(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023166961
(43)【公開日】2023-11-22
(54)【発明の名称】ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離および検出方法
(51)【国際特許分類】
C12N 7/02 20060101AFI20231115BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20231115BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20231115BHJP
【FI】
C12N7/02
C12Q1/686 Z
C12N15/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022197346
(22)【出願日】2022-12-09
(31)【優先権主張番号】63/339,977
(32)【優先日】2022-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年12月16日プレスリリース https://www.yamanashi.ac.jp/prerelease/page/6 https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/12/20211216press.pdf https://www.jnc-corp.co.jp/news/2021/post-112.html https://www.jnc-corp.co.jp/news/assets/02ab89351b2a0db213b8a3c4d85e368876a77bbc.pdf
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(71)【出願人】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】原本 英司
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR32
4B063QR35
4B063QS12
4B063QS15
4B063QS25
4B063QS28
4B065AA95X
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】排水等のウイルスを含む可能性のある液体から簡便且つ効率的にウイルスを分離および検出する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ウイルスを含む可能性のある液体と、水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中でカチオン性磁気微粒子とウイルスとの結合体を形成させる工程と、混合液にマスキング剤及び凝集剤を混和し、結合体が凝集した磁性複合体を形成させる工程と、磁気分離により磁性複合体を回収する工程と含み、マスキング剤が、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸であり、ポリ(メタ)アクリル酸を、混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で混和する、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスを含む可能性のある液体と水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中で前記カチオン性磁気微粒子と前記ウイルスとの結合体を形成させる工程と、
前記混合液にマスキング剤及び凝集剤を加えて、前記結合体が凝集した磁性複合体を形成させる工程と、
磁気分離により前記磁性複合体を回収する工程と
を含み、
前記水溶性のカチオン性磁気微粒子は、カチオン性官能基を有する物質、水酸基を有する物質及び磁性を有する物質を含有し、
前記マスキング剤が、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸であり、前記ポリ(メタ)アクリル酸を、前記混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で加える、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項2】
前記ウイルスが、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス及びエンテロウイルスからなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項3】
前記ウイルスがSARS-CoV-2である、請求項1に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項4】
前記磁性を有する物質が、マグネタイト、マグヘマイト、ヘマタイト、ゲーサイト及びラテックス磁気ビーズから選択される少なくとも一種である、請求項1に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項5】
前記磁性を有する物質の平均粒子径が、1~1000nmである、請求項1に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項6】
前記凝集剤が、主鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質、側鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質及び主鎖にポリグリセリン構造を有する物質からなる群から選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法により分離した磁性複合体に核酸分散液を加えてウイルスを分散させる工程と、
前記ウイルスの核酸を抽出する工程と、
核酸増幅反応により前記核酸を増幅する工程と
を含む、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法。
【請求項8】
請求項7に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法を利用する、ウイルスを含む可能性のある液体におけるウイルスの有無を判定する試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを含む可能性のある液体からウイルスを分離および検出する方法に関し、さらに詳しくは、生活排水や産業排水等のウイルスを含む可能性のある液体からコロナウイウイルス等のウイルスを分離および検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス等の様々なウイルスによる感染症が発生しており、最近では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)が世界的に広がり、人類において極めて深刻な問題となっている。
【0003】
ウイルス性感染症の拡大防止のためにはウイルスの検出が必須であり、一般家庭や工場、各事業所などから排出される生活排水や産業排水(以下、単に「排水」ともいう。)からウイルス検出を行うことが注目されている。いくつかの研究により、無症状患者を含む新型コロナウイルスの感染者の便にはSARS-CoV-2 RNAが存在することが報告されており、これらの知見から、排水中のSARS-CoV-2の存在を追跡することにより、地域社会におけるCOVID-19の発症を監視するための有用な手段として、排水を用いた疫学調査が行われている(例えば、非特許文献1~4参照)。
【0004】
排水中のウイルスを検出するためにはある程度のウイルス濃度で分析することが重要であり、排水中のウイルス濃度が低いと検出されないことがある。そこで、排水を濃縮し、ウイルス濃度を高めることが行われており、例えば、陰電荷膜を用いた吸着、陰電荷膜ボルテックス、水酸化アルミニウム吸着沈殿、限外ろ過、超遠心法等の方法が採用されている。例えば、非特許文献5~6には、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法が、排水中のSARS-CoV-2またはその代替ウイルスの濃縮に優れた性能を示すことが開示されている。
【0005】
また、非特許文献7には、PEGによるタンパク質の沈殿のメカニズムが開示されており、PEG沈殿法では、ポリマーであるPEGが水分子によって水和され、その不溶性によりタンパク質を沈殿として濃縮できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Warish Ahmed et al., “First confirmed detection of SARS-CoV-2 in untreated wastewater in Australia: A proof of concept for the wastewater surveillance of COVID-19 in the community”, Science of The Total Environment, Volume 728, 1 August 2020, 138764
【非特許文献2】Raul Gonzalez et al., “COVID-19 surveillance in Southeastern Virginia using wastewater-based epidemiology”, Water Research, Volume 186, 1 November 2020, 116296
【非特許文献3】Masaaki Kitajima et al., “SARS-CoV-2 in wastewater: State of the knowledge and research needs”, Science of The Total Environment, Volume 739, 15 October 2020, 139076
【非特許文献4】David Polo et al., “Making waves: Wastewater-based epidemiology for COVID-19 - approaches and challenges for surveillance and prediction”, Water Research, Volume 186, 1 November 2020, 116404
【非特許文献5】Patricia Angelica Barril et al., “Evaluation of viral concentration methods for SARS-CoV-2 recovery from wastewaters”, Science of The Total Environment, Volume 756, 20 February 2021, 144105
【非特許文献6】Manish Kumar et al., “First proof of the capability of wastewater surveillance for COVID-19 in India through detection of genetic material of SARS-CoV-2”, Science of The Total Environment, Volume 746, 1 December 2020, 141326
【非特許文献7】Donald H. Atha et al., “Mechanism of Precipitation of Proteins by Polyethylene Glycols”, THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY, Vol. 256, No. 23. December 10, pp. 12108-12117. 1981
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
PEG沈殿法による排水の濃縮は、操作が容易であり、非常に便利で安価ではあるが、沈殿物を得るために12時間程度の時間がかかり、効率的ではない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、排水等のウイルスを含む可能性のある液体から簡便且つ効率的にウイルスを分離および検出する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた。その結果、カチオン性官能基が導入された水溶性のカチオン性磁気微粒子をウイルスを含む可能性のある液体に混合し、該液体中でカチオン性磁気微粒子とウイルスとの結合体を形成させ、これを前記液体から分離させる手法を採用することで上記課題が有効に解決されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の構成を含む。
[1]ウイルスを含む可能性のある液体と水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中で前記カチオン性磁気微粒子と前記ウイルスとの結合体を形成させる工程と、
前記混合液にマスキング剤及び凝集剤を加えて、前記結合体が凝集した磁性複合体を形成させる工程と、
磁気分離により前記磁性複合体を回収する工程と
を含み、
前記水溶性のカチオン性磁気微粒子は、カチオン性官能基を有する物質、水酸基を有する物質及び磁性を有する物質を含有し、
前記マスキング剤が、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸であり、前記ポリ(メタ)アクリル酸を、前記混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で加える、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[2]前記ウイルスが、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス及びエンテロウイルスからなる群から選択される少なくとも一種である、前記[1]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[3]前記ウイルスがSARS-CoV-2である、前記[1]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[4]前記磁性を有する物質が、マグネタイト、マグヘマイト、ヘマタイト、ゲーサイト及びラテックス磁気ビーズから選択される少なくとも一種である、前記[1]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[5]前記磁性を有する物質の平均粒子径が、1~1000nmである、前記[1]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[6]前記凝集剤が、主鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質、側鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質及び主鎖にポリグリセリン構造を有する物質からなる群から選ばれる少なくとも一種である、前記[1]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
[7]前記[1]~[6]のいずれか一つに記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法により分離した磁性複合体に核酸分散液を加えてウイルスを分散させる工程と、
前記ウイルスの核酸を抽出する工程と、
核酸増幅反応により前記核酸を増幅する工程と
を含む、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法。
[8]前記[7]に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法を利用する、ウイルスを含む可能性のある液体におけるウイルスの有無を判定する試験方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法によれば、ウイルスを水溶性のカチオン性磁気微粒子に結合させ、この結合体を凝集させて磁性複合体を形成させ、これを磁気分離することで、ウイルスを含む可能性のある液体から迅速且つ簡便にウイルスを濃縮分離できる。また、ウイルスを含む可能性のある液体中に水溶性のカチオン性磁気微粒子と共にマスキング剤としてポリ(メタ)アクリル酸を加えることで、ウイルスの回収率を向上できる。
また、ウイルスの検出において、カチオン性磁気微粒子はウイルスの核酸を抽出する際のウイルス破壊には影響しないため、本発明の分離方法により分離された磁性複合体は、当該磁性複合体を形成する磁性を有する物質を除去することなくそのまま使用できるため、ウイルスの検出が簡便で且つ自動化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】試験例2の結果を示す図であり、液相中のウイルス濃度の経時変化と固相からのウイルス回収率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を更に詳述する。本明細書において「(メタ)アクリル」とは、アクリル及びメタクリルからなる群より選択される少なくとも1種を表す。「(メタ)アクリレート」の表記についても同様である。
【0014】
<ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法>
本発明に係るウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法は、
ウイルスを含む可能性のある液体と水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中でカチオン性磁気微粒子とウイルスとの結合体を形成させる工程(結合体形成工程)と、
この混合液にマスキング剤及び凝集剤を加えて、カチオン性磁気微粒子とウイルスとの結合体が凝集した磁性複合体を形成させる工程(磁性複合体形成工程)と、
磁気分離により磁性複合体を回収する工程(磁性複合体分離工程)と
を含む。
そして、前記水溶性のカチオン性磁気微粒子は、カチオン性官能基を有する物質、水酸基を有する物質及び磁性を有する物質を含有し、マスキング剤として、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸を用い、ポリ(メタ)アクリル酸を、混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で加える。
【0015】
本発明において、「ウイルスを含む可能性のある液体」とは、下水管を通して排出される生活排水や産業排水等の下水、プールの水、池の水等の生活環境にある汚水を意味する。
【0016】
ウイルスは、リン脂質二重膜を有する物体(以下、「リン脂質ベシクル」ともいう)であり、水溶性のカチオン性磁気微粒子の表面のカチオン性の官能基に捕捉され、水溶液中でウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体を形成する。さらに、マスキング剤と凝集剤とを加えることで、水に不溶性の、ウイルス-カチオン性磁気微粒子-マスキング剤-凝集剤の磁性複合体を形成する。磁性複合体は磁気を有しているため、磁気分離が可能となる。
【0017】
本発明で分離するウイルスは、ウイルスを含む可能性のある液体に含まれるものであれば何でもよく、特に限定されない。例えば、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、エンテロウイルス(例えば、ポリオウイルス)、サイトメガロウイルス、HIV、パピローマウイルス、呼吸器合胞体ウイルス、灰白髄炎ウイルス、ポックスウイルス、ハシカウイルス、アルボウイルス、コクサッキーウイルス、ヘルペスウイルス、ハンタウイルス、肝炎ウイルス、ライム病ウイルス、ムンプスウイルス、ロタウイルス等が挙げられる。
中でも、本発明の方法は、ウイルスを含む可能性のある液体からコロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス及びエンテロウイルスからなる群から選択される少なくとも一種を分離するのに適しており、特にコロナウイルスの分離に適している。
【0018】
コロナウイルスとしては、例えば、SARS-CoV-2、SARS-CoV、MERS-CoV、HCoV-229E、HCoV-NL63、HCoV-HKU1、HCoV-OC43等が挙げられ、中でも、本発明の方法はSARS-CoV-2の分離に適している。
【0019】
(結合体形成工程)
本発明のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法は、まず、ウイルスを含む可能性のある液体と水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中でウイルスとカチオン性磁気微粒子との結合体を形成させる。
水溶性のカチオン性磁気微粒子は、カチオン性官能基を有する物質、水酸基を有する物質及び磁性を有する物質を共有結合または物理吸着により複合化させた粒子である.
【0020】
磁性を有する物質は、外部磁場に応答して磁気回収可能な磁気成分であり、磁気成分としては、例えば、ニッケル、コバルト、鉄などの金属、フェライトなどの金属酸化物、金属または金属酸化物をポリスチレンなどの高分子中に分散させたラテックス磁気ビーズ等が挙げられる。
【0021】
磁性を有する物質(磁性成分)は、たとえば磁気微粒子であり、磁性金属微粒子、磁性酸化物微粒子などを挙げることができる。これらの磁気微粒子は、必要に応じて、希土類元素や遷移金属元素を含有していてもよい。磁性金属微粒子としては、例えば、Fe-Co、Fe-Ni、Fe-Al、Fe-Ni-Al、Fe-Co-Ni、Fe-Ni-Al-Zn、Fe-Al-Siなどの金属微粒子を挙げることができる。磁性酸化物微粒子としては、例えば、FeOx(4/3≦x≦3/2)で表される酸化鉄(フェライト)型の強磁気微粒子、Feの一部がNi、Coで一部置換されたフェライトを挙げることができる。
【0022】
より具体的には、磁気微粒子の素材として、マグネタイト、酸化ニッケル、フェライト、コバルト鉄酸化物、バリウムフェライト、炭素鋼、タングステン鋼、KS鋼、希土類コバルト磁石、マグヘマイト、ヘマタイト、ゲーサイト等の微粒子を挙げることができる。
【0023】
磁気微粒子は、水酸基を有する物質及びカチオン性官能基を有する物質を導入するための準備として表面処理を施してもよい。表面処理としては、シラン系カップリング処理、チタン系カップリング処理、リン酸系カップリング処理、塩酸、硫酸などによる酸処理、水酸化ナトリウムなどによるアルカリ処理などの処理を行うことができる。
【0024】
磁性を有する物質は、また、上記磁気微粒子がポリスチレンやポリメチルアクリレートのようなラテックスにより表面を被覆された磁気成分や、ラテックスビーズ中に上記磁気微粒子が分散された磁気成分(これらをラテックス磁気ビーズという。)であってもよい。
【0025】
磁性を有する物質は、マグネタイト、マグヘマイト、ヘマタイト、ゲーサイトおよびラテックス磁気ビーズから選択される少なくとも1種であるのが好ましく、マグネタイト又はマグヘマイトがより好ましい。
【0026】
磁性を有する物質は、平均粒子径が1nm以上であるのが好ましい。水溶性のカチオン性磁気微粒子の沈降物が確認できるまでの時間が30秒程度の短時間でもよい場合は、平均粒子径は1~1000nmであるのが好ましい。
磁性を有する物質が磁気微粒子の場合、水溶液中での分散性等の観点から、磁気微粒子の平均粒子径は、1~1000nmであるのが好ましく、1~500nmがより好ましく、1~300nmがさらに好ましく、10~300nmが特に好ましく、30~150nmが最も好ましい。
磁性を有する物質がラテックス磁気ビーズの場合、水溶液中での分散性等の観点から、ラテックス磁気ビーズの平均粒子径は、1~1000nmであるのが好ましく、1~500nmがより好ましく、20nm~300nmがさらに好ましい。
平均粒子径は、動的光散乱法で測定でき、例えば、FPAR-1000(大塚電子(株)製商品名)などが測定装置として使用できる。
【0027】
なお、ある程度小さい(100nm程度)磁気成分は、外部磁場に応答しないように観察されるが、これは、ブラウン運動の影響による揺らぎが外部磁場に対する応答よりも大きいためである。
【0028】
磁性を有する物質の形状は特に限定されず、球状、針状、紡錘状、無定形等のいずれでもよい。
【0029】
カチオン性官能基を有する物質は、磁性を有する物質(磁性成分)を水溶液中でカチオンとする成分である。ウイルスはマイナスに帯電しているので、磁性を有する物質をカチオン化することでウイルスと結合させることができる。
【0030】
カチオン性官能基を有する物質は、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、4級アンモニウム基及びグアニジノ基からなる群から選択される少なくとも1種の官能基を有する物質であるのが好ましい。
【0031】
カチオン性官能基を有する物質としては、例えば、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリエチレンイミン、ポリリジン、ポリグアニジン、ポリ(N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド)、ポリ(N,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド)、ポリアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、ジエチルアミノエチルクロリド塩酸塩、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、トリス(アミノエチル)アミン、アジリジン塩酸塩、アミノプロピルトリエトキシシラン、アミノエチルアミノプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。中でも、ポリエチレンイミン、ポリリジンが好ましい。
【0032】
カチオン性官能基を有する物質は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0033】
水酸基を有する物質は、磁性を有する物質(磁性成分)にカチオン性官能基を有する物質を導入するための成分である。
【0034】
水酸基を有する物質はポリオール構造を有する物質である。ポリオールとしては、例えば、デキストラン、デキストリン、セルロース、アガロース、澱粉、ジェラン等のポリサッカライド類、カルボキシメチルセルロース、ジエチルアミノセルロース、ヒドロキシアセチルセルロース、ヒドロキシアセチルセルロース、カルボキシメチルデキストラン、ジエチルアミノエチルセルロース、ジエチルアミノエチルデキストラン等のポリサッカライド誘導体、ポリビニルアルコール、ポリアリルアルコールなどの合成ポリオール、重合性単量体として、アリルアルコール、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロール-モノ(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド等の水酸基を有する重合性単量体の少なくとも1種を重合成分として含有する重合体、酢酸エステル型、トリメチルシリルエーテル型、t-ブトキシカルボニルオキシ型の保護された水酸基を有するビニルアルコールを含む重合性単量体の少なくとも1種を重合成分として含有する重合体から水酸基の保護を除去して得られるポリビニルアルコールランダムコポリマー等が挙げられる。これらのポリオールは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0035】
これらの中でも、ポリサッカライド類またはポリサッカライド誘導体等の糖骨格を含有する中性のポリマーが好ましい。具体的には、水性二相分配用の相を形成する作用を有するものであればよく、グルコース骨格などの糖骨格を含有する水溶性ポリマーであって、例えば澱粉、より好ましくは、デキストランが挙げられる。
【0036】
デキストランとしては、実験により最適な質量平均分子量を持つものを選んで使用することができ、例えば、質量平均分子量10,000~100,000のもの、質量平均分子量60,000~600,000のもの、さらには質量平均分子量67,300~500,900のものが挙げられ、例えばシグマアルドリッチ社などから入手できる。
【0037】
なお、「水性二相分配」とは、2種の物質、たとえばポリビニルアルコールとポリエチレングリコールの水溶液を混和することで、形成される固体層と水溶液層それぞれの層への第3成分の分配係数の違いを利用し、有機溶媒を使用することなしに第3成分を抽出する方法である。
【0038】
磁性を有する物質(磁性成分)、水酸基を有する物質及びカチオン性官能基を有する物質の複合化は、まず、磁性を有する物質と水酸基を有する物質とを複合化して水溶性の磁気微粒子を得て、この水溶性の磁気微粒子とカチオン性官能基とを複合化して水溶性のカチオン性磁気微粒子を得る方法が挙げられる。
【0039】
具体的に、カチオン性磁気微粒子において、水酸基を有する物質により磁性を有する物質が被覆された構造に、カチオン性官能基を有する物質が導入されたカチオン性磁気微粒子が利用できる。
また、カチオン性磁気微粒子において、ポリオールと金属イオンを含む酸性の水溶液をアルカリ性にすることによって得られる水酸基を有する物質により磁性を有する物質が被覆された構造に、カチオン性官能基を有する物質が導入されたカチオン性磁気微粒子が利用できる。
また、カチオン性磁気微粒子において、デキストランと塩化鉄を含む酸性の水溶液にアンモニアを添加して得られるデキストラン被覆マグネタイトを過ヨウ素酸ナトリウムで処理して得られるアルデヒドを有するデキストラン被覆マグネタイトに、ポリエチレンイミンを還元的アミノ化法により導入して得られた水溶性のカチオン性磁気微粒子が利用できる。
また、カチオン性磁気微粒子において、ポリビニルアルコールと塩化鉄を含む酸性の水溶液にアンモニアを添加して得られるデキストラン被覆マグネタイトをエピクロロヒドリンで処理して得られるグリシジル基を有するポリビニルアルコール被覆マグネタイトに、ポリリジンを反応させて得られた水溶性のカチオン性磁気微粒子が利用できる。
【0040】
磁性成分、水酸基を有する物質及びカチオン性官能基を有する物質の複合化様式としては、物理的な吸着や共有結合形成を挙げることができる。
【0041】
複合化は水溶液中で行うことができ、溶媒としては、精製水、イオン交換水、純水、水道水等を使用できる。
【0042】
具体的に、水溶性の磁気微粒子(水酸基を有する物質-磁気成分の複合体)は、ポリオールを含む鉄イオン水溶液にアンモニア、水酸化ナトリウムなどのアルカリを添加する共沈法により得られる、ポリオールにより被覆されたフェライト微粒子を用いてもよい(例えば、特開平6-92640号公報参照)。より具体的には、例えば米国特許第4452773号に記載されているように、デキストラン50質量%水溶液(10ml)中に、塩化第二鉄・六水和物(1.51g)および塩化第一鉄・四水和物(0.64g)混合水溶液(10ml)を加えて撹拌し、60~65℃に水浴中で7.4(V-V)%アンモニア水溶液をpH10~11程度になるように滴下しながら加熱し、15分反応させる方法により得ることができる。
【0043】
また、水溶性の磁気微粒子とカチオン性官能基とを複合化する方法としては、具体的に、デキストラン被覆磁気微粒子水溶液(1質量%、100mL)に過ヨウ素酸ナトリウム(10mg)を作用させて、50℃で5時間反応させてアルデヒド基を有するデキストラン被覆磁気微粒子とした後、ポリエチレンイミン(M.W.=1800、1g)を超純水(9g)に溶解させた水溶液を加えて14時間撹拌してイミン結合によりポリエチレンイミンが結合したデキストラン被覆を形成し、さらに水素化ホウ素ナトリウム(10mg)を超純水(1mL)に溶解させた水溶液を加えて24時間撹拌することによりイミン結合をアミン結合に変換する方法で、ポリエチレンイミン導入デキストラン被覆磁気微粒子を得ることができる。
【0044】
他の方法として、磁気微粒子とグリシジルオキシプロピルトリエトキシシランを反応させたり、ポリビニルアルコール被覆磁気微粒子をアルカリ性条件においてエピクロロヒドリンと反応させることにより得られるグリシジル基を有する磁気微粒子水溶液(1質量%、10mL)とε-ポリリジン(100mg)を混和し、24時間撹拌することにより、ポリリジン導入磁気微粒子を得ることができる。
【0045】
また、カチオン性磁気微粒子は、磁気微粒子上の水酸基にN,N-ジエチルアミノエチルクロリド塩酸塩(DEAE-Cl・HCl)などのアミン導入試薬を反応させることによっても得られる。より具体的には、デキストラン被覆磁気微粒子水溶液(1質量%、10mL)にDEAE-Cl・HCl(100mg)、1N水酸化ナトリウム水溶液(1mL)を加え、24時間反応させることにより、DEAE導入デキストラン被覆磁気微粒子水溶液が得られる。
【0046】
本発明で用いる水溶性のカチオン性磁気微粒子は、正電荷を有することが好ましい。水溶性のカチオン性磁気微粒子の電荷は、ζ電位として測定でき、たとえば、ELS-800(大塚電子(株)製商品名)、Zeta PALS(BIC社製商品名)などが測定装置として使用できる。
【0047】
カチオン性磁気微粒子のζ電位は、好ましくは0eV以上であり、より好ましくは+5eV以上であり、さらに好ましくは+15eV以上であり、最も好ましくは+30eV以上である。定性的な性状確認方法として、カチオン性磁気微粒子の水溶液をCMセルロファインC-500-sf(商品名:JNC(株)製)と混和して撹拌することで液が褐色から無色透明に変化するのを確認する方法をとることができる。
【0048】
水溶性のカチオン性磁気微粒子は、平均粒子径が1~1000nmであるのが好ましい。水溶性のカチオン性磁気微粒子の平均粒子径は、磁性を有する物質(磁性成分)の平均粒子径とほぼ同じであり、水溶性のカチオン性磁気微粒子の平均粒子径の好ましい範囲は、磁性成分の平均粒子径の好ましい範囲と同じである。
【0049】
本発明で用いる水溶性のカチオン性磁気微粒子は、ウイルス捕捉操作に際して、水溶液中で均一分散していることが好ましい。
【0050】
水溶性のカチオン性磁気微粒子が水溶液中で均一分散している場合では、磁気回収操作を行っても、該水溶液は磁性流体として挙動し、磁気回収ができない。一方、沈渣が発生している場合は、磁気回収操作により沈渣が回収される。
【0051】
水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液に凝集が発生した場合は、撹拌処理、超音波処理、加熱処理により、再分散して使用するのが好ましい。水溶性のカチオン性磁気微粒子は、1分以上水溶液として安定に均一分散し、凝集、沈殿を生じないことが望ましく、好ましくは、2週間以上、さらに好ましくは6ヶ月以上の期間、凝集、沈殿を生じないことが好ましい。
【0052】
結合体形成工程では、上記で得られた水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液にウイルスを含む可能性のある液体を混和する。水溶性のカチオン性磁気微粒子は正電荷を帯びているため、そこにウイルスが吸着し、混合液中でウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体が形成される。
【0053】
水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とウイルスを含む可能性のある液体の混合割合としては、水溶性のカチオン性磁気微粒子が混合液中に0.10~1.0mg/mLとなるように混合するのが好ましい。前記範囲であると、混合液中でウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体が容易に形成できる。水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液と前記液体との混合割合は、カチオン性磁気微粒子が混合液中に0.10~0.75mg/mLとなるように混合するのがより好ましく、0.25~0.50mg/mLがさらに好ましい。
【0054】
混和方法としては、例えば、マグネチックスターラーによる撹拌、メカニカルスターラーによる撹拌、ボルテックスミキサーによる混和、タッピングによる混和、ピペッティングによる混和などが挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0055】
撹拌に必要な時間は、撹拌方法にもよるが、ボルテックスミキサーを用いて1.5mLスクリューキャップチューブ内に存在する60μLの液を撹拌した場合、1000rpmで10秒以上、好ましくは20秒以上、より好ましくは30秒以上である。
【0056】
(磁性複合体形成工程)
次に、結合体形成工程で得られたウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体を含む混合液にマスキング剤と凝集剤とを加えて、前記結合体を凝集させて磁性複合体を形成させる。
上記したように、水溶性のカチオン性磁気微粒子が水溶液中で均一分散している場合は磁気回収できないので、ウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体が分散状態では同様に磁気による回収ができないが、結合体を凝集させてペレット状の塊とすることで磁気分離が可能となる。
【0057】
マスキング剤は、水溶性のカチオン性磁気微粒子の表面に存在するアミノ基とイオンコンプレックスを形成することで、磁気微粒子の正電荷を中和するか、または負電荷をもつ磁気微粒子へと変換する物質である。マスキング剤は酸構造を有するか、その塩を構造中に含む物質である。
【0058】
本発明において、マスキング剤として質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸を用いる。ポリ(メタ)アクリル酸の質量平均分子量は、10,000~100,000であるのが好ましく、10,000~50,000がより好ましく、25,000~50,000がさらに好ましい。
【0059】
また、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸を、混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で加える。前記ポリ(メタ)アクリル酸の濃度が前記範囲であると、ウイルスを含む可能性のある液体中のウイルスを効率的に分離できるようになる。
【0060】
本発明において、前記ポリ(メタ)アクリル酸以外のマスキング剤を使用してもよい。他のマスキング剤としては、例えば、カルボン酸、硫酸、リン酸またはホウ酸から選択される、酸性官能基を有する物質およびそれらの塩が挙げられる。
【0061】
他のマスキング剤の具体例としては、例えば、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸以外のポリ(メタ)アクリル酸、ポリカルボキシメチルスチレン、ヒアルロン酸、α-ポリグルタミン酸、ω-ポリグルタミン酸、ジェラン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルデキストラン、ポリリン酸、ポリ(リン酸糖)、核酸、リン酸、クエン酸、硫酸デキストラン、ポリスチリル硫酸、ポリスチリルホウ酸が挙げられる。
【0062】
凝集剤は、ウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体又はウイルス-カチオン性磁気微粒子-マスキング剤の結合体と混和することで、これら物質を水に不溶な凝集へと変化させる機能を有する物質である。
【0063】
凝集剤としては、例えば、ポリエチレングリコールなどのポリエーテル構造を有する物質が挙げられる。また、水と任意の割合で混和し均一溶液とすることが可能な有機溶媒であるメタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノールなどのアルコール化合物、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン化合物、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドンなどのアミド化合物、ジメチルスルホキシド、1,4-または1,3-ジオキサンも、凝集剤として好ましく使用することができる。
【0064】
ポリエーテル構造を有する物質としては、主鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質、側鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質、主鎖にポリグリセリン構造を有する物質が挙げられる。具体的に、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール-ポリプロピレングリコール-ランダムコポリマー、ポリエチレングリコール-ポリプロピレングリコール-ブロックコポリマー、ポリメトキシエトキシ(メタ)アクリレート、ポリ(ジエチレングリコール-(メタ)アクリレート-メチルエーテル)、ポリ(トリエチレングリコール-(メタ)アクリレート-メチルエーテル)、ポリ(テトラエチレングリコール-(メタ)アクリレート-メチルエーテル)、ポリ(ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート)、ならびにこれらのランダムおよびブロックコポリマー、または、ポリ(グリセリン-2-エチルエーテル)、ポリ(グリセリン-2-ジエチレングリコールメチルエーテル)、ポリ(グリセリン-2-トリエチレングリコールメチルエーテル)、ポリ(グリセリン-2-テトラエチレングリコールメチルエーテル)、ポリ(グリセリン-2-ポリエチレングリコールエーテル)、ポリ(グリセリン-2-ポリプロピレングリコールエーテル)、ポリ(グリセリン-2-ポリエチレングリコールエーテル)(グリセリン-2-ポリプロピレングリコールエーテル)コポリマー等が挙げられる。
【0065】
なかでも、「ポリアルキレングリコール」としては、水性二相分配用の相を形成する作用を有するものであればよく、より親水性ポリマーまたはより疎水性ポリマーと組み合わせることにより、分配用の相を形成することが知られたものが挙げられる。該ポリアルキレングリコールは、水溶性のもので、実験により最適なものを決定し、それを選んで使用することができ、好ましくはポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、より好ましくは、ポリエチレングリコールである。該ポリエチレングリコールは、実験により最適な分子量を持つものを選んで使用することができ、例えばおおよそ200~25,000の範囲の数平均分子量を持つもの、好ましくは約3,000~20,000、より好ましくは約6,000~15,000、さらに好ましくは約8,000~10,000の範囲の数平均分子量を持つものが挙げられ、例えばシグマアルドリッチ社、富士フイルム和光純薬(株)などから入手できる。
【0066】
混合液中の凝集剤の添加量は、乾燥質量で0.1~20質量%であるのが好ましい。前記範囲であると、ウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体を凝集させることができ、磁気回収可能な磁性複合体を形成できる。凝集剤の添加量は、混合液中で、4~10質量%であるのが特に好ましい。
【0067】
混合液への凝集剤の添加は、室温で行ってもよいが、必要に応じて氷冷下で行ってもよい。
【0068】
凝集剤は粉末のまま使用することもできるが、水溶液として用いることが好ましく、この場合の凝集剤濃度は好ましくは30質量%以下であるのが好ましい。この濃度が30質量%が以下であると、凝集剤溶液の粘度が高くなりすぎることがないなど、扱いが容易となり、特に少量を分取する際に有利となることがある。凝集剤濃度を上げる必要があるなど、凝集剤を粉末として使用する必要がある場合には、水から凍結乾燥して得られた粉末を利用することが望ましい。
【0069】
ウイルス-カチオン性磁気微粒子の結合体を含む混合液とマスキング剤、凝集剤との混和方法としては、マグネチックスターラーによる撹拌、メカニカルスターラーによる撹拌、ボルテックスミキサーによる混和、タッピングによる混和、ピペッティングによる混和などが挙げられるが、特にこれらの操作に限定されない。
【0070】
撹拌に必要な時間は、撹拌方法にもよるが、ボルテックスミキサーを用いて1.5mLスクリューキャップチューブ内に存在する80μLの液を撹拌した場合、1000rpmで10秒以上、好ましくは20秒以上、より好ましくは30秒以上である。
【0071】
(磁性複合体分離工程)
磁性複合体形成工程で得られた磁性複合体の懸濁液からの磁性複合体の分離は、磁気分離により行う。分離工程は、室温で行ってもよいが、必要に応じて氷冷下で行ってもよい。
【0072】
本発明において、磁性複合体の磁気分離は、磁性複合体懸濁液を入れた容器の側面に磁石を配して行うのが望ましい。ここで、容器とは、エッペンドルフチューブ、スクリューキャップチューブ、PCRチューブなどが挙げられるが、特に限定はされない。また、ピペットのチップのような、液の出し入れが簡便にできる、底部に液抜き口のついた構造でもよい。本発明の他の実施形態として、磁性複合体懸濁液を入れた容器内に、磁石を直接、または磁石が懸濁液に触れないように被覆した構造物を液中に浸漬し、磁気回収してもよい。
【0073】
磁気回収は、磁気微粒子に由来する茶褐色着色が上澄液から確認できなくなった時点で終了とする。磁性複合体の懸濁液に対して、乾燥重量換算で0.06質量%の磁気微粒子が含まれている場合、磁気回収に必要な時間はおおよそ5分以内である。磁性複合体を含む液中に含まれる磁気微粒子の量をふやすことで、磁気回収に要する時間は短縮が可能である。また、磁気分離される距離を短くすることで、具体的には、幅の狭い容器に対して容器側面から磁石による磁気分離を行うことで、磁気回収に要する時間を短縮することができる。
【0074】
本発明の他の実施形態として、上記の底部に液の出し入れが可能な孔を有する容器を用いて、磁気分離を行いながら、液を抜き出すことにより、磁気分離と同時に上澄を除去することが可能である。
【0075】
なお、本発明において、凝集体の除去は上記のように、磁気分離を行いながら、上澄を除去してもよいし、また、凝集体のペレットを形成した後、ピペットなどを用いてペレットを吸い込まないように注意深く上澄の除去を行ってもよい。この時、上澄除去操作は磁気分離の条件のまま行うことが望ましく、上澄除去後、ペレットから漏れ出す液も除去することが望ましい。
【0076】
上記方法によりウイルスを含む磁性複合体(磁気ペレット)を回収することで、ウイルスを含む可能性のある液体からウイルスを分離できる。
【0077】
<ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法>
本発明は、上記ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法で回収されたペレット状の磁性複合体を用いてウイルスを検出する方法も提供する。
本発明に係るウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法は、
上記した磁性複合体に核酸分散液を加えてウイルスを分散させる工程(分散工程)と、
ウイルスの核酸を抽出する工程(核酸回収工程)と、
核酸増幅反応により前記核酸を増幅する工程(核酸増幅工程)と
を含む。
【0078】
(分散工程)
分散工程では、まず、上記したウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法により分離された磁性複合体に核酸分散液を加えてウイルスを分散させる。
【0079】
核酸分散液としては、公知または市販の検体処理試薬を使用することができる。例えば、グアニジン塩酸塩などのカオトロピック塩の水溶液等の試薬や、市販品で入手できるものとして、QIAamp Viral RNA Mini QIAcube Kit(QIAGEN社製商品名)に付属のBuffer AVL(QIAGEN社製商品名)、Ampdirect((株)島津製作所製商品名)等の試薬が挙げられる。
【0080】
分散処理では、ボルテックスミキサー、超音波等を用いて強く撹拌させるのが好ましい。
【0081】
(核酸回収工程)
次に、分散工程で得た分散液から、ウイルスの核酸を抽出する。ウイルスは、核酸が種類によって、カプシドと呼ばれるタンパク質の殻又はエンベロープというタンパク質と脂質の膜によって覆われた構造を有し、核酸回収工程においてこれらを破壊させて核酸を抽出する。核酸回収工程は既存のRNA抽出を行えばよく、例えば、QIAamp Viral RNA Mini QIAcube Kit(QIAGEN社製商品名)が用いられる。
【0082】
ウイルスに含まれる核酸としては、デオキシリボ核酸(DNA)およびリボ核酸(RNA)が挙げられ、いずれを抽出してもよい。
【0083】
(核酸増幅工程)
そして、核酸回収工程で得た核酸を核酸増幅反応により増幅させる。
核酸増幅方法としては、公知の方法により行うことができ、例えば、PCR法(Polymerase Chain Reaction)により検出することができる。
【0084】
上記によりウイルスを含む可能性のある液体からウイルスの検出ができ、この方法を利用することで当該液体におけるウイルスの有無を判定できるので、本発明では、上記ウイルスの検出方法を利用するウイルスを含む可能性のある液体におけるウイルスの有無を判定する試験方法も提供できる。
【0085】
以上のとおり、本明細書には次の構成が開示されている。
<1>ウイルスを含む可能性のある液体と水溶性のカチオン性磁気微粒子の水溶液とを混和し、混合液中で前記カチオン性磁気微粒子と前記ウイルスとの結合体を形成させる工程と、
前記混合液にマスキング剤及び凝集剤を加えて、前記結合体が凝集した磁性複合体を形成させる工程と、
磁気分離により前記磁性複合体を回収する工程と
を含み、
前記水溶性のカチオン性磁気微粒子は、カチオン性官能基を有する物質、水酸基を有する物質及び磁性を有する物質を含有し、
前記マスキング剤が、質量平均分子量5,000~100,000のポリ(メタ)アクリル酸であり、前記ポリ(メタ)アクリル酸を、前記混合液に濃度0.01~0.1質量%の範囲で加える、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<2>前記ウイルスが、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルス及びエンテロウイルスからなる群から選択される少なくとも一種である、前記<1>に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<3>前記ウイルスがSARS-CoV-2である、前記<1>又は<2>に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<4>前記磁性を有する物質が、マグネタイト、マグヘマイト、ヘマタイト、ゲーサイト及びラテックス磁気ビーズから選択される少なくとも一種である、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<5>前記磁性を有する物質の平均粒子径が、1~1000nmである、前記<1>~<4>のいずれか一つに記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<6>前記凝集剤が、主鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質、側鎖にポリアルキレングリコール構造を有する物質及び主鎖にポリグリセリン構造を有する物質からなる群から選ばれる少なくとも一種である、前記<1>~<5>のいずれか一つに記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法。
<7>前記<1>~<6>のいずれか一つに記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの分離方法により分離した磁性複合体に核酸分散液を加えてウイルスを分散させる工程と、
前記ウイルスの核酸を抽出する工程と、
核酸増幅反応により前記核酸を増幅する工程と
を含む、ウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法。
<8>前記<7>に記載のウイルスを含む可能性のある液体からのウイルスの検出方法を利用する、ウイルスを含む可能性のある液体におけるウイルスの有無を判定する試験方法。
【実施例0086】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0087】
(試験例1)
1.下水の採取
2021年9月13日から10月7日にかけて、日本国内の下水処理場の3つの処理系統から下水を3つずつ採取した。下水は滅菌済みポリエチレン容器に採取し、冷蔵で試験室に輸送し、4℃に維持した。
【0088】
2.サロゲートウイルスの播種
SARS-CoV-2を含むエンベロープウイルスのサロゲートであるシュードモナスファージφ6(Pseudomonas phage φ6)と非エンベロープウイルスのサロゲートであるコリファージMS2(Coliphage MS2)を使用した。シュードモナス・シリンガ(Pseudomonas syringae、NBRC14084、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE))を、シュードモナスファージφ6(NBRC 105899、NITE)の宿主株として使用した。また、コリファージMS2(ATCC 15597-B1)については、サルモネラティフィムリウムWG49(Salmonella typhimurium WG49)を宿主株として使用した。
シュードモナスファージφ6株およびコリファージMS2株の初期濃度は、それぞれ約1010PFU(プラーク形成単位)/mLおよび1011PFU/mLであった。シュードモナスファージφ6とコリファージMS2はそれぞれ、20倍希釈と200倍希釈したものを用いた。
【0089】
3.本発明の方法によるウイルス分離
50mLチューブに下水35mLを加え、シュードモナスファージφ6とコリファージMS2の前記希釈液を35μLずつ加え、ローテーター((株)ニチリョー製商品名)により30~40rpmで20~30分間ゆっくりと混合し、ウイルスを含んだ下水の状態を模倣した下水試料を得た。
【0090】
次に、1.80mLの、ポリエチレンイミン(PEI)で架橋したデキストラン被覆マグネタイト(DM)(DM-PEI)(6.5mg/mL)を下水試料に加え、最終濃度が0.25mg/mLとなるようにした。下水試料とDM-PEIの混合液は、チューブを軽く振って均一に混合した。
そこに、NaCl、ポリアクリル酸(PAAc)、ポリエチレングリコール(PEG)を、最終濃度が、NaClが0.1M、PAAcが0.021w/v%、0.042w/v%および0.084w/v%、PEGが6.4w/v%となるように加えて各調製液を作製した。なお、PAAcは、質量平均分子量5000(ポリアクリル酸5,000、富士フイルム和光純薬株式会社製商品名)及び25000(ポリアクリル酸25,000、富士フイルム和光純薬株式会社製商品名)のPAAc水溶液(1w/v%)を0.96~4.16mL添加し、最終濃度がそれぞれ0.021w/v%、0.042w/v%及び0.084w/v%となるように調整した。PEGは、50w/v%のPEG(PEG8000、シグマアルドリッチ社製商品名)を6mL加えた。
各調製液は、穏やかに振盪した後、5分間インキュベートし、DM-PEI複合体を形成させた。
【0091】
その後、DM-PEI複合体が入った50mLチューブをマグネチックセパレーターにセットし、10~20分程度静置して、DM-PEI複合体をマグネット部分に吸着させた。
その後、上清を除去し、滅菌水(MilliQ水、メルクミリポア(株)製商品名)300μLを加えて懸濁し、濃縮試料を得た。
【0092】
4.PEG沈殿法を用いたウイルス分離
「3.本発明の方法によるウイルス分離」で作製した下水試料を用い、下水試料40mLに4gのポリエチレングリコール(PEG8000、シグマアルドリッチ社製商品名)と2.35gのNaClを加え、最終濃度をそれぞれPEGは10w/v%、NaClは1.0Mに調整した。
この混合物をマグネチックスターラーで連続的に撹拌しながら、4℃で放置した。反応には一晩(約24時間)要した。その後、この混合液を10,000gで30分間遠心分離した。得られた上清を捨て、ペレットを500μLのリン酸緩衝生理食塩水で再懸濁し、濃縮試料を得た。
【0093】
5.RNA抽出
「3.本発明の方法によるウイルス分離」で得た濃縮試料を用いてRNA抽出を行った。
RNA抽出は、市販のRNA抽出キット(QIAamp Viral RNA Mini Kit、QIAGEN社製商品名)を用いて、プロトコルに従って実施した。
1.5mLチューブに濃縮試料140μLを入れ、10分間インキュベートした。その後、マグネチックセパレーターにセットし、10分間静置して、DM-PEI複合体をマグネット部分に吸着させた。
その後、上清を除去し、残ったペレットに560μLのBuffer AVL(ウイルス溶解バッファー)を添加し、10分間インキュベートした。その後、この懸濁液が入った1.5mLチューブをマグネチックセパレーターにセットし、10分間静置して、上清を回収した。上清からRNA抽出を行い、60μLのウイルスRNAを得た。
【0094】
なお、上記操作とは別に、Buffer AVLを添加する前にPAAcを添加した場合でのRNA抽出を行った。すなわち、1.5mLチューブに濃縮試料140μLを入れ、3μLのPAAc水溶液を加えて10分間インキュベートした後、マグネチックセパレーターにセットし、10分間静置して、DM-PEI複合体をマグネット部分に吸着させ、上清を除去し、残ったペレットにBuffer AVLを加えて処理した。
このとき、PAAc水溶液として質量平均分子量5000及び25000のPAAc水溶液(1w/v%)をそれぞれ用いた。
【0095】
6.RT-qPCR検出
上記で得た、PAAc水溶液を添加せずに抽出を行ったウイルスRNAを用いて、逆転写定量PCR(Reverse transcription-quantitative polymerase chain reaction(RT-qPCR))を行った。
30μLのウイルスRNAを、市販のcDNA合成キット(High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製商品名)を用いて、プロトコルに従って逆転写し、60μLのcDNAを得た。
CDC-N1およびCDC-N2アッセイ(疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention),2020)を、SARS-CoV-2 RNAを標的としたqPCRアッセイとして組み合わせて使用し、試料中の検出量を増加させた。
シュードモナスファージφ6とコリファージMS2に加え、下水中に最も多く存在するウイルスであるトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)をRT-qPCRで測定した。
【0096】
qPCRでは、2.5μLのcDNAを、12.5μLのプローブ検出専用試薬(Probe qPCR Mix,with UNG、タカラバイオ(株)製商品名)、0.1μLずつのフォワードプライマーとリバースプライマー(100μM)、0.05μLのプローブ(100μM)及び残部のPCR用水を含むqPCR混合液22.5μLに混合し、qPCRを行った。
qPCRの加熱条件は、以下のとおりに行った。
(加熱条件)
25℃、10分の初期インキュベーションと95℃、30秒の変性、
95℃、5秒の変性と、60℃、30秒のプライマーアニーリングと伸長反応(CDC-N1及びN2とシュードモナスファージφ6)または60℃、60秒のプライマーアニーリングと伸長反応(PMMoV)を45サイクル、
なお、コリファージMS2については、56℃、60秒でプライマーアニーリングと伸長反応を行った。
【0097】
gBlocks Gene Fragments(インテグレーテッド ディーエヌエー テクノロジーズ(株)製商品名)(以下略してgBlockという)を使用し、10倍連続希釈(濃度:5.0×100~5×105copies/reaction)して標準曲線を作成した。
試薬の汚染がないことを確認するために、すべてのqPCR実行にネガティブコントロールも含めた。標準品とネガティブコントロールを含むすべての試料について2回行った。閾値サイクル(Ct)値が40以上を陰性とした。
【0098】
結果を表1~3に示す。
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
(結果)
表1に示すように、ウイルス分離において質量平均分子量25000のPAAcを用いた場合、質量平均分子量5000のPAAcを用いた場合に比べてSARS-CoV-2の検出が良好であった。
また、表2に示すように、RNA抽出(ウイルス検出)においてPAAcを添加するとSARS-CoV-2の検出感度が低下したことから、ウイルス分離とRNA抽出の両方でPAAcを添加すると、何らかの拮抗作用があることが示唆された。
そして、表3に示すように、ウイルス分離において質量平均分子量25000のPAAcを0.042w/v%の濃度で添加した場合、qPCRで100%(16/16)の陽性ウェル数が得られ、下水試料中のSARS-CoV-2の検出に最も適していることがわかった。
これらの結果から、ウイルスを分離する際に、質量平均分子量25000のPAAc水溶液を濃度0.042w/v%で添加することが最適条件であることがわかった。
【0103】
(試験例2)
下水には常在SARS-CoV-2が少ないため、シュードモナスファージφ6とコリファージMS2、および下水のPMMoV濃度をいくつかの時間軸で算出し、マグネチックセパレーター内でのウイルス複合体と磁石との反応時間を最適化した。
上記「3.本発明の方法によるウイルス分離」で作製したPAAcの最終濃度が0.042w/v%の調製液を用い、これを穏やかに振盪した後、5分間インキュベートし、DM-PEI複合体を形成させた。
その後、DM-PEI複合体が入った50mLチューブをマグネチックセパレーターにセットし、反応時間が10分、20分、30分、60分経過するごとに液相部分のサンプルを1mL回収した。
各反応時間における回収液中のサンプルのシュードモナスファージφ6、コリファージMS2及びPMMoVの濃度を、RT-qPCRを用いて測定した。結果を
図1に示す。
【0104】
図1に示すように、最初の10~20分ですでに複合体が磁石に付着していることがわかった。さらに、液相部分のウイルス濃度(ウイルス損失としてカウント)は、
図1の水平な直線で示される固相部分で回収されたウイルス濃度と比較してわずかであった(1%未満)。
この方法で行うことで、ウイルス分離にかかる時間を短縮(最大30分)できることがわかった。
【0105】
(試験例3:実施例1、比較例1)
下水からのSARS-CoV-2 RNAの検出を行った。検出は、本発明の方法による検出(実施例1)とPEG沈殿法による方法(比較例1)とで行い、比較した。
【0106】
1.下水の採取
2021年9月13日から10月7日の間の6日間において、日本国内の下水処理場の処理系統から下水を採取した。下水は滅菌済みポリエチレン容器に採取し、冷蔵で試験室に輸送し、4℃に維持した。
【0107】
2.本発明の方法によるウイルス分離(実施例1)
50mLチューブに下水35mLを加え、続けて1.8mLのDM-PEI(6.5mg/mL)を加え、チューブを軽く振って均一に混合した。最終濃度は0.25mg/mLであった。
そこに、2MのNaCl水溶液2.04mL、質量平均分子量25,000のPAAc水溶液(1w/v%)1.96mL、50w/v%のPEG(PEG8000、シグマアルドリッチ社製商品名)6.0mLを加えて調製液を作製した。最終濃度は、NaClが0.1M、PAAcが0.042w/v%、PEGが6.4w/v%であった。
調製液は、穏やかに振盪した後、5分間インキュベートし、DM-PEI複合体を形成させた。
その後、DM-PEI複合体が入った50mLチューブをマグネチックセパレーターにセットし、20分間静置して、DM-PEI複合体をマグネット部分に吸着させた。
その後、上清を除去し、滅菌水(MilliQ水、メルクミリポア(株)製商品名)300μLを加えて懸濁し、濃縮試料を得た。
【0108】
3.PEG沈殿法を用いたウイルス分離(比較例1)
下水40mLに4gのポリエチレングリコール(PEG8000、シグマアルドリッチ社製商品名)と2.35gのNaClを加え、最終濃度をそれぞれ10w/v%と1.0Mに調整した。
この混合物をマグネチックスターラーで連続的に撹拌しながら、4℃で12時間放置した。その後、この混合液を10,000gで30分間遠心分離した。得られた上清を捨て、ペレットを500μLのリン酸緩衝生理食塩水で再懸濁し、濃縮試料を得た。
【0109】
4.RNA抽出
実施例1と比較例1の濃縮試料を用いてRNA抽出を行った。
RNA抽出は、市販のRNA抽出キット(QIAamp Viral RNA Mini Kit、QIAGEN社製商品名)を用いて、プロトコルに従って実施した。
実施例1の濃縮試料については、1.5mLチューブに濃縮試料140μLを入れ、10分間インキュベートした。その後、マグネチックセパレーターにセットし、10分間静置して、DM-PEI複合体をマグネット部分に吸着させた。
その後、上清を除去し、残ったペレットに560μLのBuffer AVL(ウイルス溶解バッファー)を添加し、10分間インキュベートした。その後、この懸濁液が入った1.5mLチューブをマグネチックセパレーターにセットし、10分間静置して、上清を回収した。上清からRNA抽出を行い、60μLのウイルスRNAを得た。
比較例1の濃縮試料については、濃縮試料140μLを分取し、市販のRNA抽出キット(QIAamp Viral RNA Mini Kit、QIAGEN社製商品名)を用いてプロトコルに従ってRNA抽出を実施し、60μLのウイルスRNAを得た。
【0110】
5.RT-qPCR検出
上記で得たウイルスRNAを用いて、逆転写定量PCR(RT-qPCR)を行った。
30μLのウイルスRNAを、市販のcDNA合成キット(High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kit、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製商品名)を用いて、プロトコルに従って逆転写し、60μLのcDNAを得た。
CDC-N1およびCDC-N2アッセイ(疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention),2020)を、SARS-CoV-2 RNAを標的としたqPCRアッセイとして組み合わせて使用し、試料中の検出量を増加させた。
シュードモナスファージφ6とコリファージMS2に加え、下水中に最も多く存在するウイルスであるトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)をRT-qPCRで測定した。
【0111】
qPCRでは、2.5μLのcDNAを、12.5μLのプローブ検出専用試薬(Probe qPCR Mix, with UNG、タカラバイオ(株)製商品名)、0.1μLずつのフォワードプライマーとリバースプライマー(100μM)、0.05μLのプローブ(100μM)及び残部のPCR用水を含むqPCR混合液22.5μLに混合し、qPCRを行った。
qPCRの加熱条件は、以下のとおりとした。
(加熱条件)
25℃、10分の初期インキュベーションと95℃、30秒の変性、
95℃、5秒の変性と、60℃、30秒のプライマーアニーリングと伸長反応(CDC-N1及びN2とシュードモナスファージφ6)または60℃、60秒のプライマーアニーリングと伸長反応(PMMoV)を45サイクル、
なお、コリファージMS2については、56℃、60秒でプライマーアニーリングと伸長反応を行った。
【0112】
gBlocks Gene Fragments(インテグレーテッド ディーエヌエー テクノロジーズ(株)製商品名)を使用し、10倍連続希釈(濃度:5.0×100~5×105copies/reaction)して標準曲線を作成した。
試薬の汚染がないことを確認するために、すべてのqPCR実行にネガティブコントロールも含めた。標準品とネガティブコントロールを含むすべての試料について2回行った。閾値サイクル(Ct)値が40以上を陰性とした。
【0113】
結果を表4に示す。
【0114】
【0115】
表4からわかるとおり、実施例1ではSARS-CoV-2の検出に成功し、今回の下水に、一定濃度以上のSARS-CoV-2が存在していると仮定した場合の検出割合は44%であった。比較例1の結果が56%であり、わずかに良好であったが、本発明の方法は、PEG沈殿法に対して劣らない性能を有していることを意味している。
検体処理に要する時間は、比較例1の12時間以上に対して、実施例1では約30分と短時間であるため、本発明の方法により効率的にウイルス分離ができた。