(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023159758
(43)【公開日】2023-11-01
(54)【発明の名称】遺伝子組換え大腸菌を用いたタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/02 20060101AFI20231025BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20231025BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231025BHJP
【FI】
C12P21/02 C ZNA
C07K14/47
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022069666
(22)【出願日】2022-04-20
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】栗原 桃
(72)【発明者】
【氏名】大江 正剛
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA19
4B064CC24
4B064CD11
4B064DA01
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌を用いた前記タンパク質の製造において、前記大腸菌の培養に用いる培地を最適化し、前記タンパク質を効率的に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 遺伝子組換え大腸菌に含まれるナトリウム濃度を測定し、前記測定したナトリウム濃度と同等な濃度となるようナトリウムを添加した培地で前記大腸菌を培養することで、前記課題を解決する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌の培養工程と、得られた培養物中に含まれる前記大腸菌が発現した組換えタンパク質の回収工程とを含む、組換えタンパク質の製造方法であって、
前記培養工程を、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度を測定する工程と、前記測定したナトリウム濃度と同等な濃度となるようナトリウムを添加した培地で前記大腸菌を培養する工程とを少なくとも含む方法で行なう、前記製造方法。
【請求項2】
培養工程が、遺伝子組換え大腸菌の菌体濃度が一定濃度に達した時点で誘導剤を添加する工程をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
一定濃度が600nmの吸光度で70以上120以下であり、誘導剤が添加後の終濃度で0.04mmol/L以上4mmol/L以下のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシドである、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
遺伝子組換え大腸菌を培養する工程を、炭素源および窒素源を含む流加液を培養途中に流加する、流加培養で実施し、かつ培養開始時の培地ならびに前記流加液に含まれる炭素源および窒素源が、それぞれ以下に示す態様である、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法;
[培養開始時の培地]炭素源:20g/L以下のグルコース、窒素源:80g/L以下の酵母エキス
[流加液]炭素源:300g/L以上900g/L以下のグルコース、窒素源:100g/L以上500g/L以下の酵母エキス。
【請求項5】
組換えタンパク質がアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質である、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、請求項5に記載の製造方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【請求項7】
組換えタンパク質がアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項8】
AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、請求項7に記載の製造方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌を用いた前記タンパク質の製造方法に関する。特に本発明は、前記大腸菌の培養に用いる培地を最適化することで、前記タンパク質を効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え大腸菌を利用した組換えタンパク質の製造は、特許文献1をはじめとし、これまでにも多くの例が報告されている。大腸菌には炭素、窒素の他に、多種の無機元素を含むことが知られている。そのため遺伝子組換え大腸菌から組換えタンパク質を効率的に発現させるには、前記大腸菌の培養に用いる培地に、炭素源や窒素源のみならず、無機塩などの無機元素も添加する必要がある。さらに前記培地の組成も遺伝子組換え大腸菌に適合した組成にすることが重要である。
【0003】
培地への無機元素の添加を最適化した例として、特許文献2には、組換えタンパク質を発現可能な大腸菌W3110株(ATCC 27325)を、マグネシウムイオンとして2.8×10-2mol/L(培地当たりの終濃度)以上添加した培地で培養することで、前記組換えタンパク質を大量発現させた例を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2000-501936号公報
【特許文献2】特開2013-085531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌を用いた前記タンパク質の製造において、前記大腸菌の培養に用いる培地を最適化し、前記タンパク質を効率的に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、組換えタンパク質を発現可能な大腸菌に含まれる特定の無機元素濃度に基づき、当該特定の無機元素の培地への添加濃度を決定することで、前記組換えタンパク質を効率的に製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち本発明の第一の態様は、
組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌の培養工程と、得られた培養物中に含まれる前記大腸菌が発現した組換えタンパク質の回収工程とを含む、組換えタンパク質の製造方法であって、
前記培養工程を、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度を測定する工程と、前記測定したナトリウム濃度と同等な濃度となるようナトリウムを添加した培地で前記大腸菌を培養する工程とを少なくとも含む方法で行なう、前記製造方法である。
【0008】
また本発明の第二の態様は、培養工程が、遺伝子組換え大腸菌の菌体濃度が一定濃度に達した時点で誘導剤を添加する工程をさらに含む、前記第一の態様に記載の製造方法である。
【0009】
また本発明の第三の態様は、一定濃度が600nmの吸光度で70以上120以下であり、誘導剤が添加後の終濃度で0.04mmol/L以上4mmol/L以下のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシドである、前記第二の態様に記載の製造方法である。
【0010】
また本発明の第四の態様は、
遺伝子組換え大腸菌を培養する工程を、炭素源および窒素源を含む流加液を培養途中に流加する、流加培養で実施し、かつ培養開始時の培地ならびに前記流加液に含まれる炭素源および窒素源が、それぞれ以下に示す態様である、前記第一から第三の態様のいずれかに記載の製造方法である;
[培養開始時の培地]炭素源:20g/L以下のグルコース、窒素源:80g/L以下の酵母エキス
[流加液]炭素源:300g/L以上900g/L以下のグルコース、窒素源:100g/L以上500g/L以下の酵母エキス。
【0011】
また本発明の第五の態様は、組換えタンパク質がアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質である、前記第一から第四の態様のいずれかに記載の製造方法である。
【0012】
また本発明の第六の態様は、AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、前記第五の態様に記載の製造方法である;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、組換えタンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌の培養工程と、得られた培養物中に含まれる前記大腸菌が発現した組換えタンパク質の回収工程とを含む、組換えタンパク質の製造方法において、前記培養工程を、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度を測定する工程と、前記測定したナトリウム濃度と同等な濃度となるようナトリウムを添加した培地で前記大腸菌を培養する工程とを少なくとも含む方法で行なうことを特徴としている。本発明の製造方法は、他の方法と比較して培養液当たりの組換えタンパク質の生産量が大幅に増大している。したがって本発明は、組換えタンパク質の工業的製造に有用といえる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の製造方法では、組換えタンパク質を発現可能な、遺伝子組換え大腸菌を培養して製造する。前記組換え大腸菌を得るには、例えば、組換えタンパク質をコードする遺伝子(以下、単に「組換えタンパク質遺伝子」とも表記する)を適切な発現ベクターに挿入し、当該挿入したベクターを用いて大腸菌を形質転換して得ればよい。
【0015】
組換えタンパク質遺伝子の発現ベクターへの挿入は、挿入するベクターの適切な位置に遺伝子工学的に挿入すればよい。ここでいう適切な位置とは、発現ベクターの複製機能、所望の抗生物質マーカー、または伝達性に関わる領域を破壊しない範囲で自由に決定してよい。また発現ベクターに挿入する場合、例えばプロモーター機能を有するオリゴヌクレオチドを付加してもよい。大腸菌で機能するプロモーターとして、例えばlacプロモーター、trcプロモーターまたはT7プロモーターが例示できる。挿入する発現ベクターは、形質転換する大腸菌内で安定に存在し、複製できるものであれば特に制限はない。発現ベクターの具体例として、大腸菌内で安定に存在し複製できるプラスミドベクターとして知られている、pTrc系、pUC系、pBR系、pET系、広宿主域(Broad-Host-Range)プラスミドベクターがあげられる。
【0016】
形質転換に用いる大腸菌の好ましい態様として、大腸菌JM109株(ATCC 53323)、大腸菌MV1184株(ATCC 47108)、大腸菌GM31株(NBRP ME7741)、大腸菌HB101株(ATCC 33694)、大腸菌JM101株(NBRP ME9043)、大腸菌W3110株(ATCC 27325)、および大腸菌BL21(DE3)株(NBRC 108896)があげられる。中でも、より好ましくは大腸菌W3110株である。なお前述した大腸菌に対し、ニトロソグアニジンやメタンスルホン酸エチル等の化学物質、紫外線、放射線等の従来公知の手段により変異処理した大腸菌変異株を使用してもよい。
【0017】
前記発現ベクターを用いた大腸菌の形質転換は、公知の方法(例えば、Method in Enzymology,216,469-631,1992,Academic PressやMethod in Enzymology,204,305-636,1991,Academic Pressに記載の方法)で行なえばよい。
【0018】
本発明は、前述した方法で得られた、組換えタンパク質を発現可能な形質転換体(遺伝子組換え大腸菌)を、以下の<1>および<2>に示す工程を少なくとも含む方法で培養することを特徴としている;
<1>前記形質転換体に含まれるナトリウム濃度を測定する工程
<2>前記測定したナトリウム濃度と同等な濃度となるよう、ナトリウムを添加した培地で前記形質転換体を培養する工程。
【0019】
前記<1>の工程における、形質転換体(遺伝子組換え大腸菌)に含まれるナトリウム濃度の測定は、公知の無機元素分析方法を用いて行なえばよく、例えばICP発光分光分析法、ICP質量分析法、原子吸光分析法、蛍光X線分析法、イオンクロマトグラフィー法、キャピラリー電気泳動法、滴定法、比色分析法、電極法、沈殿重量分析法があげられる。ナトリウム濃度測定に供する形質転換体の調製方法については特に限定はなく、LB(Luria-Bertani)培地や2YT培地などの大腸菌が増殖し得る培地を用いて、大腸菌が増殖し得る温度や通気撹拌等の条件で適宜培養を行ない、実施するナトリウム濃度分析方法に適した方法で菌体の回収/洗浄や乾燥・抽出操作等の前処理を実施すればよい。なお前記形質転換体の調製を、発現させる組換えタンパク質の生産性が高い、効率的な培養方法を用いて実施すると、より効率的な組換えタンパク質の製造が本発明で期待できる点で好ましい。
【0020】
前記<2>の工程では、前記<1>の工程で測定した、遺伝子組換え大腸菌に含まれるナトリウム濃度と同等な濃度となるよう、ナトリウムを添加した培地で前記大腸菌を培養することで、組換えタンパク質を発現させる。なおナトリウム添加量の基準に用いる前記<1>の工程での測定値として、例えば、前記<2>の工程(本培養)の直前に実施した培養(前培養)で得られた遺伝子組換え大腸菌に含まれるナトリウム濃度の測定値を用いてもよいし、あらかじめ前記前培養および前記本培養とは異なる時期に培養した前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度の測定値を流用してもよい。
【0021】
前記<2>の工程は、例えば、下式(1)で定義される余剰度(「S」と表記)を指標とすると、定量的に判断できる点で好ましい(特開2007-143492号公報)。
【0022】
余剰度S=(Mm-Mx)/Mx (1)
式(1)中、
余剰度Sは培地中のナトリウムの余剰度を、
Mmは培地中のナトリウムの含有量(単位はmg/L(培地))を、
Mxは培地中の遺伝子組換え大腸菌密度がX(単位はg/L(培地))の場合に当該大腸菌内に存在するナトリウムの培地当たりの含有量(単位はmg/L(培地))を、
それぞれ示す。なおMxは、前記大腸菌中のナトリウムの含有量Mc(単位はmg/g(菌体))から、McXで算出してもよい。遺伝子組換え大腸菌密度Xは任意の値を設定してもよいし、実際に培養を行ない回収された前記大腸菌量に基づいて設定してもよい。無機元素の前記大腸菌への取り込み効率や前記大腸菌内での利用効率を踏まえて、回収される湿菌体量の70%から300%の範囲で遺伝子組換え大腸菌密度Xを設定すると好ましい。
【0023】
本発明では、式(1)で示される余剰度の絶対値が低いほど、前記大腸菌と培地のナトリウム濃度の乖離が小さい点で好ましい。しかしながら、例えば、後述するペプトン類やエキス類など、複数の無機元素を含有する成分を培地に添加する場合もあるため、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度と培地に添加するナトリウム濃度とを厳密に一致させる必要はなく、同等な濃度とすればよい。本明細書における「同等な濃度」として、余剰度Siの絶対値が1.0未満、好ましくは0.5未満、より好ましくは0.2未満を例示できる。
【0024】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養に用いる培地は、ナトリウム濃度が遺伝子組換え大腸菌中のナトリウム濃度と同等な濃度となる限り、前記大腸菌が増殖し、かつ組換えタンパク質が発現し得るものであればよい。炭素源の一例として、グルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、粗糖、糖蜜が挙げられ、中でもグルコースが好ましい。窒素源は酵母エキス(例えば、CAS番号:8013-01-2)が好ましいが、ポリペプトン、カゼインおよびその代謝物、コーンスティープリカー、大豆タンパク質、肉エキス、魚肉エキス等を窒素源として用いても良い。無機塩の一例としては、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等のリン酸塩、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅(II)、塩化銅(II)、硫酸マンガン(II)、塩化マンガン(II)があげられる。ビタミン類の一例としては、ビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシンがあげられる。
【0025】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養方法に特に限定はなく、回分培養、半回分培養(流加培養ともいう)、および潅流培養のいずれかで培養してもよく、それらを組み合せて培養してもよい。ただし培養開始時に炭素源や窒素源といった栄養源を一度に培地に投入すると、大腸菌の増殖および前記大腸菌による組換えタンパク質の発現が阻害され、かつ有機酸などの副生成物も生産されるため、前記タンパク質の発現効率および得られた前記タンパク質の品質に悪影響を与える可能性がある。そのため、培養開始時に投入する栄養源は最小限とし、培養中に栄養源を適宜供給(流加)しながら培養する流加培養で遺伝子組換え大腸菌を培養すると好ましい。
【0026】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養を流加培養で行なう際、培養開始時に投入する炭素源および窒素源の濃度は、炭素源がグルコースの場合は20g/L以下に、窒素源が酵母エキスの場合は80g/L以下に、それぞれすると好ましい。流加する炭素源と窒素源は高濃度の溶液とすると培養液の液量増加を抑えられるため好ましい。具体的には、炭素源がグルコースの場合は300g/L以上900g/L以下に、窒素源が酵母エキスの場合は100g/L以上500g/L以下に、それぞれすると好ましい。なお前記大腸菌中のナトリウム濃度と培地のナトリウム濃度とが同等な濃度となる条件で、前述した無機塩をさらに加えても良い。
【0027】
流加培養で遺伝子組換え大腸菌を培養する際、炭素源および窒素源の流加は、培地中における当該炭素源および窒素源の濃度を所定の低濃度を維持しながら行なう必要がある。なお本明細書において「所定の低濃度」とは、炭素源が枯渇せず有機酸等の副生成物が生産しない濃度のことをいう。具体例として、グルコースを炭素源とした場合、炭素源濃度が5g/Lを超えた状態で培養を行なうと、副生成物である有機酸の蓄積により大腸菌の増殖や組換えタンパク質の発現を抑制する可能性があることから、少なくとも5g/L以下、好ましくは1g/L以下、さらに好ましくは0.5g/L以下、最も好ましくは0.1g/L以下である。炭素源の枯渇をモニターする方法に特に限定はなく、一例として呼吸活性の低下によりモニターできる。呼吸活性の低下は、例えば培養液の溶存酸素濃度(Dissolved oxygen、以下、DO)の上昇、排ガス中の酸素濃度の上昇、炭酸ガス濃度の低下、pHの上昇として現れる。特に、DOは炭素源が枯渇すると微生物の呼吸活性が低下し急激に上昇することから、応答が速い点で、炭素源の枯渇をモニターするのに好ましい指標である。
【0028】
本発明における、遺伝子組換え大腸菌の培養条件は、大腸菌が増殖し、かつAAV結合性タンパク質を発現し得るものであれば特に限定は無いが、培養温度は15℃以上50℃以下が好ましく、特に好ましい温度は20℃以上33℃以下である。pHは6以上8以下が好ましい。培養時間は任意に設定できるが、通常は数時間以上100時間以下に設定される。
【0029】
遺伝子組換え大腸菌が、誘導性のプロモーターおよび組換えタンパク質をコードするポリヌクレオチド(組換えタンパク質遺伝子)を挿入した発現ベクターを含んでいる場合、本発明における培養工程に、前記大腸菌の菌体濃度が一定濃度に達した時点で誘導剤を添加する工程をさらに含ませると、前記大腸菌当たりの組換えタンパク質発現量が向上するため、好ましい。本発明において、誘導剤とは、発現ベクターに挿入された遺伝子の発現を誘導する遺伝子発現誘導剤を指す。このような誘導剤として、例えばイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)が挙げられる。特に、誘導剤を添加するときの菌体濃度が600nmの吸光度(OD600)で70以上120以下、および/または前記誘導剤が終濃度で0.04mmol/L以上4mmol/L以下(好ましくは終濃度で0.08mmol/L以上0.4mmol/L以下)のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)とすると、前記大腸菌当たりの組換えタンパク質発現量が特に向上するため、さらに好ましい。
【0030】
前述した方法で発現した組換えタンパク質を回収するには、遺伝子組換え大腸菌における前記タンパク質の発現形態に適した方法で、当該培養物から分離/精製して前記タンパク質を回収すればよい。例えば、培養上清に発現する場合は菌体を遠心分離操作によって分離し、得られる培養上清から組換えタンパク質を精製すればよい。また、細胞内(ペリプラズムを含む)に発現する場合には、遠心分離操作により菌体を集めた後、酵素処理剤や界面活性剤等を添加することで菌体を破砕し、組換えタンパク質を抽出後、精製すればよい。
【0031】
回収した組換えタンパク質を精製するには、当該技術分野において公知の方法を用いればよく、一例として液体クロマトグラフィーを用いた分離/精製があげられる。液体クロマトグラフィーには、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等があり、これらのクロマトグラフィーを組み合わせて精製操作を行なうことにより、前記タンパク質を高純度に調製できる。
【0032】
本発明の方法で製造可能な組換えタンパク質に特に限定はなく、一例として、インシュ
リン、インターフェロン、インターロイキン、抗体、エリスロポエチン、成長ホルモン、
およびそれらの受容体のタンパク質や、細菌やウイルスに対する受容体や、DNAポリメ
ラーゼ、RNAポリメラーゼ、逆転写酵素、リボヌクレアーゼ(RNase)といった遺
伝子工学の領域で用いられる酵素があげられる。以降、本発明の方法で製造する組換えタ
ンパク質の好ましい例である、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質について詳細に説明する。
【0033】
AAV結合性タンパク質は、AAVと結合可能なポリペプチドであれば特に制限はなく、インテグリンなどのラミニン受容体、抗AAV抗体やAAV受容体(AAVR)が例示できる。
【0034】
AAV結合性タンパク質がAAVRである場合の好ましい態様として、以下の(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドがあげられる。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【0035】
なお配列番号1に記載のアミノ酸配列は、AAVRの一態様であるKIAA0319L(公式データベース:UniProt、アクセッションナンバー:Q8IZA0)のアミノ酸配列であり、配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリン(Ser)から500番目のアスパラギン酸(Asp)までのアミノ酸残基は、KIAA0319Lの細胞外領域ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)に相当する領域である。
【0036】
前記(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドは、前述したKIAA0319LのPKD1およびPKD2に相当する領域を少なくとも含んでいればよく、例えば、
PKD2のC末端側にある他の細胞外領域ドメイン(ドメイン3(PKD3)、ドメイン4(PKD4)およびドメイン5(PKD5))に相当する領域の全てまたは一部を含んでもよいし、PKD1のN末端側にあるMANSC(Motif At N terminus with Seven Cysteines)ドメインなどのシグナル配列に相当する領域やシステインリッチな領域の全てまたは一部を含んでもよいし、細胞外領域のN末端側および/またはC末端側にある膜貫通領域ならびに細胞内領域の全てまたは一部を含んでもよい。
【0037】
前記(ii)の一例として、配列番号2に記載のアミノ酸配列を少なくとも含むポリペプチドや、WO2021/106882号で開示のAAV結合性タンパク質、があげられる。また前記(ii)に記載の置換、欠失、挿入、または付加の例として、WO2021/106882号で開示しているアミノ酸残基の置換があげられる。
【0038】
前記(ii)における、「1もしくは数個」とは、AAVRの立体構造におけるアミノ酸置換の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、一例として、1個以上50個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上9個以下、1個以上8個以下、1個以上7個以下、1個以上6個以下、1個以上5個以下、1個以上4個以下、1個以上3個以下、1個以上2個以下、1個のいずれかを意味する。「1もしくは数個」のアミノ酸残基の置換は、例えば、AAV結合活性を有する限り、WO2021/106882号で開示のアミノ酸残基の置換以外の位置に生じてよい。
【0039】
なお前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換」には、前述した特定位置におけるアミノ酸置換の他に、物理的性質および/または化学的性質が類似したアミノ酸間で置換が生じる保守的置換が生じてもよい。保守的置換は、一般に、置換が生じているものと置換が生じていないものとの間でタンパク質の機能が維持されることが当業者において知られている。保守的置換の一例としては、グリシンとアラニン間、セリンとプロリン間、またはグルタミン酸とアラニン間での置換があげられる(タンパク質の構造と機能、メディカル・サイエンス・インターナショナル社、9、2005)。また前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加」には、AAVRの由来の違いや、種の違いなどに基づく、天然にも存在する変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0040】
前記(iii)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上あればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本明細書において「相同性」とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。「アミノ酸配列の相同性」とは、アミノ酸配列全体に対する相同性を意味する。アミノ酸配列間の「同一性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列間の「類似性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(alignment program)を利用して決定できる。
【0041】
本発明の方法で製造する組換えタンパク質は、そのN末端側またはC末端側に、夾雑物質が存在する溶液からの分析・精製の迅速化やタンパク質の安定化等に有用なオリゴペプチドをさらに付加してもよい。前記オリゴペプチドとしては、ポリヒスチジン、ポリリジン、ポリアルギニン、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、C-mycタグ等があげられる。
【0042】
さらに本発明の方法で製造する組換えタンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを付加してもよく、PelB、OmpA,DsbA、DsbC、MalE、TorTなどといったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示できる(特開2011-097898号公報)。
【実施例0043】
以下、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を組換えタンパク質としたときの実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。
【0044】
比較例1 遺伝子組換え大腸菌からのAAV結合性タンパク質製造(その1、無機元素非制御の通常培地)
(1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質AVR10sをコードするポリヌクレオチド(配列番号3)および誘導性のプロモーターを挿入した発現ベクターで大腸菌W3110株を形質転換し得られた、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌を、2×YT培地(トリプトン:16g/L、酵母エキス(CAS番号:8013-01-2):10g/L、NaCl:5g/L、カナマイシン硫酸塩:50mg/L)に植菌し、30℃で16時間、前培養を行なった。なおAVR10s(配列番号2)は、KIAA0319L(UniProtアクセッション番号:Q8IZA0、配列番号1)の細胞外ドメイン1および2(PKD1およびPKD2)に相当する、312番目のセリン(Ser)から500番目のアスパラギン酸(Asp)までのアミノ酸残基(以下、野生型AAV結合性タンパク質とも表記)において、以下の(i)から(x)に示すアミノ酸置換が生じたポリペプチドであり、野生型AAV結合性タンパク質と比較し、アルカリへの安定性が向上したAAV結合性タンパク質である(WO2021/106882号)。
(i)配列番号1の317番目(配列番号2では6番目)のバリンがアスパラギン酸に置換
(ii)配列番号1の342番目(配列番号2では31番目)のチロシンがセリンに置換
(iii)配列番号1の362番目(配列番号2では51番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(iv)配列番号1の371番目(配列番号2では60番目)のリジンがアスパラギンに置換
(v)配列番号1の381番目(配列番号2では70番目)のバリンがアラニンに置換
(vi)配列番号1の382番目(配列番号2では71番目)のイソロイシンがバリンに置換
(vii)配列番号1の390番目(配列番号2では79番目)のグリシンがセリンに置換
(viii)配列番号1の399番目(配列番号2では88番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(ix)配列番号1の476番目(配列番号2では165番目)のセリンがアルギニンに置換
(x)配列番号1の487番目(配列番号2では176番目)のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
(2)表1に示す組成からなる通常培地1.2Lを調製後、(1)の前培養液36mLを添加して、本培養を行なった。培養装置はエイブル社製BMS-03PIを使用し、撹拌速度400から700rpm、空気の通気量1.5L/分、培養温度30℃、pH6.8から7.2とした。なお培養中におけるpHの変動は、14%(w/v)アンモニア水または50%(w/v)リン酸の添加により前記範囲に制御した。
【0045】
【表1】
(3)BMS-03PIに付属のDO(溶存酸素濃度)電極により測定したDOが40%飽和を超えた時点で流加ポンプを起動し、DOが再び40%飽和以下となるまで表2に示す組成からなる流加培地を供給する操作を、培養終了まで継続した。
【0046】
【表2】
(4)培養開始19時間後から21時間後の時点で、培養温度を25℃、撹拌速度を600rpmに変更し、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加することで、AAV結合性タンパク質の発現誘導をかけた。なお培養開始19時間後から21時間後の時点で、培養液の600nmの吸光度(OD600)は70以上120以下の範囲内にあり、添加したIPTGは終濃度で0.10mmol/Lである。
(5)培養開始から48時間後、培養を終了し、培地の遠心分離により、培養湿菌体を回収した。
(6)得られた湿菌体を、市販の抽出試薬(BugBuster、メルク社製)を用いて、試薬に添付の標準プロトコルに従い抽出し、遠心分離操作により上清(無細胞抽出液)を得た。
(7)得られた無細胞抽出液を、濃度既知のAAV結合性タンパク質標準品と並べて、SDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミド電気泳動)に供した。
(8)画像解析ソフト(ImageQuant TL 10.0、Cytiva社製)を用いてAAV結合性タンパク質に相当するバンドの濃度を定量し、前記標準品における前記バンド濃度との比較から、無細胞抽出液中に含まれるAAV結合性タンパク質を定量し、培養液当たりの生産量を算出した。
【0047】
培養およびAAV結合性タンパク質生産の結果を表3に示す。培養液当たりのAAV結合性タンパク質量は3.8g/L(培養液)であった。
【0048】
【0049】
比較例2 元素分析
(1)比較例1(5)の遠心分離で回収した培養湿菌体約10gを純水300mLに懸濁し、再度遠心分離によって菌体を回収する操作を2回実施することで菌体を洗浄後、乾熱乾燥機で2日間菌体を乾燥させた。
(2)乾燥させた菌体を乳鉢で粉砕後、ICP発光分光分析装置(装置名:Vista-PRO[セイコーインスツルメンツ])で分析することで、遺伝子組換え大腸菌中の無機元素(具体的には、カルシウム(Ca)、コバルト(Co)、銅(Cu)、鉄(Fe)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、ナトリウム(Na)、ニッケル(Ni)および亜鉛(Zn))濃度を測定した。
(3)培地に添加する酵母エキスについても、(2)に記載のICP発光分光分析装置で同様に測定した。
【0050】
酵母エキスに含まれる無機元素濃度の測定結果を表4に示す。また培養菌体および培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度、ならびにこれら測定結果より算出した各無機元素の余剰度を表5に示す。なお培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度は、表1に示す組成からなる培地に含まれる無機元素濃度、表2に示す組成からなる流加培地に含まれる無機元素濃度、および表4に示す酵母エキスに含まれる無機元素濃度から計算した値である。また濃度1mg/L未満の無機元素(具体的には、コバルト、銅、モリブデンおよびニッケル)は余剰度の計算から外している。
【0051】
【0052】
【0053】
表4より通常培地に含まれるカルシウム、鉄、マグネシウム、マンガンおよび亜鉛は、培養菌体に含まれる濃度と同等な濃度(余剰度の絶対値が1.0未満)であることから、これら無機元素については表1および表2に記載の組成からなる培地で問題ないことがわかる。一方、カリウムおよびナトリウムは余剰度が10以上あり、表1および表2に記載の組成からなる通常培地では、培養菌体に含まれる濃度に対し、カリウムおよびナトリウムが大過剰であることがわかる。
【0054】
実施例1 遺伝子組換え大腸菌からのAAV結合性タンパク質生産(その1、ナトリウム濃度制御)
表4より、表1および表2に記載の組成からなる培地ではカリウムおよびナトリウムが大過剰であることが判明したため、このうち培地に含まれるナトリウムを培養菌体に含まれる濃度と同等な濃度とすべく、ナトリウム濃度を制御した培地で遺伝子組換え大腸菌を培養した。具体的には、比較例1(2)の本培養で用いる培地を表5に記載のナトリウム制御培地Aに変更した他は比較例1と同様な方法でAAV結合性タンパク質を生産した。また表5に示す組成からなるナトリウム制御培地Aに含まれる無機元素濃度、表2に示す組成からなる流加培地に含まれる無機元素濃度、および表4に示す酵母エキスに含まれる無機元素濃度から培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度を計算した。
【0055】
【0056】
比較例3 遺伝子組換え大腸菌からのAAV結合性タンパク質生産(その1、カリウム濃度制御)
表4より、表1および表2に記載の組成からなる培地ではカリウムおよびナトリウムが大過剰であることが判明したため、このうち培地に含まれるカリウムを培養菌体に含まれる濃度と同等な濃度とすべく、カリウム濃度を制御した培地で遺伝子組換え大腸菌を培養した。具体的には、比較例1(2)の本培養で用いる培地を表5に記載のカリウム制御培地に、比較例1(3)の流加に用いた培地を表7に記載のカリウム制御培地に、それぞれ変更した他は比較例1と同様な方法でAAV結合性タンパク質を生産した。また表6に示す組成からなるカリウム制御培地に含まれる無機元素濃度、表7に示す組成からなる流加培地(カリウム制御培地)に含まれる無機元素濃度、および表4に示す酵母エキスに含まれる無機元素濃度から培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度を計算した。
【0057】
【0058】
実施例1および比較例3での培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度を表8に示す(比較のため、表4に示した、培養菌体に含まれる無機元素濃度を再掲している)。また培養終了時の培地および培養菌体に含まれる無機元素濃度とから算出した、各無機元素の余剰度を表9に示す(濃度1mg/L未満の無機元素(コバルト、銅、モリブデンおよびニッケル)は余剰度計算の対象外)。
【0059】
【0060】
【0061】
表9より、ナトリウム制御培地(実施例1)でのナトリウムの余剰度は-0.01と、培地に含まれるナトリウム濃度が培養菌体に含まれるナトリウム濃度と同等なナトリウム濃度であることから、実施例1でのAAV結合性タンパク質生産がナトリウムを制御した培養での生産であることを確認した。またカリウム制御培地(比較例3)でのカリウムの余剰度も1.03と、培地に含まれるカリウム濃度が培養菌体に含まれるカリウム濃度とほぼ同等なカリウム濃度であることから、比較例3でのAAV結合性タンパク質生産もカリウムを制御した培養での生産であることを確認した。
【0062】
実施例1および比較例3における培養およびAAV結合性タンパク質生産の結果を表10に示す。遺伝子組換え大腸菌をナトリウムを制御した培地で培養(実施例1)すると、ナトリウムおよびカリウムを制御しなかった培地で培養(比較例1、表3)したときと比較し、培養液当たりのAAV結合性タンパク質生産量が向上した(実施例1:8.8g/L(培養液)、比較例1:3.8g/L(培養液))。以上の結果から、組換えタンパク質の製造を目的とした、遺伝子組換え大腸菌の培養に用いる培地に含まれるナトリウム濃度を、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度と同等な濃度とすることで、前記タンパク質を効率的に製造できることがわかる。
【0063】
一方、遺伝子組換え大腸菌をカリウムを制御した培地で培養(比較例3)すると、ナトリウムおよびカリウムを制御しなかった培地で培養(比較例1、表3)したときと比較し、培養後の菌体密度が大きく減少(比較例3:146g/L(培養液)、比較例1:302g/L(培養液))し、培養液当たりのAAV結合性タンパク質生産量も減少(比較例3:2.8g/L(培養液)、比較例1:3.8g/L(培養液))した。以上の結果から、組換えタンパク質の製造を目的とした、遺伝子組換え大腸菌の培養に用いる培地に含まれるカリウム濃度を、前記大腸菌に含まれるカリウム濃度と同等な濃度としても、前記タンパク質の効率的な製造にはつながらないことがわかる。
【0064】
【0065】
比較例4 遺伝子組換え大腸菌からのAAV結合性タンパク質製造(その2、無機元素非制御の通常培地)
発現ベクターに挿入するAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質AVR11aをコードするポリヌクレオチド(配列番号5)に変更した他は、比較例1と同様な方法でAAV結合性タンパク質を生産した。なおAVR11a(配列番号4)は、AVR10s(配列番号2)のアミノ酸残基において、さらに以下の(xi)に示すアミノ酸置換が生じたポリペプチドであり、野生型AAV結合性タンパク質やAVR10sと比較し、アルカリへの安定性が向上したAAV結合性タンパク質である。
(xi)配列番号1の330番目(配列番号2では19番目)のアラニンがバリンに置換
【0066】
実施例2 遺伝子組換え大腸菌からのAAV結合性タンパク質生産(その2、ナトリウム濃度制御)
発現ベクターに挿入するAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、前述したAAV結合性タンパク質AVR11a(配列番号4)をコードするポリヌクレオチド(配列番号5)に変更し、比較例1(2)の本培養で用いる培地を表5に記載の組成からなるナトリウム制御培地Bに変更した他は、比較例1と同様な方法でAAV結合性タンパク質を生産した。
【0067】
表1に示す組成からなる通常培地(比較例4)または表5に示す組成からなるナトリウム制御培地B(実施例2)に含まれる無機元素濃度、表2に示す組成からなる流加培地に含まれる無機元素濃度、および表4に示す酵母エキスに含まれる無機元素濃度から計算した、比較例2および実施例2における培養終了時の培地に含まれる無機元素濃度を表11に示す。(比較のため、表4に示した、培養菌体に含まれる無機元素濃度を再掲している)。また培養終了時の培地および培養菌体に含まれる無機元素濃度とから算出した、各無機元素の余剰度を表12に示す(濃度1mg/L未満の無機元素(コバルト、銅、モリブデンおよびニッケル)は余剰度計算の対象外)。
【0068】
【0069】
【0070】
表12より、ナトリウム制御培地B(実施例2)でのナトリウムの余剰度は-0.82と、余剰度の絶対値が1未満であるため、培地に含まれるナトリウム濃度が培養菌体に含まれるナトリウム濃度と同等と言えることから、実施例2でのAAV結合性タンパク質生産がナトリウムを制御した培養での生産であることを確認した。比較例4および実施例2における培養およびAAV結合性タンパク質生産の結果を表13に示す。遺伝子組換え大腸菌をナトリウム制御培地Bで培養(実施例2)すると、ナトリウムおよびカリウムを制御しなかった培地で培養(比較例4)したときと比較し、培養液当たりのAAV結合性タンパク質生産量が向上した(実施例2:6.9g/L(培養液)、比較例4:3.2g/L(培養液))。以上の結果から、製造する組換えタンパク質をAVR10s(配列番号2)からAVR11a(配列番号4)に変更しても、当該タンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌の培養に用いる培地に含まれるナトリウム濃度を、前記大腸菌に含まれるナトリウム濃度と同等な濃度とすることで、前記タンパク質を効率的に製造できることがわかる。
【0071】