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特開2023-165945精子の運動能力を増加させる方法及び装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023165945
(43)【公開日】2023-11-17
(54)【発明の名称】精子の運動能力を増加させる方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/076 20100101AFI20231110BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20231110BHJP
【FI】
C12N5/076
C12M1/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023167686
(22)【出願日】2023-09-28
(62)【分割の表示】P 2019055394の分割
【原出願日】2019-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】西園 啓文
(72)【発明者】
【氏名】藤川 康夫
(72)【発明者】
【氏名】鶴本 智大
(57)【要約】
【課題】動物精子の運動能力を更に効率的に増大させる方法及び装置を提供する。
【解決手段】非ヒト動物の精子に、波長域390 nm以上420 nm以下の光を、該精子の運動能力を75%以上増加させるに有効な照射量で照射することを特徴とする精子の処理方法が提
供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト動物の精子に、波長域390 nm以上420 nm以下の光を、該精子の運動能力を75%以上増加させるに有効な照射量で照射することを特徴とする精子の処理方法。
【請求項2】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光が前記精子の運動能力を100%以上増加させるに有効な照射量で照射される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光が前記精子の運動能力を150%以上増加させるに有効な照射量で照射される請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光の照度が、前記精子に照射される全波長域の光の照度の50%以上を占める請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光の照度が、前記精子に照射される全波長域の光の照度の70%以上を占める請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光が、波長域390 nm以上420 nm以下に最大ピーク波長を有する光の成分として照射される請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光がピーク波長405±15 nm及び半値幅0.1 nm以上20 nm以下の波長スペクトルを有する光である請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光が発光ダイオード又はレーザダイオードを光源とする光である請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光の照度が0.1 mW/cm2以上200 mW/cm2以下である請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記波長域390 nm以上420 nm以下の光の照射時間が1分間以上90分間以下である請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の方法により非ヒト動物の精子を処理することを特徴とする運動能力が増大した精子を製造する方法。
【請求項12】
精子収容容器を保持するための保持部又は精子収容容器を載置するための載置部と
前記保持部に精子収容容器を保持させたとき又は前記載置部に精子収容容器を載置したときに、該精子収容容器に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部と
前記照射部を制御するための制御部とを備えることを特徴とする、運動能力が増大するように動物精子を処理する装置。
【請求項13】
前記精子収容容器を所定の温度に加温するか若しくは維持するか又はその両方を行うための温度調節機構を更に備える請求項12に記載の装置。
【請求項14】
前記照射部がピーク波長405±15 nm及び半値幅0.1 nm以上20 nm以下の波長スペクトルを有する光を発出する光源を備える請求項12又は13に記載の装置。
【請求項15】
前記光源が発光ダイオード又はレーザダイオードである請求項14に記載の装置。
【請求項16】
請求項1~11のいずれか1項に記載の方法に用いるための請求項12~15のいずれか1項に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精子の運動能力を増加させる方法及び装置に関する。より、具体的には、特定波長域の光を用いて、動物の精子の運動能力を増加させる方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
家畜を含む様々な動物において人工授精による繁殖が行われている。しかし、例えばウシの人工授精による受胎率は年々減少しているため、受胎率を向上させる技術の開発が望まれており、様々な研究がなされている。
例えば、受精卵を特定の培地において体外培養することにより受胎率を高めようとする技術が開発されている(特許文献1)。
【0003】
一方、精子については、より高い運動能力を有するものがより高い受胎率をもたらすことが知られているため、精子の運動能力に着目した研究がなされている。例えば、化学物質を用いて精子の運動能力を高める方法(特許文献2、3)や、運動能力の高い精子を選別する方法(非特許文献1)が存在する。しかし、化学物質の使用については安全上問題が懸念され、煩雑な方法では時間やコストが掛かる。特にウシにおいては、精子や受精卵を扱う培地成分への化学物質の添加により受胎に悪影響があることが報告されている(非特許文献2)。
精子の運動能力を高める簡便な技術として、光照射による方法が開発されている(特許文献4、5)。特許文献4は、精子に広い可視波長域の光を照射する方法を開示し、特許文献5は、精子に赤色光(620~630 nm)を断続的に照射する方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公表第WO2015/056727号
【特許文献2】米国特許第5,453,354号明細書
【特許文献3】米国特許第5,780,230号明細書
【特許文献4】米国特許第6,379,939号明細書
【特許文献5】特表2017-529085号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Maria Portia B. Nagata et al., PNAS, 2018, 115(14), E3087-3096
【非特許文献2】星 宏良,http://group.lin.gr.jp/2008/siryo/hoshi_sro.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献4には、同文献に記載の方法により、精子の運動能力が50%程度増加したことが記載されている。同文献には、特定の波長の光が精子の運動能力を効率的に増加させ得ることは記載も示唆もされていない。
特許文献3には、同文献に記載の方法により、運動能力が有意に向上したことが記載されているが、増加の程度は具体的に示されていない。同文献には、用いた赤色光以外の特定の波長の光が精子の運動能力を効率的に増加させ得ることは記載も示唆もされていない。
動物の精子の運動能力を更に効率的に増加させる方法及び装置が依然として求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、非ヒト動物の精子に、波長域390 nm以上420 nm以下の光を、該精子の運動能力を75%以上増加させるに有効な照射量で照射することを特徴とする精子の処理方法が提供される。
また、本発明によれば、上記処理方法により非ヒト動物の精子を処理することを特徴とする運動能力が増大した精子を製造する方法が提供される。
【0008】
更に、本発明によれば、精子収容容器を保持するための保持部又は精子収容容器を載置するための載置部と、前記保持部に精子収容容器を保持させたとき又は前記載置部に精子収容容器を載置したときに、該精子収容容器に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部と、前記照射部を制御するための制御部と を備えることを特徴とする、運動能力が増大するように動物精子を処理する装置が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、動物精子の運動能力を効率的に増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の装置の実施形態を示す模式図である。
図2】本明細書に記載の実験で用いた光源の発光スペクトルを示す。
図3】特定波長域の光の照射により精子運動能力が顕著に増加することを示す。
図4】比較的高い照射量の光の照射が精子運動能力に対して及ぼす影響を示す。
図5】照射時間が精子運動能力に対して及ぼす影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、数値範囲「a~b」(a、bは具体的数値)は、両端の値「a」及び「b」を含む範囲を意味する。換言すれば、「a~b」は「a以上b以下」と同義である。
【0012】
<精子の処理方法>
本発明は、1つの観点からは、精子の処理方法、より具体的には、その運動能力を向上させるための動物精子の処理方法を提供する。
本発明の動物精子の処理方法(以下、「本発明の処理方法」ともいう。)は、非ヒト動物の精子に、波長域390 nm以上420 nm以下の光を、該精子の運動能力を75%以上増加させるに有効な照射量で照射することを特徴とする。
本発明は、後述する実施例により示されるとおり、波長域390 nm以上420 nm以下の光を動物の精子に照射すると、他の波長域の光を照射したときと比較して、その運動能力が顕著に増加し得るという新たな知見に基づく。よって、本発明の処理方法によれば、動物の精子の運動能力を効率的に増加させることができる。
【0013】
本明細書において、「運動能力」は、精子運動率、運動精子濃度、直線速度(VSL:Straight-line Velocity)、曲線速度(VCL:Curvilinear Velocity)、平均速度(VAP:Average Path Velocity)、頭部振幅(ALH:Amplitude of Lateral Head Displacement)及び頭部振動数(BCF:Beat-Cross Frequency)から選択される少なくとも1つのパラメータを用いて評価することができる。これらパラメータは、例えば、コンピュータ支援精子解析装置(CASA)を用いて測定することができる。CASAの一例は、精子運動解析システム(SMAS:Sperm Motility Analysis System)である。運動能力は、好ましくは直線速度、曲線速度、平均速度、頭部振幅及び頭部振動数から、より好ましくは直線速度、曲線速度及び平均速度から選択される少なくとも1つのパラメータを用いて評価され得る。幾つかの実施形態において、運動能力は平均速度(VAP)を用いて評価される。評価には複数視野(例えば、3視野)についての値の平均を用いることができる。
【0014】
本発明において、精子には、その運動能力の効率的増加に有効である波長域(本明細書において、「特定波長域」ともいう)、すなわち390 nm以上420 nm以下、より具体的には395 nm以上415 nm以下、より具体的には400 nm以上410 nm以下の光を照射する。
特定波長域の光の精子に対する照射量は、当該精子の運動能力を75%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは100%以上、より好ましくは125%以上、より好ましくは150%以上、より好ましくは175%以上増加させるに有効な量であれば特に限定されない。具体的な照射量は、用いる精子により変化し得る。ウシ精子の場合、具体的な照射量は、例えば450 mJ/cm2以上7000 mJ/cm2以下、450 mJ/cm2以上6500 mJ/cm2以下、好ましくは450 mJ/cm2以上6000 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上6000 mJ/cm2以下、好ましくは500 mJ/cm2以上5500 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上5000 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上4500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上4500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上4000 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上3500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上3000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上3000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上2500 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上2000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上1500 mJ/cm2以下、より好ましくは650 mJ/cm2以上1500 mJ/cm2以下、より好ましくは650 mJ/cm2以上1000 mJ/cm2以下であり得る。本発明において、「照射量」とは、精子又は精子を含む懸濁液の受光面における照射量をいう。照射量として、精子を収容する容器(精子収容容器)の外側面上で当該受光面に対応する領域で測定した値を代用し得る。
【0015】
特定波長の光の照度は、照射した精子の運動能力の上記所定の増加をもたらすに効果的な量であれば特に限定されないが、例えば0.1 mW/cm2以上200 mW/cm2以下、好ましくは0.1 mW/cm2以上150 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上100 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上50 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上20 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上10 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/m2以上5 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上2 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上1 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上0.8 mW/m2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上0.5 mW/m2以下であり得る。照度が0.1 mW/cm2未満であるか又は200 mW/cm2を超える場合、精子運動能力の増加を効率的に達成できないことがある。本発明において、「照度」とは、精子又は精子を含む懸濁液の受光面における照度をいう。照度として、精子収容容器の外側面上で当該受光面に対応する領域で測定した値を代用し得る。
【0016】
特定波長域の光の照射時間は、照射した精子の運動能力の上記所定の増加をもたらすに効果的な量であれば特に限定されないが、例えば1分間以上90分間以下、好ましくは1分間以上60分間以下、より好ましくは2分間以上60分間以下、より好ましくは5分間以上60分間以下、より好ましくは5分間以上30分間以下、より好ましくは10分間以上30分間以下である。照射時間が1分間未満であるか又は90分間を超える場合には、精子運動能力の増加を効率的に達成できないことがある。
【0017】
特定波長域の光は、連続光として照射されてもよいし、間欠光(例えば、パルス光)として照射されてもよい。間欠光を用いる場合、照射される精子及び/又は特定波長域の光を射出する光源の温度上昇を回避又は低減することができる。パルス光は、パルス幅が例えば100 ms以下、より具体的には50 ms以下、より具体的には20 ms以下、より具体的には10 ms以下、より具体的には5 ms以下であり得る。パルス光はまた、デューティ比が例えば50%以下、より具体的には40%以下、より具体的には30%以下、より具体的には20%以下、より具体的には10%以下、より具体的には5%以下であり得る。
【0018】
特定波長域の光は、単独で照射されてもよく、特定波長域以外の光と組み合わせて照射されてもよい。特定波長域の光は、特定波長域以外の光との組合せで照射される場合、精子に同時に(合成光又は混合光として)照射されてもよいし、交互に照射されてもよい。
特定波長域の光と組み合わせ得る光として、例えば、波長域615 nm以上635 nm以下の光を挙げることができる。この波長域615 nm以上635 nm以下の光は、後述する実施例により示されるとおり、精子に照射したとき、特定波長域の光には及ばないが、当該精子の運動能力を効果的に増加させ得る。よって、特定波長域の光と波長域615 nm以上635 nm以下の光とを組み合わせて精子に照射すると、その運動能力を、特定波長域の光単独を照射する場合より効率的に増加させ得る。
【0019】
特定波長域の光が特定波長域以外の光との合成光又は混合光として精子に照射される場合、特定波長域の光の照度は、特定波長域以外の光の照度より高いことが好ましい。よって、幾つかの好適な実施形態において、特定波長域の光の照度は、当該精子に照射される全波長域の光の照度の50%以上(より好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは100%)を占める。この実施形態によれば、エネルギー集約性が高まり、より効率的に精子の運動能力を増加させ得る。
【0020】
特定波長域の光は、好ましくは波長域390 nm以上420 nm以下に、より好ましくは波長域395 nm以上415 nm以下に、より好ましくは波長域400 nm以上410 nm以下に最大ピーク波長を有する。このような光の使用は、精子の運動能力の効率的増加に有効である特定波長域の光を効率的に精子に照射し得る点で好ましい。
幾つかの好適な実施形態において、特定波長域の光はピーク波長405±15 nm(より好ましくは405±10 nm)及び半値幅0.1 nm以上50 nm以下(より好ましくは0.1 nm以上20 nm以下)の波長スペクトルを有する光である。この実施形態によれば、エネルギー集約性が高まり、より効率的に精子の運動能力を増加させ得る。
【0021】
特定波長域の光は、ハロゲンランプのような広範な波長スペクトルを有する光を射出する光源から光学フィルターの使用により抽出された光であり得る。
特定波長域の光は発光ダイオード(LED)又はレーザダイオード(LD)を光源とする光を含んでいてもよく、そのような光のみからなってもよい。LED又はLDの使用は、エネルギー集約性、低発熱性、低消費電力や長寿命に起因して、エネルギー効率及び経済性の観点からも好ましい。加えて、照射量の制御または管理が容易になる。
【0022】
本明細書において、動物は、例えば脊椎動物であり、好ましくは哺乳類、鳥類及び魚類から、より好ましくは哺乳類及び鳥類から、より好ましくは哺乳動物から選択され得る。
動物は、ヒトであってもよいし、非ヒト動物であってもよい。非ヒト動物は、家畜、競走馬、愛玩動物、動物園で飼育される動物、絶滅危惧種の動物などであり得る。
哺乳類として、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコなどが挙げられる。鳥類として、例えば、ニワトリ、アヒル、カモ、シチメンチョウ、ホロホロ鳥、ガチョウ、ダチョウなどが挙げられる。魚類として、サケ、マス、チョウザメ、マグロ、キンギョ、ニシキゴイ、ゼブラフィッシュ、メダカなどが挙げられる。
【0023】
精子は、採取直後から人工授精の直前までのいずれの時点のものであってもよく、例えば、採取から精子収容容器(例えば、ストロー管)への充填までの間のもの、凍結状態から融解中のもの、又は融解後から人工授精の直前までの間のものであり得る。
光照射に際して、精子は、その内部に配置された当該精子への光(特定波長域の光を含む)の照射を妨げない容器に収容され得る。容器は、例えば、シャーレ、ビーカー、試験管、マイクロチューブ、ストロー管などであり得る。容器の材料は特に制限されないが、容器の少なくとも一部は、本発明の処理方法に従って精子に対して照射される光(特に、特定波長域の光)に対して透明な材料で構成され、そのことにより、容器外部から照射される当該光が容器内部にまで透過する必要がある。
【0024】
光照射に際する精子の濃度は、特に限定されないが、例えば、100,000/mL~10,00,000/mLであり得、より具体的には500,000/mL~10,00,000/mL、より具体的には1,000,000/mL~10,00,000/mL、より具体的には3,000,000/mL~6,000,000/mLであり得る。
光照射に際して、精子は、生理学的緩衝液、精子前培養培地又は精子保存培地中に存在していてもよい。培地として、動物精子に通常用い得る培地が使用され得、例えば、TCM-199、BO培地、CR1培地、SOF培地、NCSU培地、PZM-5培地、HTF培地、TALP培地、BWW培地、TYH培地、DMEM培地、Ham-F10培地、Whitten培地、Whittingham培地、M16培地並びにこれらの改変培地が挙げられるが、これらに限定されない。培地は、必要に応じて、当該分野において一般に用いられる添加物質を含んでいてもよい。添加物質には、精子の生存率を高めるため又は受精能獲得を誘発するために用いられる物質も含まれる。添加物質の例としては、血清(FCS)、血清アルブミン(HSA、BSAなど)、ピルビン酸、カルシウム、シクロデキストリン又はその誘導体などが挙げられるが、これらに限定されない。凍結保存用培地には、ニワトリ卵黄及びグリセリン(グリセロール)、エチレングリコール、ジメチルスルフォキシド(DMSO)などが更に添加されてもよい。
【0025】
精子は、照射の間、撹拌されてもよい。撹拌は、振盪器又はスターラーを用いて行うことができる。
光照射に際して、精子は、その精子が由来する動物(魚類以外)の体温付近の温度又はその精子が由来する魚類の産卵期の水温付近の温度に加温及び/又は維持されてもよい。動物(魚類以外)の体温は種類によるが、例えば35℃~45℃付近であり得る。魚類の産卵に適した水温も種類によるが、例えば、15℃~30℃であり得る。
本発明の処理方法により処理した精子は、人工授精、体外受精又は顕微授精に用いてもよい。或いは、本発明の処理方法により処理した精子は、人工授精、体外受精又は顕微授精に使用するまで凍結保存に付されてもよい。
【0026】
<精子の製造方法>
本発明は、別の1つの観点からは、運動能力が増大した精子を製造する方法を提供する。
本発明の精子を製造する方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう。)は、上記<精子の処理方法>において説明した本発明の処理方法のいずれかにより非ヒト動物の精子を処理することを特徴とする。
本発明の製造方法によれば、運動能力が増大した(よって、受精能力が増大した)非ヒト動物の精子を、(例えば、時間的及び/又は費用的観点で)効率的に提供することができる。
【0027】
本発明の製造方法に用いる非ヒト動物は、上記<精子の処理方法>において説明したとおりの非ヒト動物である。
本発明の製造方法に用いる精子は、未凍結のもの、凍結されたもの又は凍結状態からの融解後のもののいずれであってもよい。凍結精子を用いる場合、凍結状態から融解中及び/又は融解後の精子を本発明の処理方法により処理することができる。
【0028】
本発明の製造方法において、精子は、本発明の処理方法のいずれかによる処理の前又は後に、適切な運搬用又は保存用容器に充填されてもよい。よって、幾つかの実施形態において、本発明の製造方法は、本発明の処理方法のいずれかによる処理の前又は後に、精子を適切な運搬用又は保存用容器に充填する工程を更に含んでなる。運搬用又は保存用容器は、シャーレ、ビーカー、試験管、マイクロチューブ、ストロー管などであり得る。
処理された精子は、その後(精子が処理後に保存用容器に充填される場合は、充填後)、凍結されてもよい。よって、幾つかの実施形態において、本発明の製造方法は、処理した精子を(該当する場合には、充填後に)凍結させる工程を更に含んでなる。
【0029】
<精子の処理装置>
本発明は、別の1つの観点からは、運動能力が増大するように動物の精子を処理する装置を提供する。
本発明の動物精子の処理装置(本明細書において、「本発明の装置」ともいう。)は、
精子収容容器を保持するための保持部又は精子収容容器を載置するための載置部と
前記保持部に精子収容容器を保持させたとき又は前記載置部に精子収容容器を載置したときに、該精子収容容器に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部と
前記照射部を制御するための制御部と
を備えることを特徴とする。
本発明の装置は、本発明の処理方法又は本発明の製造方法の実施に適切である。
本発明の装置に関して、動物は、上記<精子の処理方法>において説明したとおりの動物であり、ヒトであり得る。
【0030】
以下、本発明の装置の実施形態を示す模式図である図1を参照しながら本発明の装置を説明する。
本発明の装置の幾つかの実施形態(図1A)は、精子収容容器11(図において破線で示す)を保持するための保持部12と、該保持部に容器を保持させたときに、容器11に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部14と、該照射部を制御するための制御部15とを備える。
本発明の装置の別の幾つかの実施形態(図1B~1D)は、精子収容容器21, 31, 41(図において破線で示す)を載置するための載置部23, 33, 43と、該載置部に容器を載置したときに、容器21, 31, 41に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部24, 34, 44と、該照射部を制御するための制御部25, 35, 45とを備える。
【0031】
本発明の装置は容器(11, 21, 31, 41)を保持又は載置するための保持部(12)又は載置部(23, 33, 43)を少なくとも1つ備える。保持部又は載置部は、用いようとする精子収容容器に応じて適宜設計し得る。本発明の装置と共に用いられる精子収容容器(11, 21, 31, 41)は、例えば、シャーレ、ディッシュ、ビーカー、試料カップ、試験管、マイクロチューブ、ストロー管などであり得る。
保持部(12)は、容器(11)を着脱可能に保持する。保持部は、用いようとする精子収容容器を所定の位置又は領域に保持することができる構造及び大きさを有すれば特に限定されない。保持部は、精子収容容器を起立又は直立状態で保持するものに限らず、その内部の精子が漏出しないという条件で、当該容器を傾倒状態、横倒状態又は倒置状態で保持するものであってもよい。
保持部は、その内部空間に精子収容容器の少なくとも一部を収容することにより保持する構造を有していてもよい。この場合、保持部は、例えば、筒状部材を有し、その内部空間に精子収容容器の底部又は底部及び側部を収容した状態で当該容器を保持するものであり得る。
保持部は、精子収容容器の少なくとも一部を支持することにより、当該容器を保持してもよい。支持する部分(点、線又は面であり得る)は、精子収容容器のいずれの部分であってもよく、例えば、その底部、側部若しくは上部又はこれらの2箇所以上であり得る。
【0032】
幾つかの具体的形態において、保持部は、その1つ以上が可動である2つ組の挟持部材又は3つ組の把持部材を有し、各挟持部材又は各把持部材は同時に精子収容容器の側面に当接し得るように配置されており、該挟持部材又は該把持部材により当該容器を挟持又は把持した状態で保持するものである。
別の幾つかの具体的形態において、保持部は、断面が方形、三角形又は円弧形である1又は複数の溝を有し、その溝の内壁と精子収容容器の側面(例えばストローの外周側面)とが当接することにより当該容器を保持するものである。
別の幾つかの具体的形態において、保持部は、精子収容容器の一方の端部を支持する第1部材と、当該容器の他方の端部を支持する第2部材及び/又は中間部を支持する第3部材とを有するものである。各部材は用いようとする精子収容容器の形状に応じて適宜設計できる。例えば、第1部材は板状構造を有し、その上面が保持状態での精子収容容器の下端を支持する部材であり、第2及び第3部材は開口部を有し、該開口部に挿入された当該容器の側面を支持する部材である。
【0033】
保持部材は、例えば、金属製(例えば、ステンレススチール、真鍮など)、ガラス製若しくはプラスチック製(例えば、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニルなど)であり得るが、保持部材の少なくとも一部が、照射部から精子収容容器へ照射される光の光路上に位置し得る場合には、当該保持部材の少なくとも一部は当該光(前記特定波長域の光を含む)に対して透明な材料で構成されていることが好ましい。
【0034】
載置部(23, 33, 43)は、その上面に、用いようとする容器(21, 31, 41)を載置できる構造及び大きさを有すれば特に限定されない。載置部は、精子収容容器が起立又は直立状態で載置されるものに限らず、その内部の精子が漏出しないという条件で、当該容器が横倒状態又は倒置状態で載置されるものであってもよい。
載置部は、例えば、棚若しくは台の上面、箱、トレー若しくはカゴの内側底面、又は筐体の内側底面の少なくとも一部から構成され得る。載置面は、連続する1つの面に限られず、分離された複数の面から構成されてもよいし、例えばメッシュ状若しくは格子状の棚の上面のような仮想の面であってもよい。載置面を構成する部材は、例えば、金属製(例えば、鉄、ステンレススチール、アルミニウム、真鍮など)、ガラス製又はプラスチック製(例えば、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニルなど)であり得るが、本発明の装置が、載置面上に載置された精子収容容器に対して、照射部からの光が載置面を透過して照射されるよう構成されている場合には、少なくとも載置面の一部は当該光(前記特定波長域の光を含む)に対して透明な材料で構成されていることが好ましい。
【0035】
載置部は、精子収容容器を載置する領域(載置面)又は照射部からの光の受光領域を区画する凹部又は凸部を有していてもよい。凹部の場合、精子収容容器は凹部の底面に載置され得る。凸部の場合、精子収容容器は1つの凸部の上面に載置され得、又は複数の凸部で区画された領域内に載置され得る。
載置部の上面視形状は、例えば、円形又は方形であり得る。
載置部は、滑り止め部材又はずれ防止部材を有していてもよい。載置部が滑り止め部材を有する場合、載置面は該滑り止め部材の上面であり得る。滑り止め部材は、当接する容器の部分に対して大きな摩擦力が生じる素材であればよい。
【0036】
保持部又は載置部は、精子収容容器を回転又は振盪させるための回転又は振盪機構を備えていてもよい。振盪機構は往復式又は旋回式であり得る。回転又は振盪機構を備えていることにより、特定波長域の光を精子収容容器内の精子に対して、より均一に照射することが容易に可能となる。また、該当する場合には、振盪機構を備えていることにより、精子収容容器内の精子に対する特定波長域の光の照射と同時に、生理学的緩衝液、精子前培養培地又は精子保存培地中での精子の撹拌を行うことが可能となる。具体的実施形態において、載置部はターンテーブルから構成される。
【0037】
本発明の装置は少なくとも1つの照射部(14, 24, 34, 44)を備える。照射部(14, 24, 34, 44)は、当該照射部から射出される光(特定波長域の光を含む)を、保持部12に保持され又は載置部(23, 33, 43)に載置された容器(11, 21, 31, 41)に照射できるように(したがって、本発明の装置の使用時には、当該容器内に収容された精子に照射できるように)配置される。照射部は、精子収容容器の上方(例えば、真上)、下方(例えば、真下)及び側方(例えば、真横)の少なくとも一方から光を照射できるように配置され得る。
【0038】
照射部は、少なくとも特定波長域の光(すなわち390 nm以上420 nm以下、より具体的には395 nm以上415 nm以下、より具体的には400 nm以上410 nm以下の光)を発出する光源を少なくとも1つ備える。このような光源として、例えば、発光ダイオード(LED)、レーザダイオード(LD)、ナトリウムランプ、キセノンランプ、蛍光灯、白熱電灯、白色灯、メタルハライドランプや高圧水銀ランプなどを用いることができる。用いようとする光源自体が発する光における特定波長域の成分の割合(全波長域の光に対する照度の割合)が比較的低い場合(例えば30%、より具体的には40%、より具体的には50%を下回る場合)には、特定波長域の光に対する透過率が特定波長域以外の光に対する透過率より大きいフィルターを用いて前記割合をより高くすることが好ましい。
【0039】
エネルギー効率の観点から、特定波長域の光を発出する光源は、主として波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源であることが好ましく、実質的に専ら波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源であることがより好ましい。
本明細書において、「主として波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源」とは、発出される波長域390 nm以上420 nm以下の光の放射量が、発出される全波長域の光の放射量の50%以上、より具体的には55%以上、より具体的には60%以上、より具体的には65%以上、より具体的には70%以上、より具体的には75%以上、より具体的には80%以上、より具体的には85%以上、より具体的には90%以上である光源をいう。本明細書において、「実質的に専ら波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源」とは、発出される波長域390 nm以上420 nm以下の光の放射量が、発出される全波長域の光の放射量の95%以上、より具体的には98%以上、より具体的には99%以上である光源をいう。
【0040】
主として又は実質的に専ら波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源は、波長域390 nm以上420 nm以下、好ましくは波長域395 nm以上415 nm以下に、より好ましくは波長域400 nm以上410 nm以下に最大ピーク波長を有する光を発出する光源であり得る。より具体的には、このような光源は、ピーク波長405±15 nm(好ましくは405±10 nm)及び0.1 nm以上50 nm以下(好ましくは0.1 nm以上50 nm以下)の波長スペクトルを有する光を発出する光源(特に、シングルピークを有するもの)であり得る。このような光源の具体例は発光ダイオード(LED)又はレーザダイオード(LD)である。LD又はLEDはアレイ又はクラスタとして提供されてもよい。LED又はLDの使用は、エネルギー集約性、低発熱性、低消費電力や長寿命に起因して、エネルギー効率及び経済性の観点からも好ましい。加えて、照度又は照射量の制御又は管理が容易になる。
【0041】
照射部は、主として又は実質的に専ら波長域390 nm以上420 nm以下の光を発出する光源と、特定波長域以外の光を発出する光源とを備えていてもよい。特定波長域以外の光を発出する光源は、波長域615 nm以上635 nm以下の光を発出する光源であり得る。
光源の形態は、任意の形態であり得、用いようとする精子収容容器の形状並びに/又は当該容器と光源との配置態様などに応じて適切に設計することができる。光源の具体例は、ライン光源及びパネル光源であり得る。
【0042】
本発明の装置は、照射部(14, 24, 34, 44)を制御する制御部(15, 25, 35, 45)を備える。
制御部は、照射部から射出される光が連続光であるか若しくは間欠光であるか又はそれらの組合せであるかについて当該照射部を制御してもよい。間欠光とする場合、精子及び/又は特定波長域の光を発出する光源の温度上昇を回避又は低減することができる。
制御部は、照射部から射出される光が例えばパルス幅が100 ms以下、より具体的には50 ms以下、より具体的には20 ms以下、より具体的には10 ms以下、より具体的には5 ms以下で、デューティ比が50%以下、より具体的には40%以下、より具体的には30%以下、より具体的には20%以下、より具体的には10%以下、より具体的には5%以下であるパルス光であるように当該照射部を制御してもよい。
【0043】
制御部はまた、照射部から射出される特定波長域の光の照度が所定の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。本発明において、「照度」とは、精子収容容器11の内側面又は外側面(好ましくは外側面)における照度をいう。
所定の範囲は、用いる精子に応じて変化し得るが、例えば0.1 mW/cm2以上200 mW/cm2以下、好ましくは0.1 mW/cm2以上150 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上100 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上50 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上20 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上10 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/m2以上5 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上2 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上1 mW/cm2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上0.8 mW/m2以下、より好ましくは0.1 mW/cm2以上0.5 mW/m2以下であり得る。照射部14の光源を前記範囲内において制御することにより、容器11内の精子に対してその運動能力の増加に有効である照度又は照射量を提供することができる。照度が0.1 mW/cm2未満であるか又は200 mW/cm2を超える場合、精子運動能力の増加を効率的に達成できないことがある。
これらの目的のための制御部は、例えば、パルス幅変調回路であり得る。
【0044】
制御部はまた、照射部から射出される特定波長域の光の照射時間が所定の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。
前記所定時間は、例えば1分間以上90分間以下、好ましくは1分間以上60分間以下、より好ましくは2分間以上60分間以下、より好ましくは5分間以上60分間以下、より好ましくは5分間以上30分間以下、より好ましくは10分間以上30分間以下であり得る。
この目的のための制御部は、例えば、タイマーであり得る。
【0045】
特定の具体的実施形態において、制御部は、照射部から射出される特定波長域の光の照度及び照射時間(又は照射量)について制御する。この場合、制御部は、例えば、パルス幅変調回路及びタイマーから構成され得る。
より具体的実施形態において、制御部は、照射部から精子収容容器へ照射される光の照射量が、例えば450 mJ/cm2以上7000 mJ/cm2以下、450 mJ/cm2以上6500 mJ/cm2以下、好ましくは450 mJ/cm2以上6000 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上6000 mJ/cm2以下、好ましくは500 mJ/cm2以上5500 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上5000 mJ/cm2以下、より好ましくは500 mJ/cm2以上4500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上4500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上4000 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上3500 mJ/cm2以下、より好ましくは550 mJ/cm2以上3000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上3000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上2500 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上2000 mJ/cm2以下、より好ましくは600 mJ/cm2以上1500 mJ/cm2以下、より好ましくは650 mJ/cm2以上1500 mJ/cm2以下、より好ましくは650 mJ/cm2以上1000 mJ/cm2以下の範囲内となるように当該照射部を制御してもよい。本発明において、「照射量」とは、精子収容容器の内側面又は外側面(好ましくは外側面)における照射量をいう。
【0046】
照射部が特定波長域の光を発出する光源と特定波長域以外の光を発出する光源とを備える実施形態において、制御部は、特定波長域の光を発出する光源からの光の照度が、照射部から射出される全波長域の光の照度の50%以上、より好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上を占めるように照射部を制御してもよいし、及び/又は、照射部から特定波長域の光と特定波長域以外の光とが同時若しくは交互に射出されるように当該照射部を制御してもよい。この実施形態によれば、エネルギー集約性が高まり、より効率的な精子運動能力の増加が提供され得る。
【0047】
本発明の装置は、少なくとも保持部又は載置部と照射部とをその内部に有する筐体(36, 46)を更に備えていてもよい。この実施形態において、制御部は、筐体の外に配置されていてもよいし、筐体に内蔵されていてもよい。
筐体は、一面(好ましくは上面又は側面、より好ましくは側面)において開口を有していてもよく、該開口を開閉する扉が設けられていてもよい。或いは、筐体は、上側に開口を有する本体と、該本体に取り付けられ、前記開口を開閉する蓋体とを備えていてもよい。
筐体の形状は、例えば、立方体形状、直方体形状、円筒体形状であり得る。筐体は、例えば、金属製(例えば、鉄、ステンレススチール、アルミニウム、真鍮など)、ガラス製又はプラスチック製(例えば、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニルなど)であり得る。筐体の内部空間は断熱材に囲まれていてもよい。
【0048】
本発明の装置は、精子収容容器を所定の温度に加温するか若しくは維持するか又はその両方を行うための温度調節機構を更に備えてもよい。この実施形態によれば、精子収容容器内の精子の温度を適温に維持できるため、照射前、照射中及び/又は照射後における温度変化による精子の生存、受精能力及び/又は運動能力への影響を低減することが容易に可能となる。
温度調節機構は、用いる精子に応じて、例えば15℃~50℃(具体的には35℃~45℃又は15℃~30℃)の温度範囲に加温及び/又は維持できるものであり得る。
温度調節機構は、例えば、発熱体(例えば、ヒーター、ペルチエ素子など)及び/又は熱媒体(例えば、水、オイル、金属など)と、発熱体及び/又は熱媒体の温度を制御する温度制御部47から構成されるものであってもよい。
温度調節機構の1つの例は保温テーブルである。この場合、加温テーブルの上面が載置部を構成し得る。温度調節機構の別の例は恒温槽又は恒温室である。この場合、筐体の内部が恒温室又は恒温槽として機能するものであってもよい。温度調節機構として恒温槽を用いる場合、恒温槽内に所定量の水が収容されたとき、保持部又は載置部は精子収容容器を水中に位置する状態で保持し得るように配置され、照射部は、水中に没しても没しなくてもよい。
【実施例0049】
<実験1>
方法
(精子の調製)
精子は、ストローパッキングされた乳牛凍結精液を用いた。凍結精液を37℃の温水に1分間浸漬することにより融解し、精液をマイクロチューブに取り出して遠心分離した(3000 rpm×5分間)。培地を取り除いて精子を回収した。
回収した精子を、SP-TALP培地(CaissonLabs社製/型式IVL03-100ML)で希釈し、滅菌ディスポシャーレに収容した。
【0050】
(光照射)
光照射は、滅菌ディスポシャーレの蓋を外した状態で、シャーレ上方から行った。
照射光の光源として次のものを用いた。
「290LED」及び「340LED」:日亜化学工業製NCSU234Bシリーズ
「365LED」、「385LED」及び「405LED」:日亜化学工業製NVSU233Bシリーズ
「430LED」:OSA Opto製OCU-440シリーズ
「450LED」、「540LED」及び「620LED」:日亜化学工業製NCS119B-V1シリーズ
「700LED」、「765LED」、「810LED」及び「880LED」:EPIGAP製Ceramic SMD 3838シリーズ
IRカット付きハロゲンランプ:EMINENT MAIN製ハロゲンランプ(型番GEC10-P)にEdmund Optics製熱吸収ガラス(型番KG3 50MM)を取り付けた。
用いた光源のスペクトルを図2に示す。
精液表面の照度は0.2 mW/cm2、照射時間は60分間、照射量は720 mJ/cm2とした。照度測定にはOPHIR製VEGAディスプレイとPD300-UVセンサとの組合せを使用した。なお、滅菌ディスポシャーレ全体で均一な照度を実現するために、高反射率アルミ板(ALANOD製MIROシリーズ)用いてホモジナイズさせた。
【0051】
(運動能力の評価)
上記条件下での光照射後、精液の一部をディスポ精子カウントチャンバー(Kitazato;コードsp-ace P)に移し、精子運動解析システム(株式会社ディテクト社製SMAS)を用いて精子の運動解析を行った。平均速度(VAP[μm/秒])により精子運動能力を評価した。なお、観察位置のバラツキを考慮して、3視野の平均値を評価に用いた。
コントロールとして、光照射以外の操作を同様に行ったものを用いた。
【0052】
結果
結果を図3に示す。図3は、コントロールの平均速度を基準(100%)としたときの、それぞれの光照射による変化を示す。
図から明らかなとおり、波長405 nm付近の光の照射は、精子の運動能力を顕著に増加させた。また、従来知られていた波長620 nm付近の光の照射によっても、精子の運動能力は、他の波長の光の照射に比べて増加したが、その増加率は波長405 nm付近の光による増加
率の半分程度であった。
【0053】
<実験2>
方法
実験2は、照度を10倍(2.0 mW/cm2)(照射量:7200 mJ/cm2)とし、290 nm、340 nm及び365 nm付近の光を照射しなかったこと以外は、実験1と同様に行った。前記3波長の光を用いなかった理由は、照射量が増えることで細胞へのダメージが懸念されたからである。
【0054】
結果
結果を図4に示す。図4もまた、対照標準の平均速度を基準(100%)としたときの、それぞれの光照射による変化を示す。
図から明らかなとおり、波長405 nm付近の光の照射は、依然として、精子の運動能力を増加させた。しかし、その効果は照射量720 mJ/cm2のときの1/4以下であった。波長620 nm付近の光の照射も精子の運動能力を増加させたが、その効果は照射量720 mJ/cm2のときの1/3程度であった。よって、照射量が多すぎると、光照射による精子運動能力の増大効果は低下すると理解される。
【0055】
<実験3>
方法
実験1と同様に調製した精子に405 nm付近の光を照度0.2 mW/cm2で照射した。照射開始から15分後、30分後、45分後及び60分後の精子サンプル(照射サンプル)を採取した。
一方、光を照射しないこと以外は上記と同様の精子についてもサンプル(未照射サンプル)を採取した。
各時点の照射サンプル及び未照射サンプルについて、実験1と同様に運動能力を評価した。
【0056】
結果
未照射サンプルでは、運動能力の増加は観察されなかった。
照射サンプルについては、45分間照射したもの及び60分間照射したもので運動能力の顕著な増加が観測された。
このことから、405 nm付近の光の照射により精子運動能力を顕著に増加させるには、或る程度の照射量(少なくとも約300~400 mJ/cm2)を必要とすることが理解される。
【0057】
<実験4>
方法
実験3において得られた60分間照射サンプル及び対応する未照射サンプルについてATP量を測定した。
AMERIC社製ATPレベル検査キットを用いてサンプルからATPを抽出した。抽出されたATPの定量は、ルシフェラーゼアッセイにおける発光量をルミノメーター(Berthold Technologies 社、型式:Lumat3 LB9508)で測定することにより行った。
【0058】
結果
照射サンプルにおけるATP量は、未照射サンプルと比較して、約2.4倍であった。
この結果と、精子の鞭毛運動のエネルギー源がミトコンドリアで産生されるATPである
ことを考え合わせると、405 nm付近の光の照射は、精子におけるミトコンドリアのATP産生を促進させる結果として、その運動能力を増加させたと推論できる。より具体的には、405 nm付近の光は、ミトコンドリアの電子伝達系のボトルネックとなるシトクロムCオキシターゼのヘムaとヘムa3-CuBの電子伝達を活性化したと考えられる。ただし、本発明は上記の理論により制限されるものではない。
上記のことから、405 nm付近の光は、ATPをエネルギー源とするいずれの動物の精子であっても、同様の機序により、その運動能力を増加させることができると考えられる。
【符号の説明】
【0059】
11, 21, 31, 41 精子収容容器
12 保持部
23, 33, 43 載置部
14, 24, 34, 44 照射部
15, 25, 35, 45 制御部
36, 46 筐体
47 温度制御部
図1-1】
図1-2】
図2
図3
図4
図5
【手続補正書】
【提出日】2023-10-27
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
精子収容容器を保持するための保持部又は精子収容容器を載置するための載置部と
前記保持部に精子収容容器を保持させたとき又は前記載置部に精子収容容器を載置したときに、該精子収容容器に波長域390 nm以上420 nm以下の光を照射することができる照射部と
前記照射部を制御するための制御部とを備えることを特徴とする、運動能力が増大するように動物精子を処理する装置。
【請求項2】
前記精子収容容器を所定の温度に加温するか若しくは維持するか又はその両方を行うための温度調節機構を更に備える請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記照射部がピーク波長405±15 nm及び半値幅0.1 nm以上20 nm以下の波長スペクトルを有する光を発出する光源を備える請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
前記光源が発光ダイオード又はレーザダイオードである請求項1~3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
前記保持部又は前記載置部は、前記精子収容容器を回転又は振盪させるための回転又は振盪機構を備える請求項1~4のいずれか1項に記載の装置。
【請求項6】
前記制御部は、前記照射部から射出される光が連続光であるか若しくは間欠光であるか又はそれらの組合せであるかについて当該照射部を制御する請求項1~5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
前記制御部は、前記照射部から射出される光のパルス幅が100 ms以下、かつ、デューティ比が50%以下となるように前記照射部を制御する請求項1~6のいずれか1項に記載の装置。
【請求項8】
前記制御部は、パルス幅変調回路である請求項1~7のいずれか1項に記載の装置。
【請求項9】
前記制御部は、タイマーである請求項1~5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項10】
前記保持部又は前記載置部と、前記照射部と、をその内部に有する筐体を更に備える請求項1~9のいずれか1項に記載の装置。