(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164401
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出
(51)【国際特許分類】
G01N 33/52 20060101AFI20231102BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20231102BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20231102BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20231102BHJP
G01N 21/27 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
G01N33/52 B
G01N33/483 C
G01N21/64 F
G01N21/78 A
G01N21/78 Z
G01N21/27 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023074708
(22)【出願日】2023-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2022074808
(32)【優先日】2022-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1) 公開1 ▲1▼発行日 : 2022年5月2日 ▲2▼刊行物 : 第82回 分析化学討論会 Web版講演要旨集 (URL:https://confit.atlas.jp/guide/event/jsac82touron/static/abstract) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、上記アドレスのウェブサイトで公開された第82回 分析化学討論会 講演要旨集にて、「Discrimination of multiple analyte groups based on a paper-based chemosensor array」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (2) 公開2 ▲1▼開催日 : 2022年5月15日 ▲2▼集会名、開催場所 : 第82回 分析化学討論会、2022年5月14日~15日開催、茨城大学水戸キャンパス(茨城県水戸市) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、第82回 分析化学討論会、「Discrimination of multiple analyte groups based on a paper-based chemosensor array」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。 (URL:https://confit.atlas.jp/guide/event/jsac82touron/subject/2Y16/advanced)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (3) 公開3 ▲1▼発行日 : 2022年6月3日 ▲2▼刊行物 : 第21回 東京大学生命科学シンポジウム 要旨 (URL:https://www.todaibio.info/) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊(Lyu Xiaojun)、佐々木 由比、大代 晃平、Tang Wei、Yuan Yousi、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、第21回 東京大学生命科学シンポジウム要旨にて、「Printed 384-Well Microtiter Plate on Paper for Fluorescent Chemosensor Array in Food Analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (4) 公開4 ▲1▼開催日 : 2022年6月17日 ▲2▼集会名、開催場所 : 第21回 東京大学生命科学シンポジウム、2022年6月16日~17日開催、オンライン及び東京大学駒場キャンパス (URL:https://www.todaibio.info/) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊(Lyu Xiaojun)、佐々木 由比、大代 晃平、Tang Wei、Yuan Yousi、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、第21回 東京大学生命科学シンポジウムにて、「Printed 384-Well Microtiter Plate on Paper for Fluorescent Chemosensor Array in Food Analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (5) 公開5 ▲1▼発行日 : 2022年9月2日 ▲2▼刊行物 : 日本分析化学会 第71年会 Web版講演要旨集 (URL:https://confit.atlas.jp/guide/event/jsac71nenkai/static/abstract) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊、佐々木 由比、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、上記アドレスのウェブサイトで公開された日本分析化学会 第71年会 Web版講演要旨集にて、「A printed 1536-well microtiter paper-based chemosensor array for high-throughput analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (6) 公開6 ▲1▼開催日 : 2022年9月14日 ▲2▼集会名、開催場所 : 日本分析化学会 第71年会、2022年9月14日~16日開催、岡山大学津島キャンパス(岡山県岡山市) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊、佐々木 由比、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、日本分析化学会 第71年会にて、「A printed 1536-well microtiter paper-based chemosensor array for high-throughput analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。 (URL:https://store-confit.atlas.jp/jsacnenkai/jsac71nenkai/static/20220831233413620_ja.pdf)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (7) 公開7 ▲1▼発行日 : 2022年12月5日 ▲2▼刊行物 : RSC Tokyo International Conference 2022 要旨 (URL:https://www.jaima.or.jp/ic/rsc-tic/pdf/ProgramRSCTIC2022_1109.pdf?1130) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊(Lyu Xiaojun)、佐々木 由比、大代 晃平、Tang Wei、Yuan Yousi、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、RSC Tokyo International Conference 2022 要旨にて、「Printed 384-Well Microtiter Plate on Paper for Fluorescent Chemosensor Array in Food Analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (8) 公開8 ▲1▼開催日 : 2022年12月6日 ▲2▼集会名、開催場所 : RSC Tokyo International Conference 2022、2022年12月5日~6日開催、川崎生命科学・環境研究センター(LiSE)(神奈川県川崎市) (URL:https://www.jaima.or.jp/ic/rsc-tic/pdf/ProgramRSCTIC2022_1109.pdf?1130) ▲3▼公開者 : 呂 暁俊(Lyu Xiaojun)、佐々木 由比、大代 晃平、Tang Wei、Yuan Yousi、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、RSC Tokyo International Conference 2022にて、「Printed 384-Well Microtiter Plate on Paper for Fluorescent Chemosensor Array in Food Analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (9) 公開9 ▲1▼発行日 : 2023年3月17日 ▲2▼刊行物 : SPIE Photonics Westの講演要旨(Conference Proceedings) (URL:https://www.spiedigitallibrary.org/conference-proceedings-of-spie/12397/1239706/Solid-state-optical-chemosensor-array-devices-for-real-sample-analysis/10.1117/12.2648537.short?SSO=1) ▲3▼公開者 : 南 豪(Tsuyoshi Minami) ▲4▼公開された発明の内容: 南 豪が、上記アドレスのウェブサイトで公開されたSPIE Photonics Westの講演要旨にて、「Solid-state optical chemosensor array devices for realsample analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (10) 公開10 ▲1▼開催日 : 2023年1月29日 ▲2▼集会名、開催場所 : SPIE Photonics West、2023年1月28日~2月2日開催、THE MOSCONE CENTER、サンフランシスコ、カリフォルニア州、米国 (URL:https://spie.org/conferences-and-exhibitions/photonics-west/program) ▲3▼公開者 : 南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 南 豪が、SPIE Photonics Westにて、「Solid-state optical chemosensor array devices for realsample analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (11) 公開11 ▲1▼発行日 : 2022年5月25日 ▲2▼刊行物 : Chem Asian J.2022,17,e202200479 ▲3▼公開者 : 呂 暁俊(Lyu Xiaojun)、佐々木 由比、大代 晃平、Tang Wei、Yuan Yousi、南 豪 ▲4▼公開された発明の内容: 呂 暁俊らが、Chem Asian J.2022,17,e202200479にて、「Printed 384-Well Microtiter Plate on Paper for Fluorescent Chemosensor Array in Food Analysis」の題目で、南 豪、呂 暁俊及び佐々木 由比が発明した「紙基板マイクロタイタープレートによる多成分検出」に関する研究の一部を公開した。
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.MATLAB
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 国際科学技術協力基盤整備事業「迅速かつ正確なCOVID-19検出を可能にする紙基板センサデバイスの開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100203208
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】南 豪
(72)【発明者】
【氏名】呂 暁俊
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 由比
【テーマコード(参考)】
2G043
2G045
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA16
2G043CA03
2G043DA02
2G043EA01
2G043EA14
2G043FA01
2G043KA02
2G043LA03
2G043NA02
2G043NA05
2G045AA25
2G045FA19
2G045FB12
2G045FB13
2G045FB17
2G059AA01
2G059BB04
2G059BB11
2G059BB13
2G059EE02
2G059EE07
2G059EE13
2G059FF10
2G059FF12
2G059HH02
2G059KK04
2G059MM02
2G059MM09
(57)【要約】 (修正有)
【課題】紙を基材とするマイクロタイタープレートを用いて、光学応答による未知試料における多成分検出を可能とする技術を提供する。
【解決手段】肉眼で観察可能な比色/蛍光応答を示す特定のプローブ試薬をパターニングした紙基材マイクロタイタープレートを用い、かつ比色/蛍光応答を画像パターン認識によって解析することにより、多成分の同時検出をハイスループットで行うことができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多成分の標的物質を同時検出するための方法であって、以下の工程:
A)基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有するマイクロタイタープレートを用意する工程であって、
前記基材が紙素材であり、
前記複数のセンシング領域が、互いに所定の間隔を有するパターンを形成しており、
前記複数のセンシング領域が、それぞれ、前記基材上に塗布された同一でも異なっていてもよいプローブ試薬を含み、
前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;
B)前記マイクロタイタープレート上に、2以上の標的物質を含むサンプル溶液を添加する工程;
C)前記マイクロタイタープレートの全体又は部分をイメージング手段により撮像し、前記標的物質に基づく前記光学応答を示すイメージング画像を取得する工程;及び
D)画像パターン認識を用いて前記イメージング画像を分析することにより、前記サンプル溶液中に含まれる標的物質の種類及び/又は濃度を同定する工程
を含む、該方法。
【請求項2】
前記複数のセンシング領域における個々の領域が、前記基材上に塗布された疎水性材料の外枠により分画されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、ボロン酸基又はボロン酸エステル基を有する第2の化合物とを含み;
前記標的物質の非存在下では、前記第1及び第2の化合物が結合しているが、前記標的物質の存在下では、前記標的物質が前記第1及び第2の化合物のいずれか一方と結合することにより前記第1及び第2の化合物間の結合が解消されて前記光学応答が生じる
請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、前記カテコール基に配位する金属イオンを含み;
前記標的物質の非存在下では、前記第1の化合物と前記金属イオンが錯体を形成しているが、前記標的物質の存在下では、前記標的物質が前記第1の化合物と結合することにより前記錯体が解消されて前記光学応答が生じる
請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記第1の化合物が、以下の群から選択され;
【化1】
前記第2の化合物が、3-ニトロフェニルボロン酸であり;
前記カテコール基に配位する金属イオンが、亜鉛(II)イオンである、
請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記標的物質が、糖類、アミノ酸、オキソアニオン、及び金属イオンよりなる群から選択される1種以上の物質を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
多成分の標的物質を同時検出するためのマイクロタイタープレートであって、
基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有しており、
前記基材が紙素材であり、
前記複数のセンシング領域が、互いに所定の間隔を有するパターンを形成しており、
前記複数のセンシング領域が、それぞれ、前記基材上に塗布された同一でも異なっていてもよいプローブ試薬を含み、
前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在により蛍光応答又は吸光度変化を示す分子を含む、
マイクロタイタープレート。
【請求項8】
前記複数のセンシング領域における個々の領域が、前記基材上に塗布された疎水性材料により分画されている、請求項7に記載のマイクロタイタープレート。
【請求項9】
前記標的物質が、糖類、アミノ酸、オキソアニオン、及び金属イオンよりなる群から選択される1種以上の物質を含む、請求項7に記載のマイクロタイタープレート。
【請求項10】
前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物;及び
ボロン酸基又はボロン酸エステル基を有する第2の化合物又は前記カテコール基に配位し得る金属イオン
を含む、請求項7に記載のマイクロタイタープレート。
【請求項11】
前記第1の化合物が、以下の群から選択され;
【化2】
前記第2の化合物が、3-ニトロフェニルボロン酸であり;
前記カテコール基に配位する金属イオンが、亜鉛(II)イオンである、
請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項7~11のいずれか1に記載のマイクロタイタープレートを含む、検出デバイス。
【請求項13】
基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有する、多成分の標的物質を同時検出するためのマイクロタイタープレートの製造方法であって、
a)紙素材である基材上に、前記複数のセンシング領域における個々の領域を分画するための疎水性材料の外枠を印刷する工程;
b)前記複数のセンシング領域にインクジェットプリンターを用いて前記基材上にプローブ試薬を含む溶液を印刷する工程であって、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;
c)前記基材を乾燥させることにより、前記マイクロタイタープレートを得る工程
を含む製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多成分の標的物質を同時検出するための方法、及び当該方法に好適な紙基材マイクロタイタープレートに関する。
【背景技術】
【0002】
現在まで、マイクロタイタープレートは分析化学および診療所診断の標準ツールとなっている。しかしながら、光学応答の検出には、プレートリーダーや分光光度計など専用の機器分析装置が必要であることに加え、習熟した測定者と複雑な操作プロセスを要するため、その用途はオンサイト分析に限定される。また、市販のマイクロタイタープレートは、シングルモード検出(すなわち、比色または蛍光検出)用に設計されており、比色および蛍光応答を同時に観測することは難しい。
【0003】
一方、紙は、その安定性、高い表面多孔性、および3次元ネットワーク構造により、化学センサの基材として適用が試みられている材料である(非特許文献1、2)。しかしながら、これまでのところ、紙を基材として用い、かつ多成分を同時検出可能なマイクロタイタープレートは実用化されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】G. M. Whitesides et al., Anal. Chem. 2009, 81, 5990
【非特許文献1】D. Citterio et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 5294.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、紙を基材とするマイクロタイタープレートを用いて、光学応答による未知試料における多成分検出を可能とする技術を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、肉眼で観察可能な比色/蛍光応答を示す特定のプローブ試薬をパターニングした紙基材マイクロタイタープレートを用い、かつ比色/蛍光応答を画像パターン認識によって解析することにより、多成分の同時検出をハイスループットで行うことができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1> 多成分の標的物質を同時検出するための方法であって、以下の工程:
A)基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有するマイクロタイタープレートを用意する工程であって、前記基材が紙素材であり、前記複数のセンシング領域が、互いに所定の間隔を有するパターンを形成しており、前記複数のセンシング領域が、それぞれ、前記基材上に塗布された同一でも異なっていてもよいプローブ試薬を含み、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;B)前記マイクロタイタープレート上に、2以上の標的物質を含むサンプル溶液を添加する工程;C)前記マイクロタイタープレートの全体又は部分をイメージング手段により撮像し、前記標的物質に基づく前記光学応答を示すイメージング画像を取得する工程;及びD)画像パターン認識を用いて前記イメージング画像を分析することにより、前記サンプル溶液中に含まれる標的物質の種類及び/又は濃度を同定する工程
を含む、該方法;
<2>前記複数のセンシング領域における個々の領域が、前記基材上に塗布された疎水性材料の外枠により分画されている、上記<1>に記載の方法;
<3>前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、ボロン酸基又はボロン酸エステル基を有する第2の化合物とを含み;前記標的物質の非存在下では、前記第1及び第2の化合物が結合しているが、前記標的物質の存在下では、前記標的物質が前記第1及び第2の化合物のいずれか一方と結合することにより前記第1及び第2の化合物間の結合が解消されて前記光学応答が生じる、上記<1>に記載の方法;
<4>前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、前記カテコール基に配位する金属イオンを含み;前記標的物質の非存在下では、前記第1の化合物と前記金属イオンが錯体を形成しているが、前記標的物質の存在下では、前記標的物質が前記第1の化合物と結合することにより前記錯体が解消されて前記光学応答が生じる、上記<1>に記載の方法;
<5>前記第1の化合物が、以下の群から選択され;
【化1】
前記第2の化合物が、3-ニトロフェニルボロン酸であり;前記カテコール基に配位する金属イオンが、亜鉛(II)イオンである、上記<3>又は<4>に記載の方法;
<6>前記標的物質が、糖類、アミノ酸、オキソアニオン、及び金属イオンよりなる群から選択される1種以上の物質を含む、上記<1>に記載の方法
を提供するものである。
【0008】
別の態様において、本発明は、
<7>多成分の標的物質を同時検出するためのマイクロタイタープレートであって、基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有しており、前記基材が紙素材であり、前記複数のセンシング領域が、互いに所定の間隔を有するパターンを形成しており、前記複数のセンシング領域が、それぞれ、前記基材上に塗布された同一でも異なっていてもよいプローブ試薬を含み、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在により蛍光応答又は吸光度変化を示す分子を含む、マイクロタイタープレート;
<8>前記複数のセンシング領域における個々の領域が、前記基材上に塗布された疎水性材料により分画されている、上記<7>に記載のマイクロタイタープレート;
<9>前記標的物質が、糖類、アミノ酸、オキソアニオン、及び金属イオンよりなる群から選択される1種以上の物質を含む、上記<7>に記載のマイクロタイタープレート;
<10>前記プローブ試薬が、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物;及びボロン酸基又はボロン酸エステル基を有する第2の化合物又は前記カテコール基に配位し得る金属イオンを含む、上記<7>に記載のマイクロタイタープレート;
<11>前記第1の化合物が、以下の群から選択され;
【化2】
前記第2の化合物が、3-ニトロフェニルボロン酸であり;前記カテコール基に配位する金属イオンが、亜鉛(II)イオンである、上記<10>に記載の方法;
<12>上記<7>~<11>のいずれか1に記載のマイクロタイタープレートを含む、検出デバイス
を提供するものである。
【0009】
更なる態様において、本発明は、
<13>基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有する、多成分の標的物質を同時検出するためのマイクロタイタープレートの製造方法であって、a)紙素材である基材上に、前記複数のセンシング領域における個々の領域を分画するための疎水性材料の外枠を印刷する工程;b)前記複数のセンシング領域にインクジェットプリンターを用いて前記基材上にプローブ試薬を含む溶液を印刷する工程であって、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;c)前記基材を乾燥させることにより、前記マイクロタイタープレートを得る工程を含む製造方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、紙を基材としたマイクロタイタープレートを用いることで、多成分かつ比色/蛍光検出が可能な化学センサアレイが実現できる。また検出応答をCCDカメラ等でイメージングし、当該イメージ画像を自動画像解析アルゴリズムとパターン認識方法を用いることで、簡素化したセンシングプロセスによるオンサイトでの定性/定量分析が可能となる。また、本発明によれば、1つのマイクロタイタープレート中で、蛍光変化による検出と吸光度変化(色調変化)による検出を同時に行うことができ、これらの結果を組み合わせることで、測定可能な標的物質の濃度範囲を広くできるという利点も奏する。さらに、本発明の紙基材マイクロタイタープレートは、プリンターを用いた簡便かつ安価な手法により製造できるため、大量生産に適している。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、プローブ試薬として、カテコール化合物と3-NPBAの組合せを用いる場合の検出機構を示す概略図である。
【
図2】
図2は、プローブ試薬として、カテコール化合物とZn
2+の組合せを用いる場合の検出機構を示す概略図である。
【
図3】
図3は、実施例で作成した96ウェルの紙基材マイクロタイタープレートの画像である。
【
図4】
図4は、実施例で作成した384ウェル及び1536ウェルの紙基材マイクロタイタープレートの画像である。
【
図5】
図5は、測定に用いた糖類、アミノ酸、オキソアニオン、金属イオンの種類を示したものである。
【
図6】
図6は、カテコール化合物としてARS、BPR、PV、及びm-CPFを含む紙基材マイクロタイタープレートを用いた場合の、イメージ画像の画像パターン認識により得られたデータマトリクスである。
【
図7】
図7は、カテコール化合物としてARS、BPR、PV、及びm-CPFを含む紙基材マイクロタイタープレートを用いた場合の、サンプル試料に含まれる標的物質ごとに分類されたLDAプロットである。
【
図8】
図8は、カテコール化合物としてML及びARSを含む紙基材マイクロタイタープレートを用いた場合の、イメージ画像の画像パターン認識により得られたデータマトリクスである。
【
図9】
図9はカテコール化合物としてMLを含む紙基材マイクロタイタープレートを用いた場合の、サンプル試料に含まれる標的物質ごとに分類されたLDAプロットである。
【
図10】
図8は、清涼飲料水中におけるフルクトースの未知濃度の予測(SVMキャリブレーション)を示すグラフである。
【
図11】
図11は、トマトジュース中におけるフルクトースの未知濃度の予測(SVMキャリブレーション)を示すグラフである。
【
図12】
図12は、トマトジュース中におけるグルタチオン還元体の未知濃度の予測(SVMキャリブレーション)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0013】
1.本発明の検出方法
上述のように、本発明の検出方法は、多成分の標的物質を同時検出するための方法であって、以下の工程A)~D)を含むことを特徴とする:
A)基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有するマイクロタイタープレートを用意する工程であって、前記基材が紙素材であり、前記複数のセンシング領域が、互いに所定の間隔を有するパターンを形成しており、前記複数のセンシング領域が、それぞれ、前記基材上に塗布された同一でも異なっていてもよいプローブ試薬を含み、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;
B)前記マイクロタイタープレート上に、2以上の標的物質を含むサンプル溶液を添加する工程;
C)前記マイクロタイタープレートの全体又は部分をイメージング手段により撮像し、前記標的物質に基づく前記光学応答を示すイメージング画像を取得する工程;及び
D) 画像パターン認識を用いて前記イメージング画像を分析することにより、前記サンプル溶液中に含まれる標的物質の種類及び/又は濃度を同定する工程。
【0014】
1-1.工程A)
工程A)は、標的物質に検出に用いるマイクロタイタープレートを用意する工程である。当該マイクロタイタープレートは、基材上に標的物質を検出するための複数のセンシング領域を有するものであるが、当該基材は、従来のポリエチレンやアクリル樹脂、ガラス等ではなく、紙素材であることが大きな特徴である。紙素材は、非常に安価であり高い表面多孔性等を有し、その扱いも容易であるというメリットがある。
【0015】
基材として用いられる紙素材としては、特に限定されず、植物由来のパルプやセルロース繊維を主原料とするシート状の紙あることができる。植物由来のパルプは、木材パルプが好ましいが、麻などの非木材パルプを含んでいてもよく、古紙パルプが配合されていてもよい。具体的には、クラフト紙,上質紙,板紙,紙器用原紙,ミルクカートン原紙,カップ原紙,ライナ紙,塗工紙,片艶紙,グラシン紙、グラファン紙等を挙げることができる。測定対象となる標的物質を含むサンプル溶液を添加した際に速やかに浸透することが望ましいという観点からは、吸水性及び保水性を有する紙素材であることが好ましい。典型的に、ろ紙を用いることが好適である。また、場合により、表面にエンボス加工がなされている紙を用いることもできる。
【0016】
上記マイクロタイタープレートにおけるセンシング領域は、サンプル溶液中に含まれる多成分の物質を検出できるように、それぞれ分離された配置で複数設けられており、すなわち、互いに所定の間隔を有するパターンを形成している。場合により、所定の間隔は、一定の距離であることが好ましい。このため、複数のセンシング領域における個々の領域は、前記基材上に塗布された疎水性材料(撥水性材料)の外枠により分画されている。疎水性材料としては、個々のセンシング領域にプローブ試薬を塗布した際にそれらが互いに混合しないように各領域を隔離して外枠の役割を果たし、かつ、プローブ試薬やサンプル溶液中の標的物質と化学反応等の相互作用をしない不活性物質が好適である。また、後述のように、疎水性材料を基材上に塗布する際に印刷技術を用いるという観点からは、疎水性材料は熱可塑性の材料であることが好ましい。かかる疎水性材料としては、例えば、天然ワックス(パラフィン等)や合成ワックス(ポリエチレンワックス等)のようなロウ状物質や、フッ素樹脂を挙げることができる。後述のように、パターン化の際にワックスプリンターを用いる場合、上記疎水性材料はワックスインクである。
【0017】
かかるパターン化された配置のセンシング領域を有することにより、マイクロタイタープレートを化学センサアレイとして用いることができる。具体的には、複数のセンシング領域が、96~1536よりなるアレイを形成することができ、典型的には、96アレイ、384アレイ、1536アレイであることができる。
【0018】
各センシング領域のサイズは、測定の対象となるサンプル溶液の容量やアレイ数、或いは工程C)で用いるイメージング手段の解像度などに応じて適宜設定することができるが、例えば、それぞれ独立に、長辺が1~20mmの矩形又は直径が1~20mmの円形であることができる。各センシング領域のサイズは同一であることが好ましい。
【0019】
上記複数のセンシング領域には、それぞれ同一でも異なっていてもよいプローブ試薬が塗布されており、当該プローブ試薬は、標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化(色調変化)による光学応答を示す分子を含む。かかるプローブ試薬を用いることにより、サンプル試薬の添加後に得られる蛍光変化及び吸光度変化に基づいて標的物質の定性的/定量的検出を行うことができる。したがって、本発明の検出方法では、1つのマイクロタイタープレート中で、蛍光変化による検出と吸光度変化(色調変化)による検出を同時に行うことができ、これらの結果を組み合わせることで、測定可能な標的物質の濃度範囲を広くできるという利点も奏する。なお、本明細書において「検出」という用語は、定量、定性など種々の目的の測定を含めて最も広義に解釈される。
【0020】
複数のセンシング領域は、全て異なるプローブ試薬が塗布されてもよいし、或いは、同じプローブ試薬が塗布された複数のセンシング領域群と、これとは異なるプローブ試薬が塗布された複数のセンシング領域群が、2以上存在するように構成されていてもよい。これらは、サンプル溶液中に含まれる標的物質の数や検出の目的等に応じて適宜調整することができる。後述のように、センシング領域へのプローブ試薬の塗布は、インクジェットプリンター等を用いて行うことができる。したがって、好ましくは、複数のセンシング領域は、プローブ試薬を含む溶液をインクとしたインクジェットプリンターの印刷パターンであるということができる。
【0021】
好ましい態様において、プローブ試薬には、カテコール基を有する化合物と、これに結合し得る補助的試薬の組合せが用いられる。標的物質が存在することにより、これら化合物間の結合が解消され、それよって生じる蛍光変化/ 吸光度変化(色調変化)が生じるという検出機構である。
【0022】
より具体的には、第1の態様として、プローブ試薬は、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、ボロン酸基又はボロン酸エステル基を有する第2の化合物とを含む。ここで、ボロン酸基又はボロン酸エステル基がカテコール基と結合することとなる。この場合、特定の標的物質の非存在下では、第1及び第2の化合物が結合している状態であり、これに対し、標的物質の存在下では、標的物質が第1及び第2の化合物のいずれか一方と結合することによって、第1及び第2の化合物間の結合が解消されて光学応答が生じることになる。当該第1の態様は、糖類や金属イオンを標的物質とする場合に好ましい。
【0023】
また、第2の態様としては、プローブ試薬は、カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物と、当該カテコール基に配位する金属イオンを含む。この場合、標的物質の非存在下では、第1の化合物と金属イオンが錯体を形成しているが、標的物質の存在下では、標的物質が第1の化合物と結合することにより錯体が解消されて光学応答が生じる。当該第1の態様は、アミノ酸やオキソアニオンを標的物質とする場合に好ましい。
【0024】
カテコール基を有する蛍光性化合物又は色素化合物である第1の化合物としては、アントラキノン骨格、キサンテン骨格、トリフェニルメタン骨格、又はクマリン骨格におけるフェニル基にOH基を導入しカテコール基とした誘導体を用いることができる。
【0025】
アントラキノン骨格、キサンテン骨格、トリフェニルメタン骨格を有する第1の化合物の具体例としては、以下の化合物を挙げることができる。
【化3】
【0026】
これらの化合物は、左から「アリザリンレッドS(ARS)」、「ブロモピロガロールレッド(BPR)」、「ピロガロールレッド(PR)」、「ピロカテコールバイオレット(PV)」、及び「m-カルボキシフェニルフルオロン(m-CPF)」である。
【0027】
さらに、クマリン骨格を有する第1の化合物の具体例としては、以下の構造を有する4-メチルエスクレチン(ML)を挙げることができる。
【化4】
【0028】
好ましくは、補助的試薬である第2の化合物は、フェニルボロン酸又はその誘導体であることができる。典型的には、ニトロ基を有するフェニルボロン酸又は誘導体であり、具体例としては、3-ニトロフェニルボロン酸(3-NPBA)及びそのエステル体を挙げることができる。
【0029】
同じく補助的試薬であるカテコール基に配位する金属イオンとしては、好ましくは遷移金属イオンであり、より好ましくは亜鉛(II)イオン(Zn2+)であることができる。
【0030】
上記第1の態様としては、第1の化合物がアリザリンレッドS(ARS)、m-カルボキシフェニルフルオロン(m-CPF)又は4-メチルエスクレチン(ML)のいずれかであり;第2の化合物が3-ニトロフェニルボロン酸(3-NPBA)である組合せを用いることが好ましいが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0031】
さらに、上記第2の態様としては、第1の化合物がアリザリンレッドS(ARS)、m-カルボキシフェニルフルオロン(m-CPF)又は4-メチルエスクレチン(ML)のいずれかであり;カテコール基に配位する金属イオンが、亜鉛(II)イオンである組合せを用いることが好ましい。
【0032】
上記第1の態様において、化合物2として3-NPBAを用いる場合の検出機構を、
図1を用いてさらに説明する。
図1に示すように、カテコール基を有する化合物1が3-NPBAと結合することにより、化合物1の蛍光発光又は色調が変化する。ここに、標的物質である金属イオン(M
+)が添加されると、M
+が化合物1のカテコール基と結合して、化合物1と3-NPBAとの結合が解消することにより、化合物1の蛍光発光又は色調が回復する。一方、標的物質として糖類が添加された場合には、糖類が3-NPBAのボロン酸基と結合して、化合物1と3-NPBAとの結合が解消することにより、化合物1の蛍光発光又は色調が回復する。かかる蛍光発光又は色調の回復を観測することで、標的物質の存在を検出することができる。
【0033】
同様に、上記第2の態様において、カテコール基に配位する金属イオンとしてZn
2+を用いた場合の検出機構を
図2に示す。この場合は、カテコール基を有する化合物1が3-NPBAと結合することにより、化合物1の蛍光発光又は色調が変化する。ここに、標的物質であるアミノ酸やオキソアニオンが添加されると、標的物質が化合物1のカテコール基と結合して、化合物1とZn
2+との結合が解消することにより、化合物1の蛍光発光又は色調が回復する。かかる蛍光発光又は色調の回復を観測することで、標的物質の存在を検出することができる。
【0034】
1-2.工程B)
次いで、工程B)は、上記マイクロタイタープレート上に、2以上の標的物質を含むサンプル溶液を添加する工程である。これにより、疎水性材料で分画された各センシング領域にサンプル溶液が接触することになる。
【0035】
本発明の対象となる標的物質は、プローブ試薬の種類に応じて任意の物質に拡大することが可能であるが、典型的には、糖類、アミノ酸、オキソアニオン、及び金属イオンよりなる群から選択される1種以上の物質であることができる。
【0036】
標的物質となる糖類としては、単糖類、2糖類、多糖類のいずれであることもできるが、例えば、以下に示すD‐フルクトース(Fru)、D-グルコース(Glc)、D-アラビノース(Ara)、L-ラムノース(Rha)、L-リボース(Rib)、L-フコース(Fuc)、D-キシロース(Xyl)、N-アセチル-D-グルコサミン(Ace)、D-ガラクトース(Gal)、ラクトース(Lac)、マルトース(Mal)、スクロース(Suc)を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【化5】
【0037】
標的物質となるアミノ酸としては、芳香族アミノ酸や分岐鎖アミノ酸を含め全てのアミノ酸を対象とすることができ、D体及びL体のいずれであってもよい。好ましいアミノ酸の具体例としては、以下に示すL-システイン(Cys)、DL‐ホモシステイン(HCys)、グルタチオン(GSSG)及びその還元体(GSH)などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【化6】
【0038】
標的物質となるオキソアニオンとしては、酸素原子を含むアニオンを形成し得る化合物からプロトンが解離して生じるアニオンであれば、非金属元素のオキソアニオンのほか金属元素のオキソアニオンであってもよい。具体的には、以下に示すシュウ酸(Oxa)、マロン酸(Mal)、クエン酸(CA)、ピロリン酸(PPi)、トリリン酸(TPi)からプロトンが解離して生じるアニオンを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【化7】
【0039】
標的物質となる金属イオンとしては、特に限定されないが、例えば、2価又は3価の金属イオン、好ましくは遷移金属イオンであることができる。具体例としては、Cu2+、Al3+、Ni2+、Co2+、Pb2+を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
サンプル溶液をマイクロタイタープレート表面に添加する際は、マイクロピペットやシリンジなど、当該技術分野において公知の手段を用いることができる。
【0041】
1-3.工程C)
工程C)は、マイクロタイタープレートの全体又は部分をイメージング手段により撮像し、上記標的物質に基づく蛍光変化又は吸光度変化(色調変化)による光学応答を示すイメージング画像を取得する工程である。これにより、標的物質による光学応答を視認することができ、迅速に観測が可能となる。
【0042】
かかるイメージング手段としては、プローブ試薬の蛍光変化や色調変化を2次元画像として可視化することもできる撮像手段であればよく、当該技術分野において公知の装置を用いることができる。典型的には、CCDカメラのような撮像装置、又はフラットベッドスキャナーのようなスキャナー装置を用いることができる。本発明の検出方法では、従来のようなプレートリーダーや大規模な分光光度計や蛍光光度計などを用いることなく、簡便な操作で得られるイメージング画像を用いて後述の工程D)の解析ができる点で大きな利点を有するものである。
【0043】
1-4.工程D)
次いで、工程D)は、画像パターン認識を用いて上記イメージング画像を分析することにより、サンプル溶液中に含まれる標的物質の種類及び/又は濃度を同定する工程である。
【0044】
好ましい態様では、工程C)で得られたイメージング画像について、画像パターン認識を用いて解析することができる。そのような画像パターン認識としては、機械学習モデルのアルゴリズムであるサポートベクターマシン(SVM)や線形判別分析(LDA)を用いることができる。
【0045】
また、SVMに基づく定量分析を行うことで、未知濃度の標的物質を含有するサンプル試料について、それに含まれる標的物質の種類及び濃度を判別・予測することもできる。より詳細には、センシング領域に用いられるプローブ試薬と標的化合物との反応に伴う蛍光変化等を各物質ごとに予め算出しておき、これを統計的な教師データとする。そして、複数の未知濃度の標的物質を含有するサンプル溶液を測定した結果として得られたイメージング画像から、当該サンプル溶液中にどのような種類の化合物が含まれているか、さらにその濃度を判別・予測する、いわゆる、多成分同時定量分析を行うことができる。
【0046】
なお、本発明の検出方法は、所望の標的物質を含有するものであれば、液体状の工業製品、薬品、飲料製品、動物の体液などを含む任意の溶液試料を対象として行うことができる。例えば、非限定的な例としては、清涼飲料水、野菜ジュース、日本酒、唾液、汗、血液などを挙げることができる。
【0047】
2.マイクロタイタープレート及びその製造方法
以上で説明した紙基材のマイクロタイタープレートは、本発明の検出方法に好適なものであり、別の観点において、本願は、かかる紙基材上に複数のセンシング領域を有するマイクロタイタープレートを対象とする発明をも対象とする。マイクロタイタープレートの構成については、工程A)について上述したとおりである。
【0048】
また、本発明は、上述のマイクロタイタープレートを含む、多成分の標的物質を同時検出するためのデバイスにも関する。かかるデバイスの例としては、当該マイクロタイタープレートを1以上備えるセンサアレイチップを挙げることができる。かかる検出デバイスを用いることにより、複数の標的物質を同時に測定可能であり、繰り返し使用できるという利点が提供される。また、紙基材のマイクロタイタープレートを用いるため本発明の検出デバイスは、軽量・小型化であり、持ち運びが可能であり、場所を選ばずに使用可能となるという利点も得られる。
【0049】
さらに、本発明は、上記マイクロタイタープレートの製造方法にも関する。当該製造方法は、以下の工程を含む:
a)紙素材である基材上に、前記複数のセンシング領域における個々の領域を分画するための疎水性材料の外枠を印刷する工程;及び
b)前記複数のセンシング領域にインクジェットプリンターを用いて前記基材上にプローブ試薬を含む溶液を印刷する工程であって、前記プローブ試薬は、前記標的物質の存在によって蛍光変化又は吸光度変化による光学応答を示す分子を含む、該工程;及び
c)前記基材を乾燥させることにより、前記マイクロタイタープレートを得る工程。
【0050】
工程a)で用いる基材及び疎水性材料については、既に述べたとおりである。印刷手段により疎水性材料を基材上に塗布する場合、疎水性材料は、ロウ状物質のような熱可塑性の材料であることが好ましい。典型的には、かかる印刷手段としてはワックスプリンターを用いることができ、その場合、疎水性材料はワックスインクである。
【0051】
工程b)で用いられるプローブ試薬についても既に述べたとおりである。好ましくは、センシング領域へのプローブ試薬の塗布は、インクジェットプリンター等を用いて行うことができる。これにより、個々のセンシング領域へ塗布するプローブ試薬の種類を自在に設定することが可能となる。
【0052】
好ましい態様では、工程b)の前に、前記疎水性材料の外枠を印刷した面とは反対側の前記基材の表面に、ラミネート加工又は防水フィルムを付着させる工程をさらに含む。ラミネート加工は、市販のラミネータを用いて行うことができる。
【0053】
工程c)における乾燥は、20~40℃の環境に基材を静置することにより行うことができる。
【実施例0054】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
印刷パターンは、Microsoft社のPowerPointを用いて96/384/1536マイクロタイタープレートとして設計した。パターンを印刷するために、定性濾紙(Whatman Grade 1、GE Healthcare社)をA4サイズに調整した。オフィスワックスプリンター(ColorQube 8580N、Xerox社)を使用して、ろ紙の表面にワックスパターンを印刷した。 384および1536ウェルの場合、ろ紙の裏側にワックス層を塗布した。次に、印刷されたろ紙を150℃のホットプレート(NHS-450ND、NISSIN Co.)で処理した。加熱プロセス中に、ワックスが溶融し、濾紙内に拡散して、疎水性バリアが形成された。その後、ろ紙の裏面をラミネートフィルム(LZ-A4100、IRIS Ohyama社)で覆い、オフィスラミネーター(QHE325、明光商会社)で加熱した。
ろ紙を室温まで冷却した後、インクジェットプリンター(Canon PIXUS TS203、Cannon社)を使用して、カテコール化合物(第1の化合物)と補助的試薬(第2の化合物又は金属イオン)を含む各種プローブ試薬を印刷されたパターンに塗布した。カテコール化合物と補助的試薬の比率は滴定に従って選択し、印刷時間は実験パラメーターの最適化によって決定した。得られた紙基材マイクロタイタープレートを、室温で乾燥し、暗所に保管した。