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特開2023-163205磁気抵抗素子の熱安定性評価装置および評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163205
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】磁気抵抗素子の熱安定性評価装置および評価方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 50/10 20230101AFI20231102BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20231102BHJP
【FI】
H01L43/08 A
H01L43/08 Z
H01L27/105 447
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022073948
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】福島 章雄
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA20
4M119BB01
4M119DD17
4M119DD32
4M119HH20
4M119KK02
5F092AB06
5F092AC12
5F092AD25
5F092BB08
5F092BB53
5F092BC04
5F092GA01
(57)【要約】
【課題】評価対象の磁気抵抗素子の熱安定性を少ない手間で効率良く評価する。
【解決手段】評価対象の磁気抵抗素子101の熱安定性を評価する装置10であって、上記磁気抵抗素子に所定の電流値の電流パルスを複数供給する発振手段11であって、その電流パルスの供給によって磁気抵抗素子の記録層に磁化反転が誘起され、この磁化反転に基づいて生成される電圧パルスが再帰的に上記磁気抵抗素子に供給される上記電流パルスとなる上記発振手段と、上記発振手段により生成された電圧パルスの周期の統計的ばらつきを算出する測定手段12と、上記測定手段で算出した上記電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて上記磁気抵抗素子の熱安定性を評価する評価手段13と、を備える、上記装置が提供される。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の磁気抵抗素子の熱安定性を評価する装置であって、
前記磁気抵抗素子に所定の電流値の電流パルスを複数供給する発振手段であって、該電流パルスの供給によって該磁気抵抗素子の記録層に磁化反転が誘起され、該磁化反転に基づいて生成される電圧パルスが再帰的に該磁気抵抗素子に供給される該電流パルスとなる該発振手段と、
前記発振手段により生成された前記電圧パルスの周期を測定して該周期の統計的ばらつきを算出する測定手段と、
前記測定手段で算出した前記電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて前記磁気抵抗素子の熱安定性を評価する評価手段と、を備える、前記装置。
【請求項2】
前記発振手段は、前記磁気抵抗素子と積分回路を構成する抵抗およびコンデンサを有し、
前記積分回路の充放電時間は、前記抵抗および前記コンデンサによる時定数により決まる充放電時間を中心として前記磁気抵抗素子による確率的な磁化反転によるジッタを含み、
前記ジッタにより前記電圧パルスの周期の分散が生じる、請求項1記載の装置。
【請求項3】
前記評価手段は、前記電圧パルスの周期の統計的ばらつきと前記磁気抵抗素子の熱安定性パラメータとの相関情報をさらに有し、該相関情報を参照して前記算出した分散に対応する前記熱安定性パラメータを求める、請求項1または2記載の装置。
【請求項4】
前記統計的ばらつきが標準偏差である、請求項1または2記載の装置。
【請求項5】
前記相関情報は、前記電圧パルスの周期の前記標準偏差と前記磁気抵抗素子の熱安定性パラメータとが負の相関を有するものである、請求項3記載の装置。
【請求項6】
磁気抵抗素子の熱安定性の評価方法であって、
前記磁気抵抗素子に請求項1記載の装置により前記発振手段を接続して電流パルスを複数供給するステップと、
前記磁気抵抗素子への前記電流パルスの供給によって前記発振手段により生成された電圧パルスの周期を測定して該周期の統計的ばらつきを算出するステップと、
前記算出した前記電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて前記磁気抵抗素子の熱安定性を評価するステップと、
を含む、前記評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気抵抗素子の熱安定性の評価技術に関する。
【背景技術】
【0002】
不揮発性磁気メモリは、磁気抵抗素子を記録素子として用いる。磁気抵抗素子は、その形状を直径100ナノメートル以下、記録層の厚さを2ナノメートル程度にすると、記録層を貫く直流電流によって、磁化の向きを反転させることができる。これが電流磁化反転と呼ばれる現象である。この反転をデータの書き込み法として用いた不揮発メモリがスピン注入磁化反転・磁気抵抗変化型メモリ(STT-MRAM)である。STT-MRAMは、動作電圧が低く、書き換え時間を10n秒以下にすることができる。また、STT-MRAMは、微細化により消費電力を低減することができ、さらに、ノーマリーオフ動作により待機中の消費電力をゼロにできるので、従来の半導体メモリ、例えばDRAMよりも極めて消費電力を低減することができる。
【0003】
電流磁化反転において、記録層の磁化を反転させるために必要なエネルギーは数十kBT(kB:ボルツマン定数、T:絶対温度)であり、室温のエネルギー(kBT)の数十倍である。言い換えると、電流磁化反転とは数十kBTのエネルギー障壁で隔てられた2つの磁化状態間のスイッチングとみなすことができる。エネルギー障壁の高さは、熱安定性パラメータである。エネルギー障壁の高さに比べ熱擾乱の大きさが無視できないため、磁化を反転させるための電流(反転電流)の閾値がばらつくことが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
熱安定性パラメータは、磁気抵抗素子のデータ保持時間に対応するため品質上重要なパラメータである。磁気抵抗素子の熱安定性パラメータは、以下の測定手法を用いる。測定または検査対象の磁気抵抗素子に或る最大電流値の電流パルスを供給し、供給前後の磁気抵抗素子の抵抗値を測定して記録層の磁化が反転したか否かを判定し、これを繰り返してその最大電流値における磁化反転の確率を求める。さらに、最大電流値を変えて同様に磁化反転の確率を求める。これにより、電流パルスの最大電流値に対する記録層の磁化反転の確率の関係(曲線)が求まる。一方、電流パルスの最大電流値に対する記録層の磁化反転の確率の関係は、古典的な物理モデルを用いて、熱安定性パラメータΔを含む理論式により表すことができる。測定により得られた曲線に理論式をフィッティングすることで熱安定性パラメータΔが求まる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4625936号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、磁気抵抗素子の特性評価あるいは品質検査において、サンプリング数が多数である場合、上記の測定手法を行うことは膨大な手間や時間がかかり実務的ではない。
【0007】
本発明の目的は、評価対象の磁気抵抗素子の熱安定性を少ない手間で効率良く評価可能な評価装置およびその評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様によれば、評価対象の磁気抵抗素子の熱安定性を評価する装置であって、上記磁気抵抗素子に所定の電流値の電流パルスを複数供給する発振手段であって、その電流パルスの供給によって上記磁気抵抗素子の記録層に磁化反転が誘起され、この磁化反転に基づいて生成される電圧パルスが再帰的に上記磁気抵抗素子に供給される上記電流パルスとなる上記発振手段と、上記発振手段により生成された電圧パルスの周期を測定してその周期の統計的ばらつきを算出する測定手段と、上記測定手段で算出した上記電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて上記磁気抵抗素子の熱安定性を評価する評価手段と、を備える、上記装置が提供される。
【0009】
上記態様によれば、発振手段により評価対象の磁気抵抗素子に電流パルスを供給して、その電流パルスの供給によって磁気抵抗素子の記録層に磁化反転が誘起され、この磁化反転に伴う抵抗値の変化から生成される電圧パルスに、確率的に発生する磁化反転によるジッタが含まれる。生成された電圧パルスは次サイクルの電流パルスに用いられるため、発振手段から出力される電圧パルスの周期に統計的ばらつきが発生する。評価手段により電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子の熱安定性を評価する。これにより、少ない手間で効率良く磁気抵抗素子の熱安定性を評価可能な装置を提供できる。
【0010】
本発明の他の態様によれば、磁気抵抗素子の熱安定性の評価方法であって、上記磁気抵抗素子に上記態様の装置により上記発振手段を接続して電流パルスを複数供給するステップと、上記磁気抵抗素子への上記電流パルスの供給によって上記発振手段により生成された電圧パルスの周期を測定してその周期の統計的ばらつきを算出するステップと、上記算出した上記電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて上記磁気抵抗素子の熱安定性を評価するステップと、を含む、上記評価方法が提供される。
【0011】
上記態様によれば、磁気抵抗素子に発振手段を接続して電流パルスを複数供給して発振手段により生成された電圧パルスの周期の統計的ばらつきを算出し、その統計的ばらつきに基づいて上記磁気抵抗素子の熱安定性を評価するので、少ない手間で効率良く評価可能な評価方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一実施形態に係る熱安定性評価装置の概略構成図である。
図2】一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の一例を示す図である。
図3】熱安定性評価装置の評価対象となる磁気メモリおよび磁気抵抗素子の一例を示す概略構成図である。
図4図2に示す発振回路のタイミングチャートである。
図5】磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔと電圧パルスの周期の標準偏差との関係を示す図である。
図6】一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の代替例を示す図である。
図7】一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の他の代替例を示す図である。
図8】一実施形態に係る磁気抵抗素子の熱安定性評価方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面に基づいて実施形態を説明する。なお、複数の図面間において共通する要素については同じ符号を付し、その要素の詳細な説明の繰り返しを省略する。
【0014】
図1は、一実施形態に係る熱安定性評価装置の概略構成図である。図2は、一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の一例を示す図である。図1および図2を参照するに、熱安定性評価装置10は、磁気メモリ100を構成する評価対象の磁気抵抗素子101にプローブ11pを接続して所定の電流値の電流パルスを複数供給し、磁気抵抗素子101によって生成されたジッタを含む電圧パルスを出力し、この電圧パルスが抵抗22とコンデンサ23を介すことで再帰的に電流パルスとして磁気抵抗素子101に供給される発振回路11と、出力された電圧パルスの周期を測定して周期の統計的ばらつきを算出するパルス周期測定部12と、電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子101の熱安定性を評価する熱安定性評価部13とを有する。熱安定性評価装置10は、磁気抵抗素子101を流れる電流値のある範囲において記録層の磁化反転が電流値に対して確率的に発生する現象によって生じる電圧パルスの周期の統計的ばらつきを取得して磁気抵抗素子101の熱安定性を評価することができる。
【0015】
図3は、熱安定性評価装置の評価対象となる磁気メモリおよび磁気抵抗素子の一例を示す概略構成図である。図3には熱安定性評価装置の発振回路のプローブを磁気抵抗素子に接続する態様を合わせて示す。図3図1および図2と合わせて参照するに、磁気メモリ100は、磁気抵抗素子101と、制御部102と、第1配線103と、第2配線104と、スイッチ105とを含む。磁気メモリ100は、複数の磁気抵抗素子101を有するが、図3では1個だけを示し、他は同様の構成であるので省略する。制御部102は、第1配線103、第2配線104およびスイッチ105を介して磁気抵抗素子101に書込み用の電流パルスを供給して書込みを行う。
【0016】
磁気抵抗素子101は、記録層111と、参照層112と、記録層111と参照層112とに挟まれるトンネル障壁層113と、記録層111の上側に接する第1電極114と、参照層112の下側に接する第2電極115とを含む。第1電極114には第1配線103が電気的に接続される。第2電極115には、スイッチ105の一方の端子が電気的に接続される。スイッチ105の他方の端子は第2配線104に電気的に接続される。
【0017】
記録層111は、例えば、磁化自由層の単層であってもよく、磁化自由層/非磁性層/磁化固定層の積層構造(不図示)を有してもよい。磁気抵抗素子101は、キャップ層、保護膜、シード層、バッファ層等(不図示)を適宜設けることができる。
【0018】
磁気抵抗素子101は、その形状を、膜面において直径100ナノメートル以下、記録層111の磁化自由層の厚さを2ナノメートル程度に微細化すると、熱安定性評価装置の発振回路11のプローブ11pを上部電極114および下部電極115に電気的に接続してこの積層体を貫く電流を流すことで、磁化自由層の磁化を反転させることができる。この現象を電流磁化反転と呼ぶ。電流磁化反転は、上記特許文献1(特許第4625936号明細書)に記載されているように、熱擾乱の影響を受けるため、電流磁化反転が生じる電流(いわゆる、反転電流)に確率的にばらつきが生じる。
【0019】
図4は、図2に示す発振回路のタイミングチャートである。図4図2と合わせて参照するに、発振回路11は、評価対象の磁気抵抗素子101を含む積分回路21を有する。積分回路21は、直列接続された抵抗22とコンデンサ23とを含む。コンデンサ23にはプローブ11pを介して評価対象の磁気抵抗素子101が並列接続される。
【0020】
発振回路11は、より具体的には、積分回路21と、2つのコンパレータ24,25と、状態検出用記憶素子としてフリップフロップ26と、積分回路21のコンデンサ23の充放電用のスイッチ手段としてトランジスタ28と、出力端子29とを有する。発振回路11は、弛張型の発振回路である。発振回路11は、積分回路21以外は、NE555としてよく知られている汎用タイマーICの回路構成と同一とすることができ、NE555を用いてもよい。
【0021】
積分回路21は、抵抗22と、抵抗22に直列接続したコンデンサ23と、コンデンサ23にプローブ11pを介して並列接続した評価対象の磁気抵抗素子101とにより構成される。積分回路21は、抵抗22の一端をトランジスタ28のコレクタに接続し、抵抗22の他端をコンデンサ23および磁気抵抗素子101の一端に電気的に接続する。積分回路21の充放電時間は、抵抗22およびコンデンサ23による時定数によって決まる充放電時間を中心として磁気抵抗素子101による確率的な磁化反転によるジッタを含む。コンデンサ23および磁気抵抗素子101の他端は接地される。これにより、磁気抵抗素子101に印加される最大電圧を正負の両極性でほぼ等しくして、正負の両極性で磁気抵抗素子101に電流磁化反転を誘起することができる。なお、コンデンサ23および磁気抵抗素子101の他端の電位は、後述するように2つのコンパレータ24,25の各々の閾値との間の電位に設定されればよい。また、この他端の電位を安定化電源回路等で設定してもよい。
【0022】
トランジスタ28は、ベースにフリップフロップ26のQ出力端子が接続され、方形波の発振波形(図4(a)に示す。)が供給される。トランジスタ28は、この方形波によってオン・オフされ、積分回路21のコンデンサ23の充放電を行う。トランジスタ28がオフの場合は、電源電圧+Vcから抵抗30および抵抗22を介してコンデンサ23および磁気抵抗素子101に電流が供給され、コンデンサ23が充電される。トランジスタ28がオンの場合は、コンデンサ23に充電された電荷が抵抗22およびトランジスタ28のコレクタおよびエミッタを介して電源電圧-Vcに放電される。この充放電により、磁気抵抗素子101は記録層の磁化反転SWが確率的に生じて磁気抵抗素子101の電気抵抗値が変化するため、磁化反転SWが生じた時点で信号電圧の曲線に変化が生じる。コンデンサ23の両端の電位差は、図4(b)に示す波形となり、積分回路21の出力側(B点)の電位となる。B点は、コンパレータ24の非反転入力端子およびコンパレータ25の反転入力端子に接続される。コンパレータ24の反転入力端子は、分圧回路31のVc/3の電位点に接続され、これが一方の閾値となる。コンパレータ25の非反転入力端子は、分圧回路31の-1/3Vcの電位点に接続され、これが他方の閾値となる。コンパレータ24の出力端子は、フリップフロップ26のリセット(Reset)端子に接続され、図4(c)に示す波形が現れる。コンパレータ25の出力端子は、フリップフロップ26のセット(Set)端子に接続され、図4(d)に示す波形が現れる。フリップフロップ26のQ出力端子には、図4(e)に示す波形が現れ、これがトランジスタ28のベースに供給される。なお、コンデンサ23および磁気抵抗素子101の他端は、発振回路11の発振が連続する電位で、2つのコンパレータ24,25の各々の閾値との間の電位に設定される。発振回路11の出力信号は、トランジスタ28のコレクタに電気的に接続された出力端子29から出力され、パルス周期測定部12に供給される。
【0023】
発振回路11の出力信号は、磁気抵抗素子101の電気抵抗値の変化のタイミングに基づくジッタが重畳するため、出力信号において各電圧パルスの周期は同一ではない。したがって、発振回路11の各パルスの周期には、積分回路21の抵抗22およびコンデンサ23による時定数C×Rによる決まる電圧パルスの周期を中心として、さらに磁気抵抗素子101の確率的な磁化反転によるジッタが重畳するという特性を有する。
【0024】
図1に戻り、パルス周期測定部12は、発振回路11から電圧パルスが入力され、電圧パルスの周期を測定する測定器12aと、測定した周期の統計的ばらつきを算出する算出器12bとを有する。測定器12aは、発振回路11から入力された複数(多数、1万個~10万個、例えば8万個)の電圧パルスの周期を測定する。測定器12aは、例えば、市販の周波数カウンタ(例えば、キーサイト社製周波数カウンタ53131A)を用いることができる。算出器12bは、測定器12aが測定した多数の電圧パルスの周期の統計的ばらつき、例えば標準偏差を算出する。統計的ばらつきは、標準偏差の他、分散でもよい。算出器12bは、例えば市販の周波数カウンタに付属の標準偏差算出機能を用いることができる。パルス周期測定部12は、電圧パルスの周期の統計的ばらつきを熱安定性評価部13に出力する。
【0025】
熱安定性評価部13は、パルス周期測定部12から電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子101の熱安定性を評価する機能を有する。熱安定性評価部13は、例えばパソコン(PC)を用いることができる。
【0026】
磁気抵抗素子の電流磁化反転の熱安定性を表すパラメータ(「熱安定性パラメータ」とも称する。)Δは、下記式1で定義される。
Δ=KUV/kBT・・・(1)
ここで、KUは記録層111の単位体積当たりの磁気異方性エネルギー、Vは記録層111の体積、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度(K)である。熱安定性パラメータΔは、10~100程度であり、磁気メモリとしては60程度が一般的に要求されている。磁化状態の保持時間は熱安定性パラメータΔに対して指数関数的に増加する。磁気メモリとして磁気抵抗素子の磁化状態の保持時間は長いことが好ましいから、熱安定性パラメータΔは大きい程好ましい。
【0027】
1個の磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔを求める従来の手法は、磁気抵抗素子に電流パルスを与え、記録層の磁化が反転したか否かを磁気抵抗素子の電気抵抗値から判定する。電流パルスの最大電流値を変えながらこの判定を全体で数百万回行って各最大電流値に対する磁化反転確率を求めて理論式とフィッティングしてΔを求める。磁化反転確率Pswは、下記式2で定義される。
sw(I/Ic0)=1-exp(-τpexp(-Δ(1-I/Ic0)))・・・(2)
ここで、τpは規格化した電圧パルス幅であり、Ic0は温度0Kにおける磁化反転電流である。
【0028】
本願発明者は、パルス周期測定部12から電圧パルスの周期の統計的ばらつき、例えば、標準偏差が磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔと相関関係があることを見出した。
【0029】
図5は、磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔと電圧パルスの周期の標準偏差との関係を示す図である。図5を参照するに、電圧パルスの周期の標準偏差が小さい程、熱安定性パラメータΔが大きくなることが分かる。すなわち、電圧パルスの周期の標準偏差と磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔとは負の相関を有する。これは、電圧パルスの周期の統計的ばらつきが小さい程、熱安定性パラメータΔが大きくなることを示す。このような相関関係を用いて、電圧パルスの周期の統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子の熱安定性パラメータΔを評価することができる。
【0030】
さらに、評価対象の磁気抵抗素子の一部について、上記の従来の方法によって求めた熱安定性パラメータΔと電圧パルスの周期の統計的ばらつきとの相関関係を予め求めて熱安定性評価部13の相関情報格納部13aに格納しておいてもよい。他の評価対象の磁気抵抗素子101について電圧パルスの周期の統計的ばらつきを求めて、相関情報格納部13aの相関関係を参照して熱安定性パラメータΔを求めてもよい。電圧パルスの周期の統計的ばらつきは、標準偏差の他に分散でもよい。
【0031】
本実施形態によれば、発振回路11により評価対象の磁気抵抗素子101に電流パルスを供給して発生する磁気抵抗素子101の電圧信号により生成される電圧パルスに記録層111の磁化反転が電流パルスの電流値に対して確率的に発生する現象によるジッタが含まれ、電圧パルスの周期に統計的ばらつきが発生する。熱安定性評価部13により電圧パルスの周期に統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子101の熱安定性を評価する。熱安定性評価装置10は、磁気抵抗素子101に電流パルスを供給することで、磁気抵抗素子101の熱安定性を評価でき、少ない手間で効率良く磁気抵抗素子101の熱安定性を提供できる。
【0032】
熱安定性評価装置10の変形例として、発振回路11は、図2に示したように、直列接続された抵抗22およびコンデンサ23を含む積分回路21を有する発振回路であれば、特に限定されない。
【0033】
図6は、一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の代替例を示す図である。図6を参照するに、発振回路40は、評価対象の磁気抵抗素子101を含む積分回路41を有する。発振回路40は、図2に示した発振回路11の代替例である。積分回路41は、直列接続された抵抗42とコンデンサ43とを含む。コンデンサ43にはプローブ11pを介して評価対象の磁気抵抗素子101が並列接続される。発振回路40は、磁気メモリ100を構成する評価対象の磁気抵抗素子101にプローブ11pを接続して所定の電流値の電流パルスを複数供給し、磁気抵抗素子101によって生成されたジッタを含む電圧パルスを出力し、この電圧パルスが再帰的に電流パルスとして磁気抵抗素子101に供給される。発振回路40は、弛張型の発振回路である。
【0034】
発振回路40は、積分回路41と、オペアンプ44と、オペアンプ44の出力端子に接続され、その出力信号の分圧回路を構成する抵抗45(抵抗値R2)、抵抗46(抵抗値R3)および抵抗48(抵抗値R4)とを有する。抵抗48の他端は接地されている。オペアンプ44には正負の電源電圧(+Vc、-Vc)が供給されている。オペアンプ44の出力信号は、抵抗45および抵抗46と抵抗48とによって分圧され、抵抗46と抵抗48との接続点がオペアンプ44の非反転入力端子に接続される。抵抗42(抵抗値R1)が、オペアンプ44の出力端子に接続された抵抗45(抵抗値R2)ともに積分回路41の抵抗(R1+R2)を構成する。積分回路41の並列接続されたコンデンサ43と磁気抵抗素子101と一端は出力端子としてオペアンプ44の反転入力端子に接続され、他端は接地される。
【0035】
オペアンプ44は、非反転入力端子に入力される信号と反転入力端子に入力される信号とを比較するコンパレータとして機能し、正負の電源電圧(+Vc、-Vc)の2値の方形波を出力する(A点)。オペアンプ44の出力信号の一方は、抵抗45,46,48の分圧回路によって分圧され、オペアンプ44の出力信号の電圧をVとすると、抵抗45および抵抗46と抵抗48とによって分圧された出力信号+Vc(または-Vc)×R4/(R2+R3+R4)は、オペアンプ44の非反転入力端子に供給される。
【0036】
オペアンプ44の出力信号の他方は、積分回路41に入力される。オペアンプ44の出力信号が-Vcから立ち上がると、コンデンサ43に充電が始まり、コンデンサ43および磁気抵抗素子101の両端子間の電位が増加する。磁気抵抗素子101は、確率的に磁化反転を生じ、これによる抵抗値の変化によってコンデンサ43の充電波形の曲線に折れ曲がりが現れる。充電が続き、C点における電圧がB点における電圧(+V1)を超えると、オペアンプ44の出力信号は、-Vcに変化する。これにより、コンデンサ43の放電が始まり、C点の電位が減少し始める。磁気抵抗素子101に印加される電圧が負電圧になると、磁気抵抗素子101は、確率的に磁化反転を生じ、これによる抵抗値の変化によって放電波形の曲線に折れ曲がりが現れる。放電が続き、C点における電圧がB点における電圧(-V1)を下回ると、オペアンプ44の出力信号は、+Vcに変化し、コンデンサ43の充電が始まる。これを繰り返すことで、発振が生じ、発振波形の出力信号が出力端子49からパルス周期測定部12へ出力される。
【0037】
発振回路40は、積分回路41の抵抗42および抵抗45とコンデンサ43(電気容量C)による時定数C×(R1+R2)による決まる周期を中心として磁気抵抗素子101による確率的な磁化反転によるジッタが重畳した周期の電圧パルスを出力する。
【0038】
図7は、一実施形態に係る熱安定性評価装置の発振回路の他の代替例を示す図である。図7を参照するに、発振回路50は、評価対象の磁気抵抗素子101を含む積分回路51を有する。発振回路50は、図2に示した発振回路11の代替例である。積分回路51は、直列接続された抵抗52とコンデンサ53とを含む。コンデンサ53にはプローブ11pを介して評価対象の磁気抵抗素子101が並列接続される。発振回路50は、磁気メモリ100を構成する評価対象の磁気抵抗素子101にプローブ11pを接続して所定の電流値の電流パルスを複数供給し、磁気抵抗素子101によって生成されたジッタを含む電圧パルスを出力し、この電圧パルスが再帰的に電流パルスとして磁気抵抗素子101に供給される。発振回路50は、リングオシレータである。
【0039】
発振回路50は、積分回路51と、直列に環状に接続された3個の奇数個のインバータ論理回路54~56と、出力端子58を有する。発振回路50は、リングオシレータを形成する。インバータ論理回路54~56のうちの一つ、例えばインバータ論理回路54の出力端子に積分回路51の入力端子である抵抗52の一端を接続し、積分回路51の出力端子が他のインバータ論理回路55の入力端子に接続する。積分回路51のコンデンサ53および磁気抵抗素子101の他端は(1/2)Vcの電位点に接続されている。なお、この他端の電位はインバータ論理回路55の入力端子における“H”および“L”の二つの閾値電圧の間に入っていればよい。この他端の電位は、発振動作中の磁気抵抗素子101に印加される最大電圧を正負の両極性でほぼ等しくして正負の両極性で磁気抵抗素子101に電流磁化反転を誘起することができる点で(1/2)Vcを用いることが好ましい。発振回路50は、積分回路51の抵抗52(抵抗値R)およびコンデンサ53(電気容量C)による時定数C×Rにより決まる周期を中心として磁気抵抗素子101による確率的な磁化反転によるジッタが重畳した周期の電圧パルスを出力する。インバータ論理回路54~56は、3個に限定されず、3個以上の奇数個であればよい。
【0040】
なお、発振回路50は、インバータ論理回路54をNANDゲートに置き換えてもよい。NANDゲートの一方の入力端子に発振回路51の出力信号を入力し、他方の入力端子に発振スタート信号を入力する。発振スタート信号を“H”にすることで、NANDゲートは、インバータ論理回路54と同様に動作し、発振スタート信号を“L”にすることで発振を停止させることができる。
【0041】
[磁気抵抗素子の熱安定性評価方法]
図8は、一実施形態に係る磁気抵抗素子の熱安定性評価方法のフローチャートである。図8図1および図2と合わせて参照しつつ、磁気抵抗素子の熱安定性評価方法を説明する。
【0042】
最初に、評価対象の磁気抵抗素子101を有する磁気メモリ100を準備する(S100)。
【0043】
次いで、磁気抵抗素子の両方の端子に評価装置の発振回路11のプローブ11pを接続して、複数(多数)の電流パルスを供給して磁気抵抗素子101に電流を流す(S110)。
【0044】
次いで、磁気抵抗素子101に電流パルスを流したことにより磁気抵抗素子101の両端子間に発生した電圧によって発振回路11で生成された電圧パルスの周期をパルス周期測定部12により測定し、電圧パルスの周期の統計的ばらつき、例えば標準偏差を算出する(S120)。具体的には、キーサイト社製周波数カウンタ53131Aを用いて、例えば1秒間のゲート時間を設け、ゲート時間内で電圧パルスの周期を繰り返し測定し、周期の平均値および標準偏差を求める。発振回路11の発振周波数が80kHzの場合、一回の測定の電圧パルスは、8万個となる。
【0045】
次いで、熱安定性評価部13により、電圧パルスの周期の統計的ばらつき、例えば標準偏差に基づいて、磁気抵抗素子の熱安定性を評価する(S130)。図5およびその説明に示したように、電圧パルスの周期の統計的ばらつきが小さい程、熱安定性パラメータΔが大きくなる関係を有しているので、この関係を用いて磁気抵抗素子の熱安定性を評価できる。
【0046】
次いで、評価対象の磁気抵抗素子の全てを評価したかを判定する(S140)。評価対象の磁気抵抗素子がある場合(「No」の場合)は、S110に戻り、S110~S130のステップを行う。評価対象の磁気抵抗素子の評価が終わった場合(「Yes」の場合)は終了する。
【0047】
本実施形態によれば、磁気抵抗素子に発振回路11を接続して電流パルスを複数供給して発振回路11により生成された電圧パルスの周期の統計的ばらつきを算出し、その統計的ばらつきに基づいて磁気抵抗素子101の熱安定性を評価するので、少ない手間で効率良く評価できる。
【0048】
以上、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲に記載された本発明の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0049】
10 熱安定性評価装置
11,40,50 発振回路
11p プローブ
12 パルス周期測定部
13 熱安定性評価部
13a 相関情報格納部
21,41,51 積分回路
100 磁気メモリ
101 磁気抵抗素子

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8