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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023173814
(43)【公開日】2023-12-07
(54)【発明の名称】表面修飾多孔質膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 65/08 20060101AFI20231130BHJP
   B01D 71/40 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/16 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/26 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/30 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/36 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/34 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/42 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/50 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/56 20060101ALI20231130BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
B01D65/08
B01D71/40
B01D71/16
B01D71/26
B01D71/30
B01D71/36
B01D71/34
B01D71/42
B01D71/50
B01D71/56
B01D71/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022086311
(22)【出願日】2022-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤松 憲樹
(72)【発明者】
【氏名】岡田 文雄
(72)【発明者】
【氏名】佐野 正宗
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA03
4D006GA06
4D006GA07
4D006MA01
4D006MA03
4D006MA22
4D006MA24
4D006MA25
4D006MA31
4D006MC09
4D006MC18
4D006MC22X
4D006MC27
4D006MC29
4D006MC30
4D006MC49
4D006MC54
4D006MC62
4D006MC63
4D006NA41
4D006NA49
4D006NA54
4D006PA01
4D006PB02
4D006PB03
4D006PB08
(57)【要約】
【課題】ファウリングが抑制される多孔質膜を大面積でも簡便に製造することができる表面修飾多孔質膜の製造方法を提供する。
【解決手段】多孔質構造を有する膜素材を、水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬する第1処理工程と、前記膜素材を前記第1処理液から取り出し、原子移動ラジカル重合開始剤を含む第2処理液に浸漬する第2処理工程と、前記膜素材を前記第2処理液から取り出し、水、2-メトキシエチルアクリレート、還元剤、配位子、及び触媒を含む第3処理液に浸漬して前記膜素材にポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を固定する第3処理工程と、を含む表面修飾多孔質膜の製造方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質構造を有する膜素材を、水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬する第1処理工程と、
前記膜素材を前記第1処理液から取り出し、原子移動ラジカル重合開始剤を含む第2処理液に浸漬する第2処理工程と、
前記膜素材を前記第2処理液から取り出し、水、2-メトキシエチルアクリレート、還元剤、配位子、及び触媒を含む第3処理液に浸漬して前記膜素材にポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を固定する第3処理工程と、
を含む表面修飾多孔質膜の製造方法。
【請求項2】
前記第2処理液が、トリエチルアミン、及び前記原子移動ラジカル重合開始剤であるα-ブロモイソブチリルブロミドを含み、
前記第3処理液が、前記還元剤であるアスコルビン酸、前記配位子であるN,N,N’,N”,N”-ペンタメチルジエチレントリアミン、及び前記触媒である臭化銅(II)を含む請求項1に記載の表面修飾多孔質膜の製造方法。
【請求項3】
前記膜素材が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、ポリアミド、ポリテトラフルオロエチレン、塩素化ポリ塩化ビニル、ポリケトン、及びポリカーボネートからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーを含む、請求項1又は請求項2に記載の表面修飾多孔質膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、表面修飾多孔質膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体に溶解した高分子などの溶質や、液体に含まれる汚濁物などを多孔質膜によって分離する膜処理技術が利用されている。膜処理技術を利用した水処理として、例えば、浄水処理、下排水処理、海水淡水化処理、工業用水処理など挙げられる。水処理以外に、例えば生体分子を含有するサンプル処理が挙げられる。
【0003】
現在、膜処理技術を用いた水処理施設の大型化が急速に進んでおり、今後より広い範囲における膜処理技術の活用が有望視されている。
一方で、膜を長期間用いることにより膜が汚れて膜性能の劣化(ファウリング)が生じる。ファウリングは膜処理における動力費、さらに洗浄及び交換のコストを押し上げ、膜処理技術において大きな問題となっている。
【0004】
そこで、ファウリングを抑制する膜の開発が盛んに行われている。ファウリングを抑制する手法として、主に、市販膜に対する表面改質(低ファウリング性を有するポリマーを物理的・化学的に膜面に固定)する手法と、従来の膜作製手法において膜原料に低ファウリングポリマーを含有させる手法が提案されている、
例えば、多孔質膜にファウリングを抑制する性質(低ファウリング性)を有するポリマーを物理的・化学的に膜面に固定する技術として、(a)物理的付着(例えば非特許文献1)、(b)紫外線(UV)やプラズマを利用したグラフト(例えば非特許文献2)、(c)ATRP:原子移動ラジカル重合(例えば非特許文献3)による方法が提案されている。
また、膜作製手法において膜原料に低ファウリングポリマーを含有させる技術として、NIPS、TIPS、VIPS等の相分離誘起製膜が提案されている(例えば特許文献1、非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2022/065457号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Akamatsu et al, Ind. Eng. Chem. Res., 50 (2011) 12281-12284
【非特許文献2】K. Akamatsu et al, Sep. Purif. Technol., 204 (2018) 298-303
【非特許文献3】K. Akamatsu et al, Ind. Eng. Chem. Res., 60 (2021) 15248-15255
【非特許文献4】S.Ohno et al, Sep. Purif. Technol., 276(2021)119331
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記(a)物理的付着は簡便な手法が多いが、修飾ポリマーが剥離し易い。(b)UVやプラズマを利用したグラフト又は(c)ATRPによる膜は、安定性は高いが、複数の改質ステップを要し、実用的ではない脱気など、膜面積の大型化には適用が難しい操作が含まれる。
また、NIPS、TIPS、VIPS等の相分離誘起製膜は、さまざまなポリマーのブレンドが検討されているが、高価なポリマーが多い。
【0008】
本開示は、上記課題に鑑み、ファウリングが抑制される多孔質膜を大面積でも簡便に製造することができる表面修飾多孔質膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 多孔質構造を有する膜素材を、水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬する第1処理工程と、
前記膜素材を前記第1処理液から取り出し、原子移動ラジカル重合開始剤を含む第2処理液に浸漬する第2処理工程と、
前記膜素材を前記第2処理液から取り出し、水、2-メトキシエチルアクリレート、還元剤、配位子、及び触媒を含む第3処理液に浸漬して前記膜素材にポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を固定する第3処理工程と、
を含む表面修飾多孔質膜の製造方法。
<2> 前記第2処理液が、トリエチルアミン、及び前記原子移動ラジカル重合開始剤であるα-ブロモイソブチリルブロミドを含み、
前記第3処理液が、前記還元剤であるアスコルビン酸、前記配位子であるN,N,N’,N”,N”-ペンタメチルジエチレントリアミン、及び前記触媒である臭化銅(II)を含む請求項1に記載の表面修飾多孔質膜の製造方法。
<3> 前記膜素材が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、ポリアミド、ポリテトラフルオロエチレン、塩素化ポリ塩化ビニル、ポリケトン、及びポリカーボネートからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーを含む、<1>又は<2>に記載の表面修飾多孔質膜の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、ファウリングが抑制される多孔質膜を大面積でも簡便に製造することができる表面修飾多孔質膜の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例で製造した表面修飾多孔質膜の第3処理工程の処理時間と単位面積当たりのグラフト重合量との関係を示すグラフである。
図2】実施例で製造した表面修飾多孔質膜の膜表面のFT-IR(ATR法)スペクトルを示す図である。
図3】ウシ血清アルブミン(BSA)溶液透過試験結果を示すグラフである。
図4】表面修飾多孔質膜のグラフト量とBSA溶液透過試験前後の純水透過係数の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しながら説明する。
なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、本明細書中の「工程」の用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても、その工程の所期の目的が達成されれば本用語に含まれる。
【0013】
本開示の発明者らは、ファウリングが抑制される多孔質膜を大面積でも簡便に製造する手法について検討を重ねたところ、脱気操作などを行わずに、ポリエチレンなどの安価な膜素材にポリ(2-メトキシエチルアクリレート)をグラフト固定することができる、安全かつ安価な手法を開発し、製造された表面修飾多孔質膜が優れたファウリング防止性を発現することを見出した。
本開示において、2-メトキシエチルアクリレートを「MEA」、ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を「MEAポリマー」又は「PMEA」と称する場合がある。
また、ファウリングが抑制される多孔質膜を「低ファウリング膜」と称する場合がある。
また、本開示において表面修飾多孔質膜とは、多孔質膜(膜素材)全体としての表面だけでなく、孔の内壁面もグラフト重合によって修飾されている多孔質膜を意味する。
【0014】
本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法は、多孔質構造を有する膜素材(本開示において「膜素材」又は「多孔質膜」と称する場合がある。)を、水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬する第1処理工程と、
膜素材を第1処理液から取り出し、原子移動ラジカル重合開始剤を含む第2処理液に浸漬する第2処理工程と、
膜素材を第2処理液から取り出し、水、2-メトキシエチルアクリレート、還元剤、配位子、及び触媒を含む第3処理液に浸漬して膜素材にポリ(2-メトキシエチルアクリレート)を固定する第3処理工程と、を含む。
【0015】
例えば、多孔質の膜素材にMEAポリマーをグラフト固定した低ファウリング膜を作製した例はあるが(例えば特許文献3)、本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法によれば、脱気操作など行わずに大面積の低ファウリング膜の製造が可能である。
膜素材を上記3種類の処理液に順次浸漬させることで、脱気操作を行わずに低ファウリング性に優れた表面修飾多孔質膜を製造することができるメカニズムは不明であるが、以下のように推測される。
まず、第1処理工程では、膜素材を水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬させることで、酸化が促進されて膜表面のHがOH基となり、ハロゲン化、例えばブロモ化され易くなる。第2処理工程では、膜表面のOH基がブロモ化される。酸素が存在すると膜表面のブロモ化された部位にMEAに置換され難いが、第3処理工程では、処理液がMEAと共に特にアスコルビン酸を含むことでMEAが膜表面のブロモ化された部位がMEAが置換され易くなり、AGET(電子移動により生成した活性化剤)-ATRP(原子移動ラジカル重合)によりMEAポリマーが膜表面に固定(グラフト重合)されると考えられる。
以下、各工程について説明する。
【0016】
<第1処理工程>
まず、第1処理工程として、多孔質構造を有する膜素材を、水及びオゾンを含む第1処理液に浸漬する。
【0017】
(膜素材)
低ファウリング膜を製造する際の基材となる膜素材は、多孔質構造を有し、各処理工程を経て膜の表面及び孔の内壁面にMEAポリマーを固定することができれば特に限定されない。安価な膜素材を用いることもでき、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリル、酢酸セルロース、ポリアミド、ポリアミド、ポリテトラフルオロエチレン、塩素化ポリ塩化ビニル、ポリケトン、及びポリカーボネートからなる群より選ばれる1種又は2種以上のポリマーを含む多孔質樹脂膜が挙げられる。
【0018】
膜素材における多孔構造の孔の形状、大きさ、分布、形態も特に限定されない。製造する表面改質多孔質膜の用途にもよるが、例えば、分離膜として使用する場合、膜の一方の面側から他方の面側に向けて孔径(平均)が大きくなるに伴い空隙率が大きくなっている非対称多孔構造を有する非対称多孔質膜が好ましい。非対称多孔質膜は、典型的には、一方の面側はスポンジ状の多孔構造を持ち、他方の面側は孔の小さい緻密な多孔構造を持った多孔質膜である。緻密な層を分離面として機能させることで、精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜又は逆浸透膜として用いられる。
また、膜素材として用いる多孔質膜の形状も特に限定されず、例えば平膜でも中空糸膜でもよい。
【0019】
孔径は特に限定されないが、例えば、非対称多孔質膜の一方の面側は0.01~1000μmであり、他方の面側は0.0001~50μmである。なお、孔径の測定は、例えば、多孔質膜の各面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、無作為に選んだ50個の各孔の最大径を測定して数平均によって算出される。
【0020】
また、膜素材の空隙率は特に限定されない。なお、膜素材が非対称多孔質膜の場合、分離面として機能する緻密層と緻密層の反対側で支持部として機能する支持層とでは空隙率が大きく変化する。空隙率は一概に言えないが、膜全体の平均空隙率として、例えば、20~90%が挙げられる。
【0021】
膜素材の厚みは特に限定されないが、膜厚が薄過ぎると、製造中、膜設置中、又は使用中に破損し易く、厚過ぎると溶液が透過し難くなり、動力費が高くなる可能性がある。膜素材の膜厚は、膜の用途などに応じて選択すればよいが、例えば、10μm~1.0mmである。
【0022】
第1処理液は、水及びオゾンを含み、さらに過酸化水素を含んでもよい。このような第1処理液として、オゾン濃度0.1~10ppm、過酸化水素濃度0~2ppmの促進酸化水が好適である。すなわち、第1処理液は、水のほかにオゾンと過酸化水素の両方を含んでもよいし、オゾンを含み、過酸化水素は含まないものでもよい。なお、第1処理液の製造方法は限定されず、例えば、市販のオゾン水をつくる装置で製造したオゾン水を用いてもよい。
【0023】
第1処理工程では、膜素材を第1処理液中に例えば0.1~3時間浸漬させる。膜素材を第1処理液に浸漬している間、攪拌、紫外線照射、超音波振動などを行ってもよい。
第1処理液中に膜素材を浸漬させることで膜表面の酸化が促進され、H基がOH基となる。
【0024】
<第2処理工程>
第2処理工程では、膜素材を第1処理液から取り出し、原子移動ラジカル重合開始剤(ATRP開始剤)を含む第2処理液に浸漬する。原子移動ラジカル重合開始剤としては、公知のATRP開始剤を用いることができ、第1処理工程後の膜素材の表面(孔内壁面を含む)をブロモ化することができるものが好ましく、例えばα-ブロモイソブチリルブロミド(BIBB)を好適に用いることができる。なお、原子移動ラジカル重合開始剤としては、BIBBのほかに、2-ブロモイソ酪酸エチル、2-ブロモプロピオン酸メチル、2-ブロモ-2-メチルプロパン酸2-ヒドロキシエチル、ブロモ酢酸メチル、(1-ブロモエチル)ベンゼン、2-クロロプロピオン酸メチルなどが挙げられる。
【0025】
例えば、容器内に、体積基準で、超脱水ジクロロメタン(溶媒)1Lに対し、トリエチルアミン0.02~0.4L、α-ブロモイソブチリルブロミド(BIBB)0.02~0.4Lを入れて攪拌し、第2処理液を調製する。そして、第1処理液から取り出した膜素材を第2処理液中に浸漬させる。膜素材を第2処理液に浸漬している間、攪拌、超音波振動などを行ってもよい。また、溶媒としては、ジクロロメタンに限定されず、トルエン、ヘキサンなどを用いることもできる。
【0026】
膜素材を第2処理液中に入れた後、速やかに氷冷する。例えば、30~200rpmで0.01~2時間撹拌し、さらに氷冷を止めて0.1~48時間攪拌する。
このような第2処理工程により、膜素材の表面(孔の内壁面を含む)をブロモ化することができる。
【0027】
<第3処理工程>
第3処理工程では、膜素材を第2処理液から取り出し、水、2-メトキシエチルアクリレート、還元剤、配位子、及び触媒を含む第3処理液に浸漬する。
還元剤、配位子、及び触媒は、第2処理工程後の膜素材をMEAポリマーで修飾することができれば限定されない。還元剤、配位子、及び触媒として、例えば、アスコルビン酸、N,N,N’,N”,N”-ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDETA)、及び臭化銅(II)をそれぞれ好適に用いることができる。
なお、第3処理工程で用いる還元剤、配位子、及び触媒は、上記組み合わせに限定されない。
例えば、配位子として、PMDETAのほかに、トリス[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミン(Me6TREN)、1,1,4,7,10,10-ヘキサメチルトリエチレンテトラミン(HMTETA)、トリス(2-ピリジルメチル)アミン(TPMA)、1,4,8,11-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカンなどが挙げられる。
また、触媒として、臭化銅(II)のほかに、臭化銅(I)、塩化銅(II)、塩化銅(I)等が挙げられる。
【0028】
例えば、容器内に、水1Lに対し、MEA0.2~5mol、臭化銅(II)0.2~5g、リガンドのPMDETA1~40mL、アスコルビン酸0.04~1molを入れて攪拌し、第3処理液を調製する、そして、第2処理液から取り出した膜素材を第3処理液中に浸漬させさせる。室温で1~24時間浸漬させることで、MEAポリマーがグラフト重合により膜素材に固定される。
【0029】
MEAは安価な材料であり、市場で入手することが可能である。
膜素材に固定されるMEAポリマーは、MEAの単独重合体でもよいし、MEAと、1種又は2種以上の他のモノマーとの共重合体であってもよい。他のモノマーとして、ベタイン構造を有し低ファウリング性が認められているモノマーや、低ファウリング性が認められている親水性モノマーが挙げられる。2-メトキシエチルアクリレートと、他のモノマーとの共重合体である場合、2-メトキシエチルアクリレートに由来する構成単位の質量割合が最も大きいことが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。
【0030】
膜素材に固定されるMEAポリマーの分子量は特に限定されないが、例えば、重量平均分子量で1万~500万が挙げられる。
【0031】
膜面積に対してMEAポリマーのグラフト量が少ないとファウリングを抑制する効果(耐ファウリング性能)が不十分となる可能性がある。耐ファウリング性能を高める観点から、MEAポリマーのグラフト量は、0.05mg/cm以上が好ましく、0.10mg/cm以上が好ましく、0.15mg/cm以上がさらに好ましい。
一方、MEAポリマーのグラフト量が多過ぎると、表面修飾多孔質膜の生産性の低下を招くほか、MEAポリマーによって膜素材の孔が小さくなり、透過率が低下する可能性がある。膜素材の孔径、製造する表面修飾多孔質膜の用途などにもよるが、MEAポリマーのグラフト量は、0.25mg/cm以下であってもよい。
膜素材に固定されるMEAポリマーの量(グラフト量)は、例えば第3処理工程の処理時間(浸漬時間)によって調整することができる。
【0032】
以上の工程を経て、膜素材の表面及び孔内部がMEAポリマーで修飾された低ファウリング性に優れた表面修飾多孔質膜(低ファウリング膜)が製造される。本開示に係る方法によれば、脱気設備が不要であり、安価にかつ簡便に、しかも大面積の低ファウリング膜を製造することが可能である。
【0033】
本開示に係る方法によって製造される表面修飾多孔質膜の用途は特に限定されないが、例えば、水処理に用いることでファウリングを効果的に抑制することができ、製膜コストだけでなく、ランニングコスト、膜交換コストの抑制にも大きく貢献できる。
【実施例0034】
以下、本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法について、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本発明を制限するものではない。
【0035】
[実施例]
<表面修飾多孔質膜の製造>
(1)第1処理工程(促進酸化水への浸漬)
膜素材(基材)として、ポリエチレン製精密ろ過膜(平均孔径:0.06μm、厚さ:30μm、空隙率:41%)を準備した。
水電解装置を用い、促進酸化水(2ppmオゾン、0.3ppm過酸化水素水)を1Lmin-1で生成し、1Lビーカーに溜め撹拌した。促進酸化水はオーバーフローさせながら、このビーカーの中に上記の精密ろ過膜(以下、「ポリエチレン多孔質膜」と記す。)を入れ、30分間浸漬した。
【0036】
(2)第2処理工程(ブロモ化)
300mLナスフラスコに超脱水ジクロロメタン40mL、トリエチルアミン3.5mLを入れた。
さらにナスフラスコに、前記第1処理をしたポリエチレン多孔質膜とα-ブロモイソブチリルブロミド(BIBB)3.3mLを入れた。ナスフラスコの開口部にはパラフィルムを貼った。その際、大気開放とするため少し隙間を開けた。
その後、速やかに氷冷し、100rpmで1時間撹拌した。次いで、ナスフラスコの氷冷を止め、100rpmで24時間攪拌した。
【0037】
(3)第3処理工程(AGET-ATRP)
20mLビーカーに純水17.0mL、MEA1.0molL-1、臭化銅(II)0.020g、リガンドのPMDETA140μLを加え、撹拌し、溶解した。
もう1つの20mLビーカーに純水3.0mL、アスコルビン酸0.2molL-1を加え、撹拌し、溶解した。
その後、100mLねじ口瓶に、前記第2処理をしたポリエチレン多孔質膜と、2つのビーカーの溶液を入れ、蓋をした。その後は室温で数時間放置し、ポリエチレン多孔質膜にMEAポリマーがグラフト重合した表面修飾多孔質膜を得た。
【0038】
第3処理工程における処理時間を変更して数種類の表面修飾多孔質膜を製造した。
【0039】
<重合量(グラフト量)の測定>
実施例における第3処理工程の処理時間を変更し、下記式によりグラフト重合したMEAポリマーの量(グラフト重合量)を算出した。
重合量(グラフト量)=(W-W)/S
W:表面処理後の膜重量
:表面処理前の膜重量
S:膜素材の面積
【0040】
第3処理時間と単位面積当たりのグラフト重合量との関係を図1に示す。図1に見られるように、処理時間の増加に伴い、重合量が増加している。
【0041】
<FT-IR分析>
重合量を変更した表面修飾多孔質膜に対し、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)測定より、1735cm-2にPMEA由来のエステルピークを確認した。未処理の多孔質膜も含め、各膜の膜表面のFT-IRスペクトルを図2に示す。図2に見られるように、未処理膜以外では、1735cm-1付近にPMEA由来のエステルピークを確認できる。この結果より、膜がPMEAで修飾されていることが分かる。
【0042】
[参考例]
<特許文献3に記載の手法による表面修飾多孔質膜の製造>
(1)フェントン反応
試験管内にエタノール20mL、純水20mLを加え、撹拌子を入れ、マグネットスターラー400rpm程度で攪拌しながら15分間窒素バブリングした。
次に、塩化鉄四水和物0.040g入れ、さらに15分間窒素バブリングを行った。
この溶液にポリエチレン多孔質膜を浸漬した。さらに過酸化水素2.20mLを滴下した。過酸化水素滴下後、注射筒を刺したセプタムで試験管に蓋をし、1時間50℃のオイルバス中で攪拌した。これによりフェントン反応を誘起し、膜表面及び孔の内壁面に水酸基を生じさせた。
【0043】
(2)ブロモ化
300mLナスフラスコに超脱水ジクロロメタン40mL、トリエチルアミン3.5mLを入れ、窒素バブリングしながら200~300rpmで15分間攪拌した。
バブリング終了後、ナスフラスコに(1)の処理をしたポリエチレン多孔質膜とBIBB3.3mLを入れて真空管に接続し、窒素置換、減圧(50~60Pa程度まで)した。
その後、速やかに氷冷し、100rpmで1時間撹拌した。次いでナスフラスコの氷冷を止め、100rpmで24時間攪拌した。
【0044】
(3)SI-ATRP(表面開始原子移動ラジカル重合)
上記(2)の処理(ブロモ化)をしたポリエチレン多孔質膜を三口フラスコ(両サイドの入り口はゴム栓をした)に入れ、真空管に接続し、3回窒素置換した後に50~60Paまで減圧した。減圧したフラスコは閉鎖系とした。
試験管にMEA0.5molL-1、PMDETA280μL、純水32mL、エタノール8mLを加え、300rpmで攪拌しながら15分間窒素バブリングを行った。臭化銅(I)0.040gを加え、10分間攪拌、窒素バブリングを行った後、長針注射針をつけたシリンジで採取し、三口フラスコのゴム栓に刺し、注入した。数時間静置することでMEA重合膜(表面修飾多孔質膜)を製膜した。
【0045】
[ファウリング防止性評価]
<ウシ血清アルブミン(BSA)溶液透過試験>
流量2L/分、液温25℃、クロスフロー方式でウシ血清アルブミン(BSA)溶液透過試験を行った。
まず、純水をフラックスを4×10-6[m-2-1]一定で透過させ、10分間隔(透過液の採取時間は約5分)、合計30分測定した。
純水透過後、供給液全体がBSA1000ppmになるよう調製し、BSA溶液透過試験を合計300分間行った。BSA溶液透過試験中、透過液は純水透過時同様10分間隔で5分間採取した。
【0046】
図3は、BSA溶液透過試験結果を示すグラフである。試験開始後、純水からBSA1000ppm水溶液に交換することで、未処理膜では透水性能が急激に低下し、設定フラックスが4×10-6[m-2-1]の場合は、67%減少した。
一方、実施例のPMEAをグラフト重合した多孔質膜(グラフト量:0.12mg/cm)では、純水からBSA溶液に交換することで透水性能が若干低下したものの、フラックス減少率は23~40%であり、BSA溶液に対し効果的にファウリングが抑制された。
なお、参考例の表面修飾多孔質膜(グラフト量:0.11mg/cm)も実施例の表面修飾多孔質膜と同等のファウリング抑制性能を示したが、参考例では窒素バブリングによる脱気が必要であるのに対し、実施例ではそのような脱気が不要であり、簡便に製造することができた点で有利である。
【0047】
<純水透過実験>
流量2L/分、液温25℃とし、クロスフロー方式で純水透過試験を行い、純水透過係数(Lp)を求め、膜の透水性能を比較した。図4は、未処理膜のBSA溶液透過試験後の純水透過係数Lpを100とした場合の各膜のグラフト量とBSA溶液透過試験前後の純水透過係数Lpとの関係を示すグラフである。Lpが高いほど膜抵抗が小さく、低い圧力で水が透過するため、膜分離に有利である。
実施例の表面修飾多孔質膜は、未処理膜に比べ、BSA溶液透過試験前後での純水透過係数Lpの差が小さく、ファウリングが抑制されていることがわかる。特にグラフト量が0.05mg/cm以上、特に0.1mg/cm以上ではBSA溶液透過試験前後での純水透過係数Lpの差がほとんどなく、極めて優れた耐ファウリング性能を示した。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法は、脱気操作等の必要が無く、優れた低ファウリング性を有する多孔質膜を製造することができる。そのため、本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法によれば、膜モジュール内でPMEAの一括修飾も可能である。
また、本開示に係る表面修飾多孔質膜の製造方法によって製造された多孔質膜は、優れたファウリング抑制性能を有しており、水処理以外にも、タンパク分画など新しい用途を開拓できる可能性がある。特にタンパク様物質又は多糖様物質に対する低ファウリング性に優れると考えられる。
図1
図2
図3
図4