(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023157074
(43)【公開日】2023-10-26
(54)【発明の名称】金属錯体ナノシート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 1/08 20060101AFI20231019BHJP
C07C 211/50 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
C07F1/08 C
C07C211/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022066738
(22)【出願日】2022-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 順三
(72)【発明者】
【氏名】本間 信孝
(72)【発明者】
【氏名】西原 寛
(72)【発明者】
【氏名】前田 啓明
【テーマコード(参考)】
4H006
4H048
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA02
4H006AB99
4H006AC90
4H048AA01
4H048AA02
4H048AB99
4H048AC90
4H048VA32
4H048VA56
4H048VB10
4H048VB40
(57)【要約】
【課題】本開示の目的は、新たな特性を有する金属錯体ナノシートを提供することである。
【解決手段】本実施形態は、金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、金属有機構造体層は、式(I)(式(I)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)で表される構造単位が面方向に展開している領域を含み、金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシートである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、
金属有機構造体層は、下記式(I):
【化1】
(式(I)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含み、
金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシート。
【請求項2】
ピーク面積比(SNA/SNI)が0.7以上である、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項3】
金属錯体ナノシートのX線波長0.8Åにて記録されたX線回折パターンが、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項4】
金属有機構造体層は、下記式(II):
【化2】
(式(II)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
12は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項5】
金属有機構造体層は、下記式(III):
【化3】
(式(III)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
36は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項6】
金属有機構造体層は、下記式(IV):
【化4】
(式(IV)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、破線は、他の構成単位中の配位基としての-NH-又は-NH
2-への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項7】
プロトン伝導性を有する、請求項1に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項8】
金属核と有機配位子とが面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、
金属核は、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、
有機配位子は、式(A):
【化5】
で表される化合物又はその塩であり、
金属核に結合する配位基は、有機配位子のNH
2基に由来する基であって、-NH-基又は-NH
2-基であり、
有機配位子中の隣接する2つの配位基が1つの金属核に結合し、
1つの有機配位子が3箇所で3つの金属核に配位し、
金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシート。
【請求項9】
ピーク面積比(SNA/SNI)が0.7以上である、請求項8に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項10】
金属錯体ナノシートのX線波長0.8Åにて記録されたX線回折パターンが、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む、請求項8に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項11】
プロトン伝導性を有する、請求項8に記載の金属錯体ナノシート。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の金属錯体ナノシートを製造する方法であって、
金属核の供給源としての金属化合物及び第1の溶媒を少なくとも含む第1の溶液を用意する工程、
有機配位子若しくはその塩及び第2の溶媒を少なくとも含む第2の溶液を用意する工程、及び
第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相を形成し、該二相の界面に金属錯体ナノシートを形成させる工程
を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに塩基剤を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに酸化剤を含む、方法。
【請求項13】
第1の溶液が酸化剤をさらに含み、第2の溶液が塩基剤をさらに含む、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、5mM以下である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項15】
塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、1mM以下である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項16】
塩基剤が、Na2CO3である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項17】
酸化剤の標準酸化還元電位が、クロラニルの標準酸化還元電位よりも低い、請求項12に記載の製造方法。
【請求項18】
酸化剤が、2,5-ジクロロ-1,4-ベンゾキノン(DCBQ)、2,5-ジメチル1,4-ベンゾキノン(DMBQ)、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(tBu2BQ)、及びテトラメチルベンゾキノン(TMBQ)からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項19】
酸化剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、20mM以下である、請求項12に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属錯体ナノシート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、グラフェン、遷移金属カルコゲナイド、金属酸化物、金属水酸化物等に基づくナノシートが注目されている。ナノシートは膜厚がナノメートルオーダーであるのに対して、面内のドメインサイズがその数百倍以上という異方性を持った物質である。これらナノシートの特徴としては、膜厚がナノメートルオーダーであることに起因する、バルクでは観測されない特有の物理的・化学的性質を示すことである。先に挙げたナノシート群はいずれも無機二次元ナノシートに分類されるが、有機分子を構成要素とする有機二次元ナノシートも近年盛んに研究が進められている。有機二次元ナノシートの最大の特徴の一つはバリエーションの豊富さにあり、適切に設計された有機分子を用いてボトムアップ的に合成することにより、多種多様な化学構造からなるナノシートを構築することが可能である。有機二次元ナノシートの1つである金属錯体ナノシートは金属錯体を主骨格として有しており、金属イオンと有機配位子の無数の組み合わせにより、自在な化学構造や幾何構造の構築と錯体部位由来の電子・磁気・光物性・触媒能等の導入を行うことが可能である。さらに、一般に錯形成反応は温和な条件で進行するため、金属錯体ナノシートは、簡便な設備で合成を行えるという特徴を有する。
【0003】
金属錯体ナノシートとして、非特許文献1~5には、ニッケルや銅等の金属イオンとヘキサアミノベンゼンからなる金属錯体ナノシート、すなわち、ビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートが開示されている。ビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートは、周期的な化学構造を有し、半導体的な電気伝導特性を示すことが知られており、二次元構造に由来する大きな表面積を有することから、スーパーキャパシタやリチウムイオン電池等の電極材料への応用も期待されている。
【0004】
また、特許文献1には、2座で配位する箇所を3箇所以上有し、前記2座のうちの少なくとも1座がNHである配位子;及び金属核M(Mは、Ni、Co、Cu、Pt、Pd、Fe、Mn、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Ag、及びAuからなる群から選ばれる少なくとも1種である)を有する金属錯体であって、前記金属錯体を実質的に形成する前記配位子の実質的に全ての原子と前記金属核とが略同一平面上に存在する、二次元金属錯体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】"Hexaaminobenzene as a building block for a Family of 2D Coordination Polymers", Nabajit Lahiriら, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 19-22
【非特許文献2】"Signature of Metallic Behavior in the Metal-Organic Frameworks M3(hexaiminobenzene)2(M = Ni, Cu)", Jin-Hu Douら, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 13608-13611
【非特許文献3】"Oxidation-promoted Interfacial Synthesis of Redox-active Bis(diimino)nickel Nanosheet", Eunice J H Phuaら, Chem. Lett. 2018, 47, 126-129
【非特許文献4】"Stabilization of Hexaaminobenzene in a 2D Conductive Metal-Organic Framework for High Power Sodium Storage", Jihye Parkら, J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10315-10323
【非特許文献5】"Air-Stability and Carrier Type in Conductive M3(Hexaaminobenzene)2, (M = Co, Ni, Cu)", Allison C. Hinckleyら, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 11123-11130
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、特許文献1及び非特許文献1~5はビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートを開示しており、この金属錯体ナノシートは、電気伝導特性を有し、例えば、キャパシタやリチウムイオン電池等の電極材料への応用が期待されている。
【0008】
一方、金属錯体ナノシートは、同じ金属や配位子を用いた場合であっても、異なる構造を有する可能性があり、異なる構造を有する金属錯体ナノシートは、新たな特性を有するナノシートの創製に繋がり、新たな技術展開を期待することができる。
【0009】
そこで、本開示の目的は、新たな特性を有する金属錯体ナノシートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ニッケルや銅等の金属及びヘキサアミノベンゼンからなる金属錯体ナノシートの製造方法について研究したところ、液液二相界面での合成において、使用する塩基剤の濃度を従来よりも低い濃度に設定することにより新たな構造を有する金属錯体ナノシートを得ることができることを見出し、本開示に至った。その金属錯体ナノシートは、分析により、アミン構造を多く含む点において従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートとは異なる構造を有することが確認され、また、驚くべきことに、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートでは認められなかったプロトン伝導性を有することが確認された。
【0011】
本実施形態の態様例は、以下の通りである。
【0012】
(1) 金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、
金属有機構造体層は、下記式(I):
【化1】
(式(I)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含み、
金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシート。
(2) ピーク面積比(S
NA/S
NI)が0.7以上である、(1)に記載の金属錯体ナノシート。
(3) 金属錯体ナノシートのX線波長0.8Åにて記録されたX線回折パターンが、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む、(1)又は(2)に記載の金属錯体ナノシート。
(4) 金属有機構造体層は、下記式(II):
【化2】
(式(II)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
12は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、(1)~(3)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシート。
(5) 金属有機構造体層は、下記式(III):
【化3】
(式(III)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
36は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、(1)~(4)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシート。
(6) 金属有機構造体層は、下記式(IV):
【化4】
(式(IV)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、破線は、他の構成単位中の配位基としての-NH-又は-NH
2-への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、(1)~(5)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシート。
(7) プロトン伝導性を有する、(1)~(6)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシート。
(8) 金属核と有機配位子とが面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、
金属核は、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、
有機配位子は、式(A):
【化5】
で表される化合物又はその塩であり、
金属核に結合する配位基は、有機配位子のNH
2基に由来する基であって、-NH-基又は-NH
2-基であり、
有機配位子中の隣接する2つの配位基が1つの金属核に結合し、
1つの有機配位子が3箇所で3つの金属核に配位し、
金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシート。
(9) ピーク面積比(S
NA/S
NI)が0.7以上である、(8)に記載の金属錯体ナノシート。
(10) 金属錯体ナノシートのX線波長0.8Åにて記録されたX線回折パターンが、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む、(8)又は(9)に記載の金属錯体ナノシート。
(11) プロトン伝導性を有する、(8)~(10)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシート。
(12) (1)~(11)のいずれか1つに記載の金属錯体ナノシートを製造する方法であって、
金属核の供給源としての金属化合物及び第1の溶媒を少なくとも含む第1の溶液を用意する工程、
有機配位子若しくはその塩及び第2の溶媒を少なくとも含む第2の溶液を用意する工程、及び
第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相を形成し、該二相の界面に金属錯体ナノシートを形成させる工程
を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに塩基剤を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに酸化剤を含む、方法。
(13) 第1の溶液が酸化剤をさらに含み、第2の溶液が塩基剤をさらに含む、(12)に記載の製造方法。
(14) 塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、5mM以下である、(12)又は(13)に記載の製造方法。
(15) 塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、1mM以下である、(12)~(14)のいずれか1つに記載の製造方法。
(16) 塩基剤が、Na
2CO
3である、(12)~(15)のいずれか1つに記載の製造方法。
(17) 酸化剤の標準酸化還元電位が、クロラニルの標準酸化還元電位よりも低い、(12)~(16)のいずれか1つに記載の製造方法。
(18) 酸化剤が、2,5-ジクロロ-1,4-ベンゾキノン(DCBQ)、2,5-ジメチル1,4-ベンゾキノン(DMBQ)、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(
tBu
2BQ)、及びテトラメチルベンゾキノン(TMBQ)からなる群から選択される少なくとも1種である、(12)~(17)のいずれか1つに記載の製造方法。
(19) 酸化剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、20mM以下である、(12)~(18)のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示により、新たな特性を有する金属錯体ナノシートを提供することができる。具体的には、本開示により、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートでは認められなかったプロトン伝導性を有する金属錯体ナノシートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のAFM画像である。
【
図2】CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のTEM画像である。
【
図3】CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のIRスペクトル(a)、及びN-H伸縮振動領域の拡大スペクトル(b)である。
【
図4】CuHAB膜-1(a)、CuHAB膜-10(b)、CuHAB膜-100(c)におけるN1sのXPSスペクトルである。
【
図5】CuHAB膜-1(a)、CuHAB膜-10(b)、CuHAB膜-100(c)におけるCu2p
3/2のXPSスペクトルである。
【
図6】CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100について測定したX線回折パターン、並びにモデル構造によるシミュレーションパターンである。
【
図7】CuHAB膜-1のX線回折パターンに基づいて作成した、ユニットセルの構造(左図)及びCuHAB膜-1のモデル構造(右図)である。
【
図8】CuHAB膜-10及び100のX線回折パターンに基づいて作成した、ユニットセルの構造(右図)及びCuHAB膜-10及び100のモデル構造(左図)である。
【
図9A】CuHAB膜-1について、環境雰囲気の湿度を変化させて電気伝導性を測定した結果を示すグラフである。
【
図9B】CuHAB膜-10について、環境雰囲気の湿度を変化させて電気伝導性を測定した結果を示すグラフである。
【
図9C】CuHAB膜-100について、環境雰囲気の湿度を変化させて電気伝導性を測定した結果を示すグラフである。
【
図10】作製したCuDI-DCBQ、CuDI-DMBQ、CuDI-MeOBQ及びCuDI-TMBQについて、GIXS測定により得られた回折パターンである。
【
図11】参照例Dにおいて作製した金属錯体ナノシートのGIXS測定により得られた回折パターンである。
【
図12】参照例Eにおいて作製した金属錯体ナノシートのGIXS測定により得られた回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本実施形態は、金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、金属有機構造体層は、下記式(I):
【化6】
(式(I)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含み、金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシートに関する。
【0016】
また、本実施形態は、金属核と有機配位子とが面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートであって、金属核は、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、有機配位子は、式(A):
【化7】
で表される化合物由来であり、金属核に結合する配位基は、有機配位子のNH
2基に由来する基であって、-NH-基又は-NH
2-基であり、有機配位子中の隣接する2つの配位基が1つの金属核に結合し、1つの有機配位子が3箇所で3つの金属核に配位し、金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積S
NIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積S
NAの比(S
NA/S
NI)が、0.6以上である、金属錯体ナノシートに関する。
【0017】
本実施形態により、新たな特性を有する金属錯体ナノシートを提供することができる。具体的には、本実施形態により、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートでは認められなかったプロトン伝導性を有する金属錯体ナノシートを提供することができる。本実施形態に係る金属錯体ナノシートがプロトン伝導性を有する理由は、以下のように推測される。まず、本実施例におけるXPS測定による分析で示されるように、本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートよりも、アミン構造(-NH2-)を多く含む。従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートは、その名称中の「ジイミノ」との記載並びに特許文献1及び非特許文献1~5に開示される構造式の記載を見ても、アミン構造を含むことは開示されていない。本実施形態における、「金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積SNIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積SNAの比(SNA/SNI)が0.6以上である」との特徴は、本実施形態に係る金属錯体ナノシートの従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートに対する差を示すものである。このアミン構造を多く含む特徴を有することにより、構造内のアミノ基が水分子との水素結合形成に寄与し、プロトン伝導性の発現を起こしたと考えられる。なお、以上の推測は、本開示を限定するものではない。
【0018】
以下、適宜図面を参照して、本実施形態に係る金属錯体ナノシートについて詳細に説明する。
【0019】
<金属錯体ナノシート>
本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む。金属有機構造体層は、通常、複数層存在する。
【0020】
金属核は、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0021】
金属有機構造体層は、下記式(I):
【化8】
(式(I)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む。
【0022】
式(I)で表される構造単位において、金属核に配位する配位基は、-NH-又は-NH2-である。-NH-は、二つの結合手「-」のうち一方がベンゼン環に結合しており、イミン構造を有する。また、式(I)で表される構造単位において、Mから伸展する二つの破線は、他の構成単位中の配位基(-NH-又は-NH2-)への結合を示す。X1~X6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH2-であり、また、X1~X6は、他の構造単位におけるX1~X6に対してそれぞれ独立している。すなわち、X1~X6は、構造単位毎にそれぞれ独立している。
【0023】
本実施形態では、金属錯体ナノシートのN1sのXPSスペクトルにおいて、397.4eV付近に現れるイミン構造由来のピークの面積SNIに対する398.8eV付近に現れるアミン構造由来のピークの面積SNAの比(SNA/SNI)が、0.6以上である。上述した通り、本実施例におけるXPS測定による分析で示されるように、本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートよりも、アミン構造(-NH2-)を多く含む。ピーク面積比(SNA/SNI)は、イミン構造に対するアミン構造の存在比を間接的に示すものであり、本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートに対してアミン構造が多く存在することを示す。アミン構造を多く含む特徴を有することにより、構造内のアミノ基が水分子との水素結合形成に寄与し、プロトン伝導性を発現させるものと考えられる。ピーク面積比(SNA/SNI)は、0.7以上であることが好ましく、0.8以上であることが好ましく、0.9以上であることが好ましい。ピーク面積比(SNA/SNI)の上限は、特に制限されるものではないが、例えば、5.0以下であり、4.0以下であり、3.0以下であり、2.0以下であり、1.5以下である。
【0024】
本実施形態では、金属錯体ナノシートのCu2p3/2のXPSスペクトルにおいて、931.8eV付近に現れるCu(I)由来のピークの面積SCuIに対する933.9eV付近に現れるCu(II)由来のピークの面積SCuIIの比(SCuII/SCuI)が、3.0以上であることが好ましい。ピークの面積SCuIIの比(SCuII/SCuI)は、3.2以上であることが好ましい。ピーク面積比(SCuII/SCuI)の上限は、特に制限されるものではないが、例えば、10.0以下であり、5.0以下であり、4.0以下である。
【0025】
本実施形態では、金属錯体ナノシートのX線回折パターンが、波長0.8ÅのX線を用いた測定において、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含むことが好ましい。
【0026】
本実施形態における金属有機構造体層は、下記式(II):
【化9】
(式(II)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
12は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含むことが好ましい。式(II)で表される構造単位において、金属核に配位する配位基は、-NH-又は-NH
2-である。-NH-は、二つの結合手「-」のうち一方がベンゼン環に結合しており、イミン構造を有する。また、式(II)で表される構造単位において、Mから伸展する二つの破線は、他の構成単位中の配位基(-NH-又は-NH
2-)への結合を示す。X
1~X
12は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、また、X
1~X
12は、他の構造単位におけるX
1~X
12に対してそれぞれ独立している。すなわち、X
1~X
12は、構造単位毎にそれぞれ独立している。
【0027】
本実施形態における金属有機構造体層は、下記式(III):
【化10】
(式(III)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
36は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含むことが好ましい。式(III)で表される構造単位において、金属核に配位する配位基は、-NH-又は-NH
2-である。-NH-は、二つの結合手「-」のうち一方がベンゼン環に結合しており、イミン構造を有する。また、式(III)で表される構造単位において、Mから伸展する二つの破線は、他の構成単位中の配位基(-NH-又は-NH
2-)への結合を示す。X
1~X
36は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、また、X
1~X
36は、他の構造単位におけるX
1~X
36に対してそれぞれ独立している。すなわち、X
1~X
36は、構造単位毎にそれぞれ独立している。
【0028】
本実施形態における金属有機構造体層は、下記式(IV):
【化11】
(式(IV)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、破線は、他の構成単位中の配位基としての-NH-又は-NH
2-への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含むことが好ましい。式(IV)で表される構造単位において、金属核に配位する配位基は、-NH-又は-NH
2-である。-NH-は、二つの結合手「-」のうち一方がベンゼン環に結合しており、イミン構造を有する。また、式(IV)で表される構造単位において、Mから伸展する二つの破線は、他の構成単位中の配位基(-NH-又は-NH
2-)への結合を示す。式(IV)で表される構造単位を取る領域では、-NH-基の数(又はモル数)と-NH
2-基の数(又はモル数)が等しくなり得る。
【0029】
本実施形態において、有機配位子は、式(A):
【化12】
で表される化合物又はその塩であり得る。ここでいう有機配位子とは、金属核と結合する前のものに相当する。
【0030】
金属核に結合する配位基は、有機配位子のNH2基に由来する基であって、-NH-基又は-NH2-基である。すなわち、式(A)で表される有機配位子のNH2基が配位基として機能し、金属核に-NH-基又は-NH2-基として結合する。
【0031】
式(A)で表される有機配位子において、隣接する2つのNH2基が配位基となって1つの金属核に結合し、また、1つの有機配位子が3箇所(隣接する2つのNH2基が1箇所に相当)で3つの金属核に配位する。
【0032】
本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、プロトン伝導性を有する。本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、具体的には、環境湿度が高くなると、電気伝導性が高くなり、環境湿度が低くなると、電気伝導性が低くなる。このことは、金属錯体ナノシートがプロトン伝導性を有することを示す。本実施形態に係る金属錯体ナノシートがプロトン伝導性を有する理由としては、構造内のアミノ基が水分子との水素結合形成に寄与し、プロトン伝導性の発現/増加を起こすためと考えられる。従来の金属錯体ナノシートでは、湿度に応じた電気伝導率の有意な変化は見られない。本実施形態に係る金属錯体ナノシートの伝導率は、温度が25℃且つ湿度が10%である環境雰囲気において測定した場合、例えば、1.0~3.5×10-5S/cmである。本実施形態に係る金属錯体ナノシートの伝導率は、温度が25℃且つ湿度が75%である環境雰囲気において測定した場合は、温度25℃且つ湿度10%である環境雰囲気で測定した値よりも大きくなる。
【0033】
<金属錯体ナノシートの製造方法>
本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、金属核と有機配位子とを酸化条件下で反応させることにより得ることができる。好ましくは、本実施形態に係る金属錯体ナノシートは、金属核と有機配位子とを酸化剤及び塩基剤の存在下において液液界面で反応させることにより得ることができる。以下、本実施形態に係る金属錯体ナノシートの製造方法の好ましい態様について説明する。
【0034】
本実施形態に係る金属錯体ナノシートの製造方法は、金属核の供給源としての金属化合物及び第1の溶媒を少なくとも含む第1の溶液を用意する工程、有機配位子若しくはその塩及び第2の溶媒を少なくとも含む第2の溶液を用意する工程、及び第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相を形成し、該二相の界面に金属錯体ナノシートを形成させる工程を含み、第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに塩基剤を含み、第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに酸化剤を含む。
【0035】
(第1の溶液調製工程)
本実施形態に係る製造方法は、金属核の供給源としての金属化合物及び第1の溶媒を少なくとも含む第1の溶液を用意する工程を含む。
【0036】
金属化合物は、金属核となるCu、Ni又はCoを含む化合物である。金属化合物としては、特に制限されるものではないが、例えば、酢酸塩、塩化物塩、硫酸塩、テトラフルオロホウ酸塩、ヘキサフルオロリン酸塩、過塩素酸塩、アセチルアセトナート錯体、又はアンミン錯体等を挙げることができるが、これらに限定されない。金属化合物は、好ましくは、金属錯体であり得る。金属化合物は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
第1の溶媒は、金属化合物を溶解可能なものが用いられ、また、第1の溶媒が塩基剤及び/又は酸化剤を含む場合は、それらを溶解可能なものが用いられる。また、第1の溶媒及び第2の溶媒は、互いに二相に分離する溶媒同士である。第1の溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
金属化合物の第1の溶液中の含有量は、特に制限されるものではなく、使用する金属化合物の種類や濃度、目的とする金属錯体ナノシートの膜厚等を考慮して、適宜調整し得る。金属化合物の第1の溶液中の含有量は、特に制限されるものではないが、例えば、0.01~5mMである。
【0039】
第1の溶液調製工程は、酸素フリーの条件下、例えばアルゴンガス雰囲気下又は窒素ガス雰囲気下等の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0040】
(第2の溶液調製工程)
本実施形態に係る製造方法は、有機配位子若しくはその塩及び第2の溶媒を少なくとも含む第2の溶液を用意する工程を含む。
【0041】
有機配位子は、ヘキサアミノベンゼンであり、塩の種類としては、例えば、塩酸塩、酢酸塩、硝酸塩、又は硫酸塩等の無機酸塩が挙げられる。有機配位子若しくはその塩は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0042】
第2の溶媒は、有機配位子若しくはその塩を溶解可能なものが用いられ、また、第2の溶媒が塩基剤及び/又は酸化剤を含む場合は、それらを溶解可能なものが用いられる。また、第2の溶媒及び第1の溶媒は、互いに二相に分離する溶媒同士である。第2の溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
有機配位子の第2の溶液中の含有量は、特に制限されるものではなく、使用する金属化合物の種類や濃度、目的とする金属錯体ナノシートの膜厚等を考慮して、適宜調整し得る。有機配位子の第2の溶液中の含有量は、特に制限されるものではないが、例えば、0.01~5mMである。
【0044】
第2の溶液調製工程は、酸素フリーの条件下、例えばアルゴンガス雰囲気下又は窒素ガス雰囲気下等の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0045】
(塩基剤)
本実施形態において、第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに塩基剤を含む。本実施形態において、第2の溶液が塩基剤をさらに含むことが好ましい。
【0046】
塩基剤は、塩基を含有し、反応において有機配位子若しくはその塩からプロトンを引き抜く機能を有する。本実施形態において、塩基剤は、イミン構造を形成する反応を促進する。塩基剤としては、塩基を含有し、溶液中で塩基の供給源となり得る化合物であれば特に制限されるものではなく、例えば、無機塩若しくは無機塩基、又は有機塩基を挙げることができる。塩基剤としての無機塩としては、特に制限されるものではないが、例えば、炭酸水素カリウムや炭酸水素ナトリウム等の炭酸水素イオンのアルカリ金属塩;炭酸カリウムや炭酸ナトリウム(Na2CO3)等の炭酸イオンのアルカリ金属塩;水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等の水酸化物塩;酢酸ナトリウム等の酢酸塩等が挙げられる。無機塩基としては、例えば、アンモニアが挙げられる。有機塩基としては、例えば、トリエチルアミン若しくはエチレンジアミン等のアミン類、又はピリジン等が挙げられる。塩基剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
本実施形態に係る金属錯体ナノシートの作製において、塩基剤の含有量(濃度)は、重要な因子であり、その濃度によって、ヘキサアミノベンゼンのアミノ基が、アミン構造の配位基となるか、イミン構造の配位基となるかに影響を与え得ることがわかっている。これは、塩基剤がアミノ基の水素原子に引き抜きに関わってくるためと推察される。すなわち、塩基剤の濃度が高くなると、アミノ基の水素原子の引き抜きが多くなり、イミン構造の配位基が多く形成され、一方、塩基剤の濃度が低くなると、アミノ基の水素原子の引き抜きが高い濃度の場合よりも抑えられ、アミン構造の配位基が多く形成されるものと推測される。以上の観点から、塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量は、5.0mM以下であることが好ましく、3.0mM以下であることが好ましく、1.5mM以下であることが好ましく、1.0mM以下であることが好ましい。塩基剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量の下限は、特に制限されるものではないが、例えば、0.1mM以上であり、0.3mM以上である。
【0048】
(酸化剤)
本実施形態において、第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに酸化剤を含む。本実施形態において、第1の溶液が酸化剤をさらに含むことが好ましい。
【0049】
酸化剤は、有機配位子の酸化を行う作用を有するものであれば、特に限定されるものではない。なお、本実施形態では、有機配位子が金属イオンに配位してできる金属錯体(ビス(ジアミノ)金属錯体)が酸化されるとともに塩基によるプロトンの引き抜きが起こることにより、ナノシートの形成が進むと推測されている。酸化剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、ベンゾキノン類、トリアリールアミン類、フェロセニウム塩、ヨウ素、又はフェリシアン化カリウム等を挙げることができる。酸化剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0050】
本実施形態において、酸化剤としては、標準酸化還元電位がクロラニルの標準酸化還元電位(E1:0.22[V])よりも低い酸化剤を用いることが好ましい。具体的には、本実施形態において、使用する酸化剤が、0.22Vより低い標準酸化還元電位を有することが好ましい。0.22Vより低い標準酸化還元電位を有する酸化剤を用いることにより、急速な酸化反応の進行を抑制することができ、結晶性に優れた金属錯体ナノシートを効果的に得ることができる。また、本実施形態において、酸化剤としては、標準酸化還元電位がクロラニルの標準酸化還元電位(E1:0.22[V])よりも低く、かつテトラメチルベンゾキノンの標準酸化還元電位(E1:-0.69[V])よりも高い酸化剤を用いることが好ましい。具体的には、本実施形態において、使用する酸化剤が、-0.69V超0.22V未満の標準酸化還元電位を有することが好ましい。-0.69Vより高い標準酸化還元電位を有する酸化剤を用いることにより、副生成物(例えばCu2O)の生成を効果的に抑制することができる。
【0051】
なお、酸化剤の酸化還元電位は、標準水素電極(NHE:normal hydrogen electrode)を基準にして測定される当該酸化剤の標準酸化還元電位の値から、Nernstの式により算出することができる。
【0052】
本実施形態において、ベンゾキノン系酸化剤(ベンゾキノン類)を用いることが好ましい。ベンゾキノン系酸化剤の標準酸化還元電位の例を以下に示す。
【0053】
【0054】
ベンゾキノン系酸化剤としては、特に制限されるものではないが、例えば、クロラニル、2,5-ジクロロ-1,4-ベンゾキノン(DCBQ)、2,5-ジメチル1,4-ベンゾキノン(DMBQ)、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(tBu2BQ)、又はテトラメチルベンゾキノン等が挙げられる。これらの酸化剤の酸化力は、その記載順に従って弱くなる。ベンゾキノン系酸化剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0055】
酸化剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量は、特に制限されるものではないが、例えば、0.1~100mMである。酸化剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量は、0.1~20mMであることが好ましく、0.3~15mMであることが好ましく、0.5~10mMであることが好ましい。酸化剤の濃度が0.1mM以上である場合、酸化反応を効率的に促進することができる。また、酸化剤の濃度が20mM以下である場合、酸化反応の副生成物の発生を効率的に抑制することができる。
【0056】
(反応工程)
本実施形態に係る製造方法は、第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相を形成し、該二相の界面に金属錯体ナノシートを形成させる工程を含む。
【0057】
反応工程は、第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相が分離して形成されるように、第1の溶液及び第2の溶液を容器内に導入させることにより行うことができる。例えば、一方の溶液を容器中に導入して下層を形成し、その上に、もう一方の溶液を下層を崩さないように静かに配置させて上層を形成することにより、分離した二相を形成することができる。また、下層の上に、下層とは非相溶性/難混和性でありかつ上層に配置する溶液とは可相溶性/易混和性である溶媒を配置した後に、その溶媒中に上層となる溶液を導入することにより、分離した二相を形成してもよい。用いる第1の溶媒及び第2の溶媒等に依存して、得られる第1の溶液及び第2の溶液の比重が異なってくるが、相対的に比重の重い溶液をまず容器に導入し、その後、二相に分離するように、相対的に比重の軽い溶液を容器に導入する。
【0058】
反応時間は、特に制限されるものではなく、適宜選択することができるものであるが、反応時間は、例えば1時間~20日間であり、好ましくは2時間~15日間であり、好ましくは3時間~10日間であり、好ましくは5時間~5日間である。
【0059】
反応温度は、特に制限されるものではなく、適宜選択することができるものであり、例えば、溶媒の融点から沸点までの範囲の任意の温度に設定することができる。
【0060】
反応工程は、酸素フリーの条件下、例えばアルゴンガス雰囲気下又は窒素ガス雰囲気下等の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0061】
反応工程の後に、得られた金属錯体ナノシートを洗浄する工程を設けてもよい。洗浄液には、例えば、アンモニア含有溶液を用いることができる。アンモニアの濃度は、例えば0.1~15Mであり、好ましくは0.2~10Mであり、好ましくは0.3~8Mである。溶媒としては、例えば、水性溶媒を用いることができる。水性溶媒としては、例えば、水やアルコール(例えば、エタノール)を挙げることができる。
【0062】
上記工程により、金属錯体ナノシートを得ることができる。
【実施例0063】
以下、実施例を挙げて本実施形態を説明するが、本実施形態はこれらの例によって限定されるものではない。
【0064】
(材料)
・金属供給源:銅ビス(2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオナート)(Cu(TMHD)2)
【0065】
【0066】
・有機配位子源:ヘキサアミノベンゼン三塩酸塩(HAB・3HCl)(下記非特許文献S1又はS2に従って合成したもの又はToronto Research Chemicals社から購入したものを使用した)
【0067】
【0068】
・酸化剤:2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(市販品、アルドリッチ社製)
・塩基剤:炭酸ナトリウム(Na2CO3)
・水:Autopure WD500(Yamato Scientific社製)で精製したものを使用した。
・有機溶媒:合成用のHPLCグレード(関東化学社製)
【0069】
非特許文献S1:Z.-G. Tao, X. Zhao, X.-K. Jiang and Z.-T. Li. Tetra. Lett. 2012, 53, 1840
非特許文献S2:J. Mahmood, D. Kim, I.-Y. Jeon, M. S. Lah and J.-B. Baek. Synlett. 2013, 24, 246
【0070】
従来、ビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートを合成する際には、錯体形成反応過程において酸化プロセスが必要であり、従来のビス(ジイミノ)金属錯体ナノシートを獲得する合成反応では反応系に微量の酸素が酸化剤として導入されていた。本実施例における液液二相界面合成法においては、酸素に代わりに、定量的な導入が容易な酸化剤としてベンゾキノン系酸化剤を使用した。
【0071】
(実施例1)
アルゴン雰囲気下で、HAB・3HCl(1mM、2.8mg/10mL)及びNa2CO3(1mM、1.1mg/10mL)の水溶液と、銅ビス(2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオナート)(Cu(TMHD)2)(2mM、8.6mg/10mL)及び2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(tBu2BQ)(3mM、6.6mg/10mL)のジクロロメタン溶液を用意した。ジクロロメタン溶液5mLを20mLバイアル瓶に入れ、続いて、ジクロロメタン溶液の上に純水(5mL)で水相を形成し、液液界面を形成した。続いて、上記水溶液(5mL)を水相に静かに加えた。反応容器(バイアル瓶)をアルゴン雰囲気下で撹拌せずに放置した。1日後、界面にCuHABが黒い膜として形成された。反応後、上層の水相を水で洗浄し、エタノールに置換した。その後、下部の有機相を除去して、エタノール液中のCuHAB膜-1を得た。なお、サンプル名としてのCuHAB膜-1について、「-」後の数字は、上記水溶液中のNa2CO3濃度を示す。
【0072】
(比較例1)
上記水溶液中のNa2CO3濃度を10mMとしたこと以外は、実施例1と同様にしてCuHAB膜-10を作製した。
【0073】
(比較例2)
上記水溶液中のNa2CO3濃度を100mMとしたこと以外は、実施例1と同様にしてCuHAB膜-100を作製した。
【0074】
(分析)
得られたサンプル(CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100)について、AFM及びTEM観察、IR測定、XPS測定、粉末X線回折測定により分析し、特徴付けを行った。
【0075】
[AFM及びTEM観察]
得られたそれぞれのサンプルについて、AFM及びTEMによる形状観察を行った。AFMトポグラフィー画像は、NCHシリコンカンチレバー(NanoWorld)を備える走査型プローブ顕微鏡(Agilent Technologies 5500)を用い、タッピングモードで得た。TEM画像は、JEOL JEM-2100Fを用いて、加速電圧200kVで得た。得られたAFM画像及びTEM画像をそれぞれ
図1及び
図2に示す。
【0076】
AFM観察により、それぞれのサンプルの膜厚は、CuHAB膜-1については約0.3μm、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100については約1.5~約4μmであり、高い塩基濃度条件で合成されたCuHAB膜の膜厚が大きくなっていた。高い塩基条件においては反応速度が大きく、厚い膜が形成されたと考えられる。また、CuHAB膜-100は、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10と比較すると荒い表面を有していた。また、TEM観察の結果から、CuHAB膜-1は直径約50nm程度の結晶性の領域を含むこと、CuHAB膜-10は100nm以上の結晶性ドメインを有することが示された。これらの値は従来の一相溶液反応で合成されるヘキサアミノベンゼンを用いた金属錯体ナノシートの結晶性ドメインサイズ(15~30nm程度)と比べると大きい。また、結晶性ドメインをフーリエ変換すると六回対称性を示していた。TEM観察により、約1.3nmの周期が観察された。CuHAB膜-100については、約15nmの結晶性ドメインが集合している様子が観測された。高塩基濃度条件において錯形成反応速度が大きくなり、大面積の結晶性ドメインの形成が阻害されたため、小さなドメインの集合体としてCuHAB膜-100が形成されたと考えられる。AFMにてCuHAB膜-100が荒い表面を有していることが観察された理由としては、CuHAB膜-100が微結晶の集合体で形成されたためと思われる。
【0077】
[IR測定]
得られたそれぞれのサンプルについて、IRによる分析を行った。測定試料としては、KBrでペレット化したCuHAB膜を使用し、FT-IRスペクトルは、FT/IR-6100(JASCO社製)を用いて得た。測定試料は、IR測定前に、分光器のサンプルチャンバー内で30分間、真空下で乾燥させた。得られたIRスペクトルを
図3に示す。
図3は、CuHAB膜-1(CuDI-1と表示)、CuHAB膜-10(CuDI-10と表示)、CuHAB膜-100(CuDI-100と表示)のIRスペクトル(a)、及びN-H伸縮振動領域の拡大スペクトル(b)を示す。
【0078】
得られたIRスペクトルにおいて、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のいずれにも、3750~3000cm
-1にN-H伸縮振動に由来するブロードな吸収、1410cm
-1にC=C伸縮振動に由来するピーク、及び1200cm
-1にC-N伸縮振動に由来するピークが測定された(
図3)。N-H伸縮振動領域に着目すると、CuHAB膜-1のみが3160cm
-1に吸収を示している。このピークはCu中心に配位している窒素の一部がアミン構造となっていることを示唆している。
【0079】
[XPS測定]
得られたそれぞれのサンプルをシリコン基板上にドロップキャストし、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)による分析を行った。X線光電子スペクトルは、Al Kα線源を備えたPHI 5000 VersaProbe(ULVAC-PHI)を使用して測定した。測定時にはアルゴンイオン銃による帯電中和を行った。得られたスペクトルのBinding Energyは、284.6eVの炭素のC1sピークを用いて標準化した。スペクトルの解析はMulti Packソフトウェアにて実施し、ソフトウェア内蔵のピークフィッティング機能にてピーク分離を行った。
【0080】
図4は、CuHAB膜-1(a)、CuHAB膜-10(b)、CuHAB膜-100(c)におけるN1sのXPSスペクトルである。
図5は、CuHAB膜-1(a)、CuHAB膜-10(b)、CuHAB膜-100(c)におけるCu2p
3/2のXPSスペクトルである。
【0081】
図4及び
図5に示されるように、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のいずれにおいても、窒素と銅の存在が確認された。
【0082】
図4に示されるように、N1s領域についてのピークフィッティングから、窒素原子について3種類の結合状態が示されており、それぞれ、イミン構造でCu中心に配位している窒素(C-NH
-:397.4eV)、アミン構造でCu中心に配位している窒素(C-NH
2:398.8eV)、及びCu中心に配位していない欠損部位の窒素(約401eV)が存在していると考えられる。
【0083】
図5に示されるように、Cu2p
3/2領域について931.8eVにCu(I)由来、933.9eVにCu(II)由来のピークが観測されており、ピークフィッティングからCu(I)及びCu(II)の存在が確認された。なお、943eV付近に見られるブロードなピークはCu(II)のサテライトピークである。
【0084】
表2に、
図4に示されるN1sのXPSスペクトルにおけるアミン構造(C-NH
2)由来のピーク(398.8eV)の面積S
NA及びイミン構造(C-NH
-)由来のピーク(397.4eV)の面積S
NI、並びに
図5に示されるCu2p
3/2のXPSスペクトルにおけるCu(II)由来のピーク(933.9eV)の面積S
CuII及びCu(I)由来のピーク(931.8eV)の面積S
CuIを示す。
【0085】
【0086】
ピーク面積SNA及びピーク面積SNIは、それぞれアミン構造(C-NH2)及びイミン構造(C-NH-)の存在量を示すものであり、そのピーク面積比(SNA/SNI)は、イミン構造(C-NH-)に対するアミン構造(C-NH2)の存在量比を示すことになる。表2に示されるように、C-NH-(イミン構造)に対するC-NH2(アミン構造)の存在量比は、CuHAB膜-1については約1であり、具体的には、CuHAB膜-1について、銅イオンに配位している窒素の半分がアミン構造を有し、残る半分がイミン構造となっていることが示唆される。一方で、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100については、C-NH-(イミン構造)に対するC-NH2(アミン構造)の存在量比は約0.3であった。これらの結果は、CuHAB膜-1が最も多い割合でアミン構造を含んでいることを示している。これは、IR測定で示唆された結果にも一致する。
【0087】
ピーク面積SCuII及びピーク面積SCuIは、それぞれCu(II)及びCu(I)の存在量を示すものであり、そのピーク面積比(SCuII/SCuI)は、Cu(I)に対するCu(II)の存在量比を示すことになる。表2に示されるように、Cu(I)に対するCu(II)の存在量比、すなわちピーク面積比(SCuII/SCuI)は、CuHAB膜-1については約3.4であった。一方で、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100については、Cu(I)に対するCu(II)の存在量比は約2.1又は2.5であった。これらの結果は、CuHAB膜-1が最も多い割合でCu(II)を含んでいることを示している。
【0088】
[粉末X線回折測定]
得られたそれぞれのサンプルについて、粉末X線回折(PXRD)測定を行った。粉末X線回折測定は、SPring-8 BL44B2により実施し、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100の周期構造に関する情報を得た。粉末X線回折(PXRD)は、Super Photon ring-8(SPring-8)のビームラインBL44B2(X線波長0.8Å)の放射光を用いて行った。PXRD測定用のサンプルは、エタノール液中のCuHAB膜を遠心分離により採取し、真空下で乾燥させたものである。得られた粉末試料をメノウ乳鉢で粉砕した後にガラスキャピラリーに充填した。試料を充填したキャピラリーをPXRD測定装置に取り付け、測定中は一定速度で回転させた。測定は室温にて実施し、回折パターンをMYTHEN検出器により記録した。
【0089】
図6に、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100について測定したX線回折パターン、並びにモデル構造によるシミュレーションパターンを示す。
【0090】
図6より、CuHAB膜-1、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100のいずれにおいても回折パターンが確認され、周期構造を有することが示された。
【0091】
また、得られた回折パターンから低塩基濃度条件で合成されたCuHAB膜-1と、高塩基濃度条件で合成されたCuHAB膜-10とCuHAB膜-100とでは異なる周期構造を有することが示された。CuHAB膜-1について、上述のIR測定及びXPS測定結果から、銅イオンに配位している窒素の約半分がアミン構造を有し、残りの窒素部分がイミン構造となっていることが示唆されている。このことに基づき、モデル構造として
図7に示すユニットセル(空間群P3
1c、a=13.2Å、c=6.38Å)を作成することにより、
図6にシミュレーションパターンを示すように、本構造で観測された回折パターンを再現することが可能であった。
【0092】
図7の右図に示される四角で囲んだ部分について、CuHAB膜-1のモデル構造は、隣接するA層とA’層の2層が積層しており、A層とA’層はユニットセル中心(金属核)から見て点対称の関係に原子が配置されている。したがって、A層のイミン構造をとるN原子の上にA’層のアミン構造をとるN原子が配置され、これらが層間距離3.19Åで交互に積層している。このような構造においては、層間における水素結合が期待され、この相互作用が当該積層構造を形成する要因であると考えられる。
【0093】
対して、CuHAB膜-10、CuHAB膜-100の回折パターンは、CuHAB膜-1とは異なっており、MDIナノシートとして従来報告されている構造(P6/mmm、Cmcm、C222
1)とも一致していない。そこで、新たな周期構造として、
図8に示す空間群Cm(a=23.35Å、b=13.48Å、c=3.52Å、β=116.5°)のユニットセルを作製することにより、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100の回折パターンを再現することができた(
図6にシミュレーションパターンを示す)。この構造は、CuHABの各層がa軸方向にシフトしながら積層している構造となる。高塩基条件において形成されるCuHAB膜-10及びCuHAB膜-100はイミン構造をとるN原子の割合が相当多く、CuHAB膜-1のような層間の水素結合による安定化の効果は弱まる。加えて、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100では、Cu(I)の割合が増加していることが上述のXPSの結果より示されており、Cu中心の電子密度が大きくなっていることが示唆される。このような環境においては、Cu原子の真上及び真下に隣接する層のCu原子が存在していると電子的な反発が強くなり、これを解消するには各層がシフトする必要が生じる。したがって、水素結合による層間相互作用が減少したこと並びに銅錯体部位の層間の電子的反発が増加したことの二点の影響により、
図8に示すような、各層がa軸方向にシフトしながら積層する積層構造となったと考えられる。
【0094】
図6において、CuHAB膜-1のX線回折パターンは、4.0±0.2、8.0±0.2、及び14.3±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む。また、
図6において、CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100のX線回折パターンは、4.0±0.2、4.3±0.2、8.0±0.2、8.8±0.2、及び14.6±0.2の回折角(2θ)におけるピークを含む。
【0095】
(評価)
[電気伝導性の湿度応答性]
得られたそれぞれのサンプルについて、CuHAB膜のフィルム片を櫛形金電極にドロップキャストし、電気伝導性を測定した。電気伝導性の測定は、測定の環境雰囲気の湿度を10%と75%とで交互に変化させて行った。
図9に、CuHAB膜-1(
図9A)、CuHAB膜-10(
図9B)及びCuHAB膜-100(
図9C)について、環境雰囲気の湿度を変化させて電気伝導性を測定した結果を示す。
【0096】
図9Aに示されるように、CuHAB膜-1の電気伝導性は、測定環境の湿度を75%及び10%の間で変化させると、環境湿度に応答してその電気伝導性が変化した。具体的には、環境湿度が高くなると、CuHAB膜-1の電気伝導性は高くなり、環境湿度が低くなると、CuHAB膜-1の電気伝導性は低下した。この結果は、CuHAB膜-1がプロトン伝導性を有することを示している。CuHAB膜-1がプロトン伝導性を有する理由としては、構造内のアミノ基が水分子との水素結合形成に寄与し、プロトン伝導性の発現/増加を起こしたと考えられる。CuHAB膜-10及びCuHAB膜-100については、湿度を75%に上昇させても目立った電気伝導率の変化は見られなかった。
【0097】
以上の結果より、CuHAB膜-1はプロトン伝導性を有することが確認された。
【0098】
(参考例A)
酸化剤としてtBu2BQの代わりにTMBQ(テトラメチルベンゾキノン)を使用したこと以外は、実施例1、比較例1又は比較例2と同様にして、3種の金属錯体ナノシートを作製した。これらの金属錯体ナノシートについて粉末X線回折測定を行ったところ、tBu2BQを用いた場合と同様に、塩基濃度に依存して回折パターンが変化することが示された。また、炭酸ナトリウムが1mMの場合に得られた金属錯体ナノシートは、CuHAB膜-1と同様の傾向を有する回折パターンを示した。
【0099】
(参考例B)
酸化剤としてtBu2BQの代わりにクロラニルを使用したこと以外は、実施例1と同様にして、金属錯体ナノシートを作製した。この金属錯体ナノシートについて粉末X線回折測定を行ったところ、結晶性の低下のためにピークがブロードになる傾向はあるものの、CuHAB膜-1と同様の傾向を有する回折パターンが得られた。
【0100】
参考例Aと参考例Bの結果より、結晶性については酸化力の弱いテトラメチルベンゾキノンを使用して合成した金属錯体ナノシートの方が回折パターンの半値幅が小さく、結晶性が高いことが示された。一方で、テトラメチルベンゾキノンを用いて得られた金属錯体ナノシートにおいては、副生成物のCu2O由来の回折ピークも観測された。
【0101】
(参考例C:酸化剤と金属錯体ナノシートの結晶性との検討)
参考例Aと参考例Bから、強い酸化力を有するクロラニルを用いると金属錯体ナノシートの結晶性が低下する傾向があり、弱い酸化力を有するテトラメチルベンゾキノンを用いると金属錯体ナノシートの結晶性は向上する一方で、Cu2Oが副生成物として形成される傾向があることがわかった。したがって、クロラニルとテトラメチルベンゾキノンの間に位置する酸化力を有する酸化剤を用いることで、Cu2Oの形成を抑制しながら高い結晶性を有する金属錯体ナノシートを合成できることが期待される。また、ベンゾキノン類の酸化剤は、その置換基を変更することにより酸化力を調整することが可能である。そこで、酸化剤として、2,5-ジクロロ-1,4-ベンゾキノン(DCBQ)、2,5-ジメチル1,4-ベンゾキノン(DMBQ)、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)を候補として選定した。下記に、ベンゾキノン系酸化剤の例を示す。下記ベンゾキノン系酸化剤において、左から右に向かって順に酸化力が高くなる。
【0102】
【0103】
以下に示す工程を含む液液二相界面合成法により金属錯体ナノシートを作製した。まず、ヘキサアミノベンゼン三塩酸塩(HAB・3HCl)とNa2CO3を共に1mMずつ含む水溶液5mL上に、酢酸エチル5mLを静かに重ねた。次に、上層としての酢酸エチルに、2mMのビス(2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオナート)銅(Cu(TMHD)2)と3mMのベンゾキノン系酸化剤(DCBQ、DMBQ、MeOBQ、又はTMBQ)を含む酢酸エチル溶液5mLを加え、一晩静置させて反応させた。ただし、MeOBQについては溶解性が低く、飽和溶液として使用した。いずれの合成条件においても酢酸エチル相と水相の界面に黒色のフィルム状物質が形成された。反応後、上層を酢酸エチルにて洗浄した後にエタノールに置換し、続いて、下層の水相を全て抜き取ることで、エタノール液中の金属錯体ナノシートを得た。なお、金属錯体ナノシートのサンプル名を、CuDI-DCBQ、CuDI-DMBQ、CuDI-MeOBQ、又はCuDI-TMBQとそれぞれ称す。
【0104】
得られた金属錯体ナノシートのそれぞれをシリコン基板にドロップキャストし、SPring-8 BL05XUにてGIXS測定をX線波長1.0Åにて実施した。
図10に、CuDI-DCBQ、CuDI-DMBQ、CuDI-MeOBQ及びCuDI-TMBQについて、GIXS測定により得られたそれぞれの回折パターンを示す。CuDI-DCBQ、CuDI-DMBQ、CuDI-MeOBQ及びCuDI-TMBQの回折パターンのピークの半値幅は、クロラニルを用いて作製した金属錯体ナノシートの回折パターンのものよりも小さく、酸化力がクロラニルよりも弱いDCBQ、DMBQ、MeOBQ及びTMBQを用いることで、結晶性が高い金属錯体ナノシートを形成できることがわかった。特に、酸化力が比較的低いMeOBQを用いて合成された試料はテトラメチルベンゾキノンを用いた場合と同程度の高い結晶性を有することが示された。
【0105】
MeOBQの酢酸エチルに対する溶解性が低く、3mMの溶液を得ることが困難であったため、溶媒をジクロロメタンに変更して同内容の実験を行った。また、MeOBQよりも溶解性が高く、酸化力が同等のベンゾキノン類として2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(tBu2BQ)を用いて同様に液液二相界面合成法により金属錯体ナノシートをフィルム状物質として作製した。いずれの酸化剤を用いた場合においても結晶性の高いフィルムを獲得できることをGIXS測定により確認した。
【0106】
(参考例D:酸化剤の濃度の検討)
合成時に導入する酸化剤
tBu
2BQの濃度を1.5mM、3mM、30mMとし、Na
2CO
3濃度100mMの条件にて金属錯体ナノシートを合成し、酸化剤濃度の影響を調査した。
図11に、作製した金属錯体ナノシートのGIXS測定により得られた回折パターンを示す。
図11から、金属錯体ナノシートのいずれも周期性を有しており、いずれの条件においても同様の構造を有することが示された。酸化剤濃度30mMにて合成された試料はCu
2Oに由来する強い散乱パターンが観測された。高い酸化剤濃度においてはCu
2Oが生成される副反応が進行しやすいことが示唆された。
【0107】
(参考例E:アンモニア溶液を用いた金属錯体ナノシートからのCu
2O除去)
Cu
2Oの回折ピークが見られる金属錯体ナノシート(合成条件:
tBu
2BQ;30mM、Na
2CO
3;100mM)のフレークを、アンモニア水溶液(14M、7M、又は1M)或いはアンモニア水/エタノール溶液(7M又は1M)の5種類の溶液に一時間浸漬した。水溶液に浸漬した場合は、表面張力の影響によりフレークの破損が見られた。反応後、フレークを基板上にドロップキャストし、SPring-8 BL05XUにてGIXS測定を行った。
図12に、それぞれの回折パターンを示す。GIXS測定いずれの溶液に浸漬した場合においてもCu
2O由来の回折パターンが消失しており、アンモニア水溶液又はアンモニア水/エタノール溶液によりCu
2Oを除去できることが示された。また、浸漬後も金属錯体ナノシート由来の回折ピークは観測されており、周期構造は維持されていることが示された。
【0108】
上述の検討により、酸化剤として2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(tBu2BQ)、テトラメチルベンゾキノン(テトラメチルベンゾキノン)のような酸化力が比較的弱いものを用いることで、結晶性の高い金属錯体ナノシートを獲得可能であった。tBu2BQを酸化剤として用い、その濃度を変更した場合、形成される金属錯体ナノシートフィルムの結晶性や周期構造に関しては大きな差異は見られなかったが、高濃度条件においてはCu2Oに由来する回折パターンが確認され、副反応が進行しやすいことが示唆された。なお、アンモニア溶液に金属錯体ナノシートフィルムを浸漬することで、金属錯体ナノシートの周期構造を維持しつつ、形成されたCu2Oを除去できることをX線回折法により確認した。
【0109】
(付記)
なお、本開示において、上述の通り、酸化剤としては、標準酸化還元電位がクロラニルの標準酸化還元電位(E1:0.22[V])よりも低い酸化剤を用いることにより、急速な酸化反応の進行を抑制することができ、結晶性に優れた金属錯体ナノシートを効果的に得ることができることが見出された。また、本開示において、上述の通り、酸化剤として、標準酸化還元電位がテトラメチルベンゾキノンの標準酸化還元電位(E1:-0.69[V])よりも高い酸化剤を用いることにより、副生成物(例えばCu2O)の生成を効果的に抑制することができることが見出された。そこで、本実施形態の一態様は、以下の通りに記載することもできる。
【0110】
[付記1]
金属核及び有機配位子が面方向に展開するように配位している金属有機構造体層を含む金属錯体ナノシートを製造する方法であって、
金属核の供給源としての金属化合物及び第1の溶媒を少なくとも含む第1の溶液を用意する工程、
有機配位子若しくはその塩及び第2の溶媒を少なくとも含む第2の溶液を用意する工程、及び
第1の溶液を含む相と第2の溶液を含む相の二相を形成し、該二相の界面に金属錯体ナノシートを形成させる工程
を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに塩基剤を含み、
第1の溶液及び第2の溶液の少なくとも一方は、さらに酸化剤を含み、及び
酸化剤の標準酸化還元電位が、クロラニルの標準酸化還元電位(E
1:0.22[V])よりも低く、且つテトラメチルベンゾキノンの標準酸化還元電位(E
1:-0.69[V])よりも高く、
金属有機構造体層は、下記式(X):
【化16】
(式(X)において、Mは、それぞれ独立して、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
6は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、方法。
[付記2]
第1の溶液が酸化剤をさらに含み、第2の溶液が塩基剤をさらに含む、付記1に記載の製造方法。
[付記3]
酸化剤が、2,5-ジクロロ-1,4-ベンゾキノン(DCBQ)、2,5-ジメチル1,4-ベンゾキノン(DMBQ)、2,5-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン(MeOBQ)、2,5-ジ-tert-ブチル-1,4-ベンゾキノン(
tBu
2BQ)、及びテトラメチルベンゾキノン(TMBQ)からなる群から選択される少なくとも1種である、付記1又は2に記載の製造方法。
[付記4]
酸化剤の第1の溶液又は第2の溶液中の含有量が、30mM以下、好ましくは20mM以下、好ましくは10mM以下である、付記1~3のいずれか1つに記載の製造方法。
[付記5]
金属有機構造体層は、下記式(Y):
【化17】
(式(Y)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
12は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、付記1~4のいずれか1つに記載の製造方法。
[付記6]
金属有機構造体層は、下記式(Z):
【化18】
(式(Z)において、Mは、Cu、Ni及びCoからなる群から選択される少なくとも1種であり、X
1~X
36は、それぞれ独立して、-NH-又は-NH
2-であり、破線は、他の構成単位中の配位基への結合を示す)
で表される構造単位が面方向に展開している領域を含む、付記1~5のいずれか1つに記載の製造方法。
【0111】
本明細書中に記載した数値範囲の上限値及び/又は下限値は、それぞれ任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができる。例えば、数値範囲の上限値及び下限値を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができ、数値範囲の上限値同士を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができ、また、数値範囲の下限値同士を任意に組み合わせて好ましい範囲を規定することができる。
【0112】
この記載した開示に続く特許請求の範囲は、本明細書においてこの記載した開示に明示的に組み込まれ、各請求項は個別の実施形態として独立している。本開示は独立請求項をその従属請求項によって置き換えたもの全てを含む。さらに、独立請求項及びそれに続く従属請求項から誘導される追加的な実施形態も、この記載した明細書に明示的に組み込まれる。
【0113】
当業者であれば本開示を最大限に利用するために上記の説明を用いることができる。本明細書に開示した特許請求の範囲及び実施形態は、単に説明的及び例示的なものであり、いかなる意味でも本開示の範囲を限定しないと解釈すべきである。本開示の助けを借りて、本開示の基本原理から逸脱することなく上記の実施形態の詳細に変更を加えることができる。換言すれば、上記の明細書に具体的に開示した実施形態の種々の改変及び改善は、本開示の範囲内である。
【0114】
以上、本実施形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本開示に含まれるものである。