(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023017272
(43)【公開日】2023-02-07
(54)【発明の名称】ヘリウムコンテナ
(51)【国際特許分類】
F17C 11/00 20060101AFI20230131BHJP
【FI】
F17C11/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021121403
(22)【出願日】2021-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福山 寛
【テーマコード(参考)】
3E172
【Fターム(参考)】
3E172AA02
3E172AA05
3E172AB15
3E172BA06
3E172BB05
3E172BB12
3E172BB17
3E172DA90
3E172EB02
3E172FA08
3E172FA23
3E172HA03
3E172KA02
(57)【要約】
【課題】輸送後のヘリウムコンテナ内からの液体ヘリウムの取り出し量を多くすると共に大気放出するヘリウムガス量を少なくする。
【解決手段】略円筒形状で断熱構造を有する液体ヘリウム貯蔵タンクを収納する輸送用の箱形形状のヘリウムコンテナは、液体水素の冷熱を用いて液体ヘリウム貯蔵タンクからの気体のヘリウムを吸着するヘリウム吸着剤を有するヘリウム吸着装置をヘリウムコンテナ内に備える。液体ヘリウム貯蔵タンクでガス化するヘリウムガスを液体水素の冷熱を用いてヘリウム吸着装置で吸着することにより、輸送期間に亘って液体ヘリウム貯蔵タンクの内圧を0.13MPaに保ち、輸送後に液体ヘリウム貯蔵タンクから液体ヘリウムを取り出す際に生じるフラッシュロスが減じて液取り効率が向上し、大気放出量を少なくすることができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
略円筒形状で断熱構造を有する液体ヘリウム貯蔵タンクを収納する輸送用の箱形形状のヘリウムコンテナであって、
液体水素の冷熱を用いて前記液体ヘリウム貯蔵タンクからの蒸発ヘリウム気体を吸着するヘリウム吸着剤を有するヘリウム吸着装置を前記ヘリウムコンテナ内に備える、
ことを特徴とするヘリウムコンテナ。
【請求項2】
請求項1記載のヘリウムコンテナであって、
前記ヘリウム吸着装置は、液体水素を貯蔵する液体水素断熱貯蔵容器と、前記液体水素断熱貯蔵容器内の液体水素中に配置されて前記ヘリウム吸着剤を内蔵するヘリウム吸着容器と、前記液体水素断熱貯蔵容器内に液体水素を導入する水素導入管と、前記液体水素断熱貯蔵容器内で気化した水素を外部に排出する水素排出管と、前記液体ヘリウム貯蔵タンクから前記ヘリウム吸着容器内にヘリウムを流入するヘリウム流入管と、を備え、
前記ヘリウム流入管と前記水素排出管は、前記ヘリウム流入路内のヘリウムと前記水素排出流路内の水素とが熱交換可能に配置されている、
ヘリウムコンテナ。
【請求項3】
請求項2記載のヘリウムコンテナであって、
前記ヘリウム流入管は、前記水素排出管の内部に配管されている、
ヘリウムコンテナ。
【請求項4】
請求項2または3記載のヘリウムコンテナであって、
前記ヘリウム吸着容器は、前記ヘリウム吸着剤と前記液体水素断熱貯蔵容器内の液体水素と熱交換可能となるように構成されている、
ヘリウムコンテナ。
【請求項5】
請求項1ないし4のうちのいずれか1つの請求項に記載のヘリウムコンテナであって、
前記ヘリウム吸着装置は、前記ヘリウムコンテナの長手方向に対して垂直な断面において前記液体ヘリウム貯蔵タンク外の四隅の複数箇所に複数配置されている、
ヘリウムコンテナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘリウムコンテナに関し、詳しくは、液体ヘリウム貯蔵タンクを収納する輸送用のヘリウムコンテナに関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリウムは、アメリカ、カタール、アルジェリア、ポーランド、ロシアといった限られた地域でしか生産されないため、液体ヘリウムとして40フィートサイズのヘリウムコンテナを使用して輸送されている(例えば、非特許文献1参照)。このヘリウムコンテナに収納されるヘリウムタンクは、内部から液化ヘリウム(LHe)槽、ガスヘリウム(GHe)シールド、液体窒素(LN2)シールド、外槽の順に組み付けられている。液化ヘリウム(LHe)槽へは液化ヘリウムの充填・払い出し、ヘリウムガスの抜き出し、液化ヘリウムの小分け用配管が取り付けられている。さらに、各槽やシールドの間に、アルミ蒸着マイラーとガラス繊維紙の積層から成るスーパーインシュレーション(多層真空断熱)を施工し、断熱性能を向上している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】“コンテナ備忘録 液化ヘリウムコンテナについて”,2021年6月15日検索,http://usenoforklifts.web.fc2.com/column3.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
産出国で液化してコンテナ充填した時点での液体ヘリウムの体積は容器全体の90%程度である (4.2K,0.1MPa)。この状態から容器を封止し長距離輸送する間に入熱のためコンテナ内の温度と圧力は単調増加する。例えば、日本到着時には5.1~5.4Kで0.3~0.4MPaの一様流体 (超臨界状態) になっており、そこから小分け容器に液体ヘリウムとして取り出せる量は全体の約30%となる。そのため、液体ヘリウムが供給不足になったり、大量のガス消費者に対しても高コストの圧縮ガスの荷姿で運搬しなければならない。さらに、ガス取り速度が設備のガス圧縮能力を越えて、高価で稀少なヘリウムガスを大気放出してしまう場合もある。配送センターでの大気放出ロスは全輸入量の1割程度にも達している。
【0005】
本発明のヘリウムコンテナは、輸送後のヘリウムコンテナ内からの液体ヘリウムの取り出し量を多くすると共に大気放出するヘリウムガス量を少なくすることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のヘリウムコンテナは、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明のヘリウムコンテナは、
略円筒形状で断熱構造を有する液体ヘリウム貯蔵タンクを収納する輸送用の箱形形状のヘリウムコンテナであって、
液体水素の冷熱を用いて前記液体ヘリウム貯蔵タンクからの蒸発ヘリウム気体を吸着するヘリウム吸着剤を有するヘリウム吸着装置を前記ヘリウムコンテナ内に備える、
ことを特徴とする。
【0008】
本発明のヘリウムコンテナでは、液体水素の冷熱を用いて液体ヘリウム貯蔵タンクからの蒸発ヘリウム気体を吸着するヘリウム吸着剤を有するヘリウム吸着装置をヘリウムコンテナ内に備える。これにより、液体ヘリウムの輸送中の入熱で蒸発するヘリウムガスを液体水素の冷熱を用いてヘリウム吸着剤に吸着するから、輸送後の液体ヘリウムの取り出し量を多くすることができる。また、輸送後にヘリウム吸着剤に吸着したからヘリウムをガスとして取り出すことができるから、大気放出するヘリウムガス量を少なく(例えば、限りなくゼロに近く)することができる。これらの結果、輸送後のヘリウムコンテナ内からの液体ヘリウムの取り出し量を多くすることができると共に大気放出するヘリウムガス量を少なく(限りなくゼロに近く)することができる。
【0009】
こうした本発明のヘリウムコンテナにおいて、前記ヘリウム吸着装置は、液体水素を貯蔵する液体水素断熱貯蔵容器と、前記液体水素断熱貯蔵容器内の液体水素中に配置されて前記ヘリウム吸着剤を内蔵するヘリウム吸着容器と、前記液体水素断熱貯蔵容器内に液体水素を導入する水素導入管と、前記液体水素断熱貯蔵容器内で気化した水素を外部に排出する水素排出管と、前記液体ヘリウム貯蔵タンクから前記ヘリウム吸着容器内にヘリウムを流入するヘリウム流入管と、を備え、前記ヘリウム流入管と前記水素排出管は、前記ヘリウム流入路内のヘリウムと前記水素排出流路内の水素とが熱交換可能に配置されているものとしてもよい。この場合、前記ヘリウム流入管は、前記水素排出管の内部に配管されているものとしてもよい。また、前記ヘリウム吸着容器は、前記ヘリウム吸着剤と前記液体水素断熱貯蔵容器内の液体水素と熱交換可能となるように構成されているものとしてもよい。常圧(0.1MPa)で液体水素の沸点は20Kであるから、液体水素の蒸発潜熱と顕熱とを用いて熱交換により常温のヘリウムを20Kまで冷却すると共にヘリウム吸着剤に吸着させる。このとき、常温常圧(293K、0.1MPa)のヘリウムガスの密度比を値1とすると、常圧では密度比は300程度となり、1MPaでは密度比は500程度となる。なお、体積比とすれば、0.1MPaで1/300程度、1MPaで1/500程度となる。これにより、常温常圧のヘリウムガスを、液体ヘリウムとして貯蔵するほどではないが高圧ガスタンクによる貯蔵より貯蔵と運搬に適した形態として貯蔵することができる。しかも、液体ヘリウムとする場合に必要な冷凍機が不要となり、液体ヘリウムとする場合に比して装置も簡易なものとなる。
【0010】
本発明のヘリウムコンテナにおいて、前記ヘリウム吸着装置は、前記ヘリウムコンテナの長手方向に対して垂直な断面において前記液体ヘリウム貯蔵タンク外の四隅の複数箇所に複数配置されているものとしてもよい。即ち、ヘリウム吸着装置は、四隅に4個や8個、16個などのように配置してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態のヘリウムコンテナ20の構成の概略を示す説明図である。
【
図2】
図1におけるヘリウムコンテナ20のA-A面の断面を示す説明図である。
【
図3】ヘリウム吸着装置40の構成の概略を示す説明図である。
【
図4】
図3におけるヘリウ吸着装置40のC-C面の断面を示す説明図である。
【
図5】ヘリウム(
4He)とパラ水素(p・H
2)および平衡水素(eq-H
2)の温度と顕熱との関係を示すグラフである。
【
図6】ヘリウムガスが一定圧力(0.1MPa)の下でヘリウム吸着剤66に吸着されるとき、吸着剤の表面に吸着したヘリウムの割合(表面被覆率)と温度と顕熱との関係を示すグラフである。
【
図7】ヘリウム吸着剤66におけるヘリウム吸着質量とヘリウム吸着圧力と温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、本発明を実施するための形態について説明する。
図1は実施形態のヘリウムコンテナ20の構成の概略を示す説明図であり、
図2は
図1におけるヘリウムコンテナ20のA-A面の断面を示す説明図である。なお、
図1は、
図2におけるヘリウムコンテナ20のB-B面の断面を示す説明図となる。実施形態のヘリウムコンテナ20は、40フィートサイズの液体ヘリウムコンテナとして構成されており、幅が2,438mm、高さが2,591mm、長さが12,192mmのコンテナ容器22に、直径が2400mm程度で長さが12,0000mm程度の略円筒形状の液体ヘリウム貯蔵タンク30と、直径が420mmで長さが5400mmの略円筒形状の16個のヘリウム吸着装置40とが収納されている。図示するように、ヘリウム吸着装置40は、ヘリウムコンテナ20の長手方向に対して垂直な断面において液体ヘリウム貯蔵タンク30外の四隅にヘリウムコンテナ20の長手方向に4個ずつ合計16個が配置されている。
【0013】
液体ヘリウム貯蔵タンク30は、内部から液化ヘリウム(LHe)槽、ガスヘリウム(GHe)シールド、液体窒素(LN2)シールド、外槽の順に組み付けられた周知の11,000ガロンのヘリウムコンテナ(例えば、大陽日酸社製11,000ガロンヘリウムコンテナ)として構成されている。
【0014】
ヘリウム吸着装置40は、20Kの液体水素を貯蔵する液体水素断熱貯蔵容器42と、液体水素断熱貯蔵容器42内の液体水素中に収納されるヘリウム吸着容器42とを備える。
図3および
図4にヘリウム吸着装置40の構成の概略を示す。
図3はヘリウム吸着装置40の構成の概略を示す説明図であり、
図4は
図3におけるヘリウム吸着装置40のC-C面の断面を示す説明図である。なお、
図3は
図4におけるヘリウム吸着装置40のD-D面の断面を示す説明図となる。
【0015】
液体水素断熱貯蔵容器42は、直径が420mmで長さが5,000mmの略円筒形状の外壁44と直径が360mmで長さが4,880の略円筒形状の内壁45とその間の断熱層47とにより構成されている。外壁44および内壁45は、ステンレスにより形成されている。内壁45内の収納部46には、20K、0.1MPaの液体水素が貯蔵されており、その液体水素中に直径が246mmで長さが4,800mmの略円筒形状のヘリウム吸着容器62が収納されている。収納部46は、水素供給管50により外部と連通しており、水素供給管50から液体水素が供給される。収納部46の鉛直上部の一端側には直径25mmの水素排出管52が取り付けられており、気化した水素ガスが排出されるようになっている。断熱層47は真空に吸引された状態でn層のスーパーインシュレーション48a~48nが施されている。断熱層47側の水素供給管50および水素排出管52の外部には、外壁44から内壁45に向かって順にn個の環状の等温部49a~49nが取り付けられており、このn個の等温部49a~49nにはn層のスーパーインシュレーション48a~48nが各層を熱的に遮断するように取り付けられている。したがって、水素供給管50および水素排出管52は、外壁44から内壁45までで室温(例えば293K)から20Kまでの温度勾配を持つようになる。
【0016】
ヘリウム吸着容器62は、ステンレスにより形成されており、複数の通気孔68を有するヘリウム吸着剤66を収納する。また、ヘリウム吸着容器62には、ヘリウム吸着剤66の中央に外部からのヘリウムガスが流入する直径が15mmのヘリウム流入管64が取り付けられている。ヘリウム供給管64は、図示しないが液体ヘリウム貯蔵タンク30のヘリウムガス排出管に接続されている。また、ヘリウム供給管64は、水素排出管52の内部に2重管の内管として配置されており、その内側で流入するヘリウムガスと水素排出管52内であってヘリウム供給管64外で排出される水素と熱交換する。ヘリウム吸着容器62の外壁は厚み1mm程度の銅板が密着して覆い、液体水素の液面が下がっても、吸着剤66上部の温度が20Kより大きく上昇しないように容器全体の熱伝導性を高めている。
【0017】
ヘリウム吸着剤66は、多孔質の活性炭やゼオライトなどを用いることができるが、活性炭の中でも特に吸着比表面積の大きいアルカリ賦活活性炭を用いるのが好ましい。アルカリ賦活活性炭は、下記の関連文献1や関連文献2にもあるように、以下のように生成することができる。まず前駆体である無煙炭を0.6・1mmの粒状に粉砕する。重量比でおよそ水酸化カリウム:無煙炭=2:1となるよう水酸化カリウム水溶液中に粒状無煙炭を混ぜて60℃で2時間攪拌して水酸化カリウムを含浸させ、その懸濁液を110℃で一晩乾燥する。その後、窒素ガスのフロー雰囲気中で毎分5・10℃の速度で昇温し、700℃の温度に到達したらその温度に1時間保つことで炭化及び賦活させて生成する。こうして生成した活性炭のBET比表面積は約1400m2/g、圧力封入したときのパッキング密度は0.46g/cm3程度、空隙率は約80%である。空隙の孔径は階層構造をもつが、一番小さいミクロ孔径は0.5・1.5nmに分布し中心値は0.8nmである。この状態の活性炭はヘリウム吸着に寄与しないマクロ空隙が多いので、これを重量比で15%程度の適切なバインダーと混ぜて135℃で枠内に圧力封入し、750℃で2時間にわたり熱分解処理して活性炭モノリスとする。活性炭モノリスの密度は0.70g/cm3まで増加し機械的強度や熱伝導度が向上するが、BET比表面積は約1200m2/gとあまり減少しない。そのため、吸着剤の単位体積(1cm3)当たりのBET表面積は860m2と大きい。
関連文献1:D. Lozano-Castello, M.A. Lillo-Rodenas, D. Cazorla-Amoros, and A. Linares-Solano, Carbon 39, 741-749 (2001).
関連文献2:D. Lozano-Castello, M. Jorda-Beneyto, D. Cazorla-Amoros, A. Linares-Solano, J.F. Burger, H.J.M. ter Brake, H.J. Holland, Carbon 48, 123-131 (2010).
【0018】
ヘリウム吸着装置20から排出される水素は、水素回収装置によって回収したり、水素を消費(例えば発電)する水素消費装置(例えば燃料電池)などによって消費するのが好ましい。
【0019】
次に、ヘリウム吸着装置40によるヘリウムの吸着の際の動作について説明する。ヘリウム流入管64から流入したヘリウムガスはヘリウム流入管64を流通する際に水素排出管52内の水素ガスや収納部46内の水素ガスの顕熱を用いて熱交換によりその温度を20Kとし、ヘリウム吸着容器62に収納されたヘリウム吸着剤66に吸着される。ヘリウム吸着剤66にヘリウムが吸着する際に必要な冷熱は液体水素の蒸発潜熱により賄われる。一方、液体水素断熱貯蔵容器42の収納部46で気化した水素は、水素排出管52を流通し、水素排出管52を介して外部に排出される。したがって、ヘリウムをヘリウム流入管64から流入すると共に水素排出管52から水素を排出することにより、ヘリウムをヘリウム吸着剤64に吸着させることができる。
【0020】
液体水素の蒸発潜熱と顕熱(エンタルピー)とによりヘリウムをヘリウム吸着剤66に吸着させる際の熱収支について説明する。
図5は、ヘリウム(
4He)とパラ水素(p・H
2)および平衡水素(eq-H
2)の温度と顕熱との関係を示すグラフである。温度の下限はヘリウムと水素の沸点であり、それぞれ4.2Kと20Kである。沸点での顕熱の値は、それぞれヘリウムと水素の蒸発の潜熱に等しい値としている。水素のガス状態の顕熱は、点線でパラ水素(p-H
2)の場合を、破線で平衡水素(eq-H
2)の場合をそれぞれ示す。市販の液体水素は平衡状態にあるので、沸点で蒸発したばかりの水素ガスのオルソとパラの割合は0.002:0.998であり、ほぼ純粋なパラ水素である。その後、全くオルソ-パラ変換せずに室温まで昇温する場合の顕熱はパラ水素の顕熱とほぼ等しい。一方、どの温度でも速やかにオルソ-パラ変換が起こる理想的な場合の顕熱は平衡水素の顕熱となる。
図6は、ヘリウムガスが一定圧力(0.1MPa)の下でヘリウム吸着剤66に吸着されるとき、吸着剤の表面に吸着したヘリウムの割合(表面被覆率)と温度と顕熱との関係を示すグラフである。ここでは、気体の圧力は常に一定(P=0.1MPa)であり、一定の吸着熱(q
ad=255K)を仮定している。
図5から解るように、液体水素1リットル当たりのエンタルピーは20K以上のどの温度領域でも液体ヘリウム1リットル当たりのエンタルピーより大きく、その比は温度が高くなるほど大きくなる。
図6にあるように、ヘリウム吸着剤66の吸着熱q
adは6.6×10
4(J/L)であり、
図5にあるように、水素の蒸発潜熱は3.15×10
4(J/L)であるから、ヘリウムの吸着熱q
adを液体水素の蒸発潜熱で賄うためには、次式(1)より式(2)となり、液体ヘリウム1リットルに相当するモル数のヘリウムを温度20Kでヘリウム吸着剤66に吸着させるには液体水素2.1リットルを20Kで気化させて、両者をよく熱交換させればよいことが解る。上述したように、液体水素1リットルに相当する水素ガスのエンタルピーは、オルソ-パラ変換が全く起こらない場合であっても、20K以上の全ての温度領域で液体ヘリウム1リットルに相当するヘリウムガスのエンタルピーより大きいことを考慮すると、液体ヘリウム1リットル相当の室温(例えば293K)のヘリウムガスを20K近くまで冷却することは容易であり、ヘリウム吸着剤66に吸着させるには、液体水素V
H2≒2.1リットルを気化させればよいことが解る。なお、吸着熱を一定とせず、その吸着量依存性まで考慮すれば、V
H2≒1.8リットルとなり、実際に気化する液体水素は2.1リットルより少ない。また、水素排出管52がヘリウム供給管64と2重管を成している箇所の水素排出経路に、オルソ-パラ変換を触媒する磁性体粉末を設置すれば、オルソ-パラ変換のエンタルピーも活用できヘリウムガスとの熱交換も促進するので、ヘリウムの冷却はさらに容易となる。
【0021】
1×(6.6×104)=VH2×(3.15×104) (1)
VH2≒2.1 (2)
【0022】
図7は、ヘリウム吸着剤66における吸着剤1g当たりのヘリウム吸着質量とヘリウム吸着圧力と温度との関係を示すグラフである。ヘリウム吸着剤66におけるヘリウム吸着質量は、温度が20Kより高くなると急激に減少し、吸着圧力が大きいほど増加するが吸着圧力が0.5MPa以上では増加の割合は小さくなる。実施形態で用いたヘリウム吸着剤66では、吸着圧力が0.1MPa、温度が20Kのとき、吸着剤1g当たり70mgのヘリウムを吸蔵できる。このうち、マクロ孔およびメソ孔内に気体として存在するヘリウムは1.3mgと少なく、大部分はミクロ孔内で表面吸着したヘリウムである。吸着圧力が1MPa、温度が20Kのときは、吸着剤1g当たり96mgのヘリウムを吸蔵できる。これに対して、温度が75Kになると、吸着圧力が0.1MPaのとき0.9mgしかヘリウムを吸蔵しないので、吸着剤をこの温度まで加熱すれば、逆にヘリウムを取り出すことができる。
【0023】
いま、40,000リットルの液体ヘリウムを輸送する場合を考える。ヘリウムシールドを機能させた液体ヘリウム貯蔵タンク30への入熱を3Wとすると1日で99リットルの液体ヘリウムが蒸発することになる。輸送期間を15日とすると、1,485リットルの液体ヘリウムが蒸発することになる。ヘリウム吸着装置40の液体水素断熱貯蔵容器42の収納部46の容積(液体水素槽の容積)を266リットルとし、ヘリウム吸着容器62の容積を233リットルとすれば、16個のヘリウム吸着装置40では、液体水素の満タン量が4,250リットル、ヘリウム吸着容器62の総容量が3,730リットル、ヘリウム吸着剤66が2、610kgとなり、最大ヘリウム吸着量は吸着圧力が0.13MPaで191kg(液体ヘリウムで1,530リットル)となる。40,000リットルの液体ヘリウムを貯蔵する液体ヘリウム貯蔵タンク30から15日間の輸送期間で蒸発する1,485リットルの液体ヘリウムは、液体ヘリウムで1,530リットルの吸着能力を持つ16個のヘリウム吸着装置40でその全てを吸着することができる。このとき、ヘリウム吸着に伴う液体水素の蒸発量は3,060リットルとなり、自然入熱による液体水素の蒸発量を1.5%/日とすれば15日間では960リットルとなり、合計4,020リットルの液体水素が蒸発することになるが、16個のヘリウム吸着装置40の液体水素断熱貯蔵容器42の収納部46に貯蔵する4,250リットルの液体水素でその全てを賄うことができる。このため、15日の輸送期間に亘って液体ヘリウム貯蔵タンク30の内圧を0.13MPaに保つことができるから、液体ヘリウム貯蔵タンク30から液体水素を取り出す際に生じるフラッシュロスを低減することができる。なお、実施形態では、液体ヘリウム貯蔵タンク30から取り出した液体ヘリウム量は出荷時の約80%程度となり、先行技術における30%からその量が飛躍的に多くなっている。また、輸送後に16個のヘリウム吸着装置40からヘリウムガスを取り出すことができるから、ヘリウムガスの大気への放出量を大幅に少なく(例えば、限りなくゼロに近く)することができる。
【0024】
以上説明した実施形態のヘリウムコンテナ20では、コンテナ容器22に、略円筒形状の液体ヘリウム貯蔵タンク30と、その四隅の空き空間に液体水素の冷熱を用いてヘリウムガスを吸着する略円筒形状の16個のヘリウム吸着装置40とを収納する。これにより、輸送期間に亘って液体ヘリウム貯蔵タンク30の内圧を0.13MPaに保つことができ、液体ヘリウム貯蔵タンク30から液体水素を取り出す際に生じるフラッシュロスを低減することができる。また、輸送後に16個のヘリウム吸着装置40からヘリウムガスを取り出すことにより、ヘリウムガスの大気への放出量を大幅に少なく(限りなくゼロに近く)することができる。これらの結果、輸送後のヘリウムコンテナ20の液体ヘリウム貯蔵タンク30からの液体ヘリウムの取り出し量を多くすることができると共に大気放出するヘリウムガス量を少なく(限りなくゼロに近く)することができる。なお、ヘリウム吸着装置40では、ヘリウムガスだけを吸着するから、ヘリウム吸着装置40からヘリウムガスを取り出すことにより、高純度のヘリウムガスを製造することもできる。
【0025】
実施形態のヘリウムコンテナ20では、コンテナ容器22に、略円筒形状の液体ヘリウム貯蔵タンク30と、その四隅の空き空間に略円筒形状の16個のヘリウム吸着装置40とを収納するものとしたが、コンテナ容器22と液体ヘリウム貯蔵タンク30との空き空間にヘリウム吸着装置を収納すればよいから、収納場所は四隅以外の如何なる場所でもよく、配置するヘリウム吸着装置の個数もいくつでも構わない。
【0026】
実施形態のヘリウムコンテナ20では、周知の40フィートサイズの液体ヘリウムコンテナとして構成したが、20フィートサイズの液体ヘリウムコンテナとして構成したり、その他の如何なるサイズの液体ヘリウムコンテナとして構成したりしてもよい。
【0027】
実施形態のヘリウムコンテナ20では、40フィートサイズの液体ヘリウムコンテナを用いて40,000リットルの液体ヘリウムを15日間で輸送する場合を想定してヘリウム吸着装置40のサイズや個数を計算したが、液体ヘリウムコンテナのサイズや液体ヘリウム貯蔵タンク30のサイズ、輸送期間に応じてヘリウム吸着装置40のサイズや個数を計算してコンテナ容器22と液体ヘリウム貯蔵タンク30との空き空間に収納すればよい。
【0028】
実施形態では、ヘリウム吸着剤としてアルカリ賦活活性炭を用いたが、Na-A型ゼオライトなどを用いてもよい。実施形態で用いたアルカリ賦活活性炭では吸着剤1g当たりのヘリウム吸蔵量は70mgであるが、Na-A型ゼオライトでは吸蔵量はその半分程度と予想されることから、ヘリウム吸着剤としてゼオライトを用いる場合には、実施形態に比べてヘリウムの密度比は小さくなる。逆に、現状のアルカリ賦活活性炭の2倍以上大きな吸着熱(qad≧500K)をもつ高性能な吸着剤が将来開発されれば、本発明の形態を一切変えることなく、液体水素に代えてより取り扱い易い液体窒素の冷熱を利用して同様な効果を得ることができる。
【0029】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、ヘリウムコンテナの製造産業などに利用可能である。
【符号の説明】
【0031】
20 ヘリウムコンテナ、30 液体ヘリウム貯蔵タンク、40 ヘリウム吸着装置、42 液体水素断熱貯蔵容器、44 外壁、45 内壁、46 収納部、47 断熱層、48a~48n スーパーインシュレーション、49a~49n 等温部、50 液体水素供給管、52 水素排出管、62 ヘリウム吸着容器、64 ヘリウム流入管、66 ヘリウム吸着剤、68 通気孔。