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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023159041
(43)【公開日】2023-10-31
(54)【発明の名称】始原生殖細胞の保存方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 1/02 20060101AFI20231024BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20231024BHJP
   C12N 5/075 20100101ALI20231024BHJP
【FI】
A01N1/02
C12N5/02
C12N5/075
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065472
(22)【出願日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2022069033
(32)【優先日】2022-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中島 友紀
(72)【発明者】
【氏名】田上 貴寛
【テーマコード(参考)】
4B065
4H011
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BD09
4B065BD12
4H011BB03
4H011BB06
4H011BB07
4H011CA04
4H011CA05
4H011CB01
4H011CD02
4H011CD06
(57)【要約】
【課題】本発明は、煩雑な操作又は特殊な機械を必要とすることなく、簡便且つ安価な手段で機能性を維持した始原生殖細胞を凍結保存する手段を提供する。
【解決手段】本発明の一態様は、Hamburger及びHamiltonの発生ステージ16(HH16)相当以降の鳥類の胚から始原生殖細胞を含む組織又は臓器を得る、組織又は臓器取得工程;得られた組織又は臓器を、1種以上の水混和性有機溶媒を含む凍結保護溶液に浸漬し、-0.1~-5℃/分の冷却速度で-50℃以下に冷却し、組織又は臓器を凍結させる、組織又は臓器凍結工程を含む、始原生殖細胞の保存方法に関する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Hamburger及びHamiltonの発生ステージ16(HH16)相当以降の鳥類の胚から始原生殖細胞を含む組織又は臓器を得る、組織又は臓器取得工程;
得られた組織又は臓器を、1種以上の水混和性有機溶媒を含む凍結保護溶液に浸漬し、-0.1~-5℃/分の冷却速度で-50℃以下に冷却し、組織又は臓器を凍結させる、組織又は臓器凍結工程;
を含む、始原生殖細胞の保存方法。
【請求項2】
鳥類が、ニワトリ、ウズラ、七面鳥及びアヒルからなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
鳥類が、ニワトリである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
組織又は臓器取得工程で用いる胚が、Hamburger及びHamiltonの発生ステージ31(HH31)相当以降の胚である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
凍結保護溶液が、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、メチルアセトアミド、ジメチルアセトアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール及びグリセロールからなる群より選択される1種以上の水混和性有機溶媒を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
凍結保護溶液が、ジメチルスルホキシドを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
凍結保護溶液が、血清を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
組織又は臓器凍結工程において、浸漬した組織又は臓器を-1℃/分の冷却速度で冷却する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
組織又は臓器凍結工程において、浸漬した組織又は臓器を-80℃以下に冷却する、請求項1に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、始原生殖細胞の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安定的な地鶏生産を含む家禽生産のためには、種鶏となる家禽を安定的に維持する必要がある。しかしながら、生体でしか種鶏を維持していない現状では、鳥インフルエンザをはじめとした感染症及び/又は災害により、一度に多数の家禽を失う可能性がある。このため、地鶏の種鶏を保有する都道府県では、遺伝資源の保存技術への関心が年々高まっている。それ故、地鶏生産の種鶏となる品種又は系統の遺伝資源を半永久的に保存する技術が必要になってきた。
【0003】
遺伝資源の半永久的な保存には、精子、卵子、及び受精卵(胚)の凍結保存技術が開発されている。これらの技術は、ウシ等の家畜及びマウス等の実験動物だけでなく、ヒトも含む様々な哺乳類で実用化されている。しかしながら、家禽等の鳥類については、硬い卵殻に包まれた大きな卵を持つため、構造的及び生理学的に、哺乳類で実用化されている卵子及び受精卵の保存技術をそのまま応用することは困難である。
【0004】
そこで、卵及び精子の源である始原生殖細胞(以下、「PGC」とも記載する)を利用した凍結保存技術が開発された。
【0005】
例えば、非特許文献1は、ニワトリ7日胚及び9日胚の生殖巣を分解して得られた、PGCを含む細胞懸濁液を凍結保存した家禽PGCの凍結保存技術を記載する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、緩慢凍結法が使用されている。
【0006】
非特許文献2は、ニワトリ7日胚の生殖巣から酵素処理をせずにPGCを分離し、凍結保存したPGCの凍結保存技術を記載する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、緩慢凍結法が使用されている。
【0007】
特許文献1は、非ヒト哺乳動物の雌個体から少なくとも卵巣を含む生殖組織を摘出し、これを15~0℃で保持した後にガラス化法により凍結することを特徴とする非ヒト哺乳動物生殖組織の凍結保存方法を記載する。当該文献に記載の方法では、生殖細胞を含む卵巣を組織単位で凍結保存する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、ガラス化法が使用されている。
【0008】
特許文献2は、鳥類の胚から分離した始原生殖細胞または減数分裂前の生殖細胞を凍結保護物質を含有する凍結用培地に浮遊させた後、凍結、保存することを特徴とする始原生殖細胞および生殖細胞の凍結保存法を記載する。当該文献に記載の方法において、ニワトリでは、PGCは2日までは生殖三日月環、2日~2.5日胚からは血液中、4日~10日胚は生殖腺原基又は生殖腺(生殖巣)の組織を、トリプシンのような酵素処理、ピペッティング及び遠心操作することによって細胞を分離し、得られた細胞を凍結する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、緩慢凍結法が使用されている。
【0009】
非特許文献3は、ニワトリ6日胚の生殖隆起(生殖巣)を酵素処理により分解して分離した生殖細胞を含む細胞懸濁液を凍結保存したニワトリ胚生殖細胞の凍結保存技術を記載する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、緩慢凍結法が使用されている。
【0010】
PGCを利用した凍結保存技術は、家禽等の哺乳動物以外の動物においても開発された。例えば、非特許文献4は、カイコ幼虫の卵巣の凍結保存技術を記載する。非特許文献5は、テントウムシの卵巣移植及び卵巣の凍結保存技術を記載する。当該文献に記載の方法では、幼虫から卵巣を採取し、卵巣に凍結保護溶液を加えて凍結保存する。当該文献に記載の方法において、凍結法としては、緩慢凍結法が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003-284546号公報
【特許文献2】特開平8-127501号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Production of germ-line chimeras by the transfer of cryopreserved gonadal germ cells collected from 7- and 9-day-old chick embryos, Animal Science Journal 第75巻, 2004年, p. 85-88
【非特許文献2】Developmental potential of cryopreserved gonadal germ cells from 7-day-old chick embryos recovered using the PBS(-) method, British Poultry Science, 2022年. DOI:10.1080/00071668.2021.1960952
【非特許文献3】地鶏や野鶏等の貴重家禽から分離した始原生殖細胞(PGCs)の凍結保存の試み, 日本家禽学会誌 48, 2011, J6-J13
【非特許文献4】カイコの生殖細胞の凍結保存法マニュアル(Ver. 2014), 蚕糸・昆虫バイオテック 83(3), 2014, 255-272
【非特許文献5】A method for cryopreservation of ovaries of the ladybird beetle, Harmonia axyridis, Journal of Insect Biotechnology and Sericology, 2018年, 第87巻, p. 35-44
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前記の通り、鳥類、哺乳動物及び昆虫のPGCの凍結保存方法が知られている。しかしながら、従来の方法にはいくつかの課題が存在した。例えば、鳥類又は哺乳動物のPGCを凍結保存するための従来の方法は、生殖巣等の組織、臓器又は血液からPGCを分離し、分離したPGCを凍結する工程を必須工程として含む(特許文献2、並びに非特許文献1~3)。このため、PGCを凍結する前に、PGCを分離する工程を実施する必要がある。しかしながら、組織、臓器又は血液からPGCを分離するためには、煩雑な操作又は特殊な機械を必要とする。このため、操作の習得及び機械の導入による時間的及び経済的コストの上昇が問題となった。また、煩雑な操作に起因して、凍結前に細胞を損失する可能性がある。このため、従来の方法では、組織、臓器又は血液から高品質のPGCを多数分離することは困難であった。
【0014】
高等動物の細胞を凍結保存する場合、氷晶の形成による細胞の損傷を避けるため、細胞が均一の状態で凍結されるように、細胞単位で保存することが望ましいと考えられている。このため、従来の方法では、PGCを凍結する前に、PGCを分離する工程を実施する。これまで、組織又は臓器の機能を維持した状態で、組織又は臓器を凍結保存することは実現していなかった。
【0015】
昆虫のPGCの凍結保存方法では、卵巣のような臓器を凍結する方法が知られている(非特許文献4及び5)。しかしながら、鳥類及び哺乳動物等の高等動物の臓器は、構造的及び/又は生理学的に昆虫の臓器とは異なる。このため、昆虫の技術をそのまま高等動物に応用することは困難であると考えられていた。
【0016】
それ故、本発明は、煩雑な操作又は特殊な機械を必要とすることなく、簡便且つ安価な手段で機能性を維持したPGCを凍結保存する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、従来の方法のように生殖巣等の組織又は臓器からPGCを分離した後、凍結保存するのではなく、PGCを含む組織又は臓器を凍結させることにより、高い移住能及び増殖能を維持した状態でPGCを保存し得ることを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき本発明を完成した。
【0018】
すなわち、本発明は、以下の態様及び実施形態を包含する。
(1) Hamburger及びHamiltonの発生ステージ16(HH16)相当以降の鳥類の胚から始原生殖細胞を含む組織又は臓器を得る、組織又は臓器取得工程;
得られた組織又は臓器を、1種以上の水混和性有機溶媒を含む凍結保護溶液に浸漬し、-0.1~-5℃/分の冷却速度で-50℃以下に冷却し、組織又は臓器を凍結させる、組織又は臓器凍結工程;
を含む、始原生殖細胞の保存方法。
(2) 鳥類が、ニワトリ、ウズラ、七面鳥及びアヒルからなる群より選択される、実施形態(1)に記載の方法。
(3) 鳥類が、ニワトリである、実施形態(2)に記載の方法。
(4) 組織又は臓器取得工程で用いる胚が、Hamburger及びHamiltonの発生ステージ31(HH31)相当以降の胚である、実施形態(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 凍結保護溶液が、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、メチルアセトアミド、ジメチルアセトアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール及びグリセロールからなる群より選択される1種以上の水混和性有機溶媒を含む、実施形態(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 凍結保護溶液が、ジメチルスルホキシドを含む、実施形態(5)に記載の方法。
(7) 凍結保護溶液が、血清を含む、実施形態(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8) 組織又は臓器凍結工程において、浸漬した組織又は臓器を-1℃/分の冷却速度で冷却する、実施形態(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9) 組織又は臓器凍結工程において、浸漬した組織又は臓器を-80℃以下に冷却する、実施形態(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、煩雑な操作又は特殊な機械を必要とすることなく、簡便且つ安価な手段で機能性を維持したPGCを凍結保存する手段を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、本発明の一態様に係る始原生殖細胞の保存方法における各工程を示すフローチャートである。
図2図2は、5日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から始原生殖細胞(PGC)を分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、1個の胚から分離可能なPGC数を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、総PGC数である。
図3図3は、7日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から始原生殖細胞(PGC)を分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、1個の胚から分離可能なPGC数を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、総PGC数である。
図4図4は、5日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣からPGCを分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、分離された全ての種類の細胞の総数に対するPGCの数の百分率(純度)を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、PGCの純度(%)である。
図5図5は、7日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣からPGCを分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、分離された全ての種類の細胞の総数に対するPGCの数の百分率(純度)を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、PGCの純度(%)である。
図6図6は、5日胚及び7日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合(対照区)との間で、移植5日後の生殖巣への移住能を比較した結果を示すグラフである。横軸は、処理条件であり、縦軸は、移住能(%)である。
図7図7は、5日胚及び7日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合(対照区)との間で、移植5日後の生殖巣に移住した蛍光陽性PGC数を比較した結果を示すグラフである。横軸は、処理条件であり、縦軸は、生殖巣内に移住した陽性PGC数である。
図8図8は、9日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCについて、各処理条件において1個の胚から分離可能なPGC数を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、総PGC数である。
図9図9は、9日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCについて、各処理条件において分離したPGCの生存率を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、生存率(%)である。
図10図10は、9日胚を用いて、本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCについて、各処理条件において分離したPGCの純度を比較した結果を示すグラフである。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、純度(%)である。
図11図11は、9日胚を用いて、各種処理条件で本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合の移住能を比較した結果を示すグラフである。横軸は、処理条件であり、縦軸は、移住能(%)である。
図12図12は、9日胚を用いて、各種処理条件で本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCを宿主胚に移植した場合の生殖巣に移住した蛍光陽性PGC数を比較した結果を示すグラフである。横軸は、処理条件であり、縦軸は、生殖巣内に移住した陽性PGC数である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<1. 始原生殖細胞の保存方法>
鳥類、哺乳動物及び昆虫の始原生殖細胞(PGC)を凍結保存するための従来の方法には、いくつかの課題が存在した。例えば、鳥類又は哺乳動物のPGCを凍結保存するための従来の方法は、生殖巣等の組織、臓器又は血液からPGCを分離し、分離したPGCを凍結する工程を必須工程として含む(特許文献2、並びに非特許文献1~3)。このため、PGCを凍結する前に、PGCを分離する工程を実施する必要がある。しかしながら、組織、臓器又は血液からPGCを分離するためには、煩雑な操作又は特殊な機械を必要とする。このため、操作の習得及び機械の導入による時間的及び経済的コストの上昇が問題となった。また、煩雑な操作に起因して、凍結前に細胞を損失する可能性がある。このため、従来の方法では、組織、臓器又は血液から高品質のPGCを多数分離することは困難であった。
【0022】
高等動物の細胞を凍結保存する場合、氷晶の形成による細胞の損傷を避けるため、細胞が均一の状態で凍結されるように、細胞単位で保存することが望ましいと考えられている。このため、従来の方法では、PGCを凍結する前に、PGCを分離する工程を実施する。これまで、組織又は臓器の機能を維持した状態で、組織又は臓器を凍結保存することは実現していなかった。
【0023】
昆虫のPGCの凍結保存方法では、卵巣のような臓器を凍結する方法が知られている(非特許文献4及び5)。しかしながら、鳥類及び哺乳動物等の高等動物の臓器は、構造的及び/又は生理学的に昆虫の臓器とは異なる。このため、昆虫の技術をそのまま高等動物に応用することは困難であると考えられていた。
【0024】
本発明者らは、従来の方法のように生殖巣等の組織又は臓器からPGCを分離した後、凍結保存するのではなく、PGCを含む組織又は臓器を凍結させることにより、高い移住能及び増殖能を維持した状態でPGCを保存し得ることを見出した。それ故、本発明の一態様は、PGCの保存方法に関する。
【0025】
本発明の各態様において、始原生殖細胞(PGC)は、卵原細胞及び精原細胞のような生殖細胞の起源となる細胞を意味する。雌の生殖細胞は、PGCから卵原細胞、卵母細胞及び卵子へと分化する。雄の生殖細胞は、PGCから精原細胞、精母細胞、精細胞及び精子へと分化する。機能性を維持したPGCを凍結保存することにより、卵子及び受精卵を凍結保存することが難しい鳥類において、品種又は系統を長期に亘って保存することができる。
【0026】
本態様の方法の一実施形態における各工程を示すフローチャートを図1に示す。図1に示すように、本態様の方法は、組織又は臓器取得工程(S1)及び組織又は臓器凍結工程(S2)を含む。以下、各工程について詳細に説明する。
【0027】
[1-1. 組織又は臓器取得工程]
本態様の方法は、鳥類の胚からPGCを含む組織又は臓器を得る、組織又は臓器取得工程(工程S1)を含む。
【0028】
本発明の各態様において、PGCが移行した後の組織又は臓器を「生殖巣」と記載する場合がある。
【0029】
本発明の各態様において、鳥類は、家禽及び野生鳥類のいずれであってもよく、ニワトリ、ウズラ、七面鳥、アヒル、ホロホロチョウ、クジャク、ダチョウ、ホオアカトキ及びニホンコウノトリからなる群より選択されることが好ましく、ニワトリ、ウズラ、七面鳥及びアヒルからなる群より選択されることがより好ましく、ニワトリであることがさらに好ましい。前記で例示した鳥類の胚を用いて本態様の方法を実施することにより、機能性を維持したPGCを簡便且つ安価に凍結保存することができる。
【0030】
本工程において使用する胚は、雌雄どちらの胚でもよい。本工程において使用する胚は、通常は初期胚、例えばHamburger及びHamiltonの発生ステージ16(HH16)相当以降の胚であり、HH27相当以降の胚又はHH31相当以降の胚であることが好ましく、HH31相当以降の胚であることがより好ましい。本発明の各態様において、「Hamburger及びHamiltonの発生ステージ(HH)」は、Hamburger及びHamiltonによって定義されたニワトリの胚発生段階のステージを意味する(Hamburger V及びHamilton HL. A series of normal stages in the development of the chick embryo. Journal of Morphology, 第88巻, p. 49-92, 1951年)。例えば、ニワトリの場合、HH16以降の胚は孵卵3日目以降の胚に、HH27の胚は5日胚に、HH31の胚は7日胚に、HH35の胚は9日胚に、それぞれ相当する。ニワトリ以外の他の鳥類の胚発生段階も、Hamburger及びHamiltonの定義に基づき、Hamburger及びHamiltonの発生ステージ(HH)相当の胚発生段階として表すことができる。HH16相当未満の胚の場合、十分に分化が進行しておらず、PGCを含む組織又は臓器が形成されていない可能性がある。また、HH31相当以降の胚を超える発生ステージの胚(例えば、HH35相当以降の胚)の場合、分化が進行して組織又は臓器の容量が大きくなり、且つ/或いは組織又は臓器の構造が複雑化しており、該組織又は臓器を凍結保存することが困難な場合がある。それ故、前記生育段階の胚を用いて本態様の方法を実施することにより、機能性を維持したPGCを簡便且つ安価に凍結保存することができる。
【0031】
本工程において、鳥類の胚からPGCを含む組織又は臓器を得る手段は特に限定されない。所定の生育段階の受精卵から、当該技術分野で通常使用されるハサミ、ピンセット及び医療用針等の器具を用いて組織又は臓器を採取すればよい。
【0032】
採取した組織又は臓器は、生理食塩水、緩衝液又は培地で洗浄することが好ましい。生理食塩水は、Ca2+及びMg+2、並びに血清を場合により含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が好ましく、Ca2+及びMg+2を含まないPBSがより好ましい。採取した組織又は臓器を洗浄することにより、中腎組織片及び血球のような夾雑物を除去することができる。これにより、結果として得られるPGCの純度を向上させることができる。
【0033】
前記手順で本工程を実施することにより、生殖巣等の組織、臓器又は血液からPGCを分離し、分離したPGCを凍結する従来の方法と比較して、より短時間で凍結すべき組織又は臓器を得ることができる。それ故、本態様の方法でPGCを凍結保存することにより、従来の方法と比較して、機能性を維持したより多数のPGCを高品質で得ることができる。
【0034】
[1-2. 組織又は臓器凍結工程]
本態様の方法は、前記組織又は臓器取得工程で得られた組織又は臓器を凍結保護溶液に浸漬して冷却し、組織又は臓器を凍結させる、組織又は臓器凍結工程(工程S2)を含む。
【0035】
本工程において使用する凍結保護溶液は、通常は、前記で例示した生理食塩水、緩衝液又は培地に、1種以上の水混和性有機溶媒を含む。凍結保護溶液は、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、メチルアセトアミド、ジメチルアセトアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール及びグリセロールからなる群より選択される1種以上の水混和性有機溶媒を含むことが好ましく、ジメチルスルホキシド又はプロピレングリコールを含むことがより好ましく、ジメチルスルホキシドを含むことがさらに好ましい。水混和性有機溶媒の濃度は、凍結保護溶液の総質量に対して、1~20質量%の範囲であることが好ましく、1~10質量%の範囲であることがより好ましい。水混和性有機溶媒の濃度が前記下限値未満の場合、氷晶の形成を十分に抑制できない可能性がある。水混和性有機溶媒の濃度が前記上限値を超える場合、組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCが生存できない可能性がある。前記で例示した水混和性有機溶媒を含む凍結保護溶液を用いて組織又は臓器を凍結させることにより、氷晶の形成を抑制して組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCの損傷を抑制することができる。
【0036】
本工程において使用する凍結保護溶液は、血清、ポリビニルピロリドン及び多糖類(例えば、トレハロース、ソルビトール及びデキストラン等)等のさらなる成分を含むことが好ましく、前記で例示した水混和性有機溶媒に加えて前記さらなる成分、特に血清をさらに含むことがより好ましい。凍結保護溶液において、血清及びポリビニルピロリドンは、細胞が容器等に付着することを抑制することにより、細胞、特にPGCの収量を向上させることができる。また、多糖類は、細胞膜を保護することにより、細胞、特にPGCの損傷を抑制することができる。前記さらなる成分を含む凍結保護溶液を用いて組織又は臓器を凍結させることにより、機能性を維持したPGCを凍結保存することができる。
【0037】
本工程において使用する凍結保護溶液の浸透圧は、250~450 mOsm/Lの範囲であることが好ましく、260~400 mOsm/Lの範囲であることがより好ましく、260~350 mOsm/Lの範囲であることがさらに好ましく、260~330 mOsm/Lの範囲であることが特に好ましい。本工程において使用する胚が雌の胚である場合、凍結保護溶液の浸透圧は、250~450 mOsm/Lの範囲であることが好ましく、260~400 mOsm/Lの範囲であることがより好ましく、260~350 mOsm/Lの範囲であることがさらに好ましく、260~330 mOsm/Lの範囲であることが特に好ましい。本工程において使用する胚が雄の胚である場合、凍結保護溶液の浸透圧は、250~560 mOsm/Lの範囲であることが好ましく、250~450 mOsm/Lの範囲であることがより好ましく、260~400 mOsm/Lの範囲であることがさらに好ましく、260~350 mOsm/Lの範囲であることがさらにより好ましく、260~330 mOsm/Lの範囲であることが特に好ましい。凍結保護溶液の浸透圧が前記上限値を超える場合、組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCが生存できない可能性がある。前記で例示した範囲の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いて組織又は臓器を凍結させることにより、機能性を維持したPGCを凍結保存することができる。
【0038】
本工程において使用する凍結保護溶液の浸透圧は、例えば、超純水又は塩化ナトリウム水溶液(例えば、0.01~5 M、特に0.1~2 Mの範囲の濃度)を凍結保護溶液に添加することによって調整することができる。
【0039】
本工程において使用する凍結保護溶液の温度は、10℃以下であることが好ましく、1~10℃の範囲であることがより好ましく、1~4℃の範囲であることがさらに好ましく、4℃であることが特に好ましい。凍結保護溶液の温度が前記下限値未満の場合、組織又は臓器を凍結保護溶液に浸漬させた時点で組織又は臓器が急速に冷却され、氷晶が形成される可能性がある。凍結保護溶液の温度が前記上限値を超える場合、凍結保護溶液に含まれる水混和性有機溶媒の細胞毒性の影響が大きくなり、組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCが損傷を受ける可能性がある。また、本態様の方法を実施するために必要となる時間が長くなる可能性がある。前記範囲の温度の凍結保護溶液を用いて本工程を実施することにより、氷晶の形成を抑制して組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCの損傷を抑制することができる。
【0040】
本工程において、凍結保護溶液に浸漬した組織又は臓器を、-0.1~-5℃/分の冷却速度で所定の温度以下に冷却する。本発明の各態様において、「-a℃/分」の冷却速度は、1分間あたりa℃の速度で温度を低下させることを意味する。冷却速度は、-0.1~-2℃/分の範囲であることが好ましく、-0.5~-2℃/分の範囲であることがより好ましく、-0.5~-1℃/分の範囲であることがさらに好ましく、-1℃/分であることが特に好ましい。冷却速度が前記下限値未満の場合、本態様の方法を実施するために必要となる時間が長くなる可能性がある。冷却速度が前記上限値を超える場合、氷晶が形成される可能性がある。前記で例示した冷却速度で組織又は臓器を冷却し凍結させることにより、氷晶の形成を抑制して組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCの損傷を抑制することができる。
【0041】
当該技術分野において、前記で例示した範囲の冷却速度で対象物を冷却し凍結させる方法は、「緩慢凍結法」と称される。これに対し、液体又は気体の対象物を結晶化させず、急激にガラス転移温度以下まで冷却し固体化(ガラス化)させる方法は、「ガラス化法」と称される。一般に、緩慢凍結法の場合、ガラス化法と比較して氷晶が形成される可能性が高いと考えられる。しかしながら、本態様の方法の場合、組織又は臓器を凍結保護溶液に浸漬することにより、緩慢凍結法であっても、氷晶の形成を抑制して組織又は臓器に含まれる細胞、特にPGCの損傷を抑制することができる。
【0042】
本工程において、凍結保護溶液に浸漬した組織又は臓器を、前記で例示した冷却速度で-50℃以下に冷却する。組織又は臓器の冷却温度は、-80℃以下であることが好ましく、液体窒素の気化温度(すなわち、-196℃)以下であることがより好ましく、-80℃又は液体窒素の気化温度(すなわち、-196℃)であることがさらに好ましい。組織又は臓器の冷却温度が前記上限値を超える場合、凍結保存中にPGCの機能性が低下する可能性がある。前記上限値以下の温度に組織又は臓器を冷却し凍結させることにより、機能性を維持したPGCを長期に亘って凍結保存することができる。
【0043】
本工程において、所定の温度まで冷却し凍結させた組織又は臓器は、凍結保護溶液に浸漬したそのままの状態で凍結保存すればよい。
【0044】
前記で説明した条件で本態様の方法を実施することにより、機能性を維持した高品質のPGCを長期に亘って凍結保存することができる。
【0045】
本発明の各態様において、PGCの品質は、限定するものではないが、例えば、以下の手順で凍結保存後のPGCの細胞数及び純度を測定することにより、評価することができる。本態様の方法によって所定の期間に亘って凍結保存したPGCを含む組織又は臓器を、急速に融解する。融解した組織又は臓器を生理食塩水、緩衝液又は培地(好ましくは、生理食塩水、又はCa2+及びMg+2を含まないPBS)に浸漬し、ピペッティングによって細胞懸濁液を調製する。細胞懸濁液を指示薬(例えば、トリパンブルー)で染色して、分離された生存PGC数、死滅PGC数、及び体細胞数をそれぞれ測定する。測定値に基づき、分離されたPGCの総数に対する生存PGC数の百分率(生存率)、及び分離された全ての種類の細胞の総数に対するPGCの数の百分率(純度)を算出する。
【0046】
本発明の各態様において、PGCの機能性は、限定するものではないが、例えば、以下の手順で凍結保存後のPGCの移住能及び増殖能を測定することにより、評価することができる。本態様の方法によって所定の期間に亘って凍結保存したPGCを含む組織又は臓器を、急速に融解する。融解した組織又は臓器を生理食塩水、緩衝液又は培地(好ましくは、生理食塩水、又はCa2+及びMg+2を含まないPBS)に浸漬し、ピペッティングによって細胞懸濁液を調製する。細胞懸濁液に含まれる所定の個数のPGCを、宿主胚の血管内に移植する。移植から所定期間後、宿主の組織又は臓器を取り出す。組織又は臓器に存在する移植したPGC数を測定することにより、宿主胚組織又は臓器への移住能の有無及び移植したPGC数に対する増殖率を算出する。このとき、例えば、凍結保存するPGCを採取する鳥類に予め蛍光タンパク質をコードする遺伝子のようなマーカー遺伝子を導入しておくことにより、該マーカー遺伝子の発現を指標に移植したPGCを判別することができる。
【0047】
或いは、前記手順でPGCを移植した宿主胚を孵化及び育成する。性成熟したPGC移植胚由来の個体を、反対の性の野生型の個体と交配する。得られた受精卵を孵卵し、孵卵5日から8日目の胚を観察し、胚における蛍光標識の有無を確認する。
【0048】
<2. 始原生殖細胞の保存装置>
本発明の別の一態様は、始原生殖細胞の保存装置に関する。
【0049】
本態様の装置は、鳥類の胚からPGCを含む組織又は臓器を得る、組織又は臓器取得手段、及び前記組織又は臓器取得手段で得られた組織又は臓器を凍結保護溶液に浸漬して冷却し、組織又は臓器を凍結させる、組織又は臓器凍結手段を含む。前記構成を有する本態様の装置を使用してPGCを凍結保存することにより、従来の装置と比較して、機能性を維持した高品質のPGCを多数得ることができる。
【0050】
組織又は臓器取得手段は、鳥類の胚からPGCを含む組織又は臓器を採取するための器具、及び得られた組織又は臓器を収容するための容器を含むことが好ましい。前記器具としては、当該技術分野で通常使用されるハサミ、ピンセット及び医療用針等の器具を挙げることができる。また、前記容器としては、ガラス又はプラスチック製のシャーレ及び凍結チューブ等を挙げることができる。凍結チューブを前記容器として使用する場合、以下において説明する組織又は臓器凍結手段に含まれる凍結容器としてそのまま使用してもよい。
【0051】
組織又は臓器凍結手段は、組織又は臓器及び凍結保護溶液を収容するための凍結容器、凍結容器を冷却するための冷却槽、及び冷却及び凍結させた組織又は臓器を所定の温度で保存する冷凍庫を含むことが好ましい。前記凍結容器としては、プラスチック製の凍結チューブを挙げることができる。冷却槽は、所定の冷却速度で凍結容器及びその収容物を冷却するための温度調節機構を有することが好ましい。温度調節機構としては、プログラム機能を有する冷却器、及び所定の冷却速度で凍結容器及びその収容物を冷却できるように設計された緩助材を挙げることができる。プログラム機能を有する冷却器を温度調節機構として使用することにより、任意の冷却速度で組織又は臓器を冷却し凍結させることができる。また、緩助材を温度調節機構として使用することにより、所定の冷却速度を維持しつつ、より簡便に組織又は臓器を冷却し凍結させることができる。前記冷凍庫としては、液体窒素による細胞凍結保存容器、及び極低温フリーザーを挙げることができる。
【0052】
<3. 始原生殖細胞の保存用キット>
本発明の別の一態様は、始原生殖細胞の保存用キットに関する。
【0053】
本態様のキットは、組織又は臓器を凍結させるための凍結保護溶液、及び指示書を少なくとも含む。
【0054】
本態様のキットに含まれる凍結保護溶液は、前記で説明した特徴を有する。
【0055】
本態様のキットに含まれる指示書は、凍結保護溶液を用いて組織又は臓器を冷却及び凍結させる手順を説明するものである。指示書は、通常は、前記で説明した本発明の一態様の方法における各工程の手順を説明する。
【0056】
以上、詳細に説明したように、本発明の一態様の始原生殖細胞の保存方法を実施することにより、長期に亘る凍結保存後であっても、機能性を維持したより多数の始原生殖細胞を高品質で得ることができる。それ故、本発明の一態様の方法により、地鶏等の品種又は系統、及び野生鳥類を含む種々の鳥類の遺伝資源を安定的に長期に亘って保存する手段を提供することができるだけでなく、家禽産業に甚大な被害をもたらす鳥インフルエンザ等の感染症、並びに/又は水害及び地震等の大規模災害に対して、鳥類の遺伝資源の損失を予防するための手段を提供することができる。また、ニワトリ及びウズラ等は、実験動物としても利用されていることから、本発明の一態様の方法により、これらの実験動物を用いて作製されたトランスジェニック動物又はゲノム編集動物を安定的に長期に亘って保存する手段を提供することができる。
【実施例0057】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0058】
<I:材料及び方法>
[I-1:ニワトリの胚]
蛍光タンパク質をコードする遺伝子を導入したニワトリの受精卵を孵卵し、孵卵後5日目、7日目及び9日目の胚を供試した。いずれの場合も、雄3個体、雌3個体、計6個体で行った。
【0059】
[I-2:始原生殖細胞の保存(1)]
蛍光陽性を示す雌雄の5日胚及び7日胚から、PGCを含む組織又は臓器である生殖巣を採取した。生殖巣を、50 μlのCa2+及びMg+2を含まないリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄して、中腎組織片及び血球を取り除いた(組織又は臓器取得工程)。洗浄した生殖巣を、プラスチック製の凍結チューブ内で4℃に冷却した200 μlの凍結保護溶液に浸漬した。この凍結チューブを、緩助材を有する冷却槽(ミスターフロスティー凍結処理容器、Nalgene製)に入れ、-1℃/分の冷却速度で-80℃以下に冷却した(組織又は臓器凍結工程)。冷却した生殖巣を、-196℃の液体窒素を充填した細胞凍結保存容器内にて1か月以上保存した。凍結保護溶液としては、(1)血清及び10%ジメチルスルホキシド(DMSO)添加、(2)血清添加なし、10%DMSO添加、又は(3)血清添加なし、10%プロピレングリコール(PG)添加の3種類を用いて比較した。
【0060】
前記手順で保存した生殖巣を、凍結チューブに封入した状態で37℃のウォーターバス内に入れ、急速に融解した。融解後の生殖巣を、直ちに50 μlのPBSで2回洗浄した。洗浄した生殖巣を、200 μlのPBSに浸漬し、37℃、3時間インキュベーションした。前記操作は、凍結していない生殖巣から生殖巣に存在する始原生殖細胞(PGC)を分離するための操作と同様である。生殖巣を浸漬させたPBSをゆっくりとピペッティングして、細胞懸濁液を得た。得られた細胞懸濁液10 μlを、トリパンブルーで染色した。生殖巣から分離されたPGC数及び体細胞数をそれぞれ測定した。
【0061】
対照区として、従来の方法と同様の手順で生殖巣からPGCを採取し、得られたPGCを凍結保存した。具体的には、生殖巣を、200 μlのPBSに浸漬し、37℃、3時間インキュベーションした。生殖巣を浸漬させたPBSをゆっくりとピペッティングして、細胞懸濁液を得た。前記と同様の手順で、得られた細胞懸濁液に含まれるPGC数を測定した。分離したPGCを、前記と同様の3種類の凍結保護溶液に浸漬し、同様に保存、融解し、それぞれの細胞数を測定した。
【0062】
[I-3:始原生殖細胞の機能性評価(1)]
分離したPGCの生体内における移住能及び増殖能を解析するため、前記手順でそれぞれの胚から分離したPGC50個を、宿主胚である野生型の白色レグホーン(WL)2.5日胚の血管内に移植した。移植5日後、WLの生殖巣を取り出した。生殖巣に存在する蛍光陽性PGC数を測定することにより、宿主胚生殖巣への移住能の有無及び移植したPGC数に対する増殖率を算出した。
【0063】
[I-4:始原生殖細胞の機能性評価(2)]
I-2に記載の手順で7日胚から分離したPGC200個を、宿主胚である野生型のWL 2.5日胚の血管内に移植した。移植した宿主胚を孵化及び育成した。性成熟したPGC移植胚由来の雌雄2個体のニワトリを、反対の性の野生型個体のニワトリと交配した。それぞれの交配親の組み合わせから得られた受精卵を孵卵し、孵卵5日から8日目の胚を得た。得られた胚を観察し、移植したPGC由来の蛍光陽性を示す胚の有無を確認した。
【0064】
[I-5:始原生殖細胞の保存(2)]
蛍光陽性を示す雌雄の9日胚から、PGCを含む生殖巣を採取した。採取した生殖巣に対して、I-2に記載の手順で組織又は臓器取得工程、及び組織又は臓器凍結工程を実施して、冷却した生殖巣を得た。冷却した生殖巣を、-196℃の液体窒素を充填した細胞凍結保存容器内にて1か月以上保存した。凍結保護溶液としては、浸透圧を260、330、400又は560 mOsm/Lに調整したDMEM培地(10%血清及び10%DMSO添加)を用いた。凍結保護溶液の浸透圧は、超純水又は1 M塩化ナトリウム水溶液を用いて調整した。
【0065】
保存した生殖巣を、凍結チューブに封入した状態で37℃のウォーターバス内に入れ、急速に融解した。融解後の生殖巣を、直ちに30 μlのPBSで2回洗浄した。洗浄した生殖巣を、200 μlのPBSに浸漬し、37℃、2時間インキュベーションした。生殖巣を浸漬させたPBSをゆっくりとピペッティングして、細胞懸濁液を得た。得られた細胞懸濁液10 μlを、トリパンブルーで染色した。生殖巣から分離されたPGC数、生存PGC数、死亡PGC数及び体細胞数をそれぞれ測定した。
【0066】
[I-6:始原生殖細胞の機能性評価(3)]
I-5に記載の手順で9日胚から分離したPGC50個を、宿主胚である野生型のWL 2.5日胚の血管内に移植した。移植5日後、WLの生殖巣を取り出した。生殖巣に存在する蛍光陽性PGC数を測定することにより、宿主胚生殖巣への移住能の有無及び移植したPGC数に対する増殖率を算出した。
【0067】
<II:結果>
[II-1:凍結生殖巣からのPGC分離(1)]
I-2に記載の手順で本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣からPGCを分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、1個の胚から分離可能なPGC数を比較した。結果を図2及び3に示す。図2は、5日胚からPGCを得た場合の結果であり、図3は、7日胚からPGCを得た場合の結果である。各図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、総PGC数である。
【0068】
図2に示すように、5日胚の試験では、対照区及び(1)の凍結保護溶液を用いた場合と比較して、(2)又は(3)の凍結保護溶液を用いた場合に多くのPGCを分離することができたものの、各処理条件の間で有意な差は認められなかった(P>0.05)。図3に示すように、7日胚の試験では、(1)の凍結保護溶液を用いた場合に、対照区と同等のPGCを分離することができた。(1)の凍結保護溶液を用いた場合、(2)又は(3)の凍結保護溶液を用いた場合と比較して、有意に多くのPGCを分離することができた(P<0.05)。
【0069】
本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣からPGCを分離した場合と、従来の方法によって凍結保存を行う前に生殖巣からPGCを分離した場合(対照区)との間で、分離された全ての種類の細胞の総数に対するPGCの数の百分率(純度)を比較した。結果を図4及び5に示す。図4は、5日胚からPGCを得た場合の結果であり、図5は、7日胚からPGCを得た場合の結果である。各図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、PGCの純度(%)である。
【0070】
図4に示すように、5日胚の試験では、本発明の方法によって分離したPGCは、(1)~(3)のいずれの凍結保護溶液を用いた場合であっても、従来の方法によって分離した対照区のPGCと比較して高い純度を示したものの、有意な差は認められなかった(P>0.05)。他方、図5に示すように、7日胚の試験では、本発明の方法及び従来の方法のいずれにおいても、(1)の凍結保護溶液を用いた場合、(2)又は(3)の凍結保護溶液を用いた場合と比較して、有意に高い純度を示した(P<0.05)。以上の結果より、本発明の方法において、(1)の凍結保護溶液を用いて7日胚からPGCを分離することにより、1個の胚からより多くのPGCを得られることが示された。
【0071】
[II-2:凍結生殖巣から分離したPGCにおける宿主胚生殖巣への移住能及び増殖能の解析(1)]
本発明の方法の凍結保存条件におけるPGCの生理的機能を明らかにするために、I-3に記載の手順でそれぞれの胚から分離したPGCを宿主胚に移植し、移植5日後の生殖巣への移住能及び増殖能を解析した。結果を図6及び7に示す。図6は、5日胚又は7日胚から分離したPGCを移植した場合の移住能である。横軸は、処理条件であり、縦軸は、移住能(%)である。図7は、5日胚又は7日胚から分離したPGCを移植した生殖巣に移住した蛍光陽性PGC数である。横軸は、処理条件であり、縦軸は、生殖巣内に移住した陽性PGC数である。
【0072】
図6に示すように、本発明の方法において、(1)の凍結保護溶液を用いた場合、5日胚及び7日胚から分離したPGCは、それぞれ81.8%及び90.9%の移住能を示した。これらの結果は、いずれも対照区の結果とほぼ同程度の高い移住能であった。これに対し、本発明の方法において、(2)の凍結保護溶液を用いた場合、5日胚及び7日胚から分離したPGCは、いずれも50%の移住能を示したが、(3)の凍結保護溶液を用いた場合、5日胚及び7日胚から分離したPGCは、いずれも移住能を示さなかった。
【0073】
図7に示すように、本発明の方法において、(1)又は(2)の凍結保護溶液を用いた場合、5日胚から分離したPGCを移植した生殖巣内の陽性PGC数は、対照区と比較して少なかったのに対し、7日胚から分離したPGCを移植した生殖巣内の陽性PGC数は、対照区と比較して多かった。宿主胚生殖巣に移植したPGC数に対する陽性PGC数の百分率として算出される増殖率は、7日胚から分離したPGCを移植した場合、本発明の方法において、(1)又は(2)の凍結保護溶液を用いた場合、それぞれ1.7倍又は1倍であり、対照区(それぞれ0.7倍又は0.1倍)と比較して有意に高くなった(P<0.05)。
【0074】
[II-3:凍結生殖巣から分離したPGCの生理的機能の解析]
I-4に記載の手順において、PGC移植胚由来の雄のニワトリ個体(宿主1及び2)と野生型の雌のニワトリ個体との交配親の組み合わせから得られた受精卵を孵卵して得た胚の観察結果を表1に示す。表1に示すように、PGC移植胚由来のニワトリ個体を野生型のニワトリ個体と交配して得られた胚の2.86%及び2.56%が、移植したPGCに由来する蛍光陽性胚であった。また、蛍光陽性胚は、正常な形態を有していた。この結果から、本発明の方法により、正常な生理的機能を保持したPGCを凍結保存できることが示された。
【0075】
【表1】
【0076】
[II-4:凍結生殖巣からのPGC分離(2)]
I-2に記載の手順で本発明の方法によって生殖巣を凍結保存した後、融解した生殖巣から分離したPGCについて、1個の胚から分離可能なPGC数、分離したPGCの総数に対する生存PGCの数の百分率(生存率)、及び純度を比較した。各処理条件において1個の胚から分離可能なPGC数を比較した結果を図8に示す。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、総PGC数である。各処理条件において分離したPGCの生存率を比較した結果を図9に示す。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、生存率(%)である。各処理条件において分離したPGCの純度を比較した結果を図10に示す。図中、横軸は、処理条件であり、縦軸は、純度(%)である。
【0077】
図8に示すように、雌の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合を除き、40,000個以上のPGCを分離することができた。雄の場合、雌の場合と比較して総PGC数は少なかった。しかしながら、雌雄いずれの場合も、浸透圧を調整しない凍結保護溶液を用いた場合(II-1)と比較して、より多くのPGCを分離することができた(図2及び3)。この結果及びII-1に示す結果から、所定の範囲の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いることで、より多くのPGCを分離可能であることが明らかとなった。
【0078】
図9に示すように、雌雄いずれの場合も、330 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に28%の生存率であった。雄の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に35%の生存率であったが、それ以外の場合は、20%の生存率に満たなかった。
【0079】
図10に示すように、雌の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合を除き、55%以上の純度であった。浸透圧を調整しない凍結保護溶液を用いた場合(II-1)と比較しても高い純度であり、且つ従来の方法を用いた対照区と比較しても高い純度であった(図4及び5)。
【0080】
以上の結果より、生殖巣を採取する個体の雌雄によって、凍結保護溶液の浸透圧の好ましい範囲が異なる可能性があることが示唆された。例えば、雌の場合、生理的な浸透圧である330 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に、高い生存率及び純度でPGCを得られることが示された。一方、雄の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に、多くの生存PGCが得られることが示された。
【0081】
[II-5:凍結生殖巣から分離したPGCにおける宿主胚生殖巣への移住能及び増殖能の解析(2)]
I-5に記載の手順でそれぞれの胚から分離したPGCを宿主胚に移植し、移植5日後の生殖巣への移住能及び増殖能を解析した。結果を図11及び12に示す。図11は、各種処理条件で9日胚から分離したPGCを移植した場合の移住能である。横軸は、処理条件であり、縦軸は、移住能(%)である。図12は、各種処理条件で9日胚から分離したPGCを移植した生殖巣に移住した蛍光陽性PGC数である。横軸は、処理条件であり、縦軸は、生殖巣内に移住した陽性PGC数である。
【0082】
図11に示すように、雌の場合、330 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に、最も高い移住能(100%)を示し、他の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合には、50~67%の移住能に留まった。雄の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合を除き、いずれも100%の移住能を示した。
【0083】
図12に示すように、雌の場合、9日胚から分離したPGCを移植した生殖巣内の陽性PGC数は、330 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に50.3±47.9個と最も多く、その他の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合には10個に満たなかった。雄の場合、560 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合を除き、いずれも16.5~32個程度であり、凍結保護溶液の浸透圧による差は認められなかった。
【0084】
以上の結果より、生殖巣を採取する個体の雌雄によって、凍結保護溶液の浸透圧の好ましい範囲が異なる可能性があることが示唆された。例えば、雌の場合、生理的な浸透圧である330 mOsm/Lの浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に、生理的機能を維持したPGCを高い生存率及び純度で得られることが示された。一方、雄の場合、260~330 mOsm/Lの範囲の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いた場合に、生理的機能を維持したPGCを高い生存率及び純度で得られることが示された。
【0085】
以上の結果より、本発明の方法を用いることにより、移住能及び/又は増殖能を維持したPGCを、凍結保存した組織又は臓器である生殖巣から分離することが可能であることが明らかになった。(1)~(3)の凍結保護溶液を比較した結果、5日胚又は7日胚では、DMSO及び血清を含む(1)の凍結保護溶液が最も効果的であることが示唆された。また、7日胚に対して本発明の方法を用いる場合、従来の方法(対照区)と比較して高い増殖能を維持している可能性が示された。さらに、生理的な範囲(例えば、260~330 mOsm/Lの範囲の浸透圧に調整した凍結保護溶液を用いて9日胚に対して本発明の方法を用いる場合、生理的機能を維持したPGCを高い生存率及び純度で得られることが示された。これらの結果から、本研究により、7日胚又は9日胚に対して本発明の方法を用いることにより、従来の方法と比較して短時間且つ簡便に遺伝資源を保存できることが示された。
【0086】
なお、本発明は、前記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施例は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加、削除及び/又は置換をすることが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12