(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162291
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】鉛合金箔及びその製造方法、鉛蓄電池用正極、鉛蓄電池、並びに蓄電システム
(51)【国際特許分類】
C22C 11/06 20060101AFI20231031BHJP
H01M 4/68 20060101ALI20231031BHJP
C22F 1/12 20060101ALI20231031BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231031BHJP
【FI】
C22C11/06
H01M4/68 A
C22F1/12
C22F1/00 604
C22F1/00 622
C22F1/00 623
C22F1/00 640A
C22F1/00 661C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023134641
(22)【出願日】2023-08-22
(62)【分割の表示】P 2022541516の分割
【原出願日】2021-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2020133406
(32)【優先日】2020-08-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000005382
【氏名又は名称】古河電池株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100115679
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 勇毅
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】金子 洋
(72)【発明者】
【氏名】荻原 吉章
(72)【発明者】
【氏名】山内 美保
(72)【発明者】
【氏名】田中 彰
(72)【発明者】
【氏名】中村 秀人
(72)【発明者】
【氏名】新垣 雅進
(72)【発明者】
【氏名】古川 淳
(72)【発明者】
【氏名】萬ヶ原 徹
(72)【発明者】
【氏名】山田 惠造
(72)【発明者】
【氏名】小出 彩乃
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 篤志
(57)【要約】
【課題】正極用鉛層を厚さ方向に貫通する腐食が生じにくい鉛蓄電池用正極を製造可能な鉛合金箔を提供する。
【解決手段】鉛合金箔は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金の箔である。そして、電子線後方散乱回折法によって上記鉛合金箔の表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値が50μm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金の箔であって、
電子線後方散乱回折法によって表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した前記交点のうち隣接する2つの前記交点の間の距離を計測した場合に、前記距離の平均値が50μm以下である鉛合金箔。
【請求項2】
0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有するとともに、0.1質量%以下のカルシウムと0.1質量%以下の銀のうち少なくとも一方をさらに含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金の箔であって、
電子線後方散乱回折法によって表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した前記交点のうち隣接する2つの前記交点の間の距離を計測した場合に、前記距離の平均値が50μm以下である鉛合金箔。
【請求項3】
ビスマスの含有量が0.0004質量%以上0.004質量%以下である請求項1又は請求項2に記載の鉛合金箔。
【請求項4】
前記距離の平均値が30μm以下である請求項1~3のいずれか一項に記載の鉛合金箔。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鉛合金箔で形成された正極用鉛層と、該正極用鉛層の表面に配された活物質と、を備え、前記正極用鉛層の厚さが0.5mm以下である鉛蓄電池用正極。
【請求項6】
バイポーラ型鉛蓄電池用である請求項5に記載の鉛蓄電池用正極。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載の鉛蓄電池用正極を備える鉛蓄電池。
【請求項8】
請求項7に記載の鉛蓄電池を備え、該鉛蓄電池に蓄電するための蓄電システム。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鉛合金箔を製造する方法であって、前記鉛合金を圧延したものに対して熱処理を施した後に、さらに圧延を行うことを含む鉛合金箔の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛合金箔及びその製造方法、鉛蓄電池用正極、鉛蓄電池、並びに蓄電システムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池の正極は、鉛合金で形成された正極用鉛層と、該正極用鉛層の表面に配された活物質と、を備えている。従来の鉛蓄電池用正極(例えば特許文献1を参照)は、周知の鉛や鉛合金で形成されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、鉛蓄電池を使用すると正極用鉛層が徐々に腐食される。このとき、正極用鉛層に使用されている鉛合金が有する結晶粒の粒界に沿って腐食が進行し、該腐食が正極用鉛層を厚さ方向に貫通するおそれがあった。特に、電池の軽量化、電池内の容積の利用率の向上、鉛の使用量の削減などのために正極用鉛層を薄くした場合、さらにこの課題が顕著となっていた。
このような貫通が生じると、電気の伝導パスが寸断され、電池の内部抵抗が増大し所定の特性が発揮できなくなる恐れがあった。また、例えばバイポーラ型鉛蓄電池においては、正極用鉛層において貫通孔が形成されることにより、他の部材にも腐食がさらに進行し、正極側、負極側の電解液が互いに回り込む、いわゆる液絡と言われる現象により電池特性が劣化し、最悪の場合には使用できなくなってしまう懸念があった。
【0005】
そこで、本発明は、粒界腐食の進行を抑制できる鉛合金箔及びその製造方法、厚さを抑えても腐食による厚さ方向の貫通が生じにくい正極用鉛層及びそれを用いた鉛蓄電池用正極、該鉛蓄電池用正極を使って構成された、内部抵抗の上昇が生じにくく長寿命化が可能な鉛蓄電池及び蓄電システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る鉛合金箔は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金の箔であって、電子線後方散乱回折法によって表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値が50μm以下であることを要旨とする。
【0007】
また、本発明の別の態様に係る鉛合金箔は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有するとともに、0.1質量%以下のカルシウムと0.1質量%以下の銀のうち少なくとも一方をさらに含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金の箔であって、電子線後方散乱回折法によって表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値が50μm以下であることを要旨とする。さらに好ましくは該距離の平均値が30μm以下であることを要旨とする。
【0008】
さらに、本発明のさらに別の態様に係る鉛蓄電池用正極は、上記一態様又は上記別の態様に係る鉛合金箔で形成された正極用鉛層と、該正極用鉛層の表面に配された活物質と、を備え、正極用鉛層の厚さが0.5mm以下であることを要旨とする。
さらに、本発明のさらに別の態様に係る鉛蓄電池は、上記さらに別の態様に係る鉛蓄電池用正極を備えることを要旨とする。
さらに、本発明のさらに別の態様に係る蓄電システムは、上記さらに別の態様に係る鉛蓄電池を備え、該鉛蓄電池に蓄電するための蓄電システムであることを要旨とする。
さらに、本発明のさらに別の態様に係る鉛合金箔の製造方法は、上記一態様又は上記別の態様に係る鉛合金箔を製造する方法であって、鉛合金を圧延したものに対して熱処理を施した後に、さらに圧延を行うことを含むことを要旨とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、厚さを抑えても正極用鉛層を厚さ方向に貫通する腐食が生じにくくできる鉛合金箔及びその製造方法、該鉛合金箔によって形成された鉛蓄電池用正極、該鉛蓄電池用正極を使って構成された、内部抵抗の上昇が生じにくい鉛蓄電池及び蓄電システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係る鉛蓄電池の一実施形態であるバイポーラ型鉛蓄電池の構造を説明する断面図である。
【
図2】本発明に係る蓄電システムの一実施形態を説明する図である。
【
図3】従来例の鉛合金及び本発明例の鉛合金における結晶粒の大きさ及び腐食を説明する図である。
【
図4】電子線後方散乱回折法によって鉛合金の表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析する方法について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の一例を示したものである。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
本発明の一実施形態に係る鉛蓄電池1の構造を、
図1を参照しながら説明する。
図1に示す鉛蓄電池1は、バイポーラ型鉛蓄電池であって、負極110を平板状の第一プレート11に固定した第一プレートユニットと、電解層105を枠板状の第二プレート12に固定した第二プレートユニットと、正極120と基板111と負極110を順に枠板状の第三プレート13に固定した第三プレートユニットと、正極120を平板状の第四プレート14に固定した第四プレートユニットと、を有し、互いに組み合わせることによって略矩形を呈する構造である。
【0012】
第一プレート11には負極端子107が、該第一プレート11に固定された負極110と電気的に接続された状態で固定されている。
第四プレート14には正極端子108が、該第四プレート14に固定された正極120と電気的に接続された状態で固定されている。
第二プレートユニットと第三プレートユニットは、所望の蓄電容量に応じて、任意の段数を交互に設けることができる。
第一~第四プレート11、12、13、14及び基板111は、例えば周知の成形樹脂によって構成される。
【0013】
電解層105は、例えば硫酸などの電解液が含浸されたガラス繊維マット等によって構成される。
負極110は、例えば周知の鉛箔からなる負極用鉛層102と負極用活物質層104によって構成される。
正極120は、後述する本実施形態の鉛合金の箔からなる正極用鉛層101と正極用活物質層103によって構成される。
【0014】
正極120と負極110は、基板111の表面及び裏面にそれぞれ固定され、適宜の方法で電気的に接続されている。あるいは、正極120と負極110を2枚の基板111の一方の面にそれぞれ固定し、他方の面同士を電気的に接続して固定されていても良い。
各プレート11~14は、電解液の流出が無いように、適宜の方法で内部が密閉状態となるよう互いに固定されている。
【0015】
このような構成を有する本実施形態の鉛蓄電池1においては、基板111、正極用鉛層101、正極用活物質層103、負極用鉛層102、及び負極用活物質層104で、鉛蓄電池用電極であるバイポーラ電極130が構成されている。バイポーラ電極とは、1枚の電極で正極、負極両方の機能を有する電極である。
そして、本実施形態の鉛蓄電池1は、正極用活物質層103を有する正極120と負極用活物質層104を有する負極110との間に電解層105を介在させてなるセルを交互に複数積層して組み付けることにより、セル同士を直列に接続した電池構成となっている。
【0016】
なお、本実施形態においては、1枚の電極で正極、負極両方の機能を有するバイポーラ電極を備えるバイポーラ型鉛蓄電池を鉛蓄電池の例として示したが、本実施形態の鉛蓄電池は、正極の機能を有する電極と負極の機能を有する電極とをそれぞれ備え、別体である正極及び負極の両電極が交互に配された鉛蓄電池であってもよい。
【0017】
図1に示す本実施形態の鉛蓄電池1を用いて、蓄電システムを構成することができる。蓄電システムの一例を
図2に示す。
図2の蓄電システムは、直列に接続された複数(
図2の例では4個)の鉛蓄電池1、1、・・・からなる組電池と、組電池の充電時及び放電時に交直変換(交流電力と直流電力の間の交換)を行う交直変換装置6と、組電池と交直変換装置6との間に設置され組電池の充電時及び放電時に充放電電流を測定する電流センサ3と、組電池の電圧を測定する電圧センサ4と、電流センサ3及び電圧センサ4から送信される測定データを受信し、受信した測定データに基づいて組電池の状態判定や警報判定を実施する蓄電状態監視装置2と、実施した状態判定や警報判定の結果に基づいて蓄電状態監視装置2が送信した蓄電状態情報を受信し、受信した蓄電状態情報に基づいて組電池の充電又は放電の実施を判断するエネルギーマネジメントシステム5と、を備えている。
【0018】
エネルギーマネジメントシステム5は、蓄電状態監視装置2から受信した蓄電状態情報に基づいて組電池の充電又は放電の実施を判断し、充電又は放電の実施を指令する信号を交直変換装置6に送信する。放電の実施を指令する信号を受信した場合は、交直変換装置6は、組電池から放電された直流電力を交流電力に変換して、商用電力系統7に出力する。一方、充電の実施を指令する信号を受信した場合は、交直変換装置6は、商用電力系統7から入力した交流電力を直流電力に変換して、組電池を充電する。なお、鉛蓄電池1の直列数は、交直変換装置6の入力電圧範囲によって決定される。
【0019】
<正極用鉛層101を構成する鉛合金について>
ここで、本実施形態では、正極用鉛層101の厚さは、0.5mm以下とされている。そのような厚さでもグロースの問題が生じにくいように、正極用鉛層101は、下記の2つの条件A及び条件Bを満たす鉛合金で形成されている。
【0020】
(条件A)0.4質量%以上2質量%以下の錫(Sn)と0.004質量%以下のビスマス(Bi)を含有し、残部が鉛(Pb)と不可避的不純物からなる鉛合金であるか、又は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有するとともに、0.1質量%以下のカルシウムと0.1質量%以下の銀のうち少なくとも一方をさらに含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金である。
【0021】
(条件B)電子線後方散乱回折法によって上記鉛合金の表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析して、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値が50μm以下である。さらに好ましくは該距離の平均値は30μm以下である。
【0022】
本実施形態の鉛蓄電池1及び蓄電システムは、正極用鉛層101が上記の鉛合金で形成されているため、内部抵抗の上昇が生じにくい。
すなわち、正極用鉛層101は、上記の鉛合金で形成されているため、粒界腐食の進行が抑制され、厚さ方向における貫通が生じにくい。これにより、電気の伝導パスが寸断されることが防止される。したがって、電池として使用した場合に、内部抵抗の上昇が生じにくいという効果を奏することができる。以下にさらに詳細に説明する。
【0023】
〔条件Aについて〕
鉛合金に錫を含有させると、鉛合金で形成される正極用鉛層101と正極用活物質層103との密着性が良好となる。また、鉛合金にカルシウムを含有させると、鉛合金の結晶粒が微細となる。さらに、鉛合金に銀を含有させると、鉛合金の結晶粒が微細となる。よって、錫と、カルシウム及び銀のうち少なくとも一方とを鉛合金が含有すれば、鉛合金の結晶粒が小さくなり、電解液が入り込みにくくなるので、粒界腐食の進行を効果的に抑制できるという効果が奏される。
【0024】
錫の含有量は、0.7質量%以上であることがより好ましく、1.0質量%以上であることがさらに好ましく、1.3質量%以上であることが特に好ましく、1.6質量%以上であることが最も好ましい。錫の含有量がこのような範囲であれば、鉛合金に方位差境界が形成されやすい。
カルシウムの含有量は、正極用鉛層を厚さ方向に貫通する腐食が生じることをより抑制するためには、0.07質量%以下であることがより好ましく、0.04質量%以下であることがさらに好ましく、0.02質量%以下であることが特に好ましい。
【0025】
銀の含有量は、銀相の分離を抑制して鉛合金の耐食性をより良好とするためには、0.03質量%以下であることがより好ましい。
なお、カルシウム及び銀は、鉛合金に積極的に添加してもよいが、積極的に添加しなくても、地金からの混入などによる不可避不純物として含有される場合もある。不可避不純物として含有され得る最大量は、カルシウム、銀いずれも0.012質量%である。
【0026】
一方、鉛合金にビスマスが含有されていると、鉛合金の圧延等による成形性が低下する傾向がある。すなわち、ビスマスは、本実施形態の鉛合金に可能な限り含有されていないことが好ましい不純物の1つである。よって、鉛合金におけるビスマスの含有量は0.004質量%以下である必要があり、0質量%であることが最も好ましい。ただし、鉛合金のコストを考慮すると、ビスマスの含有量は0.0004質量%以上であることが好ましい。
【0027】
他方、鉛合金には、鉛、錫、カルシウム、銀、ビスマス以外の元素が含有されている場合がある。この元素は、鉛合金に不可避的に含有される不純物であり、鉛合金における鉛、錫、カルシウム、銀、ビスマス以外の元素の合計の含有量は、0.01質量%以下であることが好ましく、0質量%であることが最も好ましい。
【0028】
以上のように、正極用鉛層101を形成する本実施形態の鉛合金は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金であるか、又は、0.4質量%以上2質量%以下の錫と0.004質量%以下のビスマスを含有するとともに、0.1質量%以下のカルシウムと0.1質量%以下の銀のうち少なくとも一方をさらに含有し、残部が鉛と不可避的不純物からなる鉛合金である。本実施形態の鉛合金は、不純物としてビスマスを含有しないことが好ましいが、含有する場合は、その含有量は0.004質量%以下である必要がある。また、本実施形態の鉛合金に鉛、錫、カルシウム、銀、ビスマス以外の元素が不可避的不純物として含有されている場合は、その合計の含有量は0.01質量%以下であることが好ましい。
【0029】
〔条件Bについて〕
一般的な金属においては、変形によって格子欠陥が導入され、導入された格子欠陥が再配列して方位差境界が形成される。一方、鉛や鉛合金においては、格子欠陥は熱安定性が低く蓄積されないので、室温で再結晶が生じて粗大な結晶粒が生成する。よって、従来の鉛合金の圧延箔(鉛合金を圧延して製造した箔)は、
図3における従来例の耐食試験前の欄に示す図のように、粗大な結晶粒を有している。そのため、圧延箔が腐食すると、鉛合金が有する粗大な結晶粒の粒界が腐食して、圧延箔を厚さ方向(
図3の紙面の左右方向)に貫通する腐食が生じやすかった(
図3における従来例の耐食試験後の欄に示す図を参照)。
【0030】
したがって、従来の鉛合金で形成された正極用鉛層は、表面に配する活物質の量を多くするために厚さを薄くすると、正極用鉛層が腐食した場合に粗大な結晶粒の粒界が腐食し、正極用鉛層を厚さ方向に貫通する腐食が生じやすかった。その結果、鉛蓄電池の内部抵抗が上昇するおそれがあった。また、正極と負極の液絡が生じるおそれがあった。
【0031】
本発明者らの検討の結果、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値を50μm以下とすることにより、このような腐食の進行を抑制し、貫通を防止することができることが分かった。
すなわち、結晶方位差が5°以上の粒子同士の粒界では格子欠陥が高密な状態であるため、Snのような卑な元素が濃化しやすく、腐食の起点サイトとなりやすいと考えられる。そこで、逆にこの腐食の起点サイトを多数設ければ、それぞれの腐食の起点サイトでの卑な元素の濃化度を低く抑制することができ、それぞれの腐食起点サイトからの腐食進行を抑制することができる。
【0032】
この仮定を元に鋭意検討した結果、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定の一方向に伸びる直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち隣接する2つの交点の間の距離を計測した場合に、上記距離の平均値が50μm以下とすることで、腐食の進行を抑制することができることが分かった。
【0033】
以上説明したように、本実施形態の鉛合金は、合金組成及び製造方法の工夫により、例えば粒径0.1μm以上50μm以下の微細な結晶粒を有しているので(
図3における本発明例の耐食試験前の欄に示す図を参照)、本実施形態の鉛合金の圧延箔が腐食し結晶粒の粒界が腐食した場合であっても、圧延箔を厚さ方向に貫通する腐食が生じにくい(
図3における本発明例の耐食試験後の欄に示す図を参照)。よって、本実施形態の鉛合金で鉛蓄電池用正極の正極用鉛層を形成すれば、内部抵抗の上昇が生じにくい鉛蓄電池を得ることができる。
【0034】
また、本実施形態の鉛合金で鉛蓄電池用正極の正極用鉛層101を形成すれば、正極用鉛層の厚さが薄くても、正極用鉛層を厚さ方向に貫通する腐食が生じにくい。よって、本実施形態の鉛合金で正極用鉛層を形成すれば、正極用鉛層の厚さを0.5mm以下に薄くすることができるので、その分だけ電池容量を増加させることができる。例えば、従来は厚さ1mmの正極用鉛層に厚さ1mmの活物質を塗布して正極を構成していたとすると、厚さ0.2mmの正極用鉛層に厚さ1.8mmの活物質を塗布して正極を構成すれば、活物質の量が1.8倍増加するので、同じ正極の厚さにおいて従来よりも電池容量を約1.8倍増やすことができる。
【0035】
さらに、鉛蓄電池をバイポーラ型鉛蓄電池とすれば、バイポーラ型鉛蓄電池は内部抵抗が低いので、内部抵抗が高い従来の鉛蓄電池よりも、高いCレートで使用することができる。そのため、鉛蓄電池のサイズを小さくすることができる。
鉛蓄電池のサイズが小さいと、産業用電池に適用する場合は、コンテナなどのサイズを小さくできる。よって、鉛蓄電池を地中に埋める場合などは特にメリットが大きくなる。また、自動車などのモビリティに用いる場合は、自動車等を軽量化することができ、燃費の改善に繋がるとともに、自動車等における鉛蓄電池を搭載する空間を小さくできる。
【0036】
さらに、正極用鉛層を薄くすることができるので、鉛蓄電池を軽量化することができる。そのため、鉛蓄電池の敷設工事を行いやすくすることができる。
なお、正極用鉛層101の厚さを0.37mm以下、より好ましくは0.25mm以下とすれば、内部抵抗の上昇が生じにくいという本発明の効果が、より奏されやすい。
【0037】
鉛合金が有する結晶粒の平均粒径、すなわち、結晶粒間の方位差境界の間隔の平均値は、電子線後方散乱回折法によって鉛合金の表面を分析して作成した結晶方位分布図を画像解析することによって評価することができる。鉛合金が有する結晶粒の平均粒径の評価方法を、鉛合金を圧延して製造した圧延箔の圧延面を電子線後方散乱回折法によって分析する場合を例にして、
図4を参照しながら説明する。なお、
図4中のRDは圧延箔の圧延方向を意味し、TDは圧延箔の圧延直角方向(幅方向)を意味する。
【0038】
まず、鉛合金を圧延して製造した圧延箔の圧延面を、電子線後方散乱回折法によって分析し、
図4に示すような結晶方位分布図を作成する。
図4は白黒画像であるが、結晶方位が異なる結晶粒が、異なる濃淡の灰色(グレースケール)で表示されており、結晶方位差が5°以上である結晶粒間に方位差境界が表示されている。
【0039】
次に、この結晶方位分布図を画像解析する。この画像解析においては、特定の一方向に伸びる直線(以下、「特定直線」と記すこともある)を結晶方位分布図上に設定し、その特定直線と結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界との交点を抽出する。1本又は複数本の特定直線について上記交点を抽出し、抽出した上記交点のうち同一特定直線上の隣接する2つの交点の間の距離をそれぞれ計測する。そして、計測した上記距離の平均値を算出する。上記交点は、通常は多数抽出されるので、隣接する2つの交点の組み合わせは多数存在するが、全ての組み合わせを用いて平均値を算出してもよいし、一部の組み合わせを用いて平均値を算出してもよい。
【0040】
なお、特定直線の伸びる方向は特に限定されるものではなく、画像解析の際に所望の方向に予め設定すればよいが、例えば、圧延箔の圧延方向と同一方向とすることができるし、圧延箔の圧延直角方向と同一方向とすることもできる。
図4の例では、特定直線の伸びる方向と圧延箔の圧延方向とを同一方向としている。すなわち、
図4の紙面の上下方向略中央部において圧延方向に延びる直線が、特定直線である。また、複数本の特定直線を用いて画像解析を行う場合には、全ての特定直線の伸びる方向は同一の方向とする。
【0041】
また、
図4の例では、特定直線と結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界との交点の個数は、13個である。特定直線と直交する短い横線(圧延直角方向に延びる短線)が、特定直線と方位差境界との交点の位置を示している。よって、
図4の例では、特定直線上の隣接する2つの交点の組み合わせは12対存在するので、これら12対について2つの交点の間の距離を計測して、それらの平均値を算出する。
【0042】
上記のようにして算出した上記距離の平均値は、結晶粒間の方位差境界の間隔の平均値であるので、これによって、鉛合金が有する結晶粒の平均粒径を評価することができる。すなわち、上記距離の平均値が小さい場合は、鉛合金が有する結晶粒の平均粒径が小さいことを意味し、上記距離の平均値が大きい場合は、鉛合金が有する結晶粒の平均粒径が大きいことを意味する。
【0043】
そして、上記距離の平均値が50μm以下であれば、圧延箔を形成する鉛合金が有する結晶粒の平均粒径が小さいので、圧延箔を厚さ方向に貫通する腐食が生じにくい。よって、このような圧延箔で鉛蓄電池用電極の正極用鉛層を形成すれば、鉛蓄電池の内部抵抗の上昇が生じにくい。上記距離の平均値は、50μm以下である必要があるが、30μm以下であることが好ましく、20μm以下であることがより好ましい。
【0044】
上記距離の平均値は、圧延箔の製造直後においては例えば20μm程度とすることができるが、鉛蓄電池の使用中に結晶粒の再結晶が起こる場合があるため、徐々に少なくなり例えば50μmになる場合もある。鉛蓄電池の使用環境が高温である場合は、再結晶が生じやすいので、上記距離の平均値が大きくなりやすい。
【0045】
〔鉛合金の結晶粒の微細化方法について〕
以下に、本実施形態の鉛合金における結晶粒の微細化方法(上記距離の平均値の低下方法)の一例として、圧延による結晶粒の微細化方法について説明する。
圧延によって導入される転位等の格子欠陥が再配列して、低角の方位差境界が形成される。よって、圧延においては一定の歪み量が必要であるので、圧延時の圧下率を5%超過とすることが好ましく、10%以上とすることがより好ましく、20%以上とすることがさらに好ましい。
【0046】
ただし、圧下率が高すぎると、格子欠陥の密度が高すぎて熱的に不安定となり、再結晶が起こるおそれがある。また、圧延後の鉛合金の表面粗さが粗くなるおそれがある。よって、圧延時の圧下率を99%以下とすることが好ましく、90%以下とすることがより好ましく、70%以下とすることがさらに好ましい。
なお、鉛合金の結晶粒をさらに積極的に微細化するためには、圧延前に鉛合金に300℃以上の熱処理(中間熱処理)を施して、溶質元素の均質化を行うことが好ましい。また、圧延と中間熱処理をそれぞれ複数回繰り返してもよく、その場合には、300℃以上の中間熱処理を2回以上施すことが好ましい。
【0047】
〔実施例〕
以下に実施例及び比較例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
表1に示す合金組成を有する鉛合金からなる合金板を、溶解鋳造によって製造した。この合金板に熱処理と圧延を施して、圧延箔を作製した。詳細な製造方法は以下のとおりである。
【0048】
実施例1~7については、厚さ1mmの合金板に対して圧下率を70%として圧延を行い、厚さを0.3mmとした。次に、厚さ0.3mmの圧延箔に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理を施した後に、圧下率を50%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0049】
実施例8~10については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ2mmの合金板に対して圧下率を55%として圧延を行い、厚さを0.9mmとした。次に、厚さ0.9mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を50%としてさらに圧延を行い、厚さを0.45mmとして圧延箔を得た。
【0050】
実施例11については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ4mmの合金板に対して圧下率を25%として圧延を行い、厚さを3mmとした。次に、厚さ3mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を95%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0051】
実施例12については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ2mmの合金板に対して圧下率を50%として圧延を行い、厚さを1mmとした。次に、厚さ1mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を85%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0052】
実施例13については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ1mmの合金板に対して圧下率を40%として圧延を行い、厚さを0.6mmとした。次に、厚さ0.6mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を75%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0053】
実施例14については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ0.4mmの合金板に対して圧下率を50%として圧延を行い、厚さを0.2mmとした。次に、厚さ0.2mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を25%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0054】
実施例15については、温度315℃、時間30minの中間熱処理(1回目の中間熱処理)が施された厚さ0.4mmの合金板に対して圧下率を55%として圧延を行い、厚さを0.18mmとした。次に、厚さ0.18mmの圧延板に対して温度315℃、時間30minの中間熱処理(2回目の中間熱処理)を施した後に、圧下率を17%としてさらに圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。
【0055】
また、比較例1~4については、従来の製造方法に従って圧延箔を製造した。すなわち、厚さ1mmの合金板に対して1パスの圧下率を5%として圧延を行い、厚さを0.15mmとした。次に、厚さ0.15mmの圧延箔に対して、温度315℃、時間30minの熱処理と、温度60℃、時間30minの時効熱処理とを、この記載順に施して、圧延箔を得た。比較例4については、圧延中にコバ割れと呼ばれる欠陥が板の端部に生じたため、圧延箔を作製することができなかった。
【0056】
比較例5~8については、従来の製造方法の中でも加工費が安価な方法に従って圧延箔を製造した。すなわち、厚さ1mmの合金板に対して1パスの圧下率を5%として圧延を行い、厚さを0.15mmとして圧延箔を得た。比較例5~8については、熱処理は施さなかった。比較例5については、圧延中にコバ割れと呼ばれる欠陥が板の端部に生じたため、圧延箔を作製することができなかった。
【0057】
【0058】
次に、作製した実施例1~15並びに比較例1~3及び比較例6~8の各圧延箔について電子線後方散乱回折法によって表面(圧延面)を分析し、その結果から結晶方位分布図を作成した。次に、その結晶方位分布図について、前述と同様の画像解析を行った。そして、結晶方位差が5°以上である結晶粒間の方位差境界と、特定直線との交点を抽出し、抽出した交点のうち同一特定直線上の隣接する2つの交点の間の距離を計測した。特定直線の伸びる方向は、圧延方向と同一方向とした。また、交点の抽出に使用する特定直線の合計の長さは、10mmとした。
次に、計測した全ての上記距離の平均値(単位はμmである)を算出した。この上記距離の平均値は、結晶粒間の方位差境界の間隔の平均値を意味する。結晶粒間の方位差境界の間隔の平均値の算出結果を表1に示す。
【0059】
次に、実施例1~15並びに比較例1~3及び比較例6~8の各圧延箔を正極用鉛層として、バイポーラ型鉛蓄電池用のバイポーラ電極を作製した。そして、その電極を用いてバイポーラ型鉛蓄電池を製造した。電極及びバイポーラ型鉛蓄電池の構造は、
図1に示したものとほぼ同様である。なお、正極用活物質層を形成する活物質は二酸化鉛であり、正極用活物質層の厚さは1.8mmである。また、負極用活物質層を形成する活物質は鉛であり、負極用活物質層の厚さは1.8mmである。
【0060】
製造したバイポーラ型鉛蓄電池に対して、充放電を繰り返す充放電サイクル試験を実施した。充放電のCレートは0.2Cとし、充放電サイクルのサイクル回数は1000サイクルとした。そして、充放電サイクル試験終了後に測定した内部抵抗が、充放電サイクル試験の実施前に測定した初期の内部抵抗の120%以下であった場合は、内部抵抗の上昇が生じにくい鉛蓄電池であると判定し、表1においては「OK」と表示し、120%超過であった場合は、内部抵抗の上昇が生じやすい鉛蓄電池であると判定し、表1においては「NG」と表示した。
【0061】
表1に示す結果から、実施例1~15の鉛蓄電池は、上記距離の平均値が50μm以下であるため、内部抵抗の上昇が生じにくい鉛蓄電池であることが分かる。これに対して、比較例1~3及び比較例6~8の鉛蓄電池は、上記距離の平均値が50μm超過であるため、内部抵抗の上昇が生じやすい鉛蓄電池であることが分かる。
【符号の説明】
【0062】
1・・・鉛蓄電池
101・・・正極用鉛層
102・・・負極用鉛層
103・・・正極用活物質層
104・・・負極用活物質層
105・・・電解層
111・・・基板