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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162956
(43)【公開日】2023-11-09
(54)【発明の名称】抗炎症作用を有する細胞外小胞製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/17 20060101AFI20231101BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20231101BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20231101BHJP
   A61K 35/54 20150101ALI20231101BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20231101BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20231101BHJP
   C12N 15/85 20060101ALI20231101BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231101BHJP
   C12N 5/073 20100101ALI20231101BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231101BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALN20231101BHJP
【FI】
A61K38/17
A61P29/00 ZNA
A61K48/00
A61K35/54
A61K35/545
C12N15/12
C12N15/85 Z
C12N5/10
C12N5/073
G01N33/53 D
C12N5/0775
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022073684
(22)【出願日】2022-04-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.掲載アドレス:http://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-21K07952/ 公開日:令和3年4月28日 2.掲載アドレス:https://researchers.general.hokudai.ac.jp/profile/ja.2951e880ec7d440e520e17560c007669.html?mode=pc 公開日:令和3年4月28日 3.掲載アドレス:https://researchmap.jp/ntakei 公開日:令和3年4月28日
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 真広
(72)【発明者】
【氏名】中石 智之
(72)【発明者】
【氏名】大西 俊介
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸司
(72)【発明者】
【氏名】武井 則雄
(72)【発明者】
【氏名】大久保 直登
【テーマコード(参考)】
4B065
4C084
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA44
4B065CA46
4C084AA01
4C084AA02
4C084AA13
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084CA18
4C084NA14
4C084ZB111
4C084ZB112
4C084ZC781
4C084ZC782
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB63
4C087BC83
4C087CA16
4C087NA14
4C087ZB11
4C087ZC78
(57)【要約】
【課題】製造が容易で、有効成分が明確であり、安定した治療効果を発揮し得る抗炎症剤を開発し、提供することを課題とする。
【解決手段】HSPB6タンパク質、及び/又はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子を含む発現ベクターを含有する抗炎症剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HSPB6タンパク質、及び/又はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子を含む発現ベクターを含有する抗炎症剤。
【請求項2】
前記HSPB6タンパク質が以下のアミノ酸配列からなる、請求項1に記載の抗炎症剤。
(1)配列番号1に示すアミノ酸配列
(2)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(3)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列
【請求項3】
前記遺伝子が以下の塩基配列からなる、請求項1に記載の抗炎症剤。
(1)配列番号2に示す塩基配列
(2)配列番号2に示す塩基配列に対して90%以上の塩基同一性を有する塩基配列
(3)配列番号2に示す塩基配列に対して1個又は複数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列
【請求項4】
前記遺伝子が構成的活性型プロモーターに機能的に連結している、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項5】
前記HSPB6タンパク質が細胞外小胞に含有されている、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項6】
前記HSPB6タンパク質及び/又は前記発現ベクターが細胞に含有されている、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項7】
前記HSPB6タンパク質が哺乳動物細胞由来である、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項8】
前記哺乳動物細胞が多能性幹細胞である、請求項7に記載の抗炎症剤。
【請求項9】
前記哺乳動物細胞が間葉系幹細胞である、請求項7に記載の抗炎症剤。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の抗炎症剤を含む医薬組成物。
【請求項11】
HSPB6タンパク質の発現量が非組換え細胞と比較して増加している組換え胎児付属物由来細胞。
【請求項12】
請求項1に記載の発現ベクターを含む、請求項11に記載の組換え胎児付属物由来細胞。
【請求項13】
請求項11に記載の組換え胎児付属物由来細胞に由来し、非組換え細胞に由来するものと比較してHSPB6タンパク質の含有量が増加している細胞外小胞。
【請求項14】
請求項11又は12に記載の組換え胎児付属物由来細胞、及び/又は請求項13に記載の細胞外小胞を含む医薬組成物。
【請求項15】
炎症性疾患の予防又は治療用である、請求項14に記載の医薬組成物。
【請求項16】
外因性HSPB6タンパク質を含む細胞外小胞の製造方法であって、
HSPB6タンパク質をコードする遺伝子を胎児付属物由来細胞に導入する遺伝子導入工程、
前記胎児付属物由来細胞を培養し、細胞外小胞を分泌させる培養分泌工程、及び
前記細胞外小胞を単離する細胞外小胞単離工程
を含む、前記方法。
【請求項17】
被験細胞の抗炎症作用の判定方法であって、
前記被験細胞を培養する培養工程、
前記被験細胞の培養上清を取得する培養上清取得工程、
前記培養上清を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する培養上清分析工程、及び
標準細胞を用いた場合と比較して、前記HSPB6タンパク質量が高い場合に前記被験細胞が抗炎症作用を有すると判定する抗炎症作用判定工程
を含む、前記方法。
【請求項18】
前記培養上清分析工程が、
前記培養上清から細胞外小胞を含む小胞画分を単離する小胞画分単離ステップ、及び/又は
細胞外小胞を含む膜成分を破壊する膜成分破壊ステップ
を含む、請求項17に記載の判定方法。
【請求項19】
被験体における抗炎症反応の判定方法であって、
前記被験体から得られた体液を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する体液分析工程、及び
標準個体と比較して、前記HSPB6タンパク質量が高い場合に前記被験体において抗炎症反応が起きていると判定する抗炎症反応判定工程
を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗炎症剤、及びそれを含む医薬組成物、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬としての抗炎症剤には、これまでステロイド性抗炎症薬、非ステロイド性抗炎症薬及び免疫抑制剤等が知られている。しかし、いずれも強い副作用があるため、医師の指導や管理の下での慎重な投与を要するという問題がある。
【0003】
近年、副作用を抑える目的で、非生物由来の化合物に頼らない治療剤の開発が進められている。しかし、生物由来成分のみを原料とする製品の多くは、炎症の改善効果も弱いため十分な抗炎症効果があるとは言い難かった。
【0004】
そこで、細胞や、細胞から得られた生体物質を用いた新たな製剤が開発されている。特に、新しい治療ツールとして細胞外小胞が注目を集めている(非特許文献1)。
【0005】
細胞外小胞は細胞のパラクライン効果の主要な担い手の1つとして知られる膜小胞である。細胞外小胞は細胞から分泌され、細胞内のタンパク質、脂質、核酸を細胞外に運搬することにより、局所や全身における細胞間の情報伝達を担っている。細胞外小胞は内部に複雑な機構を持たないため、取り扱いが容易である等の利点があり、活用の機会の拡大に期待が寄せられている。
【0006】
しかし、これまで開発された抗炎症作用を有する細胞外小胞製剤は有効成分が明確でないものが多かった。そのため、一般的な抽出物に基づく製品と同様、ロットによって品質に差が生じやすく、大量生産も困難であり、安定した品質及び供給の確保に大きな課題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Katsuda T, et al. Proteomics. 2013 May;13(10-11):1637-53.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、製造が容易で、有効成分が明確であり、安定した治療効果を発揮し得る抗炎症剤を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を行い、培養上清中のHSPB6タンパク質を含有する細胞外小胞が抗炎症作用を示すこと、また、その作用はHSPB6タンパク質を細胞に過剰発現させることにより増強可能であることを見出した。本発明は、以上の新規知見に基づくものであり、以下を提供する。
【0010】
[1]HSPB6タンパク質、及び/又はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子を含む発現ベクターを含有する抗炎症剤。
[2]前記HSPB6タンパク質が以下のアミノ酸配列からなる、[1]に記載の抗炎症剤。
(1)配列番号1に示すアミノ酸配列
(2)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(3)配列番号1に示すアミノ酸配列に対して1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列
[3]前記遺伝子が以下の塩基配列からなる、[1]又は[2]に記載の抗炎症剤。
(1)配列番号2に示す塩基配列
(2)配列番号2に示す塩基配列に対して90%以上の塩基同一性を有する塩基配列
(3)配列番号2に示す塩基配列に対して1個又は複数個の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列
[4]前記遺伝子が構成的活性型プロモーターに機能的に連結している、[1]~[3]のいずれかに記載の抗炎症剤。
[5]前記HSPB6タンパク質が細胞外小胞に含有されている、[1]~[4]のいずれかに記載の抗炎症剤。
[6]前記HSPB6タンパク質及び/又は前記発現ベクターが細胞に含有されている、[1]~[5]のいずれかに記載の抗炎症剤。
[7]前記HSPB6タンパク質が哺乳動物細胞由来である、[1]~[6]のいずれかに記載の抗炎症剤。
[8]前記哺乳動物細胞が多能性幹細胞である、[7]に記載の抗炎症剤。
[9]前記哺乳動物細胞が間葉系幹細胞である、[7]に記載の抗炎症剤。
[10][1]~[9]のいずれかに記載の抗炎症剤を含む医薬組成物。
[11]HSPB6タンパク質の発現量が非組換え細胞と比較して増加している組換え胎児付属物由来細胞。
[12][1]~[4]のいずれかに記載の発現ベクターを含む、[11]に記載の組換え胎児付属物由来細胞。
[13][11]又は[12]に記載の組換え胎児付属物由来細胞に由来し、非組換え細胞に由来するものと比較してHSPB6タンパク質の含有量が増加している細胞外小胞。
[14][11]又は[12]に記載の組換え胎児付属物由来細胞、及び/又は[13]に記載の細胞外小胞を含む医薬組成物。
[15]炎症性疾患の予防又は治療用である、[14]に記載の医薬組成物。
[16]外因性HSPB6タンパク質を含む細胞外小胞の製造方法であって、HSPB6タンパク質をコードする遺伝子を胎児付属物由来細胞に導入する遺伝子導入工程、前記胎児付属物由来細胞を培養し、細胞外小胞を分泌させる培養分泌工程、及び前記細胞外小胞を単離する細胞外小胞単離工程を含む、前記方法。
[17]被験細胞の抗炎症作用の判定方法であって、前記被験細胞を培養する培養工程、前記被験細胞の培養上清を取得する培養上清取得工程、前記培養上清を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する培養上清分析工程、及び標準細胞を用いた場合と比較して、前記HSPB6タンパク質量が高い場合に前記被験細胞が抗炎症作用を有すると判定する抗炎症作用判定工程を含む、前記方法。
[18]前記培養上清分析工程が、前記培養上清から細胞外小胞を含む小胞画分を単離する小胞画分単離ステップ、及び/又は細胞外小胞を含む膜成分を破壊する膜成分破壊ステップを含む、[17]に記載の判定方法。
[19]被験体における抗炎症反応の判定方法であって、前記被験体から得られた体液を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する体液分析工程、及び標準個体と比較して、前記HSPB6タンパク質量が高い場合に前記被験体において抗炎症反応が起きていると判定する抗炎症反応判定工程を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の抗炎症剤、組換え胎児付属物由来細胞及び細胞外小胞によれば、炎症を抑制することができる。
本発明の医薬組成物によれば炎症症状又は炎症性疾患を予防又は治療することができる。
本発明の製造方法によれば、HSPB6タンパク質を多く含む細胞外小胞を製造することができる。
本発明の判定方法によれば、抗炎症作用又は抗炎症反応の有無を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】各種細胞由来のエクソソームにおけるHSPB6タンパク質に関するウェスタンブロッティング解析の結果を示す図である。図中、羊膜MSC exoは羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームを、線維芽細胞 exoは線維芽細胞由来のエクソソームを、そして骨髄MSC exoは骨髄間葉系幹細胞由来のエクソソームをそれぞれ示す。
図2】線維芽細胞及び羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームの抗炎症作用を示す図である。図2AはTNF-α濃度の結果を示し、図2BはIL-6濃度の結果を示す。図中、LPS刺激はリポ多糖による刺激を、線維芽細胞 exoは線維芽細胞由来のエクソソームを、そして羊膜MSC exoは羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームを示し、「+」は各実験条件を充足すること、「-」は各実験条件を充足しないことを示す。
図3】羊膜間葉系幹細胞及び羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームにおけるHSPB6タンパク質に関するウェスタンブロッティング解析の結果を示す図である。図3Aは羊膜間葉系幹細胞における結果を示し、図3Bは羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームにおける結果を示す。図中、対照はHSPB6タンパク質を過剰発現していない細胞を示し、HSPB6 OXはHSPB6タンパク質を過剰発現している細胞を示す。
図4】HSPB6タンパク質の過剰発現の有無と羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームの抗炎症作用の関係を示す図である。図中、LPS刺激はリポ多糖による刺激を、羊膜MSC exoは羊膜間葉系幹細胞由来のエクソソームを、そしてHSPB6 OXはHSPB6タンパク質の過剰発現を示し、「+」は各実験条件を充足すること、「-」は各実験条件を充足しないことを示す。アルカリフォスファターゼ活性は、3つ全ての実験条件が「-」である群の結果を1とした相対値で示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.抗炎症剤
1-1.概要
本発明の第1の態様は抗炎症剤である。本発明の抗炎症剤は、HSPB6タンパク質、及び/又はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子を必須の構成成分として含む。本発明の抗炎症剤は、本発明の第4態様の医薬組成物における必須の構成成分となり得る。
【0014】
1-2.定義
本明細書において「抗炎症剤」とは、生体内で生じる炎症を予防、治療又は緩和させる作用を有する物質を指す。「炎症」とは、免疫系の上方制御を含む生物学的応答を指す。通常、炎症は、炎症又は免疫応答に関するタンパク質(例えば、ケモカインやサイトカイン等の炎症促進性タンパク質、血漿ハプトグロビン等)の産生量の増加や活性の増強を伴う。
【0015】
「炎症性疾患」とは、持続性又は一過性の炎症を伴い、その炎症を軽減することによって症状が改善され得る疾患を指す。本明細書における炎症性疾患は、慢性炎症性疾患及び急性炎症性疾患のいずれも含む。本明細書における炎症性疾患には、炎症によって活性化された炎症性細胞により発症する局所的な又は全身的な一次的症状、それに誘発される二次的症状を含む炎症症状を含む。
【0016】
「HSPB6(Heat Shock Protein Family B (Small) Member 6:熱ショックタンパク質ファミリーB(低分子量)メンバー6)タンパク質」とは、約20kDaの分子量を有する低分子量熱ショックタンパク質の1つを指す。HSPB6タンパク質は、心筋等の筋肉機能の調節や、眼の水晶体の構造維持等に関与する分子シャペロンとして知られる。本明細書におけるHSPB6タンパク質はいずれの生物由来のものも包含するが、例えば、ヒトHSPB6タンパク質のアミノ酸配列は配列番号1で表される。HSPB6タンパク質はHSP20タンパク質やHSPβ6タンパク質等の別名でも呼ばれる。
【0017】
「HSPB6遺伝子」とは、HSPB6タンパク質をコードする遺伝子を指す。本明細書におけるHSPB6遺伝子はいずれの生物由来のものも包含するが、例えば、ヒトHSPB6遺伝子のアミノ酸配列は配列番号2で表される。
【0018】
「発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片を含み、その遺伝子や遺伝子断片の発現を制御できる発現単位を包含するベクターをいう。
【0019】
「プロモーター」とは、下流(3'末端側)に配置された遺伝子等の発現を制御することのできる遺伝子発現調節領域をいう。本明細書におけるプロモーターは、細胞内のプロモーター及び発現ベクター中のプロモーターのいずれも包含する。
【0020】
本明細書において「機能的に連結」するとは、目的の遺伝子等が発現可能な状態で発現ベクター内に組み込まれていることを指す。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、目的の遺伝子等を配置していることを指す。
【0021】
「細胞外小胞」とは、細胞から分泌される脂質二重膜に包まれた膜小胞をいう。例えば、エクソソーム、マイクロベシクル、アポトーシス小胞等が含まれる。
【0022】
「エクソソーム(エキソソーム)」とは、多胞エンドソームに由来する細胞外小胞をいう。エクソソームは細胞外環境に放出される際にRNA、DNA等の核酸やタンパク質等の生体物質を内部に含むことがある。エクソソームは血液、血清、血漿、リンパ液等の体液に含まれることが知られている。
【0023】
「マイクロベシクル」とは、細胞膜の一部が出芽して形成される細胞外小胞をいう。マイクロベシクルもエクソソームと同様に細胞外環境に放出される際にRNA、DNA等の核酸やタンパク質等の生体物質を内部に含むことがある。マイクロベシクルは血液、血清、血漿、リンパ液等の体液に含まれることが知られている。
【0024】
「アポトーシス小胞」とは、アポトーシスを起こした細胞の凝集や断片化に伴って細胞膜の一部が出芽して形成される膜小胞をいう。アポトーシス小胞は、細胞外環境に放出される際に細胞核の断片や細胞小器官を含むことがある。
【0025】
「胎児付属物」とは、分娩時に胎児と共に摘出される一群の組織を指す。本明細書における胎児付属物には、分娩時に胎児と共に摘出され得る一群の組織及び摘出された一群の組織のいずれも含む。具体的には、例えば、卵膜、胎盤、臍帯及び羊水等を指す。「卵膜」は、胎児の羊水を含む胎嚢であり、内側から羊膜、絨毛膜及び脱落膜から構成される。このうち、羊膜と絨毛膜は胎児を起源とする。「羊膜」は、卵膜の最内層にある血管に乏しい透明薄膜を指す。羊膜の内層(上皮細胞層ともよばれる)は分泌機能のある一層の上皮細胞で覆われ羊水を分泌し、羊膜の外層(細胞外基質層ともよばれ、間質に相当する)は間葉系幹細胞を含む。「胎盤」とは、妊娠中の哺乳動物の子宮内に存在する、臍帯を通して胎児に栄養を与える臓器を指す。「臍帯」とは、胎児と胎盤を繋ぐ管状組織であり、胎盤を含まない組織を指す。
【0026】
本明細書において「胎児付属物由来細胞」とは、胎児付属物の組織から、物理的、化学的、酵素的処理により得られる細胞を指す。例えば、羊膜間葉系細胞や羊膜間葉系幹細胞等が含まれる。本明細書において、「羊膜間葉系幹細胞」は「羊膜MSC」と記載されることがある。
【0027】
本明細書において「間葉系細胞」とは、中胚葉性組織を構成する細胞を指す。間葉系細胞には、中胚葉性組織を構成する全ての細胞が含まれ、骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞等が挙げられるがこれらに限定されない。本明細書における間葉系細胞には、間葉系間質細胞及び間葉系幹細胞も含まれる。
【0028】
「組換え細胞」とは、遺伝子改変を受けた細胞をいう。本明細書における組換え細胞は、特に遺伝子改変によりHSPB6タンパク質の発現量が増加した細胞を指す。一方、「非組換え細胞」とは、組換え細胞でない細胞をいい、本明細書においては、HSPB6タンパク質の発現量を増加させる遺伝子改変を受けていない細胞を指す。
【0029】
1-3.構成
本発明の抗炎症剤は、HSPB6タンパク質、及び/又はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子を含む発現ベクターを必須の構成成分として含み、細胞外小胞及び/又は細胞を選択成分として含む。以下、具体的に説明する。
【0030】
(1)HSPB6タンパク質
HSPB6タンパク質は、160個のアミノ酸残基で構成される配列番号1で示すヒトHSPB6タンパク質のアミノ酸配列、配列番号1で示すアミノ酸配列において1個又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は配列番号1で示すアミノ酸配列と90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、95.5%以上、96%以上、96.5%以上、97.0%以上、97.5%以上、98.0%以上、98.5%以上、99.0%以上、99.5%以上のアミノ酸の配列同一性を有するアミノ酸配列からなる。
【0031】
なお、本明細書において「複数個」とは、2~10個、例えば、2~7個、2~5個、2~4個、2~3個(数個)をいう。また「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly、Asn、Gln、Ser、Thr、Cys、Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu、Val、Ile)、中性アミノ酸群(Gly、Ile、Val、Leu、Ala、Met、Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn、Gln、Thr、Ser、Tyr、Cys)、酸性アミノ酸群(Asp、Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg、Lys、His)、芳香族アミノ酸群(Phe、Tyr、Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ポリペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。さらに「アミノ酸(の)配列同一性」とは、2つのアミノ酸配列の比較範囲内におけるアミノ酸残基の種類が同一な部位の割合を示す数値である。アミノ酸配列同一性は、2つのアミノ酸配列の長さが異なる場合であっても、比較範囲内のアミノ酸一致度が最も高くなるように整列(アラインメント)することで算出可能である。限定はしないが、このような解析を行う代表的なアルゴリズムがBLASTである。BLASTは、様々なソフトやWebサービスで利用可能である。例えば、遺伝情報処理ソフトウエアGENETYX(https://www.genetyx.co.jp/)、NCBI提供BLASTサーバー(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)等を利用して、アミノ酸配列同一性を容易に算出することができる。また、BLAST以外にもFASTAと呼ばれるアルゴリズム等もあり、妥当な同一性が算出できるのであれば、それらのいずれも利用可能である。
【0032】
(2)HSPB6遺伝子を含む発現ベクター
本発明の抗炎症剤に含有される発現ベクターは、必須の構成要素としてHSPB6遺伝子を含み、その他にも、プロモーター、DNA配列挿入部位、標識遺伝子(選抜マーカー)、エンハンサー、ターミネーター、複製起点及びポリAシグナル等の追加の構成要素を含み得る。
【0033】
本発明において使用可能な発現ベクターは特に限定しないが、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター等が挙げられる。発現ベクターは、市販の発現ベクターを利用してもよい。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。また、発現ベクターは、動物細胞と大腸菌等の細菌間とで複製可能なシャトルベクターであってもよい。
【0034】
ウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴(AAV)ベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、アルファウイルスベクター、EBウイルスベクター、パピローマウイルスベクター、フォーミーウイルスベクター、シンドビスウイルスベクター等が挙げられる。
【0035】
本発明において使用される発現ベクターには、組換えベクターも含まれる。組換えベクターは、ベクター中の塩基配列を宿主細胞のゲノムDNAに組み込むことを目的として使用されるベクターを指す。発現ベクターが組換えベクターである場合、発現ベクターはHSPB6遺伝子に加え、DNA配列挿入部位を含み得る。一方、HSPB6遺伝子を発現可能な発現ベクターはHSPB6遺伝子に加え、プロモーターを含む。
【0036】
(2-1)HSPB6遺伝子
本発明の抗炎症剤に含まれるHSPB6遺伝子はHSPB6タンパク質をコードする遺伝子であれば特に限定されない。
【0037】
HSPB6遺伝子の具体的な塩基配列として、例えば、配列番号2で示すヒトHSPB6遺伝子の塩基配列、又は配列番号2で示す塩基配列において、1個又は複数個の塩基が付加、欠失、及び/又は置換された塩基配列、さらに配列番号2で示す塩基配列と90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、95.5%以上、96%以上、96.5%以上、97.0%以上、97.5%以上、98.0%以上、98.5%以上、99.0%以上、99.5%以上の塩基の配列同一性を有する塩基配列、あるいは、配列番号2に示す塩基配列に相補的な塩基配列に対して高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
【0038】
本明細書において「塩基(の)配列同一性」とは、前記アミノ酸配列同一性と同様に、2つの塩基配列の比較範囲内における塩基の種類が同一な部位の割合を示す数値である。塩基配列同一性は、2つの塩基配列の長さが異なる場合であっても、比較範囲内の塩基一致度が最も高くなるように整列(アラインメント)することで算出可能である。限定はしないが、前述のBLASTやFASTAの他、MUMmer等の解析アルゴリズムを塩基配列同一性の解析を行うことも可能である。
【0039】
「高ストリンジェントな条件」とは、非特異的なハイブリダイゼーションを生じ難い環境条件をいう。高ストリンジェントな条件下では、標的塩基配列を有する核酸とはハイブリッドを形成可能であるが、非特異的な塩基配列を有する核酸はハイブリッドを実質的に形成することができない。一般に高ストリンジェントな条件とは、低塩濃度で、かつ高温な条件をいう。低塩濃度とは、例えば、15~750mM、好ましくは15~500mM、15~300mM又は15~200mMをいう。また、高温とは、例えば、50~68℃、又は55~70℃をいう。高ストリンジェントな条件の具体例として、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、65℃、0.1×SSC及び0.1% SDSで洗浄する条件が挙げられる。
【0040】
(2-2)プロモーター
本発明において使用可能なプロモーターは、HSPB6遺伝子を細胞内で発現誘導可能なプロモーターである。本発明で使用されるプロモーターは、本発明の発現ベクターが導入される細胞内で下流の遺伝子を発現できるものであれば特に限定しない。
【0041】
プロモーターは、発現制御下にある遺伝子等を発現させる場所に基づいて、ユビキタスプロモーター(全身性プロモーター)と部位特異的プロモーターに分類することができる。本発明において使用されるプロモーターは、ユビキタスプロモーター及び部位特異的プロモーターのいずれであってもよい。ユビキタスプロモーターは、全細胞、すなわち宿主個体全体で目的の遺伝子等の発現を制御するプロモーターである。また、部位特異的プロモーターは、特定の細胞又は組織でのみ目的の遺伝子等の発現を制御するプロモーターである。
【0042】
また、プロモーターは、発現の時期に基づいて構成的活性型プロモーター、発現誘導型プロモーター及び時期特異的活性型プロモーターに分類することができる。本発明において使用されるプロモーターは、これらのいずれであってもよい。構成的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を恒常的に発現させることができる。発現誘導型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等の発現を任意の時期に誘導することができる。また、時期特異的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を発生段階の特定の時期にのみ発現誘導することができる。
【0043】
上述のいずれのプロモーターも宿主細胞内で目的の遺伝子の過剰な発現をもたらし得ることから、本発明において使用可能な過剰発現型プロモーターとして利用することができる。
【0044】
具体的な構成的活性型プロモーターとしては、例えば、CAGプロモーター、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、LTRプロモーター、Ubプロモーター等が挙げられる。
【0045】
発現誘導型プロモーターとしては、例えば、銅イオンや亜鉛イオン等の金属イオン誘導性プロモーター(CUP1メタロチオネインプロモーター等)、メチオニン誘導性プロモーター(MET25プロモーター、MET3プロモーター等)、グルココルチコイドプロモーター、プロゲステロンプロモーター、ADH1及びADH2アルコールデヒドロゲナーゼプロモーター、メタロチオネインプロモーター、HSP18.2プロモーター等のヒートショックタンパク質プロモーター等の公知の誘導性プロモーター又は公知の転写因子等を用いた誘導システムが挙げられる。
【0046】
また、例えば、目的に応じて、公知の部位及び/又は時期特異的活性型プロモーターを単独で、又はユビキタスプロモーター(構成的活性型プロモーター、発現誘導型プロモーター等を含む)と組み合せて使用することができる。
【0047】
HSPB6遺伝子はプロモーターに機能的に連結される。連結様式は、HSPB6遺伝子が発現可能であれば特に限定しない。使用するプロモーターや導入する細胞等の条件に応じて適宜設定することができる。例えば、HSPB6遺伝子は構成的活性型プロモーターに機能的に連結される。
【0048】
(2-3)DNA配列挿入部位
本明細書において「DNA配列挿入部位」とは、目的のDNA配列を挿入できる部位を指す。本発明において使用されるDNA配列挿入部位は特に限定しないが、例えば、部位特異的組換え酵素の認識部位等が含まれる。具体的な部位特異的組換え酵素の認識部位としては、例えば、loxP(Creリコンビナーゼ認識部位)、FRT(Flpリコンビナーゼ認識部位)、φC31attB及びφC31attP(φC31リコンビナーゼ認識部位)、R4attB及びR4attP(R4リコンビナーゼ認識部位)、TP901-1attB及びTP901-1attP(TP901-1リコンビナーゼ認識部位)、又はBxb1attB及びBxb1attP(Bxb1リコンビナーゼ認識部位)、TAジヌクレオチド配列(piggyBacトランスポザーゼ認識部位)等が挙げられる。
【0049】
HSPB6遺伝子を宿主細胞のゲノムDNA中に組み込む目的でDNA配列挿入部位を含む場合、遺伝子の組換えに必要な他の因子(例えば、組換え酵素又はそれをコードする遺伝子等)をあわせて使用することができる。これらの因子は、本発明の抗炎症剤に含んでもよく、抗炎症剤とは別に使用してもよい。
【0050】
(2-4)標識遺伝子
本明細書において「標識遺伝子」は、選抜マーカー又はレポータータンパク質とも呼ばれる標識タンパク質をコードする遺伝子である。「標識タンパク質」とは、その活性に基づいて標識遺伝子の発現の有無を判別することのできるペプチド又はタンパク質をいう。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出するものであってもよいし、色素のような標識タンパク質の活性によって発生する代謝物を介して間接的に検出するものであってもよい。検出は、生物学的検出(抗体、アプタマー等のペプチドや核酸の結合による検出を含む)、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
【0051】
標識遺伝子がコードする標識タンパク質の種類は、当該技術分野で公知の方法によりその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。検出に際して組換え体に対する侵襲性の低い標識タンパク質は好ましい。例えば、タグペプチド、色素タンパク質、蛍光タンパク質、発光タンパク質等が挙げられる。
【0052】
「タグペプチド」は、タンパク質を標識化することのできる十数アミノ酸~数十アミノ酸からなる短ペプチドであって、タンパク質の検出用、精製用として用いられる。通常は、標識すべきタンパク質をコードする遺伝子の5'末端側又は3'末端側にタグペプチドをコードする塩基配列を連結し、タグペプチドとの融合タンパク質として発現させることで標識化する。タグペプチドは、当該技術分野で様々な種類が開発されているが、いずれのタグペプチドを使用してもよい。タグペプチドの具体例として、FLAG、HA、His、及びmyc等が挙げられる。
【0053】
「色素タンパク質」は、色素の生合成に関与するタンパク質、又は基質の付与により色素による組換え体の化学的検出を可能にするタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、組換え体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドであり、その種類は特に限定しない。例えば、β-ガラクトシダーゼ(LacZ)、β-グルクロニターゼ(GUS)、メラニン系色素合成タンパク質、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
【0054】
「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)等が挙げられる。
【0055】
「発光タンパク質」とは、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。
【0056】
(2-5)エンハンサー
本発明において使用されるエンハンサーは、ベクター内の遺伝子又はその断片の発現効率を増強できるものであれば特に限定しない。
【0057】
(2-6)ターミネーター
本明細書において「ターミネーター」は、プロモーターの活性により発現した遺伝子等の転写を終結できる配列である。ターミネーターの種類は、特に限定はしない。好ましくはプロモーターと同一生物種由来のターミネーターである。一遺伝子発現制御系においてゲノム上で前記プロモーターと対になっているターミネーターは特に好ましい。
【0058】
(2-7)複製起点
本発明における発現ベクターは、HBcのスパイク領域を宿主細胞内で一過的に発現することができればよい。したがって、例えば、宿主細胞が哺乳動物細胞である場合、哺乳動物細胞用の複製起点は不要である。しかし、シャトルベクターとして、例えば、大腸菌等の細菌内で発現させる場合には、その複製起点が必須となる。複製起点は、公知の配列を利用することができる。例えば、大腸菌用の複製起点であればf1 origin等を利用すればよい。
【0059】
(2-8)ポリAシグナル
「ポリAシグナル」とは、RNA転写物のコード配列の3'末端におけるポリA尾部の付加を導くシグナル配列を指す。本発明において使用可能なポリAシグナルは特に限定しない。
【0060】
(3)細胞外小胞
本発明の抗炎症剤においては、HSPB6タンパク質は細胞外小胞に含有されていてもよい。
本発明の抗炎症剤に使用される細胞外小胞の種類は特に限定しない。例えば、エクソソーム、マイクロベシクル、アポトーシス小胞、又はその組合せであり得る。
【0061】
抗炎症剤に含まれる細胞外小胞の大きさは特に限定しない。具体的には、例えば、細胞外小胞の直径の平均は1000nm以下、900nm以下、800nm以下、700nm以下、600nm以下、500nm以下、400nm以下、300nm以下、250nm以下、220nm以下、200nm以下、又は150nm以下であり得る。また、例えば、細胞外小胞の直径の平均は30nm以上、40nm以上、50nm以上、60nm以上、70nm以上、80nm以上、90nm以上、又は100nm以上であり得る。
【0062】
細胞外小胞の由来は特に限定しない。本発明においては、天然の細胞外小胞、人工の細胞外小胞又はその組合せのいずれも使用することができる。本明細書における天然の細胞外小胞は、細胞から天然の分泌プロセスによって産生された細胞外小胞を指す。天然の細胞外小胞は分泌プロセスが天然であれば特に限定されず、例えば、天然の細胞、組換え細胞、培養細胞から分泌された細胞外小胞を含む。本明細書における人工の細胞外小胞は、天然の分泌プロセスによらずに産生された細胞外小胞を指す。例えば、天然の細胞外小胞同士を融合させた、又は天然の細胞外小胞とリポソーム等の人工膜小胞とを融合させたハイブリッド膜小胞等が含まれる。
【0063】
本発明に使用される細胞外小胞の由来は特に限定しない。細胞外小胞は任意の生物に由来することができる。
【0064】
本明細書における生物としては、例えば、ヒト、チンパンジーを含む霊長類、イヌ、ネコ、インコ等のペット動物、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ等の家畜動物、マウス、ラット等の齧歯類、動物園で飼育される動物等の哺乳動物及び鳥類が挙げられる。
【0065】
抗炎症剤に含まれる細胞外小胞は、全てが同じ細胞、細胞種、個体又は生物種に由来するものでもよく、異なる細胞等に由来する細胞外小胞の混合物であってもよい。
【0066】
細胞外小胞に含まれるHSPB6タンパク質以外の物質は特に限定しない。例えば、任意の脂質、タンパク質、RNA、低分子等を含み得る。細胞外小胞には、例えば、追加のタンパク質として、CD9、CD24、CD31、CD40、CD63、CD81、HLA-G、Rab5b、Alix、Tsg101、セレクチン、インテグリン、PTGFRN、IGSF8、IGSF3、ATPトランスポーター、SLC3A2、BSG、CD98hc等のマーカータンパク質又はこれらの組合せが含まれ得る。その他に、細胞外小胞の濃縮を容易にする標識物質、標識物質を含むタンパク質、抗炎症作用を有する他の物質等の外因性物質を含んでもよい。
【0067】
本発明の抗炎症剤における細胞外小胞の含有量は特に限定しない。例えば、粒子数であれば、1×10^6粒子/mL以上、2×10^6粒子/mL以上、2.5×10^6粒子/mL以上、5×10^6粒子/mL以上、7×10^6粒子/mL以上、9×10^6粒子/mL以上、1×10^7粒子/mL以上、2×10^7粒子/mL以上、5×10^7粒子/mL以上、1×10^8粒子/mL以上、5×10^8粒子/mL以上、1×10^9粒子/mL以上、5×10^9粒子/mL以上、1×10^10粒子/mL以上、又は5×10^10粒子/mL以上であり得る。また、例えば、重量であれば、0.01μg/mL以上、0.05μg/mL以上、0.1μg/mL以上、0.2μg/mL以上、0.25μg/mL以上、0.3μg/mL以上、0.4μg/mL以上、0.5μg/mL以上、0.6μg/mL以上、0.7μg/mL以上、0.8μg/mL以上、0.9μg/mL以上、又は1μg/mL以上であり得る。
【0068】
本発明の抗炎症剤が細胞外小胞を含む場合、抗炎症剤中のHSPB6タンパク質の全部又は一部が細胞外小胞に含有され得る。HSPB6タンパク質の一部が細胞外小胞に含有される場合、抗炎症剤中のHSPB6タンパク質のうち、細胞外小胞に含有されるHSPB6タンパク質の割合は特に限定しない。例えば、10%以上、30%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は95%以上のHSPB6タンパク質が細胞外小胞に含有される。
【0069】
抗炎症剤中の細胞外小胞の全部又は一部がHSPB6タンパク質を含有し得る。細胞外小胞の一部がHSPB6タンパク質を含有する場合、抗炎症剤中の細胞外小胞のうち、HSPB6タンパク質を含有する細胞外小胞の割合は特に限定しない。例えば、1%以上、5%以上、10%以上、30%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は95%以上の細胞外小胞がHSPB6タンパク質を含有する。
【0070】
(4)細胞
本発明の抗炎症剤においては、HSPB6タンパク質及び/又は前記発現ベクターは細胞に含有されていてもよい。
【0071】
本発明に使用される細胞の由来は特に限定しない。細胞は、任意の一以上の生物、例えば、細胞外小胞の項において例示した生物に由来することができる。例えば、哺乳動物細胞、ヒト細胞、適用対象と同種生物由来の細胞、適用対象個体由来の細胞又はその組合せを使用することができる。
【0072】
本発明に使用される細胞の種類は、生物の構成単位として機能すれば特に限定しない。例えば、生体組織に由来する細胞、生体組織に由来する細胞から派生した細胞、幹細胞、幹細胞から分化した細胞、又はその組合せ等が挙げられる。
【0073】
例えば、生体組織に由来する細胞としては、上皮組織由来細胞、結合組織由来細胞、筋組織由来細胞、神経組織由来細胞、又はその組合せ等が挙げられる。また、例えば、結合組織由来細胞及び筋組織由来細胞等は、間葉系細胞とまとめて呼ぶことができる。
【0074】
間葉系細胞を使用する場合、例えば、臍帯、胎盤等の胎児付属物、骨髄、脂肪組織、滑膜、関節液、歯髄、心臓等に由来する細胞を使用することができる。具体的な間葉系細胞としては、例えば、皮膚線維芽細胞、骨芽細胞、腱・靱帯線維芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞、腱細胞、心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、ムチン産生細胞、内分泌腺由来の細胞(例えば、β島細胞等のインスリン産生細胞)等が挙げられる。また、例えば、結合組織の1つである血液の場合、血球は他の間葉系細胞とは異なり造血幹細胞から分化した細胞であるが、本明細書においてはこれらも間葉系細胞として扱う。具体的には、例えば、樹状細胞、単球、ナチュラルキラー(NK)細胞、T細胞(例えば、アルファ・ベータ(αβ)T細胞、ガンマ・デルタ(γδ)T細胞、細胞障害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte:CTL)、ヘルパーT細胞等)、B細胞、マクロファージ、好中球、好酸球等も間葉系細胞に含まれるものとする。また、これら間葉系細胞は、例えば後述する多能性幹細胞から分化したものであってもよく、具体的にはiPS細胞由来の心筋細胞、軟骨細胞、神経細胞等であってもよい。
【0075】
「幹細胞」とは、様々な細胞への分化能、及び自己複製能を持つ細胞をいう。例えば、体性幹細胞及び多能性幹細胞等が挙げられる。「体性幹細胞」とは、成体の各組織中に存在し、最終的な分化をしておらず、複数種類の細胞に分化可能な多分化能を有する複能性幹細胞をいう。
【0076】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するほぼ全ての種類の細胞に分化可能な多分化能を有する幹細胞をいう。
【0077】
本明細書において「間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)」とは、以下の定義(i)及び(ii)を満たす細胞を指す。
(i)標準培地での培養条件で、プラスチックに接着性を示す(標準培地は、基礎培地(例:αMEM培地)に血清、血清代替試薬又は増殖因子を添加した培地である)。
(ii)表面抗原のCD73、CD90が陽性であり、CD45、CD326が陰性である。
【0078】
間葉系幹細胞は、中胚葉性組織に属する一種類以上の細胞に分化可能な、多分化能を有する体性幹細胞である。本明細書における間葉系幹細胞には、任意の組織から得られた間葉系幹細胞及び体外で調製された間葉系幹細胞のいずれも含まれる。
【0079】
幹細胞を使用する場合、例えば、体性幹細胞、多能性幹細胞、又はその組合せ等を使用することができる。体性幹細胞としては、例えば、間葉系幹細胞、神経幹細胞、腸管上皮幹細胞、毛包幹細胞、乳腺幹細胞、色素幹細胞等が挙げられる。多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)、胚性生殖幹細胞(EG細胞:embryonic germ cell)、生殖系幹細胞(GS細胞:Germline stem cell)、及び人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等が挙げられる。
【0080】
幹細胞、特に体性幹細胞を使用する場合、細胞の由来する組織は特に限定しない。例えば、間葉系幹細胞のように多様な組織に存在する幹細胞の場合、いずれの組織に由来する細胞を使用してもよく、また、複数種類の組織に由来する細胞を組み合わせて使用してもよい。間葉系幹細胞が由来し得る組織としては、間葉系細胞について例示した組織を挙げることができる。具体的には、例えば、間葉系幹細胞は胎児付属物由来であってもよく、羊膜由来であってもよい。
【0081】
細胞集団を細胞の種類で称する場合、含まれる細胞全てがその種類である必要はなく、その種類の細胞を含むことを指すものとする。また、細胞集団が複数種類の組織に由来する細胞を含む場合、いずれかの組織の名称を代表として用いて、その細胞集団を称することができる。例えば、細胞集団を羊膜由来の間葉系細胞と称する場合、その細胞集団は羊膜由来の間葉系細胞を含めばよく、他の組織由来の間葉系細胞を含んでも、他の細胞種を含んでもよい。この場合、羊膜由来の間葉系細胞の割合は特に限定しない。例えば、その割合は20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%であり得る。
【0082】
本発明に使用される細胞は、HSPB6タンパク質の発現量の増加を伴わない遺伝子改変を受けている細胞であってもよく、第2態様の組換え胎児付属物由来細胞のようにHSPB6タンパク質の発現量の増加を伴う遺伝子改変を受けている細胞であってもよい。
【0083】
本発明の抗炎症剤が細胞を含む場合、抗炎症剤中のHSPB6タンパク質及び/又は発現ベクターの全部又は一部が細胞に含有され得る。HSPB6タンパク質及び/又は発現ベクターの一部が細胞に含有される場合、抗炎症剤中のHSPB6タンパク質等のうち、細胞に含有されるHSPB6タンパク質等の割合は特に限定しない。また、抗炎症剤中の細胞の全部又は一部がHSPB6タンパク質及び/又は発現ベクターを含有し得る。細胞の一部がHSPB6タンパク質等を含有する場合、抗炎症剤中の細胞のうち、HSPB6タンパク質等を含有する細胞の割合は特に限定しない。
【0084】
本発明の抗炎症剤は、HSPB6タンパク質を含む細胞外小胞及びHSPB6タンパク質及び/又は発現ベクターを含む細胞の両方を含んでもよい。
【0085】
1-4.適用対象疾患
本発明の抗炎症剤が適用可能な炎症性疾患としては、例えば、花粉症、遅延型アレルギー、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性の炎症疾患;糖尿病性神経障害、認知症(アルツハイマー型等)、多発性硬化症等の神経炎症疾患;大腸がん、肺がん、膀胱がん、口腔がん、舌がん、皮膚がん、食道がん、メラノーマ、胆管がん、大腸がん、胆嚢がん、胃がん、子宮頚部がん、肝がん等の、慢性炎症に起因するがん;肝炎(アルコール性肝炎、非アルコール性肝炎等)、喘息、全身性エリテマトーデス、クローン病、アトピー性皮膚炎、関節炎(慢性リウマチ様関節炎等)、糖尿病性神経障害、褥瘡、糖尿病性皮膚潰瘍、認知症等のマクロファージが関与する炎症性疾患;動脈硬化症、胃潰瘍、腎炎(糸球体腎炎、IgA腎症、糖尿病性腎症等)、歯周病(歯肉炎、歯周囲炎等)、肝硬変、気管支炎、脳梗塞、動脈瘤、子宮内膜症、急性呼吸急迫症候群、腎臓移植による障害、急性心筋梗塞、糖尿病、クローン病、肺炎、エンドトキシンショック、感染症による敗血症、慢性潰瘍性大腸炎、慢性気管支炎、膀胱炎、慢性骨髄炎、逆流性食道炎、胆管炎、慢性胆嚢炎、胃炎、慢性子宮頚部炎、セリアック病、脈管炎、狼瘡、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、過敏性腸症候群、アテローム性動脈硬化症、強直性脊椎炎、大腸炎、慢性活動性肝炎、消化管狭窄、瘻孔、皮膚炎及び乾癬等のその他の炎症性疾患が挙げられる。
【0086】
1-5.効果
本発明の抗炎症剤は抗炎症作用を有する。
本発明の抗炎症剤によれば、炎症症状又は炎症性疾患の予防及び/又は治療をすることができる。
【0087】
2.組換え胎児付属物由来細胞
2-1.概要
本発明の第2の態様は組換え胎児付属物由来細胞である。本発明の細胞は、HSPB6タンパク質の発現量が非組換え細胞と比較して増加していることを特徴とする。本発明の細胞は、本発明の第4態様の医薬組成物における必須の構成成分の1つとなり得る。
【0088】
2-2.構成
本発明の組換え胎児付属物由来細胞は、組換えによりHSPB6タンパク質の発現量が増加している胎児付属物由来細胞である。
【0089】
本発明に使用される胎児付属物は、出産に際して取得されたものでも、出産前に母体から採取されたものでもよい。
【0090】
また、胎児付属物の由来は特に限定しない。例えば、第1態様の細胞外小胞の項にて例示された生物に由来することができ、全てが同じ個体又は生物種に由来するものでもよく、異なる個体又は生物種等に由来する胎児付属物の混合物であってもよい。
【0091】
本発明に使用される胎児付属物由来細胞は、胎児付属物から得られた細胞であれば特に限定しない。例えば、単一の胎児付属物から得られた細胞であっても、複数の胎児付属物から得られた細胞の混合物であってもよい。また、胎児付属物の特定の組織に由来する細胞を含んでもよく、その場合は特に、由来する組織の名称を用いて卵膜由来細胞、羊膜由来細胞、胎盤由来細胞、臍帯由来細胞、羊水由来細胞等と称する。
【0092】
本発明に使用される胎児付属物由来細胞は間葉系細胞であるか、間葉系細胞を含み得る。また、間葉系細胞は、例えば、特定の組織由来の細胞、例えば、卵膜間葉系細胞、羊膜間葉系細胞等を含み得る。
【0093】
本発明に使用される胎児付属物由来細胞はまた、間葉系幹細胞であるか、間葉系幹細胞を含み得る。また、間葉系幹細胞は、例えば、特定の組織由来の間葉系幹細胞、例えば、卵膜間葉系幹細胞、羊膜間葉系幹細胞等を含み得る。
【0094】
本発明において組換えの対象となる胎児付属物由来細胞は、HSPB6タンパク質の発現量の増加を伴わない遺伝子改変を受けている細胞であってもよい。例えば、遺伝子改変により細胞外小胞産生量(例えば、エクソソーム産生量)が増加した細胞等を用いることができる。
【0095】
本発明の胎児付属物由来細胞は遺伝子組換えされている。胎児付属物由来細胞においてされる組換えはHSPB6タンパク質の発現量が増加する限り特に限定しない。例えば、第1態様の発現ベクターを用いてHSPB6遺伝子が導入されてもよいし、内因性のHSPB6遺伝子の調節領域(例えば、プロモーター領域又はエンハンサー領域等)が組換えを受けてもよい。あるいは、HSPB6遺伝子及びその調節領域以外の領域における遺伝子改変により、間接的にHSPB6遺伝子の発現量が増加した細胞も本発明に包含される。例えば、HSPB6遺伝子の発現に影響を与える他の因子(例えば、転写因子等)をコードする遺伝子領域における遺伝子改変によってHSPB6タンパク質の発現量が増加している細胞等が挙げられる。HSPB6タンパク質の発現量が増加する組換えは複数の遺伝子改変の組合せによって構成されてもよく、HSPB6タンパク質の発現量が増加する組換えを複数行ってもよい。
【0096】
本発明の組換え胎児付属物由来細胞のHSPB6タンパク質の発現量は、非組換え細胞と比較して増加している。ここで、HSPB6タンパク質の発現量の基準となる非組換え細胞は、胎児付属物由来細胞である。好ましくは、非組換え細胞は組換え細胞と同じ生物、個体、又は組織に由来する胎児付属物由来細胞である。
【0097】
比較に使用される非組換え細胞及び組換え胎児付属物由来細胞の数は特に限定しない。例えば、胎児付属物由来細胞における一般的なHSPB6タンパク質の発現量と個々の組換え胎児付属物由来細胞のHSPB6タンパク質の発現量を比較してもよいし、非組換え細胞の集団におけるHSPB6タンパク質の発現量と組換え胎児付属物由来細胞の集団におけるHSPB6タンパク質の発現量を比較してもよい。
【0098】
本発明の組換え胎児付属物由来細胞のHSPB6タンパク質の発現量は、非組換え細胞と比較して増加していれば特に限定しない。例えば、非組換え細胞と比較して有意に増加していてもよいし、非組換え細胞と比較して一定の水準以上であってもよい。
【0099】
本明細書において「有意」とは、統計学的に有意であることをいう。統計学的に有意とは、被験対象の測定値と対照値の差異を統計学的に処理したときに、両者間に有意差があることをいう。例えば、得られた値の危険率(有意水準)が小さい場合、具体的には5%より小さい場合(p<0.05)、1%より小さい場合(p<0.01)、0.1%より小さい場合(p<0.001)が挙げられる。ここに示す「p(値)」は、統計学的検定において、帰無仮説に基づいた分布の中で、検定統計量が偶然その値になる確率を示す。したがって「p」が小さいほど、検定統計量がその値となる確率は低く、帰無仮説が棄却されやすいことを意味する。統計学的処理の検定方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法を適宜使用すればよく、特に限定しない。例えば、スチューデントのt検定法、対応のあるスチューデントのt検定法、ウェルチのt検定法、ウィルコクソンの順位和検定、分散分析、Tukey事後検定等を用いることができるが、特に限定しない。
【0100】
発現量の増加を判断するための水準としては、例えば、非組換え細胞の1.01倍以上、1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、1.9倍以上、2.0倍以上、2.5倍以上、3.0倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、7倍以上、8倍以上、9倍以上、10倍以上、20倍以上、30倍以上、40倍以上、50倍以上、60倍以上、70倍以上又は80倍以上が挙げられる。
【0101】
3.細胞外小胞
3-1.概要
本発明の第3の態様は細胞外小胞である。本発明の細胞外小胞は、非組換え細胞に由来するものと比較してHSPB6タンパク質の含有量が増加していることを特徴とする。本発明の細胞外小胞は、本発明の第4態様の医薬組成物における必須の構成成分となり得る。
【0102】
3-2.構成
本発明の細胞外小胞は、HSPB6タンパク質を必須の構成成分として含む。
【0103】
HSPB6タンパク質については第1態様において使用されるHSPB6タンパク質に準ずる。そのため、ここでの詳細な説明は省略する。
【0104】
細胞外小胞については第1態様において使用される細胞外小胞に準ずる。そのため、ここでは第1態様において使用される細胞外小胞と異なる点についてのみ記載する。
【0105】
本発明の細胞外小胞は、胎児付属物由来細胞に由来し、非組換え細胞に由来するものと比較してHSPB6タンパク質の含有量が増加していれば特に限定しない。例えば、本発明の細胞外小胞として、胎児付属物由来細胞から得られた細胞外小胞とHSPB6タンパク質を含む人工膜小胞との融合により得られた人工細胞外小胞を用いてもよいし、第2態様の組換え胎児付属物由来細胞から得られた天然細胞外小胞をそのまま用いてもよい。また、HSPB6タンパク質の平均含有量が非組換え細胞に由来する細胞外小胞における平均含有量より多いのであれば、非組換え胎児付属物由来細胞から得られた天然の細胞外小胞から選別された細胞外小胞であってもよい。
【0106】
本発明の細胞外小胞は、好ましくは、第2態様の組換え胎児付属物由来細胞に由来する細胞外小胞、又は外因性のHSPB6タンパク質を含む細胞外小胞である。ここで「外因性のタンパク質」とは、人為的操作等を介して後天的に獲得された、非組換え細胞のゲノムには存在しないタンパク質をいう。
【0107】
本発明の細胞外小胞においては、非組換え細胞に由来するものと比較してHSPB6タンパク質の含有量が増加している。この判断は、基本的には、第2態様におけるHSPB6タンパク質の発現量の判断に準じて行うことができる。そのため、ここでは第2態様におけるHSPB6タンパク質の発現量の判断と異なる点についてのみ記載する。
【0108】
HSPB6タンパク質の含有量の判断の基準となるのは非組換え細胞に由来する細胞外小胞である。非組換え細胞に由来する細胞外小胞については、その由来する細胞が特定されている必要はない。例えば、組換えされていない個体の体液から得られた細胞外小胞は、非組換え細胞に由来する細胞外小胞として扱うことができる。
【0109】
4.医薬組成物
4-1.概要
本発明の第4の態様は医薬組成物である。本発明の医薬組成物は、必須の構成成分として、第1態様の抗炎症剤、又は第2態様の組換え胎児付属物由来細胞及び/又は第3態様の細胞外小胞を有効成分として含み、任意選択可能な構成成分として溶媒及び薬学的に許容可能な担体を含む。本発明の医薬組成物は抗炎症作用を有する。
【0110】
4-2.構成
4-2-1.構成成分
本発明の医薬組成物の構成成分について説明する。本発明の医薬組成物は、必須の構成成分として、第1態様の抗炎症剤、又は第2態様の組換え胎児付属物由来細胞及び/又は第3態様の細胞外小胞を一種類以上、有効成分として含み、任意選択可能な構成成分として溶媒及び/又は担体を含む。以下、各構成成分について具体的に説明をする。
【0111】
(1)有効成分
本発明の医薬組成物は、有効成分として第1態様の抗炎症剤、又は第2態様の組換え胎児付属物由来細胞及び/又は第3態様の細胞外小胞を包含する。
【0112】
抗炎症剤、組換え胎児付属物由来細胞及び細胞外小胞の構成については、第1~第3態様で詳述していることから、ここでの具体的な説明は省略する。本発明の医薬組成物は一種類又は複数種類の有効成分を含むことができる。
【0113】
本発明の医薬組成物に含まれる有効成分の含有量は、特に限定はしない。一般に含有量は、有効成分の種類、剤形、並びに後述する他の構成成分である溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。単回適用量の本医薬組成物に有効量の有効成分が含有されていればよい。ただし、有効成分の薬理効果を得る上で対象に本医薬組成物を大量に投与する必要がある場合には、対象の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する対象に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、対象の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。したがって、本医薬組成物を医薬として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0114】
本明細書において「対象」とは、第1態様に記載の抗炎症剤、又は本態様の医薬組成物の適用対象をいう。例えば、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体である。個体の場合、好ましくはヒト個体である。本発明において、対象は健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとし、例えば、炎症を有する個体、又は将来炎症が予想される個体等が含まれる。炎症の有無は、炎症又は免疫応答に関するタンパク質の産生量の増加や活性の増強、又は炎症症状の有無等によって判断することができる。
【0115】
本明細書において、「対象の情報」とは、対象の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、対象がヒト個体の場合には、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
【0116】
(2)溶媒
本発明の医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒を含むことができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水又は水溶液が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。
【0117】
(3)担体
本発明の医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0118】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組合せが挙げられる。
【0119】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組合せが挙げられる。
【0120】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0121】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0122】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0123】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0124】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0125】
担体は、対象の体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0126】
(4)薬剤送達系粒子(DDS粒子)
本発明の医薬組成物は、必要に応じてDDS粒子を含むことができる。DDS粒子は、その内部等に有効成分や他の担体等を包含して、標的部位にまで内容物、特に有効成分を分解させることなく送達し、また生体内での薬物分布を時間的に、量的に制御し得る粒子をいう。特に、本発明の医薬組成物の有効成分としてタンパク質又はベクターをそのまま使用する場合、投与後に生体内でプロテアーゼやヌクレアーゼによる分解から保護するためにも、DDS粒子の使用は好適である。DDS粒子の種類は問わない。例えば、リポソーム、高分子ミセル、ウイルス粒子等が挙げられる。
【0127】
4-2-2.剤形
本発明の医薬組成物の剤形は、特に限定しない。対象の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達される形態であればよい。
【0128】
具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与方法に適した剤形にすればよい。
【0129】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の好ましい例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、溶媒の他、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0130】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0131】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該技術分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明の医薬組成物の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。
【0132】
4-2-3.適用方法
本発明の医薬組成物の適用方法は、経口投与でも、非経口投与でもよい。一般に経口投与は全身投与となるが、非経口投与は、さらに全身投与と局所投与に細分できる。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当し、非経口投与の全身投与には、循環器内投与、例えば、静脈内投与(静注)、動脈内投与及びリンパ管内投与が挙げられる。本発明の医薬組成物を局所投与する場合には、注射等で肝臓に直接投与すればよい。また、全身投与する場合には、静注等の循環器内に投与すればよい。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、前述のように対象の情報に応じて適宜選択される。
【0133】
また、本発明の医薬組成物が炎症性疾患又は炎症症状の予防又は治療用の医薬組成物である場合、一種類以上の公知の炎症性疾患又は炎症症状の予防又は治療剤を併用することもできる。併用が考えられる炎症症状の予防又は治療剤には、抗炎症剤、免疫抑制剤、抗アレルギー剤、抗血小板剤、抗凝固剤、血栓溶解剤、及びその他各種分子標的薬等が含まれる。
【0134】
また、本発明の医薬組成物が他の症状又は疾患の予防又は治療用の医薬組成物である場合、その症状又は疾患に対する一種類以上の公知の予防又は治療剤を併用することもできる。併用が考えられる症状又は疾患の予防又は治療剤は特に限定しない。患者の状態や、治療又は予防対象の疾患又は症状の種類等によって適宜選択することができる。
【0135】
4-3.効果
本発明の医薬組成物によれば、少なくとも炎症症状を予防又は治療することができる。したがって、本発明の医薬組成物は、炎症性疾患の予防又は治療の他、炎症症状を伴う任意の疾患又は障害の予防又は治療に使用することができる。また、炎症症状を伴わない疾患であっても、HSPB6タンパク質により緩和可能な疾患又は症状に対する予防又は治療用の医薬組成物として使用することができる。
【0136】
5.細胞外小胞の製造方法
5-1.概要
本発明の第5の態様は外因性HSPB6タンパク質を含む細胞外小胞の製造方法である。本態様の方法は、遺伝子導入工程、培養分泌工程及び細胞外小胞単離工程を必須工程として含み、細胞外小胞濃縮工程を任意工程として含む。本態様の方法によれば、第3態様の細胞外小胞を製造することができる。
【0137】
5-2.構成
5-2-1.遺伝子導入工程
遺伝子導入工程は、HSPB6タンパク質をコードする遺伝子を胎児付属物由来細胞に導入する工程である。
【0138】
本工程において使用される胎児付属物由来細胞は、第2態様において使用される胎児付属物由来細胞に準ずる。
【0139】
通常、HSPB6遺伝子を含む発現ベクターを用いて遺伝子導入を行う。本工程において使用される発現ベクターは、第1態様において使用される発現ベクターに準ずる。
【0140】
発現ベクターの細胞への導入方法は特に限定しない。例えば、Green & Sambrook, 2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York等に記載された当該技術分野で公知の遺伝子導入方法(組換え方法)を用いればよい。例えば、リポフェクション法(PNAS, 1989, 86: 6077;PNAS, 1987, 84: 7413)、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法(Virology, 1973, 52: 456-467)、DEAE-Dextran法等が挙げられる。また、発現ベクターがウイルスの場合は、胎児付属物由来細胞に感染させることにより導入することができる。
【0141】
5-2-2.培養分泌工程
培養分泌工程は、胎児付属物由来細胞を培養し、細胞外小胞を細胞外に分泌させる工程である。本工程は遺伝子導入工程と同時又はその後に行うことができる。
【0142】
一般に、細胞を一定時間培養することにより、細胞に細胞外小胞を分泌させることができる。以下に、細胞の培養と細胞外小胞を取得するための培養を、それぞれ培養ステップと分泌ステップとして分けて説明する。これらの培養は別のステップとして行ってもよいし、区別せずに一連の培養として行ってもよい。
【0143】
(1)培養ステップ
本ステップにおいて胎児付属物由来細胞が培養される。本ステップの目的は特に限定しないが、例えば、細胞を増殖させるため、細胞を起眠させるため、又は細胞を馴化させるために行うことができる。
【0144】
本工程で使用される培養条件は特に限定しない。例えば、細胞の播種密度、培養時の温度、時間、CO2濃度、培地交換の回数、継代の回数、剥離手段等の培養条件は、目的に応じて適宜設定することができる。
【0145】
1回の培養の培養期間は、特に限定されないが、例えば1~14日間とすることができ、より具体的には、1日間、2日間、3日間、4日間、5日間、6日間、7日間、8日間、9日間又は10日間とすることができる。
【0146】
上記の培養期間中は、培地を交換する工程を含んでもよい。培地を交換する頻度は、例えば1~7日毎であればよく、具体的には、1日毎、2日毎、3日毎、4日毎、5日毎等とすることができる。
【0147】
継代回数は特に限定しない。継代は行わなくてもよいが、継代を行う場合は、例えば、1回以上、2回以上、3回以上、4回以上、又は5回以上継代することができる。また、継代回数は、例えば、25回以下、20回以下、15回以下、10回以下であってもよい。
【0148】
培養終了時のコンフルエント率は特に限定されないが、例えば、1%以上、10%以上、30%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、100%が挙げられる。
【0149】
培養に使用される培地は、胎児付属物由来細胞が生育可能な培地であれば特に限定されず、任意の液体培地を基礎培地とし、必要に応じて他の成分を適宜添加することにより調製することができる。前記他の成分としては、例えば、アルブミン、血清、血清代替試薬、サイトカイン、抗生物質等が挙げられるが、特に限定されない。また、2種類以上の他の成分を組み合わせて添加してもよい。
【0150】
基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM(Alpha Modification of Minimum Essential Medium Eagle)培地、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco's Modified Eagle's Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等の一般的な培地を使用することができるが、特に限定されない。また、市販の各種無血清培地も使用できる。
【0151】
(2)分泌ステップ
本ステップにおいて、細胞外小胞が細胞外に分泌される。本ステップは培養ステップと同時に又はその後に行うことができる。
【0152】
培養条件は、基本的に培養ステップに準じて選択することができる。
【0153】
細胞外小胞を分泌させる時間は特に限定しない。例えば、使用する培地やその他の培養条件、使用する細胞の状態等に応じて適宜設定することができる。
【0154】
具体的には、例えば、1時間以上、2時間以上、3時間以上、6時間以上、9時間以上、12時間以上、18時間以上、1日以上、1.5日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上分泌させることができる。
【0155】
細胞外小胞の分泌を促進するために、任意の刺激を与えることができる。刺激としては、化学的刺激及び/又は物理的刺激が挙げられる。
【0156】
化学的刺激は、細胞外小胞の分泌を促進可能であれば特に限定しない。例えば、低酸素への曝露、pHの低減、特定の物質の添加、又はそれらの組合せ等によって刺激することができる。本工程において添加される物質は特に限定しないが、具体的には、amlodipine、osimertinib、doramectin、HA14-1、miltefosine、cucurbitacin B、Gossypol、Obatoclax、細胞外小胞分泌促進効果が知られるペプチド及びグリコーゲン、イオノマイシン、N-メチルドーパミン及びノルアドレナリン、任意の酸、若しくはそれらの誘導体若しくはその塩、又はそれらの組合せ等が挙げられる。化学的刺激として、市販されている細胞外小胞産生用添加剤を添加してもよい。
【0157】
物理的刺激としては、例えば、加温、光線力学的刺激、放射性刺激、高周波数の音波による刺激、又はその組合せ等が挙げられる。
【0158】
細胞外小胞の分泌を促進する刺激に代えて、又はその刺激と共に、市販されている細胞外小胞産生用培地中で培養してもよい。例えば、EV Boost(商標)(RoosterBio社製)、EV-Up(商標)(フジフィルム社製)等を使用することができる。
【0159】
培養ステップと分泌ステップを一連の培養として行う場合、細胞外小胞の分泌を促進するための刺激の存在下で一連の培養を行ってもよく、そのような刺激の非存在下で一連の培養を行ってもよい。培養中の任意の時期の培養上清、培地交換時に回収された培地等を次の細胞外小胞単離工程に供することができる。
【0160】
培養ステップと分泌ステップを別のステップとして行う場合、各ステップにおいて使用する培地は同一の組成であっても、互いに異なる組成であってもよい。具体的には、例えば、基礎培地での培養の後に、上述の細胞外小胞産生用培地に培地を交換してもよいし、通常の血清培地での培養の後に、細胞外小胞非含有の培地(例えば、無血清培地、エクソソーム非含有血清培地)に培地を交換してもよい。異なる組成の培地に培地交換を行う場合、培地交換に際してPBS等による洗浄を行ってもよい。
【0161】
5-2-3.細胞外小胞単離工程
細胞外小胞単離工程は、細胞外小胞を単離する工程である。本工程は培養分泌工程と同時又はその後に行うことができる。
【0162】
通常、培養分泌工程後(例えば分泌ステップ後)の細胞の培養上清を取得することにより、細胞外小胞を単離することができる。
【0163】
培養上清の取得方法は特に限定しない。培養上清の取得は常法により行うことができるが、例えば、デカンテーション及びアスピレーション等の培養上清の除去に使用される方法を利用して行うこともできる。
【0164】
取得した培養上清から、必要に応じて細胞断片等の夾雑物が除去されてもよい。その方法は特に限定しないが、例えば、遠心分離、フィルターろ過又はその組合せ等によって行うことができる。
【0165】
遠心分離の条件は、夾雑物を除去可能であれば特に限定しない。遠心力は、例えば、300×g以上、400×g以上、500×g以上、600×g以上、又は700×g以上とすることができ、また3000×g以下、2500×g以下、2000×g以下、1500×g以下、又は1000×g以下とすることができる。遠心時間は、限定しないが、例えば、1分~20分又は5分~15分とすることができる。遠心分離の回数は特に限定しない。例えば、1回以上、2回以上、3回以上行うことができる。遠心分離を複数回行う場合、各遠心分離の条件は同じであっても互いに異なってもよい。
【0166】
フィルターろ過の条件は、夾雑物を除去可能であれば特に限定しない。例えば、孔径は、1μm以下、0.9μm以下、0.8μm以下、0.7μm以下、0.6μm以下、0.5μm以下、0.4μm以下、0.3μm以下、又は0.22μm以下とすることができる。また、ろ過に際して、吸引や加圧等の追加の処理を行ってもよい。ろ過の回数は特に限定しない。例えば、1回以上、2回以上、3回以上行うことができる。ろ過を複数回行う場合、各ろ過の条件は同じであっても互いに異なってもよい。
【0167】
本工程で取得した培養上清をそのまま細胞外小胞溶液として使用することができる。
【0168】
5-2-4.細胞外小胞濃縮工程
本工程は任意工程であり、細胞外小胞単離工程と同時又はその後に行うことができる。本工程により、単離された細胞外小胞の濃縮物又は精製物を得ることができる。
【0169】
本工程で使用される細胞外小胞の濃縮方法は特に限定しない。具体的には、例えば、密度勾配遠心分離法、精密ろ過法、限外ろ過法等の超遠心分離を用いた方法、免疫沈降法等の抗体による捕捉を用いた方法、ポリマー沈殿法、ゲルろ過法、FACS法、マイクロ流体システムを用いた方法、サイズ排除クロマトグラフィー、HPLC法、レクチンを利用して担体に吸着させる方法、又はこれらの組合せを使用することができる。
【0170】
また、細胞外小胞は、市販のキットを用いて濃縮してもよい。本工程において使用可能なキットとしては、例えば、Capturem(商標)細胞外小胞単離キット、qEV(商標)細胞外小胞抽出キット、evGAG(商標)細胞外小胞精製キット、ExoQuick(商標)、ExoSpin(商標)エクソソーム精製キット、インビトロゲン(登録商標)トータルエクソソーム精製キット、PureExo(登録商標)エクソソーム単離キット、及びExoCap(商標)エクソソーム単離キット、MagCapture(商標)エクソソーム単離キット等のエクソソーム単離キットが挙げられる。
【0171】
各方法の条件は、細胞外小胞を濃縮可能であれば特に限定しない。濃縮条件は、細胞外小胞に含まれるタンパク質、細胞外小胞の浮遊密度、細胞外小胞の大きさ等の細胞外小胞の性質を基準に決定される。
【0172】
例えば、抗体による捕捉を伴う方法を利用する場合、第1態様の細胞外小胞の項にて例示したマーカーに結合可能な抗体を用いて行うことができる。
【0173】
例えば、遠心分離やろ過を伴う方法を利用する場合、濃縮条件は、細胞外小胞の大きさが第1態様の細胞外小胞の項にて記載した範囲であること等に基づいて決定することができる。また、特に、エクソソームを含む細胞外小胞を濃縮する場合には、エクソソームの浮遊密度が1.1g/mL~1.21g/mLであることに基づいて濃縮条件を決定することができる。
【0174】
具体的には、例えば、超遠心分離を用いた方法を用いる場合、遠心力は、例えば10,000×g以上、20,000×g以上、50,000×g以上、100,000×g以上、又は150,000×g以上であってよく、また300,000×g以下、250,000×g以下、又は200,000×g以下であってよい。遠心時間は、限定しないが、例えば、30分~120分、60分~90分、又は70分~80分間とすることができる。遠心分離の回数は特に限定しない。例えば、1回以上、2回以上、3回以上行うことができる。超遠心分離を複数回行う場合、各超遠心分離の条件は同じであっても互いに異なってもよい。
【0175】
細胞外小胞が回収されたこと、又は細胞外小胞の物性の確認は、公知の方法に従って行うことができ、例えば電子顕微鏡により視覚的に確認してもよく、又はNTA(Nano Tracking Analysis)技術又はナノパーティクル計測器を用いて細胞外小胞の粒子径及び粒子数を計測してもよい。あるいは、第1態様の細胞外小胞の項にて記載したマーカー(エクソソームの場合は、例えば、CD81、CD9等;マイクロベシクルの場合は、例えば、セレクチン、インテグリン、CD40等)の存在を確認することにより、細胞外小胞が回収されたことを確認することもできる。
【0176】
5-3.効果
本態様の方法によれば、外因性タンパク質を含有する細胞外小胞を製造することができる。製造された細胞外小胞は、第3態様の細胞外小胞として、又は第1態様の抗炎症剤として使用することができる。また、本態様の方法により製造された細胞外小胞は第4態様の医薬組成物の有効成分として使用することができる。
【0177】
6.抗炎症作用の判定方法
6-1.概要
本発明の第6の態様は被験細胞の抗炎症作用の判定方法である。本態様の方法は、培養工程、培養上清取得工程、培養上清分析工程及び抗炎症作用判定工程を必須工程として含む。本態様の方法によれば、被験細胞が抗炎症作用を有するかどうか判定することができる。
【0178】
6-2.構成
6-2-1.培養工程
培養工程は、被験細胞を培養する工程である。基本的には、第5態様の培養分泌工程に準じて行えばよい。したがって、ここでは、第5態様の培養分泌工程と異なる点についてのみ説明をする。
【0179】
本工程で培養される細胞は被験細胞である。「被験細胞」とは、抗炎症作用の有無を判定する対象の細胞を指す。被験細胞の由来及び種類は特に限定しない。例えば、第1態様の細胞外小胞の項にて例示された生物に由来する細胞を使用することができる。例えば、第1態様の細胞の項に記載の細胞及び/又は第2態様の胎児付属物由来細胞の項に記載の細胞を使用してもよい。
【0180】
6-2-2.培養上清取得工程
培養上清取得工程は、被験細胞の培養上清を取得する工程である。本工程は培養工程と同時又はその後に行うことができる。
【0181】
本工程は、第5態様の細胞外小胞単離工程に準じて行えばよい。したがって、ここでの詳細な説明は省略する。
【0182】
6-2-3.培養上清分析工程
培養上清分析工程は、培養上清を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する工程である。本工程は培養上清取得工程と同時又はその後に行うことができる。
【0183】
本工程では、培養上清中の、主に細胞外小胞中のHSPB6タンパク質量を測定する。通常、分析に先立って、又は分析に伴って膜成分が破壊される。
【0184】
(1)小胞画分単離ステップ
必要に応じて、得られた培養上清において細胞外小胞を濃縮して分析に供することができる。その場合、本工程は、小胞画分単離ステップを含む。
【0185】
小胞画分単離ステップは、培養上清から細胞外小胞を含む小胞画分を単離するステップである。本ステップは第5態様の細胞外小胞濃縮工程に準じて行えばよい。したがって、ここでは、ここでの詳細な説明は省略する。
【0186】
(2)膜成分破壊ステップ
分析方法が膜成分が破壊される処理を含まない場合には、分析に先立って膜成分を破壊することができる。その場合、本工程は膜成分破壊ステップを含む。
【0187】
膜成分破壊ステップは、細胞外小胞を含む膜成分を破壊するステップである。本ステップは、小胞画分単離ステップを行った場合にはその後に行うことができる。
【0188】
本ステップで使用される方法は特に限定しない。例えば、低浸透圧への曝露、凍結融解法、界面活性剤の使用、超音波処理、ホモジナイザーやガラスビーズを用いた機械的破砕、又はこれらの組合せを使用することができる。
【0189】
本ステップでは、細胞外小胞中のタンパク質を検出可能な程度に膜成分が破壊されれば、その破壊の程度は特に限定しない。
【0190】
(3)分析ステップ
HSPB6タンパク質量を測定するステップである。小胞画分単離ステップ及び/又は膜成分破壊ステップを行う場合、本ステップはこれらの後に行うことができる。
【0191】
本ステップで使用される測定方法は、特定のタンパク質量が測定可能な方法であれば特に限定しない。例えば、ELISA法、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、質量分析法、NMR法、ウェスタンブロッティング、又はこれらの組合せ(LC-MS/MS、ナノLC-MS/MS等)等を使用することができる。
【0192】
ELISA法等の膜成分の破壊を含まない測定方法を使用する場合、先の膜成分破壊ステップを行うことが好ましい。
【0193】
6-2-4.抗炎症作用判定工程
抗炎症作用判定工程は、標準細胞を用いた場合と比較した被験細胞におけるHSPB6タンパク質量に基づいて、被験細胞の抗炎症作用の有無を判定する工程である。
【0194】
「標準細胞」とは、抗炎症作用の有無の判定の基準となる、抗炎症作用の有無が既知の細胞を指す。標準細胞は、抗炎症作用を有さないことが既知の細胞であっても、抗炎症作用を有することが既知の細胞であってもよい。抗炎症作用を有さないことが既知の細胞としては、例えば、線維芽細胞等が挙げられ、抗炎症作用を有することが既知の細胞としては、例えば、羊膜間葉系幹細胞等が挙げられる。
【0195】
抗炎症作用を有さない細胞を標準細胞として用いた場合、標準細胞用いて本態様の工程を行った場合と比較して、被験細胞におけるHSPB6タンパク質量が高い場合に被験細胞が抗炎症作用を有すると判定することができる。
【0196】
抗炎症作用を有する細胞を標準細胞として用いた場合、標準細胞を用いて本態様の工程を行った場合と比較して、被験細胞におけるHSPB6タンパク質量が同等以上である場合に被験細胞が抗炎症作用を有すると判定することができる。
【0197】
ここで、「HSPB6タンパク質量が同等以上」とは、HSPB6タンパク質量が同程度であるか、より高いことを指す。本態様におけるタンパク質量がより高いという判断は、第2態様又は第3態様に記載の判断手法に準じて行うことができる。
【0198】
タンパク質量が同程度であるという判断は、例えば、タンパク質量に有意差がないこと、タンパク質量が約1倍であること等により行うことができる。
【0199】
約1倍とは、例えば、0.8倍以上、0.85倍以上、0.9倍以上、0.95倍以上、0.99倍以上であり、1.2倍以下、1.1倍以下、1.05倍以下であることを指す。
【0200】
6-3.効果
本発明の判定方法によれば、抗炎症作用を有する細胞を新たに見出すことができる。本発明の方法により見出された細胞、又はその細胞に由来する細胞外小胞は、第1態様の抗炎症剤として使用することができる。また、本発明の方法により見出された細胞は、第1態様の抗炎症剤や第4態様の医薬組成物の製造のために使用することができる。
【0201】
7.抗炎症反応の判定方法
7-1.概要
本発明の第7の態様は被験体における抗炎症反応の判定方法である。本態様の方法は、体液分析工程及び抗炎症反応判定工程を必須工程として含む。本態様の方法によれば、被験細胞が抗炎症作用を有するかどうか判定することができる。
【0202】
7-2.構成
7-2-1.体液分析工程
体液分析工程は、被験体から得られた体液を分析し、HSPB6タンパク質量を測定する工程である。基本的には、第6態様の培養上清分析工程に準じて行えばよい。したがって、ここでは、第6態様の培養上清分析工程と異なる点についてのみ説明をする。
【0203】
本工程で分析される体液は被験体から得られる。「被験体」とは、抗炎症反応の有無を判定する対象の個体を指す。被験体の生物種は特に限定しない。例えば、第1態様の細胞外小胞の項にて例示された生物であり得る。被験体は、例えば、健康な個体、現在炎症症状を有し得る個体、炎症症状に対する治療を行っている個体、将来炎症症状を有し得る個体のいずれであってもよい。
【0204】
本方法に使用される体液の種類は特に限定しない。例えば、髄液(脳脊髄液)、血液(血清、血漿及び間質液を含む)、尿、リンパ液、母乳、消化液、腹水、胸水、神経根周囲液、各組織の抽出液又はそれらの組合せ等が挙げられる。
【0205】
体液培養上清から、必要に応じて細胞断片等の夾雑物が除去されてもよい。その方法は特に限定しないが、例えば、遠心分離、フィルターろ過又はその組合せ等によって行うことができる。
【0206】
7-2-2.抗炎症反応判定工程
抗炎症反応判定工程は、標準個体の体液と比較した被験体の体液におけるHSPB6タンパク質量に基づいて、被験体における抗炎症反応の有無を判定する工程である。基本的には、第6態様の抗炎症作用判定工程に準じて行えばよい。したがって、ここでは、第6態様の抗炎症作用判定工程と異なる点についてのみ説明をする。
【0207】
「標準個体」とは、抗炎症反応の有無の判定の基準となる、抗炎症反応の有無が既知の個体を指す。標準個体は、抗炎症反応を有さないことが既知の個体であっても、抗炎症反応を有することが既知の個体であってもよい。標準個体は、好ましくは被験体と同じ生物種の個体である。抗炎症反応を有さないことが既知の個体の体液としては、例えば、健康な個体の体液、抗炎症反応を有さないことがわかっていた時の被験体の体液等が挙げられ、抗炎症作用を有することが既知の個体の体液としては、例えば、炎症反応を有する個体の体液、抗炎症反応を有することがわかっていた時の被験体の体液等が挙げられる。
【0208】
7-3.効果
本発明の判定方法によれば、被験体が抗炎症反応を有するか否かを判断することができる。本発明の判定結果は様々な用途に使用することができる。例えば、被験体が抗炎症反応を有すると判定された場合、被験体において炎症が起きていると判断することができる。また、例えば、炎症症状を有する被験体が抗炎症反応を有すると判定された場合、その情報をもとに、その炎症症状の治療の要否を判断することができる。あるいは、例えば、炎症症状の治療を受けている被験体が抗炎症反応を有すると判定された場合、治療が功を奏していると判断することができる。
【実施例0209】
<実施例1:羊膜間葉系幹細胞(羊膜MSC)及び線維芽細胞の培養上清のプロテオーム解析>
(目的)
本発明者らは、羊膜MSCの培養上清が抗炎症作用を有する一方、線維芽細胞の培養上清は抗炎症作用を有しないことをこれまでの研究で見出していた。この知見に基づき、プロテオーム解析を用いて抗炎症作用に寄与する因子を特定する。
【0210】
(方法)
1.羊膜MSC及び線維芽細胞の精製された培養上清の回収
・細胞の取得
インフォームドコンセントを得た待機的帝王切開症例の妊婦から羊膜を採取し、酵素処理によって羊膜MSCを分離した。また、インフォームドコンセントを得た妊娠していない健康な被験体から皮膚(真皮)を採取し、酵素処理によって線維芽細胞を分離した。
【0211】
・培養上清の回収
両細胞をコンフルエントになるまで培養した。培地としては、終濃度が10%のウシ胎児血清(FBS)を含むαMEM(Alpha Modification of Minimum Essential Medium Eagle)を用いた。コンフルエントになった時点で細胞をPBSで洗浄し、FBSを含まないαMEMでさらに48時間培養した。
【0212】
・培養上清の精製
48時間の培養の後、培養上清を回収して3,000rpm(1610×g)で5分間遠心し、その上清をさらに0.22μmのフィルターを通した。得られたろ液を回収し、以下の解析に用いた。
【0213】
2.上清のプロテオーム解析
ナノLC-MS/MSを用いて、得られたろ液の成分分析を行った。ナノLC-MS/MSとしては、HTC Palオートサンプラー(CTC Analytics)、UltiMate 3000 RSLCnanoシステム(Thermo Fisher SCIENTIFIC社製)及びQ Exactive Orbitrap質量分析計(Thermo Fisher SCIENTIFIC社製)を組み合わせたものを用いた。
【0214】
成分分析の結果、各成分について、線維芽細胞由来の上清中の濃度と比較した、羊膜MSC由来の上清中の相対濃度を算出し、相対濃度が100以上である成分を主要成分として抽出した。
【0215】
(結果)
主要成分のうち、羊膜MSC由来の上清中の相対濃度が最も高い成分はHSPB6タンパク質であった。
【0216】
このことから、HSPB6タンパク質が羊膜MSCの抗炎症作用に大きく寄与していることが示唆された。
【0217】
<実施例2:羊膜MSC及び線維芽細胞の培養上清中のHSPB6タンパク質濃度測定>
(目的)
培養上清中のHSPB6タンパク質濃度を測定する。
【0218】
(方法)
培養上清の回収は、精製を行わない以外は実施例1に準じて行った。
得られた培養上清中に含まれるHSPB6タンパク質の濃度を、Heat Shock Protein Beta 6(HSPb6), ELISA Kit(MyBioSourse社製)を用いたELISA法で測定した。
【0219】
(結果)
羊膜MSC及び線維芽細胞の培養上清のいずれにおいても、HSPB6タンパク質は測定感度以下であった。
【0220】
このことから、培養上清中のHSPB6タンパク質は、ナノLC-MS/MSの過程で破壊される構造物中に含まれることがわかった。
【0221】
<実施例3:羊膜MSC、線維芽細胞及び骨髄MSC由来のエクソソームにおけるHSPB6タンパク質の検出>
(目的)
培養上清中のHSPB6タンパク質がエクソソーム中に存在するか明らかにする。
【0222】
(方法)
培養上清の回収は、追加で骨髄MSCを用いた点、及び精製を行わない点以外は実施例1に準じて行った。
【0223】
骨髄MSCは、インフォームドコンセントを得た妊娠していない健康な被験体から採取した骨髄液から分離した。
【0224】
・エクソソームの単離
培養上清を100,000×gで70分間、2回超遠心し、その沈殿物を得ることにより、エクソソームを単離した。
【0225】
・ウェスタンブロッティング解析
羊膜MSC、線維芽細胞及び骨髄MSC由来の単離されたエクソソームにおけるCD81、CD9及びHSPB6タンパク質の存在の是非をウェスタンブロッティング法にて解析した。
【0226】
使用された抗体は以下の通りである。
Anti-CD81, Rabbit-Poly, with HRP Conjugated Secondary Antibody(System Biosciences社製)、
Anti-CD9, Rabbit-Poly, with HRP Conjugated Secondary Antibody(System Biosciences社製)、
Human/Mouse/Rat HSP20/HSPB6 Antibody(R&D Systems社製)
【0227】
(結果)
結果を図1に示す。使用したいずれの細胞に由来する試料においても、エクソソームマーカーCD81及びCD9が検出されたことから、各細胞がエクソソームを分泌すること及びエクソソームが正常に単離されたことが確認できた。
【0228】
さらに、実施例2と異なり、羊膜MSC由来の試料においてHSPB6タンパク質が検出されたことから(羊膜MSC exo)、実施例2において示唆されたHSPB6タンパク質を含む構造物がエクソソームであることがわかった。一方、HSPB6タンパク質は線維芽細胞由来のエクソソームにおいては検出されなかった(線維芽細胞exo)。このことは、実施例1の結果と一致している。
【0229】
MSCであっても、骨髄MSC由来のエクソソームではHSPB6タンパク質は検出されなかった(骨髄MSC exo)。
【0230】
以上のことから、HSPB6タンパク質は主にエクソソーム中に含まれて分泌されること、MSCの種類によって内因性HSPB6タンパク質の発現に違いがあること、及び分泌されるHSPB6タンパク質の量が抗炎症作用と相関することが示唆された。
【0231】
<実施例4:羊膜MSC由来エクソソームによる抗炎症作用の解析>
(目的)
羊膜MSC由来エクソソームが抗炎症作用を有するか確認する。
【0232】
(方法)
・マクロファージの培養
無刺激対照群においては、マウスマクロファージ細胞株であるRAW264.7(ATCCより入手)を、終濃度が10%のFBSを含むDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)にて24時間培養した。
【0233】
LPS刺激群においては、同様の培地に100ng/mLのリポ多糖(LPS)を添加して培養を行った。
【0234】
エクソソーム添加群においては、培地中に、線維芽細胞由来又は羊膜MSC由来のエクソソームを添加して培養を行った。各細胞由来のエクソソームの単離は実施例3に準じて行った。
【0235】
・炎症マーカーの濃度の測定(TNF-α、IL-6)
培養の後、培養上清中の炎症マーカー(TNF-α(Tumor Necrosis Factor-α)及びIL-6(Interleukin-6))の濃度をELISA法で測定した。それぞれのELISA法には、以下の製品を使用した。
Mouse TNF-alpha Quantikine ELISA Kit(R&D Systems社製)
Mouse IL-6 Quantikine ELISA Kit(R&D Systems社製)
【0236】
(結果)
結果を図2に示す。無刺激対照群においては、エクソソームの添加の有無にかかわらず、TNF-α及びIL-6のいずれの炎症マーカーも検出されず、炎症反応が起きていなかった(図2A及びB:LPS刺激が「-」のグラフ)。一方、LPS刺激群では、RAW264.7によるTNF-α及びIL-6の産生が亢進した(図2A及びB:LPS刺激が「+」のグラフ)。線維芽細胞由来エクソソームを添加しても、このTNF-α及びIL-6の産生の亢進は抑制されなかったが(図2A及びB:線維芽細胞 exoが「+」のグラフ)、羊膜MSC由来エクソソームを添加することで抑制された(図2A及びB:羊膜MSC exoが「+」のグラフ)。
【0237】
HSPB6タンパク質を含まない線維芽細胞由来のエクソソームは抗炎症作用を示さないのに対し、HSPB6タンパク質を含む羊膜MSC由来のエクソソームが抗炎症作用を示すことから、羊膜MSCの培養上清が示す抗炎症作用は、主にエクソソーム中のHSPB6タンパク質の作用によるものであることが示唆された。
【0238】
<実施例5:HSPB6過剰発現羊膜MSCの作製>
(目的)
HSPB6タンパク質を過剰発現する羊膜MSCを作製し、それに由来するエクソソームを単離する。
【0239】
(方法)
・プラスミドベクターの設計
WO2018/088519に記載されるレンチウイルスベクタープラスミドCSIV-CMV-MCS-IRES2-Venusにおいて、CMVをEF1αプロモーターをコードする核酸断片(GenBank:AL603910.6の113561-114749の配列)に、MCSをHSPB6タンパク質をコードする核酸断片(配列番号2:CCDS ID:12475.1)に、VenusをΔCD8a(GenBank:NM_001768.7の89-730と終止コドン(TGA))に置換した、プラスミドベクターCSIV-EF1α-HSPB6-IRES2-ΔCD8aを作製した。
【0240】
・HSPB6遺伝子の形質導入
羊膜MSCへのHSPB6遺伝子の形質導入は、プラスミドベクターとしてCSIV-CMV-Venusの代わりにCSIV-EF1α-HSPB6-IRES2-ΔCD8aを使用すること以外はWO2018/088519の実施例13に準じてレンチウイルスベクターを用いて行った。
【0241】
・HSPB6過剰発現細胞の単離
Alexa Fluor488 anti-human CD8a Antibody(BioLegend)を用いてHSPB6過剰発現細胞を標識し、BD FACS AriaIII セルソーターで、標識されたHSPB6過剰発現羊膜MSCを単離した。
【0242】
・ウェスタンブロッティング解析
HSPB6過剰発現(HSPB6 OX)羊膜MSC及びHSPB6タンパク質を過剰発現していない(対照)羊膜MSCの細胞及びエクソソームにおいてウェスタンブロッティング法によりHSPB6タンパク質を検出した。
【0243】
細胞でのHSPB6タンパク質の検出は、試料としてエクソソームではなく細胞を使用する以外は実施例3に準じて行った。
【0244】
細胞試料の調製は以下のように行った。
まず、培養後の細胞をセルスクレーパーにより剥離し、培地中で懸濁することにより細胞懸濁液を得た。次に、得られた細胞懸濁液を400×gで5分間遠心し、その沈殿物を得ることにより、細胞を単離した。
エクソソーム中のHSPB6タンパク質の検出は実施例3に準じて行った。
【0245】
(結果)
結果を図3に示す。その結果、HSPB6過剰発現(HSPB6 OX)羊膜MSCでは、通常の(対照)羊膜MSCと比較して、HSPB6タンパク質量が増加していた(図3A)。このタンパク質量の増加はエクソソームでより顕著であり、HSPB6過剰発現羊膜MSC(HSPB6 OX)に由来するエクソソームでは、対照細胞由来のエクソソームと比較して、HSPB6タンパク質量が増加していた(図3B)。
【0246】
このことから、HSPB6タンパク質を細胞において過剰発現させることにより、HSPB6タンパク質を多量に含むエクソソームを調製可能であることがわかった。
【0247】
<実施例6:HSPB6過剰発現羊膜MSC由来エクソソームによる抗炎症作用の解析>
(目的)
羊膜MSCにおけるHSPB6タンパク質の過剰発現により、その細胞由来のエクソソームの抗炎症作用が増強されるか確認する。
【0248】
(方法)
・エクソソームの単離
まず、通常の羊膜MSC(対照)及びHSPB6過剰発現(HSPB6 OX)羊膜MSCを、EV-UP(登録商標)MSC専用エクソソーム産生用培地(富士フィルム和光純薬社製)にて5日間培養し、培養上清を回収した。
【0249】
得られた培養上清に対し、4℃で2,000×g 20分の遠心分離の後に、エクソソームの濃縮を行った。
【0250】
まず、EV-Safe(登録商標)MSC専用エクソソーム保護溶液(富士フィルム和光純薬社製)を添加後、さらに4℃で10,000×g、30分の遠心分離を実施した。得られた上清を、Amicon(登録商標) Ultra-15(100kDa cut off)を用いて、4℃で5,000×g、20分にて限外濾過を実施することにより濃縮した。この濃縮液に対し、qEV(商標)用オートフラクションコレクター(メイワフォーシス株式会社)を用いたゲルろ過精製を実施した。これにより得られたろ液から、溶出バッファーとしてRaw Dual Cell 基礎培地を使用したNanosep(登録商標) with 100K(100kDa cut off)を用いて、エクソソーム濃縮液を調製した。
【0251】
・マクロファージの培養
使用するマクロファージがRAW-Dual(登録商標)cells(InvivoGen社製)であること、使用するエクソソームがHSPB6タンパク質を過剰発現している(HSPB6 OX)又はしていない羊膜MSCであること、及びエクソソーム濃縮液を1%の濃度で添加したこと以外は実施例4に準じて行った。RAW-Dual(登録商標)cellsは、RAW264.7のMIP-2(NF-κB依存的に誘導されるCXCケモカイン、IL-8のホモログ)のORF(オープンリーディングフレーム)をSEAP(分泌型アルカリフォスファターゼ)に置き換えた細胞株である。
【0252】
・炎症作用の測定(NF-κB活性)
各条件におけるマクロファージの培養上清10μLと90μLのQUANTI-Blue(登録商標)Solutionを混合した。混合液を37℃で30分間静置した後に、プレートリーダー(Tecan infinite F200)を用いて、アルカリフォスファターゼ活性を650nmの吸光度として測定した。
【0253】
活性は、無刺激対照群における活性を1とした相対値として算出した。
【0254】
(結果)
結果を図4に示す。RAW-Dual(登録商標)cellsにおいてNF-κB転写活性依存的に発現するアルカリフォスファターゼの分泌量はLPS刺激によって著しく上昇したが(図4:LPS刺激が「+」のグラフ)、この活性の上昇は、HSPB6タンパク質を過剰発現していない羊膜MSC又はHSPB6過剰発現(HSPB6 OX)羊膜MSC由来のエクソソーム濃縮液の添加により抑制された(図4:羊膜MSC exoが「+」のグラフ)。さらに、アルカリフォスファターゼ活性の抑制効果は、HSPB6タンパク質が過剰発現していない羊膜MSC由来のエクソソームと比べ、HSPB6過剰発現羊膜MSC由来のエクソソームにおいて大きく増強された(図4:HSPB6 OXが「+」のグラフ)。RAW-Dual(登録商標)cellsにおけるアルカリフォスファターゼ活性はNF-κB活性を反映することから、羊膜MSCの培養上清が示す抗炎症作用が主にHSPB6タンパク質の作用によるものであることが改めて確認された。また、HSPB6タンパク質をエクソソームに多量に含ませることで抗炎症作用を増強させることが可能であることがわかった。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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