ素樹脂テープ(図示外)を巻いて耐熱と熱伝導を抑える対策を施した。
【0050】
【表1】
【0051】
この実験により、先ず、試験片Bでは、端部下面にバーナー5の火炎を接触させてから10秒後に試験片が着火して樹脂の燃焼が始まったものの、他方の端部に載せられた可溶合金は目視において状態の変化はなく、火炎接触後10分経過しても溶融が始まることはなかった。その際、試験片に着火した炎は一旦大きくなり、やがて端部の樹脂が燃え尽きたと思われるタイミングで火は鎮火した。その後もバーナーによる火炎の接触は続いたものの、最後まで(10分経過まで)可溶合金に変化は見られなかった。
【0052】
それに対して、試験片Aでは、バーナーによる火炎の接触では終始試験片に火が着くことはなかったが、火炎を接触させてから3分20秒後に可溶合金の溶融が始まり、火炎の接触後4分40秒で可溶合金は全て溶融した。つまり、試験片Aは試験片Bに比べて燃え難く、しかも高熱伝導であることが確認された。
【0053】
以上、本発明によれば、ピッチ系繊維強化複合材をタンク本体の少なくとも一部の表面に存在させて、そのピッチ系繊維強化複合材を安全弁と熱的に接触させることで、簡便な構造でありながら、非常時に確実に安全弁を動作させることができて、しかも、それ自体の損傷による動作不良のおそれもないことから、信頼性に優れた高圧タンクが実現できる。
【符号の説明】
【0054】
1:タンク本体、1a:ピッチ系繊維強化複合材、1b:PAN系繊維強化複合材、2:安全弁、3:高圧タンク、4:試験片、5:バーナー、6:支持台、7:可溶合金。
図1
図2
図3
図4
図5