(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166636
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】動物プランクトン用餌料組成物、動物プランクトンの生産方法、動物プランクトン、水産生物の生産方法、および水産生物飼育水用添加剤
(51)【国際特許分類】
A23K 50/80 20160101AFI20231115BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20231115BHJP
A23K 10/18 20160101ALI20231115BHJP
A01K 61/10 20170101ALI20231115BHJP
A01K 61/20 20170101ALI20231115BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/16
A23K10/18
A01K61/10
A01K61/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020169275
(22)【出願日】2020-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 純一
(72)【発明者】
【氏名】江原 岳
(72)【発明者】
【氏名】中熊 大英
【テーマコード(参考)】
2B005
2B104
2B150
【Fターム(参考)】
2B005GA01
2B005GA02
2B005GA08
2B005MB05
2B104AA01
2B104AA34
2B150AA08
2B150AA20
2B150AC40
2B150CE26
2B150DD47
2B150DD59
(57)【要約】
【課題】保存安定性に優れ、淡水及び海水のいずれでも使用可能な、動物プランクトン用餌料組成物、前記動物プランクトン用餌料組成物を用いた動物プランクトンの生産方法及び生産された動物プランクトン、前記動物プランクトンを用いた水産生物の生産方法、並びに水産生物飼育水用添加剤を提供する。
【解決手段】イデユコゴメ綱藻類を含む、動物プランクトン用餌料組成物。また、前記動物プランクトン用餌料組成物を、動物プランクトンに対して給餌することを含む、動物プランクトンの生産方法。また、前記動物プランクトンの生産方法により生産された動物プランクトンを、水産生物に対して給餌することを含む、水産生物の生産方法。また、前記動物プランクトン用給餌用組成物を給餌して増殖させた動物プランクトン。また、イデユコゴメ綱藻類を含む、水産生物飼育水用添加剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イデユコゴメ綱藻類を含む、動物プランクトン用餌料組成物。
【請求項2】
前記イデユコゴメ綱藻類が、ガルディエリア属藻類である、請求項1に記載の動物プランクトン用餌料組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の動物プランクトン用餌料組成物を、動物プランクトンに対して給餌することを含む、動物プランクトンの生産方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の動物プランクトン用餌料組成物を給餌して増殖させた動物プランクトン。
【請求項5】
請求項3に記載の動物プランクトンの生産方法により生産された動物プランクトンを、水産生物に対して給餌することを含む、水産生物の生産方法。
【請求項6】
イデユコゴメ綱藻類を含む、水産生物飼育水用添加剤。
【請求項7】
前記イデユコゴメ綱藻類が、ガルディエリア属藻類である、請求項6に記載の水産生物飼育水用添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物プランクトン用餌料組成物、動物プランクトンの生産方法、動物プランクトン、水産生物の生産方法、および水産生物飼育水用添加剤に関する。
【背景技術】
【0002】
水産養殖では、魚介類の初期餌料(卵から孵化したばかりの仔魚や稚魚用の生餌)としてワムシやミジンコ等の動物プランクトンが用いられている。動物プランクトンの餌料としては、一般的に、淡水クロレラが使用されている(特許文献1)。動物プランクトンの餌料として市販されている淡水クロレラは、生きたクロレラの濃縮液である。
【0003】
クロレラ濃縮液は、微生物の繁殖と腐敗を防ぐため、4℃で冷蔵保存する必要があり、保存期間は製造から1カ月程度と短い。そのため、冷蔵設備の整っていない発展途上国で使用することは難しく、国外輸送等の長距離輸送も困難である。また、冷蔵保存にはコストがかかる。
また、一般的に、市販されている淡水クロレラは、108cfu/mL程度の細菌を含んでいるため、免疫機構が未成熟な仔稚魚にとって、感染病に罹患するリスクが高くなる。
さらに、淡水クロレラは、淡水産の藻類であるため、海水中では生存することができない。そのため、海水魚の養殖現場で使用した場合、淡水クロレラの死骸が腐敗して水質を悪化させることが問題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、動物プランクトン用餌料として常用される淡水クロレラには、保存安定性等の課題が存在する。そのため、水産養殖分野では、常温保存可能で、雑菌が少なく、淡水及び海水のいずれでも生存可能な動物プランクトン用餌料が求められている。
【0006】
そこで、本発明は、雑菌が少なく、保存安定性に優れ、淡水及び海水のいずれでも使用可能な、動物プランクトン用餌料組成物、前記動物プランクトン用餌料組成物を用いた動物プランクトンの生産方法及び生産された動物プランクトン、前記動物プランクトンを用いた水産生物の生産方法、並びに水産生物飼育水用添加剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]イデユコゴメ綱藻類を含む、動物プランクトン用餌料組成物。
[2]前記イデユコゴメ綱藻類が、ガルディエリア属藻類である、[1]に記載の動物プランクトン用餌料組成物。
[3][1]又は[2]に記載の動物プランクトン用餌料組成物を、動物プランクトンに対して給餌することを含む、動物プランクトンの生産方法。
[4][1]又は[2]に記載の動物プランクトン用餌料組成物を給餌して増殖させた動物プランクトン。
[5][3]に記載の動物プランクトンの生産方法により生産された動物プランクトンを、水産生物に対して給餌することを含む、水産生物の生産方法。
[6]イデユコゴメ綱藻類を含む、水産生物飼育水用添加剤。
[7]前記イデユコゴメ綱藻類が、ガルディエリア属藻類である、[6]に記載の水産生物飼育水用添加剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、雑菌が少なく、保存安定性に優れ、淡水及び海水のいずれでも使用可能な、動物プランクトン用餌料組成物、前記動物プランクトン用餌料組成物を用いた動物プランクトンの生産方法及び生産された動物プランクトン、前記動物プランクトンを用いた水産生物の生産方法、並びに水産生物飼育水用添加剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】給餌試験中のシオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis)の増殖を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<動物プランクトン用餌料組成物>
本発明の第1の態様は、イデユコゴメ綱藻類を含む、動物プランクトン用餌料組成物である。
【0011】
(イデユコゴメ綱藻類)
単細胞原始紅藻であるイデユコゴメ綱(Cyanidiophyceae)藻類は、硫酸酸性温泉で優先増殖する藻類である。イデユコゴメ綱には、シアニディオシゾン(Cyanidioschyzon)属、シアニジウム(Cyanidium)属、及びガルディエリア(Galdieria)属が知られている。シアニディオシゾン属藻類としては、シアニディオシゾン・メロラエ(Cyanidioschyzon merolae)が挙げられるが、これに限定されない。ガルディエリア属藻類としては、例えば、G.sulphuraria、G.partita、G.daedala、G.maxima等が挙げられるが、これらに限定されない。シアニジウム属藻類としては、例えば、C.caldarium、C.sp.Monte Rotaro等が挙げられるが、これらに限定されない。イデユコゴメ綱の藻類株としては、上記に加えて、例えば、国際公開第2019/107385号の
図10に記載されるもの等が挙げられる。
【0012】
イデユコゴメ綱藻類は、pH1~4程度の酸性度の高い培養条件で培養することができる。そのため、pH1~4(好ましくはpH2~3)の酸性度の高い培養条件で培養することにより、中性付近で生息する一般細菌等の雑菌の繁殖を抑制することができる。
また、イデユコゴメ綱藻類は、40~50℃程度の高温で培養することができるため、0~40℃の幅広い温度範囲で安定して保存することができる。
また、従属栄養培養が可能であるため、暗所で安定して保存することができる。
また、イデユコゴメ綱藻類は、淡水および海水のいずれでも生存することができる。そのため、淡水魚および海水魚のいずれの養殖現場でも、死んで腐敗した藻体が水質を悪化させることなく使用することができる。
さらに、後述する実施例で示すように、イデユコゴメ綱藻類は、淡水クロレラ(Chlorella vulgaris)と同等に、動物プランクトンを増殖させることができる。
また、イデユコゴメ綱藻類の中でも、特にガルディエリア属藻類は、乾燥耐性があるため、乾燥させた状態で保存することもできる。
上記のような特徴を有するため、イデユコゴメ綱藻類は、保存安定性の高い動物プランクトン用餌料として好適に用いることができる。
【0013】
本態様にかかる餌料組成物に用いるイデユコゴメ綱藻類は、シアニディオシゾン属藻類、ガルディエリア属藻類、およびシアニジウム属藻類のいずれであってもよい。中でも、保存安定性が高く、動物プランクトンの増殖率が優れていることから、ガルディエリア属藻類が好ましく、G.sulphurariaがより好ましい。
【0014】
本態様にかかる餌料組成物に用いるイデユコゴメ綱藻類は、単細胞性藻類用の培地として公知な培地を用いて培養することにより準備することができる。単細胞性藻類用の培地としては、特に限定されないが、窒素源、リン源、微量元素(亜鉛、ホウ素、コバルト、銅、マンガン、モリブデン、鉄など)等を含む無機塩培地が例示される。例えば、窒素源としては、アンモニウム塩、硝酸塩、亜硝酸塩等が挙げられ、リン源としては、リン酸塩等が挙げられる。そのような培地としては、例えば、Gross培地、2×Allen培地(Allen MB. Arch. Microbiol. 1959 32: 270-277.)、M-Allen培地(Minoda A et al. Plant Cell Physiol. 2004 45: 667-71.)、MA2培地(Ohnuma M et al. Plant Cell Physiol. 2008 Jan;49(1):117-20.)、改変M-Allen培地等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
イデユコゴメ綱藻類は、光照射下で独立栄養的に培養してもよく、暗所で従属栄養的に培養してもよい。従属栄養的に培養する場合には、上記のような無機塩培地に、炭素源(グルコース等)を添加してもよい。
【0016】
イデユコゴメ綱藻類を培養する培地は、液体培地であってもよく、固体培地であってもよいが、大量培養可能であることから液体培地が好ましい。
【0017】
培養条件は、特に限定されず、イデユコゴメ綱藻類の培養条件として通常用いられる条件を使用することができる。培養条件としては、例えば、pH1~8、温度10~50℃、CO2濃度0.3~3%等が挙げられる。光条件は、従属栄養的に培養する場合、暗所で培養することができる。独立栄養的に培養する場合、例えば、5~2000μmol/m2sが挙げられる。
【0018】
培養条件は、雑菌の繁殖を抑制することができるため、pH1~4程度の酸性条件で行うことが好ましく、pH1~3がより好ましく、pH2~3がさらに好ましい。
イデユコゴメ綱藻類の増殖が良好な培養条件としては、例えば、pH2~3、温度30~40℃、CO2濃度0.3~3%等が挙げられる。
【0019】
本態様にかかる餌料組成物が含有するイデユコゴメ綱藻類は、生細胞であってもよく、死細胞であってもよい。イデユコゴメ綱藻類の生細胞は、培養液等に懸濁された濃縮液の形態であってもよく、培養液を遠心分離又はろ過等して得られる細胞ペレットの状態であってもよく、さらに水分を除去した乾燥体であってもよい。
【0020】
イデユコゴメ綱藻類の死細胞は、細胞が破壊されたものであってもよく、例えば、乾燥粉末であってもよい。イデユコゴメ綱藻類の乾燥粉末は、例えば、イデユコゴメ綱藻類の培養液から遠心分離又は濾過等により細胞を回収し、自然乾燥、凍結乾燥、又は温熱乾燥等により乾燥することにより、得ることができる。また、乾燥後、藻体を物理的に破砕して、さらに細かい粉末としてもよい。
イデユコゴメ綱藻類は、動物プランクトンの増殖率が良好となることから、生細胞であることが好ましい。生餌として給餌することにより、イデユコゴメ綱藻類が動物プランクトンの培養水中で増殖し、動物プランクトンの餌として供給され得る。
【0021】
(他の成分)
本態様にかかる餌料組成物は、イデユコゴメ綱藻類に加えて、他の成分を含んでいてもよい。他の成分は、特に限定されず、餌料組成物の成分として公知のもの使用することができる。他の成分としては、例えば、イデユコゴメ綱藻類の培地成分、動物プランクトンまたは水産生物の栄養価を強化するために栄養強化成分、クロレラ等の他の微細藻類の乾燥粉末等が挙げられる。栄養強化成分としては、例えば、アミノ酸類、ビタミン類、ミネラル類、脂肪酸(エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ドコサペンタエン酸(DPA)等)等が挙げられる。
【0022】
本態様にかかる餌料組成物は、動物プランクトンに給餌して、動物プランクトンを飼育するために用いることができる。「プランクトン」とは、水中を浮遊して生活する微小生物の総称である。「動物プランクトン」とは、プランクトンのうち、光合成を行わず、植物プランクトン等の有機物を摂食して栄養摂取するプランクトンの総称である。
本態様にかかる餌料組成物の給餌対象となる動物プランクトンは、特に、種苗生産又は養殖等において、魚介類の餌として利用されているものであることが好ましい。そのような動物プランクトンとしては、例えば、ワムシ類、アルテミア類、カイアシ類、ミジンコ類等が挙げられる。ワムシ類は、輪形動物門に属する生物であり、シオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis)、S型ワムシ(B.rotundiformis)等が挙げられる。アルテミア類は、節足動物門甲殻亜門に属する生物であり、アルテミアサリーナ(Artemia salina)等が挙げられる。カイアシ類およびミジンコ類は、節足動物門に属する生物である。
本態様にかかる餌料組成物は、特に、ワムシ類に対して好適に用いることができる。
【0023】
(保存方法)
本態様にかかる餌料組成物は、イデユコゴメ綱藻類を用いているため、生餌の状態でも冷蔵保存する必要がない。本態様にかかる餌料組成物がイデユコゴメ綱藻類の生細胞を含む場合、イデユコゴメ綱藻類の生細胞を培地に懸濁した濃縮液の形態で保存することが好ましい。この場合、餌料組成物のpHは、pH1~4であることが好ましく、pH2~3であることがより好ましい。前記pH範囲とすることにより、雑菌の繁殖を抑制することができ、保存安定性を向上させることができる。
【0024】
本態様にかかる餌料組成物の保存温度は、例えば、0~40℃、10~40℃、20~40℃、又は25~40℃等とすることができる。餌料組成物のpHをpH1~4(好ましくはpH2~3)とすることにより、冷蔵(4℃)でなくても、良好な品質を維持することができる。
【0025】
保存は、明所で行ってもよく、暗所で行ってもよい。
【0026】
<動物プランクトンの生産方法>
本発明の第2の態様は、前記第1の態様にかかる動物プランクトン用餌料組成物(以下、単に「餌料組成物」ともいう)を、動物プランクトンに対して給餌することを含む、動物プランクトンの生産方法である。
【0027】
本態様にかかる生産方法で生産される動物プランクトンは、種苗生産又は養殖等において、魚介類の餌として利用されているものであることが好ましく、上記<動物プランクトン用餌料組成物>で挙げたものと同様のものが挙げられる。
【0028】
動物プランクトンは、種類に応じて、公知の方法で培養することができる。培養水は、動物プランクトンの種類に応じて、海水、人工海水、又は淡水を用いることができる。適当な容量の培養槽に培養水を満たし、動物プランクトンを接種して培養を開始する。接種密度は、特に限定されないが、例えば、5~50個体/mL等とすることができる。
動物プランクトンの温度条件は、特に限定されず、種類に応じて選択することができる。温度条件としては、例えば、10~35℃等が挙げられる。また、培養中、ポンプ等を用いて適宜通気を行ってもよい。
動物プランクトンの培養条件は、当該動物プランクトンを給餌する水産生物の飼育条件に近い条件とすることが好ましい。動物プランクトンの培養条件を、水産生物の飼育条件に近づけることにより、給餌後の動物プランクトンの死亡が抑制され、飼育水の水質悪化を抑制することができる。
【0029】
動物プランクトンに対する、餌料組成物の給餌方法は、特に限定されない。餌料組成物のpHが酸性条件(pH1~4程度)である場合、給餌の前に、動物プランクトンの培養水のpH付近にpHを調整してもよい。餌料組成物のpHを、動物プランクトン培養水のpHに近づけることにより、給餌による動物プランクトン培養水のpH変化を抑制することができる。pHは、pH調整剤を添加して行ってもよく、遠心分離又は濾過等により餌料組成物が含有する培地を除去し、イデユコゴメ綱藻類の藻体を所望のpHの培地に再懸濁することにより行ってもよい。
【0030】
動物プランクトンの培養は、連続培養であってもよいし、バッチ培養であってもよい。連続培養とは、培養槽に対して、培養水および餌料の供給を連続的に行い、連続的に動物プランクトンを収穫する培養方法である。バッチ培養とは、培養水および餌料の連続的供給を行わず、適時、給餌および植え継ぎを行う培養方法である。バッチ培養とする場合、餌料組成物の給餌頻度は、例えば、1日1~3回程度とすることができ、植え継ぎの頻度は、例えば、2~7日に1回程度とすることができる。
【0031】
餌料組成物の給餌量は、特に限定されず、培養水中の動物プランクトンの密度および餌料残渣の量に応じて、適宜調整することができる。例えば、培養水中のイデユコゴメ綱藻類の密度が50万~800万細胞/mLとなるように、給餌量を調整してもよい。
【0032】
本態様にかかる動物プランクトンの生産方法では、前記第1の態様にかかる動物プランクトン用餌料組成物を、動物プランクトンに対して給餌する。前記餌料組成物が含有するイデユコゴメ綱藻類は、海水および淡水のいずれでも生存可能であるため、動物プランクトンの培養水が海水および淡水のいずれの場合であっても、培養水中で生存可能である。そのため、藻体の死骸が腐敗することによる水質の悪化を抑制することができる。
また、第1の態様にかかる動物プランクトン用餌料組成物は、酸性条件で調製したイデユコゴメ綱藻類を用いることにより、組成物中の細菌数を低く維持できる。そのため、免疫機構が未成熟な仔稚魚に動物プランクトンを用いる場合も、仔稚魚の飼育水への細菌の混入を抑制することができ、魚病リスクを低減することができる。
【0033】
<動物プランクトン>
本発明の第3の態様は、前記第1の態様にかかる動物プランクトン用餌料組成物を給餌して増殖させた動物プランクトンである。
【0034】
本態様にかかる動物プランクトンは、前記第2の態様にかかる動物プランクトンの生産方法により得ることができる。本態様にかかる動物プランクトンは、良好な水質の培養水で増殖し、細菌の混入が少ないため、種苗生産または養殖等における魚介類の餌料として好適に用いることができる。
【0035】
<水産生物の生産方法>
本発明の第4の態様は、前記第2の態様にかかる動物プランクトンの生産方法により生産された動物プランクトン(以下、単に「動物プランクトン」ともいう)を、水産生物に対して給餌することを含む、水産生物の生産方法である。
【0036】
「水産生物」とは、水中または水辺に生活する生物(水棲生物)であって、産業に利用される生物である。水産生物としては、例えば、魚類、甲殻類、貝類等が挙げられるが、これらに限定されない。水産生物は、海産生物であってもよく、淡水産生物であってもよい。水産生物は、魚類であることが好ましく、海産魚類であることがより好ましい。
【0037】
動物プランクトンによる給餌は、水産生物の孵化後、摂食行動を開始した後の一定期間に行うことが好ましい。例えば、水産生物が魚類である場合、仔稚魚期の一部または全部の期間に、動物プランクトンを給餌することができる。例えば、水産生物が甲殻類である場合、幼生期の一部または全部の期間に、動物プランクトンを給餌することができる。給餌の頻度は、特に限定されないが、例えば、1日1~5回程度とすることができる。給餌量は、特に限定されず、飼育水中の仔稚魚の成育状態および動物プランクトン残渣の量に応じて、適宜調整することができる。
【0038】
水産生物の飼育方法は、特に限定されず、水産生物の種苗生産または養殖に通常使用される方法を用いることができる。水産生物が魚類である場合、例えば、親魚から採取した卵を受精させて受精卵を得る。適当な容量の育成槽に飼育水を満たして、前記受精卵浮遊または沈降させて、受精卵を孵化させる。仔魚は、孵化後1~2日程度で動物プランクトンを摂食できるようになる。このタイミングで動物プランクトンの給餌を開始することができる。仔稚魚の飼育水は、魚類の種類に応じて、海水、人工海水、または淡水等を用いることができる。
【0039】
動物プランクトンによる給餌時期を終了した後は、水産生物の生育ステージに応じて適宜飼育槽および餌料を変更して飼育を続けてもよい。本態様にかかる生産方法で生産される水産生物は、種苗生産により生産される稚魚または幼生であってもよく、それらをさらに飼育して得られる成体であってもよい。
【0040】
<水産生物飼育水用添加剤>
本発明の第5の態様は、イデユコゴメ綱藻類を含む、水産生物飼育水用添加剤である。
【0041】
種苗生産等では、自然界と比較して、飼育水中で水産生物が過密に存在している。そのため、飼育水の透明度が高すぎると、水産生物のストレスが高まる場合がある。本態様にかかる水産生物飼育用添加剤は、飼育水を着色して透明度を下げ、水産生物のストレスを緩和するために用いることができる。
【0042】
本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤は、イデユコゴメ綱藻類を含むため、水産生物の飼育水に添加すると、飼育水が緑色を呈し、透明度が低下する。飼育水への添加量は、特に限定されず、飼育水が適度に呈色する量を添加すればよい。
【0043】
本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤は、特に、仔稚魚の飼育水に好適に用いることができる。本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤が含むイデユコゴメ綱藻類は、仔稚魚に給餌される動物プランクトンの餌となるため、飼育水中で動物プランクトンを増殖させることができる。これにより、動物プランクトンの給餌量を減らすことが可能となる。
【0044】
本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤が含有するイデユコゴメ綱藻類は、生細胞であってもよく、乾燥粉末であってもよいが、生細胞であることが好ましい。生細胞を用いることにより、腐敗による水質の悪化を抑制することができる。また、飼育水中で増殖することができるため、飼育水中の動物プランクトンを効率的に増殖させることができる。
本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤が含有するイデユコゴメ綱藻類は、海水および淡水のいずれでも生存できるため、水産生物の飼育水が海水および淡水のいずれであっても、生細胞を添加剤として用いることができる。
【0045】
また、本態様にかかる水産生物飼育水用添加剤は、イデユコゴメ綱藻類を酸性条件下で調製することにより、保存安定性が高く、冷蔵保存する必要がない。さらに、混入細菌数も少ないため、仔稚魚の飼育水に対しても、魚病のリスクなく、用いることができる。
【実施例0046】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
<実施例1:保存安定性試験>
(イデユコゴメ綱藻類の調製)
イデユコゴメ綱藻類は、Galdieria sulphuraria CCCryo127-00株(以下、「ガルディエリア」ともいう)を用いた。
500mL三角フラスコに、1質量%のグルコースを添加したGross培地(pH2)を300mL入れ、ガルディエリアの従属栄養培養を行った。ガルディエリアが定常期に達した時点で、培養液中の各成分の濃度がGross培地の3倍の濃度となるようにGross培地ストック溶液を培養液に添加して、7日間独立栄養培養を行った。従属栄養培養および独立栄養培養のいずれも、培養温度は40℃、振とう速度は125rpmとした。7日間の独立栄養培養後、藻体濃度を高めるために、3000rpm、5分間、25℃で、培養液を遠心分離した。遠心分離後、上清を捨て、適量のGross培地(pH2)を添加後に、その一部を採取して、乾燥重量を測定した。測定された乾燥重量に基づいて、乾燥重量が7g/LになるようにGross培地(pH2)を添加してガルディエリアの濃縮液を作製した。Gross培地の組成を表1に示す。また、Gross培地に用いるFe-EDTA Solution及びTrace Elementsの組成を、表2及び表3にそれぞれ示す。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
(対照藻類の調製)
対照藻類として、Chlorella vulgaris(以下、「クロレラ」という)(観賞魚用生クロレラ-V12、クロレラ工業株式会社)を用いた。クロレラは、ワムシの餌料として従来用いられている藻類である。
クロレラ液を、2500rpm、1分間、4℃で遠心分離し、上清を除去した。AF6培地を添加し、再度遠心分離を行った。この工程を3回繰り返して、クロレラの洗浄を行った。その後、乾燥重量が7g/LになるようにAF6培地を添加してクロレラの濃縮液を作製した。
AF6培地の組成を表4に示す。AF6培地に用いるP IV metalsの組成を表5に示す。
【0052】
【0053】
【0054】
(保存安定性試験)
上記ように調製したガルディエリア濃縮液およびクロレラ濃縮液を50mLファルコンチューブに15mLずつ分注し、40℃の培養庫で明・暗の2条件で保管した。保管開始時(0日)および保管2日目に、細胞数、乾燥重量、pH、およびビブリオ細菌数を測定し、官能評価(見た目、臭い)を行った。
【0055】
細胞数の測定:血球計算盤で細胞をカウントした。
乾燥重量の測定:濃縮液をろ過し、固形分を105℃で1時間乾燥させた後、重量を測定した。
pH:pHメーターで測定した。
ビブリオ様細菌数:TCBS寒天培地(TCBS Cholera Medium、Thermo Fisher Scientific)に濃縮液を播種し、37℃で27日間培養後、コロニー数を計数した。
官能試験(色):濃縮液を肉眼で観察し、濃縮液色を評価した。
官能試験(臭い):濃縮液を分注した50mLファルコンチューブの蓋を開けて、濃縮液の臭いを嗅ぎ、発酵臭の有無を評価した。
【0056】
結果を表6に示す。
【0057】
【0058】
表6に示すように、ビブリオ様細菌数は、ガルディエリアでは、明所および暗所のいずれでも、<100のまま維持された。一方、クロレラでは、明所では106まで増加し、暗所では105まで増加した。
濃縮液の色は、ガルディエリアでは、明所および暗所のいずれでも、緑色に維持された。また、発酵臭は感じられなかった。一方、クロレラでは、明所および暗所のいずれでも、茶色に変色し、発酵臭が感じられた。これらの結果は、クロレラでは、藻体の腐敗が生じていることを示している。
pHは、ガルディエリアでは、明所及び暗所のいずれでも、pHはわずかに上昇したのみでほとんど変化がみられなかった。一方、クロレラでは、明所および暗所のいずれでも、pHの低下がみられた。クロレラでpHが低下したのは、腐敗により、有機酸が生じたためと考えられた。
また、ガルディエリアでは、2日目まで、一般細菌が増殖しないことが確認された。
【0059】
以上の結果から、ガルディエリアは、クロレラと比較して、保存安定性に優れることが確認された。
【0060】
<実施例2:動物プランクトンに対する給餌試験>
(イデユコゴメ綱藻類の調製)
イデユコゴメ綱藻類は、Galdieria sulphuraria CCCryo127-00株(ガルディエリア)を用いた。
500mL三角フラスコに、1質量%のグルコースを添加したGross培地(pH2)を300mL入れ、ガルディエリアの従属栄養培養を行った。ガルディエリアが定常期に達した時点で、3000rpm、5分間、25℃で、培養液を遠心分離した。遠心分離後、上清を捨て、適量のGross培地(pH2)を添加後に、その一部を採取して、乾燥重量を測定した。測定された乾燥重量に基づいて、乾燥重量が42g/LになるようにpH無調整のGross培地(pH4.6)を添加してガルディエリアの濃縮液を作製した。
【0061】
(対照藻類の調製)
対照藻類として、Chlorella vulgaris(クロレラ)(観賞魚用生クロレラ-V12、クロレラ工業株式会社)を用いた。購入したクロレラ液をそのままクロレラの濃縮液として用いた。一部を採取して乾燥重量を測定したところ、乾燥重量55g/Lであった。
【0062】
(動物プランクトンの調製)
動物プランクトンとして、シオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis;以下、「ワムシ」ともいう)を用いた。ワムシは、有限会社日毎センターから購入し、使用するまで生クロレラ(観賞魚用生クロレラ-V12、クロレラ工業株式会社)を給餌して培養した。
【0063】
(給餌試験)
500mL三角フラスコに、70%人工海水(RED SEA SALT、24.5g/L)を500mL入れ、シリコンチューブを通して通気した。ワムシを190固体/mLの密度で播種し、27℃で培養した。培養液は、ヒーターを用いてウォーターバスで加温し、温度を一定に維持した。ガルディエリア濃縮液又はクロレラ濃縮液を用いて、1日3回給餌を行った。給餌量は、培養水中の餌の残量を観察しながら適宜調整した。調製ワムシの個体数および携卵個体数の計数を、各飼育時間で3回ずつ行い、その平均値を算出した。
【0064】
図1に、給餌試験中のワムシの増殖を示す。ガルディエリアで給餌したワムシは、クロレラで給餌したワムシと同等の増殖を示した。
【0065】
表7、8に、給餌試験中のワムシの日間増殖率、携卵個体率、および日間給餌率を示す。これらは、下記の式により算出した。携卵個体率は、通常、20%以上であるとワムシの栄養状態が良好であると考えられる。
日間増殖率(%)={(当日のワムシの個体数)-(前日のワムシの個体数)}/(前日のワムシの個体数)×100
携卵個体数(%)=(携卵しているワムシの個体数)/(ワムシ全体の個体数)×100
日間給餌率(g/100万個体)=(1日に給餌した餌料(g))/(ワムシの個体数)×100万
【0066】
【0067】
【0068】
表7、8に示すように、ガルディエリアで給餌したワムシは、クロレラで給餌したワムシと同等の日間増殖率および携卵個体率を示した。これらの結果は、ガルディエリアが、クロレラと同様に、動物プランクトンの餌料として適していることを示す。