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特開2023-168019フォン・ヴィレブランド因子の情報を取得する方法、測定試料の調製方法及び試薬キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023168019
(43)【公開日】2023-11-24
(54)【発明の名称】フォン・ヴィレブランド因子の情報を取得する方法、測定試料の調製方法及び試薬キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20231116BHJP
【FI】
G01N33/53 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022079618
(22)【出願日】2022-05-13
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】金城 政孝
(72)【発明者】
【氏名】アクシェイ ガングリ
(72)【発明者】
【氏名】ラマスワミー ラソニア
(57)【要約】
【課題】
蛍光標識捕捉体を用いた蛍光相関分光法(FCS)又は蛍光相互相関分光法(FCCS)によるフォン・ヴィレブランド因子(VWF)の測定において、VWFの濃度の影響を低減する手段を提供することを課題とする。
【解決手段】
VWFを尿素で変性処理し、蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体を用いて、変性処理されたVWFを蛍光標識し、FCS又はFCCSにより、蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報を取得する方法であって、FCSにより情報を取得する場合、捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーであり、FCCSにより情報を取得する場合、2種類の捕捉体のうち、第1の蛍光物質を含む捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである方法により、上記の課題を解決する。
【選択図】図14
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料に含まれるフォン・ヴィレブランド因子(VWF)を尿素で変性処理する工程と、
蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体を用いて、前記変性処理されたVWFを蛍光標識する工程と、
蛍光相関分光法又は蛍光相互相関分光法により、前記蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報を取得する工程と、
を含み、
前記情報が蛍光相関分光法により取得される場合、前記捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含み、
前記情報が蛍光相互相関分光法により取得される場合、前記捕捉体が、第1の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、
前記第2の蛍光物質が、前記第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質であり、
前記第1の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、フォン・ヴィレブランド因子の情報を取得する方法。
【請求項2】
前記情報を取得する工程が、蛍光相関分光法又は蛍光相互相関分光法により、前記蛍光標識されたVWFの拡散時間を取得することを含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記情報が、前記拡散時間、又は前記拡散時間に基づいて取得される値である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記情報が蛍光相互相関分光法により取得される場合、前記第2の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第2の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第2の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記変性処理する工程が、0.5M以上1.75M以下の濃度の尿素の存在下で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記蛍光標識する工程が、0.2M以上1M以下の濃度の尿素の存在下で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項7】
蛍光相関分光法又は蛍光相互相関分光法に用いられる測定試料を調製する方法であって、
生体試料に含まれるフォン・ヴィレブランド因子(VWF)を尿素で変性処理する工程と、
蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体を用いて、前記変性処理されたVWFを蛍光標識する工程と、
を含み、
前記捕捉体で蛍光標識されたVWFが蛍光相関分光法による測定に用いられる場合、前記捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含み、
前記捕捉体で蛍光標識されたVWFが蛍光相互相関分光法による測定に用いられる場合、前記捕捉体が、第1の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、
前記第2の蛍光物質が、前記第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質であり、
前記第1の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、
測定試料の調製方法。
【請求項8】
前記第2の蛍光物質を含み且つ前記変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第2の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第2の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記変性処理する工程が、0.5M以上1.75M以下の濃度の尿素の存在下で行われる請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記蛍光標識する工程が、0.2M以上1M以下の濃度の尿素の存在下で行われる請求項7に記載の方法。
【請求項11】
尿素と、蛍光物質を含み且つ前記尿素により変性処理されたフォン・ヴィレブランド因子(VWF)に結合する捕捉体とを含み、前記捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法に用いられる試薬キット。
【請求項12】
前記尿素が尿素試薬溶液に含まれ、
前記尿素試薬溶液中の尿素濃度が、1M以上8M以下である請求項11に記載の試薬キット。
【請求項13】
尿素と、第1の蛍光物質を含み且つ前記尿素により変性処理されたフォン・ヴィレブランド因子(VWF)に結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ前記尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、前記第2の蛍光物質が、前記第1の蛍光物質とは異なる波長域に極大吸収を有する蛍光物質であり、前記第1の蛍光物質を含み且つ前記尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、蛍光相互相関分光法による請求項1~10のいずれか1項に記載の方法に用いられる試薬キット。
【請求項14】
前記第2の蛍光物質を含み且つ前記尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、前記第2の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ前記第2の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである請求項13に記載の試薬キット。
【請求項15】
前記尿素が尿素試薬溶液に含まれ、
前記尿素試薬溶液中の尿素濃度が、1M以上8M以下である請求項13に記載の試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor:VWF)の情報を取得する方法に関する。本発明は、測定試料の調製方法に関する。本発明は、VWFの情報を取得する方法に用いられる試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
VWFは高分子量の血漿糖タンパク質であり、一次止血に重要な役割を果たす。具体的には、VWFは、出血部位の損傷した血管の内皮下組織に結合し、そこで血小板の粘着及び血小板血栓の形成を促す。VWF自体は約250 kDaのタンパク質であるが、VWFは重合して、種々の大きさのマルチマー(約500 kDa~約15,000 kDa)として血液中に存在する。VWFの高分子マルチマーは、低分子マルチマーよりも血小板を粘着する活性が高く、一次止血に重要である。
【0003】
フォン・ヴィレブランド病(von Willebrand disease:VWD)は、VWFの量的減少、完全欠損又は質的異常により一次止血が障害されて、出血傾向となる先天性凝固異常症である。VWDの診断では、VWFの量、活性及びマルチマーの構成などにより病型が分類される。VWFのマルチマーの構成は、従来、SDS-ゲル電気泳動法及び抗VWF抗体を用いるウェスタンブロット法の組み合わせにより解析される。この解析では、VWFのマルチマーを分子量に応じて分離することで、高分子、中分子及び低分子のマルチマーがそれぞれ、どの程度含まれるかを調べることができる。
【0004】
近年、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)又は蛍光相互相関分光法(Fluorescence Cross-Correlation Spectroscopy:FCCS)と呼ばれる蛍光イメージング技術により、VWFの分子サイズを測定することが試みられている。FCSでは、1色の蛍光物質で標識された分子が、ブラウン運動により、共焦点光学系のレーザーで形成された微少な観察領域を出入りすることによって生じる蛍光シグナルの揺らぎ(例えば蛍光強度の経時変化)を測定する。FCCSでは、2色の蛍光物質で標識された分子について測定する。FCSでは、得られた揺らぎを自己相関関数により解析し、FCCSでは、2色の蛍光物質の揺らぎの同時性を相互相関関数により解析する。FCS及びFCCSにより、分子の数及びサイズなどの情報を得ることができる。例えば、非特許文献1では、健常者及びVWD患者の血漿中のVWFを、蛍光標識抗VWF抗体を用いたFCSによりを測定し、測定値を比較したことが記載されている。また、特許文献1では、組換え型VWFの分子サイズを、2種類の蛍光標識抗VWF抗体を用いたFCCSにより測定したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-173705号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Torres R.ら, Clin.Chem., vol.58, pp.1010-1018, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
蛍光標識抗体を用いたFCS及びFCCSによる抗原の測定では、測定試料中の抗原濃度が結果に影響することがあり得る。これは、蛍光標識抗体と抗原との解離が原因である。所定の解離定数を有する抗体を一定の終濃度で用いる場合、当該抗体と抗原との複合体の数は、測定試料中の抗原の濃度に依存する。そのため、測定試料中の抗原濃度が低いほど、蛍光標識抗体と抗原との解離の影響が大きくなる。非特許文献1にも、測定試料中のVWFの濃度に応じて、FCSで取得された拡散時間が変化したことが記載されている。拡散時間とは、蛍光標識された分子が観察領域を通過するのに要する平均時間であり、分子サイズを表すパラメータである。サイズの小さい分子は、大きい分子に比べて、観察領域をより素早く通過するので、拡散時間は短くなる。すなわち、測定試料において、蛍光標識抗体と抗原との解離により複合体の数が減少すると、当該測定試料についての拡散時間の値は小さくなる。したがって、抗原濃度の低い測定試料について、FCS又はFCCSで得られた分子サイズの情報は、抗原の実際の分子サイズを反映しているのか不明となる。
【0008】
一方で、蛍光物質自体又は蛍光物質が共有結合したビーズ(蛍光ビーズ)をFCSで測定した場合、測定試料間で蛍光物質又は蛍光ビーズの濃度が異なっていても、各測定試料から取得された分子サイズの測定結果はほとんど変化しないことが知られている(例えばGendron P-O.ら, J.Fluoresc., vol.18, pp.1093-1101, 2008及びYamamoto J.ら, Opt.Exp., vol.27, pp.14835-14841, 2019参照)。また、本発明者らも、2種類の蛍光物質が共有結合したVWFをFCCSにより測定したとき、測定試料間でVWFの濃度が異なっていても、各測定試料についての拡散時間はほぼ一定であったことを確認した。
【0009】
しかし、被検者から採取した生体試料中のVWFをFCS又はFCCSで測定するためには、蛍光標識捕捉体によるVWFの間接標識が必要である。一方で、被検者から採取した生体試料中のVWFの濃度は、被検者ごとに異なり得る。よって、本発明者らは、蛍光標識捕捉体を用いたFCS及びFCCSによるVWFの測定において、VWFの濃度の影響を低減する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、生体試料に含まれるVWFを尿素で変性処理する工程と、蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体を用いて、変性処理されたVWFを蛍光標識する工程と、FCS又はFCCSにより、蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報を取得する工程とを含み、情報がFCSにより取得される場合、捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含み、情報がFCCSにより取得される場合、捕捉体が、第1の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、第2の蛍光物質が、第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質であり、第1の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、VWFの情報を取得する方法を提供する。
【0011】
本発明は、生体試料に含まれるVWFを尿素で変性処理する工程と、蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体を用いて、変性処理されたVWFを蛍光標識する工程とを含み、捕捉体で蛍光標識されたVWFがFCSによる測定に用いられる場合、捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含み、捕捉体で蛍光標識されたVWFがFCCSによる測定に用いられる場合、捕捉体が、第1の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、第2の蛍光物質が、第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質であり、第1の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、FCS又はFCCSに用いられる測定試料の調製方法を提供する。
【0012】
本発明は、尿素と、蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、捕捉体が、ポリクローナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含む、上記の方法に用いられる試薬キットを提供する。
【0013】
本発明は、尿素と、第1の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、第2の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体とを含み、第2の蛍光物質が、第1の蛍光物質とは異なる波長域に極大吸収を有する蛍光物質であり、第1の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体が、第1の蛍光物質を含むポリクローナル抗体、又はそれぞれ第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーである、FCCSによる上記の方法に用いられる試薬キットを提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、蛍光標識捕捉体を用いたFCS及びFCCSによるVWFの測定において、VWFの濃度の影響を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】FCSによるVWFの測定に用いることができる本実施形態の試薬キットの一例を示す図である。
図1B】FCCSによるVWFの測定に用いることができる本実施形態の試薬キットの一例を示す図である。
図2A】Alexa Fluor(登録商標)488及びAlexa Fluor(登録商標)647が共有結合したVWFを種々の濃度で含む測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図2B】Alexa Fluor(登録商標)488で標識されたモノクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体が結合したVWFを種々の濃度で含む測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図3A】未変性又は尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図3B】未変性又は尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図4】尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図5】尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識された2種のモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図6】未変性又は尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたモノクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図7】尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図8】尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識された2種のモノクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図9】種々の濃度の尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図10】尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFが、Alexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたポリクローナル抗体を種々の濃度比で含む試薬で間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図11】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿をSDS-ゲル電気泳動法及びウェスタンブロット法により分析した結果とそのデンシトメトリー分析の一例を示す図である。
図12A】高分子量画分の比率(LMW index)が異なり、かつ尿素で変性処理されたVWFを含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図12B】LMW indexが異なり、かつ尿素で変性処理されたVWFを含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図12C】LMW indexが異なり、かつ尿素で変性処理されたVWFを含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図13A】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿から調製され、尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図13B】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿から調製され、尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図13C】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿から調製され、尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたモノクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
図14】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿から調製され、尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCSによる拡散時間を示すグラフである。
図15】未撹拌又は撹拌した標準ヒト血漿から調製され、尿素で変性処理されたVWFを異なる濃度で含み、当該VWFがAlexa Fluor(登録商標)488で標識されたポリクローナル抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識されたモノクローナル抗体により間接標識された測定試料のFCCSによる拡散時間を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態のVWFの情報を取得する方法(以下、「本実施形態の情報取得方法」ともいう)では、まず、生体試料に含まれるVWFを尿素で変性処理する。本明細書において「フォン・ヴィレブランド因子」及び「VWF」との用語は、単量体及び任意の分子サイズのマルチマーを包含する。VWFのマルチマーは、複数の単量体のVWFから形成される。VWFのマルチマーは、単量体のVWFが複数含まれていればよく、その他の有形成分(例えば血小板)が含まれていてもよい。VWFのマルチマーにおいて、単量体のVWF同士は共有結合などによって強固に結合していなくてもよい。より緩やかな結合によって複数の単量体のVWFが集合した凝集体も、マルチマーに含まれる。好ましくは、VWFは、ヒトの生体内で発現し、ヒト生体から採取された生体試料に含まれるVWFである。
【0017】
生体試料は、被検者から採取され且つVWFを含む検体、又はその検体から調製される試料であり得る。生体試料としては、例えば全血、血漿、血清などが挙げられる。全血又は血漿を用いる場合、抗凝固剤が添加されていてもよい。抗凝固剤の種類は特に限定されず、例えばクエン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)カリウム塩、EDTAナトリウム塩、ヘパリン塩などが挙げられる。それらの中でも、クエン酸ナトリウムが好ましい。必要に応じて、生体試料を適切な水性溶媒で希釈してもよい。そのような水性溶媒としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液としては、例えばリン酸緩衝生理食塩水(PBS)、Tris-HCl、グッドバッファーなどが挙げられる。
【0018】
尿素による生体試料中のVWFの変性処理は、例えば、尿素と生体試料とを混合することにより行うことができる。生体試料に添加される尿素は、溶液でもよいし、固体でもよい。取り扱いの利便性から、尿素溶液を用いることが好ましい。尿素溶液の溶媒は、尿素を溶解できるかぎり特に限定されないが、好ましくは上記の水性溶媒である。尿素溶液の濃度は特に限定されず、例えば1M以上8M以下であればよい。なお、「M」はモル濃度の単位であり、「mol/L」又は「mol/dm3」とも表記される。尿素による生体試料中のVWFの変性処理は、VWF1分子当たりに結合する捕捉体の数を増やす目的で行われる。尿素の作用により、VWFのタンパク質としての高次構造が変化して、捕捉体が結合するエピトープが、未変性の場合よりも露出すると考えられる。
【0019】
尿素によるVWFの変性処理は、0.5M以上1.75M以下の濃度の尿素の存在下で行われることが好ましい。変性処理において、生体試料と尿素との混合物中の尿素濃度の下限は、例えば0.5M以上、0.6M以上、0.7M以上、0.8M以上又は0.9M以上であり得る。生体試料と尿素との混合物中の尿素濃度の上限は、例えば1.75M以下、1.7M以下、1.6M以下、1.5M以下、1.4M以下、1.3M以下、1.2M以下又は1.1M以下であり得る。
【0020】
変性処理は、例えば、生体試料と尿素とを混合した後、得られた混合物を20℃以上45℃以下、好ましくは30℃以上40℃以下の温度下でインキュベーションすることにより行うことができる。インキュベーション時間は、例えば5分以上240分以下、好ましくは10分以上120分以下であり得る。
【0021】
次いで、蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体(以下、「蛍光標識捕捉体」ともいう)を用いて、変性処理されたVWFを蛍光標識する。蛍光標識捕捉体は、変性処理されたVWFに結合する捕捉体と、蛍光物質とを結合することにより得ることができる。捕捉体の種類としては、ポリクロ―ナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のアプタマー、及びそれらの組み合わせが挙げられる。蛍光標識捕捉体が、ポリクロ―ナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のアプタマー、及びそれらの組み合わせを含むことにより、1分子のVWF上の複数のエピトープに当該捕捉体が結合できると考えられる。これにより、VWF1分子当たりに結合する捕捉体の数を増加し得る。互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体は、VWFの第1のエピトープに結合する第1のモノクローナル抗体及びVWFの第2のエピトープに結合する第2のモノクローナル抗体を少なくとも含む。互いに異なるエピトープに結合する複数のアプタマーは、VWFの第1のエピトープに結合する第1のアプタマー及びVWFの第2のエピトープに結合する第2のアプタマーを少なくとも含む。
【0022】
本明細書において「抗体」との用語は、全長の抗体及びそのフラグメントを包含する。抗体フラグメントとしては、例えばFab、Fab'、F(ab')2、Fd、Fd'、Fv、軽鎖、ラクダ科動物由来の重鎖抗体の可変領域(VHH)、軟骨魚類由来の重鎖抗体の可変領域(VNAR)、還元型IgG(rIgG)、一本鎖抗体(scFv)などが挙げられる。抗体の由来は特に限定されず、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ウマ、ラクダなどの哺乳動物、サメのような軟骨魚類などのいずれの動物に由来する抗体であり得る。抗体のアイソタイプはIgG、IgM、IgE、IgAなどのいずれでもよいが、好ましくはIgGである。変性処理されたVWFに結合する抗体は、市販の抗VWF抗体でもよいし、当該技術分野において公知の方法により作製した抗体でもよい。アプタマーは、ペプチドアプタマーでもよいし、核酸アプタマーでもよい。アプタマーは、SELEX法などの公知の方法により作製できる。
【0023】
蛍光物質としては、例えばフルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン、Cy2(登録商標)、Cy3(登録商標)、Cy5(登録商標)、Alexa Fluor(登録商標)シリーズなどの蛍光色素、緑色蛍光タンパク質(GFP、EGFPなど)、黄色蛍光タンパク質(YFP、EYFPなど)、青色蛍光タンパク質(BFP、CFP、ECFPなど)、赤色蛍光タンパク質(dsRed、mCherryなど)の蛍光タンパク質などが挙げられる。それらの中でも蛍光色素が好ましい。
【0024】
蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報をFCSにより取得する場合、1色の蛍光物質で標識された捕捉体を用いる。1色の蛍光物質は、単一の蛍光物質でもよいし、ほぼ同じ波長の蛍光を放出する複数種類の蛍光物質の組み合わせでもよい。そのような組み合わせとしては、例えば、FITC(蛍光波長522 nm)及びAlexa Fluor(登録商標) 488(蛍光波長519 nm)の組み合わせ、ローダミン(蛍光波長570 nm)及びCy3(登録商標)(蛍光波長570 nm)の組み合わせ、Cy5(登録商標)(蛍光波長667 nm)及びAlexa Fluor(登録商標) 647(蛍光波長665 nm)の組み合わせなどが挙げられる。
【0025】
上記の情報をFCCSにより取得する場合、2色の蛍光物質のそれぞれで標識された2種類の捕捉体を用いることができる。すなわち、FCCSに用いられる捕捉体は、第1の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体(以下、「第1蛍光標識捕捉体」ともいう)と、第2の蛍光物質を含み且つ変性処理されたVWFに結合する捕捉体(以下、「第2蛍光標識捕捉体」ともいう)とを含む。FCCSでは、2色の蛍光を実質的に同時に検出するので、第2の蛍光物質は、第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質である。蛍光発光極大とは、励起された蛍光物質が発する蛍光のうち、強度が最も大きい蛍光の波長であり、最大蛍光波長とも呼ばれる。例えば、第2の蛍光物質の蛍光発光極大は、第1の蛍光物質の蛍光発光極大よりも30 nm以上、好ましくは40 nm以上離れた波長域にあってもよい。蛍光物質の蛍光発光極大は、公知の分光蛍光光度計により蛍光物質の蛍光スペクトルを分析することにより容易に調べることができる。より好ましくは、第2の蛍光物質は、第1の蛍光物質とは色が異なる蛍光を発する物質である。各蛍光物質が発する蛍光の色は特に限定されないが、例えば、第1の蛍光物質が、緑色の蛍光(波長約500 nm~約550 nm)を発する物質であり、第2の蛍光物質が、黄色の蛍光(波長約580 nm~約600 nm)又は赤色の蛍光(波長約610 nm~約780 nm)を発する物質であり得る。
【0026】
上記の情報をFCCSにより取得する場合、具体的には、第1の蛍光物質としてFITC、Cy2(登録商標)及びAlexa Fluor(登録商標) 488の少なくとも1種を用いる場合、第2の蛍光物質としてローダミン、Cy3(登録商標)、Cy5(登録商標)及びAlexa Fluor(登録商標) 647の少なくとも1種を用いることができる。第1及び第2の蛍光物質はそれぞれ、単一の蛍光物質でもよいし、ほぼ同じ波長の蛍光を放出する複数種類の蛍光物質の組み合わせでもよい。
【0027】
上記の情報をFCCSにより取得する場合、第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体の少なくとも一方が、ポリクロ―ナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のアプタマー、又はそれらの組み合わせであることが好ましい。例えば、第1蛍光標識捕捉体が、第1の蛍光物質を含むポリクロ―ナル抗体、又はそれぞれ第1の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーであり得、且つ/又は、第2蛍光標識捕捉体が、第2の蛍光物質を含むポリクロ―ナル抗体、又はそれぞれ第2の蛍光物質を含み且つ互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーであり得る。第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体のいずれか一方が、ポリクロ―ナル抗体、又は互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーであるとき、もう一方は、1種類のモノクローナル抗体であってもよい。
【0028】
蛍光物質による捕捉体の標識は、例えば、アミンカップリング法やマレイミド法などの公知の方法により、蛍光物質と捕捉体とを共有結合させることにより行うことができる。市販のラベリングキットやクロスリンカーなどを用いて、捕捉体を蛍光標識してもよい。また、標識に適した反応基を有する蛍光物質も市販されている。例えば、反応基としてN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル、スルホジクロロフェノール(SDP)エステル又はテトラフルオロフェニル(TFP)エステルを有する蛍光物質は、当該エステルと捕捉体のアミノ基とのアミンカップリング反応により、捕捉体を標識できる。また、反応基としてマレイミド基を有する蛍光物質は、当該マレイミド基と捕捉体のスルフヒドリル基との反応により、捕捉体を標識できる。捕捉体がモノクローナル抗体であり、蛍光物質が蛍光タンパク質である場合、蛍光物質を含む捕捉体は、捕捉体と蛍光物質との融合タンパク質であり得る。これは、当該技術分野において公知の遺伝子組み換え技術により作製できる。
【0029】
上記の情報をFCSにより取得する場合は、変性処理されたVWFの蛍光標識捕捉体による蛍光標識は、生体試料と尿素との混合物と、蛍光標識捕捉体とを混合することにより行うことができる。蛍光標識捕捉体は、溶液であることが好ましい。上記の情報をFCCSにより取得する場合は、変性処理されたVWFの蛍光標識捕捉体による蛍光標識は、生体試料と尿素との混合物と、第1蛍光標識捕捉体と、第2蛍光標識捕捉体とを混合することにより行うことができる。この蛍光標識の工程により得られる、生体試料と尿素と蛍光標識捕捉体とを含む混合物を、以下「測定試料」とも呼ぶ。
【0030】
変性処理されたVWFの蛍光標識は、0.2M以上1M以下の濃度の尿素の存在下で行われることが好ましい。蛍光標識捕捉体が溶液であるとき、生体試料と尿素との混合物への蛍光標識捕捉体の添加量は、測定試料中の尿素の濃度が0.2M以上1M以下となる量であることが好ましい。測定試料において尿素の変性作用は蛍光標識捕捉体にも及ぶが、測定試料中の尿素の濃度が上記の範囲内であれば、FCS及びFCCSによる測定への影響は実質的にないと考えられる。
【0031】
測定試料中の蛍光標識捕捉体の濃度は、特に限定されない。例えば、蛍光標識捕捉体が抗体である場合、測定試料中の抗体の終濃度が1 nM以上100 nM以下、好ましくは5 nM以上75 nM以下、より好ましくは10 nM以上50 nM以下となるように、生体試料と尿素との混合物に蛍光標識捕捉体を添加できる。第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体が抗体である場合、測定試料中の各抗体の終濃度が、上記の範囲内となるように添加すればよい。
【0032】
蛍光標識は、例えば、生体試料と尿素との混合物と、蛍光標識捕捉体とを混合した後、得られた測定試料を20℃以上40℃以下、好ましくは25℃以上37℃以下の温度下でインキュベーションすることにより行うことができる。インキュベーション時間は、例えば1分以上120分以下、好ましくは3分以上60分以下であり得る。
【0033】
別の実施形態では、尿素によるVWFの変性処理と、蛍光標識捕捉体によるVWFの蛍光標識とを実質的に同時に行ってもよい。この場合、生体試料と尿素と蛍光標識抗体とを混合して、測定試料を調製する。これらは実質的に同時に混合してもよい。あるいは、まず、生体試料と尿素とを混合し、続いて蛍光標識抗体を添加して、測定試料を調製してもよい。測定試料中の尿素の濃度は、0.5M以上1M以下であることが好ましい。そのような濃度で尿素を含む測定試料では、尿素によるVWFの変性と、蛍光標識抗体によるVWFの蛍光標識とが行われ得る。変性処理及び蛍光標識は、例えば、生体試料と尿素と蛍光標識捕捉体とを混合した後、得られた測定試料を20℃以上45℃以下、好ましくは30℃以上40℃以下の温度下でインキュベーションすることにより行うことができる。インキュベーション時間は、例えば10分以上120分以下、好ましくは15分以上60分以下であり得る。
【0034】
変性処理されたVWFを蛍光標識した後、FCS又はFCCSにより、蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報を取得する。蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報は、特に限定されないが、例えば、蛍光標識されたVWFの拡散時間、流体力学的半径、流体力学的直径、体積などが挙げられる。流体力学的半径、流体力学的直径及び体積は、拡散時間から算出することができる。流体力学的半径及び流体力学的直径は、通常、ナノメートル(nm)の単位で表される。体積は、通常、立方ナノメートル(nm3)の単位で表される。それらの中でも、蛍光標識されたVWFの拡散時間を取得することが好ましい。上述のとおり、FCS又はFCCSにより取得される拡散時間は、蛍光標識された分子のサイズに応じて変化するので、分子の大きさを反映する情報である。
【0035】
拡散時間(diffusion time)は、測定試料中の蛍光標識されたVWFが、共焦点光学系のレーザーにより形成された観察領域を通過するのに要する平均時間である。拡散時間は、蛍光標識されたVWFが観察領域中に拡散して滞在する時間(residence time)とも言い換えられる。拡散時間は一般的に記号「τD」で表され、単位としてマイクロ秒(μs)又はミリ秒(ms)が用いられる。FCS及びFCCSによる測定及び拡散時間の取得自体は公知であり、例えばEigen M.及びRigler R., Proc.Natl.Acad.Sci.USA. vol.91, pp.5740-5747, 1994、Bacia K.ら, Nat.Methods, vol.3, pp.83-89, 2006、Bacia K.及びSchwille P., Nat.Protoc., vol.2, pp.2842-2856, 2007などの種々の文献にFCS及びFCCSについて解説されている。
【0036】
FCS又はFCCSによる蛍光分子の測定は、共焦点光学系のレーザーにより観察領域を形成でき、当該観察領域を出入りする蛍光分子から生じる蛍光シグナルを測定可能な装置により行うことができる。そのような装置は公知であり、例えば共焦点レーザー顕微鏡、蛍光相関分光分析装置などが挙げられる。具体的には、Carl Zeiss LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)、FCSコンパクト(浜松ホトニクス株式会社)、FCS-101(東洋紡績株式会社)などが市販されている。これらの市販の装置には、例えばZen software(Zeiss社)のような解析ソフトウェアが備えられ、検出された蛍光シグナルについて自己相関関数及び相互相関関数による解析ができる。
【0037】
共焦点レーザー顕微鏡を用いるFCS又はFCCSによる測定では、例えば、測定試料を384ウェルのガラス底プレートなどに分注し、レーザーを照射して蛍光シグナルを検出する。測定時の測定試料の温度は、例えば23℃~25℃程度であることが好ましい。レーザーの波長は、測定試料中の蛍光物質を励起できるかぎり、特に制限されない。測定では、装置の光源から照射するレーザーの焦点を絞って、例えば0.1~1fL(フェムトリットル)程度の体積の測定領域を形成する。そして、蛍光標識されたVWFが測定領域を通過した時に発する蛍光シグナルを装置により検出する。FCSでは、1種類のレーザーを用いて蛍光物質を励起し、励起した蛍光物質から生じる蛍光シグナルを連続的に取得する。FCCSでは、波長が互いに異なる2種類のレーザーを用いて第1及び第2の蛍光物質を励起し、励起した第1及び第2の蛍光物質のそれぞれから生じる蛍光シグナルを連続的に取得する。測定時間は、当業者が適宜設定することができ、例えば10秒以上に設定できる。測定は、1つの測定試料について複数回行ってもよい。検出された蛍光シグナルの生データは、蛍光強度(Hz)と測定時間(s)とで表されるデータ群である。生データに対して、ベースラインのドリフト又はバースト(平均蛍光輝度の3倍以上高い蛍光信号)を示す測定値を削除する処理を行ってもよい。
【0038】
FCSによる測定では、単一波長の光子計測の生データを取得する。生データの自己相関分析を行い、自己相関関数の曲線を取得する。自己相関関数の曲線に対して適切なフィッティングモデルによるフィッティングを行い、相関関数G(τ)と相関時間τ(ラグタイムともいう)によって引かれる相関曲線を得る。FCSでは、2成分モデルで自己相関関数によるフィッティングを行うことができる。2成分モデルに用いる第1成分は、例えば、未反応の蛍光標識捕捉体とすることができる。第2成分は、変性処理されたVWFと蛍光標識捕捉体との複合体とすることができる。例えば、Zen softwareなどの解析ソフトウェア上で、1成分モデルを選択し、蛍光標識捕捉体ごとに、第1成分の拡散時間を測定する。次に、同じソフトウェア上で、2成分モデルを選択し、第1成分の拡散時間を、先の1成分モデルで測定した第1成分の拡散時間に固定して、第2成分の拡散時間を測定する。
【0039】
FCCSによる測定では、2つの波長のそれぞれの光子計測生データを取得する。生データの相互相関分析を行い、相互相関関数の曲線を取得する。さらに、各波長について、生データの自己相関分析を行い、第1及び第2の蛍光物質のそれぞれについての自己相関関数の曲線も取得してよい。相互相関関数の曲線に対して適切なフィッティングモデルによるフィッティングを行い、相関関数G(τ)と相関時間τによって引かれる相関曲線を得る。FCCSでは、1成分モデルで相互相関関数によるフィッティングを行うことができる。1成分は、変性処理されたVWFと蛍光標識捕捉体との複合体とすることができる。例えば、Zen softwareなどの解析ソフトウェア上で、1成分モデルを選択し、複合体の拡散時間を測定する。FCCSでは、VWFに対して2種類の蛍光標識捕捉体が用いられるので、より精度の高い解析が可能である。
【0040】
以下に、具体的な関数を示す。下記の関数は、いずれも公知である(例えば、Krichevsky O.及びBonnet G., Rep.Prog.Phys. vol.65, no.2, 251, 2002参照)。1成分3次元相関曲線を求めるためのフィッティング関数G(τ)は、下記のEq.1Aで表される。2成分3次元相関曲線を求めるためのフィッティング関数G(τ)は、下記のEq.1Bで表される。これらの関数は両方とも並進拡散プロセスを示す。相互相関曲線から並進拡散時間を算出する場合、下記のEq.1A又はEq.1Bのようにフィッティングモデルを使用できる。
【0041】
【数1】
【0042】
【数2】
【0043】
Eq.1Aにおいて、Nは、測定領域内の成分の分子数を表す(式中では、平均分子数である)。τDは、拡散時間(μs)を表す。τは、相関時間を表す。ωは、レーザー焦点体積(観察領域)の半径(wxy)と縦軸の半分の長さ(wz)との比(wz/wxy)を表す。Eq.1Bにおいて、N1は、測定領域内の第1成分の分子数を表し、N2は、測定領域内の第2成分の分子数を表す(式中では、平均分子数である)。Q1は、第1成分の量子収率を表し、Q2は、第2成分の量子収率を表す。τD1は、第1成分の拡散時間(μs)を表し、τD2は、第2成分の拡散時間(μs)を表す。ωは、参照として使用される100 nM Alexa Fluor(登録商標)488及び10 nM Alexa Fluor(登録商標)647の混合物から得られた公知の拡散時間に基づいて、測定開始時に割り当てることが好ましい。
【0044】
成分の分子数は、τ=0のときのG(τ)の値より得られた値である。τ=0のときのG(τ)の値を原点の値とし、原点の値が1/2となったときの相関時間τは、拡散時間を示す。具体的には、相関時間τが0であるときのG(τ)、すなわちG(0)がaである場合、拡散時間は、G(τ) =a×1/2となる相関時間τを意図する。より具体的には、相関関数G(τ)において、G(0)のときの値を1に換算した場合、拡散時間は、G(τ) = 0.5となる相関時間τである。したがって、相関関数G(τ)は、最大値が「1」かつ最小値が「0」となるように基準化してもよい。相関関数G(τ)を基準化する場合、最大値及び最小値の組み合わせは適宜設定できる。例えば、最大値が「2」かつ最小値が「1」である組み合わせとしてもよいし、最大値が「100」かつ最小値が「0」である組み合わせとしてもよい。
【0045】
三重項状態遷移時間を算出するため、下記のEq.2のようにフィッティングモデルを使用してもよい。Eq.2は、三重項状態遷移を示す。Eq. 2において、Tは、三重項状態振幅を表す。τTは、蛍光色素フルオロフォアの三重項状態減衰時間を表す。
【0046】
【数3】
【0047】
自己相関関数の場合、並進拡散時間及び蛍光色素の三重項状態遷移時間の両方(T×3D又はT×{3D+3D})を含めて、下記のEq. 3のようにフィッティングモデルを使用してもよい。Eq.3において、iは、独立成分の数を表す。
【0048】
【数4】
【0049】
拡散時間は、蛍光標識された分子のサイズに応じて変化するパラメータでもある。蛍光標識されたVWFの大きさに関する情報は、当該VWFの拡散時間に基づいて取得される値であってもよい。蛍光標識されたVWFの拡散時間に基づいて取得される値は、拡散時間を用いて算出される値であってもよい。例えば、拡散時間(τD)及び観察領域の半径(wxy)から拡散係数(D)が、D = wxy 2/4τDの式から算出される。そして、蛍光標識された分子が球状粒子であると仮定した場合、当該分子の流体力学的半径(RH)は、RH= kBT/6πηDの式から算出される。ここで、kBはボルツマン定数であり、Tは温度(K)であり、ηは測定試料の粘度(Pa・s)である。これらの式と、蛍光標識されたVWFの拡散時間とから、当該VWFの大きさに関する情報として流体力学的半径を得ることができる。
【0050】
蛍光標識されたVWFの拡散時間に基づいて取得される値は、当該VWFの拡散時間を、分子サイズが既知のVWFの拡散時間から作成した検量線に当てはめて取得される分子サイズであってもよい。分子サイズは、分子量や体積などの定量値である必要はなく、相対的な値でもよい。ここで、VWFは血流によりせん断されて、分子サイズの小さい断片となることが知られている。後述の実施例4に示されるように、例えば、正常ヒト血漿を撹拌することにより、撹拌時間に応じて、高分子VWFマルチマーの比率が異なるVWFを含む複数の測定試料を調製できる。高分子VWFマルチマーの比率は、例えば、上述のSDS-ゲル電気泳動法及び抗VWF抗体を用いるウェスタンブロット法により、撹拌した試料及び未撹拌の試料中のVWFマルチマーの構成を調べることで取得できる。具体的には、ウェスタンブロットの画像を解析して、未撹拌の試料に含まれる高分子VWFマルチマーの量に対する、撹拌した試料に含まれる高分子VWFマルチマーの量の比を算出する。そのようなVWFマルチマーの分析及び比の算出は公知であり、例えばBoender J.ら, Hemasphere, 5(3):e542, 2021に記載されている。
【0051】
好ましい実施形態では、高分子VWFマルチマーの比率が既知である複数の参照試料について、生体試料と同様に、尿素による変性処理、蛍光標識捕捉体による蛍光標識、及び、FCS又はFCCSによる拡散時間の取得を行い、当該拡散時間と高分子VWFマルチマーの比率とをプロットして検量線を作成する。そして、生体試料中のVWFについて拡散時間を取得し、これを検量線に当てはめることにより、VWFの大きさに関する情報として、生体試料についての高分子VWFマルチマーの比率を得ることができる。
【0052】
本実施形態の情報取得方法の利点は、上述のとおり、生体試料又は測定試料中のVWFの濃度による影響を低減して、VWFの大きさに関する情報を得られることである。さらなる利点として、本実施形態の情報取得方法は、結果が得られるまでに要する時間が、従来法であるSDS-ゲル電気泳動法及びウェスタンブロット法の組み合わせに比べて短いことが挙げられる。SDS-ゲル電気泳動法及びウェスタンブロット法では、VWFの大きさに関する情報が得られるまでに通常1日又は2日を要する。しかし、本実施形態の情報取得方法では、30分~1時間程度で結果を得ることができる。
【0053】
本発明のさらなる実施形態は、FCS又はFCCSによる測定に用いられる測定試料の調製方法(以下、「本実施形態の調製方法」ともいう)に関する。本実施形態の調製方法によれば、蛍光標識されたVWFの拡散時間の取得に適した測定試料を、VWFを含む生体試料から調製することができる。具体的には、まず、生体試料に含まれるVWFを尿素で変性処理する。この尿素による変性処理の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0054】
次いで、蛍光標識捕捉体を用いて、変性処理されたVWFを蛍光標識する。蛍光標識捕捉体及び蛍光標識の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。捕捉体の種類は、本実施形態の情報取得方法と同様に、ポリクロ―ナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体、互いに異なるエピトープに結合する複数のアプタマー、及びそれらの組み合わせが挙げられる。
【0055】
FCSによる測定のための測定試料を調製する場合、1色の蛍光物質で標識された捕捉体を用いる。FCCSによる測定のための測定試料を調製する場合、2色の蛍光物質のそれぞれで標識された捕捉体を用いる。すなわち、蛍光標識捕捉体として、第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体を用いる。上述のように、第2蛍光標識捕捉体中の第2の蛍光物質は、第1蛍光標識捕捉体中の第1の蛍光物質とは異なる波長域に蛍光発光極大を有する蛍光物質であることが好ましい。第1及び第2蛍光標識捕捉体と各蛍光物質の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0056】
本発明のさらなる実施形態は、上記の本実施形態の情報取得方法及び本実施形態の調製方法に用いられる試薬キット(以下、「本実施形態の試薬キット」ともいう)に関する。本実施形態の試薬キットは、尿素を含む第1試薬と、蛍光標識捕捉体を含む第2試薬とを含む。蛍光標識捕捉体の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0057】
第1試薬における尿素は、固体であってもよいし、溶液であってもよい。好ましい実施形態では、第1試薬は、尿素溶液を含むことが好ましい。溶媒は、本実施形態の情報取得方法についての説明で記載した水性溶媒から選択できる。第1試薬中の尿素の濃度は、特に限定されない。第1試薬中の尿素の濃度は、例えば、生体試料と当該第1試薬との混合物における尿素の終濃度が0.5M以上1.75M以下となる濃度であればよい。具体的には、第1試薬中の尿素の濃度は、1M以上8M以下、好ましくは1.5M以上6M以下、より好ましくは2M以上4M以下であり得る。
【0058】
本実施形態の情報取得方法においてVWFの大きさに関する情報をFCSにより取得する場合、又は本実施形態の調製方法においてFCSによる測定のための測定試料を調製する場合、第2試薬は、1色の蛍光物質で標識された捕捉体を含む。本実施形態の情報取得方法においてVWFの大きさに関する情報をFCCSにより取得する場合、又は本実施形態の調製方法においてFCCSによる測定のための測定試料を調製する場合、第2試薬は、第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体を含む。あるいは、第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体は、それぞれ別の試薬に含まれてもよい。この場合、本実施形態の試薬キットは、尿素を含む第1試薬と、第1蛍光標識捕捉体を含む第2試薬と、第2蛍光標識捕捉体を含む第3試薬とを含む。第1及び第2蛍光標識捕捉体と各蛍光物質の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0059】
第2試薬における蛍光標識捕捉体は、固体(例えば、粉末、結晶、凍結乾燥品など)であってもよいし、液体(例えば、溶液、懸濁液、乳濁液など)であってもよい。好ましい実施形態では、第2試薬は、蛍光標識捕捉体の溶液を含むことが好ましい。溶媒は、本実施形態の情報取得方法についての説明で記載した水性溶媒から選択できる。必要に応じて、水性媒体にウシ血清アルブミン(BSA)、カゼインなどの安定化剤を添加してもよい。第2試薬中の蛍光標識捕捉体の濃度は、特に限定されない。第2試薬中の蛍光標識捕捉体の濃度は、蛍光標識捕捉体が抗体である場合、測定試料中の抗体の終濃度が例えば1 nM以上100 nM以下となる濃度であればよい。具体的には、第2試薬中の蛍光標識捕捉体の濃度は、2 nM以上200 nM以下、好ましくは5 nM以上150 nM以下、より好ましくは10 nM以上100 nM以下であり得る。第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体が抗体である場合、試薬中の各抗体の濃度が、上記の範囲内であればよい。
【0060】
本実施形態の試薬キットは、各試薬を収容した容器が箱に梱包されて、ユーザーに提供されてもよい。箱には、添付文書を同梱してもよい。添付文書には、各試薬の組成、各試薬の使用方法、各試薬の保管方法などが記載されてもよい。本実施形態の試薬キットの一例を、図1Aに示す。図1Aを参照して、11は、本実施形態の試薬キットを示し、12は、尿素を含む第1試薬を収容した第1容器を示し、13は、蛍光標識捕捉体を含む第2試薬を収容した第2容器を示し、14は、梱包箱を示し、15は、添付文書を示す。第2容器13は、第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体を含む第2試薬を収容してもよい。
【0061】
第1蛍光標識捕捉体及び第2蛍光標識捕捉体がそれぞれ、第2試薬及び第3試薬に含まれる場合の本実施形態の試薬キットの一例を、図1Bに示す。図1Bを参照して、21は、本実施形態の試薬キットを示し、22は、尿素を含む第1試薬を収容した第1容器を示し、23は、第1蛍光標識捕捉体を含む第2試薬を収容した第2容器を示し、24は、第2蛍光標識捕捉体を含む第3試薬を収容した第2容器を示し、25は、梱包箱を示し、26は、添付文書を示す。
【0062】
さらなる実施形態は、尿素、及び、蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体の使用に関する。これらの物質は、FCSによりVWFの大きさに関する情報を取得するための試薬キット又は測定試料を調製するための試薬キットの製造に用いられる。捕捉体は、ポリクロ―ナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含む。尿素による変性処理、蛍光物質及び捕捉体の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0063】
さらなる実施形態は、尿素、第1の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体、及び、第2の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体の使用に関する。これらの物質は、FCCSによりVWFの大きさに関する情報を取得するための試薬キット又は測定試料を調製するための試薬キットの製造に用いられる。第1の蛍光物質を含み且つ尿素により変性処理されたVWFに結合する捕捉体は、ポリクロ―ナル抗体、又は、互いに異なるエピトープに結合する複数のモノクローナル抗体もしくはアプタマーを含む。尿素による変性処理、各蛍光物質及び捕捉体の詳細は、本実施形態の情報取得方法について述べたことと同じである。
【0064】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0065】
参考例
VWFを異なる濃度で含む複数の測定試料をFCCSにより測定したとき、各測定試料から取得されるVWFの拡散時間に差があるか否かを検討した。この参考例では、蛍光色素で直接標識したVWFを測定した場合と、蛍光標識抗体で間接的に標識したVWFを測定した場合とで比較した。
【0066】
(1) 生体試料
ヒト血漿由来VWFタンパク質(Merck社)を、アミンカップリング法によりAlexa Fluor(登録商標)488及びAlexa Fluor(登録商標)647(Thermo Fisher Scientific社)で標識して、2種類の蛍光色素が共有結合したVWF(以下、「488-VWF-647」と呼ぶ)を得た。488-VWF-647を、VWFの濃度で25 nMとなるように1%(w/v) BSA含有PBS(pH 7.4)(以下、「1%BSA-PBS」と呼ぶ)に添加して、488-VWF-647溶液を調製した。また、ヒト血漿由来VWFタンパク質を、25 nMとなるように1%BSA-PBSに添加して、VWF溶液を調製した。
【0067】
(2) 蛍光標識抗体を含む試薬
VWFと結合するモノクローナル抗体として、NMC4 Fab及び2F2A9抗体(BD Biosciences社)を用いた。これらは、互いに異なるエピトープに結合する抗体であった。NMC4 Fabは、公開されているアミノ酸配列に基づいて公知の遺伝子組み換え法により作製した。具体的には、まず、Expi293細胞にNMC4の軽鎖及び重鎖を発現させた後、培養上清を回収した。この培養上清中のNMC4 Fabをゲルろ過で精製し、遠心濃縮器で濃縮した。得られたNMC4 Fabをアミンカップリング法によりAlexa Fluor(登録商標)647で標識して、Alexa Fluor 647標識NMC4 Fab(以下、「NMC4-647」と呼ぶ)を得た。2F2A9抗体をマレイミド法によりAlexa Fluor(登録商標)488で標識して、脱塩カラムにより未結合の蛍光色素を除去して、Alexa Fluor 488標識2F2A9抗体(以下、「2F2A9-488」と呼ぶ)を得た。各抗体を1%BSA-PBSに添加して、2F2A9-488(50 nM)及びNMC4-647(25 nM)を含む試薬1を調製した。
【0068】
(3) 測定試料の調製
(3.1) 488-VWF-647を含む測定試料
488-VWF-647溶液(50μL)と1%BSA-PBS(50μL)とを混合して、希釈率2倍の測定試料を調製した。488-VWF-647溶液(10μL)と1%BSA-PBS(90μL)とを混合して、希釈率10倍の測定試料を調製した。488-VWF-647溶液(5μL)と1%BSA-PBS(95μL)とを混合して、希釈率20倍の測定試料を調製した。
【0069】
(3.2) VWFを含む測定試料
VWF溶液(50μL)と試薬1(50μL)とを混合し、37℃で5分間インキュベーションして、希釈率2倍の測定試料を調製した。VWF溶液(10μL)と1%BSA-PBS(40μL)と試薬1(50μL)とを混合し、37℃で5分間インキュベーションして、希釈率10倍の測定試料を調製した。VWF溶液(5μL)と1%BSA-PBS(45μL)と試薬1(50μL)とを混合し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして、希釈率20倍の測定試料を調製した。
【0070】
(4) 測定及び解析
各測定試料(30μL)を384ウェルのガラス底プレート(Sigma-Aldrich社)に添加し、Carl Zeiss LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)で測定した。測定は、各測定試料についてトリプリケートで行った。Alexa Fluor(登録商標)488は488 nmのレーザーで励起し、Alexa Fluor(登録商標)647は639 nmのレーザーで励起した。488 nm及び639 nmの各レーザーの出力は1~10μWであった。各ウェルについて、1回の測定時間を10秒~15秒として、蛍光強度(kHz)を連続的に測定した。各ウェルについて、10回~15回測定を行った。これら10回~15回の測定の平均相関関数のフィッティングを行った。解析は、Zen software(Zeiss社)により行った。まず、取得した生データに対して、ベースラインのドリフト又はバースト(平均蛍光輝度の3倍以上高い蛍光信号)を示す測定値を削除する処理を行った。FCCSに用いる相互相関曲線は、1成分3次元並進拡散モデル(3D)によりフィッティングした。1成分モデルでの相互相関関数のフィッティングでは、1成分は、第1及び第2蛍光標識抗体とVWFとの免疫複合体であった。Zen software上で、1成分モデルを選択した。そして、各測定試料について、第1及び第2蛍光物質のシグナルに基づいて免疫複合体の拡散時間を取得した。
【0071】
(5) 結果
図2Aに、488-VWF-647を含む各測定試料の拡散時間を示した。図2Bに、VWFを含む各測定試料の拡散時間を示した。図2Aに示されるように、488-VWF-647を含む測定試料から得た拡散時間は、生体試料の希釈率にかかわらず、ほぼ一定であった。これは、VWFを蛍光色素で直接標識した場合、FCCSにより得られたVWFの分子サイズは、VWF濃度に依存しなかったことを示した。一方で、図2Bに示されるように、VWFを含む測定試料から得た拡散時間は、生体試料の希釈率が高くなるほど、低下した。これは、VWFを蛍光標識抗体で間接標識した場合、FCCSにより得られたVWFの分子サイズは、VWF濃度に依存したことを示した。
【0072】
上記の結果について、本発明者らは、未変性のVWFではエピトープが十分に露出していないこと、及び、VWFに結合した蛍光標識抗体の数が少ないことが原因であると考えた。エピトープが十分に露出していないことは、VWFに結合する抗体の数に影響し得る。また、VWFに結合した抗体の数が少ないことは、VWFからの抗体の解離が分子サイズに大きく影響し得る。測定試料中のVWFの濃度が低いほど、抗体がVWFから解離する頻度が上昇するので、抗体とVWFとの複合体の平均サイズが低下すると想定された。本発明者らは、VWF濃度の影響、すなわちVWFと抗体との解離の影響を低減するためには、VWF1分子当たりの結合した抗体の数を増やす必要があると考えた。本発明者らは、タンパク質の変性剤によりVWFを変性処理することと、蛍光標識抗体の種類を変更することを検討した。
【0073】
実施例1
VWFの変性処理及び蛍光標識抗体の変更により、VWF濃度の影響を低減する効果が得られるかについて検討した。
【0074】
(1) 生体試料
凝固試験用標準ヒト血漿(シスメックス株式会社)を用いた。
【0075】
(2) 試薬
(2.1) 変性剤
尿素(9 g、富士フイルム和光純薬株式会社)を1%BSA-PBSに溶解して50 mLの溶液にして、3M尿素溶液を調製した。
【0076】
(2.2) 蛍光物質
第1の蛍光物質として、Alexa Fluor(登録商標)488(Thermo Fisher Scientific社)を用いた。第2の蛍光物質として、Alexa Fluor(登録商標)647(Thermo Fisher Scientific社)を用いた。以下、Alexa Fluor(登録商標)488で標識された抗体を「第1蛍光標識抗体」とも呼ぶ。また、Alexa Fluor(登録商標)647で標識された抗体を「第2蛍光標識抗体」とも呼ぶ。
【0077】
(2.3) 蛍光標識抗体を含む試薬
(i) 蛍光標識モノクローナル抗体の調製
VWFと結合するモノクローナル抗体として、上記の参考例で用いたNMC4 Fab及び2F2A9抗体に加えて、VWF635抗体(Novus Biologicals社)及びSPM577抗体(Novus Biologicals社)を用いた。VWF635抗体及びSPM577抗体は、互いに異なるエピトープに結合する抗体であった。NMC4 Fab及び2F2A9抗体のそれぞれから、上記の参考例と同様にしてNMC4-647及び2F2A9-488を調製した。VWF635抗体及びSPM577抗体のそれぞれをアミンカップリング法によりAlexa Fluor(登録商標)488で標識して、Alexa Fluor 488標識VWF635抗体(以下、「VWF-488」と呼ぶ)及びAlexa Fluor 488標識SPM577抗体(以下、「SPM-488」と呼ぶ)を得た。
【0078】
(ii) 蛍光標識ポリクローナル抗体の調製
VWFと結合するポリクローナル抗体として、Polyclonal anti VWF IgG(Dako A/S社)を用いた。このポリクローナル抗体をペプシン消化法により断片化し、ゲルろ過により精製してPolyclonal anti VWF F(ab')2を得た。得られたF(ab')2をアミンカップリング法によりAlexa Fluor(登録商標)488又はAlexa Fluor(登録商標)647で標識して、Alexa Fluor 488標識Polyclonal anti VWF F(ab')2(以下、「DakoF-488」と呼ぶ)及びAlexa Fluor 647標識Polyclonal anti VWF F(ab')2(以下、「DakoF-647」と呼ぶ)を得た。
【0079】
(iii) 蛍光標識抗体を含む試薬の調製
上記の蛍光標識抗体を組み合わせて、試薬1~3を調製した。試薬1は、上記の参考例と同じ試薬、すなわち2F2A9-488(50 nM)及びNMC4-647(25 nM)を含む試薬であった。試薬2は、DakoF-488(50 nM)及びNMC4-647(25 nM)を含む試薬であった。試薬3は、VWF-488(25 nM)、SPM-488(25 nM)及びNMC4-647(25 nM)を含む試薬であった。各試薬の組成を表1に示した。表中、「488標識抗体」及び「647標識抗体」は、それぞれAlexa Fluor(登録商標)488で標識した抗体及びAlexa Fluor(登録商標)647で標識した抗体を表す。表中、各抗体の濃度は、試薬における終濃度を示す。試薬1~3の溶媒には1%BSA-PBSを用いた。
【0080】
【表1】
【0081】
(3) 測定試料の調製
生体試料の希釈により、VWF濃度の異なる複数の測定試料を調製した。希釈率2倍の測定試料を次のようにして調製した。生体試料(17μL)と1%BSA-PBS(17μL)とを混合して、生体試料を2倍に希釈した。希釈した生体試料に3M尿素溶液(17μL)又は1%BSA-PBS(17μL)を添加して、37℃で15分間インキュベーションした。このとき、尿素溶液を添加した試料では、尿素の終濃度は1Mであった。そして、試薬1(50μL)、試薬2(50μL)又は試薬3(50μL)を添加し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして測定試料を得た。希釈率10倍の測定試料を、生体試料(3.4μL)と1%BSA-PBS(30.6μL)とを混合したことを除き、希釈率2倍の測定試料と同様にして調製した。尿素溶液を添加された測定試料における尿素の終濃度は0.495Mであった。
【0082】
(4) 測定及び解析
各測定試料(30μL)を384ウェルのガラス底プレート(Sigma-Aldrich社)に添加し、Carl Zeiss LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)で測定した。Alexa Fluor(登録商標)488は488 nmのレーザーで励起し、Alexa Fluor(登録商標)647は639 nmのレーザーで励起した。488 nm及び639 nmの各レーザーの出力は1~10μWであった。各ウェルについて、1回の測定時間を10秒~15秒として、蛍光強度(kHz)を連続的に測定した。測定は10回~15回行った。これら10回~15回の測定の平均相関関数のフィッティングを行った。解析は、Zen software(Zeiss社)により行った。まず、取得した生データに対して、ベースラインのドリフト又はバースト(平均蛍光輝度の3倍以上高い蛍光信号)を示す測定値を削除する処理を行った。FCCSに用いる相互相関曲線は、1成分3次元並進拡散モデル(3D)によりフィッティングした。また、FCSに用いる自己相関曲線は、1成分又は2成分3次元並進拡散+三重項状態モデル(T×3D又はT×{3D+3D})によりフィッティングした。
【0083】
(i) FCSによる拡散時間の取得
1成分モデルでの自己相関関数のフィッティングでは、1成分は、第1又は第2蛍光標識抗体とVWFとの免疫複合体であった。Zen software上で、1成分モデルを選択した。そして、各測定試料について、第1又は第2蛍光物質のシグナルに基づいて免疫複合体の拡散時間を取得した。
【0084】
2成分モデルでの自己相関関数のフィッティングでは、第1成分は、未反応の第1又は第2蛍光標識抗体であった。第2成分は、第1又は第2蛍光標識抗体とVWFとの免疫複合体であった。まず、Zen software上で、1成分モデルを選択した。そして、VWFを含まない試料(1%BSA-PBS(34μL)と3M尿素溶液(17μL)との混合液)に各蛍光標識抗体を添加して測定し、第1成分の拡散時間を取得した(Tp488又はTp647)。次に、Zen software上で、2成分モデルを選択した。第1成分の拡散時間は、先に測定した第1成分の拡散時間(Tp488又はTp647)に固定した。各測定試料について、第1又は第2蛍光物質のシグナルに基づいて第2成分の拡散時間を取得した。
【0085】
(ii) FCCSによる拡散時間の取得
1成分モデルでの相互相関関数のフィッティングでは、1成分は、第1及び第2蛍光標識抗体とVWFとの免疫複合体であった。Zen software上で、1成分モデルを選択した。そして、各測定試料について、第1及び第2蛍光物質のシグナルに基づいて免疫複合体の拡散時間を取得した。
【0086】
(5) 結果
各測定試料についてFCS又はFCCSにより取得した拡散時間を、図3A図3B及び図4~8に示した。図中、「PBS」は、3M尿素溶液に代えて1%BSA-PBSを添加した測定試料を表す。「1M urea」は、3M尿素溶液を添加した測定試料を表す。1Mは、希釈した生体試料に3M尿素溶液を添加したときの尿素の終濃度であった。これらの図と、使用した試薬、測定波長、検出される蛍光標識抗体及び測定法との対応関係を表2に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
図3A及び図3Bに、試薬1を用いたFCS(測定波長488 nm又は647 nm)により取得した拡散時間を示した。試薬1は、2F2A9-488及びNMC4-647の2種類の蛍光標識抗体を含むが、測定波長は488 nm及び647 nmのいずれか一方であったので、実質的に1種類の蛍光標識抗体を用いるFCSと同じであった。図3A及び図3Bに示されるように、尿素による変性処理を行ったか否かに関わらず、10倍希釈の測定試料の拡散時間は、2倍希釈の測定試料よりも短くなった。試薬1は、上記の参考例で用いた試薬と同じであった。尿素による変性処理だけでは、測定試料中のVWFの濃度によるFCSの測定結果への影響は低減できないことが示唆された。
【0089】
図4及び図5に、試薬2又は試薬3を用いたFCS(測定波長488 nm)により取得した拡散時間を示した。試薬2は、ポリクローナル抗体由来の蛍光標識抗体(DakoF-488)を含み、試薬3は、互いに異なるエピトープに結合する2種類のモノクローナル抗体由来の蛍光標識抗体(VWF-488及びSPM-488)を含むので、試薬1を用いる場合よりも、VWF1分子当たりの結合した抗体の数が増えることが予期された。図4及び図5に示されるように、尿素による変性処理を行った場合、2倍希釈の測定試料と10倍希釈の測定試料との間で拡散時間に差はほとんど認められなかった。これらの結果から、生体試料中のVWFを尿素により変性処理することと、ポリクローナル抗体又は互いに異なるエピトープに結合する2種以上のモノクローナル抗体を1種類の蛍光物質で標識してFCSに用いることにより、測定試料中のVWFの濃度による影響は低減できることが示唆された。尿素の変性作用は、VWFだけでなく、蛍光標識抗体にも及ぶが、上記の結果より、測定試料における尿素の終濃度が約0.5Mでは、測定への影響はないことが示唆された。
【0090】
図6に、試薬1を用いたFCCS(測定波長488 nm及び647 nm)により取得した拡散時間を示した。図6に示されるように、尿素による変性処理をしなかった場合、10倍希釈の測定試料の拡散時間は、2倍希釈の測定試料よりも短くなった。変性処理をした場合は、変性処理をしなかった場合に比べて、希釈率の異なる測定試料間の拡散時間の差は小さくなる傾向にあった。これらのことから、尿素による変性処理だけでは、測定試料中のVWFの濃度によるFCCSの測定結果への影響は十分に低減できないことが示唆された。
【0091】
図7及び図8に、試薬2又は試薬3を用いたFCCSにより取得した拡散時間を示した。図7及び図8に示されるように、尿素による変性処理を行った場合、2倍希釈の測定試料と10倍希釈の測定試料との間で拡散時間に差はほとんど認められなかった。FCCSでは、2種類の蛍光物質を用いる。これらの結果から、2種類の蛍光物質のうち、いずれか一方でポリクローナル抗体又は互いに異なるエピトープに結合する2種以上のモノクローナル抗体を蛍光標識してFCCSに用いることが、VWFの濃度による影響の低減に有用であることが示唆された。また、尿素によりVWFを変性処理することも有用であることが示唆された。上記の結果より、測定試料における尿素の終濃度が約0.5Mでは、測定への影響はないことも示唆された。
【0092】
実施例2
生体試料中のVWFを変性処理するときの尿素の濃度について検討した。実施例2では、2種類の蛍光物質のそれぞれで標識したポリクローナル抗体の組み合わせを用いたFCCSにより、拡散時間を取得した。
【0093】
(1) 生体試料及び試薬
生体試料として、実施例1と同じ凝固試験用標準ヒト血漿を用いた。変性剤として、実施例1と同じ3M尿素溶液を用いた。また、尿素(4.5 g又は15.75 g、富士フイルム和光純薬株式会社)を1%BSA-PBSに溶解して50 mLの溶液にして、1.5M及び5.25M尿素溶液を調製した。蛍光標識抗体として、実施例1で調製したDakoF-488及びDakoF-647を用いた。これらの蛍光標識抗体を含む試薬として、DakoF-488(50 nM)及びDakoF-647(25 nM)を含む試薬4を調製した。試薬4の溶媒には1%BSA-PBSを用いた。
【0094】
(2) 測定試料の調製
VWF及び尿素の濃度の異なる複数の測定試料を調製した。希釈率2倍の測定試料を次のようにして調製した。生体試料(17μL)と1%BSA-PBS(17μL)とを混合して、生体試料を2倍に希釈した。希釈した生体試料に1.5M、3M又は5.25M尿素溶液(17μL)を添加して、37℃で15分間インキュベーションした。このとき、尿素の終濃度は0.5M、1M又は1.75Mであった。そして、試薬4(50μL)を添加し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして、測定試料を得た。希釈率10倍の測定試料を、生体試料(3.4μL)と1%BSA-PBS(30.6μL)とを混合したことを除き、希釈率2倍の測定試料と同様にして調製した。測定試料における尿素の終濃度は0.224M、0.495M又は1.085Mであった。
【0095】
(3) 測定及び解析
実施例1と同様にして、LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)及びZen software(Zeiss社)を用いてFCCSにより拡散時間を取得した。結果を図9に示した。図中の尿素濃度は、希釈した生体試料に3M尿素溶液を添加したときの尿素の終濃度であった。図9と、使用した試薬、測定波長、検出される蛍光標識抗体及び測定法との対応関係を表3に示す。
【0096】
【表3】
【0097】
(4) 結果
図9に示されるように、0.5M、1M及び1.75Mのいずれの濃度の尿素で変性処理を行っても、2倍希釈の測定試料と10倍希釈の測定試料との間で拡散時間に大きな差は認められなかった。この結果より、生体試料の変性処理は、0.5M以上1.75M以下の濃度の尿素の存在下で行うことができることが示唆された。また、2種類の蛍光物質のそれぞれで標識したポリクローナル抗体の組み合わせをFCCSに用いることが、VWFの濃度による影響の低減に有用であることが示唆された。
【0098】
実施例3
2種類の蛍光物質のそれぞれで標識したポリクローナル抗体の混合比について検討した。
【0099】
(1) 生体試料及び試薬
生体試料及び変性剤として、実施例1と同じ凝固試験用標準ヒト血漿及び3M尿素溶液を用いた。蛍光標識抗体として、実施例1で調製したDakoF-488及びDakoF-647を用いた。これらの蛍光標識抗体を含む試薬として、試薬5~9を調製した。各試薬の組成を表4に示す。表中、各抗体の濃度は、試薬における終濃度を示した。試薬5~9の溶媒には1%BSA-PBSを用いた。
【0100】
【表4】
【0101】
(2) 測定試料の調製
希釈率2倍の測定試料を次のようにして調製した。生体試料(17μL)と1%BSA-PBS(17μL)とを混合して、生体試料を2倍に希釈した。希釈した生体試料に3M尿素溶液(17μL)を添加して、37℃で15分間インキュベーションした。このとき、尿素の終濃度は1Mであった。そして、50μLの試薬5、試薬6、試薬7、試薬8又は試薬9を添加し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして測定試料を得た。希釈率10倍の測定試料を、生体試料(3.4μL)と1%BSA-PBS(30.6μL)とを混合したことを除き、希釈率2倍の測定試料と同様にして調製した。測定試料における尿素の終濃度は0.495Mであった。
【0102】
(3) 測定及び解析
実施例1と同様にして、LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)及びZen software(Zeiss社)を用いてFCCSにより拡散時間を取得した。結果を図10に示した。図中の蛍光標識抗体のモル比は、各試薬におけるDakoF-647の終濃度に対するDakoF-488の終濃度の比の値であった。図10と、使用した試薬、測定波長、検出される蛍光標識抗体及び測定法との対応関係を表5に示す。
【0103】
【表5】
【0104】
(4) 結果
図10に示されるように、試薬におけるDakoF-488とDakoF-647とのモル比がいずれの値であっても、2倍希釈の測定試料と10倍希釈の測定試料との間で拡散時間に大きな差は認められなかった。この結果より、試薬における第2の蛍光物質を含むポリクロ―ナル抗体の濃度に対する第1の蛍光物質を含むポリクロ―ナル抗体の濃度の比は、モル比で表して0.5以上4以下であればよいことが示唆された。
【0105】
実施例4
実施例4では、凝固試験用標準ヒト血漿を撹拌して、分子サイズの異なるVWFを含む複数の測定試料を調製し、各測定試料をFCS又はFCCSにより測定して、分子サイズに応じた拡散時間を取得できるかについて検討した。
【0106】
(1) 生体試料
標準血漿試料として、凝固試験用標準ヒト血漿(シスメックス株式会社)を用いた。標準血漿試料を4つのアリコートに分割した。4つのうち、3つのアリコートのそれぞれをボルテックスミキサーで10分間、60分間又は120分間撹拌した後、EDTAを終濃度10μg/mLとなるように添加した。各試料に含まれるVWFの分子サイズの分析を株式会社エスアールアイに委託した。この分析では、SDS-アガロースゲル電気泳動法及び抗VWF抗体を用いるウェスタンブロット法により、VWFマルチマーの構成を調べた。図11に、各試料のウェスタンブロットの画像を示した。図中、「標準」とは、標準血漿試料を示す。図11に示されるように、撹拌時間が長いほど、VWFの分子サイズが低下したことが示された。すなわち、撹拌により、分子サイズの異なるVWFを含む血漿試料が調製された。このウェスタンブロットの画像において、VWFのバンドを分子サイズに応じてLarge、Medium、Small及びSmallestの4つの画分に分類した。Image Jソフトウェア(NIHより提供)を用いて、各血漿試料の画像中のバンド濃度をデンシトメトリー分析した。そして、血漿試料ごとに、全ての画分のバンド濃度に対するLarge画分のバンド濃度の割合(L%)を算出した。標準血漿試料のL%の値と撹拌した各試料のL%の値とを用いて、以下の式に従って、LMW index (%)を算出した。なお、ウェスタンブロットの画像に基づくVWFマルチマーの分析については、Boender J.ら, Hemasphere, 5(3):e542, 2021を参照した。
【0107】
LMW index = [(撹拌した試料のL%の値)/(標準血漿試料のL%の値)]×100
【0108】
各試料について算出したLMW indexに基づき、以下、標準血漿試料を「100% SHP」と呼び、10分間撹拌した血漿試料を「75% SHP」と呼び、60分間撹拌した血漿試料を「50% SHP」と呼び、120分間撹拌した血漿試料を「25% SHP」と呼ぶ。
【0109】
(2) 試薬
変性剤として、実施例1と同じ3M尿素溶液を用いた。蛍光標識抗体を含む試薬として、実施例2と同じ試薬4を用いた。
【0110】
(3) 測定試料の調製
希釈率10倍の測定試料を次のようにして調製した。100% SHP(4μL)、75% SHP(4μL)、50% SHP(4μL)又は25% SHP(4μL)と、1%BSA-PBS(36μL)とを混合して、各試料を10倍に希釈した。希釈した各試料に3M尿素溶液(20μL)を添加して、37℃で15分間インキュベーションした。このとき、尿素の終濃度は1Mであった。そして、試薬4(40μL)を添加し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして、測定試料を得た。測定試料における尿素の終濃度は0.6Mであった。
【0111】
(4) 測定及び解析
実施例1と同様にして、LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)及びZen software(Zeiss社)を用いてFCS又はFCCSにより拡散時間を取得した。各測定試料の拡散時間をプロットしたグラフを図12A~Cに示した。これらの図と、使用した試薬、測定波長、検出される蛍光標識抗体及び測定法との対応関係を表6に示す。
【0112】
【表6】
【0113】
(5) 結果
図12A~Cに示されるように、いずれの測定においても、LMW indexが大きくなるに従って、拡散時間も長くなったことが示された。また、図12A~Cに示されるように、いずれの回帰式においても、決定係数が0.9以上であった。これらの結果から、尿素により変性処理したVWFを含む測定試料を、蛍光標識ポリクローナル抗体を用いるFCS又はFCCSで測定することにより、VWFの分子サイズに応じた拡散時間を取得できることが示唆された。
【0114】
実施例5
実施例4の100% SHP及び50% SHPから調製した希釈率2~32倍の測定試料をFCS及びFCCSにより測定して、尿素による変性処理及び蛍光標識ポリクローナル抗体の使用により、VWF濃度の影響が低減されるかについて検討した。
【0115】
(1) 生体試料及び試薬
生体試料として、実施例4と同じ100% SHP及び50% SHPを用いた。変性剤として、実施例1と同じ3M尿素溶液を用いた。蛍光標識抗体を含む試薬として、実施例1と同じ試薬1及び2を用いた。
【0116】
(2) 測定試料の調製
100% SHP(40μL)と1%BSA-PBS(40μL)とを混合して、希釈率2倍の血漿試料を調製した。希釈した血漿試料から40μLを分取し、分取した血漿試料(40μL)と1%BSA-PBS(40μL)とを混合して、希釈率4倍の血漿試料を調製した。同様の操作を繰り返して、希釈率8倍、16倍及び32倍の血漿試料を調製した。また、50% SHPについても同様の希釈操作を行って、希釈率2倍、4倍、8倍、16倍及び32倍の血漿試料を調製した。希釈により得た各血漿試料(34μL)に3M尿素溶液(17μL)を添加して、37℃で15分間インキュベーションした。このとき、尿素の終濃度は1Mであった。そして、試薬1(40μL)又は試薬2(40μL)を添加し、暗所にて室温で5分間インキュベーションして、希釈率2倍、4倍、8倍、16倍及び32倍の測定試料を得た。測定試料における尿素の終濃度は0.56Mであった。
【0117】
(3) 測定及び解析
実施例1と同様にして、LSM710共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社)及びZen software(Zeiss社)を用いてFCS又はFCCSにより拡散時間を取得した。各測定試料の拡散時間をプロットしたグラフを図13A~C、図14及び図15に示す。これらの図と、使用した試薬、測定波長、検出される蛍光標識抗体及び測定法との対応関係を表7に示す。
【0118】
【表7】
【0119】
(4) 結果
図13A~Cに示されるように、試薬1を用いたFCS及びFCCSでは、希釈率が高くなるほど、拡散時間が低下した。これは、測定試料中のVWF濃度が低いことが、FCS及びFCCSの測定に影響したことを示した。また、希釈率が高くなるほど、100% SHP由来の測定試料と50% SHP由来の測定試料との間の拡散時間の差が小さくなった。これは、測定試料中のVWF濃度が低くなることにより、FCS及びFCCSのサイズ分解能が低下したことを示した。したがって、試薬1のような蛍光標識モノクローナル抗体を用いたFCS及びFCCSで得られた分子サイズの情報は、正確なVWFの分子サイズを反映しているか不明となることが示唆された。
【0120】
図14に示されるように、試薬2を用いたFCSでは、希釈率が高くなっても、拡散時間の低下はほとんど認められなかった。図15に示されるように、試薬2を用いたFCCSでは、希釈率の増加による拡散時間の低下は顕著に低減された。また、図14及び15に示されるように、いずれの希釈率においても、100% SHP由来の測定試料と50% SHP由来の測定試料との間の拡散時間の差は維持されていた。したがって、試薬2のような蛍光標識ポリクローナル抗体を用いたFCS及びFCCSで得られた分子サイズの情報は、正確なVWFの分子サイズを反映することが示唆された。
【符号の説明】
【0121】
11、21: 試薬キット
12、22: 第1容器
13、23: 第2容器
14、25: 梱包箱
15、26: 添付文書
24: 第3容器
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12A
図12B
図12C
図13A
図13B
図13C
図14
図15