(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023167055
(43)【公開日】2023-11-24
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231116BHJP
C22C 38/48 20060101ALI20231116BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20231116BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20231116BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/48
C21D8/06 B
C21D6/00 102J
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077925
(22)【出願日】2022-05-11
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】細田 孝
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA05
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA36
4K032AA37
4K032BA02
4K032CF01
4K032CF03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】硬度が高く、靱性及び耐食性に優れた金属製品の提供。
【解決手段】マルテンサイト系ステンレス鋼は、C:0.10質量%以上0.17質量%以下、Si:0.50質量%以下、Mn:1.0質量%以下、P:0.040質量%以下、S:0.030質量%以下、Ni:0.60質量%以下、Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下、Mo:0.25質量%以下、Cu:0.40質量%以下、Al:0.050質量%以下、V:0.20質量%以下、W:0.20質量%以下、Nb:0.20質量%以下及びN:0.050質量以下を含有する。V、W及びNbの合計含有率は、0.20質量%以下である。焼入れ温度は、下記数式で算出されるQt(℃)以上である。焼戻し温度は、200℃以上300℃以下である。
Qt=930+2.3Cr%+1667(N%-0.01)+125(V%+W%+Nb%)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.10質量%以上0.17質量%以下
Si:0.50質量%以下
Mn:1.0質量%以下
P:0.040質量%以下
S:0.030質量%以下
Ni:0.60質量%以下
Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下
Mo:0.25質量%以下
Cu:0.40質量%以下
Al:0.050質量%以下
V:0.20質量%以下
W:0.20質量%以下
Nb:0.20質量%以下
及び
N:0.050質量以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
V、W及びNbの合計含有率が0.20質量%以下であり、
焼入れ温度が、下記数式で算出されるQt(℃)以上であり、
焼戻し温度が、200℃以上300℃以下であり、
上記焼戻しの後の硬さが40HRC以上である、マルテンサイト系ステンレス鋼。
Qt = 930 + 2.3Cr%+ 1667(N% - 0.01) + 125(V% + W% + Nb%)
(この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、N%はNの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。)
【請求項2】
(A)その材質が、
C:0.10質量%以上0.17質量%以下
Si:0.50質量%以下
Mn:1.0質量%以下
P:0.040質量%以下
S:0.030質量%以下
Ni:0.60質量%以下
Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下
Mo:0.25質量%以下
Cu:0.40質量%以下
Al:0.050質量%以下
V:0.20質量%以下
W:0.20質量%以下
Nb:0.20質量%以下
及び
N:0.050質量以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
V、W及びNbの合計含有率が0.20質量%以下である、マルテンサイト系ステンレス鋼である中間品を、準備する工程、
(B)上記中間品に、その焼入れ温度が下記数式で算出されるQt(℃)以上である焼入れを施す工程、
及び
(C)上記中間品に、その焼戻し温度が200℃以上300℃以下である焼戻しを施す工程
を備えた、金属製品の製造方法。
Qt = 930 + 2.3Cr%+ 1667(N% - 0.01) + 125(V% + W% + Nb%)
(この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、N%はNの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。)
【請求項3】
上記工程(B)における焼入れ温度が1150℃以下である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記工程(A)と工程(B)との間に、
(D)上記中間品を800℃以上900℃以下の温度下に保持する工程、
及び
(E)上記中間品を、30℃/hr以下の速度で、600℃まで冷却する工程
を、さらに備えた、請求項2又は3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、マルテンサイト系ステンレス鋼を開示する。本明細書はさらに、その材質がマルテンサイト系ステンレス鋼である金属製品の製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
マルテンサイト系ステンレス鋼は強度に優れるので、様々な用途に用いられている。マルテンサイト系ステンレス鋼の改良について、種々の提案がなされている。特開2015-137381公報には、C、Mn及びSの含有率が調整されたステンレス鋼が開示されている。特開平8-67950号公報には、焼入れにおける急冷処理が、微細炭化物がマトリックスに分散した状態でなされる、マルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。特開2001-158941公報には、C、Mn、Cr及びNの含有率が調整されたマルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2015-137381公報
【特許文献2】特開平8-67950号公報
【特許文献3】特開2001-158941公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特開2015-137381公報に開示されたステンレス鋼は、耐食性に優れるが、硬度が低く、かつ靱性に劣る。特開平8-67950号公報に開示されたステンレス鋼は、靱性に優れるが、硬度が低い。特開2001-158941公報に開示されたステンレス鋼は、靱性に劣る。
【0005】
本出願人の意図するところは、硬度が高く、靱性及び耐食性に優れた製品が得られうるマルテンサイト系ステンレス鋼の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
好ましいマルテンサイト系ステンレス鋼は、
C:0.10質量%以上0.17質量%以下
Si:0.50質量%以下
Mn:1.0質量%以下
P:0.040質量%以下
S:0.030質量%以下
Ni:0.60質量%以下
Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下
Mo:0.25質量%以下
Cu:0.40質量%以下
Al:0.050質量%以下
V:0.20質量%以下
W:0.20質量%以下
Nb:0.20質量%以下
及び
N:0.050質量以下
を含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。このステンレス鋼における、V、W及びNbの合計含有率は、0.20質量%以下である。このステンレス鋼の焼入れ温度は、下記数式で算出されるQt(℃)以上である。このステンレス鋼の焼戻し温度は、200℃以上300℃以下である。このステンレス鋼の焼戻しの後の硬さは、40HRC以上である。
Qt = 930 + 2.3Cr%+ 1667(N% - 0.01) + 125(V% + W% + Nb%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、N%はNの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。
【0007】
好ましい金属製品の製造方法は、
(A)その材質が、
C:0.10質量%以上0.17質量%以下
Si:0.50質量%以下
Mn:1.0質量%以下
P:0.040質量%以下
S:0.030質量%以下
Ni:0.60質量%以下
Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下
Mo:0.25質量%以下
Cu:0.40質量%以下
Al:0.050質量%以下
V:0.20質量%以下
W:0.20質量%以下
Nb:0.20質量%以下
及び
N:0.050質量以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
V、W及びNbの合計含有率が0.20質量%以下である、マルテンサイト系ステンレス鋼である中間品を、準備する工程、
(B)上記中間品に、その焼入れ温度が下記数式で算出されるQt(℃)以上である焼入れを施す工程、
及び
(C)上記中間品に、その焼戻し温度が200℃以上300℃以下である焼戻しを施す工程
を含む。
Qt = 930 + 2.3Cr%+ 1667(N% - 0.01) + 125(V% + W% + Nb%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、N%はNの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。
【0008】
好ましくは、上記工程(B)における焼入れ温度は、1150℃以下である。
【0009】
好ましくは、この製造方法は、上記工程(A)と工程(B)との間に、
(D)上記中間品を800℃以上900℃以下の温度下に保持する工程、
及び
(E)上記中間品を、30℃/hr以下の速度で、600℃まで冷却する工程
を、さらに含む。
【発明の効果】
【0010】
このマルテンサイト系ステンレス鋼から、硬度が高く、靱性及び耐食性に優れた金属製品が得られうる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施形態に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の主成分は、Feである。このステンレス鋼は、C及びCrを含んでいる。このステンレス鋼は、他の元素を含みうる。このステンレス鋼に焼入れが施されることにより、マルテンサイト組織が得られうる。この鋼に、さらに焼戻しが施されることにより、強靱な金属組織が得られうる。
【0012】
[組成]
このマルテンサイト系ステンレス鋼は、
C:0.10質量%以上0.17質量%以下
Si:0.50質量%以下
Mn:1.0質量%以下
P:0.040質量%以下
S:0.030質量%以下
Ni:0.60質量%以下
Cr:11.3質量%以上13.0質量%以下
Mo:0.25質量%以下
Cu:0.40質量%以下
Al:0.050質量%以下
V:0.20質量%以下
W:0.20質量%以下
Nb:0.20質量%以下
及び
N:0.050質量以下
を含有している。残部は、Fe及び不可避的不純物である。以下、各元素の詳細が説明される。
【0013】
[炭素(C)]
Cは、焼入れによりFeに固溶する。Cが固溶した鋼は、高硬度かつ高強度である。Cは、焼戻しによって微細炭化物として析出する。この微細炭化物は、鋼の強度に寄与する。これらの観点から、Cの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.11質量%以上がより好ましく、0.12質量%以上が特に好ましい。Cの含有率が過剰であると、このCの一部がFeに固溶せず、炭化物を形成する。この炭化物は、鋼の靱性及び耐食性を損なう。靱性及び耐食性の観点から、Cの含有率は0.17質量%以下が好ましく、0.16質量%以下がより好ましく、0.15質量%以下が特に好ましい。
【0014】
[ケイ素(Si)]
Siは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Siはさらに、焼入れ性にも寄与する。これらの観点から、Siの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、焼入れによってフェライトを生成させ、鋼の靱性を損なう。さらにSiは、鋼の耐食性を損なう。靱性及び耐食性の観点から、Siの含有率は0.50質量%以下が好ましく、0.45質量%以下がより好ましく、0.40質量%以下が特に好ましい。Siは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Siの含有率が検出限界未満であってよい。
【0015】
[マンガン(Mn)]
Mnは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Mnは、焼入れ前の加熱において、オーステナイトの形成に寄与する。これらの観点から、Mnの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.2質量%以上がより好ましく、0.3質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、鋼の耐食性及び耐酸化性を損なう。耐食性及び耐酸化性の観点から、Mnの含有率は1.0質量%以下が好ましく、0.8質量%以下がより好ましく、0.7質量%以下が特に好ましい。Mnは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Mnの含有率が検出限界未満であってよい。
【0016】
[リン(P)]
Pは、不純物である。Pは、鋼の延性、靱性及び熱間加工性を阻害する。Pの含有率は、0.040質量%以下が好ましく、0.035質量%以下がより好ましく、0.033質量%以下が特に好ましい。Pの含有率が検出限界未満であってよい。
【0017】
[硫黄(S)]
Sは、不純物である。Sは、鋼の延性、靱性及び熱間加工性を阻害する。Sの含有率は、0.030質量%以下が好ましく、0.025質量%以下がより好ましく、0.022質量%以下が特に好ましい。Sの含有率が検出限界未満であってよい。
【0018】
[ニッケル(Ni)]
Niを含む鋼は、焼戻しの後の靱性に優れる。この観点から、Niの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.2質量%以上が特に好ましい。過剰のNiは、マルテンサイト系ステンレス鋼の高コストを招来する。コストの観点から、Niの含有率は0.6質量%以下が好ましく、0.5質量%以下が特に好ましい。Niは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Niの含有率が検出限界未満であってよい。
【0019】
[クロム(Cr)]
Crは、鋼の表面において不働態被膜を形成する。この不働態被膜は、鋼の腐食を抑制する。耐食性の観点から、Crの含有率は11.3質量%以上が好ましく、11.4質量%以上がより好ましく、11.5質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは焼入れによってフェライトを生成させ、鋼の靱性及び耐食性を損なう。靱性及び耐食性の観点から、Crの含有率は13.0質量%以下が好ましく、12.6質量%以下がより好ましく、12.0質量%以下が特に好ましい。
【0020】
[モリブデン(Mo)]
Moを含む鋼では、Crの不働態被膜が緻密である。Moは、鋼の耐食性に寄与しうる。耐食性の観点から、Moの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.07質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。Moは、高価である。さらに、過剰のMoは焼入れによってフェライトを生成させ、鋼の靱性及び耐食性を損なう。コスト、靱性及び耐食性の観点から、Moの含有率は0.25質量%以下が好ましく、0.23質量%以下がより好ましく、0.20質量%以下が特に好ましい。Moは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Moの含有率が検出限界未満であってよい。
【0021】
[銅(Cu)]
Cuを含む鋼は、耐食性に優れる。耐食性の観点から、Cuの含有率は0.1質量%以上が好ましい。Cuを過剰に含む鋼は、熱間加工性に劣る。熱間加工性の観点から、Cuの含有率は0.4質量%以下が好ましく、0.3質量%以下がより好ましく、0.2質量%以下が特に好ましい。Cuは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Cuの含有率が検出限界未満であってよい。
【0022】
[アルミニウム(Al)]
Alは、製鋼工程での脱酸に寄与する。脱酸の観点から、Alの含有率は0.001質量%以上が好ましく、0.005質量%以上がより好ましく、0.010質量%以上が特に好ましい。Alは、酸化物として鋼に介在する。この酸化物は、鋼の靱性を阻害する。さらに、過剰のAlは焼入れによってフェライトを生成させ、鋼の靱性及び耐食性を損なう。靱性及び耐食性の観点から、Alの含有率は0.050質量%以下が好ましく、0.040質量%以下がより好ましく、0.030質量%以下が特に好ましい。Alは、このマルテンサイト系ステンレス鋼にとって必須の元素ではない。換言すれば、Alの含有率が検出限界未満であってよい。
【0023】
[バナジウム(V)]
Vは、不純物である。Vは、微細炭窒化物を生成し、鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Vの含有率は0.20質量%以下が好ましく、0.15質量%以下がより好ましく、0.10質量%以下が特に好ましい。Vの含有率が検出限界未満であってよい。
【0024】
[タングステン(W)]
Wは、不純物である。Wは、微細炭窒化物を生成し、鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Wの含有率は0.20質量%以下が好ましく、0.15質量%以下がより好ましく、0.10質量%以下が特に好ましい。Wの含有率が検出限界未満であってよい。
【0025】
[ニオブ(Nb)]
Nbは、不純物である。Nbは、微細炭窒化物を生成し、鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nbの含有率は0.20質量%以下が好ましく、0.15質量%以下がより好ましく、0.10質量%以下が特に好ましい。Nbの含有率が検出限界未満であってよい。
【0026】
[V、W及びNb]
本実施形態では、下記の数式により、比率Pcが算出される。
Pc = V% + W% + Nb%
この数式において、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。比率Pcは、V、W及びNbの合計含有率である。前述の通り、V、W及びNbは、鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、比率Pcは0.20質量%以下が好ましく、0.15質量%以下がより好ましく、0.10質量%以下が特に好ましい。
【0027】
[窒素(N)]
Nは、焼入れによりFeに固溶する。Nが固溶した鋼は、高硬度かつ高強度である。Nは、焼戻しによって微細炭窒化物として析出する。この微細炭窒化物は、鋼の強度に寄与する。これらの観点から、Nの含有率は0.010質量%以上が好ましく、0.015質量%以上がより好ましく、0.020質量%以上が特に好ましい。過剰のNは、過剰の固溶によって鋼の靱性を阻害する。過剰のNは、窒化物を生成し、鋼の靱性を阻害する。過剰のNはさらに、過剰の炭窒化物を生成し、鋼の耐食性を阻害する。靱性及び耐食性の観点から、Nの含有率は0.050質量%以下が好ましく、0.045質量%以下がより好ましく、0.040質量%以下が特に好ましい。
【0028】
[製造方法]
以下、本実施形態に係る製造方法の一例が説明される。まず、所定の組成を有する溶鋼から、鋳造、塑性加工等を経て、中間品が得られる。好ましくは、この中間品に、焼きなましが施される。この中間品に、焼入れが施される。この中間品に焼戻しが施され、金属製品が得られる。以下、各工程が詳説される。
【0029】
[焼きなまし]
焼きなましでは、中間品が高温環境下に保持される。この温度(焼きなまし温度)は、800℃以上900℃以下が好ましい。保持の時間は、2時間以上が好ましい。この保持の後、中間品は徐冷される。中間品の温度が600℃に達するまでの冷却速度は、30℃/時間以下が好ましい。この焼きなましにより、均質な金属組織が得られる。
【0030】
[焼入れ]
焼入れでは、中間品が高温環境下に保持される。この温度(焼入れ温度)は、下記数式で算出されるQt(℃)以上である。
Qt = 930 + 2.3Cr%+ 1667(N% - 0.01) + 125(V% + W% + Nb%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、N%はNの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、Nb%はNbの質量含有率を表す。保持の時間は、10分以上が好ましい。この保持により、中間品の組織はオーステナイトとなる。この保持の後、中間品は急冷される。急冷の方法として、水冷及び油冷が例示される。この急冷により、中間品にマルテンサイト組織が生じる。
【0031】
高硬度でかつ靱性に優れた金属製品が得られるには、組成に応じた適正な温度での焼入れが重要である。本発明者は、上記数式によって算出されるQtが適正な焼入れ温度と相関することを、見出した。
【0032】
焼入れ温度がQt以上である焼入れにより、炭化物が十分にFeのマトリックスに固溶する。この処理を経て得られた金属製品は、靱性に優れる。この観点から、焼入れ温度とQtとの差は、5℃以上が好ましく、10℃以上がより好ましく、14℃以上が特に好ましい。焼入れ温度は、1150℃以下が好ましい。焼入れ温度が1150℃以下である焼入れにより、結晶粒が粗大でない金属組織が得られうる。この金属組織を有する製品は、靱性に優れる。この観点から、焼入れ温度は、1130℃以下がより好ましく、1080℃以下が特に好ましい。
【0033】
[焼戻し]
焼戻しでは、中間品が高温環境下に保持される。この温度(焼戻し温度)は、200℃以上300℃以下が好ましい。焼戻し温度が200℃以上である焼戻しを経て得られた金属製品は、靱性に優れる。この観点から、焼戻し温度は220℃以上がより好ましく、240℃以上が特に好ましい。焼戻し温度が300℃以下である焼戻しを経て得られた金属製品は、硬度及び耐食性に優れる。これらの観点から、焼戻し温度は290℃以上がより好ましく、280℃以上が特に好ましい。中間品が焼戻し温度に保持される時間は、1時間以上が好ましい。この中間品は、徐冷される。典型的には、中間品は、空冷される。この処理により、金属組織が安定した製品が得られうる。
【0034】
[硬さ]
金属製品のロックウェル硬さは、40HRC以上が好ましく、41HRC以上がより好ましく、42HRC以上が特に好ましい。このロックウェル硬さは、45HRC以下が好ましい。
【実施例0035】
以下、実施例に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0036】
[実施例1]
真空誘導溶解炉にて、下記の表1に示される組成を有する鋼塊を溶製した。この鋼塊の質量は、100kgであった。この鋼塊に熱間鍛伸を施し、直径が15mmである円柱状のバーを得た。このバーに、焼きなましを施した。焼きなまし温度は、870℃であった。焼きなまし時間は、2時間であった。このバーに、焼入れを施した。焼入れ温度は、1030℃であった。この焼入れでは、バーは油冷された。このバーに、焼戻しを施した。焼戻し温度は、260℃であった。この焼戻しでは、焼戻し温度下に、バーが1時間保持された。この焼戻しでは、バーが空冷された。
【0037】
[実施例2-16及び比較例1-15]
組成を下記の表1及び2に示される通りとし、かつ熱処理の条件を下記の表3及び4に示される通りとした他は実施例1と同様にして、バーを得た。
【0038】
[硬さ]
焼戻し後のバーの、常温下での硬さを、ロックウェル硬さ計にて測定した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0039】
[靱性]
バーから試験片を切り出し、「JIS Z 2242:2005」の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を施して、衝撃値を測定した。条件は、下記の通りである。
試験片:JIS-3号 縦:10mm、横:10mm、長さ:50mm
ノッチ:2mmのVノッチ
温度:常温
この衝撃値を、下記の基準に従って格付けした。硬さが40HRC未満であった鋼は、靱性の評価に供しなかった。
A:衝撃値が45J/cm2以上である。
B:衝撃値が40J/cm2以上45J/cm2未満である。
C:衝撃値が40J/cm2未満である。
-:評価せず
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0040】
[耐食性]
バーから試験片を切り出し、塩水噴霧試験に供した。条件は、下記の通りである。
試験片直径:12mm
試験片長さ:21mm
塩水濃度:50ppm
塩水温度:35℃
噴霧時間:16時間
試験片の表面(面積:725mm2)を目視で観察し、斑点状錆の数をカウントした。この数を、下記の基準に従って格付けした。靱性の評価が「C」であった鋼は、耐食性の評価に供しなかった。
A:数が15個未満
B:数が15個以上
-:評価せず
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
表3及び4に示されるように、各実施例のマルテンサイト系ステンレス鋼は、全ての評価項目において優れている。以上の評価結果から、このステンレス鋼の優位性は明らかである。
前述のマルテンサイト系ステンレス鋼は、種々の金属製品の材料として用いられ得る。このマルテンサイト系ステンレス鋼は、構造用部品及び機械部品に、特に適している。