(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023167028
(43)【公開日】2023-11-24
(54)【発明の名称】細線型サーミスタ温度感知素子
(51)【国際特許分類】
G01K 7/22 20060101AFI20231116BHJP
【FI】
G01K7/22 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077833
(22)【出願日】2022-05-11
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】中島 智彦
(72)【発明者】
【氏名】土屋 哲男
【テーマコード(参考)】
2F056
【Fターム(参考)】
2F056QF01
2F056QF10
(57)【要約】
【課題】微小な測定対象物の温度測定が高い応答性でできる細線型温度感知素子を提供する。
【解決手段】細線型サーミスタ温度感知素子10は、絶縁性を備え、直径200μm以下の線状基材12と、線状基材12の表面に隙間20を形成して設けられ、それぞれの厚さが線状基材12の直径より小さい第一導電層14および第二導電層16と、第一導電層14の一部、隙間20、および第二導電層16の一部に渡って覆うように設けられ、第一導電層14と第二導電層16の間の電気抵抗値が5MΩ以下で、厚さが線状基材12の直径より小さいサーミスタ膜18を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性を備え、直径200μm以下の線状基材と、
前記線状基材の表面に隙間を形成して設けられ、それぞれの厚さが前記線状基材の直径より小さい第一導電層および第二導電層と、
前記第一導電層の一部、前記隙間、および前記第二導電層の一部を覆うように設けられ、前記第一導電層と前記第二導電層の間の電気抵抗値が5MΩ以下で、厚さが前記線状基材の直径より小さいサーミスタ膜と、
を有する細線型サーミスタ温度感知素子。
【請求項2】
表面に導電体を備え、直径200μm以下の線状基材と、
前記導電体と電気的に接続されるように前記線状基材の一方の端部を覆い、厚さが前記線状基材の直径より小さいサーミスタ膜と、
前記端部を覆っている部分の前記サーミスタ膜をさらに覆い、厚さが前記線状基材の直径より小さい導電層と、
前記導電体と前記導電層を電気的に絶縁し、厚さが前記線状基材の直径より小さい絶縁層と、
を有し、
前記導電体と前記導電層の間の前記サーミスタ膜の電気抵抗値が5MΩ以下である細線型サーミスタ温度感知素子。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記サーミスタ膜の厚さが1μm以上3μm以下である細線型サーミスタ温度感知素子。
【請求項4】
請求項3において、
前記サーミスタ膜の昇温時および降温時の熱時定数がいずれも200ms以下である細線型サーミスタ温度感知素子。
【請求項5】
請求項3において、
前記線状基材の熱容量が25μJ/K以下である細線型サーミスタ温度感知素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、細線形状で応答性に優れているサーミスタ温度感知素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、サーミスタ素子は、高感度と高速応答の需要に加え、ウェアラブル端末等の屈曲性を備えるデバイスに組み込む用途展開が期待されている。高感度化と高速応答化にはサーミスタ膜を薄くする必要があり、薄膜サーミスタの開発が盛んに行われている。さらに、局所的な温度測定ができ、測定対象物の温度に影響しない微細形状を備えるサーミスタ素子の必要性が出てきている。このようなサーミスタ素子によれば、例えば医療用途では、血管カテーテル内の血流温度のモニタ、および微小細胞の温度変化の測定が可能になる。
【0003】
サーミスタ素子の微細化には、熱拡散に影響を与える基材の微小化が必要である。狭所内への挿入を鑑みれば、サーミスタ薄膜を形成する基材は、細線形状を備えていることが望ましい。また、狭所内の温度測定には、高感度で応答性に優れるサーミスタ素子の利用が適している。さらに、様々な表面形状を有する温度測定対象物に対応するため、サーミスタ薄膜を形成する基材は、形状自由度を有するフレキシブル材料であることが好ましい。これらの条件を満たす基材は有機基材または金属基材である。しかし、セラミック材料であるサーミスタ膜を作製するためには、一般に500℃を超える高温プロセスが必要であるため、耐熱性が低いフレキシブル基材にサーミスタ膜を形成するのは容易ではない。
【0004】
この問題に対応するため、フレキシブル性を備えるフィルム基材上にサーミスタ膜を形成する手法の開発が進められてきた(特許文献1および非特許文献1)。特許文献1には、塗布法によって形成した前駆体膜を光照射によって結晶化させて、有機基板上にサーミスタ材料を製膜する方法が開示されている。また、非特許文献1では、厚さ5μmの薄型ポリイミドシート上に、セラミックサーミスタ膜を形成している。このように、低温製膜技術の向上によって、シート状の基材に、セラミックであるサーミスタ材料を製膜できるようになってきている。
【0005】
しかしながら、特許文献1と非特許文献1の薄膜サーミスタ素子の形状はシート状である。厚さ5μmであっても、シート状基材自体の熱拡散のため、局所計測に対する再現性が極めて高く要求される高速計測では、特許文献1と非特許文献1の薄膜サーミスタ素子は不向きである。例えば、サーミスタ薄膜の直上からの加温によって、サーミスタ薄膜の昇温プロファイルに十分な速さで応答できても、熱源を離したときの降温プロファイルには遅れが生じる。すなわち、サーミスタ基材自体の熱拡散が、この降温プロファイルの遅れの原因となっている。
【0006】
数mm以下の大きさの微小な温度測定対象物では、真の温度変化を計測するために、さらなる基材の微細化が必要である。サーミスタ基材の熱影響を最小化するためには、基材を細線形状とすることが有効である。特許文献2および特許文献3に記載されているように、現在利用できる細線型温度感知素子は、金属ワイヤに既存のチップサーミスタを実装したものである。このため、感知素子部の大きさが0.5mm以上となってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6529023号公報
【特許文献2】特開平1-53485号公報
【特許文献3】特開昭63-46701号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ACS Appl. Mater. Interfaces 12 (2020) 36600.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願は、このような事情に鑑みてなされたものであり、微小な測定対象物の温度測定が高い応答性でできる細線型温度感知素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、樹脂細線に一対の金属電極を設け、これらの電極間に適切な粒子径の酸化物ナノ粒子が分散されたサーミスタ前駆体分散液を塗布し、サーミスタ膜を形成して得た素子が、細線型温度感知素子として機能することを見出した。
【0011】
本願のある態様の細線型サーミスタ温度感知素子は、絶縁性を備え、直径200μm以下の線状基材と、線状基材の表面に隙間を形成して設けられ、それぞれの厚さが線状基材の直径より小さい第一導電層および第二導電層と、第一導電層の一部、隙間、および第二導電層の一部を覆うように設けられ、第一導電層と第二導電層の間の電気抵抗値が5MΩ以下で、厚さが線状基材の直径より小さいサーミスタ膜を有する。
【0012】
本願の他の態様の細線型サーミスタ温度感知素子は、表面に導電体を備え、直径200μm以下の線状基材と、導電体と電気的に接続されるように線状基材の一方の端部を覆い、厚さが線状基材の直径より小さいサーミスタ膜と、端部を覆っている部分のサーミスタ膜をさらに覆い、厚さが線状基材の直径より小さい導電層と、導電体と導電層を電気的に絶縁し、厚さが線状基材の直径より小さい絶縁層を有し、導電体と導電層の間のサーミスタ膜の電気抵抗値が5MΩ以下である。
【発明の効果】
【0013】
本願の細線型サーミスタ温度感知素子によれば、微小な測定対象物の温度変化を抑え、高速応答で高精度の温度測定ができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第一実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子の長さ方向に沿った中央断面図。
【
図2】第一実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子の長さ方向と垂直な3か所の切断部端面図。
【
図3】第二実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子の長さ方向に沿った中央断面図。
【
図4】第二実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子の長さ方向と垂直な3か所の切断部端面図。
【
図5】実施例1のサーミスタ前駆体分散液に含まれる酸化物ナノ粒子の粒度分布図。(a)は粒子数で、(b)は体積分率で、酸化物ナノ粒子の粒度分布量を表している。
【
図6】実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子の外観画像。
【
図7】実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気抵抗値の温度変化を示すグラフ。
【
図8】実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の熱時定数測定時の温度変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、本願の細線型サーミスタ温度感知素子について、各実施形態と実施例に基づいて説明する。なお、図面上の細線型サーミスタ温度感知素子とその構成部材およびその周辺部材は、構造を模式的に表したものであるから、実物の寸法および寸法比と必ずしも一致していない。また、同一部材には同一符号を付与することがある。さらに、第二実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子の説明では、第一実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子と重複する説明を適宜省略する。
【0016】
(第一実施形態)
図1は、本願の第一実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子10の長さ方向に沿った中央断面を模式的に示している。
図2は、細線型サーミスタ温度感知素子10の長さ方向と垂直な3か所の断面を模式的に示している。すなわち、
図2(a)は
図1のA-A線切断部端面を、
図2(b)は
図1のB-B線切断部端面を、
図2(c)は
図1のC-C線切断部端面をそれぞれ示している。細線型サーミスタ温度感知素子10は、線状基材12と、第一導電層14と、第二導電層16と、サーミスタ膜18を備えている。線状基材12は絶縁性を備えている。「絶縁性」とは、第一導電層14と第二導電層16との間のサーミスタ膜18の比抵抗測定に影響を与えないような十分に高い比抵抗をいう。このような比抵抗としては、例えば10
12Ω・cm以上が挙げられる。
【0017】
線状基材12は、長さ方向と垂直な断面がほぼ円形の細長い線状部材であって、例えば樹脂から構成されている。線状基材12には、耐熱温度が、すなわち軟化点が200℃以下で、柔軟性を備える線状基材を用いることができる。柔軟性を備える線状基材としては、アラミド等の樹脂線材およびパルプ線材などが挙げられる。また、細線型サーミスタ温度感知素子10の高速応答実現の観点から、線状基材12の直径は200μm以下である。線状基材12の直径は20μm以下であることがより好ましい。線状基材の直径は、線状基材の長さ方向と垂直な断面が全て収まる最小円の直径をいう。
【0018】
細線型サーミスタ温度感知素子の「高速応答」とは、サーミスタ膜の表面が40℃から45℃に昇温するときと、45℃から40℃に降温するときの熱時定数が、いずれも500ms(ミリ秒)以下であることをいう。これらの熱時定数は、200ms以下であることがより好ましい。細線型サーミスタ温度感知素子10の高速応答実現のためには、サーミスタ膜を薄くする、またはサーミスタ膜の電気抵抗値を小さくする。
【0019】
昇温時の熱時定数は、室温にて、細線型サーミスタ温度感知素子10の黒色のサーミスタ膜18の表面に40℃~45℃となるような強度で紫外線LEDを照射し、サーミスタ膜18が示す抵抗値から算出される温度が、照射開始時の値から昇温して安定したときの値までの変化量の63.2%だけ上昇するのに要した時間である。また、降温時の熱時定数は、サーミスタ膜18の表面が40℃~45℃のときに紫外線LEDの照射を停止し、この停止時の温度から室温までの温度変化量の63.2%だけ降温するのに要した時間である。
【0020】
サーミスタ膜18の比抵抗は、定電流を通電しながら、デジタルマルチメーターまたはオシロスコープなどで電圧を測定して算出する。なお、紫外線LEDの光強度は、サーミスタ膜の熱時定数より十分に小さい時間で、例えば1μs以下で最高強度に達することが必要である。後述する実施例では、紫外線LEDの光強度の最高強度到達時間がこの条件を満たしている。
【0021】
細線型サーミスタ温度感知素子10の高速応答性は、線状基材12の熱伝導率および熱容量などの熱伝導特性にも依存する。例えば、アラミドなどの芳香族ポリアミド系樹脂から構成され、直径15μmの線状基材12が用いられ、サーミスタ膜18の厚さが数μmである細線型サーミスタ温度感知素子10では、上記の昇温時および降温時の熱時定数がいずれも110ms程度の高速応答が可能となる。直径200μm以下の線状基材12での細線型サーミスタ温度感知素子10の高速応答実現の観点から、線状基材12の熱容量は、25μJ/K以下であることが好ましく、20μJ/K以下であることがより好ましい。
【0022】
第一導電層14と第二導電層16は、
図1に示すように、線状基材12の表面に隙間20を形成して設けられている。より具体的には、隙間20を設けて、それぞれ筒状の第一導電層14と第二導電層16が、線状基材12の表面を覆っている。第一導電層14と第二導電層16は、例えば、線状基材12の表面のうち、長さ方向に沿って分割した半分の面に、隙間20が形成できるようにマスクを介して一対の金属膜を形成し、これと同様にして反対側の半分の面にも一対の金属膜を形成して得られる。第一導電層14と第二導電層16は、導電性の材料から、典型的には金属から構成されており、細線型サーミスタ温度感知素子10の一対の電極として機能する。「導電性」とは、10
-3Ω・cm以下の比抵抗をいう。
【0023】
第一導電層14および第二導電層16の厚さt1は、線状基材12の直径dより小さい。このため、細線型サーミスタ温度感知素子10が細くでき、高速応答の細線型サーミスタ温度感知素子10が得られる。例えば、線状基材12が直径15μmのアラミド樹脂繊維である場合、Agナノ粒子インクなどの導電性インクを用いて薄い金属膜を作製することによって、第一導電層14と第二導電層16が形成できる。この金属膜が薄すぎて電気抵抗値が十分に下がらないときには、この金属膜に厚さ10μm以下のNiめっきを施せば、第一導電層14と第二導電層16の電気抵抗値が十分低くなる。
【0024】
サーミスタ膜18は、
図1に示すように、第一導電層14の隙間20側の一部、隙間20、および第二導電層16の隙間20側の一部を覆うように設けられている。より具体的には、隙間20の両端から少しはみ出て、第一導電層14および第二導電層16の一部を覆うように、サーミスタ膜18が円筒状に設けられている。サーミスタ膜18の厚さt2は、線状基材12の直径dより小さい。このため、細線型サーミスタ温度感知素子10が細くでき、高速応答の細線型サーミスタ温度感知素子10が得られる。
【0025】
細線型サーミスタ温度感知素子10の高速応答実現の観点から、第一導電層14と第二導電層16の間のサーミスタ膜18の電気抵抗値rは5MΩ以下である。電気抵抗値rは3MΩ以下であることがより好ましい。電気抵抗値rは、第一導電層14と第二導電層16の距離Lと、サーミスタ膜18の材料の電気抵抗率ρを用いた以下の式で算出できる。この算出値は、デジタルマルチメーターによる測定値(第二実施形態でも同じ)とほぼ一致する。
r=ρL/[π{(t2+d/2)2-(d/2)2}]
【0026】
サーミスタ膜18は、隙間20を含む製膜部位に、サーミスタ膜18の前駆体であり、酸化物ナノ粒子を含有する分散液(以下「サーミスタ前駆体分散液」と記載することがある)を塗布してサーミスタ前駆体膜を形成し、このサーミスタ前駆体膜を適温で乾燥させることによって得られる。線状基材12が樹脂製の場合、温度200℃~250℃でサーミスタ前駆体膜を乾燥することが好ましい。また、細線型サーミスタ温度感知素子10では、サーミスタ膜18とは別に、保護膜または反射防止膜などの機能を有するセラミック薄膜等が、線状基材12またはサーミスタ膜18の表面に形成されていてもよい。
【0027】
サーミスタ前駆体分散液は、酸化物材料の湿式粉砕法によって得られる。より具体的には、固相反応法によって得られる酸化物のバルクセラミックスを、アルコール、トルエン、もしくはキシレンなどの有機溶剤または水に入れ、ビーズミルなどの粉砕法によってサーミスタ前駆体分散液を作製する。なお、サーミスタ膜18の組成に対応するゾルゲルまたは金属有機酸塩溶液などを、酸化物のバルクセラミックスの粉砕前または粉砕後に添加してもよい。
【0028】
サーミスタ前駆体分散液中の酸化物ナノ粒子は、サーミスタ膜18となったときに、電気抵抗値が低くなるような物質が採用できる。このような酸化物としては、Ni、Cu、Co、Mn、またはFeなどを含有する酸化物が挙げられる。具体的には、化学式Mn3-(a+b+c+d)CoaNibCucFedO4(0≦a+b+c+d<3、0≦d<0.90)で表されるスピネル構造の酸化物ナノ粒子、ならびに化学式RjBakLamSrnCapMn2-qNiqO5+r(RはLa、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、およびYの中から選択される一つ以上、j+k+m+n+p=1、0≦q≦1、0≦r≦1)で表されるペロブスカイト構造の酸化物ナノ粒子が挙げられる。
【0029】
サーミスタ前駆体分散液を塗布する方法には特に制限がなく、ジェットディスペンサ法、インクジェット法、およびメカニカルディスペンサー法などの方法が採用できる。サーミスタ膜18の割れなどを防止するため、サーミスタ前駆体膜の厚さを1μm以上3μm以下にすることが好ましい。また、サーミスタ前駆体分散液中の酸化物ナノ粒子の粒子径、またはサーミスタ前駆体分散液の反応性によっては、適温乾燥だけでは、サーミスタ膜18の電気抵抗値が高くなる場合がある。この場合、サーミスタ前駆体分散液に金属有機化合物溶液を混合すること、または乾燥後のサーミスタ膜にパルスレーザーを照射することによって、サーミスタ膜18の電気抵抗値が下げられる。
【0030】
すなわち、適温乾燥後にサーミスタ膜18の電気抵抗値が十分に下がらない場合には、波長400nm以下のパルス紫外レーザー照射によるサーミスタ膜18のさらなる結晶化促進によって、サーミスタ膜18の電気抵抗値を低下できる。このときのレーザー照射のフルエンスは、サーミスタ膜18の膜厚に応じて、10mJ/cm2~70mJ/cm2であることが好ましい。また、第一照射工程として10~45mJ/cm2の光を照射し、第二照射工程として70mJ/cm2までの光照射を行うと、サーミスタ膜18の緻密性向上に寄与することがある。
【0031】
なお、サーミスタ前駆体膜の粒子間空孔を小さくし、乾燥後のサーミスタ膜18の電気抵抗値を低くする観点、およびパルスレーザー照射時の過度の加熱を抑えて、均一なサーミスタ膜18を作製する観点から、サーミスタ前駆体分散液の酸化物ナノ粒子の粒子径は1μm以下であることが好ましい。「粒子径」とは、粒子直径に対する体積分率の最大値を意味し、分散液を任意基材へ滴下乾燥し、5万倍の電子顕微鏡写真を画像解析することにより得られる。例えばImageJなどの解析ソフトを利用することができる。
【0032】
細線型サーミスタ温度感知素子10では、第一導電層14と第二導電層16の間の、すなわち線状基材12の長さ方向に沿ったサーミスタ膜18の電気抵抗値を読み取り、その電気抵抗値に対応したサーミスタ膜18の表面温度を算出する。細線型サーミスタ温度感知素子10は、例えば太さ1mm程度の一般的な血管カテーテル内へ挿入することによって、これまでより正確に血流の温度変化を把握できる。隙間20の幅は、サーミスタ膜18の材料の電気抵抗値に応じて適宜変更することができる。例えば、線状基材12の直径が20μm以下でサーミスタ膜18の電気抵抗値が高くなる場合には、隙間20の幅を100μm以下にすることが好ましい。
【0033】
細線型サーミスタ温度感知素子10の直径を10μm程度まで微小化すれば、これまでにない毛細血管レベルの血管に対応し得る次世代の微細血管カテーテル内に実装でき、精緻な生体モニタリングが可能となる。また、細線型サーミスタ温度感知素子10は、大きさ10μm~20μmの細胞表面の温度測定など、これまでにないサーミスタ型温度プローバーとしての利用が期待できる。さらに、軽量小型で安価な有機材料が線状基材12に使用できるため、細線型サーミスタ温度感知素子10は、様々なデバイス中で利用することが可能である。
【0034】
(第二実施形態)
図3は、本願の第二実施形態の細線型サーミスタ温度感知素子30の長さ方向に沿った中央断面を模式的に示している。
図4は、細線型サーミスタ温度感知素子30の長さ方向と垂直な3か所の断面を模式的に示している。すなわち、
図4(a)は
図3のA-A線切断部端面を、
図4(b)は
図3のB-B線切断部端面を、
図4(c)は
図3のC-C線切断部端面をそれぞれ示している。細線型サーミスタ温度感知素子30は、線状基材32と、サーミスタ膜38と、絶縁層40と、導電層42を備えている。
【0035】
細線型サーミスタ温度感知素子30は、例えば、線状基材32の一方の端部32cにサーミスタ膜38を形成し、端部32cと反対側のサーミスタ膜38の一部を覆うように、線状基材32の導電体の部位である導電膜32bの表面に絶縁層40を形成し、絶縁層40の端部32c側の一部とサーミスタ膜38を覆うように導電層42を形成して得られる。耐久性向上のため、細線型サーミスタ温度感知素子30は、表面に薄い絶縁性保護膜を備えていてもよい。
【0036】
線状基材32は、長さ方向と垂直な断面がほぼ円形の細長い線状部材である。線状基材32の直径は200μm以下である。線状基材32の直径は20μm以下であることがより好ましい。線状基材32は表面に導電体を備えている。導電体は導電性を備える物質である。なお、線状基材32の表面の全部が導電体ではなく、表面の一部が導電体であってもよい。表面の全部が導電体である線状基材32としては、例えばチタン、金、または銅などの金属細線のように導電体から構成される基材、および絶縁性線材の表面全体が導電体で被覆されている基材が挙げられる。
【0037】
本実施形態では、線状基材32は、絶縁性の線材32aと、線材32aの表面の一部に形成された導電体である導電膜32bを備えている。線材32aとしては、耐熱温度が、すなわち軟化点が200℃以下で、柔軟性を備える線状、例えばアラミド等の樹脂線材およびパルプ線材が挙げられる。線状基材32は、第一実施形態で線状基材12の表面に第一導電層14または第二導電層16を形成した方法と同様にして、線材32aの表面に導電膜32bを形成して得られる。
【0038】
図3に示すように、サーミスタ膜38は、導電膜32bと電気的に接続されるように、線状基材32の一方の端部32cを覆っている。サーミスタ膜38の厚さT1は、線状基材12の直径Dより小さい。本実施形態では、サーミスタ膜38の厚さは、線状基材32の側面付近および端面32c付近などに形成された各部位での厚さの最大値である。サーミスタ膜38は、第一実施形態と同様の方法で形成できる。なお、線状基材32が金属細線である場合、サーミスタ前駆体膜の乾燥温度を500℃程度にできる。
【0039】
絶縁層40は絶縁性を備えている。絶縁層40は、導電体32bと導電層42を電気的に絶縁する。絶縁層40の厚さT3は、線状基材12の直径Dより小さい。絶縁層40は、電着法によるポリイミド系樹脂コーティングによって、導電体32bとサーミスタ膜38の表面の一部に形成することが好ましい。このとき、端部32cを覆っている部分のサーミスタ膜38aにアクリル系樹脂をコートし絶縁化してから電着すれば、導電体32bとサーミスタ膜38の表面の一部が絶縁層40で覆われる。その後、アセトンなどの有機溶剤で、このアクリル系樹脂を溶解除去する。
【0040】
導電層42は、端部32cを覆っている部分のサーミスタ膜38aをさらに覆っている。導電層42の厚さT2は、線状基材12の直径Dより小さい。本実施形態では、導電層42の厚さは、線状基材32の側面付近および端面32c付近などに形成された各部位での厚さの最大値である。導電層42は、第一実施形態で線状基材12の表面に第一導電層14または第二導電層16を形成した方法と同様にして得られる。細線型サーミスタ温度感知素子30では、導電体32bと導電層42の間のサーミスタ膜38の電気抵抗値を読み取り、その電気抵抗値に対応したサーミスタ膜38の表面温度を算出する。このサーミスタ膜38の表面温度は、サーミスタ膜38を覆っている導電層42の直上の温度とほぼ同じである。
【0041】
導電体32bと導電層42の間のサーミスタ膜38の電気抵抗値Rは5MΩ以下である。この電気抵抗値Rは、導電体32bの任意の点と導電層42の任意の点の間のサーミスタ膜38の電気抵抗値のうち、最小値をいう。この電気抵抗値Rは3MΩ以下であることがより好ましい。この電気抵抗値Rは、導電膜32bの厚さT4と、絶縁層40から端部32c方向に飛び出しているサーミスタ膜38の長さLと、サーミスタ膜38の材料の電気抵抗率ρを用いた以下の式で、あらかじめ算出できる。この算出値は測定値とほぼ一致する。
R=ρT1/{π(T4+D/2)2L}
【実施例0042】
以下、実施例および比較例により本願の発明をさらに詳細に説明する。本願の発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
まず、直径15μmのアラミド樹脂細線(帝人製Technola(以下同じ))の細線基材表面の半面に、隙間が25μmとなるように、Agナノ粒子(ハリマ化成製NPS-J(以下同じ))を塗布し、200℃で乾燥、焼結して一対のAg薄膜を形成した。そして、硫酸ニッケル水溶液中で、これらのAg薄膜上に1.5VでNiめっきを施し、第一導電層および第二導電層を作製した。第一導電層および第二導電層の厚さは数μmで、明らかに15μm未満であった。
【0044】
つぎに、Mn:Co:Ni:Cuの物質量比(いわゆるモル比)が1.4:0.9:0.5:0.2となるようにMnCO3、CoO、NiO、およびCuOを混合した後、950℃と1150℃の二段階で焼成する固相反応法によって焼成体Mn1.4Co0.9Ni0.5Cu0.2O4を合成した。そして、この焼成体を乾式粉砕して粉体を得た。つぎに、Mn:Co:Ni:Cuの物質量比が1.4:0.9:0.5:0.2であるMn、Co、Ni、およびCuの各有機酸塩が含まれるトルエン溶液にこの粉体を加え、ビーズミルで混合粉砕して酸化物ナノ粒子Mn1.4Co0.9Ni0.5Cu0.2O4を含有するサーミスタ前駆体分散液を得た。
【0045】
図5は、このサーミスタ前駆体分散液に含まれる酸化物ナノ粒子の粒度分布を示している。粒子径は20nm~250nmの範囲で分布していた。
図5(a)に示すように、粒子径39nmのときに粒子数が極大となった。また、
図5(b)に示すように、粒子径96nmのときに体積分率が極大となり、概ね粒子径100nm以下の粒子を中心として含むサーミスタ前駆体分散液が得られたことを確認した。
【0046】
ジェットディスペンサを用いて、上記の隙間にこのサーミスタ前駆体分散液を塗布し、200℃で乾燥した。つぎに室温で、この酸化物ナノ粒子分散液部に、30mJ/cm2のフルエンスでKrFエキシマレーザー光を100パルス照射し、さらに45mJ/cm2のフルエンスでKrFエキシマレーザー光を200パルス照射した。細線基材表面の残りの半面にも同様の処理を施し、第一実施形態に相当する実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子を得た。サーミスタ膜の厚さは数μmで、明らかに15μm未満であった。
【0047】
図6は、この細線型サーミスタ温度感知素子の外観を示している。なお、
図6の「MCNC」はMn
1.4Co
0.9Ni
0.5Cu
0.2O
4である。実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気抵抗値は2.48MΩであった。
図7は、実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気特性を示している。
図7に示すように、このサーミスタ膜のサーミスタ定数(B定数)は2722Kであった。
【0048】
図8は、実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子の応答性を示している。実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の昇温時の熱時定数は101msで、降温時の熱時定数は109msであった。これは、サーミスタ膜が極めて小さい熱時定数を有することを示している。また、サーミスタ膜の昇温時と降温時の熱時定数の対称性が高かった。これは、基材の微細化によって熱容量が低くなり、熱拡散が向上して、降温時にも小さい熱時定数が得られたからである。
【0049】
なお、厚さ50μm程度のシート状基材を用いた従来のサーミスタ温度感知素子では、サーミスタ膜の熱時定数が1s~2s程度であった。これに対して、実施例1の細線型サーミスタ温度感知素子では、極めて高速な応答性が得られた。サーミスタ膜の厚さを1μm~3μmとすれば、サーミスタ温度感知素子の応答性は基材の熱容量に依存する。熱拡散シミュレーション(Ansys社、Ansys Mechanical)によれば、サーミスタ膜の厚さが3μm以下で、線状基材32の直径が200μm以下であれば、サーミスタ膜の熱時定数が1s以内になると見積もられる
【0050】
(実施例2)
サーミスタ前駆体膜の乾燥温度を250℃とし、その後のレーザー光照射を行わなかった点を除き、実施例1と同様にして実施例2の細線型サーミスタ温度感知素子を得た。実施例2の細線型サーミスタ温度感知素子でも、サーミスタ膜の電気的導通が得られ、サーミスタ温度感知素子としての動作が確認できた。
【0051】
(実施例3)
直径15μmのアラミド樹脂細線の表面にAgナノ粒子を塗布し、220℃で乾燥、焼結して、Ag薄膜を得た。硫酸ニッケル水溶液中でこのAg薄膜に1.5VでNiめっきを施し、表面に導電体を備える細線基材を得た。つぎに、ジェットディスペンサを用いて、細線基材の一方の端部に実施例1と同じサーミスタ前駆体分散液をコーティングし、220℃で乾燥させた。そして、このコーティングおよび220℃での乾燥を5回繰り返してサーミスタ膜を形成した。このサーミスタ膜の厚さは数μmで、明らかに15μm未満であった。
【0052】
つぎに、サーミスタ膜が形成された端面と、この端面を含む端部から他方の端部方向に幅約1.0mmの領域のサーミスタ膜に、熱融解させたアクリル樹脂を付着させて、このサーミスタ膜表面を絶縁化した。そして、このサーミスタ膜表面の一部と細線基材表面の導電体に、電着法によって、変性ポリイミド・アミド樹脂(日本ペイント製INSULEED)をコーティングした。つぎに、端部に付着させたアクリル樹脂をアセトンで溶解除去した。
【0053】
そして、このアクリル樹脂除去部にAgナノ粒子を塗布し、220℃で乾燥、焼結してAg薄膜を得た。つぎに、このAg薄膜硫酸ニッケル水溶液中でこのAg薄膜に1.5VでNiめっきを施し、導電層を形成して、第二実施形態に相当する実施例3の細線型サーミスタ温度感知素子を得た。実施例3の細線型サーミスタ温度感知素子でも、サーミスタ膜の電気的導通が得られ、サーミスタ温度感知素子としての動作が確認できた。
【0054】
(比較例1)
Mn:Co:Feの物質量比が0.80:1.30:0.90となるようにMnCO3、CoO、およびFe3O4を混合して得た粉体と、この物質量比のMn、Co、およびFeの各有機酸塩を用いてサーミスタ前駆体分散液を得た点を除き、実施例1と同様にして、サーミスタ膜の電気抵抗値が高い比較例1の細線型サーミスタ温度感知素子の作製を試みた。比較例1の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気抵抗値は1GΩ以上となった。すなわち、比較例1の細線型サーミスタ温度感知素子は、サーミスタ温度感知素子として室温付近の温度計測に適さなかった。
【0055】
(比較例2)
線状基材32の直径を300μmとして、実施例1で行った熱拡散シミュレーションによって、比較例2の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の熱時定数を算出した。この熱時定数は1.7sを超えた。比較例2の細線型サーミスタ温度感知素子は、高速応答用としてのサーミスタ温度感知素子としての利用が困難であることが明らかとなった。
【0056】
(比較例3)
焼成体Mn1.4Co0.9Ni0.5Cu0.2O4から得られる酸化物ナノ粒子を含まず、Mn:Co:Ni:Cuの物質量比が1.4:0.9:0.5:0.2となるようなMn、Co、Ni、およびCuの各有機酸塩を含むトルエン溶液をサーミスタ膜前駆体液として用いた点を除き、実施例1と同様にして、サーミスタ膜の電気抵抗値が高い比較例3の細線型サーミスタ温度感知素子の作製を試みた。比較例3の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気抵抗値は、計測限界を超える高い値となり、電気抵抗値変化の測定ができなかった。すなわち、比較例3の細線型サーミスタ温度感知素子は、サーミスタ温度感知素子としての機能が得られなかった。
【0057】
(比較例4)
焼成体Mn1.4Co0.9Ni0.5Cu0.2O4から得られる酸化物ナノ粒子を含まず、Mn:Co:Ni:Cuの物質量比が1.4:0.9:0.5:0.2となるようなMn、Co、Ni、およびCuの各有機酸塩を含むトルエン溶液をサーミスタ膜前駆体液として用いた点を除き、実施例3と同様にして、サーミスタ膜の電気抵抗値が高い比較例4の細線型サーミスタ温度感知素子の作製を試みた。比較例4の細線型サーミスタ温度感知素子のサーミスタ膜の電気抵抗値は、計測限界を超える高い値となり、電気抵抗値変化の測定ができなかった。すなわち、比較例4の細線型サーミスタ温度感知素子は、サーミスタ温度感知素子としての機能が得られなかった。
本願の細線型サーミスタ温度感知素子は、使用する場所の形状および大きさの自由度が高いので、微小な薄型デバイスおよびウェアラブルデバイスへの適用、ならびに電子基板、生体表面の局所部位、複雑な形状の構造体の内部の狭小部位、および狭所での使用が可能である。さらに、本願の細線型サーミスタ温度感知素子は、毛細血管レベルの血管に対応し得る次世代の微細血管カテーテル内への実装など、従来にない精緻な生体モニタリングを可能とするサーミスタ型温度プローバーとしての利用が期待できる。